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カテゴリ:【徒然】深大寺日記( 39 )

雪積もる成人の日に考えたこと、「自分を解放する」ということの意味・可能性

窓を開けたら、そこは雪国だった・・・。
そう成人式の今日、深大寺はあっという間に白の世界に。
新聞では成人式を迎える若者の艶やかで晴れやかな笑顔が。
卒業生たちの人生相談を想いだしながら、彼らの笑顔の下の苦悩を思い遣る。

時は遡って去年7月。ゼミ合宿で2泊3日滞在した、築250年の農家での夜な夜な繰り広げられる学生たちの人生相談。そして、昨夜・・・。私は、一人の娘として、同時に一人の親として考え込んだ。

結論からいうと、若者たちの多くの悩みのど真ん中に、親子関係が潜んでいることに気づいたからだ。もちろん、それは表面的な「仲の良さ/悪さ」の問題を超えている。大抵、彼ら・彼女らは、何かの拍子にエピソードを語り始める。「~の時にお父さん/お母さんが、~といった一言が/~をしたことが・・・」とても具体的だ。20を超える若者たちの10年近くも前の出来事の鮮やかな描写。それだけに、そのエピソードに象徴されるような数々の毎日の出来事、一言、空気感を、ずっと背負って生きていることが分かる。

恋愛相談でも、就職相談でも、卒論テーマ相談でも、たわいのない会話でも、こうやって若い人たちは、一対一になると、親子関係のことを語ることを、彼ら・彼女らの親たちは、どれぐらい知っているのだろうか?

十年近くの大学での生活において(大した長さではないが)、問題を抱えている学生・若者の多くの問題の根っこが親子関係にあることを、経験的に知ってきた私にとっては驚く事ではないものの、彼ら自身にも自覚がないことには毎回驚かされる。最初は、まったく別の相談ごとをしているのだけれど、話を聞いてみると、遡る・遡る・・・シャケが川をせっせと上っていくように。彼らが乗り越えるためには不可欠な遡り。

お父さん、お母さん、今日もあなたたちの子どもたちは、あなたたちの関係を心の底で思い悩んでいることを、一度や二度は思い至ってあげてください。成人したから・・・結婚したから・・・・ではなく、かつてあなたたちにもあったあの感情を、今でももしかして持っているあの蟠りと少しの時間対話してみてはどうでしょうか?そして私も、成人式の今日、久しぶりにやってみた。痛みを覚えながらも。

若者たちが語る親は、
「家に存在感のない、家のことに無関心な父」
「威圧・暴力で解決しようとする父」
「自己の解放を諦め、不幸なことも自分で気づこうとしない母」
「子に期待し過ぎ(期待することで自分を救おうとする)母」
の姿である。

思い当たる人がいれば、ぜひ立ち止まってほしい。
子どもたちには、すべてお見通しだということを自覚してほしい。
そして、もう思い切ってぶっちゃけトークしてみよう。だって、子どもたちは気づいているから。気づいているのに、親に隠される、親が気付いていないことに、フラストレーションを溜め込んでいるから。「親にいっても仕方ない」…何度このセリフきいただろう。これが人間関係の一番の危機だと思う。「いっても仕方ない人たちカテゴリー=裸の大様たち」に入れられることが。だって、そうなったら自分をよくしようがない。(多くの組織のエライ人たちがそのカテゴリーに当てはまるものの、今はその話ではないので封印)

お父さんの話はいつかしたいけれど、今日はお母さんと若者の関係について。
興味深いことに、彼らの母の描写は具体的だ。そのことそのものが日本の家庭の問題を表しているのであろう。ともあれ、親が与えた呪縛にもがく若者たちの多くが、「母との関係に悩んでいる」ことを是非知ってほしい。若い女性ほどそうである。

かくいう私も「母」「娘」。彼女らの話を聞くほどに穴があったら入りたいほどの気分になる。至らない母でごめん・・・。がしかし、不思議な事に、彼女らが思い悩む「母」は、至らない母ではなく「素晴らしい母」たちなのだ。どういうこと?

彼女たちのお母さんは、子どものため、家族のため、(義理含む)親たちのため、一生懸命だ。多くのお母さんたちがどうやら恵まれた才能と機転を持って育ちながら、結婚し、子どもが生まれ、色々なことを諦めたお母さんたちだった。お母さんたちは、子どものために頑張った。子どもの成長を祈り子どもの幸せのために努力した。自分を犠牲にして。いや、物理的な犠牲よりも、心理的なものの方が多かったようだ。お父さんとの不和、家族との不和、苦しさ、絶望、悩み・・・自分の人生がこれでよかったのかという迷い、、、、そんなものすべてを「私は我慢する。子どもたちのために」という言葉で乗り越えてきた立派なお母さんたちだ。

しかし・・・残念ながら、子どもたちにはそれが伝わらないものなのだ。特に思春期以降の子どもたちには、そんな苦しみと犠牲と想いが重い。期待が重い。自分の人生を歩もうともがいている若者には、とにもかくにも重いのだ。そして巣立っていく子どもたちの後ろ姿を見送りつつ、見送ることが正直なところできない自分を持て余すお母さんたちがいる。そして、自分の人生は何だったのか、あの諦めはあの我慢は誰にも感謝されていない、と。不幸を背負ってしまうのであった。その不幸を、しかし、認めることは危険だ。自分の人生を否定することになるから。なので、お母さんは今日も自分の不安や悲しみや不幸を語ることなく、子どもたちに、お父さんの前で、「お母さん」として君臨することを続けるのであった。

お母さんが一番みたくないもの。認めたくないもの。
それは、自分の人生を棒に振ってしまかったもしれない可能性。
だから、子どもはお母さんの分も頑張らなきゃいけない。。。
と知らぬ間にお母さんは圧力をかける。
と知らぬ間にお母さんは子どもたちから離れられなくなる。

だから、良い子ほど、お母さん想いの優しい若者ほど、このようなお母さんの呪縛にガンジガラメなことが多い。自分の道を行けばいいのに、無意識的にそこにいないはずの「母親の期待」「母親の不快」を判断材料にして、人生の方向性を決めてしまう。

それでいいのでしょうか?
自分の子どもが、先に死ぬべき親の感傷を判断材料に人生を歩んでいっても?

親たちは、自分が不幸なことを認めましょう。
(いや幸せ絶好調ならよいのです。・・・と思いこんでない場合に限っては)
不幸の素についてもっともっと考えてみましょう。
「変えられない」と諦めず、「変えられる」前提で考えてみませんか?
私も、このことに気づくのに本当の本当に沢山の時間と膨大なエネルギー(負の)を費やした。いつの間にか「親だからこうでなくては・・・」という勝手な思い込みにガンジガラメになっていた。

そう、子どものガンジガラメ感は、親自身のそれから来ている。だから、子どもに幸せな人生を自分の手で切り拓いてほしいのであれば、子どもと自分を解放してあげないといけないのです。私が、この七転八倒をどうやって乗り越えたかについてはいつか書きたい。それは容易ではなかったことは確かで、自分が学んできたありとあらゆることを(学問に留まらず)総動員しても、まだ足りないぐらいだったので。やっぱり他人の手を借りるのは重要だと思います。(苦しみもがいているお母さんがいたら、専門家にヘルプを求めてください。いや、あるいは金曜日夜に官邸前で原発再稼働反対を見知らぬ群衆と叫んでみるのも良いと思う。普段やりそうにないことを是非一人の人間としてやってみるのが良いかもしれない。このこともまたいつか書きたい。)

