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今、再び『被抑圧者の教育学』を読む(その1)〜若者/「抑圧なんかされてない」「飼いならされた」あなたへ

お待たせしました。
パウロ・フレイレの不朽の名作『被抑圧者の教育学』です。

(誰も待っとらんわい、と聞こえてきそうですが…)
(*時間のない人は最後のメッセージだけどうぞ)

そして、私の我が侭を聞いてくれるのであれば、マリア・ベターニャの「朝の鳥/1977年」を聞きながら読んでほしいのです。意味が分からないとしても。

Pássaro da Manhã/1977 - Tigresa - Maria Bethânia


新訳本を出された三砂先生が、「日本においても、開発・発展・国際協力といった分野に興味を持つ人に取ってはマスターピースと呼ばれるような一冊となっているし、教育、医療、演劇、貧困、差別等の多くの分野で人間の解放と自由について考える人たちに大切にされてきた」と紹介しています(311頁)。

それにしても、前回更新からエライ時間が経ってしまいました。
というのも、またしても体調不良を起す中で、ツレが出張に行っていたり、ゲストラッシュが続き、さらに通い猫のニャーニャに未だ子どもなのに(!)5匹の赤ちゃんがいたことが発覚し、ついでに庭と畑の収穫と冬支度が同時進行し、断片的にしか思考できなかったためです。

しかし、少し元気になると、次々に「前世」の約束が追いかけてくるのは…辛いですね。なのに、新しい約束が、思っても見ない人びと・レベルからプレゼントのように手渡されると、なんとも嬉しさよりも悲しさが募ります。あ〜あ。。。この日本社会での「借金状態」を、なんとか今年度内に片付けたいと心から思っています。皆さん、すみません…。

で、まだ難しいものを書く元気がないのと、息子が突然始めた古家(築100年)の床の研磨がうるさく…でも、耳栓して本の紹介ぐらいできるかな…ということでいくつか紹介を。

底本は、三砂先生の新訳で蘇った以下の本です。
パウロ・フレイレ(三砂ちづる訳)『被抑圧者の教育学』亜紀書房
Paulo Freire "Pedagogia do Oprimido" 1968.


フレイレを少し紹介。
三砂さんのフレイレと本の紹介、翻訳の苦労(ノルデスチ話法とアカデミック記述の合体というらせん構造)、そして先生自身のノルデスチでの母子保健協力の実践が「ヒューマニゼーション」という考えに到達したプロセスを書いた「あとがき」は、とても良いので是非一読を。

1921年ブラジル北東部(ノルデスチ)ペルナンブーコ州レシフェ市生まれ。法学部で法律を学び、弁護士に。その後、地元レシフェ市で文字の読み書きができない貧しい農民たちに、自己変革とそれを通じた社会変革のための「意識化(conscientização)」の手段として、識字教育を奨励し、社会的に大きな変革の兆しをもらたした。その結果、1964年の軍部によるクーデーターで、国外追放となり、亡命生活中にこの本を執筆する。その後、UNESCOで識字教育推進に関わる一方、ブラジルの民政移行に伴い、サンパウロ市の教育長等を歴任し、スラムでの識字時教育を推進。

教育実践、教育学だけでなく、開発、保健医療、政治など多くの分野に影響を与えた。エンパワメントの概念・言葉は、彼によるもの。


なお、この本のタイトルが「教育学」という点で、多くの人はひいてしまう、自分に関係ない本と受け止める可能性がありますが、実は、内容はそれを超えています。私も、学部生の時代に手に取る際に躊躇したのはそれが理由でした。それでも何故読んだかというと、当時どこにいっても多くの人がこの本を言及していた、ブラジル人が書いたものなのに知らない訳に行かない…という消極的な、悲しい理由によるものでした。が、いかんせん、三砂先生も書いてらっしゃる通り、読み進めるのが難しい本…です。そこは、三砂訳が楽にしてくれているので、是非新訳をお手元に。

