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カテゴリ:【大学】アフリカゼミ(3・4年)( 80 )

【最終講義(舩田クラーセン)】「小さな物語/歴史と大きな物語/歴史が交差する場に立ち続けて」4/9@代官山

より詳しい内容を以下に掲載しました(3月9日)
http://afriqclass.exblog.jp/22581068/


<=定員オーバーのため、一般受付は終了したそうです(3/18)。
*「招待者」の皆さんも既に定員オーバーで実行委員会の悲鳴があがっていますので、大変申し訳ございませんが締め切らせて下さい…。どうしても…という皆さんのみ私宛にメール下さい。(3/23)


「最終講義」の部分のみ、IWJからの提案によりインターネット録画配信が決定しました。

<配信日時> 2016年4月16日(土)18:00~21:00頃まで
<配信チャンネル>IWJチャンネル6
http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=6

久しぶりにお会いすることを楽しみにしています。

2016年3月1日
舩田クラーセンさやか

(転送・転載歓迎)
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ValedictoryLecture by Dr. Sayaka FUNADA CLASSEN
元東京外国語大学 舩田クラーセンさやか准教授 最終講義&懇親会


小さな物語/歴史と大きな物語/歴史が交差する場に立ち続けて
〜アフリカの小農と日本の私たちの『主権と解放』に関する歴史的考察〜


2004年〜2014年まで、東京外国語大学で教えられた舩田クラーセンさやか准教授の最終講義&懇親会を、下記の要領で開催いたします。

「最終講義」は、標題の「小さな物語/歴史と大きな物語/歴史が交差する場に立ち続けて」というテーマで、先生の「これまで」がふり返られます。特に、後半部分は、「アフリカの小農と日本の私たちの『主権と解放』に関する歴史的考察」が話されるそうです。講義の手法としては、学術・教育に留まらない、「クリエイティブな何か」になるとお知らせ頂いています。どうぞご期待下さい。

また「拡大ゼミ」は、日本の若者(自称OK)が自分と社会/世界との関係について、他の若者たちと共に考える場にしたいとのことで、先生がゼミ生とともに培われたメソッドが活かされます。さらに、「懇親会」では、先生が育てたハーブや野草を使った多国籍なメニューやお茶・お酒をお楽しみ頂けるとともに、ご子息のキャンドル&木工作品の展示販売も行われます。(*詳細は別添の先生からの補足をご覧下さい

2年にわたる闘病生活を経て、新たな地平に立たれつつある舩田先生の日本での「最後で最初」の講義、是非ふるってご参加下さい。



【日時】2016年4月9日(土曜日)

・拡大ゼミナール 13時〜15
・最終講義 15時半〜18時半 (開場15時)
・懇親会 19時〜21時

【場所】 Goblin. 代官山
東京都渋谷区恵比寿西1-33-18 コート代官山 B1F

【アクセス】代官山駅3分、中目黒駅5分、恵比寿駅7

http://goblinspace.jp/goblin-daikanyama/

【参加費】
・最終講義・拡大ゼミ参加費 2000(学生:1000)
・懇親会のみ参加費 4000(学生:2000)
・最終講義+懇親会:5500(学生:3000)

詳細は末尾をご覧下さい。

懇親会への差し入れ・お酒の持ち込み大歓迎です!

【定員・参加申込】

定員100名(を超えました…)。満員御礼、招待枠も含め、既に締め切りました(3/23)。
<配信日時> 2016年4月16日(土)18:00~21:00頃まで
<配信チャンネル>IWJチャンネル6
http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=6
後日中継配信をご覧下さい。

【プロフィール】

国際関係学博士(津田塾大学)。1994年に国連モザンビーク活動に従事した後、日本学術振興会特別研究員、津田塾大学国際関係学研究所所員を経て、2004年に東京外国語大学に着任。2008年に准教授。現在、明治学院大学国際平和研究所研究 員。所属学会は、日本国際政治学会、日本アフリカ学会、日本平和学会、人間の安全保障学会、国際開発学会。

 数々の社会活動に従事。代表的なものに、神戸市中央区震災ボランティア、モザ ンビーク(洪水被害者)支援ネットワーク、TICAD市民社会フォーラム、アフリカ2008キャンペーン、福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェク ト等がある。

 著書に、Japanese in Latin America2004, Illinois UP*全米The Choice: Academic Outstanding Titles 2005)、『モザンビーク解放闘争史』(2007年、御茶の水書房*日本アフリカ学会研究奨励賞)、The Origins of War in MozambiqueAfrican Minds)、 編書に『アフリカ学入門』(2010年、明石書店)、『平和研究(平和の主体論)』(2015年、早稲田大学出版会)。7匹の猫母。薬草ハーブ研究。日々、食・農・エネルギー 問題に取り組む。

研究業績詳細:

https://www.linkedin.com/in/sayaka-funada-classen-7abb8493

https://www.researchgate.net/profile/Sayaka_Funada_Classen

*ご出席の方には、舩田先生の「徒然:私の履歴書」を3月 下旬にお送りします。

【主催】

元東京外国語大学 舩田クラーセンさやか准教授 最終講義&懇親会 実行委員会

【お問い合わせ】

下記アドレスまでご連絡お願いします。
africa_seminar2016@yahoo.co.jp 


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最終講義

「小さな物語
/歴史と大きな物語/歴史が交差する場に立ち続けて
〜アフリカの小農と日本の私たちの『主権と解放』に関する歴史的考察〜


この度は、最終講義に関心を持って頂き、誠にありがとうございます。少し補足が必要だと思った点を、私(舩田)の方から書かせて頂いております。例のごとく少々長いのですが、よろしくお付き合い下さいませ。


1. 最終講義・ゼミ企画の背景

「最終講義(ゼミ)」をやりたいと思った理由はつあります。

* 一つ目は、病気の悪化により意図せずして突然大学を休職し、その後思い切って退職してしまったので、途中で学生を放り出すことになってしまいました。そのために、「最終ゼミ」を開催することで、少しでもこれを埋めることができればと思いました。

* 二つ目は、随分お世話になったのに、以上の理由から皆さまにまったくご挨拶もしないまま、ほとんど「消える」ように日本を後にせざるを得なかったので、近況をお伝えし、ご挨拶をする機会とさせて頂ければと思いました。

* 三つ目は、大した実績があるわけでもない上に、突然辞めて「最終講義」はないだろうと思うものの、当面日本の大学に関わることもないと思うので(恐らく)、これを人生のある種の「区切り」とし、これまでをふり返りつつ今の立ち位置を見つめ直し、皆さまのお力をお借りして、今後の10年を構想したいと思いました(できるかは別として)

* 四つ目は、以前から考えていたものの、あえてやらなかった型破りの講義を、私が最も避けてきた「双方向型でない非参加型一方的スタイル」でやってみたいという理由によります。うまくいくか分かりませんが、私にとっての旅立ちの一歩ともなる機会を頂いたので、実験的にやってみたいと思います。温かく見守って頂ければ幸いです。

* 五つ目は、研究・教育・活動の根っこにある「暮らし」について、学生たちに色々な場面で紹介してきたものの、震災後はそれが叶わなかったこともあり、わずかながらでも紹介することができればと思い、贅沢ながらキッチンのある会場を借りてもらいました。


2. 最終講義の内容

「最終講義」をやりたいと思った時、では「何を話すのか」という点について色々迷いが出てきました。通常の最終講義では、多くの先生が学問的な到達点についてお話になると思いますが、私の場合はそのような到達点があるわけでもなく、かつやってきたことがあまりに多種多様な上に学問分野も広すぎて、3時間頂いても、一つに絞って話すことは難しいということに気づきました。

 また、色々あった11年でしたので、2年ほど床に臥せっている間に、これまでの研究すべてに関して疑問に感じるようになってしまい、もはや今までしてきた研究をまとめる気持ちすらなくなってしまっている自分に気づきました。また、退職時が病気の小ピークだったこともあり、最終講義をやるなど考えることすらできない状態でした。今も本調子ではないのですが、少なくとも「やりたい」という気持ちが出てきたことに感謝しています。

 このように一旦捨てた(見放された?)はずの研究活動でしたが、少し元気になってきた途端、世界や日本の多様な背景の人たちからの依頼が急増してこれらを考えたり対応しているうちに、今の世界/日本の構造的・主体的問題がおぼろげながら見え、自分が取り組むべきことがまだあるように思えてきました。 

 ここ2ヶ月ほど、これまでの活動・研究を基盤として新たな何かを創造する手応えを感じるようになったのですが、まだ「感覚」にすぎないそれを皆さまにご披露するにはもう少し時間がかかるということにも気づきました。その上、それは必ずしも「研究」「教育」の枠にはめられないのです。

 これらのことを改めて考えた時、一旦は「最終講義なんて無理」との境地に至ったのですが、何も今更肩肘を張る必要もないと思い直し、そういう自分の状況を過去から現在、現在から未来に向かうプロセスとしてご紹介すればいいのではないかと考えるようになりました。その際には、「研究」「教育」あるいは「社会活動」「暮らし」という、20年ほど取り組んできたアクション間の垣根を取っ払って、一人の人間として今考えているところをもう少しクリエイティブに紹介するのが良いのではないかと思うようにもなりました。

 そんな私の我が侭を受け止めてくれる多くの元ゼミ生・院生といった「仲間」に支えられ、今回は学術的な講義だけでなく、音楽・画像・映像を使った「なにか」を準備しているところです。通常の最終講義でなされる言葉の上での「自分史」は、「私の履歴書」という主観的長文にまとめました。参加者の皆さまに事前(3月下旬頃)に送ってもらいますので、よろしくお願いいたします。

