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ブラジル市民社会の #プロサバンナ 批判~「我々の歴史的紛争の輸出事業」

モザンビークを調査のため訪問していたブラジル市民社会組織FASE(Federação de Órgãos para Assistência Social e Educacional )の記事が届きました。

FASEはブラジル関係者なら知らない人はいない、民衆の権利を守るために闘ってきた代表的な市民社会組織で、50年以上の歴史を誇る団体です。ブラジル6か所にリージョナルオフィス、リオに本部を置く組織です。

60年代に市民の組織化を促すために誕生したものの、1964年の軍事独裁政権の成立後、弾圧を受けながらもこれとの闘いを続けて、1985年の軍政終焉と民主化に重要な役割を果たしました。

この軍事独裁政権と日本が強力に推進したのがブラジル内陸部のセラード地域の農業開発(PRODECER)でした。そのプロセスで、そこに長年にわたって暮らしていた農民が土地を奪われ、生活を破壊されていったプロセスについては既に多くの研究が出ている通りです。(このブログでも紹介しているのでご覧ください)

歴史の皮肉は、このような沢山の市民組織、農民組織、労働組合といった社会運動を背景に誕生したルーラ大統領が、貧富の格差是正のためにBolsa Familia等の現金給付政策を導入する一方で、遺伝子組み換えの流入や森林破壊を許す新自由主義的な経済活動を許したこと、そしてブラジル・アグリビジネスの利権を拡大するためにアフリカに触手を伸ばすProSAVANA事業のようなものの推進者と転じたことでしょう。

これを受けて、FASEは、現在ブラジルの海外政策にも目を向けて調査・アドボカシー活動をしています。中でも、ProSAVANAに早くから注目し、調査を続けています。
●レポートはバイオディーゼルについてですが最後の方にプロサバンナについても言及があります。
http://issuu.com/ongfase/docs/internacionalizacao-etanol-biodiesel

さて、そのFASEのモザンビーク訪問については以下の記事をご覧ください。
http://www.fase.org.br/v2/pagina.php?id=3835

そこに掲載されている記事を訳しておきました。
とても重要な点が多々書かれているので、是非ご一読を。
何より重要なのは、ブラジルで歴史的に問題になり続けている、アグリビジネスによる小農の権利の剥奪の問題が、日本・モザンビークによって行われるプロサバンナ事業が再生産することにある点への警鐘でしょう。

彼らは、3月下旬にマプトで行われたステークホルダー会合に出席し、そのことを明確に悟ったといいます。同>ステークホルダー会議では、表面上は、「小農支援」「持続可能な農業」などが繰り返し説明されたものの、実際は当初の事業デザイン時と変わらず、「『アグリビジネス』と『小農』の『共存』」というレトリックが使われており、この「共存」という仮説は、ブラジルでは存在してこなかった点について、1960年からブラジル小農や土地なし農民の側に立ち、このプロセスを間近で見て、闘ってきた市民社会団体としての立場を明確に述べています。

そして、モザンビーク北部小農の願いが、「援助で救ってあげるよ」という美味しい話の一方で、アグリビジネスの流入を「保証」していく事業が進められていく実態を、鮮やかに示した良い記事だと思います。時間がなくてしっかりとした訳ではないのが申し訳ないですが、どうぞご一読ください。

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ブラジル、日本、モザンビークの政府は、モザンビーク北部のナカラ回廊と呼ばれる地域で、巨大なプログラムを始動させようとしている。同地はブラジルのセラードに類似する地形的・環境的特徴を有する。

対象地のコミュニティへの情報の欠如、あるいは、歪められ矛盾する情報が与えられるなかで、プロサバンナ事業とは、30年先を見据えた事業であり、ナンプーラ、ニアサ、ザンベジア州という、5百万人近くの小農が暮らし、この地域(ローカル及びリージョナル)の人びとの食料を生産する州の約14.5百万ヘクタールの地域を包含した事業であるという。

小農コミュニティは、まさにプロサバンナ事業による投資が来るとされる地域に、集中的に存在している。

ブラジル国際協力庁(ABC)は、現在この事業への批判はコミュニケーションの失敗によるものだと強調するが、モザンビークの市民団体や社会運動との対話から明らかになったのは、問題はもっと根深いところにあるということである。

ブラジルは、モザンビークのサバンナに、我々自身が経験してきた歴史的紛争を輸出しようとしている。この紛争とは、輸出のためのアグリビジネスによる大規模なモノカルチャーのモデルと、小農民や家族経営農民による食料生産システムの間に起こったものである。

マプートで発表されたプロサバンナ事業に関する最新の情報では、このプログラムの責任者らは、ナカラ回廊に「高価値作物」栽培に向けた民間投資を奨励するため、地域を「農業クラスター」に分けた地図を示している。

「企業的」農業による穀物生産(大豆も含まれる)。「家族経営農民」による食料の家族生存のための生産。「中・大規模商業的農業」による穀物・綿花生産。「中規模農民・家族経営農民」によるカシューやお茶生産。すべてのカテゴリーによる「食料と穀物の統合された生産」という分類である。

つまり、大規模アグリビジネスと家族経営/小規模農民といった二つのシステム間の共存とハーモニーが可能という古い仮説に基づいているのである。しかし、ブラジルではこれ(大規模アグリビジネスと小農が共存するという前提)こそが、深刻な紛争の源泉となっている。

政府は、このプログラム(プロサバンナ事業)がモザンビーク小農生産のための事業であることを保証するという。

しかし、ブラジル国際協力庁は、2011年、(*ブラジル)セラード地域にあるマトグロッソ州の40人の企業家が、ナカラ回廊にどのようなビジネスチャンスがあるのかを特定するためのミッションを支援した。

マトグロッソ綿花生産者協会(AMPA)の会長は、「モザンビークは、アフリカの中のマトグロッソである。タダ同然の土地、環境規制があまりなく、中国よりも安い労働力の最前線である」と述べている。

モザンビークでPRODECER(*日伯セラード農業開発事業)が再生産されるとの報道は沢山ある。PRODECERとは、ブラジルのセラードで日本の協力によって実施された社会的、環境的災厄であり、そこに昔から暮らしてきた人びと(伝統的住民)を追い出し、輸出のためのモノカルチャー生産の大海原を拓き、農薬の洪水で地域を浸した。

プロサバンナには3つの軸があるという。①組織と調査の強化、②マスタープラン(この研究のために選ばれた機関はGV Agroである)の策定のための基礎研究の開始、③小規模栽培者の支援のためのモデルと普及である。

UNACやORAM、ROSA、ナンプーラ市民社会組織プラットフォーム、MUGED、土地フォーラム、ニアサ州小農連盟、JAやその他の多くのネットワーク組織は、現在策定中のマスタープランや情報へのアクセス、そして小農コミュニティとの協議を要求してきたが、ブラジル当局は、マスタープランが最終化されれば、適切な手法で公開されるだろうと述べるに留まっている。

つまり、その地域に暮らす何百万という小農を代表する組織らとの実質的な協議なきままに、(*ブラジルの民間組織である)GV Agroが策定しているのが同マスタープランなのである。

マスタープランの準備が終わって初めて、これらの人びとは情報を受け取ることになるだろう。もちろん、いくつかの情報を伝達するため、マスタープランの一部に関して発表イベントは開催されている。しかし、それらのイベントは、市民組織や社会運動による要望や提案に耳を傾け、それを反映させるためのものでも、質の高い対話のためのものではない。

ナカラ回廊沿いの小農と話をすると明らかになることは、日本人とブラジル人がこれらのコミュニティを訪れ、プロサバンナが来ることを伝え歩いていることである。

これによって、彼(*日本・ブラジル人)らは、市民社会との「協議」と呼ばれることをしたと言い張るであろう。しかし、これは協議ではない。

現在までに顕著になったことは、手続き上の深刻な問題である。それは、このプログラム(*プロサバンナ事業)をめぐる決定が、政府や利害を有する企業等から、上から下へと降ろされていることにある。

モザンビークの市民組織や社会運動が述べる通り、ナカラ回廊沿いを行き来すると明確になるのは、この地域が小農コミュニティによって居住されているという事実である。これらの小農は、メイズ(国民の主食)、キャッサバ、豆、ピーナッツ等を、土地を休めながら生産するシステムを有している。そして、小農たちは、そこで生産に従事するだけでなく、祭りを行い、家族やコミュニティ関係を形成している。

この地域に5百万人の小農が暮らしている。この人びとを代表する組織や運動は、この国の大きな問題が食料の安全保障上の問題にあることを確認しており、家族経営農業や小規模農業のシステムが強化されることによって、食料生産が実現されることを望んでいる。彼らの提案は、彼らの生産を強化するための融資、適正価格による生産物の購入と市場化への支援、コミュニティによってつくられた組織や小さな組合活動への支援である。全員が、自身の小農生産システムを支援する事業があれば、参加したいと考えている。

我々は、この回廊沿いの農民らの声に耳を傾け、対話し、彼らの期待を垣間見た。これに、本来プロサバンナは応えられるはずである。

しかし、ナカラに到着した時のショックは叫びたくなるほどであった。巨大な倉庫、港湾設備、そしてOdebercht社(*ブラジル企業)によって建設中の空港等の巨大インフラ。これはこの地域の生産物を輸出するためのものである。

多くの問題は、直視されなければならない。中でも、小農らの土地への権利は最重要である。モザンビークの土地法は、小農に公有地である土地の使用権を与えている。

企業に付与されるのは使用権なのか?小農の状況はどうなるのか?

