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カテゴリ:【考】土地争奪・プロサバンナ問題( 93 )

森友問題、プロサバンナ問題を考える>アーレント「悪の凡庸さ」とグラス「玉ねぎ」を糸口に

森友学園問題によって明るみになった、現政権が着々と築いていた構造の問題。これを、現代アフリカ政治学から読み解く作業の続きですが、一旦休憩。今日発刊された『世界』の最新号「モザンビークで何が起きているのかーーJICA事業『プロサバンナ』への農民の異議と抵抗」に書いたこと、紙幅の関係で削らなければならなかったことを含めて、別の角度から考えてみたいと思います。

『世界』の記事は、次の小農リーダーの発言から始まります。
「JICAによる介入により、肉と骨にまで刻み込まれるような傷を毎日感じています」。
「JICAに伝えます。私たちは、もう秘密を知ってしまいました」。

(2016年11月28日、院内集会でのモザンビークの小農リーダー)。

私は、『世界』編集部から依頼をもらった時に、かつてノーベル文学賞作家ギュンター・グラスが『玉ねぎの皮をむきながら』で行ったように、この「秘密」を玉ねぎの皮を一枚ずつむくように迫っていこうと思いました。

そして、玉ねぎをむき続けて最後に残った芯の部分。
グラスにとってのそれは、「ナチスの親衛隊であった」という封印してきた過去でした。

では、モザンビーク小農が「知ってしまった秘密」という、今私たちの手元にある「玉ねぎ」の芯にあるものは何だったのか?・・・それが『世界』記事の文字数を超えてしまったところで少し書いたことであり、このブログで最後に紹介するものです。


なお、この作業で参考にするのは、ハンナ・アーレントの『全体主義の起原』とアイヒマン裁判に関する一連の論考です。キーワードを先に紹介しておきます。

「匿名による支配」
そして、「悪の凡庸さ/陳腐さ/平凡さ」
最後には、それは一人ひとりの人間としての特質の放棄ー「思考停止」ーの問題に。
(が、今農繁期でして、太陽が出ているために、誤字脱字多しのまま、見直しもないまままたしても掲載することをお許し下さい。)

さて、まずは森友学園問題から。
国会で森友学園問題が追求され始めた今年2月から3月にかけて、政府側の答弁に立たされ続けたのは、現在の財務省理財局長でした。しかし、学園に小学校建設用地買収の許可を与えたのは、前の理財局長(現国税庁長官)とされていたわけですが、現理財局長は繰り返し「前任者に確認する必要はない」「記録は破棄された」と壊れた機械のように言い続けていました。

この「前任者と資料隠し」は、なかなか面白い現象だと思って、見ていました。
(勿論、面白がっている場合ではないのですが…)

結局、当の前理財局長が国会に出てきたのは、籠池理事長の「証人喚問」後で、しかも「参考人招致」に留まり、核心に触れる発言は一切なし。この前局長は、安倍首相の「お膝元」山口県の出身で、このポスト(理財局長)で直々に首相に面談は珍しいといわれる中、何度も官邸を訪れており、大抜擢人事として現職についたのでした。

前の投稿では、これを「ネポティズム/縁故主義」として紹介しました。ガバナンスの問題に直結する大問題ではあるのですが、事態はもっと深刻だと考えられます。

この政権下では、過去の自民党政権下においても、やられてこなかった「介入」と「人事」の問題が、繰り返し指摘されています。

特に、「独立性・公平性」を重視しなければならない、国家と社会、国民に大きな影響を与える機関ーー日本銀行、NHK、最高裁裁判所ーーの人事に、政権側はあからさまな介入を行い、「お友達人事」がされてきました。そして、その効果は絶大なものでした。

なお、ナチス・ドイツにおいても、中央銀行と裁判所人事への介入、政府メディアの掌握は、民主主義・民主的統治を壊し、独裁・全体主義を生み出す上でなくてはならないステップでした。かつて、「ナチスに学びたい」といった閣僚がいましたが、しっかり手順が踏まれているようにも見えます。

1945年に敗戦によってナチス・ドイツや軍国日本の体制が崩壊してから70年が経過しました。私たちは、21世紀という新しい時代を生きるはずだったのに、少なくとも日本で起きていることは、戦前戦中の日本で起きたことやドイツで起きたことと似通ってきました。これは、一体どういうことでしょうか?

これを、皆さんと今後も一緒に考えていきたいと思っています。

今回は、その第一段階ということで、アーレントを手がかりに考えましょう。
さて、『全体主義の起原』から。
この本の第二部では、帝国主義時代における支配が、政治や法律による公的なプロセスを経てなされた決定を通じた統治(ガバンナンス)ではなく、次々に出されていく法令、そして「匿名性を帯びた役所や官僚による統治/支配」になっていったプロセスが描き出されます。

この「匿名性を帯びた役所や官僚による統治/支配」がミソです。

私は、2012年夏に、モザンビーク小農運動の要請を受けて、日本の援助「プロサバンナ事業」の問題に関わるようになって、本当に沢山のことを学ばせてもらってきました。その後、長い闘病生活に入ったために、なかなか色々できないままでしたが、いつかこのプロセスで学んでいることを、事業そのものの問題だけでなく、それを超えて、事業が問題を生み出す構造や意識を含めて考察したいと考えてきました。

テーマとしては、「開発援助にみるコロニアリズム/ポストコロニアリズム」など様々にあるのですが、いつかまとめられる日がくればと思っています。で、2014年春頃だったでしょうか、外務省とJICAから、プロサバンナの意見交換会(2013年1月より、2ヶ月に一度開催)の公開記録から個人名を削除してほしい(でなければ開催しない)・・・との要請がNGOによせられてきたときに、アーレントのこの指摘について考えるようになりました。

なぜ、外務省とJICAは、国際協力事業の話し合いの記録から、個々人の名前を削除したいのか?
そのことによって得られることは何なのか?
そのことによって失われることは何なのか?
・・・そのようなこと考え始めました。

勿論、政府の側からは、「ざっくばらんに話したい」との理由も申し添えられました。しかし、本音は、「自分の発言に責任を持ちたくない」、「自分のものだと分かる形で記録に残したくない」ということであろうと、誰もが思うでしょう。その意味で、この援助事業が問題案件である、あるいは記録に残ると問題化するような発言をする意図がある、と言っているようなものなので、それはそれは重要な論点ではあります。が、私は、この「匿名性の主張」の問題の根っこは、もっとずっと深いように感じていました。

病気の間中、なかなかまとめて書けるには至らなかったので、原稿依頼がきたときに、なんとかこの部分を含める形で書けないかな、と。残念ながら、紙幅の関係から削る必要があったので、このブログでは、少し考えたことを書いておこうと思います。

外務省やJICAの担当者が「匿名性」を求めた背景には、そこにはアーレントがアイヒマン裁判で指摘した「自分の決定ではない」、あるいは「たまたまこの担当をさせられているだけ」で、「職務を遂行しているだけ」であり、「個人の責任を負わされたらたまらない」、との意識があったと思われます。

今、安倍昭恵さんをめぐり、「公人」と「私人」の議論がありますが、多くの官僚や独立行政法人の職員は、同じように「切り離し可能なもの」として使い分けているかと思います。しかし、アーレントは「なぜ私たちはガス室にあれほど多くの人びとを送り込み続けたのか」を考えるプロセスの中で、「自分」とは何か、「人間」とは何か、「責任」とは何かを追求していきます。

そして、結論を先に述べてしまうと、「立場で切り分けられない自分という一人の人間がいる。職務であろうとなかろうと、それをやるということは、自分がやったことであり、その責任は自分にある」と考えるようになります。(後で詳しく説明します)

なお、私は、JICAでプロサバンナに関わった人たちの、「他者を助けたい」と考えた純粋な想いを否定しません。国際協力を志してJICAの一員となった多くの人達が、素晴らしい善意に溢れる人達であることを良く知っています。多くの教え子もまた、そうやってJICAの一員となっていきました。

(なお、「他者を助ける」という物言いの根っこの問題性[主権の侵害]については、別の機会に書きたいと思います。)

しかし、この政権以降のJICAは、国家・政府・政権の一翼としてシステムの中に組み込まれる形で「開発援助/国際協力」を進めており、かつて組織としても一人ひとりの職員、あるいは各部門がもっていた(もとうとしていた)、主体性・自主性・多様性・倫理観といったものを、失っていったように思います。

多くのJICAの関係者はこう言いました。
「止められるのであれば、とっくに止めている」。「政治案件です」「少しでも皆さんがおっしゃるようなものにするため、努力しています」と。

その想いを否定しているわけではありません。
しかし、そう言いながら、2012年末から現在までの4年半の間にやられていたことが何であったのか、知ってしまった今、やはり、これに関わった一人ひとりの皆さんにはしっかり考えてほしいと思いますし、それぞれの責任が問われなければならないと思っています。そして、「何があったのか」については、『世界』に詳しく書きました。

大半のことが明らかになった今、JICAの皆さんが「純粋な気持ち」を強調しながら、裏でやっていたことの矛盾を、この事業という狭い視点からではなく、歴史的経験を踏まえて、より大きな構造から捉えようとしてみたいと思います。それは、日本の開発援助、(半)行政組織、働く一人ひとりが抱えている構造的課題を、炙り出してくれる可能性を秘めている作業だと考えています。つまり、日本の国家と社会、国民一人ひとりの「今」の一端を浮かび上がらしてくれるのではないか、と。

アーレントの分析を続けます。
彼女は、この「官僚制による支配」を「誰でもない者による支配」と呼ぶようになりました。
「匿名性」の影に隠れて、しかし国家や社会、人びとに決定的な意思決定が日常的に恒常的にされ続ける統治のあり方は、一見「支配」だとは見えません。官僚など当の本人たちも、よもや自分と自分の業務が、ある種決定的な意味や結果をもたらすことに繋がる何かを直接やっているとは思わないし、ましてやそれを「支配」だとは思わないでしょう。

だからこそ、大きな方向性さえ決まってしまえば、粛々と物事が進められていく。その際には、個々人の葛藤や矛盾は呑み込まれていき、これを自らの問題として考えず、責任をとる必要もないと考える「誰でもない」「匿名者」が「職務」としてせっせと方向性の維持に献身していった結果として、大きな力をもって破壊が構造的に生み出されていきます。

これを、アーレントは、ドイツが「反ユダヤ主義」を経て「帝国主義的膨張」に向かい、「全体主義」を構築するプロセスを第一部から第二部、第三部という手順で、丁寧に描いているのですが、ここはややこしいので省きます。

ただしキーワードだけ、今後使う可能性が高いので、取り出しておきます。
対外膨張主義が真理であるという思考
+人種主義(選民意識と排除の意識)
+官僚制(意思決定の匿名性)
=すべてが必然(宿命)として捉えられる(「この道しかない」)

つまり、「必然/宿命性を帯びた方向性」を与えられた「誰でもない者」が、せっせと行う日々業務によって、全体主義体制が支えられるという主張です。そして、アーレントの思想の肝であると考えられる点としては、「人間の無意味化」という考えがあります。

つまり、多数の命を扱うような重要で破壊的な政策や事業にたずさわっているにもかかわらず、その遂行者(官僚やその他)による個別のアクションや判断、責任は、当人自身によって「無意味なもの」と捉えられているため、罪悪感や抵抗感を持つことなしに、進められるという話です。つまり、「誰でもない者」が「意味をもたない(決定しているわけではないと考えられる)作業」を通じて、自己と他者を「無意味化」していくプロセスを、「誰でもない者による支配」として示したのです。

これが、「独裁」や「専制」と、全体主義が異なる点です。
今話題の「忖度」にも繋がる点ですが、真実を霧の中にしてしまう問題があるので、これをもっと、ではそのように「忖度」に敏感に反応してしまう個々人の官僚の構造的・個別的問題はどこにあるのか・・・まで、考えているのがアーレントの特徴です。

そして、官僚の「忖度」の大前提として、社会の中で「群衆化」される個々人の存在がいる。さらには、その政策的被害にあう人びと(例えば、沖縄の反基地運動で座り込んでいた人びと)もまた「無意味化」されます。

アーレントは、「強制収容所のなかでの人間の無用化」と「世界の中で現代大衆が味わう自己の無用性」が、関連しあって展開していったのが、この全体主義の特徴だったといいます。そして、全体主義は、犠牲者側の人格だけでなくシステムの中で加害を行う側の道徳的人格も破壊する。ガス室や粛正は忘却のシステムに組み込まれ、死も記憶も行為も、無名で無意味化する。

そして生じたのは、善悪の区別の崩壊でした。

個々の人間の特性や自発性はないものとされ、人間そのものを全体的に支配すること、そのためシステムでもって人間を作り替えていこうとすることが、全体主義の特徴であり、これが独裁や専制とは異なっていた点として明示されます。(この論点は、今の日本にあてはまるのでまた今度。)

体制が制御できない個人の多様性や自発性、つまり「人間の複数性」は「悪」とされ、具体的な「NO」あるいは抵抗の声や運動は、「悪」として叩き潰されるだけでなく、生まれてくる前に抹消されるべきものとして、「余計な者」(存在してはならない者)とされていくといいます。そして、ユダヤ人、ロマの人びと、障害者、野党の人達が殺されていきました。

この本の後に、『エルサレムのアイヒマン』がNYTで連載されます。
アドルフ・アイヒマンは、ナチ親衛隊かつ「ユダヤ問題」の専門家として注目され出世し、秘密警察のユダヤ人部門の担当者を経て、占領地のユダヤ人の強制収容の移送指揮をとっていました。戦後、アルゼンチンに逃れたが、イスラエルに捕まり、1961年にエルサレムでの裁判が開始します。

アイヒマンは、繰り返し官僚用語を使って、自分の意志でやったことではない。決めたのは自分より偉い人達である。したがって、自分には責任がないと言い続け、彼個人の責任を認めようとはしませんでした。この言い訳は世界中から侮蔑され、罵倒されました。多くは、アイヒマンやその他のナチの指導者や関係者が、サディスト的狂人や怪物であると考え、極刑を与え、罰することを求めました。ただ、アーレントは違いました。それでは本当の悪が炙り出せないと考えたのです。

アイヒマンが「偉い人たちが決めたことを遂行するだけの自分には罪がない」と主張し続けたことを受けて、「必然的な義務」としてなされたとき、「悪は悪として感じられなくなる」・・・それこそが「人類最大の悪だ」と説いたのです。

彼女はさらに思考を深め、アイヒマンのような人びとが「命令に服従しただけ」と語り続けることに対して、「服従ではなく、命令を支持した」と言うべきだと主張します。そうでわければ、「人間という存在」に備わってきた、「思考する(できる)主体」としての特質、尊厳と名誉が取り戻せないーーつまり、自ら「無用化」してしまうことになり、人間性を放棄することになるーーと主張しました。

また、役人が自らを「歯車」と位置づけ、実際にそうだったとしても、結局その罪が裁かれる際には、「一人の人間」としてである現実も突きつけました。

そして、「仕方なかった」「職務を離れなかったのは悪い事態を避けるため」「留まることで、より責任を引き受けた」との主張に対して、これは「不参加・非協力の可能性の放棄」であったと断定します。

そして、ホロコーストのような「世界最悪の悪」を生み出した根底には、一人ひとりの思考停止状態(自己なる対話の不在)による、「体制への支持・協力」があったと結論づけたのです。

この厳しい追及が向けられた先は、何も「官僚」だけではありませんでした。
ただ何もしなかった、そして抵抗しなかったすべての人に向けられたのです。


以上、では私たちの「玉ねぎ」の芯に残ったものは何か?

おそらく個別には、あえてここで書く必要はないと思います。
それはなにもJICA関係者に限ることではなく、私たち国民の一人ひとりもまた、これに連なります。

そして、強調したいのは、モザンビークで起きたことは、沖縄で今起きていることと同時代性を有しているということです。

沖縄で起きたこと。
「軍属(元海兵隊隊員)」による性暴力と殺害を受けて「治安維持のため」と称して全国から沖縄に送り込まれたマスクと匿名性の影に隠れた機動隊員による反基地建設への反対運動への暴力的弾圧。
地域社会に「賛成派」を創り出すために投じられた巨額の税金。
「賛成派」を取り上げる御用番組の制作。
これらを命じる人達は遠くにいて、手を汚さない。

そして、これが可能な背景には、日本政府と沖縄の圧倒的非対称的な関係があります。
暴力的に併合された過去。
そして、本土決戦の犠牲になった沖縄。

日本の政府やJICAの「国際協力」が、構造上、決して水平的な関係ではなく、垂直的な関係で行われるように。
そして、決定的な関係の非対称性に、資金が伴うことによって生み出される権力性・暴力性に、私たちはどの程度自覚的であり得るでしょうか?