 この作成にあたって参考にしたのは、日本経済新聞の最終面に連載されている「私の履歴書」です。似て非なるものではありますが、今後に向けて自分のこれまでをふり返る作業としては、とても良い機会となりました。自分でも呆れるような右往左往ぶりの「履歴」でお恥ずかしい限りですが、当日の講義では極力「説明」を省くので(何故かは内緒)、参考になればと思います。


3. 懇親会での食べ物や飲み物

震災までは、菜園や採取による自給に近い暮らし(春〜秋)、幼少期からの関心事であったハーブや薬草を生活に取り入れてきました。「土」の魅力に取り憑かれた半生でもありました。しかし、原発事故の発生もあり、すべてを買う生活になり、加えて諸事情により病気が悪化したこともあり、一旦東京での生活を断念しました。

 せっかく自然環境のよい村にきても、思った以上にダメージが深く、何ヶ月も寝込む毎日でした。それでも、畑や森に出られる時は出て、やれる範囲のことをやれる時だけやっている間に、植物たちは他の生命とのバランスの中で自由気ままに育っていきました。自然とはまったく良くできたものだ…と感心している内にあっという間に年月が過ぎていきました。

 そんな調子で放置していたら、ラベンダーとローズゼラニウム、ディル、セージなどが大量に収穫できたので、ご希望の皆さまにお分けします。自家採取した種もご希望であればどうぞ。用途にあわせたハーブパック・お茶も可能な範囲で準備します。(いずれも結果は保証しませんが!)

 薪クッキングストーブを導入したこの1年間は、調理のすべてを庭と隣の森の枝と薪だけで賄った1年でもあり、「里森」と田畑とキッチンを繋げることの手応えを感じました。キッチンの真ん中に設置されたストーブには、いつも野草の煎じ茶とスープベースが煮たっていて、その温かな炎とともに、どうしても治らなかった病気を徐々に治していってくれました。課題ばかりが注目される日本の地形ですが、山林森に恵まれた日本ならではの暮らしには、未来への手がかりがあると思います。そのためには、「キッチン」が肝だと思っています。子どもでも大人でも、食べずに生き延びることはできません。このことについて、懇親会を通じてお伝えできればと思います。

 懇親会にご来場の皆さまには、庭で勝手に育った野草とハーブを使ったオリジナルレシピの料理を一品はご提供できればと考えています。味噌・ぬか漬けに留まらず、お酢まで手作りする程に発酵を愛しているので、一品は発酵を活用したものにしようと思います。これらはスローで素朴な料理になると思いますが、ゼミ生たちは別のものも用意してくれるでしょう。お楽しみ下さい。

 持参する薬草・ハーブは、講演の際の休憩時にお茶として飲んで頂けるように準備してもらいます。皆さまの当日の体調にあわせ、気分を盛り上げるお茶、不安を和らげるお茶、スッキリするお茶、女性のホルモンバランスに良いお茶などの中から選んで頂ければと思います。


4. 海のキャンドル・木工作品について

着任当初は4歳であんなに小さかった息子も15歳、180cmを超える大男に成長しました。彼が幼い頃に色々なことが発生し、いつも心配で仕方がありませんでした。それがもうすぐ16歳。ドイツでは、16歳でお酒が飲め、「大人」扱いです。ふり返ると「子育て」とは、「親育て」なのだと実感し続ける16年でもありました。まったく不甲斐ない親で、子どもに迷惑ばかりかけた上に、この苦しい2年間をそばで支え続けてもらいました。

 至らぬオヤでありセンセーでしたが、大学での11年とあわせ、子どもや学生の皆さんの人生の貴重な時間(とき)を共に過ごさせてもらった喜びを、今改めて噛み締めているところです。教育とは、すべからく「教えているつもりで自分が育てられる」ことなのだと確信しています。他方、果たして皆の「自分育ち」に何か役立つことができたのか甚だ疑問ですが、「互いに頼り合うこと(支え合う前提として)」の重要さは身を以て見せられたと思います。

 親が情けないと子は育つもので、お小遣いをあげなかったら、自分で稼ぐようになりました。豊かな自然に育まれ、ものづくりが大好きな少年に成長し、日々あらゆることにチャレンジしています。問題は、後片付けができない(!)上に、関心が次々に変化していき、まったく続かない点ですが、「私の履歴書」を改めて読み直して、自分がそうであったことに気づきました。現時点での彼の手仕事に触れていただければ。

(以下、作品の一例)

http://afriqclass.exblog.jp/21554826/ 

http://afriqclass.exblog.jp/21611855/


5. これからの一歩として

ところ変われども、今後は震災後に奪われてしまった(あるいは奪ってしまった)根っこのある暮らしを徐々に取り戻しながら、ライフワークとなる「戦争/暴力と平和、食と農、核とエネルギー、日本・モザンビーク・アフリカの課題」に主体的に関わり続ける一方、世界での運動・研究・教育・日常にクリエイティブに参加していきたいと思っています。(なお、例の10年プロジェクトは進行中です)


6. 最後に

東京外国語大学(外大)には11年間にわたり大変お世話になりました。多くの先生方には「たった11年」。でも私とっては言い表すことができないほど長いながい11年でした。そして、その11年の間に、素晴らしい若者たちと出会う機会に恵まれ、笑い喜び、憤り、嘆き悲しみながら、表現し難いほど豊かな時間を過ごすことができました。学生や同僚の皆さんには心配をかけるばかりの11年でしたが、いつも支えてくださったことに心から感謝いたします。

 今では仲間であり、同志であり、ファミリーとなった(元)学生たちとこれまで一緒に考えたこと、やってきたことをふり返りつつ、今後を皆さまと「妄想」したいと思います。閉塞感漂う日本と世界の昨今ですが、これから先の未来を若い人たちと共にどのように可能性を切り拓いていけるのか、ぜひ一緒に考えていただければ幸いです。

 新年度早々のお忙しい時期とは思いますが、しばし日常を離れて、共に不思議な時空を過ごして頂ければと思います。お世話になってきた皆さまも、お会いしたことのない皆さまも、ご参加お待ちしております。

 

2016228

舩田クラーセンさやか


追伸:

当日イベントのお申込みは次のサイト(https://ssl.form-mailer.jp/fms/fe25f1fa418312、ご質問は主催者の実行委員会(africa_seminar2016@yahoo.co.jp)までお願いします。




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by africa_class | 2016-03-01 22:01 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)

今日結婚するメグミちゃん&みなへのメッセージ:脱「草の根ファシズム」のヒントとして


この週末、メグミルクが結婚するという。

卒業式で素肌にマサイの毛布をまとって卒業証書をもらったメグミちゃん。北海道で高校の先生をしている。
「先生、天職です!毎日幸せです!」
そんなメールをいつかくれた。心の底から嬉しかった。

メグミちゃんは、高校生の時訪れたケニアのスラムで、大変な生活の中でも、子どもたちが笑顔だったことがあまりに衝撃で、「なぜ笑顔なのか?」を問いとして抱いたままゼミにきた。

その子どもたちの「笑顔」は心からのものか?
たまたま出会った子どもたちだけがそうだったのか?
訪問先に秘密があるのか?
訪問の仕方(間に入った人)との関係は?
そもそも「笑顔」とは何か?
誰がそれを「笑顔」と定義するのか?

きりのない突っ込みは可能だけれど、そして本人にも誰にも言わなかったけれど、その問いはすごく良いものだと思った。卒論テーマとして学問的に良いと思ったのではない。学術的には上記のように前提を特定していく必要があって、社会か学的に追求するには困難な問いである。でも、一年生の時からずっとこれを唱えてきた彼女に4年目の夏がきても異論を口にすることはなかった。

(そもそも、学生のテーマ選択は本当に自由。ここに口を挟むのは絶対にやってはいけない。勿論変えた方が良いテーマであることは多い。でも、変更もまた学生の選択であって、大げさかもしれないけれど彼女ら・彼らの一生に関わることである以上、そこは重要。これは執筆途中の大学1年生向けの本で詳しく説明したい。いつか…)

なぜか?
私には、その問いが彼女の人生の中で、あるいは彼女と共に教室にいる学生たちの人生にとって、とても重要な問いに思えたからだ。そして、この社会が切実に必要としている観点が含まれている。何より、私がゼミでやろうとしていたことと、実はとても合致していた。

そして、メグミちゃんは、卒論を通してというよりも、その問いと、彼女がその問いを発するに至った背景と、そしてそれを乗り越えようとする前向きな姿勢によって、自分と周りを解放していった。「解放」という言葉が、この点についてはとてもしっくりくる。結局は、これは「自己と他者の解放」の話なのだ。

私のゼミにはなぜか「何か」を抱えた学生たちが集う傾向があった。
ただ明るいのではない。
ただ「良い子」なのではない。
ただ斜めにみているのではない。
表面でみえるものとは別の「何か」…を抱えた若者たち。

考えてみれば、ゼミ生だけでなかった。
今の日本の若者というのは、そういうものなのかもしれない。「何か」を抱えながら、迷いながら、右往左往しながら、しかし、表面上は「フツーの若者」らしくふるまっている。あるいは、いつの時代もそうなのかもしれない。

ただ、今の若者は、中学校の窓ガラスが、先輩たちが投げた机で破れていた…なんて時代のすぐ後に中学校に入った私たち、あるいはバブル最後の時期でイケイケドンドンな時代の空気を吸った者たちとは、何かが違っている。昭和なお父さん、おじいちゃんが鎮座した「イエ」が押し付ける規範としがらみを、肌で感じ、覚えている世代と、現在の若者とは何がが。

