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1・17阪神淡路大震災からハイチへ

今日で、15回目の1月17日を迎えました。6000人を超える死者を
出した大災害から15年。日本でも、世界でも、災害による大被害は
止むことなく続いています。
 15年経っても癒えることのないたいせつな人を失った人びとの心
と減ることのない復興住宅での独居死に、なんともいえない気持ち
でいっぱいです。
 さて、4日前に発生したハイチ地震ですが、死者数だけでも20万
人を超える可能性が出ており、現地で活動していたPKO関係者2
00名近くも絶望視されています。近年、ハイチの人びとが背負って
きた数々の苦難を思い起こすとき、それだけでも大変な人道危機的
状況だったというのに・・・絶句です。
 災害は貧しい国にも豊かな国にもやってくる・・・とはいいますが、
災害対応がしっかりしていない国や地域で起きた場合、必ずしも
その結果は「公平」ではありません。その意味で、ハイチでこれほど
の規模の地震が起こったことは偶然ですが、人命についていえば、
予防とその直後の救援活動が問題となります。ハイチの被害者の
かなりの部分が、その意味で「人災」だともいえます。
 この教訓は、まさに阪神淡路大震災でいわれたことです。長年に
わたって地震を経験しなかった地域だったことが、予防を怠らせた
ことは、記憶に新しいことかと思います。だからこそ、震災後、兵庫
県あるいは神戸は、災害予防のセンターを設立して、教訓を活かそ
うとしてきました。
 そして、私が何より哀しいのは、今回のハイチ地震に対する日本
政府の動きの遅さです。「関係の薄さ」がそうさせたのでしょうか?
現地情報の入手に手間取ったといいますが、大災害です。日本で
何度も電話する程度で情報が集まるわけがありません。「即行動」、
これが大原則ではなかったでしょうか?ハイチは、日本で思われて
いるほど遠い場所ではなく、マイアミからすぐの小さな島を右半分
をドミニカ共和国が、左半分をハイチが占めています。私もドミニカ
共和国からハイチ国境まで行ったことがありますが、本当にすぐで
す。
 さらに、支援も、日本らしく、よその国がいくら出すかを把握したう
えで金額を決めている点が、同じ災害国として情けないです。結局、
日本が見ているのは「災害現場」そして「被災者の人びと」ではなく、
いわゆる「国際社会」なんですね。民主党政権になったというのに、
いつもと変わらぬ「お役所仕事」・・・日本は世界の中でどういう国と
なりたいのでしょうか?横並び、中途半端にしかできないのであれ
ば、やらないほうがマシです。相手のことを考えられない支援など、
無駄でしかありません。
 では、「遅れた」から、どうするのか?これは、別の考え方も可能
です。冒頭に書いたとおり、阪神淡路大震災では、15年が経過し
ても、色々な面、特にコミュニティのレベル、一人ひとりのレベルで
みれば、「復興」は果たせていません。日本ですら、この状態です。
それはつまり、社会的なサポートは、今後15年以上続くということ
です。その教訓に立てば、日本はここから長きにわたって震災後
に寄り添う・・・ことも可能なはずです。そのときには、15年前の震
災の負の影響をなんとか緩和すべく、もっと国をあげて被災者・
コミュニティを支援し続けないといけないでしょう。

 さきほど、コンゴ東部で活動していた米川正子さんが、ハイチに
向けて出発しました。NGOのJENの調査団の一員として現地入り
します。コンゴとハイチを似ているという人は多いですが、現場に
強く、人びとの側に立って活動ができる米川さんに期待したいとこ
ろです。
http://jenhp.cocolog-nifty.com/emergency/cat21785389/index.html
米川さんには、現地からツイッターを通じて、情報を送ってくれと
頼んでいます。是非、フォローしてください。(まだ2名しかフォロー
してないし) masako1884 (1884年、ベルリン会議の年を
入れてるのが彼女らしい)

また、友人の某新聞の元ナイロビ支局長も発生直後から現地入
りして頑張ってます。まずは、彼らの応援からしたいと思います。
米川さん、この記者、そして私は、アフリカで何人死んでも世界や
日本が動かない現状を嘆いてきました。今同じ状況がハイチで起
こっているのに対し、黙っているわけにはいかず、今後もハイチ情
報フォローしていきます。
by africa_class | 2010-01-17 15:45 | 【徒然】深大寺日記
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