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桜島噴火の一報に接し、ドイツでブラックベリーのソースを煮ながら考えたこと:人間の傲慢さと自然への畏敬の念について

祖父は幼少の頃、桜島の大噴火によって故郷を追われた。
突然の火砕流が屋敷を襲い、お手伝いの方におぶわれて小舟に乗って、父母の安否も知らぬまま逃げたという。丁度100年前の出来事。その後も灰はつもり続け、屋敷の門構え、敷地にあった神社の柱のてっぺんが10センチほどにょきっと出ているだけだ。一家はすべてを失い、桜島に戻ることなく、曾祖父が教師をやって食いつないだ。

曾祖母の一家に婿養子として入った曾祖父は、薩摩武士の家系の人で、当然ながらもはや武士では食べていけず、教養をかわれて海を渡って桜島に婿に行った。地域あっての暮らしだった曾祖母の一家。曾祖父のようなどこでも使える技能を持った人が家族にいなければ、鹿児島市での避難生活でもっと苦しんだろう。
(なお、薩摩による奄美大島を含む琉球の支配の問題については、いつか書きたい。サトウキビのプランテーションを薩摩藩が強いた結果、多くの人々が餓えで亡くなった。このことは、凄く多重にも深い問題を含んでいる)

生前、祖父と一度だけ桜島に行った。
なかなか行きたがらなかったので、皆で説得して。
子どもたちははしゃいで噴火跡をみたがったのに、祖父は黙って遠くを見つめるばかりだった。祖父にとっては、素晴らしい故郷、我が家。それが一瞬にして火砕流に呑み込まれ、のんびりとした自然豊かな暮らしが、避難一家となっての生活に切り替わった。祖父が口癖のように、「噴火さえなければ…」をいっていた。

最後に桜島に行ったのは、祖父の妹、大おばちゃんが未だ元気だった5年前のことだ。東日本大震災が起こる1年前に、なぜか息子を連れて桜島に行こう、そう思った。祖父の言葉を一番聞いてきた大おばさんが元気なうちに…そう思って。屋敷跡の前にはお墓が広がっていた。しかし、墓石は倒れたり、傾いたりで、避難が地域にもたらしたインパクトは暮らしだけでなく、歴史の継承であるのだとつくづく感じた。

あの海に面した素晴らしい温泉宿だった古里は廃業したらしい。噴火の影響もあるが、日本どこでも田舎が消滅しつつあることが、本当に気がかりだ。急速に廃れて行く日本の田舎と、相次ぐ火山の噴火、そして地震。突発的な大雨の影響も大きい。そしてこれは日本だけの現象ではない。今迄以上に人災と天災の間を生きて行く私たちとして、どのように自分たちの今迄「当たり前」にしてきたことを問い直し、新しい「当たり前」の価値を紡いでいくべきか、そんなことを考える毎日だ。

いつか日本の田舎に戻る。
その時まで精進しなければ。

とはいえ、肝心な自分の体調が思わしくなく、低空飛行ならではの視点で。でも、これはこれで、とても残念なことであるが、同時にすごくよいことだと思っている。なにしろ人間は過度に活動しすぎる。特に私は…。農でもそうだ。ついがんばってしまう。自然に任せるべきところまで踏み込んで、もっと早く、もっと大きく、もっと多く、もっと人様にとって美味しく、奇麗であれ、と自然に要求する。そのことがより加速度を増し要求度を上げた商品としての食を消費者に求めさせ、それが生産者を追いつめ、やりきれなくなって担い手を失っている。結局、工場のような生産方式が、このような「お客様」の要求を満たすには効率がよい、となる。かくして、私たちは自分たちの命を育む食のすべてを、ビジネスに委ねようとしているのだった。

(この全体をFood Regime論が明らかにしているが、これもまたいつか紹介する。)

だから、今の日本や世界の状況に疑問を持つのであれば、自分の「食」(そしてエネルギー源)からなんとかしなければならないのだが、そう書いた瞬間に、ある種の「しんどさ」を感じる人もいるかもしれない。なにせ日本の人たちは、頑張り屋だから、溢れる情報のいずれもが、「がんばろう!」のねじり鉢巻をしない限り手がでないような…そんな圧倒的な様子を醸し出している。

でも、私がいってるのは、たった一つのパセリの鉢から始まる物語なのだ。

そこから窓辺にプランターを置いて葉もの野菜を育てるのはどうだろう?苗のまま買って来たプチトマトでもいい。調子にのって、ベランダにゴーヤを這わせてもいい。さらに調子にのって、玄米を水につけて数日後出た芽を使ってバケツ稲を育ててもいい。

家に花や観葉植物を飾るように、食べ物を育て、愛で、食せばよいのだ。

ただし、自然の中にいない植物は当然弱い。
ここをクリアーするには、ある程度の頑張りが必要。
ただ、レタス系、ゴーヤパセリも虫に強い。
そういうものを選ぶということも重要。

実は、私のハーブの暮らしは東京でのアパート暮らしから始まり(関西に帰省の度に鉢を持ち帰った)、ついに小さいものの土地のある家を持った時にどんどんエスカレートした。あれもこれも試したくてうずうずして、草木灰と竹灰を作るために子どもたちに穴掘り競争してもらい深く掘った穴で燃やして煙が出過ぎたり、あんな猫の額のような土地でようやったわ…というぐらいあれもこれもした。有機農業の色々な手法を試して、その度に手応えがあって、結構な満足感があった。

土地が狭いとどうしても、それぐらいやらないとロスが大きいので、過干渉になる。これは、子どもの数が少なくなった現在の日本のご家庭と同じか?我が家も子ども独りなので、かなり気をつけたつもりだが過干渉になっていたかもしれない。

努力はそれなりの結果を出す。
しかし、前にも書いたが、そら豆を育てていて、アブラムシとの闘いを繰り広げ(牛乳、コーヒーの出がらし、ニンニク、灰)、ある時一切合切を止めた時に、自然と大丈夫になった時に、ある種の境地に達したのであった。もしかして…私やりすぎてた?

もちろん、自然農法も知っていた。
でも、本当の意味で、それを心の真ん中で理解したのは、病気になったことが大きかったと思う。また、自然農法のためには、ある程度の土地の広さと、環境(木々たち)が必要なことも、あったと思う。東京の真ん中で、やはり自然農法を実践するには、なかなか難しいものがある。やれることはやってみた。粘土団子、藁を活用すること、前の作物が咲いている最中に次の種を撒く事。でも、言葉で学び、一部取り入れながらも、本当の意味では心の中でストーンと落ちるところまでは至らなかった。

福岡正信さんの「わら一本の革命」は、世界中に影響を与えた本だ。
http://i-yo.jp/
福岡さんの軌跡
https://www.youtube.com/watch?v=aBtaRJvvsK0
世界に大きな影響を与え、何言語にもなっている
https://www.youtube.com/watch?v=XSKSxLHMv9k
木村さんの「奇跡のリンゴ」の方が、今の人たちには知られているかもしれない。
https://www.youtube.com/watch?v=avFe15j_Gv8

去年の春にこの家に来て、田舎故にとんでもなく広い敷地を前に、「がんばって家族の食料を生産しなければ」という想いに駆られたものの、今より症状が悪く、思えば思うほど畑に出られない毎日だった。とりあえずコンパニオンプランツ同士を撒いて、藁をかぶせておいて、後は水やりも含め天に任せた日々。

でも、自然は勝手に循環を導いていった。
つい先日までトレーラーハウスがあった場所に撒かれた森の土、藁、刈り取った草、種…いつの間にか、苗を攻撃しようときた虫達を食べるてんとう虫やありがきて、その虫達を食べるカマキリやカエルがきて、そのうち花が咲いたら鉢達がきて、そして毎日少しずつ美味しい収穫物を食卓に提供し、そして種になって、でも種採りをして春に撒くつもりが、あまりに体調悪く、そのままにしながら、冬がきた。ことのほか寒い冬で、何度も雪がつもり、霜がおり、凍結した…のに、春がきたら勝手に芽吹いた。芽吹いたものを収穫しながら放置して日本に戻って帰国したら、今度は次の収穫を準備してくれていた。

だんごと一緒。
種は芽吹きたいところで芽吹くものだ。
芽吹きたいときに。

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去年、道ばたにこぼれたルッコラの種が、勝手に芽吹いた様子。
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まったく別の場所で去年収穫したザーサイが、芝生のど真ん中に作ったハーブガーデンの中に出現した様子。

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で、これらを収穫した。
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コンポストの土が十分熟してなかったので、そこらにあった穴に放り込んでおいたら、どうやらジャガイモの芽が勝手にジャガイモの苗に…。それに薪ストーブの灰をかけている。右横はあきのげし。これぐらいの状態は、そのままサラダにしたり、みそ汁の具材にする。タンポポの葉と比べ、癖がなくて食べやすい。

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ここは、去年からまったく種まきしなかった一角。ここ1週間の雨で、ネギに、ルッコラ、わさび菜、タンポポ、おそらくラディッシュが芽吹いている様子。

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ちょっと写真が悪いが、ネギ・ルッコラニンジン・タマゴ・キノコイワシの缶詰で作ったサラダ。ネギとルッコライワシの缶詰は相性がすごぶるよい。で、このネギも今年はまったく植えてないので、冬を越したもの。それだからか、みじん切りにするにはあまりに涙が止まらないほどの刺激で、タマネギを超えるほど・・・なので、みじん切りにできなかった状態。

でも、これらが可能だったのは、種が固定種・在来種だから。
F1ではこういうわけにいかない。
一番重要な命の源である「たね」。
これが、今遺伝子組み換えやなにゃらによって、規制されようとしている。(けど、今日は未だ復調してないので<だからブログなんか書いてる>いずれ・・・元気になった時に。いつかわらかんけど)私たちは、土のこと、水のことばかり気にしてるけど、本当は種がすごく重要ということ…をいつか書きたい。そして、今グローバルなビジネス戦略によって、それが脅かされて、決定的なところまできていることも。

