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日本の援助(プロサバンナ)と抑圧、言論の自由について考える

現地調査報告概要(ドラフト)にも少し書いたのですが、モザンビークの市民社会や農民組織からは、悲鳴のような声が日々届きます。同国で日本もブラジルと共に援助するプロサバンナ事業に異議を唱えた人達が、プロサバンナ事業関係者らにより、繰り返しの圧力を受けています。

詳細は9月30日の緊急報告会にお越し頂ければ
http://afriqclass.exblog.jp/18634252

その圧力の与え方は直接的なものから間接的なものまで、とってもアカラサマなものから微妙なものまで、多種多様です。モザンビークや日本らしい手法のものも沢山あり、両国を知る者として考えさせられる点が多々あります。

哀しいことに、現地調査「報告記録」には、そのような声が積み上がってしまっています・・・。彼らがこれ以上危険に晒されることを考え、どのように公表するのかについては躊躇がありますが、彼らは「大丈夫。今こそこの不正を世界に知らせて」というので、差しさわりのない程度に列挙しておきます。

というのも、きっと日本の援助関係者はこういうことが現地で起こっていることについて、一部の人を除いて知らないと思われるからです。カウンターパートの政府関係者とだけ話している、あるいは市民社会と表面的にしか付き合いがないと耳にすることもないでしょうから。

それこそが、せっかく去年10月にUNAC(全国農民連盟)が異議を唱えてくれた時に、「ごく一部」「反政府勢力」「農民を代表しない」「こんな立派なポルトガル語をモザンビーク人や農民は書けないから国際NGOの陰謀だ」などといわずに、真摯に耳を傾け、どうしたら良いのか話し合えばよかったのですが・・・。

まだ遅くない、と思います。日本の援助関係者が今表面的な小手先ではなく本当の意味で変われるのであれば、そして抜本的な見直しができるのであれば・・・。ヒトも組織も間違いは冒すものです。私もまた。でも、「批判や教訓を変革の糧にする」ということを肝に銘じれば、変われるはず。まずは、何が起きているのか知って下さい。

「現地社会の異議あるいは疑問がある中で、とにかくプロサバンナを推進する、既成事実化を図る」ということが、いかなる抑圧と分断を現地で引き起こしているかについて、これを機会に是非自覚してほしいと思います。

私には沢山の疑問があります。
日本の国際協力を通してやりたかったのはこういうことだったのでしょうか?農民の支援というのはこういう手法によるものなのでしょうか?異論に丁寧に耳を傾ける努力よりも、なんとか「既成事実」を積み上げるための戦略や活動にばかり努力を注ぎ続けるべきなのでしょうか?

JICAは、いつから「弱い立場の人びと」の側ではなく、抑圧の側に立つ組織になったのでしょうか?国家間の援助の限界がこういう形で出るのであれば、そして援助からtake offする国が急増している以上、今後10年・20年の存在意義は何となるのでしょうか?

JICAは、いつから、現場での人びと共にある地道な信頼醸成活動の積み重ねに最も努力する機関から、大がかりな宣伝本位の事業の体面を保つための「戦略や戦術」にばかりカネを出し奔走する機関になってしまったのでしょうか?

両方やってるよ・・・という声が聞こえてきそうですが、後者が続く限り、現地の人びとにとって前者の評価はとても難しいでしょう。その意味が分からない現場で頑張っているコンサルタントの方多いと耳にしますが、プロサバンナ事業が一方で抑圧を生み出している中で、ある一部分は頑張っているから評価してほしい・・・と思っても、社会的になかなか難しいことなのだと思います。

そもそも、私に疑問なのは、そこまでしてやりたい国際協力とは何だろう・・・という点なのです?
内発的な人びとの努力に寄り添わない援助への批判は90年代に散々行われてきました。今更私がそれをここでふり返る必要もないと思います。

