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<   2011年 10月 ( 17 )   > この月の画像一覧

来週末アフリカンフェスタ2012が横浜で開催

ここのところアフリカのことを紹介する間がありませんでしたが、
以下の通り例年5月に開催しているアフリカンフェスタが11月
12日(土)・13日(日)に横浜で開催されることになりました。
一年に一度の、アフリカが学べ、楽しめ、食べられるイベントで
す。ぜひ、ぜひ、行ってきてください!
 せっかくなんで、アフリカで活動するNGOでボランティアした
い!という人がいれば、連絡ください。つなぎます。(少なくとも
2-3時間はお手伝いしてね。物販や呼び込みなどが仕事です)
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開催時間: 11月12日(土)11:00~16:00 
      11月13日(土)10:00~16:00 ※雨天決行
会場:   横浜・山下公園
(赤レンガ倉庫イベント広場ではありません)
最寄駅:  みなとみらい線「元町・中華街駅」出口4より徒歩約3分
         〃   「日本大通り駅」より    徒歩約5分
      JR根岸線「石川町駅」中華街口より徒歩約15分
         〃「関内駅」 南口より 徒歩約15分
バス:   JR桜木町駅前より、本牧車庫行他
      「8、11、58、148系統」は「中華街入口」で下車徒歩3分
      「26系統」は「山下公園前」で下車  徒歩すぐ
      いずれもバス乗車時間7分程度
ウェブサイト: http://www.africanfesta2011.com/
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by africa_class | 2011-10-31 08:54 | 【紹介】アフリカ・イベント

全国女たちの座り込み今日から開始(ぜひ、参加or応援を)

福島の女たちの座り込みを受けて、全国女たちの座り込み今日から始ま
りました。http://d.hatena.ne.jp/onna_suwarikomi/
ぜひ、ぜひ、ご参加を!また、福島の女たちの座り込みがかなり報道さ
れていますので、末尾にURL貼り付けておきます。
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福島の女たちに続け!原発いらない全国の女たちアクション
http://d.hatena.ne.jp/onna_suwarikomi/
「もう、黙ってはいられない!」
北海道から九州まで、全国の女たちが立ち上がり
そして、座りこむ!
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日時:2011年10月30日(日)~11月5日(土)9時~18時 雨天決行!
最終日の11月5日(土)は15時まで
場所:霞が関経済産業省前(東京都千代田区霞が関1丁目3-1)
※記者会見10月31日(月)13:30@経産省前テント
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全ての子どもたちが健康で安全に生きる権利を
直ちに避難できる権利を
全国の原発の再稼働を止め、安心して暮らせる場所を実現しましょう
<スケジュール>
・10月30日(日)福島からのバトンを受け取った全国の女たちがキックオフ
・10/31、11/1、11/2は、11:30から経産省別館(保安院)前で、ランチ・
アピールを行います。
・11月3日(木)全国の女たち、一人一分リレートーク
・11月4日(金)11時半スタートで東電・霞が関周遊デモ(計画中)
・11月4日(金)ストップ!浜岡原発による内閣府・外務省・経済産業省へ
の申し入れ(被災地の食品等の途上国への提供と原発輸出)
・11月5日(土)11:00~日比谷公園 かもめ広場 交流会
14:00~17:00「避難の権利集会in 東京」合流(@文京区区民センター)
<記者会見のお知らせ>
○10月31日(月)13:30@経済産業省前にて
・「原発いらない全国の女たちアクション」について
・福島の子どもたちの人権侵害に関する国連調査受け入れ日本政府ブロック?
○11月1日(火)13:30@経済産業省前にて
・「原発いらない全国の女たちアクション」
・女性の方が放射能の影響を受けやすい~最新レポート
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ぜひ記事を読んでみてください。なお、主催者側が撮影し
た動画URLも貼り付けておきます。
1.新聞
■東電の前で「きれいな空返せ」 福島の女性らデモ(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011102901000593.html
■座り込み:福島の女性ら「原発止めたい」 経産省前で訴え(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20111028k0000m040015000c.html
2.ネットの報道
■福島の女性座り込み 経産省前で111人、原発廃止訴え
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/10/20111028t63011.htm
■経済産業省前 女性グループが座り込み
http://news24.jp/nnn/news8652577.html
■「脱原発」福島の女性ら660人 経産省前で座り込み
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/10/28/kiji/K20111028001907790.html
■志賀原発の再稼働反対 市民グループ座り込み
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/?TID_DT03=20111027175903
3.動画
■グリーンピースの動画
http://www.greenpeace.org/international/en/news/Blogs/makingwaves/women-from-fukushima-gather-to-find-hope-in-t/blog/37555/?utm_source=twitter&utm_medium=social_network&utm_term=28_10_11_1200&utm_campaign=nuclear
■日本語YouTube
http://youtu.be/pTXXOHW5Cmk
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by africa_class | 2011-10-31 01:09 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

愛媛大学、日本平和学会(広島修道大学)での報告終了

人生で最も忙しかった1週間が終わりかけています、ようやく。
一昨日は愛媛大学で報告、昨日は広島修道大学で以下の発表をしまし
た。今日は、米川正子さん、ルワンダの佐々木和之さんの研究報告です。
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日本平和学会2011年度秋季研究集会
世界構造の揺らぎ~「アラブの春」を超えて~
「アラブの春」とサハラ以南アフリカ
~比較と関係性の視点から~
東京外国語大学
大学院総合国際学研究院
舩田クラーセン さやか
キーワード:中東、北アフリカ、サハラ以南アフリカ、冷戦、構造調整
1.はじめに
 本報告は、2010年末から現在まで続く「アラブの春」とサハラ以南アフリカの関係について、後者に力点をおいて検討するものである。まず報告者は、「アラブの春」の舞台であるチュニジア、エジプト、リビアの地理的条件について検討する。その上で、冷戦後におけるこれら地域と外部世界(特に西側諸国)との関係について、サハラ以南アフリカとの対比で説明を試みる。次に、「アラブの春」にサハラ以南アフリカが与えた影響について可能性という点から考察する。最後に、「アラブの春」が今後サハラ以南アフリカに及ぼす影響について検討する。
 以上の作業を通じて、同じアフリカ大陸上にありながら、まったく異なる地域として取り上げられてきた北アフリカとサハラ以南アフリカの関係について考察したいと考える。ただし、かなりの部分が問題提起に留まることを予め述べておきたい。

