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カテゴリ:【徒然】毎日がアフリカ( 125 )

アルジェリア人質事件で自衛隊法改正?「火事場ドロボー」の責任回避、「世界民衆から嫌われる日本」への道

アルジェリア人質事件については先週投稿した通り。
■「アルジェリア人質事件」背景としてのグローバル化。最近日本に見られる「経済・武力万能主義」の危険
http://afriqclass.exblog.jp/17171835

アルジェリア人質事件を使って自衛隊機派遣とか、勇ましい話が持ち上がっているけれどおかしな話。

■「自衛隊法改正で自公に温度差 対策本部」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130122/stt13012211320002-n1.htm
「自民党の石破茂幹事長はその後の記者会見で、邦人の救出要件を緩和する自衛隊法改正の必要性を重ねて表明した。公明党の井上義久幹事長も会見で「邦人保護のあり方について自衛隊法改正を含めて検討したい」と理解を示した。」

本当に「火事場ドロボー」もいいところ。
事件が起こり、アルジェリア軍が反撃して数日、まったく情報が得られなかった日本政府なのに、話が真逆。世界で、地域で何が起きてるかも分からないで、自衛隊?話を逸らそう、利用しようとの魂胆が丸見え。

学生諸君はこういう報道に触れる時、「そうなんだ~」といつもの癖を捨てましょう。
「なぜアルジェリア人質事件の全容が分からない段階で、こういう話になるのか?」を問おう。
いつも、
①なぜ今この瞬間、
②なぜこれらのアクターが、
③なぜこういうことを言っているのか?
④どのような利害関係を②は持っているのか?
⑤可視化されている②以外のアクターは誰か?
⑥そのアクターと②はどのような歴史的関係にあるのか?

さて、
「この事件が起こって困っているのは誰か?」。
誕生したばかりの安倍政権、それを歓迎している政府関係者。
外交・防衛は、彼らのメインイシュー。

「誰が何に困っているのか?」
未だに事件の全容は見えない。
アルジェリア軍が施設を掌握したのは事件発生16日朝から1日後。
つまり、もう6日近く経過してるのです。
なのに情報は依然錯綜。

アルジェリアの日本大使館は何をしているのか?
外務省のアルジェリア所管の部局は何をしているのか?
そもそも官邸は何をしているのか?
そういう批判が起きてオカシクナイのです。

つまり、「責任回避」と「彼らの責任に関するメディアの力点回避」
に躍起になる必要がここ数日生じています。そこで出てきた論理は何か?
【論点回避例1】「自衛隊法が邪魔で『邦人救出ができなかった』」
■「自衛隊法改正、公明も検討へ 邦人保護めぐり」
http://www.asahi.com/politics/update/0122/TKY201301220035.html
【論点回避例2】「アルジェリア政府批判」
■「アルジェリア批判、安否確認に支障も」(東京新聞2面1月23日)
「政府筋はアルジェリアに物申さねばならない。米英両国が作戦に参加すれば、絶対こんなことにはならなかった」

【論点回避1・2】から派生して、次に来るのは、これでしょう。
●「自衛隊が軍ではないから、世界の情報(諜報)ネットワークに入れていない」
●「自衛隊が米軍と一緒に自衛だけでなく、集団防衛に踏み出せば、邦人救出でも協力してもらえる」


こうやって、「自衛隊は軍になり、米軍の世界のいかなる地域の軍事オペレーションにも協力ができる」ということを、今の政権は目指しているのです。もっと国家としては危なかった冷戦時代にすらやらなかったのに?

軍国主義の政治家・役人たちは、この機会を利用しようとするでしょう。
自分たちの無知、傲慢、信頼に値するネットワークの欠如を、以上の【論点回避】を使って乗り切ろうと。
そして、マスコミと共に、国民の間の世界への恐怖を煽って、「火事場ドロボー」的に自衛隊法改正に向かっていくだろう。そして、「そんなもんかな」と思わせる報道も始強化されるだろう。

皆さんはきっと、
「世界は危ないから政府にしっかりしてもらわないと」
「やっぱり自衛隊に守ってもらわないと」
「中東アフリカは危ないから行かないように」
などと思いこまされていくでしょう。

でも、皆さん、目を覚ましましょう。
311後、はっきりしたはずでは?
日本政府が一人一人の健康と命を優先などしてこなかったことを?
「原発ムラの存続」>「子どもの健康」「将来の安全」

の構図は明確です。

なのに、依然「政府が守ってくれる」と思ってるのですか?

そして、原発事故と同様に、一体何が問題だったのか、誰が責任を追うているのかは、うやむやになって気がついたら、前より悪い選択肢が何故か「新しい対応策」として浮上してしまっているでしょう。

メディアは後追いするだけ。

しかし、今回はっきりしたのは、やはり今世界でおきていることを軍事的に、中東・イスラームだけで捉えることの限界である。そもそも、欧州人も犠牲になった。しかし、NATOは今回の事態を予測しただろうか?何か対策を打っていただろうか?

今更アルジェリア政府を批判するが、独立以来政権に着き、同政府が民主化を拒み、民衆を大量殺害した時、日本政府は何をしましたか?チュニジアとエジプトで世界最長の独裁政権が倒れるまで、これら大統領を称賛し続けたのは、日本政府でなかったのでしょうか?

「アラブの春」後、手のひらを返したようにNHKでも「独裁者の●●大統領は・・・・」と言い始めた。どういうことでしょうか?

そんなアルジェリア政府と沢山の開発プロジェクトを推進しているのは、日本政府と企業ではなかったのでしょうか?その繁栄の陰で、民衆がどのような暮らしを余儀なくされ、どのような感情を抱いているのか、彼らから見ての世界、日本は何のか?

事件の首謀者であるのはもちろん武装組織です。間違いなく、彼らが最も非難されるべきです。しかし、それを抱く社会が国境を超え広がり、アルジェリアに根差せたこと、そして今回他のどこでもなくこのプラントが狙われたことの意味を考えている人は、政府内にいるのでしょうか?いると思いたいですが。

なのに、東京新聞ですら、「アフリカは・・・」としている。
問題は、アフリカ、中東、アルジェリアの問題というわけではありません。
世界の、日本の、我々の問題であるという視点が欠けたままであれば、永遠にこの悪循環は続くでしょう。ましてや、その「解決」を、自衛隊の軍への転換、日米同盟を世界での実効力をともなった展開に変えていくのであれば、日本人はもっとずっと危ない目にあうでしょう。


多くの答えは社会の内部にある。社会のひだに分け入って身を浸し、あちこちの人の本音に耳をそばだてない限り、何も分からないでしょう。結局、国境を超えた社会・政治・経済の問題なのです。むしろ、この「現地感覚」「世界の潮流理解」「深い洞察」のなさこそが、日本人・日本国が危険に晒される原因の大元であることを、我々はいつになったら気づけるのでしょうか?

大使館員やJICA事務所の何人が現地の言葉に通じ、週に何度現地の人と腹を割ってご飯を食べているのしょうか?政府の人間だけでない。市民社会や現地メディア、野党と、月に何度会ってその話に耳を傾けているのでしょうか?日本と同じに考えればよいのです。政府とだけ話してて、社会がみえないのは当たり前。

ましてや権威主義の国、弾圧のある国など、当然社会や民衆の本音は隠されています。どの程度、そのような声に耳を傾け、その国・社会を全体として掴もうとしてきたのでしょうか?

