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カテゴリ:【311】東日本大震災( 33 )

外大東北復興支援隊が石巻の中学校の校長先生をお招きしDVD上映会 12月9日

外大東北復興支援隊からのお知らせです。
是非一人でも多くの人に、「被災地の今と子どもたちの声」に耳を傾けてほしいです。校長先生の肉声、なかなかない機会なので是非。

(転載大歓迎)
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DVD "Living Through March 11, 2011" 上映会のお知らせ

*日時 : 2013年12月9日(月) 16:00~17:30(5限)
*場所 : 東京外国語大学研究講議棟1階 114教室
*内容 : DVD上映、宮城県石巻市立蛇田中学校元校長 森俊英先生のお話
*主催 : 外大東北復興支援隊

2011年3月11日の東日本大震災の被災地である、宮城県石巻市で当時の学校の先生方や地元の市民団体の方々が中心となって制作された、「地震が起こったその時人々はどう動いたのか」被災された方々のお話をおさめた貴重なドキュメンタリー映画を上映いたします。

また、今回特別に石巻市から講師の方がお越しくださいます。
震災当時、石巻市蛇田中学校の校長先生をなさっていた森俊英先生です。
ご自身も被災され、その後の復興に大変力を注いでこられた方です。

震災のこと、忘れていませんか?
今一度、被災地の方々の生の声を聞いて当時を振り返り、震災について考えてみませんか?

講師の森先生方から、実際に震災当時と現在に至るまで石巻市の教室現場で行われて来た取り組みを伺うことができる大変貴重な機会です。
途中入退場も可能ですので、少しでも関心がある方は、ぜひ足をお運びください。お待ちしております。

お問い合わせ先 : 外大東北復興支援隊 tufs.tohoku<@>gmail.com

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by africa_class | 2013-12-02 13:17 | 【311】東日本大震災

東日本大震災の被災地を訪ねて考える、「勝手な風化」に抗い、「共に食す」ために東北に通う意義。

フィリピン台風の被災者の皆さんにお悔やみ申し上げます。本当に、災害は止まるところがなく、胸が痛みます。子どもたちのことがとくに心配です。今どの団体を応援するかリサーチ中です。

少しご無沙汰しております。実は3月に再発していたPTSDが9月末に増悪化してしまい、厳しい毎日が続いています。我慢強いのが子どもの頃からの唯一の取り柄だった私も、自分の精神力でコントロールできる範囲を超えてしまっているようで、全体的にいつも調子が悪い上に望まない瞬間に症状が頻発するようになってしまい、頭の痛い毎日です。

さて、この間あの学会もこの学会も出張取り止め続きなのですが、なんとか東北の被災地に行ってきました。これは、他大学主催の国際交流基金の平和構築事業の一貫だったのですが、私のPTSDには比べ物にならない負担を抱えてらっしゃる皆さんの声を、今どうしても聞くべきだ・・・と思ったからだったのでした。また、一緒に行く予定だったアフリカの皆さんが、虐殺サバイバーであったり、何度もの災害と戦争を経験した皆さんであったこともありました。お医者さんまで一緒だったので、とにかく行ってみる。ダメだったら帰る・・・ということで皆と出発。

結論から言うと、行って本当に良かったです。
というより、行かなくてはなりませんでした。
身体がよくなったわけではないですが、今行くべきでした。

東日本大地震による震災・津波から2年半。
私は市民活動の方で原発事故の問題(特に乳幼児・妊産婦ご家族)に関わっていることもあり、時間・気力の関係もあり、なかなか震災・津波被災のことまで十分に取り組むことができませんでした。
http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/
福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクトFnnnP

あ、6月に放送された、NHK・Eテレ「ハートネットTV Our Voices “原発被災者からの手紙”」が再放送されることとなりました。是非ご覧ください。お母さんたちの心の底からの叫びに耳を傾けて下さい。手紙の全文は、次のサイトで。http://tegamifukushima.blog.fc2.com/
・本放送:11月27日(水)、28日(木) 20:00~
・再放送:12月4日(水)、5日(木) 13:05~