2.「アラブの春」はどこで起きたのか?
本部会の議題設定が、既に「アラブの春」と表現されていることにも象徴されるが、2011年1月以降のチュニジア、エジプト、リビアといった北アフリカ地域における政治変動は、「アラブ世界」の出来事として受け止められている。現在、この動きがシリアやバハレーンに飛び火していることからも、この設定は妥当であろう。
しかしながら、サハラ砂漠に分断されているとはいえ、アフリカ大陸上にある北アフリカの政変を「アラブ」の枠組みでのみ検討することは、認識の限界を招かないだろうか。特に、この地域を「中東」と表記し続けてきた日本においては、このことはより意識される必要があると考える。
チュニジアでの政変は、当初から日本の多くの報道で、「中東政変」と報道された。現在でも、「中東政変」という検索に、チュニジア、リビアの政治変動に関する記事がラインナップされる一方、「北アフリカ政変」の検索では個人のブログにしか行きつかない現実がある。
そもそも「中東(the Middle East)」とは何だろうか?誰にとっての「東の真中」なのだろうか。「中東」という言葉が最初に現れたのは、1850年代英国領インドであったと言われている。同地の総督府において、インドから西の地域(特に、イランやアフガニスタン)を言い表すために使用されていた。これを、20世紀初頭の米国海軍戦略家Alfred Thayer Mahanが、ペルシャ湾を中心とする「アラビア(半島)からインドまでの地域」と定義し、その戦略的重要性を訴え有名になった。その後、戦間期に英国軍がエジプトにMiddle East Commandを設置すると、「中東」領域は地中海沿岸地域を含む形で一気に拡大する。ただし、Foreign Affairs誌上でRoderic Davisonが述べているように、冷戦下において中東の重要性は増したものの、「誰も中東がどこを指すのか分からず」、研究者も政府も合意に至っていなかった(Roderic 1960)。しかし、スエズ危機に直面したアイゼンハワー政権としては、何らかの定義をする必要に迫られ、国務長官John Foster Dullesによる次の定義が受け入れられていった。つまり、「(中東とは、)リビアを西端に、パキスタンを東端に、トルコを北端に、アラビア半島を南端とする領域」であり、「これにスーダンとエチオピアが追加される」としたのである。現在、ブリタニカ百科事典(英国出版)では、「モロッコからアラビア半島とイランまでの地域を含む」と定義されている。
以上から、「中東」が英米の軍事戦略上の地域概念であり、軍事的な危機への対応に伴って拡大していった概念であることが分かる。北アフリカ地域もまた、英米にとっての軍事上の重要性の強度によって、それが含む範囲が増減してきた。英国からどうみても「南」にあるモロッコやアルジェリア、チュニジアが「東」に含まれることからも、「中東」は地理的というより地政学的なものであることは明らかであろう。そして、日本を基点とすると西方にあるにもかかわらず、この地域を「中東」と呼び続けることに示されている通り、日本がこの地域をみる視点は欧米追従のままである。
カイロ大学のHassan Hanafiは、以上の視点を「古典的なオリエンタリズム」に基づいたものであると批判し、同地域を「アラブ世界」と呼ぶべきと強調しているが、当然ともいえる指摘であり、本部会企画の真髄もそこにあろう。しかしながら、この地域を「アラブ世界の一部」とする意義(アラビア語を媒体とする情報の拡散や団体間連携の重要性)を理解しつつも、報告者はある疑問を頭から拭い去ることができない。つまりそれは、「北アフリカ」という地理的条件がこの変動に与える影響はなかったのだろうか、という疑問である。
 歴史的にみると、北アフリカ諸国は、「アラブ・ナショナリズム」と「アフリカ・ナショナリズム(パンアフリカニズム)」の両方に深く関与し、戦略的に使い分けてきた。前者の方に常に軸足があったとはいえ、後者への関与はアフリカ大陸内政治を見る限り無視しえぬほど大きなものであった。国連決議を無視して西サハラを植民地支配するモロッコはさておき、いずれの国もアフリカ統一機構(OAU)、そして現在のアフリカ連合(AU)に加盟している。アフリカ全土解放を掲げるOAUにおいて、エジプトやアルジェリア、リビアが果たした役割は大きく、1960年代から70年代、これらの国々にとって「アフリカ・ナショナリズム」もまた重要なアジェンダの一つであった。その後、「アフリカ・ナショナリズム」はサハラ以南アフリカ諸国においても下火になった概念であったが、ここ数年OAU結成時に提唱された「アフリカ合衆国(The United States of Africa)」に最も熱心だったのが、リビアのカダフィー(カッザーフィー)大佐であった。
「アラブの春」をアフリカ大陸上で起きたものとして位置づけ直すことによって見えてくるものについての深い分析は、今後の研究を待ちつつ、本報告ではいくつかの点について検討を試みる。