一見無限の「自由」の中の不自由さや古びた拘束力と、たった独りで内面において闘うことを余儀なくされた若者たちの、苦しさ。誰に対しても、親はもとより、「友達」とも本音を語らないことが当たり前となった彼ら。

若い人たちが自分の本音を友人たちにも語らなくなったのはいつからなのだろう?
「いじめ」は誰の身にも、いつでも、起こりえる。
そんな不安が、若者たちが自分の本当の考え・想いすら隠してしまうほどに、それ故に無関心・無気力にさせてしまうほどに至ったのは、いつからのことだろう。

みな、どこか悲しい目をしていた。
そして、不安そうな目を。
自信満々にみえても。
何かを暴かれるのを怖れているような、そんな目を。

大学に着任して3年目。
私は、ゼミで学問を「教える」のを止めた。
手順は教える。
書いたものを学問的に批評する。
しかし、ゼミの機能として、「場」の創造を優先させようと決意した。

そのことは既に何度も書いた。
書いてなかったことは、「新しいソーシャルネットワークの場」あるいは「社会関係資本を育む(あるいは実感してみる)場」としての試行錯誤の部分について。

勿論、そういう「場」が苦手な学生も多く、違和感をもったまま、あるいは嫌な思いを抱いて卒業していった学生もいただろう。勿論、ゼミに入る前から何度も説明し、「このゼミには入らなくていい」と宣伝し、すでにゼミ生になっている人たちに相談するように提案してきた。それでも、あうあわない…はあるので、そこの部分は完全には私の責任というわけではないが、ある種実験的な部分があったのは事実で、その点では申し訳なかった。

ゼミではすべてをpeer(相互)にやることを前提とした。
言うは易し、機能させるには横軸と縦軸がうまく噛み合ないといけない。その意味では、初期のゼミ生たちの頑張りがなければ本当の意味でネットワークとして機能しなかったろう。

それでも一声かけなければならない場面は当然沢山あった。
毎年繰り返し言った言葉。
それは、他でもない、「頼ることを覚えること」であった。
そのことが「自分を「解放」してくれるだろう」ということ。

実は、日本のどの年代の人にも言えることだが、「信頼関係」「助け合いの関係」を想定する場合、自分は「助けてあげなければならない主体」であって、「助けられる側」とは考えない傾向が強い。ある時期、なぜか各地の「市民大学」(多くの場合9割方退職された方々の集い…)に呼ばれることが多く、そこでの社会関係資本を数える参加型ワークでも確認したが、受講生の圧倒的多数が「〜してあげる」「手伝ってあげる」という言葉や行動については思い至るが、では「自分が頼る側である」という意識は希薄で、「頼れる人」をカウントしてもらったら極端に少なかった。

究極的には、「他人/親戚に頼るぐらいだったら我慢する/お金を払ってでも/死んだ方がまし」ぐらいの勢いなのだ。これは、老若男女そうだった。頼る先も、若者も年配者も直系、一等(二等)親まで。「迷惑をかけたくない」「面倒をかけたくない」…そういう方があまりに多かった。

社会がそういう人ばかりだとどうなるか?
「頼り頼られる助け合い、信頼関係」など夢のまた夢。
義務かおつきあいでしか、関係ができない。

となるどどうなるか?
つまり、「ボーリングを一人でする」ことになる。
社会関係資本(ソーシャルキャピタル)論の創設者ロバート・パットナムいわく、「コミュニティの崩壊」、そして「草の根民主主義の衰退」である。
(このことは、また別の機会に書きたい。)

そして、不安のままの孤立は、自信喪失と他者への不信を生み出し、自己解放からも遠ざけ、かたくなな自分を作り出す。それは、いつかの日本の「草の根ファシズム」を再び出現させるだろう。

そして、それを喜んで創出・悪用するのは、あの時も現在も、豊かな民主主義の土壌を育むことなどまったく求めていないどころか、それを自分たちの収奪のために潰すことを厭わない権力者たちなのだ。翼賛体制を再び構築するのに好都合な社会が、不安と相互不信、疎外の中で生み出されている。

だから、権力者らのこのような悪巧みを乗り越え、一人ひとりが自分として解放され、互いを支え合い主体的によい社会にしていくためには、「自分の殻を破って頼ってみること」が必要なのだ。

しかし、「頼ること」は難しい。
「頼られる人になること」よりも。

実はこれは重要なポイントだと今でも思っている。何故なら、「頼られる人/頼りがいのある人になろう」とすることは、道徳的にも社会的規範としても教わる。だから、少々無理すればできる。でも、「頼ること」を奨励する場面はほとんどなく、「頼ること」を普通にあるいは奨励してくれるようなロールモデルもいない。したがって、多くの人が「頼り方」を知らない!(そういう私もそうだったが…)

だから、多くの日本の人にとって、「頼ってみる」「自分を投げ出してみる」・・・ことが何より未知の世界であり、考えが及ばず、やり方も分からず、やろうとしても苦痛なだけの行為であった。

でも、頼ってみた経験がなければ、頼らられる(頼ってもらう)ことの意味は本当には理解できない。身を委ねたことがなければ、身を委ねる側の気持ちは分からず、だから身を委ねてもらうこともできない。「頼り頼られ」という言葉がさしているように、まずは「頼り」である。だから、「頼ってみて」・・・を繰り返し、繰り返し、言い続けた。それでも、頼れないでいる。それぐらい、「頼ってはいけない」という思い込みはパワフルなのだ。それでも、頼ることを体感しないまま卒業してしまった学生が、数年経って突然「頼る」宣言をして驚くこともあったので、「頼ること」の重要性は言い続けなければならないかもしれない。

ゼミは「野生動物保護区」と呼ぶほど多様な生態に満ちあふれていて、よくできたもので、必ず「おせっかいさん」的な学生が一人はいて、皆の面倒をよくみてくれる。だから、そのオーラがついつい頼ってしまう雰囲気を作り出すこともあり、でもそういう学生は学生で自分は頼れないでいることもあるため、そこも根深いものがある。

メグミちゃんの問いは、そのまま私がお金だけでは測れない資本である「社会関係資本」=「頼り頼られる関係」の価値を、体験としても、実験としても、学問としても、ゼミのみんなで共に考えるよい機会を提供してくれたと思う。留学に行く一人ひとりに歌を贈ってくれたメグミちゃんの「無限のgivingな心」の根っこにあった寂しさは、もう癒されただろうか。

人生の伴奏(走)者を得て、きっとこれからも沢山の歌を多くの人に届けてくれることと思う。そして、かつてのメグミちゃんたちのような気持ちを抱える沢山の若い人たちに、暖かい光を灯してくれることだろう。


メグミちゃん、おめでとう。
と同時に、すべての(元)学生に、おめでとう&ありがとうを。
(この記事は、メグミルクをねたにしているけれど、実際は一人ひとりに向けたものです)

若き日に頼ることを教えてくれたモザンビーク北部農村のママたちに、あわせて感謝したいと思う。

なお、最近30代に突入したという卒業生たちから立て続けにメールをもらった。

みんなで仕事や色々な悩みを話しました。抱えている問題は別々のようで、実は根本はなんだか同じなように思えてきました。これからどのように生きて行きたいかを、30代になった私たちは20代とは違う視点で考えるようになってきたのかなと思います。色々ありますが、大変な時もそのままの自分の姿を見せられる友人がアフリカゼミでできたことが嬉しいです。」

違った場所(時に国で)まったく異なる仕事や人生を歩んでいる卒業生たちが、こんな風におり触れて、本当の自分の姿で、自分の悩みや想いや希望を、語り合っている…ことは、本当に嬉しい。「大学」という場は、学問を探求する場でもあると同時に、やはり一生涯の仲間を育む場所でもあるのだということを、改めて感じている。

「人」は二人の人が背中合わせになって初めて「ひと」になる。一人で生きられないからこその人であり、社会であり、世界であり、地球であり、生命であるのだということを、紅葉深まるドイツの秋を眺めながら噛み締めたい。

「頼よる関係」…は自然との関係においてもそうだ。
現代において、人は自然を制服しているつもりかもしれないが、結局はどの大災害でも自然を前になす術がない現実を目の当たりにしている。自然が人を頼るのではなく、人が自然に頼っているのだ。そのことを一瞬足りとも忘れてはならないと思う。知らず知らずに頼っている自分を発見し、それを受け入れるところから、きっと本当の関係が見えてくるし、だからこそその関係を本当の意味で育むことができると思う。(ここは少し言葉足らずだけれど、今太陽が出て来たので畑仕事に!これにて失礼・・・)

最近の日本に再び蔓延しつつある「草の根ファシズム」が、本当の意味の「草の根民主主義」によって乗り越えるには、まずはこの一人ひとりの不安と孤立(疎外)を脱することが不可欠であって、そのためには信頼でき異論を唱え合える開かれた仲間同士の連帯へと向かっていかねばならないと思う。

その意味でも、みなの経験は希望なのだと知ってほしい。
そして、一人でも多くの人を巻き込んでいってほしい。
路上でがんばる若者たちが、こういうプロセスを経て連帯の力を得たことにエールを送りたい。
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(木こりのツレの置き土産があるが、それは気にせず…日陰はもう寒いので、太陽にあわせて薪割りの場所を移動しているのです)

本当は別のゼミ生のメッセージについて取り上げようと思っていたのだけれど、畑でこのことを思い出して先に書いておいた。続けて、別の学生のメッセージについて。
「デモから学んだ若者から学ぶ秋」
http://afriqclass.exblog.jp/21729533


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by africa_class | 2015-10-10 22:49 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)

