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桜島噴火の一報に接し、ドイツでブラックベリーのソースを煮ながら考えたこと:人間の傲慢さと自然への畏敬の念について

祖父は幼少の頃、桜島の大噴火によって故郷を追われた。
突然の火砕流が屋敷を襲い、お手伝いの方におぶわれて小舟に乗って、父母の安否も知らぬまま逃げたという。丁度100年前の出来事。その後も灰はつもり続け、屋敷の門構え、敷地にあった神社の柱のてっぺんが10センチほどにょきっと出ているだけだ。一家はすべてを失い、桜島に戻ることなく、曾祖父が教師をやって食いつないだ。

曾祖母の一家に婿養子として入った曾祖父は、薩摩武士の家系の人で、当然ながらもはや武士では食べていけず、教養をかわれて海を渡って桜島に婿に行った。地域あっての暮らしだった曾祖母の一家。曾祖父のようなどこでも使える技能を持った人が家族にいなければ、鹿児島市での避難生活でもっと苦しんだろう。
(なお、薩摩による奄美大島を含む琉球の支配の問題については、いつか書きたい。サトウキビのプランテーションを薩摩藩が強いた結果、多くの人々が餓えで亡くなった。このことは、凄く多重にも深い問題を含んでいる)

生前、祖父と一度だけ桜島に行った。
なかなか行きたがらなかったので、皆で説得して。
子どもたちははしゃいで噴火跡をみたがったのに、祖父は黙って遠くを見つめるばかりだった。祖父にとっては、素晴らしい故郷、我が家。それが一瞬にして火砕流に呑み込まれ、のんびりとした自然豊かな暮らしが、避難一家となっての生活に切り替わった。祖父が口癖のように、「噴火さえなければ…」をいっていた。

最後に桜島に行ったのは、祖父の妹、大おばちゃんが未だ元気だった5年前のことだ。東日本大震災が起こる1年前に、なぜか息子を連れて桜島に行こう、そう思った。祖父の言葉を一番聞いてきた大おばさんが元気なうちに…そう思って。屋敷跡の前にはお墓が広がっていた。しかし、墓石は倒れたり、傾いたりで、避難が地域にもたらしたインパクトは暮らしだけでなく、歴史の継承であるのだとつくづく感じた。

あの海に面した素晴らしい温泉宿だった古里は廃業したらしい。噴火の影響もあるが、日本どこでも田舎が消滅しつつあることが、本当に気がかりだ。急速に廃れて行く日本の田舎と、相次ぐ火山の噴火、そして地震。突発的な大雨の影響も大きい。そしてこれは日本だけの現象ではない。今迄以上に人災と天災の間を生きて行く私たちとして、どのように自分たちの今迄「当たり前」にしてきたことを問い直し、新しい「当たり前」の価値を紡いでいくべきか、そんなことを考える毎日だ。

いつか日本の田舎に戻る。
その時まで精進しなければ。

とはいえ、肝心な自分の体調が思わしくなく、低空飛行ならではの視点で。でも、これはこれで、とても残念なことであるが、同時にすごくよいことだと思っている。なにしろ人間は過度に活動しすぎる。特に私は…。農でもそうだ。ついがんばってしまう。自然に任せるべきところまで踏み込んで、もっと早く、もっと大きく、もっと多く、もっと人様にとって美味しく、奇麗であれ、と自然に要求する。そのことがより加速度を増し要求度を上げた商品としての食を消費者に求めさせ、それが生産者を追いつめ、やりきれなくなって担い手を失っている。結局、工場のような生産方式が、このような「お客様」の要求を満たすには効率がよい、となる。かくして、私たちは自分たちの命を育む食のすべてを、ビジネスに委ねようとしているのだった。

(この全体をFood Regime論が明らかにしているが、これもまたいつか紹介する。)

だから、今の日本や世界の状況に疑問を持つのであれば、自分の「食」(そしてエネルギー源)からなんとかしなければならないのだが、そう書いた瞬間に、ある種の「しんどさ」を感じる人もいるかもしれない。なにせ日本の人たちは、頑張り屋だから、溢れる情報のいずれもが、「がんばろう!」のねじり鉢巻をしない限り手がでないような…そんな圧倒的な様子を醸し出している。