この構造の中で、何重にも客体化され、国家暴力の直接の対象となる沖縄やモザンビークで抵抗する人びと。自ら思考したからこそ、抵抗を決め、立ち上がる人びとを、全体主義はもっとも嫌います。その主体性、自主性、複数性、個別性こそが、全体主義や「誰でもない者の支配」を揺るがすからです。何より、「日々の業務が前に進まない」ことは、官僚的支配の最大の「悪」ですから。

しかし、責任をJICAだけに押し付けてもいけない。これは日本の現政権の姿を表すとともに、無関心を決め込む私たち日本の社会、国民の姿をも表しているといえます。たった1週間の滞在で見破った小農の一言があまりに重いです。

「申し訳ないが、言わせて下さい。JICAがモザンビーク国民を傷つけているとすれば、それは日本国民がそうしているのです」

小農はもう十二分に頑張りました。沖縄の人びとがそうであるように。
本当の課題は、私たちの国家と社会にあるのです。
ボールは私たちにこそあるのです。
詳しくは、『世界』を読んで下さい。
https://www.iwanami.co.jp/book/b286018.html

あるいは、NGOや市民の皆さんの渾身の情報箱を
http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy/prosavana-jbm.html
http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/ProSAVANA/
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/
https://www.facebook.com/%E3%83%A2%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%AF%E5%B0%8F%E8%BE%B2%E5%BF%9C%E6%8F%B4%E5%9B%A3-1060343997409346/?hc_ref=PAGES_TIMELINE

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by africa_class | 2017-04-09 00:32 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題

【記録】ボラス教授講演会「グローバル化における社会正義と研究者」

世界最先端の研究動向をまとめた上に、今後の日本の学術界・社会活動においても、とても貴重な講演だったと思ったので、当日の講演部分の記録をほぼ逐語でまとめました。(*一部分かりづらいところはPPTのテキストで補足しました)

質疑応答部分もかなり重要な点があったのですが、それは写真や地図などのアップを含める形で4月下旬にバージョンアップします。やはりライブで参加するに越したことはないほど、エネルギー溢れる講演会でしたが、是非以下を読むことで少しだけ追体験して頂ければ。

ここで紹介されている研究蓄積や動向について知りたい、学びたい人は、Journal of Peasants Studies (http://www.tandfonline.com/loi/fjps20#.VvqdBnB5mC4)のサイトを覗いてみて下さい。多くの論文がフリーで読めます。後は、次の投稿で紹介する「Activist-Scholar養成講座」に関する案内をご覧下さい。


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講演記録
サルトルニーノ・ジュン・ボラス教授講演会
「グローバル化における社会正義と研究者〜南と南、南と北、運動と研究を繋ぎ続けて」


日時:2016年2月20日(土)13 ~15時
場所:東京大学駒場キャンパス
主催:
•「有機農業とコミュニティの深化」(科研代表:中西徹、科学研究費補助金・基盤研究(B))
•「グローバル土地収奪下における持続可能な地域発展のためのアフリカ小農主体の国際共同調査研究」プロジェクト(代表者:大林稔、助成:トヨタ財団研究助成プログラム)
共催:
モザンビーク開発を考える市民の会、国際開発学会社会連携委員会
式次第:
(1) 趣旨説明  受田宏之(東京大学准教授)
(2) 講演 サトゥルニーノ・ジュン・ボラス(ISS教授)
(3) ディスカッサント 
清水奈名子(宇都宮大学准教授 / 日本平和学会理事 / 福島原発震災に関する研究フォーラム・メンバー)
舩田クラーセンさやか(明治学院大学国際平和研究所研究員 / 元東京外国語大学准教授)
(4) オープンディスカッション

【講義記録】
土地取引のポリティックスと農をめぐる関係性の変容(agrarian change)のダイナミックス:
背景から探求の核心へ、様々な結び付きを捉える
社会正義を志向する活動家=研究者(Activist-Scholar)に向けて

1. 活動家=研究者の挑戦(Activist-Academic Challenges)
本日の議論の大半は、今日の学術調査と活動のあり方をどのように考え直すべきかについてのものである。両者を時に切り離し、時に一体として話をしたい。
 
これらの議論は、過去20年ほどの現地調査に基づいている。その多くがアジア地域、特にフィリピン、インドネシア、ベトナムであり、最近はこれにカンボジアとビルマが加わる。また、最近では、中国南部での調査や国境周辺の地域も研究している。国境を超えた活動が、政治経済や環境にどのような影響を与えるかに焦点をあてている。
 
この他、アフリカでも長年にわたり現地調査を行ってきた。例えば、マリ、ジンバブエ、南ア、ナミビア、モザンビークである。(モザンビーク北部の)プロサバンナに関する調査はやっていないが、これは皆さんにお任せしたい。他方、モザンビーク南部のガザ州で行われていた砂糖プランテーションの事業ProCanaについては調査している。また、南米については、ブラジルとコロンビアで長年調査をしている。

昨今の私の関心は、トランスナショナルな農民運動(Transnational Agrarian Movements)に関するものでもあり、彼らがいる場所に私も出掛けて行き調査をしている。

本講演の主なメッセージは、二つある。

①広い意味での政治経済(環境政策も含む)が相互に結びつき合いながら、絡み合い、収斂していく場を、特定の土地取引の事例の文脈(背景)として扱うだけでなく、「調査 /分析の主要な中身」とも位置づけ直すことにより、システマティックな調査研究イニシアティブを遂行することが重要である。

②そのことによって、土地志向の資本蓄積過程の特徴と軌跡の包括的な理解が可能となるだけでなく、これらの動きを規制したり、貧しい人たちの資源コントロールの権利を彼らの状況に応じて守ったり、促進したり、回復することを試みるのである。

これらを踏まえ、以下の点を再考することは、活動家=研究者が行うべき研究や活動に対し、深い示唆を投げかけるだろう。

(i) 気候の正義、農地 / 農民の正義、食の正義、労働の正義、アドボカシー活動といったセクターを超えた収斂に向けて:これらのセクターはそれぞれに重要でエキサイティングであるものの、セクター相互の関係性を研究するとすればどうなるのか?

(ii) より幅広く、より複合的で、かつより多階級で多元的なアイデンティティからなる政治と政治的連携に向けて:状況への対応の中で、社会正義を求める多元的な前線が形成されつつある。

(iii) より幅広く、より複合的で、かつ多元的なアイデンティティの政治と政治的連携に向けて:状況への対応の中で、社会正義を求める多元的な前線が現在形成されつつある。

(iv) 半球間の分断 (南北 / 南南)を超え、より大きな国際的なアジェンダとアクションのためのプラットフォームづくりに向けて:従来の南北、南南という言葉や関係にとらわれず、これを再考すべき時がきている。この理由は、現在世界大で見られる質的変化によるものである。

(v) これらの課題についてのより大胆に政治化され歴史化された見方に向けて:もっと政治
化され歴史化された見方が必要である。

(vi) 客観的・主観的でラディカルな活動とプログレッシブな学術サークルに向けて:客観主義者と主観主義者は互いにアレルギーがあるもしれないが、主観的なラディカル活動家であるか、あるいはプログレッシブな学術サークルの所属者であるかは重要ではない。それぞれ異なる闘いを行いながらも、客観的アライアンを構築できるはずだ。意識すれば、協働できるはずだ。

2. ランドグラブ(土地収奪)について

2.1. ランドグラブ研究に関する2つの潮流
現在の「ランドグラブ」について科学的な意味で語るのであれば、それは2008-2009年に現れた。以来、活動=研究の場においては、大きくいって2つの潮流が出てきた。まずは、「第一波(何が起こっているのか知ろうとする)」は2009年から2010年のものであり、訳が分からないものを知ろうとする時代として位置づけられる。これに尽力したのは研究者よりもNGOであった。彼らは、何が起こり始めているのか、誰が何をやっているのか、誰が土地を失っているのか、事実は何なのかについて把握しようとした。そして、これは戦略的に重要な役割を果たした。また、研究アジェンダ全体の枠組みを問い直すことに役立った。これらは主としてメディアによる報道、NGOによるレポートによってなされた。ただし、これは短い期間の潮流に留まった。

次の段階の「第二波(理解を深める)」は、何が起こっているのかの向こう側について我々自身が考えさせられる中から出てきたものである。ランドグラブが起きているとしたら、それはなぜ問題なのかという問いである。例えば、韓国企業がマダガスカルで130万ヘクタールの土地を取得しようとしたら、何が問題なのかという問いである。土地取引がもたらす影響(示唆)はその国にとってどのようなものなのか?土地だけでなく、労働関係、暮らし、環境に対する影響と示唆は?この土地取引は、駄目なことか、良いことなのか?それらは逃れ難いことなのか?これらの問いを、個別のケースに関する調査研究を深めることで検討していった。

ランドグラブ研究の科学的な調査の成果はこの「第二波」に集中しており、我々の理解を深めることに役立った。特に、今日のグローバルな水、土地、森の収奪——つまり、「資源(リソース)ラッシュ」——の特徴を理解する試みに貢献した。これらは、ケーススタディ志向のリサーチであり、現在でもランドグラブに関する調査の中では圧倒的多数を占める。その多くが、国別、テーマ別に行われているものであり、例えば土地取引が労働関係やジェンダー関係の変化にどのような役割を果たしているのかなどである。あるいは、企業活動に注目した出版活動もなされ、何が起こっているのかの理解が深まった。

2.2. 空想ではなく現実に起きている現象としてのランドグラブ
しかし、全ての土地取引計画がそれらを推し進めていた人たちの構想通りの方向にいったわけではなかったという点は重要である。そして、このような推進者が必ずしも最初のレッテ張り(「悪者」)通りであった訳ではなかった。当初の推測が必ずしも正しかったわけではなく、これらの投資を歓迎したコミュニティがあったことも事実である。しかし、もちろん肯定的な結果がなかったことも多かった。ここで言いたいことは、最初の推測とは異なって(土地取引の)結果は多様であるという点である。

ところが、科学的な調査を経てはっきりしたのは、世界的なランドグラブ現象は空想の産物などではなく、現実に起こっていることであったという点に確証が得られたのである。ランドグラブはNGOや活動家がでっち上げたものなどではなく、実際に起こっている現象であり、想像以上に多くの人びとに異なる、しかし深い影響を及ぼす一方で、人びと同士、社会同士を、国境を超えて繋ぎ合っているのである。我々それぞれの場で生じている出来事同士が、互いに繋がっている時代に生きているのである。

3. ランドグラブの典型事例

3.1. カンボジアでの2万ヘクタールの土地の収奪
これを示すために、2010年にカンボジアで行った調査を紹介する。これは、カンポンシュガーハウス社が住民から摂取した2万ヘクタールの土地の一部。

この企業はフン・セン首相のもので、タイからの投資によって運営され、ヨーロッパの消費者のための甘味剤用にサトウキビのプランテーション栽培が行われるようになった。ヨーロッパから特恵待遇を受けている。土地の取得にあたっては、最初は20haだけが対象とされ、「この土地は空き地であり、かつ耕作可能」と言われていたという。

3.2. ランドグラブの典型的なナラティブ
ランドグラブを巡っては、いつもこのようなナラティブ(話)がついてくる。

「今日の世界には複合的な危機があるが心配しなくていい。なぜなら、これらをすべてを解決する手法があるからだ。その解決策とは、空き地、未耕作地、未開地、耕作限界地(empty, under utilized, under used and available marginal land)があるのだから」。

世界銀行は洗練された計算を行い、世界で最低でも4億450万ヘクタールの耕作限界地の利用が可能であると宣言した。森林面積や人口密度を変数に加えると、17億ヘクタールまでその面積を増やすことができると述べている。つまり、現在の全世界の耕地面積が15億ヘクタールであることを念頭におくと、 その気になれば耕地面積を二倍に増やせるということである。万一これらの土地を使っても問題はないし、住民移転も気にしなくていい。なぜならこれらは耕作可能地である以上、使う者が土地を奪っても大丈夫である。このような言説が、グローバルな土地収奪の背景にはある。

3.3. カンボジアで実際に起きたこと
2万ヘクタールは空き地だと称して、ブルドーザーがきた。しかし、その土地には実際には農地が広がり、村があり、千人以上の住民が暮らしていた。これを、全部ブルドーザーが潰していった。

しかし、政府や企業は「法的には問題なし」という。行政上は、ここに住民がいないことになっているからである。だから、住民が築いたものはすべて焼かれ、破壊される結果となった。人びとは補償もないままに、土地から追い出された。なぜなら、政府から見ると彼らは法的な権利を持たない者、違法居住者とされているからである。
今このような現象が全世界的に起きている。このような工業化、近代化されたサトウキビのプランテーションによって、住民の所有関係、暮らし、労働のすべてが変容してしまった。

4. ランドグラブ研究の「第三波」と相互作用

4.1. 現在生じている「第三波」
土地取引と農地/農民研究に新しい世代の調査研究が生まれつつある。ここでは、特定の土地取引や国別研究を超えて、非常に重要な問いが検討されている。つまり、これらの動態の相互作用、絡み合い、収斂、流出、縺れ合い、相互連結(interaction, intertwining, convergence,spill-over, entanglement, interconnection)に関するものである。
おそらく、The Journal of Peasants Studies(小農研究ジャーナル)の「グリーン・グラビング(green grabbing)」に関する最新号は、この新しい研究傾向の草分け的な役割を果たすことになるであろう。

4.2. 5通りの相互作用の紹介
次の5通りの相互作用が特定できる。

① 空間的Spatial
② 政治経済的Political-economic
③ 政治生態学的Political-ecological
④ 構造的・組織的Institutional
⑤ 時間的Temporal

しかし、これらは互いにオーバーラップするものである。実証的にそのもつれ状態を示すのは難しいが、理論的アプローチとして試みてみたい。

5.空間的相互作用とは?

5.1. オーバーラップする土地への関心
ランドラッシュの原因として、アグリビジネス投資や農業生産に焦点を当てることは人気の手法であるが、実際には巨大な面積の土地取引は水力発電や二酸化炭素排出権をめぐる工業的な森林プランテーションが行っていることが多い。昔からある森林地帯を激変させているのは、工業的な植林プランテーションの方であり、これこそが食料生産や農業生産による収奪よりもランドスケープ(景観)の変化を生じさせている。また、露天掘り方式の鉱物資源開発も同様である。さらに、気候変動の緩和と適応(climate change mitigation and adaptation)の言説は、土地に誘引力を与える結果、そのコントロールを不可欠とした。

その結果、それが気候変動の緩和策であろうと、農業・食料生産であろうとも、工業的植林プランテーションの拡大であろうとも、いずれも「同じ土地/テリトリー」について述べることになる。まさに、「同じ土地への関心」が喚起され、オーバーラップするのである。

5.2. 事例(カンボジア・ビルマの地図)
これは、カンボジアのNGO・LICADROによる大変興味深い地図である。
これ(左図)を見れば分かるように、多様な業種の異なる投資家が、同じ土地を目指してやってきて、互いに隣に分け合う形で利用している状態が分かる。

これ(右図)はビルマ南部の森林地域の地図。しかし、「フリーゾーン(zona livre)」として政府に認識され、誰でも希望する主体に土地のコンセッションが与えられた。その結果、大体がゴムの植林あるいは油ヤシのプランテーションに変貌した。この地域を車で通り抜けるには1日かかるが、行けども行けども、これらのプランテーションしか見えない状態になっている。

これらの事業は、ビルマ軍関係の企業とマレーシアや中国の企業とが結びつき合いながら進めている。さらに、この広大なる土地摂取は、気候変動の緩和策と森林保護の一環としてなされているのである。

5.3. 土地を分け合う異なる利害者
当初、同じ土地をターゲットにしている以上、これらの異なる目的を持った利害者らは、土地のコンセッションを争っているに違いないと考えられていた。しかし、現地での科学的な調査によって明らかになったのは、土地の競争や奪い合いではなく、交渉し分け合っているという事実であった。つまり、彼らは彼ら同士でどのように上手くやればいいか分かっているのである。
ビルマ南部の地図には既に新しいものが出ており、大きな環境保護組織、アグリビジネス企業、鉱物資源開発企業が、どのように同じ地域を交渉によって分け合ったのかが分かるようになっている。

5.4. 環境保護組織の力の強化
大規模な環境保護組織は力をつけつつある。気候変動の緩和の文脈によって、より力を得るようになっている。先ほど紹介したビルマ南部では、一つの環境保護組織が、実に220万エーカーにも及ぶ森林保護の権利を一事業のために取得した。その結果何が起こるかというと、保護区となった地域に暮らしていた住民を追い出すことになっていくだろう。なぜなら、「住民=森林の破壊者」だという前提(推測)があるという典型的な考え方を、これら組織が持っているからである。しかし、実際は3万ヘクタールの土地への投資家よりも、このように巨大な環境保護組織の方が住民生活にはネガティブな影響を及ぼす可能性が高い。

このように事態はより複雑であり、懸念されなければならない。しかし、環境保護組織が気候変動の緩和といった言説によって力を付けた状態のものと一緒に仕事をしなければならないことは、容易ではない。
ビルマ南部の住民だけでなく、世界中の住民が、このような新しい状況に直面している。つまり、セクター間(気候変動の緩和や環境保護、農業開発)並びに言説が交差し合い、絡み合っているのである。

6. モザンビーク南部ProCANAの事例から見えてくること

6.1. モザンビーク・ProCANAの事例
ここも、空き地で耕作限界地であるが耕作可能の土地としてとして、英国ベースの企業に99年のリースで3万ヘクタールもの土地の権利が与えられた。しかし、実際にはここは空き地などではなく、1万1千人の人びとが暮らしていた。政府にとってはいないことになっている住民であった。さらには、この地域は古代から続く放牧地域であった。

6.2. ランドグラブにおける放牧・移動農耕
ランドグラブにおいては、牧畜民族の地域と移動農耕を営む人びとの地域が主要なターゲットとなっている。その他、高地、手工業的な産業がなされている地域、焼き畑地域である。この際、「貧しい人たちは効果的に資源(土地)を活用できない」との主張によって、貧しい人たちの土地が盗まれ、工業化することで「効果的な活用」が奨励される。さらには、気候変動の緩和や環境保護という名目が加わる形で、「資源(森林)を破壊する」として貧しい人たちから土地が奪われている。

6.3. 土地だけでない水源の収奪
モザンビークのこの事例は典型事例であった。そして何が起こったのか?
企業は3万ブルトーザーですべてを平坦にしてしまった。住民たちは「モザンビークは広いのになぜここなんだ?」という問いを投げかけたが、それには理由がある。これは、決して偶然の出来事ではなかった。
ここには、モザンビークの最も近代的なダムの一つマッシンジール・ダムがある。干ばつが発生しやすい地域であるが、この企業は干ばつ時にもこのダムから優先的に水を得られる権利をもらっていた。しかし、この川の下流には多くの小規模農民が暮らし、農業を営んでいる。つまり、下流の農民の水を犠牲にしてでも、サトウキビプランテーションに水は供給される条件があったのだ。

6.4. 空間利用について
このリンポポ川流域の空間には、1万1千人の住民が暮らしていたが、これらの人たちは戦争からの避難者であり、森に暮らすようになった人びとであった。次に、野生動物保護の事業がきた。それが成功したため、象が増えすぎた。その結果、これら1万1千人の避難者らは森から追い出され、象に空間が与えられた。ここまでは、野生動物保護プログラムでよく起きる話である。以上の結果、住民らは今回話している土地に移住を余儀なくされた。しかし、この土地は、まさに政府がProCANA社に与えたのと同じ土地であり、さらに牧畜民が通う場所であった。さらに、下流には水へのアクセスの小農の問題がある。