3.大陸最後の長期独裁としての北アフリカ地域~冷戦構造からの遅れた解放
北アフリカ地域で民衆蜂起のあからさまなターゲットになった「独裁と腐敗」であるが、これまではサハラ以南アフリカの十八番のように考えられてきた。世界で最も腐敗した独裁者のトップ3に、ザイール(現コンゴ民主共和国)のモブツ元大統領が必ず挙げられてきたことにも象徴される。実際、東西冷戦下の援助合戦によって漁夫の利を得たサハラ以南アフリカ諸国には、独立当初の多党制から一党制への変更を行った国が多く、1980年代末の時点で48カ国の3分の2が一党体制下にあった(武内2005)。
しかし、1980年代後半からの東側諸国の弱体化は、サハラ以南アフリカ内の親ソ政権に打撃を与えるとともに、親米政権の戦略的地位を低下させた。さらには、経済危機への対応と称して、IMF/世銀による構造調整(経済自由化政策)の導入が行われ、多くの国で急激な予算削減や民営化が断行され、大きな混乱が生じた。その結果、それまで外部からの援助に頼る形で支配体制を築いてきた多くの政権の基盤は揺らぎ、あちこちで暴動が起きるきっかけとなった。また、「冷戦の勝者」となった欧米諸国によって、追加援助の条件として民主化が押しつけられたため、いずれの政権も多党制選挙の導入を余儀なくされ、1995年までにほとんどの国が多党制に移行した。この変動は、日本ではほとんど注目されることがなかったが、「アラブの春」と同様に劇的で社会に大きな影響を及ぼしたものとなった。
もちろん、これらの国々において多党制がどの程度定着しているかという点については疑問が残る。このような急激な変化が、ルワンダ虐殺をはじめとしてサハラ以南アフリカ各国で政治的危機を引き起こしたことは記憶に新しい。また、石油などの豊富な資源を有する赤道ギニアやガボンでは、体制に変化はもたらされなかった。また、制度上は多党制を導入しても、アンゴラやモザンビーク、タンザニアのように独立から現在まで、何十年にわたって同じ政権が支配を続けるケースもある。それでも、あらゆる意味で「北アフリカより遅れている」と考えられてきたサハラ以南アフリカにおいて、一党支配体制が20年近く前に崩壊し、体制変動が起きているという点は、注目に値する。
 この違いは、どこから来ているのであろうか。この点について、報告者は、内政に基づくものというより(その重要性は否定しないものの)、対外的な関係に基づくものと考える。冷戦崩壊後、西側諸国にとってサハラ以南アフリカの戦略的重要性は減少したものの、北アフリカや中東地域の重要性は減らず、後者の地域の混乱や親米政権の権力喪失を西側諸国が望まなかったことに起因すると考えるのである。冷戦直後に湾岸戦争が起こったことも多いに影響しているが、北アフリカ・中東地域が置かれた状況はある意味で冷戦期と変わらず、これらの地域は冷戦構造から解放されない「残された地域」の一つであったということもできるだろう。

3.サハラ以南が与えた影響?~「アラブの春」前史としての民衆暴動
以上のように、サハラ以南の体制変動は一足先(20年以上前)にやってきた。外在的な部分も大きかったものの、試行錯誤ながら、政権交代を経験した国も多く、市民社会の前進などが見受けられた(舩田クラーセン2010)。しかし、2005年ごろからこれらの国で、選挙をめぐる権力側による暴力などが散見されるようになり、権力にしがみつこうとする政権側と野党側の衝突が繰り返されてきた。構造調整以降、厳しくなった援助国の監視があるにもかかわらず、なぜこのようなことが起こるのかについては、2000年代半ばから活発化した中国の影響が大きい。反賄賂条約に縛られるOECD加盟国や国連反汚職決議(2000年)に従う必要のある国際機関をしり目に、相手国の体制を問わない中国のサハラ以南アフリカ進出は、これらの国々の腐敗構造を解消するどころか悪化させた。中国の登場は、2008年9月のリーマンショックの影響もあり、欧米各国政府や企業を慌てさせ、サハラ以南アフリカを援助対象としてではなく「Next Market」たる投資先と捉えなおす動きを加速させた。また、資源の供給国であった中国やインドの消費国化は、世界全体の資源の希少化をもたらし、「資源大陸」アフリカへの進出合戦を招いたのである。
その結果、21世紀最後の20年間、実質成長率(年平均一人当り)が―1.1%から0.2%の間を推移していたサハラ以南アフリカに、突如として経済ブームが生じた。資源国の中には20から30%の成長率を記録する国が現れる一方、多くの国で10%近くの成長率が続いている。しかし、このような経済ブームは、「Wabenzi(ベンツ人)」の言葉が象徴するように、「ベンツを乗りまわす富裕層(利権を手にする政権関係者やその仲間)」を生み出す一方、マジョリティを占める貧困者を豊かにしたわけではなかった。目に余るほどの富の一極集中と貧富の格差の増大は、一般の民衆、中でも都市住民の不満を膨らまし続ける結果となった。この時期には、教育に熱心な援助機関の取り組みもあり、サハラ以南アフリカにおいても、初等教育の無償化が進むなど、何らかの教育を受けた若者の数は増えていた。しかし、教育を受けたらよい就職先が見つかるという淡い期待は裏切られる一方、農村での暮らしをネガティブなものとして捉える若者の風潮もあり、都市に滞留する若者が社会問題にもなっていた。
そんな中、2007から2008年に起きた食糧価格の高騰は、一部の国で暴動に発展する。暴動が起きた世界19カ国中、実に5カ国をサハラ以南アフリカ諸国(ケニア、ブルキナ・ファソ、カメルーン、コートジボワール、モーリタニア)が占めたが、これは単に食糧が足りないことへの民衆の不満を意味したわけではなかった。国の富を売り渡すことで私腹を肥やす腐敗した政権関係者への怒りがその背後にあったのである。食糧価格に絡む暴動そのものは小規模なものとして抑え込まれたものの、その後のこれら5カ国の展開を検討すると、2007/08年がある種の画期であったことが分かる。その代表例がケニアであり、長年にわたって安定した政治ゆえに多くの投資を呼び込んできた同国で、選挙に際した暴力が大規模殺戮に至ったことは世界を驚かせた。この政治暴力の主な原因は、政権側の不正や警察や民兵を使った組織的な暴力であったが、政権側も野党側も動員の対象としたのが都市の不満層であった。現在は両者の権力分有によって表面上の平穏を取り戻しているが、安定にはほど遠い現状にある。
また、16年もの間戦争状態にあったものの、1992年の和平合意以来政治的安定と経済成長が高い評価を得てきたモザンビークの首都マプートで、2010年9月、死傷者が出る暴動が発生し3日間にわたって首都機能が麻痺したことは記憶に新しい。2011年夏、現地の市民社会組織の代表はこう述べている。
「チュニジアの政変よりも早い段階で、民衆による激しい政権批判が街頭で行われた国。それはモザンビークである。」
実際、この暴動を扇動したのは、都市に暮らす若者の不満層であり、その際に使われたのは携帯電話の特にSMS機能であった。携帯を持ち、文字が読めるという点で、教育を受ける機会がなかった絶対的貧困層ではない点に注意が必要であろう。
このような経済成長の影で生じつつある格差。硬直した政治体制。食糧価格の高騰。教育を受けた若者層の失業。携帯などの新しいコミュニケーションツール。これらには、「アラブの春」と類似している点が多々ある。もちろん、以上をもってサハラ以南アフリカが北アフリカの政治変動に影響を与えたとはいえない。しかし、「アラブの春」前史として、このような動きがあったことは念頭に置いておくべきであろう。

