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翁長知事の国連人権理事会でのスピーチ&日本政府代表の反論+所感(分析にかえて)

*注1(21日夕方):急いで3度ほど聞いただけで、訳したので間違っていたらすみません!録音があればもう少し正確に訳せるのですが…。
*注2:
self-determinationは、「自己決定権」ではなく、国際法上通常使われる「自決権」としています。ただ、沖縄の背景・現状・皆さんの想いにおいては「自己決定権」の方が良いでしょうが(詳細は末尾の「所感」、国連人権理事会総会という場の性格を考えると「自決権」であるべきなのでそう訳しました。またこの点は後日ブログで改めて書きます。
『沖縄の自己決定権』(新垣毅編、高文研)が出ているそうなのでご一読を。>
2015年2月16日の
沖縄国際大学でのフォーラム「道標(しるべ)求めて―沖縄の自己決定権を問う」の動画→http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-238976-storytopic-1.html>
*注3(21日夕方):両者の主張を聞いての私の所感は末尾に入れています。夕食を作りながらなのでまた明日見直します。
*注4(22日3時):私の所感に加筆。安倍政権・日本政府だけでなく、沖縄出身ではない我々の責任にも言及しました。
*注5(22日正午):英文や訳文が出てきました。録画と原文にそって修正すべき点を加筆(青色)しておきました。致命的な訳し間違えはなかったと思います。
*注6:なお、西洋語から日本語に同時通訳的に訳す場合と文章を翻訳する場合では、訳の手順が異なります。テキストの翻訳をする場合は、装飾部分を前にもってきて文章に統合する形で訳すと滑らかですが、同時に訳す場合は間に合わないので2つの文などに切り離して訳します。簡潔さを要求するビジネス英語では、日本語の装飾に次ぐ装飾満載の文章は嫌がられるので、通常においてもこれぐらい切っておくべきでしょう。が、ポルトガル語やフランス語となると日本語と似た状態になりますが。なので、以下は、あくまでも聞き書きの訳ということでこのままにしておきます。日本語文としては成熟さや美しさが欠けています。
*注7(24日午後):どうやら日本政府代表が、「人権理事会での取り扱いはなじまない」と理事会後に(日本のメディアに対して)表明していたようです。この点についての所感をさらに末尾に付け加えました。
また、国連人権理事会年次総会2日目に行われた「島ぐるみ会議」の再反論の全文も掲載しています。

【琉球新報】「人権と関係ないというのは本当に残念」 知事、政府に反論

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-249301-storytopic-3.html
*注8(同上):本日、翁長知事が、日本外国特派員協会で記者会見を行っており、日本政府代表の反論についてとてもまっとうで、私たちも学ぶべき事実や論点を披露されています。すべての方に視聴して頂ければと思うので、是非リンク先の動画をご覧下さい→https://www.youtube.com/watch?v=96Gtk9mqLqI
*注9(10月12日)このような話題・分析をより読みたい方は
例えば以下の投稿をご笑覧を。(外務省のサイトから「植民地支配」に関する記述が消えたそうなので、かなり確信犯だと思いますので、改めて分析をします)

「一括掲載:安倍首相談話の分析〜被抑圧者の視点を含む現代国際関係史からの考察」

http://afriqclass.exblog.jp/21548918/


【原典】
動画(沖縄タイムス):http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=133925
原文:http://www.okinawatimes.co.jp/photo_detail/?id=133924&pid=961964
訳文:http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=133924


【琉球新報】自己決定権、人権「しっかり伝えたい」 知事、国連演説へ

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-249216-storytopic-3.html
市民外交センターは国連登録NGO。
http://www005.upp.so-net.ne.jp/peacetax/

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国連人権理事会 年次総会 2015年9月21日 ジュネーブ
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【翁長知事のスピーチ】
議長:次は市民外交センター

議長、ありがとうございます。
私は、翁長雄志、沖縄県知事です。
世界の皆さんに辺野古に関心を寄せてほしい。
沖縄の人びとは、その自決権を蔑ろにされている状態にある。
(この最後の2文はくっつけた方が良い)

第二次世界大戦後、米軍は我々の土地を武力で収用(強制的に接収)し、軍事基地を建設した。
我々は我々の土地を自らの意思で提供したことはない。

沖縄は、日本の0.6%の面積を占めるに過ぎないにもかかわらず、73.8%の米軍基地(在日米軍専用施設)が沖縄に集中する。
戦後70年、米軍基地は、多くの事件・事故を起こし、環境破壊をしてきた。
我々の自決権や人権が蔑ろにされてきた。
我々の国は、国民の自由、(平等が抜けてました)、人権と民主主主義を保証しておらず、そんな国がどうして他の国々と価値を共有できるだろうか。(<=大体あってたかな)

日本政府は現在、新しい基地を、辺野古に、美しい海を汚して(埋め立てて)でも建設(作業を強行)しようとしている。過去1年間、すべての選挙で沖縄の人びとは繰り返し基地建設に反対の意思を示してきたにもかかわらずである。

私は、この新しい基地建設に対し、あらゆる手法を使って阻止する所存(覚悟)である。

今日このような機会を頂き、話ができたことに感謝したい。

【日本政府代表からの反論】
日本政府代表として反論の権利を行使する。
市民外交センターを代表してスピーチした沖縄県知事の発言に反論する。

日本の政府にとって、国家の安全保障は、国民の平和な生活を維持する上で最も重要な課題である。安全保障を巡る状況が急激に深刻化している現在においては、特にそうである。

日本政府としては、米軍駐留による負担を軽減することは最優先課題である。米国政府との協力によって、いくつかの負担軽減策を取ってきた。例えば、今年3月、米軍の施設に使われていた土地51ヘクタールを返還した。また、日本政府は、沖縄の経済振興をするために、沖縄をアジアのハブとして位置づける努力もしている。また、日本政府は、沖縄県との間でハイレベル協議を設置し、この件について話し合ってきている。

米国海兵隊飛行場の普天間からの移設は、米軍の存在(抑止力)を継続的に保証する一方、それに関わるリスクを排除するため、唯一の解決策である。普天間基地は人口集中地にあるからである。

そして、この普天間基地からの移設計画は、歴代沖縄知事によって、1999年、2000年、2013年にエンドース(承認)されてきたものである。また、辺野古での基地建設のための許可は、仲井眞・前沖縄県知事から法的に合致する形で与えられたものである。日本政府は、今後も関連法・制度のもとに、この移設を適切に進めていく。

なお、移設にあたっては、自然・生活への環境インパクトを鑑み、環境インパクトアセスメントもしている。

日本政府は、今後も沖縄への十分な説明を継続していく所存である。

*録画がアップされたようです→https://www.youtube.com/watch?v=oceiZSnYLAc
夕食を作らねばならないのでこれにて失礼。後日正確な訳をアップします。


【両者の演説を聞いての所感】

日本政府代表の「反論」は、翁長知事のスピーチの根幹である「自決権」(「選挙で繰り返し示された民意」)の侵害について、一言も反論できておらず、日本政府が繰り返し国内でやっている説明を繰り返しただけで、国際的には通用しない文言が列挙されているに過ぎません。これでは、人権理事会に集う人権エキスパート達に、次のような印象を与えたと思います。

