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「楽園」から遠く離れてしまった私達として

畑仕事も終わり、翻訳もまずまずで、後数時間で空港に息子を迎えにいかなければならない。

この半年書こうと思って頭で書いていた文章が、なぜか突然溢れ出す。
乳飲み子だった彼を寝かしながら、毎晩頭で書いていた博士論文のときのように。

子が寝ると、そっと起きてPCに向かう。
暖房のない兵庫の山奥の部屋で、頭の中から溢れ出る情景と言葉をキーボードに落としていく。

あのときの情景は、モザンビークのミオンボ林の中を彷徨いながら解放戦争を生きる子どもたちの姿だったり、インド洋に浮かぶダウ船を自由に操る「海の民」の勇敢な姿だったり、ポルトガル人との混血の官使の下、素手で石や砂を集めさせられて鉄道を敷いていく男性たちの姿だったり、和平を祝い舞う女性たちの姿だったり、時空の彼方のものであった。

いま、言葉が頭から溢れ出る瞬間は、畑仕事から戻ってくる瞬間だったりする。
日々変化する何かとふれ合い、語らい合うと、感性の何かが刺激されるようで。でも、畑の中にいる間は「言葉」ではない。「感触」なのだけれど、家にはいった瞬間に、それが言葉になって空に舞い始める。

でも、それを目で見える文字に変換する時間などないほどに、色々なことに追われてきた。だから、一切「文字」にしてこなかった。自分のやりたいことを、自分のためにやることは、依然として得意ではない。これは、19歳のときに誰かと暮らし始め、母になってからずっと感じてきたことだった。

家族がいるということは何よりも代え難い幸せでありがたいことである一方で、自分の思考と言葉を一致させるには時間と空間の工夫がいる。他のことの忙しさもあって、自分のことは後回しが癖となり、どうにも上手くやりくりができなかった。

その上、病気になってから、一つ一つのことに、とても時間がかかる。
いや、やり始めるのに時間がかかるといったほうがよいいかもしれない。
残念に思うことは事実だが、それはそれでよかったのだと思う。

できないからだ・・・もう。
あれこれやりたいと思っても。
同時には。
その上、順番にしても、もう半分以上は確実に生きてしまったから。

そう思ったときに、一度だけの人生を、納得のいくように生きたいと思った。
いやあんた、自由に生きてたやん。
他人はそう思うかもしれない。
でも、私の実感は真逆だったのだ。
そこに人間の難しさと愚かさと闇があると思う。

私はもっともっと知りたいと思ってる。
学びたいことが山ほどあって、それについて語り合いたいと思ってる。

自然の中にいると、無知を自覚させられる。
しかし、この無知の自覚は、不思議なことに、大きな喜びをもたらしてくれる。
ああ、なんと私、人間、ヒト科動物は、本質が掴めないのだろう。
目で見て、耳で聴き、手で触るものでしか判断できないのだろう、と。

ここは楽園。

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ずっと薪割りコーナーで、皆のいうところの「雑草」が生い茂っていた場所。
今年春にイーちゃんがモザンビークの帰りにきて、ナオミちゃんとマーサちゃんがルワンダから遊びに来てくれたときに、一緒に畑にしたところ。今年は、日本とアフリカから8名が手伝いにきてくれたのだけれど、彼女たちの活躍なしには、畑の面積は広げられなかった。

先日東京からきた古い友人が、この広い畑と森と庭の中を歩き回りながら、このスポットが「楽園」なのだといってくれた。日陰で少しじめじめしているところなのに、ここによい空気が漂っていると。

ただの草むらだった楽園には、皆の想いが詰まっている。
人間だけじゃない。

農業関係の仕事についている彼女たちが驚いたこと。
この元気な野菜たちは、去年タネが出た段階の茎をそのまま刈り取ったレタスと大根とアマランサスを段ボールにぶち込んで放置して乾燥させていたのを、1年経って穂ごとバンバン叩いて蒔いて、土を被せて踏んで、枯れた草をばらばら蒔いただけだったりするのだ。半信半疑の彼女達がやって行ってから1ヶ月後がこれ。

いや、これが正しい方法だといってるんじゃない。
単に、忙しすぎて、きちんとタネを茎とか穂から分けて、叩いて干して・・・ができなかったからだけなのだけれど、これはある種私の中では実験的にやろうとしていたことでもあった。

