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カテゴリ:【考】民主主義、社会運動と民衆( 24 )

三つ葉のトースト、生き延びるということ。そして、愛と若さについて。

病気の残存から1日1個ぐらいしか出来ない。
なので、今日は敷地の奥の森の自生しているヨハネスベリー(ふさすぐり<黒いのはカシス>)を摘みに行って、今ジャムと夕飯を作っているところで、後はストーブがやってくれるため、暇なんでこれを書いている。
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本当はパウロ・フレイレの『被抑圧者の教育学』について書こうとしていたのだけれど、勝手気ままに書いていたら、ぜんぜん違う話(根本は同じだが)になってしまったので、そのままにしておく。

薪ストーブの良いところは、同時に鍋とグリルが使えることだ。なので、同時に夕ご飯も。今夜も手抜きで、庭のハーブで作ったサラダに、ミツバ&トマトトースト、組み合わせ的にとってもあわないと考えられる具沢山のみそ汁。これらを、同じストーブで、寝る前に飲むハーブティ(今は季節側ミントに凝っている)のためのお湯とともに準備中。というか、ストーブが勝手に準備している。

「薪ストーブ」という名前から「薪」ばかりに目がいくが、枝も立派な燃料。そのことに気づいてからは、ストーブでの調理は凄く楽になった。

なお、群生するミツバと翌日冷えてしまった手作りパンをなんとかしなきゃ・・・の一心で編み出したレシピ・ミツバ&トマトピューレ&ガーリック&チーズのトーストはおすすめの一品。子どもが小腹を減らすとこれを出せばボリューム感から満足してくれる。
今日は独りなので、さらに手抜きをして、こんな感じに。
・庭に群生中のミツバを刻んだもの
・昨夜の残りの海の幸&ガーリックトマトソース
・これに細かくちぎったチーズ
を買ってきたパンに載せを、グラタン鍋に並べてぶち込んだだけ。

以前作った時のもの(オーブンに入れる前)
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お味噌汁も具沢山な理由が、去年秋に自分で作った味噌の大豆自体が具沢山…。あまりにしんどくて、でも味噌が手に入らないドイツの田舎なんで、無理矢理味噌を作ったため、機械も踏みつぶすのもやめて、ただ手で潰した(踏みつぶすにはそのための袋を用意したりだし、機械を使うと後洗わないといけないので大変)。その結果、茹でられた大豆くんたちはつぶれきれておらず、ほとんど半分に砕いたぐらいの形態。なかなか味噌らしくならなかったが、10ヶ月を経て良い感じに。なので、みそ汁の味噌自体が大豆のつぶがもりもり…。でも、私こういう味噌実は好き。そこに、買い物に行けない時のために干しておいた今年の夏の収穫物、つまり化け物となったダイコンたちをただぶち込んだ。自慢じゃないが、凄く美味なみそ汁。この1品と玄米でお腹いっぱいになる。

家事はスピードが母からの家訓。
忙しすぎるが丁寧な暮らしがしたいという矛盾する自分と生活を成り立たせるために、「手間自体を愛さない」、「省ける手間は省く」、「今の手間がいざという時の楽さに繋がるのであれば、やる」ということをモットーにしてきた。こういう時に役立つもんだ。

でも、19で家庭を持った私は、どんな忙しくても、レトルトとか冷凍食品とかそういうのに頼ったことはないし、電子レンジも持った事もないし、トースターも炊飯器も持ってないし、まあ人から見たら、「手間やのー」ということはあるだろうが。要は、楽しめる範囲での手間を楽しんでいる。また、暮らしの基本が「循環」であることも、譲れない。これも、私の中では「抵抗の実践」の一形態だから。

さて、本題。
ここまで書いたら、ジャムが出来そうだ。
何の話だったか…。
そうだ、抵抗だ。

私に取って、以上のような日々の暮らしの色々は「抵抗」そのもので、思考と実践の両方を繋ぐもの。当事者性というのを私が持つとしたら、「生活者」というところからしか始まらないから。「学者然」としていた方が、個人的には遥かにメリットがあるけれども、そんなメリットを得て送る人生なんて何の意味もない。墓場にカネもメリットも名声も持っていけない以上、より問われるのは「どう生きたのか?」であって、「何を所有したのか?」ではないから。

死が切実に近かったから、今を生きる・自分らしく生きることに早くから目覚められた。もし、いじめや、自分が必要とされていないとか、自分が生きても何の意味もないと考えている若い人がいたら、いいたい。

そんなこと絶対ないよ、と。
あなたの命には、沢山の意味があるのだよ、と。
生きていれば、必ず本当に大切なことに行き当たる、と。
今、そう感じられないとしても、だったらそう感じられるところまで生きてみよう、と。

私は4つの時に、海に身を投げようとして、ギリギリのところで思いとどまった人間だ。当時、港のある漁村に暮らしていた。なぜ思いとどまったのかは、未だに思い出せない。ただ、「救われた」という実感だけが胸の中に残っている。目の前に横たわる暗い海のあの感じだけが記憶にある。

成人した後、そこを再び訪れた時、あまりにも村がちっぽけで、海も穏やかで浅く、拍子抜けしたことを思い出す。19才のあの時でも、あそこに足を向けるのはとても辛く、当時婚約していた彼に付き添ってもらって初めてそこまで行けたのだった。そういえば、あの彼も元気だろうか。籍こそ入れてなかったものの、彼の家族には本当の娘のように沢山の愛と支援を頂いた。ブラジルでの調査費を出してくれたのは彼のおじいちゃんで、彼のお父さんには学問的なアドバイスを、お母さんには女がプロとして生きることを、沢山教えてもらった。おじいちゃんとお母さんのお葬式に行けなかったことは今でも悔やまれるのだけれど、お父さんに本を送れたのはせめてもの償いかもしれない。お父さんには今年こそ、会いに行きたいと思う。

若さとは厄介なものだ。
とりわけ、幼い頃に刻み込まれた痛みを解消できない間は。
自由に沢山のチャレンジをしたい自分と、同時に愛されることで安心したいという自分の間で揺れ動く10代と20代前半を経験し、それがもたらした多方面の問題に、申し訳ない想いがある。今となっては、その「若さ」を苦笑したり、微笑ましく思えるが、当時はとても深刻だった。23才の終わりに、すべてを捨てて戦後直後のモザンビークに行ったのは、大変な決断だったけれども、心からよかったと思う。

女の子たちが、自己肯定感から男性に愛されることでなんとか自分の不安を埋めたり傷を癒そうとしているのを見るつけ、かつての自分を思い出す。

そんな彼女たちにいえることは、
それもまた仕方ない、ね。
ということ。

もっと強くなんなさい、とおばさんがいうのは簡単だ。
でも、試行錯誤をしてみないと、分からないものだから。
覚えておくべきは、自分の中にはちゃんと力が備わっているという真実。
他人の「愛」のように思えるものに、依存しなくても大丈夫。
あなたは、ちゃんと自分をいつか受け入れられるから。
その時、本当に解放されるのだよ、と。
自分が自分で与えていた呪縛から。

私が、ブレない自分の話であのようなことを書いたのは、そういうことだった。
「長い夜にブレない生き方について考える〜ガンジーの「ノー」の価値論と「五日市憲法草案」、そして沖縄」
http://afriqclass.exblog.jp/21326990

自分の中に軸がない限り、他人がどう思うか、他人に愛してもらえるのか、そこにばかり気が向いていってしまうことについて、私自身が経験をしてきたから。これは息子にも、多分伝わっていないと思うけれど、伝えてみた。「ふーん」としかかえってこなかったけれども。

恋愛は人を成長させる。
だけれど、まずは自分が自分を受け入れられないと、それはどこか誤摩化しになってしまって、本当の意味での自分の人生にはならないことを、頭の隅においてもらえるといいな。

まずは生き延びること。
そして、自分を受け入れること。
そして、その経験をバネに、他の人びとのために役立ててみること。
そして、時に始めた場所に戻ってみること。
愛し愛された人びとに感謝すること。

そんなところ?
偉そうにいえる私ではまったくないけれど、とりわけ私の友人たちは苦笑していることだろう!散々迷惑かけたから・・・。

でも、歳を取るということは何と素晴らしいことか、と納得している間に煮沸消毒していたジャムの瓶も乾いたようなので、ジャムを完成させる。

今日は、リースリング。
甘すぎるから嫌いだった。
安いワイン風で。
でも、ここドイツの風土にとってもあうワインなんだ。
これも年の功かな。
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by africa_class | 2015-07-28 04:30 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

(その2)大学生のスピーチに思う。「名を伏せた者たち」が進める全体主義の今。

ということで昨日の続き。
先に(その1)を読んでね。
http://afriqclass.exblog.jp/21484478/

といっても、ハーブ畑に大量に生い茂ったあらゆる草との今朝の格闘で、今実は疲れ果てている…。いなかった1ヶ月の間に野菜たちも化け物とかしていて、本当はもっと早くに秋野菜を植えなきゃなのにまずは夏野菜とお友達の草たちからなんとかしなきゃ・・・でもしんどい・・・で、ここまで来てしまった。農には、お天気・人手、心身ともの健康と時間が必要だということをつくづく感じる毎日。

しかし、放置がよろしかったのか、野菜も草も、そもそも植えてあった木々も、今は花真っ盛り。天国のように色とりどりの庭。見るだけなら、素晴らしい色合い。絵に描きたいほど。一年のごく僅かな出棺だけのこの眺めを堪能したい。けれども、油断すると種をまき散らすのでまた来年大変なことになる・・・が、今はこの花々に、ハチがぶんぶん、モンシロチョウもぶんぶん。切るに切れない。
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せっかくだから、前から挑戦したかった養蜂を来年はやってみよう。ラベンダー、アジサイ、ディル、アザミ、シロツメクサ、コンフリー・・・の花の蜜を吸ったハチの蜜って、どんな味がするのかな?という興味から。

「ハチ」というと、子どもの頃は怖かった。家でも学校でもすごく脅されていたし。でも、ハチに囲まれて暮らしてわかったことは、ハチもまた彼らの感性と論理があって、こちらが彼らの邪魔をしない&しないオーラを出しておけば、ほっておいてくれるということ。「邪魔しないオーラ」って何?・・・というと、「気を消す」感じ?ぶーんと飛んで来ても、何もせず、ただ気を消す。動きたければ、そーーーと引く感じ。すると、ハチもすっといなくなる。このあうんの呼吸を呑み込むと、ハチさんが群がっている花も少しだけお裾分けさせてもらえる。

またしても、続きのはずが前に進んでないわい。

で、1年以上前に何を書いていたか?・・・というと、日本平和学会に頼まれて『平和研究(早稲田大学出版会)』というジャーナルを編集していた。それは、『平和の主体論』という特集号になったのだけれど、そこに後書きを書かなければならなかった。だから、ナチス時代のドイツで形成された全体主義の問題について、今の日本と重ね合わせた文章を書いた。ハンナ・アーレントを引用しながら。「後書き」は、こう始まる。

 「東日本大震災とその後の東京電力福島第一原発事故から3年が経過した。そんな2013年末、小さな映画館で公開された映画が評判を呼び、異例のロングランとなった。「ハンナ・アーレント」と題されたその映画を、2013年の日本社会が欲した理由は何だったのだろうか。
 ハンナ・アーレントHannah Arendtは、ユダヤ系ドイツ人として生まれ、ナチス・ドイツの迫害から逃れ、アメリカで「全体主義の起源」をはじめとする多くの著書を記した政治哲学者である。
 全体主義体制は、第二次世界大戦あるいは東西冷戦の終焉にいおって、一部を除き「終わったもの」として久しく受け止められてきた。1990年代以降の世界における複数政党制民主主義の急速な拡散、移動手段や通信技術の発達による多様な情報へのアクセスの拡大ーーこのような時代に再び全体主義について考える必然性はどこにあるのだろうか」。

日本平和学会(編)『平和研究ー平和の主体論』早稲田大学出版会
http://www.waseda-up.co.jp/series03/post-711.html
(表紙の写真は、2014年2月にNGO・外務省定期協議会・ODA政策協議会で沖縄に行った際に、沖縄の高江で撮ったもの。モザンビーク農民の土地を奪われる苦しみと不安を、沖縄の人びとはよく理解してくれた。苦悩というのは他者の痛みへの共感と連帯の土台になりうるものなのだ、と改めて尊敬を込めて感じた)

この本が出てすぐ、その「後書き」が、現実に生じたことを先取りしていたため、このブログに駄文を書いていたのであった。そして、布団の中で書いたそれは、誤操作で見事消えてしまった…。でも、それでよかったのかもしれない。物事にはそういう思いがけない出来事があって、それぞれに「意味」があると思う。

で、1年前何故その駄文を書いていたのか?
それは、外務省JICAとNGOの「対話」の記録から、政府側が個人の氏名・肩書きを削除してきたと聞いたからだった。この対話は公開のもので、それまで記録は記名入りで掲載されていた。それが去年5月に突然、名前が消されて、「外務省」とか「JICA」とかの書き方にされていたと聞き、「あっ」と思ったからだった。

この記録をめぐっては、当日全く発言されてもいないことが事後的に書き加えられたり、当日言ったにもかかわらず(そして逐語議事録が提供されているにもかかわらず)「記憶にないから」と削除されることもあるという。さらには、NGO側の発言箇所にまで、丁寧にも、直接修正を加えてくれるというから厄介だ。一般には、こういうことは「記録の改ざん」とされかねないが、これらの機関ではどうもそうではないらしい・・・。違うと思いたいが、あまりに日常化しているということだろうか?こういう細かい芸当が得意な者ほど組織内で重宝され、評価が高いのも、税金で彼らのサラリーを支えている側としては「?」が大きい。

当日発言したことは、後で変更可能で、そもそも誰が話したかすら分からないようにできる・・・税金で支えられている援助事業の公開の話し合いの場で求めること自体が、一般市民には謎だ。透明性を高め、説明責任を果たすのは義務であり、責任であり、「市民の要求によること」でも「追加的なこと」でもないはずなのに?