でも、兵庫県出身で、阪神淡路大震災の時ずっと半年間区役所で寝泊まりしてボランティアした身としては、気になっていたものの、顧問を務める「外大東北復興支援隊」のサポートをしているぐらいで、何もやっていないに等しい。今でもそうなのですが、とにかく2年半以上が経過して、マスコミにも報道されなくなってきて、皆さんどのように暮らしてらっしゃるのだろう、どのような気持ちでいらっしゃるのだろう、私たちは何をすべきなんだろう・・・そういうことを外から来た皆さん、自らも色々な苦しみを経験してきた皆さんと共に耳を傾けたい、と思ったのです。

「風化」・・・は、阪神淡路の時よりもずっと早いスピードで起きているような気がします。自分の中で勝手な「風化」をしてしまわないために、1年以上ぶりとなりましたが東北に向かいました。

ルワンダ出身NGO代表、マリ出身大学・建築家、モザンビーク大学関係者、アメリカ人医者夫婦・アメリカ人大学・建築家・日本のアートキュレーター・元国連緊急人道援助事務家・文化人類学者・・・・と私という不思議な10名のバスで陸前高田から石巻まで降りる。

今現在の陸前高田の街の風景。
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ここに沢山の命、暮らし、歴史・・・がありました。
それらが詰まった家や建物、賑わい、コミュニティ、それらすべてが流されてしまいました。残っていたものも、すべてが取り払われた今、私たちが「かつて」を感じるには、想像するしか方法がありません。自然だけがこの地を再構築している最中には。

私たちは目を瞑り、弔いながら、失われたものに想いを馳せました。

そして、遮るもものが何もなくなり勢いを増した風に吹かれながら、失われたものの大きさ、重さ、そしてその一つ一つのかけがえのなさに言葉をなくしていました。

何分そこにいたのかわかりません。最後は、私とルワンダのマリ・ルイーズが互いの手を握り合いながら、ただ祈っていた。彼女は、ルワンダの虐殺の時のこと、亡くなった多くの多くの人達、その光景を思い出していたといいます。そして、祈っていた。弔おうと。

彼女のぎゅっと握られた手に、その震えに、私は彼女の小さな身体に覆いかぶさっているあまりにもの多くの命と人と事柄の重みに、ただただ圧倒されながら、ただそばにいて手を握るということしかできない自分に、目の前の原野となってしまったこの場で命を失ってしまった一人一人のことを想像しながら、いつまでもそこに立っていました。

キリスト教徒である彼女と宗教を信仰しない私では、ここは大きなギャップです。悼む方法がない。でも、物心ついてからずっとしてきたように、会ったこともない名も知らぬ一人一人の確かにあった輝きに、お礼を述べるとともに、覚えていようとただ誓っていた。もっと何か方法があったのではないか・・・それは今でも毎日のようにふり返って感じずにはいられないもの。

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東北の沿岸部で私たちが圧倒的なスケールをもって感じたことは、このような大きな大きな喪失と、自然の恐ろしさ・強さ・大きさでした。
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その一方で、「あの日」のままあえて残されているいくつかのもの。
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私たちが、あまりに想像力がなく、あの惨事を勝手に風化させてしまうから、「思い出したくないから取りさってほしい」という地元の人達もいるというのに、残されるものもあるのです。でも、アフリカから来た皆さんの一言え我に帰りました。

「僕は2年前に原爆ドームと博物館に行って、あれほど人生において衝撃を受け、考えたことはなかった。人間のちっぽけさや愚かさ、そして恐ろしさ。原爆ドームを残すことは辛かったと思うけれど、人類のためによく残してくれた」

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暗すぎて写らなかったのですが、最後まで避難を呼びかけた若い女性職員がいた防災センターの骨組は、残されることが決まったそうです。バスの運転手さんも被災地の出身。夜遅くまで、一つでも被災したことの意味を感じられる場所を見せようと、本当に頑張ってくださいました。「何度も連れていくのは辛くないですか?」との質問に、「見てもらいたいのです。知ってもらいたいのです。忘れてほしくないのです」とおっしゃった運転手さん。暗くてその表情は分からなかったのですが、それが使命だと思ってらっしゃる様子が肌で感じられました。翌日に予定になかった石巻の別の被災地にお連れ頂いたのも、彼の提案でした。

「被災地観光」…そのように揶揄する向きもあるでしょう。あるいは、暮らしている人にとって、ちょっと来ては騒ぐだけ騒いでいなくなってしまう「観光者」は迷惑でしょうし、心の傷を深めることになるでしょう。本当に難しいところだと思います。(これについての私の考えは後の方に)