自然に畏敬の念を感じるのは、これだけではなかった。
あまりにトゲだらけの蔦に覆われた敷地の果ての森に、沢山の倒れた木があって、薪にするために家族総出で斧を持って森を切り開きにいった。茨の道というのだろうか…。が、この「厄介なトゲの蔦」の正体がやっと分かった。
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なんと、ブラックベリーの一種、ブロンベリ(「棘の灌木」)だった…。去年、これが「邪魔」でとにかく見つけては刈ってしまったので、畑にも庭にも実はならなかったのだ。なんと愚かな!!!私の魔の手を逃れた森の奥で、とんでもなく大量に実を付けていた…。
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ざっと2キロは収穫できた。125グラムで2.99ユーロなので、すごい!
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豆乳アイススムージーを。添えたのはローズゼラニウムの葉っぱ。香りが素晴らしく、気持ちを盛り上げてくれる。
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ベリーを摘んだ後は、枝を収穫。この枝を薪ストーブで燃やし、ベリージャムを作る。薪ストーブは間接的に温めるのでジャム作りには本当にうってつけ。焦げないし、忘れても、薪を入れなければ勝手にストーブが止まる。じわじわ煮出すので、本当に相性がいい。
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で、出来上がり。
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あ、横だがまあいっか。ヨハネスベリーブラックベリーのソース。それぞれ黒砂糖と去年のビオオレンジの皮を干したものを煮出したもの。バラは、いま旬だけれど、体調が悪くて蒸留できないので、もう少し元気になったらローズウォーターを作る為に乾燥させている。

ということで、家族全員、あちこち傷だらけだけれど、自然の恵みに感謝感激の毎日。
本当は池に大量の魚が育っており、これを食べるのであればさらにエンゲル係数が減らせるが、ついでに大量の草が出るのでヤギを飼ってチーズでも作れば…そこまでは、やめておこう。

人間の(私の)無知なる介入が、いかに多くの可能性を閉ざしてきたのか…反省しきりの今日この頃。


草一本、人間が作ってるのではない。
自然が作っているのだ。

(by 福岡正信)


追伸:
私の自然農やその他の試行錯誤は個人的なものであって、援助どうこうの「あるべき姿」だとまったく思っておらず、それぞれの農民が考え自らの方向性を決めていくものだと思っていますので、あしからず。とはいえ、アフリカの農民らの営みから学んだことはあまりに多いことは、またの機会。







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by africa_class | 2015-08-28 00:36 | 【徒然】ドイツでの暮らし

12才でキャンドル作家、14才で木工作家になった息子から、「好きこそものの上手なれ」

先日15才(中3)になった息子の最新作(末尾)。
別にシュタイナー学校に行っているからといわけではない。
お友達の多くは、ネットゲームに嵌っている。

ただ、前から大好きだった木工に本格的に目覚めたきっかけは、クリスマスバザーに学校に木工のアーティストが来て、木ろくろを体験して、実際に木工の作品がどんどん売れるのを目の当たりにしたから。関西人なもんで、「売れる」ということは、彼の中で非常に大切。

この半年で3500ユーロ(50万円)ぐらいは売ったが、ほとんど大型機械と材料代に消え、未だ借金が3万円ぐらい残っている。しかし、さらに大型の機械がほしいそうだ(まずは300ユーロ、5万円弱返してね)。今日は彼に最後の2枚の写真を掲載するように頼まれただけだったんだけど、彼の作品の変遷を紹介してしまおう。

まず12才の時にキャンドルを製作し始めて、それを販売し始めた。
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一緒に作っていた友人とキャンドルを作って、地元の自然食品の店2つで販売したのだけれど、こういうの二人だと上手くいかない。ましてや当時小学校6年生!結局、息子がほとんどを製作し、上手くなってしまった。だと二人ではやれない…なので開店休業中。ごめんなさい。
http://kidscandle.exblog.jp/

せっかくキャンドル専用の小屋もあるのに、キャンドルを置く台を木で作りたくなった。
2013年春、こんな風に作ってみた。
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でも物足りない。
森に転がっている腐った木を使って作りたいといった。
2013年クリスマス、小さな木ろくろをパパにプレゼントでもらって、作り始めた。

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そして、朽ちた木への愛は続き、ボウルはとにかくよく売れた。
(しかも材料代ただ!)
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が、ロクロを回すのに飽きたのか、雨ざらしになっていた板で家具を作り始めた。板をじーーーと見て、何を思ったのか、ワインラックをデザインした。

そして、このデザインと雨ざらし感を気に入った26才の青年が購入してくれた。彼のアパートの壁。ドイツはレンタルの家・アパートでも、平気で壁に穴があけられる。というのも、入居時に全員が壁をはったり塗り直すから。それにしても、彼の写真ぶれとんな…。

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この青年は続けて、テーブルを注文してくれた。
地元の製材所にいった。桜の木の肌があまりに奇麗で、テーブルにしかしたくない、と。ちょっと割れ目があったんで、見よう見まねで…蝶ちぎりを入れてみた。

彼の技術はすべて日本から買ってきた本とYoutube。じっといくつも動画をみて、納得いくまでみて、それからそれを試してみる。当然、失敗が多い。練習してから本番に向かうことができない子どもなもんで、失敗を積み重ね、今では少し学んだ…と思いたい。

右奥の窪みは、私のアイディアで、他の作品で彫刻刀で削ったもの。そもそも、夜はパンしか食べないドイツ人。せめて盛り上がるお皿を、と思って、チーズやハムやスモークサーモン、プチトマトやキュウリを載せるオブジェを製作してクリスマス商品として売ってみたら、これが結構売れた。その応用編として、青年は、この窪みをこのテーブルにもほしい、と。
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この後も家具に燃えに燃えたが、家具って売るのが難しい。ギャラリーがあるわけでも、Web販売しているわけでもないから。要請に従い、パンフレットを作ってあげたが、本人的にはWebがないと嫌らしい。ふーん、勝手にせい。

自然食品の店で売ってくれるので小物の方が売りやすい。
なので、結局作っては途中で放り投げる感じの家具が、家のあちこちに…。まあ、大変な田舎なのでスペースはあるんで、いいけど。いつか完成させてね。

せっかく、自然食品の店が、彼の作品コーナーを正式に作ってくれるというので、その棚の注文が入った。なのに、なんか気乗りしない。というか、斬新すぎるデザインをしたはいいが、強度の問題で壁にぶち当たったまま、解決できず、毎年恒例のアフリカに行ってしまった。その残骸は今でもリビングに放置されている…。
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彼の愛する野生動物たちの写真。本人曰く、人間より動植物の方が好き、だという。そういう彼が撮る猛獣たちは、どこかかわいい。が、どうやって撮ったの、これ?と思っていたら、いつの間にか、さらに借金してズームレンズを買っていた。だから、早く棚完成させなきゃ、息子よ。

そういえば、アフリカに出発する直前、5月のこと。急に色のついた作品を作りたがるようになった。春に日本に帰った私が、染色の本を買い込んできたのをみて、「色」に目覚めた。春なので、庭中がいろ、色、彩で、ぱっと明るくなったからか。で、花びらを集めた。しゃくなげの赤は特に気に入ったらしい。
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で、染めてみた。その前に、染色の本を読んで、他の作業も必要だと分かり、試行錯誤の結果、定着をよくするために、栗の実の皮を集めて煮出した液体に豆乳を加えたものに漬けてからやった。豆乳は牛乳だった方が良かったと思う。なのでかなり淡い色になった。ただ、桜の木のボウルには桜色が良いかもしれない。もう一度染め直して、それからウォルナッツオイルがいいかな。

でも、こういう色好きな人もいるかな。
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本人のイメージは、もっと鮮やかな色だったようで、これまでの自然(食用)オイルを離れて、色鮮やかなオイルを使いたがった。ほっておいたら、いつの間にか自分で注文した英国の塗料が届いた…。いや、父親がしたのだろう。化学物質過敏症の私が反対するのを知っているので。

色が先かデザインが先か聞くのを忘れたが、アフリカの土鍋がモチーフと思われる。彼の中には、日本・アジア・アフリカ・ヨーロッパの不思議なものたち(現代に限らない)のフォルムが、何層にも蓄積している。

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土台にあるのは、その前に嵌っていた家具作りの一貫で製作したベンチ。実は、このベンチ…何を思ったのか、ある日トップに葉の彫刻が表れた。本人曰く、「いつも思ってたんだけど、ただのツルツルとかの表面ってつまらんやん」。ああ、、、そうよね。でも、ベンチって、座るもんやん???どうせやるんやったら、テーブルにしてーな…は呑み込んだ。自由な発想って、とにかく大事。この歳になると特にそう思う。もはや、そんな自由さ、枯渇してるもんで。

でも、ベンチに彫刻してる間あったら、棚完成させてよ…で小物作って売ってよ…でないと借金かえってこんやん(ついでに利子つけてね!)と思いつつも、これも呑み込み、本人に任せる、まかせる。

同じ系列の塗料で、黒だけで塗ってみた作品。とっても渋い、素敵なものが出来た。これは、彼が尊敬して止まない私の長年の友人・モザンビークの建築家にお土産として持参したらしい(私は行ってないんで)。谷崎の陰影礼賛をポルトガル語に訳したほどだから、彼は大喜びしてくれたそうな。

ただ、この写真…ぶれるね。今迄私が撮っていた写真を初めて自分で撮るようになった。が、どうもピンぼけする。その上、ライティングがダメらしい…。で、今度は商品撮影の本を日本で買って来て、ああだこうだ言い始めた。特別なスクリーンだとか白いライトが買いたいと言い張るが、他のもので代用できるはずとここは譲らないでおいた。なんせ借金返してね、まず。

