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来年度&ママ・ファンド:福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクトからご協力者の皆さまへ

12月6日現在、下記、「FnnnPママ・スタートアップ助成」を開始しました(締切12月18日まで)。ぜひご応募下さい→http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/blog-entry-471.html

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福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト (FnnnP)
http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/
賛同者並びに寄付者の皆さんへのご連絡
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 日頃は福島乳幼児 妊産婦ニーズ対応プロジェクト(FnnnP) にご協力くださり、あり がとうございます。当プロジェクトは、2011年4月の発足以来、沢山の皆さんのご協力により、366世帯(2011年度)、および344世帯(2012年度前期) のご家族のニーズ対応を行ってまいりました。2011年4月半ば、まだこの問題が十分に社会的に認知されていない時期 に、仲間と共に数名で始めたこの活動も、幅広い皆さまのご理解とご協力を得て、1年7か月後の現在、5拠 点(栃木、新 潟、茨城、群馬、首都圏)、スタッフ延べ15人、ボラン ティア延べ84人、79もの協力団体の参加を得るまでになりました。
 改めて皆さま方のご協力 に感謝し たいと思います。
 その多くは旧知の皆さんであり、同時に残りの多くは新たに出会った市民の皆さま方でした。
 この間、福島の乳幼児・妊産婦ご家族のニーズも多様に変化して来まし た。活動立ち上げ当初の避難所での 多様なニーズ、住宅探しや引越しや物資支援、住宅に移ってからは子育て(保育)や各地に散らばる他の避難ご家族との交流、賠償等の法 律上、その後は当事者間の連携、組織化の支援へと、対応するニーズも変化して参りました。
 福島から避難 され たご家族だけでなく、福島にいらっしゃる乳幼児・妊産婦家族への対応も、現地の子育てネットワークと協力して行ったアンケートを通じ て行って参りました。アンケートを記名で回答され、情報提供を希望された皆さんには、移住や避難、防護や保養の情報提供 を行ってきま した。そして、最近では、ブログやツイッター、メーリングリスト、フェースブック、あるいは当団体のニーズ対応を受けたことのあるお 母さんたちの口コミなどによって、様々な相談が電話やメールで寄せられています。そのいずれもが、非常に深刻なものばか りです。
 長期化と困窮 化が 進みつつある事態を受けて、避難者並びに福島内の皆さんが、国や東電、並びに地方行政により、法制度の整備や賠償が受けられるよう、 政策提言・アドボカシー活動にも積極的に関わるようにしています。
 特に当団体事務局として、今年夏に成立した「原発事故 子ども・被災 者支援法」を、事故による被災を受けた皆さんにとって実際に役立つものにしようと結成された「市民会議」に加盟し、5拠点あるいは福島県内から聞き取ったご家族の切実な声を要望に 反映する一方、今月(11月)より新 たに3か月間有給のリエゾン・オフィ サー(つなぎ役)を置き、同市民会議の後方・側面支援を開始しています。

「原発事故子ども・被災者支援法 市民会議」
http://shiminkaigi.jimdo.com/
本日、復興庁を始めとする申し入れがNHKで報道されています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121128/t10013822611000.html

 これまで当団 体 は、拠点ごとの特徴(避難ご家族、受け入れ自治体や社会、拠点そのものの形態)を尊重し合いながら、お互いの課題や先行事例をメーリ ングリストや半年に1度の拠点長会議 で活発に共有や意見交換を行い、それぞれの持ち場での活動に活かしてきました。
 一つだけ事 例を挙げると、首都圏で行ったマスコミ各社と避難ママたちの座談会は、茨城拠点でも実施され沢山の新聞記事となり、茨城県やその他の 皆さんに現在の避難ご家族の課題や心境を知ってもらうことができました。その意味で、当団体は、中央集権型ではなく、分 権型の柔軟性 と軌道力を持つ一方、横のネットワーキングの力が発揮できる、市民活動組織としてはユニークな実践事例ともなってきました。
 ご承知の通り、当団体は、2011年4月~2013年3月 末までの2年間を活動期間と する「時限団体」として設置されました。それは、この20年 市民団体を繰り返し結成して閉じてきた代表の経験から、活動開始にあたっては「団体としての活動終了 日」を明確に意識することをルール化してきたからです。ただし、この「終了日」は必ずしも「活動の終わり」を意味せず、活動を通じて 見えてきた新しい課題や新しい仲間と共に、次の活動に相応しい形式の組織を立ち上げて対応する転換点、あるいは出発点と 考えてきまし た。場合によっては、活動を継続するための「見直し点」でもあります。
 そして、2012年11月10日、5拠点の拠点長とス タッフ、学生メンバーの20名が集い、現在の活動を報告し合いながら、来年度に ついての話し合いを行いました。前回の拠点長会議(7月28日開催)では、団体としては予定通り活動を終え、ネットワー クは残すものの、各拠点の中で活動を継続したいところが拠点名で独立し活動することが大まかに決まっていました。
 しかし、いずれの拠 点のメンバーも、各拠点で活動を継続する決意を明確にし、また当団体が名前としても無くなることの当事者の皆さん、社会に与 えるダ メージの大きさを口にされました。学生ボランティアの皆さんも、団体が無くなっても自分たちの役割がなくなるわけではないこと、なん とか出来ることがないか模索していると想いを語ってくれました。これは、実は、私たちの予想を超えたことでした。たった二 人 で始めた 活動が、ここまでに広がりと意味を持つようになっていたことに、お恥ずかしいことに、当の本人たちが気づいていなかったのです。他 方、時限団体だから頑張れた部分が確実にあり、代表・副代表をはじめ、拠点やスタッフの疲弊も大きく、来年度についてどうす るかの決 断は難しいものでした。
 色々な想いが駆け巡りましたが、結局、私たちは、来年度の組織運営を 継続させることにしました。
 それ は、原発事故発生から1年8か月を経た現在でも、福島の乳幼児・妊産婦ご家族の苦悩は減 るばかりか、深まり、複雑化する一方であり、市民同士の助け合いが継続していくことの重要性は、今より強まっていると感 じられるから です。
 他方、立ち上げたばかりの団体として、あるいは社会的にサポートが必要なのに放射能に対する理解の差等によりなかなか理解が得 られない分野の事業を行う団体として、当団体は、「透明性」を最重要視し、活動報告も収支報告も、5拠点+事務局が毎月行うという団体運営上は非常にハードルの高 いやり方をあえて実践してきました(一度ブログを見ていただければhttp://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/)。また、 寄付金、二つの助成金と3つ のお財布を使わせていただきながら、パートタイムの有給ス タッフが5か 所に7名いるという事務的には難しい組織形態を有して います。そのた め、拠点事務も事務局事務も大きな負担を伴 う構造を有しており、このやり方で来年度も続けることは困難であろうという結論に至りました。
 そこで、引き続き事務局を手伝ってくれるスタッフらと相談し、今年度 は今まで通りの体制で活動を実施す る一方、来年度に向けて次のような工夫を行うことになりました。