さて、誰に読んでほしいか?
1. 街角に出始めた(出ようかと思う)若い皆さんに、

本の扉に書いてあるフレイレのメッセージを読めば、今の日本のとりわけ若い皆さん、街角に繰り出した皆さん、繰り出そうか出すまいか悩んでいる皆さんが読むべき本であることが理解されると思います。

「この世界で、引き裂かれている者たち、抑圧されている者たちに、この本を捧げる。そして、引き裂かれている者たちを見いだし、彼らと共に自らをも見いだし、共に悩み、共に闘う、そういう人たちにこの本を捧げる」

2. 日本社会の最前線で活躍するミドルズ、「被抑圧者」なんかじゃないという方々に、


そして、次の文章は、日本社会の最前線で活躍する皆さん、自らの生活に必死で本なんか読んでられねーよ、という皆さん、あるいは私は「被抑圧者」なんかじゃないから関係ない、という皆さんにも、これが必読書であることを示していると思うのです。

(8頁)
コースの参加者が、「意識化することは危険だ」という言い方で、「自由への恐怖」を表すことが、本当にめずらしくなかった。「批判的意識というのは、なんというのかな、それはアナーキーで危険のことのような気がする」


3. 「被抑圧者の意識化なんて、危険だ!」と考える皆さんに


あるいは、週末に起きたパリでの同時多発「テロ」を見て、被抑圧者の「意識化」は危ないことである。過激派思想を生み出すと主張する人たちに、45年前にフレイレがどういっていたか知ってほしいと思います。

9頁)
「不正な状況があるとしても、その状況の下で苦しんでいる人たちがはっきりとその不正の状況を"認識"しない方がよいのではないか」
、となる。

(しかし、)人びとを「破壊的な狂信」にかりたてるのは、意識化ではない。意識化はむしろ逆に、人びとが主体として歴史のプロセスに関わっていくことを可能にし、狂信主義を避けて一人ひとりを自己肯定に向かわせる。


「意識化によって社会的な不満を表現する道がひらかれるということは、こういった不満が抑圧状況のうちにはっきりと現存する、ということを示している」

これは、重要なことです。「自己肯定」を切実に必要とする被抑圧者らが、歴史において、日本でもドイツでも世界でも、どのような破滅行為に邁進していったのか、自分より「劣る他者(集団)」をスケープゴート化することで、いかに「偽りの自己肯定感」を得ようとしたのか。それが、今再び、日本で蘇ろうとしている現実を目の当たりにして、よけいにそう思います。

4. 戦争を経験しなかった今世代の皆さんに
あるいは、「飼いならされてなんかおらん!」と憤慨する皆さんに

私たちが向かうべきは、自己肯定感を持てないような家族・社会・国家・世界のあり方であるにも拘らず、それを社会課題として昇華させないで分断された個人のそれぞれの内面に深く刻み込むことで、支配する者たちの言いなりになる人の群れが準備され続けてしまう。つまり、「飼いならされた人びと」の創出・・・が、この本の最も挑戦しようとしている点です。

その意味では、日本の戦争を経験しなかった世代のあらゆる人びとにこそ、この本は読まれるべきだと思います。

日本は、近現代史において、「権力による飼いならし」は無縁の経験ではなく、その行き着く先が一連の戦争でありました。多くの戦争経験者は、これに気づき、自らの思考を転換させていきました。しかし、その世代の大半は、もはやこの世におられないか、引退されてしまいました。そんな重しがなくなった途端、かつての日本の風潮が戻ってきて、今「飼いならし化」が再び強まっており、気づかない間に社会・日常のあらゆる場面で「刷り込み」が進んでいます。

が、おそらく「飼いならされてる」なんて、失礼な!と憤慨してらっしゃることでしょう。だとすれば、是非この本を批判するために読んでほしいと思います。


===========
が、その前に・・・!
キー概念である「意識化」、そしてその後の「エンパワメント」とは?