4.サハラ以南アフリカに及ぼす影響
サハラ以南アフリカが北アフリカに及ぼす影響以上に、北アフリカがサハラ以南アフリカに及ぼす影響の方が大きいであろうという推測はおそらく正しいであろう。先に紹介したモザンビークの市民社会組織は、今夏突如として議会を通過した反汚職法案を例にとり、次のように述べている。
「チュニジア、エジプトの政変の後は、サハラ以南アフリカのいずれの政権も民衆の声を無視することはできなくなった。」
実際、形の上での多党制導入の一方で、1987年以来独裁体制を継続させてきたブルキナ・ファソで本年3月から軍事クーデターや暴動が発生している。他方で、ジンバブエのように、「アラブの春」に関する勉強会がムガベ政権によって弾圧される事態も起きている。
「アラブの春」が、サハラ以南アフリカに残るいくつかの独裁体制を打倒するための希望となるのか、あるいはそれを警戒した各国政権がより強権化を進めることになるのかは、「アラブの春」自体の今後とサハラ以南アフリカの民衆の力量にかかってくるであろう。

5.おわりに
以上、「アラブの春」を、北アフリカとサハラ以南アフリカとの対比から検討を加えてきた。両地域の同時代的な相互関係の実証については、より詳細なる検討が不可欠であり、これについては今後の機会に譲りたい。

参考文献
・Hassan Hanafi (1998), The Middle East, in Whose World?, in Bjorn Olav Utvik & Kunt S. Vikor, The Middle East in a Globalized World, C. Hurst & Co. Ltd.
・Roderic H. Davison (1960), Where is the Middle East, Foreign Affairs 38 (4), 665-675.
・酒井啓子(編)(2011)『<アラブ大変動>を読むー民衆革命の行方』東京外国語大学出版会.
・武内進一(2005)「冷戦後アフリカにおける政治変動―政治的自由化と紛争」『国際政治』140号.
・舩田クラーセンさやか(2010)「変貌するアフリカ市民社会と日本の私たち」峯陽一、武内進一、笹岡雄一(編)『アフリカから学ぶ』有斐閣.
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by africa_class | 2011-10-30 09:58 | 【記録】講演・研究会・原稿

ご紹介:日本の田舎は宝の山―農村起業のすすめ

ゼミ合宿でもお世話になってきた山梨県発全国のNPO「えがおつな
げて」の代表曽根原久司さんの本が出たそうです。3・11後の日本
で特に必要になってくる視点だと思います。すべてを東京や都市に
一極集中させ、資源を吸い上げ続ける方式はもう破たんしています。
そして、なんといっても「面白くない」し「古い」!!
http://www.npo-egao.net/
なんだか無性に田舎に帰りたくなりました・・・。

=====================================
日本の田舎は宝の山―農村起業のすすめ
(日本経済新聞出版社)
http://ow.ly/6sudh
以下の案内は曽根原さんより:
耕作放棄地、森林、空き家、果樹園、用水路、太陽……。
農村部にある資源を都会のニーズとつなげば、
日本全体で10 兆円産業が立ち上がる。
未活用のまま眠っている農村資源を使って、
10 兆円産業を興すためのアプローチも書きました。
=====================================

田舎にこそ、チャンスあり!
http://blog.livedoor.jp/ranmaru95/archives/51308920.html
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by africa_class | 2011-10-22 20:09 | 【311】未来のために