回廊の真ん中に位置するナンプーラの市民社会プラットフォームのメンバーの一人がいうように、「10ヘクタールを超える自由な土地はない」のである。

複数の組織によると、ニアサ州のプロサバンナが来るといわれている地域の大半が州内で人口がより多いところであるという。政府は住民移転がなされるだろうといっている。

農民組織は、土地法において小農の利益に反するような変化、そして遺伝子組み換え種の導入に道を拓く変化のリスクを招くタネの立法を許さないよう、注意を払っている。

彼らはまた、PRODECERの対象地であるマトグロッソ州を訪問し、農薬の集中的使用や大規模なモノカルチャー栽培モデルを知り、懸念を強めている。

このような懸念の一方で、UNACやMPA/Via Campesinaは、オルダーナティブな手法を強化し、生産的な数々の運動を試行してきた。例えば、伝統的な種に関する交流事業などである。

ルラ大統領の先導により、ブラジルの輸出政策について市民組織や社会運動と対話が実現するようになって10年になる。その結果、世界におけるブラジルのプレゼンスの方向性に関する必然的な論争が強まった。しかし、それは、我々の社会における実存する権力関係の写し鏡でもある。

プロサバンナの事例は、食料主権と食料安全保障を目指してきたブラジル農村の社会運動の成果の試金石となろう。

ブラジルの経験を踏まえ、家族経営農民・小規模農民の生産や市場化の支援といった施策が、ナカラ回廊におけるブラジルのプレゼンスに反映されるかどうかが肝要である。

結局、ブラジルでもモザンビークでも、小農らは、民衆の食料安全保障や主権、土地の権利を保証するためには、アグリビジネスのモデルによる権利の侵害や社会・環境的な不正義との闘いを強化しなければならないのである。

モザンビークにおけるブラジルの存在が小農の権利を強める一方、世界の正義と格差を縮小することを目的としてブラジルがグローバルなアクターとして成長する能力を示すかどうかが問われている。
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by africa_class | 2013-03-30 11:14 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題

6月1日Run for AFRICAが横浜・日産スタジアムに戻ってきます。

懐かしいRun for AFRICAが帰ってきました。
 前回TICADの際に、何か日本とアフリカを繋げる文化交流ものがほしいね・・・とブレストをして、ありとあらゆる案を出したって最後に残ったのが、「走ること」。当時、団体内に陸連関係者がいたこともあり、とんとん拍子に話は進み、最後は資金でスタックしたものの、某先生のご尽力で実現。ほんと~に感謝。団体としては大幅な赤字になりましたが・・・。皆が満足した企画だったので、それもよし。そういうことってあるんですよね。
 当日は、TICAD IV直前のバタバタの中、大使や議員さんたちも駆け付けてくれました。「今夜大臣たちが到着するんだよね・・・」といいながらも、市民と一緒に走ることの意味を自ら身体をはって示してくれた大使や銀の皆さんには、本当に感謝。とはいえ、私の方は「パス問題(80名の市民社会代表に3つのパスしか渡さないと外務省が発表)」が発生し、睡眠時間毎日数時間。しかし、議員や大使に走らせて、主催団体の副代表として走らないわけにいかず・・・・過労死するかと思いましたが、「アフリカゼミ・チーム」で走ったものの、すごくタイムを遅らせてしまいました。ごめん。もうダメかと思ったときの有森さんのハイタッチは本当に有難かった。
 そのRun for AFRICAが皆さんの期待に応えるために帰ってきました。
 是非皆さんどうぞ!

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【タイトル】Run for AFRICA(TICAD Vパートナー事業)
【日時】2013年6月1日(土)雨天決行
【会場】日産スタジアム(横浜市港北区 JR横浜線小机駅下車)
【コース】日産スタジアム周回1.5キロコース(トラック~外周)
【種目】リレーマラソン
※1チーム1~20名でお申込み可能です。
  チーム構成の男女比率は問いません。
※1人が何周走っても自由、マラソンの世界記録2時間3分38秒の倍、
 4時間7分16秒の間タスキでつなぎ、何キロ走れるかを体感します。
【大会スケジュール】選手受付8:00、
レーススタート10:00~14:07:16
【参加賞】あり
【参加料】1名4,000円 
※参加費の一部は、アフリカ支援活動事業に充てられます。
【申込み締切】5月13日(月) 
【大会HP】http://runforafrica.jp/
(このページから申し込みが可能です)
【運営者情報】
◇主催:一般財団法人mudef
◇共催:横浜市(申請中)、日刊スポーツ新聞社
◇特別協賛:住友化学株式会社、特定非営利活動法人Malaria No More Japan
◇後援:外務省(申請中)、独立行政法人国際協力機構、UNDP(国連開発計画)、駐日代表事務所、国連広報センター、株式会社シミズオクト、Water Aid Japan、株式会社ヤクルト本社、公益財団法人横浜市体育協会、横浜市陸上競技協会
◇運営事務局:日刊スポーツ新聞社、株式会社横浜アーチスト
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by africa_class | 2013-03-24 11:49 | 【紹介】アフリカ・イベント

3月30日14時「日本の援助はいまアフリカで何をしているのか?プロサバンナ事業から考えるODA」@関学梅田

関西の方々にお招きいただきました。若者との討論を用意してもらいました。権利ベースアプローチの専門家である川村先生もご一緒です。是非。

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      日本の援助はいま、アフリカで何をしているのか?
モザンビーク・プロサバンナ事業から考える、ODAの過去・現在・未来
            【3/30・大阪梅田】
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【日時】2013年3月30日(土)14:00~16:30 ※13:30受付開始
【会場】関西学院大学 大阪梅田キャンパス 1407教室
   (大阪市北区茶屋町19-19 アプローズタワー14階)
    http://www.kwansei.ac.jp/kg_hub/   
【会費】無 料(モザンビーク現地農民への活動支援カンパ歓迎します)
【発題】舩田クラーセンさやか(東京外国語大学教員)
【討論】川村 暁雄(関西学院大学教員、関西NGO協議会提言専門委員)
    今泉 奏(大阪大学外国語学部生、TICAD V学生プロジェクト)
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【ごあんない】
 今年6月横浜市で「第5回アフリカ開発会議(TICAD V)」が開かれます。この会議は、1993年の第一回開催以来、日本の対アフリカ関係の大方針を決める上で重要な役割を果たしてきました。一方、昨今は中国、韓国、インドなど、アジアの新興ドナーも「アフリカ・サミット」を開催するようになり、TICADは新たな存在意義の模索を迫られています。

 近年、アフリカ開発において最も大きな注目を集める課題の一つに、「農業投資」と「土地争奪」の問題があります。2007~08年の世界的な食料価格高騰をきっかけに再び課題に転じたアフリカの食料問題。この対応策として、アフリカ農業への国際的な投資・支援の必要性が叫ばれていますが、対アフリカ「農業投資」の中には、外国への食料調達を目的に、現地農民から土地を収用するものが含まれており、生計手段を奪われた農民による大きな抗議行動が各地で発生、政情不安の引き金になっています。

 日本政府もブラジルとの協力のもと、2009年より政府開発援助(ODA)でモザンビークに対する大規模な農業開発支援(プロサバンナ事業(※))を進めていますが、現地の農民組織やNGOが、当事者への十分な説明がないまま計画が進められていることに強い懸念を表明し、先日はその代表者が来日して各地で問題を訴えました。

※発題者によるプロサバンナ事業の詳細
 http://afriqclass.exblog.jp/i38/

 急激なグローバル化と、大規模ODAプロジェクトに直面するアフリカ小規模農民の現状を共有し、今アフリカで何が起きているのか、小農はどのように暮らし何を求めているのか、日本の我々はどのように関わるべきなのかについて、みなさんと一緒に考えたいと思います。
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【発題者紹介】
舩田クラーセンさやか(ふなだ・くらーせん・さやか)
 http://www.tufs.ac.jp/ts/society/africa/

 東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授。専門は、国際関係学とアフリカ地域研究。研究と社会活動の両面からアフリカに関わり、モザンビークをはじめアフリカ市民社会とのネットワーキング、アフリカに関する政策提言を行ってきた。
 東日本大震災後は、東京電力原発事故を受けて「福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト」を立ち上げ、600世帯を超える福島内外の乳幼児・妊産婦家庭のサポート活動に携わる。

※発題者より一言
「311後の現在と今後、私たちの世界との関係、私たちの社会自身を問い直し、共に語り合う場に出来ればと思います。」
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【主催・お問い合わせ】
「日本の援助はいま、アフリカで何をしているのか?」実行委員会
 〔メール〕oishii_mirai(@)icloud.com

【共催】モザンビーク開発を考える市民の会
【後援】(特活)関西NGO協議会
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by africa_class | 2013-03-19 14:01 | 【記録】講演・研究会・原稿

自己崩壊する日本の外交と開発援助~ #プロサバンナ を事例に(議事録・スッポカシ・農民分断問題)

今日は意図せず3つもブログ投稿を書いてしまった。忙しいのに・・・。でもこれは昨日書き始めて時間がなくそのままになっていたもの。本当にあほらしい話なんで書くのも気が進まないけれど、これが日本社会・組織の現状なのでそのまま流します。 
 なお、3月30日2時~大阪梅田で講演をします。詳細は後日。
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今日は同僚がご家族と一緒に拙宅に遊びにくる。職場環境を良くしようと、色々な先生達と飲み会や、食事会など企画してきました。さて、先生ご一家を待っている間に、この間ツイッターで書いたことをこちらにも転載しておきます。

その前に、JVCの高橋清貴さんの記事です。コンパクトにまとまっていて読みやすい。連載だそうです。→JVC - モザンビーク・プロサバンナ事業とは何か? - JVC月刊誌Trial&Error掲載記事: http://www.ngo-jvc.net/jp/perticipate/trialerrorarticle/2013/03/20130312-prosavana.html

さて、今日の話題は、日本の援助問題の「根っこ」にある、異なった意見や批判、反論を受け付けられない体質が行き着く先についてです。「問題」を指摘されたら、①無視、②隠蔽、③反論のための工作、④論点ずらし、⑤矮小化、⑥問題を指摘した人たちへの攻撃・・・が、日本のお役所の原風景。311後もはっきりしたと思いますが、これは長年にわたって日本のODAにも見受けられた傾向です。

このブログの読者であればもうお馴染み・・・残念ながら・・・だと思います。
自体はますます、ひどい方向へ。
具体的なケースをみていきましょう。
誰か研究ネタとして掘り下げてくれるといいのですが・・・。
(一次資料満載なので)

皆が表面的になんとなく~で理解している「国際協力」「ODA」「外交」「NGOとの対話」といったものの、本質的問題、構造、カラクリに目を向けてみましょう。

1.ODA定期協議会・議事録勝手な修正
12月14日にODA定期協議会が、NGOと外務省の共催で開催されました。この定期協議会は10年以上もの歴史を誇る、日本のODAに関する協議の場です。オープンな協議で、議事録は詳細が公開され、年に数回開催されてきました。

通常は開催後1か月程度で公開されるこの議事録が、3か月も公開されませんでした。NGO・外務省双方のチェックは1か月以内に終了していたにもかかわらずです。その理由は何でしょうか?

外務省担当課が、NGO側の発話部分に勝手な「修正」を入れてきたからです。その数なんと14か所!前代未聞な事態に発展し、かなり上のレベルで問題になりました。オープンの場でやられたオープンな議論の、日本の行政手続きの透明度を上げるための議事録に対する、このような密室の一方的な介入は、10年以上続いてきたNGO・外務省対話の精神に反しています。

例えば、こんな感じ。
NGO:現地では「プロサバンナはブラジルのアグリビジネスのアフリカ進出に加担する案件なのではないか」と思われている。しかし,そのことが何も言われない。「それは誤解だ」ということも可能ではあると思うのですが,実際ブラジル・サイドの関係者,例えばニシモリさんという日系ブラジル人の議員さんが,「ブラジル人の入植をしっかりこのプロジェクトでバックアップする」と述べたり(***では,このように認識していない。ニシモリ議員は*****「モザンビーク人の育成について支援する」との姿勢であると***。

(ちなみに、このブラジルのニシモリ議員については、是非以下のブログ投稿を。同議員が、「プロサバンナ事業は、ブラジルの土地なし若者失業者が大規模農業をモザンビーク北部で展開するための事業」と議会TVで言いきっています。その全訳あり。
http://afriqclass.exblog.jp/17331007/)

なので、この修正として書かれていることもかなり無理がある内容。だって、彼は現にメディアに引用されるようなことを発言しただけでなく、議会TVで堂々とそれを嬉しそうに語っているのですから。なのに、これを「認識しない」「モザンビーク人の育成の支援」という姿勢というのは、反論にすらならないのではないかと・・・・思うのですが・・・?