つまり、自分の発言に個人として責任を持たない、持ちたくない、ということだと受け止めるしかないのだが、他に何か理由があるだろうか。でも、これも一度でも組織に生きたことのある者なら、きっと理解できる論理だろう。つまり、彼らだって可哀想なんだ。

彼らの論理では、このような問題事業を、好きで担当しているわけではない。たまたまそういう役目が回って来ただけで、運悪く担当になって、自分の名前が記録に残るのは迷惑だ。そもそも発言だって、個人の発言というわけではなく、組織のためにしぶしぶやってることだ。なのに、自分の発言としてもらっても困るし、自分の将来にも関わる、そいうことのようだ。これに同情する気持ちがないわけではない。渦中の栗をあえて拾った人もいるし、改善しようと努力している人たちが何人もいるのも知っている。そして、その人たちの努力に率直に敬意を払いたい。でも、だからこそ、名前を伏せるなんてことはあってはいけないと思う。名前を載せるのも憚れるような、そんな「問題事業」を始めたのは誰なのか、どの組織だったのか? 皆が自分の名前を隠して歩く限り、本当の意味で良くはできない。今良くできなとしても、教訓として未来に学ぶ時に、これでは学びようがない。

実際、政府の公開文書からはある種の人たちの名前がごっそり消されている。本当に丁寧にすべてのページから削除されているのだ。その人たちの名前を探して黒く塗るだけでも大変な作業である。これもまた税金である。そんなことをする理由は何なのか?「個人に不利益がある」ということを主張するが、名前が隠されなければならないほどまずいことをしてきたのもそれら本人ではないのだろうか。

そして、このような「自己の責任放棄」こそが、現在のあらゆる日本の問題に通じている以上、個人として同情はするがそれをよしとはできない。また、このような無責任体質によって、現地で人びとが苦しい目にあっているのなら、なおさらである。(それについては、今度は外務省・JICAですらなく、モザンビーク政府の「オーナーシップ」の責任にされている…!)

もう一点興味深いことは、1年前、個人名が削除されるようになっただけでなく、外務省やJICAの個人が良心に基づいて行った率直な発言は、事後的に組織的に削除されたことであった。つまり、個人の発言は許されておらず、組織の方向性に合致した言葉だけを話し、記録に載せることだけが許されるということのようである。

つまり、任期の2−3年がすぎたら、別の者に任務が置き換えられる以上、そこに個性など挟んではいけないのだ。つまり、「置き換え可能な塊」として存在しなければならない。

でも、本当はそうじゃないはずだ。
人は誰だって自分らしく働きたいし、貢献もしたい。
にもかかわらず、「名前を消す」「発言を消す」ことを主張するということは、そういうことを意味する。相手があることなのに、自分は匿名性に隠れる。時間が経ったら次に向かうだけ…人びとの暮らしは続いていくというのに。

この一切合財を最初知った時、何かの手違いかなんかかと思った。しかし、結局「記名を無記名に」するために、何ヶ月も政府側が粘り続けた様子をみて、彼らにとって自分の名前が記録に残るか否かがそんなに重要なことなのだ・・・・ということを、心底驚いたが、理解した、そして、これは、ある特異な例外的なケースではなく、2014年の現実ーー悪化する日本の統治体制の現実ーーとして、ある種の合点がいった。

そして、私が思い出したのが、『平和研究』に書いていたハンナ・アーレントの「自己の無用化」、つまり「誰でもない者による支配」の話であった。

そのシンクロさ加減に、さすがに心臓がぎゅーーーと締め付けられる想いだ。当の本人たちはそんな風にはみていないと思うけれど。2013年全般に問題なかったことが、2014年には重視されていく。この転換というのは、例えば2013年末に秘密保護法が成立し、その後原発最稼働し、安全保障関連法案提出までの流れを歴史的背景として眺めるならば、さほど違和感がないことなのかもしれない。

そして、これは外務省やJICAだけの話では当然ない(そしてこれらの組織の全員がというわけでもないことは、明白だろうが一応記しておく)。これらは、単なる一例にすぎず、広く日本に蔓延している問題なのだ。ここが一番の味噌である。詳細は上述の「後書き」に書いたのだけれど、ここでも少し(大いに?)披露したい。

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アーレントは、「独裁体制のもとでの個人の責任」で、「なぜ服従したのか」ではなく「なぜ支持したのか」こそが問われなければならず、一人前の大人が公的生活の中で命令に「服従する」ということは組織や権威や法律を「支持した」事を意味し、「人間という地位に固有の尊厳と名誉を放棄した行為である」と断定する。そして、これらの「人間としての尊厳と名誉を取り戻す」ためには、まずは「服従」と「支持」の違いを考えなければならない、と主張する。

つまり、「仕方なく」「組織がそう求めるから」「上が命じるから(命じないから)」という言い訳に対し、「一人前の大人の人間としては不名誉で自己の尊厳を放棄した言い訳にすぎない」ことを痛烈に批判する。そして、結局それは「服従」ではなく、「支持なのだ」と結論づける。つまり、「自分の意志や意図ではないしぶしぶの受け身の行為(=服従)」と本人が認識しようとも、それは組織や全体の中で「積極的な支持」にすぎず、個としての責任が問われることなのだといっているのである。

確かに、消極的な行為であろうと、積極的な行為であろうとも、「従った行為」の果てにはその体制が支えられ、揺るがないという結果のみが立ち現れる。戦後多くのドイツ人は、自分たちも犠牲者であったと強調し、ホロコーストについて問われれば「知らなかった」「何も悪いことしなかった」「直接は何もしていない」・・・ということも多かった。しかし、まさにこの「積極的に支持はしなかった、ただそこにいて従ったにすぎない"one of them"の束」こそが、あのような政治社会体制を可能としていたのである。

そこに目を向けないのであれば、いつまでも自分の責任はないことになり、良心の呵責もないだろう。何より、自分は特定の個人として何もしなかったのでもなく、命令に従ったのではなく、あくまでも圧倒的多数の一人(One of them)にすぎなかったのだらから・・・との論理が可能である。そもそも、もっと責任のあるエライやつらがいたし、奴らの責任は明白だ。その影で奴らはいい目にもあった。皆それが誰か知っている(ヒトラーやその他)。一方、庶民にすぎない、「組織の歯車」にすぎなかった役人の私の名前は、どこにも書かれていない。直接殺戮の現場にいた収容所の看守だったわけでもない、と。

私のドイツの家族もこう口を揃えた。
「いつも気の毒に思っていた。私たちは差別なんて決してしなかったし、密告もしなかった」、と。「じゃあ、助けようとしたの?体制に抵抗しようとしたの?」という問いには、「そんなことは不可能だった」と。「不可能になる前に何かしなかったの?」という問いには、「分からなかった。急に一気にナチスが社会を国家を乗っ取ったから」と。これは、日本の多くの人の感覚と同じだろう。

これをアーレントは「自己の無用化」と読んだ。
「自分が行ったこと(行わないこと)と、その結果は無関係」という多くの人がもっている感覚。「私ぐらい…」「私なんて…」の一言に象徴される。これが庶民レベルで展開する問題もそうであるが、官僚レベルで行われることの影響は深く重い。彼女は、これを「誰でもない者による支配」と呼んだ。

自分を「自己のない=誰でもない者(Nobody)」が、国家や社会の制度部分を担い・回すことによって総体として現れる支配構造、それが全体主義であった。

善良なる市民感情、あるいは「仕事をしているだけだ」との想いをもった官僚感情を前に、それでもハンナ・アーレントは「人としての責任」を問い続けた。そうしない限り、再び全体主義は他者を破滅させるために蘇ると見破っていたからだ。彼女は、マッカーシズムに荒れる米国社会と、ソ連の国家体制、そして何より大虐殺を経験したはずのユダヤ人が作りつつあったイスラエル国家の体制を見ながら、これらの著作を書いた。アーレントは、人間は繰り返し過ちを犯すだろうという確信を持っていたから、筆を緩めず、彼女の考える書くべきことを書くべき手法で書き続けた。仲間からも厳しすぎると非難されても、なんらかの配慮で書くべきことの表現と中身を妥協することで、彼女の考える真理から遠ざけられてしまうことを畏れた。彼女は、まさに筆一本で闘っていたからだ。

アーレントが非難を受けた理由は、ホロコーストが悪の権化のような狂った憎むべき個人によってではなく、「凡庸なる(普通の)個人」によって行われたことを主張したからであった。あのような想像を絶する人類史上まれに見る犯罪が、「凡庸なる悪」という言葉で総括された時に、ホロコーストのサバイバーやその遺族の衝撃は大きかった。さらには、ユダヤ人協会の一部の者が自らの安全のために、体制に協力していたということを指摘したときには、その反発たるや凄まじいものがあった。

しかし、アーレントは、自らの理解、言葉、主張を変えなかった。なぜなら、本質は、人間とその社会の持っている傾向の問題にあって、この理解に行き着かない限り、犠牲者の名の下に(「ユダヤ人だから」)、あるいは「解放者」の名の下に(アメリカ)…今度は次の全体主義が準備されてしまうことが見通せたからであった。

この「誰でもない者(名前のない/伏せられた者)による支配」の根っこにある元凶を、彼女はあぜんとするほど平易なあっけない言葉で示した。つまり、「思考停止」である。

「思考停止」という言葉は、若者の間で長らく流行った言葉だった。
だから、日本ではあどけないニュアンスがある。
しかし、アーレントのいう「思考停止」はもっと根源的なものがある。人間が人間である理由は、人間には思考が可能だからだ・・・という前提において、「思考停止した者」とは「人間の尊厳と名誉を放棄した者」になる。

アーレントの結論はこうだ。
この「思考停止した凡庸なる人」こそが、世界最大の悪であるホロコーストを可能にした。
つまり、思考停止は悪なのだ。「自称普通の人びと」のそのような思考停止こそが、世界最悪の「悪」を招く。

きっと多くの人にはあまりにものあっけなさに、な〜んだ、と思うかもしれない。しかし、アーレントの話はもっと奥行きがあるのだ。

「人間」が「思考停止する」とどうなるかというと、「交換可能な塊」にすぎなくなる。もはや名前のある特定のあなたという人間でなくてもよくなる。労働力であり、官僚であり、全体の中の機能だけが重要となる。となると、「複数制」が否定され、一人が倒れても次が準備されればよく、あなたでなくても別の人でもいい。組織は続き、体制は続いていく。それもこれも、「名のあるあなた」は、「思考を停止し人としての尊厳を捨てて体制を温存させている=支持しているから」である。そして、この体制には、「よそ者」が生み出され、「全体」が優先さsれるが故に排除が目的化する。ナチスドイツの場合は、ユダヤ人や共産主義者等がその対象となった。これらの完全排除が全体の保全のために目的化される。

このプロセスを、アーレントの教え子であるヤング=ブルーエルは次のように説明する。
「全体主義は政治(的空間?)を破壊する統治形態であり、語り・行為する人間を組織的に排除し、最初にある集団を選別して彼らの人間性そのものを攻撃し、そこからすべての集団に同じような手を伸ばす」という(2008)。

つまり、体制にとって、自らの頭で考え、声を上げ、能動的に行為する主体を、ある種のレッテル貼りでその存在自体を排除してしまえば、社会を押さえ込むことができるというのである。

人間に与えられた自分の頭で考える・・・ことに目覚めた人びとが、「交換可能な塊」から脱し、自分の尊厳と名誉と責任において自分の名前で語り始めた時、そこに全体主義が破れる可能性が芽生えるものの、圧倒的多数の「思考停止の交換可能な塊となった人びと」がこれらを「よそ者」とレッテル貼りして完全排除をしていくことで、体制は加速度的に出来上がっていく。

日本においては、立上がる人びとを「左翼」「過激」「プロ市民」「中国からカネをもらっている」等と呼んで。

しかし、この話はそこで終わらない。
なぜなら、「他人事」として傍観していた「凡庸なる人びと」「統治側にいる誰でもない者=官僚」のところにも、全体主義の支配は及んでいくからだ。自分らしいことが、一つずつできなくなっていく・・・そんな不自由な社会が、いつの間にか自分を蝕んでいく。それでも、体制が崩壊するまでは安全だろうと思うかもしれない。しかし、全体主義が行う「よそ者」としてのレッテル貼りは、いつどこで自分や自分の家族に牙を剥くか分からないのだ。今日は統治の側にいる自分が、いつか逆転することすらあり得る。全体主義とは、個々の人間の幸福など目的にしない以上、明日は「我が身」かもしれないのだ。

名前を失い塊となり思考停止することを厭わない人たちが、国の統治を行い、同様なる凡庸な人びとが、これを支持する限りにおいては、犠牲となる人びとを生み出すことを必然とし、人類最悪の犯罪すら可能とするのだ。そして、これは遠い昔の話ではなく、今目の前で進行していることだと考えるのは、私だけだろうか?