南三陸から南下する際にいくつかのコミュニティに立ち寄ったのですが、高台にあるその建物の下まで見渡す限り何もない状態。建物が根こそぎ流されたことが分かります。津波は、12メートルだったり、16メートルだったり、酷いところは22メートルだったり・・・で、人間や人間の建造物がどうやっても立ち向かえない規模のものだったこそが、その跡地に立つと身に染みてわかります。あんなに海は遠いのに、でも小高い丘まで行くことを躊躇ったら・・・あるいは、すぐに逃げようと思っても小高い丘などどこにもない現実。

小さな子どもを連れていたら、お年寄りを連れていたら・・・。
残された人たちのお話を聞けば聞くほど、そのことの辛さと無念さが心に迫ります。誰のせいでもない。大規模災害だったのだから、あるいは時間が経ったのだから・・・そんな言葉は何の気休めにもならないことが、よく分かります。

陸前高田の「みんなの家」
http://rikuzentakataminnanoie.jimdo.com/
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建築家の伊東豊雄さんらの取り組み。
http://www.wochikochi.jp/topstory/2012/10/minnanoie.php

でも、重要なのは「建築」「建築家」ではなかった。
大災害によって暴力的に、あるいは縦割り行政によって、あるいは人間関係によって壊れてしまった「コミュニティ」を、あちこちの残った色々な太さと色彩の毛糸を手繰り寄せるように、新しい毛糸も足して、編み続けた皆さんの想いと努力があって、「みんなの家」は「『みんな』の『家』」となったのです。

避難所や仮設の生活で「待ち」の状態にいるのは本当に辛いことだった・・・と皆さんおっしゃいます。阪神淡路の時よりもずっと酷い災害ではありましたが、どうしてあのプレハブの仮設住宅が、たいした改良もされないままに、またしても使われているのだろう・・・疑問に思うことは膨大です。そして、どこの被災地でも同じように、「あの人は私より被害はまし」「あの人は私より好い目にあっている」・・・・という互いへのやっかみが再びコミュニティを紡いでいくことを難しくしています。行政の仕切る仮設入居、防潮堤建設や高台引越し等の一つ一つの行政が、人びとの間を分断していきます。

自ら動いていくしかない場面が多いのに、行政の待ったがかかったり、行政から邪魔がはいったりと、ちぐはぐであることが、色々な人から繰り返し指摘がありました。その際たるものが・・・これ。

十数メールを超える、場所によっては22メートルの波が押し寄せた海のそばの土地に、盛り土を積んで12メートルカサを上げて、この上にマンションを建てるというのです・・・。岩手県内では、とにかくこういう工事が、あっちに一つ、こっちに一つ・・・・。凄まじい費用の建設費です。いつ終わるかもわからない。この工事の様子を眺めながら、被災した人たちが言います。「こんな膨大なお金と労力を使う余裕があるんだったら、コミュ二ティがこれ以上分断しないためにいくらでもやれることがあるのに・・・」。
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他方、高台を削って集団に移転する先を確保しようというコミュニティもあります。しかし、「もう遅いよ。若い人たちはもう都会の便利さを知ってしまった。このまま帰ってきて一緒に住んでくれたりはしない。学校にも慣れた頃だろうし。残るのは老人ばかりだ」という声も。
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でも、泣いてばかりいても仕方ない、行政を待っていても仕方ない・・・と女性たちは立ち上がり、自分たちの居場所を外部の専門家らと作り、こんなかわいい台所用のアクリルたわしをせっせと作って下さっています。1つ200円。私が買ったタワシの作家さん。お召しになっているセーターもブローチもすべて手作り。しっかりお化粧もされており、すごく刺激を受けました。外部からこうやって来てくれるのがとても嬉しい、と。
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モザンビークからのお土産。テーマは「家」。「みんなの家」にぴったりです。アフリカでの家族の大切さ。そして、「家族」という際の限りない広がり。「皆が家族」の意味を、改めて共に考えました。
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そして石巻の近くのお寺さんでお話を聞きました。
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海の目の前のこのお寺ですから、このような様子に。
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多くの方がお亡くなりになり、今この集落に残っているのは4名だけだといいます。他の方々は皆山の仮設住宅にいらしゃるといいます。でも、お寺がコミュニティがコミュニティとしてつながっていられる機会を提供しているそうです。お盆、お彼岸の行事の際は、皆さんが戻ってこられる。そして、地域に残る歌のお稽古を通して、定期的に集い、外からお客さんが来られると、皆さん楽しみにしてお料理を持ち寄られるそう。この前、イギリス人のご婦人が滞在した時は、まさにそれで、普段お化粧をされないお母さんたちが、ばっちりお化粧をしてこられたそうです。