2013年度優秀論文の紹介ー「ルワンダにおける健康保険の拡大」

長い間ご無沙汰しておりました。今見たら実に3か月ほど空いていたのですね。卒業生らに「ブログ更新して下さい」とお願いされ、ぼちぼち。。。

あれからあまりに症状が悪化してしまい、そして大学をお休みするにあたっての段取りやなんやらで、落ち着かない日々が続いてきました。今も起き上がれたり、起き上がれなかったりなのですが(これも布団の中からですが)、あまりに社会から断絶したままだとそれはそれで症状の改善にもならないので、ぼちぼちブログに駄文などを書き連ねつつ、気晴らしをし、療養に専念したいと思っています。

そして是非とも掲載しなければならないまま、ずっと放置せざるをえなかった情報のいくつかを今日アップできそうならしてみます。これをがまんするのも、また心身ともに悪い影響を及ぼすので。

まずは、2013年度のゼミ指導教員が推薦する優秀卒業論文の紹介です。3月にはやっておきたかったのですが、PCに向かうことすらままならなかったので・・・。

■この制度についての説明:
http://www.tufs.ac.jp/education/yushuronbun/yushuronbun_menu.html

■2011年度から毎年推薦し、以下の論文が掲載されています。
(このブログでも紹介した通り)
2011年度
http://www.tufs.ac.jp/education/yushuronbun/yushuronbun23.html
2012年度
http://www.tufs.ac.jp/education/yushuronbun/yushuronbun24.html
2013年度
http://www.tufs.ac.jp/education/yushuronbun/yushuronbun25.html

このゼミでは、学生・教員・院生・ゲスト等の評価を総合して足したものの順番で推薦者が決まります。本当に推薦されるべき優秀論文は毎年4つは出てくるのですが(12名前後の執筆者から)、去年から推薦できるのは「1名まで」になったので、残念です。年々レベルが上がっていることに驚きます。

後輩たちは一対一で上の学年の卒論執筆の添削、書評、評価の担当をするので、卒論の最終工程のイメージが湧き、そのことは凄く勉強になるのだと思います。特に、全員が当たり前のように英語や原語の論文を漁って、それらを活用するということは「前提」になっているのは良いと思います。互いの突っ込みも、自分にはねかえってくるので、モチベーションとしてもとても良い。Peer Educationを目指してきましたが、そういう場を設け継続させていくことに専念すれば、若い人達は勝手に展開するものなのですね。

■2013年度の優秀論文の概要と推薦理由を皆さんに紹介します。
瀬戸さんは、3年時に1年間ルワンダで現地企業(佐藤さんの)でインターンとして働きました。その後、モザンビーク開発を考える会の事務局でもインターンをしてくださり、就活もあり、卒論もあったので本当に忙しい毎日を、きちんと全部両(3)立させて、活躍してくれました。

卒業論文は超大作で、中身も手堅く、濃く、評価に参加した全員が一致して、ぶっちぎりの最優秀論文として選ばれています。文献調査では英語を含む70を超える文献を網羅しており、かつ現地調査も実施しています。

後輩たちから「驚異wonder?」としてみられる瀬戸さんも、入ゼミ当時は普通の2年生修了者でした。その後の色々な「悔しさ」が、彼女の原動力となり、バネとなり、大躍進になったことを、何度でも強調しておきたいです。

人間の発展には、時に「才能」が必要な部分もありますが、多くの場合「自分の不十分さへの真摯な、しかし前向きな理解」と「努力」が根っこに必要であるということを、若い皆さんには伝えたいです。今出来なくても、「出来ないからダメだ」とか「出来ない私がダメだ」とかそのようなマインドではなく、「何故出来ないのか」「どうやれば改善できるのか」を周りへの相談とともに明らかにして、前向きに取り組んでいく・・・そんなことが必ず未来に繋がるということを、瀬戸さんを通じて改めて学びました。

なおみちゃん、おめでとう。そして、ありがとう。
今頃の紹介になってしまい、申し訳ない。

そして、それ以外の卒業生の皆さんにも、最後まで放り投げず頑張った一人一人に、表彰状を送りたい気持ちです。百本ノックを見事に打ち返し続けましたね。やりきった部分も、やり残した部分もあると思いますが、いつも言いますが、「やり残したこと」については人生の様々な場面で問い続けていってくれればと思います。(私も未だにそんな感じです。)

今年卒論の指導が出来ない皆さんには大変申し訳なく・・・でも、先生方や先輩たちが熱烈しっかりサポートするということなので、どうぞよろしくお願いいたします。


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2013年度優秀卒業論文

学生氏名:瀬戸菜穂実
学生の所属コース:地域国際コース(フランス語専攻)
卒業論文(研究題目):「ルワンダにおける健康保険の拡大―政府の貧困削減政策に注目して」

推薦理由:
本論文は、経済成長の一方で依然として深刻な貧困に悩むアフリカで、大多数を占める貧困者の医療サービスをどのように保障していくのかという現代的課題に基づき研究され、執筆されたものである。

事例として、健康保険加入率が低調なアフリカにおいて驚異的な加入率を誇るルワンダを取り上げ、依然貧困者が多い同国でなぜこれが可能だったのかについて歴史的・政治的背景を含め明らかにすることで、他のアフリカ諸国の課題を明らかにするだけでなく、虐殺後のルワンダの固有性を浮き彫りにしている。

その意味で、本論文はただ単に、「保険加入者を拡大するにはどうすればいいのか」といった一面的で制度設計的な視点を超え、地域研究の手法に基づき、ルワンダ国家と社会の今について健康保険を事例として描き出すことに成功しているといえる。

日本ではアフリカの健康保険に関する研究、とりわけ事例研究はほとんどなく、またルワンダの研究においても健康保険を通じての考察は皆無であった。その意味で、本論文の貢献は先駆的な取り組みとなっている。なお、執筆者は、本論文の執筆に当たって、一次資料として英語文献20本(内ルワンダ政府の資料は17本)、二次文献として日本語文献11本、英語文献55本、フランス語文献1本を参考にし、丹念な先行研究の検討と整理を行った。これに留まらず、資料上の制約を乗り越え、より実証的な論文とするため、現地調査を実施し、その成果を採り入れた論文となっている。

その結果、健康保険の加入率の拡大が虐殺後のルワンダの貧困削減政策並びに強権化と連動して生じていること、その財政的持続性に疑問があること、また助成が受けられない貧困層の中でも最貧困層以外の層は保険システムから離脱せざる得ない実態を明らかにした。このような深みで健康保険の分析を行った先行研究は皆無であり、本論文は学部卒業論文をはるかに超えるレベルの論文となっている。なお、本論文は、指導教員だけでなく、11名の卒業論文に関する相互審査を経て最優秀論文として選ばれたものである。

最後に、執筆者は、2011年から1年間にわたり、ルワンダの企業においてインターンとして同国各地で保険衛生分野の事業に従事した経験を有する。その際に育んだ問題意識を、学術的問題関心に昇華させ、多様な資料や手法を用いてこの問題に取り組み続けたその姿勢は評価に値する。

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ただ当然この論文にも課題は多々あり、やはりルワンダの固有性の部分における深い政治的な分析や、そもそもこの分野に特化した援助の背景にあり得る狙い、、、とりわけルワンダでこの分野の援助を前のめりに行ったアメリカ政府の真の狙いなどの分析は、今後も課題として残っていくでしょう。しかし、すべてを一つの論文(しかも学部論文)に期待しないことも重要で、これが基礎研究となって他の人が研究調査を積み上げていけばいいわけで、2013年度から要約しかHP掲載されなくなったのは誠に残念なことです。
            
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by africa_class | 2014-05-26 19:31 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)

卒論発表会2013年度(1月21日14時30分~)@外大

今年も素晴らしい卒業論文が揃いました。
年末は特に私も家族も卒論にうなされましたが、11名の力作です。
大半が多数の英語や原語の文献、そしていくつかは現地調査に基づくものです。
「問い→仮説→実証→結論」の手順を踏まえた、チャレンジ論文。
それぞれらしい、「魂」のある論文ばかりとなりました。

発表会を来週火曜日に行います。
ぜひ、起こし下さい。

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アフリカ政治経済ゼミナール 卒業論文発表会2013
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■2014年1月21日(火曜日)14時30分~17時30分
(*途中出入り自由です。延長が予想されます)
■東京外国語大学(府中キャンパス)研究講義棟1階100教室
■学内:参加自由、学外者:事前にご連絡下さい。
africa.semiar<@>gmail.com
■Peer education/reviewを採り入れているので、聴衆にも評価に加わって頂きます。

【農業】
○「構造調整後の小農支援政策の小農に対する影響―マラウイの事例から―」
○「日本の女性農業者の地位向上の歴史と残された課題」
○「サブ・サハラアフリカの農民組織形成の背景とその役割
―モザンビークの農民運動ネットワークの事例から―」

【経済】
○「ナイジェリア映画産業の課題―ノリウッドの事例から―」
○「南アフリカにおける中国製品流入の影響―繊維・衣料産業の事例から―」

【政策】
○「ジェノサイド後のルワンダにおける経済政策の有効性―コーヒー産業の事例から―」
○「ルワンダにおける健康保険の拡大ー政府の貧困削減政策に注目して」

【紛争】
○「コートディヴォワール共和国で2002年に内戦が起こった原因―市民社会を中心に考える―」

【教育】
○「カメルーンにおける二言語公用語政策の役割ーバイリンガル教育を切り口に」
○「レソトにおける高学歴失業ー外部依存の雇用と教育のミスマッチ」
○「アフリカにおける中等教育の課題―ガーナ共和国を事例に―」
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by africa_class | 2014-01-16 02:57 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)