エルサレムでアイヒマンは、体制や組織が下した決定を歯車として役割を果たしただけで自分の意志ではなかった以上、自分の責任ではなく、自分が個人としてさばかれるのはおかしいと主張した。彼は、自分の昇進ばかりを気にして、ただ粛々と仕事をこなした。その結果が、大量のユダヤ人の収容所への輸送であった。

それに対して、アーレントは、そのような言い訳をするアイヒマンについて、「(人間)主体としての自己放棄」こそがまさに「全体主義を生み出した悪」なのだと説明した。

映画「ハンナ・アーレント」の最後のシーンに、彼女が学生たちの呼びかけたことがある。

自分自身で思考する。
それが人間を強くする、ということ。
思考の営みは職業的思想家のものではなく、全ての人びとが日々必要とするものであり、他方そうやって得られた思考で関わるべきは「自分」ではなく「世界」に対してである、ということ。

だから、私は、2015年7月の暑い夏に、日本の大学生たちが、「思考停止」を脱して自分たちの頭で考え、「自己無用化、塊化」を避けて、自分の名前を堂々と語り、すべての可視化できる記録に残しながら、自らの言葉で語ったことを、賞賛せずにはいられないのだ。

彼らが失うものがないから・・・などという批判は無用だ。
今の学生がどこまで就職の不安を抱えて生活しているか、大人達はしりもしないから。
今の大学が、学生の活動にどこまで口を挟んでくるかも、知りもしないから。

私たちは、ただ、過去の歴史と、歴史の葛藤から紡ぎ出された豊かな著作と、若い人たちの躍動的抵抗から、頭を垂れて学ぶべきときなのだ。

全体を恐れ、その中に埋没し、隠れている場合じゃない。
今、このクリティカルモーメントにおいて、日本の「人としての尊厳を持つ唯一無比のあなた」が問われている。

「あなた」は、「置き換え可能な塊」なんかじゃない。
「あなた」は、「思考停止」なのかしていない。
自分だってNGOのように自由に発言し、行動したいと考えているのも知っている。
本当は、「あなた」は、素晴らしい独立した考えの持ち主で、自己保身や自己承認のためだけに働いているんじゃなくて、一人の人間として物事を変革できる「力」を持っていることを、私は知っている。
そして、苦しい想いを日々重ねている事も知っている。
行き場のない怒りを抱えているのも知っている。
その少しでも、表に出すことが、今必要なんじゃないのかな?


1年も経ったのに、この話を再び書こうと思った理由は、学生のスピーチだけでない。立教の声明を読んでのことだった。
「「戦争」とは決して抽象的なものではありません。具体的な名前をもった若者たちが戦場で向かい合い、殺し殺されることを意味します。そして、子どもたちを含む多くの戦争犠牲者を生み出し、いのちの尊厳を踏みにじるものです。1945 年までの戦争への反省の上に立って戦後日本が国是としてきた平和主義に逆行し、日本に戦争への道を開く安全保障 関連法案の可決に、私たちは強く抗議し、法案の即時廃案を要求します。 」

ノーベル賞学者の益川教授がこう述べている。
日経:物理学者・益川敏英氏「学問より人類愛せ」(戦争と私)
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO89240270T10C15A7000000/
「虫も殺せないような人が平気で人を殺せるようになってしまうのが戦争だ。組織の中で動いてしまう。だから恐ろしい」 「科学者は放っておいたら自分の研究室で研究している方が面白い。本人にそのつもりがなくても、自分が開発した技術が戦闘機に使われるようなことも起こりうる。それに気付いたら科学者は社会に報告すべきなんでしょうね。でも普通はしない。だから集会や社会に連れ出したらいいんだ。すると、平和が危ういということはすぐに分かるんだから」

学者や科学者だけではない。
援助を含めた政策立案者も遂行者も同じだ。
自分机や会議室の中にある世界で物事を想定している限り。

ここに書きたかった本質が表されている。
国家の政策は、一人一人の生命と幸福と財産を操るほど力を持ちうるものだというのに、その想定される対象には名前と顔がない「女性」「若者」「農民」「貧困者」を対象とする。それを司る側もまたトップ以外は名前なき役人・軍人らの塊によって遂行される。行為自体が、被害を招きかねない複雑なプロセスは軽視され、「戦争(殺し合いにかかわらず)」、「援助(政治を伴うものであるにもかかわらず)」と抽象的に表現される。

だから、決定とプロセスを主権者・主体の側に戻していくしか、方法はないのだと思う。
先人たちの屍と犠牲の上の民主主義の時代に暮らすというのは、そういことなのだ。
私たちは、名前を伏せるどころか、名前を取り戻すところから始めなくてはならないのだ。そんなことを考えた夏の夜長だった。

ハンナ・アーレントについては、以下の参考文献。
矢野久美子『ハンナ・アーレント』中央公論新社。
映画については、以下のオフィシャルサイト。
http://www.cetera.co.jp/h_arendt/


*なお、ここに書いてあることを本当の意味で理解したら、そんなことはあり得ないはずであるものの、過去に起きた出来事が懸念されるので(あえてここで何が起きたかは書かないものの)、念のため書いておくのですが、この内容を「悪用」しないようにしてください。物事には多様な見方があって、そこに論争があって、そして社会は発展していくものなのです。

おやすみなさい!
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by africa_class | 2015-07-27 00:21 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

大学生のスピーチに思う。「名を伏せた者たち」が進める全体主義の今(その1)。

若い人たちの感性に感銘を受ける毎日だ。
人類の歴史が示してきたように、危機は危機として、圧倒的に構造に下支えされた強いものである一方で、そのような中でも、一筋の希望が生まれる時がある。

「希望には二人の娘がいる。一人は怒りであり、もう一人は勇気である」と、アウグスチヌスが言っていたらしい。「安全保障関連法案に反対する立教人の会」の呼びかけメッセージで知った。
http://rikkyo9.wix.com/home
(↑とても良い文章なので読んでほしい。後でもう一度これを引用予定)

吹けば飛ぶような小さな灯りかもしれない。
でも、人びとと社会に温かな確かな励ましをもたらすに足る灯りを、若い人たちが生み出している。そして、まさに「健全な怒り」から、勇気をもって彼女たち、彼らは立上がったのだ。
そして、「希望」という名の、様々な色と大きさの花を、日本のあちこちで咲かし始めた。

「まっとうな怒り」すら、遠いものになりかねない、感覚が麻痺した「大人」の一人として、ありがとうを伝えたい。あなたたちに、気づかされたよ。そして、励まされたよ。「大人」達も、それに応えないといけないね。

実は、病床の中でも、彼女や彼らのことをこの1年見ていた。

最初は小さな小さな試みだった。
国会前で声をあげ、辺野古でおばあ・おじいと座り込み、多くの大人達の声に耳を傾けた。
沢山の試行錯誤の中で、自らを鍛えていった。
過去の過ちの轍を踏まないように、時に悩んだ。
…そうだった?

日本を出てしまった私に、大学を後にしてしまった私に、何が言えるのだ、との想いの中でも、皆を見ていた。そして、日本の政府や援助(とその主体)・マスコミの劣化を目の当たりにして、実は去年の4月に書いていた文章があった。でも、PCの電源がキレて消えてしまった…。その時は、病気もあって仕方ないのかな、と思ってそのままになっていた。そのことを、改めて書きたいと思う。

その前に、忘れないうちに二つのスピーチを紹介しておこう。いずれも女子学生たちのスピーチ。
ユーモラスで、柔らかで、なのにシャープでクリティカル、そして何より本質を突いている。「怒っています」との一言で始まりながら、感情的な文章ではなく、論理的に話している。

どこぞやのウソ、ごまかし、はぐらかし・・・しかできない方々とは雲泥の差だ。

…と思っていたら、こんな動画がYoutubeにアップされていた。
「【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた」
https://www.youtube.com/watch?v=L9WjGyo9AU8
本物も比較してみよう。
https://www.youtube.com/watch?v=0YzSHNlSs9g

思考も思想も言葉も、街頭でもまれ、鍛えられる。
街に出たあなたたちは、本の中に埋没し机の上でのみ論じる学者よりいも、もっと切実に沢山のものを吸収している。落ち着いたら、また本に戻ればいい。あなたたちが先生たちを路上に引きずり出せばいい。先生達は、あなたたちから学び、あなたたちを支える側にいくべき時がきた。それは先生冥利に尽きる事なんだ、本当は。

結局のところ、教育とは、「共育」ことなのだと思う。政府や文科省の予算配分ばかり気にしている今の大学や大学執行部には分からない真理かもしれない、けどね。第一、彼らが見ている方向はお役所やカネ勘定ばかり。それもこれも、「大学の未来のために」といっているが、自分の雇用や年金への不安が原動力だったりもする。もはや、目の前の学生たちや、社会の課題ではない。今迄だって、どの程度学生を見ていたかという問いはさておき、社会課題に至ってはそれをなんかの競争的経費に繋げられないか?という発想からしか、アプローチできない。そして、政府にたてつくような課題へのアプローチ等は、考えてはならぬのだ。

で、そんな大学や先生を飛び越えて、学生たちは街角に出た。
そして、先生たちのもっとずっと先を歩み始めた。

2015年7月25日
大学3年生の芝田万奈さんのスピーチ
https://www.youtube.com/watch?v=WDbAd1CSDDk&feature=youtu.be

2015年7月15日
大学生の寺田ともかさんのスピーチ
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/253905
「 こんばんは、今日はわたし、本当に腹がたってここにきました。国民の過半数が反対しているなかで、これを無理やり通したという事実は、紛れもなく独裁です。だけど、わたし、今この景色に本当に希望を感じてます。大阪駅がこんなに人で埋め尽くされているのを見るのは、わたし、初めてです。この国が独裁を許すのか、民主主義を守りぬくのかは、今わたしたちの声にかかっています。
  先日、安倍首相は、インターネット番組の中で、こういう例を上げていました。『喧嘩が強くて、いつも自分を守っ てくれている友達の麻生くんが、いきなり不良に殴りかかられた時には、一緒に反撃するのは当たり前ですよね』って。ぞーっとしました。この例えを用いるのであれば、この話の続きはどうなるのでしょう。友達が殴りかかられたからと、一緒に不良に反撃をすれば、不良はもっと多くの仲間を連れて攻撃をしてくるでしょう。そして暴力の連鎖が生まれ、不必要に周りを巻き込み、関係のない人まで命を落とすことになります。 (中略)
  わけの分からない例えで国民を騙し、本質をごまかそうとしても、わたしたちは騙されないし、自分の頭でちゃんと考えて行動します。(中略)
  わたしは、戦争で奪った命を元に戻すことができない。空爆で破壊された街を建て直す力もない。日本の企業が作った武器で子供たちが傷ついても、その子たちの未来にわたしは責任を負えない。大切な家族を奪われた悲しみを、わたしはこれっぽっちも癒せない。自分の責任の取れないことを、あの首相のように『わたしが責任を持って』とか、『絶対に』とか、『必ずや』とか、威勢のいい言葉にごまかすことなんてできません。
  安倍首相、二度と戦争をしないと誓ったこの国の憲法は、あなたの独裁を認めはしない。国民主権も、基本的人権の尊重も、平和主義も守れないようであれば、あなたはもはやこの国の総理大臣ではありません。民主主義がここに、こうやって生きている限り、わたしたちはあなたを権力の座から引きずり下ろす権利があります。力があります。あなたはこの夏で辞めることになるし、わたしたちは、来年また戦後71年目を無事に迎えることになるでしょう。(中略)
  この70年間日本が戦争せずに済んだのは、こういう大人たちがいたからです。ずっとこうやって戦ってきてくれた人達がいたからです。そして、戦争の悲惨さを知っているあの人達が、ずっとこのようにやり続けてきたのは、紛れもなくわたしたちのためでした。ここで終わらせるわけにはいかないんです。わたしたちは抵抗を続けていくんです。
  武力では平和を保つことができなかったという歴史の反省の上に立ち、憲法9条という新しくて、最も賢明な安全保障のあり方を続けていくんです。わたしは、この国が武力を持たずに平和を保つ新しい国家としてのモデルを、国際社会に示し続けることを信じます。偽りの政治は長くは続きません。
  そろそろここで終わりにしましょう。新しい時代を始めましょう。2015年7月15日、わたしは戦争法案の強行採決に反対します。ありがとうございました」

これを丁寧に報じているのは、IWJだけだ。
http://iwj.co.jp/ (会員になって支えよう!)
全文をこおに掲載できるのもIWJのお陰だ。

私たちにIWJがいてくれて本当に良かったと思うし、他のメディアは何をしているのだろうと思う。どうでもよいタレントや有名人のどうでもよいスキャンダルやコメントや会話を垂れ流しにする暇があれば、これらの若者の声をそのまま流した方がよほど意味があると思う。<=制作費もタダだし。お茶の間の皆さんも、きっと興味を持つことと思う。「今時の大学生がこんなことを?」と。

私の研究室の電話には制作会社やテレビ局から「アフリカで何か珍しいことやっている学生紹介してください」というメッセージが山ほどかかってきていた。アフリカに行かなくていい。毎週金曜日に街角、国会前に行って、カメラを回し続ければいいのだ。

でもやらない。「政治」だから、お茶の間で「考えずにただTVの箱(今時、板か)を眺めていたい(と彼らが勝手に思っている)ばかな国民」には、「難しすぎる」と、TV人たちが考えているからだ。いや、ただ政権に睨まれるのが怖いためか?