u 来年度は、各 拠点 の活動予定にあわせ予算を割り振る。
u 事務局からの 活動 報告・収支報告は、4半期に1度 とする。
u 事務局からの 助成 金の申請は今年度いっぱいとし、来年度は寄付だけで活動を賄う。

 また、皆さん 自身 が立ち上がり組織化し様々な活動を活発にされていること、そして今後長い闘いになっていくこと、しかし「ママ」をターゲットにした申 請しやすい助成金がないことを踏まえ、今年度中に「ママ・スタートアップ・ファンド」を立ち上げ、避難者の組織化を直接 サポートする ことを検討しています。
 以上は、これまで寄付してくださった皆さま、活動に協力してくださっ た皆さまの理解があって始めて実現 することです。皆さま方の率直で忌憚のないご意見やご提案をいただきたく、お願い申し上げます。

 特に、次の3点 にご意見・ご提 案をお寄せいただければ幸いです。
 ①来年度も 活動 を継続する件、
 ②各拠点に 活動 予算を割り振る件、
 ③「ママ・ ス タートアップ・ファンド」を設置する件

 それぞれ、呼びかけに書いてあります通り、ご寄付は避難あるいは福島 のご家族に直接裨益することに使う 一方、間接経費を他助成で賄ってきました。今年9月 に三菱商事の二期目の助成が決定したので、ご寄付を使い切る ことなく今後と来年度の活動の一部を進める 見込みが立っています。た だし、 現状では、以上の活動の全額を現状の残金見込みでカバーする ことは難しいため、引き続きのご協力の依頼を各方面にしていくこととなりますが、一先ず皆さんのご意見を頂きたく、これを書いております。
 以上、長くなりましたが、当団体のこの1年7か 月の活動の推移と、今後についてのご連絡でした。皆さま方のご意見お待ちしています。

2012年11月29日

福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト
代表 舩田クラーセンさやか 副代表 阪本公美子
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by africa_class | 2012-11-29 01:02 | 【311】子ども・福島乳幼児妊産

【緊急報告会・29日】今コンゴ東部で何故・何が起こっているのか? 国連・周辺諸国・世界が創り出す悲劇

新聞各紙でも報道されていますが、コンゴ民主共和国東部で、再び大規模な人道危機が発生しています。
http://www.asahi.com/international/intro/TKY201211240432.html
http://mainichi.jp/select/news/20121121k0000e030166000c.html
 しかし、テレビ等では依然報道がなく、また問題が複雑なため、十分な背景分析がされているとは言い難い状態です。これは日本だけの現象ではありません。New York Timesを分析した研究者が、この1週間のイスラエルのガザ侵攻の記事で使われた文字数と、過去十年ほどのコンゴ東部報道の文字数が同じである・・・と指摘している実態からも明らかでしょう。
 したがって、今起こっていることの背景を含め、この地域と問題に関するエキスパートである米川正子さんを講師にお迎えし、緊急報告会を行います。急な設定ではありますが、是非多くの方に来ていただければと思います。
 米川さんの話から、コンゴ東部の出来事が日本と無関係な話ではないことが、見えてくると思います。特に、国連PKO部隊の問題、資源取引の問題、援助の問題などが明らかにされます。