その命に託してみればいいと。
命が応えようとすればこれに応えるだろうし、応えないとしても、別の命が応えるのだろうと。

そして見事にタネたちはこれに応え、いまとなっては、大根とアマランサスとレタスの草むらとなり、寒さの中で食卓に緑を添えている。(写真は8月頭)


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カボチャはドイツの固定種。
これは今年は買ったもの。
奥は、モザンビークの農民ママにもらったトウモロコシ。
ササゲとともに、すごい成長ぶりだ。
この話はまた改めて。

でも、森の中で農的営みを試みるというトライアル&エラーは、徐々に私たちをも変えてくれている気がする。
ビオトープでオタマジャクシとなった何万ものカエルが、今は森の畑の中で一生懸命虫を食べてくれるまでに大きくなった。この「王様」は、もう目が合っても逃げたりしない。

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命が命を支え、新たな命を生み出す。
そんな循環の中に、かつては私達ニンゲンもいたはずだった。

8月の情景と溢れた言葉を思い出しながら、あえて「楽園」から遠ざかろうとしているのは、私達自身なのかもしれないと思った土曜の午後のことだった。

いざ空港へ。




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by africa_class | 2017-11-04 21:49 | 【食・農・エネルギー】

【最終講義(舩田クラーセン)】「小さな物語/歴史と大きな物語/歴史が交差する場に立ち続けて」4/9@代官山

より詳しい内容を以下に掲載しました(3月9日)
http://afriqclass.exblog.jp/22581068/


<=定員オーバーのため、一般受付は終了したそうです(3/18)。
*「招待者」の皆さんも既に定員オーバーで実行委員会の悲鳴があがっていますので、大変申し訳ございませんが締め切らせて下さい…。どうしても…という皆さんのみ私宛にメール下さい。(3/23)


「最終講義」の部分のみ、IWJからの提案によりインターネット録画配信が決定しました。

<配信日時> 2016年4月16日(土)18:00~21:00頃まで
<配信チャンネル>IWJチャンネル6
http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=6

久しぶりにお会いすることを楽しみにしています。

2016年3月1日
舩田クラーセンさやか

(転送・転載歓迎)
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ValedictoryLecture by Dr. Sayaka FUNADA CLASSEN
元東京外国語大学 舩田クラーセンさやか准教授 最終講義&懇親会


小さな物語/歴史と大きな物語/歴史が交差する場に立ち続けて
〜アフリカの小農と日本の私たちの『主権と解放』に関する歴史的考察〜


2004年〜2014年まで、東京外国語大学で教えられた舩田クラーセンさやか准教授の最終講義&懇親会を、下記の要領で開催いたします。

「最終講義」は、標題の「小さな物語/歴史と大きな物語/歴史が交差する場に立ち続けて」というテーマで、先生の「これまで」がふり返られます。特に、後半部分は、「アフリカの小農と日本の私たちの『主権と解放』に関する歴史的考察」が話されるそうです。講義の手法としては、学術・教育に留まらない、「クリエイティブな何か」になるとお知らせ頂いています。どうぞご期待下さい。

また「拡大ゼミ」は、日本の若者(自称OK)が自分と社会/世界との関係について、他の若者たちと共に考える場にしたいとのことで、先生がゼミ生とともに培われたメソッドが活かされます。さらに、「懇親会」では、先生が育てたハーブや野草を使った多国籍なメニューやお茶・お酒をお楽しみ頂けるとともに、ご子息のキャンドル&木工作品の展示販売も行われます。(*詳細は別添の先生からの補足をご覧下さい

2年にわたる闘病生活を経て、新たな地平に立たれつつある舩田先生の日本での「最後で最初」の講義、是非ふるってご参加下さい。



【日時】2016年4月9日(土曜日)

・拡大ゼミナール 13時〜15
・最終講義 15時半〜18時半 (開場15時)
・懇親会 19時〜21時

【場所】 Goblin. 代官山
東京都渋谷区恵比寿西1-33-18 コート代官山 B1F

【アクセス】代官山駅3分、中目黒駅5分、恵比寿駅7

http://goblinspace.jp/goblin-daikanyama/

【参加費】
・最終講義・拡大ゼミ参加費 2000(学生:1000)
・懇親会のみ参加費 4000(学生:2000)
・最終講義+懇親会:5500(学生:3000)

詳細は末尾をご覧下さい。

懇親会への差し入れ・お酒の持ち込み大歓迎です!