すべてが流され破壊された時に、唯一残ったのがこれだったとおっしゃいます。両手がもぎ取られてなお、無事だった仏像に、お寺さんも、地域の人たちも、共に集う意味を深く感じてらっしゃるそうです。
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人は集うことによって力をもらいます。
集うための「場」をつくることは、それだけでもすごく重要なことなのです。そんな「場」を自主的に守っているのが女性たち。その女性たちが別れ際にこういってくれました。

「だから、今度来るときは必ず時間をとって、ご飯を一緒に食べてね」・・・住職のパートナーのマキコさんの一言。みんなの家のミキコさんの一言。「今度来るときは、泊まってってね。皆で鍋を囲んで、ビールを飲みましょう」。石巻のカズコさんは、急なお願いだったのに皆のためにお赤飯を炊いて待ていて下さいました。

共に食す。
アフリカ農村では、家族が家族である所以。
コミュニティがコミュティであることの原点はこれです。

寄り合い、共に食べて飲む。
共に悼み、共に泣き、共に笑う。
マリルイーズさんもそのことの大切さを、福島市内の月一の仮設住宅周りで実践してらっしゃるといっていました。ルワンダの御茶やコーヒーを飲んで、ケーキを共に食べ、ただ話す。

肩肘張らなくても、「お隣さん」だと思って、「遠い親戚」だと思って会いに行き続ければ良いのだと私は思います。何より、「被災者」「非被災者」であることは紛れのない事実ですが、「お互い様の人生の中の同じ人間」として。もちろん、岩手でお話しを聞いた際に、「無神経な都会の若者の無神経な言葉」に傷ついたり、がっかりしたり、怒ったりということがあるそうです。でも、それを伝えられるようになってきた。伝えたら本当にすっと分かるようになった・・・ともおっしゃっています。勿論、このようなことは徹底して気を付けなければなりませんが、若い人には若い人なりのチャレンジがあることは、皆良く理解してくださっています。

阪神淡路の時、何千人ものボランティアのコーディネートをしていたのですが、夕方のMTGの際にきまって、「せっかくボランティアに来たのに、被災者にありがとうと言ってもらえなくて残念」という都会の若者が一人はいました。その一言が連発されるようになった時に、私は、神戸市中央区の皆さんと被災した子どもの祭りを主催することにしたのです。勿論、それはバラバラの避難所、仮設に行ってしまい、寄り合いや地域の行事や趣味のサークルができなくなった皆さんが、顔をあわせ力をあわせて活動するための機会を創造するためでした。中止になった「神戸祭」を、震災以来笑わなくなってしまった、大人のふりをするようになってしまった子どものためのものとして開催するためです。でも、隠れた目的の一つには、「ボランティアが被災者の皆さんにありがとうという機会」を設けるためでもありました。

地元に伝わる踊り、音楽、料理。
そんなものを被災者の方々とボランティアが一緒になって子どもたちのために準備する。

「一方的にやってあげる」「一方的にやってもらう」関係ほど心苦しいものはありません。
「お互いさま」こそ、基本なのだと私は思うのです。

しかし、日本は「遠慮」が美徳ともされており、ここを見破るのはなかなか難しいことではあります。負担を強いているのではないかな・・・そういう不安も、復興支援隊にはあったようです。私はそういう気配りはとっても重要だと思います。でも、その一方で、「負担なら行くのを止めよう」というのは、違うのだと思います。

バスの運転手さんも、皆さんも、勿論色々複雑な想いを抱かれていますが、「私たちを忘れないで」とおっしゃいます。その「私たち」には、あの震災で失われた命も含まれていますし、今残って苦闘している皆さんのことも含まれていますし、この災害を出会いへの感謝に転換しようと努力されている方々も含まれます。

