ブログトップ

Lifestyle&平和&アフリカ&教育&Others

afriqclass.exblog.jp

カテゴリ:【考】21世紀の国際協力( 7 )

「ポスト真実=2017年の言葉」とこの10日間と私たち

オックスフォードの「今年の言葉」は、「ポスト真実 post-truth」であった。
http://www.bbc.com/japanese/38009790
BBCの解説はこうだ。
「オックスフォード辞書によるとこの単語は、客観的事実よりも感情的な訴えかけの方が世論形成に大きく影響する状況を示す形容詞。今年6月のブレグジット(英国の欧州連合離脱)と11月の米大統領選を反映した選択だという。」

しかし、この現象は長らく日本と世界の現実であった。
ただ、加速度的に勢いを増していることもまた現実である。
この10日ほどは特にそう感じざるを得ないことが多かった。

「ポスト」とついていることの意味はサマザマであろう。「『真実』の後」をどう解釈するかは、もっとじっくり考えてみなければならない。ただ、この10日ほど、日本、ロシア、シリアをめぐるあれやこれやは、そのことを考えるきっかけを提供し続けた。そして、ベルリンでのクリスマスマークトでの出来事。

少し振り返りたい。

**

沖縄で、皆が怖れていたことが起きた。オスプレイが墜落したのである。しかし、それが「墜落」なのか「着水」なのか「不時着」なのかで、日本のメディアは忙しい。そうこうしている内に、大破した機体は日本政府の現場検証もないままに、米軍にせっせと回収されてどこかへと消えていった。

>「事実」を認定する手法を、主権者であり住民である日本の、沖縄の人びとは失ったのだ。

その直後、シリアではロシアに支援された政府軍がアレッポに進攻する最中、山口にプーチン大統領がおくれて到着したことについて、温泉に入るの入らないので日本のメディアが騒いでいる。

>NHKは、到着しないプーチンの専用機の「不在」を延々と映し続けた。さらに、重要なのは「温泉」ではなかった。なのに、「温泉」や「おもてなし」や「夕食の献立」が、より重要なものとして日本中の人びとに流布され、心をとらえた。

同じ日、米国のワシントンDCでは、オバマ大統領が今年最後の記者会見を行い、大統領選挙の結果に大きな影響を与えたという「メール問題」に、ロシア、とりわけプーチン大統領が関与していたと批判し、報復処置を講じることを宣言した。

>メールをハッキングしたのがプーチン大統領だとしても、問題になるメールを書いたのは米国民主党自身であったこと、メールの内容自体は事実であったについては、特に言及されることはない。他方で、ロシアにバックアップされた無数の「プロ・トランプサイト」が、偽情報を流し続けたことも明らかになった。その偽情報は、FBからFBヘ、TWからTWへと飛び火し、拡散されるにしたがってそれを「真実」として信じた人が増えていった。「事実」を織り交ぜた「創作」ほど、人を捉えるものはないという、いつかの誰かの指摘は、ここでも本当となった。

プーチン大統領とご一行が領土問題を一ミリも譲歩するどころか、現実には4島がロシアの主権の及ぶ範囲内であり、「ロシアの法律にのっとって共同開発」を行うこと、「日本企業はロシアに税金を払うべきだ」と言い放って立ち去った後に、なぜか安倍首相はテレビに出まくって、「歴史的外交敗北」という明らかな事実とは真反対のことを壊れたレコードのように繰り返し唱え、それがいつの間にか日本の多くに「事実」として受け止められている。そして、それを言う程に、自分でも事実だと思い込んでしまっているかの様子が観察されるまでになっている。

>心理学者らは、人間の記憶が都合よく改ざんされてしまうことを、すでに指摘してきた。しかし、ことは「個人の記憶の改ざん」ではなかった。ことは、1億人を超える人びとの一国家の過去と未来を繋ぐはずの決定的な話においての出来事だった。

>ロシア文学の最高峰の一つであるドストエフスキーが、19世紀末の小説でポリ・フォニーの手法を多用したように、「北方領土問題」もポリ・フォニー化した万華鏡模様の様態を示しつつある。ただし、これは小説ではなかった。ポリ・フォニーは平行線を辿るのではなく、ある種の決着がみられたのである。つまり、日本政府はロシア側からの談話その他を否定しないことによって、現実にはもう二度とあの4島が戻ってくることはないことが決定的になった。しかし、ポリ・フォニー的なナラティブは、国内向けのポーズとして、レコードがたとえ割れるところまで壊れたとしても、繰り返し奏でられ続けることであろう。「現実」が実体化し続ける中で。

この最中に、実はニューヨークの国連安保理で、シリア問題についてロシア・シリアを非難するかどうかで大議論が取り交わされ、英米仏独イタリアカナダは、非難声明を発表した。

>しかし、現在もG7の一員である日本はそこに名を連ねなかった。「不在」がまたしても意味をもった。
積極的に非難声明を回避したのか、ただそこに存在せずだったのかは明らかではないが、アジアの國として唯一「価値を同じくする西欧諸国のサロン=G7」に参加してきた自負をかなぐり捨ててまでの、ロシア接近であった。とはいえ、それによって日本が得たものは何もないどころか、戦後グレーゾーンとして維持してきた北方領土の主権と3000億円の経済協力が奪い取られたのであった。では、何の為の大騒ぎだったのか?今となっては、「真実」のその先の、なんとなく領土が返ってくるかのイメージのための騒ぎだように思える。

シリア・アレッポから大量の難民がバスで移動を開始したところで、バスが突然爆破されて多くが犠牲になったことが報道される。その少し前には、トルコで爆弾テロが起きたばかりであった。そして、今度はトルコの警官がロシアの大使を撃ち殺したのだった。その直後にスイスでは、モスクが襲撃にあって死傷者が出ていた。その一報に懸念が高まっていた矢先に、ベルリンのクリスマスマークトにトラックが突っ込んで、12名が犠牲になった。

>このことを直ちに「世界は怖いところだ」「難民は治安悪化をもたらす」というナラティブが、各地で家庭で語られていくことになろうが、それに抗うために最前線にいるのは「難民」ではなく、ドイツの政治家たちであったりする。これらの出来事が、バラバラの、個別の事態に見えて、根っこにおいて同じものから発せられていることについて、ドイツ人だからこそ敏感である。それは、かつてこの国の人びと自身が内に抱え、社会に抱え、世界に流布していたものだったからに他ならない。それは、「他者への不寛容と怖れ」、そして自己中心的で奢った優越感であった。

***

トランプの大統領当選を経て、「ポスト真実 post-truth」が「今年の言葉」に選ばれて、もはや世界は「真実」よりも「偽情報」の方が影響力を持つ時代に突入したという。そして今日も、様々な勢力の支援や資金を受けたアクターらが、「偽情報」であれ「特定情報」であれを流すのに余念がない。

人類は、多様な情報へのアクセスを可能とする夢のようなツールを手にしたというのに、30年が経ってみると、結局のところ人びとはそれを活かすどころか、それに呑み込まれる状態に陥ってしまった。自由と多様性を謳歌したのは一瞬の出来事だった。カネと力が、すべてを決定づけるだけの手法を手に入れたのだ。

いや、そんなに難しいことではなかった。「不安と不満と受動性」さえあれば、あるいはどこかに「負のパッション」があれば、後は火をつけるだけだったのである。いつかのドイツや、いつかの日本や、いつかの米国や、いつかの世界中でみられたアレである。「共通の敵」さえ作り出しておけば(それが「誰か」は時に変容するとしても)、既存権力は安泰なのだ。そして、スパイスとして、偽の情報と本当の情報が入り交じった薬味をふりまいて、人びとの目と耳と嗅覚と口と頭を忙しくすればよかった。

ややヤバくなると、芸能人や有名人の不祥事を垂れ流せばいい。人びとは喜んでそのネタに飛びつくだろう。そして実際、こんな沢山のことが起きた1日の後に、日本のテレビが喜んで飛びついたのは「芸能人のおしっこ」の話題だった。

人というものはそんなもんだ、というのは易しい。
そして、確かにそれはそうなのであろう。

しかし、私たち人類は、紆余曲折を経ながら、一歩前進三歩後退を繰り返しながらも、よろよろと少しずつジリジリと歩みながら、何かを学んできたはずではあった。いや、学んだつもりだっただけかもしれない?