この説明は本にないので、ここを理解しないと、全然通じないので、以下私の経験も含めて紹介しておきます。

日本の大学・大学院で国際協力に関心のある日本の学生を教えていると、必ず皆「エンパワメント」という言葉や概念に触れ、首をかしげながらも、惹かれて、やたら多用します。

私は、これを勿論良い事と思って、眺めます。
ただ、質問はします。
「エンパワメントって何?」
そうすると、大抵の場合、フリードマンの引用をスラスラと言ったり、書いたりしてくれます。
その時、フレイレまで遡ってくれるのなら、もう言う事はないのですが、大抵そうではありません。知識として、フリードマンにインスピレーションを与えたということは知っていても、何故そうなのか…までは行き着いていません。

なので、次のような質問を投げかけると、途端に皆立ち止まってしまいます。

「エンパワメントって、あなたの今の状態において、どういう関係性を持つ?」
「あなたはエンパワーされている状態?だとすれば、どういう状態にあるの?その理由は?」

ここでスタックします。
それでいいのです。
日本で「フツー」の学生生活を送ってきた人なら、このような問いに答えるだけの経験をしていないと感じるのが当然ですし、考えたこともなかったというのが一般的なのですから。とても幸運なる育ちをしてきた人といえるでしょう。あるいは、エンパワメントされうる存在として考えた事がないほど辛い人生だった…ということかもしれません。

「途上国の女性、あるいは貧困者のエンパワメント」
の問題に惹かれるものの、何故自分がそのテーマに無性に惹かれるのか分からない日本の女学生は非常に多いです。それらの人たちは、自分は「良い立場にいて」、「エンパワーされなければならないのは自分ではなく彼女たちだ」という前提があります。

その論理の底辺に重要な役割を果たすのが、「経済的な貧困」です。1日1ドル(1.2とか1.5とか2とか)以下で暮らす人びとである以上、これは「エンパワー」された状態とはいえず、だから経済成長による「エンパワメント」が必要だ、と…。(この論理の飛躍については、さすがにあまりないと思っていましたが、最近国際開発分野の博士後期課程の学生の書いたものを読んで、さすがに驚いたため、一応書いておきます)

多くの善良なる日本の若者が、アジアアフリカラテンアメリカの「貧困」問題に関心を寄せ、「貧困者のエンワメント」のために、自分が何かしなければ!と考えていることは、素晴らしいことです。私もかつてそうでした。その想いが、世界の中でも所謂「途上国」にばかり足を運ぶ契機となりました。

しかし、そこで私が気づいたことは、「他者のエンパワメント」を語るには、「deprived(権利剥奪/デパワーされている)状態」を理解しなければならない・・・つまり、その人を取り巻く社会政治経済構造を掴む必要がある、そしてそれは多くの場合不可視化されており、かつ文化・慣習によって本人自身がそれを甘受している状態にある・・・ということでした。そして、その論理でみていったときに、日本の私たちが、果たして「エンパワーされた状態」といえるのか、そもそも自分たちの置かれた政治社会経済の構造下の状況を、「剥奪」と呼ばないまでもどこまで理解しているか…という問いに打ち当たりました。

つまり、フレイレが書いているように、「意識化」(気づき)の問題、つまりは「剥奪されている状態」の構造的な把握と、それを変革せんとする意思を抜きに、エンパワメントは語れないのです。

日本語の「意識化」では、これが上手く伝わりません。
かといって、ポルトガル語さらに意味が伝わりません。
自分なりの言葉で補うならば、
「自己の考え・生活に内包されてしまった社会的・政治的・経済的な構造や矛盾を理解し、それらの構造を変える変革主体として目覚めること」
とでもいいましょうか・・・・。
私も、もう少し考えてみます。