一点の曇りもない人生なんてないから

この怒涛の2週間ほど、この言葉をずっと考えながら生活しています。
 私の周りで、それはそれはいろんなことが起こっています。電話に
出たり、メールを開けたりに、躊躇があるほどです。どうしてでしょう。
 事故があったり、事故の被害者がいて、加害者がいて、その対応に
追われる学生たちがいて、自分の失敗にされないか不安な大人たちが
いて、人生の岐路でした選択が何年もうまくいかず落ち込んでしまって
いる若者がいて、職場での上司との関係でめげている若者もいて、せ
っかく好きで一緒になったのに自分から道を踏み外す家族がいて、で
もそれはすべて親のせいで、家の中はまったく波が立たないものであ
るべきと信じ込んできりきりまいになっている家族がいて、もう生きてる
意味がないと思ってただ死を待っている家族がいて、気が付いたら大
変な病気になっていた仲間がいて、がんばってもがんばっても状況が
変わらないと喘いでいる友人がいて。
 現在、悪い状況にあったり、悪循環な状況に陥っている人が、私の周
りにはたくさ~んいるようです。しかも、この2週間に集中しているのは、
なぜなんでしょうか。私もまた人生いろいろありましたが、今思うことは
このことです。

 「一点の曇りもない人生なんてない」
 だから人生。それが人生・・・なのかな、と思います。
 そして、曇った後は、雨が降るかもしれないけど(ごめん!)、でも
必ずいつか晴れるんだってことです。

 逆に言うと、「シミひとつない、まっさらな、曇りのない人生」を目指
すからこそ、がんじがらめになるんじゃないか、と思うようになりまし
た。そんな人生を目指すと、一歩も踏み出せないんじゃないのかな
あ、なるべく効率よく人生を進めようとしている学生をみると特にそう
思います。また、その親も残念ながら、それを子供に強要する傾向
があります。「あなたのためだから」とかなんとかいって。
 まあ、アフリカ・ゼミに来るような学生にはそんな傾向はないです
が。そもそも、日本でアフリカに関わるのは、決して王道ではない
ですもんね。むしろ、それ自体が「曇り」?!!!
 以前、学生たちがつくるフリーペーパーのインタビューで、「挫折
を経験したことはありますか?」という質問がありました。そのとき私
は、「失敗はいくらでもあるけど、挫折はしたことない」といったとき、
学生たちはキョトンとしていました。今でも伝わっていないかもしれ
ませんね。
 私の人生は、真っ青な空どころか、はじまりはどよーんとした曇り
ばかりで始まり、この大学に来てからも、そんなことばっかり起こっ
ていますが、でも、それを挫折とは感じたりしてないです。だって、
人生、そんなもんだから。
 結局のところ、このような「曇り」が「晴れ」の有難みを教えてくれ、
ほかの「曇り」の辛さへの共感を与えてくれたのだと思うにつけ、だか
ら人生面白いと思ってしまうのですが、これは生まれつきの楽天家
だからなのでしょうか。
 
 曇りを恐れない人生を送ろう。
 曇りが与えてくれる豊かさをもっともっと自分のものにしよう。

 それを心の真ん中におきながら、みなと話す毎日です。
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by africa_class | 2011-10-22 17:28 | 【徒然】深大寺日記

カダフィー大佐の写真に想うこと・・・暴力とは

さすがに学生にも心配されるほどになってしまいましたが、大変さ
の山が連なっていくような感じで、周辺でいろいろなことが発生中。。
今朝はついに、くら~い声の母から電話。ギクッ。母がこういう声を
出すときは、案の定家族のドタバタ・・・。よりによってこのタイミング
です。
 ため息をつきながら、郵便受けから東京新聞を取出し、わくわくし
て新聞を開いて、絶句。某新聞を読んでいたときは、毎朝淀んだ
気分で新聞を開いていたのですが(政府や東電の呪縛から逃れ
られていないので)、そこは、「人々の新聞」を目指す東京新聞。毎
朝の一面の闘いぶりにスカッとしていたのに、今朝はがっくり。。。

 もちろん、カダフィー大佐は独裁者です。
 もちろん、リビアは何十年、独裁体制下にありました。
 もちろん、リビア人民は抑圧されていました。
 恐怖の中、殺された政治犯の数は膨大です。

 しかし、人間のこのようなリンチ後の姿を、カラーでお茶の間に
「普通に」届けていいものでしょうか?これを、子供たちに見せる
べきなのでしょうか?
 「悪い奴」だから、「やっつけてしまえ」、その姿を広く「見せしめに
してしまえ」という論理に、恐怖を感じるのは私だけでしょうか?

 今年1月(正確には去年末からですが)のアラブの春開始以来、
北アフリカの政権は急に「独裁政権」と名指しされるようになりまし
た。しかし、なぜ何十年もこれらの政権が生き延びたのでしょうか?
日本は、これら北アフリカの国々にこそ、多大な援助をしてきたの
ではなかったでしょうか?サハラ以南アフリカと比べて、「安定した
地域」として、高い評価をしてきたのではなかったでしょうか?これ
らの権力者らを「国賓」として扱ってきたのではなかったでしょうか?
 アメリカの態度の豹変ぶりにあわせた日本の対応の変化。そし
て、手のひらを返したような「独裁者」への非難。そしてついに、人
間のこのような姿を平気で見せてなお、どの新聞も問題を感じない
時代が到来してしまいました。

 今日の友は明日の敵。
 敵(悪い奴)には、尊厳などない。
 だから、何をやってもいい。。。。
 否、悪い奴なんだから、むしろ辱めを受けるべき。
 
 それこそ、私がこれまでみてきた多くの戦争や暴力の根っこにあ
る考えです。国際共同研究の仲間たちがいうところの、Humiliation
です。その対局にHuman Dignityを置いています。
http://www.humiliationstudies.org/
 3・11直後、放射能の危険性を口にした人はバッシング
に遇いました。政府は、「安全」を口にし続け、安全ではないといった
人は『非国民」かのようなノリで非難されていました。それと同じ病理
をみてしまうのは、私だけなのでしょうか。
 東京新聞さん。国際ニュースでも、どういうポジションをとって報道
するべきか、今一度考えてみてください。暴力に暴力は、私は絶対
反対です。すべての人間に尊厳を。紆余曲折を経て、到達した想い
です。
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by africa_class | 2011-10-21 23:05 | 【徒然】毎日がアフリカ