シニカルになり、傍観者となり、批評家になることは簡単だ。
最初に悲劇が起き始めた時に、多くの人がそうなったように。
「まさか、そんなことは」「それは大げさだ」と。
しかし、気づいた時は手遅れだったのだ。

そして、私たちは「手遅れ感」の中で「ポスト真実」を生きている。こんな風に、仮想空間と現実空間が交差する、事実と虚偽がごちゃまぜになり、強い者・ずる賢い者が勝利して当然の、空間に変貌を遂げていきつつある。

21世紀的な「ポスト真実」の今。
これはしかし、いつか来た道でもあった。
「真実」を人びとが喜んで手放す時、その先に立ち現れたのは、決まって「戦争」であった。

戦争が近づいている。
その予感が胸騒ぎとともに収まらない。

a0133563_6464245.jpg

ベルリンで大惨事があった前日のクリスマス・マークトにて。

それでも日々の暮らしを諦めない。
その手触り、実感、感謝…それこそが「ポスト真実」への根本的な対抗軸だから。

a0133563_651233.jpg

[PR]
by africa_class | 2016-12-21 06:42 | 【考】21世紀の国際協力

モザンビークでのジャーナリスト暗殺と国会前抗議の地続きの今、考えてほしいこと。

金曜日(2015年8月28日)、モザンビークで、最も尊敬されるジャーナリストの一人であったパウロ・マシャヴァ(Paulo Machava)独立新聞(Diario de Noticias)編集長が暗殺された。カステルブランコ先生(国立大学経済学部教授、IESE[経済社会研究所]創設者)と独立系新聞(MediaFax)編集長の裁判(8月31日)直前の、「これでもか」という脅し。マシャヴァ編集長は、この二人の訴追に対して反対キャンペーンの先頭に立っていた。26日に、モザンビーク・ジャーナリスト連合の抗議声明を取り纏めた矢先。朝6時にジョギング中に走り去る車の中から撃たれて死亡した。

ついに心配していたことが起きてしまった…と、あまりにもショックでまたしても寝込んでしまった。

「アフリカだから…」等としたり顔でいうなかれ。
そんなことを言う人は、いかにアフリカの多様性、モザンビークの固有性を知らないか、理解・知識のなさを露呈するだけだから。

ゲブーザ政権の二期目(2004年以降)迄、モザンビークは表現の自由においてはかなり進んだ国であり、ジャーナリストの暗殺はカルロス・カルドーゾ(2000年)以来、40年の歴史で2人目にすぎないのだ。そして、偶然の一致ではほとんどないと思うが、マシャヴァはカルドーゾ暗殺事件をずっと追い続けてきた。

外務省にもJICAにも日本企業にも何度も言って来た。
モザンビークは坂道を転げ落ちるように人権状況を悪化させている、と。特にこの2,3年は酷い状態で、その2,3年に日本の官民がモザンビーク政府・エリートに対して行っている支援や投資はその遠因の一つであることも指摘してきた。いわゆる「資源の呪い」だ。

しかし、これらの機関の人々は耳を貸さないばかりか、「人権状況は悪化していない」等と繰り返していた。すでにこの点は紹介したのでそちらを参照下さい。現実を受け止めず、現実に沿った対策がたてられず、「耳障りのよい情報」に依拠して戦略をたてる癖は、戦時中と同じだ。そして、その根拠として引っ張ってくるデータの問題はSTAP細胞問題と変わらない。

■プロサバンナの衝撃的な出来のマスタープランを材料として、大学1年生の基礎ゼミをする。

http://afriqclass.exblog.jp/21527387/

でも、実のところ、私は「オオカミおばさん」であればいいと思っていた。私の論文執筆の際の「将来展望を楽観的に持ちつつ、悲観的に分析する」という姿勢の結果であり、これ以上は悪くならなければよい、と。でも、モザンビークに関わる皆さんには伝えておかねば、と。

残念ながら、事態は予測した通りに悪化してしまった。
途中で期待がなかったわけではない。

今年1月にニュッシ政権が誕生し、同じFRELIMO党の支配が40年間続いているとはいえ、前政権が強めていた独裁に近い権威主義的傾向・暴力の方向性は転換するかもしれない…と多くが期待した。実際、同政権の閣僚は、FRELIMO党内の幅広い層の人を集めており、「対話」の重要性を繰り返し強調するニュッシ大統領への市民社会やFRELIMO党員の期待は大きかった。

しかし、現実には、2015年に入って次のようなことが発生していたのである。
(NGOのサイトからの抜粋。詳細は以下のURLを)
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-173.html

【2015年1月のニュッシ政権誕生以降起きていること】
① 2月:国立公園でのサイ密猟を取材中の国際ジャーナリスト2名の拘束と訴追
② 3月:野党案を支持したシスタック教授(憲法学)の暗殺
③ 6月:与党FRELIMO事務局長の汚職を報じた独立新聞に賠償命令
④ 6月:前大統領の退陣をフェースブックで要求したカステルブランコ教授(経済学)と2独立新聞編集長の訴追決定 *8月31日裁判 
<=内1新聞の編集長(Canal de Mozambique)は病気で国外のため訴追を免れる。
⑤ 8月26日:モザンビーク・ジャーナリスト連合は④上記訴追の中止を要求
⑥ 8月28日:最も尊敬されるジャーナリスト&新聞のマシャヴァ独立新聞編集長の暗殺
(⑤の実現に尽力)

多くの人は、「シスタック教授の暗殺」で初めてモザンビークの人権問題や「言論/表現の自由」の問題に注目したかもしれない。しかし、実際は徐々にじわじわと色々な兆候が出ていたのだ。今日は詳しくは書かない。以上のリストを見れば、言論抑圧がクレッシェンド(徐々に強化)されていった様子が明らかだろう。

これは、AP通信の取材に対する全国ジャーナリスト連合の会長Eduardo Constantinoの以下の一言に明確に表れている。

AP通信(2015年8月29日)
http://bigstory.ap.org/urn:publicid:ap.org:e01c374d143140659135a0e206957d89
「我々の国のジャーナリストらを黙らせようというさらなる試みだ(once more a way of trying to silence journalists in our country)」
南部アフリカ・メディア研究所は、次のように語る。
「マシャヴァの殺害は、『報道の自由を妥協させる恐怖の空気』を作り出した。」

このようなモザンビークの状態について、FRELIMO党の創設者の一人であり、1964年から独立まで英語ニュースの編集者であり、独立後内務大臣を努め、ザンベジア渓谷開発事業の総裁を務め、日本にも来たことのあるセルジオ・ヴィエイラのメッセージは、一読に値するものである。なお、ヴィエイラ元大臣は、汚職に手を染めるゲブーザ大統領の批判を繰り返したために、党の中で孤立を余儀なくされ、数々の脅しにあっている。

ヴィエイラ元大臣のメッセージについて、私が知ったのは、次のCanal de Mozの記事であった。ともに訴追の可能性がありながら、病気で編集長が裁判を免れたCanal de Mozであるが、二人を応援するために最前線で言論の自由の危機に立ち向かっている。

Canal de Mocambique 2015年8月27日版

A reflexão de Sérgio Viera e a deCastel-Branco têm dois denomina-dores comuns: a saturação peran-te a destruição do projecto de umpaís, em nome de um nacionalis-mo cínico acumulador, excluden-te, oleado pela ganância desmedi-da e por um desrespeito profundopelas noções de República, Esta-

do, suas instituições e cidadãos.