外語祭でゼミ生たちがアフリカ&東北・福島のお母さんの手紙などを紹介中。是非(日曜日まで)

ゼミ生たちの外語祭の展示・販売は今日から。

東京外国語大学文化祭
外語祭「世界は思いのほか、近い」
http://www.gaigosai.com/

1.アフリカ・ゼミによる学内提示&アフリカ物産販売&イベント
2.東北復興支援隊&福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクトFnnnPの展示&販売
3.野外でのファムカフェのルワンダコーヒー販売


と、盛りだくさんメニュー!
野外では、アフリカコースの学生たちのアフリカ料理・ドリンク販売もあります。

ぜひ、週末は東京外大にお越し下さい。
以下、彼らの宣伝です。

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1.アフリカ・ゼミによる学内提示&アフリカ物産販売&イベント
22日(金)~24日(日)までの3日間326にて教室展示を行います。
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今年は「すぐそこ!アフリカ」をテーマに、
日本ではあまりなじみのないアフリカの国々や文化のことをもっと知っていただこうと、写真いっぱいの旅行記やアフリカクイズ、民族衣装の展示や物販など様々な展示を用意したので皆様ぜひ遊びに来てください。

特別企画
23日(土)15:00~はモハメド・アブディン氏の講演会、
24日(日)11:00~と14:00~はenjoy africa folk(http://enjoyafricafolk.osonae.com/eafindex.htm)
によるジャンベ演奏会&レクチャー会を予定しております。

モハメド・アブディン氏は著書『わが盲想』が大人気のスーダン人作家です。講演会は同書に即した内容となっており、彼から見た日本のお話は、とても興味深い内容になっていると思います。

またジャンベ演奏会は前売り券250円・当日券300円を頂いてしまうのですが、プロの演奏を楽しみ、ジャンベレッスンを受けることも出来るので、絶対に後悔はさせません。

詳しくは
https://www.facebook.com/pages/Tufs%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%82%BC%E3%83%9F/331332757004219

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2.東北復興支援隊&福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクトFnnnPの展示&販売
http://tegamifukushima.blog.fc2.com/
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お手紙の展示紹介が、東京外国語大学文化祭「外語祭」にて行われます。今年7月に同大学にて行われたものの再展示です。外大東北復興支援隊様のご協力のもと開催されます。
以下、詳細です。

*お手紙の展示紹介@外語祭*
日時:11月23、24日(土、日) 11:00~17:00
場所:東京外国語大学 府中キャンパス
   研究講義棟 307教室
   団体企画「外大東北復興支援隊」内
アクセス:
・西武多摩川線「多摩駅」から徒歩約5分
・京王線「飛田給駅」からバス約10分
(詳細は「GAIGOSAI WEB」へ→http://www.gaigosai.com/access.shtml)
※入場無料。
※スタッフが常駐します。お気軽にお声かけください。
※前回の活動報告はこちら→http://tegamifukushima.blog.fc2.com/blog-entry-32.html

大勢の方々にご来場いただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。

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3.野外でのファムカフェのルワンダコーヒー販売
https://ja-jp.facebook.com/Femmecafe
http://ameblo.jp/femme-cafe/
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タイトルにもある通り、外語祭で私たちファムカフェが出店する「AFRICAFE」のメニューと価格が確定いたしましたのでお知らせいたします!

・ホットコーヒー              …¥200
・カフェモカ 
・スパイスラテ
・ハニージンジャーラテ           …¥250
・大人のカフェオレ(ホットコーヒーカクテル) …¥300
・ルワンダコーヒー(豆・粉)         …¥250

ルワンダコーヒーの味を活かしたカフェモカ、ジンジャーがほんのり香る優しい甘みのハニージンジャーラテはどちらも今年初のメニューです。また、ティーマサラを加えたスパイスラテや、ルワンダコーヒーを漬け込んだ自家製のリキュールを使用した大人のカフェオレは昨年に引き続き今年もご提供いたします。

ドリンクはすべてホットですので、急に寒くなりだした今の時期にまさにぴったりです。
「AFRICAFE」で心も体も温まること間違いなし!
ぜひぜひみなさま11月22日(金)~11月24日(日)は「AFRICAFE」@第91回外語祭にお越しください^^

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がんばれ~学生たち!
そして、是非ご来場を。
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by africa_class | 2013-11-22 10:19 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)

卒業祝い:「ちっぽけな自分を笑い、自分を超えたもののために生きる道を閉ざさない」、という生き方

2012年度の卒業生を送り出している時期に色々あり、しっかりと送り出す言葉を書くことができないでいた。もう9月が終わろうとしているこの瞬間、なぜか出張中のオランダのホテルで一言だけでも書いておきたいと思う。

まずは、皆さんこんなに遅くなってごめんなさい。
言い訳にはなりますが、忘れていたわけではなく、ずっとずっとあの時追コンでかけた言葉以上の何かをどのようにまとめて書けばいいのだろう・・・と考えていたら、あれもこれも言いたいのに、一つだけ絞っていうとしたらなんなのだろう・・・と迷っていたら、こんなに時間が経過してしまいました。ごめんね。

ゼミ生との毎年の出会い、そして毎年の送り出し、その繰り返しをしてもうすぐ10年が経過しようとしています。気が付いたら、100人以上のゼミ生との出会いとなりました。そして、そのパートナーたちや赤ちゃんたちや、増えていくファミリーとの沢山の新しい出会いがあります。

2004年には不可能だった、卒業生が後輩の面倒をみる・・・は見事に勝手に主体的に行われるようになり、卒業生の皆さんに心から感謝しています。この場をかりて、「ありがとう」を言わせてください。

皆さんとのどの出会いも、とてもかけがえがなく、時に反省しなければならないことも多々あり、率直にそれをお詫びしたいし、同時に皆があたえてくれた沢山の幸せと笑いを、それがくれた勇気と成長を、どう説明すれば伝わるものか・・・これを書く決意をした今夜にも未だ分からないのです。

でもやっぱり、皆がくれた力に感謝したいと思います。
皆の純粋なまっすぐな、でも不安げな眼差しをみながら教壇に立つと、ああ頑張らなければ、ただ教師としてだけでなく、人として、大人として、社会の一員として、日本の現状の責任者として、世界の一部として、がんばらなければ・・・と思ってがんばれてこれました。

時に(多くの場合?)、それが空回りになったり、やり過ぎになったり、時にやはり独立精神が必要だと不十分に対応したり・・・とおそらく皆の目からみたら色々だったと思いますが、それでも、一人一人のことを一生懸命大切に想い(私なりのやり方ではありますが)、これからも思っていくことを、何よりもまずは知ってほしいと思います。

それは単に私のゼミ生だったからというわけではなく、皆は「不十分だった」「先生は納得してないだろう」などと思っているかもいれないですが、一人一人が、素晴らしい人としての成長を、それぞれのやり方でみせてくれたこと、その成長に少しでも関わらせてくれたこと、そのことへの感謝が根本にあるからです。皆は、なかなかそのことが分からないみたいだけれど、自分が親になったり、先生と呼ばれる立場になれば分かるかもしれません。迷惑をかけたと思っている人も多いけれど、本当に全然そんなことないのです。大人の当然の役割ですから。

皆が良く誤解するようなので、前もっていっておくと、
今だから(卒論を書き終え、提出し、発表し、卒業し、社会人になった)分かると思いますが、私が皆さんに「求めていたもの」は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「何もなかった」のです。

皆は、ずっと私が皆に何かを求めていると信じて頑張っていたようですが。そして、それが日本での子どもの成長の際の「当たり前」なので、自然とそう信じていたかもしれませんが。今となってはこのこと、分かると思います。

私がもし何か求めていたとしたら、それは「皆が人として自分の力と想いで何かを求め、それを自分の責任において求めること」・・・でした。それは求めていたので、以上の記述は正確ではないかもしれません。

確かに、「スキルの向上」は提案してきました。
(勉強もそうですが、生き延びるという意味での)
また、「なぜ学ぶのか」を考え、話し合い、探究する場も提供してきました。

しかし、何をどうゴールとして設定して頑張るか・・・・は皆が探るしかなかった・・・だから、皆卒論が終わるまですごく苦しかった・・・と思います。

私は皆さんの求める「皆の問いへの答え」は持ち合わせているとは1パーセントも思っていないし、そして、それを想定して語ることもできないし、すべきでない・・・と思ってやってきました。勿論、事実誤認とか理解不足、あるいは調べ不足という点は多々あったので、それらの点については大いに情報を提供し指摘してきたつもりです。また、努力せずに結論を導き出すという「行為」については、厳しかったと思います。

でも、皆が自らのテーマを探しだし、自らの問いを立て、自らの手法で、自らの答えを導き出す・・・これのサポートはしても、邪魔はしてはならないというのが私なりの先生としてのルールでした。なので、クラスルームの場で「教え過ぎない」ということを、すごく気をつけてきたつもりですが、うまくいかなかったこともあったでしょう。

勿論、「私の問い」への「私の答え」は、あります。
が、前にも書いたように、授業ではその話はほとんどしてきませんでした。時間の無駄だし、30人いるゼミ生一人一人の多様性に寄り添って話を聞きたいのに、「先生」の話をしては、「真似しなきゃ」と言うことになっても困る・・・と思っていたからです。

むしろ、私の問題意識や考え、それへの行動は、社会「貢献」活動の中で知ってもらえばいいと考えてきました。それを知りたければ、このブログを読んだり、その他企画のイベントに参加すればよいし、知る必要がなければ知らなくていいし、関わりたければ関われば良いし、関わりたくなければ関わらなくてよいし、すべては皆次第であり皆は自由。なので、授業の中ではしてきませんでした。そのような狙いがないとしても、押し付けがましくなるので。