また前置きが長くなった。
でも、もうこのブログの読者には「今更」だろう。

私が去年4月に書いていたことと、寺田さんのスピーチは密接に関係している。
「私たちは騙されないし、自分の頭でちゃんと考えて行動します。」

この何気ない一言は、実はすごく重要なのだ。
彼女が「自分の頭でちゃんと考え」てした行動とは、「自分の名前で語ること」であった。

この点が、ナチズムによるホロコースト(ユダヤ人や反ナチ等の大虐殺)の本質と関わることであり、再びあのような大罪を人類・国家・社会・一人一人が犯さないために、不可欠なことなのである。

それを成人間もない彼女たちが、軽く言ってのけた、やってのけている。
ごく当たり前に聞こえる「自分の頭で考えて、自分の名前で責任をもって行動する」を、どれだけの人が日々実践しているだろうか?名乗らないで行う数々のこと。

何人の官僚が、自分の頭で考えて、組織に隠れることなく、自分の名前を伏せることなく、責任をもって行動しているのか?

何も役所だけではない。
大学や、高校や、中学校や、小学校の先生だって、どうなのか?
新聞や、テレビや、雑誌の人びとだって、どうなのか?
JICA職員や、開発コンサルタントだって、どうなのか?
大企業のサラリーマンだって、どうなのか?

寺田さんや、柴田さんの勇気に、私たちは感謝しなくてはならない。
なぜなら、この日本の独裁・ファシズム・全体主義的状況の半歩手前の今、まさに「名を伏せた者たちの日々の「仕事」」によって、日本の民主主義は破壊に追いやられているからだ。

続きは、明日かも。
<=やっぱり翌日に。(その2)へ。
http://afriqclass.exblog.jp/21487530/
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by africa_class | 2015-07-26 02:40 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

表現の自由を憂い、エチオピア女性ジャーナリストから学ぶ「人の生は短い。だから私は真実を語る」

日本の「報道の自由度」が今年ついに22位から53位に急落したとの報道がありました。知ってましたか?今日は、その話を手掛かりに、今年「報道の自由賞」を受賞したエチオピアの女性ジャーナリスト・Reeyot Alemu、「本当のことを書き続け」て逮捕された26歳の女性について語りながら、日本における「国民の知る権利」と「表現の自由」の憂うべく現状を共に考えます。

「遠いアフリカ」のことではありません。
そのようにみえて、「日本の私たち」のことです。

彼女はArthur Schopenhauerをこう引用しました。
"life is short.(人の生は短いが)
But truth works far.(真実は遠くまで届く)
Lives long.(そして長く生き続ける)
Let us speak the truth."(だから私たちは真実を語ろう)
(The World as Will and Representation, Volume I)

■英語ですが授賞式の様子(彼女不在のまま)
http://www.youtube.com/watch?v=O1z7d6z-S_w

元NHKの大貫 康雄氏によると、日本のランク急落の背景は次の通り。
=======
http://no-border.asia/archives/8287
5月3日は「世界報道の自由の日(world press freedom day)」とユネスコ総会で定め、加盟国に報道の自由を促進し、言論の自由の保障を義務付けているが、現状は理想にほど遠い状況だ。毎年、この日に合わせて『ユネスコ・国連教育科学文化機関』が「報道の自由賞」の授賞式を行い、また国際NGO『RFS(国境なき記者団)』が世界179カ国の「報道の自由度」一覧を発表している。

日本は黄色に色分けされたが、1年前の22位から31位下げ53位に急落。(閉鎖的な)記者クラブ制度が依然改革されていないなど、名指しで警告されている。

民主主義(の質、水準)が以前に比べて悪化している国としてイタリア、ハンガリー、ギリシャ、アルゼンチンと共に日本が名指しで警告対象になった。

RFSはまた、昨年の22位から53位に降下した日本について(政府・公的機関の)透明性の欠如、福島第一原子力発電所事故と放射能災害に関する情報公開を尊重する態度はほとんどゼロに等しいと手厳しい批判をしている。さらに問題点として、最後に原子力産業報道で“検閲”(誰によるのかは言及せず)が行われていること、(閉鎖的な)記者クラブ制度が依然として改革されていないことなどを挙げ、以前は良い評価を受けていた国の急降下は警告すべき現象だとしている。

アジア・太平洋地域では、ニュージーランドが最も報道の自由が保障されている国のひとつとして8位、オーストラリアが26 位、パプア・ニューギニアが41 位、台湾が47 位、韓国50 位。
=====

これって深刻な事態では?日本のメディアはどう報道したのだろう?と思って検索にかけてみたのですが、No Boarderの大貫氏のこれしか出てこない・・・。それ自体が示しているものもある。。。批判は耳が痛いとは思いますが、今一度「何のためにメディアがあるのか?」を考えてほしいです。勿論、一番問題は日本政府・公的機関ではありますが、マスコミもまた、耳を傾けるべき指摘は沢山あると思います。

私はアフリカニストなのでアフリカのランクも確認してみると・・・。日本より上位は7か国!
ナミビア(19位)、カーボベルデ(25位)、ガーナ(30位)、ボツワナ(40位)、ニジェール(43位)、ブルキナファソ(46位)、南ア(52位)よりも下位でした。ニジェールやブルキナファソより低いとは・・・いや失礼。そりゃそうかもしれません。
http://en.rsf.org/press-freedom-index-2013,1054.html

でも、残念ながら私、この結果に驚かないかも・・・。
今とても気になっていること。
それは、日本社会が全体として「ものを言いにくい状態」が生まれつつあるという点です。特に、国家権力や権力が行う政策に絡むこと、原発事故直後とは異なり、問題を指摘する人達が声をあげづらい空気が醸し出されつつあるように思います。

多分、多くの日本の人達は、「自然の減少」、つまりいわゆる「風化」や日本得意の「忘却力」によるものと思っているでしょうが、勿論それがある一方で、そうなるように色々なアクションがとられていること・・・には、なかなか気づかないですよね。

今、日本で何が起きているのか?
例えば、異論を述べる人達、道端で声をあげる人達への意図的な逮捕や拘束、裁判や、職場での嫌がらせ等です。モザンビークだけではないのです。既に、「がれき焼却」をめぐっては、私立大学の先生が逮捕される事態までになっています。勿論、この先生は、社会の大きな声によって、釈放され大学にも復帰されていますが、このようなことは先生やその周辺の人達を怖がらせて黙らせるために行なわれた、国家権力や警察による介入だったことは明らかです。

異論に耳を貸せない人達が国家権力を握った時、日本でかつて何が起こったのか?
目で見えなくとも、「全体の空気でなんとなく異論がいいにくい状態」が、なにをもたらしたのか?
声を上げ続けた人達を「非国民」と呼んで、見捨てた社会が行き着いた先はなんだったのか?

何故戦争から70年近く経って、「いつか来た道」を遡っているような不安を感じなくてはならないのでしょうか?あるいは、70年「も」経って、お得意の「忘却力」で全て勝手に忘れたのでしょうか?

私は70年前には生まれていませんでした(多分!)。
でも「あの時代」を過ごした人達が、原発事故後これでもかというほど集会を企画したり、歩いたり、抗議活動にかけつけたりするときに、必ずおっしゃっているのが、「戦後60年以上が経て、こんなに悪い時代は今までなかった。今日本は危ない状態になりつつあります」ということ。あの穏やかでにこやかな瀬戸内寂聴さんの、その強い言葉にドキッとしませんか?
私はします。

そして、戦争の研究をしてきた者として、実際そうだと思わざるを得ないようなことが、まさにこの皆が暮らす日本で日々起きていると感じています。それは、単発に起きているというより、大きな流れにようになってきているように思われるのです。そして、若い人達をはじめ、社会はそれにまったく自覚的ではない。そのような隙間に、色々な法案や試みが進められています。一つずつ、一つずつ、「国民の知る権利」「表現の自由」「報道の自由」「結社の自由」そういったものが、公式・非公式に奪われていっています。

国家や政策の透明性やアカウンタビリティを高めるための市民らの努力が、「特定政治勢力の動き」や「個人的なクレーマ-」と同じレベルに矮小化され、周辺化され、そして忘却されるように仕向けられた結果、得をするのは一体誰でしょうか?

決して社会ではありません。大多数者はそのようなことにより、知る権利を奪われ、国や政策を良くするための積極的な機会を失い、自らの権利を奪われていく一方、ある特定個人や特定の利益集団、国家権力の周辺に群がっている既得権益者だけは生き延び、太っていくでしょう。しかし、最大の犠牲者になり得る大多数者こそが、このような自分の権利を狭めていくシステムを支え続ける傾向にある・・・のが、日本の特徴です。

なぜなら、「お上/大きなもの/権威のあるもの/主流に逆らうべきではない」と子どもの頃より教わってきたから。「既に決まりきったこと」「そうであることと思いこまされていること」を疑問に思い、自分で調べて、考え直し、新しい提案をするというプロセスよりも、「出題者の立場に立ってテストを予想し、回答を想定する」ことに幼少期から繰り返し進められてきた結果、自分の属する組織やシステムを刷新していくことが非常に難しい。その基礎がない。

日本の教育は、批判的精神を育み、調べ、自分の頭で考え、柔軟にオプションを想定し、結論を導くという作業を放棄していると前から思っていましたが、子どもが途中でドイツの学校に行くことになって比べることができるようになった今、特にそう思います。教育の最終工程にいる私たちの責任は限りなく重いと思います。そこに焦点をあわせて、受験というツールによって、教育が組み立てられる日本ですから。

「問いを持つ」・・・・学びにおいてこれほど重要なことはないにもかかわらず、日本では「疑問を持つ」ことよりも「今はとにかく持たない」ことを奨励されがちです。受験でも、日々の生活でも、仕事でも、就職でも。そうやって一人一人が疑問を持たないように生き続けた結果が、今の日本のこの状態です。

「疑問を持ってもどうしようもない」「どうせ変えられない」「面倒なだけ」「辛くなるだけ」「他人と違うことばかりやってられない」「大人にならなきゃ」・・・色々理由はあるでしょう。「今までの当たり前」「どうせ変わらないもの」にチャレンジすることは、勇気がいることでしょう。損をするように思えることも沢山あるでしょう。

でも、皆が皆それから背を向けて、「ちっぽけな自分」の「ちっぽけな利益」ばかりを後生大事に守っているつもりになり、「とりあえず自分の周りはどうでもいい」という態度を続けるのであれば、社会はもっとひどいところになるでしょう。いや、なっていたでしょう。先人たちの誰かが、損をしても、自分の得にまったくならなくとも、一生懸命他者や社会のため(本人たちがそれに気づかず、感謝せず、時にバカだと思っていたとしても)、に行動し続けてくれたから、今狭くともスペースが私たちに残されている。でも、それも「誰かがやってくれる」と胡坐をかき続けた結果、もはや風前のともしびです。

若い人として何ができるのか・・・?
まずは、やはり批判的精神を育み、問い続けること。そして知ることだと思います。知ろうとすること。「一番前」に行く勇気がなくったって大丈夫です。「前でがんばっている人達」を応援することだって、大きな力になります。

とにかく、「問い」を持つことは是非し続けてほしいと本当に思います。そして、小さな輪でもいいから、誰かとその「問い」を共有し、話してみること。そういう積み重ねが、「このままでいいんだろうか」「本当にそうなのか」「何かできないのか」・・・というサイクルになっていって、皆の最初の「問いを持つ」というささやかな試みが、何かの行動につながっていくことになると思います。

さて、またしても前置きが長くなりました。
以前ツイッターで紹介しましたが、今日は、この「世界報道自由の日」の2013年度の受賞者であるエチオピアの女性ジャーナリスト、レーヨット・アレム(Reeyot Alemu)のことを紹介したかったのです。ドイツでは時間がなくてツイッとで終わってしまったのですが、日本でほとんど知られていない女性なので、これを機に是非しってほしいと思います。

■ユネスコ「2013年度世界の報道自由賞」の紹介。
”Ethiopian journalist Reeyot Alemu wins 2013 UNESCO-Guillermo Cano World Press Freedom Prize"
http://www.unesco.org/new/en/media-services/single-view/news/ethiopian_journalist_reeyot_alemu_wins_2013_unesco_guillermo_cano_world_press_freedom_prize/#.UkcG6tKpVRm
Ethiopian journalist Reeyot Alemu wins 2013 UNESCO-Guillermo Cano World Press Freedom Prize

■2012年度「ジャーナリズムにおける勇気賞」受賞の紹介。
http://iwmf.org/honoring-courage/2012-courage-in-journalism-awards/awardees/reeyot-alemu.aspx

先の大貫さんの記事によると、「アレムさんは高校で英語を教えながら週刊紙を出版し、貧困の問題、その原因、政府の腐敗、不正、女性差別などの政治問題、社会問題に鋭い筆を奮い、政府に“テロリスト”として逮捕、投獄された。政府から反政府的言論をやめるよう圧力を受けるが拒否。刑務所は衛生状態が極端に悪く、アレムさんは体調を崩し入院。手術を施されるが翌日、回復しないうちに刑務所に戻されているという」。

酷いです。
本当に。でも、だからこそ知らねばなりません。学ばねばなりません。
彼女が何をしたのか?
そこまでの仕打ちを受けるだけのどんなことをしたのか?