日本政府は、
「反論になっていない」=「翁長知事の主張をスルーした」
「沖縄の人びとの訴えに不誠実である」=「人権侵害の訴えに真剣に取り組もうとしていない」

具体的には例えば、以下のものです。
1)「負担低減やってる」
<=といって出て来たのは51ヘクタールの返還のみ。

2)「経済振興やってる」

<=これを自決権の反論として使うのであれば逆に人権エキスパート達の反感を買うでしょう。というのも、国連で「自決権」という言葉を使う場合は特にです。当然ながら、戦後の国連は「植民地支配」「他民族支配」「人種差別・隔離政策」に厳しく対応してきた過去があるので、「経済振興しているから自己決定権は後回しで良い」という論理は、コロニアルなものとして受け止められます。
*この場面では決して、決して、決して…触れてはならない言葉でした。

3)「対話してる」
<=じゃあ何故知事が市民社会枠を使ってまで、国連人権理事会総会で演説しなければならなかったのか?に応えておらず、日本政府の「自決権」に対する反論のなさを鑑みても、この「対話の無効性」を明確に示す結果となりました。
*私なら「対話してきたが」として反論材料にしますが。

4)「説明を継続する」
<=出た!…の感がありますが、問題は「説明」ではなく、相手(沖縄)の民意や自決権に対してどう対応していこうとするのか?という検討であって、一方的な感じが否めず、人権や対話の尊重ができていない国であることが逆に露呈してしまっています。

いずれも、「してやってる感」=「上から目線」が濃厚な反論ですね。

内向きな論理でしか反論もできない日本政府…あーーーあ。
この反論させられた外務省職員が翁長知事の言葉を受けて「自分の言葉」を語れないのは日本の外務省・政府のあり方の問題が根底にあるので気の毒ではありますが、国際社会の共感を呼ばない、あまりにも稚拙な反論だったと言えるでしょう。

あえて言えば、この日本政府の反論は、官邸との調整で先にカタマっていたものであり(文言の細部も含め)、その意味で、ベクトルの方向として、日本政府に向けたものであって、国際社会に向けたものではなかったといえると思います。(まあ、日本政府・外務省によくあるパターンですが)

一方、翁長知事の訴えは、かつて植民地支配された国々・人びと、人権を重視する国々・人びとの胸にきちんと届いたと思います。また、彼がジュネーブまできて訴えなければならなかったという事実、そして国連人権理事会の年次総会という場でこれが繰り広げられた時点で、「国際世論に訴えたい」という目的を持って演説に望んだ翁長知事やその周辺の勝利ともいえます。

<=誰でもいつでも話せる場ではないので。

そして、国際的には気づかれないだろうけれど、事情を知る者として「ああ日本政府・外務省らしく、本当に不誠実・不公正で嫌だな」という点は、「基地移転計画が3度歴代知事に承認されている」という部分。

翁長知事の辺野古移設反対の土台を崩そうという論理で出てくるのですが、「辺野古への移設」は仲井眞知事以外に承認された事実はないのに、あえて辺野古という文言を使わずに「基地移転計画」という言葉を主語に使うことで、ギリギリ「ウソ」と言われないように細工しながら、「彼以外の知事は承認してたからやった」かのように反論している点です。

国際舞台でも繰り広げられる不誠実でセコイ日本政府の手法に、本当に悲しくなります。

【所感への加筆】
最後に、「何故国連人権理事会の年次総会でこの案件(辺野古新基地建設)を取り上げることができたのか?」という点について、多分不思議に思っている皆さんは多いと思います。

これは、かなり長いスパンで沖縄の人びと・市民社会が取り組んできた国内外の活動の蓄積の成果です。これ以前に気が遠くなるような活動の数々があったのですが、説明が長くなるのでまた別の機会に取り上げます。

キーワードは、もしかして日本の皆さんには聞き慣れないかもしれない「自決権(self-determination)」があります。しかし、これこそが第二次世界大戦後の世界を、とりわけ国連の場(特に総会)を、大幅に変えてきた論理です。おそらく、皆さんも、世界史の授業や教科書で学んだことでしょう(日本史でほとんど取り上げられないからこそ今回の問題に繋がってくるのですが…この論点も改めてどこかで書きます)。

沖縄の人びと・県政がこの「自決権」を使い始めたことは、世界史的な連続性があり、琉球史・日本の近現代史上、とてつもなく大きな大きな意味があります。

*ただし、「民族自決権」とくくることについては翁長知事は慎重なので、ここは要注意です。これには色々な立場が沖縄の中でもあるので。http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=133383&f=cr

安全保障関連法案を巡る政治のあり方への疑問が、「国民主権」「主権在民」の基本に注目する動きを生み出していますが、沖縄の人びと、そして翁長知事が「国民主権」ではなく、あえて「自決権」という言葉を使っている理由を、日本の政府だけでなく、沖縄以外の人びとが理解しないのであれば、事態はもっと緊迫していくと思います。

現状においては、安倍政権の数々の強権的な振る舞いが一番の問題です。しかし、根本原因には、長年にわたる私たち自身の意識・無関心・無理解・真剣な対応のなさがあります。

大戦時の犠牲、米軍統治もそうですが、その前史である薩摩藩の支配、「琉球処分」、から紐解いていかないと、永遠に理解ができないでしょう。

この点について、知事らが参加したシンポジウムは手がかりになると思います。


【沖縄タイムス】翁長知事、沖縄の苦難の歩み切々 国連でシンポ

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=133935
「琉球処分から説き起こした。…キャンプ・シュワブゲート前での県警による市民の強制排除、海上保安官の暴力を示した。参加者は真剣な表情で見入った。…「反米でも反日でもない。基地をこれ以上造らないでほしい、というのは過大な要求ではない」と訴えた。8月に沖縄を訪問した国連人権理事会特別報告者のビクトリア・タウリ・コープス氏もシンポに出席。「沖縄の人々には自己決定権がある。この不正義を正さないといけない」と、援護射撃した。」

そして、冒頭に紹介した24日の翁長知事の日本外国特派員協会での記者会見は、大変短いのにすべての論点が明確に説明されているので、沖縄や駐日米軍基地の歴史を十分知らない皆さんにはおすすめです。いつもながら、すばらしい通訳者の方が通訳されているので英語の勉強にもなります!
→https://www.youtube.com/watch?v=96Gtk9mqLqI

私は、沖縄出身ではなく、かつ薩摩の関係者として、国連人家理事会総会でこれを訴えなければならなかった翁長知事とその後ろにいる140万もの沖縄の人びとに、深く深くお詫びしたいと思います。と同時に、翁長知事をはじめとする皆さんの決意と勇気に最大限の感謝を述べたいと思います。私たちは、日本国内で沖縄の人びとの叫びを十分に受け止め、この問題を解決できなかった事実を重く受け止め、なんとか責任を果たしていかなければならないと思います。

世界に恥ずかしいのは、安倍政権・日本政府だけでなく、私たち一人ひとりでもあることについて、今一度共に考えて頂ければと思います。


【所感への追加加筆〜日本政府代表による「人権理事会になじまない」発言】
会議後、嘉治氏は記者団に知事の演説について、人権理事会での取り扱いはなじまない、との見方を示していた。」(琉球新報 9月23日)