でも、授業の中でもっと話してほしい、教えてほいい・・・という希望が1年が終わると良く出されてきました。実は、白状すると、外大以外の大学では、講演会であったりするので、そういう話をよく学生の前でさせてもらってきました。でも、自分の大学では・・・難しいですね。例外はりくえすとに応え、1年に1度だけ、専門の授業で、何故自分がこのような研究や活動をするに至ったのかの話はしますが、大抵は最後の方で泣いてしまうのでちょっと恥ずかしい。

2012年度卒業生の前でも話しましたね。かなり長い時間。結局、泣いてしまった。あの瞬間何を想像してたかというと、私が私であることができる理由、私が私として生きる手がかりを与えてくれた、モザンビーク北部の農民のママたちの優しさと強さ、哀しみ、辛さ、喜びと温かさ・・・そんなものすべてを想像してしまうと、もう涙がいつも止まらないのです。

1994年・・・戦争直後に反政府ゲリラ勢力を含む元戦場を任地として働いていた時に出会った、あのお母さんたち。布きれ一枚、穴だらけの、骨と皮の、哀しそうな怯えた目の、あのお母さんたちが、どのように日々を生き抜き、その後の戦後を生きて、今に至るのか・・・20年ほとんど毎年のように農村にお邪魔しながら、自分の自らの努力で生活を立て直した姿を目の当たりにしてのことでした。

首都から最も遠いモザンビーク北部の中でもニアサ州は最も援助が届かない州であり、さらに州都から遠くアクセスの悪い元ゲリラ地域の南東部は、文字通り、「人びとが自力で生活再建を行った地域」でした。自分の食べるものもろくに生み出せない、家も自分で建てることのできない無力な私にとって、その姿から学んだことの大きさは説明しようがありません。

「ただ今日を生き抜く」・・・ことの偉大さに、そのことを家族が実現するために与えられているお母さんたちへの責任の大きさに、私は尊敬とともに、すごいものを見せていただいた感謝を感じてきたのです。もし、このお母さんたちとの出会いがなければ、あらゆる意味で今の私はなかったでしょう。

皆さん、「ただ今日を生き抜く」ことの素晴らしさを、心に大切に持ちましょう。何もかもが嫌になる時こそ、このことを思い出してください。

ただ注意が必要です。
「私が今日を生き抜くこと」には、パーソナルなニュアンスがあるかもしれません。
でも、戦後モザンビークで考えたことは、「今日を一人一人が生き抜くこと」の集合体があって初めて家族があり、社会があるということでした。

皆が「今日」を諦めず、「自分」を諦めないことは、すなわち「生命」と「ひと」と「社会」と「世界」を諦めないことなのです。

若い時分にこのことに気づくのはとっても難しいことだと思います。一人暮らしで一人で生きているつもりになっているだろうし、自分ぐらいいなくてもと思っているかもしれません。

すこし厳しいことを書くならば、「自分ぐらい」と思っている人ほど、実は心の奥底で「自分」を強く大事にしすぎていることが多いのだということに、早く気づいてくれるといいなと思います。

逆説的ですが、根っこの部分に後生大事にもっているか隠している「自分」がかわいく、傷つけたくない人・・・が多いのです。

あるいは逆のケースもあります。「自分だけは生き延びればいい」と考えているタイプです。
実は、今このような考えが、世界に蔓延っていると感じています。表面的には、「自分なんて」とリアクション的にいっているけれども、自分(とその感情や気分や利益)がとっても大事で、本音では「自分だけ」を重視している。

経済至上主義が蔓延るポスト冷戦期の社会においては、これはますます強くなって、日本だけでなく、世界中を席巻しています。そして、社会で働き始めた皆さんであれば、それをひしひしと感じていることでしょう。

新入社員の皆さんですから、それは仕方ないことかもしれません。それぞれがまずは社会の中で生きてみる、もがいてみる、その中で考えるしかない・・・実はそう思っています。

でも同時に、もしクラスルームを超えた場所で、もはや学生ではない皆さんに何か送る言葉を贈るとすれば、それは有難迷惑かもしれないとは思うものの、冒頭の一言に尽きるのです。

「ちっぽけな自分を超えたもののために生きる道を閉ざさない」

先述のとおり、「ちっぽけにすぎない自分」にフォーカスしすぎる精神構造、時間の使い方、努力の方向性は、自分にとっても破滅的ですし、皆がそのような状態になると、家族や、組織、社会、世界にとって破壊的です。残念ながら、今日本社会のあらゆる単位において、「自分にフォーカスし過ぎる人たち」が増殖しているように思えます。

長年において日本では、習慣として、家、地域、組織、社会の私物化が当たり前の社会でした。「自分のちっぽけさ」をカバーするために、「家、地域、組織の中の地位」が重視され、それらの私物化が横行して来ました。右肩あがりの時代はよかったでしょう。

しかし、もはや時代は変わりました。日本のわれわれは、あらゆる意味で、その「成功体験」に長年あぐらをかきすぎました。日本の社会のあらゆる単位において、それを私物化している人たちやグループは、仕事と自分を切り分けることができない故に、批判を受け付けられず、家族でも、組織でも、風通しがよく改善が可能なものから遠のいていっています。

日本が「変われない」理由にこれがあります。
そのために、私物化するほどの権力を伝統的にもってこなかった女性や若者は、正面からこの「私物化集団」と闘うというよりも、「離脱」を好んできました。その方法は積極的なものもあれば、消極的、わかりづらいものもあります。その結果として、彼ら彼女らが本来もっていた「変革のエネルギー」は、使われることなく、浪費され、あるいはしぼまされてきました。

新入社員の皆さんは、心当たりがあるでしょう。皆さんに変えられることなんで、何もない・・・と感じていませんか?あるいは、時代の先行きの不透明さから、将来への不安から(持ってて当然です。ほんとうに若い人にとって大きな課題が沢山与えられているのですから)、「自分だけは守らねば」と感じているかもしれません。つまり、私物化グループに皆もいち早く参加しなければならない・・・と感じているかもしれません。

でも将来の不安の出所の根っこの部分は、特に冷戦後、より自由になった社会において、「家」も「地域」も「組織」も変われなかった結果として起きているのです。既に出来上がった「強弱」関係を守ろうとする力の強い側が、ゆらく変動の時期にかたくなに「自分たちは正しく、そのため今まで通りでなくてはいけない」と求めた結果でした。そのために使われたエネルギーと、それへの抵抗は、結局は変革を求める人びとの離脱と、それぞれの単位の腐敗と硬直化、そして崩壊につながっていきました。

多くの「家」をみてください。
「地域社会」をみてください。
多くの政府組織をみてください。
多くの会社をみてください。
そして、この日本の現状を。

今の日本の状態を見回して下さい。上から下まで。すべての単位において、崩壊や綻びでガタガタしています。それは、オリンピックのような「夢」が足りないからとか、景気が悪いから・・・という一言では片付けられません。もはや、今の時代に相応しい変革は、とっくの昔に起きていなければならなかった変革が、どのレベルでも停滞し、場合によって、古いものがただ朽ち果てるのを待つしかない、あるいは破滅的にすべてを使い倒すのを手をこまねいて見ているしかない・・・という状態にあります。

こういう状況のなかでは、一人一人が自己防衛に走り、カネに頼るしか道がないように見えてきます。
他方、そんなカネすら手にできない若い世代は、より自己防衛に走らざるを得ません。とにかく、「上に従う」「大きなものにまかれる」「敗者になってはいけない」「勝者でありつうけなければ」。

「そのためなるべく他の人より早く、上手く、効果的に準備しなければ、損をしないようにしなければ」・・・という焦りが、大学生の皆さんにこれほど漲っている時代は過去にあったのでしょうか?そんな「勝者の道に乗れない」と感じ、自暴自棄になっている人もいるでしょう。

私が皆にいえることは、あまり多くありません。私自身が、そのような社会をみなに与えてしまった張本人の大人の一人だからです。今の大学生の倍近く行きている以上、責任から逃れられません。

それでも、あえていわせてもらえるのであれば、それは、そんな時代でも、「ちっぽけな自分の為に生きる人生のままでいいのか?」ということなのです。今、フレッシュマン・ウーマンの皆さんも、いつかフレッシュではなくなります。その時にこの言葉を思い出してくれればと思います。

「既得権益を守る上の世代」と「不安の中でそれに従わざるを得ない下の世代」で、今の日本社会の風通しの悪さは成り立っています。その連合の中にいれば、台風の目の中にいる静けさを錯覚として与えてしまいますが、その外はむちゃくちゃな被害が生じ続けています。台風のように破滅的パワーをもって。自分たちは良いように思われるのですが、周りが破壊しつくされた後、自分たちだけも本当に無傷で残ることができるのか・・・それは誰にも分かりません。

そもそも、そういう生き方をしているという自覚もないかもしれません。それはそれで仕方ないでしょうし、あるいは私の認識・理解が間違っているかもしれません。

いずれにせよ、「台風の目の外の被害」、そして台風の外に穏やかな世界があるという事実・・・これを忘れないようにしましょう。渦中にいると感じれば感じるほど、「その外はどうなのか」に努力して意識と視線を飛ばすようにしてください。

難しい時には、「自分のちっぽけさ」を笑ってみましょう。
自分の愚かさを、卑下する形ではなく、大いに笑ってみましょう。
大丈夫。誰もみてないから!

