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完成間近の国連「小農の権利」宣言、そしてモザンビーク小農の異議申し立て

皆さん、国連人権理事会で2010年から議論されている「小農と農村で働く人びとの権利に関する国際連合宣言(通称、「国連・小農の権利宣言」)」を知っていますか?2ヶ月前に書き始めて終わらなかった投稿を、なんとか今日は完成させます!

【現在、宣言採択に向けた最終調整中】
同理事会では、今年5月に第4回セッションが開催され、宣言のドラフト(草案)の議論が活発になされており、ついに国連総会での宣言採択に向けて急ピッチで修正が続いています。
http://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/RuralAreas/Pages/4thSession.aspx

これは、「国連・先住民族の権利宣言」に続き、「南の国々」に留まらず、世界的に大きな大きな意味をもってくる国際合意となっていくものと思われます。

【画期的な点:「小農」であって「農民」でない点】
この宣言はあらゆる意味で画期的なのですが、一番画期的なことは、宣言タイトルが「小農(peasants)」である点、つまり「農民(farmers)」でない点です。

日本では、一般にも、専門的な方々にも、あまりに馴染みのない用語、議論、前提かもしれません。

私も、元々学問的な関心を持っていたとはいえ、むしろ社会活動の中でこの重要性に気づかされ、そのスピーディな国境を超える動きについて行かざるを得ない状態になり、日々の小農運動やその支援者らとのやり取りの中で理解を深めてきました。なので、まだまだ…な状態ですが、日本でこれに取り組んでいる方がほとんどいないこともあり、一応、現時点での私の理解をシェアーしておこうと思います。

【日本への示唆〜突然の種子法廃止の今だからこそ】
日本でも、TPPやEPA等の多国間・二国間協定の中での農業・農産品をめぐる議論、突然の種子法の廃止、遺伝子組み換え種の侵入可能性、水資源の民営化の問題等、農地集積の可能性等、1990年代からアフリカ・アジア・ラテンアメリカ地域の小農らが直面してきた課題がふってきている状況なので(農協解体など日本特有のものもありますが)、より世界の動きをしっかり認識しておく必要があると思います。それが、破壊的な構造的な傾向であれ、主体による抵抗・ポジティブな動きであれ。

ぜひ、多くの日本の農家の皆さん、NGOの皆さん、学生さんや若い研究者の皆さんに知っていただき、活用できるところがあれば活用していただければと思っています。

【国連「小農宣言」の3つの背景】
この宣言とその背景を理解するには、1990年代に世界のとりわけ南の国々で小農や農村部住民が直面した現実、そしてこの厳しい現実の中から生まれ、世界に広がったトランスナショナル(国境を超える)当事者運動(小農だけでなく、女性、若者、先住民族、伝統的コミュニティの運動)、そして、これを受けて変容していった国際的な議論の場でのディスコース(言説)の展開、これを後追いしていった国際機関の動きを把握する必要があります。

以上を簡単に整理すると、この宣言は、次の3点を背景として国際的な議題(アジェンダ)に上り、議論がなされ、ついに正式な国際規範として合意される一歩手前に至った…と言えるかと思います。

1) 「小農」が世界で占めてきた歴史的・政治経済的・社会的・文化的意味
2) 「小農運動」自身のイニシアティブでこの国際規範形成を導いてきたこと
*特に、La Via Campesina(ビア・カンペシーナ)の16年に及ぶ努力
http://www.eurovia.org/the-time-is-ripe-for-the-recognition-and-protection-of-peasants-rights/
3) 21世紀の現代世界において「小農」が直面する深刻な状況が待ったなしであること。

このことが、この「小農宣言」の骨格(構成)に、如実に反映されています。
この宣言ドラフトは、2007年に国連総会で採択された「国連先住民族の権利宣言」に大変似た部分があるのですが、あれから10年を経た現在ということもあり、さらに前進した部分があります。

*先住民族の権利に関する国連宣言(外務省の仮訳。但し数カ所問題あり)
http://www.un.org/esa/socdev/unpfii/documents/DRIPS_japanese.pdf

【小農宣言ドラフトの構成】
第3回セッションに提出されたドラフトは大変興味深いものです。

その構成を見るだけでも、この宣言の形成の背景や基本的な思想が明らかになります。
誰も訳してくれていないので、仕方ないので仮訳掲載しておきますが、条文中身と国際法に則った訳語に適応させていないので、あくまでも参考程度に見ておいて下さい。

第1部:定義・基本理念
第1条:小農と農村地域で働く人びとに関する定義
第2条:国家の責務
第3条:尊厳、平等、反差別
第4条:ジェンダー平等
第5条:自然資源(のアクセス)に関する主権、開発、食料主権(food sovereignty)に関する諸権利