今日は訳する元気がないが、カステルブランコとて、17才の時にFRELIMOに入り植民地解放闘争に身を投じ、ゲブーザ前大統領と共に武器を取り、独立後は経済学者として教鞭をとりながら、歴代政権、ゲブーザ大統領のアドバイザーであった。モザンビーク政府のど真ん中で働いてきた人たちが、今の政府の状態をこのように述べているのは凄く重要である。逆にいうと、彼らはFRELIMOのど真ん中の人間だったからこそ、比較的「安全に」批判ができたのである。

「ある国の破壊のプロジェクト」


そう。独立の半分以上の期間、この国を見つめてきた私の感じているのも、その点なのだ。人権侵害、汚職、バッドガバナンス、民主主義の後退、権威主義化、軍国化・・・色々な言葉を使わざるを得ないが、どの言葉も今モザンビークで複合的に起こっている現象を捉まえることはできない。

「どんな苦境も希望を胸に立ち上がってきた「人びと」の国」

国は乗っ取られたのだ。
Greed(貪欲さ)に満ち満ちた為政者とそれに群がる輩によって。

そしてそれを支える中国・インド・日本。
勿論、アメリカや世銀や欧州の一部の国も批判は免れない。
しかし、少なくとも彼らはモザンビーク政府の耳の痛いことを公然と指摘できる。一報、中国・インド・日本は、自分の国が人権問題を抱え、権威主義やバッドガバナンスの体制故に、政官財の汚職まみれ故に、ガバナンスや人権問題、平和の危機について何一つ問題提起することがない状態でいる。このことは、モザンビークの為政者らに「人権、人権とうるさい国以外にも支援してくれる国がいる」という開き直りの姿勢を可能とさせる。

問題は、「ガバナンス」という無味乾燥な言葉で想像するものを超えている。

モザンビークでは、このような「国の破壊」をなんとかしようと、憲法が保障する言論の自由と結社の自由を使って、なけなしのカネと勇気で立ち向かう大学教授やジャーナリストたちが存在する。農民運動や社会運動、人権活動家、教会の人びと。「モザンビークの良心」ともいえる一群の人たち。かつては、FRELIMO党の中にも、政府の中にも、政府メディアの中にも沢山いた…。彼らの捨て身の努力があって、モザンビーク社会の正義はギリギリの、ごく僅かな最後のスペースにではあるが、保たれている。

なのに、これらの人びとを「外国の操り人形」「反乱者」「野党支持者」とよんで、弾圧するのを黙認する投資家・外国政府…そして、日本政府とJICA。

そのことが「モザンビーク社会の最善・最良の部分の人たち」を、いかに危険に追いやり、裸で政府に対峙させるか、そのことが結果として「国の破壊」に至り、汚職まみれの金満不正国家を生み出すか、繰り返し書き、述べてきた。この人たちとこそ、日本政府やJICA、企業や市民社会は、連携・連帯すべきところなのに、目先の「資源ほしさ」「メンツ」、あるいは「政府とだけやってればいい」の浅はかさ、あるいは理解のなさ故に、組むべき相手ではない相手たちと今日も悪行を重ねる。

詳しくは以下。

■敗戦直前に燃やされた陸軍資料、そしてマフィゴ代表の死とプロサバンナ。12団体「緊急声明」から考える

http://afriqclass.exblog.jp/21539066/

絶望してはいけない。
最前線で身体をはって闘う人びとがいる以上。

カステルブランコ教授は、昨日の裁判で、当然ながら無罪を主張するとともに、ゲブーザ大統領に退陣を迫った理由として、彼とその家族の汚職の数々を一覧として裁判所に提出するという行動に出た。暗殺長後の、あまりに勇気のある…正直なところ涙が出た。

BREAKING: Castelo Branco lists Guebuza's businesses, tells court how he wrote his speeches in 1977, Mozambique

http://www.clubofmozambique.com/solutions1/sectionnews.php?secao=mozambique&id=2147491324&tipo=one

大統領を辞めても巨大な利権を獲得したゲブーザ前大統領とその家族の影響力は健在である。それなのに、あえて彼らの汚職の数々をモザンビーク司法、社会、世界に問題提起したのだ。。。

彼は、裁判所でこう述べた。
「1980年代はゲブーザも理想を共有できる相手だった。しかし、今の彼は解放闘争の理念を侵害する人に成り果ててしまった。しかし、私は今でもこの理念を胸に生きている。 」

日本では知られていないのかもしれないが、ゲブーザ大統領家族はアフリカで最も裕福な一家の一つにのし上がった。それもこれもすべては「民営化」という言葉を使いつつ、国の権益を切り売りしてのことだった。ここら辺の話は、NGO主催の勉強会で使った資料を参照されたい。

【報告・資料】緊急勉強会「安倍総理が訪問するモザンビークで今起きていること~和平合意破棄後の援助、投資」
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-62.html

多くが、人びとの犠牲の上に築かれたビジネスである。その象徴が、プロサバンナの初期構想そのままの事業といわれるザンベジア州グルエ郡ルアセ地区で行われているAgroMoz社による大豆生産がある。ブラジルの大豆生産企業と組んで、ゲブーザ大統領の投資会社が多なっている大規模大豆生産は、地域の人びとの土地を奪い、人びとは恐怖に各地に拡散して、避難者生活を送っている。そして、この会社が空からまく農薬のせいで、子どもたちにすでに健康被害が出ているという。

■プロサバンナの問題を一括掲載している報告書は以下
https://www.dlmarket.jp/products/detail.php?product_id=263029
■日本の4NGOによる報告書は以下
http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy-statement/data/proposal%20final.pdf

なお、モザンビークの市民社会によって、この会社を含むナカラ回廊沿いの土地収奪の数々について、農民の声を紹介する動画が作製され、公開されているということなので、以下参照されたい。
https://www.youtube.com/watch?v=ptH1j_ye-oA&feature=youtu.be
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-174.html

本当は英国の研究所にいたカステルブランコ教授は帰国して裁判を受けなくとも、亡命することもできた。ポルトガルの国籍だって簡単に取れる。しかし、彼は7月のインタビューで、そんなことをしたらもう一人を危険に曝すし、何よりモザンビークを愛している市民として、危機に陥る言論の自由をなんとしてでも守らねばならない、との決意で裁判のために帰国したのだった。