つまり、この3万ヘクタールの土地をめぐる話には、戦争、リンポポ川流域の森林・野生動物保護、サトウキビプランテーション投資、牧畜民、ショクエの下流の農民の水の問題が相互に密接に絡み合っていたのである。これらは、沢山の知識を要する話であり、したがってアドボカシー活動を複雑化させる話である。一つのストーリーだけでは包摂できない、相互に絡み合った話である。

7. 今後の研究・活動へのチャレンジ

7.1. 政治的アプローチと枠組みの再考の重要性
以上の事例は、実証的・分析的であるだけでなく、政治的なアプローチが不可欠であることを示している。そして、この現象は世界各地で起きていることであり、政治経済、農業経済、政治環境、政治経済、政治生態学、自然/環境保護などの多様なアプローチを総動員する必要を生じさせている。ここから言える事は、研究と政治的活動の両方をどのような枠組みに入れ直すかについて検討が迫られているという点である。

7.2. 民主的土地ガバナンスへの難しいチャレンジ
とりわけ重要な点は、これらの点が民主的土地ガバナンスに難しいチャレンジを与えているという点である。国家と社会、あるいは社会勢力、社会階級のいずれの合体物が、どの空間を、どのような規範とルールに基づき、どのような機能を求めてコントロールするのか?どのようにして、この資源紛争の解決において、真に貧困者志向の社会正義を伴った結果を保証することができるのか、という問いである。

7.3. 政治経済の相互作用:レーダーの下で
象徴的な事例、つまり研究者や活動家らのレーダーの下に起こっていることに注目しなければならない。多くの調査や活動のターゲットは、1万から4万ヘクタールを超える土地取引、あるいはブルトーザーが実際に動いているモーメントに行われる。多くの場合、巨大企業、特に世界的に知られている企業についての調査をやりたがる傾向にある。そして、それは十分に意味のあることである。

しかし、このロジックでは、資本蓄積が政治経済プロセスのより深く、遠いところまで到達している現実を把握できない。なぜなら、これらの動きは、研究者や活動家のレーダーの下で生じている現象だからである。大企業ではなく、可視化された動きでもなく、そのために嘆願書を出す先すらない。企業に対してETO(Extraterritorial Obligations)を主張することもできない。これらはレーダーの下にあって、不可視化されており、まさに見えないために対応が不可能となっている。これらは、世界中の高地、特に移動農耕の地域で起こっている。

レーダーの下で起きる収奪:ビルマ北部の事例
ビルマ北部のシャン州は、中国と国境を接している。最初は森に囲まれた地域であり、人びとは移動農耕を営んでいたが、数年以内に写真のような状態になった。つまり、ゴムの木のプランテーションが乗っ取った様子である。象徴的な外国の大企業がこれを起こしたわけではない。大規模な土地取引やコンセッションが与えられたわけではない。しかし、数年でこのようにラディカルな変化がもたらされた。一体何が起こったのか?

これらの土地を入手したのは、個人である。ビルマで市民権を持っている人たち。あるいは、ビルマの貧困者だが豊かな中国の親戚をもっている人。起業家的中国人もいる。この起業的中国人は、中国とビルマ政府の二国間合意「ケシ代替産業奨励」事業の一環で、中国政府から補助金を得てゴムのプランテーションを始めた。ケシ栽培以外であれば何をしてもいいという補助金の枠組みに基づいている。

調査の結果分かったプロセスは次の様なものだった。まず一人の中国人がコミュニティに来て、小さな土地(25エーカー)がほしいといってきた。住民は貧しかったから土地を売った。しかも、とんでもない安い価格で。それが繰り返され、結果として200エーカーもの土地を得たところで、ゴムの木を大量に植え始めた。住民らが驚いてそれを止めようとしたら、政府や軍が弾圧してきた。さらには、住民らの圧力をかけて、これまでの移動農耕や焼き畑、放牧などの暮らしのあり方に介入し始め、これらを禁じ始めた。しかし、これらは、住民の暮らしの根幹部分を形成していたために、禁じられた途端に生活が立ち行かなくなってしまった。そのため、残りの土地を同じ中国人に売り渡してしまった。たった1年で、一つの村の2万5千エーカーもの土地がこの中国人のものとなった。

7.4. 国際、調査、活動から遠い場所で起きていること

しかし、これは例外的なことではない。より多くの数の村で同じことが起きており、住民たちに深い、しかし悪い影響を及ぼしている。国際的な規制、自由で事前の十分な情報が与えられた合意形成(FPIC:Free, Prior and Informed Consent)の届かないところで起こっている。活動家が把握できない場所、研究者が興味ない所で起きている。

東南アジア中で、アフリカで、南米でも起きている。例えば、ボリビアのサンタクルースでは、普通のブラジル人が土地を次々に買っている。ウルグアイでも同様。象徴的な大企業ではなく、普通の人びとの購入というプロセスによって住民の土地が奪われていっている。

これらは、学術的な調査、政治的なアドボカシー活動からも遠い場所で起きている。しかし、よく観察すると、これらの動きがいかに根深いところまで社会に影響を及ぼしているかが分かる。

ビルマの事例の話はここで終わらない。なぜなら、村には2万エーカーの共有林があった。しかし、ゴムのプランテーションのため、自分の森を売ってしまったため薪が手に入らず、家も建てたり補修できなくなった。そこで、ついに住民らはコミュニティの森を伐り始め、森を完全に失った。しかし、この森は暴風からコミュニティを守る唯一の手段であった。このように、土地取引によって溢れ出てくる(スピルオーバー)影響も考慮に入れなければならず、研究や活動に多くのチャレンジを与えている。

8. 資本の相互浸透

8.1. 中国南部で生じる多様な資本による土地収奪
世界中で中国はいつも「悪者」として描かれる。しかし、我々の調査により、その中国でも広西自治区(Guangxi)で大規模な土地収奪が進んでいることが分かっている。これは、中国企業や政府だけでなく、外国の企業が関与している。例えば、スウェーデンとフィンランドの合弁企業。インドネシアと台湾の合弁企業などが、工業的植林プランテーションやサトウキビプランテーション事業を展開しているのである。これらの事業は、村の住民との対立を生じさせている。たった10年で信じられない規模にまで拡大した。

これら土地収奪をしている10企業の内6企業は外国のものであるが、内4企業はタイの資本である。つまり、相互作用は一方通行のものではなく、資本蓄積の流れや資源コントロールもまた一方通行ではなく、相互浸透のプロセスであるといえる。資本は、利益が得られるのであればどこでもいく。これは、重要なポイントである。

8.2. 国境を超える一次産品ブームとの相互関係:資本を解釈する
ラテンアメリカで土地収奪の調査をすると、中国や湾岸諸国やヨーロッパの資本ではなく、「超南米企業TLC(Trans-Latino Companies)」とも呼ぶべき姿が浮かび上がってくる。アルゼンチンがブラジル、ブラジルがパラグアイ、チリが、、、、といったダイナミックなプロセスが発生している。つまり、国境を越えた資本蓄積のプロセスが展開されているのである。

伝統的なストーリーに対し、資本こそが自然資源を搾取しているのではないかという挑戦が投げかけられている。これは、活動や調査をする上での重要な視点である。帝国主義諸国やそれらの強国の企業のみではなく、中所得国や企業が重要な役割をしているのである。カンボジアやラオスで土地を集積しているのは、中国ではなくベトナム人なのである。

これらのことは、活動家に困難を投げかける。ベトナム企業の問題にどうやって取り組むのか活動家は分からないからだ。これらの企業には会社のロゴもない。不可視化された活動である以上、どのように取り組むべきか。日本やオランダ企業が投資しているとなればできる活動が、ここでは不可能となる。しかし、これこそが今広がっている現象である。このような状態で、グローバルなガバナンスの原則や道具(透明性、規範、行動原則)は、これらの新しいタイプの投資家やホスト国でどのように機能させうるのか?難しいチャレンジである。

このようなタイプの投資は、日常的な形態の土地集積の大規模な拡散を生じさせている。そして、農村地域に侵入し、農民社会を死なせていっている。このような状況は、古い手法ではあるものの社会正義志向の土地政策、例えば「土地取引の上限を法で定める」ことを必要とする。しかし、これは主流派が最も嫌うものである。

8.3. 労働移動を追跡する
地域内における土地志向の資金フローを追跡することと、セクターや国境を超える多元的な労働移動を追跡することは別々のことである点は重要である。

再び中国南部の広西自治区。近年、中国の内陸部でも労賃が上昇し、中国人はもはやサトウキビの収穫したくない。そのため、8万人のベトナム人が国境を超えてサトウキビを収穫するために季節労働にやって来る。極めて低い賃金で酷い労働環境にもかかわらずである。元々、このような労働形態は、ブラジルで行われていたものである。同国の北東部の貧困者が何万人と毎年移動して農業の季節労働を行い、収穫期が終わると戻って行く。この労働形態が世界の他の地域に拡散しているのである。

9. 「チェーンのチェーン=ウェブ」として捉える:「フレックス・クロップ」

9.1. 「フレックス・クロップ」とは?
ここで強調したいのは点は次の点である。我々が、土地収奪のプロセスや地域資源の持ち出し、資源から派生する利害関係を追いかける時、大抵食料生産やバイオ燃料生産に関心を寄せる。それはそうあるべきある一方で、違うと言わなければならない。なぜなら、現代世界においてこのことを考える際には、関わりの全てを考察しなければならないからである。我々は、これを「フレックス・クロップ(Flex crop)」と呼び、捉えようとしてきた。

伝統的に、企業はフレックスな作物、一次産品の多様な利用方法に関心を寄せてきた。しかし、気候変動の現代という時代において、これは課題と政策が絡み合いながら連携し合い、商業的な意味を持つようになった。これは、技術革新によるものでもある。つまり、フレックスの可能性が広がったのだ。サトウキビは砂糖だけでなくエタノールにもなる。パーム油もい同様で、この典型である。工業的価値の高い食料・餌・燃料(Food, Feed, Fuel) に変貌を遂げたのである。

9.2. 「チェーンのチェーン=バリューウェブ」として捉える
この結果何が生まれたかというと、よくバリューチェーンといわれるが、「チェーンのチェーン(Chain of chains)」つまり「バリューウェブ(網の目、Web)」が生み出されたのである。企業は、その時に食用油の方が価格が高いとなれば、食用油としてパーム油を売る。バイオディーゼルにした方が高いとなればそのようにして売る。これは、活動家にとって難しい課題を投げかける。

例えば、ヨーロッパでパーム油の問題をバイオディーゼル問題としてのみ闘おうとすると困難に直面する。なぜなら、インドネシアは「バイオディーゼルなんてそれほど輸出していない」と反論できるからだ。実際にそうだ。インドネシアから輸入しているパーム油は食用油としてのそれである。それはバイオディーゼルとしての輸入ではないからだ。しかし、食用油として輸入されたものが、一夜のうちにバイオディーゼルに加工されることもある。これを、「バイオディーゼル・コンプレックス」と呼ぶ。

このような事態は、ガバナンスを考える時により複雑になる。活動家が従来型のシングル・チェーンに焦点を当てすぎる現状は、活動に限界を生み出す。チェーンのチェーンに焦点を当てる、つまり「バリューウェブ」として捉える必要がある。

10. 予備的な結論として

10.1. 相互作用を主要分析対象とする:現代世界における資本蓄積の意味・チャレンジ
このような絡み合いは今まで調査されてこなかったわけではないが、背景(文脈)として扱われてきたにすぎない。多くの論文で、これらの点は2、3パラグラフ程度の言及で終わり、すぐにケーススタディが後に続くという形式であった。それはそれで良いのだが、これを調査研究の主要な分析対象と位置づけ直せば、違ったものが見えてくる。つまり、現代世界における資本蓄積の意味とは何か、そしてそれはどのように統治可能なのかという問いが立ち上ってくるのである。それは、研究者であれ、活動家であれ、同様である。

10.2. 資本をど真ん中に置き、関係性を見る
資本は利益が生み出せる場であればどこでもいく。これは単純なことで、資本というものは拡大再生産ができるところがあればそこにいくものなのだ。これまでは、強国・帝国主義国が貧しくガバナンスの弱い国に行くという言説が主流であった。しかし、今起きていることは、相互関係の中で互いが浸透し合う形であらゆる現象が生じているということ。資本(キャピタル)のロジックを使って分析をしなければならない。検討のど真ん中に資本を置き、それをめぐる関係性をみていくことを念頭において分析をする必要に、ますます迫られていくだろう。

10.3. 実現しなかったが変わった社会関係
当初報告されていた巨大土地取引の多くは実現しなかった。マダガスカルでの130万ヘクタールの土地取引も実現しなかった。プロサバンナも同様の部分と未だ分からない部分がある。Procanaの3万ヘクタールの事業はキャンセルされた。なぜなら企業は資金を集められなかったからである。マレーシア企業が行おうとしていたフィリピンでの150万ヘクタールの事業も同様である。

このように実現しなかった土地取引は、現地の社会関係や社会に対して何も変えなかったと言われることもある。しかし、これは事実ではない。ProCanaは事業としてはストップしたが、何も変えなかったわけではない。社会関係を深刻に再構成してしまった。結局、ブルド―ザーは3万ヘクタールを真っ平らにしてしまったのだ。人びとはすでに土地から追い出された。

10.4. 「何も起きていない」ものを統治するチャレンジ

レーダーの下で起きている現象は、何も起こってないようだが、実際には見えないところで何か深いことが起こっている。共存できなかった何かが起こっている。では、このように見えないものをどうやって統治するのか?見えるものであれば統治を試みることができる。だから象徴的なケースというのは何かアクションを起こしうる。一方、外から何も見えないにもかかわらず、深いところで何かが起こっているという時、これをどうやったら統治可能なのか。過去5年の間に起きていることは、複雑で、古くて新しい現象といえる。

10.5. 貧しい人たちのために仕事をするというバイヤス
今重要なのは、厳密で科学的かつ学術的な仕事で、現地の人びとの政治的イニシアティブを支援することに根ざしたもの。世界的現象をどう多様に(再)解釈するかに貢献するだけでは十分ではない。より拡大された社会正義のために世界を変えていこうとする仕事が求められている。勿論、最も簡単なのは、現地調査をして解釈をしてただその成果を出版すること。その出版物が高い引用件数を誇り、10年がんばれば、もう頑張らなくていいポジションが得られる。それは皆がやろうとすることで、ある種容易である。我々は、解釈に留まらず、実際に変化をもたらす仕事をしなければならない。そして、ただ変えるだけでもいけない。変化は、貧しい人たちの持続可能な暮らしをもたらすようなものでなくてはならない。このようなバイヤスを持って調査・活動をすべきと考える。

一方、現地も含め、活動やキャンペーンをするのであれば、十分な理解と知識を得なくてはならない。ただ議論するだけでは足りない。また、学者と活動家は二項対立的な関係で捉えられることが多い。しかし、本来対立関係である必要はなく、もっと相互に妥当性を持ち、接近しなければならない。現在の世界的現象——つまりグローバルなエンクロージャー(土地の囲い込み)ーを解決し、もう一つの世界を実現するには、客観・主観のアライアンスが不可欠である。学者が活動家と話したくないとしても大丈夫。彼らの仕事が活動を下支えすることもある。仲間でなくとも、たとえ敵同士であって。議論の空間とプラットフォームをもっと広げていかなければならない。

11. 最後に

11.1. セクターを超えたアプローチに収斂させる
土地問題活動家であろうと、環境正義活動家であろうと、セクターを超えて収斂させるべき。今は気候変動が切り離せないほど絡み合っている。分離したアプローチは何も達成できない。食料に関する議論もまた気候変動と絡んでくる。これはチャレンジである。

11.2. 複雑化する階級・アイデンティティの政治を乗り越える
複雑な階級、アイデンティティ政治を乗り越える必要がある。労働問題は、土地や農民問題と通常は同じように扱えない。ブラジルの運動は極めて稀なケース。MST(土地なし労働者運動)と労働組合とが一緒に運動を率いるというのは珍しいことである。これは、異なる階級同士の協働である。

このような事例は、伝統的な半球同士の連帯—つまり南北・南南——にも問いを投げかける。日本はかつて貧しい国々に対して「お兄さん、お姉さん」として振る舞った。世界的の課題への贖罪意識があった。連帯に基づいてこれを乗り越えようとした。勿論これは日本の社会の伝統として重要であるが、今の収斂された世界においてはこれでは足りない。なぜなら、あなたの課題は私の課題となったからである。また逆もしかり。あなたがどこの何者であろうとも、インタナーショナルなアジェンダと連動するしかない時代になったのだ。これは、学者であっても活動家であっても同様である。

以上から、冒頭見せた収斂していくべき5点を再度紹介して終わりとしたい。

(i) 気候正義、農地/農民正義、労働正義、アドボカシー活動などの異なるセクターの超越
(ii) より幅広く、より複合的で、かつ多元的なアイデンティティの政治と政治的連携
(iii) 半球間の分断 (南北/南南)を超え、より大きな国際的なアジェンダとアクションのためのプラットフォームづくり
(iv) より大胆に政治化され歴史化された見方の奨励
(v) 客観的・主観的でラディカルな活動とプログレッシブな学術サークル構築
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by africa_class | 2016-03-30 00:23 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題

今世界で「開発」をめぐって起きていること:人びとから奪われる土地・資源・暮らし・命

昨夜、ベルタさんの団体COPINHのNelson Garciaさんが殺されたとの一報が入ってきて、なかなか眠れない一夜となりました。(3/16)

http://www.telesurtv.net/english/news/Another-Member-of-Berta-Caceres-Group-Assassinated-in-Honduras-20160315-0049.html

ただ、オランダのFMOはダム建設への資金を緊急に止める発表を昨日行いました。勿論、未だ安心できません。(3/17)

FMO suspends all activities in Honduras effectiveimmediately

https://www.fmo.nl/k/n1771/news/view/28133/20819/fmo-suspends-all-activities-in-honduras-effective-immediately.html


日本語の署名文があるとATTAC Japanさんに教えてもらいました(多謝!)。どうぞこちらで内容を確認の上ご署名(団体)下さい。

http://www.labornetjp.org/news/2016/1457748899671staff01


日本では話題になることすらない中米の小国ホンジュラスで起きた先住民族の環境・人権活動家の殺害事件。しかし、今この件は、現在開催中の国連人権理事会(UNHRC)でも話題になっているものです。