第2部:実体的権利
第6条:農村女性の権利
第7条:生命、自由、身体、人格権の安全(保証)
第8条:国籍に対する権利、法的存在としての権利
第9条:移動の自由
第10条:思想、意見、表現の自由
第11条:結社の自由
第12条:参加と情報(のアクセス)に対する権利
第13条:生産、販売、流通に関する情報(のアクセス)に対する権利
第14条:正義/司法へのアクセス
第15条:労働の権利
第16条:仕事場での安全と健康への権利
第17条:食べものへの権利
第18条:十分な収入と暮らしへの権利
第19条:土地やその他の自然資源(のアクセス)への権利
第20条:安全で清潔で健康的な環境への権利
第21条:生産手段(のアクセス)への権利
第22条:たね(種子)(のアクセス)への権利
第23条:生物多様性(保全)の権利
第24条:水と衛生に関する権利
第25条:社会安全保障(のアクセス)への権利
第26条:健康に関する権利
第27条:住居に関する権利
第28条:教育と研修(を受ける)権利
第29条:文化に関する権利と伝統的な知識(知恵)
第30条:国連とその他の国際機関の責務

【ドラフトへの日本の皆さんの持ちうる違和感について】
さて、この構成を見て、日本の皆さん〜研究者であれ、国際協力の実務家であれ、政策形成者であれ、NGOの方であれ〜多分とても違和感があると思います。

ここに良くも悪くも日本と世界の遠さ(一部に断絶)が示されています。
「南の国々」つまり「途上国」の小農は、日本の多くの方に、「まずしく低生産の教えてあげなければ(救ってあげなければ)ならない小規模・零細農民」として認識されてきました。あるいは、「地域にはり付いて伝統的な暮らし・生産をしている人びと」に見えるかもしれません。もう少し、色々知っている方なら、「ランドグラブ(土地収奪)の被害者」として認識されているかもしれません。

つまり、いずれにしても、ある種の「客体化」「被害者化」された存在として認識され、位置づけられており、「国際規範形成の最前線をいく主体」としては認識されてはこなかったと思います。

もちろん、これらの人びとの全員がそうというわけではありませんし、主体として、あるいは各国内・世界での現実が厳しいからこそ、このような宣言を必要とするに至った背景があるわけであって、ただやみくもに「すごい!」といっているわけではありません。

これは、私が長らく取り組んできた植民地支配を受ける人びとが反植民地運動を導き、脱植民地化を成し遂げ、独立を達成するプロセスにおきた議論を彷彿とさせます。当時、「植民地支配を受けている人びとが独立の準備ができているか否か?」が、植民地宗主国や国際会議場、そして植民地支配を受ける側の人びとの間ですれ起きました。そのことは、今年出る本に書いているのでまた今度。

いずれにせよ、言いたかったのは、「主体として準備が出来ているか否か」という議論自体が、1948年の「世界人権宣言」と1960年の国連非植民地化宣言(「植民地と人民に独立を付与する宣言」)以降の現代世界において(本来は古代からではありますが、国際法上という意味で)ナンセンスだということです。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/udhr/1b_001.html
http://www.unic.or.jp/activities/peace_security/independence/declaration/

【日本の開発援助、特に農村開発に関係する方にこそ】
さらにいうと、軍事・一党支配体制が終焉した90年代以降のアフリカ諸国ですら、いずれの国も民主的な政治体制を採択しており(その実質的な意味はさておき)、「主権在民」を基本理念とする憲法を有し、これらの人びとは、それが「小農」であれ「貧困者」であれ、これらの人びとは、「国家の主権者」として、国政・自己の決定権を有する存在であるのです。

国連先住民族権利宣言以降、世界的には、開発援助もまた、この点に留意する形で変容しつつあるのですが、その点において日本の援助は、制度上も実態も、何より関係者の意識も、昔のままの状態を引きずっている点については既に何度か指摘してきました。

日本は農村開発に関わる援助案件が大変多いですし、それだけに関係者数も多いです。
だからこそ、これらの基本的な理解、国際潮流の変容に敏感でなくてはならないと思います。

他方、現実には、世界的にも、国政の中でも、社会内でも、パワーリレーション(権力関係)において、小農の皆さんが最底辺に位置づけられてきたことは事実であり、その結果として小農自身がそのメンタリティーと限界を有してきているのも現実です。

【なぜ宣言を作るのか?〜国際規範にひっぱってもらう必要】
しかし、(またしても)だからこそ、外部者が、Status Quo(現状)を追認する、あるいは多くの場合それを増強する形で、援助を行ってはならず、「植民地・人民独立付与宣言」が果たしたように、「先住民族宣言」あるいは今後「小農宣言」が果たしていくように、国際規範にひっぱってもらう形で、これらの人びとが主権を発揮できるような社会づくりに、共に取り組んでいかなければならないでしょう。

