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<   2012年 02月 ( 23 )   > この月の画像一覧

組織は変われない(2)ーとしたらどうるすか?Vision(目的)に引っ張ってもらう+会議運営法改革は不可欠

モザンビークに到着。世界で二番目に多くの友人が住む国。
着いてすぐの携帯SMSしまくり・・・が終了し、命がけ洗濯も
終わり(洗濯機が漏電中・・)、夕食に連れ出してくれる人た
ちを待っているところです。その前に、あちこちに本とお土産
をドロップオフしながら、明日は友人に預けている蚊帳をも
ってきてもらいつつ、空港へ・・・。タクシーも、宿も、夕食も、
荷物も、友人たちに頼らないと何もできない。逆に言うと、
そんな社会関係資本があることが何よりもの豊かさ。日本
では遠慮してしまうことも、この国にいれば自然に頼める。
「お互い様」が日々の実践の国だからでしょうか。でも、アフ
リカが全部そうともいえません。ちょっと違うんです。まあ、
贔屓目ありますが。
 さて、「変われない組織」のこと書きました。書いた後に、
ちょっと補足した方がいいな、と思った点がいくつかあるの
で、明日モザンビーク北部に行く前に書いておきます。北部
に行ってしまうと、もう私は違う人間に化けてしまうので。
(要は地元おばさんに・・・立ち振る舞いまで変わってしまう
ので・・・)
 日本の組織の行き詰まりの原因のいくつかに、①Vision
(目的)を持たないこと、語り合おうとしないこと、確認しあえ
ないこと、②会議の運営方法が悪すぎてコンセンサスビル
ディングもお互いのやる気も段取りも組織的決断もできない
こと・・・にあります。
 ①については、私は結構深刻だと思っています。②にも
関係するのですが、Visionという壮大な話でなくとも、まず
目的を確認する・・・ことが苦手なのが日本の皆さん。小さ
な枝葉から話を積み上げていって、いつか大きな話に行き
着けばいいなあ・・・的な話し方をする。行き着けばいいです
が、多くの場合、行き着くことすらないまま、話が脇道にそ
れ、ちゃちゃが入り、行き着いたところで何の決定にもつな
がらず・・・ということが多くあります。
 かくいう私もそういう会議運営、話し方をしていました。お
そらく、今でもその癖は抜けません。でも、だから、人を雇う
というのは素晴らしいのですが、それを批判してくれたスタッ
フが何人かいて、一生懸命コーチングしてもらい、だいぶ変
えることができました。
 今では、団体設立でも、会議でも、本を作る際も、何をする
にも、まずは「目的」を確認します。そして使える時間を確認
します。そうすれば、目的を実践するために足りない時間や
労力が見えて準備がもう少しましにできるし、場合によっては
目的そのものを諦めることもできます。あるいは、その目的
のために、諦めるのではなく、もっと頑張ろうよと結束をかた
めることも可能です。
 なので、常に目的を話し合うことからどんなプロジェクトも
してきたのですが、これが通用しなかったのがアーティ系の
皆さん・・・。フレーミングされることを極力嫌う彼らに、この論
理が通用せず、「目的」から話し合うかどうかで紛糾すること
多々。でも、結局、プロジェクトを一緒にやる以上は、「決め
る→行動→結果を出す」会議は不可欠で、それ以外のクリ
エーティブなことは別枠で飲み会をしながらやることを提案
し、ここはおそらくなんとかなった感が・・・。異文化との遭遇
でしたが、お互い様でしたね。しかも今年は3.11もあり、私
の心と時間・体力に余裕がなかったせいもあり、あまり丁寧
な議論が心がけられなくて、ごめんなさい。「軍隊みたい・・・」
と言われたのは、さすがに反省。
 組織の目的・期限、その組織のやる会議の目的・期限が
明らかになったら、後は時間内になるべく民主的に意見を
出し合って、物事が決まっていくように仕切るのがファシリ
テータの役割。がしかし、日本では依然として、最も年長・
権力者の「男性」が、会議を仕切ることが多いです。(大学
なんていう場所では、これが当たり前)
 が、彼らは司会役といいながら、延々としゃべります。会議
の行方を決めてしまうところまで言ってしまうことが多いです。
となれば、会議に参加する意味は何か・・・とシタモノはしらけ
てしまいます。それだけでなく、せっかく集まっているのに、
会議の時間は彼らの話で大体なくなってしまいます。ああ、
時間・労力・気持ちが勿体なすぎます。
 会議に実は司会はいらないと思います。いるのは、結果を
時間内に民主的にしかもフレーミングされていてもクリエー
ティブなアイディアが出るようにファシリテートする役だけ。
 意思決定権を有する人が司会をしたり、しゃべりすぎては
絶対いけないというファリシテーションの基本のキ。私も時々
失敗します・・・・。反省!ですので、是非、これを読んで、
ドキッとしている人がいらしたら、ぜひぜひシタノモノにファシ
リテーションをさせてみてください。なお、ご自分とシタノモノ
たちもファシリテーション研修を受けるか勉強すること!!
驚くほど、結果が変わってきます。
 不思議なことに、権力を握っている人たちほど自分たちの
力の認識がありません。よほどアクドイ人でない限り、日本
では「自分はいい人だ」と思っている権力者が多いです。会
社の部長しかり、大学の~長しかり、政治家しかり、NGOの
代表しかり・・・。そして、自分はとても民主的で下々のことが
よく分かっていると思いこみがあります。そこに罠があります。
 しかし、これ自分では分からないことなんです。なので、一
番いいことは、「口の悪い部下/友人/妻」をはべらすこと。容
赦ない批判を喜んで受け、どんどんいってもらうこと。これに
勝るものはありません。 私には、3人の「毒舌女子」がついて
てくれて、「ダメだし」の連続・・。これが本当に役に立ちました!
 でも、東京の人は打たれ弱いので、こんなこと耐えられない
かもしれませんね・・・。関西人の厳しい突っ込みが愛なのだ
といっても、おそらく通用しないかも。なお、私が厳しく突っ込む
のはあくまでも愛なので、そこは受け入れなくても理解いただ
ければ有難いです・・・無理かな?
 なお、直近の投稿の補足ですが、私が沢山のNGOをつくっ
た話を書きましたが、あれいちいち潰して作っていたのではな
く、すべて同時並行に走っていたものです。一つ立ち上げて、
次のミッションが出たらもう一つ立ち上げ、次の人に渡しつつ、
前のモノを畳んで、、、、という状態。よく混乱しないねといわれ
ますが、同じ団体でそれだけのことをやる方が実は混乱のも
と。
 ビジョン・ミッションが絞られていれば、人は参加しやすく、
かつ適材適所が可能です。となれば、人のその活動を任せる
ことが可能となっていきます。そうすれば、自分は手を引いて
次の活動に移ることができます。でも、同じ組織でそれを全
部やろうとすると、働いている人・手伝ってくれている人の想い
がバラバラになってしまい、結局成果を出すことができない
だけでなく、「言いだしっぺ」がしぶしぶ引き取っていくことにな
っていきます。組織内のリソースの配分の優先度も見えず、
中途半端な活動になる。
 あと、学生にただボランティアやインターンをやるのではなく、
自分たちの団体をなんでもいいから作れば~とけしかけてい
るのは、前に書いたような理由です。皆はまだ若い、社会にも
出てないし・・・という気分でいるでしょうが、後10年、20年した
ら、立派な社会のかなめです。今から、こういうことを繰り返し
経験することが、何かの訳に立つでしょう。
 何より、自分の組織には、責任が伴います。この重い責任
こそ、皆に学生のうちに経験してほしいことです。なぜなら、
社会人になってから学ぼうとしても、痛い想いをするばかりで
学びに昇華できるだけの気力・体力・時間が残っていないか
もしれず、ただ会社を辞める・・・という選択肢を取りかねない
からです。
 もちろ辞めてもいいですが、次のために辞めましょう。
 また、組織的蓄積は重要でないと書きましたが、それは、
インターネットの時代だからです。組織で学んだことは、すべ
て公開してしまえばいいのです。一つの組織のファイルや
サーバーに後生大事に持ったところで、社会に役立ちません。
どんどん公開していけばいい。過ちも成功も。ちゃんと整理
して。
 私は市民活動で何かする際には、常にインターネットで同時
配信するか、メディアを呼んででいました。それは、目に前にいる
参加できる人だけと対話したり、知ってもらっても、社会を変え
ることはできない・・と思うからです。それらの人びとのさらに先
にいるはずの人たちを念頭において活動しなければ、いつまで
も同じ面子で、「そうだね、そうだね」とわかったつもりになる。
 でも、インターネットのアクセスがない人もいる。だから、テレビ
や新聞を呼ぶわけですが、それでも十分ではない。なので、印
刷物(本)を出すことを重視しています。
 市民活動は自己満足に陥りやすいです。
 「我想う故に我あり」「我行動する、故に我あり」という気持ちに
なるからです。でも、「我」に籠らない。同質の人たちだけの「我」
に始終しない。「君あり、故に我あり」の論理でいくならば、「君」
に向けて、まだ会ったことのない「君」であっても、対話しようと
試み続ける必要があると思うのです。
 と書きましたが、どれも私が課題としていること。まだまだ・・・で
すので、書くことで自分を追い込んでみました!では、もうお迎え
の時間、さようなら~。
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by africa_class | 2012-02-28 02:04 | 【311】未来のために