そして、彼らを守ろうと、立ち上がったのも独立時の理念を共有し、モザンビークを良い国にしようと闘い続けてきた人びとであった。Abdul Carimo Issaは、裁判官であり、検察官であり、FRELIMO国会議員であり、法制度改革技術チームのトッップであるが、「ゲブーザ前大統領の尊厳を傷つけようという意図どころか、この公開書簡はこの国が現在直面する危機へのクリティカルな貢献である。 書簡を読むと、これが我々はもっと改善できるのに、できていないことへの絶望が読み取れる」。彼も身の危険を顧みず、証言したのだ。

モザンビークには、未だこのような人たちが残っている。
彼らが大統領や政府にこびを売って同じように儲けるのはとても簡単だ。別に独立系新聞などで危険に曝されなくともいい。政府が起訴した人を守ろうとなどがんばらなくていい。大多数の「官製」ジャーナリストは、なかなかキャンペーンに賛同しなかったという。大学の教授たちも、今となっては政府の言う通り、企業の言う通り、プランを作ればいい。黙ってればいいのだ。そうすれば、コンサルタントやアドバイザーとして重宝してもらい、カネはがっぽり入る。子どもたちも、親戚も、留学させてもらえるし(奨学金応募に値するかどうかすら政府が決定)、そもそも睨まれることなどない。暗殺の脅迫も受ることもないし。

しかし、個人の利益のために、あるいは自分だけを守ることを是としない人びとが、まだこの国には残っているのだ。もう最後の一握りであるにもかかわらず、彼らは最前列で声を上げている。UNAC(モザンビーク全国農民連合)だってそうだ。なのに、プロサバンナによって、そのUNACを排除・分断させようとしてきた3年間だった。詳細は、NGOのサイトの以下の資料。

■ProSAVANA事業で長引き、悪化してきた諸問題に関するNGOの見解と資料一覧
〜なぜ援助を拒否したことのなかったモザンビーク農民や市民社会は、日本政府とJICAにNoといい、怒っているのか?〜
http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/201508prosavana.pdf

今、日本の国会前で起きていることも、そうだ。
皆、怒っている。
怒るべくして怒っている。
モザンビークの農民と同様、主権を踏みにじられたからだ。
沢山の血を流して得た平和の時代に制定された憲法で、主権在民が書き込まれているというのに、それが目の前で踏みにじられているからだ。

日本では今、自分の不利益を引き受けてまで若い人たちが身体をはっている。それに先生達、大人達が心を揺さぶられ、ようやく動き始めたのだ。無私の心は人を動かす。それに比べて、日本もモザンビークも、世界も、あまりに私利私欲の追求者によって牛耳られている。その犠牲になっている人びとは、それでも騙されたままである。現状は、これらの為政者がいなくなると悪くなる、、、と信じ込まされて。自らが立ち上がることを度外視するあまりに。

■大学生のスピーチに思う。「名を伏せた者たち」が進める全体主義の今(その1)。
http://afriqclass.exblog.jp/21484478/
http://afriqclass.exblog.jp/21487530/

そういう私でも「イケイケドンドン」でもいいかな、という時期もなかったわけではない。チヤホヤされて嬉しくない人はいないだろう。しかし、その時に、モザンビークの農民たちのところで毎年修行させてもらい、また権威主義の国日本内で市民活動をしていたからこそ、狭いサークルで利己的に生きる限界に気づくことができた。

■長い夜にブレない生き方について考える〜ガンジーの「ノー」の価値論と「五日市憲法草案」、そして沖縄
http://afriqclass.exblog.jp/21326990

今、私たちは本当に岐路に立っている。
目の前は崖だ。
人類が世界のあちこちで闘い勝ち取ってきた、大切なたいせつな価値を、自らの手で、一時の狭い欲望にかられてこれを破壊しつくすのか、否か。

モザンビークで起きていることも、日本で起きていることも、地続きで起きている。
世界は常に連動していたのだ。
そして今はまさにもっと同時進行である。

あなたの理解、あなたの立ち位置、あなたの一歩、あなたの一言、、、すべて世界という大海に投げられた小石のように、輪を広げ、広がって行くことを想像してみてほしい。

国会前のあなたの姿は、日本の多くだけでなく、世界の多くの人を勇気づけたということを、今一度日本の皆が認識してくれたとしたら、モザンビークの危機もいつの日か共に乗り越えられるかもしれない。

決して自分のためでなく、人びとの権利と幸福ために、最期の最期まで闘い続けた、モザンビークの
・「憲法の父」故ジル・シスタック教授に、
・「農民の父」故アウグスト・マフィゴUNAC代表に、
・「ジャーナリズムの父」故パウロ・マシャヴァ編集長に、
とその家族に、心からの哀悼の意を表したい。

A Luta Continua.
(闘いは続く)


*なお、マフィゴ代表のご家族やUNACへの連帯メッセージと香典は以下のサイトで受付中(9月10日まで延期中)です。
https://docs.google.com/forms/d/1c--v5-ruK4VuQBCiFVq_WMKhbNISilVQro_ALLzpxlY/viewform?usp=send_form


[PR]
by africa_class | 2015-09-02 02:55 | 【考】21世紀の国際協力

一括掲載:安倍首相談話の分析〜被抑圧者の視点を含む現代国際関係史からの考察

安倍首相談話が発表された。
タイトルはとても良い。
「終戦70年。歴史の教訓から未来への知恵を学ぶ」
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2015/0814kaiken.html

なのに、何だ…。
「歴史の教訓」の把握のしぶりがおかしい。
世界史の展開にそのすべての理由を求める始末…。
「主語がないからお詫びがない」と騒がれているようだが、それもそうだが、その前提となる「何故謝らなければならないようなことになったのか?」の原因分析が、まったく他人事。しかも、歴史的事実を、都合のよいところだけピックアップして、「だから日本は世界の潮流に乗ってしまって、途中で道を踏み誤ったんだけど、それも経済のブロック化で追い込まれたからだよ〜」となっている。

詳細はまたテキストにしたいが、とりあえずつぶやいたことだけ貼付けておく。

この談話の土台となった「21世紀構想懇談会 報告書」
2015年8月6日
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/21c_koso/
なるほど「20世紀=帝国主義」から始まっていてこれ自体は妥当だが、日本の帝国主義・植民地支配に関する検討が一切ない…。

この分析は今度にして、以下談話だけみたところの分析。


【安倍首相談話1】アジア・アフリカの被植民地支配者の視点から20世紀の国際関係史を振り返ってきた者として、こんな談話が世界に発信されたのが今も信じられない。誰も助言せず?日露戦争の5年後に日本がしたのは朝鮮併合。なのに「日露戦争は、植民地支配の下の…人々を勇気づけました」とだけ。

【安倍首相談話2】中国や南洋諸島も植民地支配していったプロセスは完全オミットし、突然「満州事変」「国際連盟からの脱退」が言及。背景に世界文脈を述べても良いが、首相談話として最も肝心な主語と動詞がナイ。日本が誰に何をした結果何が生じ、何を問題と認識し、談話する?

【安倍首相談話3】日本によるアジアの植民地支配の歴史を全く言及せず、「戦場になったアジア」へのお詫び、「将来も侵略/植民地支配せず」を述べているだけ。「植民地支配は他もやったからやったまで」と。「あの時殴ったけど、みんなもしたよね」とこの期に及んで、何それ?