おそらく、私が個人として「世界に出て行って、困っている人を救う」ぐらいの勢いでいたのが(恥ずかしい…)、ガラリと変わったのは、1991年のブラジル・サンパウロのスラムでのHIV/エイズと共に生きる人びとと過ごしたボランティア活動の経験によってでしょう。

今から思えば、本が出て未だ22年しか経っていない時期で、民政への以降直後で、すでにフレイレはブラジルに戻ってきていました。サンパウロ市政は、極めて革新的で、フレイレも教育長を務めましたが、保健衛生分やでは感染者・患者の主権に沿った行政を展開しようとしていました。それを促すだけの市民の運動があったのです。

その後、予算配分を住民が決める方針など、住民主権や自治体の「自治」等先駆的な政策がブラジルの一部の都市で展開していき、最初の世界社会フォーラムをホストするなど、ブラジルの市民・社会運動は、世界的に大きな役割を果たして行くことになりますが、私は本当に偶然にも、ただ「途上国での生活をしたい」&「ポルトガル語が使われている国に留学したい」という単純な理由で、ブラジルに行き当たり、そして民政後の躍動するブラジル社会の様子に触れることが出来たのでした。

ブラジルには、私の居場所がないことを知って、一抹の寂しさを覚えたことは事実ですが、他方でなんともいえない感動を感じました。勿論、当時も今でもブラジルに問題は山積していますが、ブラジル人が解決するだけの主体として既に立ち現れていたし、それが試行錯誤の長い道のりだとしても前に進んでいくものと思われ、そこに私が果たせる役割はないな、と思いました。(勿論、実際は違ったかもしれませんが)

私は、学生たちが大学の有償化政策に反対して行ったデモに参加した時に、特にそれを感じました。言ってること、掲げているプラカードは限りなくラディカルなのに、まったくカーニバルのようなお祭りっぽい、楽しい様子で、老若男女が歩いているのです。勿論、皆がリズムを様々な楽器や即席楽器(コカコーラの瓶や缶を棒やナイフで叩く)で刻み、繰り返し繰り返しシュプレヒコールをしながら練り歩く。

日本でも、原発反対のデモでも当たり前になったあの光景は、1991年のブラジルで既に日常でした。

それを、経済的な成長の成果だ、という人がいます。
日本の援助のお陰だ、とも。
しかし、労働党政権が2003年以来政権の座についている事実を、表面上で理解するとしても、社会に通底する主権意識の定着(意識化/エンパワメントの成果)抜きに、今のブラジル政治・社会は語れないと思います。
そして、その点において、日本の官民がブラジルにしたことは、多くはないこと、時に軍事政権側についていたことを、忘れるべきでもないでしょう。

サンパウロのスラムの集会所で寝泊まりしていた時、そこが集会所であるが故に、あらゆる人がやってきて私と話をするわけですが、いつも彼らは「お前はどう思うんだ?」と聞いてきました。勿論、米国やヨーロッパに行っても、同様の質問をされます。しかし、決定的に違ったのは、その先があったということです。
「お前は、どういう経験から、そういってるんだ?」

当時、20歳か21才でしたが、その言葉に答えるだけの経験など持っておらず、彼らの過酷な人生に比べれば、取るに足らない経験ばかりで、なんと答えていいやら・・・でも、彼らがいわんとしていたのは、経験の過酷度のことではなく、「私が、何故そのように考えるに至ったのか?」という「社会の中で生きる主体としての私の気づき」を問いたくてのことだった、と後々気づきました。

そこから私は、学術的な論文でも、「it is said」を使うのをやめました。そうやって容易な手法に逃げるのを。
「私の言葉」で語ることを、そしてそのために、「私としての経験」を紡いでいくことを、していこうとしました。そして、サンパウロで目の当たりにした、HIV/エイズと共に生きる人びとが、それまで家族・社会・自分自身から疎外され、隠れて生きていたのを、自ら起ち上がり、互いに連帯し、他の人びとと連帯していくプロセスの中で、社会政治を変え、社会全体に夢と希望を与えたプロセスを、決して忘れないようにしようと思ったのです。