日本政府代表が本当にそう考えるのであれば、国連人権理事会の場で、正々堂々とそう表明すれば良いのです。しかし、知事演説に対する最も重大な反論であろうこの点について、日本政府代表は理事会議場では一言も触れず、総会が終わった後に日本&沖縄向けに言った点がさすが「二枚舌外交ニッポン」ですね。

なぜ議場で日本政府代表はその点を追求しなかったのか?
それは簡単。
人権「後進国」日本では通る論理かもしれませんが、国際的にはまったく通らないからです。

当然ながら、人権侵害を訴えている人がいる場で、しかもそれを訴えること自体が国連人権理事会に認められている以上、「それは人権侵害ではない」と述べるのは「セカンド侵害」です。

それを分かっていて、あえて議場で発言せず、しかし国内向けにそのように発言してメディアに報道させた点がこれまたセコイ。しかし、このような場外での抑圧的言動は、むしろ日本政府の人権意識の低さ、沖縄の人びとの基本的な権利を尊重する気のなさを露呈しまい、更なる反発を呼ぶ結果となってしまったと思います。

以下、知事の会見でのコメントと2日目に再度理事会総会で市民社会からの日本政府代表への反論全文を掲載しておきます。

【琉球新報】「人権と関係ないというのは本当に残念」 知事、政府に反論

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-249301-storytopic-271.html

「翁長知事は22日午後(日本時間同日夜)、国連欧州本部で記者会見し、知事の国連人権理事会での演説について日本政府が「軍事施設の問題を人権理事会で取り扱うのはなじまない」などと批判したことについて、県民は米軍基地から派生する事件事故、環境汚染や騒音などに苦しんできたとした上で、「人権と関係ないというのは本当に残念だ」と反論した。」

【島ぐるみ会議】FB
9月22日国連人権理事会年次総会
https://ja-jp.facebook.com/shimagurumi


***
議長、ありがとうございます。


この場を借りて、先住民の権利に関する分科会において発言をする機会を与えてくださったことに感謝を申し上げます。さらに、国連特別報告者のビクトリア・タウリコープズ氏にも今年8月に我々の故郷、沖縄を訪れてくださったことに心より感謝を申し上げます。


日本政府が発表したコメントのいくつかの点について説明をさせていただきたいと思います。
第一に、沖縄集中する米軍基地負担の軽減策の一環として今年3月に51ヘクタールを返還した、と日本政府は発言されました.しかし、51ヘクタールというのは在沖米軍基地面積のわずか0.2%にすぎません。


次に、日本政府は、基地建設に必要な埋め立てについて、仲井真元沖縄県知事より承認を得て、関係法令に基づき行われていると発言しましたしかしながら、第三者委員会はこの承認手続きについて検証を行い、その手続きが法律上瑕疵があると結論付けました。現翁長雄志県知事は、その承認取り消しに向けた手続きを進めています。建設の継続は法律違反となります。


また、日本政府は経済振興策を負担軽減策の一つであると発言しました。しかし、経済振興策で人権侵害が軽減されることはありません。だからこそ翁長知事は、国連人権理事会で訴えるためジュネーブまで来たのです。


安全保障の重要性により人権の重要性がないがしろにされることがあってはなりません。





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by africa_class | 2015-09-22 00:26 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

薪クッキングストーブと木工作品:森の木々への母と息子のパッションから

恵みの雨がしとしと。
サッカーを2日1度するTeen男子の家庭としては、晴天でないのは悲しいものだが、緑がシャキッと蘇っていくのを見るのは愉しい。昨日はこの1週間毎日しなければ…と思いながらまたしても寝込んでいたため出来なかった冬野菜の種まきをようやくした。久しぶりの雨に濡れた土の匂いは、素晴らしく心を落ち着かせてくれる。よく出来たもので、クローバーがこんもり茂っている土ほど良い香り。自然農法でよく使われるクローバーだが、マメ科故に根粒菌が窒素を固定してくれ、土壌が豊かになる。クローバーではないものの、似た葉っぱ(しかし黄色い花)をつける草があるところも同じ。これなんだろう…。

一つひとつ、すべてが勉強の毎日だ。
春も夏も1年に1度しか来ないものだから、後元気なうちに何度の春と夏を経験できるのだろう…と考えると、過ぎてしまった何度かの春と夏が切ないぐらいに愛おしい。もっと大切に、充実した春や夏を過ごせばよかった。あれも作ってみればよかった…などと考え始めるのはよそう。

はかなくも、たくましい命を今日もいただきながら、そんなことを思う。

普段は所謂「雑草」も抜き取るまではしないために、またザーサイでもレタスでも丸ごととるなんてしないために、「命を奪った」感は少ないのだが、丸ごと使うタンポポだけは、「奪った」感が拭えない。勿論、そこかしこに広がっているから「足りない」感はまったくないのだが。

そういえば、息子は家で食べる自家製レタスキャベツとスーパーで見るそれらが同じものだと長い間思わなかったらしい。というのは、自家製のものは、丸ごととって食べたりしない。いくつかのものの外側の葉っぱを少しずつ少しずつ収穫して食べるために、お互いをリンクさせることができなかったのだ。「冷凍カット野菜」が袋に入った状態しかみたことのないアメリカの少女が、ドイツで丸ごとあったニンジンを見て驚いたように…。

自給自足をすると、同じ時期に同じ種類の作物を作ることの無駄、丸々収穫してしまうことの問題に直面する。モザンビーク北部のお母さんたちは、品種を使い分けて収穫時期をずらしているのに納得する。勿論、我々には冷凍庫と冷蔵庫、オイルにビネガーに砂糖という保存に使えるものが身近にある。でも、そんなに何でも一気にできると困ってしまう。

去年、3本の木に洋梨が2百個もなって、本当に困った。
洋梨コンポート洋梨タルト洋梨ジャム洋梨のビューレ…あらゆるもので保存を試み、最後は地下室に貯蔵してみたが、1ヶ月もたなかった。あれは悔しかった。が、最後は洋梨カレーを作ったのだが、これがウソみたいに化けてくれて、何も言わなかったら、「水っぽいジャガイモウリ?」な感じ。カレーリンゴを入れるというところから発想したのだけれど、「ものは試し」だと実感したところ。リンゴよりも洋梨の方が断然美味しかった。日本では超高級品の洋梨。しかも、日本の洋梨には農薬がついてることが多いが、完全無農薬の洋梨はとっても貴重。だけれど、一度になる…のがたまらない。しかも地上3メートル以上も上に…。

リンゴの木も古く木登りしないと届かない場所にリンゴがなる。
選定の仕方を考えれば良かったんだろうが、何せ前の住民が植えたものだからどうしようもない。なので、とりあえず消費量の多いリンゴを、色々な品種の苗を入手してみた。息子の生物の先生が農家なので、無農薬のリンゴの木がタダで手に入った。
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下草刈りを何度言ってもしてくれないので、この後自分でやったのだけれど、こっちの鎌と日本の鎌の概念が違いすぎて今でも鎌がなく、大きなハサミのようなもので草刈り…つまり効率悪し。

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で、これらのリンゴと木登りして子どもたちがとったリンゴ。右側の5つはすでに虫食いにあってた。でも大丈夫!リンゴは用途がとっても広いので、とりあえず喰われた部分だけとって、小さくしてみた。薪ストーブに火がついていたので、とりあえず条件反射で黒砂糖と煮始めた。