でも、もはや問題は「農民の自発性や内発的発展に資するかどうか」という点をはるかに超えてしまいました。プロサバンナ事業は、それを「何が何でも問題がなかったように取り繕い、推進する」というあらゆる種類の努力によって、その行き過ぎた繰り返しの「圧力」や「活動」によって、モザンビークのもっとも善良で素晴らしい層の人達ーーカネのためではなく自らを犠牲にしてでも底辺の人達の権利と社会の正義と民主主義のために闘う人達ーーを、傷つけ、反発させてしまいました。

プロサバンナ事業は、モザンビーク社会の真の発展に貢献したければ真っ先に仲間として行動すべき人達を、「敵」や「道具」として扱おうとしてしまったのです。そして彼らはそれに気づき、深く傷つき、反発し、不信を抱き、幻滅しています。どうしてこんなことになったのでしょうか?JICAは組織として自覚の上でやっているのでしょうか?あるいは?

これまで私もメールや電話、来日した仲間たちの話でしか「抑圧の実態」を知ることができませんでした。しかし、私だけでなく、今回、一緒に現地調査に行った日本の仲間たちも、自分の目の前でそういう事態を目にしてし、とても危機感をもっています。一援助事業が、現地で人権(言論の自由)侵害を引き起こす事態に、私たちはどうしたらよいのでしょうか?

抑圧を受けた人達を守るため、差しさわりの内範囲で列挙します。時間もないので一部のみですが。

(私や調査団が目撃したもの)
・「私のやることに反対する者には最大限痛い目にあわせてやる」
・「誰がこいつら(外国市民社会)を連れてきたのだ。お前か!」
・「上司が暗殺しろといったらそれに従うお国柄(といって市民社会代表に銃口を象った指で焦点をあてる)」
・「政府のすることに反対というな」「賛成といえ」
・「異論を国外で披露するな」
・「やはりこの公開書簡は外国の陰謀者らによって書かれたんだな。善良なるモザンビークがこんなことを書くわけがないし、農民が書けるわけがない」
*このいくつかはJICA関係者が同席の場で発せられました。内部で共有はあったでしょうか?

(現地での聞き取り、現地からの情報)
・「(プロサバンナ対象地での土地紛争の話をしたら)そんな話をしたら、君たちはどうなるか分かっているのか?」
・「農民組織は排除する。何故なら奴らはプロサバンナに反対するからだ。対話の必要はない」
・組織の上司への圧力と、その上司による圧力(人事担当からの圧力も含む)
・組織に資金提供するドナーを経由した圧力
・密室での会談の要求
・一人だけとのインフォーマルな会談の要求
・市民社会との対話にもかかわらず「個人」をターゲットとしたコミュニケーションのやり取り(個人の携帯への直接的な連絡、一人だけの連絡や名指しの連絡)
・繰り返しのミーティングへの呼び出し
・以上が無理な場合のフォーマルなレターによるミーティングへの呼び出し

ちょっと時間がなくなてきたので、列挙は以上に留めます。
傷害事件とかそういうものじゃないよね・・・という意見の人に尋ねたいのは、日本の援助がそこまでに加担する前になんとかすべきではないのでしょうか?、です。今は選挙前なので、この程度に収まっているのですが、それでもドンドン加速しています。

そこまでして得たい「農民・市民社会の同意」というものを根拠にして進める農業開発援助というのは、何なのでしょうか、という点です。ぜひ、自分の立場や利益、思い入れを脇において、考えてみてください。

国内的にも国際的にも注目が高まっている中、日本政府やJICAの良識と、「ガイドライン」に基づく行動が強く求められています。結局のところ、「組織」というのは「人の集合体」にすぎません。「どうせ変わらない」ではなく、一人一人が変えようとするならば、きっと変えることができるはずです。これ以上の加害に加担せず、過ちを学びに転換すべく、がんばってください。

Transcend(転換)は可能です。詳細は→
http://afriqclass.exblog.jp/i23/

10月に、このTranscendを基本理念としたLukasaをアフリカ・アメリカの専門家や有識者を招いて、日本の仲間たちと開催します。お楽しみに。
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by africa_class | 2013-09-21 18:02 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ
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