最近、よく思い出す詩があります。アメリカ合衆国の神学者、倫理学者
Reinhold Niebuhrラインホールド・ニーバー(1892-1971)による
もの。私は、キリスト教徒ではないのですが、参考になるものは、なん
でも参考にする性質なので。ニーバーについては、次のサイトでの紹
介が包括的(英語ですが)で、よいと思います。
http://people.bu.edu/wwildman/WeirdWildWeb/courses/mwt/dictionary/mwt_themes_770_niebuhrreinhold.htm
God,
give us serenity to accept what cannot be changed,
courage to change what should be changed,
and wisdom to distinguish the one from the other.
主よ
変えることのできるものを、
変えるだけの勇気を与えたまえ。
変えることのできないものを、
受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。 (ちょっと訳が堅苦しく・・・すみません)
「変えることのできるもの」・・・今、私たちはその識別と、それを変える
ための勇気を、切実に求められていると感じています。その「私たち」
には、日本中のすべての人が含まれていると思います。
今回の原発事故は、現在・未来の福島・日本のみならず、全世界
の人に影響を及ぼしつつある事態となっています。ボールは我々の
手の中にあり、「知らない」「関心がない」では済ませられない状況が
生れています。
今まで、「変えることのできないもの」だと思い込んでいた数多くの
物事を、今一度、3・11後の新しい光の中で再検証し、「変える」勇気
を持ちたいところです。
現代史の研究をしているとよく思うのですが、「変えられない」と思っ
たもののほとんどすべては、「変えられる」のです。奴隷貿易しかり。
植民地支配しかり。冷戦しかり。
あんな大きなことを人々が変えられたのであれば、きっと変えられ
る。変えられないと思っているのは、思いこみなんじゃないか、勇気
がないからなんじゃないか、惰性によるものなんじゃないか・・・そう
思います。
他方、失われた命を取り戻すことはもはやできません。その意味で、
変えられないこともあるのだとも思います。