病気療養が1年半以上も続く私が、なんとか家の家事をこなせているとしたら、とにもかくにもこの薪ストーブのお陰。どんな料理も「切る・ぶち込む・混ぜる・放置する」…だけだからだ。後は、土鍋と土瓶、Fisslerの鍋のお陰かな。Fisslerの鍋では、本当にごく僅かな水ですべてが蒸せる。

Fisslerのステンレス鍋
https://www.fissler.jp/jp/products/pots/pot_top.html
Fisslerを使った無水調理の方法
https://www.fissler.jp/jp/cooking_tips_culinary_trends/study_of_dry/brief_study_of_dry.html

このポイントは、「美味しさ」「ビタミンを壊さない」だけでなく、無水(というが極僅かな水での)調理ということは、あっという間に調理が終わるということ。つまりエコなのだ。他の鍋では入れた野菜の上まで水を入れて煮ないと煮れない。となると入れた水を沸騰させるのに時間がかかり、その分の余分なエネルギーがかかる。

ジャガイモを丸ごと煮るのに普通の鍋でかかる20-30分が、この鍋では10分程度。ほうれん草なら完全無水で2-3分という優れもの!初期投資は高いが、我が家では20年間同じ鍋。全然古びないし、後20年は余裕でいけるだろう。これまで使った20年で計算しても年2千円。普通の鍋でかかる水代・ガス(or電気)代を考えれば、楽々元が取れる。一家に1つあれば十分。Fisslerの圧力鍋が日本では人気だが、実は我が家はステンレス鍋で全て貫徹。なので、圧力鍋を買うかステンレス鍋を買うか迷ったら、出番の多い後者をおすすめしたい。(*が、我が家は肉をまったく食べなが魚は食べる「エセベジ」なので、圧力鍋の出番がそもそもない…という特異な事情もある)

でも、やっぱり薪クッキングストーブが全ての根幹である。
なので、今日も雨な上に昨日農作業をしすぎて身体が言うことを聞かないので、ずっと前から書きたかった薪クッキングストーブの話。

前にも書いたが、ドイツでも戦後薪ストーブは部屋を温めるためだけに使われ、台所で使うなどということはまったくなくなってしまった。万一あっても、ほとんど飾り的な役割かやはり暖房と温かいお湯を常に沸かしておくためにあって、これだけで調理のすべてをこなす人はほぼいない。なので、ストーブや煙突の専門家が我が家にきては驚くのだった。
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去年の冬に台所に入れてから、冬でも、春でも、夏でも。
外が35度を超えても、調理は薪ストーブのみ。といっても、ドイツの家は外断熱で石の家なので家の中は冷蔵庫のように涼しい。なので問題なし。

しかも、ドイツのキッチンといえばIHばかり。つまり電気!!!となると、土鍋も使えないし、コトコト煮るのも難しい。焼き魚なんてもってのほか!でも、一番原がたったのはケーキやパンを電気で焼かないといけないこと!!!敷地内・外に森が広がる田舎に住んでいるのに、バイオマスを使わないなんてあり得ない。いつまでここにいるか分からないものの、とにかく心身の健康のためにも(!)薪クッキングストーブを買ってみよう。ということで買ったのがこれ。このストーブは北イタリア製。展示品を買ったので1500ユーロ(19万円)ぐらい。でも、煙突がそれを超えるのが痛い…。

が、こちらは電気代が非常に高いので(月1万円ぐらい *ただし、高く感じるのは我々が日本でOMソーラー&ガスで月2千円も払えば十分以上だったからもある)、クッキングのすべてのプロセスから電気を省くと1.5年で元がとれる計算。しかも、セントラルヒーティングを動かさなくとも1階は温まる。なので煙突代を含めても、3年で楽々元はとれるのだ。

でも薪ストーブはとにかく煙突が全て。二重構造の長く上に延びた煙突を年に2度しっかり清掃しないと、火事になるのを覚えておいて下さい。ドイツの家は石の家なので総簡単には火事にならないものの、日本は木星だし、家が密集しているので、とにかく煙突でケチらないことが何より重要。清掃は専門の業者に任せた方が良い。ドイツは法律があって、年に2度専門家に掃除してもらわないとストーブを設置できない。そもそも、煙突とストーブの監査役がいて、彼のOKが出ない限り使えないというのも凄いが、それだけのものであるとまずは理解してほしい。その大前提さえこなしてしまえば、後は愉しい薪ストーブライフ。使い方のコツはまた今度。

今日は、食べ物の話。
で、大量の虫食いリンゴをどうしたのか?
ベリーのソースと同じことだけれど、果物を煮る時重要なのが、コレ。でも、日本では知られていないことが多い。ドイツでは、わざわざケーキコーナー等にもっと細かい奴が売ってある。これは、私の自家製…というか、去年剥いて食べた後の無農薬オレンジの皮を捨てずに切って天日乾燥させたもの。
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ただの甘さを超えたさわやかな上品な味にしてくれる。
問題は、無農薬のオレンジを入手することが難しい点…。
甘夏とかはっさくとかでも良いので是非近所に木があったら、譲ってもらおう。大抵収穫せずに木にならせたままのお宅が多いので。

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で、シナモンを入れてほっておけば、薪ストーブが勝手に焦げもせずに3時間後これを作ってくれた。1日冷蔵庫に入れたので見てくれは悪いが、すっごく美味で、子どもに珍しくとっても褒められた。

■「リンゴの?」の作り方
(1)リンゴを一口サイズに切る
(2)熱湯をほんの少し鍋の底に敷いた上にリンゴ黒砂糖を入れる
(3)木べらで焦げないように軽くかき混ぜる
(4)蓋をして5−10分して水分が出てきたら、
(5)シナモンスティックを入れて一回混ぜて、蓋をしておく
(6)20分ぐらいしたら、干したオレンジの皮を入れて混ぜて蓋
(7)後は放置
<=しっかり形が残ってシャリシャリしたのが良ければ20分ぐらい加熱し後は保温調理
<=上記は途中で忘れてしまったので…3時間ぐらい加熱した状態のもの

これだけだと超甘いので、以下のものの上にちょっとのせる程度が良いと思う。
バニラアイスクリーム
*甘くない生クリーム
ヨーグルト
クッキー

この「リンゴの?」の素晴らしいのは、家中甘酸っぱい素晴らしい幸せな香りに包まれること!薪ストーブでこれを作る利点は、「砂糖が焦げないこと」に尽きる。ガスでもIHでも、色々試して来たが、どんなに弱火でも鍋の中身は長時間放置すると焦げるもんだ。けっこう頻繁に混ぜないといけない。なので「完全放置」は不可能だった。

しかし、薪ストーブなら薪の大きさで火加減だけでなく、火が持つ時間を調整できる!この場合、大きい薪を一本入れて下の空気孔を少しだけしめておくと、1.5時間はことことと煮ることが可能。薪が燃え尽きても、ストーブ自体は温かいので、そこから余熱調理が1時間ほどできる。スープやソース、煮込み料理が好きなのに、無精者には、ここが最大のポイント!