組織は変われないーとしたらどうるすか?:アメーバ―的組織をどんどん作ろう

昨日成田に向かうバスの中、成田から香港、香港からヨハネスブル
グ(現在、ヨハネスブルグ空港)に向かいながら考えていたこと。そ
れは、珍しく、家族のことでも、アフリカのことでも、福島のことでも、
なく日本社会にある政府から政党、学校から企業、NGOなど、あり
とあらゆる「組織」のことでした。
 私は小中学校ともに生徒会のメンバーとして(さもありなん?)、生
徒の希望を学校改革につなげようと日々努力していました。でも、兵
庫県の田舎の学校。何かを変えることは容易ではない。ただ難しい
だけでなく、理不尽・不条理を日々経験し、結果的に何一つ変えられ
ないまま高校に進学。以来、学校改革に関わるなどということは「考
えない」と心に決め、高校・大学は最低限の関わりで済まし、市民活
動に勤しんできました。
 アイディアとやる気、仲間がいれば何でもできる市民活動は本当
に魅力的で、高校の後半から、ありとあらゆる団体に関わったのです
が、いずれの団体も時間が経つにつれ、当初のVisionやMission
を忘れ、「団体が存続するための活動」に転化していったり、改善提
案に対して感情的な反論や反発をするばかりで「変わる」ことができ
ないのを目の当たりにしました。まさに、小中学校で接した先生たち
の姿と同じ。
 結論からいうと、「組織は自分では変われない」ということでした。
もちろん、世の中に「絶対」はなく、がんばって変わった組織もいく
つかあるでしょう。ただ、これらの「変われた組織」そして何よりそれ
ら組織のリーダーたちにはある種の共通性があるように思います。
それは、Learning from errors(失敗から学ぶ)姿勢です。つま
り、「errors(失敗)」を「隠したい問題」としてではなく、「学習させて
くれる有難いリソース」として捉える考え方です。だから人の「批判」
すらも資源・活力に変えてしまうバイタリティがある。
 とはいえ、現代日本の本当に多くの組織ー政府であれ、政党で
あれ、民間企業であれ、NGOであれーは、「変わらなきゃ」いけな
いのに「変わる」ことが出来ていません。私が覚えているだけでも、
もう20年も前から(ちょうど日本が坂道を転げ落ち始めた時期)、
もっとも切実には10年も前から、いや非常に切実にはここ数年前
から「変化」を迫られています。
 20年前とはいいません。せめて数年前に着手していれば回避
(せめて緩和)できた様々な課題に、我々は「待ったなし」状態で直
面してなお、各界のリーダーたちが「変われない」ことを目の当たり
にしています。それは、何故なんだろう・・・。これが移動しながらつ
らつら考えた私のテーマです。
 私が導き出した結論は、次のようなものです。

「組織は、そこに留まることを目的化してしまう人々によって硬直化
し、変わることはできない」
「社会の変化の中で、組織の存在意義(VisionやMission)が常
に確認され、それを共有する人たちによって担われるのでなけれ
ば、腐っていく」