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【緊急公開報告会 Open Lecture】
今、コンゴ(民)東部で何故・何が起こっているのか?
~国連・周辺諸国・世界が創り出す悲劇~
What is Happening in Eastern DR Congo and Why?
-The Tragedy created by UN, ‘Neighbors’ and the World -
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11月29日(木)17時40分~19時00分 @研究講 義棟115号室
November 29, 2012 17:40-19:00 at Room 115 (Kenkyu Kogito)
言語: 日本語(パワーポイントは英語) 
Language: Japanese (PPT in English)
予約不要 (No reservation needed)

新しい 反政府勢力がコンゴ東部を軍事制圧し、市民に甚大な被害を及ぼしています。新たな紛争と思われていますが、実は1998年来540万人も の人びとの命が奪われてきました。しかも現地には1999年から最大規模 の国連平和維持軍が駐留しています。
この緊急事態を受け、2008年7月まで元UNHCRゴマ 所長だった米川正子さんをお迎えし、今何が起きているのか、その背景は何なのか緊急報告をしてもらいます。

A new rebel group came to conquer Goma in eastern Congo, and another wave of displacement and serious violence against civilians is taking place. Since early 1990s, conflicts have been repeated in this area, and despite the largest UN peacekeeping operation in the world, more than 5,400,000 have died, which is the largest number of casualty since the end of WWII.
We are inviting Ms. Masako Yonekawa who was the Head of the UNHCR Goma office (2007-2008) in order to learn about the situation on the ground and factors behind of this tragedy.

■ 米川正子さんプロフィール/Masako Yonekawa■
ケー プタウン大学院で国際関係(紛争予防、解決)を研究。 1992年来、カンボジア、リ ベリア、 南ア、ソマリア、タンザニアやルワンダで国連活動に関わる。1996年以 降、UNHCR職員として、ルワンダ、ケニア、コンゴ民主共和国、スイスで勤務。JICA本部で客員専門員、宇都宮大学で特任教員、今年11月 より立教大学で特任教員を務める。著書『世界最悪の紛争「コンゴ」~平和以外何でもある国』(創成社、2010)

Ex-UNHCR staff in Rwanda, Sudan, Geneva, Congo and others. She has worked for UN operations in Cambodia, Liberia, South Africa and Somalia, etc. Ex-JICA visiting senior adviser, and she is currently working as Associate Professor at Rikkyo Univ. The author of The Worst Conflict in Congo: the country that has everything but peace (Soseisha, 2010).

主催・お問合せ:舩田クラーセン研究室(042-330-5260) http://afriqclass.exblog.jp/

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by africa_class | 2012-11-27 13:44 | 【紹介】アフリカ・イベント

学生サークル・外大東北復興支援隊が外語祭で石巻の物品販売&展示会(11月23日~25日)

学生サークルの外大東北復興支援隊が、外語祭で石巻の物品販売と現地活動の展示会を行います。是非、お越しください。

外大東北復興支援隊 
http://www.tufs.ac.jp/st/club/tufsfortohoku/
過去の活動ニューズレター
http://www.tufs.ac.jp/st/club/tufsfortohoku/tft_newsletter_5.pdf
*7号まであるのですが探せず、とりあえず5号をあげておきます。

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11月23日、24日、25日 13時~17時 *転載歓迎
研究講義棟3階 330教室
■石巻市の物品販売
■現地活動の展示会
私たち外大東北復興支援隊は、2011年4月より、「笑顔の輪を広げる」をモットーに宮城県石巻市で定期的に活動を行ってきました。私たちの活動の軌跡をご覧ください。また、石巻市のお母さん方がつくった手芸品を販売いたします。ぜひお立ち寄りください。がんばっぺ東北!!
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by africa_class | 2012-11-19 16:22 | 【311】東日本大震災

【東京外国語大学・外語祭】学生有志団体・ファムカフェが初出店(11月23日~25日)

そして、こちらはゼミ生有志がやっている「ファムカフェ」の屋台。同じ時期に、ほぼ同じメンバーで先程のアフリカ展示と同時並行で運営するそうです。がんばれ~。なんか、ラジオにも出た(る?)そう。凄いねーー。

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東京外国語大学生協でのコーヒー豆販売も絶好調のファムカフェが外語祭に初出店!!
おなじみのルワンダコーヒーを使った4種類のスペシャルドリンクがお楽しみいただけます!!

場所:東京外国語大学 模擬店通り中程
(専攻語料理店の円形広場を抜けて飛田給方面に進む道の右側に出店しています。)
営業時間:11月23日(金)、24日(土)、25日(日)
     各日10:00~17:30
メニュー
●ふつうのコーヒー 生協でも販売中の薫り高いルワンダコーヒー
●ソイラテ 淹れたてのルワンダコーヒーにあったか豆乳を加えました。
      コーヒーと豆乳の絶妙なバランスをお楽しみいただけます。
●スパイスラテ まろやかラテにカルダモンをひとふり
       やさしく、ほっとできるドリンクです。
●大人のカフェラテ ルワンダコーヒーを使った贅沢なコーヒーリキュール
        寒い季節にうれしいホットでお出しします。

ファムカフェホームページ:http://ameblo.jp/femme-cafe/
Twitter:@femmecafe
外語祭ホームページ:http://www.gaigosai.com/
会場へのアクセス:http://www.tufs.ac.jp/access/

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by africa_class | 2012-11-13 15:48 | 【協力】カフェ・モサンビPJ

【東京外国語大学学園祭・外語祭】アフリカゼミ企画(11月23日~25日)「さあ、アフリカ」是非!