「本当のことを書いた」のです。

多分、のんびり生きてきた日本の学生の皆さんには「へっ?」・・・かもしれません。
しかし、人間の歴史において、ものを書き始めてからというもの、過去においても、現在においても、
権力側にいる人達が一番怖いのは、「嘘を書く人」ではありません。
「本当のことを書く人ほど怖い」のです。

少々訂正。
勿論、民主的な手法によって人びとに力を負託されている人達にとっては、「本当のこと」は痛くもかゆくも、ましてや怖いことではありません。一方、既得権益にしがみつくことでカネや力やメンツが保ってきた人達ほど、「本当のことを書き言う人」は目障りであり、消し去りたい相手なのです。

なぜなら、彼らは知っているから。
自分の「力」に正当性がない、ということを。
自分のやり方が支持されていない、ということを。
だから「嘘で塗り固めたお城」を維持し続けなければならない。
だからこそ、「本当のこと」が、いちいち胸に刺さるのです。
だから「本当のことを語る人、書く人」を黙らせたい。

”Reeyot Alemu: Ethiopia's Jailed Truth Teller”
http://www.thedailybeast.com/witw/articles/2013/04/18/reeyot-alemu-ethiopia-s-jailed-truth-teller.html
■アルジャジーラの英語番組が一番分かりやすい
「ジャーナリズムxテロリズム」
http://www.youtube.com/watch?v=9hEkd3ZTKco
いかに、「テロリズム」という言葉が、権力に本当のことを隠すために利用されているか。


でも、彼らは恐れながら、薄々知っている。
真実はどんなに曲げても、曲げても、歪められ切れないことを。
だから、より一層怖いのです。
これらの不安が、彼らを「本当のことを言う奴を黙らせたい」衝動に導きます。

裸の王様は恥ずかしい。
だから、「裸だ」という人が目障りなのです。
裸なことを認めれば、もっと良い関係が待っているというのに・・・。
裸に気づき、服を着る努力よりも、「裸だ」という人を黙らせることにこそ血道をあげる・・・。

しかし、アレムさんがいったように、
「本当のこと」・・・というのは、どんなに上手く捻じ曲げても、必ず残っていきます。
今消えたように見えても、別の形で必ず残って、必ず表に出てきます。
だから、「本当のことを書く人」を遠ざけて、彼らの権力の「時間」を延ばすことが重要なのです。
でも、いつか彼らは退場を余儀なくされるでしょう。
どんなに権力者らが、それを求め工作しても、真実は人々の目の前に、いつか現れるからです。

そのことを歴史家として驚きをもって見つめてきました。
こんな資料残っているはずないだろう…というところに残っている。
こんな話、聞かせてはもらえないだろう…という話が語り継がれている。
そして、埋もれたこれらの声や資料を、丹念に丹念に掘り起こす人達がいる。
すべては、「過去の過ちを繰り返さないように、よりよい社会と世界のために」と、いつも、どこかで、思って、汗をかいてくれる誰かのお蔭で。

アレムさんは未だ20代だというのに、「本当のこと」を掘り起し、書き続け、このような状態でも意志を曲げず、世界にメッセージを送り続けています。
“I believe that I must contribute something to bring a better future,” Alemu said in an earlier interview with the IWMF. “Since there are a lot of injustices and oppressions in Ethiopia, I must reveal and oppose them in my articles.” Alemu said one of her “principles” is “to stand for the truth, whether it is risky or not.”
http://iwmf.org/honoring-courage/2012-courage-in-journalism-awards/awardees/reeyot-alemu.aspx

権力者は、そのことが怖いのです。
彼女を、どんなカネや力やニンジンでもっても、Corruptできないことが。
彼女を、どんなやり方でも諦めさせられないことが。

彼女は何故諦めないのでしょうか?
想像でしかないのですが、
それは、彼女が誰かにいわれてやっていることではないからだと思います。

ユネスコは彼女をこう讃えました。
“exceptional courage, resistance and commitment to freedom of expression.”
でも、彼女はこう讃えられるためにやっていないと思います。
彼女は彼女の生き方としてやっていることに、誰かが褒章をあげることは真の意味で出来ない。
と同時に、それを他者が奪うことも出来ないのです。

日本政府に「開発の優等生」として讃えられるエチオピアですが、同国に現存する「貧困と格差」に対し声を上げ続けた一人の若い女性が、「テロリスト」と呼ばれて今日も監獄に入れられたままであることを、私たちは目を瞑らず、しっかり知り、そこから学びましょう。
http://allafrica.com/stories/201309051138.html

■受賞にあわせて作られた番組
http://www.youtube.com/watch?v=Ce4fkD7drmA

彼女の監獄からのメッセージ
"Journalists are the voices of the voiceless. That's why I wrote many articles reveals the truth of the oppressed ones. I always stand firmly for my profession."

日本の皆さんに知ってほしい。
そして、今一度考えてほしい。
私たち一人一人の生き方。
共に創造しようとするよりよき未来。
いつもモザンビークの仲間たちがいうように。

More just, democratic and better society & world.
私たちは出来ると思うのです。
立ち止まり、自らの過ちに気づき、笑い、手を取り合って前に進もうとするのであれば。

今日もがんばりましょう。
人生は短い。
だけど、真実は遠くまで。
だから、今日も真実を語りましょう。
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by africa_class | 2013-09-29 03:01 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

追悼:泉かおり氏(2012年8月29日「女たちの一揆」スピーチ書き起こし)

私の日曜日の朝はこの悲報で幕あけた。

●杉原浩司(緑の党・脱原発担当) ‏@kojiskojis
【追悼・泉かおりさん】「非常時だと認識して、前倒しで行動すべき」「走りながら学ぶしかない」~岩上安身さん( @iwakamiyasumi )による泉さんへのインタビュー動画(2011年8月14日、約6分)
→http://www.ustream.tv/recorded/16604532/highlight/194403
●満田夏花 ‏@kannamitsuta
「Shut 泊」の泉かおりさんが亡くなった。原発を止めるために、自分を焼き尽くすように、あらゆる手段でたたかい続け、走り続けた。たくさんの元気をもらった。涙がとまらない。泉さんの思いを実現するために力をつくしていきたい。
●白石草 ‏@hamemen
Shut泊の泉かおりさんがお亡くなりになったという悲しいニュースが届きました。信じられない思いです。悔しさと残念さ。ご冥福をお祈りします。去年8月、泉さんが「女の一票一揆」を呼びかけた際のビデオです。ぜひご覧ください。
→http://www.youtube.com/watch?v=kbY1Q6V5fUw&feature=youtu.be


長年にわたり、FAO(国連食糧農業機関)の南部アフリカのヘッドとして活躍し続けた泉かおりさん。どこにいっても「かおり知ってる?」と聞かれ、誰だろう…と思っていたら津田塾大学の先輩だった。吉田昌夫先生のご紹介で私が副代表を務めていたTICAD市民社会フォーラムのNLに寄稿頂いた。

帰国され北海道にいらっしゃると聞いていたものの中々お会いできず、日本国際政治学会の学術大会で北海道に行ったとき津田の先生たちと初めてお会いした。すっごくシャープで、でもユーモアに溢れ、なんて魅力的な人だろうと。ある時、かおりさんからメールが飛び込んできた。一緒にやろうと。そして長い電話での会話があった。

福島からお母さんたちが座り込みに来るのに、何もしないわけにいかない、と。被害を受けた福島のお母さんたちにそこまでさせて、私たちが何もしないわけにいかないじゃないか、と。東電を使っている東京の我々として、この一言は重く、重く響いた。
→http://afriqclass.exblog.jp/13811632/  

福島から避難してきている子ども家族の支援だけじゃ、足りないのだ、と悟った瞬間だった。
→http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/

泉さんが代表を務めていた泊原発を止めるための活動「SHUT泊」
→http://shuttomari.blogspot.jp/

なのにかおりさん、実は癌だった。運動を新たに立ち上げた以上、最後までまっとうしたかったようで、誰にも言わず、ギリギリまで入院をためらった。皆で説得してようやく入院。あの時、もっと早く休めるように出来なかったか…と今でも後悔している。癌は早期発見・早期処置が基本である。

子どもたちをおいて逝かれた。仲間たちも。さぞ無念だったろう。講演の模様を拝見させて頂いた。(末尾に下記お越しを貼り付けました) 

命を削って活動されていたのが良く分かる。でも悲観に暮れてはいけないとも思う。かおりさんが一番それを望んでない。権力、国際、アフリカ、日本と地域を、徹底して人びとの側に身を置いて闘った人生。

世界と渡り合い、尊敬され、理知的で、機転が利いて、実行能力をもち、カネや地位に惑わされず、人びとの側に立ち続け、その間を繋げられた女性、泉かおりさんこそ、皆が目指すべき「グローバル人材」だった。

世界でも、アフリカでも、北海道でも、当事者としてよく生きた。
心からご冥福を祈ります。

気兼ねなく少しお休みください。
そして、今後も子どもたちと、仲間たちを温かく見守ってくれることを確信しています。

====
選挙で脱原発!~「女たちの一票一揆ネット」発足
2012年8月29日
*原稿もみずに一気に語られました。
http://www.youtube.com/watch?v=kbY1Q6V5fUw&feature=youtu.be
「日本に長くいなかったこともあるけれど、真剣に国会中継をみたのは20ミリシーベルトに関する国会審議であった。それぐらい政治に関わってこなかった。311以来、世界がひっくりかえったと思う皆さんは私だけじゃないと思う。私は25年間外国で暮らし、原発のない国でのほほんと暮らし、311で本当に世界がひっくり返り、それから気が狂ったように走り続けてきた。

皆想いは同じだと思う。やれることはすべてやってきた。原発事故から1年半、女たちは立ち上がり、20ミリシーベルト撤退交渉。福島の女たち、全国の女たち、10月10日の女たちの座り込みが今も続いている。9月には、福島の女たちとアメリカに行き、「原発事故を起こし、収束もしないまま、子どもたちを放射能に晒しながら、安全な原発をつくる」と国連の首脳会議の場で発言した野田総理に、そんな発言をさせるものかと国連本部前に駆けつけ、スタンディングデモをやった。アメリカのワシントンの原子力規制委員会に行き、委員たちに福島の現実を伝え、子どもたちの絵をみせ、子どもたちのメッセージを伝え、女たちのハンストがあり、現在に至る。

何故、私が今ここに立っているか?請願を出し、陳情を出し、座り込みをやり、ハンストをやり、デモをやり・・・やることすべてやり尽くしてきた。そして、6月1日から福島の相談会に出かけ、たったの2日間の間に1000人の親子が駆けつけた。夏休みの間、子どもたちを少しでも遠いところに連れて行きたいというお母さん。母子心中を考えたというお母さんもいた。札幌に避難していたはずのお母さんが息子が福島に帰りたいといってとうとう福島に戻りましたといっていた。福島の状況も刻々と変わって行っている。今までの保養ではやっていけないところまできている。

そして6月7日、福島の女たちが官邸に押し掛け、総理に福島の女たちの声が届くようにと。そして、その翌日、なんと野田総理は再稼働を決めたのです。いい加減にしてください。

総理、国会議員、政治家は、私たちの負託を受けて、国民の民意を反映させるために政治をやっている人達ではないのですか。主権者は私たち。70%から80%がもう原発いらないといっているのに。しかし、今日の新聞は断層があっても原発再稼働といっている。どこまで国民をバカにしているのでしょうか。

3月11日~19日の間、アメリカは福島の上空を飛び、高線量を測った。アメリカから日本の外務省に報告が来た。それを文科省に伝えたら、なんといったか?「アメリカはこの情報を国民の伝えていいのか?」と聞いた。国民が危険に晒されているときに、アメリカの許可なしに情報を出せない日本政府とはいったいなんなのか?