ああ、薪ストーブに行き着くまで、何度鍋を焦がしたろう…。
日本は家が狭いのとキッチンがリビングだったので仕事も何もかもそこでしていたので「鍋を忘れる」ことは稀だったが、それでもゼロではなかった…。なので、煮込み料理は「保温クッカー」を使っていた。つまり、10分ガスレンジで加熱したカレーを、そのまま保温クッカー(ただの大きな魔法瓶をイメージしてくれれば)にぶち込んで6時間。

サーモス社のシャトルシェフ
http://www.thermos.jp/product/list/shuttlechef.html
これもお値段ははるが、子どもが大好きなカレーシチューを作るには、fisslerステンレス鍋でもそれなりに時間がかかる。何より、「翌日のカレーの方が美味しい!」という皆の実感の根拠は、じっくり煮込む方が美味しいというのが理由。なので、前夜あるいは朝に5-10分程度調理して、後はシャトルシェフに入れておけば帰宅時にまだほのかに温かくて、少し温めるだけのおいしいカレーが完成する。我が家は、炊飯器もポットも電子レンジもない家なので、土鍋でご飯を炊くのだが時間がないだろうという日は朝のうちにシャトルシェフでご飯を炊いておいた。

が、これ日本から持ってくるのを忘れた…。こちらではキッチンはキッチンなのでどうしてもずっとはいられない。なにせ布団から基本的に出るのが難しい状態が続いたので、鍋を弱火にして放置…焦げた匂いで気づく、、、という恐ろしい事態が何度も生じた。なので、病気の者にはとっても向いている調理具としては、薪ストーブを超えるものはない。

日本では、シャトルシェフを使ってヨーグルトも自家製していた。長らく牛乳を使ったヨーグルトを家で作っていたが、ドイツには豆乳ヨーグルトがあって、家でも作れるんじゃないか…と狙っていた。丁度、「リンゴの?」を作った時間帯がお昼と夜の間だったため、ご飯を作るには時間が早すぎたので、みそ汁の出汁を取るのと、豆乳ヨーグルトパン粉を作ることにした。(といっても、いずれもただぶち込み、放置…)

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これまた写真が横になっているが…。

豆乳ヨーグルトの作り方
うちは牛乳を飲まない家なので、基本は豆乳で。
ただし、牛乳を使って、普通の市販のヨーグルトでも同じ要領で自家製ヨーグルトが作れる。まあ、日本では「ヨーグルトの素」となる粉が売っているが…。

(1)自然色品の店にある豆乳ヨーグルトを買ってくる
<=牛乳ヨーグルトでも、自然食品の店にあるものの方が菌が強いのか、作りやすい。
(2)その食べ尽くした後の容器に新しい豆乳を入れてよく振る
<=不安な人は、4分の1ぐらい残したものを活用
<=この時点でバニラ味の豆乳を入れるとバニラ味のヨーグルト
(3)それを煮沸消毒した瓶いっぱいに詰めて振る
(4)ストーブの端っこの保温コーナーに置くだけ
(5)約7時間ぐらい放置すると、良い感じにとろとろになる
(6)ただ冷蔵庫に入れて、少し冷やすのと少しかためる
ベリーソースや上の「リンゴの?」をかけて食べると、とっても美味で上品なデザートに。

バニラ入りの豆乳が売っていない場合は、
<=バニラビーンズを豆乳に入れて少しの間温める
*薪ストーブがない場合は、
(1)鍋に70度ぐらいのお湯を入れる
(2)その中に瓶ごと入れておく
(3)適宜熱いお湯を足して温度を保つ
(4)20分ぐらいしたらバスタオルと毛布でくるんで5時間ほど放置する
<=この時、保温クッカーがあればそれを活用

で、薪ストーブのトップには、いつも土瓶に薬草茶、お湯、そして昆布が入った水の鍋がのっている。基本和食なので、出汁にはいつも出番がある。前の日から水につけてストーブの上においておけば素晴らしい出汁が。ちなみに、昆布はやはり「日高昆布」が一番よい出汁がとれる。粘りがあるし。しかも、出汁をとった後でも、厚みがあって旨味は残っていて、これを刻んで他のものに使っても未だ美味しい。
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焼きおにぎりだって、トルティーリャ(メキシコの)だって、お好み焼きだって焼ける。しかも、真ん中のリングを取ると、直火で中華鍋も熱せる優れもの。
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けれど重要なのは、身近に里山や森があるということ。薪を買ってもいいけれど、枝ぐらいは集めたいもんだ。でも、日本中の山林は荒れ果てている状態にある。多くのご家庭で、すでに薪ストーブは使われていないし、自分で薪割りをする余力もない事も多い。荒れ放題の山林が、生物多様性を減じさせ、野生動物の食べ物を減らしてしまって、里に降りてくることも多くしている。タダで薪や枝を頂く代わりに、山の手入れをしてあげるときっと喜ばれると思うのだが。
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腐っていた木々をチェーンソーで伐った後、森の木々は元気になったし、下に生えてくるものが多様性を帯びるようになったと息子がいう。

家から200メートルのこの森にきたのは初めて。それすらなかなか出来ないような状態なので。でも、息子が、森の木を伐ったら、光がさすようになって色々な生き物が元気になってる!と興奮して話にきて、かつこの苔のような不思議な緑のぶったいとその横の植物が、どうしても気になってみてほしいという。・・・ので、ついてった。
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通れるように丸太の橋を…。しかし結局落ちたので意味ないが。
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元々とウサギ小屋だった納屋は、現在森の薪でいーーーーぱい。この後さらに2人の男達はがんばった。こういうのはさすがに私にはまったく無理だ。
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森の中で朽ちたり腐った木々は薪になるだけでなく、息子の木工の材料にも。そして出てくるおがくずが、薪クッキングストーブの着火の材料になる。使い捨ての着火マンなんて要らない。マッチがあれば。

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森の木で器を製作中。
やりたいの分かるけど、注文の品…未だだったよね…。
かなり言い訳していたが、やっと半年前の注文の品である棚を完成させた。
スケッチブックの手書きの「へ?」というものしか見ていなかっただけに、出て来たものをみてそれなりに驚いた。

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上にも棚を付けてと言われたので、自然食品の店のスペースをみて、柱などをよける形でスペースを活用した方が良いなと思った息子は、以下のようなデザインに。前よりずっといい。

で、この棚皆に喜ばれ、250ユーロでお買い上げ頂いた!
今迄で一番沢山のお金を払ってもらった。あまりに嬉しかったのか、さっき一枚ずつ数えて一人ニヤニヤ…していたが、130ユーロはすぐに父に没収…の憂き目をみた。借金ね。私への300ユーロは…この棚の上におく商品をなんとか終わらせるところから。しかし、棚が出来た途端に満足感があるのか、途端に器の作業が止まった。
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なお、このアクロバティックな棚、納品したらぴったりはまったそうな。
測ってもいないんだけど、ちゃんと頭に焼き付けたから…と。
あかんやろ、それ。。。。
結果オーライすぎる。
人生そんな甘いもんちゃいまっせ、にいさん。

そういうところが修行が足りなすぎる…正直なところ、ちゃんとした修行をしてほしい。でも、こういうのも本人の自覚に任せるしかないと思っている。

というのも、私はピアノで辛い想いをしたからだ。
高度成長期、女の子はピアノを習うものという呪縛が母世代にあったようで、とにかくピアノを姉妹全員が習わされた。田舎だったもので、ピアノのあるお宅に、都会からピアノの先生が通うというスタイルで、一人30分ずつしかレッスンの時間がない。しかも、その先生はやたら厳しく、間違えると手を叩くのだ。まだ10才にもなっていないのに、間違えると叩かれる。この恐怖でピアノが弾けなくなってしまった。しかも、先生は誰一人ピアニストになれそうにない田舎の私たちに、それはそれは英才教育をしようとした。何度も何度も基礎を叩き込んで、それが終わるまで次に進めない。曲に親しむことができないまま、機械的に指が正確に動く迄何度も何度も同じところをさせた。なので3年生になる頃には相当弾けたが、嫌で嫌で仕方なくて姉がやめるついでに私もやめた。