 ある組織に属する人びとにとって、「変わること」「変えること」こ
そがコストなのです。今までの自分のやり方の批判を聞くのは堪
えがたいことだし、「そうやって今より悪くなったらどうするんだ」と
反論することは常に可能です。この種の人たちが大半を占めたり、
この種の人たちに対してリーダーシップを取れる人がいない組織
は、いずれは滅びます。
 現在、日本が直面する多くの問題は、日本社会が「ある組織の
死」を受け入れられない点に起因しています。戦後は確かに何か
ら何まで必要でした。そこでドンドン作っていった無尽蔵にある
公的・私的な組織が、今要らない(ただ無駄になっている)だけで
なく、あることで他のニーズに応えるべき組織作りの足かせにな
っています。つまり、「刷新」の妨げになっているのです。
 これらの既に時代と社会にマッチしない、したがってそもそもの
存在意義をはたしていない組織が、日本中に点在しています。
いえ静かに点在しているというより、「組織の存続」のためだけに
存続し、生き残りのために新しいものが出てくるのを潰すことを
仕事にすらしている組織もあります。電力企業を見ればわかり
やすいかと思います。
 もちろん、これらの組織には多くの人が勤めており、簡単に
潰せなどということは出来ません。が、彼らはまだ「変えられる」
時に変えよう、変わろうとしたでしょうか?いつものやり方を続
けることだけに専念してこなかったでしょうか?政府や学校と
比べ、企業はもっとシビアです。自分たちのための自分たちに
よる組織であっては、「お客様」は離れていき業績が悪くなるの
で、変化の契機は多くあります。それでも大きな企業ともなれ
ば、簡単に潰せない、あるいは利権があれば、生き残りにお金
が動くので、権力者たちは救う道を選びます。政府機関がど
ういう状態にあるかは、皆さん目の当たりにしている通りです。
 どんなに多くの人が勤めていても、その組織が現在の社会
に不可欠なニーズを満たしたものでなければ、政府がいかに
お金をつぎ込もうとも救うことはできません。「組織の死」を緩
慢にする程度の違いしかありません。現在の私立大学の改革
スピードに比べ、国公立のスピードの遅さは同様のことです。
 とすれば、どうしたらいいのか?
 やはり、徹底的に初心に戻るしかないのだと思います。つま
り、こういう時代だからこそ、「何のために存続するのか?」を
構成員全員で徹底的に議論し、もう一度VisionとMissionを
確認(練り上げ)つつ、現状の強みと弱みを冷静にテーブルの
上に並べ(人のせいにしあうのではなくその両方が組織のリソ
ース<資源>として受け入れ)、いつまでに誰が何をどうやる
(what & how to do by when by whom )を決定し、
それを愚直に進めていく・・・しかないのではないでしょうか?
このプロセス、この決定に反対な人は組織を去るしかない。
 しかし、今まで色々な組織に関わってきましたが、正直なと
ころ、このような取り組みを真摯にできる組織は皆無に近い
のです。何故か?おそらく、人間は「変化」が怖い、あるいは
嫌いなのでしょう。崖っぷちにいても、そこから落ちるまで、
「まだ大丈夫なんじゃないか・・・・」というwishful thinking
で自分を励ますことに時間を費やす方が、「じゃあどうしたら
いいか・・・・」に尽力するより楽なんです。
 皆さんの所属している組織や同僚、仲間にも、同じ傾向は
ないでしょうか?
 日本にいても、一歩日本を出ても、世界が急速に変化して
いることが分かります。単に経済的なことだけでなく、日本社
会ひとつとっても、今までの前提が通用しない事態が、社会
の隅々からどこまでも発生しています。このような先が見通
せない時代の到来に対して、私は日本の人びとや組織がま
すます「自分の居場所たる組織の存続にだけ拘っている」よ
うに写ります。
 これを危惧して、あらゆる変革を中でも外でも試みてきま
した。でも、残念ながら「変わらなきゃ」をプッシュするだけで
はダメなんですね。そこで、私がここ十数年試してみている
ことを紹介します。
 もはや既存の組織には社会の要請に応えるだけのセンシティビ
ティ(感受性)も、気概(やる気)も、先を見通す目も、覚悟も、リーダ
ーシップも残されていないようです。ならば、自分たちでどんどん
応えていけばいいのです。
 十代から市民活動に関わってきたことをすでに書きました。25年
を経て、確信をもっていえることは、やはり市民活動は素晴らしいと
いうことです。社会のニーズにあわせ、仲間(3人でいいのです)さえ
いれば、今日からでも始めることができる。インターネットがある時
代、お金すらいならいかもしれない。仲間と共有できるVisionがあっ
て、明確なMissionがあり、それを達成するための期限と手法、計
画があれば、立派な市民団体です。
 ただし、ここで気を付けたいのは、「市民活動=よい組織」ではな
いという点です。特に、日本の市民組織は、「創設者や初期メンバー
の思い入れやリソース、がんばるんば」だけで存続していることが
多いからです。
 確かに、「継続は力なり」です。でも、その「団体の名称・形」に拘
りすぎて、Missionをcomplete(完了)させられない、Visionに
近づけないのであれば、覚悟を決めて解散し、次に道を譲るべき
なのです。NGOだけでなく、多くの組織が、「リーダーが変われば
何か変わるだろう」という前提に立ちがちですが、残念ながら、人
が変わっても構造が変わらないことの方が多く、期待がぬか喜び
に変わることも多いです。政権交代がそれでした。
 したがって、私の提案は、市民たちが、VisionとMission、そし
て活動期限とゴールを明確にもって、クリエイティブで、ダイナミッ
クで、何よりfunctional(機能する)新しい組織を、どんどん身軽
るに作っていくこと・・・なのです。
 その際、注意しなければならないのは、その活動がうまくいった
からといって、Missionが完了している、あるいは別の方向に行っ
ているのに、その組織の存続にこだわってしまう・・・ことにありま
す。多くの組織の失敗はここにあります。一度作った以上は、
「もったいない!」と思ってしまうようです。
 ここに罠があります。「組織の存続」がMission化する論理が
、まさにこの「もったいない!」に集約さrています。Missionが
残っていれば続ければいいです。でも、もう終わったのであれば、
意気揚々と華々しく解散して、次のMissionに向けてまた呼び
かけを行えばいいのです。
 活動のプロセスで、必ず仲間の間で不一致が生まれます。でも
それを否定するのではなく、この活動ではここまで一緒にやって、
別の活動ではこの仲間のこの部分に関心を持った人とやる・・と
変えていけばいいのです。つまり、変化を恐れたり否定するので
はなく、変化と多様性を前もって取り込んでおくということです。
 つまり、「アメーバ―的組織」をプロジェクトベースで創っては
壊す(別のものにアメーバ―展開する)のはどうでしょう?
 私が考え出した市民活動(会社でもそうですが)のto be(ある
べき姿)は・・・・・次のようなものでした。
===================================
①Always Only One Vision(いつも一つだけのビジョン)
②one or several Missions (一つないし二三のミッション)
  *No more than 3 Missions.
③determined duration (決められた期間の活動)
④以上の3つの前提に賛同する人々との協働
====================================
 ①が一つに限っているのは、組織に危機が訪れるとき(必ずあり
ます)、「何のためにやっているのか?」という根源的問いについ
いて働いている人、集っている人、サービスを受けている人が
同意していないと、組織はスタックするからです。
②①と同様ですが、3つ以上のミッションを一つの組織が担うの
は、組織内のリソース配分においても意思決定においても、
互いの重要度を競い合うことになって、組織内に混乱をもたらし
ます。理想的にはのは、一つの最重要ミッションがあって、他の
小さなミッションがそれを支えるという構図です。
 また、別の最重要ミッションが出てきたらどうするか・・・ですが、
そのために③があります。
③については、多くの組織は存続期限を決めていません。そうし
ない方がいい組織は沢山ある一方で、やはりだからこそ期限を
決めておくべきと考えます。これはリーダーが全力を尽くすため
だけでなく、①と②とも関係しています。活動をしていく中で、当
初想定していたVisionやMissionsとは異なった点への関心が
高まることが往々にしてあります。その際、それを組織の根幹に
位置づけていもいでしょうが、そうすると①に集った人たちはつ
いていけないことも多いのです。なので、③は必要です。組織が
終わることが前提にされていれば、いくつかの別の組織が生ま
れることもプログラム化してしまえ、まだ組織があるうちにその
ような展開をサポートできるからです。
 組織に集った様々な人たちも、活動のプロセスを経て学んだ
こと、好きになったこと、気になったことを踏まえて、好きな次の
活動に参加すればいいし、自分が今度はリーダーになっても
いいのです。
 実は、私はこれをTICAD市民社会フォーラムで試行しまし
た。そして今、福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクトでも
試みています。2000年にモザンビーク洪水被害者支援ネット
ワークを立ち上げ、それをモザンビーク支援ネットワークに変
え、その後農薬援助の問題については、2KRネットワーク(食
糧増産援助を問う市民ネットワーク)を分離独立させ、アフリカ
援助部分については、TICAD市民社会フォーラムを2004年
に立ち上げ、2007年にはアフリカに関わる市民団体の連合
組織としてTNnet (TICAD NGO Network)を組織し、アフ
リカプロモーションのためには、「アフリカ2008キャンペーン」
を立ち上げたのは、実はこのような認識があったからです。
 こう書くと、私がNGOをつくるのが大好きな人に思えるかも
しれません。実のところ、そうではありません。私は誰にも信
じてもらえないと思いますが、内向的な人間で、一人でいる
ことが大好きです。モザンビークの歴史資料館で20世紀初
頭のかび臭い史料を読んでいるとき、畑で一人土と戯れて
いるときが一番楽しいのです。
 では、なぜやるのか?・・・他にやる人がいないからです。
ですので、「最初の一人」にはなりますが、皆がやるようにな
れば、私はいつも撤退してきました。それが、以上の③と関
わる重要なポイントでもあります。長くやると自分と組織を同
一化することもありますし、自分の過ちに気づけなくもなる。
一歩ひいたところから眺められる余裕を常にどんなときも
持っておかないと、自分もまた社会をよくしようとしていたは
ずなのに、逆のことに加担しかねない・・・のです。
 私が活動を実際立ち上げるかどうかの指針にしていること。
1.自分のビジョンにマッチしているか?
2.ミッションの中に入った活動か?
3.社会に切実に必要とされていながら、誰もやりたがらない、
  やろうとしないことか?
4.一緒にやってくれそうな仲間がいるか?
5.家族(はん&海)は賛同してくれるか?
 以上だけなのです。5.は当然としても、4.は非常に重要で
す。4.がいるということは不可欠です。なので、私はいつも
活動のアイディアが浮かぶと、周りにやたら話しまくります。
「仲間」になりえないと一般に思われそうな人にも話します。
その反応をみながら、活動を立ち上げても大丈夫か確認す
るのと、「社会に切実に必要とされているか」も図ります。そ
して、仲間がいて、社会に切実に必要とされているのに、誰
もやろうとしてこなかったのであれば、お金はついてきます。
 この最後の「お金」なのですが、多くの人に良く聞かれます。
あるいは多くの人はこう言います。「お金がないから出来な
い」と。でも私はまったく異なった発想をします。「ニーズが
あり、賛同があるのであれば、お金は必ずついてくる。」
 これはほぼ信念となっています。市民活動でも、商売でも。
重要なのは、最初からお金がないとしても、
(1)価値のある活動をすること、
(2)きちんとした組織運営をすること、
(3)社会への発信を怠らないこと。
そうすれば、お金は後からついてきます。
 そして、私がもう一つ重視していることは、「必ず人を雇う」
という点です。それは私が本業をもっているからでもありま
すが、自分の弱点も熟知しているからでもあります。この弱
点は、しかし、一緒に働いてくれる人がいればかなりカバー
されます。また、以上の(1)~(3)をきちんとするためには、
たとえインターンやボランティアや仲間がいても、その中核
にスタッフがいないと不可能です。
「NGO/ボランティアだから仕方ない」
という言い訳は、せっかく変えたい社会からの賛同を逃す結
果を招きます。私たちはただ活動を成功させたいのではなく、
市民の自由な発想・活動が社会そのものをも変える可能性を
追求したいときに、このような言い訳をしなければならない事
態が一度でもあると、信用を失います。
 多くの団体が、ある一定のサークルを出られなかったのは、
このような「アマチュア意識」のせいでした。何かを効果的に
変えるには、多様な層の人に参加してもらわなければなりま
せん。「がんばっても成果の出ない活動」「持ち出しばかりの
活動」・・・は多くの善意を疲弊に変えてしまいます。
 なので、これを仕事としてくれる人材が常に真ん中に必要
だと私は思っています。
 と、ツラツラと書いてしまいました。前から書きたいと思って
いたことです。NGOの仲間や当時のスタッフやボランティア
やインターン、応援してくださったさまざまな層の皆さんに、
私のポリシーをいつか伝えたいと思っていましたが、書いた
のは初めてでしたね。
 うまくいくときも、いかないときも多々あります。そんな時に
変わらず支え続けてきてくれた仲間たちにこの場を借りて
感謝申し上げます。皆がいなければ、以上のどの活動も
やろうと思わなかったし、やれなかった。
 そして、私が次から次へと作っては壊してきたこれらの
団体に、メゲずに支援をし続けてくれた多くの皆さん、心か
ら感謝します。私が、「組織はその存続のためにだけ存続
してはダメ!」と冒頭に書いているのは、皆さんの存在のお
かげです。私がモザンビークという言葉を出そうと、TICAD
というわけのわからない言葉を出そうと、はたまた福島という
言葉で組織を作ろうと、皆さんは変わらず応援してくれました。
 そこに、私は答えがあると思っています。
 かつては、組織的蓄積とかメモリー(institutional
memory)の重要性が繰り返し叫ばれてきましたが、私は
「組織」への蓄積よりも、「人」への蓄積(それも一人の人にで
はなく、group of people (人の集まり)への創造的蓄積)
こそが、これからの時代の鍵だと思っています。
 組織になったと思ったら、別のものへ成長していく、でも、
組織の間はプロとして責任ある行動をしてミッションを完了させ
っつ、また別の人たちと別のものを作る・・・そんなアメーバ―
的組織こそ、市民活動の醍醐味です。これを発展させれば、
かなりよい経済活動も作れると実は思っています。
 今後ともどうぞよろしく。
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by africa_class | 2012-02-27 18:34 | 【311】未来のために