残りの13か所の修正も、おかしなことばかりなのですが、こういうことが許されると外務省の中間管理職にある人が思っているところが、根が深いですね。もちろん、省内にはこの「議事録事件」に心を痛めている人もいたようですが。

結果、2か月に及ぶすったもんだの末、今週になっていつの間にか公開されていました。(既に、次の定期協議会が3月4日に開催された後になって・・・・のことでした。通常は、次の定期協議会前に公開されます。当然のことながら、前回の議論を踏まえた議論にしないと、定期協議の意味がないからです。)
→http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shimin/oda_ngo/taiwa/oda_seikyo_12_2.html

該当部分の議事録は修正を断念したようです。(見た限りでは)
なぜ、外務省がそれほど赤入れにこだわったのか?それは、各自で議事録を読んで頂くのが一番かと。公に出るのを隠したい事実や認識が少なくとも14か所あったのですね。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shimin/oda_ngo/taiwa/pdfs/seikyo_12_2g.pdf
該当部分はこれ→2 協議事項
モザンビークProSAVANA事業の課題】

2.モザンビーク訪問参院ODA特別委員会とUNACの面談事件
さて、次は今週あった話。参院ODA特別委員会の訪問団がタンザニアとモザンビークを訪問しました。モ国ではプロサバンナ事業の視察と同事業に反対するUNACとの面談を希望されていました。しかし、これについて、外務省・JICAは回避に躍起。

しかし、国民の代表であり、ODA委員会のメンバーによる公的な訪問。それも税金です。巨額の公金が投じられるプロサバンナ事業に関する視察や、現地最大の農民組織代表との面談は、ODAの透明性確保と改善のために重要のはず。ては、何故嫌なのか?という疑問が湧きます。

さて、しぶしぶ視察とUNACとの面談が決まり、UNACとの面談は3月13日午後に決定となりました。現地では、国際NGOのOXFAMとUNAC代表が、議員団と駐モザンビーク日本大使館で面談する予定となり、そのように日程表にも書き込まれていました。ただし、何故か農業省から誰かの同席すると、日程表には書かれていない企画も持ち上がったそうですが。この面会のため、わざわざ首都から遠く離れた北西部の州にいるUNACマフィゴ代表が多くのお金を費やして首都に移動して来ました。

しかし、国会での採決の日程が迫り、結局議員団訪問の日程変更が生じ、UNACと面会調整が必要となりました。飛行機は正午に出る以上、15時からの面談は不可能なのは明らかです。これは、議員のブログをみると3月8日(金)の時点で決定されており、その議員の予定には13日の予定はUNACとの面会だけが書かれていました。そして、議員から現地の大使館にUNACとの面会時間の再調整が依頼されました。

しかし、何故か駐モザンビーク日本大使館の担当者は、「無理」「難しい」を繰り返したそうです。が、時間はあったのです。朝食前、空港での待ち時間でいいから面談を希望された議員さんたちに対し、何も明確な返事をしないまま、ついに出発13日の朝がやってきます。

しかし、現地駐モザンビーク日本大使館もJICA事務所も、この変更についてUNACに伝えていませんでした。マフィゴ代表は、13日15時からの面会に備え首都に飛んできていました。面談がキャンセルされていたことも知らないまま、15時に大使館に行くつもりだったのです。

日本のNGOがこの事態に気づいて、13日のモザンビーク時間朝6時すぎにUNACに電話を入れてくれました。スタッフ一名hなんとかつかまったものの、代表まで朝8時にホテルに辿り着くことは難しい。そこで、11時に空港に代表が向かうことで対応となりました。

結局面談は実現しましたが、なんという非礼・・・。2200農民組織に対する対応として、あまりに礼を欠いて、不信感を招く対応。日本NGOが動いて、面談を実現させなかったら、大変な外交問題になったことでしょう。それを、「議員の予定が急に変わった」と知らんふりするつもりだったのでしょうか?

しかも、同席した日本大使とJICA事務所長は、繰り返し、「市民社会や農民組織との対話の重要性」「透明性の重要性」など主張したそうです。

繰り返される言動不一致。
言っていることが立派であれば立派であるほど、実際にやっていることとかい離すればするほど、人の信用・信頼というものは、失われていくのだということを、ご存知ないのでしょうか?

このブログでも何度も書いていますが、小手先の工作。隠蔽。そういったものすべてが、日本の外交力・ODAの実務能力の力点の置きどころなのです。透明性を上げることによりも、不透明性を隠ぺいすることに血道を上げる面々。そうやって、失われるのは、真に意味のある他者との関係です。そうやって実現したい外交や援助とは、一体なんでしょうか?任期中の自分の「名誉」「名前」「地位」だけなんでしょうね。。。

勿論、立派な方々はいらっしゃいます。でも、組織文化がこうである限り、繰り返され、増産されていく・・・これはすべて皆の税金で賄われているのです。つまり、このような手法を許している納税者・有権者の責任でもあるのです。

3.現地農民を分断する「融資」「クイックインパクト」
そして、より根が深いのはこれです。
自分たちの農民組織への相談なさを、農民主権の無視を、なかったことにしようと、現地で農民らに融資や「クイック・インパクト」なるものをバラマキ、賛成者を増やそうと躍起です。

そして、農民に「感謝させる」絵を撮って、「賛成する農民もいる」「賛成する農民組織もある」と宣伝したいとのことです。そして、さらにそのための大きな企画も準備されているということです。

背景は以下。
■七変化するプロサバンナ事業:「ブラジル・アグリビジネス」の切り離し&農民間分断工作の現在
http://afriqclass.exblog.jp/17433829/

私たちは、何のために援助ODAをやるのでしょうか?現地社会や農民を分断するためでしょうか?彼らの苦悩を和らげたい、できれば彼ら自身の力、社会が、平和で豊かで相互に助け合うものとなるように応援したいのではないのでしょうか?

自分の成功に目がくらんで、あるいは自分の失敗を隠ぺいするために、モザンビーク社会に次から次へと持ち込まれる数々の工作。その中長期的な影響なんて関係ない。どうせ5年後は担当じゃないから・・・今を乗り切れば・・・そんな人達によってやられる開発援助なんて、本当に要るのかしら。

そのような疑問をますます禁じえない展開の数々です。
しかし、普通に考えて、バレル、問題になる・・・・ようなことを、外務省とJICAの関係者は繰り返しているのですが、それぐらい現地の市民組織だけでなく、日本の国民・納税者がバカにされているということなんでしょうね・・・。5年前、彼らのためにODAを倍増することに尽力した私がバカでした。
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by africa_class | 2013-03-17 17:02 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題

今年度の卒業論文推薦文。ただその前に、「答えを求めない」「我独り、社会で生きる」意味について。

 もうすぐ大学院生たちがやってくる。今年卒業する2名のゼミ生と2名のサブゼミ生たちのお祝いで。数年前の卒業生も含め大所帯9名+アブディンの家族たち。大活躍だった銀河くんがタンザニアなのは残念。彼らが押しかけてくる前に、片付けるべき学会の報告概要の数々・・・今2学会のものが終わったので、とりあえず学生のことをしたいと思う。
 今年の学部ゼミ生たち15名の卒論も、凄かった。なんというか、彼らの「汗と涙の結晶」であることは間違いのない出来栄えで、最後の最後まで諦めずに納得のいくものを出そうとし続けた彼らの頑張りに、全員に、私は心からの拍手を送りたい。そして、一人一人表彰したいほど。
 申し訳ないことに、私は、彼らに「教えること」は多くなかった。それを期待する向きがあるのも知っているが、「教えてほしい」との想いが見えるほどに、私は「教えない」ことに徹してしまう。天邪鬼なのもあるけれど、皆に「自分の心で感じ、自分の頭で感じ、自分の手で書いてほしい」と切に願っているから。

 人生は長く、曲がりくねっていて、しかも1度きりだ。
 多くの場合、人生とは思い通りにいかないものだ。
 そして、その人生を歩んでいく皆は、独りっきりた。
 どんな素晴らしいパートナーを得ようとも、やっぱり皆は皆の人生において、皆の身体において、一人である。

 だから、働き始める直前のこの最後の機会に、徹底的に、「われ独り社会にあり」の意味を考えてほしいと思うから。皆が求めれば求めるほど、私は皆に「答え」をあげないようと心がけてきた。
 しかし、今の若者は「答え」がほしい。息苦しいから、他者に答えを求めがちだ。あの1995年の大震災とオウム事件が同時に発生したときのような空気を、あの時学生時代の最後を過ごしていた私は嗅ぎ取る。と同時に、あの時多くの若者が新しい自分、仲間、力を発見していったように、そのような兆候も感じる。だから、私は決して皆に「答え」を押し付けないようにとしてきた。
 もちろん、私はこのブログやツイッターで好き勝手に自分の考えや主張を述べている。でも、それは教室ではしない。それでいいのか分からないけれど、それはしない。皆が自分で考えることだから。でも、機会はいくらでもあげたいと思っている。
 と同時に、皆の不安に、そっと寄り添う存在でありたいと思う。どうしようもない時の「最後の防波堤」で今後も居続けたいと思う。皆の中に押しとどめられている数々の想い、自分で気づかないような・・・それに、答えを出すのではなく、耳を傾け、一緒に発見したいと思う。でも、まずは同級生、先輩たちとやろうね。その方がずっと力になる。なぜか分かる?