これらの当事者運動が様々に勃興し、連帯し、ブラジル社会と政治を変えて行くプロセスがありました。しかし、為政者となった運動主体たちが、どうなっていくのかは、ブラジルでも南アフリカでも、今鋭く問われていますが、それに対抗する運動もまた過去の経験を踏み台に新たに始まっていくのだな、と思う毎日です。

フレイレの実践と本がこれらにどの程度、直接・間接的な影響を及ぼしていたか・・・については、私は十分知りません。ただいえることは、1960年代という重要な画期に、彼が行った様々な実践や本を通じての共有がなければ、ブラジルだけでなく世界の多くの人びとの「エンパワメント」は、もっと時間がかかり、もっと違ったものになった可能性があると思います。

しかし、そのような恩恵について、日本の私たちが十分それを自らのものにしようとしたか、というとここは疑問です。今でも、「エンパワメント」という言葉が、カタカナ以外で置き換えられないように、「意識化」がどうしても「内面的な気づき」に終始した理解で限定されてしまうように、私たちは依然として、「フレイレ前/解放の神学の前のブラジル」と同じ状態にあるといっても過言ではないかもしれません。

その意味で、1日1ドルの「貧困者」が、個人として1日3ドルの収入を得るようになったからといって、「エンパワーされた」といわないことについて理解されないこと、「政治」を抜いたところで貧困と開発の問題を語りたがる日本の関係者の存在は、不思議な事でも何でもないのです。

アフリカの農民組織を、「政治目的のアソシエーション」ではなく「経済理由での結合のコーペラティブに昇華させるのが援助の役割」とおせっかいを焼きたい日本の善良なる援助関係者の皆さんは、フレイレ後に生きる南の農民たちの「意識化」「エンパワメント」の試行錯誤をまったく理解していないばかりか、それを阻害している現実すら見えないことを露呈させています。これは、アフリカ諸国の為政者らにとって、とりわけ農民運動によって権力の座に押し上げてもらったいくつかのアフリカ政権にとって、とても都合の良い事であることもまた、おそらく理解せぬまま、「アフリカ政府(農業省)の要請による、政策による」といって、お墨付きを得た援助と主張されることでしょう。他方のアフリカのいくつかの国の権力者にとっては、口うるさい、しかし人数の多い農民組織を分断し、「デパワー」するために、これら「善良なる援助者らのおせっかい」を利用せんと、「経済だけが目的の農民の結合体」づくりをもっともらしく掲げ、それにカネまでも出させるという試みをやっている訳ですが…。

政府がやることは「政治抜きのこと」であって、政府のやっていることに反対することは「政治」と考える日本では、到底エンパワメントを本当の意味で理解する日はこない可能性があるわけですが、エンパワメントを本当の意味で理解する若者が一人でも増え、自らの社会の変革に取り組む糧となれば、と以下本を紹介します。
(前置きがエライ長くてごめん・・・まあいつものことだが)

が、忠告。
本を図書館で借りる、あるいは買って、全文読んで下さい。
あくまでも、気づいた点の抜粋です。

この本の章を紹介します。
序章
第1章:「被抑圧者の教育学」を書いた理由
第2章:抑圧のツールとしての"銀行型"教育
第3章:対話性について
    ー自由の実践としての教育の本質
第4章:反ー対話の理論


みて分かる通り、ドンドン手強くなっていくのが分かるかと思います。
なので、全部を一度に紹介するのは・・・断念しました。
まだ本調子でない私には、荷が重すぎますので。。。。

今日は、前章の説明をしており、そこで終わりにします。
なお、三砂先生の訳は間違いなくすばらしのですが、やや伝わりづらい点があるので、所々補足を()で入れています。特に、ポルトガル語は主語を省きがちなので日本語と同じなんですが、こういう場合は補足した方が読み手に読みやすいので、いちいち補足しています。