福島から最初のフェリーに乗って苫小牧に行き着いた時、若い女の子は言った。すべてを捨てて逃げてきて、それでも、「反対っていっていいのだろうか」と。学校でそんなこと教わらなかったから、と。

今まで沢山の外国人、報道陣沢山来た。一言は、「日本人は何故怒らないのか?」と。でも、日本人は怒っている。福島の女たちも怒りを遮れないところまで。

私は、もうモグラたたきは沢山だと思っています。もう政治を変えるしかない・・・・そう思っている。今沢山の女たち、全国の女たちがそう思っています。私たちは候補者を探しています。国政選挙はちょっと、政治があまりにも遠い。でも、まず第一は候補者を出すことです。ダメな政治家を落とす。頑張っている政治家を応援する。政治を変えるには、私たちがまず政治を担うという自覚から始まらなければならない。

一時保養に来た福島の子どもたちの多くに呼吸器系の病気が続出している。福島の1,2,3,4号機すべて危険。活断層があっても再稼働するといっている。国政選挙いつやってくるか分からない。さて、私たち国民に準備があるのでしょうか。私たち、一人一人が考え、行動するべきと思う。

実は私は25年間外国に住んできました。北欧、アフリカ、独裁政治のジンバブエ。ノルウェーでは社会民主主義の政治の中、閣僚の半数以上は女性、7つある政党の内、5つの政党の党首は女性。松葉づえの環境大臣も、シングルマザーのエネルギー大臣も、最年少国会議員は26歳。そういうことが可能である。

そして、ジンバブエ、ムガベ大統領の独裁政治の国に7年間暮らしましたが、野党に投票したら家を焼き打ちされ、殺される人が続出した。選挙の度に死傷者がどんどん出る。私たちも、選挙ごとに10日間の準備をして逃げる準備をして暮らしていた。それでも女たちは、命がけで子どもたちのために諦めず、一票を投じるために投票所に並び続けた。反対票を投じたら食料援助ももらえない。それでも、女たちは子どもたちの未来のためにやれることをやっていた。私たちもやってきた。私たちもやれると思います。

私は、311後、日本に民主主義がなかったのだと初めて知りました。アメリカの方ばかりを見て。原発ばかりじゃない。TPP、オスプレイ。民主主義があったら、こうなことまかり通るわけがない。そして国民は、政治は遠い、政治は遠い、政治は汚いという。だからこうなったんじゃないのでしょうか?政治を変えずに原発を止めることは出来るのか?出来ないと思う。

本当に福島の相談会の様子をみて、30万人の福島の子どもたちを守るには、札幌で保養していても仕方ないと思った。国会の半分を、原発を止め、子どもたちを避難させりょうという議員で埋め尽くすかないと思った。そこから出てきた女たちの一揆です。

1年半が経って、運動の疲れが出ています。いろんなことをしたが、あまり成果が出ていないと思っているかもしれない。政治を私たちの身近なものにし。一人一人が主権を自覚し、取り戻す。主権者であることを再確認するしかない。今追い風である。

今、日本の女たちが何とかしたいと思っている。7月19日、国会包囲に20万人が集まった。私もいました。ここにいる沢山の女たちと私も。これを逃しては日本を変えられない。

今、私たちの暮らしと、子どもたちの命と未来を守るために、私たち大人の女たちが何ができるのか。政治を変えるためにどこから始めるべきか。人任せにせず、自分で智恵を絞り、他の女たちとつながり、男たちとつながり、政治家たちとつながり、今一歩を踏み出すべきだと思います。これから長く長く続く闘い。第一歩にしたいと思います。皆さん、よろしくお願いします。今日は思いっきり話していただきたい。是非、全員に一言いって帰っていただきたい。ここで得た意見をもって、帰った地元でできることをやってください。よろしくお願いします。

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by africa_class | 2013-03-17 12:32 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

【弔い】義父故クラーセン・アレキサンダー(98歳)の20世紀と、21世紀日本の私たち

今朝、ドイツの義父クラーセン・アレキサンダーが亡くなった。98歳だった。
 アレックスは、第一次世界大戦の最中1916年6月24日にドイツのアーヘン市の近くの村で生まれた。3人男兄弟の末っ子だった。「小人」と呼ばれた少年は、早くからその知性を認められるものの、彼が育った時代は、第一次大戦後の激しい不況とインフレのドイツ。よい教育を受け、よい就職をすることなど叶わなかった。
 それでもアレックスは、勉学に励み、ドイツ語の他に、フランス語、ギリシャ語、ラテン語をマスターし、ピアノを嗜む青年に育っていた。しかし、高校を卒業しようともアレックスに職業の選択しはなかった。当時ドイツには未来がなく、国境の向こう側のオランダの散髪屋に奉公に出されたのであった。だからオランダ語も出来る。
 アレックスは、几帳面な性格が買われて散髪屋でせっせと働いたが、散髪屋の下っ端として、また外国人として食べていくのもまた大変な時代であった。ドイツに戻ったアレックスは、「食べていくため」に、職業軍人の道を目指す。字が綺麗で、数学が得意な彼は、すぐに物流の担当を任された。最初の結婚もして、娘が一人誕生した。そんな最中、ドイツではナチスが台頭し、軍もナチスの支配下に入っていった。
 アレックスは、ナチスを「野蛮で何もわかってない奴ら」だと思ったという。しかし、軍の組織で上の命令は絶対である・・・と当時は考えていた。ドイツはどんどん戦争に傾斜していき、ついにアレックスたちはソ連まで遠征に出されることになった。帰ってこられないだろう…そう思って一度戻った故郷では、最初の妻が結核で亡くなり、娘は自分の母に預けられていた。そして、ソ連に向かった彼らを待ち受けていたのは、無謀な戦いと、極寒の収容所での捕虜生活であった。
 アレックスは故郷に戻るまでの8年間、ソ連の収容所で過ごしたという。そこでは多くの仲間たちが、寒さと、飢えと、病気で次々と亡くなっていった。アレックスが生残った理由。それは、彼が早食いだったからだ、と本人はいう。その後の長い年月を、彼は相も変わらず「早食いアレックス」として生きつづけた。特に、スープを食べる速さは尋常ではなく、食べているそばから片足は次のお代わりのために外に飛び出しているほどだった。そして、彼がオランダで褒められたその床屋術によって、ソ連兵の司令官に気に入られたことも彼が生き延びた理由だったという。「僕は、スープの早食いと、ハサミ術によって、生き延びたのだ」と、何度聞いたセリフだったろう。
 帰国したアレックスは、既に思春期を迎えていた娘との同居は断念し、村の若い女性と結婚する。それがマリアだった。マリアの家は農家で、アレックス曰く、「食べ物が豊富にあったから」だという。それぐらい、戦後のドイツも日本と同様に飢えがひどかった。戦時中を思い返して二人は言う。「ナチスなんて奴らにこの国を渡したのが間違いの下だった。あの可哀想な人たちを、私たちは助けることはできなかった」と。
 以上、私の拙いドイツ語で聴いたアレックスの話だった。
 アレックスは戦争そのものの話はしないまま永眠した。テレビで戦争のシーンが出てくると決まって静かに部屋を出て行った。私が机の上に戦争関連の資料を広げていると、そっと目を逸らしながらいったものだった。「君は本当に勉強熱心だ。頑張れ。応援してるよ。」と。
 13年前、初めて出会ったアレックスは、当時85歳。当時巨大な妊婦だった私のために、せっせと料理をつくり、後片付けをし、「7つ星ホテル!」と言われるのを喜んでくれた。「軍で覚えたんだ... けれど、こういう風に役立って嬉しい」そういって、孫の誕生を心待ちにしてくれた。
 息子が生まれた時、ファーストネームはなかなか決まらなかったものの、ミドルネームは生まれる前から決まっていた。勿論、アレキサンダーだった。義父は密かにこれを喜び、初めて出会う孫を、「プティ・アレックス」などと呼んでいた。
 毎年何度のクリスマスを一緒に過ごせるだろう・・・そう思いながら過ごしたクリスマス。13回目のクリスマスが後1か月の所まできていたというのに。つい1か月前、一緒に買い物をし、御皿洗いをし、ゴミ捨てをしてくれてたアレックスだったのに。窓から一生懸命手を振ってくれたあの姿が最期だったのだとは。
 「生まれ変わったら必ず結婚を申し込む」といってくれたアレックスは、本当にそうしてくれるのだろうか?

 私が何人かとか、ドイツ語が下手だとか、そんなことに全く構わない人だった。人を人として、家族を家族として、一生懸命受け入れ、愛してくれた。頑固で偏屈で、余所の人が来たら子どもでも、部屋に逃げ隠れる人だったけれど、私と私の母のことは、昔からの家族のように気を許してくれていた。
 13年だけの、毎年数度の出会いだったけれど、私にとって、クラーセン・アレキサンダーは本当のお父さんだった。だから、息子のこともあるけれど、私はこの「クラーセン」という名前を手放せないのだ。彼らが本当の両親だと、心の底から思っているから。そして、彼らもそれについて一点の曇りもないやり方で接してくれたから。そんな父を失ってしまった今日という日を、私は一生忘れない。
 訃報を聞いてから、ずっと灯している大きなロウソク、彼の大好きだった白ワイン(息子によると赤じゃダメだという)をお供えし、彼が大好きだったのにお金がなくて買えなかったピアノをひたすら弾いて、そして誰も書いたことのない彼の人生の一端を皆に知ってもらいながら、私なりの弔いとしたいと思う。そして、彼が、ここ2年突然はまった日本食の数々を作ってはお供えしたいと思う。

 私のドイツ語の未熟さ故に突っ込んだ話が出来なかったのが、今でも悔やまれるものの、彼が人生を通して、そしてあのような20世紀を一通り体験してきて、一番私たちに伝えたいと考えていたこと。それは、権力を信じるな・・・ということだった。ナショナリズムも、ファシズムも、結局は人びとを幸せになんかしなかった。むしろ、犠牲にしただけだった。耳障りのよい為政者の言葉のどれだって、本当に実現したことがなかったばかりか、それによって多くの人たちを犠牲に駆り立てた。時に、自らの主体性を伴って。時に、何もしないという無作為の作為によって。ホロコーストは起こったのだった。彼は戦後、すべてのものを疑って生き続けた。権威を疑い、ただ祝うことすら拒否したほどであった。それらはすべて空しい、と。

 彼の訃報を耳にしてから、私の中では、ある種の確信のようなものが芽生えている。それは、20世紀を繰り返しちゃいけないということ。人が犠牲になるシステムを当然だと思ってはいけない、という教訓を忘れないこと。人類が、そのような諦めではなく、もっと大きなビジョンに向かって歩かねばならない、でなければあの20世紀の犠牲は何だったのか、と。でも、あの20世紀を忘れて、今日本では犠牲を犠牲とも思わず、自分さえよければの傲慢が生まれつつある。

 そう思って連続ツイートしたのでした。クラーセン・アレキサンダーから学んだこと、それを私なりに「今」どう理解し、どう行動し、どう伝えるのか・・・を考えて。以下、再録しておきます。

先にこちらをお読みください。リツイートした上で以下が来るので。
→http://afriqclass.exblog.jp/16701475
 ロシアンルーレットのように「自分の番」にならなきゃいいや今のままの生活で…と思っている人に→この権利はく奪状態の国・社会において「私の番もあなたの番」も既に来てる。今顕著でないだけ。原発事故被害者の皆さんの苦悩を見れば明らか。「普通に生きる」ことすら簡単に奪われ、取り戻せない。
 
 23歳の時、私は世界で最も過酷な状況下にいる人びとの側から考えることを決め戦後直後のモザンビークに向かいました。以来、徹底して人びとを犠牲にする主体、構造や仕組みを研究してきました。そして20年近くを経て、この「豊かな日本」でそれが出現している実態を日々目の当たりにしています。
 
 皆さんがアフリカについて指摘する全ての「負」が、21世紀初頭の日本で発現しています:①汚職に塗れた政府(政治家・官僚)と利害関係者らの暗躍。②衆目の面前で進む子どもたちの被害(被ばく)。③立ち上がった市民への警察の不当逮捕等の暴力的弾圧。④それを報じないメディア…どうですか?
 
 「可哀想なアフリカの子たち」のためにボランティアに行きたい皆さんですが、日本の市民として皆さんは何をしていますか?「アフリカ紛争後の国づくりを応援」という皆さんですが、311後の日本で何をしていますか?大げさなことでなくていい。何か一つでもやってますか?そういうこと考えてる?
 