期末試験問題&回答「一国」を世界的、地域的構造と主体で把握する重要性=日本の新聞政治部の課題

今日は大学二次入試前期日程。今年の1年生の去年の今頃の姿
だと思うと、なんだか愛おしくなり、心の中で「がんばれ!」とつぶや
いていました。が、全員は合格できないんだよね・・・。
 さて、アフリカ平和・紛争論の振り返りをしたいと思って2週間経過。
ごめんなさい。自分の専門ということもあり、また今年は特に実験的
授業であったこともあり、もう少し寝かしていいかな?4年生には個別
にレポートと期末試験返却日程のお知らせメールしておきました。こ
こまでして返却したい理由。それは、皆力作だったから。そして、私の
添削・コメントも力作だからです(つまり真っ赤)。在校生は4月の月・
4限の最初の授業(115教室)の前後に返却します。
 ということで、明日(もう今日)はモザンビークに行きますが、答案用
紙を持っていくわけにいかないので、出発前に地域基礎の皆さんの
書いてくれたことをベースにお返事しておきます。来年度から地域基
礎は担当しないので、質問と答えを書いておきます。テストはポルト
ガル語の授業(来年の2年生の授業)で返却します。関係ない人も
「腕試し」にどうぞ~。
 なお、何度もいいますが、私はありとあらゆることを教えさせられて
おり、後期は外部も含め10コマでした・・・。学生でもついていけない
数です。中級ポルトガル語から上級、アフリカ地域研究に、国際関係
とアフリカ、平和と紛争、ポルトガル・アフリカ地域基礎に、国際ボラン
ティア論まで・・。確実に、3人別々の教師が教えるべきところです・・。
学生数は通年で延約600人・・・。今年はこれに福島の活動やらなん
やらで、正直なところ10月―11月はほぼ危機的状態にありました。
 という愚痴はこの辺までにして、試験問題でした。

1.ヨーロッパがアフリカ分割に至る背景にあった当時のヨーロッパ
社会の状況

←ヨーロッパでの資本主義経済の広がり、1870年の不況から社会
 主義への警戒、ナショナリズムの利用と帝国主義・・・>アフリカ分
 割の話をしたつもりだったけど・・・あてずっぽうな感じの答案多かっ
 たです~。
2.19世紀半ばまでにモザンビーク北部に出現していた社会の特徴
←奴隷・火器サイクル、奴隷交易による首長への権力集中やイスラ
ーム化、首長連合形成による民族形成の可能性。
(なぜか20世紀のこと書いている人が続出・・・)
3.ポルトガル植民地支配の基本的性格が1920年代後半から40年
代にかけて変化する契機

←確かにサラザール政権が誕生したことが影響するのだけどその背景
 は???戦間期の不況。それから綿花輸入による対外債務超過。
 第二次世界大戦の勃発による物資不足による本国紡績業の活気と
 原材料不足。そして奴隷交易・制反対のような「国を超えた運動・
圧力(ただしこれは英帝国主義の欺瞞でもあるのですが)」が大戦勃発
によりなくなったこと・・・だったよね?
 (なぜか1960年代のことを書いた人も多く・・)
4.アフリカの人びとの抵抗のあり方について印象に残ったこと、その
理由

←大半の人が、「一次抵抗(暴力抵抗)」が無理だった後に民衆が日常
 的に実践した「消極的抵抗(日常的抵抗)」について取り上げました
 ね。特に、強制栽培させられた「綿花の種を煮る」という抵抗手法に
 感銘を受けていましたね。これは、皆がさんざん自分たちなりに抵抗
 手段を考えたものの、これについては思い付かなかったからでもある
 でしょう。参加型学習の面白さを、この瞬間感じてくれたかな?
←みんなの考えた「抵抗」の中に、「スト」「ボイコット」「自殺」「自傷行
 為」がありました。逆に、色々考えさせられた提案でした。これについ
 ては、「アフリカ平和・紛争論」で取り上げた「抵抗」についても共通す
 る点があるので、アフリカから帰ってきたらまとめて書きます。
←また、「歌・踊り」の重要性に感激していた人も多かったですね。
 ブラジルの元黒人奴隷の人たちや子孫をみればそれは分かることで
 もあるのですが、「文化・アイデンティティを失わない(尊厳を失わな
 い)ということを通じての抵抗」は、世界中で試みられたことです。
  日本のヤマトはこの意識が薄いのでこれが分かりづらいことでしょ
 うが・・・。日本の少数民族は文化を否定され、捨てさせられてきた歴
 史を有するので、ヤマト以外の人にも共通するかもしれません。(ただ
 し、関西人にはこれかなり強いのではないかと・・・関東在住の関西
 人として思います。関西弁下手やけど・・・)
5.南部アフリカのポルトガル領の解放が遅れた理由(「アフリカの年」
の1960年から遅れること15年)

←ポルトガル本国の政治・経済体制、冷戦状況・南部アフリカの状況
 (白人入植者の存在・資源・資本主義)と南アを守るための緩衝地
 としての役割、解放運動主体育成の遅れ・・・だったよね?
  ポルトガルのことしか書いてないのはNGです。当時の世界的状況
 と南部アフリカの地域的状況を念頭におかなくては。
6.新聞分析や授業を通して考えたこと
 一番面白かったのが6.なのですが、これは明日・・・多分。力尽きまし
た。それにしても、「地域基礎」。「ポルトガルだけ」とか「ブラジルだけ」
とか、そういう一国史的な発想の歴史教育は、皆にとって何にも役に
立たないよね。世界史的、地域的変動の中で考えてこそ意味がある。
また、「ナポレオン」とか「~王」にばかりフォーカス当てても仕方ない。
(私が大学生の頃はそうでした。高校教科書のノリ・・・。)
主体は重要だけど、名を遺した人ばかりに焦点を当てると、構造を見
過ごしてしまう。
 歴史だけでなく、現在の世の中の動きも同様。新聞・テレビはどうし
ても、名前を持った人たちの動きを追って、その人たちを中心に物語
を組み立てる(例:~首相は・・・大臣は・・・オザワ先生は・・・・など)。
けれども、彼らが構造から受けている制約の大きさはすごいもの。個
人の責任に還元していくことは重要ですが、それらの個人を取り巻
く構造まで把握し、その動態を描き出し、声なき大多数の空気までを
感じて初めて、全体が描けるのではないか・・・そう思います。
(そうそう、現在のハシモト報道フィーバーもそう)
 ですので、各新聞社の「政治部」は、個々人の政治家を追い、彼ら
の一挙一動を事細かに伝える(逆に言うと操り人形になる)のではな
く、構造を暴いてほしいです。そしてその構造がどのように変化して
いっているのか、どのような影響を及ぼしうるのか半歩も十歩も百歩
も先を行って予見して、警鐘を鳴らしてほしい・・・。今のままの報道
の在り方では、単なる情報の垂れ流し。相変わらず「個々人の権力
者」や「与野党のやり取り」といった「政局」の話ばかり。選挙が近づ
いてくると余計そう。
 政治家たちに「政局ばかりやってないで国のことを考えろ」という
社説多いのですが、では新聞の1~3面はどうなんでしょうか?
政局の話ばかりでは?いっそ政局報道を全面的にやめてみて、
構造把握・分析、今後のための多様な層の議論ばかりを載せて
みたらどうでしょう。日本や若者のためにはその方が意味がある
と思います。(どうせ権力者たちは子ども・若者・女性の生活改善
や未来に関心がないので)
 詳細はまた余裕があるときに!
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by africa_class | 2012-02-26 00:48 | 【大学1年生向け】基礎ゼミにかえて

