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今日結婚するメグミちゃん&みなへのメッセージ:脱「草の根ファシズム」のヒントとして


この週末、メグミルクが結婚するという。

卒業式で素肌にマサイの毛布をまとって卒業証書をもらったメグミちゃん。北海道で高校の先生をしている。
「先生、天職です!毎日幸せです!」
そんなメールをいつかくれた。心の底から嬉しかった。

メグミちゃんは、高校生の時訪れたケニアのスラムで、大変な生活の中でも、子どもたちが笑顔だったことがあまりに衝撃で、「なぜ笑顔なのか?」を問いとして抱いたままゼミにきた。

その子どもたちの「笑顔」は心からのものか?
たまたま出会った子どもたちだけがそうだったのか?
訪問先に秘密があるのか?
訪問の仕方(間に入った人)との関係は?
そもそも「笑顔」とは何か?
誰がそれを「笑顔」と定義するのか?

きりのない突っ込みは可能だけれど、そして本人にも誰にも言わなかったけれど、その問いはすごく良いものだと思った。卒論テーマとして学問的に良いと思ったのではない。学術的には上記のように前提を特定していく必要があって、社会か学的に追求するには困難な問いである。でも、一年生の時からずっとこれを唱えてきた彼女に4年目の夏がきても異論を口にすることはなかった。

(そもそも、学生のテーマ選択は本当に自由。ここに口を挟むのは絶対にやってはいけない。勿論変えた方が良いテーマであることは多い。でも、変更もまた学生の選択であって、大げさかもしれないけれど彼女ら・彼らの一生に関わることである以上、そこは重要。これは執筆途中の大学1年生向けの本で詳しく説明したい。いつか…)

なぜか?
私には、その問いが彼女の人生の中で、あるいは彼女と共に教室にいる学生たちの人生にとって、とても重要な問いに思えたからだ。そして、この社会が切実に必要としている観点が含まれている。何より、私がゼミでやろうとしていたことと、実はとても合致していた。

そして、メグミちゃんは、卒論を通してというよりも、その問いと、彼女がその問いを発するに至った背景と、そしてそれを乗り越えようとする前向きな姿勢によって、自分と周りを解放していった。「解放」という言葉が、この点についてはとてもしっくりくる。結局は、これは「自己と他者の解放」の話なのだ。

私のゼミにはなぜか「何か」を抱えた学生たちが集う傾向があった。
ただ明るいのではない。
ただ「良い子」なのではない。
ただ斜めにみているのではない。
表面でみえるものとは別の「何か」…を抱えた若者たち。

考えてみれば、ゼミ生だけでなかった。
今の日本の若者というのは、そういうものなのかもしれない。「何か」を抱えながら、迷いながら、右往左往しながら、しかし、表面上は「フツーの若者」らしくふるまっている。あるいは、いつの時代もそうなのかもしれない。

ただ、今の若者は、中学校の窓ガラスが、先輩たちが投げた机で破れていた…なんて時代のすぐ後に中学校に入った私たち、あるいはバブル最後の時期でイケイケドンドンな時代の空気を吸った者たちとは、何かが違っている。昭和なお父さん、おじいちゃんが鎮座した「イエ」が押し付ける規範としがらみを、肌で感じ、覚えている世代と、現在の若者とは何がが。

一見無限の「自由」の中の不自由さや古びた拘束力と、たった独りで内面において闘うことを余儀なくされた若者たちの、苦しさ。誰に対しても、親はもとより、「友達」とも本音を語らないことが当たり前となった彼ら。

若い人たちが自分の本音を友人たちにも語らなくなったのはいつからなのだろう?
「いじめ」は誰の身にも、いつでも、起こりえる。
そんな不安が、若者たちが自分の本当の考え・想いすら隠してしまうほどに、それ故に無関心・無気力にさせてしまうほどに至ったのは、いつからのことだろう。

みな、どこか悲しい目をしていた。
そして、不安そうな目を。
自信満々にみえても。
何かを暴かれるのを怖れているような、そんな目を。

大学に着任して3年目。
私は、ゼミで学問を「教える」のを止めた。
手順は教える。
書いたものを学問的に批評する。
しかし、ゼミの機能として、「場」の創造を優先させようと決意した。

そのことは既に何度も書いた。
書いてなかったことは、「新しいソーシャルネットワークの場」あるいは「社会関係資本を育む(あるいは実感してみる)場」としての試行錯誤の部分について。