 考えることから、知ることから、語り合うことから始めよう。何も遅くない。このまま「自分の番にならない=他の人の番」でルーレットが進むことをただ祈りながら生きるなんて、セコイ考えは止めよう。どうせ自分の番は来てる。新しい社会を築いていかなきゃいけない。できるよ。あなた、が気づけば。
 
 私には、今の日本社会は「底の抜けた状態」に見える。大義もなければ、倫理もない。上に立つ強い人たちが率先して、利己主義に走り、ルールを腐らせ、言葉を嘘と言い逃れで汚し、人びとを助け合いと連帯の民主的な市民社会にではなく、利害衝突する群れの集まりに導こうと。日本や世界の戦前と似てる。
 
 この「上/権力」の作為に対し、民衆は悪状態の責任を「上」にぶつけるのではなく、「下」の者同士でぶつけ合う。隣のあの人みたいにならなければ良い…と。生保額が最低賃金より高ければ、賃金を上げろ!と発想せず。これこそ「上」の思う壺。さらに「外の敵」を登場させれば効果的に民衆統制容易。

 弔いのツイート。人生をナショナリズムとファシズムと戦争に翻弄された98歳の故クラーセン・アレキサンダーへの。彼が生きた20世紀の人を犠牲にするシステムが今日本で堂々復活してるのを目の当たりにして。ホロコーストはナチスが起こしたが、それを支えたのは何もしない「普通の市民」だった。

 お父さん、本当にありがとう。心の底から感謝しています。沢山の優しさと愛と忍耐を、ありがとう。お疲れ様。そして、ゆっくり休んでください。また会う日まで。
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by africa_class | 2012-11-03 23:43 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

「198通りの非暴力行動(抵抗と説得)手法」著者ジーン・シャープ博士と現在の日本の権力と社会運動

この連休中はもっぱら原稿書きにおわれ、その合間合間でツイットしてきたことを、とりあえず貼り付けておきます。今の日本の市民運動の皆さんの疑問、迷いや悩みに、沢山ヒントとなることがあるように思います。もう少し丁寧に実際のケースとあわせて紹介した方が分かりやすいのですが、今(いつもですみません)その余裕がなく、投げっぱなしになります。
 なお、シャープ博士は、日本でまったく知られていないのですが、今年度のノーベル平和賞の最有力候補だそうで、取れても取れなくても(ビルマの民主化との関係でかなりアリかと思いますが)、おそらくそれなりにメディアによって紹介されるかと思います(が、村上春樹が文学賞取ると、おそらくそれもなくなりそうですが・・・・)。ぜひ、これを機会に、シャープ博士の著書も読んでみてください。

アインシュタイン研究所 Albert Einstein Institution 
創設者・上級研究員 ジーン・シャープ博士Gene Sharp

http://www.aeinstein.org/organizations9173.html
・オハイヨ州立大学(学士・修士)
・オクスフォード大学(政治理論 博士)
・マサチューセッツ・ダートマス大学 名誉教授(政治学)
・ハーバード大学国際関係研究所 研究員
【日本語で読める著書】
『独裁体制から民主主義へー権力に対抗するための教科書』(ちくま学芸文庫)
*巻末に「非暴力行動の198の方法」も
【著書】
The Politics of Nonviolent Action (1973), Gandhi as a Political Strategist (1979), Social Power and Political Freedom (1980), Making Europe Unconquerable (1985), Civilian-Based Defense (1990), From Dictatorship to Democracy (1993, 2002, and 2003), and Waging Nonviolent Struggle: Twentieth Century Practice and Twenty-First Century Potential.
なんと、日本語訳本が出ている最も有名な『独裁体制から民主主義へ』は、ダウンロード可能!英語ですが。http://www.aeinstein.org/organizations98ce.html。

<非暴力行動について>
http://www.aeinstein.org/organizations00fa.html
以上研究所のサイトに詳しいのですが、一番読まれているのが、冒頭にも紹介した「198通りの非暴力行動手法(198 Methods of Nonviolent Action)」で、1973年本に入っているもの。タイトルは、「非暴力の抵抗と説得の方法」です。
 どうしても日本語のニュアンスから「説得」が抜けてしまうのですが、これは非常に大事です。単に抵抗するだけでは平行線。権力者を説得し、変える・・・ことが重要だからです。といっても、ツイッとした通り、ただ「権力者個人」を変えても仕方ないのです。権力構造の源泉である「人びと」がどう変わるか・・・が構造転換に不可欠だからです。

<ビルマの民主化、アラブの春を始めとする運動とシャープ博士の理論>
この番組が分かりやすいです。が、日本語のものもツイッターで紹介した通り。
●Gene Sharp - How to Start a Revolution Teaser
http://www.youtube.com/watch?v=Vk1XbyFv51k
●日本語の雑誌記事(ダイヤモンド Online 2011/3/28)
「中東・北アフリカに広がる民主化運動の理論的支柱 ジーン・シャープ博士 特別インタビュー「武器を取ったリビア反政府運動に見る暴力の限界 戦略的非暴力で独裁政権は打倒できる」
http://diamond.jp/articles/-/11584

<この週末ツイットしたこと>
反原発のための運動、オスプレイへの抗議、大阪での瓦礫問題での警察とのやり取り・・・をみながら書いたことです。いつものごとく、140文字に入れようとしているので説明不足、誤字脱字ありかと思いますが悪しからず。

「どんな独裁政権も自分で思っているほど強くないし、どんな人民も自分で思っているほど弱くはない」
●シャープ博士の198通りの非暴力行動『独裁体制から民主主義へー権力に対抗するための教科書』。要点:どんな独裁政権も統治される側の協力と服従が必要という理解に基づき人びとの権力への支えを減らせば良い。この理論は私の授業「アフリカ平和・紛争論」の根幹でもある。
●権力を支える(独裁や戦争を可能にする)のも、権力を終わらせるのも「人びと」。「人びと」が権力の源泉なのです。博士「どんな独裁政権も自分で思っているほど強くないし、どんな人民も自分で思っているほど弱くはない」

政権を倒せばそれで済むか?・変わるべきは私たち?
●これは野田政権、民主党政権が倒れればそれで変わると思っている人に是非考えてほしい点です。菅政権の次が野田政権だったように。民主党政権の次に来るのは誰か?私たち自身、私たちの社会が、強権を支える柱の一本一本を壊すのでなければ、次の政権も同じ事を繰り返すでしょう。
●つまり、強権・独裁を支えるのは人びとなんです。人びとの簡単な答えを求める傾向、強い者への依存、自由にモノを言い異議申し立てすることへの不安、表面的な変化があれば後は大丈夫だと思いたい惰性です。そのような自らの問題を乗り越えないのであれば、歴史は繰り返すということです。
●自らの自由・権利、それを守るための抵抗力、そのための忍耐…が残念ながら日本の我々に極めて希薄であること、だから戦後一貫してこんな政権ばかりで、自身や子どもたちを危険に晒してしまう現実を、まずは自覚すべし。変わらなきゃいけないのは、政府ばかりでなく我々なんです。

警察・公安の闇、報道しないメディアについて
●例えば、この間反原発運動の参加者の不当逮捕を続ける警察、公安警察の問題について。証拠が残っている大阪での不当逮捕については、IWJ大阪のアーカイブを。
●アワープラTVの次の番組が分かりやすい→麻生邸ツアー逮捕事件を解剖(麻生政権時)http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/230  公安がわざと転び公務執行妨害で逮捕。専門家によると、「典型転び公防がビデオに写ってるの珍しい」そうです。
●この番組には、共同通信の公安担当記者だった青木理さんが出演し、解説中。『日本の公安警察』 (講談社現代新書)の著者。政府や警察の横暴やカラクリ、市民の頑張り…をしっかり報道。でも、共同通信に公安担当がいたのであれば、他のメディアもいるはず。なぜ、公安の闇が報道されないのか?それについても、青木さんは「情報をもらうため」と述べています。公安の闇をばらしたら「出入り禁止」で、実際青木さんはその後そうなったそうです。なので、記者クラブに所属しない独立系メディアが重要なんです。アワープラネットTVみたいに(http://www.ourplanet-tv.org/)
●日本の公安も米軍と同じで、冷戦期の肥大化した遺物。本来仕事がない。米国は「対テロ戦争」を創出し、世界を危なくし軍事産業・兵士を維持(勘定は日本等)。一方日本の公安は、「対テロ戦」も北東アジアの緊張でも、国際的でないから活躍できず。組織キープのため仕事を創出→反原発運動の取締りへ。
●結局警察が守ってるのは「為政者のメンツ」。今日は橋下市長が住民に論破やブーイングされないよう。官邸前では野田首相と原発政策がどれ程嫌われているか一目で見えないよう鉄柵を設置し分断。「為政者の裸の王様」とばれないようにするのが仕事となっている。
●大阪市民不当逮捕への抗議:歩道をわざと警察が列を成して占拠して、市民の抗議の人たちを押して、「歩行者が困っている」「歩道を開けろ」「車道歩くな」といってます。
●なるほど。警察が「警察の顔」を降ろし、「人間の顔」になりつつある。市民に野次ってる。→http://www.ustream.tv/channel/iwj-osaka3#utm_campaign=t.co&utm_source=9092745&utm_medium=social … ドイツのホロコーストの時も、役人・警察・市民が粛々と「自分の役割」を果たした。ナチスだけが悪かったんじゃない。警察が「人としての自分」に気づくの重要。
●昨日紹介したシャープ博士の話でも、非暴力で抗議する市民を抑圧した警察か軍が、まず子どもに「かっこ悪ー」と言われ、次に妻に「恥ずかしー」と言われ加わらなくなったそう。匿名性に守られ、責任がないかの如く振る舞う警察・官僚。「一人の人としてどうか」を問われるべき。

市民運動はどうすればいいのか?
●。今夜紹介したアインシュタイン研究所シャープ博士の非暴力行動198の方法にも「ドラマと音楽」ある。でも番組でもいってたけど「計画性と諦めない」は凄く重要。
●今まで市民運動が続かず成果が出なかった原因に「計画性と諦めない」の軽視がありました。やる以上はプロとして。効果を周到に計画。でも簡単に変わると楽観せず、間口を広げ図太く続ける。そのため「遊び」も不可欠。
●遊び」はplay以上に「余裕space」のこと。闘うべきは権力(正確には権力構造)なのに、日本の言論空間みてると「小さき者」同士のいがみ合いで権力を利している。感情レベル(好き嫌い)に振り回されず、大局(闘うべき相手は誰か)を見据え、「権力には不寛容」でも「仲間には寛容」を。
●運動が進み、仲間が増え、注目も集まると、感情面や手法(リーダーシップ)で必ず分裂が始まる。これを乗越えられるかどうが決定的。簡単な「統一」を目指さず、「多様性の尊重に根差した丁寧な合意形成」を面倒でも。市民の多様性こそが、権力に抗し、自由を守るための最後の砦であることを忘れずに。
●今、急速にネット・メディア空間で「反原発運動は…」「福島/の人は…」と主体の一面化がされてるけど、これこそ我々が最も抗せねばならない言説。何十万、百万、千万の多様な人を「あるイメージ」に押込め、それに従って扇動し、市民間を分断することこそ、権力が望むことです。歴史繰り返してます。
●なお、市民運動や権力構造について私が呟いているのは、日本に限らず、古今東西の権力と民衆の相克(その多くが結果的に、権力と民衆が結託する戦争に回収されてしまった)についての研究と、自分の20年間の市民活動の中でのトライヤル&エラー(試行錯誤)に基づくものです。
●【教訓1】2年前の政権交代でこの国も変わると早合点したこと←プレーヤーが変わったところで構造は変わらず。あの時山は動いた。でも本当は、関心を持ち続け、監視し、働きかけ続けなければならなかった。私たちは政治家に文句言う前に、自らの「他人任せの政治」を変えなければ、同じことは繰返す。
●具体的には、①まずは社会へのビジョンを持つ。②自分と社会の位置(現状・構造)を分析・把握する。③自分の持ち場(生活、地域、学校、職場、選挙区、県、国、世界)でのビジョンに近づく小さなアクションを積み重ねる=>つまり「主体(当事者)」になる。続ける+仲間が必要。
●【教訓2】「目覚めた人びと」は、常に問題を構造(権力関係)で捉え、社会・運動内の多様性をリスペクトし、それを維持することに尽力すること。世界の多くの運動と同様、安保闘争も内部抗争で終わった。また覚醒が、ナショナリズムに回収され、植民地支配や戦争の動員を容易にした事を肝に銘じよう。
●具体的には、①自らも過ちを冒す存在であることを認め、②自分と他者を赦すこと、③つながり方について多種多様な手法を持ち見極めるつこと。仲間だけじゃない。今権力側にいる人たちを憎んで終わりでなく、権力は構造だと理解し、彼らの人としての可能性まで否定しない。愛は力。

なお、彼がもしノーベル賞を取れないとしたら、二つの理由。一点目は彼があえて自分の研究が「平和研究」に分類されることに抵抗してきたこと(そのことの意味を「平和研究」は考えなくてはならない。冷徹な暴力・権力研究があって始めて平和研究が可能…は私の信念でもある)。二点目は、彼や彼の研究が誤解されがちな点(これも自覚をもって私も経験してきたので)。 
 理想だけを掲げても世界は変わらない。理想(ビジョン)は高く、でも現状(構造)分析は冷徹に。アクションは計画性をもって、効果を計算して・・・いずれも私の目指しているところです。が、なかなか難しい。Warm heart, Cool head, Hot inspiration and passion...といったところでしょうか?
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by africa_class | 2012-10-08 17:15 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

