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モザンビーク市民社会来日をふり返って~大地に生きる人達の「真っ当さ」と我々の「恥」「罪」

昨日、モザンビークから来日していた全国最大の農民組織UNAC(全国農民連盟)のお二人(アウグスト・マフィゴ代表、ヴィセンテ・アドリアーノさん)、環境団体JA(環境正義)のレネ・マショコさんが無事帰国の途についた。
 溜まったいくつかの代表を務めるNGOの事務作業や、原稿を書いているうちにこんな時間に…。しかし、5つの学会の原稿や発表要旨を頼まれており、「首が回らない」状態。そんな時だというのに、書かずにいられずモザンビークからお越しの皆さんとの濃厚な数日間を思い返しています。今、報告の詳細などは、「モザンビーク開発を考える市民の会」のブログにアップしつつあるので、そちらをご覧ください。会計報告もしています→http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/
(パワーポイントアップロード済み)

IWJで視聴可能。(一番時間があって通訳が被らなかった東大セミナーについては、今録画をアップロード準備中です。そちらが一番おススメですが、少しお待ちを。)
●北海道セミナー→http://www.ustream.tv/channel/iwj-hokkaido1#/recorded/29571530
●議員会館学習会→http://www.ustream.tv/recorded/29595400

数日間、マフィゴ代表の言葉を訳する光栄に恵まれ、心から感謝。大地から、生命から、闘いから生み出された思慮深い、フィロソフィかるな言葉の一つ一つが、心に沁みて、これを彼の言葉のニュアンスや力を削がずにそのままどう日本語として皆さんに感じ取ってもらうか…悩みながら訳しました。

事前に予定されていたわけではない、スライドにない言葉の数々。その場の空気を感じ取り、瞬間的に彼が紡ぎ出した、しかし長い歴史と闘争に基づいた言葉に、相応しい訳が出来たのか…不安。20年前から話を聞き続けてきた何百人ものモザンビーク北部農民一人一人の顔を思い浮かべながら、ああこのことに繋がったんだと気づきました。その帰結はこの本に。
→http://theoriginsofwarinmozambique.blogspot.jp/
The Origins of War in Mozambique

マフィゴさんの言葉を訳しながら、それに気づいた瞬間に胸に迫るものがあり、涙を堪えるのに必死でした。その内の大半はもうこの世におらず、彼らが私に託してくれた想いや言葉に、私が何をすることが出来たのだろう、と。彼らの苦悩と闘いから学び、今と未来を共に生きることを続けることでしか・・・。お話をしてくれた人々に直接返すことはできない歯がゆさ。

最終日の東大でのセミナーに参加した学生からの感想から紹介したいと思います。彼女は、アフリカのある国で1年にわたって企業でインターンしていた学部3年生です。

「UNAC代表のマフィゴさんが、『プロサバンナに関する意思決定はモザンビークだけでなく日本でもなされているから、我々は日本と対話をするために、来なくてはならなかった』とおっしゃっていたのが大変印象的でした。
 当事者の望まない「開発」を推し進める日本の援助を問い直すため、今回のような来日が実現し、セミナーという場が設けられたのだと思いますが、当の日本側は自らの援助を見つめ直すでもなく、まだまだ現地の声を軽視するような、中国などの問題を持ち出し論点をそらすような姿勢でいることを恥ずかしく、残念に思いました。
 それでも、今回来日されたお三方のような、例え政府や日本の援助機関から軽視されても訴え続ける姿勢を崩さない人もいることに、希望を感じました。お三方にとっては遠いモザンビークから来日されたにも関わらず、日本の反応は期待外れの冷たいものだったかもしれません。ですが、現地から声を発し続けるのを止めないで欲しいと思いましたし、自分も何らかの形でそれをお手伝いできれば、と思いました。今回のセミナーに参加でき、大変勉強になりました。ありがとうございました。」

そう書いた彼女が、今ブログに彼らのパワーポイントをアップする作業を担当してくれています。感想を述べて満足してしまう、日本の「典型感想文」を超え、彼女は1歩踏み出していることに、未来を感じます。それこそが、モザンビークから来た皆さんが唯一感じる「希望」の中身だから。つまり、「日本の農民、若者・市民には希望を持てるようになった」と、言残して旅立たれた…。

でも、彼らが帰ってからの24時間。雨季の農繁期。そして、農民のためにあれほどまでに忙しい彼らに、この国は一体何をしてるんだ・・・という想いばかりが募ってしまいます。日本に来日してからも、彼らは毎日朝3時まで仕事をし続けていた。本国に残してきた大量の仕事をこなす為。そして、毎日のイベントで出来た聴衆の疑問に答えようとバージョンアップされ続けたパワーポイントのための作業を毎夜…。こんな人達、モザンビーク人だから、アフリカ人だから・・・を超えて、そんなにいるわけではありません。自分のためにやってるんじゃない。ばら撒きのお金をもらうのは簡単だ。そうやってペイのいい仕事についていくのも簡単です。彼らほどの人達ならば。