国連あるいは国連人権理事会では、先住民族の権利が長年にわたって議論されてきて、先住民族に関する合意文書が総会で採択されるほどになっており、現在は「農民と農村労働者の権利」について具体的な条文の内容が議論されているところです。その最中におきた事件とあって、世界的な抗議アクションが様々に繰り広げられているのですが、日本語ではほとんど話題になっていないので、このブログでまず初歩的な情報を共有しておきます。

なお、今回殺害されたホンジュラスのベルタ・カセレス(Berta Cáceres)さんの事件は象徴的な事件ではありますが、実は2002年から現在までのたった14年間で少なくとも千人近くの環境や土地を守る活動家が殺されているのです。しかも、この傾向は強まっています。


TNI(Transnational Institute、在アムステルダムの国際機関)からベルタさんの写真を頂きましたので掲載します。

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TNIなど多くの国際団体が、この件で国際署名を集めています。是非、日本の団体も以下の国際声明に署名団体として参加して下さい。(個人の署名ではなく団体署名を集めています。締切はないそうです)
「International condemnation of the murder of indigenous leader Berta Cáceres in Honduras」
https://www.tni.org/en/article/international-condemnation-of-the-murder-of-indigenous-leader-berta-caceres-in-honduras

TNIは、この分野で大変重要な役割を果たしてきたのですが、日本ではあまり知られていない国際機関かもしれません。"TNI's Mission:TNI envisions a world of peace, equity and democracy on a sustainable planet brought about and sustained by an informed and engaged citizenry." (*今後日本との関係を強化したいそうなので、また別途紹介します。インターンをしたい人[無給]がいたら私に連絡下さい。)また、この分野の重要な国際団体として日本に知られていない団体としては、FIAN Internationalもあります。両団体ともこの分野の国連の動きにかなりコミットしているのですが、これらについてはまた紹介しますね。

さて、この件はホンジュラス、あるいはベルタさんの事件に留まらない、私たちの暮らし・国のあり方(政策・投資・援助・政治)にも直結しているので、5度目の3月11日を迎えたの今、じっくり共に考えて頂ければと思います。まず、英国ガーディアンの記事が一番まとまっているのでそれを紹介します。

==ガーディアン(2016年3月4日)=========

ベルタ・カセレス(Berta Cáceres)はここ10年間に殺された数百人の土地収奪への抗議者の一人となる:2015年は土地を守ろうと闘う環境活動家(その多くが先住民族)が歴史上最も多く殺された年となる。

http://www.theguardian.com/environment/2016/mar/04/berta-caceres-environmental-activists-murdered-global?CMP=twt_gu

ホンジュラスの活動家であるベルタ・カセレスが木曜日に殺された。2002年から少なくとも1000人以上が殺され続けている環境と土地を守ろうとする抗議者の一人として。NGOのグローバル・ウィットネスは、2015年はもっとも殺された人数が多い年になるだろうと公表した。

ベルタ・カセレスを思い出そう。

「私は人権闘士であり、絶対に諦めない」

グローバル・ウィットネスによると、2014年に世界中で週に2名の割合で、鉱山開発・水力発電ダム・違法罰しに関わる紛争で殺人事件があったという。そして、その4分の3が南米で失われた命だった。

グローバル・ウィットネスのビリー・カイテ(Billy Kyte)は次のように述べた。「我々は、土地や天然資源をめぐる収奪合戦の盛り上がりを目の当たりにしている。つまり、より多くの企業が先住民族の暮らす土地を目指してどんどん侵入を続けている。

中でも、ホンジュラスは開発プロジェクトに対して抗議するには、世界で最も危ないところであり、2010年から14年までの4年間で実に101人以上が殺害される結果となった。
==========================

この報告書を書いた国際NGO・Global Witness(グローバル・ウィットネス)は、「紛争ダイヤモンド」「紛争木材」の問題に世界に先駆けて取り組んできた団体で、アフリカ諸国における「資源の呪い」に起因するガバナンス問題などにも積極的に取り組んできました。

そして、2015年に発表された「How Many More?」(後何人殺されたら?)が示した衝撃的なデータは、世界に驚きと懸念を呼び起こしました。つまり、「2014年時点で、少なくとも116人の環境活動家が世界中で殺されており、その数はその年に殺されたジャーナリスト数の二倍であり、その40%が先住民族であった」というものでした。その殺人の多くが遠方のコミュニティで起こっており、ほとんど知られず調査もされないままだといいます。
https://www.globalwitness.org/en/campaigns/environmental-activists/how-many-more/
しかも、2015年はその2014年を超える数になるというのです。
以下、Global Witness 2015の地図。
a0133563_03513604.jpg
同報告書は、殺人だけでなく、所謂「開発」と呼ばれるプロジェクトに抗議をする人たちに対する脅迫・攻撃・犯罪などの暴力や弾圧のグローバルな傾向を分析しています。また、これらの環境・人権活動家らが、「国家の敵」や「テロリスト」として描写され糾弾され、裁判にかけられつつある危惧される傾向についても指摘しています。

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by africa_class | 2016-03-12 03:44 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題

倫理Ethicsと道徳Moralについて、他者に影響を及ぼすことが前提の開発援助から考えてみる。

夏は忙しい。
夏野菜や果実を収穫し、草を刈り、冬野菜を植え、水やりも頻繁に…。
しかも、収穫は同時一斉なので、ジャムにしたり、ソースにしたり、オイルやビネガーに漬けたり、乾燥させたり、しかも化け物のような大きさなので、茎や根っこ等の処理にも困る。そんなところに、息子の学校が始まり、早起きする彼にあわせて(かつドカ食いが戻って)、何度も食べ物を供給し続ける…・となると、何も捗らない。そろそろ仕事もしなければ、ということでバイトの仕事が山のように積み上がる。

が、文句はいえまい。
子どもたちがサッカーに行き、水やりも終わり、猫たちも餌を食べ、薪ストーブが勝手に調理をしているので、先日以下の記事を書いている時に付け加えたかった「倫理Ethics」について、あくまでもメモ書き。

■敗戦直前に燃やされた陸軍資料、そしてマフィゴ代表の死とプロサバンナ。12団体「緊急声明」から考える

http://afriqclass.exblog.jp/21539066/

あえて「道徳Moral」という言葉を使わなかったのは、使ってもいいのだが、個々人について 書いてはいるものの、やはり個々人の集合体である「政府」「JICA」「開発コンサルタント企業」等、それなりのグルーピ ングの中でやっている業務に関する話だから。やってもやらなくてもいい個人の趣味や遊びではなく、集団の仕事としてやっている。

だから、「倫理 Ethics」はどうなっているんですか?
「倫理綱領」はないんですか?…・となる。
何故なら、個々人の「道徳モラル」は最低・最後・最大の砦で あるものの、そこまで行き着く前に組織の倫理綱領というものが明確であれば、防げるものが沢山あるから。

人も組織も過ちを犯す。だから予防のために、あるいは問題が起きてしまった時に問題を拡大・悪化させないための前持ったルールと方策の明文化が不可欠。そして、それをそこに所属する者個人個人が守らなければならない、、、という自覚を持つ必要がある。これは、とっても立派なJICA「環境社会配慮ガイドライン」があるのに、どうしてプロサバンナ事業にみられる不正に満ちた行為が継続するのか…という問いの答えの一つとして重要な論点だと思う。勿論、これほど大規模で強い社会的影響を及ぼすプラン(事業まで想定されていた)作成が前提となっているのにカテゴリがAではなく、Bにされてしまっていたことも関係していないわけではないが、個々人の名前が消された状態で事業が遂行されるに至って、「倫理要綱」の問題に行き当たった。

倫理要綱は、どの組織にあるえわけではない。多くの学術組織は、パワハラ、アカハラ、セクハラの問題に直面して、そして最近ではSTAP細胞やらが起こったために、急ぎでここら辺を整備している。
最も大きな学術グループである、日本学術振興会には、「科学の健全な発展のために-誠実な科学者の心得」というテキストが準備されている。
https://www.jsps.go.jp/j-kousei/rinri.html
実に122頁。
キーワードは、「誠実さ」「健全さ」「公正さ」。
な〜んだ、という感もあるだろうが、具体的に読むと分かりやすい。

このように急ぎ整備されている諸学会の「倫理綱領」。日本国際政治学会(http://jair.or.jp/documents/code_of_ethics.html)にこれを導入するきっかけは、若手からの強い要望があったと聞く。そして、それに横やりを入れた「重鎮」がいたということも。ここに、「倫理要綱」をめぐる政治力学が如実に反映される。

つまり、倫理要綱整備の根っこにあるのは、「パワー」の問題なのである。(1)そのような要綱を整備しない限り、長年にわたって培われてきた可視化されにくい権力構造の中で生じる不正・不公正・人権侵害・ハラスメントを、明文化することで抑止する。そして、(2)問題が顕在化した時にこれに対応する際の指針とする(例えば学会退会要請等の処罰)。

つまり、個々人の「道徳モラル」に頼ることの限界と危険が、明確に認識されている点が重要である。日本のあらゆる場面で、可視化されづらい構造・文化における「パワー」の問題は、組織や個人を腐らせてきたが、近年これが悪化しているように思う。個々人にも、所属組織にも、余裕がなくなってきたからだろうか。ここら辺は深く考察したいところだ。

日本文化人類学会(http://www.jasca.org/onjasca/ethics.html)や日本社会学会(http://www.gakkai.ne.jp/jss/about/ethicalcodes.php)、日本政治学会)には早い段階から「倫理綱領」はある。しかし、援助・開発研究を行う研究者・実務家の集まりである国際開発学会にないのが、大きな疑問である。日本アフリカ学会にないのは、それぞれが属するディシプリンの倫理綱領を使うからだろうか?やっぱり、集合体として持っていた方が良いと思う。評議員を辞任した私が言う事ではないが。これらの学会が、すでに準備していたら、失礼。

もし、日本の研究者同士ですら、このような不可視化された難しさがあったとしたら、開発援助研究、あるいは開発援助の実務においてはいかに?所謂「途上国」と呼ばれる国々で、「専門家」「援助国の研究者」として調査や実務をする側にいるとして、これらを「される側」との関係には、明らかにパワーの問題が生じる。「される側の農民や住民」の場合は、さらにこれに、ローカルなパワーの問題が覆い被さることになる。しかも、日本の援助は、相手国政府を通じて行うものである以上、日本の援助者が「される側の農民や住民」の側に直接与することは構造上よしとされていない。

日本の援助関係者は、しかし、これに無自覚・無頓着なことが多い。「善意」でやっている…という前提だからか、あるいは現地政府関係者としかやっていないからか。外務省に至っては、「援助は政治とは関係ありませんから!」「政治分析の話は個別の援助事業の議論に不要なんです。そういう話を持ち出すことそのものが政治です!」…と仰せになるほど…。ここら辺については、高橋清貴さんのコラムが参考になる。

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会報誌『Trial&Error』

ODA ウォッチ: プロサバンナ事業 第9 回(2014年10月20日)
「政治力学に無垢を装う「開発」の虚構のなかで」
http://www.ngo-jvc.net/jp/perticipate/trialerrorarticle/2014/11/20141113-2.html
JVCさんの以下のサイトには、他の記事や情報も満載。
http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy/prosavana-jbm.html
**********

このような当然として存在する「パワー」の問題を、「見えない、見ないように」している現状こそが、今回のプロサバンナ事業をめぐって延々と起きていることの根っこにあることを、是非これを機会に深く分析し、検討し、話し合い、教訓として将来に活かしてほしいと思う。きっと、そのようなプロセスを経て、よくなるものもあると思う。それが、たとえそれぞれの現在の組織に活かされないとしても(本当は活かしてほしいが、限界があるのも知っている。私とて、外大を本当の意味では変えることができないまま後にした以上)、関わった一人ひとりの「次」に活かされることを切に望んでいる。

なお、多くの場合、「パワー」は持っている側には見えないものだ。また、その把握も解決も、「パワーの構造」がある以上、本当の「公平さ」を実現するには、「持たざる側」の訴えの方にこそ力点を置かねばならない。この「当たり前」が、日本では、人の理解においても、社会や組織の理解に根付いていない。大学のパワハラ・セクハラ事例に関わってみても、実感としてそう思う。だから、「セカンドレイプ」のようなことがずっと起こり続けている。これは、「慰安婦」問題についても同様である。もしかして、私たちの社会は、「弱者の訴え」に対する理解を、以前よりもっとずっと失っているのかもしれない。

原発事故やSTAP細胞の件は、研究者の倫理について世論の注目を喚起したが、「不祥事」への対策の方が先行してしまって、その後それに呼応するだけの制度整備やプラクティスが、学術界を超えて起こっているとは言えないのが、本当に残念だ。

他者に多大な影響を及ぼすことが前提の開発援助において、Ethicsの重要性は今一度注目されていいと思う。

なお、日本の開発援助研究は、しがらみの多いインナーサークルでやられることが多く、とても残念に思う。「レポート」ではなく、学術を標榜する以上、日本文化人類学学会の倫理要綱第9条は参考になると思う。これは、日本の開発援助者にとっても、重要な理解であると思う。

************
9条 (相互批判・相互検証の場の確保)
われわれは、開かれた態度を保持し、相互批判・相互検証の場の確保に努めなければならない。また、他人の研究を妨害してはならない。
*************

相互批判・相互検証なしに、前進なし。
それを封じ込めるような風潮があるのが、嘆かわしい。
日本の大学や研究が、1部を除き、世界的な評価を獲得できない理由は、まさにこの点にある。各種学会内あるいは業界内、つまりムラ、にある「予定調和」を創造的破壊していく若者の到来が望まれて久しい。同時に、そのような若者をWelcomeする度量が、それぞれの組織・重鎮にほしい(倫理要綱整備&遵守を)。

安保関連法案にみられるように、日本国家も末期症状。
声が挙げられるべき場所は国会前だけではない。
新しい風は、日本の学術界にも、その他にも必要とされている。
SEALDsが、日本の大学の先生たちを街角に誘導し、目覚めさせたように。

気骨のある若者、是非。


なお、倫理規定を一括集めているサイト
http://www.geocities.jp/li025960/home/topics/c04.html

ドイツでは、原発を完全に止める結論に至るにあたって、「倫理」は非常に重視された。それは、キリスト教の国だからというだけでもない。ここは、また深めたいと思う。

追伸:
「思考や善行によっては愛は生まれない。思考の全過程を否定することから行為の美が広がり、それがすなわち愛なのである。それがなければ真理の祝福はない」(by Krishnamurti


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by africa_class | 2015-08-13 02:18 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題

敗戦直前に燃やされた陸軍資料、そしてマフィゴ代表の死とプロサバンナ。12団体「緊急声明」から考える

*JICAへのNGOのインタビューで(8月末)、「農民招聘はキャンセルになった」とのことでした。どこかで誰かが頑張ったのでしょうか。その見識と努力に敬意を示したいです。ただ、もっと早く具体的に招聘にうつる前に止めていれば、マフィゴさんも急逝することなどなかったのではないか…と残念でたまりません。(2015年9月2日)

今日、本当は別のことを書きたかったのですが、残念ながら今、私たちの税金を使ってJICA・外務省がモザンビークで行っていることがもたらしている現実が酷すぎて、書かざるを得ません。おそらくそれぞれの組織内部の人も全てを知らされているわけではないと思うので、このブログで書いておきます。

マフィゴ代表の遺族とUNACへの連帯メッセージは以下のサイトで9月10日まで募集中。
https://docs.google.com/forms/d/1c--v5-ruK4VuQBCiFVq_WMKhbNISilVQro_ALLzpxlY/viewform?usp=send_form

少し書きましたが、マフィゴ代表はプロサバンナと無関係に亡くなった訳ではありませんでした。詳細は、昨日発表された、この記事の最後に貼付けさせてもらう外務大臣、JICA理事長宛に緊急声明「プロサバンナ事業における農民の分断と招聘計画の即時中止の要求」をご一読下さい。また、起草者の方にもらったメッセージを貼付けますので、それもあわせてご一読下さい。(末尾)

本当はこの話は、土曜日に以下の記事を書く時に書きたかったことでした。

「プロサバンナの衝撃的な出来のマスタープランを材料として、大学1年生の基礎ゼミをする。」

http://afriqclass.exblog.jp/21527387/
しかし、マフィゴさんを静かに悼みたかったので、今日の今日まで書けませんでした。

関係者の皆さんは、「自分のせいじゃない」と思いたいと思います。でも、本当にそうでしょうか?「組織」のせいですか?「モザンビーク政府」のせいですか?「外務省」のせいですか?「今の政治」のせいですか?「過去のレール」のせいですか?「反対する農民の自業自得」ですか?「他のドナーはもっと酷いことやっている」ですか?「自分たちは精一杯やっている」ですか?「知らなかった」のでしょうか?「関係ない」のでしょうか?本当に?

何度も書きますが、ナチスドイツがホロコーストをやれたのも、日本が戦争に突き進んだのも、一人ひとりが「組織の論理」を「やるべきこと/やってはいけないこと」の倫理よりも優先し、それが束になって推進力になり、破綻するしか止める方法がないところまで自らを導いた結果ではなかったでしょうか。私たちの国は、本当の意味では、自らの植民地支配も戦争も、真の意味での原因追求や検証・考察や総括を行わないまま、1947年に開始した冷戦構造の中の「逆コース」によって、「臭いものに蓋」をしてきました。

例えば、NHKスペシャル「原爆投下 活かされなかった極秘情報」(2011年)
http://www.nhk-ep.com/products/detail/h17419AA
是非視聴下さい。Dailymotionでやっています。
政府・軍がどのように米国の原爆開発や米軍機の接近の情報を隠蔽したり、使わなかったのか、そして敗戦が濃厚になるとどのようにして一切合財の資料を燃やし続けたのか、今のいままで黙っていた皆さんが、90近くになって口を開き始めた。その理由は、また日本が同じような道を歩もうとしているとの危機感からでした。最後の5分で、上司の命令で、彼らの過ちがすべて書かれている資料を燃やし続けたある証言者が言います。
「それが、日本なんです」…そして悲痛な表情でいうのです。
「だから繰り返します」と。

日本の援助もまた、日本政府全体の戦前・戦中・戦後の底辺にある変わらない姿勢・流れの中に位置づけられるのではないか…とある時思うようになったのですが、その疑念を何度も何度も払拭しようとしてきながら、20年経過して、「それが、日本の援助なんです」に行き着きつつあります。沢山の素晴らしい個人の皆さんとの出会いと交流を経て、その方一人ひとりの素晴らしさは脇に置いても、なお、やはり今起きていることが指し示している根本的な問題を軽視も無視もできない気持ちになっています。皆さん自身はどうなのでしょうか?