 なぜなら、彼らとて、彼女らとて、「誰にも相談できない・・・」と悩んでいるから。

 あなたが相談すれば、あなたが心を開けば、救われる人がいるのだということを、是非気づいてほしい。あなたが相談するから、向こうも相談できる。そうすることで双方向の深いやり取りが生まれる。それが、「新しい豊かなコミュニティ」を形成する。それを知り、自分でコミュニティを形成していける人生と、そうでない人生では雲泥の差。そして、それが無数にあちらこちらで形成され、大きな束になって社会は変わっていけるかもしれない。

 このゼミ生の多くがそれを互いのやり取りの中で、先輩の背中を見ながら学んでいるけれど、他の人達にも少しお裾分け。あ、、、本題が遠のいていきました。

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さて、今年の15名の卒論タイトルは以前お伝えした通り。いずれも渾身の策。
http://afriqclass.exblog.jp/17157727/
これにもう一人、白土久美子の「ベナンの民主化」が加わる。

去年の優秀論文の推薦文4名分
http://afriqclass.exblog.jp/14641121/
http://www.tufs.ac.jp/insidetufs/kyoumu/yushuronbun23.html
外大のホームページに論文が掲載。

彼らの卒論製作秘話
http://afriqclass.exblog.jp/14644859/
http://afriqclass.exblog.jp/14651272/

今年も力作ぞろい。3名を推薦するつもりが、今年は1名だけが「原則」という。粘りに粘ったが、ダメだった。がしかし、外大の教員の大半はゼミ生が10名以下の先生ばかり。15名を超える卒論を担当した先生はごく数名。しかも、推薦できるほどの論文をいくつも指導し、推薦文を書くという手間を惜しまず書きたい先生が何人いるのだろうか?行政的な「横一列」ではなく、10名以上の卒業論文を書いた学生がおり、その先生が自信を持って推薦できるのであれば、2名でも3名でも推薦すべきだと思う。外大に来て9年。学生の内的な力を信じ、その成長を願い、日々をすごしてきた私としては、こういう画一的な対応こそが、若者の力を伸ばさず、日本社会を停滞させる根本だと思う。とはいえ、仕方ないので、教務に出した推薦状をここに一挙掲載。(土屋亜希子論文への推薦文は、後日掲載予定。少し時間下さい)

そして、現在HPで全論文を公開すべく準備中。お楽しみに。
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平成24年度推薦卒業論文 推薦文

「北アフリカにおける持続可能な水不足対策~持続可能性三本柱による分析から 」
論文執筆者:フランス語専攻 山口絢子 

本論文は、近年、温暖化や人口増加、大規模農業開発などにより水不足が急速に進む世界の現状を踏まえ、特に水不足が深刻化する乾燥地・北アフリカ地域に焦点を当て、同地域において持続可能な水不足対策はどうあるべきかに迫った論文である。水不足対策として供給量の増大に議論を限るのではなく、持続可能性を評価の軸に据え検討が行われた点に、本論文のユニークさがある。本論文で使用された資料は、英語74点日本語4点に上り、かなりの部分が理系の資料であるにもかかわらず、本テーマについて丹念な検討がなされた。
本論文のキー概念となる持続可能性については、総合的持続可能性学を掲げるジョニー・ポープらによる「環境性」「経済性」「社会性」の三本柱が用いられ、北アフリカの地域性(特に農業手法の在り方)から、三本柱のいずれの指標を用いても排水再利用が優れたアプローチであるとの結論がまずは示された(第一章)。その上で、二章では、排水再利用を用いたチュニジアとモロッコの事例について、持続可能性の三本柱を用いた分析枠組みを用いて詳細なる比較検討がなされた。その結果として、モロッコの事例では、排水再利用が住民の健康被害をもたらしたこと、従って「社会性」という点では疑問が残ったことが明らかにされた。一方、排水の適切な処理を行うための法律の整備や組織づくりを行ったチュニジアの例により、予防策の徹底により排水再利用が「社会性」を獲得することが可能であることが示された。
しかし、本論文の結論はここで終わらない。以上の2事例の比較研究により、水不足対策研究の問題点を明らかにしているのである。それは、これらの先行研究の多くが、(1)理系的な問題関心から書かれているため、評価の軸が「環境性」「経済性」に偏る傾向がみられ、(2)「社会性」への注目が不十分であること。そして、(3)そのことが結果として、排水再利用を奨励する際に不可欠な視点や対策を軽視させる結果になったとの指摘は重要である。本論文は、これら検討と結論によって、二事例の「成功」と「失敗」の議論を超えて、より大きな文脈での水不足対策の議論に寄与することができたと考える。
なお、執筆者は、本論文が焦点とした北アフリカに近い中東カタールで2年の期間をすごし、水不足の問題の深刻さを痛感し、数多くの理系英語論文にも音を上げず、本テーマに取り組み続けた。その努力の成果としても、推薦するに相応しい論文と考え、本論文を推薦する。

「民間セクター開発におけるバリューチェーン支援の有効性~エチオピア皮革産業の事例から」
論文執筆者:フランス語専攻4年山岡優里 

本論文は、2005年のグレンイーグルス・サミットにおいても注目されたサハラ以南アフリカの民間セクター開発について、エチオピアにおける皮革産業を具体的な事例として取り上げ、その有効性について、次の二点((1)質の向上と付加価値づけに寄与したかどうか、(2)そのことが貿易拡大に繋がったか)に焦点を当て、検証したものである。
アフリカにおける民間セクター開発については、日本政府もアフリカ開発銀行とともに共同イニシアティブEPSAを立ち上げ、1億ドルもの円借款供与を行ってきた。製造業が低調なアフリカにおいて、民間セクターをより改善させていくことによる貿易拡大は雇用を広げ、所得向上の可能性を高めるのではないかという問題意識に基づき、執筆者はこのテーマを選択した。特に、民間セクター事業の改善において、バリューチェーン支援が果たす役割に注目し、その是非を同国政府による支援策(PASDEP、2004年に実施)とUSAIDによる外部支援(2006年に実施)策を比較することで結論を導き出している。
本論文の構成は次のようなものであった。まず第一章で、エチオピアにおける民間セクターの概要を整理した上で、民間セクター開発の貿易拡大への貢献について検討を加えた。その上で、民間セクター開発の議論において、バリューチェーン支援についてどのように議論されてきたのかについて取り上げる。以上は、先行研究の整理によって行われる。続く第二章では、本論の事例である皮革産業に焦点を当て、PASDEPとUSAIDによる支援策を比較し、その有効性を検証した。これらの執筆のために検討した論文は、英語論文70点、日本語文献30点を超えている。
以上の検討の結果、執筆者は、(1)の「質の向上」については、PASDEPは部分的な支援に留まったため成果が限定的で、一方のUSAIDの支援は質の向上に寄与したと結論づけている。また、「付加価値づけ」については、PASDEPには当初からこれを念頭においておらず、最終製品としての革製品作りを目指したUSAIDと大きな違いがあったことが示された。次に、(2)については、PASDEP実施後に輸出総額は伸びをみせずむしろ減少したのに対し、USAIDの支援後は28.8百万米ドルの増加がみられたという。同国皮・皮革産業組合によると、低価値の皮から高価値の革製品に生産物が移行できたことが輸出増加に結びついたと述べられている。以上二つの事例の比較検討から、本論文によって、民間セクター開発の中でもバリューチェーン支援を行うことの意義が示され、これがアフリカでも有効であることが明らかにされている。限界として、エチオピアの皮革産業支援だけを事例としていること、今後の他事例との比較なども求められること、そして効果の持続性なども指摘されるが、世界中の数多くの英語・日本語論文を検討した本論文は、推薦するに値する卒業論文と考え、ここに推薦する。
なお、執筆者は、エチオピアに2年にわたって暮らし、同国の民間セクターをどうすれば応援できるかの視点に立って現地での生活を送り、3年にわたって粘り強く研究に取り組んできた。本卒業論文は、5 年間にわたるゼミでの研究の集大成に相応しい論文となった。

2013年2月22日
推薦者 舩田クラーセンさやか

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by africa_class | 2013-03-17 16:18 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)

追悼:泉かおり氏(2012年8月29日「女たちの一揆」スピーチ書き起こし)

私の日曜日の朝はこの悲報で幕あけた。

●杉原浩司(緑の党・脱原発担当) ‏@kojiskojis
【追悼・泉かおりさん】「非常時だと認識して、前倒しで行動すべき」「走りながら学ぶしかない」~岩上安身さん( @iwakamiyasumi )による泉さんへのインタビュー動画(2011年8月14日、約6分)
→http://www.ustream.tv/recorded/16604532/highlight/194403
●満田夏花 ‏@kannamitsuta
「Shut 泊」の泉かおりさんが亡くなった。原発を止めるために、自分を焼き尽くすように、あらゆる手段でたたかい続け、走り続けた。たくさんの元気をもらった。涙がとまらない。泉さんの思いを実現するために力をつくしていきたい。
●白石草 ‏@hamemen
Shut泊の泉かおりさんがお亡くなりになったという悲しいニュースが届きました。信じられない思いです。悔しさと残念さ。ご冥福をお祈りします。去年8月、泉さんが「女の一票一揆」を呼びかけた際のビデオです。ぜひご覧ください。
→http://www.youtube.com/watch?v=kbY1Q6V5fUw&feature=youtu.be


長年にわたり、FAO(国連食糧農業機関)の南部アフリカのヘッドとして活躍し続けた泉かおりさん。どこにいっても「かおり知ってる?」と聞かれ、誰だろう…と思っていたら津田塾大学の先輩だった。吉田昌夫先生のご紹介で私が副代表を務めていたTICAD市民社会フォーラムのNLに寄稿頂いた。

帰国され北海道にいらっしゃると聞いていたものの中々お会いできず、日本国際政治学会の学術大会で北海道に行ったとき津田の先生たちと初めてお会いした。すっごくシャープで、でもユーモアに溢れ、なんて魅力的な人だろうと。ある時、かおりさんからメールが飛び込んできた。一緒にやろうと。そして長い電話での会話があった。

福島からお母さんたちが座り込みに来るのに、何もしないわけにいかない、と。被害を受けた福島のお母さんたちにそこまでさせて、私たちが何もしないわけにいかないじゃないか、と。東電を使っている東京の我々として、この一言は重く、重く響いた。
→http://afriqclass.exblog.jp/13811632/  

福島から避難してきている子ども家族の支援だけじゃ、足りないのだ、と悟った瞬間だった。
→http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/

泉さんが代表を務めていた泊原発を止めるための活動「SHUT泊」
→http://shuttomari.blogspot.jp/

なのにかおりさん、実は癌だった。運動を新たに立ち上げた以上、最後までまっとうしたかったようで、誰にも言わず、ギリギリまで入院をためらった。皆で説得してようやく入院。あの時、もっと早く休めるように出来なかったか…と今でも後悔している。癌は早期発見・早期処置が基本である。

子どもたちをおいて逝かれた。仲間たちも。さぞ無念だったろう。講演の模様を拝見させて頂いた。(末尾に下記お越しを貼り付けました) 

命を削って活動されていたのが良く分かる。でも悲観に暮れてはいけないとも思う。かおりさんが一番それを望んでない。権力、国際、アフリカ、日本と地域を、徹底して人びとの側に身を置いて闘った人生。

世界と渡り合い、尊敬され、理知的で、機転が利いて、実行能力をもち、カネや地位に惑わされず、人びとの側に立ち続け、その間を繋げられた女性、泉かおりさんこそ、皆が目指すべき「グローバル人材」だった。

世界でも、アフリカでも、北海道でも、当事者としてよく生きた。
心からご冥福を祈ります。

気兼ねなく少しお休みください。
そして、今後も子どもたちと、仲間たちを温かく見守ってくれることを確信しています。

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選挙で脱原発!~「女たちの一票一揆ネット」発足
2012年8月29日
*原稿もみずに一気に語られました。
http://www.youtube.com/watch?v=kbY1Q6V5fUw&feature=youtu.be
「日本に長くいなかったこともあるけれど、真剣に国会中継をみたのは20ミリシーベルトに関する国会審議であった。それぐらい政治に関わってこなかった。311以来、世界がひっくりかえったと思う皆さんは私だけじゃないと思う。私は25年間外国で暮らし、原発のない国でのほほんと暮らし、311で本当に世界がひっくり返り、それから気が狂ったように走り続けてきた。

