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レクチャー&交流会3/5@大阪「いまモザンビークで何が起きているのか?〜」

1年ぶりのレクチャーを行います。
【レクチャー&交流会(3/5 in 大阪)】
「いまアフリカ・モザンビークで何が起きているのか?
~『日本のための資源・利益』が奪う小農の未来とオルタナティブの可能性」

今回は、3/5に大阪で開催されるイベントのお知らせです。
ぜひ、ふるってご参加下さい。

(転載・転送歓迎)
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レクチャー&交流会(3/5 in 大阪)
「いまアフリカ・モザンビークで何が起きているのか?
~『日本のための資源・利益』が奪う小農の未来とオルタナティブの可能性」
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-233.html
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【日時】:2917年3月5日(日曜日)17時~20時
*レクチャー:17時~18時半、交流会:18時半~20時
【場所】:Cafe TIPO8 http://www.cafetipo8.jp/
【住所】: 大阪市北区中津5ー2ー9
【アクセス】: 大阪駅から徒歩10分、阪急中津駅から徒歩10分。
(*梅田スカイビルのお向かいです)
【講師】:舩田クラーセンさやか
(明治学院大学国際平和研究所研究員/元東京外国語大学准教授)
【参加費】:2500円 (モザンビークの幻のコーヒー[ビコ]、ハーブ茶、軽食付き)
*レクチャーのみ:1500円(ハーブ茶つき)
*交流会のみ:2000円(ビコ・軽食つき)
(*「一苗サポーター」の方はレクチャー&交流会あわせて2000円です)
【定員】:30名 (ぜひ交流会と共にご参加下さい)
【申込み】:以下URLにお名前・ご連絡先(メール)をご登録下さい。
https://ssl.form-mailer.jp/fms/166a9da5492496
【主催】:カフェモサンビコ・プロジェクト
http://cafemozambico.blog.fc2.com/
【協力】:モザンビーク開発を考える市民の会
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/
【お問い合わせ】:カフェモサンビコ・プロジェクト 事務局
cafemozambico<@>gmail.com
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私たちが大好きだったモザンビーク。
だから応援してきた。
でも、たった5年ほどでモザンビークは劇的に変わってしまいました。
そのことに日本も無関係ではありません。
私たちは、これからモザンビークとどうつき合っていいのか、戸惑いのただ中にいます。

このレクチャー&交流会では、参加者の皆さんと次のようなことを一緒に考えたいと思います。

・今モザンビークで何が起きているのか?
・それに日本はどう関わっているのか?
・現地の人口の大半を占める小規模農民たちはどう感じているのか?
・どのようなオルタナティブが可能なのか?
・私たちはどのような未来をどのような形で創っていきたいのか?
・モザンビークの人びとと一緒に何ができるのか?

ぜひ、沢山の方にご参加頂ければと思います。
レクチャーの後に交流会を行います。
「コーヒー非生産地」とされてきたモザンビークですが、在来種のコーヒー「ビコ」をご試飲頂けます。
ふるってご参加下さい。

【講師からの概要】
私たちは、食料・エネルギー源・原材料の多くを海外に依存しています。
でも、これらの資源を提供してくれる国の社会・人びと・環境にどのような影響を及ぼしているのかについて、あまり考える機会はないかもしれません。そして、これまでアジアを重点的に資源開発してきた日本が、アフリカに進出して、何をしているのかについても、あまり耳にすることはないでしょう。

アフリカには54カ国あります。
その中でも、南東部アフリカにあるモザンビークが、日本の経済開発の「最重点国」となっていることはご存知だったでしょうか?

