ブログトップ

Lifestyle&平和&アフリカ&教育&Others

afriqclass.exblog.jp

国際政治学会での報告要旨「アフリカにおける脱植民地化とナショナリズム―ルワンダの事例を中心に」

昨夜、来月出版する『現代アフリカと国際関係~国際社会学の地平から』(小倉充夫編・東信堂)の打ち合わせを完了。素敵なカバー案の数々に幸せな気分に。でも、幸せは長続きせず、押し寄せる原稿締め切りに追われる連休。
 そして、もうすぐ国際政治学会の報告が・・・。忘れる前に、記録の為10月19日(金)に名古屋で行う学会報告の詳細です。元になるのは、以上の共著本の2章「『解放の時代』におけるナショナリズムと国民国家の課題――ルワンダを事例として」なので、学会ホームページに原稿をアップしていません(著作権上の問題があるので)。フルテキストをご希望の方は11月の以上本の販売までお待ちください。
 なお、期せずして院生さんと同じような内容になっているので、私の方は「アフリカにおけるナショナリズム」にフォーカスして報告することにしていますので、必ずしも下記「要旨」に沿わないのであしからず。

日本国際政治学会 2012年度 研究大会
10月19日~21日 (名古屋国際会議場)
http://jair.or.jp/event/2012index.html
●分科会プログラム
http://jair.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/convention/2012/2012bunkakai1001.pdf

アフリカ分科会 責任者 遠藤貢(東京大学)
テーマ ルワンダ内戦の歴史的再検討
司会 遠藤貢(東京大学)
鶴田綾(エジンバラ大学)
「ルワンダ民族対立の歴史的再検討―革命及び独立期を対象に」
舩田クラーセンさやか(東京外国語大学)
「アフリカにおける脱植民地化とナショナリズム―ルワンダの事例を中心に」
討論 武内進一(日本貿易振興機構アジア経済研究所)

要旨
<アフリカにおける脱植民地化とナショナリズム~ルワンダの事例を中心に>
<所属>東京外国語大学大学院総合国際学研究院
<名前>舩田クラーセンさやか
 これまで筆者は、モザンビークを事例として、現代アフリカの「統一」と「分裂」について研究してきた。ここ数年は、独立後の紛争から20年を経たモザンビークとルワンダの平和構築について比較研究を行ってきたが、ルワンダについて関心を寄せ、研究調査するにつれて、虐殺を経たルワンダの現在、そしてその過去が、現代アフリカ全体で生じた社会・政治変動と無関係に起きたものではないと考えるに至った。
 一般に、ルワンダの1994年の虐殺、その歴史的背景については、ルワンダの独自性が強調される傾向にある。植民地支配下で間接統治を担ったトゥチと呼ばれる集団と、支配された側のフトゥという集団間のエスニック対立が独立後も継続し、虐殺に至ったという考えである。もちろん、いずれの歴史的事象も、独自性や固有性を抜きに理解されるべきではない。早くから王国が国家形成過程にあったルワンダとそれ以外のアフリカ諸国には違いも多い。しかし、1994年の虐殺の歴史的起源として重視されることの多い1950年代末から1960年代初頭の植民地末期は、アフリカが全体として脱植民地化プロセスに入っていた時期であり、各地で各種集団間の衝突や混乱が生じていた。このことと、ルワンダを無関係に論じるのではなく、関連づけて考察した時に、ルワンダの現在の課題はどのように見えてくるだろうか。この問いが、本報告の狙いである。
 したがって、本報告では、ルワンダ虐殺の背景を準備したルワンダの脱植民地化プロセスとネイション形成を、1950年代後半から1960年代前半のアフリカ全体の政治変動の中に位置づけることにより、その困難を世界史的展開として論じることによって、現在のルワンダの課題を検討する際のもう一つの視座を提供したいと考える。
 本報告の構成は次の通りである。まず、アフリカの脱植民地化における解放と主体の形成がどのような状態にあったのか。特に、ネイション形成に重要な役割を果たしたナショナリズムはどのように準備され、生じ、機能したのかを整理する。次に、前節での整理を踏まえつつ、ルワンダに焦点を当て、そもそもの植民地化過程がネイション形成やナショナリズムにどのような影響を及ぼし、脱植民地化はどのように進められたのかを明らかにする。最後に、アフリカ史の中にルワンダを位置づけながら、現在の課題について考察する。
[PR]
by africa_class | 2012-10-06 13:19 | 【記録】講演・研究会・原稿
<< 国際平和研究学会(IPRA)で... 【今、安全保障を考える1~12... >>