でも、彼らは目の前にぶら下げられたニンジンの数々や罠を拒否し、政府ににらまれ、身の危険を感じても、なお、モザンビークの圧倒的多数を占める小農民のために、自分の団体の加盟者のためだけでなく、ばら撒きに落ちてしまった小農のためにも、小農の権利、農民主権、食料主権のために、闘い続けようと頑張っています。

私たちは、だからといって、ただ「頑張っている」と称賛すればいいのではありません。学生が書いているように、私たちの税金を使って行われている援助事業によって、必要以上の「頑張り」を余儀なくされている人達なのです。これがどんな酷いことを、北部農村社会にもたらしているのか・・・については、別途書きたいと思います。今、「批判に対応する」ことを目的として、このプロサバンナ事業「のため」、日本の公共事業と同様、コミュニティの住民、農民同士が分断が試みられています。
 
これは、「援助が役に立つかどうか」の話ではありません。「援助」という「公共事業」、それに「群がる利権者」のために行なわれる、主権者同士の分断と対立。日本の原発立地をめぐり、ダム建設をめぐり、公害をめぐり、繰り返されてきた構図が、今回遠いアフリカのモザンビークにも持ち込まれています。そのことの罪について、日本の援助関係者はどれぐらい自覚的なのでしょうか?

しかし、これを許しているのは我々日本の市民。日本社会で許し、アフリカ・モザンビークで許している。「公共」という名のもとの、「経済成長」という名のもとの、上からふってきた「事業」。自分の失敗、組織の失敗にされないために、なされる多くの言い訳に、嘘に、口実に、アリバイ作りに、実績作り・・・。それを、「現地の貧しい人びとのため、農民のため」だと、農民の前で言う・・・。そんなことのために、私たちのなけなしの税金は使われたかったのでしょうか?

(この先も、しっかり文章を書こうと思っていたのですが、原稿をやはりしなければ・・・なので後はツイッターを貼り付けておきます。また時間のある時に・・・)

自分の手で耕し、生み出し、それを食し、ふるまっている人達の決意と言葉は、本当に重い。20年モザンビークに関わって、今改めて「ただの研究者」でいることの限界を身に染みて感じる。研究だけをやるのであれば、彼らに質問票をもって質問して終わる。1年に1回?2年に1回?それで論文を書く。私のかかわりは、単なる傍観者、観察者だ。「インタビューアー」として、シンパシーを感じつつも、書いておわり。でも、それでは迫りきれない。もっと、現実は複雑で、一過的でなく、連続し、迷いに満ち、苦しみと喜びに満ち、深いのだ。

あの国の社会の根深い重層性を、それらの複数のひだの狭間で、共に悩みながら迷いながら七転び八起きしながら生きる人びとと、立場は異なれど仲間として共に走ることで学び、知り、感じ、考える。そこで見えてくるものは、「質問票」と「参与観察」を超えて、もっとずっと豊かだ。異なる、しかし共にある未来を語り合いながら、それぞれなりのやり方で現状を分析し、不正義と共に闘う中から、学術を超えた何かを掴みかけている気がする(あくまでも「かけている」・・・という仮定の話)。

彼らの姿をみて、某新聞社の方が言ってた。彼らの存在自体が「新モザンビーク像」だ、と。バラマキを拒否し、農民の権利のため命かけてる。でもこの見方も実は間違ってる。モザンビーク解放闘争、独立直後には、このようなモザンビーク人は山ほどいた。なぜ、UNACが1987年に結成されなければならなかったのか。世銀IMF・日本含む西側ドナーによる構造調整計画導入との関係…を無視しては理解不能。独立のため命を掛けた人びとの本流。

それがUNAC。なのにJICAは「元反政府ゲリラRENAMOの関連組織だと思っていた」という。モザンビーク人が聞いたら仰け反る一言。それぐらいモザンビークのことも、農民組織のことも、市民社会のことも、知らないままに「日伯連携」によって安易に始められた巨大農業開発プロジェクトが進んでいこうとしている。

しかもUNACが書いた声明や記事が、「立派すぎる。モザンビークの農民組織なんかに書けるはずがない。裏に誰かいるのだ」…とまことしやかに囁かれている。

このような「言い成りにならないアフリカ農民(組織)」=「反政府・野党」or「無教養・知らないだけ」との偏見や思い込み、あるいは言い訳?こそが、今回の問題の根っこにある。

カネのためでなく、利己心のためでなく、社会の為にここまで頑張る人たちとこそ、我々は繋がりたいのではなかったのか?しかし、利己心のために言い成りになる人達を「カウンターパート」と呼び、重宝がる日本の援助。日本の援助のカネがなくなったら、終わってしまう関係、プロジェクト。