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とにかく、本人はWebを作りたい。
が、買ったWeb製作のためのソフトが全て日本語。マニュアルも日本語…。読めない。漫画以外の日本語は…。ふりがな打ってないし。でも、根性でなんかやってる。最初は手伝って!!!と毎日拝まれたが、超音痴の私には無理と悟ってくれたのか(obviousか)、自力でなんとかがんばっている。とにかく、かっこいい写真がほしい。が、銀行にカネはゼロ…棚を作らないので作品が載せられず、作品が売れないから、カネもない。悪循環!なのに、Webと撮影に嵌っている…。

ようやく悪循環に気づいたのか、白い画用紙を使って、あれやこれや試し始めた…。なんか写真上手くなってきたから、今度はもっと本格的な、機能的なボウルではなく、アーティなボウルが作りたくなった…そうな。で、塗料ではなく、柿渋のような、でももっと濃くでる方法は…と色々検索しているうちに出会ったのが、「アンモニア」。

ここまで来ると、もはや結果しかつき合えない。
で、以下の写真をメールで送ってきて、「ブログに載せといて」…とのことなので、載せてみました。なんか、凄い高度なことになっている…。


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どこまで進化するのか、彼は。
好きこそものの上手なれ。
読めない日本語も、なんか読んでしまうところは、やはり卒論指導と一緒で「目的」がはっきりしていた方が、後は手段として割り切ってがんばれるものだ。

それが手段を目的化すると、まっったくつまらない。
そんなことを息子で実証してどうするんだ、、、と思うが、まあそのうち彼が反論するでしょう。
ひとまず、以上どうぞ、ご覧あれ。

そうそう、こんなことばっかりやってるわけではなく、ちゃんと毎日学校にも、週3回サッカーも通っています。が、友達と遊ぶ時間、ネットゲームをする時間なんかはないねえ。まあ、こんな趣味の15才、ドイツといえどもいるわけではないので、話題がまったくあわない。日本にいても同じだったろうけれど、本人は当初それを気に病んでいたものの、今となっては忙しすぎてそれどころではない感じ。まあ、時々お友達とお泊り企画をやっているんで、まあほっておいてもいいかな。

それより、卒業生にこのArtセンスはどこからきたの?と質問された。それはずばり、小さい頃から「ほんまもんごっこ」をしていたのです。

雑誌や本、写真集、博物館に美術館、町や森を散歩しても、海に行っても、いつもどれ(何)がどういいのか/悪いのか、彼と一緒に語り合ってた。同じ風景でも、時間が違って、太陽の光の加減が違っていたらもっとこうだよね、ここの感じがもう少しこうだったらどうだっただろう…などと、二人の会話の「ごちそう」部分は、いつもそこだった。勿論、彼が「いい」と思うものと、私が「いい」と思うものは、いつも一緒だったわけではなく、そのポイントも違っている。だけど、それぞれの「いい」と思うポイントの理由を尋ねあうのが、凄く重要だったんだな、と今ふりかえって思う。

その時、所謂西洋っぽいものを見る事は少なかったかもしれない。もっと自然なもの、根源的なもの、素朴なもの、そういうものにとても惹かれていたのだけれど、その後日本の伝統的な手の込んだものや骨董に嵌り始めて、もう少し彼も私も惹かれるものの範囲が広がったように思う。今、ヨーロッパにいるから、こちらのデザインも大分興味がわいて来たよう。

でも、根っこの部分では、シンプルなものへの愛が濃いようだ。本人曰く、「ママ、今時代はミニマリスティックなデザインがいいんだから」と。じゃあ、君の部屋をミニマリスティックな感じになるように片付けてよ。というと、どこぞやに消える息子であった。

さらに、子どもの頃ずっとテレビがなかったもんで、彼は沢山の絵を描いていたし、牛乳パック等の不要品で色々作ってたし、毛糸で編み物もしていたし、泥だんごで恐竜を作ったり。頭の中のイメージを、そのまま手で作り出す…そういう時間を沢山過ごした。

ドイツに5年生の時に来たばかりのときは、アルファベットも読めず、高校に入る直前で勉強も大変で、かつマンモス公立校で辛かったと思う。でも、秋に移ったシュタイナー学校は、そういう彼が積み重ねて来たアートを中心に据えたプログラムで、彼は自分の居場所を見つけ、自由に羽ばたいていった。・・・羽ばたきすぎて、先生と喧嘩しすぎて、学校に呼び出されること多しだが。

まあ、まだ15才。
すべてを辞めて、別の道に行ったっていい。
それにしたって、ある程度勉強は…必要だよね。
がんばれ、15才。

部屋掃除してね。

===
そうだ。
私と息子の会話は、大体2才ぐらいから現在まであまり変わっていないことについては、留意点かもしれない。政治の話も、社会問題も、とにかく彼と話してきた。勿論、話の深さや表現の仕方は年々変わって行ったが。なぜ2才かというと、その頃から彼が「どうして?」を連発するので、一つ一つお互いに「どうして」を言い合っていったら、普通に社会問題や政治問題に行き着いていったからだったのだ。

どうして、皆電車に乗ると携帯ばかりみるの?
どうして、アフリカの子どものお洋服は破れているの?
どうして、新宿に段ボール敷いて寝ている人がいるの?
どうして、コンビニの電気は明るいの?
どうして、農薬のついた食べ物は安いの?
どうして、ドイツの空港では皆タバコすってるの?

子どもの「どうして?」はするどい。
「どうしてでもいいじゃん」「いつか分かるよ」と答えれば楽かもしれない。でも、子どもの「どうして」にきちんと向き合うと、すごく勉強になる。こちらも「どうして?」と聞くと、さらに素晴らしい深い会話となるのだ。

大抵の親や周りの大人達は、「こんな小さい子と何話してんの?」という顔をしたし、口にも出した。けれども、息子以外のお友達で試してみても同じだったが(そして最近、教え子の3才の息子さんに試してみても同じ結果だったが)、子どもたちは2−3才ぐらいから「なぜか」を語ることができるのだ。そして、その「なぜ」はとっても独創的で、本質的で、素晴らしいことが多い。とにかく、目から鱗が落ちる事多々。

ただ、こちらが、「なぜ」に関する勝手な「正解」を押しつけ(る姿勢すらみせ)さえしなければ。重要なのは、こちらが答えを知っていて、あっちが知らない…という前提を決して持ち込まないこと。その時点で、純粋な子どもたちは親や大人が想定する答えを探り、それにあわせた「正解」を口にしようとがんばってしまう。あるいは、反抗期なら、その真逆を身体いっぱい表現しようとする。そのどちらもが子どもらしい反応であり、それ自体を否定するわけではないが、大人としてもう少し違ったリアクションがあり得ることを頭の隅にでもおいておいてほしい。

子どもには、すごく早くから色々なことを見抜き、自分で考える力がある。ただ、それを言語として表現して外に伝えるのが、とても難しい。だから、彼らの言葉や何やらの表現を待たず、こちらの答えを即座に押し付け続けると、子どもたちも「そういうものかな」という思考停止に流れていってしまう。だから、「どうして?」という何気ない一言、そしてそれへの彼らなりの表現をじっくり待ち、どんな答えも否定しないで耳を傾けることが凄く重要。大抵、「どうして?」の後にも、「どうして?」が続いていくが、子どもの思考というのは長続きしないし、飽きてしまう事も多いので、「今日はここまでで、今度また聞かせてね」と伝えておくと、実はその子はその後も何らかの形でずっと考え続けていることが多い。

子どもたちのそんな粘り強さを、面倒くさがって「はいおしまい」としないで、持続的に発展していく方向にベクトルを向けられないものか。子守り代わりにテレビやDSや携帯ゲームやIpadを与えている限り、そこは難しく、彼らが知的楽しみを自分中に見いだせるようにするには、親や大人達もまた、自分の中の知的楽しみを、子どもとともに発見していかねばならない。

その意味で、子どもに教えるどころか、教わること多しなのだ。




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by africa_class | 2015-08-17 04:02 | 【徒然】ドイツでの暮らし

一括掲載:安倍首相談話の分析〜被抑圧者の視点を含む現代国際関係史からの考察

安倍首相談話が発表された。
タイトルはとても良い。
「終戦70年。歴史の教訓から未来への知恵を学ぶ」
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2015/0814kaiken.html

なのに、何だ…。
「歴史の教訓」の把握のしぶりがおかしい。
世界史の展開にそのすべての理由を求める始末…。
「主語がないからお詫びがない」と騒がれているようだが、それもそうだが、その前提となる「何故謝らなければならないようなことになったのか?」の原因分析が、まったく他人事。しかも、歴史的事実を、都合のよいところだけピックアップして、「だから日本は世界の潮流に乗ってしまって、途中で道を踏み誤ったんだけど、それも経済のブロック化で追い込まれたからだよ〜」となっている。

詳細はまたテキストにしたいが、とりあえずつぶやいたことだけ貼付けておく。

この談話の土台となった「21世紀構想懇談会 報告書」
2015年8月6日
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/21c_koso/
なるほど「20世紀=帝国主義」から始まっていてこれ自体は妥当だが、日本の帝国主義・植民地支配に関する検討が一切ない…。

この分析は今度にして、以下談話だけみたところの分析。


【安倍首相談話1】アジア・アフリカの被植民地支配者の視点から20世紀の国際関係史を振り返ってきた者として、こんな談話が世界に発信されたのが今も信じられない。誰も助言せず?日露戦争の5年後に日本がしたのは朝鮮併合。なのに「日露戦争は、植民地支配の下の…人々を勇気づけました」とだけ。

【安倍首相談話2】中国や南洋諸島も植民地支配していったプロセスは完全オミットし、突然「満州事変」「国際連盟からの脱退」が言及。背景に世界文脈を述べても良いが、首相談話として最も肝心な主語と動詞がナイ。日本が誰に何をした結果何が生じ、何を問題と認識し、談話する?

【安倍首相談話3】日本によるアジアの植民地支配の歴史を全く言及せず、「戦場になったアジア」へのお詫び、「将来も侵略/植民地支配せず」を述べているだけ。「植民地支配は他もやったからやったまで」と。「あの時殴ったけど、みんなもしたよね」とこの期に及んで、何それ?