『モザンビークを知る48章』は2013年4月刊行します(3年遅れてますが・・)、本の構成をご紹介。

やっと、去年度からの一大プロジェクトであった英語本(The Origins
of War in Mozambique: A History of Unity and Division)
が完成し(発刊は2月29日予定)、次に進めます。
 一昨日、『モザンビークを知る48章』の監修者と編集者でMTGを実
施。もうとっくに出版しているはずが、48章中10章以上を担当する私
と後輩のアキヨちゃんが忙しすぎて、2013年4月に出版予定となりま
した。なんとか、TICAD V(第5回アフリカ開発会議)に間に合わせる
予定です。(これ以上何事もなければ・・・)
 モザンビークに関する和書というと、本当にお寒い状態で、唯二名の
邦人研究者として責任を感じております・・・はい。準備を始めてもう3
年が経ってしまいました・・。気づいたら、我々の章立てを参考にして
くれたガーナ本がすでに発刊済み・・・。でも今度こそ、必ず出します。
 ほぼ我が「母国」であるモザンビークの素晴らしい友人や仲間、社会
のことを、一人でも多くの日本の皆さんに知ってもらいたいです。構成
は現在次のようなもので原稿依頼中。いわゆる「ガイドブック」でも「日
本からみたモザンビーク」でもなく、「日本の援助を宣伝する本でもな
く!!!<=意外にこれ回避するの大変なんです・・)、モザンビーク
の地べたをいく我々ならではの視点の読み物を目指しています。
 編集担当は、『アフリカ学入門』でもお世話になった兼子さん。本を
作る上で編集者は本当に大切。最初の読者さんですから。いつも私は
かなり編集者の方の意見を重視します。がんばりましょう。
 ただ、現在のエリアスタディーズのシリーズ本の表紙。正直なところ
イケテない。。。あの黄色が中途半端でいや!『アフリカ学入門』の表
紙を作る際も、「あの黄色だけはやめて!」とお願いしたほど。
なんとかなりませんかね・・・。
 なんでもそうですが「見かけ」は大切です。中身は当然のことなが
ら!というのは、私は何をするにせよ、「狭いサークル」に向けただけ
の発信というのは、ほとんど意味がないと思っているからです。すで
に関心がある人ではなく、その周りにいる方々と是非コミュニケーショ
ンしたい。
 だからこそ、普通の人に特に若者に手に取ってもらえる、小脇に抱え
てもらえるカッコいいものが作りたい!こちらの「想い」を全面展開する
のではなく、皆さんの感覚とフィットするようなものを作りたい。
 『アフリカ学入門』も『モザンビーク解放闘争史』も、カッコいいと思っ
てるんですが(右端のメニューのライフログで観れます。自画自賛です
が、当然私ではなくデザイナーさんが注文に応じてやってくれました)。
 皆さんはどう思います?1年間連載した『英語教育』のコラムも、結
構拘ったコーナーデザインなんです。マイナーなアフリカだからこそ、
少しでも世間に発信する機会を頂いたら最大限届くように頑張りたい
です。http://afriqclass.exblog.jp/12662684/
 個人的にはこれまでいいものを作ってきた自負があるだけに、妥協し
たくないですが・・・シリーズものなんでハードルは確かに高い!

■『モザンビークを知る48章』(2013年4月刊行予定!明石書店)■
第1部 モザンビークらしさとは?
第2部 モザンビークの歴史をたどる 
第3部 新時代の戦後復興を歩むモザンビーク  
第4部 モザンビーク経済発展の課題と可能性 
第5部 モザンビーク社会と暮らしを知る      
第6部 モザンビークと対外関係 
第7部 モザンビークと日本
第8部 モザンビークの魅力に接近       
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by africa_class | 2012-02-24 16:06 | 【情報提供】モザンビーク

アフリカ留学希望者要参加→「歴史的観点から見たサハラ以南アフリカの農業と文化:マダガスカル」

2012年度はゼミ生がアフリカ各地に留学に行く年となります。
すでに、モザンビークにイズミちゃんが出発。元気にやっている
様子。3月1日からはジュンペーがレソトに留学。4月からは
マダガスカルにヤワラが。5月からはエッチャンがマラウイに。
レソト、マダガスカル、マラウイの大学への留学は初!!!!
レソト、マラウイの大学は相当田舎にあるようですが勉強に、
友達づくりに打ち込めるね。
 で、ヤワラちゃんが行くマダガスカルについての講演会です。
おそらく学部生には難しい内容かと思いますが、こういう詳しい
研究報告も理解できなきゃ、アフリカ留学が充実しません!の
で、がんばって参加を。なお遅れず行って、途中で携帯ならし
たり、寝たり、退席しないように!!!!
===================================
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)
共同利用・共同研究課題公開講演会(2011年度第3回研究会)
「歴史的観点から見たサハラ以南アフリカの農業と文化」
深澤秀夫
「マダガスカル北西部地方における〈生存〉に基づく土地利用と農
法―在来稲作と〈緑の革命〉の30年を中心に―」
日時:2012年3月31日(土)15:00~19:00(14:30開場)
会場:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
   マルチメディア会議室(304)
(アクセス:http://www.aa.tufs.ac.jp/ja/about/access) 
使用言語:日本語
参加費:無料
事前申込:不要
主催:AA研共同利用・共同研究課題「歴史的観点から見たサハラ以南
アフリカの農業と文化」
共催:AA研基幹研究「アフリカ文化研究に基づく多元的世界像の探求」
&AA研基幹研究「人類学におけるミクロ―マクロ系の連関」
プロジェクトウェブサイト:
http://www.aa.tufs.ac.jp/users/agriculture2010/ 
**********************************************
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by africa_class | 2012-02-24 12:04 | 【紹介】アフリカ・イベント

「私たちはこれ以上奪われない、失わない」→『福島原発事故被害者のいのちと尊厳を守る法制定を求めて』

以下の通り、郡山でシンポジウムが開催されます。津田塾大学の国際
ボランティア論でも、外大のいずれの授業でも、「当事者主権」の重要
性について繰り返し指摘してきました。外部者の役割は、当事者により
そい、当事者が立ち上がるのを支えること。そして、自分たちの当事者
性に目覚めて、自分の領域でのアクションを怠らないこと(例:福島原
発の電力は私たちの消費のためのものだった。東京には原発はない
が、原発電力の主たる消費者は我々、有権者として原発政策を変え
ようとしなかった・・・等)。
 このように立ち上がる「当事者」の皆さんに、原因の責任を担う「当事
者」として、連帯したいと思います。何より、最後の方のテキストにある
以下の言葉に耳を傾けたいですね。

「私たちは、これ以上奪われない、失わない。」

 「奪われる」ことにではなく、少しでも回復のために尽力するとともに、
これ以上誰かが『奪われる」ことに加担しない「当事者」でありたいと
願い、がんばりたいと思います。
・・・・・・・・・・・・以下、転送拡散希望・・・・・・・・・・・・・
【シンポジウム「福島原発事故被害者のいのちと尊厳を守る法制定
を求めて」】http://f1higairippou.blogspot.com/
[日 時]2012年3月10日(土)10時半~15時
[会 場]郡山市民交流プラザ大会議室(郡山駅西口1分ビッグアイ7階)
[内容]
●「福島原発震災被害者の援護のための特別立法について―広島・長
崎・ビキニ―ヒバクシャの悲劇を繰り返さない」
秋元理匡さん(日本弁護士連合会、東日本大震災・原子力発電所事故
等対策本部原子力PT事務局長)
●各地からの報告~福島市渡利地区、大波地区、二本松市、飯館村、
南相馬市、浪江町、いわき市、県外避難者
●パネルディスカッション
「福島原発震災被害者のいのちと尊厳を守る法制定を求めて」
コーディネーター:
佐藤和良(脱原発福島ネットワーク、福島原発震災情報連絡センター)
[主催] 脱原発福島ネットワーク・ハイロアクション福島原発40年実行
     委員会・子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク
[共催]福島原発震災情報連絡センター
[お問い合わせ]ハイロアクション福島 080-1807-6999 
info<@>hairoaction.com (<>を削除してください)
ブログURL:http://f1higairippou.blogspot.com/
 2011年3月11日、天災に続いて起こされた、福島原発の大事
故。1年を経てもなお、その終わりは見えず、放射性物質の新たな
放出、拡散と濃縮が続いています。
 未曾有の原発事故被害の大きさと深さにもかかわらず、私たち被
害者は、必要な情報から遠ざけられ、総合的な支援策が講じられな
いまま、不安と被曝受忍の中で分断され、その傷を深くしています。
 福島県民だけでも避難を余儀なくされた人は30万人を超え、放射
能汚染地では住民が復興の糸口を見いだせないまま放射能汚染へ
の日々の対処を強いられ、人としての幸福と尊厳ある暮らしの権利を
奪われ続けています。
・私たちは、東京電力が引き起こした原発第事故の被害者です。
・この人災で奪われたものはすべて、加害者が「原状回復」を基本に、
 完全賠償するべきです。
・私たちには、尊厳をもって幸福な生活をする権利があります
 (生存権、幸福追求権)。
・私たちには、安全な地で暮らす権利があります(避難・移住の権利)
・私たちには、福島にとどまるにせよ、離れるにせよ、生活を保障され
 る権利があります。
・私たちには、危険を回避し、被曝による健康障害を防ぐために必要
 なあらゆる情報へのアクセスを保障される権利があります。
・私たちには、被ばくによる健康障害を最小限にするための、保養・疎
 開を含めた防護策と、健康障害の早期発見および適切な治療を保
 障される権利があります。
私たちは、これ以上奪われない、失わない。
福島原発震災2年の始まりを前に、シンポジウム「福島原発事故被害
者のいのちと尊厳を守る法制定を求めて」を開催いたします。
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by africa_class | 2012-02-23 12:14 | 【311】子ども・福島乳幼児妊産