(10頁)
自由への怖れをもっている人の多くは、その怖れを意識しておらず、そんなものは存在しない、として直視しない。心の底で自由を怖れている人は、危険な自由よりも日々の安定に隠れようとする。

しかし、実際には、(…)巧妙なやり方で、無意識のうちに、この自由の恐怖をカモフラージュしてしまう傾向のほうがむしろ強くなっている。(ある人たちは、)自由を擁護するふりをして、自由を怖れないかのようにとりつくろい、作為的な言葉を広げていく。

こういった人たちは・・・自由の守り手であるかのような、深くまじめな雰囲気(を醸し出す)。こうなると、自由というものが、現状維持(されるべきもの)ということに見えてしまう。

だから意識化というプロセスを通じて、(この)現状維持に(は)問題がある、ということが議論され(始め)るようになると、(これらの人たちによって)本来(真の意味で)の自由はつぶされ始める。


この後、セクト主義や狂信性の問題が延々と続きます。
恐らく、全共闘時代の方々でも嫌気がさしてしまうような記述の仕方かもしれません。
しかし、今の日本で何らかの運動や活動をしている人たちには、是非読んでほしいです。これは、所謂「左」でも「右」でも、宗教でも同じです。

もう一点、注意してほしいのは、フレイレが「ラディカル」という言葉を使っている点です。
これを「過激派」と間違って捉えられる危険が出ているので、あえて書いていますが、ここでいうラディカルは「根本的な理解に基づいた革新的な行動」というニュアンスのもので、もっと広がりのあるポジティブなものです。訳が難しいので、三砂先生も「ラディカル」のままで記載されています。

決して、「過激派思想」と混同しないように!それを避けるために、延々とセクト主義批判が展開されています。一点だけ、手がかりになる文章があるので引用しておきます。

(12頁)
セクト主義は狂信性に基づいていて、結局いつも人間の思考を骨抜きにしてしまう。
ラディカルであるといことはセクト主義とは違う。
ラディカルであることは、常に批判されることを怖れず、批判によってより成長していくものだから、創造的(クリエイティブ)なプロセスである。


セクト主義は神話的ともいえる内向きの論理で構成されるため、人間を疎外していく。
ラディカルであることは批判的であることだから、人間を自由に解放する。
自由とは、人間が自ら選んでそこに根をもち、はっきりとした客観的な現実を変革するための努力をし、その状況により深くコミットして行くことではないだろうか?


私は、ここのこの本でフレイレが言いたいことの多くが含まれていると思います。

(15頁)
(右であれ左であれセクト主義は)未来を立ち上げるどころか、両者ともに「安全なサークル」に閉じこもり、そこから外に踏み出すこともなく、自分なりの真理に安住してしまう。未来を作り上げるために闘い、未来の構築のリスクを負う、といった真理とは違う。


最後のメッセージが、私は好きです。
1968年秋に亡命先のチリ・サンチアゴで書かれた序章ですが、今特に街角に出ようかどうか迷ている若い皆さんに読んでもらいたい文章です。

(16頁)
世界と対峙することを怖れないこと。
世界で起こっていることに耳を澄ます事を怖れないこと。

世界で表面的に生起していることの化けの皮を剥ぐことを怖れないこと。

人びとと出会うことを怖れないこと。
対話することを怖れないこと。
対話によって双方がより成長することができること。

自分が歴史を動かしていると考えたり、人間(他者)を支配できると考えたり、あるいは逆の意味で自分こそが抑圧されている人たちの解放者になれる、と考えたりしないこと。

歴史のうちにあることを感じ、コミットメントをもち、人びととともに闘う。

そういうことだけだと思う。


もう一冊どうしても紹介したい本があるので、フレイレ本の紹介(その1)はここまでです。
では、またいつか、次を・・・。



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by africa_class | 2015-11-16 02:45 | 【考】民主主義、社会運動と民衆