 年々パワーアップの外大アフリカ・ゼミの学園祭イベント!
下記、3年生12名が主体的に取り組んでいる展示・ワークショップ・物販・講演イベント。是非、覗きに来てください。2011年度、2009年度の、「学長賞」を受賞した室内企画です!
 今年は、アフリカ・コース立ち上げ時に購入したジャンベ7個をフル活用。そして、ゼミ生たちがインターンに行っている国際協力NGO・緑のサヘルの講演会、またゼミ生たちがアフリカに旅行して、各地から集めてきた小物の数々をお分けします。そして、何よりベナンの仲間たちが登場!是非、お楽しみに~。

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来たる11月21日(水)~25日(日)は外語祭(東京外国語大学の学園祭)です!
外語祭HP→http://www.gaigosai.com/
アクセス→http://www.tufs.ac.jp
(JR中央線武蔵境駅から西武線乗り換え2駅、多磨駅下車徒歩3分)
(京王新宿線飛田給駅から多磨駅行きバス10分、外大前下車)

「アフリカは遠い土地」、そう思っていませんか?外大アフリカゼミは23日(金)~25日(日)の限定3日間、326教室にてブースを開きます!ブースでは現地直送のおしゃれで珍しいアフリカ雑貨を販売。そして「身近なアフリカ」が感じられる、ゼミ生渾身の展示・動画作品上映・体験コーナーなどがぎっしり詰まっています♪更に更に、3日間連続でイベントを企画しました!ジャンベという西アフリカの太鼓を使ったコンサートや、分かりやすくてタメになるセミナーなど、誰でも楽しめるプログラムになっています。アフリカづくしの3日間、もう遠い場所とは言わせない!さあ、アフリカ!さあ、326教室へ!

<イベント詳細>
11月23日(金)  *1回目13:00~13:40 *2回目15 :00~15:40
★「ジャンベを叩けるってさ~アフリカンソウルを叩き起こせ~」
アフリカゼミ生がおくるジャンベのお祭り!体験型の演奏会♪アフリカの太鼓を満喫できるなんて外語祭だけ!
*無料

11月24日(土)15:00~16:00
★「ベナン×チャリティーコンサート~本場アフリカンリズムを体感せよ」
なんとジャンベの本場、ベナン出身演奏者4人が登場!激しいリズムで気分はもうアフリカ!見逃すなんて勿体無い!売上の一部はベナンの孤児支援団体に寄付されます。
*前売り250円 当日300円

11月25日(日)13:00~14:00
★「NGO緑のサヘル×特別セミナー~アフリカはこんなにも近い!!~」
「アフリカの生活と砂漠化」を知る!楽しくてタメになるセミナー。あなたの古い価値観を打ち砕いて見ませんか?
*無料
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by africa_class | 2012-11-13 11:15 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)

国際協力にみられるWin-Win、BoPの欺瞞、「打ち上げ花火」的アフリカ外交を考え、沖縄・福島を考える。

週末に囁いた一言から展開していった議論。
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自分が幸せになるために、自分のことばかりに専念している人は、遅かれ早かれ行き詰まる。人生は楽ばかりでないから。他人があって始めて自分がいる…アフリカに広くみられるウブントゥ(Ubuntu)の精神から学ぶべき。遠回り、損に見えても、他人と共に生きる道こそ、本当は幸せに繋がってる。
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以上はビジョン。でも現実はどうか・・・と考え始めたら、「善意/偽善」「ボランティア」「Win-Win」「官民連携」「BoPビジネス」「外交」の問題と絡んでいってしまいました。とりあえず、ツイートを再録しておきます。例のごとく、140文字のつらなりなんで、読みづらく、説明不足でごめんなさい。でも、我々の仕事は、「今までの『当たり前の見方』に疑問を呈し、議論を開いていくこと」なんで、まあいいかな。すぐに反論のための反論を行うのではなく、一旦それぞれが引き取って、考えてみて深めてみる価値がある論点だと思います。ぜひ、どうぞ。

1.「自分/誰かのため」論が誘導するWin-Winの欺瞞を超える
 日本ではよく「自分のため」「他人のため」の二元論で語る人を見かける。学生は、「自分のできる範囲で」という枕詞をつけたがる。両方の論理に共通するのは、「自分の範囲」の硬直化と狭さである。自分とは何か?他人がいて初めて自分がある…この意味を、もう表面的にでなく深く多面的に考えたい。
 他方、援助の世界では、「他人のため」と称し「自分のため」目的が忍び込まされていることが多い。産業となった援助の姿。それを近年Win-Win等という言葉で目隠し。誰のWinで誰のLose?誰のどんなWinが検討されるべし。対等に聞こえて、その実誰かの犠牲の上に打ち立てられる言葉。
 「誰かのため」論はこのような権力関係に無自覚な自己満足を産み落とす。一方Win-Winは「自分のためでもいい」と正当化。問いたいのは、その「自分」が誰か?自分は問題構造の一部であって、善意構造のみの一部である訳がない。
 沖縄、福島を見よ。「やってあげる/ウィン=ウィン」の欺瞞。
 では、とすれば、どう生きるべきか?自分を、「今起こっていること(世界でも日本でも身近でも)」の当事者として捉え、その責任と可能性を受け入れていくこと…かな、と考えている。