で、親はさておき、皆さんのこと。
いつまで「親のせい」にしようか?
さっきも書きましたが、親は先に死にます。
いや、そうでなければなりません。

棺桶に入った親の前、親の墓の前で、「バカヤロー」と叫んでも生産性がないことをイメージしてみましょう。「親のせい」にして嬉しいのは、自分の惰性です。犠牲者は自分の幸せと人生です。

親は、先生は、というか人は過ちを犯します。日々冒してます。まったくもって尊敬に値しないでしょう(including myself)。だから、彼ら・私たちを、皆さんは反面教師として使ってくれればいいのです。屍の上を踏んで前に進んでくれればいいのです。でなければ、先に産まれ・生き・前を歩いてきた私たちの「生」の意味がありませんから。遠慮なくそうしてくれればいいのです。

なので、どうするか。
皆さんが、皆さんを自分の手で解放すること。誰かがそうしてくれるのを待つのではなく、永遠に待ち続けるのではなく。誰かが何かをしてくれたらもっと~なのに・・・ではなく。

皆さんのど真ん中にある不安や弱さや痛みを、認めて、受け入れて、愛してあげましょう。感謝しましょう。
なぜなら、皆さんのそれこそが、他者と分かり合える共感の源泉なのだから。

幼少期から辛いことを一杯経験した人は、自分の中の「豊かさ」に気づいてほしい。沢山傷つき考えたよね。それがあなたにダメージを与えたかもしれないけれど、沢山の大切なものも与えた。あなたは誰より「深い器」を持つことになった。「痛み」の意味を知った。それを人の痛みへの共感に昇華してほしい。そうして初めて、あなたの傷は開いたままのそれではなく、傷跡になる。

あなたが人を傷つけそうになった時に、あなたを止める大切な勲章に。

皆は弱いから、その自分に真正面から取り組まず、知らないふりをして、でも「強さ」に憧れる。「強くなれたら」すべてから解放され、心配や不安もなく、前に進める・・・と誤解していませんか?だから「勝ち組」になりたいと、思っていませんか?「不安なき人生」を手に入れたいと思いませんか?

しかし、不安とは外からやってきません。中に巣くっているものと外が結びつくか、つかないか・・・のロシアンルーレット。形式上不安に陥らない人生設計(就職など?)手に入れたところで、一つ躓いたら途端に不安はあなたに覆いかぶさってくるでしょう。否。あなたの中の不安が溢れてくることでしょう。

自分の弱さを認めよう。
自分の中の痛みを受け入れよう。
自分の中の惰性を乗り越えよう。
自分を解放しよう。
自分自身のつくりだした呪縛から。

そのためには、
他人のせいにしない。
自分のコト、自分の責任として引き受けよう。
腹が立つけど、そうしよう。
だって、自分の人生だから。
親は先に死に、恋人や伴侶と一緒に死ぬこともできない。
死ぬときは一人で、いつまで生きれる分からない。

自分で生きていく人生の主人公として、弱さも、不安も、痛みも、悲しみも、みんなみんな、一緒にまとめて引き受けてしまおう。

その時に見えてきた地平線は、きっとどこまでも果てしなく広がりを持っているはず。そして、きっとこれまで愛せなかった自分を、前よりちょっとだけ愛おしく思えるようになるかもしれない。

他人に愛してもらえないと、自分を愛せなかったあなたが、ちゃんと自分を受け入れ、愛せることに気づいているかもしれない。

それが自己解放。

といっても、その次のステップがあるのだけれど。
そして、愛しすぎても怖いのですが!

成人式の今日は、雪がまだしっかりと積もって東京のアスファルトを覆ってくれている間は、ここまででいいかな?

と書く一方、闘いの日々な私が、次いつこの手のことを書く気になるか分からないため、取りあえず一言次のステップを書きつつ、ツイットしたことを貼り付けておきます。(ココロに深い傷を抱えているある編集者が、いつか会いに来てくれて、「もっと書いてほしいのに、どうしてもっと書いてくれないのか」と、本の企画を持ってきてくれたのを思い出し。本はいつかやりましょう。今は最前線で闘いの日々です)

次のステップ。
精神の隷属からの解放。
既存の構造・価値そんなものを徹底して疑ってみる、こと。
最も抑圧されている人びとの側、生き物の側から、考えてみる、こと。
そうして見えてきた世界は、自分は、また別のものだった。
曇った眼鏡が晴れた後の景色を、手にした時、自分の中の弱さ・痛み・苦しさ・不安の意味・背景がみえてくる。ちっぽけな自分を取り巻く巨大な構造を知り、一人じゃないことに気づき、本当の意味での強さを手にできる日が来るかもしれない。

その時、あなたの共感は、自分の身の回りを超えて、もっともっと遠くまで羽を伸ばすだろう。
他者への共感。
~人ではない、他者への。
生きとし生きる者への共感。
人が踏みにじっている者への。

そして、何百億年という時間の経過、何千億という生命の、ある一瞬を唯の一人として生きる自分のちっぽけさと傲慢さに、思い当たるかもしれない。と同時に、独りではないことに感謝するかもしれない。

私たちも、しょせんは細胞の集合体。
古い古い生命体の記憶を受け継いだ命。
つなぎ、つながれて、皆までたどり着いた命。
その壮大な物語の一部。

と同時に、これらの命も、記憶も、歴史も、すべて一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの凶暴さを創り出してしまったのが、私たち現代の人間。

愚かだ。限りなく。
「私は、愚かだ。」
他人のせいにせず、口にしよう。
これを認めているのは紛れもなく今を生きる私たちなのだから。

そんな人間である2013年の、世界の、日本の私たち。
どう生きていくべきなのか?
そんなことを考える夜に一緒にしよう。


==今日その他ツイットしたこと===
でも自分が変わると、あら不思議。周りも変わってくるのです。①他人のせいを止め、②自分の責任として引き受け、③苦しくても前を向いて生きていると、④「私も本当は…」と心を開いてもらえることも。そうすると真の対話と交流が生まれ、人間関係は激変します。親子、夫婦、職場…応用可能。ぜひ。

私は4歳の頃、暗闇の日本海に身を投げる寸前だった。でも止めた。雷に打たれたように思ったから。ここで死んだらただ終わり。でも生き延びることが出来たとしたら、自分の命が何かの役に立つ日がくるかもしれない。いや何かの役に立てるためだけに生きてみたっていいじゃないか。引き受けよう、と。

立教大学の講演会で「自分の生活を犠牲にして活動するなんて」と学生さんがいった。でも私が思うに、私はあの時からずっと「生かされている」んだと思う。自分に「生」があることで出来ることをやることが、生きることだから。社会が私に生きる意味と居場所を与えてくれてるんだと思う。心から感謝。

幼少期から辛いことを一杯経験した人は、自分の中の「豊かさ」に気づいてほしい。沢山傷つき考えたよね。それがあなたにダメージを与えたかもしれないけれど、沢山の大切なものも与えた。あなたは誰より「深い器」を持つことになった。「痛み」の意味を知った。それを人の痛みへの共感に昇華して。

「支援」であれ「国際協力」であれ「国際連帯」であれ、根本は「他者の痛みを我が事として共感できるか否か」にあると思う。成功体験しかない(と思っている)人たちには不向きな分野…と本当は講演会で言いたかった。あなたの中の痛みを傲慢さや無視でなく、七転八倒して自分で解放されて欲しい。