皆想いは同じだと思う。やれることはすべてやってきた。原発事故から1年半、女たちは立ち上がり、20ミリシーベルト撤退交渉。福島の女たち、全国の女たち、10月10日の女たちの座り込みが今も続いている。9月には、福島の女たちとアメリカに行き、「原発事故を起こし、収束もしないまま、子どもたちを放射能に晒しながら、安全な原発をつくる」と国連の首脳会議の場で発言した野田総理に、そんな発言をさせるものかと国連本部前に駆けつけ、スタンディングデモをやった。アメリカのワシントンの原子力規制委員会に行き、委員たちに福島の現実を伝え、子どもたちの絵をみせ、子どもたちのメッセージを伝え、女たちのハンストがあり、現在に至る。

何故、私が今ここに立っているか?請願を出し、陳情を出し、座り込みをやり、ハンストをやり、デモをやり・・・やることすべてやり尽くしてきた。そして、6月1日から福島の相談会に出かけ、たったの2日間の間に1000人の親子が駆けつけた。夏休みの間、子どもたちを少しでも遠いところに連れて行きたいというお母さん。母子心中を考えたというお母さんもいた。札幌に避難していたはずのお母さんが息子が福島に帰りたいといってとうとう福島に戻りましたといっていた。福島の状況も刻々と変わって行っている。今までの保養ではやっていけないところまできている。

そして6月7日、福島の女たちが官邸に押し掛け、総理に福島の女たちの声が届くようにと。そして、その翌日、なんと野田総理は再稼働を決めたのです。いい加減にしてください。

総理、国会議員、政治家は、私たちの負託を受けて、国民の民意を反映させるために政治をやっている人達ではないのですか。主権者は私たち。70%から80%がもう原発いらないといっているのに。しかし、今日の新聞は断層があっても原発再稼働といっている。どこまで国民をバカにしているのでしょうか。

3月11日~19日の間、アメリカは福島の上空を飛び、高線量を測った。アメリカから日本の外務省に報告が来た。それを文科省に伝えたら、なんといったか?「アメリカはこの情報を国民の伝えていいのか?」と聞いた。国民が危険に晒されているときに、アメリカの許可なしに情報を出せない日本政府とはいったいなんなのか?

福島から最初のフェリーに乗って苫小牧に行き着いた時、若い女の子は言った。すべてを捨てて逃げてきて、それでも、「反対っていっていいのだろうか」と。学校でそんなこと教わらなかったから、と。

今まで沢山の外国人、報道陣沢山来た。一言は、「日本人は何故怒らないのか?」と。でも、日本人は怒っている。福島の女たちも怒りを遮れないところまで。

私は、もうモグラたたきは沢山だと思っています。もう政治を変えるしかない・・・・そう思っている。今沢山の女たち、全国の女たちがそう思っています。私たちは候補者を探しています。国政選挙はちょっと、政治があまりにも遠い。でも、まず第一は候補者を出すことです。ダメな政治家を落とす。頑張っている政治家を応援する。政治を変えるには、私たちがまず政治を担うという自覚から始まらなければならない。

一時保養に来た福島の子どもたちの多くに呼吸器系の病気が続出している。福島の1,2,3,4号機すべて危険。活断層があっても再稼働するといっている。国政選挙いつやってくるか分からない。さて、私たち国民に準備があるのでしょうか。私たち、一人一人が考え、行動するべきと思う。

実は私は25年間外国に住んできました。北欧、アフリカ、独裁政治のジンバブエ。ノルウェーでは社会民主主義の政治の中、閣僚の半数以上は女性、7つある政党の内、5つの政党の党首は女性。松葉づえの環境大臣も、シングルマザーのエネルギー大臣も、最年少国会議員は26歳。そういうことが可能である。

そして、ジンバブエ、ムガベ大統領の独裁政治の国に7年間暮らしましたが、野党に投票したら家を焼き打ちされ、殺される人が続出した。選挙の度に死傷者がどんどん出る。私たちも、選挙ごとに10日間の準備をして逃げる準備をして暮らしていた。それでも女たちは、命がけで子どもたちのために諦めず、一票を投じるために投票所に並び続けた。反対票を投じたら食料援助ももらえない。それでも、女たちは子どもたちの未来のためにやれることをやっていた。私たちもやってきた。私たちもやれると思います。

私は、311後、日本に民主主義がなかったのだと初めて知りました。アメリカの方ばかりを見て。原発ばかりじゃない。TPP、オスプレイ。民主主義があったら、こうなことまかり通るわけがない。そして国民は、政治は遠い、政治は遠い、政治は汚いという。だからこうなったんじゃないのでしょうか?政治を変えずに原発を止めることは出来るのか?出来ないと思う。

本当に福島の相談会の様子をみて、30万人の福島の子どもたちを守るには、札幌で保養していても仕方ないと思った。国会の半分を、原発を止め、子どもたちを避難させりょうという議員で埋め尽くすかないと思った。そこから出てきた女たちの一揆です。

1年半が経って、運動の疲れが出ています。いろんなことをしたが、あまり成果が出ていないと思っているかもしれない。政治を私たちの身近なものにし。一人一人が主権を自覚し、取り戻す。主権者であることを再確認するしかない。今追い風である。

今、日本の女たちが何とかしたいと思っている。7月19日、国会包囲に20万人が集まった。私もいました。ここにいる沢山の女たちと私も。これを逃しては日本を変えられない。

今、私たちの暮らしと、子どもたちの命と未来を守るために、私たち大人の女たちが何ができるのか。政治を変えるためにどこから始めるべきか。人任せにせず、自分で智恵を絞り、他の女たちとつながり、男たちとつながり、政治家たちとつながり、今一歩を踏み出すべきだと思います。これから長く長く続く闘い。第一歩にしたいと思います。皆さん、よろしくお願いします。今日は思いっきり話していただきたい。是非、全員に一言いって帰っていただきたい。ここで得た意見をもって、帰った地元でできることをやってください。よろしくお願いします。

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by africa_class | 2013-03-17 12:32 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

書評会『現代アフリカと国際関係ー国際社会学の地平から』(3月28日)を開催します

やっと重要校務終了。連日缶詰です。
以下、ご案内を失念しておりました。是非お越しください。
何度かご紹介させていただいている小倉充夫先生にもお会いできる!
◆援助・開発関係者が読むべき論考:「開発社会学の軌跡と地平」(小倉充夫)「開発/発展」をめぐって
http://afriqclass.exblog.jp/17202555/

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新刊本書評会『現代アフリカと国際関係ー国際社会学の地平から』
「日本アフリカ学会関東支部例会」「アフリカ史研究会」
東京外国語大学アジアアフリカ言語研究所・共同研究
「アフリカ史叙述にかんする研究」
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■日時:2013年3月28日 14時30分~17時30分
■場所:東京外国語大学本郷サテ ライト 5階セミナー
(文京区本郷2-14-10)
■アクセス(場所が大変分かりづらいので必ずご確認の上お越しください):
東京メトロ丸ノ内線:本郷三丁目駅(M21) 2番出口下車徒歩3分
http://www.tufs.ac.jp/access/hongou.html
■参加:無料・申込み不要
■内容:
『現代アフリカと国際関係ー国際社会学の地平から』
(小倉充夫編:有信堂2012年)
目次:http://www.yushindo.co.jp/isbn/ISBN978-4-8420-6583-0.html
●発表者:
 小倉充夫、舩田クラーセンさやか、眞城百華、網中昭世
●コメンテーター:
・永原陽子(東京外国語大学 アジアアフリカ言語文化研究所)
・武内進一(アジア経済研究所)
■主催者:
日本アフリカ学 会関東支部 
■共催者:
アフリカ史研究会
東京外国語大学アジアアフリカ言語研究所・共同研究「ア フリカ史記述にかん
する研究」
■問合せ先:
*
(東京外大 舩田研究室)

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by africa_class | 2013-03-13 18:34 | 【記録】講演・研究会・原稿

経済至上主義に飼い慣らされる私たちと水俣、セラード開発、原発事故、プロサバンナ問題…を超えて。

先程改訂が終わった『アフリカと内発的発展』のある章の「おわりに」を転載します。特に、最後のパラグラフを、アフリカや援助関係者以外の皆さんに読んでほしいと思っています。これは私たちの、私たちの社会の問題だと思うからです。4月に出版予定です。お楽しみに。

3月28日2時半~5時半まで、先般『国際開発研究』(国際開発学会ジャーナル)に巻頭論文を出された小倉充夫先生と共に、書評会に挑みます。先生の論文は以下の原稿を書いた後に読んだのですが、期せずして同じようなことを考えていたことに(まったくレベルは違うのですが)、驚きました。原文を読んでほしいですが、なかなか入手難しいと思うので、以下紹介ブログです。

◆援助・開発関係者が読むべき論考:「開発社会学の軌跡と地平」(小倉充夫)「開発/発展」をめぐって
http://afriqclass.exblog.jp/17202555/

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おわりに

ここまで、プロサバンナ事業にみられる言説の推移と背景分析、そして内発的発展論に視座をおき考察を行ってきた。その結果、同事業における多くの問題が、事業の成立過程や背景、つまり政治・外交・宣伝プロジェクトとして進められ、現場の人びと(小農)やそのニーズから立ち上げられたものではなかったことに起因していることが明らかになった。「広大な未使用地」「低生産性」「貧困」「食料不足」といった外部者が規定する不足ばかりが、マクロ・データや写真 に依拠して想定され、根本原因の詳細な検討も当事者との相談もないままに、先に「農業投資」「企業参入」「モデル」という処方箋が示された。そして、このようなアプローチの起源に、同事業がモデルとする軍事独裁政権下のブラジルで開始され、地元住民から土地と生活手段を奪い周縁化を余儀なくしたセラード開発事業の「負の遺産」があったことも明らかになった。

もちろん、モザンビーク北部そして人びとの日々の生活に、少なからぬ課題があることは事実である。何もせず、現状のままで良いというわけではない。しかし、「外からの解決」を前提とする前に念頭におきたいのは、モザンビーク北部が最も政権中枢から遠く、最も役人と援助機関に嫌われ、したがって最も自律的に人びとが生活を営んできた地域であるという歴史的事実である。北部の小農こそ、モザンビークの食料や海外輸出向け農産物の大部分を生み出し、国の戦後復興に貢献してきたのであるが、それはJICAによって「粗放で低生産」と否定される手法によってであった。食料危機に陥ったジンバブエやマラウイの危機を緩和したのも、このようなモザンビークの小農たちの生産する食料によってであった。しかし、このような農民の営みや努力はまったく言及されず、「新しいモデル」と「大企業の参入」が不可欠と断定されている。

長年にわたって援助関係者は、「ないもの(ニーズ)」を発見し、その処方箋を描くことによって開発事業を立案してきた。しかし、そのアプローチは1990年代後半には反省を余儀なくされ、「あるもの(livelihood)」への注目の重要性が認識されるようになった。このような転換をもたらしたのが、国内的には水俣学であり内発的発展論、国際的には1995年の社会開発フォーラムであった。しかし、冷戦後世界の市場経済化は、日本を含むあらゆる人びとの認識に影響を及ぼし、現在では経済成長至上主義を促進することだけが貧困削減と食料安全保障の処方箋だとの認識が一般化しつつある。