【安倍首相談話4】「アジア・アフリカの人びとに勇気を」は「植民地支配者側ではない同じ有色人種」と受け止められたから。が、すぐに支配者側に転じたし、日本が「抑圧された有色人種の真の解放者」でなかったのは歴史事実。アパルトヘイト下南アで「名誉白人」にしてもらってた。

【安倍首相談話5】1961年以降、国連決議(経済制裁含む)が何度もなされた南アに対し貿易国No1になったのも日本。70年遡らなくともつい最近91年のこと。アフリカの解放において、日本は常に支配者側に。百年前「支配下のアフリカに勇気を与えた」なんて傲慢すぎる。

【安倍首相談話6】アフリカの解放を中国が支援の最中、日本は植民地・アパルトヘイトの支配者側に立った。歴史事実として、日本政府が「有色人種の解放」を率先したことはなく、他のアジア人の犠牲を強いても「欧米諸国」に同一化しようと。今のヘイト問題の根っこが見える談話。

【安倍首相談話7】結局、弱き者の犠牲の上で自らの「繁栄と(見せかけの)平和」を得ようという、戦前と冷戦期の日本政府の行動パターンは、底堅い連続性を持って安倍政権に継承されていることが、嫌中・韓やヘイトの煽動、安保法案、この談話からも明確に。米国は熟知の上利用。

【安倍首相談話8】彼の「ブレーン」の世界史認識も誤り。前パラで「アフリカ」を入れておいて、「第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり植民地化にブレーキがかかった」は、歴史事実ですらない。アフリカにおいてはWWI中・直後から実効統治が進み人びとの苦難が。

【安倍首相談話9】「植民地化にブレーキ」の後は、「国際連盟の不戦条約=新国際秩序」で、「日本はこの「挑戦者」となり進むべき針路を誤り戦争への道へ」とある以上、どう読んでも「日本も植民地保有帝国として列強へのクラブ参加」を否定しておらず、過ちは「戦争」のみ。大日本帝国への憧憬か。

【安倍首相談話10】「国際秩序の挑戦者となった過去を胸に刻み、自由、民主主義、人権の基本的価値を堅持し」←戦前、国内でこの3点が弾圧され、声が挙げられなくなった先に「国際秩序挑戦」があった。なのに「経済ブロック化」だけが原因指定。今まさに日本内で3点を弾圧中。

【安倍首相談話11】「戦場の陰には深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちが…」では、日本語としてもヘン。「戦場の陰」って何?「戦場」は場所に過ぎず、「女性を傷つける」主語になり得ず。「戦争の陰」のはずで、それでもあまりに曖昧だが、未だ責任が示唆。あまりに姑息だ。

分析するつもりなかったが、あまりに衝撃すぎた。誰だ、こんな助言したのは。都合のよい偏った世界史(20世紀)認識。「被害者の側に寄り添う」ようでいて、実際のテキスト全体の内容は、そうなっていない。国際的な信用を失う書きぶり。公式見解では皆、本音いわんだろうが…。


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by africa_class | 2015-08-15 06:20 | 【考】21世紀の国際協力

倫理Ethicsと道徳Moralについて、他者に影響を及ぼすことが前提の開発援助から考えてみる。

夏は忙しい。
夏野菜や果実を収穫し、草を刈り、冬野菜を植え、水やりも頻繁に…。
しかも、収穫は同時一斉なので、ジャムにしたり、ソースにしたり、オイルやビネガーに漬けたり、乾燥させたり、しかも化け物のような大きさなので、茎や根っこ等の処理にも困る。そんなところに、息子の学校が始まり、早起きする彼にあわせて(かつドカ食いが戻って)、何度も食べ物を供給し続ける…・となると、何も捗らない。そろそろ仕事もしなければ、ということでバイトの仕事が山のように積み上がる。

が、文句はいえまい。
子どもたちがサッカーに行き、水やりも終わり、猫たちも餌を食べ、薪ストーブが勝手に調理をしているので、先日以下の記事を書いている時に付け加えたかった「倫理Ethics」について、あくまでもメモ書き。

■敗戦直前に燃やされた陸軍資料、そしてマフィゴ代表の死とプロサバンナ。12団体「緊急声明」から考える

http://afriqclass.exblog.jp/21539066/

あえて「道徳Moral」という言葉を使わなかったのは、使ってもいいのだが、個々人について 書いてはいるものの、やはり個々人の集合体である「政府」「JICA」「開発コンサルタント企業」等、それなりのグルーピ ングの中でやっている業務に関する話だから。やってもやらなくてもいい個人の趣味や遊びではなく、集団の仕事としてやっている。

だから、「倫理 Ethics」はどうなっているんですか?
「倫理綱領」はないんですか?…・となる。
何故なら、個々人の「道徳モラル」は最低・最後・最大の砦で あるものの、そこまで行き着く前に組織の倫理綱領というものが明確であれば、防げるものが沢山あるから。

人も組織も過ちを犯す。だから予防のために、あるいは問題が起きてしまった時に問題を拡大・悪化させないための前持ったルールと方策の明文化が不可欠。そして、それをそこに所属する者個人個人が守らなければならない、、、という自覚を持つ必要がある。これは、とっても立派なJICA「環境社会配慮ガイドライン」があるのに、どうしてプロサバンナ事業にみられる不正に満ちた行為が継続するのか…という問いの答えの一つとして重要な論点だと思う。勿論、これほど大規模で強い社会的影響を及ぼすプラン(事業まで想定されていた)作成が前提となっているのにカテゴリがAではなく、Bにされてしまっていたことも関係していないわけではないが、個々人の名前が消された状態で事業が遂行されるに至って、「倫理要綱」の問題に行き当たった。

倫理要綱は、どの組織にあるえわけではない。多くの学術組織は、パワハラ、アカハラ、セクハラの問題に直面して、そして最近ではSTAP細胞やらが起こったために、急ぎでここら辺を整備している。
最も大きな学術グループである、日本学術振興会には、「科学の健全な発展のために-誠実な科学者の心得」というテキストが準備されている。
https://www.jsps.go.jp/j-kousei/rinri.html
実に122頁。
キーワードは、「誠実さ」「健全さ」「公正さ」。
な〜んだ、という感もあるだろうが、具体的に読むと分かりやすい。

このように急ぎ整備されている諸学会の「倫理綱領」。日本国際政治学会(http://jair.or.jp/documents/code_of_ethics.html)にこれを導入するきっかけは、若手からの強い要望があったと聞く。そして、それに横やりを入れた「重鎮」がいたということも。ここに、「倫理要綱」をめぐる政治力学が如実に反映される。

つまり、倫理要綱整備の根っこにあるのは、「パワー」の問題なのである。(1)そのような要綱を整備しない限り、長年にわたって培われてきた可視化されにくい権力構造の中で生じる不正・不公正・人権侵害・ハラスメントを、明文化することで抑止する。そして、(2)問題が顕在化した時にこれに対応する際の指針とする(例えば学会退会要請等の処罰)。

つまり、個々人の「道徳モラル」に頼ることの限界と危険が、明確に認識されている点が重要である。日本のあらゆる場面で、可視化されづらい構造・文化における「パワー」の問題は、組織や個人を腐らせてきたが、近年これが悪化しているように思う。個々人にも、所属組織にも、余裕がなくなってきたからだろうか。ここら辺は深く考察したいところだ。

日本文化人類学会(http://www.jasca.org/onjasca/ethics.html)や日本社会学会(http://www.gakkai.ne.jp/jss/about/ethicalcodes.php)、日本政治学会)には早い段階から「倫理綱領」はある。しかし、援助・開発研究を行う研究者・実務家の集まりである国際開発学会にないのが、大きな疑問である。日本アフリカ学会にないのは、それぞれが属するディシプリンの倫理綱領を使うからだろうか?やっぱり、集合体として持っていた方が良いと思う。評議員を辞任した私が言う事ではないが。これらの学会が、すでに準備していたら、失礼。

もし、日本の研究者同士ですら、このような不可視化された難しさがあったとしたら、開発援助研究、あるいは開発援助の実務においてはいかに?所謂「途上国」と呼ばれる国々で、「専門家」「援助国の研究者」として調査や実務をする側にいるとして、これらを「される側」との関係には、明らかにパワーの問題が生じる。「される側の農民や住民」の場合は、さらにこれに、ローカルなパワーの問題が覆い被さることになる。しかも、日本の援助は、相手国政府を通じて行うものである以上、日本の援助者が「される側の農民や住民」の側に直接与することは構造上よしとされていない。

日本の援助関係者は、しかし、これに無自覚・無頓着なことが多い。「善意」でやっている…という前提だからか、あるいは現地政府関係者としかやっていないからか。外務省に至っては、「援助は政治とは関係ありませんから!」「政治分析の話は個別の援助事業の議論に不要なんです。そういう話を持ち出すことそのものが政治です!」…と仰せになるほど…。ここら辺については、高橋清貴さんのコラムが参考になる。

***********

会報誌『Trial&Error』

ODA ウォッチ: プロサバンナ事業 第9 回(2014年10月20日)
「政治力学に無垢を装う「開発」の虚構のなかで」
http://www.ngo-jvc.net/jp/perticipate/trialerrorarticle/2014/11/20141113-2.html
JVCさんの以下のサイトには、他の記事や情報も満載。
http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy/prosavana-jbm.html
**********

このような当然として存在する「パワー」の問題を、「見えない、見ないように」している現状こそが、今回のプロサバンナ事業をめぐって延々と起きていることの根っこにあることを、是非これを機会に深く分析し、検討し、話し合い、教訓として将来に活かしてほしいと思う。きっと、そのようなプロセスを経て、よくなるものもあると思う。それが、たとえそれぞれの現在の組織に活かされないとしても(本当は活かしてほしいが、限界があるのも知っている。私とて、外大を本当の意味では変えることができないまま後にした以上)、関わった一人ひとりの「次」に活かされることを切に望んでいる。