皆さんは、「人としての生き方」として、納得されているのでしょうか?皆さん方の子どもたちに恥ずかしくない生き方をされているのでしょうか?これまで行って来たことは、皆さんの名で堂々と言えることですか?あるいはお名前が出てくる資料を、胸を張って日の下にさらすことができるでしょうか?あるいは、今日もどこかで部下に黒塗りをさせるのでしょうか?自分の責任を逃れるため?組織を守るため?あるいは、自分は関わらなかったと思いたい?一体、何のためにそんなことに時間と労力を割いているのでしょうか?それも我々の税金です。

そして、それらの資料の一切合切は私たち国民のものです。
皆さんのメモですら、そうなのです。本来は。この国でなければ。

日本が過去から学び(必ずしも悪いことばかりでない)、未来の日本と世界の大人達に、その教訓を引き渡していくために、不可欠なものです。今いろいろあって出来ないとしても、いずれ歴史の検証を受けなければならないものです。それは、時代が変わり、もっと公正なる目線でそれら資料を再検証できるかもしれないし、違った視点で見る事によって隠れていた可能性が発見できるかもしれないからです。

「燃えカスであっても粉々にして、灰になるまで潰せ」
と命令を受けた方の時代、70年前と、今の日本はどれぐらい違っているでしょうか?

さて、今日頂いた、この声明の起草者の想いに耳を傾けて下さい。
そして、じっくり声明を読んで頂ければと思います。

【起草者から】
農民を分断する「農民招聘」計画の問題に対処していたUNAC(全国農民連合)のマフィゴ代表は、テテ州の自宅から問題が起こっていたザンベジ州の現地まで空路、陸路で10数時間かかるところを往復し、二度目に行って協議にあたっていた最中に体調が急に悪くなり、病院に運ばれましたが、同日8月5日に急逝されました。

「小農の父」と慕われて、全国の農民、そしてモザンビーク社会、国際的にも広く尊敬されていたマフィゴさんの突然の死に、悲しみが広がっています。

プロサバンナ事業の問題が、マフィゴさんの心身に負担をかけ無理を強いていたことを考えると、日本の私たちは、悲しみだけでなく、悔しさと、ご家族やモザンビークの人々に申し訳ない気持ちで心が痛む日々です。

マフィゴさんは2013年に二度にわたり来日し、日本政府に農民の意見を尊重した計画にするよう訴え、農民運動の精神を私たちに示してくれました。

そのような状況の中で出された緊急声明です。拡散いただき、一人でも多くの方にこの問題と要求を知っていただければと思います。


【緊急声明】
==============
岸田文雄外務大臣殿
田中明彦JICA理事長殿


【緊急声明】
プロサバンナ事業における
農民の分断と招聘計画の即時中止の要求


2015年8月10日

政府開発援助(ODA)「プロサバンナ事業(日本・ブラジル・モザンビーク三角協力による熱帯サバンナ農業開発プログラム)」を強行するために、モザンビークの農民を分断させようとする外務省・JICAの試み、および「農民招聘」計画は、モザンビークの民主主義と発展の礎を後退させる軽挙な行為です。私たちは異議を唱え、その即時中止を求めます

***

 これまで、同事業に対して、その裨益者となるべき現地のモザンビーク農民から強い反対の声が上がったことを受け、同事業の主たる援助国である日本の納税者である私たちは、外務省・JICAと協議の場を設け、農民の声を伝える努力をしてきました。しかしながら、外務省・JICAは表向きには「対話」を重視する素振りを見せながらも、その一方で反対する農民組織を分断するような工作を行っています。

 現地からの情報によると、外務省・JICAは現在、UNAC(全国農民連合)の加盟組織であるザンベジア州アルト・モロクエ郡農民連合の代表(与党関係者)を、プロサバンナ事業の一環として、農業副大臣らとともに、8月中に日本へ招聘することを計画だといいます。しかし、7月に来日したUNAC代表団の外務省・JICAとの協議、および7月24日の日本のNGOと外務省・JICAの意見交換会においても、「農民招聘」はもとより、農業副大臣の来日計画についての説明は一切ないまま、現在に至っています。

 UNACは、モザンビークを代表する広範なる市民社会組織とともに、3カ国政府に対し、プロサバンナ事業の「一時停止と抜本的な見直し」を一貫して要請してきましたが、政府側が事業強行のためにこのような声を押しつぶす行為を繰り返したことを受けて、昨年より全国プロサバンナ反対運動が立ち上がるに至っています。しかし、それに対し3カ国政府は、UNACの加盟組織(全国で2400組織が加盟)に焦点を当て、プロサバンナの関連事業により融資や資材(水ポンプ・製粉機)供与を利用した「一本釣り」活動と、それによる農民の分断を画策してきました。

 この中には、製粉機の貸与を強要されたナンプーラ州モポ郡農民連合の例があります。最終的に同農民連合は受け入れを拒否しましたが、アルト・モロクエ郡農民連合は製粉機の貸与を受け入れました。同連合の代表は与党の熱心な党員であり、日本に招聘することによって「UNAC加盟団体の中にもプロサバンナ事業に『賛成農民』がいる」と宣伝し、事業推進の糧とする意図は明白です。実際、他の農民たちの説得で来日を取り止めないよう、モザンビーク政府が身分証を預かっているほどです。

 UNACはモザンビーク農民を代表する組織として政府も認める存在であり、これまで様々な農業政策の形成プロセスや事業実施に携わってきました。1987年に設立されたUNACが、援助事業に反対の声をあげるのはこれが初めてです。反対に至る過程では、地域レベルおよび全国的な検討と協議が長い時間をかけて積み重ねられてきました。このことを無視して、分断を助長するような介入行為を援助国である日本が行ってよいのでしょうか?この外務省・JICAの試みについて、次の三つの観点から強い異議を唱えます。

 第一に、プロサバンナ事業を強行するために引き起こされる人権侵害や農民の分断が、現地の民主主義を後退させ、農民を危険にさらしていることです。モザンビークが独立を獲得したのは40年前で、その後も外国の介入によって生じた武力紛争により16年にわたり国が二分され、100万人の死者がでました。1992年の和平合意後、日本を含む国際社会は同国の平和と民主主義の定着に貢献し、当事者団体の勃興、市民社会の活発な活動に根ざした民主的なガバナンスが前進しつつありました。しかし、プロサバンナ事業が合意された2009年頃より、モザンビーク政府のガバナンスは急速に悪化し、国内外の批判にも関わらず、政府与党による人権侵害は後を絶たない状態になっています。プロサバンナ事業の強行は、現地政府を農民組織と対峙させ、非民主的ガバナンスを助長し、反対する農民への人権侵害を多発させてきました。今回の「農民招聘」はそれを追認し、農民らはより危険にさらされます。

 第二に、現地の農民の分断を図るような試みは、政治的考慮を欠き、もっとも忌むべき行為です。プロサバンナ対象地域は、武力紛争において最も激しい戦場となった地域であり、現在も与野党の勢力は拮抗し、対象19郡中7郡で野党が勝利し、与党の勝利は5郡に留まっています。そのような政治状況下で、UNACは党派を超えた農民の連帯・独立組織として、農村社会において重要な役割を果たしてきました。同事業がUNAC内外の与党関係農民を使って行っている分断行為は、農民による主体的な平和主義を壊すものであり、援助国として最低限のモラルを日本政府が欠いていることを国内外に示すことになります。また平和主義を標榜するODAをその目的から外れて使うことであり、二重の意味で私たち主権者に対する説明責任を欠いています。

 三に、「開発」の視点に立っても、こうした農民の分断工作は、稚拙極まりないものです。人口の大多数を占める小規模農民は、モザンビークの経済や社会の礎であり、将来を担う主役です。その小規模農民を縦横につなげ、主体的かつ積極的にモザンビークの農業と農民の生活の安定を図ろうとしているのがUNACです。他の援助国政府・機関もUNACをモザンビークの農民を代表する組織として尊重し、協議・協力しています。そのUNACが、プロサバンナに異議を唱えるからといって、分断し、力を削ぐような試みを行うことは、開発を阻害する「反開発」的行為に他なりません。とりわけ、「農民の組織化」が農業開発の肝として認識されている昨今にあっては、まさに時代に逆行するものです。

 今回、外務省・JICAがプロサバンナの「賛成派」としてUNAC加盟組織の代表を日本に招聘する計画は、モザンビークの非民主的ガバナンスを助長するとともに、「分断の歴史」に苦しめられてきた農民や社会に動揺を与え、混乱や紛争をもたらす恐れがあります。また同国の開発の主体となる農民やその運動を弱体化させるものです。そのような企みのために、私たちの税金によって支えられるODAを使うことは到底許されることではありません。

 以上の理由から、私たちはプロサバンナ事業がこの間行ってきた農民分断のあらゆる試みと今回の「農民招聘」に異議を唱え、これらを即時中止することを要求します。

特定非営利活動法人 アフリカ日本協議会
特定非営利活動法人 日本国際ボランティアセンター
特定非営利活動法人 オックスファム・ジャパン
モザンビーク開発を考える市民の会
No! to Landgrab, Japan
ATTAC Japan
NPO法人 AMネット
ムラマチ・ネット
ウータン・森と生活を考える会
NPO法人 地産地消を進める会
特定非営利活動法人 WE21ジャパン
農民運動全国連合会



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by africa_class | 2015-08-11 20:08 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題

プロサバンナの衝撃的な出来のマスタープランを材料として、大学1年生の基礎ゼミをする。

この話題は久しぶり。ちょっと色々ご無沙汰していたから。
でも、「モザンビーク小農の父」アウグスト・マフィゴさん(UNAC・モザンビーク全国農民連合代表)が、火曜日に急逝されたこともあり、そしてそれがプロサバンナ事業をめぐる様々な不正の中でもとんでもない問題と関わっていることが明らかになって、やはり書かずにはいられない。ただし、今日はその不正…については、書かない。皆に尊敬された素晴らしい闘志であった「農民の父」の死を悼みたいから。
後日書いた詳細は→http://afriqclass.exblog.jp/21539066

「私たちは、ゆっくり、確実に、一歩ずつ発展したいんです」
政府のプロパガンダしか報じなかったNHKが撮ったインタビューでのこのメッセージが、急に思い出される。
今日は彼の話はここまでにしたいと思う。悲しみと悔しさで、涙が止まらなくなるから。なお、NGO有志で、ご遺族とUNACの皆さんへの日本からの連帯メッセージやカンパを呼びかけています。もしよろしければ。
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-170.html

で、マスタープラン…。(こっから厳しくなります。関係者の皆さん、すみません。でも耳に痛い話に耳を傾けてこそ、前進はあると思います。権力・カネを握った側、援助して「あげる」側にいる限り、見えないもの、見たくないものを見る機会を提供するのが、このブログの役割の一つなんで。反論があれば、是非。互いに切磋琢磨できれば。後、周知の事実と思い説明不足でしたが、この問題も、コンサルの問題という訳でなく、元々の誤った想定に基づく事業立案・推進・強行、TORの設定等、まずはJICA・外務省の問題なので皆さん誤解なきよう。)

プロサバンナ事業の3本の柱の2つ目として、2011年度から始まり、現在まで4年の歳月をかけて作られたもの。日本が最大の拠出国で、これまで5億円以上のお金が使われ、他のレポート等はすべて英語版があるのに、そしてこのマスタープランの素案は、日本のコンサルタントが英語で書き3カ国政府が合意したものなのに、その後モザンビーク政府が調整した完成版(公開版)については、ポルトガル語版しかない・・・という。あまりに不透明なので、繰り返し繰り返し要請をして、ようやく出て来たのが、日本語(参考訳)。
http://ajf.gr.jp/lang_ja/activities/prosavana_mp_jp.pdf

でも、これもおかしい。何故日本語訳が英語訳に優先されるのか?そもそも英語版で作成され、微調整されたとしても合意された内容・文言は英語版である。そちらに手を入れる方が絶対コストも時間もかからない。さらに言ってしまえば、ポルトガル語から英語の翻訳の方が簡単でかつ単価は安いし、日本の関係者は皆英語が読める。日本語(参考訳)が、2015年6月に突然出てくる2ヶ月前には、JICAや外務省の責任者たちは胸をはって「良いマスタープランになりました」と宣伝し、あちこちで説明を行っていた。しかし、コンサルも、JICAでこの事業の関係者らは一部を除きポルトガル語が出来ない。なのにどうやって最終版の内容を把握したの?・・・普通に考えれば、英語版は「ある」。それでも、英語版は「ない」と言い張る。じゃあ、確実にあると分かっている元のバージョンを公開してみたら(正誤表を付けて)?という呼びかけに対して出て来たのが、日本語(仮訳)…。

そして、もう一つ重要な点として、英語であれば、世界のより多くの専門家の意見が得られる、というもっとずっと大きなメリットもある。それでなくとも、世界的に不透明な事業として散々批判されてきたのに、そのような批判を払拭する良い機会なはずではないのか?…それが普通のリアクションというもの。それほどまでにして、事業に関わる人たちですら読めないポルトガル語版、日本人以外は読めない日本語版しか公開しない時点で、「ああ、やっぱり世界的な専門家には読まれたくないのね」…とあらぬ疑惑をかけられてしまうことを引き受けてまでも、やはり英語版は「作成しない」らしい。でも、世界の皆さんもgoogle訳でマスタープランを読んでおり、よけいに「??」を募らせてしまっている。プロサバンナを世界的に宣伝してきたのは、日本政府・JICA自身であって(OECD/DAC釜山会議等、「クリントン国務長官に褒めてもらった!」とJICA年次報告に)、その最大成果のはずの「マスタープラン」を世界に発表する気すらないのは何故?間違った理解のまま、世界に受け止められる事の方が、日本の国際イメージとしてもまずい。あるいは、「本物」を発表した方が国際イメージがより下がる、ということ?!当然、日本政府はお得意の、「モザンビーク政府が拒否」との説明で、都合の良いときの「オーナーシップ論」に逃げ込んでいる。「JICA環境社会配慮ガイドライン」を熟読を。この件はまた今度。

さて、それほどまでに、国際的に理解されることが望まれていないらしいマスタープランくん。5億円もかけて(実際はそれを超えているが)作ったのだから、もっと胸を張って良いはずだ。

大学の先生をしたり、論文査読や入試審査をする立場で給料をもらってきた以上、この力作、出て来た以上は、公平なる目で、「取るところを取る」つもり(正当に評価すべきは当然する!)で読み始めた。しかし、最初の1章で…衝撃が大きすぎた。

このマスタープラン、ポルトガル語で204頁の超大作。現地の関係者ら(行政官ら)ですら、全文は目を通さず、30頁程度のキレイ話のみの要約の、さらに11スライドパワポぐらいしか把握していないという。そんな状態で、サイトに全文を発表してから20日後に農村レベルで公聴会をしたもんだから、凄い騒ぎになった。当然ながら、この急がれた手法で皆が思った事は、農民たちに内容をちゃんと理解してほしい訳じゃないのよね…と。最も事前の時間を取らなきゃいけない農村部を、真っ先に実施なんてあらゆる意味でおかしい。

で、やはり公聴会では、反対や疑問を唱えそうな農民は排除され、政府職員や与党関係者が過半数を超えただけでなく、制服・武器携帯した警察までが同席し、勇気を振り絞って異論を口にした農民たちは、その後政府関係者からストーキングされ、プロサバンナのカウンターパートに「賛成に転ずる、と一軒ずつ家を廻って宣伝してこい」と命令され、拒否すると「投獄するぞ」と脅迫を受ける事態に…。→http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-152.html
つまり、「プロサバンナってステキ!農民は大歓迎!早く始めてね〜」という声を集め、それを宣伝に使い、事業を推し進める材料とすることが目的だった。詳細は、現地社会の広範なる層から各種の声明が出ている→http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-category-16.html

天然資源(土地を含む)の切り売りで儲ける政府関係者のガバナンス悪化で、民主主義が後退し、人権状況が悪化するモザンビークで、こんなことを黙認したり(奨励したと思いたくないが…)することが、何をもたらすのか理解できないのかな?あるいは、理解していても強行突破のためには目をつぶる…流れ?それとも、自分が信じたい情報しか頭に入らないため?結局、現地に出張でしか行った事のない、現地の新聞も読めない外務省担当者が、「世銀報告では数値は悪くなっていない」…から大丈夫だ、と。一同、「せ、せ、、せぎーーん?!?」。

本来在外公館や外務省・JICAのやるべき仕事だが、彼らが読めない新聞を日本の市民社会が翻訳し、資料を整理し、分析まで提供してあげても、「ありがとう。別の見解もあるけど、こういう状況がある(とされいる)のね」、ということもできず、「良い数値」をどっかから探して来て「だから大丈夫」の根拠に…。要は、現地や日本の市民社会に反論できれば良い?あるいは、強行突破故に、実態など把握する気がないということ?又は「現地政府は上手くやっていて、支援や投資は問題ない」というストーリーが崩されてしまっては、せっかく安倍首相が現地に日本企業を大勢連れて行って、巨額の援助(700億円!)と投資をすると決めたのに、と?まあ、日本政府は、同国で武力衝突が起きている最中に、中国とインドと同様、抗議や非難声明を発表しなかった唯一の国だし、ね。しかも、その最中に、のこのこと首相が出掛けていっているし。うーーむ。

で、マスタープラン。日本の7名の研究者・NGO関係者で行った内容面の分析は、「第12回プロサバンナ意見交換会(外務省・JICAとNGOの間)」で、披露されAJFのサイトに掲載されている→
http://ajf.gr.jp/lang_ja/ProSAVANA/12kai_shiryo/ref9.pdf

ここでは、私の衝撃だけ。さっきの世銀報告書の話。多様な資料の一つとして参照するとしても、それだけを根拠に「=人権状況は悪化してない」と結論するのは、「議論の作法」「基本のキ」としてまず「?」。うちのゼミでそんな発表や反論する学生がいたとしたら、ぼこぼこにされていただろう←「大学1年生向けの本」で詳しく説明するので乞うご期待。

日本では、「政府が●といえば正しいんだ」「著名な先生(学術的正当性を持った人という訳ではない)がそういっているから間違いない」…という主張がされがちなだけでなく、許容されやすい。主張の信憑性を高めるために一つでももっともらしい論文や機関の名前を引用しておけば、まあいいだろう…そういうことになりやすい。しかし、本来は、先に主張がくるべきではないのだ。まずは、状況把握があり、分析があり、結論がある。したがって、嫌いでも、多様な資料に当たらなくてはならない。その際には、権力を持っている側の言い分ばかりを見ていると、確実に見誤ることになる。

で、MPの驚きは、次のようなストーリーの全面展開!
1)ナカラ回廊地域の農業のすべての問題は現地小規模農民の農業のあり方のせい!
2) 特に、森林伐採と土地不足は、「移動・休閑」農業のせい!
3)小農はあちこちで「休閑」農業はダメ、「定着農」を!
4) 当然生産性は上がらないから品種改良種子・化学肥料・農薬等を購入(「緑の革命」)できるよう支援してあげる!
5)15年後の30年迄に4割の小農(160万人)が「近代農業に転換」が目標さ。

で、デキル学生ならイライラして次の問いを投げるだろう。
1) 回廊の森林伐採と土地不足とは、具体的にはどの様な現象?
2) その実態と原因はどのように調査され、分析された?
3) 地域の小農が営む農業とは?移動・休閑農に一括りできる?
4) 以上の1)〜3)のために前提として使われた調査メソッドは何?
5) 調査法を導き出すための先行研究の整理は?((森林伐採、土地不足、現地農民の営農形態)
6)各調査の結果はどうで、何に基づきどう分析?
7) 抽出課題の解消に取りうる手法はいくつ、どんな?
8) それら手法の内一つを選ぶ際の、基準は?
9)その際に参考事例研究はどれで、批判は把握され、論争をどう踏まえ、結論としてこの手法を導き出した?