アフリカにおいて、農業投資という名の下に起きている急激な変化は、世界経済の一体化の最終局面としてアフリカの辺境の空間と住民の組み込みである。これは19世紀末に始まった経済至上主義の全面・極大化のプロセスが、植民地支配、反植民地主義運動による解放と独立、冷戦下での新植民地主義と独裁、ポスト冷戦期の民主化と大量援助の時代を経て、「貧困解消の処方箋」として主流化しつつある現実を示している。このような中、アフリカの民衆の内発性や主権とは何を意味するのか。このような時代を生きる農村の人びとの未来のため、開発・援助事業はどうあるべきだったのだろうか。

そもそもモザンビークに対する日本の農業支援の歴史は輝かしいものではなかった。独立後の激しい戦時中の1985年、「食糧増産援助」の名の下に農薬・化学肥料援助で幕を開け、使われない農薬の蓄積と汚染が2000年に発覚するまで続けられた。同援助は、日本のメーカーや商社のための還流型援助として悪名が高く、市民による運動の成果として、最終的に目的と対象を明確にする「貧困農民支援」に衣替えした 。その後、細々と米生産の支援がなされていたが、次に日本が大々的に打ち出したのがこのプロサバンナ事業であった。これに、モザンビークの市民社会、研究者、他ドナーは、「なぜ日本は過ちを繰り返すのか」と疑問を投げかけている(インタビュー,2011年9月;2012年7-9月)。

この点について参考になるのが、アフリカにおけるインド企業による土地収奪について研究するインド・ネルー大学ジャヤティ・ゴシ(Jayati Ghosi)教授(経済学)の次の一言である。

「インドでは到底許されない広大な土地や水資源の取得が、アフリカでは可能になっている。インドで出来ない理由は、農民や市民が黙っていないから。(略)これは国際連帯の話ではない。インド企業はアフリカで新植民地主義者のように振る舞っている。このように振る舞うことがアフリカで出来たのであれば、インドでも出来るであろう 。」

これが日本であったら、プロサバンナ事業の立案から形成までのプロセスは可能だったろうか。可能ではなかったろうと思う一方で、「(インドの)農民や市民は黙っていないだろう」と断言できない現実がある。むしろ、彼女の最後の問い「このようなことをアフリカで出来たのであれば、日本でも出来るのではないか」に、思い当たるところがある。

「右肩上がりの経済成長」がすべてを解決するとの処方箋が相も変わらず描かれ続け、自らの権利が浸食される一方であるにも拘わらず、民衆自身がそのことへの十分な自覚も対処もない日本である。あれほどまでの原発事故が起こってなお、この国の為政者そして資本や企業は、被災当事者に寄り添うことなく反省もなく、利己的な利益を守ることに必死である。それに抗うべき民衆は、経済至上主義に飼い慣らされる一方である。

我々の社会の鏡が日本の援助なのであり、援助もまた我々の社会の在り方を炙り出しているといえる。だから何度も何度も、日本でも日本外、ブラジルでも、モザンビークでも繰り返すのである。

しかし、このような世界構造と国内構造、認識枠組みの中でも、やはり希望を見出したいと思う。内発的発展の概念が、水俣で当事者自身によって育まれたように。軍事独裁下にも拘わらず、セラードの土地なし農民たちが立ち上がったように。権威主義体制に近い今のモザンビークで、市民社会が立ち上がりつつあるように。そして、放射能汚染から子どもを守ろうとする家族や市民、脱/反原発を訴えて全国各地で立ち上がった市民のように。危機の中から主権意識と連帯が育まれ、社会が変わることを。」
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by africa_class | 2013-03-10 23:15 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題

七変化するプロサバンナ事業:「ブラジル・アグリビジネス」の切り離し&農民間分断工作の現在

昨日土地問題と一緒に書いたのですが、重要な問題なので再掲載しつつ、根拠を示しておきます。

目まぐるしく展開しているので、まず簡単にこの間の動きと変化をまとめておきます。

●プロサバンナ事業の七変化
①国際力学の変化、国連改革のため、また移民100周年を受け、日本とブラジルは戦略的パートナーシップを象徴するプロジェクトをやろうよ。
②援助卒業国が続出の南米やアジアへの日本の援助関係者を活かせる道はアフリカのみ。
③じゃあ、「JICAがやったブラジル・セラード開発万歳!これをアフリカ中に持ってくるぞ~」という教訓から学べない安易な発想と威勢のいい掛け声が、
④そこで強調されるのが「ブラジル・セラードとモザンビーク北部の農学的類似性」(しかし調べてみたらあまりに違っていた。ほとんど人が住んでないと思っていたら、人口密集地であった。ので緯度と雨季乾季サイクルぐらいしか言えなくなったが、いぜん類似性がさりげなく強調される)、
⑤ビジネスチャンスに群がるブラジル人たち(そして援助関係者)、
⑥不安を掻きたてられたモザンビークの住民や市民組織の抵抗を受け、
⑦日本でもNGOによってついに問題化され、
⑧当初は「ブラジル・セラード開発万歳!」を死守しようとしたものの、
⑨否定できない証拠を突きつけられて、
⑩「セラード開発はモデルでない」といってみたり、
⑪モザンビーク大臣に「土地は奪われない」といわせてみたり(しかし同じ談話で⑩を覆してしまった・・)、
⑫ブラジル・アグリビジネスを切り離そうと別ミッションにしてもらったり、
⑬本当のことを話し過ぎたブラジルの人達には口止めをしてみたり、
⑭もっとひどいことに、現地の農民を分断するために、「農民融資」「クイック・インパクト・プロジェクト」なる「ニンジン」をぶら下げて、「賛成している農民もいる」を急いで演出中。

本当に、情けない。
それにとどまらず、自らのズサンな開発計画事業の汚点を埋めるために、現地社会に分断を生み出して、挽回を図るなどという・・・のは、本当に罪です。

「モザンビーク北部農民の支援」が一番の目的と今更いうのであれば、最初からそこから立ち上げれば良かったのです。ブラジル・セラード開発などを言わなくても、彼らを尊敬し、愚直に彼らの声を聴き、愚直に寄り添えばいい。今回、「いまだにこういう手法やってるんですが」と皆が驚いています。

さて、では現在JICAと外務省が慌てて強調する、プロサバンナ事業は、
(1)貧困と飢えに苦しむモザンビーク政府の要請である
(2)セラード開発をモデルとはいっていない
(3)ブラジル側の野心は日本の関与マターではない
(4)ブラジル側の関与は技術支援に留まる
という点について反論してみましょう。

1.ブラジル・セラード開発を出発点とする
プロサバンナ事業は、ブラジルのセラード開発を成功と位置付け、「日伯連携による熱帯サバンナアフリカ農業開発」としてスタートされ、モザンビークを対象国として第一段階を迎え、アフリカの色々な国に持ち込むことを想定され打ち上げられた開発援助計画です。以下、JICA自身の説明です。

「かつて「モ」国と同様に広大な未開墾の熱帯サバンナ地帯を有していたブラジルは、1970年代から我が国と農業開発協力(セラード開発)に取り組み、いまやセラードは大農業生産地帯へと発展した。その知見や農業技術を日本と連携して熱帯サバンナが分布するアフリカ諸国に移転し、そして日本とブラジルは農業開発支援を行うことを検討してきた。今般「モ」国は比較的安定した政治状況にあること、また前述の「モ」国北部熱帯サバンナに高い農業ポテンシャルがあることなどから、日本・ブラジルの三角協力による農業開発の支援対象国として「モ」国が選定された。 http://www.jica.go.jp/project/mozambique/001/outline/index.html (2011年2月ナカラ回廊プロジェクト)」

2.プロサバンナ事業の参照事例としての「セラードの成功」
(1)プロサバンナは必ず「セラードの成功」物語から
話されます。これまでのJICA資料の全てがそうです。その他にも例えば…。

●農業の三角協力でアフリカに参入(JETRO中米課2012年08月21日 )「アフリカで日本、ブラジル、モザンビーク3カ国による農業開発事業が始動。かつて日伯協力で実現したブラジルの農地改革の経験をモザンビークに応用しようというもの」。
●褐色のサバンナを世界の食料倉庫に(JICA2012年08月24日)「日本とブラジルには、1970年代から約20年にわたる農業開発協力事業により、不毛の大地とされたブラジルのセラードを、世界の食料倉庫へと発展させた実績があるが、この実績・経験をアフリカの熱帯サバンナ地域の農業開発に生かしているのが、プロサバンナだ。」

(2)日本政府が公式見解とするモザンビーク農業大臣の談話
には、次のようなコメントがあります。

プロサバンナは30年前にブラジルでなされた二国間(日伯)協力のレプリカ(複製)である」(2012年12月26日AIMモザンビーク情報局)

<=しかし、「ブラジル・セラード」との類似性が主張されても、ブラジル・セラードとモザンビーク北部は全く異なる特徴が。北部はモザンビーク国最大の穀倉地帯で肥沃な大地と水、人口密集地。「農学的条件」はまさに異なっているのです。それを知らないままに、緯度や気候の共通性程度で立ち上げられた事業。しかし、宣伝文句はいつもセラードから始まるため、
<=セラードでみられた森林の大規模破壊、住民からの土地接取、大規模な近代農業・・・がモザンビーク北部に持ってこられると想起されるわけです。

3.セラード開発への批判が高まってきたための「セラード開発をモデルにしていない」との主張
JICAは「セラード開発=成功」の一辺倒で押せ押せムードだったものの、このブログで紹介するように、当該地域の地元の先住民族やそこに暮らしてきた人びとは、この開発により土地を奪われ、それを取り戻すために激しい土地紛争を繰り広げ、裁判をやったものの、生活手段を奪われ、都市に流れていき貧困層を形成した・・・というブラジル内ではよく知られ問題化されていることが、日本でも知られるようになってきました。
<=この知見は、ブラジル学術界では1988年来周知の事実。
<=現地市民社会も、セラード開発問題についての知見を蓄えています。

ブラジルでセラード開発批判があることを、JICAは当初、全面否定していましたが、具体的な資料が次から次へと出てくることに直面し、ここ最近は、「セラード開発はモデルではない」と繰り返し主張するに至っています。(苦しいですね・・・)

一方、ブラジルもモザンビークサイドも、「セラード開発を持ってくるんだ=大規模農地開発」との理解を現在でも隠していません。以上の農業大臣の「レプリカ」発言について、外務省は先日の意見交換会で「技術のこと」と言い張りますが、普通に聴いてそうは聞こえないのでは?実際、JICAが繰り返しセミナー等で使う写真は、広大な農地に延々と単一作物が栽培され、大型機械が行ったり来たりしているものばかり。先日のJICAが協力(というが全面的に関わった)テレビ東京の番組でも、同様の映像や写真が。そこまで宣伝しておきながら、「セラード開発の違った部分を・・・・」というのは、苦しい言い逃れ・・・。