なお、多くの場合、「パワー」は持っている側には見えないものだ。また、その把握も解決も、「パワーの構造」がある以上、本当の「公平さ」を実現するには、「持たざる側」の訴えの方にこそ力点を置かねばならない。この「当たり前」が、日本では、人の理解においても、社会や組織の理解に根付いていない。大学のパワハラ・セクハラ事例に関わってみても、実感としてそう思う。だから、「セカンドレイプ」のようなことがずっと起こり続けている。これは、「慰安婦」問題についても同様である。もしかして、私たちの社会は、「弱者の訴え」に対する理解を、以前よりもっとずっと失っているのかもしれない。

原発事故やSTAP細胞の件は、研究者の倫理について世論の注目を喚起したが、「不祥事」への対策の方が先行してしまって、その後それに呼応するだけの制度整備やプラクティスが、学術界を超えて起こっているとは言えないのが、本当に残念だ。

他者に多大な影響を及ぼすことが前提の開発援助において、Ethicsの重要性は今一度注目されていいと思う。

なお、日本の開発援助研究は、しがらみの多いインナーサークルでやられることが多く、とても残念に思う。「レポート」ではなく、学術を標榜する以上、日本文化人類学学会の倫理要綱第9条は参考になると思う。これは、日本の開発援助者にとっても、重要な理解であると思う。

************
9条 (相互批判・相互検証の場の確保)
われわれは、開かれた態度を保持し、相互批判・相互検証の場の確保に努めなければならない。また、他人の研究を妨害してはならない。
*************

相互批判・相互検証なしに、前進なし。
それを封じ込めるような風潮があるのが、嘆かわしい。
日本の大学や研究が、1部を除き、世界的な評価を獲得できない理由は、まさにこの点にある。各種学会内あるいは業界内、つまりムラ、にある「予定調和」を創造的破壊していく若者の到来が望まれて久しい。同時に、そのような若者をWelcomeする度量が、それぞれの組織・重鎮にほしい(倫理要綱整備&遵守を)。

安保関連法案にみられるように、日本国家も末期症状。
声が挙げられるべき場所は国会前だけではない。
新しい風は、日本の学術界にも、その他にも必要とされている。
SEALDsが、日本の大学の先生たちを街角に誘導し、目覚めさせたように。

気骨のある若者、是非。


なお、倫理規定を一括集めているサイト
http://www.geocities.jp/li025960/home/topics/c04.html

ドイツでは、原発を完全に止める結論に至るにあたって、「倫理」は非常に重視された。それは、キリスト教の国だからというだけでもない。ここは、また深めたいと思う。

追伸:
「思考や善行によっては愛は生まれない。思考の全過程を否定することから行為の美が広がり、それがすなわち愛なのである。それがなければ真理の祝福はない」(by Krishnamurti


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by africa_class | 2015-08-13 02:18 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題

敗戦直前に燃やされた陸軍資料、そしてマフィゴ代表の死とプロサバンナ。12団体「緊急声明」から考える

*JICAへのNGOのインタビューで(8月末)、「農民招聘はキャンセルになった」とのことでした。どこかで誰かが頑張ったのでしょうか。その見識と努力に敬意を示したいです。ただ、もっと早く具体的に招聘にうつる前に止めていれば、マフィゴさんも急逝することなどなかったのではないか…と残念でたまりません。(2015年9月2日)

今日、本当は別のことを書きたかったのですが、残念ながら今、私たちの税金を使ってJICA・外務省がモザンビークで行っていることがもたらしている現実が酷すぎて、書かざるを得ません。おそらくそれぞれの組織内部の人も全てを知らされているわけではないと思うので、このブログで書いておきます。

マフィゴ代表の遺族とUNACへの連帯メッセージは以下のサイトで9月10日まで募集中。
https://docs.google.com/forms/d/1c--v5-ruK4VuQBCiFVq_WMKhbNISilVQro_ALLzpxlY/viewform?usp=send_form

少し書きましたが、マフィゴ代表はプロサバンナと無関係に亡くなった訳ではありませんでした。詳細は、昨日発表された、この記事の最後に貼付けさせてもらう外務大臣、JICA理事長宛に緊急声明「プロサバンナ事業における農民の分断と招聘計画の即時中止の要求」をご一読下さい。また、起草者の方にもらったメッセージを貼付けますので、それもあわせてご一読下さい。(末尾)

本当はこの話は、土曜日に以下の記事を書く時に書きたかったことでした。

「プロサバンナの衝撃的な出来のマスタープランを材料として、大学1年生の基礎ゼミをする。」

http://afriqclass.exblog.jp/21527387/
しかし、マフィゴさんを静かに悼みたかったので、今日の今日まで書けませんでした。

関係者の皆さんは、「自分のせいじゃない」と思いたいと思います。でも、本当にそうでしょうか?「組織」のせいですか?「モザンビーク政府」のせいですか?「外務省」のせいですか?「今の政治」のせいですか?「過去のレール」のせいですか?「反対する農民の自業自得」ですか?「他のドナーはもっと酷いことやっている」ですか?「自分たちは精一杯やっている」ですか?「知らなかった」のでしょうか?「関係ない」のでしょうか?本当に?

何度も書きますが、ナチスドイツがホロコーストをやれたのも、日本が戦争に突き進んだのも、一人ひとりが「組織の論理」を「やるべきこと/やってはいけないこと」の倫理よりも優先し、それが束になって推進力になり、破綻するしか止める方法がないところまで自らを導いた結果ではなかったでしょうか。私たちの国は、本当の意味では、自らの植民地支配も戦争も、真の意味での原因追求や検証・考察や総括を行わないまま、1947年に開始した冷戦構造の中の「逆コース」によって、「臭いものに蓋」をしてきました。

例えば、NHKスペシャル「原爆投下 活かされなかった極秘情報」(2011年)
http://www.nhk-ep.com/products/detail/h17419AA
是非視聴下さい。Dailymotionでやっています。
政府・軍がどのように米国の原爆開発や米軍機の接近の情報を隠蔽したり、使わなかったのか、そして敗戦が濃厚になるとどのようにして一切合財の資料を燃やし続けたのか、今のいままで黙っていた皆さんが、90近くになって口を開き始めた。その理由は、また日本が同じような道を歩もうとしているとの危機感からでした。最後の5分で、上司の命令で、彼らの過ちがすべて書かれている資料を燃やし続けたある証言者が言います。
「それが、日本なんです」…そして悲痛な表情でいうのです。
「だから繰り返します」と。

日本の援助もまた、日本政府全体の戦前・戦中・戦後の底辺にある変わらない姿勢・流れの中に位置づけられるのではないか…とある時思うようになったのですが、その疑念を何度も何度も払拭しようとしてきながら、20年経過して、「それが、日本の援助なんです」に行き着きつつあります。沢山の素晴らしい個人の皆さんとの出会いと交流を経て、その方一人ひとりの素晴らしさは脇に置いても、なお、やはり今起きていることが指し示している根本的な問題を軽視も無視もできない気持ちになっています。皆さん自身はどうなのでしょうか?

皆さんは、「人としての生き方」として、納得されているのでしょうか?皆さん方の子どもたちに恥ずかしくない生き方をされているのでしょうか?これまで行って来たことは、皆さんの名で堂々と言えることですか?あるいはお名前が出てくる資料を、胸を張って日の下にさらすことができるでしょうか?あるいは、今日もどこかで部下に黒塗りをさせるのでしょうか?自分の責任を逃れるため?組織を守るため?あるいは、自分は関わらなかったと思いたい?一体、何のためにそんなことに時間と労力を割いているのでしょうか?それも我々の税金です。

そして、それらの資料の一切合切は私たち国民のものです。
皆さんのメモですら、そうなのです。本来は。この国でなければ。

日本が過去から学び(必ずしも悪いことばかりでない)、未来の日本と世界の大人達に、その教訓を引き渡していくために、不可欠なものです。今いろいろあって出来ないとしても、いずれ歴史の検証を受けなければならないものです。それは、時代が変わり、もっと公正なる目線でそれら資料を再検証できるかもしれないし、違った視点で見る事によって隠れていた可能性が発見できるかもしれないからです。

「燃えカスであっても粉々にして、灰になるまで潰せ」
と命令を受けた方の時代、70年前と、今の日本はどれぐらい違っているでしょうか?

さて、今日頂いた、この声明の起草者の想いに耳を傾けて下さい。
そして、じっくり声明を読んで頂ければと思います。

【起草者から】
農民を分断する「農民招聘」計画の問題に対処していたUNAC(全国農民連合)のマフィゴ代表は、テテ州の自宅から問題が起こっていたザンベジ州の現地まで空路、陸路で10数時間かかるところを往復し、二度目に行って協議にあたっていた最中に体調が急に悪くなり、病院に運ばれましたが、同日8月5日に急逝されました。

「小農の父」と慕われて、全国の農民、そしてモザンビーク社会、国際的にも広く尊敬されていたマフィゴさんの突然の死に、悲しみが広がっています。

プロサバンナ事業の問題が、マフィゴさんの心身に負担をかけ無理を強いていたことを考えると、日本の私たちは、悲しみだけでなく、悔しさと、ご家族やモザンビークの人々に申し訳ない気持ちで心が痛む日々です。

マフィゴさんは2013年に二度にわたり来日し、日本政府に農民の意見を尊重した計画にするよう訴え、農民運動の精神を私たちに示してくれました。

そのような状況の中で出された緊急声明です。拡散いただき、一人でも多くの方にこの問題と要求を知っていただければと思います。


【緊急声明】
==============
岸田文雄外務大臣殿
田中明彦JICA理事長殿


【緊急声明】
プロサバンナ事業における
農民の分断と招聘計画の即時中止の要求


2015年8月10日

政府開発援助(ODA)「プロサバンナ事業(日本・ブラジル・モザンビーク三角協力による熱帯サバンナ農業開発プログラム)」を強行するために、モザンビークの農民を分断させようとする外務省・JICAの試み、および「農民招聘」計画は、モザンビークの民主主義と発展の礎を後退させる軽挙な行為です。私たちは異議を唱え、その即時中止を求めます