2.BoPビジネスの目的は「貧困者層を消費者化し儲ける」こと
*貧困削減はそのプロセス/あるかもしれない結果。目的ではない。

 それは、巷で盛んに善きものとして宣伝されるBoPビジネスにも、その傾向が強い。Bottom/Base of Pyramid(世界市場の最底辺部を消費者化する狙い)がBoP。なので、「生産の最底辺部を豊かにする狙い」ではない。もちろん、BoP2.0等に見られるように規範化もみられるが、根本は「貧困者の消費者化」で「貧困削減のためのビジネス」ではない。
 企業や援助機関が「貧困削減のためのBoP」と宣伝の場合まずは疑問符を。BoPは先述の通り「貧困者から儲けること」が目的。貧困は「その結果として」解消されれば良く目的ではない。目的と結果を混同し宣伝するのは大いに問題。BoPは「貧困者エンパワメント目的のビジネスでない」は念頭に。
 そして、貧困者をエンパワーするビジネスをサポートしたいのであれば、そうすればいい。BoPという誤解を生む用語を、ああだこうだとひねくり回して、貧困者「にも」役立つようになど、しなくていい。そんなことをやればやるほど、BoPとそれを呼ぶことで、自分たちの利益を最大化しようとする動きに正当性を与え続けることになるだけ。このことは非常に重要。BoPの理念や表面的な事業の「成果」だけをみて議論してはいけない。もっと、根っこの部分と、「何のため?」を何度でも問うていった時、「美辞麗句」が削ぎ落された真理に近づく。
 貧困者のエンパワーメントにつながるビジネス賛成。だけど、それをBoPと同義語にするとしたら、大いに罠にはまる。

3.日本のアフリカ外交は「打ち上げ花火」
 今日のアンゴラ独立記念レセプションに、現役国会議員一人もいなかった。外務省はせめて政務官ぐらい派遣して祝辞を述べるアレンジを。TICAD、TICADと騒がしいけど、一発イベントにばかり注力し日々活動を怠るようでは、関係構築は無理。だから信頼されない。
  いつも出てくるのは落選議員のあの方(のみ)。この事実をどれ程アフリカサイドが落胆してるか、ご存知ないのでしょうね。国家間の外交なんて大風呂敷広げようとも根っこの部分は人間の関係の総和。信頼なくして外交なし。信頼は年月とコミットメントでしか生まれない。
 もちろん「外交らしきもの」はあるのですが。現在の2-3年1サイクルの職員主導の「外交」では無理もないのかな。しかも、社会の広い層の人たちと交流するようになっていない。一方、他国の外交筋の人脈や情報網の多様性にはいつも驚かされる。日本については、真逆の理由で驚かされる…。
 ここら辺のことは外務省の機関誌『外交』「特集>国際援助の新戦略:アフリカ」2012年3月12号「『ODA見返り論』からの脱却を」に書いたので、そちらをどうぞ→http://afriqclass.exblog.jp/14976062/  
 ため息をつく私に、アフリカ大使たちが、「A Luta Continua!」といって、私に拳を突き上げてウィンクしてくれた。そう。「闘いは続く」。そして、彼らも私も、若者たちに期待してる。新しい、太く、長く続く関係を、どうぞアフリカの若者たちと創っていってね。心から応援してます。

4.今、現場で起きていること
 援助関係者は現地組織と関係を持とうと必死。逆にいうと、援助事業がなければ関係を持とうと努力しない。「自分」あるいは「自分の目的」が先。おそらく、多くの人が、これを「問題」と認識しないのだろう。だとすれば、一旦時間を置いて考えてみてほしい。
 いずれにせよ、そういう本末転倒なやり方は、当然ながら現地の関係者たちに、不信感と屈辱を抱かせている。勿論、彼らはその失望を見せず、表面的には同意し、協力する。でも、心の中では苦々しく思っている。
 何故か?「目的は自分」だから。そして、「彼らは使われた」から。
 勿論、公的には、「●●に資する●●と共に・・・」と美文でデコレートされた宣伝文が使われるだろう。そして、日本の関係者の多くは、それらを繰り返し言っているうちに、なんだか自分で創り出した「言葉」がまるで本当にそうだったような気持ちすらし始め、最後にはそれだけが「事実」だったかのように、公的文書に書き記す。それを大した引き継ぎもない後の担当者が、知らないからこそ、中身なく、繰り返す。そうやって、外務省やJICAという機関内部では、その「繰り返され、記録され、伝達されることによって『事実化』した出来事」を「組織として」信じ、さらに記憶、伝達していく。
 それは、戦前・戦中にもあったやり方。政府文書を丹念にみつづけるとそれが分かる。そ戦後は、農薬問題で、「食糧増産援助2KR」問題に取り組んだ時の議論に、これははっきり示された。
 