「現地政府とやれば済む」・・・この限界に21世紀になっても、気づかない悲しき日本のエリートたち。援助もそう。「形式的要請主義」なので、自作自演で要請を作って相手国政府にサインさせている。問題が生じれば、「相手国政府の要請があったので」「国家主権の尊重から」「相手国政府の一義的責任ですから」・・・んんん?どっかで聞いたセリフ!農薬供与でもそうだった。そして今プロサバンナ事業でも同様。
http://afriqclass.exblog.jp/i38

いや、気づいているが面倒なのかもしれない。本省からの問い合わせに四苦八苦してるのでしょう。それはそれで本当に可哀想。でもそれは内輪の論理。

大多数の民衆から乖離したまま行われる外交・援助・開発・・・・そして、その結果はプロサバンナ事業であり、アルジェリア人質事件なのです。

現地事情、世界潮流に気づかない/気づけないというより、もしかして、あえて気づかないのかもしれません。島国ニッポンの論理に閉じこもるからこそ、選挙に勝てる古い政治。このパターンを期待する政治家・官僚・メディアがいる以上、日本は本当の意味で脱皮はしないでしょう。我々も悪いのです。「殻」に閉じこもって、自分たちの論理で、同調してることに満足なのですから。

しかし、その結果、危険が危険を呼び、より強固な手段がより暴力を生むという連鎖に、イラク戦争以来入っていることをいい加減気づきませんか?

「戦争放棄の広島長崎の国・日本」のリスペクトがどれほど大切だったか、世界の隅っこを歩けば歩くほど実感してきた者には、小泉政権下のイラク戦争への実質的な「参戦」は、日本を「平和の使者でなく戦争の一方に繋ぐ」馬鹿げた政策でした。戦争理由の大量破壊兵器は茶番だったことは、戦争を主導した米国も英国も認め得いるというのに、依然認めない日本政府。

外務省の「検証」報告・・・これを検証と呼ぶのでしょうか?歴史家は首をひねりたくなります。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/iraq/taiou_201212.html
イラク戦争検証を求めるネットワークの緊急声明
http://notaru.com/notaru-news/2012/12/31/8134
http://iraqwar-inquiry.net/

内部の者だけでやった「検証」・・・意味なく、お金の無駄。
どうして第三者に任せないのしょうか?
その時点で「検証」なるものの正確は決まったもの。
これが民主党政権時に行われた事であることに本当に残念に思う。

これでは、自衛隊法が改正され、米軍の後方支援をする「ポチ」となることが決まってしまうと、もはや歯止めをかけられないでしょう。「なぜ戦争があったのか、なぜそれに加担するのか、それは正しかったのか」・・・その深い反省なしに、突き進んでいる現状こそ、日本がますます世界の中で危険になっていく第一歩であるというのに。第二次世界大戦と同じ。何も学んでいない。

さて、外大生の皆さん、特にアラビア語専攻のみなさんへ。自信をもって、君たちの現場感覚と語学力で情報発信してほしい。島国日本からしか世界がみれない一面的なモノノ見方を、SNSの力で豊かにしていこう。「地域から考える」はこういう時こそ。送ってくれたら拡散します。でも、ちゃんと調べて発信してね。引用元も常に明確に。

危機管理について。
私は、子どもにも学生にも「教え」たくない。なぜなら彼らが私を必要とする時、きっと私はそこにいないから。いたくないのではなく、現実は過酷で残酷。どんなに大切な我が子でも、「その時その瞬間その場に」いれるだろうか。不可能だと思う。だからこそ、彼らが彼らの洞察力と批判的思考と判断力、機転で、自分を救い、周りを救い、結果社会を救ってほしい。それだけ願ってる。

危機管理とはそういうもの。
誰かに任せるもんじゃない。
誰かが解決してくれるものでもない。
その「誰か」こそが最も危険なことを構造面で創り出しているかもしれないのだから。

だから彼らを私が「救う」とか『与える」のではなく(魚をあげる)、彼らが自分と周りを「救える」やり方を一緒に考える日々(魚の釣り方)。
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by africa_class | 2013-01-23 11:31 | 【徒然】毎日がアフリカ

「アルジェリア人質事件」背景としてのグローバル化。最近日本に見られる「経済・武力万能主義」の危険

昨日はJETROでの勉強会で「講師」としてお話しした。
というより、参加者の皆さんと、現在の世界、アフリカ、日本、一人一人の私たちの関係性と10年後のそれに思いを巡らせ、「どのような関係」を「どこの誰」と「何のため」、「どう結んでいくこと」が、個人として組織としてのどのようなビジョンに結びついているのかを一緒に考えた。

世界は激変した。二十数年前、ソ連が崩壊し冷戦が終わると予想した人は殆どいなかった。十数年前中国がここまで飛躍するとも。六年前アフリカがブレークするとも。気づいたら、世界は、日本の「重鎮」らが慣れ親しんだものから豹変してた。なのに「過去の日本と世界関係感」に囚われの身のままの人が多い。いや、漠然として不安を抱えながらの過去の栄光への固執。さすがにJETROにそんな人はいなかったが。

政府や社会全般にまだまだ「日本は世界の中心部の一つ」と考えている、考えたい人は多い。しかし、「世界で日本がどうなのか」もさることながら、「日本は日本で一体どうなのか」つまり「日本は今、10年後、20年後、どうなっていくのか」を念頭においた時、現実は底なし沼のように問題だらけ。一過性、小手先の金融政策や公共事業ばら撒きでは、問題をより深刻化させるのは目に見えているのに、相も変わらずこんなことを続けようとしている。最大の問題は、これらの為政者らが夢見る「あの右肩上がり経済成長路線」は日本社会が再び手に入れることはないという現実。何もしなくても儲かった国内需要拡大(戦後貧困からの脱却、出生ブーム)が、あり得ないどころか、その負の遺産に立ち向かう時期に来ているというのに、未来から借金(カネだけでなく構造・環境破壊・社会崩壊)を重ねる形で、従来のやり方・従来の組織を救うために、利権者たちが蠢き、仲間内で「いいね、いいね」と自画自賛。

一方の我々庶民は、世界も日本社会も激変しているというのに、「大きな変化は嫌だ」と、「昔と同じ顔触れ、やり方」への憧憬と「違ったこと」への恐れから、耳触りの良い言葉の数々に、とりあえずは身を任している。足下で自分の生活が崩壊していっていることはさておき。急な大きな痛みよりも、緩慢な痛みの方がお好みで。あるいは、「誰かがなんとかしてくれる」の「お上がやればいい」のメンタリティから抜け出ることもなく。

さて、世界。
アルジェリアでの人質事件により、また「アフリカは危ない」という話になるのであろうか。あるいは世間でいわれているように、若者の「内向き志向(世界は危ないから日本が好き)」が進んでいくのであろうか。