まあ、学部生でも思い付く問い。もう少しデキル学生なら「権力/アクター分析」「時代設定」を重視するだろう。でも、これらの一項目も全く触れられていないのが、このマスタープラン!参考文献一覧もついてなければ、注も200頁に10個以下。つまり、根拠をもった論理展開がまったくなされていない。本来の展開は、次のようなものであろう。学術である必要はない。
1) 先行研究の整理(テーマ、地域、リサーチ手法を含)
2) リサーチの実施と結果の取り纏め
3) リサーチ結果を踏まえた課題の整理
4) 3)迄を示しながらの原因分析手法の検討と分析
5) 説得的な原因分析に基づく多「解決」手法の検討
6) 多様な手法検討を経た説得的な「解決」手法の提示
7) その上での、具体的なプロジェクトの提案
*1)2)は不開示のインテリムレポートにある可能性が高いが、MPでは3)も4)も5)も6)もない。突然1結論・1手法が示され7)に飛ぶ。TOR、PDMやSWOT分析の問題は別の機会に。
 
こうなると文書としての「クレディビリティ(信頼性)の著しい低さ」、を自ら認めてしまうことになる。百歩譲って政治文書なら仕方ないが、これは政治文書なのか?(<=実際に、現地の研究者・市民社会の皆さんは、ただの政治文書だから読む価値すらなし…と考えている)。でも、それでは納税者として腑に落ちない。だって、マスタープランの予算の大半は、「調査」に使われたはずだからだ(レポートは不開示問題については今度)。5億円で、政治文書を作られても。それならそうと最初からいえば、農民や市民社会も納得はしないが、期待もしない。対話の成果として作ったからそんな根拠ありません、という反論もあり得そうだが、であればどのようなものが「対話の成果」なのか明示すればいいわけで、多様な意見のどこをどう、何故反映するのかについての考察も不可欠である。

結局、調査をしようがしまいが、結論は先に決まっていた。「小農の今の農業のやり方がダメなんだ」「だから我々の考える援助と投資が必要なんだ」
・・・・これも安倍政権下の日本の農政の議論の仕方だから、日本の役人には違和感ないのかな。だったら「農民主権」とか言わないでほしい。紛らわしいから。「援助をしてあげる善良な僕らは、君たちよりずっと知ってて、分かってるんだ。だってブラジルのセラードやタンザニアでがんばったんだから。君たちは分からないようだから、僕たちが全部教えてあげるよ!大丈夫、まかしとけ〜。君たちのやり方を完全に変えればいいんだ。なにせ、君たちのやり方だと「靴も履けない」からね。土地も奪われないように、登記手伝ってあげるね(実際は登記しなくても権利あるのに)。そうだ、そうだ、今の農民組織上手くいってないよね、だから僕たちがやってあげる(すでにある反対派の農民組織には分断工作するけど)」みたいな・・・・風にしか、モザンビークの農民組織には感じられない。

さてMP。「結論先にありき」は、過去に出て来たMP関連文書でも明白。批判の都度、微妙に表現が変わっていくものの、根っこの結論は強固な一貫性を持って来た。つまり、「現地農民は何も知らない、海外投資と『緑の革命』で救済してやらねばならない対象」。この点の変遷を議論の正確性のため列挙しておく。
1. 当初(2012年秋のUNAC批判開始以前)は、農民らが「持て余している」土地を「投資に使ってもらう」ことが前提。(もっと最初は、誰も使っていない土地がたんまりあって、投資を待っている・・・という前提だったが!)<=この主張はJICAサイトに沢山残っている。
2. 批判を受けて、今度は、
a) 農民がうろうろするから土地が足りない!という話になり、
b) 農民は決まった土地のみで生産をし、緑の革命型の農業に転換、
c) そのために土地の権利を登記するのを手伝ってあげる。
d) 余った土地は、「土地銀行(Land Reserve)」として集めて、
e) 投資家にあげようね、という話だった。

<=GRAINのリークと分析声明→https://www.grain.org/article/entries/4703-leaked-prosavana-master-plan-confirms-worst-fears
3. この路線がリークされてしまって大騒ぎになったから「投資家」「土地銀行」の件、「非自発的住民移転をさせるクイック・インパクト・プロジェクト」が消された「コンセプトノート」なるものが、2013年9月に突然発表。a),b),c)だけが残り、d)とe)が消えた。分析→http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-68.html
「土地不足と森林伐採は小農の農地拡大で起こっている!」・・・が強調されるようになったのもこの時期。しかし、まさに同時期に植林・アグリビジネス(特にプロサバンナの構想に呼応した大豆大規模生産)で何万ヘクタール単位で土地が奪われていっている事実は?(教えても長らくJICAは否定した)。また、森林の大規模伐採をやっているのは誰?・・・現農業大臣がザンベジア州の州知事時代に中国企業と組んで違法伐採・輸出に関与していたと、Africa Confidencialにすっぱ抜かれているのも、教えたが??勿論、こういうことは一切書かれていない。注にも、ね。悪いのはすべて小農だから。さらに、小農がうろうろしない緑の革命型の多投入農業は、「持続可能」で「環境保全型」の農業なのだという。へ?
4. 批判に「応えるため」、「農民主権」「家族農業」「小農支援」等の言葉がちりばめられているマスタープランが出来上がったが、前提はまったく変わらず・・・・a), b), c)の展開だけが、さらに強調。そして、「緑の革命」への転換は、当然ながら、普通の小農はできない。自家消費用の穀物の種や肥料を買っていたのでは、ほとんどの小農、つまり女性たちは、債務を負うことになる。なので、今度は机の上の分類上小農を3つの階層にわけ、大多数の「典型的小農」とカテゴライズされる人たちではなく、「中核農民」というおかしな用語(原語ではEmergent Farmers、しかし英語ではCore Farmers)を用いて、要は政府与党に近いそこそこの規模の土地を確保してクレジットにもアクセスできる中規模農民に近い極僅かな農民にターゲットを絞って支援、となった。まあ、今風にいえば、JICA的「成果」が見えやすいよね、こういう人たちに限れば。ここら辺は、詳細なる分析をモザンビークの皆さんがしているので譲りたい。

このMPには、さらに不思議が満載。さっきも少し書いたが、あまりにキータームの定義(その定義の根拠となる議論の提示)がないか、ズサンで、これにも衝撃を受ける。詳細→http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/ProSAVANA/12kai_shiryo/ref8.pdf
これを瑣末なことと考えているとしたら、国際感覚なさすぎ。いずれのタームもかなり論争があり、国際的なアリーナでの論争を経て一定の定義に至ってる。しかし、MPでの使い方はほとんどそれらの真逆→例)「緑の革命=持続可能でエコ」。「ゾーニング=アグロエコロジカル」…驚き。「家族農業」はFAOを少し出しただけで、後は家族単位の農業経営のことに…国際家族農業年(YIFF)で強調された社会政治経済的文脈で全く捉えていない。一番の極め付きは「農民主権」。「栽培作物の選定は農民が行う」という当たり前のこと(じゃなきゃ植民地支配でしょ!)についてのみ適応。実際のプロサバンナのプラクティスが、農民の主権・基本的人権を踏みにじり続けている点は?(詳細は以上)

で、今回大学1年生向けに良い材料を提供してもらったと思っているのは、さっきの世銀報告書と類似の次の点。
ポルトガル語版を読んでの、考察を詳しく書く。英語版が出て来ない理由が見えてくるかもしれない。これ世界に出したら、そりゃ…。全面根拠なしか根拠が「?」な主張だけ。逆にポルトガル語でOKというのは、ポルトガル語圏の市民社会や専門家たちなら気づかないということ?あるいは、私が知らないだけで、日本の開発調査案件のマスタープランって、普通にこんな感じ?…違うよね。あるいは、コンサルさんたちも苦しいところで、先に結論(TOR)が与えられていたので、止むなくこういうのを引っ張って来た…。多分そうだろう。

その意味では可哀想だ。もっと悪い組織・人たちは別にいる。が、先日書いたように、各々の責任が問われるのだということを、ナチスドイツのホロコースト後の世界に生きる私たちは自覚しなければならない。未だ若い学生の皆さんには、学生としても社会人としても真似せず、以下を反面教師にしてほしい。ああ、、内容に入る以前の話で、あまりに情けない。

MPで 唯一、根拠が注に参考文献として示されているのが、この文章→「家族農民の大半は気づいていないが、現在の自らの農業のあり方が、大規模な深刻な環境破壊を誘発する可能性が高い。これは、世界の他の地域で実証されていることである」。
・・・MPが基礎を置く「農業開発の課題とその原因」が、この1文に全て集約され、しかも「各地で実証されている!」と太鼓判が押されている(ちなみに日本語訳にはこの注はない)。
  ヘ?2008年以降のグローバル現象(農業投資による土地・水・森林強奪)を踏まえてRAIとかいってるんだとしたら、何故そこはオミットしてしまう!?時代区分的にも、規模面でも謎過ぎる。でも、そんな風に言い切れるだけの根拠が注の2文献ね。じゃあ調べてみよ。が…見ての通りURLがわざわざ飛べない状態。しかも英語の原文タイトルがなく元の論文に行き着けず。さらには出版年がナ・・イ。
・FAO, Florestas e crises em Africa – Mudanças no Cultivo de pousio emAfrica, http://Equipa de Estudo.fao.org/docrep/r5265e/r5265e06.htm,
・Rajiv Ranjan and V.P. Upadhyay, Problemas Ecológicos devido ao cultivo de pousio, htttp://Equipa de Estudo.iisc.ernet.in/currsci/nov25/articles 12,htm
 
本来のあるべき記述の作法は次の通り。()にポルトガル語訳を入れてもいいが。
-FAO (1980), “Changes in shifting cultivation in Africa”, FAO Forestry Department.(http://www.fao.org/docrep/r5265e/r5265e06.htm)
-Rajiv Ranjan and V. P. Upadhyay (1999) “Ecological problems due to shifting cultivation” (http://www.iisc.ernet.in/currsci/nov25/articles12.htm)
 常識的な引用の仕方をすれば一目で分かるが、FAOの論文は1980年(35年前)、R&Uは16年前のもの!当然ながら、その後膨大な数の関連の研究があり、これらの論文の主張に反対する研究も数多くある(いずれもが実証研究)。特に、後者は、発表後すぐさま批判の的となっている。なのに、あえて「実証済み」として、この論文(16年以上前のインド!)を「根拠」として自己正当化するところが謎だ。時々、院の入試でこの手のペーパーがあるが、その段階で「事実への誠実性」の欠落した学生は、どんなに指導をしても論文が書けないし、論理的・説得的に議論もできない。

確かにR&U(1999)は、 熱帯雨林の消失の「元凶」として、移動農耕や人口増加率のいずれか(あるいは両方)を挙げている。しかし、これはあまりに単純化された精度の低い分析だとして、すぐ後のGeist&Lambin(2001)に一刀両断されている。つまり、原因分析においては、「経済・制度・国家政策要因の複合的要因」を、地域の固有性に基づき実証的に検討すべき・・・と152の事例研究を根拠として示されているのである 。
Helmut J. Geist & Eric F. Lambin (2001) “What Drives Tropical Deforestation? A meta-analysis of proximate and underlying causes
of deforestation based on subnational case study evidence”, CIACOLouvain-la-Neuve 2001, LUCC.
その後は、この手法を採用する研究が大半で、最近になればなるほどRanjanらのような主張は学術的根拠を失っており、引用すらされない。だから、執筆者たちは、35年前のFAOと16年前のこの論文しか示せなかった?そして、それを隠そうとした?<=なんか推理小説になってきた。

2001年論文は、森林伐採や土地利用に事例研究の際に不可欠な検討すべき原因を、「経済」「政策・制度」「技術」「文化(社会政治)」「人口動態」に分けて各項目2から6つのチェックリストを列挙している。この論文にすべて賛成という訳ではないが、この程度のチェックリストを踏まえて分析されていないとおかしい。また、2001年に批判された1999年の論文の主張に与するのであれば、当然2001年の研究の否定から入られなければならず、1999年論文の方が優れていたからあえて引用したというのならば、それはどの点についてなのか示さなければならないし、是非知りたい。

万が一にも、「主張が先にあって、それにあう論文を後付け的に探した」「この論文しか知らず」・・・であれば、そしてそれを隠そうとしていたのであれば、マスタープランの中身以前に、「事実把握への誠実さ、健全性」において深刻すぎる問題を抱えている人たちのもの、と言わざるを得ず、MP全体のクレディビリティはゼロ以下となる。結局やっぱりプロサバンナ、ね・・・・との結論しか導けないことに。これを胸を張って宣伝している外務省・JICAは確信犯なのか、何なのか。<=学術的に分析した点は今度。
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by africa_class | 2015-08-08 02:03 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題

モザンビーク農民の声に触れて、今日感じたこと、そのまま

ドイツに戻って来た。
生命に家も畑も敷地も覆われていた。
命の内に秘めた力に、ただただ圧倒され、自分のちっぽけさ加減に無力感に教われる。
でも、近づいてこれらの生命に触れてみたら、その躍動的で深く渋い輝きに心を奪われた。

命とはウソのないものだ。
ウソと誤摩化しに塗れた東京での日々を後にして、その真理がじわりと心の中の温かな明かりを灯す。
農民の声がこだまする。

私たちのことを勝手に知らないところで決めないで。
私たちの「農民」の名のもとに進めないで。
あの人達には心がない、と。
心で聞くことができない、と。
私たちはただ自分のこれまでやってきた農業を続けたいのです、と。

そして、モザンビークに帰られたその朝、私たちにこう告げた。
「私たちは農民です。だからたとえ投獄されようとも、殺されようとも、闘いは続くのです。私が殺されても、他の者が続けるでしょう」と。

想いも寄らぬ一言に、私は訳す事すらできなくなった。
命を育んできたママであり農民である彼女の、そんな決意と一言に、驚き、圧倒され。
そんな想いをさせてしまった「援助」という名の「支援策」に、それを税金で支えている日本の市民として、ただただ申し訳なく、頭を垂れたままで。

経済成長の名の下に、進めてきた数々の開発政策。
その結果、どんな日本が今誕生したのだろうか。
命が育まれるのが困難な、幸せを感じることよりも不安を感じることの多い社会に。
頼る者が誰もいない砂漠に。
かといって独力では生き延びられないコンクリートジャングルに。

別の道を辿ることを放棄し続けて来た私たちの目の前に広がる廃墟と化した農村コミュニティ。
なのに自分たちが来た道が正しいと、モザンビーク農民に押し付ける。
それでも、コスタさんたちは笑顔だ。
どんな厳しい局面でも、持ち前の機転と笑顔を忘れない。
立派な農民たちを前に、「スーツ組」は何か感じてくれたのだろうか。
自分の腕一本で生活を支え、子どもたちを学校にやってきた農民の自信。

こういう農民こそを応援するのが、我々の援助ではないのか?
彼らを様々な工作で困らせたり、脅したり、内部分裂するようにバラマキをしたり、そういうことのために使われるために「援助」、税金があっていいのか。

彼らがプロサバンナに批判の声を上げた2012年10月以来、日本国内のダムや原発やそういった公共事業でやられてきたのと同じ論理で、「反対派崩し」「賛成派創出」が繰り広げられてきた。行政・JICAには当たり前のことなのかもしれないが、モザンビーク農民からは考えられないことばかりの連続だった。「国際協力」のはずの案件で、農民を貶めるような数々の出来事。

ガバナンスの悪い、民主主義が後退し、軍事主義が台頭するアフリカの国で、そんなことがどのような帰結を導き出すのか、考えてみれば分かることである。農民らは暗殺すら畏れる事態になっている。その責任をどう取るのか?これまで通り、「受益国の一義的責任/オーナーシップ」を隠れ蓑にするだけなのだろう。それを承知で進められた数々の「推進事業」。これも税金で出ている。

今の日本の農政や政治のあり方と援助も地続きなのだろう。
70年前、日本は世界に尊敬される国になろうとした。
そして今、その決意と努力のすべてを投げ捨てて、世界や隣人に嫌われ・戦争しても自分の利益だけを確保すればよいとの利己的な貪欲さを全面展開する国になろうとしている。
いつかきた道ではない。
なぜなら、あの時十分な形で民主主義も自由も情報もなかった。
今、私たちは先人たちの加害と犠牲と努力によって、前提の上ではすべてを手にしている。
しかし、それを一切内実化する努力を怠り、いつの間にか制度すら内部から切り崩され、どんな道理のあわないことにも囚われの身として黙認せざるを得ない一歩手前になっている。

土地に生きる農民たちの自信と決断の潔さとは、真逆の自信のなさと不安のなかに生きて。

モザンビークの農民はいう。
だいじょうぶ。明日の食べ物は土地と自分で生み出せる。
もちろん、足りないものもたくさんある。
でも、一方の私たちはそんな満ち足りているのか。
彼らの笑顔に、そんな一言を突きつけられているように感じたのは、私だけだったろうか?