***

 これまで、同事業に対して、その裨益者となるべき現地のモザンビーク農民から強い反対の声が上がったことを受け、同事業の主たる援助国である日本の納税者である私たちは、外務省・JICAと協議の場を設け、農民の声を伝える努力をしてきました。しかしながら、外務省・JICAは表向きには「対話」を重視する素振りを見せながらも、その一方で反対する農民組織を分断するような工作を行っています。

 現地からの情報によると、外務省・JICAは現在、UNAC(全国農民連合)の加盟組織であるザンベジア州アルト・モロクエ郡農民連合の代表(与党関係者)を、プロサバンナ事業の一環として、農業副大臣らとともに、8月中に日本へ招聘することを計画だといいます。しかし、7月に来日したUNAC代表団の外務省・JICAとの協議、および7月24日の日本のNGOと外務省・JICAの意見交換会においても、「農民招聘」はもとより、農業副大臣の来日計画についての説明は一切ないまま、現在に至っています。

 UNACは、モザンビークを代表する広範なる市民社会組織とともに、3カ国政府に対し、プロサバンナ事業の「一時停止と抜本的な見直し」を一貫して要請してきましたが、政府側が事業強行のためにこのような声を押しつぶす行為を繰り返したことを受けて、昨年より全国プロサバンナ反対運動が立ち上がるに至っています。しかし、それに対し3カ国政府は、UNACの加盟組織(全国で2400組織が加盟)に焦点を当て、プロサバンナの関連事業により融資や資材(水ポンプ・製粉機)供与を利用した「一本釣り」活動と、それによる農民の分断を画策してきました。

 この中には、製粉機の貸与を強要されたナンプーラ州モポ郡農民連合の例があります。最終的に同農民連合は受け入れを拒否しましたが、アルト・モロクエ郡農民連合は製粉機の貸与を受け入れました。同連合の代表は与党の熱心な党員であり、日本に招聘することによって「UNAC加盟団体の中にもプロサバンナ事業に『賛成農民』がいる」と宣伝し、事業推進の糧とする意図は明白です。実際、他の農民たちの説得で来日を取り止めないよう、モザンビーク政府が身分証を預かっているほどです。

 UNACはモザンビーク農民を代表する組織として政府も認める存在であり、これまで様々な農業政策の形成プロセスや事業実施に携わってきました。1987年に設立されたUNACが、援助事業に反対の声をあげるのはこれが初めてです。反対に至る過程では、地域レベルおよび全国的な検討と協議が長い時間をかけて積み重ねられてきました。このことを無視して、分断を助長するような介入行為を援助国である日本が行ってよいのでしょうか?この外務省・JICAの試みについて、次の三つの観点から強い異議を唱えます。

 第一に、プロサバンナ事業を強行するために引き起こされる人権侵害や農民の分断が、現地の民主主義を後退させ、農民を危険にさらしていることです。モザンビークが独立を獲得したのは40年前で、その後も外国の介入によって生じた武力紛争により16年にわたり国が二分され、100万人の死者がでました。1992年の和平合意後、日本を含む国際社会は同国の平和と民主主義の定着に貢献し、当事者団体の勃興、市民社会の活発な活動に根ざした民主的なガバナンスが前進しつつありました。しかし、プロサバンナ事業が合意された2009年頃より、モザンビーク政府のガバナンスは急速に悪化し、国内外の批判にも関わらず、政府与党による人権侵害は後を絶たない状態になっています。プロサバンナ事業の強行は、現地政府を農民組織と対峙させ、非民主的ガバナンスを助長し、反対する農民への人権侵害を多発させてきました。今回の「農民招聘」はそれを追認し、農民らはより危険にさらされます。

 第二に、現地の農民の分断を図るような試みは、政治的考慮を欠き、もっとも忌むべき行為です。プロサバンナ対象地域は、武力紛争において最も激しい戦場となった地域であり、現在も与野党の勢力は拮抗し、対象19郡中7郡で野党が勝利し、与党の勝利は5郡に留まっています。そのような政治状況下で、UNACは党派を超えた農民の連帯・独立組織として、農村社会において重要な役割を果たしてきました。同事業がUNAC内外の与党関係農民を使って行っている分断行為は、農民による主体的な平和主義を壊すものであり、援助国として最低限のモラルを日本政府が欠いていることを国内外に示すことになります。また平和主義を標榜するODAをその目的から外れて使うことであり、二重の意味で私たち主権者に対する説明責任を欠いています。

 三に、「開発」の視点に立っても、こうした農民の分断工作は、稚拙極まりないものです。人口の大多数を占める小規模農民は、モザンビークの経済や社会の礎であり、将来を担う主役です。その小規模農民を縦横につなげ、主体的かつ積極的にモザンビークの農業と農民の生活の安定を図ろうとしているのがUNACです。他の援助国政府・機関もUNACをモザンビークの農民を代表する組織として尊重し、協議・協力しています。そのUNACが、プロサバンナに異議を唱えるからといって、分断し、力を削ぐような試みを行うことは、開発を阻害する「反開発」的行為に他なりません。とりわけ、「農民の組織化」が農業開発の肝として認識されている昨今にあっては、まさに時代に逆行するものです。

 今回、外務省・JICAがプロサバンナの「賛成派」としてUNAC加盟組織の代表を日本に招聘する計画は、モザンビークの非民主的ガバナンスを助長するとともに、「分断の歴史」に苦しめられてきた農民や社会に動揺を与え、混乱や紛争をもたらす恐れがあります。また同国の開発の主体となる農民やその運動を弱体化させるものです。そのような企みのために、私たちの税金によって支えられるODAを使うことは到底許されることではありません。

 以上の理由から、私たちはプロサバンナ事業がこの間行ってきた農民分断のあらゆる試みと今回の「農民招聘」に異議を唱え、これらを即時中止することを要求します。

特定非営利活動法人 アフリカ日本協議会
特定非営利活動法人 日本国際ボランティアセンター
特定非営利活動法人 オックスファム・ジャパン
モザンビーク開発を考える市民の会
No! to Landgrab, Japan
ATTAC Japan
NPO法人 AMネット
ムラマチ・ネット
ウータン・森と生活を考える会
NPO法人 地産地消を進める会
特定非営利活動法人 WE21ジャパン
農民運動全国連合会



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by africa_class | 2015-08-11 20:08 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題

プロサバンナの衝撃的な出来のマスタープランを材料として、大学1年生の基礎ゼミをする。

この話題は久しぶり。ちょっと色々ご無沙汰していたから。
でも、「モザンビーク小農の父」アウグスト・マフィゴさん(UNAC・モザンビーク全国農民連合代表)が、火曜日に急逝されたこともあり、そしてそれがプロサバンナ事業をめぐる様々な不正の中でもとんでもない問題と関わっていることが明らかになって、やはり書かずにはいられない。ただし、今日はその不正…については、書かない。皆に尊敬された素晴らしい闘志であった「農民の父」の死を悼みたいから。
後日書いた詳細は→http://afriqclass.exblog.jp/21539066

「私たちは、ゆっくり、確実に、一歩ずつ発展したいんです」
政府のプロパガンダしか報じなかったNHKが撮ったインタビューでのこのメッセージが、急に思い出される。
今日は彼の話はここまでにしたいと思う。悲しみと悔しさで、涙が止まらなくなるから。なお、NGO有志で、ご遺族とUNACの皆さんへの日本からの連帯メッセージやカンパを呼びかけています。もしよろしければ。
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-170.html

で、マスタープラン…。(こっから厳しくなります。関係者の皆さん、すみません。でも耳に痛い話に耳を傾けてこそ、前進はあると思います。権力・カネを握った側、援助して「あげる」側にいる限り、見えないもの、見たくないものを見る機会を提供するのが、このブログの役割の一つなんで。反論があれば、是非。互いに切磋琢磨できれば。後、周知の事実と思い説明不足でしたが、この問題も、コンサルの問題という訳でなく、元々の誤った想定に基づく事業立案・推進・強行、TORの設定等、まずはJICA・外務省の問題なので皆さん誤解なきよう。)

プロサバンナ事業の3本の柱の2つ目として、2011年度から始まり、現在まで4年の歳月をかけて作られたもの。日本が最大の拠出国で、これまで5億円以上のお金が使われ、他のレポート等はすべて英語版があるのに、そしてこのマスタープランの素案は、日本のコンサルタントが英語で書き3カ国政府が合意したものなのに、その後モザンビーク政府が調整した完成版(公開版)については、ポルトガル語版しかない・・・という。あまりに不透明なので、繰り返し繰り返し要請をして、ようやく出て来たのが、日本語(参考訳)。
http://ajf.gr.jp/lang_ja/activities/prosavana_mp_jp.pdf

でも、これもおかしい。何故日本語訳が英語訳に優先されるのか?そもそも英語版で作成され、微調整されたとしても合意された内容・文言は英語版である。そちらに手を入れる方が絶対コストも時間もかからない。さらに言ってしまえば、ポルトガル語から英語の翻訳の方が簡単でかつ単価は安いし、日本の関係者は皆英語が読める。日本語(参考訳)が、2015年6月に突然出てくる2ヶ月前には、JICAや外務省の責任者たちは胸をはって「良いマスタープランになりました」と宣伝し、あちこちで説明を行っていた。しかし、コンサルも、JICAでこの事業の関係者らは一部を除きポルトガル語が出来ない。なのにどうやって最終版の内容を把握したの?・・・普通に考えれば、英語版は「ある」。それでも、英語版は「ない」と言い張る。じゃあ、確実にあると分かっている元のバージョンを公開してみたら(正誤表を付けて)?という呼びかけに対して出て来たのが、日本語(仮訳)…。