【安倍首相談話4】「アジア・アフリカの人びとに勇気を」は「植民地支配者側ではない同じ有色人種」と受け止められたから。が、すぐに支配者側に転じたし、日本が「抑圧された有色人種の真の解放者」でなかったのは歴史事実。アパルトヘイト下南アで「名誉白人」にしてもらってた。

【安倍首相談話5】1961年以降、国連決議(経済制裁含む)が何度もなされた南アに対し貿易国No1になったのも日本。70年遡らなくともつい最近91年のこと。アフリカの解放において、日本は常に支配者側に。百年前「支配下のアフリカに勇気を与えた」なんて傲慢すぎる。

【安倍首相談話6】アフリカの解放を中国が支援の最中、日本は植民地・アパルトヘイトの支配者側に立った。歴史事実として、日本政府が「有色人種の解放」を率先したことはなく、他のアジア人の犠牲を強いても「欧米諸国」に同一化しようと。今のヘイト問題の根っこが見える談話。

【安倍首相談話7】結局、弱き者の犠牲の上で自らの「繁栄と(見せかけの)平和」を得ようという、戦前と冷戦期の日本政府の行動パターンは、底堅い連続性を持って安倍政権に継承されていることが、嫌中・韓やヘイトの煽動、安保法案、この談話からも明確に。米国は熟知の上利用。

【安倍首相談話8】彼の「ブレーン」の世界史認識も誤り。前パラで「アフリカ」を入れておいて、「第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり植民地化にブレーキがかかった」は、歴史事実ですらない。アフリカにおいてはWWI中・直後から実効統治が進み人びとの苦難が。

【安倍首相談話9】「植民地化にブレーキ」の後は、「国際連盟の不戦条約=新国際秩序」で、「日本はこの「挑戦者」となり進むべき針路を誤り戦争への道へ」とある以上、どう読んでも「日本も植民地保有帝国として列強へのクラブ参加」を否定しておらず、過ちは「戦争」のみ。大日本帝国への憧憬か。

【安倍首相談話10】「国際秩序の挑戦者となった過去を胸に刻み、自由、民主主義、人権の基本的価値を堅持し」←戦前、国内でこの3点が弾圧され、声が挙げられなくなった先に「国際秩序挑戦」があった。なのに「経済ブロック化」だけが原因指定。今まさに日本内で3点を弾圧中。

【安倍首相談話11】「戦場の陰には深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちが…」では、日本語としてもヘン。「戦場の陰」って何?「戦場」は場所に過ぎず、「女性を傷つける」主語になり得ず。「戦争の陰」のはずで、それでもあまりに曖昧だが、未だ責任が示唆。あまりに姑息だ。

分析するつもりなかったが、あまりに衝撃すぎた。誰だ、こんな助言したのは。都合のよい偏った世界史(20世紀)認識。「被害者の側に寄り添う」ようでいて、実際のテキスト全体の内容は、そうなっていない。国際的な信用を失う書きぶり。公式見解では皆、本音いわんだろうが…。


[PR]
by africa_class | 2015-08-15 06:20 | 【考】21世紀の国際協力

現場の人びとのニースにマッチしたJICAの援助inアフリカについて仲間に聞いてみました。

じゃあ、「日本の対アフリカ支援で褒めるべきものはないのか?」という声が聞こえてきます。
そして、メディアから「現場の人びとのニーズにマッチした援助はJICAはできないのか?」という質問も。

朝日新聞へのインタビューでも、「それなりに評価されてきた」と述べて、それが掲載されたので、じゃあ「それなりにはどの援助?」ということ・・・でもちゃんと確認(自分の目で)しているわけではなく、列挙するのに躊躇があったので、信頼する元TICAD市民社会フォーラム(TCSF)の仲間たちに同じ質問を投げてみました。

TCSFは、「アフリカの開発はアフリカ民衆が主役」「アフリカ市民社会が政策形成の真ん中に」をビジョンとして、開発コンサルタント、JICA、JBIC、NGO、研究者らと共に2004年に結成した特定非営利活動法人でした。100名を超える会員、有給スタッフ延10名、延30名を超える研究員やインターンに支えられ、多岐にわたる活動を繰り広げ、2008年のTICAD IVにつなげて2009年に活動を閉じました。私は、TCSFの副代表としてがんばっていたわけですが、活動は他団体に引き継ぎちょっと休んでいました。

あの時与野党の国会議員、外務省、JICA、JBICにも、いかにこのことが重要かすごく密度濃くやり取りして、それなりの共感と理解を得ていたのですが、活動を閉鎖してからのフォローアップがあまりに足りなかったのだ、と今反省を込めてふり返っています。勿論、時代状況が変わってきたこともありますが。

なので、今回情報を寄せてくださった人の中にJICAの方のものや、開発コンサル(元)や、研究者のもの、NGOの方のものがあります。すぐに返事くれたので嬉しいかったです。NGOのものは沢山あるので、あえてJICAのものということで聞いたところ・・・。

あ、その前に。これらの情報について、必ず皆さん「JICAの評価は高くないですが」「JICAでは宣伝されていませんが」とおっしゃいます。つまり、「現地の人々のニーズにあった援助」として長年現場に通う専門家の皆さんが評価する援助が、JICAの組織としての評価が低いということ????????????のようで、ここは深めていく必要がありそうです。

といっても、自分で現場いって調査していないので、あくまでも参考ということで、今後検証していければ。

●「アフリカ障害者メインストリーミング(自立生活) コース」もすごく良い事業です。
障害者団体の次世代リーダー向け研修を2002年からほぼ毎年実施しています。
2010年度にはケニア・マラウイ・南アでフォローアップ研修を行いました。
このフォローアップ研修から、当初マラウイでの自立生活センター設立支援事業 をJICAとヒューマンケア協会のパートナー事業として計画され、後 に南アでの プログラムに計画が変更され事業が開始されています。

●「ザンビア大学獣医学部」
1980年代半ばに、日本の無償資金協力による獣医学部の施設建設と、北海道大学獣医学部を中心とする日本の大学からの10年以上にわたる技術支援を受けました。当時は、ザンビアには獣医学部はなかったので、獣医師の多くが外国人でした。同獣医学部設立により、ザンビア人獣医学部教官の育成と学部学生への教育を同時に進め、それらは日本人専門家と欧州等の専門家が行いました。また、それらザンビア人教官の学位取得のため、日本等に留学させました。

現在では、ザンビア大学獣医学部の教官は全員がザンビア人となり、ザンビア農業省や牧場等で働く獣医師は、同獣医学部出身者で占められています。近年は、鳥インフルエンザといった人獣共通感染症対策なども重要になっていますので、獣医師の育成のみならず、これら感染症対策での獣医学部の貢献も評価されています。南部アフリカで獣医学部を有しないナミビア等からの留学生も見られ、他国からも評価されています。

●日本のアフリカ援助の評価、とくにJICAによるプロジェクト援助の評価となるとなかなか難しいですが、私見では、次のものは現地のニーズにも合い、良い効果をもたらしたものといい得るのではないか、と思います。

ケニアのジョモ・ケニヤッタ農工大学の建設と運営 - 農工分野での技術者不足が課題であったケニアで、無償資金協力による支援から始まり、設立から15年後に5番目の総合大学に格上げされ、人材育成の地道な努力が実を結んだ。

●エチオピアは優良種子プロジェクトです。
農業改良普及員と農家のグループが一緒になって、圧倒的に量的に不足している品質 のよい種子を自分たちで生産し、地域内で流通させたり、または播種量を減らす試み を行うことによって必要な種子を調達しています。農家自身が判断し、選択を広げていく試みにJICAの技術協力が貢献している好事例だとおもいます。
http://www2.jica.go.jp/ja/evaluation/pdf/2012_0800822_2_s.pdf