それにしても、当事者らの言葉は、会場に来てくださった方々、特にJICAの3名の方々の胸に届いたのだろうか?JICAの本郷豊さんが手を挙げてした質問が「中国やヨーロッパも問題起こしているのに、何故その話をしないのか?」だったことに、哀しみを覚える。

それに対するUNACの皆さんの返事が至極真っ当すぎて、逆に思慮のなさを露呈させてしまった。

つまり、「勿論中国とも対話してる。彼らが嫌がるぐらい。でもモザンビークと日本は遠い。こんな遠いところまで何故わざわざ我々が来なければならなかったのか?日本と話をするためでは?」

忙しい彼らが来ざるを得ないズサン計画に基づく問題援助をぶち上げておきながら、その張本人が「中国の話をすべき」というのはあまりに…。

「日本の」援助が当事者に問題にされているその現場で、唯一選択した質問が「中国もヨーロッパも悪いことしてるのに何故話さない?」…なんだ。JICAを名乗ってした質問だから、彼だけに限られた考えというより、JICA内部でもそういう論調で話されてるということなんでしょうね。組織の文化というのはこういう時に出てくる。

いつも問題は自分ではなく、相手や外にあるんですね。
問題は外からやってくる。
悪いのは自分ではない奴らだ。君たちだ。
説明が一方的で、偏ってる。
僕たちは何も悪くない。
僕たちは一生懸命やっている。

皆さんが、一生懸命やっていることは何でしょうか?

他人の社会を激変させてしまう大事業を、
よく知りもせずに、考えもせずに打ち上げてしまった・・・。

それを当事者に批判されて、
猛省して、彼らと正面から向き合おうと、

努力されているんでしょうか?

そういう努力は、一生懸命しないのでしょうか?
自分のやりたい努力を、一生懸命。

組織を守る、
援助産業を守る、
そこに群がる利権やお仲間を守る、
自分のプライドを守る、
そういう努力なら、一生懸命?

納税者のカネを使って。

土地を奪われる哀しみを、地域を離れざるを得ない苦しみを、強制であろうとなかろうと、311後の日本は知ったのではなかったのか?地震で津波で原発事故で…土地を汚染され、逃れざるを得なかった人達が16万も超えてるのに、アフリカの話とはいえ「補償するから大丈夫」…と政府の人が平気で口にする。外務省も、JICAも、すべて他人事のように。

「移転はミニマムですから。補償しますから。」

そうなんですか?
ミニマムってなんでしょうか?
誰にとって?
そういう話なんでしょうか?
皆さんが支えたいという小農が、どうして移転しなければならないのでしょうか?
小農の生産を応援するんじゃなかったんでしょうか?

日本の公共事業ですもの。
その輸出版ですもの。

援助は日本社会の鏡であり、日本社会の中で主権者がこのような状態に置かれている現状では、「それが自然」となるのか?両方のど真ん中に関わることになった私。偶然の重なりにみえて、そうでないのかも。それほどまでにこの国の根っこの闇は深い。日本でもアフリカでも、生活の場に表れる主権侵害。

そして、もう一つの傾向。
「アフリカには教えてやらねばならぬ」という・・・傲慢さ。

明日、ゼミ生たちがマダガスカルに旅立つ。一人は大学留学。一人は企業インターン。次は、マラウイ、ルワンダへの留学、ザンビアのNGOへのインターンにゼミ生らが旅立つ。2月から既にモザンビークで留学を開始した学生も。1人を除き全員女子。この現実を、知らない日本社会。

昨日までのイベントでもアフリカ留学経験組が活躍。彼女たちからみたアフリカは、多くの日本のアフリカ関係者の「援助を通してみるアフリカ」と全く地平が異なる。国のお金でボランティアに行くJOCV的物の見方とも異なる。自分がお金を払ってまで学びに行くアフリカ。当然「先生」はアフリカ人。

アフリカのことを、アフリカの大学で、アフリカ人の先生から、アフリカの同級生たちと共に学び、自分のアフリカとの距離や関わりや未来を考える。そんな学生が、この大学に来ての9年で、ようやく二ケタ代に。思考が硬直してしまった方々を変えようとしても難しい。だから若者に未来を託したい。

アフリカ留学する日本人…の大先輩・吉田昌夫先生。ガーナ独立翌年にガーナ訪問。日本人初・アフリカの大学(マケレレ)で博士号。研究者、教授にして、ネルソン・マンデラ招致委員会の事務局長、AJF元代表。その先生の昨日の「援助関係者は教えてやろうという傲慢さを捨てるべき」の一言が重い。

温厚な先生があれほどはっきりおっしゃるのは珍しい。外務省表敬時の農民組織代表への非礼、議員会館での農業コンサルの指さし事件来ずっと怒ってらした。昨日の「中国を何故問題にしない?」発言で心底呆れられた。先生が皆を成田に送って下さったのは、これら非礼に心痛めて。先生に学ぶこと多し。

そこに暮らす人びとを中心におかず、毎日の生活を知らずして、「これもあれもない」「これもあれも要るはず」「これも知らない?」と外部から勝手に提案される「解決法」の数々。彼らの主権、努力、自己決定権を踏みにじり続けてなお、非礼を重ねる根っこに「自分の方がエライ・知ってる」との驕り?