アフリカで譲られる野生動物保全の今(@外大AA研)

東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 
基幹研究「アフリカ文化研究に基づく多元的世界像の探求」
2011年度第5回公開セミナー:
「アフリカで護られる野生動物保全の今―ゾウと同じ大地で暮らす人びと」

講師:目黒紀夫氏(日本学術振興会/東京大学大学院)
日時:2011年11月8日(火) 18:00~20:00
会場:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
マルチメディア会議室(304) 
使用言語:日本語
参加費:無料
事前申込:不要(どなたでも参加できます) 

講演要旨
アフリカの多くの国にとって、ゾウやライオン、ゴリラといった野生動物を利用した観光業は大切な産業である。また、先進国や国際機関、NGOによって、数多くの野生動物を護るための活動・支援がおこなわれてもいる。とはいえ、テレビや映画でアフリカの野生動物が取り上げられるとき、野生動物と同じ土地の上で暮らしている人びとの姿が映されることは意外と少ない。
今回の公開セミナーでは、アフリカのなかでも「野生の楽園」として有名な東アフリカの国ケニアから、アフリカゾウの群れとキリマンジャロ山の眺めで有名なアンボセリ生態系をとりあげる。アンボセリは過去数100年にわたって牧畜民マサイの縄張りとなってきた土地であり、マサイは野生動物と共存してきた人びとといわれたりもする。そのいっぽうで、19世紀以降、アンボセリは白人に大人気の狩猟場・観光地となり、国際的に野生動物保全が取り組まれてきた場所でもある。はたして、ゾウと同じ大地の上で暮らすとはどういうことなのか? 野生動物保全が彼ら彼女らの生活にどのような影響をあたえてきた(いる)のかを紹介していきたい。
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by africa_class | 2011-10-19 15:49 | 【紹介】アフリカ・イベント

江戸川区の野球場からチェルノブイリ近辺に匹敵するセシウムが検出

先日の世田谷区のセシウムは今回の原発事故によるものではなかった
ということで、ひとまずは安心・・・だった(ある意味でそうではないのです
が、それはさておき)はずが、その後もストロンチウムが横浜で検出され
続けている(横浜市だけが調査しているから)上に、ついに東京の子供た
ちの身近な学校やグラウンドで高濃度の放射性物質の検出が始まりま
した。が、くどいようですが、これらの物質は3月からあったもの・・・。
 ヨウ素は消えてしまいましたが、高濃度セシウムがこんなところで検出
されるのであれば、ヨウ素も降り注いだということです。半減期が短いた
めに、どこか油断された感のあるヨウ素133ですが、甲状腺に集まる特
徴があるため、甲状腺がんなどを引き起こしやすいといわれています。
 なお、9月に各地で「消えたはず」のヨウ素が相次いで検出されてい
ます。政府も東電も何もいわず、今はむしろ「安全」「冷却されている」の
大合唱ですが、何かが依然隠されています。
 二番目の記事はニューヨークタイムズ社(10月14日版)のもの。
一番恐れていたことです。特に、野球・ラグビー・サッカーなど土埃が舞
うスポーツが行われるグランドはすべてただちに測定されるべきです。

■小学校で毎時3.99マイクロシーベルト 東京・足立
http://www.asahi.com/national/update/1017/TKY201110170624.html

■Citizens’ Testing Finds 20 Hot Spots Around Tokyo
(市民による測定が東京周辺で20のホットスポット発見)
http://www.nytimes.com/2011/10/15/world/asia/radioactive-hot-spots-in-tokyo-point-to-wider-problems.html?_r=1
(前略)
 Then came the test result: the level of radioactive cesium in a patch of dirt just yards from where his 11-year-old son, Koshiro, played baseball was equal to those in some contaminated areas around Chernobyl.
 The patch of ground was one of more than 20 spots in and around the nation’s capital that the citizens’ group, and the respected nuclear research center they worked with, found were contaminated with potentially harmful levels of radioactive cesium.
 (中略)
 The government’s failure to act quickly, a growing chorus of scientists say, may be exposing many more people than originally believed to potentially harmful radiation. It is also part of a pattern: Japan’s leaders have continually insisted that the fallout from Fukushima will not spread far, or pose a health threat to residents, or contaminate the food chain. And officials have repeatedly been proved wrong by independent experts and citizens’ groups that conduct testing on their own.
 “Radioactive substances are entering people’s bodies from the air, from the food. It’s everywhere,” said Kiyoshi Toda, a radiation expert at Nagasaki University’s faculty of environmental studies and a medical doctor. “But the government doesn’t even try to inform the public how much radiation they’re exposed to.”
 The reports of hot spots do not indicate how widespread contamination is in the capital; more sampling would be needed to determine that. But they raise the prospect that people living near concentrated amounts of cesium are being exposed to levels of radiation above accepted international standards meant to protect people from cancer and other illnesses.
(中略)
 Tokyo residents knew soon after the March 11 accident, when a tsunami knocked out the crucial cooling systems at the Fukushima plant, that they were being exposed to radioactive materials. Researchers detected a spike in radiation levels on March 15. Then as rain drizzled down on the evening of March 21, radioactive material again fell on the city.
 In the following week, however, radioactivity in the air and water dropped rapidly. Most in the city put aside their jitters, some openly scornful of those — mostly foreigners — who had fled Tokyo in the early days of the disaster.
 But not everyone was convinced. Some Tokyo residents bought dosimeters. The Tokyo citizens’ group, the Radiation Defense Project, which grew out of a Facebook discussion page, decided to be more proactive. In consultation with the Yokohama-based Isotope Research Institute, members collected soil samples from near their own homes and submitted them for testing.(後略)
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by africa_class | 2011-10-18 01:03 | 【311】原発事故と問題