そして、もう一つ重要な点として、英語であれば、世界のより多くの専門家の意見が得られる、というもっとずっと大きなメリットもある。それでなくとも、世界的に不透明な事業として散々批判されてきたのに、そのような批判を払拭する良い機会なはずではないのか?…それが普通のリアクションというもの。それほどまでにして、事業に関わる人たちですら読めないポルトガル語版、日本人以外は読めない日本語版しか公開しない時点で、「ああ、やっぱり世界的な専門家には読まれたくないのね」…とあらぬ疑惑をかけられてしまうことを引き受けてまでも、やはり英語版は「作成しない」らしい。でも、世界の皆さんもgoogle訳でマスタープランを読んでおり、よけいに「??」を募らせてしまっている。プロサバンナを世界的に宣伝してきたのは、日本政府・JICA自身であって(OECD/DAC釜山会議等、「クリントン国務長官に褒めてもらった!」とJICA年次報告に)、その最大成果のはずの「マスタープラン」を世界に発表する気すらないのは何故?間違った理解のまま、世界に受け止められる事の方が、日本の国際イメージとしてもまずい。あるいは、「本物」を発表した方が国際イメージがより下がる、ということ?!当然、日本政府はお得意の、「モザンビーク政府が拒否」との説明で、都合の良いときの「オーナーシップ論」に逃げ込んでいる。「JICA環境社会配慮ガイドライン」を熟読を。この件はまた今度。

さて、それほどまでに、国際的に理解されることが望まれていないらしいマスタープランくん。5億円もかけて(実際はそれを超えているが)作ったのだから、もっと胸を張って良いはずだ。

大学の先生をしたり、論文査読や入試審査をする立場で給料をもらってきた以上、この力作、出て来た以上は、公平なる目で、「取るところを取る」つもり(正当に評価すべきは当然する!)で読み始めた。しかし、最初の1章で…衝撃が大きすぎた。

このマスタープラン、ポルトガル語で204頁の超大作。現地の関係者ら(行政官ら)ですら、全文は目を通さず、30頁程度のキレイ話のみの要約の、さらに11スライドパワポぐらいしか把握していないという。そんな状態で、サイトに全文を発表してから20日後に農村レベルで公聴会をしたもんだから、凄い騒ぎになった。当然ながら、この急がれた手法で皆が思った事は、農民たちに内容をちゃんと理解してほしい訳じゃないのよね…と。最も事前の時間を取らなきゃいけない農村部を、真っ先に実施なんてあらゆる意味でおかしい。

で、やはり公聴会では、反対や疑問を唱えそうな農民は排除され、政府職員や与党関係者が過半数を超えただけでなく、制服・武器携帯した警察までが同席し、勇気を振り絞って異論を口にした農民たちは、その後政府関係者からストーキングされ、プロサバンナのカウンターパートに「賛成に転ずる、と一軒ずつ家を廻って宣伝してこい」と命令され、拒否すると「投獄するぞ」と脅迫を受ける事態に…。→http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-152.html
つまり、「プロサバンナってステキ!農民は大歓迎!早く始めてね〜」という声を集め、それを宣伝に使い、事業を推し進める材料とすることが目的だった。詳細は、現地社会の広範なる層から各種の声明が出ている→http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-category-16.html

天然資源(土地を含む)の切り売りで儲ける政府関係者のガバナンス悪化で、民主主義が後退し、人権状況が悪化するモザンビークで、こんなことを黙認したり(奨励したと思いたくないが…)することが、何をもたらすのか理解できないのかな?あるいは、理解していても強行突破のためには目をつぶる…流れ?それとも、自分が信じたい情報しか頭に入らないため?結局、現地に出張でしか行った事のない、現地の新聞も読めない外務省担当者が、「世銀報告では数値は悪くなっていない」…から大丈夫だ、と。一同、「せ、せ、、せぎーーん?!?」。

本来在外公館や外務省・JICAのやるべき仕事だが、彼らが読めない新聞を日本の市民社会が翻訳し、資料を整理し、分析まで提供してあげても、「ありがとう。別の見解もあるけど、こういう状況がある(とされいる)のね」、ということもできず、「良い数値」をどっかから探して来て「だから大丈夫」の根拠に…。要は、現地や日本の市民社会に反論できれば良い?あるいは、強行突破故に、実態など把握する気がないということ?又は「現地政府は上手くやっていて、支援や投資は問題ない」というストーリーが崩されてしまっては、せっかく安倍首相が現地に日本企業を大勢連れて行って、巨額の援助(700億円!)と投資をすると決めたのに、と?まあ、日本政府は、同国で武力衝突が起きている最中に、中国とインドと同様、抗議や非難声明を発表しなかった唯一の国だし、ね。しかも、その最中に、のこのこと首相が出掛けていっているし。うーーむ。

で、マスタープラン。日本の7名の研究者・NGO関係者で行った内容面の分析は、「第12回プロサバンナ意見交換会(外務省・JICAとNGOの間)」で、披露されAJFのサイトに掲載されている→
http://ajf.gr.jp/lang_ja/ProSAVANA/12kai_shiryo/ref9.pdf

ここでは、私の衝撃だけ。さっきの世銀報告書の話。多様な資料の一つとして参照するとしても、それだけを根拠に「=人権状況は悪化してない」と結論するのは、「議論の作法」「基本のキ」としてまず「?」。うちのゼミでそんな発表や反論する学生がいたとしたら、ぼこぼこにされていただろう←「大学1年生向けの本」で詳しく説明するので乞うご期待。

日本では、「政府が●といえば正しいんだ」「著名な先生(学術的正当性を持った人という訳ではない)がそういっているから間違いない」…という主張がされがちなだけでなく、許容されやすい。主張の信憑性を高めるために一つでももっともらしい論文や機関の名前を引用しておけば、まあいいだろう…そういうことになりやすい。しかし、本来は、先に主張がくるべきではないのだ。まずは、状況把握があり、分析があり、結論がある。したがって、嫌いでも、多様な資料に当たらなくてはならない。その際には、権力を持っている側の言い分ばかりを見ていると、確実に見誤ることになる。

で、MPの驚きは、次のようなストーリーの全面展開!
1)ナカラ回廊地域の農業のすべての問題は現地小規模農民の農業のあり方のせい!
2) 特に、森林伐採と土地不足は、「移動・休閑」農業のせい!
3)小農はあちこちで「休閑」農業はダメ、「定着農」を!
4) 当然生産性は上がらないから品種改良種子・化学肥料・農薬等を購入(「緑の革命」)できるよう支援してあげる!
5)15年後の30年迄に4割の小農(160万人)が「近代農業に転換」が目標さ。

で、デキル学生ならイライラして次の問いを投げるだろう。
1) 回廊の森林伐採と土地不足とは、具体的にはどの様な現象?
2) その実態と原因はどのように調査され、分析された?
3) 地域の小農が営む農業とは?移動・休閑農に一括りできる?
4) 以上の1)〜3)のために前提として使われた調査メソッドは何?
5) 調査法を導き出すための先行研究の整理は?((森林伐採、土地不足、現地農民の営農形態)
6)各調査の結果はどうで、何に基づきどう分析?
7) 抽出課題の解消に取りうる手法はいくつ、どんな?
8) それら手法の内一つを選ぶ際の、基準は?
9)その際に参考事例研究はどれで、批判は把握され、論争をどう踏まえ、結論としてこの手法を導き出した?

まあ、学部生でも思い付く問い。もう少しデキル学生なら「権力/アクター分析」「時代設定」を重視するだろう。でも、これらの一項目も全く触れられていないのが、このマスタープラン!参考文献一覧もついてなければ、注も200頁に10個以下。つまり、根拠をもった論理展開がまったくなされていない。本来の展開は、次のようなものであろう。学術である必要はない。
1) 先行研究の整理(テーマ、地域、リサーチ手法を含)
2) リサーチの実施と結果の取り纏め
3) リサーチ結果を踏まえた課題の整理
4) 3)迄を示しながらの原因分析手法の検討と分析
5) 説得的な原因分析に基づく多「解決」手法の検討
6) 多様な手法検討を経た説得的な「解決」手法の提示
7) その上での、具体的なプロジェクトの提案
*1)2)は不開示のインテリムレポートにある可能性が高いが、MPでは3)も4)も5)も6)もない。突然1結論・1手法が示され7)に飛ぶ。TOR、PDMやSWOT分析の問題は別の機会に。
 
こうなると文書としての「クレディビリティ(信頼性)の著しい低さ」、を自ら認めてしまうことになる。百歩譲って政治文書なら仕方ないが、これは政治文書なのか?(<=実際に、現地の研究者・市民社会の皆さんは、ただの政治文書だから読む価値すらなし…と考えている)。でも、それでは納税者として腑に落ちない。だって、マスタープランの予算の大半は、「調査」に使われたはずだからだ(レポートは不開示問題については今度)。5億円で、政治文書を作られても。それならそうと最初からいえば、農民や市民社会も納得はしないが、期待もしない。対話の成果として作ったからそんな根拠ありません、という反論もあり得そうだが、であればどのようなものが「対話の成果」なのか明示すればいいわけで、多様な意見のどこをどう、何故反映するのかについての考察も不可欠である。

結局、調査をしようがしまいが、結論は先に決まっていた。「小農の今の農業のやり方がダメなんだ」「だから我々の考える援助と投資が必要なんだ」
・・・・これも安倍政権下の日本の農政の議論の仕方だから、日本の役人には違和感ないのかな。だったら「農民主権」とか言わないでほしい。紛らわしいから。「援助をしてあげる善良な僕らは、君たちよりずっと知ってて、分かってるんだ。だってブラジルのセラードやタンザニアでがんばったんだから。君たちは分からないようだから、僕たちが全部教えてあげるよ!大丈夫、まかしとけ〜。君たちのやり方を完全に変えればいいんだ。なにせ、君たちのやり方だと「靴も履けない」からね。土地も奪われないように、登記手伝ってあげるね(実際は登記しなくても権利あるのに)。そうだ、そうだ、今の農民組織上手くいってないよね、だから僕たちがやってあげる(すでにある反対派の農民組織には分断工作するけど)」みたいな・・・・風にしか、モザンビークの農民組織には感じられない。