でも、ちょっと待って、といいたい。
「アフリカが危ない」
のではない。
「我々が生きる21世紀初頭では、世界中が危ない」
のである。

冷戦後のグローバル化世界は、どこもが危険な場所となったのだ。
でもそれはアルカイーダ等の一部の武装勢力だけのせいというわけではない。
現在我々が暮らす世界の在り方こそが危険の源泉なのだ。
その自覚は、どこまで日本の一人一人にあるだろうか。

冷戦後、現在の「弱肉強食を是」とする「少々の犠牲を払っても儲けるのが一番」の考え方が世界を席巻し、それを助長する資本が世界の隅々に色々な姿形に身をまとって現れる現実の中で、世界各地の社会が根底から崩壊していきつつある。日本も同様である。

それが人びとにもたらしている底知れぬ不安、疎外感、不満に絶望を、私たちも身近で感じていないか?いや、私たちは「まだ勝ち組」だから、切迫感はないだろうか?でも若者の半数が非正規雇用の現実が目の前の中、働いても働いても生活を支えることができない中、思い当たることはないだろうか?そのことなのである。

あからさまな外国(異民族・異教徒)資本・企業による格差拡大への加担、圧倒的な豊かさと力とそれとの国内為政者の結託、お零れ程度に授かるかより悪化した暮らしを余儀なくされる人びとの間で高まる不満と出口のない絶望感。

このような根っこの部分にある民衆の絶望と不満を、変革にではなく破壊エネルギーに転換させている現状を無視し続ける限り、それに乗じて自らの勢力を拡大しようとする武装勢力は「仲間」を見つけるのは難しいことではなく、かつ自己正当化理由として使い続けるだろう。

それを無視したまま武力で抑え込もうとしても、根絶などほど遠く、「主戦場」が移っていくだけであり、それ以上に問題なのはこのような武力での解決は武装勢力側に自己正当化の機会を与え続けるであろう。かつて植民地支配した者らの、世界経済を牛耳る者らの空爆は、当該地の民衆にどのように受け止められるのだろうか?

残念ながら、中央アジアから中東を経て、北アフリカ・西アフリカまで。叩いても叩いても、別の所に現れる。民衆の中の根深い不満とそれに乗じた武装勢力の動きは、今後も止まず続くだろう。

「極端に不公平な世界でよし」が主流の世界である限り、彼らは自己正当化し続け、自己増殖し続ける。
「中東・アフリカの問題」なのではない。
世界の問題であり、我々の問題でもある。

経済至上主義と武力至上主義が、なぜ今日本で声高に叫ばれているのかの世界的潮流への注目、そのような主義が問題の根本解決ではなく次なる問題を生み続ける危険を、改めて喚起したい。

以上を考える上での好書
中山智香子著『経済ジェノサイド:フリードマンと世界経済の半世紀』(平凡社新書840円)

紹介を書きました
http://afriqclass.exblog.jp/17128446/

中山智香子先生のホームページ
http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/nakayamac/
ブログもよいです。
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by africa_class | 2013-01-18 12:02 | 【徒然】毎日がアフリカ

国際協力に関心のある若者の皆さんへ:10年以内に日本の援助産業は斜陽産業へ。だから?(書きかけ)

モザンビークの首都マプート滞在も3日目。
マラリア後の体調不良もようやく一歩前進…と思いたい(未だ身体がだるい)。ドイツに帰った息子の原因不明熱や下痢もおさまり、元気一杯で電話をくれた(安堵)。彼のアフリカ滞在も11回目(12歳)で、本人を含め周りも慣れたものとはいえ、帰国後1週間が過ぎるまでは要注意。
 ここマプートでの調査ネタは、現在のモザンビークの急激な変化(巨大投資や経済成長、政治硬直化)に関する庶民からエリート層までの意識&実態&先行研究調査。今日はモザンビークの援助関係者と民間企業の社長に話を聞く。さて、アポまで1時間あるのでこの間ツイートしたことをまとめようと思います。同時に、今日の昼食を作ってるので、とりあえずツイートに基づく仮の文章で推敲してません。

<=ごめんなさい。お迎えが来たので途中で離脱。

開発援助の10年後を語るにあたっては、背景の歴史展開を説明する必要あり。というのも、何故か学生によくある傾向なのですが、彼らが生きる「今」の状態が、昔からずっとそうであったという前提で物事を理解する傾向が強いからです。全ては「可変」であり、常に変わってきた。「今」も変わっていないようで、変わっている。その変化の表面だけでなく、構造の変化を世界・日本・主体から追う努力を、本件についてもしていきましょう。

なので、まず確認したいのは、日本の現在の開発援助は、いつもこうだったわけではない!、したがってこれからも変わっていくだろう。その方向性としては、10年以内に衰退、20年以内に産業として消滅へ…と予想されるということです。なお、注意してほしいのは、「日本の」と「産業として」という2点です。NGOの皆さんが頑張ってやっていることが不要になるといことではありません。また日本以外のアクターもやらなくなるわけではありません。

1.90年代以降世界における日本の開発援助エージェントの変化
 私が学生の皆さんと同様、国際協力に意義を感じ、国際機関に憧れて、その道に足を踏み入れたのは大学生時代。つまり90年代初頭のこと。当時の日本は、ハワイやLAのホテルやビルを次々に買収し「Japan as No.1」等鼻息荒く、「国際化」が繰り返し叫ばれていました。「経済一流、政治三流」といわれる一方、「経済大国になったのに外交大国になれてない(国連安保理常任理事国になれない)」と揶揄されていました。
 そこで、それまでもっぱら、日本企業(商社、ゼネコン、メーカー)や議員、援助関係者に還流するタイプの政府開発援助(ODA)を、アジアや冷戦期の米国の同盟国中心の援助から、もっと国際協調の中で実施する人道援助(関係の薄い貧困国、アフリカを含む)に変えていかねばという方向に向かっていきました。明治時代からの日本の悲願、「世界に認められる一等国」に、援助を通じてなろうとしたのです。
 つまり、ODAのエージェントは、①日本企業、②国会議員の口利き、③財務省・外務省が重要なアクターで、④JICA、⑤その下請けとしての開発コンサル、⑥JOCVは二番・三番煎じ的な役割を担っていたのです。これは、当時の援助がモノの移動(無償協力)を中心としたものだったことにも起因しています。
 そこに、⑦国連・ファミリー機関などの国際機関への資金供与も、常任理事国入りのためにも、人道援助のためにも重要になっていきます。未だ人道援助を担える日本のNGOの数は極めて少なかったこともあります。
 それが、冷戦後の世界ということもあり世界的にNGOが力を付けてきたこと、阪神淡路大震災があって日本国内でもボランティアやNGOなどが広く認知されるようになったこともあり、国際協力の重要なエージェントとして⑧日本のNGOや国際NGOの日本支部が活躍し始めます。