ザンビア
http://www.pavidia.org.zm/documents/ESAfricaSeminar.pdf

●JICAニジェール緑の推進協力プロジェクトは、現地の人たちには比較的良い評価を受けていたと思います。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hakusyo/01_hakusho/ODA2001/html/topics/tp00006.htm

また、JOCAのマラウイ農民自立支援プロジェクトも現地の評価は高いです。
http://www.joca.or.jp/activites/oversea/malawi/



僕も少し手伝っている、「アフリカ障害者メインストリーミング(自立生活) コース」もすごく良い事業です。
障害者団体の次世代リーダー向け研修を2002年からほぼ毎年実施しています。
2010年度にはケニア・マラウイ・南アでフォローアップ研修を行いました。
このフォローアップ研修から、当初マラウイでの自立生活センター設立支援事業 をJICAとヒューマンケア協会のパートナー事業として計画され、後 に南アでの プログラムに計画が変更され事業が開始されています。
[PR]
by africa_class | 2014-01-18 13:52 | 【考】21世紀の国際協力

【ご案内】国際開発学会の「原発震災から再考する開発・発展のあり方」部会の報告会

国際開発学会の「原発震災から再考する開発・発展のあり方」部会から案内がありました。とても重要なテーマであるとともに、国際開発や国際協力を問い直すにはとても良い機会だと思います。ぜひどうぞ。

===========================
【テーマ】原発震災より開発・発展のあり方を再考する。

【内容】原発震災であらためて露わにされた、内国的・国際的に展開される不公正な開発政治に、われわれはどう向き合えば良いのでしょうか? 中野洋一氏(原発産業)と松島泰勝氏(琉球開発)のお話を伺いながら考察します。

【プログラム】
① 「原発産業のカネとヒト」
(中野洋一 氏、九州国際大学)
原発産業は日本の巨大ビジネスの一つである。9つの電力会社の年間売上高は約15兆円であり、原発産業には年間約2兆5000億円近い資金が動いている。その原発産業のカネとヒトに焦点をあて、特に「原発マネー」の流れを中心としながら分析する。

② 「新たな植民地主義としての琉球の振興開発体制」
(松島泰勝 氏、龍谷大学)
本報告では、1879年の琉球併合から今日まで続く、琉球に対する構造的差別を明らかにした上で、「復帰」以降の振興開発体制が新たな植民地主義でしかないことを明らかにする。特に米軍基地とリンクした開発政治の分析に焦点を当てる。

【発表者プロフィール】
☆ 中野洋一 氏  国際経済学、特に南北問題、途上国の貧困問題が専門。九州国際大学国際関係学部教授、博士(商学)。現在、副学長。著書は『軍拡と貧困のグローバル資本主義』法律文化社2010年、『原発依存と地球温暖化論の策略―経済学よりの批判的考察』法律文化社など、多数。

☆ 松島泰勝 氏  石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。在グァム日本国総領事館、在パラオ大使館勤務を経て、現在、龍谷大学経済学部教授。NPO法人ゆいまーる琉球の自治代表。「琉球民族独立総合研究学会」共同設立者。主要著書に『琉球独立への道―植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』法律文化社。

【日時】9月29日(日)13時半~17時
【場所】甲南大学 西宮キャンパス(阪急 西宮北口駅 至近、メールで詳細をご案内
します。)

http://www.konan-u.ac.jp/faculty/cube/access/index.html

【問い合わせ先】 k_masaki425<@>nifty.com

[PR]
by africa_class | 2013-09-21 16:58 | 【考】21世紀の国際協力

援助・開発関係者が読むべき論考:「開発社会学の軌跡と地平」(小倉充夫)「開発/発展」をめぐって

書き足してる内に意図せず三部構成に。
1.援助・開発組織の内部の人へ
2.NEXT国際協力へ(援助産業の人へ)
3.小倉先生の開発研究分析

1.援助・開発組織の内部の人へ

明日は外務省で「NGO外務省定期協議会 第一回プロサバンナ事業に関する外務省との意見交換会」。こういうイベントが近づくと、ブログのプロサバンナ事業に関する私のページへのアクセスがアップします。
 参加するNGO関係者が参考にするとともに、先方JICAや外務省関係者が一生懸命反論ポイントを探してくださるから。これは、実は、私はウェルカムなのです。対話時間は限られているし、かといってなかなか公開討論にはお出にならないし、こちらの考えやその根拠を伝える手法として非常によいことだと思っています。既に資料はすべて示しているので、こちらでどうぞ。
→http://afriqclass.exblog.jp/i38
*特に、国際協力を善きこととしてのみ捉えて組織に入ってしまった若い皆さんには、じっくり多様な角度から考える材料にしてほしいと思います。我々が援助国として持っている「巨大なパワー」に無自覚で居続けることは問題でもあります。

人生は長くて短い、そして一度きりです。
組織の論理に若いうちから染まり切ってしまっては、あまりに勿体ない。皆さんのような素晴らしい人材が、世界を学ぼう、世界から学ぼうと若い頃考えていた皆さんが、今一度自分と組織、日本を相対化するきっかけとしてくれればいいな、と思っています。答えは一つではありません。皆さん一人一人が考えていけば良いと思います。

奴隷制下でも、アウシュビッツ内でも、「唯一自由でいられるのが精神なんだ」ということを、これからの一生涯、片時も手放さないように。今の一見自由で「何でもアリ」な日本では、逆説的ではありますが、この21世紀日本ほど若者の「批判的思考」が息苦しく、狭められているケースは、戦後なかったように思います

「批判的精神」を失ったら、人類の進歩はありません。
褒めるのは簡単です。勇気も要りません。時間もロスしません。反発も食らいませんし。お金もいっぱい溜まります(お役所の委員会などに呼ばれ)。

しかし、人間はこの世界、地球に君臨しそして弱きもの、生きとし生けるものを滅ぼし続けてきました。今でもそうです。こんな世界に暮らす若者として、「大政翼賛」になるのではなく、「長きに巻かれる」のをよしとするのではなく、今一度、「今を生きる」意味を考えてみましょう。そして、心の中、頭の中、精神ぐらいは、クリティカルで自由でいましょう。

2.NEXT国際協力へ(援助産業の人へ)
そして、なぜか、このブログの中で随分前に書いたのに奇妙にアクセスが高い投稿が。なんでも援助関係者の間で以下が読まれていると、友人から教えてもらいました。批判的に読んでいただいているのでしょうが、いずれにせよ有難うございます。そして駄文すみません・・・。
■「国際協力に関心のある若者の皆さんへ:10年以内に日本の援助産業は斜陽産業へ。」
http://afriqclass.exblog.jp/16081930

そして、懺悔。続きがあったのです。
書こうとしたマプートでの日々から早5か月。。。
春休み中に書きます。

先日の立教大学での講演会でも話したかったものの時間切れだった、「だからどうするのか?」、つまり国際協力の今後について。
結論からいうと、
(1)アフリカならアフリカ人がやる。その当たり前こそを「支える」。
(要注意。日本政府が現在使う「要請主義」という形式的な責任放棄と異なる)
(2)自らが実践の主体となる。
(「実務」ではなく、「実践」と書いたのがミソ)
<=つまり、「援助してあげる側としてやる『国際協力』」ではなく、自分も社会の中の失敗や過ちを繰り返しながらも前進したいと願う一社会主体としての国際連帯」として、やってみませんか?ということです。

今、悩みながら仕事をしている開発コンサルの皆さんには、「下請け」をやめ、現場経験を生かし、ビジョンをもって長期的なコミットメントを通して実現していく主体としてNGOやソーシャルビジネスを設置していってほしいと思います。

色々なコンサルの人にもいっていますが、「NGO=儲けを出してはいけない=雇用できない」ではありません。ソーシャルビジネスでもいいです。自分たちが関わった社会・人が、その後10年、20年にわたりどうなっていくのか、一緒に歩んでいってみてはどうでしょうか?「碇を降ろす」のです。自分が、「一過性の調査者/コンサル」という立場ではなく、「当事者」「関係者」としての実践にまみれた時、一体その社会・人びとはどのようなものとして皆さんの前に立ち現れてくるでしょうか?そして、その人たち・社会とどのような関係があることが見えてくるでしょうか、そしてどのような関係を構築できるでしょうか?