残念ながら、今の日本や世界に蔓延する考え方は「強い者が弱い者を駆逐して何が悪い?」という強者の論理。注目したいのは、それを無批判に支持する本来は弱い立場の人たち。置かれる構造の理解が欠けているだけでなく、自分の中の弱さへの取り組みを避ける傾向が、強者に表面的問題解決を求めがち。

自民・維新の躍進は典型。欧米のプアーホワイトが大資本家を問題視するのではなく移民・「有色人」を敵視するのと同根。社会構造の最底辺で繰り返し抑圧されてきた人は別として、上昇可能性あったのに不利な状況にと考える「旧既存権力の端くれ層」こそ、「一発逆転」を求め精神的動員されやすい。

犠牲になるのは、本来強者らに対して構造転換を求め闘うべきはずの弱者らの連帯。強者らはいつもこれをよく理解し、弱者の中から操作可能な同盟者をピックアップする。今日本のネット右翼と呼ばれる人。福島で行われているのもコレ。より大きな者にこそ挑む初心は日本では希薄。イジメの本質もコレ。

だから私は、各々が各々の痛みと弱さに向き合い、それらから自分を解放することを、若者と一緒に考えたい。そこがクリアーにならないと強く大きなモノと闘うことは難しいから。人はちっぽけで弱い生き物だ。特に独りでは生きられない。だから「強くなる」のではなく「弱きを引き受ける」を目指そう。
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by africa_class | 2013-01-14 21:09 | 【徒然】深大寺日記

パバロッティを聴きながら、「教科書通りに教えない」授業の愛と勇気を考える。

ドイツの息子から電話があり、授業で色々な曲を歌うので原曲が
聴きたいから自分のお金でiPod買っていいかな?という質問が。
実は、日本にいた時、彼の音楽の成績は芳しいものではなく、歌
もいまいち・・・なんで(失礼!)、音楽あんまり好きじゃないのかな
、と思っていただけに朗報です。
 シュタイナー学校では、先生たちはみな音楽を奏でながら授業を
進めます。世界の民謡から現代のポップまでとにかく何でもあり!
ピアノはいまいち関心なしだったのが、リコーダーは面白いらしく、
クリスマスは毎日二人で吹きまくりでした。

 私が初めて音楽のためにお小遣いを放出したのは一体いつだっ
たのか・・・考えて想い出したのは、オペラのCDを聴くためにCD
プレーヤーを買った高校1年生の頃のことでした。
 それまではアナログのレコードプレーヤーでガマンしていたもの
の、高校の音楽の先生がオペラとスピーカーにハマってた方で、
先生のお勧めする「世界最高のオペラ」をこれまた自称「世界最
高のスピーカー(自作!)」で聴かせてくれていたのでした。
 小学校の時からピアノと声楽をやっていたものの、オペラは苦
手だった私がオペラに開眼したのは間違いなくこの先生のお蔭。
 時代は、パバロッティ、ドミンゴ、カレーラスの「三大テノール」
黄金期。まさか・・・知りません?時代が違うかも・・・。念のため↓
http://www.youtube.com/watch?v=gjKDtdUxKOM
 ひねた子どもであった私は、一番地味なホセ・カレーラスに
ハマった。中でも、彼のカルメンは秀逸。声の質が、ドン・ホセ
役と看板曲"La fleur que tu m'avais jetée"にぴったり。
野球も、セリーグの阪神や巨人ではなく、パリーグの阪急ブレ
ーブスの大ファンだったのですが、そういえばよく考えれば、
プラシド・ドミンゴは巨人、ルチアーノ・パバロッティは阪神、カ
レーラスは阪急・・・ですね(密かに当たってる気が)!
 今日たまたまラジオでパバロッティを久しぶりで聴いて、若い
時はあまり良いと思っていなかったパバロッティに凄く感激して
しまいました。歳を取ったお蔭で、斜に構える必要もなく、素直
に楽しめるようになったからでしょうね。今まで損してたかも・・
という気がしますが、「若さ」は仕方ないですね。彼のノビノビ
とした歌い方。声に羽がついてどこまでも延びていくようで、気
持ちいいですね。ただし、彼が日本で有名になってからのCD
やコンサートはいまいちです。残念ながら。(そして、実の所、
私は若い頃のマリア・カラスが一番好き。)
 大幅に話は逸れていますが、この連想がどこに結びつくかと
いうと、今日の午後考えさせられた「先生論」・・・に。多分。
 小学校から大学院まで、私の学生暦は長い!です。軽く20
年はいってるのでは・・・。あまり沢山は覚えていない学校の先
生たちの中で唯一今でも思い出すのが、①小学校の時の体罰
先生、②中学校の時の英語の先生、③高校のときの音楽の先
生です。
 いずれの先生も、教科書そっちのけで(?!)、自分が本当
に面白いと思うもの、子どもたちに伝えたいことを一生懸命伝
えようとしてくれたことに、今日パバロッティを聴きながら想い
出したのでした。(①の先生についてはもっと複雑なんで、そ
の話はまたいつの日か・・)
 その時は、「変わった先生だな」ぐらいしか思わなかったもの
の、今自分が「先生」と呼ばれるようになって、そのことが決し
て「趣味を生徒に押し付けている」というレベルのものでなか
ったことが分かります。それは「愛」であり、「勇気」であり、つ
まり「ビジョン&ミッション」に基づくものであった、と。一方的
な・・・という形容詞を付けるべきかもしれないけれど。
 今日、ある先生とご飯を食べている際に、「教科書(彼
自身ではなくその道の権威が書いた本)通りにやらないとま
ずいですから」という一言を聞いて、ひっかかった理由が腑に
落ちた瞬間でした。(パバロッティを聴きながら。③の先生が
いつも聴かせてくれてたので。彼のお気に入りはドミンゴでし
たが)
 でも、私は思うのです。「教科書通り」に講義するのであれ
ば誰にでもできる。あるいは、授業すらしなくていい。だって、
教科書を各人が読めばいいのですから。あるいは、知識を
教えることなら誰でもできる。文字を板書し、学生に写させれ
ばいいから。でも、難しいのは、何故この授業をするのか、
この授業の最後に学生たちに何を掴んでいてほしいのか、
その時はわからなくても、何年か後に何かの拍子に蘇る何
か・・・を、授業という場(空間)と時間を通じて、どうやって一
緒に創り出すのか・・・ということ。
 私もまた答えのないままに、試行錯誤を繰り返す毎日。
田舎の公立校で、教科書通りに教えないことはそれなりに
プレッシャーだったと思いますが、本来大学はもっともっと
自由な授業スタイルがあって然るべき。パバロッティを聴
いて、もっと、もっと冒険がしたくなった午後でした。(これ
以上はやめて~という声が聴こえた気もしますが・・・)
 本当は書きたかった、②の先生(中学校の英語の先生)
については次の投稿の際に~。
 あっ、高校の音楽の先生で一言。「世界最高」を目指せ
といつも言ってくれていました。「日本最高」とか「学校一番
とか小さい!」、と。兵庫の山奥の公立高校の音楽の先生
のセリフとは思えないですよね?でも、その言葉、いつも胸
に抱いて生きてきました。もちろん、「独りよがりの世界一」
なんですが!
 だからみんなにも。もちろん、世界一目指してるよね?!
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by africa_class | 2012-05-09 23:48 | 【徒然】深大寺日記