2月20日「福島内/外の子ども世帯の声と現状」についての記者会見・報告会のふり返りと掲載記事一覧

2月20日に宇都宮大学にて行った共同記者会見並びに報告会
の報告とメディア各社の記事の紹介です。私は、「福島乳幼児
妊産婦ニーズ対応プロジェクト」の代表として参加しました。
http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/
■記者会では、主として福島県内に残る未就学児300世帯への
アンケート結果を発表し、報告会では、福島県内の大学の先生
とNPOの代表の方から「福島の今」についての報告を頂いた後、
ニーズ対応プロジェクトの各拠点(栃木・新潟・群馬・茨城・首都
圏)の活動報告を行い、最後に福島県庁の方や栃木で受入をし
ている市役所やNPOの方々のディスカッションが行われました。
 記者会見の報告のプレゼンテーションやアンケート結果のま
とめは以下のサイトに掲載されています。
http://cmps.utsunomiya-u.ac.jp/news/120220fsp.html
●記者会見
ー重田康博(宇都宮大学国際学部教授、CMPSセンター長、
  FSP代表)
ー鈴木和隆(特定非営利活動法人うつくしまNPOネットワーク)
ー阪本公美子(宇都宮大学国際学部准教授、CMPSセンター員
  FSP事務局長、FnnnP副代表)
ー舩田クラーセンさやか(東京外国語大学准教授、FnnnP代表)
■報告会では、事前に各拠点でお母さんやお父さんたちから聞
いてきた声や要望を、具体的に参加者やマスコミの皆さんに伝
えました。
 各ご家庭が抱えてらっしゃる問題はそれぞれ異なっており、き
め細かい対応が必要とされています。そのことをサポートする側
も認識が必要ということを訴えつつも、皆さんに共通する問題も
沢山あること、そしてその多くが政府が子どもの権利をきちんと認
め、責任を持った対応をしていないことに起因することも訴えまし
た。
 例えば、自主避難者の賠償、住宅の期限や保育や仕事のこと、
健康調査のこと、住民票のことなどです。また、受け入れ自治体
によって、サービスに大きなばらつきがあり、避難家族の皆さん
の間で戸惑いや混乱、失望が見受けられることも紹介しました。
そして、これを悪い方にあわせるのではなく、当然の権利としてよ
い方にあわせてもらいたい点についても強調しました。この点につ
いて政府が方針が決めないことが原因であると同時に、受け入れ
自治体間の横の連携も不可欠ではないかとの指摘を行っています。
詳細は来週に完成する報告書やマスコミ各社の報道をご一読くだ
さい。
 各拠点で対応できることはしつつ、今後、政府に対して、福島の
皆さん(特に子ども)の権利回復のために働きかけを行っていきた
いと思います。どうぞ今後ともご協力ください。
======================
■東京新聞
「避難したくてもできない 1/3 福島の妊婦、乳幼児家庭」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tochigi/20120221/CK2012022102000070.html
■毎日新聞
「東日本大震災:福島の子育て世帯アンケ 「子どもたちの30年後心配」 
県外避難にハードルいまだ多く」
http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20120221ddlk09040130000c.html
■朝日net「福島の乳幼児・妊産婦巡りシンポ」
http://mytown.asahi.com/tochigi/news.php?k_id=09000001202210002
■下野新聞(栃木)
「「二重生活大きな負担」 福島乳幼児支援、宇大で報告会」
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20120220/725128
■読売online
「福島の乳幼児家庭調査 宇都宮大など」「資金など不安、避難断念」
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20120221-OYT8T00522.htm
■47news
「「避難したくてもできない」3分の1 福島の妊婦、乳幼児家庭」
http://www.47news.jp/news/2012/02/post_20120221175451.html
■時事ドットコム(20日付)
「「費用」「学校」で避難できず=福島の子育て世帯、宇都宮大など調査」
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012022001051
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by africa_class | 2012-02-21 22:42 | 【311】子ども・福島乳幼児妊産

今年私が「厳しい先生」だった理由+今こそスティーブ・ビコ『俺は書きたいことを書く』を読もう。

*ブログの読まれているランクの最後にこの記事があって、何だろう…(すでに忘れている)と思って読み直しました。ゲー、キャー、恥ずかしい…と思ったものの、311後の怒濤の日々と覚悟を思い出して、なんだか懐かしくなりました。海くん(もはや小さくなく巨人に成長した)もきっと恥ずかしいだろうなあと思ったものの、彼にはいつの間にか色々伝わっているのだなあと思う今日このごろです。ちなみに、大学辞めたのは「辞めさせられた」んでは勿論なくって、自分で考えて「NEXT」に行こうと思ったからです。そして、今その決断をしたあの時の自分にとっても感謝しています〜。(2016年12月21日)

先週、いや10か月前、2011年度が始まってから書きたかったこと、でも時間がなかったし、まだ授業が終わってなかったから。でも、明日記者会見するから、今日書いておかなければ。またしても、権力と闘うことになったから。

とはいえ、こちらはそんなたいそうなことをしているわけじゃなくって、「おかしいことをおかしい」といっているだけなんですが・・。2000年から農薬援助問題で政府と闘っていたときに、身辺でいろいろあったのですが、多分そのうちそういうことになるんで。 「アフリカ平和・紛争論」のレポートで日中戦争とアフリカ紛争における民衆動員をリサーチしてもらった理由は、まさにそれ。

普通の人が、徐々に、思っていることを口にできなくなっていく空気感。このプロセスに如実に関わる政府、警察、メディア、地域社会。ルワンダ虐殺との類似性についてはまた後日、レポートの評価と私の授業の反省とともに解説しますね。

で、今年私がいつになく「厳しい先生」であった理由を書こうと思います。ちょっと最後の授業でも言ったのですが、十分には話せなかったのです。出産&3・11以降、私はちょっとしたことでウルウルきてしまうので。明日早いのですが、今夜書かないと後悔しそうなので書いておきます。

3・11が起こって、人々が波に流され、原発が爆発しているのをテレビで観たとき、私はいつの間にか忘れていた「日常の儚さ」を想い出しました。アフリカの現実を目の当たりにして、阪神淡路大震災を経験して、分かっていたはずのことなのに、いつの間にかこの素晴らしい深大寺という地域社会とみんなみたいな学生に囲まれて、自分
の心持や努力で、幸せがいつまでも続くかもしれない・・・と当たり前に思うようになっていたと思います。

小さな幸せの積み重ねと、そのおすそ分けで、世界はもっとよくなるかも・・・と思い始めていた矢先の出来事でした。愛がすべてに打ち勝つような気がして、赦すこと、愛することに専念してきた数年でもありました。

かつて一緒に権力と闘った仲間たちが、次々に大臣や要職に就いていくのを見て、日本にも新しい時代が到来したのだ・・・と早合点したことも背景にあります。

日々の小さな幸せや愛の重要性・・・についての信念は今でも変わらないものの、3・11後、現実はもっとずっと厳しいものであることを思い知らされました。自分の身の回りを大切にする重要性は間違いないものの、そこにフォーカスして、全体状況に目配りせず、何もしないことの危険を思い知らされました。よく考えると、権力というものは「構造」なんだから、「個々人の想い」の集合体程度ではどうしようもないんですよね。