でも、私がいってるのは、たった一つのパセリの鉢から始まる物語なのだ。

そこから窓辺にプランターを置いて葉もの野菜を育てるのはどうだろう?苗のまま買って来たプチトマトでもいい。調子にのって、ベランダにゴーヤを這わせてもいい。さらに調子にのって、玄米を水につけて数日後出た芽を使ってバケツ稲を育ててもいい。

家に花や観葉植物を飾るように、食べ物を育て、愛で、食せばよいのだ。

ただし、自然の中にいない植物は当然弱い。
ここをクリアーするには、ある程度の頑張りが必要。
ただ、レタス系、ゴーヤパセリも虫に強い。
そういうものを選ぶということも重要。

実は、私のハーブの暮らしは東京でのアパート暮らしから始まり(関西に帰省の度に鉢を持ち帰った)、ついに小さいものの土地のある家を持った時にどんどんエスカレートした。あれもこれも試したくてうずうずして、草木灰と竹灰を作るために子どもたちに穴掘り競争してもらい深く掘った穴で燃やして煙が出過ぎたり、あんな猫の額のような土地でようやったわ…というぐらいあれもこれもした。有機農業の色々な手法を試して、その度に手応えがあって、結構な満足感があった。

土地が狭いとどうしても、それぐらいやらないとロスが大きいので、過干渉になる。これは、子どもの数が少なくなった現在の日本のご家庭と同じか?我が家も子ども独りなので、かなり気をつけたつもりだが過干渉になっていたかもしれない。

努力はそれなりの結果を出す。
しかし、前にも書いたが、そら豆を育てていて、アブラムシとの闘いを繰り広げ(牛乳、コーヒーの出がらし、ニンニク、灰)、ある時一切合切を止めた時に、自然と大丈夫になった時に、ある種の境地に達したのであった。もしかして…私やりすぎてた?

もちろん、自然農法も知っていた。
でも、本当の意味で、それを心の真ん中で理解したのは、病気になったことが大きかったと思う。また、自然農法のためには、ある程度の土地の広さと、環境(木々たち)が必要なことも、あったと思う。東京の真ん中で、やはり自然農法を実践するには、なかなか難しいものがある。やれることはやってみた。粘土団子、藁を活用すること、前の作物が咲いている最中に次の種を撒く事。でも、言葉で学び、一部取り入れながらも、本当の意味では心の中でストーンと落ちるところまでは至らなかった。

福岡正信さんの「わら一本の革命」は、世界中に影響を与えた本だ。
http://i-yo.jp/
福岡さんの軌跡
https://www.youtube.com/watch?v=aBtaRJvvsK0
世界に大きな影響を与え、何言語にもなっている
https://www.youtube.com/watch?v=XSKSxLHMv9k
木村さんの「奇跡のリンゴ」の方が、今の人たちには知られているかもしれない。
https://www.youtube.com/watch?v=avFe15j_Gv8

去年の春にこの家に来て、田舎故にとんでもなく広い敷地を前に、「がんばって家族の食料を生産しなければ」という想いに駆られたものの、今より症状が悪く、思えば思うほど畑に出られない毎日だった。とりあえずコンパニオンプランツ同士を撒いて、藁をかぶせておいて、後は水やりも含め天に任せた日々。

でも、自然は勝手に循環を導いていった。
つい先日までトレーラーハウスがあった場所に撒かれた森の土、藁、刈り取った草、種…いつの間にか、苗を攻撃しようときた虫達を食べるてんとう虫やありがきて、その虫達を食べるカマキリやカエルがきて、そのうち花が咲いたら鉢達がきて、そして毎日少しずつ美味しい収穫物を食卓に提供し、そして種になって、でも種採りをして春に撒くつもりが、あまりに体調悪く、そのままにしながら、冬がきた。ことのほか寒い冬で、何度も雪がつもり、霜がおり、凍結した…のに、春がきたら勝手に芽吹いた。芽吹いたものを収穫しながら放置して日本に戻って帰国したら、今度は次の収穫を準備してくれていた。

だんごと一緒。
種は芽吹きたいところで芽吹くものだ。
芽吹きたいときに。

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去年、道ばたにこぼれたルッコラの種が、勝手に芽吹いた様子。
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まったく別の場所で去年収穫したザーサイが、芝生のど真ん中に作ったハーブガーデンの中に出現した様子。