2.日本ODAのフォーカス地域の変化
 この時点での日本のODAのフォーカスは、ODAがそもそも第二次世界大戦の戦後賠償の代わりとしてアジア地域に供与され始めた経緯を鑑みても、アジアが中心でした。また先述の通り、冷戦構造下の世界で、米国の指示により西側の同盟国や親米国政府を支援するものとして、「ポチ日本」が行ってきたものでした。フィリピン、インドネシアはその核を占めていましたが、アフリカでもコンゴ動乱後に米国の関与で誕生したモブツ政権への多大なる援助(その多くはスイス銀行に消えた)はその好例です。「冷戦期の世界最大汚職人物」のNo1~No3までをこれら三国の当時の大統領<マルコス、スハルト、モブツ>が占めるのは偶然ではありません。
 南米、特にブラジルも重要な援助対象国でした。これは親米軍事政権下にあったということもありますが、そもそも現在のJICAの母体は、ブラジルへの日本人移民のサポート機関として誕生した経緯があるからです。
 しかし、冷戦が終わり、アジアでも南米でも親米政権が倒れ始めると、あるいはそのような枠組みでの援助が不要になってくると、さらに人道援助に国際的な援助の焦点がシフトし始めると、世界で最も多くの人道危機が起こり、人道支援が不可欠なアフリカに注目が集まり始めます。
 が、日本の以上の援助エージェントは、アフリカを知らない。そもそもアフリカには農薬や化学肥料を送るだけの2KR援助、橋や道路整備のインフラ援助、何より機材を送るノンプロ無償がほとんどだっため、「人道支援」に不可欠な社会や人々のことを理解しているエージェントが少なかったのです。唯一の例外はNGOですが、日本からアフリカの支援をしているNGOは多かったものの、規模が小さい。もう一つのエージェントのJOCVですが、これらの多くの人たちは、開発コンサル会社に吸収される、あるいは設立に動き、ソフトコンポーネント向けの開発コンサル会社が乱立していく時代が到来します。
 しかし、日本の援助が本当にアフリカに焦点が移るのは世界から10年遅かったと言えるでしょう。2003年に緒方貞子氏がJICAに来てこれを変え始めましたが、政府として乗り出したのは2008年TICAD IV以降のことでした。微力ながら、これに2004年から4年をかけて、多様なアクターの協力を得て実現しました。(それが良かったのか・・・については忸怩たるものがありますが。それは後半部分で書きます)

3.援助はアフリカの時代、JICAにとっての「フィールド」とは?
その間、JICAは緒方氏の「現場主義」の掛け声のもと、アフリカ各国にフィールドオフィスを設置していき、権限を委譲する形に移行しようとしました。結果、それだけが原因ではなく、前からその傾向が強まっていたのですが、JICA職員は、本部(東京)と現地事務所の間、下請けの開発コンサルとの間の調整機関になり、「官僚」と変わらない仕事(ロジ、アドミン)が中心となってしまったのです。JICAで「フィールド」というと、何故か各国首都にあるオフィスを意味するのはこれが背景です。
 なので、JICA職員で、「フィールドオフィス」在籍中に、本当のフィールド(例えば農村)を訪問することは稀になりました。訪問したとしても、アクションを行うのは開発コンサル。彼らとてそれを望んでいるわけではないのですが。


時間切れ。いか、この間ツイートしたことです。その背景を書こうとしたのですが、また明日に!!!ちなみに、私にはJICAで務める友人や元学生が沢山おり、なんの恨みとかがあるわけでないことを書いておきます!当然ながらTICAD市民社会フォーラム副代表のときは、沢山の仕事や活動を彼らとしています。また、JICAや開発コンサルなどの援助エージェントに良い人がいっぱいおり、例外があることも知っています。でも、時代と構造の全体の流れを掴むと大体以上のストーリーになるのではないか、ということです。勿論私見。

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昨日援助業界の人と夜ご飯を食べてビックリ。「援助は明らかな斜陽産業」との認識は未だないよう。国際協力に憧れる学生や若者が私の周辺にも多くいますが、はっきり言います。日本の援助に限って言えば、既に斜陽(衰退)期。政府援助ODAを通じた協力は10年以内に急減、「産業」として成立せず。
理由は簡単です。世界構造は激変し、その中で日本は沈没中だからです。被援助国が援助国になったり、「援助」というものそれ自体の意義が変化。一方、それでも日本の援助の比較優位があれば別ですが、額・質・スピードにおいて効果が低いことが被援助国に承知され、公的な感謝の一方で期待は低いから。
私は、アフリカのため援助の改善と倍増キャンペーンを主導してきましたが、現場(JICA事務所でなく地べた)での効果の低さどころかDo No Harmすら出来てないHarmful援助が一向に改善しない現実に直面し、TICAD IVから4年を迎え、日本の援助に期待するのを止めました。
若い人たちは、国際協力というビジョンを「援助」の縛り(現場を知りもせずその成果に責任を負えない外部者が●●してあげる構造)の中で何ができるか考えるのではなく、まずはニーズを持った当事者である人びとの中に飛び込んで学び、共に成長できる道を探ってほしいと願います。社会的起業ですね。
やれること、やられるべきことは山ほどあり。しかしそのいずれにも援助は手当できてません。ニーズが生じている現場が一人一人、社会という小さな場だからです。その場にJICAや開発コンサルは根差して仕事をしているでしょうか?小農支援を掲げる援助者は小農の暮らしたことあるのでしょうか?
小農の生活・農業を知らずして、勝手に描いた「土壌改良・市場化」支援。40年もアフリカで援助して未だこんなやり方。また、経済成長著しいアフリカで、かつてブラジルがそうであったように、問題は国内の富の偏在・汚職にあり。公正と民主主義の不在こそが問題の核に。援助はそれを改善できる?
アフリカの貧困と格差の問題構造をただ「不足」「援助」というタームで理解する姿勢を止めれば、援助も「使えるツール」になります。が、#プロサバンナ のスキームと同様、「ないところに●●してあげる」の発想である限り変わらない。付け焼刃の開発コンサルの社会調査に何億円払うバカバカしさ。
そもそも援助エージェントの「お客様」は誰か?現構造では、JICAであり、外務・財務省。本来は対象(例小農)であるはず。でもプロジェクト期間のみの表面的付き合い、カウンターパート(政府役人)経由、金は自前でないから回収必要なし、成果はレポート…でお客様の幸福に結び付くわけがない。
ならどうするか?援助の対象として客体化されてきた人たちを「顧客」とするか「ビジネスパートナー」とする事業を日本の若者が興すのをもっとサポートすれば良い。チャレンジファンドを作り、起業支援をする。失敗もあるだろうけど、痛みは事業主・投資家が直に。が。このプロセスで真に学び成功へ。
ということで2010年から準備をしてきた起業塾、2013年度内にはスタートさせる決意。でも社会経験なくいきなり起業はNG。嫌な仕事、嫌な上司に何年かしっかり揉まれ、何よりも段取り・財務管理・事業計画実施・顧客対応・ネゴシエーションを学んで。そして日本の田舎での起業も応援します。
今私たちは「時代の変わり目」にいます。従来のやり方は通用しない時代です。原発も援助産業も明らかに斜陽。でもこれを守ることに多大な金・労力が支払われる。それは新しい産業の芽を潰し未来の可能性を閉ざし、国・社会・人を滅ぼします。新しい芽に力を注げば、世界を先取り。今の日本は逆行中。
「新しい芽」はどこに?答え「どこにでもある」。重要なのは今ニーズをもっているのは誰、どこかを知ること。あなたが何のために(ビジョン)やるのか知ること。何?は後からで良い。私には、日本であれば田舎、あるいは高齢者・保育です。世界であればアフリカ。どちらからでも、往復運動でも。
アフリカや世界に羽ばたきたい皆さんの気持ちよく分かる。私もそうだった。でもその前に!語学や土地事情の勉強以前に、「あなたはどんな人」として生きている?生ぬるいお湯に浸かれる日本を一歩出ると、個人としての「あなた」が問われる。そして人を見分ける力、人との関係の結び方が問われる。
自社会で個として生きず、他社会で意味のある仕事をするのは難しい。エクスパットの立場で良いなら日本を出る必要なし。今日本が直面するチャレンジを素通りして世界で語れることはそう多くはない。今日本の若者は、前のどの世代より試されてる。それをスルーして世界とどう付き合うのか、私には疑問。
なんとなくの情報や感覚で毎日を過ごすのではなく、問いを持ち続け、疑問に感じたらネット情報に依存せず、身体を使って調べ/追求しよう。でトコトン議論しよう。考え抜く&意見をぶつけ合い結論に至る経験なしに世界で勝負出来ません。間違っても良いのでやり切る癖を。そして自分で見抜く力を。
「見抜く力」これは非常に重要です。震災・事故後(本当はその前から)日本では、誰もがこの「見抜く力」を求められているわけですが、これについて取り組んでますか?原発や放射能についてどういう立場でも構わない。でも、徹底して「見抜く力」を身に着ける大きなチャンスだから是非活かしましょう。
「見抜く力」これは非常に重要です。震災・事故後(本当はその前から)日本では、誰もがこの「見抜く力」を求められているわけですが、これについて取り組んでますか?原発や放射能についてどういう立場でも構わない。でも、徹底して「見抜く力」を身に着ける大きなチャンスだから是非活かしましょう。
その際に念頭に置きたいのは「権力/財力」はどこにあってどう動いているのか?という点。戦後世代はフラットな社会に生きているという幻想があるので、「騒ぐ人=声が大きい人=力」という勘違いがあります。見抜くというのは、表面的事象で判断するのではなく、構造と主体の両方から考えることです。
見抜く力の他には、勇気が必要です。勇気なしに世界に飛び込んでも、逆に「日本は良かった」で終わるだけ。で勇気はどうやって育む?小さなことでいいので、今「自分には出来ない」と思っている事柄を、一個ずつ壊していく。バカみたいなことでOK。一日2,3する癖を付ける。必ず自信になります。
あと「時間がない」ことを理由にしがちです。身体で稼ぐ情報収集も、徹底した討論も「時間がない」。はっきり言います。それは言い訳です。「時間とはつくるもの」なのです。つくる気があればつくれるものです。「気」がないだけ、惰性、時間管理の未熟さであることを自覚しましょう。自分も見抜こう。
自分を見抜く…これ本当に重要。自分を出し抜いてない?他人どころか自分に言い訳してない?一番重要な勇気は、間違える勇気、それを指摘してもらい易くする勇気、そしてそれを認める勇気。これなしに自己改善不能。より良い自分/社会には、失敗とそれを愚直に受容し、次に繋げる粘り強さが不可欠。
なんだかお説教じみたツイート集になり失礼。みなの優しい心根、大好きです。でも、もっと頑張れると思うから。おやすみ。