そのちっぽけな自分を、次に、もっと大きなもののためにどうにか生かせないか、考えてみてください。日々の生活に追われてそれこそ無理でしょう。「日々生き抜く」といったのに、矛盾していないか・・・そう思うかもしれません。

私がいいたいのは、逆説的ではありますが、「ちっぽけな自分」の愚かさを笑い、そんな愚かな自分だからこそ他の者・ものの役に立てればいいと感じた時に、きっと皆に開ける道はあるはずだ・・・ということなのです。それが、「日々を生き抜くこと」の意味を、限りなく広げてくれるのではないか・・・と思うのです。

「今日はよい一日だった」・・・というために、他人の評価は不要です。あるいは、「ちっぽけな自分にとってどんな良いことが起きたか」を判断基準にする必要もないと思います。むしろ、「ちっぽけな自分を笑い、それを超えたもののために何かしようと生きた」のであれば、結果が伴わないとしても、とても良い一日を過ごしたということなのだと思うのです。

ひとは一人では生きていきません。
誰かに必要とされ、誰かのためにがばんばりたい生き物です。
かといって、誰かが望まないがんばりを、勝手にしてしまう生き物でもあります。
だから、「誰かのために」という時にこそ、その「誰か」の心の声に耳を傾け、立場は違えどともに生きる道を真剣に探っていかなければなりません。

それに気を付けつつ、今日も、明日も、一日を、大いに自分を笑いながら、もっと大きなもののため、気持ちよく健やかに生きる可能性について探究すること・・・、をどこか頭の片隅においていただければと思います。何か、自分が間違っている道に入って行こうとしていると感じた時に、このことを思い出していただければ。

実は、自分が考えている以上に自分も、世界ももっと可能性に満ちている、ということも。

そして、私もそすやって生きていく努力を下手なりにやっていこうと思っています。
いまさらですが、

卒業おめでとう。
皆さんの道のりに沢山の笑いと幸がありますように。
困ったときはいつでもどうぞ。
ドアはいつも開いています。

舩田
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by africa_class | 2013-09-24 07:34 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)

今年度の卒業論文推薦文。ただその前に、「答えを求めない」「我独り、社会で生きる」意味について。

 もうすぐ大学院生たちがやってくる。今年卒業する2名のゼミ生と2名のサブゼミ生たちのお祝いで。数年前の卒業生も含め大所帯9名+アブディンの家族たち。大活躍だった銀河くんがタンザニアなのは残念。彼らが押しかけてくる前に、片付けるべき学会の報告概要の数々・・・今2学会のものが終わったので、とりあえず学生のことをしたいと思う。
 今年の学部ゼミ生たち15名の卒論も、凄かった。なんというか、彼らの「汗と涙の結晶」であることは間違いのない出来栄えで、最後の最後まで諦めずに納得のいくものを出そうとし続けた彼らの頑張りに、全員に、私は心からの拍手を送りたい。そして、一人一人表彰したいほど。
 申し訳ないことに、私は、彼らに「教えること」は多くなかった。それを期待する向きがあるのも知っているが、「教えてほしい」との想いが見えるほどに、私は「教えない」ことに徹してしまう。天邪鬼なのもあるけれど、皆に「自分の心で感じ、自分の頭で感じ、自分の手で書いてほしい」と切に願っているから。

 人生は長く、曲がりくねっていて、しかも1度きりだ。
 多くの場合、人生とは思い通りにいかないものだ。
 そして、その人生を歩んでいく皆は、独りっきりた。
 どんな素晴らしいパートナーを得ようとも、やっぱり皆は皆の人生において、皆の身体において、一人である。

 だから、働き始める直前のこの最後の機会に、徹底的に、「われ独り社会にあり」の意味を考えてほしいと思うから。皆が求めれば求めるほど、私は皆に「答え」をあげないようと心がけてきた。
 しかし、今の若者は「答え」がほしい。息苦しいから、他者に答えを求めがちだ。あの1995年の大震災とオウム事件が同時に発生したときのような空気を、あの時学生時代の最後を過ごしていた私は嗅ぎ取る。と同時に、あの時多くの若者が新しい自分、仲間、力を発見していったように、そのような兆候も感じる。だから、私は決して皆に「答え」を押し付けないようにとしてきた。
 もちろん、私はこのブログやツイッターで好き勝手に自分の考えや主張を述べている。でも、それは教室ではしない。それでいいのか分からないけれど、それはしない。皆が自分で考えることだから。でも、機会はいくらでもあげたいと思っている。
 と同時に、皆の不安に、そっと寄り添う存在でありたいと思う。どうしようもない時の「最後の防波堤」で今後も居続けたいと思う。皆の中に押しとどめられている数々の想い、自分で気づかないような・・・それに、答えを出すのではなく、耳を傾け、一緒に発見したいと思う。でも、まずは同級生、先輩たちとやろうね。その方がずっと力になる。なぜか分かる?

 なぜなら、彼らとて、彼女らとて、「誰にも相談できない・・・」と悩んでいるから。

 あなたが相談すれば、あなたが心を開けば、救われる人がいるのだということを、是非気づいてほしい。あなたが相談するから、向こうも相談できる。そうすることで双方向の深いやり取りが生まれる。それが、「新しい豊かなコミュニティ」を形成する。それを知り、自分でコミュニティを形成していける人生と、そうでない人生では雲泥の差。そして、それが無数にあちらこちらで形成され、大きな束になって社会は変わっていけるかもしれない。

 このゼミ生の多くがそれを互いのやり取りの中で、先輩の背中を見ながら学んでいるけれど、他の人達にも少しお裾分け。あ、、、本題が遠のいていきました。

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さて、今年の15名の卒論タイトルは以前お伝えした通り。いずれも渾身の策。
http://afriqclass.exblog.jp/17157727/
これにもう一人、白土久美子の「ベナンの民主化」が加わる。

去年の優秀論文の推薦文4名分
http://afriqclass.exblog.jp/14641121/
http://www.tufs.ac.jp/insidetufs/kyoumu/yushuronbun23.html
外大のホームページに論文が掲載。

彼らの卒論製作秘話
http://afriqclass.exblog.jp/14644859/
http://afriqclass.exblog.jp/14651272/

今年も力作ぞろい。3名を推薦するつもりが、今年は1名だけが「原則」という。粘りに粘ったが、ダメだった。がしかし、外大の教員の大半はゼミ生が10名以下の先生ばかり。15名を超える卒論を担当した先生はごく数名。しかも、推薦できるほどの論文をいくつも指導し、推薦文を書くという手間を惜しまず書きたい先生が何人いるのだろうか?行政的な「横一列」ではなく、10名以上の卒業論文を書いた学生がおり、その先生が自信を持って推薦できるのであれば、2名でも3名でも推薦すべきだと思う。外大に来て9年。学生の内的な力を信じ、その成長を願い、日々をすごしてきた私としては、こういう画一的な対応こそが、若者の力を伸ばさず、日本社会を停滞させる根本だと思う。とはいえ、仕方ないので、教務に出した推薦状をここに一挙掲載。(土屋亜希子論文への推薦文は、後日掲載予定。少し時間下さい)

そして、現在HPで全論文を公開すべく準備中。お楽しみに。
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平成24年度推薦卒業論文 推薦文

「北アフリカにおける持続可能な水不足対策~持続可能性三本柱による分析から 」
論文執筆者:フランス語専攻 山口絢子 

本論文は、近年、温暖化や人口増加、大規模農業開発などにより水不足が急速に進む世界の現状を踏まえ、特に水不足が深刻化する乾燥地・北アフリカ地域に焦点を当て、同地域において持続可能な水不足対策はどうあるべきかに迫った論文である。水不足対策として供給量の増大に議論を限るのではなく、持続可能性を評価の軸に据え検討が行われた点に、本論文のユニークさがある。本論文で使用された資料は、英語74点日本語4点に上り、かなりの部分が理系の資料であるにもかかわらず、本テーマについて丹念な検討がなされた。
本論文のキー概念となる持続可能性については、総合的持続可能性学を掲げるジョニー・ポープらによる「環境性」「経済性」「社会性」の三本柱が用いられ、北アフリカの地域性(特に農業手法の在り方)から、三本柱のいずれの指標を用いても排水再利用が優れたアプローチであるとの結論がまずは示された(第一章)。その上で、二章では、排水再利用を用いたチュニジアとモロッコの事例について、持続可能性の三本柱を用いた分析枠組みを用いて詳細なる比較検討がなされた。その結果として、モロッコの事例では、排水再利用が住民の健康被害をもたらしたこと、従って「社会性」という点では疑問が残ったことが明らかにされた。一方、排水の適切な処理を行うための法律の整備や組織づくりを行ったチュニジアの例により、予防策の徹底により排水再利用が「社会性」を獲得することが可能であることが示された。
しかし、本論文の結論はここで終わらない。以上の2事例の比較研究により、水不足対策研究の問題点を明らかにしているのである。それは、これらの先行研究の多くが、(1)理系的な問題関心から書かれているため、評価の軸が「環境性」「経済性」に偏る傾向がみられ、(2)「社会性」への注目が不十分であること。そして、(3)そのことが結果として、排水再利用を奨励する際に不可欠な視点や対策を軽視させる結果になったとの指摘は重要である。本論文は、これら検討と結論によって、二事例の「成功」と「失敗」の議論を超えて、より大きな文脈での水不足対策の議論に寄与することができたと考える。
なお、執筆者は、本論文が焦点とした北アフリカに近い中東カタールで2年の期間をすごし、水不足の問題の深刻さを痛感し、数多くの理系英語論文にも音を上げず、本テーマに取り組み続けた。その努力の成果としても、推薦するに相応しい論文と考え、本論文を推薦する。