また、特に中央・東京にいる我々にとって、われわれが使っている電力のために何が起こったのか、何が起こり続けているか知らないわけにいかないとともに、東北の地震や津波の被災者の皆さんが置かれている状況もまた無関係ではありません。被災者の皆さんが、2年半が経過しても、このような暮らしを余儀なくされているのは、決して災害の規模だけでは説明がつかないからです。

中央部が、勝手に風化させ、終わったことにしてしまっているから。

だからこそ、私たちは通い続けなければならない。そして、そこに暮らす人たちと集い、共に食し、共に触れ合わなければならないし、彼らの話に耳を傾けなければならない。そして耳を傾けたことを発信し続けなければならないし、少しでも状況がよくなるように働きかけをしなければならない・・・そう考えています。

深く長く付き合う交流の輪を、一つでも、二つでも。
大切に。

PTSDになったからこそ、気づいたことでもあるのかもしれません。

東京に帰ってきてやったルカサ・ワークショップ。
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日本に暮らす3人のアフリカ出身者の考える東日本大震災と原発事故、そして現在の日本についてのトークショー(2013年11月4日放送 東京Ch 4)も是非ご視聴下さい。
http:www.iwj.co.jp 会員のみアーカイブ視聴可能
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by africa_class | 2013-11-14 16:38 | 【311】東日本大震災

学生サークル・外大東北復興支援隊が外語祭で石巻の物品販売&展示会(11月23日~25日)

学生サークルの外大東北復興支援隊が、外語祭で石巻の物品販売と現地活動の展示会を行います。是非、お越しください。

外大東北復興支援隊 
http://www.tufs.ac.jp/st/club/tufsfortohoku/
過去の活動ニューズレター
http://www.tufs.ac.jp/st/club/tufsfortohoku/tft_newsletter_5.pdf
*7号まであるのですが探せず、とりあえず5号をあげておきます。

======================
11月23日、24日、25日 13時~17時 *転載歓迎
研究講義棟3階 330教室
■石巻市の物品販売
■現地活動の展示会
私たち外大東北復興支援隊は、2011年4月より、「笑顔の輪を広げる」をモットーに宮城県石巻市で定期的に活動を行ってきました。私たちの活動の軌跡をご覧ください。また、石巻市のお母さん方がつくった手芸品を販売いたします。ぜひお立ち寄りください。がんばっぺ東北!!
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by africa_class | 2012-11-19 16:22 | 【311】東日本大震災

外大東北復興支援隊への寄付にご協力ください!

昨日、活動について投稿したばかりですが、肝心の寄付先を
書いておりませんでした。4月に発足し、5月に下見、6月から
本格的に活動を開始し、以来休むことなく毎週東北に通い続け
てきた外大東北復興支援隊です。
 私の車を毎週末運転して、ボランティア学生とともに石巻に
通っている学生たちですが、昨日も書いたとおり、東北は冬に
突入しつつあり、車での移動は危険回避の点からも避けたい
と考えています。がしかし、いかんせん、たくさんの学生が同時
に移動するための高速バス代が十分にありません!!!
 安全・安心な方法でのボランティア活動の継続のため、どうぞ
皆様かたのサポートをお願いいたします。
 実際、現地に私も行ってみて、彼らがどれだけ現地の人びと
に信頼されているか、身を以て知りました。活動は、年内は12月
18日まで。春休みに学習支援をする予定です。どうぞ、ご協力
お願いいたします。
==================================
外大東北復興支援隊への御寄付先
http://www.tufs.ac.jp/st/club/tufsfortohoku/
~資金が不足しています。ご協力ください!~
==================================
■普通口座へのご入金(ATMからの振込みが可能です)
ゆうちょ銀行 店番号:008 口座番号:808197 
(府中紅葉丘支店)
■振替口座へのご入金
(郵便局で所定の振替用紙でお振込み)
郵便貯金 振替口座番号:00150-8-566431
*いずれも「ガイダイトウホクフッコウシエンタイ」(口座名義)
*領収書の発行、今後の報告のため、下記の連絡先
(tufs.tohoku2011@gmail.com)にご連絡ください。

代表:吉村健吾(学部4年生 ポルトガル語専攻/アフリカゼミ)
副代表:田中太一(大学院生)
     鈴木和(学部3年生 フランス語専攻/アフリカゼミ)
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by africa_class | 2011-11-28 21:41 | 【311】東日本大震災