「我思う、故に我あり」から「君あり、故に我あり」「大気あり、水あり、土あり、故に生命あり」へ

明日の宇都宮大学での福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェ
クトの報告会http://fukushimaneeds.blog50.fc2.comの
PPT作りが大体終わり、別プロジェクトの報告書は断念し、前から
書きたかったことを書こうかと思います。今自作PPTを各拠点とス
タッフの皆さんがチェック中ですし~。(日曜夜にすまん・・)
 私が京都のヒッピーコミュニティに出入りしていた80年代半ばか
ら後半にかけて、皆が必ず読んでいた本がありました。シューマッ
ハのSmall is Beautiful。何せ高校生時代。英語なんでいまいち
わからない・・・。そのまま二十年が過ぎ、2011年3月11日。原子
力発電に警鐘を鳴らしたシューマッハのこの本が日本で再評価され
ているということです。
 今朝の東京新聞の本の紹介欄で、尾関修さんがこう紹介されて
いました。「経済学は人間を環境ぐるみで取り扱う学問であるとする
シューマッハー経済学は、環境経済学と呼ばれるようになる。」
そして、彼に共鳴したインドのサティッシュ・クマールが、提起したの
が、哲学者デカルトの「我思う、故に我あり」ではなく、インド古来の
「君あり、故に我あり」という価値観で、非暴力と同様に、仏陀やキリ
スト、ガンジーに共通の価値観だったといいます。「神あり、父あり、
母あり、故に我あり」にとどまらず、「大気あり、水あり、土あり、故に
生命あり」。
 私は子どもを持ち、大学で教える(学生と一緒に育つ)ようになっ
て、宗教を持たない私たちがどうやって人生の指針や価値を育めば
いいのだろう・・・という問いを抱くようになりました。
 ただ、そのことに正面から取り組む余裕もなく、生きてきました。
しかし、3・11が起こった時、このことにもっと深く取り組む必要が
あると確信したのですが、活動と本業の綱渡りの中でやはり後回し
にしてきた感があります。
 3・11後の様々な場面で、哲学者たちが活躍しているのを見て、
なるほど・・・と思い・・・しかし天邪鬼な私が手に取ったのが、木田
元氏の『反哲学入門』新潮文庫。
 ただ、このタイトルに早合点してはいけません。哲学をまったく
理解していない私ではありますが、これはまさに哲学の書だと思う
からです。日本社会が有難くもナゾッテきた西洋哲学を批判的に
乗り越え、日本で育まれた思想を参照しながら、人間と自然の関
係を問い直す・・・という本だからです。(多分・・・私の勝手な理解
では)
■28ページ「古代ギリシア人や古代日本人の自然観は、アニミズ
ムの洗練されたもので、そう珍しいものではありません。こうした
自然観のもとでは、自分もまた生成消滅する自然の一部にすぎ
ません。人は、自然のなかから生まれ出て、また自然にかえって
ゆく存在と考えられ・・・そのなかで、自分だけが特権的な位置に
立って自然のすべてがなんであるか、と問うたり知ったりすること
ができる、などということを考えるわけなどないでしょう」
■「超自然的原理を設定して、それを参照して自然を見るような考
え方、つまり哲学を『超自然的思考』と呼ぶならば、『自然』に包ま
れて生き、そのなかで考える思考を『自然的思考』と呼んでもよさ
そうです。私が『反哲学』と読んでいるのは、そうした『自然的思考』
のことなんです。
 私が結局のところブラジルを愛しながらも、アフリカに行き着き、
そのままになっているのも、畑の小世界で遊ぶことをこの上ない
幸せだと思うのも、お腹の中の子どもはあくまでも生命の一部で
あって、私のものではない・・・と感じ、福島の子供たちもまた社会
の子供たちと考え、現在に至るのも、おそらく、木田さんが書いて
いるようなことに起因するのかもしれません。
 ただし、現代の私たちはこのようなロマンチックな自然志向に
浸りきることはできません。私たちが征服してしまった自然は、
もはや私たちを包み込むことができないどころか、蝕まれ、危機
に瀕しています。
 「我思う、故に我あり、故に大気も、水も、土も、生命も、勝手
に我らのために自由にしていいはず」
 そんな驕りが満ちた世界、それが現在の人間とその人間が
つくる世界です。そして、確実に自分もその一部であります。
私たちが、「ただ自然に畏怖を感じ、ただ身を委ねる」時代や環
境はもはや、世界のどこにも残されていません。
 「大気あり、水あり、土あり、故に生命ありが脅かされた世界に
おいて、故に君と私はどうすればいいのか?」
 そんな問いを、君と私でともに考え、ともに悩み、ともに行動し
たいと願う毎日です。
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 一昨日夜の雪の中のキャンドル。『反哲学』を読みながら。
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by africa_class | 2012-02-19 20:28 | 【徒然】深大寺日記

今心が疲れてる人におススメの友人の小説『鼓動を聴いて( The Art of Hearing Heartbeats)』来年映画に

年末に紹介したいと思って、2月に突入・・・。
15年来の友人ヤン・フィリップ・センカーさんの小説の日本語
訳が発売されました!世界中で50万部売れたこのラブストーリー。
数年前にドイツ語版を渡されたものの、ドイツ語は話されれば分かる
ものの、文盲な私には「・・・・」だった上に、せっかくのポルトガル語版
の表紙がひどくて、どうしても読む気になれないまま年月が過ぎてし
まっていたのですが、日本からドイツに持ってきてと頼まれて購入し
てドイツに向かう飛行機で読んで、しみじみと泣いてしまいました。
3・11後はすぐウルウルしてしまう私ですが(鬼の目にも涙)、まった
く違った種類の涙。ただただ、涙がつつっつつーーーと止まらない感
じ。泣き終わった後には、なんともいえない晴れ間が心の中に広がり
ます。
 来年にはハリウッド映画になるこの小説。映画にしやすい小説では
あるけれど、小説のよさを味わってほしい。ちなみに、冒頭の日本語
訳が読みづらいのでちょっとひいてしまうかもしれませんが、ガマンす
れば、すばらしい世界に惹きこまれます。
===
ヤン・フィリップ・センドカー(我々はセンカーとつづるのですが・・)
『鼓動を聴いて』 (ビレッジブック)
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ドイツで感動の嵐を巻き起こし一大ベストセラーとなった本作。失踪した父を追い、NYからビルマ(ミャンマー)へやって来た主人公。読者は彼女と共に、ビルマ人の語り手によって徐々に明かされる奇跡の愛を知ることとなります。ラスト30ページは涙なくして読めないものの、その涙には一点の濁りもないような・・・まさに“心洗われる”1冊です。
http://www.villagebooks.co.jp/books-list/detail/978-4-86332-260-8.html
====
 そして、ヤンフィリップは元々ドイツのメジャーな雑誌Sternのアジ
ア特派員をしていて、阪神淡路大震災の取材でクラーセンが知り合
い、その後、私も時々通訳でお手伝いなどしていたのですが、なにせ
書かれたものはドイツ語。どういうものを書く人か想像がつかず、いつ
か小説を書きたい・・・といってたのを聞き流していました。
 でも、世界中の誰よりも、彼ほど穏やかで思慮深い人は会ったこ
とがなく、彼と話していると、ついつい本音を語ってしまったり、思い
がけず泣いてしまうことがままありました。ジャーナリストなのに、不
思議な人だなあと思っていたのですが、この小説を読んで納得。
 ヤンフィリップは主人公そのものなんです。(主人公はビルマ人で
すが!)一去年彼の家に遊びに行っている時は、中国を
舞台にした次作の執筆まっただ中。数時間かかって数行しか書けな
い・・・といっていた彼のスピードを笑っていたのですが、笑うべきこと
ではなかったと、この本を読んで納得。
 学生の皆さんにもいつもスピード、スピードといっていますが、真逆
のことも大切なんだと、彼の人となりと彼の作品に触れて、しみじみ
感じます。
 寒い冬に、キャンドルをつけて、あるいはストーブのそばで、急いで
読まず、毎晩少しずつ読み進めることをおすすめします。
(速読な私は、何度も何度も自分に「ゆっくり」を言い聞かせたのです
が、調布から成田までの空港バスでほとんど読み終えてしまい・・・
自分で自分に腹を立て、成田から二度読みをしましたが、これはも
ったいない読み方だったと、心から後悔)
 どうぞスローにご堪能ください。
 外大生なら、是非原語(ドイツ語)でお楽しみあれ。
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by africa_class | 2012-02-18 00:32 | 【徒然】深大寺日記