「民間セクター開発におけるバリューチェーン支援の有効性~エチオピア皮革産業の事例から」
論文執筆者:フランス語専攻4年山岡優里 

本論文は、2005年のグレンイーグルス・サミットにおいても注目されたサハラ以南アフリカの民間セクター開発について、エチオピアにおける皮革産業を具体的な事例として取り上げ、その有効性について、次の二点((1)質の向上と付加価値づけに寄与したかどうか、(2)そのことが貿易拡大に繋がったか)に焦点を当て、検証したものである。
アフリカにおける民間セクター開発については、日本政府もアフリカ開発銀行とともに共同イニシアティブEPSAを立ち上げ、1億ドルもの円借款供与を行ってきた。製造業が低調なアフリカにおいて、民間セクターをより改善させていくことによる貿易拡大は雇用を広げ、所得向上の可能性を高めるのではないかという問題意識に基づき、執筆者はこのテーマを選択した。特に、民間セクター事業の改善において、バリューチェーン支援が果たす役割に注目し、その是非を同国政府による支援策(PASDEP、2004年に実施)とUSAIDによる外部支援(2006年に実施)策を比較することで結論を導き出している。
本論文の構成は次のようなものであった。まず第一章で、エチオピアにおける民間セクターの概要を整理した上で、民間セクター開発の貿易拡大への貢献について検討を加えた。その上で、民間セクター開発の議論において、バリューチェーン支援についてどのように議論されてきたのかについて取り上げる。以上は、先行研究の整理によって行われる。続く第二章では、本論の事例である皮革産業に焦点を当て、PASDEPとUSAIDによる支援策を比較し、その有効性を検証した。これらの執筆のために検討した論文は、英語論文70点、日本語文献30点を超えている。
以上の検討の結果、執筆者は、(1)の「質の向上」については、PASDEPは部分的な支援に留まったため成果が限定的で、一方のUSAIDの支援は質の向上に寄与したと結論づけている。また、「付加価値づけ」については、PASDEPには当初からこれを念頭においておらず、最終製品としての革製品作りを目指したUSAIDと大きな違いがあったことが示された。次に、(2)については、PASDEP実施後に輸出総額は伸びをみせずむしろ減少したのに対し、USAIDの支援後は28.8百万米ドルの増加がみられたという。同国皮・皮革産業組合によると、低価値の皮から高価値の革製品に生産物が移行できたことが輸出増加に結びついたと述べられている。以上二つの事例の比較検討から、本論文によって、民間セクター開発の中でもバリューチェーン支援を行うことの意義が示され、これがアフリカでも有効であることが明らかにされている。限界として、エチオピアの皮革産業支援だけを事例としていること、今後の他事例との比較なども求められること、そして効果の持続性なども指摘されるが、世界中の数多くの英語・日本語論文を検討した本論文は、推薦するに値する卒業論文と考え、ここに推薦する。
なお、執筆者は、エチオピアに2年にわたって暮らし、同国の民間セクターをどうすれば応援できるかの視点に立って現地での生活を送り、3年にわたって粘り強く研究に取り組んできた。本卒業論文は、5 年間にわたるゼミでの研究の集大成に相応しい論文となった。

2013年2月22日
推薦者 舩田クラーセンさやか

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by africa_class | 2013-03-17 16:18 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)

2012年度アフリカ・ゼミ生卒論発表会(公開1月22日)&卒論タイトル一覧

今ゼミ終了。4年生なしの3年生だけ5時間近く・・・学生も大変だったね。
さて、卒論提出者による公開発表会を1月22日に開催します。以下概要です。

今年も力作が揃いました。分野も広がりがあり、かついずれも具体的な事例に基づいた実証を試みた論文です。現地調査やインタビュー調査を行った学生も半分近くいます。ぜひ、のぞいてみてください。

*外大生は誰でも参加可能です。
*学外の方は、部屋が狭いので事前にご連絡ください。

■日時:1月22日(火)14時40分~
(*途中入退室可能です)
■場所:東京外国語大学研究講義棟1階100教室
■卒論タイトル・執筆者

(順番は変更可能性あり)
【民主化支援・教育・エンパワメント】
「民主化支援・アフリカに必要なものは何か~アフリカにおける選挙支援の効果」(佐久間玲子 タイ語専攻)
「UPE政策下における子どもの就学状況~継続的就学に関する男女格差に注目して」(斉藤悠 タイ語専攻)
「教育分野における地方分権化とアフリカからウガンダ・タンザニアにおける地域間格差の拡大」(小平雄太郎 フランス語専攻)
「身体障害者の自立と雇用~ガーナの事例から」(吉村健吾 ポルトガル語専攻)
【経済政策・企業活動】
「FIFAワールドカップを契機とした地域活性化の可能性~新潟県十日町市と大分県中津江村の取り組みを事例として」(赤堀幸也 ポルトガル語専攻)
「民間セクター開発におけるバリューチェーン支援の有効性~エチオピア皮革産業の事例から」(山岡優里 フランス語専攻)
「ダイヤモンド産出地域コミュニティ開発基金とコミュニティ開発の課題―シエラレオネを事例に」(山成美季 英語専攻)
「北アフリカにおける持続可能な水対策~持続可能三本柱による分析から」(山口絢子 フランス語専攻
「携帯電話を通じた農村地域の貧困削減~ケニアとタンザニアを事例にした分析」(井上良 ポルトガル語専攻)
【開発援助】
「参加型開発プロジェクトにおける住民の自立性~JICAによるザンビア孤立地域参加型開発(PaViDIA)の事例から」(風間梨奈 朝鮮語専攻)
「内発的発展の視点から見た開発援助~マラウイ国一村一品運動のための制度構築と人材育成プロジェクトを事例に」(広本直希 ポルトガル語専攻)
【農村・住民主体】
「アフリカ伝統農業の潜在力~ザンビア・タンザニアの事例から」(大木里美 ウルドゥー語専攻)
「ソーシャル・キャピタルは『安心』をもたらすセーフティ・ネットとなるか~マプト市の女性世帯主を対象としたソーシャル・キャピタルと『安心』に関する現地調査」(吉野愛彩菜 ポルトガル語専攻)
「18年目のポストジェノサイド社会において草の根の助け合いが果たす役割~ルワンダの都市部の女性が行う頼母子講を事例に」(土屋亜紀子 フランス語専攻)
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by africa_class | 2013-01-15 19:47 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)

【東京外国語大学学園祭・外語祭】アフリカゼミ企画(11月23日~25日)「さあ、アフリカ」是非!

 年々パワーアップの外大アフリカ・ゼミの学園祭イベント!
下記、3年生12名が主体的に取り組んでいる展示・ワークショップ・物販・講演イベント。是非、覗きに来てください。2011年度、2009年度の、「学長賞」を受賞した室内企画です!
 今年は、アフリカ・コース立ち上げ時に購入したジャンベ7個をフル活用。そして、ゼミ生たちがインターンに行っている国際協力NGO・緑のサヘルの講演会、またゼミ生たちがアフリカに旅行して、各地から集めてきた小物の数々をお分けします。そして、何よりベナンの仲間たちが登場!是非、お楽しみに~。

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来たる11月21日(水)~25日(日)は外語祭(東京外国語大学の学園祭)です!
外語祭HP→http://www.gaigosai.com/
アクセス→http://www.tufs.ac.jp
(JR中央線武蔵境駅から西武線乗り換え2駅、多磨駅下車徒歩3分)
(京王新宿線飛田給駅から多磨駅行きバス10分、外大前下車)

「アフリカは遠い土地」、そう思っていませんか?外大アフリカゼミは23日(金)~25日(日)の限定3日間、326教室にてブースを開きます!ブースでは現地直送のおしゃれで珍しいアフリカ雑貨を販売。そして「身近なアフリカ」が感じられる、ゼミ生渾身の展示・動画作品上映・体験コーナーなどがぎっしり詰まっています♪更に更に、3日間連続でイベントを企画しました!ジャンベという西アフリカの太鼓を使ったコンサートや、分かりやすくてタメになるセミナーなど、誰でも楽しめるプログラムになっています。アフリカづくしの3日間、もう遠い場所とは言わせない!さあ、アフリカ!さあ、326教室へ!

<イベント詳細>
11月23日(金)  *1回目13:00~13:40 *2回目15 :00~15:40
★「ジャンベを叩けるってさ~アフリカンソウルを叩き起こせ~」
アフリカゼミ生がおくるジャンベのお祭り!体験型の演奏会♪アフリカの太鼓を満喫できるなんて外語祭だけ!
*無料

11月24日(土)15:00~16:00
★「ベナン×チャリティーコンサート~本場アフリカンリズムを体感せよ」
なんとジャンベの本場、ベナン出身演奏者4人が登場!激しいリズムで気分はもうアフリカ!見逃すなんて勿体無い!売上の一部はベナンの孤児支援団体に寄付されます。
*前売り250円 当日300円

11月25日(日)13:00~14:00
★「NGO緑のサヘル×特別セミナー~アフリカはこんなにも近い!!~」
「アフリカの生活と砂漠化」を知る!楽しくてタメになるセミナー。あなたの古い価値観を打ち砕いて見ませんか?
*無料
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by africa_class | 2012-11-13 11:15 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)

アフリカゼミ合宿2012in兵庫県篠山中山間部

アフリカ・ゼミの合宿2012年夏編です。
学生・OB/OGが温泉に行ったまま帰ってこないので、残念ながら来られ
なかった皆さんのために写真をアップしておきます。が、もっと残念にな
ってしまうかも・・・。

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by africa_class | 2012-06-30 18:36 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)