今を生きる、「自分のではない社会に介入する主体としての自分」を、「政府だから」「援助だから」「仕事だから」「他人のカネだから」という逃げ道を準備しないで、正面から受け入れ、「向こう側の人びと」と自分のカネ・時間・想いを中心に、交わり合ってみてはどうでしょうか?

「援助者」としての高見から、皆さんが「貧困者」「低生産者」と呼ぶ人たちと同じ地平に降りて行ってみることをおススメしています。あるいは、皆さんが所属しているはずのこの日本社会でこそ、同じやり方で何かをやってみてください。その考え方、やり方が、どこまで通用するか是非試していただければと思います。通用するのであれば、きっと素晴らしい実践者でいらっしゃるのだと思います。

3.小倉先生の開発研究分析
さて本題。
『国際開発研究』Vol.21 No.1/2 2012年11月が昨日研究室に届きました。
特集は、「開発/発展をめぐる社会学の位相」
そして、巻頭総説は、我が師匠・小倉充夫先生です。

「開発社会学の軌跡と地平」小倉充夫(7-9頁)
たった3ページなのに凄い深みと広がりの文章。
そして、剃刀のような切れ味。
哲学的クリティカル思考なのに、南部アフリカの人びとに視座をおきながらの全世界の19世紀からの展開を包含した文章。

かなりシビレます。

全然足下にも及ばないものの、同じような視点で私も物事をみているのだなあと実感。
その理由は、去年11月に出版したばかりの、先生との共著『現代アフリカと国際関係』(2012年11月)をご覧ください。津田の後輩たちと書きました。
http://afriqclass.exblog.jp/17011291/
*後書きを収録しています。

時間がきたので、また紹介しますが、開発研究・実務に関わる人が読まない訳に行かない論考だと思います。
と書いた後に時間が10分空いたので、少し紹介します。

ただし、冒頭の佐藤寛さんの紹介は、小倉先生のいおうとしていることの本質とズレがあるように思いますので、原文を是非お読みください。

「開発社会学の軌跡と地平」(2012年、小倉充夫:『国際開発研究』)
開発研究という分野は今日の途上国の、しかも「開発する」という問題に限定される傾向が深まっていったと思われる。挙句の果てに、開発に関する議論の多くが開発援助がらみになっていったのではなかろうか。このことには積極的な面もあろうが、他方で、近代以前の資本主義発展の文脈と関係なく、時に表層的に考察されることが多くなったという印象が強い。(略)

いうまでもなく今日の途上国の開発も世界的な社会経済の構造や展開と不可分な関係にある。ところが、Developmentに対応する日本語には開発と発展という二語があるため、かえて開発と発展を切り離して考える傾向が生じたのではないだろうか。その結果、社会変動論や歴史社会学の側面が失われていった。(略)

その結果、国際関係性とその歴史的展開を無視し、今そこにある途上国の状態が切り取られ、一国的な開発を捉える傾向が全般的には強まったのではなかろうか。(略)

少なくとも先進国の存在は、途上国の発展に様々な制約、あるいは変形をもたらす。先進国から技術が移転されそれにより圧縮的発展が可能になるなど、後発的利益もあるが、逆機能や、意図せざるマイナスの効果などがあり、移転ひとつをとってもその結果と評価はさまざまで、途上国の発展が、先進国のそれと異なることは明らかである。先行者の存在自体が、後発的な発展に特徴を生まざるを得ないのである。(略)

しかしさらに強調すべきは、世界的な発展の不均等性の下で、搾取や従属を歴史的に強いられてきた地域においては様々な無理が強いられ、したがって、先進国とは比べようもない社会的緊張に直面せざるを得ないということである。(略)

開発社会学も権力をめぐる国際関係学として展開せざるを得ないのではなかろうか。(略)

しかし南北格差による世界秩序の不安定化は避けねばならず、ヘーゲル流に言えば、「世界市民社会は貧困を援助でごまかす」必要があった。(略)

ここから先はミソが続くのですがまた今度。
そして、先生が引用しているこれまた師匠・百瀬宏先生の一言を最後に。
「近代以来の開発の過程で、先進国において政治が国民大衆の生活の在り方に関心を持ち、社会福祉が図られるようになって行ったのとは裏腹の関係で、植民地化された地域、また植民地の地位を脱して独立を達成した国々の多くにおいて、社会の荒廃がすすんだという事実であろう(百瀬宏『国際関係学』1993年)」

引用以上

これらの巨匠に、人生の幾分早い段階で出会えた幸運に、生涯をかけて感謝し続けたいと思います。小倉先生の『開発と発展の社会学』(東京大学出版会、1982年)もどうぞ。

■今年で退官される小倉先生の最終講義は1月31日2時半~@津田塾大学です。
■3月28日にアフリカ学会関東支部例会で書評会も開催します。またご案内いたします。
[PR]
by africa_class | 2013-01-24 08:07 | 【考】21世紀の国際協力

国際協力にみられるWin-Win、BoPの欺瞞、「打ち上げ花火」的アフリカ外交を考え、沖縄・福島を考える。

週末に囁いた一言から展開していった議論。
============================
自分が幸せになるために、自分のことばかりに専念している人は、遅かれ早かれ行き詰まる。人生は楽ばかりでないから。他人があって始めて自分がいる…アフリカに広くみられるウブントゥ(Ubuntu)の精神から学ぶべき。遠回り、損に見えても、他人と共に生きる道こそ、本当は幸せに繋がってる。
============================

以上はビジョン。でも現実はどうか・・・と考え始めたら、「善意/偽善」「ボランティア」「Win-Win」「官民連携」「BoPビジネス」「外交」の問題と絡んでいってしまいました。とりあえず、ツイートを再録しておきます。例のごとく、140文字のつらなりなんで、読みづらく、説明不足でごめんなさい。でも、我々の仕事は、「今までの『当たり前の見方』に疑問を呈し、議論を開いていくこと」なんで、まあいいかな。すぐに反論のための反論を行うのではなく、一旦それぞれが引き取って、考えてみて深めてみる価値がある論点だと思います。ぜひ、どうぞ。