手(Gifted hands)を動かしてみる。欠乏こそ創造力の母。人が人になるために手を使おう。

アフリカはザンビアに行ってルカサワークショップをした仲間た
ちが、帰ってきて教えてくれた一言が私の中に残っています。
"We must not forget about our gifted hands."
(私たちは、神から与えられたこの「恵みの手」を忘れては
ならない)http://spacepeace.exblog.jp/
 私たちは、頭を動かし、口を動かし、文字を書いているかも
しれませんが、本当の意味で「Gifted hands」の価値を認
め、感謝し、使っているといえるだろうか・・・そんなことを思い
出させてくれた一言です。私が、ルカサワークショップなるも
のを使い、プロモートしてきたのはそのためでもあります。
 このことは実は子どもに教えてもらったことです。
テレビのない家で育った息子は、自分の部屋にいつも私がリ
サイクルしようと思って取っておいた牛乳パックや魚のトレー
を隠していて、暇なときそれを使って沢山の作品をつくていた
のですが、それが思ってもみないようなモノに化ける姿をみて
、自分が到底マネできない子供たちの創造力に感銘を受けて
きました。
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 海くん保育園時代の作品。
何かを誰かが教えたわけでは決してなく、自分で思い付いて
作っていたのですが、本人はもう忘れているかもしれません。
しかし、小学校に入って「図工」の時間が始まって、このような
自由な感性、ヒラメキ、大胆さはどこかへ行ってしまいました。
4年生になるとDSにはまり、書く絵もどこか漫画ちっく。もはや
Gifted handsを使うことも稀になりました。手は使っていた
けれども、「恵みの手」として使っていたわけではなくなったの
です。
 この一人で暮らすには大きすぎる家で、彼のこれまでの作品
に囲まれて暮らしていますが、やはり小学校の作品よりもその前
のものの伸びやかさが私にはホッとできます。もちろん、どれも
彼のもの。愛おしいのは間違いないのですが。
 そして、先週嬉しい写真が届きました。

釣りの道具を自分で作ったといっていたのですが、まさかこんな
に本格的とは思っておらず・・・。
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最後の完成品をみてびっくり。
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親ばかなのは間違いないのですが、彼がGifted handsを失っ
ていなかったどころか、別の使い方を開始したことに感激でした。

 モノが溢れた世の中。
 不足こそが、欠乏こそが、何かを創り出そうとする力を呼び覚
まし、それがGifted handsにつながった瞬間、人間が人間と
なるのだ・・・そう実感した出来事でした。火を使うことで人間に
なったおサルさん。だから、Gifted handsのことを忘れないよ
うにしましょう。
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by africa_class | 2012-02-12 18:36 | 【徒然】深大寺日記

どうでもいいんですが、レモンの木から川井郁子さん、そしてヴェネチアのサラちゃんまで

息子とスカイプしてから寝ようと思って待てど暮らせどオンになら
ず・・・。ちょっとさびしいから、彼が今学校で練習している曲でも
聴いて元気だそうと思って、「レモンの木」をYoutubeで探してた
ら・・・。なぜか日本人の女性歌手が・・・。
http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&NR=1&v=xtaV2tR7xi4
なんじゃこりゃ、と思って消そうと思ったのですが、あまりに凄いリ
ズム感と絶対音感、見かけと歌声と動きのギャップに驚いてしま
い唖然としていると、思い出の曲ケイトブッシュの「嵐が丘」。これ
を歌える日本人はまずいないと思って期待せずに、聴いてびっく
り。あのケイトブッシュをここまでカバーできる人がいるとは。
http://www.youtube.com/watch?v=BTpFND9ii5c&feature=fvwrel
嵐が丘by遊佐未森

おそらく、この「嵐が丘」のキーワードで、今度は川井郁子さん
の2005年の「嵐が丘コンサート」に行き着き、Libertangoへ。
http://www.youtube.com/watch?v=fgFLBu-BgY4&feature=related
これまたすごい。調子に乗って、El Chocloも聴いて満足。
http://www.youtube.com/watch?v=lmrW3VW0cXw&feature=related
で、思い出した。そうでした。2007年、「アフリカ2008キャン
ペーン」の時に、アフリカエッセイコンテストを朝日新聞と共催
した際に、そうだ・・・・。入賞者のプレゼンターは、川井郁子さ
んにしていただいたのでした・・・。失礼ながら、当時川井さんの
凄さが十分わかっておらず、某議員さんに紹介され、プレゼン
ターをお願いしていたものの、演奏してもらうのを依頼せず・・。
せめて一曲生でお願いすればよかった・・・。もったいない!

でも、もっとラティーノのノリで聴きたい気が・・・とさらに欲張り
になってきてしまい、山のようなレポートを片目で眺めながら、
ついついさらにこれを聴いて、びっくり。バイオリンでLiberta
ngoとなると、このアレンジの方がすごい。バイオリンを超え
たバイオリン・・・というのかな?ただの道具になっている。こ
んな風にバイオリンを無造作に扱ってすごい音を出す人を
みるのはサラちゃん以来。後半からフィニッシュがさらにす
ごいので最後まで聴いてください。
http://www.youtube.com/watch?v=KDKPiR8ghR0&feature=related
寺井尚子さん

 ということで、海くん、ママは眠いのでもう寝ますが以上の音
楽のお宿題、是非しっかり聴くように。
 でも、君の原点は2歳のころモザンビークでであったSaraち
ゃんだよ。サラちゃんのバイオリンにあやされ、踊りまわってた
んだから。2002年夏、モザンビークのアパートでのこと。
http://www.youtube.com/watch?v=Jl7CBqYrln0
http://www.youtube.com/watch?v=Qx2MLVRdThw&feature=results_main&playnext=1&list=PL5C84F83F711680CF
 これはサラちゃんの96年の演奏。君が生まれる前。
http://www.youtube.com/watch?v=1R387pFQAvg
 これはどうやら最近のサラちゃん。
でも、サラちゃんの本当の実力は、君がよく知っているあの東欧
のジプシー音楽やパレスチナの音楽。外大でもコンサートやっ
てくれたよね。ヴェネツイアのラ・フェニーチェ来日の際かな。
http://www.strainsofviolin.org/listen.html
これもサラちゃんらしい。長い間会ってない。。。そうだ、サラ
ちゃんに会いに行こう!