「見抜く力」を身に着けることは決定的に重要です。ただ騙されないためはなく、皆が思っている以上に闇が深く、構造にがんじがらめになってるこの世界で、歯車の一部としてでなく、個としてどう生きるべきか(誰の側にどう立つべきか)を教えてくれます。答えは一つでない。だから見抜き、考え抜く。

しかし見抜く力を身に着けるには「自分を見抜く力」が必要。日本では自分を出し抜いて生きてる人多し。人前で過小自己評価する人は、大抵内面では誇大評価。防衛本能カナ。表面上の自分内の「本当の自分」を知ってて知らないフリ。等身大の自分に出会おう。ダメな奴でいい。知り、変える勇気を持って。
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by africa_class | 2012-09-01 19:34 | 【徒然】毎日がアフリカ

心が疲れた皆さんに、アフリカの虹と風景を

モザンビークの首都マプートは曇り。同じ国でも南北に長いため、昨夜
までいたペンバとはうってかわって寒い・・・(現在24度)。
 しかし、いつもモザンビーク北部からここに来ると、なんともいえない
違和感が。同じ国とは思えない。グローバル化の時代。たとえアフリカ
であろうとも、首都といえばいずこも同じ。ビルが建ち並び、車が行き
交い、クラクションが鳴り響く。もちろん、植民地時代の影響で石畳が
あったり、コロニアルな家が並んでいたり、ジャカランダ並木があった
り・・・の違いはありますが。
 私にとって「大都会」マプト。でも、今居候しているアパートの家主
(現在アンゴラに出張中)いわく、「ルアンダ(アンゴラの首都)の変化
は凄まじい。マプトはやっぱり田舎ですね」。恐るべしアンゴラ!
 勝手な願いだけれど、田舎のままがいいな・・・。
 アンゴラみたいな資源国になって「資源の呪い」にかかるより・・・。
 おっ、モザンビーク人の友人登場。(例の私物を預かってくれてる友人
です)そして退場。挨拶だけでも寄ってくれる友情が嬉しい。(逆に連絡
しないとスネるので大変ですが・・・)
 それにしてもすでに北部が恋しいです。あの空気感はなんとも説明し
がたい・・・ので、写真をいくつか。疲れた心にきっと利きます。癒されに
来て~と誘うほどには、アクセスは容易ではない(なんせパリダカール
ラリー)上に、電気なし水なし快適なものは何一つなし!ですが、写真
ぐらいなら簡単に共有可能。
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ザンベジア州の高原地帯で
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ツイッターでも紹介した虹が二重になっている様子
私は見たことありませんでした!
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モザンビーク北部ニアサの典型的な風景。
なぜかいつもなんだか頑張ろう!という気分になります。
a0133563_15503873.jpg

神々の暮らす山脈に夕日が沈むところ。地球上のすべての種類の
生き物が産まれたところとされています。
 故郷が恋しい朝でした。これから報告書を書きながら、あちこちに
ご挨拶兼最新情報聞き取りです!
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by africa_class | 2012-03-07 15:55 | 【徒然】毎日がアフリカ

岐路に立つアフリカとの関わり:急速に関心を寄せる日本の財界、4月1日から外大にアフリカ・コース誕生!