勿論、そういう「場」が苦手な学生も多く、違和感をもったまま、あるいは嫌な思いを抱いて卒業していった学生もいただろう。勿論、ゼミに入る前から何度も説明し、「このゼミには入らなくていい」と宣伝し、すでにゼミ生になっている人たちに相談するように提案してきた。それでも、あうあわない…はあるので、そこの部分は完全には私の責任というわけではないが、ある種実験的な部分があったのは事実で、その点では申し訳なかった。

ゼミではすべてをpeer(相互)にやることを前提とした。
言うは易し、機能させるには横軸と縦軸がうまく噛み合ないといけない。その意味では、初期のゼミ生たちの頑張りがなければ本当の意味でネットワークとして機能しなかったろう。

それでも一声かけなければならない場面は当然沢山あった。
毎年繰り返し言った言葉。
それは、他でもない、「頼ることを覚えること」であった。
そのことが「自分を「解放」してくれるだろう」ということ。

実は、日本のどの年代の人にも言えることだが、「信頼関係」「助け合いの関係」を想定する場合、自分は「助けてあげなければならない主体」であって、「助けられる側」とは考えない傾向が強い。ある時期、なぜか各地の「市民大学」(多くの場合9割方退職された方々の集い…)に呼ばれることが多く、そこでの社会関係資本を数える参加型ワークでも確認したが、受講生の圧倒的多数が「〜してあげる」「手伝ってあげる」という言葉や行動については思い至るが、では「自分が頼る側である」という意識は希薄で、「頼れる人」をカウントしてもらったら極端に少なかった。

究極的には、「他人/親戚に頼るぐらいだったら我慢する/お金を払ってでも/死んだ方がまし」ぐらいの勢いなのだ。これは、老若男女そうだった。頼る先も、若者も年配者も直系、一等(二等)親まで。「迷惑をかけたくない」「面倒をかけたくない」…そういう方があまりに多かった。

社会がそういう人ばかりだとどうなるか?
「頼り頼られる助け合い、信頼関係」など夢のまた夢。
義務かおつきあいでしか、関係ができない。

となるどどうなるか?
つまり、「ボーリングを一人でする」ことになる。
社会関係資本(ソーシャルキャピタル)論の創設者ロバート・パットナムいわく、「コミュニティの崩壊」、そして「草の根民主主義の衰退」である。
(このことは、また別の機会に書きたい。)

そして、不安のままの孤立は、自信喪失と他者への不信を生み出し、自己解放からも遠ざけ、かたくなな自分を作り出す。それは、いつかの日本の「草の根ファシズム」を再び出現させるだろう。

そして、それを喜んで創出・悪用するのは、あの時も現在も、豊かな民主主義の土壌を育むことなどまったく求めていないどころか、それを自分たちの収奪のために潰すことを厭わない権力者たちなのだ。翼賛体制を再び構築するのに好都合な社会が、不安と相互不信、疎外の中で生み出されている。

だから、権力者らのこのような悪巧みを乗り越え、一人ひとりが自分として解放され、互いを支え合い主体的によい社会にしていくためには、「自分の殻を破って頼ってみること」が必要なのだ。

しかし、「頼ること」は難しい。
「頼られる人になること」よりも。

実はこれは重要なポイントだと今でも思っている。何故なら、「頼られる人/頼りがいのある人になろう」とすることは、道徳的にも社会的規範としても教わる。だから、少々無理すればできる。でも、「頼ること」を奨励する場面はほとんどなく、「頼ること」を普通にあるいは奨励してくれるようなロールモデルもいない。したがって、多くの人が「頼り方」を知らない!(そういう私もそうだったが…)

だから、多くの日本の人にとって、「頼ってみる」「自分を投げ出してみる」・・・ことが何より未知の世界であり、考えが及ばず、やり方も分からず、やろうとしても苦痛なだけの行為であった。

でも、頼ってみた経験がなければ、頼らられる(頼ってもらう)ことの意味は本当には理解できない。身を委ねたことがなければ、身を委ねる側の気持ちは分からず、だから身を委ねてもらうこともできない。「頼り頼られ」という言葉がさしているように、まずは「頼り」である。だから、「頼ってみて」・・・を繰り返し、繰り返し、言い続けた。それでも、頼れないでいる。それぐらい、「頼ってはいけない」という思い込みはパワフルなのだ。それでも、頼ることを体感しないまま卒業してしまった学生が、数年経って突然「頼る」宣言をして驚くこともあったので、「頼ること」の重要性は言い続けなければならないかもしれない。