で、だいぶ脱線したけど、本当に聴きたかったのは、コレでした。
http://www.youtube.com/watch?v=uG0h1SrNKZ8
lemon tree
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by africa_class | 2011-12-19 23:42 | 【徒然】深大寺日記

授業も終盤。ピアエデュケーションへの信念・・・手間はかかるけど

一泊二日の兵庫県篠山市天空農園ワークショップも終わり、余韻に浸る
間もなく、授業再開。
 でも、12月は授業も一番楽しくなってくる月です。
というのも、これまで学んできたこと、調べ、考えてきたことを、学生たち
がチームを組んで発表し、学生同士で採点をし、質問をし、理解を深め
るからです。
 私の教育マニフェスト(2年前のものなので修正必要ですね・・・
 しかも、なぜか行が乱れてる!)
 http://www.tufs.ac.jp/ts/society/africa/manifesto.html
 専門的な授業はもちろんのこと、語学の授業でもこれは相当効果が
あるなあと実感しています。宿題や小テストではあまり点数がよくない
学生も、自分の好きな分野のことなら、本当に面白い発表をします。
そして、皆の他学生への評価や質問は、私のものより厳しいことも多く、
的を得たものであることが多いです。確実に、一つ一つ学んでいること
が、手にとるようにわかるこの時期、教室の片隅でみなの発表を聴き
ながら、私が一人充実感に浸っていることに、皆さんはきっとお気づき
ではないでしょう。
 がしかし、この時期は、私の研究室の事務補佐さんたちは大忙し。
各人がつけた学生評価のとりまとめに入力だけでも結構な時間がか
かります。
 そして、私も採点や添削にてんやわんやなのです。この瞬間に、津
田塾大学国際ボランティア論の90名の期末レポート、ポルトガル語Ⅱ
の30名のパワポ原稿、ポルトガル語上級の20名のレポート、アフリ
カ平和紛争論の40名の期末レポートと感想文、地域基礎40名の感
想文・・・が山積み状態です・・・。
 評価がみなさんの手元に届くのは、ひとえに研究室のみなの協力
のおかげなんですよ~。私の大学生・院生時代は、一度だって提出
物が返ってきたことはありませんでした。そのことへのがっかりした気
持ちと怒りが、今のやり方につながってもいます。他の先生でテストや
レポート還してくれない人がいたら、是非返してほしいと要求しましょう。
皆さんの当然の権利です。
 でも、大体この時期になると、皆さんのイライラが募る時期であるの
も感じられます。なぜなら、みなは「答え」と「解説」を求めているから
です。もちろん、ある程度はやります。また、皆さんの発表等で明らか
な間違いについては正します。でも、何度も書きますが、「答えは一つ」
ではありません。なので、先生という立場の私が、「答え」めいたことを
言ったり書くのは、非常に躊躇われます。
 なので、後期の授業が終わるまで残りの時間どうするかというと、私
は私の話を始めます。科学としての「答え」ではなく、生身の人間であ
る私なりに考えてきたプロセス、その結果今この瞬間考えていることを
みなさんと共有します。
 <=「今この瞬間」という点に注目してください。というのも、私も日々
変化しているからです。いい意味でも、悪い意味でも!ごめん。
 先週、「国際ボランティア論」で、私が「国際ボランティア」について何
と考えているかについて、みなが考えてくることを宿題に出しました。
実は、これは今年初めてやってみる新しいやり方です!!!!
 時間がなかったということもありますが、今までは私の経験を述べ、
自分の考えを紹介してきました。でも、今年はやめました。なんだか、
それもまた一方的な感じがしてしまったからです。なぜなら、授業の構
成の段階ですでに私の意図は明らかであり、それに沿って「答えはこう
でした」的な種明かしをするようなことは、つまらない。授業に参加する
ことでみなが、意地悪く私の意図を暴いてくれた方がなんだかいいじゃ
ない?と思ったわけです。要は、いつも自分たちばかりが考察の対象
になってきたので、今度は私をモルモットにしていいよ、というGoサイ
ンです。
 ということで、国際ボランティアについて私がどう定義し、どう考えてい
るかを、
 ①なぜ福島のことをやっているのか、
 ②なぜ寝る間も惜しみ、お金も持ち出しやっているか、
 ③なぜこれをボランティアと思っていないか、
についてメールしてね、とお願いしています。
 注意。別に、私個人を知ろうとする必要はありません!ググッたりしな
くてもよくて(その方が嬉しい)、これまでの授業を踏まえて勝手に妄想
してくれればという趣旨です。
 そして、アフリカ紛争平和論については、まだ私の考えを話すべき
時は来てないので、もう少し待ってね。むしろ、自分の考えをもっとも
っと育んでくださいね。これについてはまた今度!
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by africa_class | 2011-12-19 21:57 | 【徒然】深大寺日記

「母を、先生を、信じてはいけない」という教訓

読売新聞は子どもの頃から読んでこなかった新聞です。
関西人にとって、読売新聞を読む、オレンジ色のグッズをもらう、
というのはあまり面白いことではないのです。
(この意味が分からない人は相当「東京の人度」が高いか、相
当田舎者か、東京に思考&嗜好が乗っ取られている証拠!?
あるいは、野球知らない??)
 他方、試合に負けたのに新聞の一面がタテジマ・・・という関西ス
ポーツ紙にはヘキエキしたものでした。なんせ、今はなき阪急ブレ
ーブスファンの私でしたから。しらん?そりゃそうか。後を継いだ
オリックスは今では「敵」だった近鉄と合体したほどなんで。
 なので、大阪に本社のある新聞しかあまり読む機会がなかった
わけですが、それはこちらに来てもやはりそうで、新聞の販促に
嬉しそうに「巨人戦」のチケットをひらひらさせる販促者をみて、
余計かたくなになってしまったのでした。
 でも、TICAD IVのプロセスの中で、環境分野にとても詳しい
女性ジャーナリストに出会い(今では論説員であられますが)、
彼女の書くものは好きなんで、COP17みたいな会議が近づくと
あえて読売も読むようにしています。
 なので、デュッセルドルフ空港のラウンジで読売新聞をみつけ
たときは迷わず手に取って、やっぱり彼女の記事もあり、喜んで
読んで共感したものの、その内容は覚えてない・・・。というのは、
もっと気になる記事を読んでしまったからです。
 それは、特別編集委員の橋本五郎さんのコラムでした。そこに、
なかにし礼さんのお母さんの思い出が描かれていたのですが、
私の「子育て」「教育」のある種基本になるようなことが書かれて
あり、それもかなり衝撃的に書かれてあったからです。
***<なかにし礼さんのインタビュー>*********
1945年8月、母よきさんと姉の3人で満州から列車で逃げる途中、
ソ連機に襲われる。母は「お前は小さいから椅子の下に隠れなさい
。そうすれば大丈夫だから」と言って、列車から降りて灌木の陰に
隠れた。
 おそらく一緒に逃げると足手まといになって面倒になると思ったの
だろうが、ソ連軍の機銃掃射は向かいの椅子を打ち抜き、乗客は
亡くなった。
 その様子を外で見ていて母は相当後悔したと思うが、戻ってきて
こういったのだ。
 「これからは、お前はお母さんの言うことでも信じてはいけない。
自分で必死になって逃げて、自分の意志で生きなさい」
***************************