1.「自分/誰かのため」論が誘導するWin-Winの欺瞞を超える
 日本ではよく「自分のため」「他人のため」の二元論で語る人を見かける。学生は、「自分のできる範囲で」という枕詞をつけたがる。両方の論理に共通するのは、「自分の範囲」の硬直化と狭さである。自分とは何か?他人がいて初めて自分がある…この意味を、もう表面的にでなく深く多面的に考えたい。
 他方、援助の世界では、「他人のため」と称し「自分のため」目的が忍び込まされていることが多い。産業となった援助の姿。それを近年Win-Win等という言葉で目隠し。誰のWinで誰のLose?誰のどんなWinが検討されるべし。対等に聞こえて、その実誰かの犠牲の上に打ち立てられる言葉。
 「誰かのため」論はこのような権力関係に無自覚な自己満足を産み落とす。一方Win-Winは「自分のためでもいい」と正当化。問いたいのは、その「自分」が誰か?自分は問題構造の一部であって、善意構造のみの一部である訳がない。
 沖縄、福島を見よ。「やってあげる/ウィン=ウィン」の欺瞞。
 では、とすれば、どう生きるべきか?自分を、「今起こっていること(世界でも日本でも身近でも)」の当事者として捉え、その責任と可能性を受け入れていくこと…かな、と考えている。

2.BoPビジネスの目的は「貧困者層を消費者化し儲ける」こと
*貧困削減はそのプロセス/あるかもしれない結果。目的ではない。

 それは、巷で盛んに善きものとして宣伝されるBoPビジネスにも、その傾向が強い。Bottom/Base of Pyramid(世界市場の最底辺部を消費者化する狙い)がBoP。なので、「生産の最底辺部を豊かにする狙い」ではない。もちろん、BoP2.0等に見られるように規範化もみられるが、根本は「貧困者の消費者化」で「貧困削減のためのビジネス」ではない。
 企業や援助機関が「貧困削減のためのBoP」と宣伝の場合まずは疑問符を。BoPは先述の通り「貧困者から儲けること」が目的。貧困は「その結果として」解消されれば良く目的ではない。目的と結果を混同し宣伝するのは大いに問題。BoPは「貧困者エンパワメント目的のビジネスでない」は念頭に。
 そして、貧困者をエンパワーするビジネスをサポートしたいのであれば、そうすればいい。BoPという誤解を生む用語を、ああだこうだとひねくり回して、貧困者「にも」役立つようになど、しなくていい。そんなことをやればやるほど、BoPとそれを呼ぶことで、自分たちの利益を最大化しようとする動きに正当性を与え続けることになるだけ。このことは非常に重要。BoPの理念や表面的な事業の「成果」だけをみて議論してはいけない。もっと、根っこの部分と、「何のため?」を何度でも問うていった時、「美辞麗句」が削ぎ落された真理に近づく。
 貧困者のエンパワーメントにつながるビジネス賛成。だけど、それをBoPと同義語にするとしたら、大いに罠にはまる。

3.日本のアフリカ外交は「打ち上げ花火」
 今日のアンゴラ独立記念レセプションに、現役国会議員一人もいなかった。外務省はせめて政務官ぐらい派遣して祝辞を述べるアレンジを。TICAD、TICADと騒がしいけど、一発イベントにばかり注力し日々活動を怠るようでは、関係構築は無理。だから信頼されない。
  いつも出てくるのは落選議員のあの方(のみ)。この事実をどれ程アフリカサイドが落胆してるか、ご存知ないのでしょうね。国家間の外交なんて大風呂敷広げようとも根っこの部分は人間の関係の総和。信頼なくして外交なし。信頼は年月とコミットメントでしか生まれない。
 もちろん「外交らしきもの」はあるのですが。現在の2-3年1サイクルの職員主導の「外交」では無理もないのかな。しかも、社会の広い層の人たちと交流するようになっていない。一方、他国の外交筋の人脈や情報網の多様性にはいつも驚かされる。日本については、真逆の理由で驚かされる…。
 ここら辺のことは外務省の機関誌『外交』「特集>国際援助の新戦略:アフリカ」2012年3月12号「『ODA見返り論』からの脱却を」に書いたので、そちらをどうぞ→http://afriqclass.exblog.jp/14976062/  
 ため息をつく私に、アフリカ大使たちが、「A Luta Continua!」といって、私に拳を突き上げてウィンクしてくれた。そう。「闘いは続く」。そして、彼らも私も、若者たちに期待してる。新しい、太く、長く続く関係を、どうぞアフリカの若者たちと創っていってね。心から応援してます。

4.今、現場で起きていること
 援助関係者は現地組織と関係を持とうと必死。逆にいうと、援助事業がなければ関係を持とうと努力しない。「自分」あるいは「自分の目的」が先。おそらく、多くの人が、これを「問題」と認識しないのだろう。だとすれば、一旦時間を置いて考えてみてほしい。
 いずれにせよ、そういう本末転倒なやり方は、当然ながら現地の関係者たちに、不信感と屈辱を抱かせている。勿論、彼らはその失望を見せず、表面的には同意し、協力する。でも、心の中では苦々しく思っている。
 何故か?「目的は自分」だから。そして、「彼らは使われた」から。
 勿論、公的には、「●●に資する●●と共に・・・」と美文でデコレートされた宣伝文が使われるだろう。そして、日本の関係者の多くは、それらを繰り返し言っているうちに、なんだか自分で創り出した「言葉」がまるで本当にそうだったような気持ちすらし始め、最後にはそれだけが「事実」だったかのように、公的文書に書き記す。それを大した引き継ぎもない後の担当者が、知らないからこそ、中身なく、繰り返す。そうやって、外務省やJICAという機関内部では、その「繰り返され、記録され、伝達されることによって『事実化』した出来事」を「組織として」信じ、さらに記憶、伝達していく。
 それは、戦前・戦中にもあったやり方。政府文書を丹念にみつづけるとそれが分かる。そ戦後は、農薬問題で、「食糧増産援助2KR」問題に取り組んだ時の議論に、これははっきり示された。
 
 そして、今、原発をめぐる安全神話で、それははっきりしている。あれほどまでの犠牲を出してなお、原発を安全といいたがり、いっているうちに、「そんな気になる/させる」恐ろしさ。
 政府機関が、「成功」「安全」と自画自賛するとき、日本に暮らす私たちの、歴史から学ぶ正しい姿勢は、「まずは疑う」であろう。そして、「何故成功・安全」を連呼したいのか?を問うてみよう。その先に、きっと別の世界像が浮かび上がってくるだろう。

5.沖縄、福島が突きつけているWin-Winの欺瞞
 沖縄、福島が突きつけている現実から、私たちが今学ばないとしたら、いつ学ぶのだろうか?
「自分のため」「他人のため」のWin-Winの陰で、犠牲にする人たちは、一体誰なのか?その犠牲をなかったことにするのではなく、ど真ん中において、Win-Winを語るべきではないか、と。そして、そんなことが、本当にできるのか問い直してほしい。
 「犠牲者を前にした私とあなたの利益の話」・・・・と書くと、もう少し考え易くなるのだろうか。

6.ウブントゥに戻る
以上から分かるように、Win-Winとウブントゥは似て非なるもの。「あなたがいるから私がいる」。「私がいるからあなたがいる」ではないのである。そして、ウブントゥはLoserを生み出さない。あなたも、彼らも、私も、みなが含まれるinclusiveなもの。

 UNDPがあえて、BoPという言葉ではなく、Inclusive Businessを前面に出しているのは、それへの配慮なのかどうかは、また今度。
[PR]
by africa_class | 2012-11-12 23:46 | 【考】21世紀の国際協力