4.ブラジルの狙いはモザンビーク北部の肥沃な土地
そして、ブラジルサイドのプロサバンナへの関与の目的は、ずばり「土地」。大規模農業で儲けを拡大してきたアグリビジネスにとって、もはやブラジル内には安価な土地はない。アマゾンを切り拓いていくのには国際監視もある。ということで、国外に農地を増やすというのは、彼らの「儲け拡大システム構築」のために不可欠。なぜなら、農業で儲けるには「土地」「水」は不可欠だから。単位当たり収量をこれ以上は伸ばせないこともあり、外に求めていくしかない。それは、アメリカのアグリビジネスとて同じ。
 かくして、土地争奪戦が繰り広げられているのですが、それを象徴する言葉を日系ブラジル議員のルイス・ニシモリ氏が議会TVで嬉しそうに語っています。自分の目で確かめましょう。

TV CAMARA Palavraberta 2012年6月27日放送 
http://farmlandgrab.org/post/view/21652
この合意はなによりもブラジルのセラードの経験をアフリカのサバンナに移植するために形成されたのです。この地域ではヴァーレ社(*筆者注:現地農民と土地問題で衝突中)なども石炭や鉄鋼といった鉱物資源の採掘を行っています。そこに今度は我々のブラジル人農業労働者を連れていくわけです。ブラジルにおいて農業を行いたくとも土地が不足している若い人たちです。多くの農業専門家が育成されていますが、無職の状態にあります。そういった人々が挑戦できるでしょう。特にブラジル南部の土地の不足した地域で4ヘクタール、5ヘクタールといった規模で農業を営みながらも、近代的で大規模な農業を行いたいと思っている若い営農家にとっては多くの機会を提供するでしょう。」
全訳は→http://afriqclass.exblog.jp/17331007

そして、ロイターの記事などにもセラード地域の綿花企業が以下のように語っています。
2011 年8 月15 日 “INTERVIEW-Mozambique offers Brazilian farmers land to
plant”http://af.reuters.com/article/commoditiesNews/idAFN1E77E05H20110815
ブラジルでは価格が高く環境に関する規制が多いことから農地取得のリスクが高く、『モザンビークの土地の価格は無視できない』とも述べている。モザンビークでは許可を得た生産者は1 ヘクタール当たりたった21reais(1 エーカー当たり$5.30)の税金の支払いの他、農業機械の輸入において関税の免除を受ける。ブラジルでは、最も生産能力が高い土地で生産するには35,000reais/ha が必要であり、インフラ整備が整っていない北部のサバンナでも5,000reais/ha のコストが発生する。」

5. ニシモリ議員はただの1議員・・・盟友を切り離しにかかる
ブラジル人の多くは話すのが好き。ということで、JICAや日本政府に都合の悪いことばかり、都合の悪いタイミングで、本音で話してしまう。議会テレビでまでも。

これを「誤解」「意志疎通の不足」というのは、外交上あまりに苦しい。何故なら「日伯連携」が軸の事業。三角協力だし。ということで、「ただの1議員」「ブラジル政府を代表しているわけではない」と、UNACの外務省での表敬訪問の際にJICA本郷氏は慌てて付け加えた。なお、その際このビデオの存在は、彼以外のJICA出席者は知らなかった。(出席者一覧は→http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-10.html)

つまり、本郷氏は知っていて同僚たちに伝えなかった・・・ということですね。
しかし、ニシモリ議員は「個人として」「ただの議員」で「政府を代表しない」わけではないことは、JICA自身が知っている通り。以下、JICA広報記事です。

JICAトピックス(2012年5月14日)
http://www.jica.go.jp/topics/news/2012/20120514_02.html
「日本、ブラジル、モザンビークで官民合同ミッション-ナカラ回廊への農業投資促進を目指す」
「官民合同ミッションに参加したのは、日本からJICAアフリカ部の乾英二部長を団長に、企業8社と農林水産省、経済産業省、外務省の19人、ブラジルからはルイス・ニシモリ連邦下院議員を団長に農業生産者や農業機械メーカーなどの17人、モザンビークからは農業省など複数の省庁・機関の18人。モザンビークの首都マプト、ナンプラ州、ニアッサ州を訪問(後略)
 今回のミッションへの参加を通じ、日本、ブラジル、モザンビークの関係者が同じ意識を持って役割分担をしながら開発に参加していくビジョンが共有された。」

お読みになると分かる通り、この合同ミッションのブラジル側の団長はニシモリ議員です。そしてプロサバンナ事業の一環で実施されたミッションであり、ご丁寧に「同じ意識を持って役割分担」と結論づけてらっしゃるのは、当のJICAではないでしょうか。

そして、このミッションからの帰国直後に、現地の日本語新聞に、ブラジル側の役割についてこう語っています。「我々は農業者の入植をしっかりバックアップしていきたい。」(ブラジル・ニッケイ新聞2012 年5 月1 日)
http://www.nikkeyshimbun.com.br/nikkey/html/show/120501-71colonia.html

その上で翌6月に、議会テレビであのように語っているわけです。
先週の第二回プロサバンナ事業についてのNGO・外務省意見交換会では、JICAからニシモリ議員とこの件で懇談したとの話が披露されましたが、これは「口封じ」。

プロサバンナ事業のブラジル側のキーパーソンが、公の場で語っていることは「嘘」でも「誤解」でもなく、「本当のこと」ではないのでしょうか?むしろ、彼を注意するのではなく、口を封じるのではなく、「ブラジルにとっての本当のこと」という現実について、事業立案者として、三角協力のパートナーとしてどう考えるのですか?ということが、一番知りたい事なのですが

大体、さんざん「セラード開発の成功をアフリカへ!」という宣伝をして、セラード開発の話ばかりやって、ブラジル側がこう受け取らないわけないですよね?下心あってそう解釈したとしても、それを誘発したのは、日本側の安易なる打ち上げ花火のせいではないか・・・それは外務省も否定していませんでしたが。

6.プロサバンナからブラジル・アグリビジネス切り離し工作
次から次へと、JICAがいっていることとは異なる現実が立ち現れるのことに直面し、JICAや日本政府は、今度はモザンビークの肥沃で安価な土地を狙うブラジルのアグリビジネス企業らを、プロサバンナ事業から切り離そうと躍起。日本の税金でブラジルの新植民地主義的な進出を助けるのか・・・という批判に対処するためです。

しかし、2009年プロサバンナ事業をぶち上げることで、一度火が点いたブラジル・アグリビジネスが止まるわけもなく、何せブラジルと比べ土地の値段は3000分の1、かつ北部のこの地域は肥沃です。そのため、三角協力のパートナーである日本が観て見ぬふりをする中、当初はプロサバンナ事業の枠内でオペレートするつもりだったブラジルの企業たちは、「プロジェクトの枠外」で土地収用を含むビジネスを開始させようとしています。

現地新聞によると、先月末も、プロサバンナ事業のブラジル側パートナーであるニシモリ議員の出身州で、同議員がモザンビーク進出の主体としてターゲットに置くと表明していれうパラナ州(ブラジル南部)から、20名のアグリビジネス企業関係者が、プロサバンナ事業対象地(ナンプーラ、ニアサ州)をわざわざ訪問しています(2013年2月22日Correio da Manhã )。

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この10か月前には、プロサバンナ事業のための合同ミッションと称して、ブラジルからニシモリ議員を団長としてやはり20名近くのアグリビジネス企業関係者が、日本の官民主体とともに現地を訪問したことについては先に述べた通り。

しかもタイミングがJICA理事長の訪問と同じだった。
モザンビークでは、「当然ながら両者(プロサバンナや日本とこれらのブラジル・アグリビジネス)は無関係ではないのに、無関係に装われているのがより不信感を招いている」と言われています。

ここら辺の問題は、モザンビーク農民組織UNACのプレゼンをご覧ください。
→http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-11.html

「日本の援助スキームから切り離したから良い」ではなく、このようなブラジルのアグリビジネス進出を安易に誘因してしまった2009年の「日伯連携による熱帯アフリカ農業開発(プロサバンナ事業の原型)」合意の罪は、本当に大きいと思います

この点については、先日の「第二回プロサバンナ事業についてのNGO・外務省との意見交換会」でも、外務省も認めている通りです。

ブラジル側の野心は、ブラジル側に取材した人達からも、しっかり書き記されています。ここにも土地の入手と遺伝子組み換えの導入が肝となっていることが分かります。
27 February 2013 "Lessons from Brazil in Mozambique's Nacala Corridor"
By ELEANOR WHITEHEAD "Brazil is helping develop Mozambican agriculture by promoting large-scale farming and supporting smallholders. Can it do both at once?"
→http://www.thisisafricaonline.com/Business/Lessons-from-Brazil-in-Mozambique-s-Nacala-Corridor?ct=true
途中にプロサバンナが出てきて、其のあとにブラジルサイドの目的が「土地」「遺伝子組み換え種」の導入を切望していることが分かります。

7.原発事故後の政府対応と同じ構図
それにしても、こういう隠蔽に次ぐ隠蔽に現地の皆さん、他のドナーも、呆れています。リスクも検討せずに、安易にぶち上げておきながら、問題化したら、「画策し、隠す・ズラす・『大丈夫』と何度も宣伝する、なかったことにする、工作して賛成派を創り出す」・・・。

反対する人がいるのに、それに丁寧に対応するのではなく、賛成派を増やす工作(バラマキ)によって切り崩しと封じ込みを図り、「地元のため」と称して持ち込まれる公共事業。

日本における「迷惑施設」導入時の公共事業におけるポリティックスの常套手段です。ダムしかり、原発しかり。そういうことを、「自分たちの面子と利権・援助事業を守る」ため、国外の16年の戦争を戦ったモザンビーク北部の農村で、展開しているのです。

自分たちは上手くやっているつもりかもしれません。あれやこれやの手を打って、乗り切れればと考えているかもしれません。しかし、そういう一挙一動が、現地の人達に大きな不信感と嫌悪感を招いていることについて、どれぐらい自覚してらっしゃるのでしょうか?現地の人びとに、すべは御見通しだなんて、思ってもみないことなんでしょうね。。。

JICA関係者以外の皆さんは知らないでしょうが、UNAC来日まで、JICA内でまことしやかに囁かれていたことにそれは象徴されます。プロサバンナ事業に反対を表明したUNACについて、「反政府勢力だ(含意:だから無視していい)」、「あんな立派なポルトガル語書けるはずがない(含意:何も分かってない、ブラジル人に教えさせなければ)」、「ブラジル人が書いたのだ(含意:だから後ろに操っている奴がいる)」。そこには、明らかに人種差別と当事者軽視の視点がはっきり映し出されています。