 自分が助かるためにわが子を犠牲にしようなんて、本当にこの
お母さんが思ってのことだったかわからない。もちろん、私だった
らこのような選択はしなかったろう。でも、このお母さんがこの状況
で幼きわが子に伝えたかったこと・・・。
 国によって最前線に送られ、稚児らとともに戦争に巻き込まれ、
誰も助けてはくれない状況の中で、自分もどこまで生き残って、
子どもを守られるかわからない。古今東西、そんなお母さんたち
の話を、繰り返し、繰り返し、耳にし、読んできた私には、このよう
な状態になったら・・・なるまでに出来ることは何か・・・いつも自問
自答してきました。
 そして出した結論が、先日も書いたように、子供が自分で生き残
ることができること・・・でしった。その意味では、お母さんすらも、
信じてはいけないかもしれない・・・というメッセージは過酷であって
も重要だと思っています。
 もちろん、この「信じる」には何通りもの意味があると思います。
このお母さんも本当にいいたかったことは違っていたと思います。
 私がいいたいのは、
●お母さんの愛はどこまでも信じていいけど、
●お母さんのjudgement(判断)は信じないほうがいい、
 ということです。
 なぜなら、大学で教える「有識者」であろうとも、あるいは、だから
こそ、「間違えること多し」だからです。お母さん、お父さんがいうこ
と、先生がいうことは、すべて正しい::::という前提に立つことの
危険はみなさんも今回の震災・原発事故で気づいているでしょう。
 我々は間違ってきました。繰り返し。だから、こんな状態に子供た
ちを置いているわけです。だから、子どもにも、学生たちにも、私の
心を信じてもいいけど、言っていること&やっていることは常に疑問
をもって眺めて、自分の頭と自分の責任で自分の方向をjudgeし
ていってほしいと思います。
 それこそが、最後には、皆さんが求める生き方につながっていくだ
ろうし、危機の際にみなさんを救うベースとなると思います。
●クリティカルシンキング
●多角的にみる能力
●妥当なジャッジメントを迅速に下す力
●それを伝える力
 これこそ、どんな時代にもみなさんを救い、周りを救い、社会を救い、
地球を救うでしょう。まずは、お母さん・先生を「信じない」ことから始
めてみてください。
(といって、それが衝撃すぎてゼミにはいったコマチちゃん、博多で
元気かな?)
 そして、その場にいなかった私が勝手な解釈をするのはとても気が
引けますが、なかにし礼さんのお母様のいう「信じる」とはそういう意
味だったのではないかと思います。
 「自分を信じるな」と愛する人にいえるとき、それは絶対的な愛だか
らなのです。 相手の誤解もあえて恐れず、相手に喜んでもらった
り、愛し返してもらうことを前提にしない、ただただ無条件の愛だから
こそいえる一言なのだということを、なかにし礼さんが気づいていると
いいのですが・・・。
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by africa_class | 2011-12-14 00:33 | 【徒然】深大寺日記

Quality of time(時間の質)と子育てについて考える

ドイツから帰国。飛行機が遅れたせいで仕事は捗ったのですが、日曜
日中に帰れてよかった~。明日もてんこ盛りなんで。
 京都生まれで話し方はゆっくりな癖に、セッカチ・・・と言われてん十年。
子どもの頃はこれでも、トロイとろいと家族や友人から苛められていた
んです。どこで加速化したのか・・・。
 ただ、私本当はセッカチなんじゃないんです。きっとブーイングあると
思いますが。。。ただ、quality of timeを求めているんです。本来は、
家族との時間のことを指す用語ですが、すべてに使える気がします。
 大阪でも船場風にいうと、「時はカネなり」。ちょっと違うか。
 「商売のための時を稼ぐ」という趣旨ではなく、「豊かな人生のために
時を稼ぐ」という発想。
 日々の生活にquality of timeを求め、そのことにより、家族との時
間をquality of timeとすることを、目指して生きてきました。
 つまり、何事にもメリハリ、オモイキリが必要ということ、かな?
 たとえば、この8年間、我が家にはテレビがない。テレビがないだけ
でも、大分家族の会話は増えました。電力も使わないし。
 まず、この考えに至ったプロセスは、次のようなものです。(なお、
いちいちワークショップのように家族で紙に書いたりしてないからご
安心を。脳みその体操です。でもやってもいいかも!)
①家、家族の目的と機能を考えます。
②その上で、何のためテレビが必要なのかを考えます。
③テレビがあるメリット、デメリットを①②で検討します。
④そうすると、家族の会話や静寂を失ってまでもテレビが必要な理由
が見出せませんでした。本当によい番組、影響力のある番組なら、
近年はネットで観られますし。
 なので、「我慢させる」ということではなく、「何が一番重要か」を優先
順位をつけて考えて、その分出てきた受動的ではない時間を、団欒の
時間やクリエイティビティの発揮(海くんは工作をとってもよくします)に
よってを大切にする、ということです。
 つまり、一見「守り」に見えますが、「攻め」の姿勢なんです。これ。
業界用語でいう、「転換」「超越」ですね。
 同じことが、昼食MTGにもいえます。
 最近は、人と会うときは必ず昼食時間に設定。そうすれば、一人食
という寂しくいまいち美味しくない食べ方をしなくてすむし、新しい情報
や共感を交換したりできるし、なんといっても楽しい時間を過ごせます。
 と書いて気づいたのですが、やっぱりどこか、一定時間に一つ以上
の機能を持たせようとする私はセッカチ以外の何者でもないかも・・。

 で、肝心の子育てのこと。
子どもと密度の濃い1週間を過ごして思うのは、たとえ一緒に暮らして
も、24時間中10時間近く彼は寝ている。残りの14時間中8時間は
学校に拘束されている。残りの6時間中2時間ほどはサッカーに。そし
て、最後の4時間中2時間ぐらいはお友達に・・・・。となると、一緒に
過ごせるのは、1日2時間ぐらい。しかし、平日ともなれば、この2時
間が曲者。朝の準備、歯磨き、お風呂、宿題・・・ナドで時間が過ぎる。
夕食の団欒だけが唯一ほっとする時間。それも、育ち盛り。ブルトー
ザーのようにたらいあげて消える。
 つまり、quantity of timeを求めても、はなから不可能!
 もちろん11歳だからということはありますが、逆にいうと子育てっ
て、思春期に入るところまでのたった十年程度のもの。となると、我
々が目指すべき「子育て」とは???
 究極的には、子供が大きくなったとき自主自立して、自分の人生
をしっかり歩んでいけるようお手伝いすること・・・ですよね?特に、
思春期に入りかけてきた息子を持つ親としては、彼が失敗や過ちを
繰り返しながらも、自分を大切に、自分でよい判断をしてほしいな、
と心から思います。そのために、赤ちゃんの頃から今までどうした
らいいか・・・。考えに考えた結果、私が出した答えは・・・・
 「あまりしっかりした親をやらない!!!」 でした。
 さらに、「子供は社会と子供自身に育ててもらう!」 です。
何と無責任な響き!!!でも、これをあえて積極的にやってき
ました。