「反」ではなく、「勝とう」とするのではなく、「負けんとく」の精神で:NGOではなくCSOと呼ぶ理由

関西から帰宅。この1年間しっかり過ごせなかった日本の家族と
久しぶりに水入らずの時間を過ごすことができました。姪っ子&
甥っ子の授業参観にはじまり、母&義兄をコンサートに、父の家
の掃除やサポート、母とご飯、ドイツとつないだスカイプビデオ通
話まで、やれてよかった・・・ことが沢山。「親孝行させてもらえる」
幸せに、自分の幸運を感じる今日この頃。「親孝行する」ではない
のですね。親が生きていてくれるからこそ出来ること。
 さて、帰りの飛行機で読んだ毎日新聞の今週の本棚の欄で、
玉岡かおるさんの新書『負けんときーヴオーリズ満喜子の種まく
日々』(新潮社)に関する著者インタビューがあり、「負けんとき」
と「種まく日々」という言葉に惹かれて記事を読んで、なるほど~
と感慨にふけっていました。昨夜は実家で朝日の夕刊に田辺
聖子さんのインタビューが掲載されていて、やはり同じようなこ
とが書かれていました。
 ちなみに、両者ともに関西女性。「まけんとき」と書かれると、
関西の人以外はもしかして「負けない時」と間違えるでしょうか・。
<=まさか・・・と思いますが。玉岡さんは、満喜子が実業家
廣岡浅子に言われた次の言葉を紹介しています。
「勝つのではなく、負けないというしなやかさが大阪の文化です」
 ご存知の通り、私いろいろあって喧嘩っ早くて、「勝とう」とした
ことも多かったのですが、ある時、「負けんとく」ことの重要性に
目覚めたのです。子どもの頃からこの両方の葛藤で生きてきた
のですが、30代後半になってようやく、「負けんとく」ことだけで
生きていこう・・・と心が定まりました。でもそれは、「勝とう」とし
て、痛い想いをたくさんしたから、そしてそれでも物事を諦めな
いで来たからこそいえることかもしれません。
 私が以前、「おもしろいことをする」ことの重要性を書いたのも、
これに通じるものがあります。また、「反」ではなく、「非」や「脱」
、もっと積極的には、「超越トランセンド」あるいは「ずらす」、さ
らには、先述の「おもしろいことをする」ことに重きをおいている
ことともかかわっています。
 間違ったことに「反対」は重要なことですが、では代わりに何
をするのか?という点なしには、反対のための反対に陥ります。
となれば、主義主張、面子のぶつかり合いに終わりかねません。
なので、まずは対立しているアクター同士であっても、「目指す
ものはなんなのか?」を確認しようといつも心がけています。
 たいてい、同じようなものを目指していることが多いです。皆
やり方が異なっているだけ、思い込みの力点が違っているだけ
であることが多いです。となれば、「どうやってそこにたどり着
けるか?」だけの話なのです。
 な~んだ、と思っていると思いますが、たいていこれができ
ないことが多いです。「教育」一つとってもそう。「子育て」だ
ってそう。だからこそ、なるべく大きな目指す目的を語り合う
ことが重要です。ですので、皆さんに書いてもらうVision
Statementは、「~ではない世界」という書き方ではなく、
「~な世界」としてもらいます。日本人にとって、これはどうや
らとても難しいようです。それは、「理想は実現しないから」と
いう前提が刷りこまれていて、「ほどほど実現しそうなこと
=~ではない状態」におしこめようとするからです。
 残苑ながら現実は理想通りにいきません。どうせ現実は目
指す姿以下になるのですから、目指すものは大きい方がよ
いのです。でないと、現状維持か現状以下にしかならない。
 私がある時からNGOという言葉を積極的に使わなくなった
のは、以上の理由に基づきます。
NGOとはNon-governmental Organisation(非政府
組織)のことです。政府でないことを積極的な存在意義として
います。それは重要なことですが、政府を通してしか存在意
義を示せなくなります。NPOも同様です。Non-profit Org.
(非営利組織)も、営利ではいけない・・ということになります。
営利でも社会に役立つことができればいいのでは?という
あまのじゃくな私としては、むしろ積極的に、CSO(Civil
Society Organisations)を使ってきました。社会を構成
する組織として、その責任・役割の範囲はクリアーですし、
Non-がつく名称よりも可能性が開かれているように思うか
らです。
 実際、アフリカでは、政治的抑圧の問題もあるとはいえ
NGOよりCSOがよく使われています。アメリカ合衆国では、
Volunteer Associationsが。そしてNPOという名称は
実は世界ではあまり使われていません。この名称は、NGO
という「政府を否定しているように思える」名称を嫌った日本
の政府や議員たちが、法案を通す際にあえてNGOをやめ
て使ったものであり、現状において相応しくないと思います。
 またしても話は逸れました・・・。
 「勝つ」というコンセプトは、一方を「負かす」ことです。それ
は将来への禍根を残すことになります。どうやら人間は、か
つての私も未熟で、「全面的に勝ってしまえばいい」と思い
込んでいました。でも、それが人間社会に戦争と虐殺を継続
させてきた理由の一つでもあります。
 もちろん、自ら「負け」をかってでろということではありません。
私の場合は、やはり一緒に夢を見る努力をすることを優先さ
せ、それがダメな場合は、とりあえず「負けんときながら」ね
ばり強く、その時のために、もっと違ったやり方をつくっていく
・・・ということなのです。つまり、ただ「負けない」でもなく、
せっせ、せっせと、自分が目指しているものに向かっていき、
それを一人でも多くの人(対立している人も含め)に伝えてい
く努力を惜しまない・・・ということです。
 「勝つ」側に最初からいない日本社会の中で女として生まれ
ついて、ますますこのモットーの重要性が身に沁みついてき
ました。 とはいえ、なにせ弱肉強食の世界で幼少期を過ごし
てしまったため、喧嘩っ早いのが時々出てきてしまい・・・そこ
はまだまだ精進が必要です。
 一緒に、「まけんとこー」ということで、よろしく!
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by africa_class | 2012-01-29 23:49 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

脱原発をめざす女たちの会23日発足!(ニュース一覧)

「脱原発をめざす女たちの会」が23日発足しました!
http://datsugenfem.web.fc2.com/
学園祭のフィナーレだったので参加できませんでしたが、「原発いらない
全国女たちアクション」の仲間の多くも立ち上げに関わっており、リレート
ークにも出たそうです。「全国女たちアクション」は活動としては終了して
いるため、この「女たちの会」をサポートしつつ、個々に運動を展開してい
きます。http://d.hatena.ne.jp/onna_suwarikomi
是非、「脱原発をめざす女たちの会」の賛同人になってください。なんせ
600人を超えているので、名前を探すのはほぼ不可能ですが、どんな
人たちがいるのか探してみるのも楽しいかも。
http://datsugenfem.web.fc2.com/2011_11_23kick_off/sandounin.html
キックオフ会の様子はニコニコ動画でみれます。
http://live.nicovideo.jp/watch/lv71685760/
いか、報道ですが、大手で報道しているのは毎日新聞だけ?もちろん、
東京新聞は報道していますが、ほかは????!!!
■脱原発をめざす女たちの会:23日設立 各界から参加者
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20111124k0000m040076000c.html
歌手の加藤登紀子さん、脚本家の小山内美江子さんら各界の女性らによる「脱原発をめざす女たちの会」の設立集会が23日、東京都杉並区の「座・高円寺」で開かれた。近くの別会場も含め400人余が参加。福島や青森、静岡など原発施設のある地域からも駆けつけ、約40人の女性が壇上で「脱原発」をアピールした。呼びかけ人代表の評論家、吉武輝子さんは「今の日本には後始末のできる政治がない。命の安全があってこそ本当の平和な社会」と話した。
■「原発に頼らない」女性集結 著名人ら 活動目指す
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011112402000032.html
女性主導で原発依存からの脱却を目指す「脱原発をめざす女たちの会」のキックオフ集会が二十三日、東京都杉並区の区立杉並芸術会館で開かれた。約四百人が参加し、さまざまな世代と立場の女性著名人が脱原発をアピール。「原発に頼らない社会を」と声をそろえた。
 同会は評論家吉武輝子さんら八十二人が呼び掛け人になって発足。具体的な活動は今後協議するという。
 集会では歌手加藤登紀子さんや社民党の福島瑞穂党首、十代のタレント藤波心さんなどが思いを披露。福島原発、浜岡原発、高速増殖原型炉もんじゅなど各地での反対運動に長年取り組んできた女性らも、それぞれの意気込みを語った。
■"草食男子"の名付け親「ダメ人間でもできる脱原発運動を」
http://news.nicovideo.jp/watch/nw151431
 「脱原発を目指す女たちの会」のキックオフ集会が2011年11月23日、東京都杉並区の区立杉並芸術会館で行われ、400人を超える人々が参加した。登壇した著名人を含む43人の呼びかけ人はそれぞれの想いを語り、「草食男子」の名付け親・深澤真紀さんは、脱原発の活動を広げて残していくためには「(自分のような)ダメ人間でもできる運動」にすべきだと語った。
http://live.nicovideo.jp/watch/lv71685760?po=news&ref=news#2:31:27
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by africa_class | 2011-11-25 01:58 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

女たち座り込み@経産省の様子

座り込みの後すぐ関西に移動し、今関西から帰宅。さすがに、へとへとです・・。
が、心癒される天空農園な秋を過ごしたので、その報告はまた別途~。
「座り込み」といった瞬間にみなさんが想像するのは何でしょうか?
たぶん、こんなんちゃう!でしょうが、これこそ女たちらしさ。
(注:「女らしさ」でないところがポイント。人から押し付けられた「女らしさ」
ではなく、自分たちでつくった「女たちらしさ」。)
 そして、嬉しいことに、大学の同僚たちが駆けつけてくれて、写真をたく
さん撮ってくれました(私は撮らなくてよかったんですが・・・全部にうつっ
てるんで、仕方ない)。でも、この大学に着任して以来、一番うれしい日
の一つになりました。ちかこ先生、西谷先生、ありがとう!!
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いらっしゃ~い。完全にもてなしモードです。
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指網、メッセージ歯切れのつなぎ合わせ・・・女たちは、しゃべる。しゃべ
る。怒りながら、笑いながら、どんどん手仕事を積み重ねていきます。
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そして、経産省の前で座り込み・・・楽しんでいるようにしか見えないで
しょ?事実楽しいのです。はじめて会ったタナカさんともパチリ。みな、
はじめてあっても、すぐに意気投合。
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ほとんどお祭り~なんですが、そこがポイント。お巡りさん2名も張り付
いてたんですが、たぶん彼らも拍子抜け。しかし、「ご挨拶」をしたら、若
い方は心底困った顔をしてました。なんで???私たち、単なる市民の
意見表明なんですが・・。姪っ子(ゆきの)が一時口癖にしていた、「ナニ
カ~?」を思わずいいたくなりました。
 が、普段職場で苛められ慣れしている私ですから、メゲズニ年配のお
巡りさんに、にっこりご挨拶。このお巡りさんは、笑顔で挨拶し返してくれ
ました。年の功でしょうね。あるいは、共感しているのかも。
 今年のチュニジアのジャスミン革命でも、1975年のポルトガル・リス
ボンのカーネーション革命でも、軍に女性たちがお花を贈るという話があ
りました。水曜日、その気持ちが痛いほどにわかりました。
 しかし、「あなたたちが取り締まるべきは、これらの女性ではなく、あの
中にいる人たちなんじゃないの!???」と思わずいいたかったですね。
人の命を危険にさらしているのは、彼らなのに。でしょ~?
 月曜4限のアフリカ平和紛争論の授業でも、ちょうどとりあげています
が、近代国家が国家たるゆえんは、この「暴力装置の独占」です。それ
こそが、国家の力の源泉であり、哀しいことに、その銃口は本来人びと
を守るためにあるはずが、人びとの側に向けられることが依然多いので
す。なお、国家の存在意義は、一つだけです。「主権者を守ること」。
 まったくもって、それが放棄されている現状に、主権者自身が気づいて
いないことがなんともかなしいです。
 が、そんな難しいことはさておき、一人でも多くのみんなに、「一人の市
民であること」の意味を考え、その醍醐味を味わってほしいと思ってます。
次のアクションは、ぜひ若者も来てね。
 なお、私が店番をしている間に、モデルさん?女優さん?らしき若い女
性が来てくださいました。「何をしたらいいですか?」と聞いてくれたので、
「あなたもアクションを始めたことを一人でも多くの若者に伝えてください。
私たちが伝えるよりもっとずっと効果があるから」といったら、静かに頷い
てくれました。あれ誰だったんだろう。
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by africa_class | 2011-11-04 22:09 | 【考】民主主義、社会運動と民衆