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近刊本の草稿を終えて(「アフリカの解放と今」について)

すごくご無沙汰してしまいました・・・。
あれから移動が続き、さらに書けない原稿をいくつも抱えて、長めの文字を気軽に書くことが憚れてしまって、ずーーーと放置してしまいました。

(一点、重要な点を書き忘れていたので加筆します。「アフリカの小農」についてです)

原稿は未だ終わっていません…。
出版社に約束した締切を3度踏み倒していますが(陳謝)、一応草稿は終わったので、後は最終化のみとなりました。なにせ、学術的な執筆は3年ぶりのこととあって、本当にもだえ苦しみました。

しかも、10年前に手放したはずの博士論文のテーマを、「アフリカ」「南部アフリカ」「アフリカの人民/民衆/人びと/小農」そして、当時はまったく持てていなかったいくつかの理論の中に位置づけながら改めて、幅広い層の読者に書き下ろす…というのは、最初想定した以上に難しいことでした。

博論は、モザンビークの歴史(戦争と平和)に関するものでした。
当時は楽観すべき政治経済社会状況でしたが(2006年)、私の中では歴史の流れを見て懸念せざるを得ない点が多々あり、その意味で悲観的予測に基づいて書きました。書いた後、当時の某首相に渡した時に、「もっと未来のことを書いてほしい」と言われました。私もその時そう思う一方で、未来はいつも歴史の延長上にしか立ち現れないとも思っていました。

なので、新しい本は、「アフリカの植民地解放と現在」に関するもので、最後の章は、【独立という名の平和と繁栄はきたのか?】に焦点をあてています。これは、アフリカに限らず、日本のことも念頭において書きました。

2016年11月現在、残念ながら十年前の悲観的予測のほとんどすべてがあたってしまいました。途中、何度もそうならないで済むかもしれない「分岐点」のようなものがありましたが、そのすべてが悪い方に突破されていきました。

この感覚は今の日本についても同様です。
いつか書いたことですが、2008年頃より東京外大での「アフリカ平和・紛争論」の授業で、日中戦争の特に「民衆動員」を取り上げていたのは、まさに同じような「歴史の継続」と「悲観的予測」に基づくものでした。

本全体は、共著者のお力が大きいのですが、冷戦構造、アフリカ、ヨーロッパ、アジア・ラテンアメリカをまたぐ、壮大なるものになっています。私の担当した3つの章については、博論で触れながらも、十分に深めることができなかった点が中心となります。

担当したのは、アフリカ、南部アフリカ、モザンビークです。
いずれも植民地化・脱植民地化プロセス、そして冷戦を論じました。
今回は、かなり国連やOAUも焦点化しました。
そして、独立から40年近くが経った現在の状況を見据え、解放運動の指導者と小農の関係にも重点をおきました。それは、依然として、サハラ以南アフリカ(南アを除く)の多くの国々の圧倒的多数の人びとが、モザンビークと同様に、農村部で「小農」と分類される人びとだからです。

博論の後に取り組みながらも、どこにも発表できなかった史料分析も今回はできました。やりたかったこと全てではないですが、アメリカ、英国、ポルトガルのアーカイブズで得た史料を新たに使うことができました。また、さらに10年が経過してオープンになった史料やそれらに基づく最新の研究も少しは参照することができたと思っています。

そして、一番苦しんだモザンビークの章は…1980年代末に起きた「主権の危機」(IMF/世銀の構造調整計画の前身となるプログラムの受容)とその後に焦点をあてて、論じました。この点については、気になりながらも、今まで発表した本や論文で十分に触れることができなかった点です。現在、モザンビークで起きていることの源流がそこにあると思っています。そして、残念ながら、日本もこれらの「起きていること」と無縁ではない状態にあります。これは、博論執筆時とは大きく異なる点かと思います。

この本を書く約束をしたのは3年前のことだったと思います。
未だ病気が悪化する前で、その時はすぐに書けるような気がしていました。
有り難い話だったのに、そして申し訳ないことに、その「すぐ書ける」故に気持ちの中で新しさがなかったように思います。

病気の間中、書けないことが申し訳ない…と思いながら、10年後の今書くとしたら、「アフリカの人びとの解放と独立」について私はどう書くべきなのだろうか…という問いを悶々と考え続けることができました。そして、3年前より、2年前より、1年前より、今だから、「こう書かかれるべき」という思いが具体化されて、なんとか一つの章にまとまりました。

その意味で、共著者には多大なるご迷惑をおかけし、未だかけている状態ですが、私の中では、過去と現在、未来を繋いでくれる、非常に大切な仕事になったように思えています。すべてを一旦捨てたからこそ、切り拓けた気もしています。ようやく、様々な自分の分散してきた思考やテーマやアプローチや行動が、一つのものになる第一歩とできたように思います。

床に臥せって「浪費」したかに見えた厖大な時間と日々…3年近く…が、いかに豊かな実りのために不可欠なものであったのか、少し分かってきました。色々な機能障害(特に、記憶障害)との闘いが続いていますが、忘却もまた必要だったのだろうと思うようにしています。

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長野で有機農家をされているフォロワーさんに頂いた花豆が花を咲かせました。
おばあさまの代から大切に受け継いできた豆(つまり100年の時を命のバトンのリレーをしてきた…)だそうで、丁度100年の世界を振り返った書き物を一つ終えた(草稿だが)私には、なんとも感慨深いものがありました。

今、息子が新しいブログを作成してくれています。
当面、並行すると思いますが、引き続きよろしくお願いします。

この先、3つの国際学会で発表があり、しかも英語・ポルトガル語・日本語…なのですが、どの論文も終えてないので(涙)、もう破れかぶれになりかけていますが、ほどほどに頑張ります。

3章の理論の部分を明確にするためにも、これらの学会発表が不可欠で、集中砲火を受けること覚悟で、発表してきます・・・。

所謂「紛争後平和構築」の研究から離れたことを心の底から嬉しく思っているのですが、10年ほど、「民主化」なども、それを念頭において研究してきたために、今取り組みたいことの理論的基盤を獲得するには、未だ未だ時間がかかり、かつとっても難しい…です。
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by africa_class | 2016-11-07 01:12 | 【記録】原稿・論文