【定員・参加申込】

定員100名(を超えました…)。満員御礼、招待枠も含め、既に締め切りました(3/23)。
<配信日時> 2016年4月16日(土)18:00~21:00頃まで
<配信チャンネル>IWJチャンネル6
http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=6
後日中継配信をご覧下さい。

【プロフィール】

国際関係学博士(津田塾大学)。1994年に国連モザンビーク活動に従事した後、日本学術振興会特別研究員、津田塾大学国際関係学研究所所員を経て、2004年に東京外国語大学に着任。2008年に准教授。現在、明治学院大学国際平和研究所研究 員。所属学会は、日本国際政治学会、日本アフリカ学会、日本平和学会、人間の安全保障学会、国際開発学会。

 数々の社会活動に従事。代表的なものに、神戸市中央区震災ボランティア、モザ ンビーク(洪水被害者)支援ネットワーク、TICAD市民社会フォーラム、アフリカ2008キャンペーン、福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェク ト等がある。

 著書に、Japanese in Latin America2004, Illinois UP*全米The Choice: Academic Outstanding Titles 2005)、『モザンビーク解放闘争史』(2007年、御茶の水書房*日本アフリカ学会研究奨励賞)、The Origins of War in MozambiqueAfrican Minds)、 編書に『アフリカ学入門』(2010年、明石書店)、『平和研究(平和の主体論)』(2015年、早稲田大学出版会)。7匹の猫母。薬草ハーブ研究。日々、食・農・エネルギー 問題に取り組む。

研究業績詳細:

https://www.linkedin.com/in/sayaka-funada-classen-7abb8493

https://www.researchgate.net/profile/Sayaka_Funada_Classen

*ご出席の方には、舩田先生の「徒然:私の履歴書」を3月 下旬にお送りします。

【主催】

元東京外国語大学 舩田クラーセンさやか准教授 最終講義&懇親会 実行委員会

【お問い合わせ】

下記アドレスまでご連絡お願いします。
africa_seminar2016@yahoo.co.jp 


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最終講義

「小さな物語
/歴史と大きな物語/歴史が交差する場に立ち続けて
〜アフリカの小農と日本の私たちの『主権と解放』に関する歴史的考察〜


この度は、最終講義に関心を持って頂き、誠にありがとうございます。少し補足が必要だと思った点を、私(舩田)の方から書かせて頂いております。例のごとく少々長いのですが、よろしくお付き合い下さいませ。


1. 最終講義・ゼミ企画の背景

「最終講義(ゼミ)」をやりたいと思った理由はつあります。

* 一つ目は、病気の悪化により意図せずして突然大学を休職し、その後思い切って退職してしまったので、途中で学生を放り出すことになってしまいました。そのために、「最終ゼミ」を開催することで、少しでもこれを埋めることができればと思いました。

* 二つ目は、随分お世話になったのに、以上の理由から皆さまにまったくご挨拶もしないまま、ほとんど「消える」ように日本を後にせざるを得なかったので、近況をお伝えし、ご挨拶をする機会とさせて頂ければと思いました。

* 三つ目は、大した実績があるわけでもない上に、突然辞めて「最終講義」はないだろうと思うものの、当面日本の大学に関わることもないと思うので(恐らく)、これを人生のある種の「区切り」とし、これまでをふり返りつつ今の立ち位置を見つめ直し、皆さまのお力をお借りして、今後の10年を構想したいと思いました(できるかは別として)

* 四つ目は、以前から考えていたものの、あえてやらなかった型破りの講義を、私が最も避けてきた「双方向型でない非参加型一方的スタイル」でやってみたいという理由によります。うまくいくか分かりませんが、私にとっての旅立ちの一歩ともなる機会を頂いたので、実験的にやってみたいと思います。温かく見守って頂ければ幸いです。

* 五つ目は、研究・教育・活動の根っこにある「暮らし」について、学生たちに色々な場面で紹介してきたものの、震災後はそれが叶わなかったこともあり、わずかながらでも紹介することができればと思い、贅沢ながらキッチンのある会場を借りてもらいました。


2. 最終講義の内容

「最終講義」をやりたいと思った時、では「何を話すのか」という点について色々迷いが出てきました。通常の最終講義では、多くの先生が学問的な到達点についてお話になると思いますが、私の場合はそのような到達点があるわけでもなく、かつやってきたことがあまりに多種多様な上に学問分野も広すぎて、3時間頂いても、一つに絞って話すことは難しいということに気づきました。