まさに、そこがあえて「国連宣言」を作る理由であり、意義なのです。

それは、「規範にひっぱってもらって行動をする」ことを苦手とする今の日本の人びとにとって、なかなか理解しがたく、難しい点であることは間違いありません。でも、戦後すぐの日本の市井の人びとには、これがあったと思います。平和な日本、平和な世界を作っていこうという。(脇道に逸れるので、これ以上はこの点はここに書きません)

そして、日本の私たちにいかに難しくとも、国際合意となると、それを守っていかなっくてはならなくなります。なお、日本は国連人権理事会の理事国として、この「小農宣言」づくりの場にも出席しており、その意味では「知らぬ存ぜぬ」は通らないです。

【ドラフトの特徴】
ここまでで時間を使いすぎてしまったので、後は駆け足で。
では、何故「小農・農村の働く人びと『だけ』権利を宣言?」という疑問への対応です。

ここが分からない・・・とすれば、そこがまさに日本が世界(国際場裏だけでなく、南の国々の人びとの現実)から「遠い」ということを意味しています。非難しているわけではなく、まずはそれを理解しましょう。

私たちは、食べ物やエネルギー資源、一次産品の大半を南の国々に依存しています。その多くは、農村部の住民の暮らしに影響を与える形で生産・輸送されています。それにもかかわらず、私たちがもっともこのことに疎いとすれば、それは私たちが世界の重層関係の中で有利な立場にいることに胡座をかいているからです。そして、そのことに一般の人びとが関心がないだけでなく、その関心を喚起するための努力を、メディアも市民社会も研究者も怠ってきたから、あるいはしてきたが力不足だったからといえます。

さて。
「南国々の農村住民・小農」とは誰か?
これは、この宣言ドラフトの条文と前文に、「反差別」と掲げられていること、そして「平等」「尊厳」という言葉が並び、「権利」「主権」が強調されている点に、これは如実に反映されています。そして、「ジェンダー平等」と「女性」がとりわけ強調されている点にも。

つまり、この宣言の前提に、過去から続く現代世界の重層的な社会構造の中で、小農と農村地域で働く人びとは、その主権者としての権利を剥奪される、あるいは軽視され、最も差別的な扱いを受けてきたし、現在も受けている・・・そして、それは世界人権宣言やその他の国際法・規範に反している(したがって国際的に努力する必要がある)という共通認識によって、この宣言は策定されているのです。

この権利剥奪・差別状況というのは、意識の上での問題だけではありません。現実に、この構造の中で、現在世界の農村部で土地を含む自然資源収奪が多発しているからこそ、今現在のモーメントに、火急に(そのわりに遅いといえ)、この宣言が策定されようとしているのです。その代表事例が、ランドグラブ(土地強奪/収奪)問題です。これについては、別の本を書いているので、又その時に。

すっごい古いですが…こういうのを書いてました。
http://afriqclass.exblog.jp/i38/

いずれにせよドラフトを読んでいただくのが一番です。また翻訳する時間があればしてみます。
そして、第二部の論点も非常に重要な点なので、こちらもまた紹介しますね。

【最後に〜立ち上がる小農たち】
2012年にモザンビークの小農運動と出会い、一緒に活動を開始してから、私自身も学びの連続でした。この出会いの中では、辛いことも多々ありましたが、私を様々なところに導いてくれました。

このことによる学びについては、『世界』5月号に一部書いたので、そちらをご覧下さい。
そして、ついにモザンビークの小農の皆さんが、JICAに異議申し立てを正式に行い、本審査に進んだと聞きました。

*プレスリリース:「日本の政府開発援助/ODA「プロサバンナ」事業の対象地住民 11 名(小農男女)による JICA への異議申立が本審査に進む」
https://www.facebook.com/%E3%83%A2%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%AF%E5%B0%8F%E8%BE%B2%E5%BF%9C%E6%8F%B4%E5%9B%A3-1060343997409346/?hc_ref=PAGES_TIMELINE

モザンビークの独立は、小農が植民地解放闘争を戦うことなしには実現しませんでした。
小農にとって、そのことの意味するところは、あまりに重く深いのです。

この誰にとっても辛い「プロサバンナ」の経験が、モザンビーク北部の小農のみならず、アフリカの・アジアの・ラテンアメリカの小農、そして日本の小農、世界の農村地域で働く人びとの主権と尊厳を、日本の私たち・皆さんが深く深く理解し、共により平等で公正なる社会・世界の形成に尽力するための大切な経験となることを心から願っています。

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              ブラジル・セラードの小農




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by africa_class | 2017-07-23 00:36 | 【食・農・エネルギー】
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