日本は、2009年にモザンビーク北部のナカラ回廊沿い地域で、鉱山(石炭・天然ガス)・農業(プロサバンナ事業)・インフラ(鉄道・道路・港湾)開発に大々的に取り組むことを決定しました。2014年1月には安倍首相が19企業・機関を引き連れてモザンビークに行き、「ナカラ回廊開発に5年間で700億円を供与」を約束しています。

あれから3年。
日本政府は、2015年に292億円の円借款を行った他、数十億円規模の無償援助を続けています。日本企業各社は、内陸部で石炭を掘り、海上で天然ガスを採掘し、鉄道や港湾設備の新設・改修に関わっています。

しかし、モザンビークでは、2013年から武力衝突が再燃する一方、数々の暗殺・脅迫事件、ガバナンスの悪化、土地の大規模な収奪が頻発しています。日本企業が進出する炭鉱地区から1万人を超える難民がマラウイに流出している他、去年は石炭貨物列車が攻撃されています。

その最中に、モザンビーク前大統領と国防省(現大統領が当時の大臣)が関与した「隠れた&消えた巨額融資」問題が発覚し、IMFや西側各国は融資や援助を緊急停止して、政府のガバナンス改善のために力を合わせているところです。しかし、日本はどこ吹く風で大規模投資と援助を繰り返しています。

先日来日した農民組織のリーダーたちは、一連の日本が関わる「ナカラ回廊開発」に「NO!」を表明しています。なぜなら、石炭やアグリビジネス、植林・鉄道開発によって多くの土地を奪われている他、農業援助プロサバンナ事業で人権侵害や市民社会への分断介入が続いているからです。

国際開発学会での農民たちの発言に対して、日本の開発研究者が「開発に犠牲は付きものではないのか?」と問いました。それに対して、ある農民リーダーはこう問いかけました。
「日本の皆さんが決めることですが、皆さんは幸せですか?皆さんは苦しみの開発にYESなのですか?」
「私たちは、苦しみ/哀しみの開発にNO。幸せのための開発/発展のプロセスにYES」と。

この農民リーダーは、東京だけでなく原発事故に苦しむ福島と限界集落化しつつある兵庫県中山間部を訪問しています。そして、地元の農家の皆さんと語らう中で考えた結果、以上のように答えたと言います。

2011年3月11日に起きた東日本大震災は、日本の私たちに「犠牲を伴う開発」について、多くの問いを投げかけました。モザンビークで私たちの援助や投資がもたらしている現実は、他人事ではありません。と同時に、「日本の食料・エネルギー・利益をどうするのか」という疑問もあるでしょう。

それを乗り越えていくためのヒントを、モザンビーク農民の声を紹介しながら一緒に考えていきたいと思います。

【講師プロフィール】
舩田クラーセンさやか
(明治学院大学国際平和研究所 研究員)
元東京外国語大学大学院准教授。「紛争/暴力と平和」の専門家として、アフリカー特にモザンビークの歴史・政治社会・経済を研究してきた。2012年、モザンビーク農民組織の要請を受けて、日本とブラジルが同国北部(ナカラ回廊)で実施するProSAVANA(プロサバンナ)事業、ナカラ経済回廊開発、そして土地収奪の問題に取り組むようになる。現在は、グローバルな食と農・暴力をめぐる諸問題の研究に従事する一方、国際的な学術グループや市民・当事者間のネットワークづくりをサポートしている。また、エネルギーと食料の自給の実践、ハーブや薬草の研究を積み重ねつつ、「里森生活」を合い言葉に、森の薪と枝だけで調理中。主著書に、『モザンビーク解放闘争史』(御茶の水書房、日本アフリカ学会奨励賞)。共著に『The Japanese in Latin America』(Illinois UP、全米The Choice50選)、編著に『アフリカ学入門』(明石書店)など。

【参考サイト】
*「モザンビーク開発を考える市民の会」のブログ
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/
*「アフリカ日本協議会(AJF)」の関連サイト
http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/ProSAVANA/
*「日本国際ボランティアセンター(JVC)」の関連サイト
http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy/prosavana-jbm.html
*市民による「モザンビーク小農応援団」のフェースブック
(上記の来日農民の皆さんの声などが満載です)
https://www.facebook.com/%E3%83%A2%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%AF%E5%B0%8F%E8%BE%B2%E5%BF%9C%E6%8F%B4%E5%9B%A3-1060343997409346/?hc_ref=PAGES_TIMELINE