構造を構成している者は何もしなくても、構造そのもののメカニズムによって勝手に機能しています。でも、小さき者たちは、日々がんばらないと構造にチャレンジなどできやしないのです。(それでも不十分。あっちは自分の利益のためにやっていて、こっちは自分の利益を犠牲にしてやっていることが多く、要は続かない)。そして、主体がちょっとでも休憩すると、あっという間に構造によって潰される。

管さんのリーダシップには大変問題あったと思うし、今回の件では責任を逃れることはできないと思いますが、彼の退陣のプロセスはまさにそれを思い起こさせました。

以上から私は、すべてのことは有限で、さらなる覚悟が必要・・・と思ったのです。覚悟はいつもしてたけど、どこか「続く」前提でやってきたことを、「続かない」前提でやる必要があるな、と思ったわけです。つまり、何からの理由で私が皆さんにもう教えられなくなる可能性がある・・・という前提に立った時、何を最後にしておくべきか?・・・と考えたのでした。

 「何らかの理由」には、また3・11のようなことが起こるとか、海くんのためにドイツに行ってしまうとか、私の甲状腺の病気が悪化するとか、大学を辞めさせられるとか、なんでも想定でき、またそれらは3・11前にもあったことですが、よりリアルに差し迫ったこととして対応すべき・・・と思ったのです。まあ、私が突然いなくなっても、皆はさほど困らないでしょうが。

私の勝手な想いとして、ここまではやっておきたい・・・と思った諸々のことがあったのです。ですので、いずれの授業も、「Last Lessons」として取り組んでみた1年でした。ただし、活動も再開したので、必ずしも、満足できるものにはならなかったのですが。
 
一番の狙いは、皆が自分で自分の、あるいは仲間と助け合いながら、クリティカル・シンキングを手にして、構造の強さと主体の限界に気づき、それについて何からの考えを持ち、何らかのアクションを自分でとる力を手にすること・・・でした。そこに、私はなるべく介入しない(なぜなら私はいつまでも皆のそばにいるわけではないかもしれないから)・・・ものの、皆が真剣に考えるために、時に厳しい問題設定を行う・・・それが目指したことでした。

だから、今年は皆さんに「甘え」を許さない先生だったかもしれません。でも、3・11を思い出してください。生き残った私たちとして、「生」を中途半端に送るのは、無念のうちに人生を閉じた多くの子どもや若者たち、それらの人を残していった親や先生たち・・・に失礼だと思ったのです。これは振り返ってみれば、説明しておけばよかったですね。あまりに説明が不足していたかもしれません。でも、こういう話を授業でするのも、なんですよね?
 
ただ、多分皆には伝わっていたのですね。すべてを説明する必要などないのかもしれません。いずれの授業でも、皆の思考も態度も大きく変わっていったことに気づきました。それは勿論私の「たくらみ」のせいではないでしょう。この3・11後の日本、世界、自分について、皆が一生懸命取り組んだ結果だと思います。ただ、シンクロできたことを嬉しく思います。

このブログで沢山のことを書いてきました。大学の先生がふつう書かないだろう、ということも沢山。これは、皆に人間の限界と可能性について、笑いものにしていいから気づいてほしいと思ったからです。最初から出来上がった人なんていなくて、一生人間というのは「カタマッタ自分」なんてありえないことについて、どこか頭の隅においておいてほしいと思っているからです。

そして、私に何かあったときに、いつか息子の海くんに、伝えきれなかった沢山のことを、このブログを通して知ってほしい・・・と思っているからです。私が、どれだけ彼のことを心の中心に置いてきたか、世界がどんなに理不尽か、でも自分を超えた愛の中に答えがあることについて、そしてその愛をつなげていくことの可能性を最後の最後まで信じること・・・まだ小さい彼に伝えきれないことを、いつか大きくなったときに読んで、考えてほしいと思うからです。このことについては、ゼミ生一同に託します。海くんを、どうぞよろしく。まあ、執念で長生きするつもりだ
けど。

私のこの覚悟が一時期ぶれたことがあって、それは皆が噂で聞いている時期のこと。脅迫事件があった時に、私は色々な事情で弱っていて、海くんもまだ小さくて、皆をお願いする代わりの先生もおらず(せっかく「アフリカ」なき外大で覚悟して私の所に来てくれた皆なのに)、そしてTICAD市民社会フォーラムを立ち上げたばかりでもあり、守るべべき・・・ものが沢山ありすぎて、闘えませんでした。

今から考えると、なんであたり前に闘わなかったのか・・・という想いもある一方で、それも含めて今の自分があるんだな、と納得。そして、もはや皆は「守るべき」人たちではないですね。お互いが切磋琢磨しあって、もはや私がいなくても学内でも、外でも、なんにも問題なし!(どころか、私が邪魔かも・・あるいは私が皆に守られているのかもね。)

最後に二つ書かせてください。歳をとること、親になるってことは素晴らしいことなんだってこと。それから、これからますます強まるだろう権力の圧力に対して、アフリカの人たち、世界の被抑圧者の人びとが手にしてきた知恵wisdomや決意から、必ず多くのことを学べるだろう・・・ということについて。

沢山のものを勧めることができるのですが、今夜はスティーブ・ビコの『俺は書きたいことを書く』を紹介します。訳者は、峯陽一さん。研究仲間であり、外大で人間の安全保障を毎年教えてくれていた先生であり、私の本の書評を書いてくれた方でもあります。

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黒人意識運動の主唱者として心打つメッセージを発したビコは、77年南アの牢獄で拷問死した。だが彼の生と闘いは、南アの夜明けを暗示する。

http://www.jca.apc.org/gendai/onebook.php?ISBN=978-4-7738-8805-8
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by africa_class | 2012-02-20 00:55 | 【311】未来のために

「我思う、故に我あり」から「君あり、故に我あり」「大気あり、水あり、土あり、故に生命あり」へ

明日の宇都宮大学での福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェ
クトの報告会http://fukushimaneeds.blog50.fc2.comの
PPT作りが大体終わり、別プロジェクトの報告書は断念し、前から
書きたかったことを書こうかと思います。今自作PPTを各拠点とス
タッフの皆さんがチェック中ですし~。(日曜夜にすまん・・)
 私が京都のヒッピーコミュニティに出入りしていた80年代半ばか
ら後半にかけて、皆が必ず読んでいた本がありました。シューマッ
ハのSmall is Beautiful。何せ高校生時代。英語なんでいまいち
わからない・・・。そのまま二十年が過ぎ、2011年3月11日。原子
力発電に警鐘を鳴らしたシューマッハのこの本が日本で再評価され
ているということです。
 今朝の東京新聞の本の紹介欄で、尾関修さんがこう紹介されて
いました。「経済学は人間を環境ぐるみで取り扱う学問であるとする
シューマッハー経済学は、環境経済学と呼ばれるようになる。」
そして、彼に共鳴したインドのサティッシュ・クマールが、提起したの
が、哲学者デカルトの「我思う、故に我あり」ではなく、インド古来の
「君あり、故に我あり」という価値観で、非暴力と同様に、仏陀やキリ
スト、ガンジーに共通の価値観だったといいます。「神あり、父あり、
母あり、故に我あり」にとどまらず、「大気あり、水あり、土あり、故に
生命あり」。
 私は子どもを持ち、大学で教える(学生と一緒に育つ)ようになっ
て、宗教を持たない私たちがどうやって人生の指針や価値を育めば
いいのだろう・・・という問いを抱くようになりました。
 ただ、そのことに正面から取り組む余裕もなく、生きてきました。
しかし、3・11が起こった時、このことにもっと深く取り組む必要が
あると確信したのですが、活動と本業の綱渡りの中でやはり後回し
にしてきた感があります。
 3・11後の様々な場面で、哲学者たちが活躍しているのを見て、
なるほど・・・と思い・・・しかし天邪鬼な私が手に取ったのが、木田
元氏の『反哲学入門』新潮文庫。
 ただ、このタイトルに早合点してはいけません。哲学をまったく
理解していない私ではありますが、これはまさに哲学の書だと思う
からです。日本社会が有難くもナゾッテきた西洋哲学を批判的に
乗り越え、日本で育まれた思想を参照しながら、人間と自然の関
係を問い直す・・・という本だからです。(多分・・・私の勝手な理解
では)
■28ページ「古代ギリシア人や古代日本人の自然観は、アニミズ
ムの洗練されたもので、そう珍しいものではありません。こうした
自然観のもとでは、自分もまた生成消滅する自然の一部にすぎ
ません。人は、自然のなかから生まれ出て、また自然にかえって
ゆく存在と考えられ・・・そのなかで、自分だけが特権的な位置に
立って自然のすべてがなんであるか、と問うたり知ったりすること
ができる、などということを考えるわけなどないでしょう」
■「超自然的原理を設定して、それを参照して自然を見るような考
え方、つまり哲学を『超自然的思考』と呼ぶならば、『自然』に包ま
れて生き、そのなかで考える思考を『自然的思考』と呼んでもよさ
そうです。私が『反哲学』と読んでいるのは、そうした『自然的思考』
のことなんです。
 私が結局のところブラジルを愛しながらも、アフリカに行き着き、
そのままになっているのも、畑の小世界で遊ぶことをこの上ない
幸せだと思うのも、お腹の中の子どもはあくまでも生命の一部で
あって、私のものではない・・・と感じ、福島の子供たちもまた社会
の子供たちと考え、現在に至るのも、おそらく、木田さんが書いて
いるようなことに起因するのかもしれません。
 ただし、現代の私たちはこのようなロマンチックな自然志向に
浸りきることはできません。私たちが征服してしまった自然は、
もはや私たちを包み込むことができないどころか、蝕まれ、危機
に瀕しています。
 「我思う、故に我あり、故に大気も、水も、土も、生命も、勝手
に我らのために自由にしていいはず」
 そんな驕りが満ちた世界、それが現在の人間とその人間が
つくる世界です。そして、確実に自分もその一部であります。
私たちが、「ただ自然に畏怖を感じ、ただ身を委ねる」時代や環
境はもはや、世界のどこにも残されていません。
 「大気あり、水あり、土あり、故に生命ありが脅かされた世界に
おいて、故に君と私はどうすればいいのか?」
 そんな問いを、君と私でともに考え、ともに悩み、ともに行動し
たいと願う毎日です。
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 一昨日夜の雪の中のキャンドル。『反哲学』を読みながら。
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by africa_class | 2012-02-19 20:28 | 【徒然】深大寺日記