石巻のコミュニティカフェでアフリカ紹介(外大東北復興支援隊)

人情の東北から帰宅。
疲れがどーーーーーーっと出ているものの、嫌な疲れではないのは
赤ちゃんを抱っこしておしめをかえて、ねんねさせたり、子供たちと文
字「通り触れ合ったり(変なおばちゃんと化してしまった・・)」、学生の活
躍を見ていたからかな?若くて純粋なものに触れると、やっぱり元気
が出ます!と書いた途端に、歳を取った気分・・・。
 そもそも、新幹線に乗った途端に、ビールにピーナッツにお弁当・・・
をしなければなんか落ち着かないあたりは立派な「オッサン」な私。
自分だけかと思っていたら、隣のお姉さん(?)も。つまり、立派な
「オッサンおばさん」ってことですね。さすがに、隣の「オッサン」みたい
に週刊誌読んでなかったけど。かわりに、新書2冊を読破。「ソーシャル
キャピタル入門(孤立から絆へ)」(稲葉陽二)と「エネルギー危機から
の脱出」(枝広淳子)。前者はゼミの課題図書にしようかと思ってます。
3冊目の新書「歴史の中のサンカ・被差別民」は、今夜の楽しみに。
研究以外の本を読める時間ができたことが何よりも幸せ。速読してし
まわないように、気を付けながら読めるというのも幸せ。といっても、
昨日書くはずの原稿・・・踏み倒したままですが(イノリちゃんごめん、
ちょっと小旅行モードが抜けず仕舞いです・・月曜日中に必ず!)。
 石巻から東京に向かっている学生たちは、そろそろ東京に着いた頃
でしょうか・・・。かなり渋滞していたようなので心配。1か月ぶりの石巻
です。急に冷え込んでおり、厳しい寒さが近づいているのが肌で感じら
れました。まだ高速だったら、くれぐれも気を付けて!
 昼食は、ゼミ生男子たちが作ってくれた白菜ラーメンとポテト。おい
しかったよ。わざわざ肉まで抜いてくれて、ありがとう。
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なおきはケニアで磨いた料理の腕、健吾は石巻で鍛えられた腕を
披露。ボランティアで助けに行っているはずが、助けてもらっていた・・
私もそんな繰り返しでここまでくることができました。ありがたい話で
す。「お互い様」こそ、21世紀ますます重要になると確信しています。
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腹ごしらえの後は、アフリカ~。岡田さんの太鼓で子供たちの気分
も盛り上がる。石巻でもアフリカ~な一日です。
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そして今日は、キリンさんの話をしました。
ここで、みなさんに質問。
(1)キリンの首はなぜ長い?
(2)キリンはライオンとどうやって闘う?
(3)キリンはどうやってお水を飲むの?
答えは・・・・疲れすぎたので、また今度。おやすみ!
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by africa_class | 2011-11-27 23:17 | 【311】東日本大震災

学生ボランティア団体:外大東北復興支援隊へのご協力のお願い

このブログをご覧の大人の皆さんにお願いです。
私が顧問を務める「外大東北復興隊」では、毎週末に宮城県石巻に
行き、NPO法人JENの皆さんとコミュニティー・カフェを運営したり、
ドロ出しをしたり、子どもたちの学習支援などを行っています。
東北出身の4名の学部生・院生がはじめた活動も、40名を超える数
の学生を集めるに至り、東北への往復も7回を超えております。
 しかし、活動費用がなかなか集まらず、とても苦労しております。
高速代金などは全国者協の協力で東北部分を無料で走ることがで
きるようになりました。車は私のものを使わせていますが、ガソリン代
はどうにもなりません。また苦学生が多いのでごく僅かですが2食分
の食事代も出しております。
 外大の先生方へのご協力もお願いしていますが、なかなか集まらな
い現状にあり、是非皆さんの協力をお願いしたいと思っております。
なお、ご寄付いただいた皆さんには、定期的に活動報告をメールで
お送りしていますので、よろしくお願いいたします。
http://www.tufs.ac.jp/st/club/tufsfortohoku/index.html
 彼らがサポートしている石巻の住民の方から次のようなメッセージ
を頂いています。
 「先日の日曜日は本当にありがとうございます。お蔭さまで随分と
片付きました。改めて一人じゃ何もできないことに気づいた次第であ
ります。(・・・)外大のみんなに会えた。今回、私が思ったことは、
『老若男女』問わず、数多くのボランティアの人びとに助けられて日本
もまだまだ捨てたものではないということを知りました。」
 活動は、夏休みが本番となります。活動遂行を確実なものにする
ためにも、是非募金にご協力くださいませ。
=====================================
■郵便局から振替用紙を使ってのご寄付
 振替口座記号番号 00150-8-566431
 加入者名 外大東北復興支援隊
■ATM・銀行からお振り込みされる方は
 ゆうちょ銀行 店名:019/預金種目:当座/
 口座番号:0566431
*ご寄付いただいた方の名前や連絡先が分かるように、別途メール
でご連絡ください。