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で、これらを収穫した。
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コンポストの土が十分熟してなかったので、そこらにあった穴に放り込んでおいたら、どうやらジャガイモの芽が勝手にジャガイモの苗に…。それに薪ストーブの灰をかけている。右横はあきのげし。これぐらいの状態は、そのままサラダにしたり、みそ汁の具材にする。タンポポの葉と比べ、癖がなくて食べやすい。

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ここは、去年からまったく種まきしなかった一角。ここ1週間の雨で、ネギに、ルッコラ、わさび菜、タンポポ、おそらくラディッシュが芽吹いている様子。

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ちょっと写真が悪いが、ネギ・ルッコラニンジン・タマゴ・キノコイワシの缶詰で作ったサラダ。ネギとルッコライワシの缶詰は相性がすごぶるよい。で、このネギも今年はまったく植えてないので、冬を越したもの。それだからか、みじん切りにするにはあまりに涙が止まらないほどの刺激で、タマネギを超えるほど・・・なので、みじん切りにできなかった状態。

でも、これらが可能だったのは、種が固定種・在来種だから。
F1ではこういうわけにいかない。
一番重要な命の源である「たね」。
これが、今遺伝子組み換えやなにゃらによって、規制されようとしている。(けど、今日は未だ復調してないので<だからブログなんか書いてる>いずれ・・・元気になった時に。いつかわらかんけど)私たちは、土のこと、水のことばかり気にしてるけど、本当は種がすごく重要ということ…をいつか書きたい。そして、今グローバルなビジネス戦略によって、それが脅かされて、決定的なところまできていることも。

自然に畏敬の念を感じるのは、これだけではなかった。
あまりにトゲだらけの蔦に覆われた敷地の果ての森に、沢山の倒れた木があって、薪にするために家族総出で斧を持って森を切り開きにいった。茨の道というのだろうか…。が、この「厄介なトゲの蔦」の正体がやっと分かった。
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なんと、ブラックベリーの一種、ブロンベリ(「棘の灌木」)だった…。去年、これが「邪魔」でとにかく見つけては刈ってしまったので、畑にも庭にも実はならなかったのだ。なんと愚かな!!!私の魔の手を逃れた森の奥で、とんでもなく大量に実を付けていた…。
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ざっと2キロは収穫できた。125グラムで2.99ユーロなので、すごい!
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豆乳アイススムージーを。添えたのはローズゼラニウムの葉っぱ。香りが素晴らしく、気持ちを盛り上げてくれる。
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ベリーを摘んだ後は、枝を収穫。この枝を薪ストーブで燃やし、ベリージャムを作る。薪ストーブは間接的に温めるのでジャム作りには本当にうってつけ。焦げないし、忘れても、薪を入れなければ勝手にストーブが止まる。じわじわ煮出すので、本当に相性がいい。
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で、出来上がり。
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あ、横だがまあいっか。ヨハネスベリーブラックベリーのソース。それぞれ黒砂糖と去年のビオオレンジの皮を干したものを煮出したもの。バラは、いま旬だけれど、体調が悪くて蒸留できないので、もう少し元気になったらローズウォーターを作る為に乾燥させている。

ということで、家族全員、あちこち傷だらけだけれど、自然の恵みに感謝感激の毎日。
本当は池に大量の魚が育っており、これを食べるのであればさらにエンゲル係数が減らせるが、ついでに大量の草が出るのでヤギを飼ってチーズでも作れば…そこまでは、やめておこう。

人間の(私の)無知なる介入が、いかに多くの可能性を閉ざしてきたのか…反省しきりの今日この頃。


草一本、人間が作ってるのではない。
自然が作っているのだ。

(by 福岡正信)


追伸:
私の自然農やその他の試行錯誤は個人的なものであって、援助どうこうの「あるべき姿」だとまったく思っておらず、それぞれの農民が考え自らの方向性を決めていくものだと思っていますので、あしからず。とはいえ、アフリカの農民らの営みから学んだことはあまりに多いことは、またの機会。







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by africa_class | 2015-08-28 00:36 | 【徒然】ドイツでの暮らし