福島女たちの座り込みへの協力の仕方

今仙台です・・・。明日は、石巻へ。顧問を務める外大東北復興支援
隊の活動中に重大な事故があったため、石巻に向かいます。近所
の人たちから日本に帰ってるの~?と心配の電話や突撃が続いて
いるので、報告しておきますね。
さて、本題。
女たちの座り込みへの具体的な協力の仕方を教えてほしいということ
だったので、少し整理しました。末尾のメール送信フォームを使って
是非、ご連絡ください。意味が分からない方は昨日の投稿をご覧くだ
さい。
■福島の女たち100人の座り込みは10月27日~29日
(10-15時)経産省前です。
http://kodomofukushima.net/?action=common_download_main&upload_id=44
■全国の女たちの座り込みは10月30日~11月5日
(9~18時)経産省前です。
http://d.hatena.ne.jp/onna_suwarikomi/
■要求内容は、(1)子どもたちの避難を国の責任で行うこと、
(2)脱原発にシフトすること、です。
私たちは、この問題を福島の女性たちだけの問題にしてしまっては
いけないと切実に思います。以下、是非ご協力ください。
●一人でも多くの賛同者が必要です。
●呼びかけ人も募集中です。
(呼びかけ人には、座り込みのお手伝いやアイディア出しや
他の人への呼びかけに協力していただければと思っています)
●東京在住の皆さんには、福島の女性や全国の女性の座り
込みの方々のお手伝いをお願いします。
●当日の参加是非よろしくお願いします。(数は力です)
●ホームステイ先の確保が必要です。
●福島や全国から東京にくる女たちの交通費にご協力ください。
(添付の資料に振込み先が掲載されています)

以上、どのアクションでもよいので、是非ご協力ください。
男性の皆さんは、是非応援メッセージをお願いします!
*以下、メール連絡フォーム*
============================
<<全国女たち座り込み企画への協力>>
10月20日(木)正午までに、以下のアドレスに、ご連絡ください。
sayakafcjp<@>yahoo.co.jp (<>は削除してください)
*それ以降でも受け付けます。
必ず、何をみてご連絡いただいているかお書き添えください。

□呼びかけ人になってもよい
□賛同人になってもよい(お名前はブログ等で公表されます)
(お名前フルネームと肩書の方よろしくお願いします)
□参加してもよい
(何月何日の何時から何時まで参加可能かお書き添えください)
□カンパをしてもよい
(カンパ先は次のサイトをご覧ください)
http://d.hatena.ne.jp/onna_suwarikomi/
□ホームステイ先を提供してもよい(女性の方に限ります)
(最寄り駅と何人の受入れがいつからいつまで可能かお教えください)
□メッセージを寄せてもよい
(応援メッセージをお寄せください)
===========================
いつもいつもご協力本当に感謝です!
舩田クラーセンさやか
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by africa_class | 2011-10-16 00:18 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

ノーベル平和賞の3人の女性x福島&全国の女たちも立ち上がる

ノーベル平和賞とアフリカ、そして福島と日本の女たち。その関係
はいかに?それは、「もう任せてられない!」でしょう。なお、私の
ミッション(大学で働く)ことの一つには、若者のエンパワーメントが
あります。その意味では、「若者」もキーワードなんですが、この
投稿は女性にフォーカスしますね。

今週、ノーベル平和賞が発表されました。
■ノーベル賞:女性3人に平和賞 非暴力で独裁に対抗 カルマン氏、民主化へ決意新た
http://mainichi.jp/select/world/news/20111008ddm007040167000c.html
女性の人権向上などに尽力してきた、リベリアのエレン・サーリーフ大統領と女性平和活動家リーマ・ボウイー氏、イエメンの民主活動家タワックル・カルマン氏の女性3人への7日のノーベル平和賞授賞は、人権弾圧や強権支配が続いている国々にどのような影響を及ぼすのか。
■「非暴力革命、広がってる」 平和賞のボウイーさん講演
http://www.asahi.com/international/update/1008/TKY201110080222.html

内2名は、リベリアの女性たちです。先日お亡くなりになったワンガリ
マータイさんもそうでしたが、政府からの抑圧にもひるまず、ビジョン
と勇気をもって、権力と闘い、実際に成果をあげてきた女性です。
日本ではほとんど知られていないリーマ・ボウイーさんですが、非暴
力運動でアフリカ紛争を止めたと高い評価をされてきました。男性だけ
では本当の平和はつくれない」と考え、民族や宗派を超えて女性を組
織化し、女性1000人とデモ行進をしたり、「戦争にかかわる夫や
交際相手とはセックスをしない」というセックスストライキを呼びかけた
ことが、内戦終結に寄与したとされています。どの程度の効果かは
さておき、要は女性たちが束になったとき山が動いたということです。

そして、ついに福島の女性たちが立ち上がりました。
■原発いらない福島の女たち
http://onna100nin.seesaa.net/article/228900129.html
10月27日~29日まで、100人の福島の女たちが、経産省前に
座り込みます。子どもの避難の権利要求と脱原発を求めるそうです。

そして、私たちも立ち上がりました。このブログでもたびたび紹介し
てきたSHUT泊の泉さんのイニシアティブに共感し、呼びかけ人にな
っています。皆さん、是非この情報を広めてください。ただ、不安に
おびえたり、諦めたり、文句をいうだけをやめてみませんか?具体
的なアクションを、一つでもいいから一緒にとりましょう。ノーベル平
和賞は偶然ではないと思います。今、切実に女性たちが立ち上がる
ことが求められています。もちろん、男性を排除しようという意味で
はなく、男性の皆さんには是非応援してほしいと思います。是非、
応援メッセージを寄せてください!