当事者が来てなおのこれらの対応で、この間はっきりみえたのは、もはや #プロサバンナ の問題が、一事業の問題に留まらず、「開発援助という公共事業」あるいは「開発援助という権力関係」の問題であるということ。そして、その底辺には、我々に沁みついた偏見と傲慢さがへばり付いていることを。

「気づき」はいつどこでも遅くはなく、JOCVでも企業からでも何でも良いのですが、時代が変わった以上、学生たちには次を奨励。1学部時代:①国内問題に関わる、②国内NGOに参加、③「途上国」に留学orインターン、2企業で就労、3大学院で専門性→「国際協力」機関or起業。ミソは③。

何故学部時代に「途上国」に留学(農村・地方大学がベスト)、インターンかというと、現場知らずして「国際協力」を唱えたり欧米(大学)経由でこれら社会を理解することの弊害が顕著だから。また①が不可欠なのは「社会の何者」として関わるかの考えなしに「他社会」変えられると思うのは甘いから。

今震災の支援活動をした日本の国際協力NGOの多くが「社会との距離感」に悩んでる(他社会ではそこまで深刻に考えていなかった)。「自分のではない社会」での「一過性の国際協力」は危うい。見てるつもりで「見えない」ことの方が多い。当事者の主権を踏みにじっても、権力関係から問題化しない。

学部時代に、①自分の存在や社会との関係を問い直す沢山の経験を積み重ねること、②「自分が助けてあげたい」と考える人達と「助けてあげる側」としてでなく「同じ人間」として関わる機会を持つこと、③そして「助けてあげたい」という前提を問い直すこと…を是非。これしないから問題繰り返される。

勿論「だから何もしない方がいい」では全くない。皆の素晴らしい善意をフワフワしたものから、「自分の責任」にまで落とし込んでほしいと願ってる。自分存在が背負っている責任や罪を自覚し、その地平からやるべきことを1個でも2個でも共にやること→http://afriqclass.exblog.jp/i17

【モザンビーク農民組織代表のマフィゴ氏の言葉の宝物(1)】「私たちが目指している発展とは、ゆっくりとした発展です。急いでなされる開発は、必ず社会に、生態系に、人びとに無理を引き起こします。その害を引き受けるのも我々草の根の人びとです。だから自分たちが手に負えるスピードがいい。」

311後の日本にとても重要なメッセージがモザンビーク農民から。実は、別プロジェクトで東北にアフリカの人びとと訪問し、これを考える企画を提案。助成金…次第ですが、昨日の東大セミナーで西川先生が冒頭におっしゃったように、311後の日本の地平から考えるべきこと多々

「これからの正義の話をしよう」でなく「『今』の正義の話をしよう」。今日本で起きていること。この根深い、しかし表面化した闇から学ばず、何を学ぶの?若者の皆さん。今目の前に広がる荒涼とした風景。あなたはどこに?「イメージ」に担がれ「勝組になればいい」?大人はこんな社会を残していい?

言い逃れのために積み重ねられる嘘と隠蔽の数々。細部にわたる介入によるいつの間にかのすり替え。イメージ操作による民衆操作…。政府のせいだけにするの、止めよう。民衆がもっと賢く、注意深くなれば、見抜ける沢山の。結束すれば乗り越えられる試練の数々。個として立つ。連帯する。恐れない。

あんな立派な大地に生きるモザンビーク農民の皆さんに、こんな想いと苦労をかけているのは、私たち自身の社会が、私たち自身の大地に生きてきた人達のことを大切にしてこなかったから。彼らの土まみれの努力を、ちっとも感謝してこなかったから。311は起きなかったのか?立ち止まろう。変わろう。

以下は掲載 PPTを→http://afriqclass.exblog.jp/17362546
最後の1枚:「アフリカも変貌。 声なき人が声を上げ始めた。変わらないのは日本の我々。世界から取残されるとしたら争奪に参戦しなかったからでない。教訓から学ばず驕り、社会を自分ら民衆のため変えようとしなかったから」

五月雨で失礼・・・。またゆっくり修正していきます。
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by africa_class | 2013-03-02 22:51 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ
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