 そして、今、原発をめぐる安全神話で、それははっきりしている。あれほどまでの犠牲を出してなお、原発を安全といいたがり、いっているうちに、「そんな気になる/させる」恐ろしさ。
 政府機関が、「成功」「安全」と自画自賛するとき、日本に暮らす私たちの、歴史から学ぶ正しい姿勢は、「まずは疑う」であろう。そして、「何故成功・安全」を連呼したいのか?を問うてみよう。その先に、きっと別の世界像が浮かび上がってくるだろう。

5.沖縄、福島が突きつけているWin-Winの欺瞞
 沖縄、福島が突きつけている現実から、私たちが今学ばないとしたら、いつ学ぶのだろうか?
「自分のため」「他人のため」のWin-Winの陰で、犠牲にする人たちは、一体誰なのか?その犠牲をなかったことにするのではなく、ど真ん中において、Win-Winを語るべきではないか、と。そして、そんなことが、本当にできるのか問い直してほしい。
 「犠牲者を前にした私とあなたの利益の話」・・・・と書くと、もう少し考え易くなるのだろうか。

6.ウブントゥに戻る
以上から分かるように、Win-Winとウブントゥは似て非なるもの。「あなたがいるから私がいる」。「私がいるからあなたがいる」ではないのである。そして、ウブントゥはLoserを生み出さない。あなたも、彼らも、私も、みなが含まれるinclusiveなもの。

 UNDPがあえて、BoPという言葉ではなく、Inclusive Businessを前面に出しているのは、それへの配慮なのかどうかは、また今度。
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by africa_class | 2012-11-12 23:46 | 【考】21世紀の国際協力

【基礎ゼミ:大学で学ぶこと~技術編(1)】授業発表レジュメの作り方

*この記事凄く読まれているようなのですが、11月にこれをアップした後、1年生の作成したレジュメをみたら、趣旨が伝わっていなかったようなので、緑のバーにした部分を加筆しました。また、「分からなかったこと&調べたこと」と「問い」の順番を変えました。(2013年4月29日)