ツイッターでは書きましたが、無事拠点のペンバまで戻ってきました。
アフリカでも最も貧しい国の一つであるモザンビークの、さらに最も首都
から遠く、産業が発達していないとされる北部の4州を駆け抜けた5日間
でした。
 途中サイクロンが来たり、川が氾濫していたり、車が何度もはまったり
・・・など、ほぼパリ・ダカールラリー状態でしたが、1700キロ踏破して、
つくづく思うのは、モザンビークの変化の速さがもはや私の想像をはる
かに上回るスピードで起こっているということでした。半年前に行ったば
かりの場所に、新しい店が立ち並び、市場や道路の活気は農村まで
届いています。
 元気をなくし、衰退する一方の日本と比べると、なんとも羨ましいほど
のエネルギーです。ただし、残念ながら、この急速な展開が社会のあち
こちに産み落とす問題の大きさも目の当たりにしました。道を歩いてい
る男性、木陰で休んでいる男性のほとんど大部分が、お酒によっぱら
っているのです!これは本当に大きな問題です。
 これについては以前私がやっていたNGO・TICAD市民社会フォーラ
ム(TCSF)の時の仲間がやっているmudef(music design founda
tion)のMDGsブログにも書いたので、以下をご覧ください。
http://mudef.net/mdgsblog/2012/01/18/000419.html
 どこに行っても、中国の存在感は圧倒的で、以前よりもずっとずっと
「中国人」だと思われる確率は増え、中国語であいさつされるところま
で来ています。こちらの政府も各種機関も、「日本は遅い、中国は速
い」を口にすることが多く(前からですが)、その意味が身に染みて感じ
られた旅でもありました。
 「日本は遅い」・・・の理由についてはまた書きます。ただ、もう5年以
上前から言われていたことなのに、本気にしなかったことのツケはこ
こにきて大きく作用していることは間違いないでしょう。もはや、日本で
はなく、アフリカ側に大いなるバーゲニングパワー(交渉力)があり、
何をするにもコストが膨大になりつつあります。アフリカを愛する私と
してはそれでもいいのですが、日本の者としては残念に思うことも多く
あります。
 それに気づいたのか、気づいてないのか、ここ数か月のうちに、私
のところには色々な依頼が舞い込んできます。日本の経済界から講
演を頼まれたり、政府機関の機関紙から特集号での執筆を頼まれた
り・・・一応私のようなクリティカルな人が受ける話ではないと一度は
お断りをしているのですが、ぶっちゃけトークで構わないという依頼
で、ようやく日本の各層の皆さんも危機感を持つようになった証なの
でしょうか?
 かくいう学術界も、教育界も、動きはと~っても鈍いです。むしろ、
企業に出遅れているかもしれません。唯一の例外は、なんと我が大
学!8年間の闘いを経て、ようやく4月1日から、アフリカ地域研究
を専門とする15名の定員のための新しいコースが立ち上がります!
 2名の新任の先生をお迎えし、日本で唯一「アフリカ地域研究」の
看板を掲げるコースが立ち上がるのですが、この道のりは決して平
たんなものではありませんでした。
 母校である大阪外大が大阪大学に吸収された後、日本で唯一の
言語・地域研究拠点となった東京外大だというのに、世界地図の中
で「アフリカ」は空白・・・。くどいようですが、私は「ポルトガル語」の
教員であって、「アフリカ地域教育」は「趣味・ボランティア」でやって
きたのです。
 欧米とアジア中心主義のこの大学で、どうやったらアフリカ教育を
正式なものとして設置できるのか・・・着任してから8年間苦闘しま
したが、答えは見つからないままでした。会議でも、「アフリカなん
て誰が学びたいんだ!」「アフリカを学んで仕事なんてあるもんか」
「アフリカの●語は●語じゃない。部族語だ」・・・そんな偏見との闘い
で、疲れ果てたことも多かったのです。
 答えは、学生の中にありました。つまり、学生の関心の高さ、アフ
リカから学んだ学生の熱意に、先生たちも、大学も、動かされたの
です。
 この前にも書きましたが、日本の多くの物事は、現状の積み重ね
つまりやっている側の論理で進められることが多いのですが、今回
は、「学びの主体である学生」のビジョンとニーズに引っ張られる形
で、物事が動いたのです。
 そして、おそらく日本企業もまた、ニーズにひっぱられて動きはじ
めているのでしょう。ただし、「ブーム」にただ乗っかるつもりでは、
アフリカではすぐ挫折することになるでしょう。学生の皆さんもそうで
す。皆さんたちが、アフリカの人びと、企業、社会とみたい共通の
夢(ビジョン)は何でしょうか?今一度、そこから考えてほしいと思う
今日この頃です。

 いずれにせよ、アフリカコースに合格した皆さん、おめでとう。
 残念ながら、私が皆さんの教育に直接関わることはないですが
(うちの大学はそういうところなんです)、アフリカをこの上なく愛す
る先輩たちが、あなたたちの入学を待ってますよ。
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by africa_class | 2012-03-06 01:25 | 【徒然】毎日がアフリカ

モザンビークで世界最大ガス田「発見」・・・but我々のエネルギー問題が平和・人権・環境を破壊?