 また、色々あった11年でしたので、2年ほど床に臥せっている間に、これまでの研究すべてに関して疑問に感じるようになってしまい、もはや今までしてきた研究をまとめる気持ちすらなくなってしまっている自分に気づきました。また、退職時が病気の小ピークだったこともあり、最終講義をやるなど考えることすらできない状態でした。今も本調子ではないのですが、少なくとも「やりたい」という気持ちが出てきたことに感謝しています。

 このように一旦捨てた(見放された?)はずの研究活動でしたが、少し元気になってきた途端、世界や日本の多様な背景の人たちからの依頼が急増してこれらを考えたり対応しているうちに、今の世界/日本の構造的・主体的問題がおぼろげながら見え、自分が取り組むべきことがまだあるように思えてきました。 

 ここ2ヶ月ほど、これまでの活動・研究を基盤として新たな何かを創造する手応えを感じるようになったのですが、まだ「感覚」にすぎないそれを皆さまにご披露するにはもう少し時間がかかるということにも気づきました。その上、それは必ずしも「研究」「教育」の枠にはめられないのです。

 これらのことを改めて考えた時、一旦は「最終講義なんて無理」との境地に至ったのですが、何も今更肩肘を張る必要もないと思い直し、そういう自分の状況を過去から現在、現在から未来に向かうプロセスとしてご紹介すればいいのではないかと考えるようになりました。その際には、「研究」「教育」あるいは「社会活動」「暮らし」という、20年ほど取り組んできたアクション間の垣根を取っ払って、一人の人間として今考えているところをもう少しクリエイティブに紹介するのが良いのではないかと思うようにもなりました。

 そんな私の我が侭を受け止めてくれる多くの元ゼミ生・院生といった「仲間」に支えられ、今回は学術的な講義だけでなく、音楽・画像・映像を使った「なにか」を準備しているところです。通常の最終講義でなされる言葉の上での「自分史」は、「私の履歴書」という主観的長文にまとめました。参加者の皆さまに事前(3月下旬頃)に送ってもらいますので、よろしくお願いいたします。

 この作成にあたって参考にしたのは、日本経済新聞の最終面に連載されている「私の履歴書」です。似て非なるものではありますが、今後に向けて自分のこれまでをふり返る作業としては、とても良い機会となりました。自分でも呆れるような右往左往ぶりの「履歴」でお恥ずかしい限りですが、当日の講義では極力「説明」を省くので(何故かは内緒)、参考になればと思います。


3. 懇親会での食べ物や飲み物

震災までは、菜園や採取による自給に近い暮らし(春〜秋)、幼少期からの関心事であったハーブや薬草を生活に取り入れてきました。「土」の魅力に取り憑かれた半生でもありました。しかし、原発事故の発生もあり、すべてを買う生活になり、加えて諸事情により病気が悪化したこともあり、一旦東京での生活を断念しました。

 せっかく自然環境のよい村にきても、思った以上にダメージが深く、何ヶ月も寝込む毎日でした。それでも、畑や森に出られる時は出て、やれる範囲のことをやれる時だけやっている間に、植物たちは他の生命とのバランスの中で自由気ままに育っていきました。自然とはまったく良くできたものだ…と感心している内にあっという間に年月が過ぎていきました。

 そんな調子で放置していたら、ラベンダーとローズゼラニウム、ディル、セージなどが大量に収穫できたので、ご希望の皆さまにお分けします。自家採取した種もご希望であればどうぞ。用途にあわせたハーブパック・お茶も可能な範囲で準備します。(いずれも結果は保証しませんが!)