母は怒ってピアノに鍵をかけ、その鍵をどこかへやってしまった。
家が貧しかった母はどんなに欲しくてもピアノを買ってもらえなかった。だから、授業の終わった音楽教室で独学でピアノを覚えた人だった。だから、私を身ごもって高校の体育の教師を続けられなくなったため、辞める時の退職金で、念願のピアノを買った。それだけに、母は傷ついたのかもしれない。「もうピアノなんか弾かなくてもいい!」そう怒って、鍵を隠した。

何年か経って、たまたま家の裏に声楽とピアノの先生が引っ越して来た。そこから聞こえる音色に、ある時雷にうたれたようにピアノが弾きたくなった。プロになれるわけもないし、なりたいわけもないから、ただ自分が弾きたい音楽を弾けるようになりたい…。そう思ったのだ。しかし、ピアノの鍵はないし、母はもう絶対ピアノは習わしてくれないという。

そのお宅には可愛い3才の娘さんと産まれたばかりの赤ちゃんがいた。特に、上の娘さんは私になついている。ひらめいた・・・(そう当時からひらめいたのです)。子守りとピアノのレッスンを交換したらいいんじゃない?親に相談もせずに、先生のところに直談判に行った。中学校1年生のころのことだった。今考えるとええ度胸しとんな〜という気がするが、実は先生も困っていたのだ。レッスンの間、誰も子どもたちの面倒をみてくれないので、ピアノの部屋に子どもたちをおいてレッスンで集中できない。かといって中学1年生に頼むか?というのもあるが、何故か先生は任せてくれた。それを大学に入ってブラジルに行くまで続けた。6年間になる。

結局、ピアニストになるような技巧も才能もない私だが、自分の弾きたい曲を弾くという願いはかなえることができた。その経験があって、息子に「基本をおさえてからやってほしい」という想いを持ちつつも、「奏でたい音を奏でられることが原動力と持続力なんではないか」と思って、余口を挟まないように努力している。ただ、作品の出来上がりについては、消費者としてまったく容赦なく批評するが…。どうすればよくなるかについては、本人の自覚を待つのみ。辛いが…。

一応、紙に色々デザインは書いているのだが。偉いアバウト…。
デザインブックというか、スケッチブックは家具や器やなんやらのデザインだらけ。最近は、「時計が作りたい」と言い出した…。
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で、死ぬほど沢山の時計のデザインを描いていらっしゃる。ついに、おじいちゃんの懐中時計まで分解してしまった…。

彼の愛読雑誌がこれ。
建築・家具の雑誌。高いので買ってあげられない…ので、売り上げからせっせと買っている。確かに、広告に時計がよく出ているものの…そこ?しかも今?やっと専用の売り場が出来たのに?!
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「家具」というと、2年前ウサギを家の中で飼うために作った小屋が最初だった。
そして、去年引っ越してから最初の作品はこれだった。半分壊れた日乾し煉瓦を集めて来て、納屋に捨てられていた防水シートをハサミでジョキジョキして作った小さな池。この中に小さなコイがいる。
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そこから木工へどんどん向かっていったのは、木々に囲まれていたことが大きいと思う。

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木への愛は半端じゃない…と本当の意味で理解したのは、彼のカメラのデータをもらった時だった。なんせこのこぶの写真が何十枚とある。
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こんな風に、違った種類の木の板の表情だけでも200枚は撮っている。
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で、あのコブはこうなった。
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やっぱりパッションが必要だ。
自分の心のど真ん中に。
あなたのパッションは?

声をかけても振り向けないほど没頭してしまう「何か」を、大切にできるといいですね。



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by africa_class | 2015-09-04 07:14 | 【徒然】ドイツでの暮らし

モザンビークでのジャーナリスト暗殺と国会前抗議の地続きの今、考えてほしいこと。

金曜日(2015年8月28日)、モザンビークで、最も尊敬されるジャーナリストの一人であったパウロ・マシャヴァ(Paulo Machava)独立新聞(Diario de Noticias)編集長が暗殺された。カステルブランコ先生(国立大学経済学部教授、IESE[経済社会研究所]創設者)と独立系新聞(MediaFax)編集長の裁判(8月31日)直前の、「これでもか」という脅し。マシャヴァ編集長は、この二人の訴追に対して反対キャンペーンの先頭に立っていた。26日に、モザンビーク・ジャーナリスト連合の抗議声明を取り纏めた矢先。朝6時にジョギング中に走り去る車の中から撃たれて死亡した。

ついに心配していたことが起きてしまった…と、あまりにもショックでまたしても寝込んでしまった。

「アフリカだから…」等としたり顔でいうなかれ。
そんなことを言う人は、いかにアフリカの多様性、モザンビークの固有性を知らないか、理解・知識のなさを露呈するだけだから。

ゲブーザ政権の二期目(2004年以降)迄、モザンビークは表現の自由においてはかなり進んだ国であり、ジャーナリストの暗殺はカルロス・カルドーゾ(2000年)以来、40年の歴史で2人目にすぎないのだ。そして、偶然の一致ではほとんどないと思うが、マシャヴァはカルドーゾ暗殺事件をずっと追い続けてきた。

外務省にもJICAにも日本企業にも何度も言って来た。
モザンビークは坂道を転げ落ちるように人権状況を悪化させている、と。特にこの2,3年は酷い状態で、その2,3年に日本の官民がモザンビーク政府・エリートに対して行っている支援や投資はその遠因の一つであることも指摘してきた。いわゆる「資源の呪い」だ。

しかし、これらの機関の人々は耳を貸さないばかりか、「人権状況は悪化していない」等と繰り返していた。すでにこの点は紹介したのでそちらを参照下さい。現実を受け止めず、現実に沿った対策がたてられず、「耳障りのよい情報」に依拠して戦略をたてる癖は、戦時中と同じだ。そして、その根拠として引っ張ってくるデータの問題はSTAP細胞問題と変わらない。

■プロサバンナの衝撃的な出来のマスタープランを材料として、大学1年生の基礎ゼミをする。

http://afriqclass.exblog.jp/21527387/

でも、実のところ、私は「オオカミおばさん」であればいいと思っていた。私の論文執筆の際の「将来展望を楽観的に持ちつつ、悲観的に分析する」という姿勢の結果であり、これ以上は悪くならなければよい、と。でも、モザンビークに関わる皆さんには伝えておかねば、と。

残念ながら、事態は予測した通りに悪化してしまった。
途中で期待がなかったわけではない。

今年1月にニュッシ政権が誕生し、同じFRELIMO党の支配が40年間続いているとはいえ、前政権が強めていた独裁に近い権威主義的傾向・暴力の方向性は転換するかもしれない…と多くが期待した。実際、同政権の閣僚は、FRELIMO党内の幅広い層の人を集めており、「対話」の重要性を繰り返し強調するニュッシ大統領への市民社会やFRELIMO党員の期待は大きかった。