【転載歓迎】【人事募集】福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト(東京事務局、栃木)(締切3月7日)

以下の通り事務局(@東京)で1名、栃木拠点で1名の人事募集を行い
ます。基本は在宅での勤務となります。ぜひ、ご応募あるいは関心の
ありそうな方への転載ご協力ください。
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【転載歓迎】
福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト
事務局(東京)および栃木コーディネイター募集
(公募期間 3月7日まで)
=============================
当プロジェクトは、東日本大震災に伴う福島第一原発事故の発生によ
り、福島からの避難を希望する、あるいは避難中の乳幼児・妊産婦家
庭の特にお母さんとお子さんのニーズに対応するために本年4月に結
成されました。
 これまで、国内外の市民の皆さまからのご寄付、赤い羽根中央共同
募金会「災害ボランティアNPO活動サポート募金」、三菱商事株式会
社「東日本大震災復興支援助成金」の支援を頂きながら、首都圏の他、
栃木県、新潟県、茨城県、群馬県に拠点を置き、福島県、千葉県でも
地元団体と連携をしながら、200を超える世帯のサポートを行ってお
ります。
 この度、新たに事務局運営を中心に担うコーディネイター(東京)、
および、栃木拠点のコーディネイターを公募することとなりました。
ご関心のある方は、ふるってご応募ください。
■□事務局コーディネイター(パートタイム・在宅勤務可能)□■
1.条件・待遇
(1)週20時間(時給1000円、税別)
  (時間数・曜日・時間帯については応相談)
(2)在宅勤務(月2回程度事務局<東京外国語大学府中市>勤務、
  ただし応相談)
(3)契約期間:2012年4月1日~2013年3月31日
 (開始・終了時期は応相談)
(4)事務局勤務の際や、業務に関わる移動の交通費は支給
(5)出張あり(応相談)
2.業務内容
(1)事務局運営
  (各担当チームや担当者、対外関係者との連絡調整、会計・広
 報補助など)
(2)当プロジェクトへの問合せへの対応(しかるべき担当チームや担
 当者への繋ぎ)
(3)ご寄付への対応
(4)内外の関係各機関との調整
(5)報告書の取りまとめ
(6)その他、団体運営に必要な体制作り
3.必要要件
(1)これらの対象世帯や当プロジェクトの活動への共感
(2)社会問題への関心、人と一緒に働くことが好きな人
(3)大学以上の学位
(4)ボランティア活動・NGO/NPO活動での経験
(5)組織内での仕事の経験
(6)事務作業(エクセル、ワード、パワーポイント、ブログ、メール等)を
 得意とすること※遠隔でのやり取りが大半を占めるため、メールを中
 心とした情報共有が主となります。
4.公募期間
2012年2月14日(火)~2012年3月7日(水)
5.応募方法
上記期間中に、履歴書と志望動機書を以下のアドレスに送信して下
さい。メールアドレス:fukushimaneeds@gmail.com(@を小文
字に)
●面接対象者については、3月9日(金)中に連絡します。
●面接日は、3月12日(月)の午後~夕方を東京外国語大学の府中キ
 ャンパスで予定しています。
●また、勤務可能な曜日や時間帯の提案を、志望動機書にお書きくだ
 さい。
5.問合せ先
福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト
http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/
〒183-8534 府中市朝日町3-11-1
東京外国語大学大学院 舩田クラーセン研究室内
電話・Fax:090-1710-2067
メール:fukushimaneeds@gmail.com(@を小文字に)

■□栃木拠点コーディネイター(パートタイム・在宅勤務可能)□■
栃木拠点は、2011年4月から宇都宮大学国際学部附属多文化公
共圏センターの福島乳幼児妊産婦支援プロジェクトとして、教員有志
のもとで立ち上がり、学生ボランティア、パートタイム・コーディネータ
ーのもとで、栃木県内に避難している、あるいは避難を希望している
福島県の乳幼児・妊産婦家族のニーズを把握し、ニーズ対応プロジェ
クト(FnnnP)栃木拠点として直接的なニーズに対応してきました。
 原発震災から1年間たち、福島原発事故の収束に時間がかかること、
プロジェクトの地理的広がり、ニーズ把握・対応の迅速化の必要性と
ともに、新年度を機に、栃木拠点コーディネイターを一名パートタイム
で雇用することになりました。
1.条件は次のようなものです。
(1)勤務地:宇都宮大学 国際学部附属多文化公共圏センター
(2)契約期間:2012年4月1日~2013年3月31日
(3)週11時間程度(最初1ヶ月週15時間、以降週10時間)
(時給1100円+交通費、時間数・曜日・時間帯については応相談、
週1回程度を事務所勤務として、他の曜日も1時間程度在宅勤務
が望ましい。)
2.業務内容は、次のようなものです。
(1)事務局運営(関係者調整、物品管理、会計、対応)、特に:
(A)内外の関係各機関との調整
 関係教員、学生ボランティア、各拠点・姉妹プロジェクト関係者間
 の調整、その他対外関係者との連絡調整
(B)当プロジェクトへの問合せへの対応(しかるべき担当チームや
 担当者への繋ぎを含む)
(C)避難中(希望)の乳幼児家族や妊産婦さんたちとのやり取り(教
 員・学生ボランティア)の把握・記録・資料整理
(D)会計
(E)月間報告の作成
(F)関係書類の整理
(G) 物品(携帯電話、母乳パッド・マスク等)管理・調整
3.必要要件
*首都圏と同じです。
4.公募期間
2012年2月14日(火)~2012年3月7日(水)
5.応募方法
履歴書と志望動機書を、以下のアドレスにお送りください。
メールアドレス:fukushimaneeds@gmail.com
(@を小文字に)
●面接対象者については、後日直接ご連絡を差し上げます。
●面接場所は、宇都宮大学を予定しています。
●また、勤務可能な曜日や時間帯の提案を、志望動機書に
お書きください。
6.問合せ先
福島乳幼児・妊産婦ニーズ対応プロジェクト
http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/
福島乳幼児・妊産婦支援プロジェクト
http://sicpmf.blog55.fc2.com/
宇都宮大学国際学部付属多文化公共圏センター
〒321-8505 栃木県宇都宮市峰町350
TEL:028-649-5228
メール:fukushimaneeds@gmail.com(@を小文字に)
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by africa_class | 2012-02-19 13:02 | 【311】子ども・福島乳幼児妊産