*1年生向けの本を来年には作りたいと思っています。

~~~~~~~~~~~~~~~~
今年後期から外大では1年生向けの基礎ゼミが始まりました。担当して、色々気づきが多く、皆さんとも共有したかったのですが、あれやこれやで出来ずじまい。レジュメから入ったわけではないのですが、手元にデジタル化できているのはこれだけなので、とりあえず送っておきます。またシリーズにしますので、よろしく。
 以下、あくまでも私の考えるレジュメ。色々バリエーションはあるかと思いますが、参考まで。適宜自由にお使いください。(役に立ったかどうか、是非フィードバックを)

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レジュメ(resume)の書き方(舩田クラーセン2012年11月6日バージョン)
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発表する場の詳細

文献のタイトル
発表日
自分の名前

■著者紹介 
どこの誰、何学、何研究、過去の著作

■掲載されている出版物(本・新聞・ジャーナル)の紹介
どこのどのような誰が編者、共著者はどのような人たち、何の目的で出版されたのか

■文献の狙いと手法
(「はじめに」等に書かれていればそこで説明)

■内容 
(*基本的に文献の構成に沿った章・節・項の見出し)
(*見出しの次に、箇条書きで内容を数行で示す)

1.小見出し 
(1)さらに小さな小見出し
(2)さらに小さな小見出し

2.小見出し
(1)さらに小さな小見出し
(2)さらに小さな小見出し

3.小見出し
(1)さらに小さな小見出し
(2)さらに小さな小見出し

■分からなかったこと&調べたこと
a.――――――
<=調べたこと(参考文献の著者名・出版年・ページまで示す)
b.----------------------
<=調べたこと(参考文献の著者名・出版年・ページまで示す)

議論のための問い
(勉強不足で分からなかったことではない!)
読んだ上で浮かんだ問い。皆と議論したいポイント
・======
・======

■感想
「ためになった」「勉強になった」ではなく、自分の研究やビジョン、考え等にどのような貢献があったのか、なかったのかを書く。読んだ上で、次にやりたいこと、やるべくことを書く。

■参考文献一覧
【単著の場合】
著者、出版年、タイトル、出版社
【共著の場合】
著者、出版年、タイトル、編者名、本のタイトル、ページ、出版社
【ジャーナルの場合】
著者、出版年、タイトル、ジャーナル名、巻号、ページ、出版社
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by africa_class | 2012-11-09 11:35 | 【大学基礎】批判的思考for1年生

【弔い】義父故クラーセン・アレキサンダー(98歳)の20世紀と、21世紀日本の私たち

今朝、ドイツの義父クラーセン・アレキサンダーが亡くなった。98歳だった。
 アレックスは、第一次世界大戦の最中1916年6月24日にドイツのアーヘン市の近くの村で生まれた。3人男兄弟の末っ子だった。「小人」と呼ばれた少年は、早くからその知性を認められるものの、彼が育った時代は、第一次大戦後の激しい不況とインフレのドイツ。よい教育を受け、よい就職をすることなど叶わなかった。
 それでもアレックスは、勉学に励み、ドイツ語の他に、フランス語、ギリシャ語、ラテン語をマスターし、ピアノを嗜む青年に育っていた。しかし、高校を卒業しようともアレックスに職業の選択しはなかった。当時ドイツには未来がなく、国境の向こう側のオランダの散髪屋に奉公に出されたのであった。だからオランダ語も出来る。
 アレックスは、几帳面な性格が買われて散髪屋でせっせと働いたが、散髪屋の下っ端として、また外国人として食べていくのもまた大変な時代であった。ドイツに戻ったアレックスは、「食べていくため」に、職業軍人の道を目指す。字が綺麗で、数学が得意な彼は、すぐに物流の担当を任された。最初の結婚もして、娘が一人誕生した。そんな最中、ドイツではナチスが台頭し、軍もナチスの支配下に入っていった。
 アレックスは、ナチスを「野蛮で何もわかってない奴ら」だと思ったという。しかし、軍の組織で上の命令は絶対である・・・と当時は考えていた。ドイツはどんどん戦争に傾斜していき、ついにアレックスたちはソ連まで遠征に出されることになった。帰ってこられないだろう…そう思って一度戻った故郷では、最初の妻が結核で亡くなり、娘は自分の母に預けられていた。そして、ソ連に向かった彼らを待ち受けていたのは、無謀な戦いと、極寒の収容所での捕虜生活であった。
 アレックスは故郷に戻るまでの8年間、ソ連の収容所で過ごしたという。そこでは多くの仲間たちが、寒さと、飢えと、病気で次々と亡くなっていった。アレックスが生残った理由。それは、彼が早食いだったからだ、と本人はいう。その後の長い年月を、彼は相も変わらず「早食いアレックス」として生きつづけた。特に、スープを食べる速さは尋常ではなく、食べているそばから片足は次のお代わりのために外に飛び出しているほどだった。そして、彼がオランダで褒められたその床屋術によって、ソ連兵の司令官に気に入られたことも彼が生き延びた理由だったという。「僕は、スープの早食いと、ハサミ術によって、生き延びたのだ」と、何度聞いたセリフだったろう。
 帰国したアレックスは、既に思春期を迎えていた娘との同居は断念し、村の若い女性と結婚する。それがマリアだった。マリアの家は農家で、アレックス曰く、「食べ物が豊富にあったから」だという。それぐらい、戦後のドイツも日本と同様に飢えがひどかった。戦時中を思い返して二人は言う。「ナチスなんて奴らにこの国を渡したのが間違いの下だった。あの可哀想な人たちを、私たちは助けることはできなかった」と。
 以上、私の拙いドイツ語で聴いたアレックスの話だった。
 アレックスは戦争そのものの話はしないまま永眠した。テレビで戦争のシーンが出てくると決まって静かに部屋を出て行った。私が机の上に戦争関連の資料を広げていると、そっと目を逸らしながらいったものだった。「君は本当に勉強熱心だ。頑張れ。応援してるよ。」と。
 13年前、初めて出会ったアレックスは、当時85歳。当時巨大な妊婦だった私のために、せっせと料理をつくり、後片付けをし、「7つ星ホテル!」と言われるのを喜んでくれた。「軍で覚えたんだ... けれど、こういう風に役立って嬉しい」そういって、孫の誕生を心待ちにしてくれた。