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国際開発学会@広島大学で発表するモザンビーク市民社会の代表の様子。
私の故郷ニアサ州の農家の息子さんです。
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by africa_class | 2017-02-16 03:12 | 【記録】講演・研究会・原稿

大雪と子猫の巣立ち、息子の電動ひげ剃りの衝撃とともに。

今年の冬は厳しい冷え込みで、水深2メートルの池も、ビオトープも氷が張りっぱなしだった。
ハリネズミもすっかり冬眠したようで、まったく姿を表さない。
そんな冬だが、息子が自分で電動ひげ剃りを買ってきた。

夜は零下なのに確実に春が近づいている。
鳥たちが忙しいのも、木々がふっくら莟をつけはじめたのもそれを物語っている。

ある時気づいたのは、野良猫用の飲み水を野鳥たちも必要としていること。
ドイツの田舎という意味では、ちっぽけなクラーセン家の池やビオトープであるが、この水がこの近辺を飛び回る野鳥に不可欠なものだったことを知る。

そして、寒い冬の朝に、息子がひげを剃るようになったと思ったら、二匹のオスの子ども猫たちが巣立って行ってしまった。

2年前の夏、生まれたばかりの五匹の子猫は、母猫ニャーニャによって、隣の薪小屋から一匹ずつ口でくわえられ、今は亡き義父のぽんこつBMW(35年もの…)のボンネットに連れて来られたわけだけれど(多分そう)、去勢手術の時に三匹はオスで二匹はメスと分かった。

黒と白の「バットマン」的模様の母猫ニャーニャの子だから、二匹は真っ黒、三匹はまだらで、とにかくいつもじゃれあい、仲が良く、庭や森で刈りを一緒にし、このままずっとこの子たちはこの庭で成長するのだと、いつの間にか思い込んでいた。

甘えん坊の「コブ」は、寂しくなると二階の仕事部屋に、玄関の藤棚を伝って上ってきて、二階の窓の外に座って私に会いにきてくれた子だったが、あまりに外で寝るには寒いだろうと思って夜は家で昼は外でと何日か過ごした後、ある満月の夜に戻ってこなくなった。

そして、メスの子猫たちは外の冷気を嗅いだだけで、「いいわ・・・家にいる・・・」とひるんで、「家猫」になった。母猫ニャーニャはトイレは外、寝るのは家と決めているようで、トイレはとにかく外でしか出来ない。これを尻目に、娘達はすぐにトイレをマスターした。ただし・・・庭の土を最初に入れなければならず、やっぱり土の上でしたいらしく、ある朝、小さい植木鉢の中にやっていた。しかしどうやって?!

そういえば、この家にくる前は、トイレは市販の工業製品を使っていた。
ビーズの大きな玉と下にシートを組み合わせるタイプ。
これが凄く高くて、かつゴミになるのが悩みだった。
しかもパルプ・・・森林伐採。。。
日本では、所謂「ネコスナ」がかつては人気だったが、あれは燃やせない。
猫歴30年を超える中で、色々試してきたものの、確信をもっていえるのは一番いいのは「木屑を固めたペレット」であるという結論。

特に、生ゴミと落ち葉のコンポストがあるというのもあるが、匂いの面でも掃除の面でもこれに勝るものはないとこの3年ほどは思っている。ぜひ、騙されたと思って、一度使ってみてください。猫たちのストレスもずいぶん軽減されると思う。

と、また脇道に逸れました。
3匹のオス猫のすべてが巣立ち(家出?)、息子のように可愛がった愛猫のぴーちゃん(男子)を亡くし、去年の今頃は7匹いた猫が、メス猫のみ3匹になって、色々考えたのは・・・