 薪クッキングストーブを導入したこの1年間は、調理のすべてを庭と隣の森の枝と薪だけで賄った1年でもあり、「里森」と田畑とキッチンを繋げることの手応えを感じました。キッチンの真ん中に設置されたストーブには、いつも野草の煎じ茶とスープベースが煮たっていて、その温かな炎とともに、どうしても治らなかった病気を徐々に治していってくれました。課題ばかりが注目される日本の地形ですが、山林森に恵まれた日本ならではの暮らしには、未来への手がかりがあると思います。そのためには、「キッチン」が肝だと思っています。子どもでも大人でも、食べずに生き延びることはできません。このことについて、懇親会を通じてお伝えできればと思います。

 懇親会にご来場の皆さまには、庭で勝手に育った野草とハーブを使ったオリジナルレシピの料理を一品はご提供できればと考えています。味噌・ぬか漬けに留まらず、お酢まで手作りする程に発酵を愛しているので、一品は発酵を活用したものにしようと思います。これらはスローで素朴な料理になると思いますが、ゼミ生たちは別のものも用意してくれるでしょう。お楽しみ下さい。

 持参する薬草・ハーブは、講演の際の休憩時にお茶として飲んで頂けるように準備してもらいます。皆さまの当日の体調にあわせ、気分を盛り上げるお茶、不安を和らげるお茶、スッキリするお茶、女性のホルモンバランスに良いお茶などの中から選んで頂ければと思います。


4. 海のキャンドル・木工作品について

着任当初は4歳であんなに小さかった息子も15歳、180cmを超える大男に成長しました。彼が幼い頃に色々なことが発生し、いつも心配で仕方がありませんでした。それがもうすぐ16歳。ドイツでは、16歳でお酒が飲め、「大人」扱いです。ふり返ると「子育て」とは、「親育て」なのだと実感し続ける16年でもありました。まったく不甲斐ない親で、子どもに迷惑ばかりかけた上に、この苦しい2年間をそばで支え続けてもらいました。

 至らぬオヤでありセンセーでしたが、大学での11年とあわせ、子どもや学生の皆さんの人生の貴重な時間(とき)を共に過ごさせてもらった喜びを、今改めて噛み締めているところです。教育とは、すべからく「教えているつもりで自分が育てられる」ことなのだと確信しています。他方、果たして皆の「自分育ち」に何か役立つことができたのか甚だ疑問ですが、「互いに頼り合うこと(支え合う前提として)」の重要さは身を以て見せられたと思います。

 親が情けないと子は育つもので、お小遣いをあげなかったら、自分で稼ぐようになりました。豊かな自然に育まれ、ものづくりが大好きな少年に成長し、日々あらゆることにチャレンジしています。問題は、後片付けができない(!)上に、関心が次々に変化していき、まったく続かない点ですが、「私の履歴書」を改めて読み直して、自分がそうであったことに気づきました。現時点での彼の手仕事に触れていただければ。

(以下、作品の一例)

http://afriqclass.exblog.jp/21554826/ 

http://afriqclass.exblog.jp/21611855/


5. これからの一歩として

ところ変われども、今後は震災後に奪われてしまった(あるいは奪ってしまった)根っこのある暮らしを徐々に取り戻しながら、ライフワークとなる「戦争/暴力と平和、食と農、核とエネルギー、日本・モザンビーク・アフリカの課題」に主体的に関わり続ける一方、世界での運動・研究・教育・日常にクリエイティブに参加していきたいと思っています。(なお、例の10年プロジェクトは進行中です)


6. 最後に

東京外国語大学(外大)には11年間にわたり大変お世話になりました。多くの先生方には「たった11年」。でも私とっては言い表すことができないほど長いながい11年でした。そして、その11年の間に、素晴らしい若者たちと出会う機会に恵まれ、笑い喜び、憤り、嘆き悲しみながら、表現し難いほど豊かな時間を過ごすことができました。学生や同僚の皆さんには心配をかけるばかりの11年でしたが、いつも支えてくださったことに心から感謝いたします。

 今では仲間であり、同志であり、ファミリーとなった(元)学生たちとこれまで一緒に考えたこと、やってきたことをふり返りつつ、今後を皆さまと「妄想」したいと思います。閉塞感漂う日本と世界の昨今ですが、これから先の未来を若い人たちと共にどのように可能性を切り拓いていけるのか、ぜひ一緒に考えていただければ幸いです。

 新年度早々のお忙しい時期とは思いますが、しばし日常を離れて、共に不思議な時空を過ごして頂ければと思います。お世話になってきた皆さまも、お会いしたことのない皆さまも、ご参加お待ちしております。

 

2016228

舩田クラーセンさやか


追伸:

当日イベントのお申込みは次のサイト(https://ssl.form-mailer.jp/fms/fe25f1fa418312、ご質問は主催者の実行委員会(africa_seminar2016@yahoo.co.jp)までお願いします。




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by africa_class | 2016-03-01 22:01 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)