COP17が近づいてきたので、何気なく買った(今は東京新聞購読中)
毎日新聞を開けて(この種の環境問題は毎日の得意分野)、目が点に。
「ついに来たか・・・」と、胸が痛くなる想い。
■モザンビーク沖に世界最大ガス田か 三井物産、輸入計画
http://www.asahi.com/business/update/1128/TKY201111280581.html
■三井物産:世界最大級ガス田…モザンビーク沖で確認(詳細は末尾)
http://mainichi.jp/select/biz/news/20111129k0000m020113000c.html 
 ここ数年のモザンビークでの民主化の停滞については、先日国際政治
学会で発表したとおり。その背景に、近年の相次ぐ天然資源の「発見」
と外資の流入や中国の影響があることを指摘していました。
 今回天然ガスが「発見」された地域では、石油の油田もあるということで
ひっきりなしに、外資関係者が訪れていました。2年前からは、天然資源
の埋蔵量がはんぱじゃないということで、欧米・中国などの技術者の出入
りが頻繁になっていました。レストランに行くと、世界中の男性技術者た
ちが、毎晩酒盛り。異様な光景が続いていました。
 この地域は、ケリンバ群島が広がる国定公園地域。世界でも最も美しい
海・島々・野鳥の宝庫です。小さな島が連なる姿は、「インド洋の真珠」と
呼ばれるほど。この地域の保護については、WWFとUSAIDがモザンビ
ーク政府と協力してやることになっていましたが、ある時から不穏な動き
が。石油や天然ガスがあると噂されるようになってからは、特に。そして、
WWFはついに、モザンビーク大統領に、 ‘Gift to the Earth’賞を授
与します。がしかし、同大統領になってから、環境政策は後退したとい
うのが、地元環境団体の一致した意見です。
http://wwf.panda.org/who_we_are/wwf_offices/mozambique/?201047/WWF-applauds-Mozambiques-conservation-initiatives
 が、地元の環境・人権団体は、連盟で、公開質問状を大統領に送り、
賞にみあうような環境対策を講じるように迫っています。と同時に、W
WFの動きに大きな疑問を投げかけています。地元環境団体に相談な
しにこのような賞を何故WWFみたいに老舗の立派なはずの団体があ
げてしまうのでしょうか。何か理由があるはずです。何事にも、裏があ
るということを、みなさんしっかり肝に銘じましょう。たとえ、WWFでも。
 モザンビークの経済成長率は10%近くです。首都は、車で常時渋
滞が起こる状態で、ショッピングセンターが次から次へとできています。
でも、農村部の貧困が解消されているかというとそうではなく、生活は依
然厳しいだけでなく、生活にますますお金が必要となり、庶民の暮らしは
苦しいまま。
 北部の多くの人びとがため息とともにつぶやいています。「資源のおか
げで豊かになるのは、政府関係者ばかり。ますます彼らが肥って、やり
たいようにするだけ」「人々を豊かにしない資源は掘り出さないのが一番」
 豊かな天然資源が、結局は工業化などを遅らせるとともに、国民内の
経済格差と権威主義化(非民主化)を継続させるという理論「資源の呪い」
が、ついにモザンビークでも本格化する可能性がますます高まった・・・と
感じたニュースでした。
 そして、日本の新聞各紙の報道内容が、原発・石油の代替エネルギー
だという点にばかり注目している点に、なんと自国本意な報道だろう、と
ウンザリ。
 脱原発、脱石油=天然ガスという発想そのものが古い!!!二酸化
炭素の排出量が少ないからといっても、「天然資源」のもつ問題(環境
破壊や紛争)は石油と変わりありません。結局のところ、エネルギー源
を海外にこのような形で頼ること自体が、自国・世界の不安定化を支え
ることになってしまいます。
 エネルギーの地産地消を目指すことこそ、日本国内だけでなく、世界
の平和に役に立つ、という点についてみなさんは考えたことがあったで
しょうか。エネルギー問題に注目が集まる今年だからこそ、この点につ
いても、ぜひ考えてみてほしいと思います。
 だから、エネルギー消費国こそ、国内外(世界)の平和と人権、環境の
ために、再生エネルギーの促進に力を入れなくてはなりません。原発
の輸出、石油やガスの輸入・・・いずれも、国内外・世界の問題解決に
は最終的には役に立ちません。むしろ、別の問題をどんどん引き起こ
すばかり。例)石油→環境汚染/紛争/資源の呪い。原発→環境・人体
汚染/廃棄物処理の課題。
 21世紀に生きる私たちです。エネルギーの不足ぐらいで、従来型の
解決にしがみつくなんてこと、やめましょう。私が大学時代、世の中に
はワープロと巨大コンピュータしかありませんでした。それが今、携帯
やIpadでなんでもできます。その気があればできるはず。「その気」
を誰よりも早く開発し、商品化する者こそ、次のマーケットで「勝てる」
はず。こんなビジネスチャンス、どうしてもっとみな取り組まず、あいか
わらず、「権益を獲得する→地球を掘る→輸送する→燃やす」なんて
ことしてるんでしょう・・・・。古い。ふるすきます!
====
(毎日新聞のニュース)
 三井物産は28日、アフリカ南東部・モザンビーク沖合で米石油ガス大手などと探鉱している鉱区で、世界最大級の30兆立方フィート超の埋蔵量の天然ガスを確認したことを明らかにした。三井物産は20%の権益を保有。液化天然ガス(LNG)化が検討されており、日本の年間使用量(約7000万トン)の1割弱に相当する量が日本向けとなる計画だ。プロジェクトの総事業費は1兆円規模になるとみられる。東京電力福島第1原発事故で見直しを迫られている日本の中長期のエネルギー需給にも寄与しそうだ。【久田宏】(中略)
 日本では福島第1原発事故の影響で、定期検査に入った他の原発も地元の反対などによって再稼働が遅れているため、代替エネルギーとしてLNGを燃やす火力発電の活用が広がっている。中長期的にも原発に依存したエネルギー政策の見直しは避けられず、ここ数年の技術革新で掘削が容易になった天然ガス「シェールガス」も含めて、産出可能量が増えている天然ガスへの期待が高まっている。
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by africa_class | 2011-11-29 23:14 | 【徒然】毎日がアフリカ

できない言い訳をしない、できる道を探る(佐藤芳之さんとの会話から考えたこと)

昨夜は、ケニアナッツカンパニー創設者、現オーガニック・ソリューションの社長の佐藤芳之さんと、表参道でお食事。モザンビーク大使に連れていってもらったことのあるマデイラ料理の店にいったのですが、はいるなり、店員さんから、「センセ・・・・」。うーむ。極秘デートには使えないね、と思った瞬間でした(笑)。

佐藤芳之さんといえば、
■朝日新聞 グローブ
http://globe.asahi.com/breakthrough/100222/01_01.html
■テレビ東京 カンブリア宮殿(村上龍の番組)
http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/list/list20110519.html
などで紹介されていらっしゃるのですが。

最近、またしてもずっと考えている言葉があって(前回は「一点の曇りも
ない人生はない」http://afriqclass.exblog.jp/13859737/とのた
まっていたのですが)、この頃考えているのは、

「できない言い訳をしない、できる道を探る」・・・です。
これは、私の幼い頃からのモットーでして、今でも大切にしているスピ
リットです。人生の醍醐味は、「できないはずのことが、創造性(クリエ
イティビティ)や仲間たちの協力でできてしまったとき」と常々思ってい
たので、すぐに「~がない。だから、できない」という声を聴くと、とっても
がっかりします。
<=ただし、「できないといっている人にやれ!」という趣旨ではあり
ません!それは、私が一番嫌いな「日本的ガンバルンバ方式(スポ
根もの)」でして、逆の発想です。
 「できる前提」で考えたときに、何事も無限の可能性がみえてくる
んで、「できない」と仮定するのではなく、「できる」と仮定してみたら
?ということなんですが。また詳しくは今度・・。
 「どうやったら可能か」・・・をまず考えてみる癖をつけると、結構切り
拓けるもの多いんですが。でも、私もマダマダだな・・・と佐藤さんと話
していると、いつもそう思います。私の周りには、「不可能を可能にす
る男」が多いのですが(社会的起業のススメで紹介してきたのはみな
そういう人たち)、佐藤さんは間違いなくナンバーワンですね。
 昨日は、モザンビークの蜂蜜の日本でのマーケティングについて相
談したのですが、目からうろこのコメント集。この蜂蜜担当のゼミ生ミ
サキちゃん、メモしっかり取ったよね?
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by africa_class | 2011-11-09 09:28 | 【徒然】毎日がアフリカ

カダフィー大佐の写真に想うこと・・・暴力とは

さすがに学生にも心配されるほどになってしまいましたが、大変さ
の山が連なっていくような感じで、周辺でいろいろなことが発生中。。
今朝はついに、くら~い声の母から電話。ギクッ。母がこういう声を
出すときは、案の定家族のドタバタ・・・。よりによってこのタイミング
です。
 ため息をつきながら、郵便受けから東京新聞を取出し、わくわくし
て新聞を開いて、絶句。某新聞を読んでいたときは、毎朝淀んだ
気分で新聞を開いていたのですが(政府や東電の呪縛から逃れ
られていないので)、そこは、「人々の新聞」を目指す東京新聞。毎
朝の一面の闘いぶりにスカッとしていたのに、今朝はがっくり。。。

 もちろん、カダフィー大佐は独裁者です。
 もちろん、リビアは何十年、独裁体制下にありました。
 もちろん、リビア人民は抑圧されていました。
 恐怖の中、殺された政治犯の数は膨大です。

 しかし、人間のこのようなリンチ後の姿を、カラーでお茶の間に
「普通に」届けていいものでしょうか?これを、子供たちに見せる
べきなのでしょうか?
 「悪い奴」だから、「やっつけてしまえ」、その姿を広く「見せしめに
してしまえ」という論理に、恐怖を感じるのは私だけでしょうか?