「人間の息子」とも、「もう長くは過ごせない」という現実。
小さい時は、早く大人になってくれないかと祈るように毎日思っていたのに!
身勝手ですね。

いざ、子猫たちで「巣立ち」を実際に経験してみて、こんな辛いものとは思いもせず。。。
一緒にすごせる時間がカウントダウンになって途端に、ガツーンときた。

「こぶ」がいなくなったのが、息子が3週間のインターンシップでアメリカにいっている時だったからかもしれないけれど、とにもかくにも、3人の家族から息子が旅立つと、こんな感じなのだというのを初めて経験して、一気に年を取った気がしてしまった。世の親もこうだったのか・・・。

救いなのか、どうなのかは不明だけれど、ドイツの学校教育のシステムでは、大学に行くにはアビトゥア(大学入学資格)が不可欠で、学校が終わった後も皆1年は自分で勉強して、試験を受けることになっていて、外国語は2つが必要で、かつ長い論文を書かないといけない。しかも、そもそもドイツ語は母語とはいえない息子にとって、なかなかハードルが高いために、義務教育の12年生を来年終えたら、別の学校で2年は勉強ということなので、3年は家から通うらしい。

ぎりぎりセーフ。
今迄、私の子どもとの関わりのイメージは、「あれもこれもしてあげたい」という欲求を、いかに引き算して、根本的に彼が必要としていることは何なのか…を突き詰めて、それを手伝うことであった。

ツレが完全に「やってあげる型」(つまり足し算ばかり)だったこともあり、私迄そうすれば追いつめるだろうと思って、引き算ばかりに集中してきた、、、、が、ここにきて少しぐらい「足し算」させてもらってもいいのかな、と思うようになった。今更なのだが。

それは、息子がこの前、色々あって疲れ果てた私に、フルコースのディナーを作ってくれたことでそう思ったのだった。すべて自分で考え、作った創作料理。

・ジャガイモと人参、パプリカのソテー
・サーモンのムニエル
・これに、庭のハーブで作ったクリームソース

16歳にして、これはなかなかのものだと親ばかながら関心した。
もう「引き算」「足し算」など考えずに、もっと普通の関係を築いていくべきだと感じた瞬間だった。ある意味、私はツレの「足し算子育て」に子どもが駄目になってしまうのではないかという恐怖を持ちすぎたのかもしれなかった。なにせ、彼自身がそういう風に育てられてきたから、それが「当たり前」すぎて、議論するにもあまりにもエネルギーを使うので、いつしか役割分担と考えるようにしてきた。

家族で価値がまったく違う親を持つ子どもは不幸かもしれないと思いながら。
でも、実際は、それが息子にとってはトレーニングだったかもしれない。
つまり、多文化共生の。
いや、共生していないか。共存?

「重い親」の呪縛、衝突が耐えない異なる価値感の親から、彼自身が軽やかに解放されつつあるのを見て、なんだか私の「親としてどうあるべきか」の問いも、もはや妥当性を欠いた押し付けがましいものなのだと感じるようになった。私もまた、解放されなければならない。いや、私こそが?

こうやって、猫の親がとっくに終えている子離れを、「人間の親」である私は、少しずつ学んでいくのだろう。いや、学んでいかなければならない。

そんなことを思った冬緩むお昼のこと。
勝手口から「たーだいまーー」と聞こえてきたので、これにて失礼。

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by africa_class | 2017-02-15 21:52 | 【観察日記】猫ママの子育て

「超えられない壁」を持つ幸せについて

トランプ当選から大統領就任まで書いていなかったとは。
そして気づいたら2017年になっていた。
もはや新年の挨拶というわけにもいかないので、今年もよろしくお願いいたします。
それだって、あまりに?