さてMP。「結論先にありき」は、過去に出て来たMP関連文書でも明白。批判の都度、微妙に表現が変わっていくものの、根っこの結論は強固な一貫性を持って来た。つまり、「現地農民は何も知らない、海外投資と『緑の革命』で救済してやらねばならない対象」。この点の変遷を議論の正確性のため列挙しておく。
1. 当初(2012年秋のUNAC批判開始以前)は、農民らが「持て余している」土地を「投資に使ってもらう」ことが前提。(もっと最初は、誰も使っていない土地がたんまりあって、投資を待っている・・・という前提だったが!)<=この主張はJICAサイトに沢山残っている。
2. 批判を受けて、今度は、
a) 農民がうろうろするから土地が足りない!という話になり、
b) 農民は決まった土地のみで生産をし、緑の革命型の農業に転換、
c) そのために土地の権利を登記するのを手伝ってあげる。
d) 余った土地は、「土地銀行(Land Reserve)」として集めて、
e) 投資家にあげようね、という話だった。

<=GRAINのリークと分析声明→https://www.grain.org/article/entries/4703-leaked-prosavana-master-plan-confirms-worst-fears
3. この路線がリークされてしまって大騒ぎになったから「投資家」「土地銀行」の件、「非自発的住民移転をさせるクイック・インパクト・プロジェクト」が消された「コンセプトノート」なるものが、2013年9月に突然発表。a),b),c)だけが残り、d)とe)が消えた。分析→http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-68.html
「土地不足と森林伐採は小農の農地拡大で起こっている!」・・・が強調されるようになったのもこの時期。しかし、まさに同時期に植林・アグリビジネス(特にプロサバンナの構想に呼応した大豆大規模生産)で何万ヘクタール単位で土地が奪われていっている事実は?(教えても長らくJICAは否定した)。また、森林の大規模伐採をやっているのは誰?・・・現農業大臣がザンベジア州の州知事時代に中国企業と組んで違法伐採・輸出に関与していたと、Africa Confidencialにすっぱ抜かれているのも、教えたが??勿論、こういうことは一切書かれていない。注にも、ね。悪いのはすべて小農だから。さらに、小農がうろうろしない緑の革命型の多投入農業は、「持続可能」で「環境保全型」の農業なのだという。へ?
4. 批判に「応えるため」、「農民主権」「家族農業」「小農支援」等の言葉がちりばめられているマスタープランが出来上がったが、前提はまったく変わらず・・・・a), b), c)の展開だけが、さらに強調。そして、「緑の革命」への転換は、当然ながら、普通の小農はできない。自家消費用の穀物の種や肥料を買っていたのでは、ほとんどの小農、つまり女性たちは、債務を負うことになる。なので、今度は机の上の分類上小農を3つの階層にわけ、大多数の「典型的小農」とカテゴライズされる人たちではなく、「中核農民」というおかしな用語(原語ではEmergent Farmers、しかし英語ではCore Farmers)を用いて、要は政府与党に近いそこそこの規模の土地を確保してクレジットにもアクセスできる中規模農民に近い極僅かな農民にターゲットを絞って支援、となった。まあ、今風にいえば、JICA的「成果」が見えやすいよね、こういう人たちに限れば。ここら辺は、詳細なる分析をモザンビークの皆さんがしているので譲りたい。

このMPには、さらに不思議が満載。さっきも少し書いたが、あまりにキータームの定義(その定義の根拠となる議論の提示)がないか、ズサンで、これにも衝撃を受ける。詳細→http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/ProSAVANA/12kai_shiryo/ref8.pdf
これを瑣末なことと考えているとしたら、国際感覚なさすぎ。いずれのタームもかなり論争があり、国際的なアリーナでの論争を経て一定の定義に至ってる。しかし、MPでの使い方はほとんどそれらの真逆→例)「緑の革命=持続可能でエコ」。「ゾーニング=アグロエコロジカル」…驚き。「家族農業」はFAOを少し出しただけで、後は家族単位の農業経営のことに…国際家族農業年(YIFF)で強調された社会政治経済的文脈で全く捉えていない。一番の極め付きは「農民主権」。「栽培作物の選定は農民が行う」という当たり前のこと(じゃなきゃ植民地支配でしょ!)についてのみ適応。実際のプロサバンナのプラクティスが、農民の主権・基本的人権を踏みにじり続けている点は?(詳細は以上)

で、今回大学1年生向けに良い材料を提供してもらったと思っているのは、さっきの世銀報告書と類似の次の点。
ポルトガル語版を読んでの、考察を詳しく書く。英語版が出て来ない理由が見えてくるかもしれない。これ世界に出したら、そりゃ…。全面根拠なしか根拠が「?」な主張だけ。逆にポルトガル語でOKというのは、ポルトガル語圏の市民社会や専門家たちなら気づかないということ?あるいは、私が知らないだけで、日本の開発調査案件のマスタープランって、普通にこんな感じ?…違うよね。あるいは、コンサルさんたちも苦しいところで、先に結論(TOR)が与えられていたので、止むなくこういうのを引っ張って来た…。多分そうだろう。

その意味では可哀想だ。もっと悪い組織・人たちは別にいる。が、先日書いたように、各々の責任が問われるのだということを、ナチスドイツのホロコースト後の世界に生きる私たちは自覚しなければならない。未だ若い学生の皆さんには、学生としても社会人としても真似せず、以下を反面教師にしてほしい。ああ、、内容に入る以前の話で、あまりに情けない。

MPで 唯一、根拠が注に参考文献として示されているのが、この文章→「家族農民の大半は気づいていないが、現在の自らの農業のあり方が、大規模な深刻な環境破壊を誘発する可能性が高い。これは、世界の他の地域で実証されていることである」。
・・・MPが基礎を置く「農業開発の課題とその原因」が、この1文に全て集約され、しかも「各地で実証されている!」と太鼓判が押されている(ちなみに日本語訳にはこの注はない)。
  ヘ?2008年以降のグローバル現象(農業投資による土地・水・森林強奪)を踏まえてRAIとかいってるんだとしたら、何故そこはオミットしてしまう!?時代区分的にも、規模面でも謎過ぎる。でも、そんな風に言い切れるだけの根拠が注の2文献ね。じゃあ調べてみよ。が…見ての通りURLがわざわざ飛べない状態。しかも英語の原文タイトルがなく元の論文に行き着けず。さらには出版年がナ・・イ。
・FAO, Florestas e crises em Africa – Mudanças no Cultivo de pousio emAfrica, http://Equipa de Estudo.fao.org/docrep/r5265e/r5265e06.htm,
・Rajiv Ranjan and V.P. Upadhyay, Problemas Ecológicos devido ao cultivo de pousio, htttp://Equipa de Estudo.iisc.ernet.in/currsci/nov25/articles 12,htm
 
本来のあるべき記述の作法は次の通り。()にポルトガル語訳を入れてもいいが。
-FAO (1980), “Changes in shifting cultivation in Africa”, FAO Forestry Department.(http://www.fao.org/docrep/r5265e/r5265e06.htm)
-Rajiv Ranjan and V. P. Upadhyay (1999) “Ecological problems due to shifting cultivation” (http://www.iisc.ernet.in/currsci/nov25/articles12.htm)
 常識的な引用の仕方をすれば一目で分かるが、FAOの論文は1980年(35年前)、R&Uは16年前のもの!当然ながら、その後膨大な数の関連の研究があり、これらの論文の主張に反対する研究も数多くある(いずれもが実証研究)。特に、後者は、発表後すぐさま批判の的となっている。なのに、あえて「実証済み」として、この論文(16年以上前のインド!)を「根拠」として自己正当化するところが謎だ。時々、院の入試でこの手のペーパーがあるが、その段階で「事実への誠実性」の欠落した学生は、どんなに指導をしても論文が書けないし、論理的・説得的に議論もできない。

確かにR&U(1999)は、 熱帯雨林の消失の「元凶」として、移動農耕や人口増加率のいずれか(あるいは両方)を挙げている。しかし、これはあまりに単純化された精度の低い分析だとして、すぐ後のGeist&Lambin(2001)に一刀両断されている。つまり、原因分析においては、「経済・制度・国家政策要因の複合的要因」を、地域の固有性に基づき実証的に検討すべき・・・と152の事例研究を根拠として示されているのである 。
Helmut J. Geist & Eric F. Lambin (2001) “What Drives Tropical Deforestation? A meta-analysis of proximate and underlying causes
of deforestation based on subnational case study evidence”, CIACOLouvain-la-Neuve 2001, LUCC.
その後は、この手法を採用する研究が大半で、最近になればなるほどRanjanらのような主張は学術的根拠を失っており、引用すらされない。だから、執筆者たちは、35年前のFAOと16年前のこの論文しか示せなかった?そして、それを隠そうとした?<=なんか推理小説になってきた。

2001年論文は、森林伐採や土地利用に事例研究の際に不可欠な検討すべき原因を、「経済」「政策・制度」「技術」「文化(社会政治)」「人口動態」に分けて各項目2から6つのチェックリストを列挙している。この論文にすべて賛成という訳ではないが、この程度のチェックリストを踏まえて分析されていないとおかしい。また、2001年に批判された1999年の論文の主張に与するのであれば、当然2001年の研究の否定から入られなければならず、1999年論文の方が優れていたからあえて引用したというのならば、それはどの点についてなのか示さなければならないし、是非知りたい。

万が一にも、「主張が先にあって、それにあう論文を後付け的に探した」「この論文しか知らず」・・・であれば、そしてそれを隠そうとしていたのであれば、マスタープランの中身以前に、「事実把握への誠実さ、健全性」において深刻すぎる問題を抱えている人たちのもの、と言わざるを得ず、MP全体のクレディビリティはゼロ以下となる。結局やっぱりプロサバンナ、ね・・・・との結論しか導けないことに。これを胸を張って宣伝している外務省・JICAは確信犯なのか、何なのか。<=学術的に分析した点は今度。
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by africa_class | 2015-08-08 02:03 | 【考】土地争奪・プロサバンナ問題