 今年1月(正確には去年末からですが)のアラブの春開始以来、
北アフリカの政権は急に「独裁政権」と名指しされるようになりまし
た。しかし、なぜ何十年もこれらの政権が生き延びたのでしょうか?
日本は、これら北アフリカの国々にこそ、多大な援助をしてきたの
ではなかったでしょうか?サハラ以南アフリカと比べて、「安定した
地域」として、高い評価をしてきたのではなかったでしょうか?これ
らの権力者らを「国賓」として扱ってきたのではなかったでしょうか?
 アメリカの態度の豹変ぶりにあわせた日本の対応の変化。そし
て、手のひらを返したような「独裁者」への非難。そしてついに、人
間のこのような姿を平気で見せてなお、どの新聞も問題を感じない
時代が到来してしまいました。

 今日の友は明日の敵。
 敵(悪い奴)には、尊厳などない。
 だから、何をやってもいい。。。。
 否、悪い奴なんだから、むしろ辱めを受けるべき。
 
 それこそ、私がこれまでみてきた多くの戦争や暴力の根っこにあ
る考えです。国際共同研究の仲間たちがいうところの、Humiliation
です。その対局にHuman Dignityを置いています。
http://www.humiliationstudies.org/
 3・11直後、放射能の危険性を口にした人はバッシング
に遇いました。政府は、「安全」を口にし続け、安全ではないといった
人は『非国民」かのようなノリで非難されていました。それと同じ病理
をみてしまうのは、私だけなのでしょうか。
 東京新聞さん。国際ニュースでも、どういうポジションをとって報道
するべきか、今一度考えてみてください。暴力に暴力は、私は絶対
反対です。すべての人間に尊厳を。紆余曲折を経て、到達した想い
です。
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by africa_class | 2011-10-21 23:05 | 【徒然】毎日がアフリカ

ニアサの村での最後の調査完了!

今、モザンビークはニアサ州、リシンガにいます。これからマプトに
移動です。ここは17年前最初に赴任した思い出の場所ですが、当
時の印象はゴーストタウン。街頭のない寂しい寒い通りが、今ではす
っかり活気のある街になっています。が、犬がうろうろしている点は
17年前と変わらず・・・。
 今、メールのダウンロードがなかなか出来ず待っている間に書いて
いるので、簡単に報告を。
 今回は、ここリシンガから車を借りて、数00キロ先のマウアに行っ
て来ました。さすがに疲れた・・・。リシンガの寒さのお蔭で、ばっちり
酷い風邪もひき、がしかし、運転にコーディネイションに休む間がな
かったので、マプトでは幾分のんびりしたいと思っています。
 今回の調査には、ルリオ大学農学部の先生と学生、マプトの国立
大学に留学中のあさなちゃん、ルリオ大学に来ているミサキ2号さん、
そして専門家のサンさんで、行ってきました。地域社会の課題とその
乗り越え方について話し合い、コーヒーのプロジェクトの可能性を
探りました。
 また、聞き取り調査の方は、アサナちゃんと私、通訳2名で、村で
3日間、男女14名ずつの調査を実施しました。朝5時から暗くなるま
で、本当に大変でしたが、アサナちゃんと通訳2名の素晴らしい協力
のおかげで、2カ国3村での農村調査(90名インタビュー)終了!!
3年間の科研の調査で、180名の聞き取りを行いました。
後は、恐怖のデータの打ち込みと報告作成が待っています。
 ということで、アサナちゃんと今日マプトに移動します。彼女はPC
が壊れていてなかなかインターネット上に現れないそうなのですが、
とっても元気に、そして健やかにやっているので、皆さんご心配なく。
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by africa_class | 2011-09-04 14:08 | 【徒然】毎日がアフリカ

木村真三さんの辞表から、研究者のエリート主義についてアフリカで考える

で、終わりのはずだったのですが、空港行きの車を待ってる間に、
木村氏について読んでしまったら、共有したくなってしまいました。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/10712
 「人のためになる仕事をしたいと思って研究者になったのに、これじゃあ何のための研究なのか分からない」
このセリフを私も胸にしっかり抱きたいと思います。そして、これは、
昨日ここペンバのUniLurioのレクで、先生たちに問いかけたことで
もあります。アフリカでは現在エリート主義が凄く、大学の先生で
農村に通う人はもはやほとんどいなくなってしまいました。そして、
「仕事(収入確保)」と割り切って大学の教員をしている人も多いで
す。日本だってそうでしょう。
 だから、先生たちにVisionとMissionを聞きました。そう、学生に
やる「あれ」です。Visionは立派でした。で、Missionは?ときいた
らあまり出てこず。そして、Missionは自分の毎日や仕事とどう
関わっていますか?と聞いたら、教室が静かになりました。私は、
自分自身のVisionとMissionを話し、広島原爆の日に生まれた
者として取り組んできたことが、結果的に今回の福島原発事故を
止めることになんにも役に立たなかったという後悔を説明しました。
 そして、アフリカでも原子力利用が叫ばれつつある現在、先生
たちの協力が非常に重要であることを説明しました。先生たちと
は、本当によいコミュニケーションが出来て最後はこんな写真を
撮りました。
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 本題。木村さんの行動に、一研究者のはしくれとして、心を動
かされました。研究者の皆が彼のように行動していれば、きっと
こんなことにはならなかった・・・・・・と思うと悔しいですが、まだ
遅くないと思いたいです。

■辞表をたたきつけた■
 3月12日、福島第一原発1号機で水素爆発が起きた。当時、木村氏は厚生労働省が管轄する独立行政法人・労働安全衛生総合研究所の研究員だった。
 放射線衛生学の研究者である木村氏はすぐに現地調査に向かおうとしていた。しかし、研究所から所員に一斉にメールが届く。勝手な調査行動を慎むよう指示する通達だった。
 すぐに辞表を書いた。一刻も早く現場に入るべきだという信念を貫くためだ。「こんな時こそ現場に入らないと放射線の研究者としての存在意義がなくなってしまう」、そんな思いを抑えられなかった。
 実は、木村氏は過去にも似たような経験をしている。1999年9月、東海村JCO臨界事故の時のことだ。当時、木村氏は放射線医学総合研究所に入所したての任期付き研究員だった。
 放射線事故は初動が大切だ。時間が経てば経つほど、半減期の短い放射性核種が計測できなくなってしまい、事故の実態がつかめなくなってしまう。だが当時、放医研を管轄していた科学技術庁は、現場入りしようとする研究者たちにストップをかけた。
 木村氏ら有志の研究者は独自に現地調査に乗り出したが、このドタバタで現場入りは1週間ほど遅れてしまった。同じ轍を踏まないために、福島第一原発の事故直後に、労働安全衛生総合研究所を辞めてしまったのだ。
「東海村の事故を調査してから、日本でも大規模な放射線事故が起こりうると考えていました。そのときのために、チェルノブイリ事故から学ぶべきだと考え、何度も現地に足を運びました。2000年から現地で健康調査を始め、昨年は7月と9月に、今年も1月と、この6月にも現地に行きましたが、事故から25年経った今でも、健康被害は住民に表れているんです」
 実際、日本でも事故は起きた。だが職場は現場調査を止めようとした。
「人のためになる仕事をしたいと思って研究者になったのに、これじゃあ何のための研究なのか分からない」
 こうして木村氏は職をあっさりと捨ててしまった。(前後の記事も是非お読みください)
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by africa_class | 2011-08-24 21:07 | 【徒然】毎日がアフリカ