年末年始と、例の本の原稿を粗稿から最終稿にするのに、本当に手間取ってしまった。病気になってから、一個ずつしか片付けられない人になってしまって、とにかく全てに時間が厖大にかかる。同時にやろうとすると混乱が襲ってくる。そういうぐちゃぐちゃの糸を、一本ずつ深呼吸しながらほぐしていくのだけれど、それがどうしてもほぐれない時もある。

ということで、140文字なら軽く書けても、ブログ一つを書こうとしても、それなりに気合と勢いが必要なために、「書こうかな」と思っても戸惑いのまま数週間があっという間に経ってしまうということが続いている。

まあ、家族がチョロチョロしていたらブログなんて書く気分じゃないというのもあるが。

本当は、新書の原稿と、翻訳の仕事を片付けないといけないのだけれど、まったく気分が乗らないので、しかも家族がいないこともあり、ブログを開いてみた。なんか書けそう?

<と書いてアップしないうちに、家族が戻ってきてしまった。「しまった」というのはないだろうが、色々事情があり、やはり「しまった」なのである。>

そもそも皆さんに「書けた!」と報告したはずの学術本の原稿…。これを最終稿にするのに、あれから数ヶ月かけてしまったのでした。

どうしてかというと、これを書くのであれば、あれもこれもちゃんと読み返さなければと思っていた本がどうしても気になって、それが講じて、私の思考(という偉そうなものではなく、試行錯誤)は、ついに1899年に遡ってしまったからでした。

この年号をいうと、アレね・・・だと思うのですが、そしておそらくイマどき?・・・となってしまうかもしれませんが、あれらの古典に潜り込んで、ああでもなく、こうでもなく考えに考えたわけです。なのに、結局のところ最後は注に入れただけで終わってしまった、という無惨な結果に。まあ、予想はしていたものの(力不足すぎて)。

もうこの本の完成を3年も待ってくれている恩師が、あれからさらに数ヶ月・・・最終稿を待たせたものだから、呆れ果てたと見えて、まあ締切がある訳でもないから、と。

これはやや信号灯った感のあるお返事で、さらに焦る。

でも、先生にはその時点では1899年問題のことは伝えていなかった。1899年から1920年代までがどうしても、すごく重要なのに、蓄積がなさすぎ、勉強不足すぎて、とにかくのたうちまわった。光が差し込んで朧げながらみ見えたものが、かすんでいく。その繰り返しで、ついに悪夢まで見るようになったので、とりあえず手放した。注にぶち込んで。

脱稿。ついに提出。
が、返事がこない。
やっぱり、あかんかった?
学生の頃からの繰り返しだが、こういう不安を感じられるのも、自分が教師という仕事を一度してしまうと、とても新鮮で有り難いことだと気づかされる。

無謀にも、最終の章では、本全体がターゲットとする19世紀末から70年代までのアフリカ史に、冷戦後を付け加えて今起きていることの現象を歴史的に振り返えってみようとした。しかし、そのためには、19世紀末を真正面から取り組み直さないと出来ない・・・のであった。

なぜ19世紀末?
それは、暮らしと活動経由で行き着いてしまった「食と農の問題」に研究でも関わるようになったことと大いに関係している。

当然、これまでだって戦争と暴力の起源を19世紀末以降の世界史・地域史に求めてきた以上、「食と農の問題」であろうと何であろうと、そこにいつも立ち返るのだけれど、最近は歴史を前提にしないとしても、やはり19世紀末の問いとそれを乗り越えようとして試行錯誤された思想の数々は、もっと参考にした方が良いと思うに至ったりました。

これらの思考の軌跡(今となっては「理論」と呼ばれる)を参照しつつ、また19世紀末から現在までの展開を考えていくとして、その際に私なりの関心事である「国家」「暴力」「民衆/小農」の光を当てていくと、何が起こるか?