 息子が生まれた時、ファーストネームはなかなか決まらなかったものの、ミドルネームは生まれる前から決まっていた。勿論、アレキサンダーだった。義父は密かにこれを喜び、初めて出会う孫を、「プティ・アレックス」などと呼んでいた。
 毎年何度のクリスマスを一緒に過ごせるだろう・・・そう思いながら過ごしたクリスマス。13回目のクリスマスが後1か月の所まできていたというのに。つい1か月前、一緒に買い物をし、御皿洗いをし、ゴミ捨てをしてくれてたアレックスだったのに。窓から一生懸命手を振ってくれたあの姿が最期だったのだとは。
 「生まれ変わったら必ず結婚を申し込む」といってくれたアレックスは、本当にそうしてくれるのだろうか?

 私が何人かとか、ドイツ語が下手だとか、そんなことに全く構わない人だった。人を人として、家族を家族として、一生懸命受け入れ、愛してくれた。頑固で偏屈で、余所の人が来たら子どもでも、部屋に逃げ隠れる人だったけれど、私と私の母のことは、昔からの家族のように気を許してくれていた。
 13年だけの、毎年数度の出会いだったけれど、私にとって、クラーセン・アレキサンダーは本当のお父さんだった。だから、息子のこともあるけれど、私はこの「クラーセン」という名前を手放せないのだ。彼らが本当の両親だと、心の底から思っているから。そして、彼らもそれについて一点の曇りもないやり方で接してくれたから。そんな父を失ってしまった今日という日を、私は一生忘れない。
 訃報を聞いてから、ずっと灯している大きなロウソク、彼の大好きだった白ワイン(息子によると赤じゃダメだという)をお供えし、彼が大好きだったのにお金がなくて買えなかったピアノをひたすら弾いて、そして誰も書いたことのない彼の人生の一端を皆に知ってもらいながら、私なりの弔いとしたいと思う。そして、彼が、ここ2年突然はまった日本食の数々を作ってはお供えしたいと思う。

 私のドイツ語の未熟さ故に突っ込んだ話が出来なかったのが、今でも悔やまれるものの、彼が人生を通して、そしてあのような20世紀を一通り体験してきて、一番私たちに伝えたいと考えていたこと。それは、権力を信じるな・・・ということだった。ナショナリズムも、ファシズムも、結局は人びとを幸せになんかしなかった。むしろ、犠牲にしただけだった。耳障りのよい為政者の言葉のどれだって、本当に実現したことがなかったばかりか、それによって多くの人たちを犠牲に駆り立てた。時に、自らの主体性を伴って。時に、何もしないという無作為の作為によって。ホロコーストは起こったのだった。彼は戦後、すべてのものを疑って生き続けた。権威を疑い、ただ祝うことすら拒否したほどであった。それらはすべて空しい、と。

 彼の訃報を耳にしてから、私の中では、ある種の確信のようなものが芽生えている。それは、20世紀を繰り返しちゃいけないということ。人が犠牲になるシステムを当然だと思ってはいけない、という教訓を忘れないこと。人類が、そのような諦めではなく、もっと大きなビジョンに向かって歩かねばならない、でなければあの20世紀の犠牲は何だったのか、と。でも、あの20世紀を忘れて、今日本では犠牲を犠牲とも思わず、自分さえよければの傲慢が生まれつつある。

 そう思って連続ツイートしたのでした。クラーセン・アレキサンダーから学んだこと、それを私なりに「今」どう理解し、どう行動し、どう伝えるのか・・・を考えて。以下、再録しておきます。

先にこちらをお読みください。リツイートした上で以下が来るので。
→http://afriqclass.exblog.jp/16701475
 ロシアンルーレットのように「自分の番」にならなきゃいいや今のままの生活で…と思っている人に→この権利はく奪状態の国・社会において「私の番もあなたの番」も既に来てる。今顕著でないだけ。原発事故被害者の皆さんの苦悩を見れば明らか。「普通に生きる」ことすら簡単に奪われ、取り戻せない。
 
 23歳の時、私は世界で最も過酷な状況下にいる人びとの側から考えることを決め戦後直後のモザンビークに向かいました。以来、徹底して人びとを犠牲にする主体、構造や仕組みを研究してきました。そして20年近くを経て、この「豊かな日本」でそれが出現している実態を日々目の当たりにしています。
 
 皆さんがアフリカについて指摘する全ての「負」が、21世紀初頭の日本で発現しています:①汚職に塗れた政府(政治家・官僚)と利害関係者らの暗躍。②衆目の面前で進む子どもたちの被害(被ばく)。③立ち上がった市民への警察の不当逮捕等の暴力的弾圧。④それを報じないメディア…どうですか?
 
 「可哀想なアフリカの子たち」のためにボランティアに行きたい皆さんですが、日本の市民として皆さんは何をしていますか?「アフリカ紛争後の国づくりを応援」という皆さんですが、311後の日本で何をしていますか?大げさなことでなくていい。何か一つでもやってますか?そういうこと考えてる?
 
 考えることから、知ることから、語り合うことから始めよう。何も遅くない。このまま「自分の番にならない=他の人の番」でルーレットが進むことをただ祈りながら生きるなんて、セコイ考えは止めよう。どうせ自分の番は来てる。新しい社会を築いていかなきゃいけない。できるよ。あなた、が気づけば。
 
 私には、今の日本社会は「底の抜けた状態」に見える。大義もなければ、倫理もない。上に立つ強い人たちが率先して、利己主義に走り、ルールを腐らせ、言葉を嘘と言い逃れで汚し、人びとを助け合いと連帯の民主的な市民社会にではなく、利害衝突する群れの集まりに導こうと。日本や世界の戦前と似てる。
 
 この「上/権力」の作為に対し、民衆は悪状態の責任を「上」にぶつけるのではなく、「下」の者同士でぶつけ合う。隣のあの人みたいにならなければ良い…と。生保額が最低賃金より高ければ、賃金を上げろ!と発想せず。これこそ「上」の思う壺。さらに「外の敵」を登場させれば効果的に民衆統制容易。

 弔いのツイート。人生をナショナリズムとファシズムと戦争に翻弄された98歳の故クラーセン・アレキサンダーへの。彼が生きた20世紀の人を犠牲にするシステムが今日本で堂々復活してるのを目の当たりにして。ホロコーストはナチスが起こしたが、それを支えたのは何もしない「普通の市民」だった。

 お父さん、本当にありがとう。心の底から感謝しています。沢山の優しさと愛と忍耐を、ありがとう。お疲れ様。そして、ゆっくり休んでください。また会う日まで。
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by africa_class | 2012-11-03 23:43 | 【考】民主主義、社会運動と民衆