しかし、現実には、2015年に入って次のようなことが発生していたのである。
(NGOのサイトからの抜粋。詳細は以下のURLを)
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-173.html

【2015年1月のニュッシ政権誕生以降起きていること】
① 2月:国立公園でのサイ密猟を取材中の国際ジャーナリスト2名の拘束と訴追
② 3月:野党案を支持したシスタック教授(憲法学)の暗殺
③ 6月:与党FRELIMO事務局長の汚職を報じた独立新聞に賠償命令
④ 6月:前大統領の退陣をフェースブックで要求したカステルブランコ教授(経済学)と2独立新聞編集長の訴追決定 *8月31日裁判 
<=内1新聞の編集長(Canal de Mozambique)は病気で国外のため訴追を免れる。
⑤ 8月26日:モザンビーク・ジャーナリスト連合は④上記訴追の中止を要求
⑥ 8月28日:最も尊敬されるジャーナリスト&新聞のマシャヴァ独立新聞編集長の暗殺
(⑤の実現に尽力)

多くの人は、「シスタック教授の暗殺」で初めてモザンビークの人権問題や「言論/表現の自由」の問題に注目したかもしれない。しかし、実際は徐々にじわじわと色々な兆候が出ていたのだ。今日は詳しくは書かない。以上のリストを見れば、言論抑圧がクレッシェンド(徐々に強化)されていった様子が明らかだろう。

これは、AP通信の取材に対する全国ジャーナリスト連合の会長Eduardo Constantinoの以下の一言に明確に表れている。

AP通信(2015年8月29日)
http://bigstory.ap.org/urn:publicid:ap.org:e01c374d143140659135a0e206957d89
「我々の国のジャーナリストらを黙らせようというさらなる試みだ(once more a way of trying to silence journalists in our country)」
南部アフリカ・メディア研究所は、次のように語る。
「マシャヴァの殺害は、『報道の自由を妥協させる恐怖の空気』を作り出した。」

このようなモザンビークの状態について、FRELIMO党の創設者の一人であり、1964年から独立まで英語ニュースの編集者であり、独立後内務大臣を努め、ザンベジア渓谷開発事業の総裁を務め、日本にも来たことのあるセルジオ・ヴィエイラのメッセージは、一読に値するものである。なお、ヴィエイラ元大臣は、汚職に手を染めるゲブーザ大統領の批判を繰り返したために、党の中で孤立を余儀なくされ、数々の脅しにあっている。

ヴィエイラ元大臣のメッセージについて、私が知ったのは、次のCanal de Mozの記事であった。ともに訴追の可能性がありながら、病気で編集長が裁判を免れたCanal de Mozであるが、二人を応援するために最前線で言論の自由の危機に立ち向かっている。

Canal de Mocambique 2015年8月27日版

A reflexão de Sérgio Viera e a deCastel-Branco têm dois denomina-dores comuns: a saturação peran-te a destruição do projecto de umpaís, em nome de um nacionalis-mo cínico acumulador, excluden-te, oleado pela ganância desmedi-da e por um desrespeito profundopelas noções de República, Esta-

do, suas instituições e cidadãos.


今日は訳する元気がないが、カステルブランコとて、17才の時にFRELIMOに入り植民地解放闘争に身を投じ、ゲブーザ前大統領と共に武器を取り、独立後は経済学者として教鞭をとりながら、歴代政権、ゲブーザ大統領のアドバイザーであった。モザンビーク政府のど真ん中で働いてきた人たちが、今の政府の状態をこのように述べているのは凄く重要である。逆にいうと、彼らはFRELIMOのど真ん中の人間だったからこそ、比較的「安全に」批判ができたのである。

「ある国の破壊のプロジェクト」


そう。独立の半分以上の期間、この国を見つめてきた私の感じているのも、その点なのだ。人権侵害、汚職、バッドガバナンス、民主主義の後退、権威主義化、軍国化・・・色々な言葉を使わざるを得ないが、どの言葉も今モザンビークで複合的に起こっている現象を捉まえることはできない。

「どんな苦境も希望を胸に立ち上がってきた「人びと」の国」

国は乗っ取られたのだ。
Greed(貪欲さ)に満ち満ちた為政者とそれに群がる輩によって。

そしてそれを支える中国・インド・日本。
勿論、アメリカや世銀や欧州の一部の国も批判は免れない。
しかし、少なくとも彼らはモザンビーク政府の耳の痛いことを公然と指摘できる。一報、中国・インド・日本は、自分の国が人権問題を抱え、権威主義やバッドガバナンスの体制故に、政官財の汚職まみれ故に、ガバナンスや人権問題、平和の危機について何一つ問題提起することがない状態でいる。このことは、モザンビークの為政者らに「人権、人権とうるさい国以外にも支援してくれる国がいる」という開き直りの姿勢を可能とさせる。

問題は、「ガバナンス」という無味乾燥な言葉で想像するものを超えている。

モザンビークでは、このような「国の破壊」をなんとかしようと、憲法が保障する言論の自由と結社の自由を使って、なけなしのカネと勇気で立ち向かう大学教授やジャーナリストたちが存在する。農民運動や社会運動、人権活動家、教会の人びと。「モザンビークの良心」ともいえる一群の人たち。かつては、FRELIMO党の中にも、政府の中にも、政府メディアの中にも沢山いた…。彼らの捨て身の努力があって、モザンビーク社会の正義はギリギリの、ごく僅かな最後のスペースにではあるが、保たれている。

なのに、これらの人びとを「外国の操り人形」「反乱者」「野党支持者」とよんで、弾圧するのを黙認する投資家・外国政府…そして、日本政府とJICA。

そのことが「モザンビーク社会の最善・最良の部分の人たち」を、いかに危険に追いやり、裸で政府に対峙させるか、そのことが結果として「国の破壊」に至り、汚職まみれの金満不正国家を生み出すか、繰り返し書き、述べてきた。この人たちとこそ、日本政府やJICA、企業や市民社会は、連携・連帯すべきところなのに、目先の「資源ほしさ」「メンツ」、あるいは「政府とだけやってればいい」の浅はかさ、あるいは理解のなさ故に、組むべき相手ではない相手たちと今日も悪行を重ねる。

詳しくは以下。

■敗戦直前に燃やされた陸軍資料、そしてマフィゴ代表の死とプロサバンナ。12団体「緊急声明」から考える

http://afriqclass.exblog.jp/21539066/

絶望してはいけない。
最前線で身体をはって闘う人びとがいる以上。

カステルブランコ教授は、昨日の裁判で、当然ながら無罪を主張するとともに、ゲブーザ大統領に退陣を迫った理由として、彼とその家族の汚職の数々を一覧として裁判所に提出するという行動に出た。暗殺長後の、あまりに勇気のある…正直なところ涙が出た。

BREAKING: Castelo Branco lists Guebuza's businesses, tells court how he wrote his speeches in 1977, Mozambique

http://www.clubofmozambique.com/solutions1/sectionnews.php?secao=mozambique&id=2147491324&tipo=one

大統領を辞めても巨大な利権を獲得したゲブーザ前大統領とその家族の影響力は健在である。それなのに、あえて彼らの汚職の数々をモザンビーク司法、社会、世界に問題提起したのだ。。。