それは、もう凄まじく深く広い世界が立ち現れるわけです。探究心がどうもおさえきれないほどわき起こってくるのに、これに挑むだけの能力・気力・時間があるかといわれたら、即座に回答できる。

「ない」。
ここに足を踏み入れたら、出てこれないだろうな。
でも、入ってしまおうか。

と、うろうろしているうちにお正月が過ぎて、断念=>注という情けなさなのでした。

でも、去年の半分は実は、アフリカではなく、日本の19世紀末を眺めていた。ようやく一巡したのだと思っている。

日本から南米に行って、南米からアフリカに行き、ヨーロッパを問い、そして今アジアに向かい、日本を問うという展開に。いつかこの日がくると思っていたのだけれど(それがどうしてかは思い出せない)、学術が私を導いたのではなく、先祖のある物語と、ブラジルの先住民族やアフリカ系の人びとの悲鳴によってであったということは、意外であり、予想もしていなかったことなのですが、とにかくそういうことだった。

二十歳の頃をすごしたブラジルに、日系ブラジル人の調査で一度行って以来、ずっと帰っていなかった。あの寂しさと愛をたっぷり抱えた人びとのところから脱出しないと、「人生は終わってしまう!」と真剣に思ったから。だから二度と戻らない決意だった。でも、人生とは不思議なもので、まったく違う理由でブラジルを再訪し、先住民族の年老いた女性の一言で、我に返ったのでした。

「私はブラジルを知らなかった」と。
今でも十分には知らないのだけれど。
ただ、彼女の一言を聞いた瞬間、世界史の波のようなものに、ざぶんと頭から浸かってしまったような、そんな「気づき」が押し寄せてきたのでした。

そう。それは、「支配」に関することの。
人類が「支配する側・される側」に分かれて、それが「独立」で終わらなかったことの。
そしてこの21世紀初頭の今にこそ、「支配」が強まるという逆説的な現実の。
「支配される側」の声が、吹けば飛ぶ木の葉のようにかきけされていく暴風雨の吹き荒れる空気感の。
「支配する側」の自覚的な、無自覚的な、鉄のような揺るぎのなさの。
あざけりと、救世主のような奢り。
あるいは、世界で犠牲を生み出してなお魅力に満ちた「開発のロマン」に酔いしれて?

「トランプ前後」の世界では、「旧支配者」側のコロニアリズムが急速に進んでいて、だからこそこれをどう捉えて、どう投げ返すのかという点が、ますます重要になってきたと感じている。

それが、沖縄の辺野古の人びと、アフリカの小農、ブラジルの先住民族、アメリカのパイプライン反対の先住民族、いずれの人の闘っている根っこにある問題は、まさにこの「歴史的な支配・被支配」が作り出してきた構造からディスコースのすべてまでを含む。

そんなこんなを考えていたら、先生から「読んだよ」のメール。
しかも、意外なことに、先生もまた、同じ時代に行き着いていたようで、同じ本を手にとって色々と考えていたという。といっても、レベルがまるで違う「色々と考える」な訳ですが。

そして私が日本に置き忘れて引用できなかったある著者の四巻本に取りかかっている、と。私は一巻もののことだったんですが、先生。ああ、恩師がいるというのは、なんと幸せなことなんだろう。決して乗り越えられない高いそびえ立つ壁が前にあるということの幸せを噛み締めた瞬間だった。そして、この幸福感に安住していてはいけないのだろうけれど。

それにしても冬のある季節に暮らすことのメリットを切実に感じた冬だった。去年から畑面積を広げたこともあって、春・夏・秋は本当に忙しかったから、この極寒の冬は有り難かった。依然として池は凍っているけれど、もう木々の莟が膨らんできた。マイナス5度以下が続いても、春が近づけば、木々の莟はちゃんと膨らむという自然の摂理に、ただただ感動する毎日です。

なんか支離滅裂の文章になりましたが、まあご勘弁を。
またーーー次は、意外とすぐ書けるかも?
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by africa_class | 2017-02-03 08:39 | 【記録】原稿・論文