実の所、このような「アフリカ人<ブラジル人<日本人」という見方の構図こそが、プロサバンナ事業の立案の根底に脈打つ問題なのです。


8.援助業界の皆さまへ
議員会館で、タンザニアとザンビアで7年農業指導をしたというコンサルの杉本さん(杉崎さん?あれだけ繰り返し発言の機会を要求するにも拘わらず、ご所属もフルネームもおっしゃらず匿名状態。後で、あの話方は「JICAの彼」に似てるよね・・・と評判になったほど)という方の発言やその発言の仕方にそれは如実に表れていました。是非、録画が公開されているので、各自で見てほしいのですが、モザンビークの当事者の、しかも農民2200組織の代表に選ばれ自身も農業を営んでらっしゃるマフィゴさんに対して、指を指し、大声で繰り返し批判し続ける・・・・その姿に、日本の農業コンサルの人達のアフリカ農民への姿勢の一端みたいなものを観てしまった想いで、皆心底恥ずかしい気持ちになりました。
●議員会館での学習会動画→http://youtu.be/Ywdyqa6SqmQ
●この点についての私の考え→http://afriqclass.exblog.jp/17398434

「アフリカ農民は何も知らない、教えてやる対象である」

この間みられた、当事者を前にした、JICAの方やこの農業コンサルの対応にみられる傲慢さが、このような援助スキームを生み出し、問題化した根っこにあると、モザンビークの皆さんは来日して確信してしまったのです。「ああ、だからセラード開発は地元農民を駆逐し、プロサバンナみたいなものが出てくるんだね」と。

口でいくら「農民支援」を繰り返しても、次から次へと出てくる「農民蔑視」。人種差別や偏見を伴った根深い問題なのだと、改めて感じました。

モザンビーク北部農民の暮らしに寄り添って19年。彼らの畑での生活での創意工夫が、彼らが日本の専門家などいなくてもここまで生きてきたことへの敬意が、どこにも見当たらない。そんなリスペクトのない人達が担う、日本の皆さんの税金が支える援助機関に、一体どのような存在意義があるのだろうか・・・とまで考えずにはいられなかった1週間でした。

そもそも、モザンビークが独立してから40年近く。日本はモザンビーク北部の農業生産にさしたる貢献はしてこなかったのです。何度も書きますが、JICAや日本大使館が同国に拠点を置いて十数年しか経っていないのです。日本がいなくても、ブラジルがいなくても、この地域は同国の穀倉地で国民の食料を支え、復興に重要な役割を果たしてきた。勿論、足りないところは多々あります。でも、まずは以上の事実を踏まえるべきではないのでしょうか。

勿論、JICA関係者や開発コンサルの全員が以上のよううだといいうことではありません。そうでない人を沢山知っています。尊敬されるべき現場主義の皆さんもいらっしゃいます。しかし、そうであればこそ、何故これほどまでに当事者の尊厳と主権を踏みにじる人が前面に出続けるのでしょうか?

それはJICAや開発コンサル業界全体としての問題であり、内部で改革されるべき点だと思います。皆さんがこれらの人達と一緒にされたくない、と思うのであれば、我々やモザンビークの人びとに反論しても仕方なく(勿論反論ウェルカムですが)、まずは自分たちの内部で話し合ってみてはいかがでしょうか?それこそが、健全だと思うのです。皆さんは、PCMとか改善とか、そういうことを自分が共同で運命を担わない人達に対して「先生」としてやっています。そういうことを、内部の様々な方々と「援助コミュニティ」としてされたことはあるのでしょうか?

今、わが身をふり返るチャンスでは?自分たちの業界に対してやってみてはいかがでしょうか?でなければ、今まで以上に援助の理解者を減らしていくことでしょう。(ちなみに、皆さんご存知の通り、私はTICAD IV時にアフリカ向けODAが倍増になるように尽力しました。そしてそれを実現しました。しかし、今それが如何に愚かなことだったか・・・と猛省しています。)

このような当事者不在の公共事業は、援助だけではありません。とても身近で発生しています。「復興」「復興」といって、当事者やコミュニティを置き去りにして、進められる現在の復興政策と同様です。一番寄り添うべき当事者ではなく、ビジネスチャンスを狙う企業とばかり話を進めている。プロサバンナが、官民合同ミッションなるものを、現地の農民組織と相談するずっと前に繰り返していることにこれは表れています。

援助は日本社会の鏡。
私たちの中の当事者主権への意識の薄さ、差別・偏見が、善意の裏の利権や驕りが、今問われるべき時だと思います。

勿論、私も例外ではありません。日々のモザンビークの仲間との実践の中で、反省し学び一歩ずつ前を歩いている状態です。

過ちは誰でも冒します。
変えることは可能です。
過ちを認められれば。
そして、変えるという決意があれば。

変えましょう。
自分から。
仲間から。
遅くありません。
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by africa_class | 2013-03-10 11:39 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題

ブラジル鉱業企業と地元住民の土地紛争:「死んでもここを動かない」


1.ビデオでモザンビーク農民組織らを招いてのイベントが視聴可能に
学生のお蔭でモザンビークの農民組織らの報告会の様子がYouTubeで見られるようになりました。
◆2月27日@参議院議員会館学習会
「「アフリカの課題に応えるTICAD V(アフリカ開発会議)の実現に向けて~食料安全保障問題と『農業投資』が引き起こす土地紛争」
→http://youtu.be/Ywdyqa6SqmQ
◆2月28日@東京大学 オープンセミナー
「モザンビーク北部における農業と食料安全保障~モザンビーク農民組織代表をお招きして」
→前半:http://youtu.be/CE0McUHu6Rg
→後半:http://youtu.be/RRHA6q4ZuFw 

2.モザンビークで頻発する土地紛争(農民vs鉱業企業)
今回ご紹介するのは、モザンビークの国際機関で働く友人から送られてきた記事です。農業投資だけでなく、ブラジル鉱業会社による大規模土地収用に対して、地元住民が次々と抵抗を繰り広げています。

記事の最後の方にあるように、普通のモザンビーク人のフラストレーションは、「これらのブームが彼らを豊かにさせるどころか、食料価格、燃料、住宅を押し上げ、土地が奪われる恐れによって生活水準を悪化さえている」というのは、実感としてそうですね。
"The complaints of Macajo and others echo the frustration of ordinary Mozambicans who feel the boom, rather than benefiting them, is worsening their living conditions by pushing up the prices of food, fuel and housing and threatening their land."

多分、「補償をすればいいんだろ」という声が聞こえてきますが、ことはそんなに容易ではないということがモザンビークの現実です。なお、これには地域差もあります。南部のように、土地が悪く、水害も頻繁で、植民地支配の構造から、出稼ぎ労働を重視する土地柄と、小農的生活が社会としても重要な役割を果たす北部では、土地への想いは圧倒的に異なります。かといって、もちろんアジア的な土地の概念とは相当に異なりますが、肥沃な土地への執着は当然ながら強いものです。


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Mozambican tribal queen stands up to Rio Tinto over land
http://www.reuters.com/article/2013/03/07/us-mozambique-communities-idUSBRE92605T20130307
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(2013-03-07)
 For Mozambican tribal queen Zoria Macajo, the thatched-hut village of Capanga, nestled in the hills above the Zambezi river, has been her family's home for generations.
 For mining giant Rio Tinto it is a headache sitting on top of one of the world's largest untapped coal reserves, standing in the way of the company's expansion.
 Macajo, Capango's the 59-year-old leader is refusing to leave her home until her people are paid for their land, a contentious issue for Rio which has found it difficult to get its Mozambique business running at full speed.
 "Our people have rights. The company promised it would compensate us," Macajo said, sitting on a straw mat outside her house, the only concrete dwelling in the village where goats and pigs roam freely. 
(...)
Rio said it had agreed with some families a like-for-like compensation, promising houses and land in the new Mwaladzi resettlement area, some 40 km (25 miles) away from Capanga.
The company said it has paid some families affected by its operations, including the queen, and is negotiating separate payments with a farmers' association, which it says holds formal title over some 150 ha (370 acres) of land in the area.
But Macajo said she had not received any money and the association does not represent her or others in the community.
Rio's Mozambique troubles are not unique. Mining companies frequently walk a tightrope between the demands of the stock market and those of local communities, demanding a larger share of profits from the resources they sit on.
(...)
Macajo said her community was prepared to aggressively defend their village against Rio Tinto, threatening a repeat of violent protests that broke out in January last year when 700 families took to the streets over living conditions and lack of fertile farming land in a resettlement built by Brazilian miner Vale.

HIGH STAKES FOR RIO
Rio Tinto, Vale and dozens of others have flocked to the region since 2004, hoping to secure some of the 23 billion metric tons of coal estimated to lie beneath the war-scarred state, especially with supplies of quality coking coal scarce and global demand growing.
But developing mines in the former Portuguese colony has proven more difficult than initially imagined, with shoddy railways and ports, depressed coal prices and frustrated communities cooling the coal bonanza.
Vale or Rio, the stakes are high in Mozambique, where it wrote $3 billion off the value of its coal assets earlier this year, in a hit that ultimately ousted its chief executive.
(...)
Rio's write down on its Mozambican assets was largely due to difficulties in getting the coal from pit to port, but the community's resistance may place further hurdles in its plan to expand its Benga mine, one of the assets the firm inherited when it bought explorer Riversdale in 2011.

RUINS NOT HOUSES
 The complaints of Macajo and others echo the frustration of ordinary Mozambicans who feel the boom, rather than benefiting them, is worsening their living conditions by pushing up the prices of food, fuel and housing and threatening their land.
The families at Vale's Cateme resettlement have complained about leaks, cracks and floods in homes, which they say the firm has been unable to fix despite several attempts.
Cateme's location, some 10 km away from the main road and another 40 km from Tete, also makes it difficult for people - many reliant on jobs like brick making or selling vegetables - to get work.
Vale said it was still rehabilitating some of the houses, but residents like Domingo Foguete Domingos said they prefer to be paid instead so they can build sturdier houses elsewhere.
"These are ruins, not houses," the 46-year-old said while pointing to the cracks in the wall of his house.
Proper management of resettlements is a steep learning curve for the government, communities and civil society in Mozambique, who are often unaware what to ask for until it is too late.
"We have to teach people that this is not a favor, it is their right," said Julio Calengo, an activist with the Mozambican Human Rights League.
The government called the Vale fiasco a "learning exercise" and later passed a law promising to fine firms or even withdraw their operating licenses if they do not relocate communities in a way that protects their social and economic interests.
Companies now need to prove that their resettlement areas provide the necessary infrastructure to support sustainable economic activities such as farming and while the tighter policies were welcomed, critics wonder if the inadequately staffed government will manage to enforce the rules.
Rio Tinto said it had consulted widely with communities and the government and insists the process was transparent, but the queen said she had yet to be officially consulted even as workers began drilling holes around her land.
(...)
Macajo said Mwaladzi has asphalted roads, street lights and more durable houses than those built by Vale, but the lack of fertile farming land would still make it difficult for residents, mostly subsistence farmers, to feed their families.
The community said it was hoping to use the money promised from the resettlement to buy fertile plots elsewhere, while the company said it was investigating the possibility of creating a water catchment dam in the area to help irrigate the land.
(...)
"I will not leave. They can kill me, but I will not leave this land," she said.
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by africa_class | 2013-03-09 23:12 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題