担当:鈴木和(tufs.tohoku2011<@>gmail.com )
=====================================

以上、よろしくお願いいたします。

舩田クラーセンさやか
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by africa_class | 2011-06-28 14:26 | 【311】東日本大震災

モザンビークから被災地の皆さんへのメッセージを集めたブログ

モザンビークにいる日本人の友人から、以下のサイトを立ち上げて
支援活動を行っている旨聞きました。私の「故郷」モザンビークから
のメッセ―ジ、本当に嬉しいですね。
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CORAGEM_JAPAO2
アフリカ、モザンビークから東日本大震災でお辛い状況にあるみな
さんへのメッセージ: Message from Mozambique to Japan
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http://d.hatena.ne.jp/CORAGEM_JAPAO2/20110609/1307597114
こちらでもCORAGEM JAPAOという活動を有志14人で行ないました。64通のメッセージと約23万円の寄付金を集め、先月休暇帰国した有志が宮城、岩手、福島の3県に募金を送付し、メッセージについては約15の避難所に冊子を届けてくれました。
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by africa_class | 2011-06-15 12:26 | 【311】東日本大震災

外大東北復興支援隊のGW中の活動の報告

今日、授業の冒頭で、外大東北復興支援隊のGW中の活動の報告
をしてもらいました。アフリカのスーダン(かつてはエリトリアも)の
支援等も行っているJENさんの協力を得て、継続的な活動の第一歩
が見えてきたようです。3名は石巻に、1名は気仙沼に、先発隊として
行ってきました。以下、学生たちからの報告です。
 それぞれなりの課題が見えて来て、次にどう進むか考える材料が
たくさん出てきましたね。初動の4名は、全員東北出身者。長期的視野
で是非活動を組み立てて行ってくれればと思います。
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1.5月3日~5日:石巻
2.活動報告
■中島産業
中屋敷にある会社。周辺の物資受け入れ所になっている。津波により、一階がすべて浸水。2階は無事。周辺の民家も、同じ状況。そのため、浸水していない2階で暮らす自宅避難者が多い。昼間は住民が泥だしや片付けを行っている。GW中のため、帰省中の子どもが多かったが、普段は中高齢者(50代~)が多い。
現在、この事務所の一回部分を借り、JENがコミュ二ティーカフェ※を計画中。外大もそれに参加予定。
■釜小学校
中屋敷周辺地域にある小学校。JENの方と現在、体育館は避難所として使われている。避難者は129名。うち18歳以下が20名。子どもは少ない。子どもの場合、栄養不足に陥りがち。学校は平常通り始まっている。訪問時は休日だったため、授業はなし。校庭で周辺地域の小学生&中学生が遊んでいたため、キャッチボールをして遊ぶ。子どもたちは、親が忙しいため大人とのかかわりが極めて減っている状態。大人と遊んだり、話したりすることが必要とされている。
■石巻中央公民館
地域にある、中央公民館。分館があるが、現在片付けまで手が回っていない。JENが片付けを担当し、今後コミュ二ティーカフェを作れる場所を開拓したいと考えているため、副館長に許可をとりに行く。この場所も避難所になっている。避難者は130名。うち子どもは、7名。ここでは、社会教育指導員やJunior Leaderが活躍しているため、子どものケアは不要とのこと。
■中屋敷 中島産業 炊き出しの手伝い
コミュ二ティーカフェを行わせていただく中島産業で、炊き出しの手伝い。JEN、大阪から来たアガペの会と協力し、250食の食事を提供。来た住民は、中高年者が多い。
■調整会議(3日、4日)@石巻専修大学
■分科会(3日、4日)@石巻専修大学
6つの分科会に分かれている。メディカル、物資、リラクゼーション、キッズ、心のケアなど。外大チームは、キッズと心のケアの分科会に参加。分科会では、NGOなどが、その日の活動について報告しあう。また、今後の活動で、連携を取れるものがあれば、一緒に活動計画をとる場になっている。