彼は、裁判所でこう述べた。
「1980年代はゲブーザも理想を共有できる相手だった。しかし、今の彼は解放闘争の理念を侵害する人に成り果ててしまった。しかし、私は今でもこの理念を胸に生きている。 」

日本では知られていないのかもしれないが、ゲブーザ大統領家族はアフリカで最も裕福な一家の一つにのし上がった。それもこれもすべては「民営化」という言葉を使いつつ、国の権益を切り売りしてのことだった。ここら辺の話は、NGO主催の勉強会で使った資料を参照されたい。

【報告・資料】緊急勉強会「安倍総理が訪問するモザンビークで今起きていること~和平合意破棄後の援助、投資」
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-62.html

多くが、人びとの犠牲の上に築かれたビジネスである。その象徴が、プロサバンナの初期構想そのままの事業といわれるザンベジア州グルエ郡ルアセ地区で行われているAgroMoz社による大豆生産がある。ブラジルの大豆生産企業と組んで、ゲブーザ大統領の投資会社が多なっている大規模大豆生産は、地域の人びとの土地を奪い、人びとは恐怖に各地に拡散して、避難者生活を送っている。そして、この会社が空からまく農薬のせいで、子どもたちにすでに健康被害が出ているという。

■プロサバンナの問題を一括掲載している報告書は以下
https://www.dlmarket.jp/products/detail.php?product_id=263029
■日本の4NGOによる報告書は以下
http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy-statement/data/proposal%20final.pdf

なお、モザンビークの市民社会によって、この会社を含むナカラ回廊沿いの土地収奪の数々について、農民の声を紹介する動画が作製され、公開されているということなので、以下参照されたい。
https://www.youtube.com/watch?v=ptH1j_ye-oA&feature=youtu.be
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-174.html

本当は英国の研究所にいたカステルブランコ教授は帰国して裁判を受けなくとも、亡命することもできた。ポルトガルの国籍だって簡単に取れる。しかし、彼は7月のインタビューで、そんなことをしたらもう一人を危険に曝すし、何よりモザンビークを愛している市民として、危機に陥る言論の自由をなんとしてでも守らねばならない、との決意で裁判のために帰国したのだった。

そして、彼らを守ろうと、立ち上がったのも独立時の理念を共有し、モザンビークを良い国にしようと闘い続けてきた人びとであった。Abdul Carimo Issaは、裁判官であり、検察官であり、FRELIMO国会議員であり、法制度改革技術チームのトッップであるが、「ゲブーザ前大統領の尊厳を傷つけようという意図どころか、この公開書簡はこの国が現在直面する危機へのクリティカルな貢献である。 書簡を読むと、これが我々はもっと改善できるのに、できていないことへの絶望が読み取れる」。彼も身の危険を顧みず、証言したのだ。

モザンビークには、未だこのような人たちが残っている。
彼らが大統領や政府にこびを売って同じように儲けるのはとても簡単だ。別に独立系新聞などで危険に曝されなくともいい。政府が起訴した人を守ろうとなどがんばらなくていい。大多数の「官製」ジャーナリストは、なかなかキャンペーンに賛同しなかったという。大学の教授たちも、今となっては政府の言う通り、企業の言う通り、プランを作ればいい。黙ってればいいのだ。そうすれば、コンサルタントやアドバイザーとして重宝してもらい、カネはがっぽり入る。子どもたちも、親戚も、留学させてもらえるし(奨学金応募に値するかどうかすら政府が決定)、そもそも睨まれることなどない。暗殺の脅迫も受ることもないし。

しかし、個人の利益のために、あるいは自分だけを守ることを是としない人びとが、まだこの国には残っているのだ。もう最後の一握りであるにもかかわらず、彼らは最前列で声を上げている。UNAC(モザンビーク全国農民連合)だってそうだ。なのに、プロサバンナによって、そのUNACを排除・分断させようとしてきた3年間だった。詳細は、NGOのサイトの以下の資料。

■ProSAVANA事業で長引き、悪化してきた諸問題に関するNGOの見解と資料一覧
〜なぜ援助を拒否したことのなかったモザンビーク農民や市民社会は、日本政府とJICAにNoといい、怒っているのか?〜
http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/201508prosavana.pdf

今、日本の国会前で起きていることも、そうだ。
皆、怒っている。
怒るべくして怒っている。
モザンビークの農民と同様、主権を踏みにじられたからだ。
沢山の血を流して得た平和の時代に制定された憲法で、主権在民が書き込まれているというのに、それが目の前で踏みにじられているからだ。

日本では今、自分の不利益を引き受けてまで若い人たちが身体をはっている。それに先生達、大人達が心を揺さぶられ、ようやく動き始めたのだ。無私の心は人を動かす。それに比べて、日本もモザンビークも、世界も、あまりに私利私欲の追求者によって牛耳られている。その犠牲になっている人びとは、それでも騙されたままである。現状は、これらの為政者がいなくなると悪くなる、、、と信じ込まされて。自らが立ち上がることを度外視するあまりに。

■大学生のスピーチに思う。「名を伏せた者たち」が進める全体主義の今(その1)。
http://afriqclass.exblog.jp/21484478/
http://afriqclass.exblog.jp/21487530/

そういう私でも「イケイケドンドン」でもいいかな、という時期もなかったわけではない。チヤホヤされて嬉しくない人はいないだろう。しかし、その時に、モザンビークの農民たちのところで毎年修行させてもらい、また権威主義の国日本内で市民活動をしていたからこそ、狭いサークルで利己的に生きる限界に気づくことができた。

■長い夜にブレない生き方について考える〜ガンジーの「ノー」の価値論と「五日市憲法草案」、そして沖縄
http://afriqclass.exblog.jp/21326990

今、私たちは本当に岐路に立っている。
目の前は崖だ。
人類が世界のあちこちで闘い勝ち取ってきた、大切なたいせつな価値を、自らの手で、一時の狭い欲望にかられてこれを破壊しつくすのか、否か。

モザンビークで起きていることも、日本で起きていることも、地続きで起きている。
世界は常に連動していたのだ。
そして今はまさにもっと同時進行である。

あなたの理解、あなたの立ち位置、あなたの一歩、あなたの一言、、、すべて世界という大海に投げられた小石のように、輪を広げ、広がって行くことを想像してみてほしい。

国会前のあなたの姿は、日本の多くだけでなく、世界の多くの人を勇気づけたということを、今一度日本の皆が認識してくれたとしたら、モザンビークの危機もいつの日か共に乗り越えられるかもしれない。

決して自分のためでなく、人びとの権利と幸福ために、最期の最期まで闘い続けた、モザンビークの
・「憲法の父」故ジル・シスタック教授に、
・「農民の父」故アウグスト・マフィゴUNAC代表に、
・「ジャーナリズムの父」故パウロ・マシャヴァ編集長に、
とその家族に、心からの哀悼の意を表したい。

A Luta Continua.
(闘いは続く)


*なお、マフィゴ代表のご家族やUNACへの連帯メッセージと香典は以下のサイトで受付中(9月10日まで延期中)です。
https://docs.google.com/forms/d/1c--v5-ruK4VuQBCiFVq_WMKhbNISilVQro_ALLzpxlY/viewform?usp=send_form


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by africa_class | 2015-09-02 02:55 | 【考】21世紀の国際協力