石見銀山からお越しになった企業家・松場大吉さんの講演会を聞い
ての学生の感想です。大吉さんにも送りますね。ゼミ生有志で、20日
のゼミ休講時にJR高尾駅のお店・一言堂に行くらしいです。山梨での
ゼミ合宿から、どんどんゼミ生たちの目線が、足下にも深まっている
ことにとっても嬉しく思います。
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Aさん:
松場さんの伝統的な日本の生活を守ろう、大切にしようという精神、
そしてそれを形にした活動の紹介は、わたしたち現代に生きる日本人
は何か大切なものを忘却している、失っているのではないかという疑
問を提起させ、自分なりに考える機会を与えてくれるものであった。
日本人が失いつつある数々の事柄に関して、松場さんの「景観」とい
う概念を参考に考えてみると、すべてのことに「景観」はつながってい
ることに気付いた。<続きは、Moreをクリック>
Bさん:
群言堂本店で遊んでみたくなりました。
Cさん:
前回の講演同様、今回の松場さんの講演も、今後の自分を考える上
で非常に有意義なものでした。今、激しく変わりゆく日本・世界にも、
変わりはするけれど変わらない大切なものがあるんだと再認識でき
た気がします。自分の感性や感覚など。
また、幸せとは何かというヒントも少し得られた気がします。人それ
ぞれ価値観が違うから、各々の「幸せ」も違ってくるけれども、一人で
は幸せになれないのだと思いました。今後も色々考えてみようと思い
ました。
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Aさん続き:
伝統的な家の造りは、日本人に「共生する」という場を与えていたと
思った。それは、自然との共生であったり、地域の人びと、そして家族
との共生である。家の周囲から自然が消えていくことで、わたしたちは
自然の顔が見えなくなり、その大切さ、ありがたさが想像できなくなっ
てしまった。自然に対し、一方的な消費者となりかわることで、生産す
る苦労も知らず、自然の恐ろしさも分からなくなる。それが分からなく
なるような世界に暮らしている人は、もはや自分が自然界に生きる一
員だということを忘れ、自分の行動がいかに自然に影響するのか、と
いった配慮もできなくなるのだ。緑や田んぼ、畑のない都会で暮らす
人間は、自然と共生しているとは言えないのである。
次に、地域の人びととのつながりについてであるが、家が孤立した
造りになればなるほど、隣人の顔が分からない。「人の手が借りたい
ときに頼れる人がいないような社会」に陥ってしまうのである。地域の
広場や集会所など、人びとの交流を促すような場を削減していくような
動きは、それをさらに加速してしまうだろう。
そして一番恐ろしいと感じるのが、家族とのつながりが失われてし
まうことである。家の中で家族集まって団欒する空間が消え、個々の
部屋が孤立化することで、必然的に家族の顔を目にする機会が減り、
共に生きていることを感じられなくなってしまう。
以上のように、景観を近代化したことで「共生する」という感覚が失わ
れてきた、とはいえないかもしれないが、日本人は確実に人として本来
大切なものを失っていると思う。
松場さんのお話を受けて、このように考えたわたしへの課題は、今後
の人生で、いかに失われたものを取り戻していくか、である。将来的に
みると、行政側から、企業側から、地域が分から、ボランティアとして、
など様々な形があげられるが、今現在のわたしにできることといえば、
自分の住む地域での運動に参加すること。松場さんのような活動家を
応援すること。インターンやボランティアなどを募集している地方に参加
すること、であると思う。そういった体験を通じて、この問題について自
分なりの方法を見出し、将来へつなげていきたい。
Dさん:
すぐに結果を出すことが評価される世の中で、全く逆の手法で(それ
も商売人の子どもだというのに)、成り立っているのが面白いと思い
ました。すでに持っているものを大切にすることや、もの(街や家)の
声を聞く、ということはすぐにでも実践できることだと思ったので、自分
もプロセスでちょっとずつ実践していきたいと思いました。
Eさん:
自然を大切にしながら、住みやすいのびのびとした環境の中で事業
をされていらっしゃる人だと思いました。本来の日本人がのびのびと
生きる環境を作ってらっしゃると思いますが、どうして日本人はその
環境を手放してしまったのか・・・少し悲しく思いました。
Fさん:
わたしは田舎が大好きなので、今日のお話はとても楽しかったです。
日本には(日本だけに限りませんが)、古くからあって素晴らしいもの
がたくさんあるはずなのに、なぜか古いもの=かっこ悪いというような
考えをもつ人が多いような気がします。古いものを忘れ去って、新しい
もの(機械とかプラスチックなど)を増やしていく、ということはとても
寂しいことだと思います。造り手の顔が見えなくて、ありがたみを感じ
られないような商品が身の回りにあふれている今だからこそ、手作り
のモノにまた触れる・・・ということは大切だと思います。