 昔の子供(私も)は、母や父だけに育てられるなんていう状態
に置かれたことはなかったことを思い出すと当たり前のことかな。
 「子供=社会の宝」であって、私は縁あって海くんという子供を
授かって育てさせてもらっているものの、海くんは私の「もの」で
はなく、海くんと社会のもの。なので、6か月から保育園に預けて
いるし、福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクトをしているの
も、この考えから。
 ズボラ親・・・はい、そうです。もちろん、かなり言い訳めいていま
すが、子どもに自分で考える、責任を持つ幅(スペース)を少しでも
多く渡し、それになるべく介入しない・・これにつきるのではないか
と思います。そして、何かが起こったら、かならず時間をとってしっ
かり話す。問題は、一人っ子クラーセンにこの考え方がなかなか
伝わらないこと。<=その場でなく、あとでのほうが効果があるの
に、一生懸命「親」をやってしまう。うーむ。まあ両方あってもいい
でしょう。子どもはそれに慣れているし。
 たとえば、縫物をサボってきた私ですが、おかげで子供は靴下に
穴が空くと自分で縫います。ドイツでいきなり子供がお裁縫箱を取り
出して靴下を縫いだしたのでびっくり!でも考えたら日本でも、要ら
ないタオルで枕をつくってくれたりしてました。
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 かわいそ~という声が聞こえてきそうですが、それは「やってあげ
た気持ち」になりたい人の意見。「やってあげる」ことは実は簡単で
す。難しいのが、「自分でやる気になる」よう促すこと。親のサボリ
方にも技術が必要なんです。
 母になって思うのは、「~してあげた、私っていいお母さん」、「~
我慢してるんだから感謝して当然」、「~したから喜んでもらいたい」
という押しつけがましい考えが、そっと脳みそに忍び込んでくるのと
どう闘うのかという点。これらは、基本的に『自己満足」を求めての
こと。『自己満足」するのに、他人特に子供を煩わせる必要ないは
ず。でも、人間とは悲しいかな、人に肯定してもらって初めて自己
が肯定できるんで、これは時に難しい。
 でも、真に子供のためなら、それぐらい我慢できるのが親では?
むしろ、子供はどうなりたいのか、どうしてほしいのかを確かめるこ
とが重要。あるいは、「お母さんはやりたいからやってる!」というこ
とをしっかりと基本とすれば、子供も楽なのでは?感謝しなくていい
というと、意外に子供はとっても感謝するもんで~。楽しいことには、
反応するんですね。
 とはいえ、寂しい想いをさせるのはお互い辛い。でも、量でなくて
質。久しぶりに会うときのquality of timeが私たちをより強く結び
つけているようにも思う今日この頃。今回ドイツに到着した夜に彼が
いったのは、「日本にいた時つまんないことでママに怒ってしまった
けど、あ本れは本心じゃなかったよ。これが伝えられないと困るな、
っていつも思ってた」という一言。泣けてきました・・・。
 「子どもを育てる」などということが、おこがましい言い方だと最近
は特に思います。むしろ、「子供に育てられる」という気がしてならな
いから。その意味でも、「教育」も同じですね。論文を書くことが得意
でなかった私が今みなの論文をコメントできているとしたら、それは
これまでの先輩たちとのやり取りがあってのこと。
 足りないところだらけの母親&教師だけど、私を育てるのもみなの
仕事だよ~。
 最後に、97歳の義父を登場させます。義母が退院してきた途端
になんだか文句ばっかりいうようになりましたが、3人で暮らしてい
た時は、それはそれはしっかりして、このようになんでもお手伝い。
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義母にいったら、「あの人は私がいなくては・・・」の一言。オーマ、
それがまずいんだよね・・・いえないけど、さすがに。息子も夫も
甘やかし放題だったツケを50年近く背負い続けている義母の姿
を見て、反面教師として女の生き方を学ばせていただいています。
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by africa_class | 2011-12-11 23:56 | 【徒然】深大寺日記

遠くにいるわが子に想いを馳せながら食べる手料理。

久しぶりに、しっかりとした夕食においしいお酒でほっと一息。
仕事や活動の処理が立て込み、結局帰ってきたのは9時だったので
すが、めげずに今朝炊き作っておいた玄米&お味噌汁に、大地を守
る会から届いてたゴマ豆腐、イカそうめん、モズクを食べ、広島のお
土産(自分に・・・すみません)の濁り酒をぐいっとやったら、なんだか
とっても幸せな気分に。そういえば、近所の人たちと飲むつもりが!
でも、わが子にごはんを作ってあげられない切なさが身に沁みます
。。。月に一度5日間行くときには、朝から晩まで、日本食を作るので
すが、なぜか子供とともに楽しみにしてくれているのが、97歳の義父
と85歳の義母。うーむ。日本食は国境だけでなく、年齢を超える。
 そんな矢先、電話が!なぜかアイルランドで魚釣りをしているらしい
わが子でした。学校は2週間のお休み。父子で魚釣りに行ったもの
の知らされてなかった私がかなり動揺してしまったので(2週間あれ
ば会いたかった・・・)、気を遣った海くんは、父親の携帯から電話を
してきてくれたのでした。なんと優しい!二人は、私が日本から持参
しておいたお醤油とわさび片手にアイルランドに飛んで、日々魚と
戯れているらしい・・・なんと呑気な・・・でも、それぐらいでいてくれた
ほうがもちろん安心なのですが。
 しかし、彼が赤ちゃんの頃から、こういう日が来ると思って、心の
準備とトレーニングを積み重ねてきた私たち親子でしたが、それで
もやっぱり辛いですね・・・。これ話すと、みなに驚かれるのですが、
世界の紛争について研究してきた私としては、そちらのほうが自然
でして・・・。「いつか離ればなれになっても・・・」と、その場合どうす
るかなど話し合ってきたのですが、かなり変な親子だったのでしょ
うね。一番重要なのは、どんなに小さいときでも、彼が考え、彼が
決定に関わること。彼の考える力、決定する力を信じること。そのた
めには、「好き、嫌い」「やりたい、やりたくない」「快・不快」ではない
レベルで、彼が総合的に考え、総合的に判断できるように、本当に
いろいろな話や経験を積み重ねてきました。それが役に立ったとも
いえるのですが、実際にこうなってみるとなんとも切ない。
 まだ小さな彼に私はあまりに酷い問いかけを行い続けてきたのか
もしれないと・・・今更後悔している部分もあります。赤ちゃんを赤ち
ゃんとして、子供を子供として十分、「無心」でいさせてあげてなかっ
た気がしてなりません。彼を全力で守りながらも、彼に自分で自分
を守る力をつけてほしい。いざというときに、いつも必ず親がいると
は限らないから・・・これが、たくさんの哀しい哀しい話を聞き続けて
きた私の結論でした。
 「平和な日本」「豊かな日本」で、そんなことをトレーニングさせら
れていた海くんは、もしかして不憫な子だったのかもしれません。
でも、世界の中では、やはり海くんは恵まれた子供です。そして、
こうやってヨーロッパで呑気に暮らせているだけでも、とっても、と
っても恵まれた子供です。だから、楽しく釣りをしててくれているの
をこれ幸いとして、今日もほかの子供たちのためにやれることをや
りたいと思います。
 実のところ、海くんに聞いてみたのです。この際、仕事も何もか
も辞めて、ドイツに来ようか、と。考えてみて、と。(学生のみんな、
ごめんね。でも、海のお母さんは私だけだからね)でも、海くんは、
きっぱりと「絶対にあかん!ママは残って、ほかの人たちのことを
せんとあかん!」といってくれました。父親がいないところでこっそ
り聞いたのですが、何度聞いても、泣きながらそういったわが子を、
我慢させてるんじゃないか、と心配したのですが、落ち着いてきい
てもやっぱりその答えでした。まだ11歳。母が恋しい年齢です。
海くん、あなたの我慢がママはつらいよ。
でも、同時に海くんの「大きさ」を、しみじみと感じ入っています。
さすが、アフリカが育ててくれた子供です。
あなたの声、想いを、そのままに聞き、そのままに受け止められる
お母さんになりたいと、心から願っています。

座り込みに参加した友人から写真が届きました。ユキノさん、素敵
です。私も水曜日午後が担当です。みなさん、水曜日午後は、経
産省前で会いましょう!ちなみに、テーマカラーは黄色です。黄色
いものを身に着けてきてください。
http://yfrog.com/h21d6oqj
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by africa_class | 2011-11-01 00:28 | 【徒然】深大寺日記