ゼミは「野生動物保護区」と呼ぶほど多様な生態に満ちあふれていて、よくできたもので、必ず「おせっかいさん」的な学生が一人はいて、皆の面倒をよくみてくれる。だから、そのオーラがついつい頼ってしまう雰囲気を作り出すこともあり、でもそういう学生は学生で自分は頼れないでいることもあるため、そこも根深いものがある。

メグミちゃんの問いは、そのまま私がお金だけでは測れない資本である「社会関係資本」=「頼り頼られる関係」の価値を、体験としても、実験としても、学問としても、ゼミのみんなで共に考えるよい機会を提供してくれたと思う。留学に行く一人ひとりに歌を贈ってくれたメグミちゃんの「無限のgivingな心」の根っこにあった寂しさは、もう癒されただろうか。

人生の伴奏(走)者を得て、きっとこれからも沢山の歌を多くの人に届けてくれることと思う。そして、かつてのメグミちゃんたちのような気持ちを抱える沢山の若い人たちに、暖かい光を灯してくれることだろう。


メグミちゃん、おめでとう。
と同時に、すべての(元)学生に、おめでとう&ありがとうを。
(この記事は、メグミルクをねたにしているけれど、実際は一人ひとりに向けたものです)

若き日に頼ることを教えてくれたモザンビーク北部農村のママたちに、あわせて感謝したいと思う。

なお、最近30代に突入したという卒業生たちから立て続けにメールをもらった。

みんなで仕事や色々な悩みを話しました。抱えている問題は別々のようで、実は根本はなんだか同じなように思えてきました。これからどのように生きて行きたいかを、30代になった私たちは20代とは違う視点で考えるようになってきたのかなと思います。色々ありますが、大変な時もそのままの自分の姿を見せられる友人がアフリカゼミでできたことが嬉しいです。」

違った場所(時に国で)まったく異なる仕事や人生を歩んでいる卒業生たちが、こんな風におり触れて、本当の自分の姿で、自分の悩みや想いや希望を、語り合っている…ことは、本当に嬉しい。「大学」という場は、学問を探求する場でもあると同時に、やはり一生涯の仲間を育む場所でもあるのだということを、改めて感じている。

「人」は二人の人が背中合わせになって初めて「ひと」になる。一人で生きられないからこその人であり、社会であり、世界であり、地球であり、生命であるのだということを、紅葉深まるドイツの秋を眺めながら噛み締めたい。

「頼よる関係」…は自然との関係においてもそうだ。
現代において、人は自然を制服しているつもりかもしれないが、結局はどの大災害でも自然を前になす術がない現実を目の当たりにしている。自然が人を頼るのではなく、人が自然に頼っているのだ。そのことを一瞬足りとも忘れてはならないと思う。知らず知らずに頼っている自分を発見し、それを受け入れるところから、きっと本当の関係が見えてくるし、だからこそその関係を本当の意味で育むことができると思う。(ここは少し言葉足らずだけれど、今太陽が出て来たので畑仕事に!これにて失礼・・・)

最近の日本に再び蔓延しつつある「草の根ファシズム」が、本当の意味の「草の根民主主義」によって乗り越えるには、まずはこの一人ひとりの不安と孤立(疎外)を脱することが不可欠であって、そのためには信頼でき異論を唱え合える開かれた仲間同士の連帯へと向かっていかねばならないと思う。

その意味でも、みなの経験は希望なのだと知ってほしい。
そして、一人でも多くの人を巻き込んでいってほしい。
路上でがんばる若者たちが、こういうプロセスを経て連帯の力を得たことにエールを送りたい。
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(木こりのツレの置き土産があるが、それは気にせず…日陰はもう寒いので、太陽にあわせて薪割りの場所を移動しているのです)

本当は別のゼミ生のメッセージについて取り上げようと思っていたのだけれど、畑でこのことを思い出して先に書いておいた。続けて、別の学生のメッセージについて。
「デモから学んだ若者から学ぶ秋」
http://afriqclass.exblog.jp/21729533


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by africa_class | 2015-10-10 22:49 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)
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