***********
TBSのNEWS23で農民の声が紹介されたので。
2015年7月21日
「日本の大規模ODA、モザンビークの農民らが中止訴え」
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2545734.html
「アフリカのモザンビークで日本政府が進めているODA=政府開発援助の大規模開発プロジェクトについて現地の農民たちが来日し、中止を訴えました。いったい、何が起きているのでしょうか。」
****************


****2015年7月9日********
まったく書く余裕がないので、とりあえずTwittしたことを貼付けておきます。
私は、「教師の仕事」についても、本来「必要とされなくなること」が目標であるべきと思っている。「先生として求められること」に喜びをおきすぎることが、その目的を考えるに、いかに不健全なことか!親もそうだ。ただし、親というのは年を取るから分かりやすい。かつて威張っていた親も、いつか弱々しく、小さくなり、子どもたちに頼らなければならない。そうやって新旧交代の機会がある。


申し訳ないが、日本の「援助産業」はもはや末期的。そもそも援助が要らない世界の構築、援助者の仕事・稼ぎ・栄誉がなくなることが目的でないのか?そのためにどうすればいいかこそ、本来知恵を絞るべき点。要るといってもらうためにあらゆる工作を積み重ねて来た結果が、これだ。

7 分: @sayakafc 「日本の援助者」であれば平気なのかも?土地に暮らし自分の手で暮らしを支え、課題に直面しつつも共に乗越えんとする農民たちに「オルタナティブを出せ」と。他の人の社会に勝手にやってきて、当事者に何て台詞?日本のあなたの暮らしはそんな立派?援助で支えられる生活なのに?

17 分: モザンビーク独立40周年を迎えた。半分以上の歳月を北部の農民らと共に歩んできた。が、その21年の経験をしても「ホンマモン」の人から学ぶことが多く、自分の無知を恥じる。「センセー」「第一人者」と呼ばれることを捨て去り、ただ裸の私・Sisterとしてある時に得る理解は、次元が違う。

26 分: 明学講演会では、農民たちが作っている食べ物の多様性、それらを作り続けるためにどのような総意工夫をしているのか、どう調理するのかまで、沢山の写真とともに農民自身が説明。最後にエステバンさんが問うた。「JICAは私たち農民が貧しくて救わなくてはならいという。本当か?」と。胸に沁みた。

31 分: @sayakafc 今日がその最後の機会。参議院議員会館にて16時〜18時「「なぜ、現地農民は異議を唱えるのか?」日本の農業開発援助(ODA)・プロサバンナ事業に関する現地報告と声明発表。申込み締切は9日午前10時迄。未だ間に合う→http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/

33 分: @sayakafc 訳していて涙が出そうな瞬間、実はそんなにない。でも今日、農民たちの心の底からの経験に裏打ちされた一言一言に、切なく申し訳なく、他方感動。当事者ならではの本物の言葉。援助や開発を本や頭でしか理解していない若者、先達にこそ、聞いてほしい。「援助くれ!」以外の声を。

36 分: 明学での講演会終了。モザンビーク北部でコスタさんやアナパウラさんが営む農の姿に沢山の人に触れてもらい、本当に良かった。また、何故彼らが「小農支援」のはずの援助事業に反対を唱えるのか、凄く明確な話に目から鱗だった。本来は支援がほしいと言いたいところを、胸に迫る。明日その最後の機会
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by africa_class | 2015-07-09 01:38 | 土地争奪・プロサバンナ問題

【紹介】『ProSAVANA市民社会報告2013ー現地調査に基づく提言』【暫定版】が昨日発刊

補足です。下記の報告書ですが、なんと二つあわせて7千回のダウンロードとなっているそうです。この業界的には、すごいベストセラー状態(!)。ぜひ、ご一読ください。

===========
1枚に2頁を掲載した縮小バージョン
http://www.arsvi.com/i/ProSAVANA_findings_cso_tentative_s.pdf
フルバージョン
http://www.arsvi.com/i/ProSAVANA_findings_cso_tentative.pdf
===========

昨日、9月から延々と日本のNGO・研究者で取り組んできた報告書が完成し、既に発表されています。10月末の発刊予定でしたが、一次資料・二次文献の議論の採り入れ、先行研究との比較、フォローアップ調査(マプート・ナンプーラ、12月4日ー6日)も含めた結果、かなり時間がかかりました。

とても実証的で中身のある報告書になったと思います。
ぜひご一読下さい。

要約が送られてきたので以下に貼り付けてあります。
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-73.html
是非併せてお読みください。

================
2014/01/15 
ProSAVANA市民社会報告2013ー現地調査に基づく提言【暫定版】
http://www.arsvi.com/i/ProSAVANA_findings_cso_tentative.pdf
================

目次
本報告の狙いと構成1
プロサバンナ事業とは?1

第1章 現地調査の目的・手法・背景3
1-1. 現地調査の目的3
1-2.現地調査の手法3
1-3. 調査対象(地・組織・人)のデータ4
 1-3-1. 対象地4
 1-3-2. 調査対象組織・人9
1-4. 現地調査に至るまでの背景12
 1-4-1. プロサバンナ事業の背景と概要・特徴12
 1-4-2. モザンビークにおける土地問題の悪化と市民社会の懸念13
 1-4-3. 現地農民・市民社会組織による抗議の声14
 1-4-4. 日本やモザンビークの市民社会と日本政府・JICAとの対話14
 1-4-5. モザンビーク・日本政府の説明15
 1-4-6. ProSAVANA-PDレポートのリークと23組織の「緊急停止」要求15
 1-4-7. 「公開書簡」後のモザンビーク市民社会関係者への圧力20
1-5. まとめ20

第2章 モザンビーク北部の土地争奪の現状とプロサバンナ事業21
2-1. 土地争奪・収奪(Land rush/ land grabbing)の現状21
 2-1-1. 土地収奪の現状21
 2-1-2. 現地調査で明らかになった現状とその背景分析25
 2-1-3. 事業対象地に見られるアグリビジネスによる大豆生産と小農の生産27
 2-1-4. プロサバンナ事業を踏まえた考察28
  (a) マスタープラン策定事業にみられるアグリビジネスへの土地提供の狙い28
  (b) プロサバンナ対象地拡大にみられたブラジルの狙い30
  (c) プロサバンナ事業のQIPsにみられる大土地獲得の志向31
 2-1-5. プロサバンナ事業が土地を巡るものになった背景~日本政府の役割32
  (a) プロサバンナ事業に関する3か国合意文書(2009年9月17日)32
  (b)プロサバンナ事業の締結前夜の状況33
  (c)プロサバンナ事業に関するJICAのサイト37
 2-1-6. モザンビークにおける大農とは誰か?41
  (a)統計:モザンビークにおける農家の規模41
  (b)モザンビークの「大規模な農地」取得者とは?42
  (c)プロサバンナ事業の「大農」は誰なのか?43
 2-1-7. プロサバンナ事業による地域住民の土地収用と移転可能性43
  (a)マスタープラン策定レポートにみられる住民の権利擁護の意識の欠如43
  (b)モザンビーク政府に丸投げされた責任と日本援助におけるガバナンス問題45
2-2. 土地登記の実施状況と課題45
 2-2-1. 土地登記の現状46
  (a) DUATとは?―現在の土地登記範囲を超える土地の権利46
  (b)「将来的な」土地利用の可能性と阻害要因としての「デマケーション」46
 2-2-2. 現地調査で明らかになった分析と背景50
 2-2-3. プロサバンナ事業を踏まえた分析51
2-3. 本章のまとめとプロサバンナ事業への示唆53

第3章 プロサバンナ関連事業(PDIF・QIPs、その他事業)の実態55
3-1. PDIF(第一期)の実施実態 (契約栽培を中心に)56
 3-1-1. PDIFとは何か56
 3-1-2. 調査結果・分析・検討58
  (a) 調査結果のまとめ58
  (b) 契約栽培における小規模農家への高いリスクの軽視59
  (c) 大規模な農地を囲い込む企業を「小農支援」のため融資するPDIF60
  (d) 創り出される主従の関係~PDIF融資先社長夫人と契約農民の会話から61
  (e) 比較研究で示される契約栽培の問題とプロサバンナ事業の課題62
3-2. PDIF(第一期、第二期)の実施実態(アカウンタビリティーを中心に)62
 3-2-1. GAPIとIKURU:アカウンタビリティー問題62
 3-2-2. 第二次募集をめぐる不透明性の問題63
 3-2-3. 協同組合のケース:知らないままのレポート記載と「QIP=PDIF」の実態64
3-3. クイック・インパクト・プロジェクトの実態65
 3-3-1. クイック・インパクト・プロジェクト(QIPs)とは何か65
 3-3-2. 調査結果・分析・検討66
  (a) 公共セクタープロジェクト 「中規模・大規模投資のための土地バンク計画」67
  (b) 民間セクタープロジェクト68
3-4. 本章のまとめとプロサバンナ事業への示唆69

第4章 モザンビーク農業をめぐる議論と小規模農民の営みと展望72
4-1. 農業政策の推移と繰り返される国家主導型政策の失敗72
 4-1-1. 農業政策の推移~上からの政策、農民らの主体的な抵抗・離脱・組織化73
  (a)植民地末期の小農重視の農業政策(1950年代後半-1974年)73
  (b) 政府主導型共同村・協同組合生産方式の失敗と新たな試み(1977-87年)73
  (c) 和平後の主体的な生産努力(1992年-)、主体的な組織化の兆し74
  (d) PROAGRI(1999-2004年)の失敗~対立する利害と小農軽視75
  (e) バイオ燃料作物栽培奨励の失敗:ジェトロファ&サトウキビ77
  (f) 投資偏重の国家政策PEDSA-PNISAへの農民らの懐疑79
  (g)ローカル・レベルの開発基金FDD政策と上意下達体制の農村部での構築80
 4-1-2. 小農の主体的な組織化と土地の私有化促進への抵抗83
  (a) 小農の主体的な組織化83
  (b) 権利擁護のための下からの農民組織化と1997年土地法策定84
  (c)2001年の土地私有化への揺り戻しと農民の抵抗87
4-2. グローバル・レジュームによる農業政策への介入の課題と抵抗88
 4-2-1. G8ニューアライアンスによる土地とタネの独占並びに内外の批判88
 4-2-2. G8ニューアライアンスに狙われるタネ91
  (a)種子をめぐる国際的議論と政策・国際条約92
  (b)「食料安全保障」言説の問題と「食料主権」の重要性95
  (c) 日本の援助にみられる「食料安全保障」概念の問題~PRODECERの事例97
  (d)日本がすべきでないこと、すべきこと99
4-3. 小農世界と自律的発展、そして政策的選択100
 4-3-1. 小農の自律的な発展を実現する政策とは100
  (a) 土地法と小農の権利100
  (b)UNACにおける意思決定プロセス102
 4-3-2. モザンビーク農業・食における小農世界103
 4-3-3. モザンビークにおける食の多様性と「食の主権」104
  (a)プロサバンナで語られる「食料安全保障」104
  (b)統計に表されない北部農村の食と農の世界106
  (c) 豆類・穀類・イモ類の豊かさ107
  (d) 高い栄養価を誇る在来作物(穀物・豆類)109
  (e)豊かな自然が提供するタンパク源と家族養鶏の重要性113
  (f)「飢え」を緩和する野生の果物・キノコ116
  (g)換金作物にもなる穀物、果物、野菜、その他119
  (h)市場化されない「葉物」の重要な役割119
  (i)「食料安全保障」概念の限界と「食料主権」120
4-4. モザンビーク北部小農の農的営み121
 4-4-1. 暮らしの中の農と食、リスク分散の重要性121
  (a) アフリカにおける暮らしの中の農、リスク分散の重要性121
  (b) 農民の主体的取り組みに関する先行研究122
  (c) 各作物の多様な品種と食との関係(キャッサバ、サツマイモ、モロコシ、トウモロコシ)123
 4-4-2. 地域で営まれる農の創意工夫125
  (a) 畑での多様な作物・種の活用125
  (b) モザンビーク北部小農にとっての「よい土地」の重要性126
  (c)どのように農民は「よい土地」を見つけているのか126
  (d) 民族土壌学的知見からの妥当性127
 4-4-3. アグリビジネスに狙われる農民の「よい土地」とプロサバンナ事業の問題129
4-5. 調査で明らかになった小農の農的営みと将来展望130
 4-5-1. 小農自らの内発的発展の試み130
  (a)モザンビーク北部小農の多様な生産努力130
  (b)政府のエクステンション<農民同士の学びの重要性133
 4-5-2. 小農自らが語る将来展望と「支援」のあるべき姿135
  (a)されるべきではない支援135
  (b)家族農業支援のための国家計画を政策として実現するための支援137
  (c)どのような中身の支援が求められているのか?138
  (d)農民のアソシアチズムを応援する139
  (e)農民による内発的な共同生産の試みを応援する142
4-6.本章のまとめとプロサバンナ事業への示唆~これまでの農業に「挑む」プロサバンナの課 題143
 4-6-1. これまでの農的営みの否定143
 4-6-2. 小農に及ぼすリスクに関する配慮や記述の欠落と農民らの不安143
 4-6-3 プロサバンナに欠落する女性/ジェンダーの視点144
 4-6-4. 権力関係の分析の不在と小農の権利はく奪145
 4-6-5. 農民の主権を中核に据えた政策形成の支援145

第5章 モザンビークの農民・市民社会の参加とコンサルテーションの実態149
5-1.何のためにコンサルテーションを行うのか?149
 5-1-1. 当事者の自決権と意思決定プロセスへの参与の権利149
  (a)JICA環境社会配慮ガイドライン~適切な合意形成・意味のある参加149
  (b)国際人権規約~人びとの自決権・天然の資源への固有の権利150
  (c)受益国への適応151
  (d)自由権規約19条~現地ステークホルダーの情報アクセスへの権利152
 5-1-2. FPIC (自由意思に基づく、事前の、十分に情報を与えられた上での合意)153
  (a)FPICからみたプロサバンナ事業153
  (b)進むFPICの国際規範化とプロサバンナ事業への示唆155
 5-1-3. JICA環境社会配慮ガイドラインに基づく点検156
5-2.プロサバンナ事業における当事者の参加とコンサルテーションに関する認識157
 5-2-1. 全国組織並びに「三カ国民衆会議」出席者らの声(首都)157
  (a)三カ国民衆会議(2013年8月8日)での声157
  (b)モザンビーク政府・プロサバンナ事業のアクターからの圧力159
 5-2-2. 北部での聞き取り結果(各州全体のレベル)160
  (a) ニアサ州全体で活動する農民組織・市民社会組織(リシンガ市)160
  (b)ナンプーラ州全体で活動する農業・農村開発市民社会ネットワーク162
  (c)カソリック教会の危機感と土地委員会の結成163
  (d) ザンベジア州グルエ郡都全体の農民組織代表164
5-3. 現地調査で明らかになった現状の背景と分析165
 5-3-1. 農民・市民社会・宗教組織の参加・コンサルテーションの実態166
  (a) 第1回ステークホルダー会議にみられる「形式的な参加」172
  (b)現地農民・市民組織に危機感をもたれた官民投資合同ミッション173
  (c)マスタープラン策定とコンサルテーション173
  (d) UNACによるプロサバンナ事業に関する調査と抗議声明175
  (e) プロサバンナ開発基金 (PDIF)と連携先「農民組織」の実態176
 5-3-2. 全国最大農民組織UNACのコンサルテーションからの排除とそのプロセス178
  (a) 2012年10月抗議声明への日本政府・JICAの反応180
  (b)UNAC下部組織UPCN(ニアサ州農民連合)のJICAセミナー招へい180
  (c) UPCN帰国後のモザンビーク社会の受け止めと「公開書簡」182
  (d)プロサバンナ事業の「対話プロセス」から排除されるUNAC183
 5-3-3. PPOSC-Nによる協議のボイコットとコンセプト・ノートの問題187
  (a) PPOSC-Nによるボイコット187
  (b) いつの間にか作成されていたコンセプト・ノートと断行される「討論会」188
  (c) コンセプト・ノートの問題と悪化するモザンビークの人権・政治状況189
 (d) 再び悪用される「対話」と「対話の強要」190
5-4. 農村部でのコンサルテーションの実態191
 5-4-1. 農村部での聞き取り調査結果192
  (a)農村部(マジュネ郡)192
  (b)農村部(リバブエ郡、メグブリ郡、ナンプーラ郡)195
  (c)農村部(グルエ郡リオマ地区)196
 5-4-2. 現地調査結果のプロサバンナ事業への示唆198
  (a)大多数の農民に届かないプロサバンナ事業のコンサルテーション198
  (b)一貫性のない矛盾する説明、開示されない報告書や資料199
  (c)モザンビーク北部農村におけるプロサバンナ事業の政治性199
  (d)「賛成する農民・団体もいる」との説明への現地市民社会の反論201
5-5. 本章のまとめ201
 5-5-1. 返答なきままの「公開書簡」と信頼醸成の失敗201
 5-5-2. 切り離されるナカラ・ファンドとG8ニューアライアンスとその実態と利益相反201
 5-5-3. JICA環境社会配慮ガイドラインにもとづく点検・評価206
 5-5-4. 日本での対話の蓄積207
 5-5-5. 「JICAの意志決定」と当事者との合意208