■原発いらない全国の女たちアクション
http://d.hatena.ne.jp/onna_suwarikomi/
Facebook https://www.facebook.com/event.php?eid=258359124208902
福島の女たちに続け  全国緊急アクション 参加者大募集!
「もう、黙ってはいられない!」
全国の女たちが立ち上がり そして、座りこむ!
とき:   10月30日~11月5日 9時~18時(時間を拡大しました)
ところ: 霞ヶ関経済産業省前(千代田区霞が関1丁目3-1)
*東京メトロ霞ヶ関駅(A12a出口)徒歩1分
お昼休みだけでも、仕事の後でも、1日でも、1週間の参加でもOK!
座り込みの様子を見に来て、おしゃべりに立ち寄ってくださるだけでも大歓迎。
 
9月22日、ニューヨークの国連首脳会議で、野田総理が、「世界一安全な原発をつくります」と宣言した。福島の事故が未だ収束せず、放射線量が高いにもかかわらず、政府は9月30日、「緊急時避難準備区域」を解除しました。10月3日には、今夏、市民グループが主催して、福島県内の子ども130人が受けた健康診断で、10人(7・7%)の甲状腺機能に変化がみられ、経過観察が必要と診断されました。「目に見えない放射能が飛び交う戦場に、子どもたちを置いていてはいけない!」「原発はもう真っ平!」「原発事故の被害者であり、原発立地を受け入れてきた県の住人として、今わたしたちが叫ばなくてどうする!」との覚悟で、福島の女たちは10月27日~29日、経産省前で座りこみます。これ以上、福島の人びとばかりに重荷を負わせ続けるべきではありません。その想いで、全国の女たちも立ち上がりました。

全ての子どもたちが健康で安全に生きる権利を
直ちに避難できる権利を
全国の原発の再稼働を止め、安心して暮らせる場所を実現しましょう 
日本中の、世界中の女たちへ呼びかけます!
★賛同者、賛同メッセージを募っております!
onna_suwarikomi(at)yahoo.co.jp までメールでご連絡ください。
件名に「賛同」と入れてください
【お名前】(公表可/非)
【肩書あれば】
【連絡先】
【賛同メッセージ】(公表可/非)
*雨と寒さ対策、座りこみ用のシート・座布団などもお忘れなく
**連帯の熱い思いと、参加者のための交通費カンパなどでの参加も大歓迎
振込先:Shut泊 
※ゆうちょ振替口座:02720-5-79991 「女座り込み」と明記
※ゆうちょ銀行総合口座: ゆうちょ銀行から19050 15998721「女座り込み」
  他銀行から  九〇八-908-1599872「女座り込み」 
  (*908が二回続きます)
連絡先は↓
★Email: onna_suwarikomi@yahoo.co.jp
★Tel: 090-2695-1937 (泉) 090-6990-5447 (山口)
★ブログ http://d.hatena.ne.jp/onna_suwarikomi/
福島の女たちのよびかけによる座り込みのおしらせ (福島県外からも参加OK)
☆9月27日から29日までは、福島の女たちが呼びかける女の座り込みがあります。
 詳細は:http://onna100nin.seesaa.net/article/228900129.html
********************
「原発いらない全国の女たち」アクション
呼びかけ人 (10月11日現在)
泉かおり Shut泊、福島の子どもたちを守る会・北海道 (北海道)
山口たか 市民自治を創る会、福島の子どもたちを守る会・北海道(北海道)
舩田クラーセンさやか 東京外語大学教員、福島乳幼児妊婦ニーズ対応プロジェクトプロジェクト
満田夏花 国際環境NGO FoEジャパン(東京)
アイリーン・美緒子・スミス グリーン・アクション(京都)
谷田部裕子  ナージャのFukushima支援(茨城)
米川正子 宇都宮大学教員, 福島乳幼児妊婦ニーズ対応プロジェクト (栃木)
鈴木かずえ 国際環境NGOグリーンピース・ジャパン (東京)
賛同人 (10月11日現在)
吉武輝子  作家、脱原発をめざす女たちの会代表 (東京)
島田清子  美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会(美浜の会) (大阪) 
渡辺瑛莉  国際環境NGO FoEジャパン (東京)
吉田明子  国際環境NGO FoEジャパン (東京)
阪本公美子 宇都宮大学国際学部教員, 福島乳幼児妊婦ニーズ対応プロジェクト(栃木)
安斎由希子 有機農業者 (北海道余市町)
常田益代  北海道大学名誉教授 (北海道) 
小林芳子  プルサーマルを知ろう」後志住民ネットワーク (北海道共和町)
徳永理彩  恵泉女学園大学、東京外国語大学非常勤講師(東京)
石丸初美  玄海原発プルサーマル裁判の会 (佐賀)
上野白湖  非戦いぶり (北海道壮瞥町)
松浦雅代 原発がこわい女たちの会 (和歌山)
戸倉由紀枝 STOP!浜岡原発(静岡)
小木曽茂子 さようなら柏崎刈羽原発プロジェクト (新潟)
山口泰子 ふぇみん婦人民主クラブ
木村 結  脱原発・東電株主運動
石丸初美 玄海原発プルサーマル裁判の会 (佐賀)
上野白湖 非戦いぶり (北海道壮瞥町)
松浦雅代 原発がこわい女たち会 (和歌山)
木村 結  脱原発・東電株主運動
尾形慶子 みどりの未来
(以下、氏名のみで失礼します。)
堀田千栄子、小倉菜穂子、富塚とも子、岡本満喜子、小林俊子、水上さえ、石神博子、
谷百合子、大野朋子、松本絵里、
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by africa_class | 2011-10-15 00:51 | 【考】民主主義、社会運動と民衆