〈キッズの分科会〉
-外大で、本の寄付を募ることを計画中。簡単に読める、マンガや写真集などを集めたい。
〈心のケアの分科会〉
-Recovery for JapanとJENが主に参加している。Recovery for Japanは臨床心理士さんが7名ほどおり、石巻で主に活動している。
3.良かったこと
-地元の人の話から、学ぶことが多かった→援助を必要とする人々がいる
ー現地の人たちの自立につながる活動の必要性を感じた
-いろんな人と知り合えたことで、活動の幅が広がった→移動図書館のバックアップなど
-現地の方と話すことで、石巻が好きになり復興を支えていきたいという気持ちが強くなった
4.反省点
-車が必要
-テントの問題・・・5人用のテントだが、3人が限界、寒かった、(掃除用の)コロコロが必要
-ガスコンロが必要
5.次回の遠征までの課題
-車の確保
-メンバー遠征のための交通費の工面
-宿泊場所の確保
-コミュニティーカフェでできることの企画→まず、リラックスできる場を提供、その中で子どもたちが遊べるものを用意する、大人に対しても、お茶・コーヒーを提供するなどを考えている
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1.気仙沼での事前調査
■気仙沼でのボランティア受け入れ状況について
GW中が外部からのボランティア志願者数のピークということで、現在は600名近くの方々が気仙沼入りしているとのこと。受け入れ側としてはやはり支援は長期的なものでなければならず、今後のボランティア志願者数の減少が予想されるため、復興支援隊が計画しているように今後ある程度(月に1~2日)のペースでまとまった人数(5~10人程度)が気仙沼に来るいうのはとてもありがたいとのことでした。
■気仙沼の現在のニーズについて
気仙沼市内は現在、震災の影響で至る所で液状化や満潮時の浸水が起きています。それらの汚泥撤去活動として「まちのお掃除隊」が組織されています。また、個人宅の汚泥撤去や片付けなども行っています。市内の瓦礫・汚泥撤去が第一の課題であり、それが一段落しないことには市民の皆さんの潜在ニーズは表面化しないのでは、また、その他のニーズを汲み取る余裕がないとのことでした(これには、今後どれほどの人数が気仙沼で活動できるかにもよるそうです)。なので、気仙沼でのボランティア活動は瓦礫撤去→被災地の方に寄り添う支援(子供の遊び相手など)という順で地元の方々と協力して行うか、またはすでに後者のような活動をしている団体に参加させてもらうのが良いのではないでしょうか。
■その他
気仙沼市内の移動は車がないと厳しいです。気仙沼で活動する場合は、夜行バスで行くよりもレンタカーなどを利用した方が良いかと。車中泊に関しては、専用の駐車場が現地で用意されています。テント泊に関しては、土地の確保が出来ないためご遠慮くださいとのこと。ボランティア専用の宿泊施設を利用するか、市内のホテルを利用してください(ホテルは被災者の二次避難場所となっているため、空室が確保できるかは不明)。
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by africa_class | 2011-05-09 18:48 | 【311】東日本大震災

外大の東北出身の学生たちがお昼休みに募金を呼び掛けています

外大の東北出身の学生たちが、毎お昼休み、募金を呼び掛け
ています。是非、協力を。
(毎日お弁当を持ってきている私・・・も、まだ募金してなかった
ので、明日こそ募金に立ち寄ります。)
がんばれ、外大生!
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by africa_class | 2011-04-20 19:20 | 【311】東日本大震災

ゼミ生有志femme cafeの自転車イベントfor東日本大震災

アフリカゼミの有志団体femme cafeと院ゼミの今城君の
会社がコラボした横浜でのチャリティーイベントが終わりま
した。詳細は、femme cafeのブログにアップされる予定
ですが、写真が届いたので掲載しておきます。
http://afriqclass.exblog.jp/12424488/
元気な若者の姿を見ると、元気が出ますね!
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by africa_class | 2011-04-20 13:49 | 【311】東日本大震災