結論と提言(緊急声明)210
「プロサバンナに関する緊急声明」(2013年9月30日)213
参考文献一覧217

報告書に使われている写真(調査に同行した写真家の提供)
peter steudtner - panphotos
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by africa_class | 2014-01-16 03:27 | 土地争奪・プロサバンナ問題

【緊急】安倍・ゲブーザ共同声明への批判声明プロサバンナ主要地ナンプラ州2百市民社会組織

安倍総理の訪問、モザンビーク大統領との共同声明に、かなり強い批判が、プロサバンナ事業の主要対象地(19対象郡の内10が集まる)ナンプーラ州市民社会プラットフォーム(PPOCS-N)から今日付けプレスリリースでされています。

現地ではこの訪問の最中も戦闘が続き、戦闘は中部から南部へ拡大し、イニャンバネ州の一部地域では住民がパニックに陥っており、野党政治家が一昨日に暗殺されています。

【日本語訳が届いたのでそれを貼り付けます】
■ポルトガル語原文は→
http://farmlandgrab.org/post/view/23026
■英語文は
http://farmlandgrab.org/post/view/23022-nampula-civil-society-rejects-japan-mozambique-accord-demands-response-to-open-letter-on-prosavana

同プラットフォームはナンプーラ州の200を超える市民社会組織、農民組織、コミュニティ組織、宗教組織の連合体で、これまでプロサバンナ事業関係者らが、「事業パートナー」にしたいと願い、何度も対話を要請してきたネットワークです。

今回、UNAC(全国農民組織)ナンプーラ支部もこのプレスリリース起草に関わっているようです。

現在、ナンプーラ州の農村部では、同プラットフォームの反対により、「対話」は行われておらず、これは「公開書簡」への返答がなく、この間の情報操作や分断工作が酷く(9月30日プレスリリース参照)、かつ9月に出されたコンセプトノートが酷いものだったから・・・とのことでした。しかし、これについて、外務省・JICAは、「対話は進んでいる」の一点ばりでした(第6回、第7回意見交換会)。

その事の意味を無視したまま行われた今回の共同声明への不信感が募っているようです。
いずれにせよ、以下原文(ポルトガル語)です。

かなり強烈です。真剣に怒っているようです。
ナンプーラは最も政府からの圧力が強い場所で、かつこのプラットフォームには沢山の政府系の組織が入っています。それでも、ここまで・・・書いています。
身の危険を顧みず書かれた声明であることが分かります。

●日本政府の「寛大な支援」は、我々の意見では、コロニアリズムの継続である・・・とあります。
●最後に、再度の「公開書簡」への返答と、家族農業セクターの真の強化、キャパシティビルディングのためのプログラム、効果的な支援を、要求しています。

安倍総理・ゲブーザ大統領の声明や二国間協定
http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/page3_000615.html

========================
ナンプーラ州市民社会組織プラットフォーム
日本国安倍晋三首相のモザンビーク訪問に関するプレス・リリース

ナンプーラ市民社会プラットフォームは、2009年に課題ごとの、また分野横断的な市民社会組織(CSO)の共同の取り組みのための調整機関として、さらには州の発展につながる取り組みに向けた公共セクター並びに民間セクターとの交流を推進するために設立された。

わが国は、この1月11-12日(土・日)に日本国安倍晋三首相の訪問を受け、メディアの注目を浴びた。そしてメディアが最も注目したのは、インフラストラクチャーおよび農業開発プロジェクトに向けた6億7200万USドルの借款供与の表明であった。その見返りとして、日本国首相はモザンビーク政府へ日本の民間セクターによる投資をサポートすることを求めた。2人の首脳は、ナカラ回廊におけるProSAVANA農業開発プログラムを称賛した。しかし、ProSAVANA事業に対するこの見方は、このようなプログラムの結果として、土地の権利の保障・食料主権・栄養の安全保障・地域コミュニティの文化的統合が脅かされ、環境そして将来世代に影響が及ぶことを指摘し強く警戒の声を挙げてきた、UNACに結集するナカラ回廊の農民組織、各地の市民社会組織および研究者たちの見方と衝突する、と我々は考える。

現在の商品作物のモノカルチャー(単一)栽培を基本とする新自由主義的な農業のあり方が引き起こす被害を念頭に置き、次の点を指摘する。

2013年6月、モザンビーク、ブラジル、日本の国家首脳に対し、ProSAVANA事業の停止と再考を求める公開書簡を送ったが依然返答はない。

ナンプーラ州において市民社会プラットフォームは、農業省州事務所により提供されたProSAVANA事業のコンセプト・ノート分析の結果として、このコンセプト・ノートを拒否した。また、このような特定の方向性で書かれたコンセプト・ノートではなく、農民組織との参加型の手法による協議に基づき、市民社会および専門家や研究者も交え、コンセプト・ノートのドラフトが作成し直されるべきであると勧告してきた。

この分野において経験を積み知識と見識に基づいてこのプログラム(ProSAVANA事業)に対して提言および批判を行ってきた著名なモザンビーク人研究者たちに対し、何の注意も配慮も向けられてこなかった。

我々は、日本の「寛大な支援」は、今なお続く植民地主義の表れであり、6億7200万USドルを提供し活用させることによって、モザンビークにおける国際資本の利益を擁護することをもくろみ、他方では負の影響へ注目を促す全ての試みを見えないものにしようとしていると考える。

したがって、我々は、今回の来訪にあたって結ばれた両国首脳と政府による協定も宣言も認めることはできない。改めて、「公開書簡」への回答を要求するとともに、家族農業セクターを真の意味において能力向上させ、強化し、効果的に支援するプログラムの策定と実施を求めるものである。

ナンプーラ市 2014年1月13日   
ナンプーラ州市民社会組織プラットフォーム
(翻訳、アフリカ日本協議会 斉藤龍一郎)
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by africa_class | 2014-01-13 23:24 | 土地争奪・プロサバンナ問題

〚紹介〛現地NGOから安倍総理訪問についての非難声明。英語版。

以下、届きました。
急ぎ共有しいます。長いため未だ完全に読めていません・・・。

Position of ADECRU on the Visit of Prime Minister of Japan in Mozambique


The Japanese Prime-Minister is officially visiting Mozambique in the next days from 11th to 13th of January 2014. According to the presidency of Republic of Mozambique through the press release circulated on 24 December 2013, the visit will focuses on the assessment of the political and diplomatic relations between the two countries, besides identifying new ways towards a consolidation. By the same way, as it mentioned in the press release, some judicial instruments and cooperation agreements in the education, energy and agriculture area will be celebrated.


The academic action for the development of Rural Communities – ADECRU denounces and strongly rejects the dangerous and imperial agenda of visit of the Japanese prime-Minister, Shinzo Abe, and the Japanese foreign policy for Mozambique and Africa, masked in diplomatic maxim “enforce and consolidations of political and friendly relations between the two people, supposedly, brothers” and translated into programs like ProSavana and New Alliance for Food Security and Nutrition in Africa”. In that which is the first expansionist visit of high level from a governor of that Asiatic country to Mozambique, Shinzo Abe will also visit Ethiopia and Ivory Coast, two African countries curiously covered by the so-called “New Alliance in Africa”.


On the contrary, the final version released by Mozambican authorities, the visit of the Niponic Prime Minister in our country, together with 50 enterprises, must be seen in a large context of operationalization of the last and violent phase of effective structural adjustment of 21th century. Through the historic reasons behind the deafest suffered in the second world war and, nowadays, the hegemonic dispute in the Asia between Japan and Chine, this country is been obligated to change its policy and foreign agenda that during decades contributed for the development of agriculture and other sectors of Mozambique, turning over to serve imperial interests of the United State and other potencies.


Nowadays, the niponic authorities turn to be “bodily agents and global imperialism advancer agents” in the context f current process of penetration, occupation and domination of African continent which consist precisely in corporative capture and colonial subjugation of the continent and African people with the new effective front of attack against their sovereign, cultural diversity and biodiversity, transforming African in an open mercantile platform for the entry and free circulation of seed genetically modified and of great transnational corporations of extractive industry and agribusiness, owner of global food industry.


The dangerousness of Japanese policy and presence in Mozambique and in Africa, in the last 10 years, is expressed and translated in its humiliating subjugation and colonial alliances with G8 countries and agencies namely: World Bank, United nations for Agriculture and Food (FAO) World Food Program, Japanese International Cooperation Agency (JICA), United Sated Agency for International Development (USAID), Found for transnational cooptation for Agribusiness such as: Cargil, Itochu, Syngenta, Monsato, Yara, African Cashew Iniciative, Competetive African Cotton Iniciative, Corvuns International, AGCO, Nippon Biodiesel Fluel co.Idt, Vodafone, SAMBMiller and many others.


Japan is an officially member of a group of 8 countries colonially regarded as the most developed countries in the world known as G8, where also integrate the united State, Germany, France, Italy, Netherland and Russia. the G8 in convince with the government of Mozambique, giants transnational cooperation and multilateral financial institutions above mentioned are implementing an agricultural program so-called “New alliance for Food Security and Nutrition in Africa”.

The new Alliance stems from an agreement signed by some countries and financial institutions and multilateral organizations international in 2009 at the G8 summit of L’Aquila, Italy, after having been presented for the first time by the Government of the united State of America, under the leadership of President Barack Obama with this initiative, the G8 argues that want to cooperate with African government to release 50 million Africans in poverty, 3.1 million of which in Mozambique between 2012 and 2011. Six African countries, of the 20 planned have already joined the New Alliance: Burkina Faso, Ivory Coast, Ethiopia, Ghana, Mozambique and Tanzania.


In Mozambique the operationalization of the New Alliance for Food is under the leadership of the World Bank, World Food program, Japanese International Cooperation Agency (JICA) United State Agency for International Development (USAID) and major transnational corporation of Agribusiness such as: Cargill, Itochu, Syngenta, Monsato, Yara, African Cashew Initiative, Competitive African Cotton Initiative, Corvuns International, AGCO, Nippon Biodiesel Fuel co.ldt, Vodafone, SAMBMiller, etc. The strategy of the entry of the “New Alliance in Africa” is based on capture of the program of comprehensive Development of Agriculture in Africa (CAADP), with the aim to give some legitimacy to the action of G8. In Mozambique this intervention is supported by the argument to align the financial and technical support of countries member of the G8 for agriculture in Mozambique with priorities of Investment Plan of the CAADP of the country, referred as National Plan of investment for Agrarian Sector (PENISA)


In an colonial triangular partnership contested by respective people, the Japan is also under leadership of implementing other giant agribusiness program so-called ProSavana Program, launched, officially, in April 2011 which stems from a triangular partnership of the government of Mozambique, Brazil and Japan with the objective of, purportedly, promoting the development of agriculture in the tropical Savannah of Nacala corridor, in the north of the country.


The ProSavana program is in the process f running through the component

“Quick Impact Projects” without any public discussion, presentation and approbation of the environmental assessment impact, one of principal and indispensable demands of Mozambican legislation for the implementation of such kind of project, normally, given the category A”, as denounced in open chatter, by Mozambican civil society in May in Toquio (TICAD V).


Through the 5th Annual General Assembly, held in December last, on the advance of agribusiness and the impact of expansion of monocultures of trees in the Niassa, Manica, Nampula, Sofala and Zambeze provinces, ADECRU concluded that the current policies and agrarian programs and of development of Mozambique like ProSavana and New Alliance for Food Security and Nutrition are responsible for expropriation land grabbing, human rights violation, the violence and criminalization of members, communities leaderships and movements and social organizations that denounce and reject. By the same way, ADECRU give responsibility to the government and Japanese State for the increased pression on land, imminent risks of resettlement of people and destruction of their livelihood, to access water, cultural patrimony and other socio environmental conflict particular caused in the Corridor Development of Nacala.


“The right to land is not associated with valorisation of different ways of living and producing” in the communities acknowledging the contribution of people and rural communities which have given the conservation of ecosystems and biodiversity; the recognition of natural resources as good and collective patrimony for currents and on coming generations . We argue and reaffirm that the right to land, water, healthy, education, housing, and safe food are sprightly linked, and the government and the state are the principal guarantor.


We warm for the dangerousness of imperialist programs like ProSAvana and New Alliance that will destroy the peasant systems of cultivation and the pluriactive character of famer families. The Nacala Found and New Alliance for Food Security and Nutrition from G8 while instruments operators of ProSavana, represent a destruction of peasant agriculture. The silence of the government of Mozambique, Brazil and Japan on the answers of legitimate and sovereign demand from the rural communities of Nacala corridor, from peasants, social movements and civil society organization of Mozambique, Brazil, Japan is alienation and capture of the people sovereign.


The Academic Action For the Development of Rural Communities – ADECRU, denounces and rejects the implementation of ProSavana and the so-called New Alliance due the following reasons:
· The policy outlined to “save” Mozambique and whole Africa represent an imperialist imposition, drawn up in the major centres of decision-making and neo-liberal and neo-colonialist alliances.


· The bases, founded and the strategies of the pact doubly harmful ProSavana and new Alliance send us back to the colonial past slavery in which Mozambique and Africa have remained for over 500 years of domination and oppression, therefore paving great huddles for realizations of human rights, social and environmental.


· The ProSavana and New Alliance represent the most abusive and aggression ways of exploration and return in Mozambique of mercantilist cooperation, hidden assumptions in philanthropic to liberate Africa from famine and misery, ignoring the failures of several initiatives of genus implemented in the past by the same multilateral agencies and imperialist potencies.

· The poSavana and New Alliance fosters and eases the reform of the legal framework on the land, bringing in the renting of land and subsequently its privatization under the pretext of improving the transparency and efficiency in administration and policy of land, legitimizing the land grabbing, seculars patrimony and means of sustaining of the communities and people.

· The ProSavana and new Alliance speeds up the issue of rights of use and utilization of land (DUATs) through the elimination of communities consultations to promote the investment of Agribusiness.


· The ProSavana and New Alliance force the change of national policies on fertilize rand seeds to enable entry of Genetically Modified Organism (GMOs) and certification of the same by multinational such as Mansato;


· The Japan and the G8 through it cooperation and agencies, want ensure the control of the principal geostrategic and agroecological regions of Mozambique, in possession of more than 70% of the potential of natural wealth and subsoil of the country, located in the Corridor of Development of Beira, Nacala and valley of Zambezi’


· The priority of ProSavana and New Alliance is to attend the private companies, national international major producers of commodities and banks with a focus in the corridor of development to make them regions of flow of capital and export of primary products of global markets, deepening this way the serious problems related to land grab, involuntary displacement and resettlement of millions of people, environmental degradation and socio-environmental conflicts.

· The Prosavana and New Alliance will fatally contribute to great impoverishment of the population and rural communities; by require the extensive and intensive use of land, water, energy and mechanization alienated.


· The ProSavana and New Alliance are constitutive parts of the decisive step of improvement and continuous strengthening of the strategy for the implementation of the structural adjustment policies on the Africa continent. its conception and matrix are directly linked to the development model adopted by Mozambican Government, which prioritizes the attraction of Foreign Direct Investment (FDI) and large projects at the expense of internal investment and interest of large majorities of farmers and rural communities, that is why the Academic Action For The Development of Rural Communities (DECRU) Argue:


· That the African people are capable of being authors and protagonist of policy for its self-using development and that respond to the priorities, dreams, aspirations and theirs requirements.

· Which African countries increase the budget of the State for the agricultural sector by more than 10% in compliance with Maputo Declaration of 2003.


· That the Mozambican Government prioritizes the food sovereign, sustainable agriculture and agroecology as the solutions sustainable for the reductions of hunger promoting proper nutrition.

· That the Mozambique government adopts policies for agricultural sector focused on support to agriculture peasant, whose priorities are based on access to rural credit, public services of agrarian extension, micro-systems of irrigation and valorisations of native seeds and resistant to climate changes, rural infrastructures connected to the creation of productive capacity and policies of supporting and encouragement to rural marketing.


· The suspension of current process of reform of the legal framework on land. Seed and fertilizer headed by the World Bank and JICA; The urgent detention of ProSavana e New Alliance in Africa.
· That the land is not privatized regardless of the circumstances and pressures that are to be exercised on the Mozambique government, since the land represent the major conquest and the main patrimony of the Mozambican people.



ADECRU demand that the President Armando Emilio Guebuza and the Japanese Prime-Minister, Shinzo Abe, announce publically, in Maputo, the detention of ProSavana and the New Alliance as answer to the legitimate and sovereign demands of people of Mozambique, Brazil and Japan. that the prime minister of Japan assume, publically, all responsibilities for the harmful consequences of currents Japanese programs which promote the land grabbing, destruction of patrimonies and the livelihood of the communities in the Corridor of Nacala. We also demand that to two head of States to set up a broad mechanism of democratic dialogue and both member of the government should be criminally responsible for promoting actions of manipulations and intimidation to activist, leaders of civil society organizations and social movement that are against ProSavana and New Alliance.


Acknowledging the weakness and connivance of African and the institutions of Mozambique Government to cope with this onslaught of the government of Japan and G8 against the sovereign of the people, the Academic Action for the Development of Rural Communities (ADECRU) convokes all the movements of peasants, environmental and social, rural communities, people of the good and people of the whole Africa for a broad mobilization, organization and constructions of national popular movement and continental to fight in defence of their rights and interest relating to c and control of land, water, goods and cultural patrimonies and common historic. Also, calls for a resistance vigorous and firm all the affected against the “ProSavana and New Alliance for Food Security and Nutrition in Africa” and against all the social and environmental injustices.

ADECRU assume from this moment the commitment to use all national and international indispensable legal means to break dawn the implementation of ProSavana and New Alliance in Mozambique. We reaffirm our unconditional engagement for the imperious priority of harding the fight in defence of land and natural resources while patrimonies of people, for the genuine agrarian reform and for guarantee and protection of communities, population and peoples’ rights.


Maputo, 09th de January de 2014

ADECRU
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by africa_class | 2014-01-11 00:44 | 土地争奪・プロサバンナ問題