今朝は、7時半から、ここモザンビーク北部ペンバ市にあるカトリック
大学でMTG。来年からやろうと考えている歴史プロジェクトの打ち合わ
せです。そのあとは、地元中学校でも調整。たくさんのティーンエイジャ
ーに囲まれながら、それにしても若者は世界中同じような恰好と動き
をしているなあ・・・とつくづく感じた朝でした。
そして、午後からは、国立大学Universidade de Lurio
(UniLurio)で、教員対象のワークショップでレク。日本の戦後の経済
成長と現在の失敗について、トヨタと福島原発を事例に話しました。
といっても、企業としてのトヨタや車についてではなく、その創業者に
ついての話。
最近、アフリカ各国でも日本でも、大学の教員も学生も、「ないこと
(足りないこと)」についてよく不満を漏らします。「だから出来ないのだ」
ということをよく耳にします。(さすがに、アフリカ・ゼミの学生たちはそん
なことは言わないですが!・・・むしろないことを楽しんでいる部分も)
一去年から、モザンビークのいくつかの大学で講義をするようになっ
て、学生や先生たちと話をする機会が増えて、特にそう感じます。学生
たちは、「英語が出来ないから留学したい」というのですが、「行くには
英語が出来ないといけないよね?」と聞くと、「この大学にはちゃんとし
たコースがないから英語が出来ない」とすぐ言い訳が始まります。大
学には、図書館もインターネットもあるのですが、それらを使って勉強
しようという考えはないようで。。。大学の先生たちは、インターンシップ
をアレンジしなければならないが、北部地域には企業数が少なくてまっ
たく無理といいます。「どういう企業と話をしましたか?」と聞くと、まだ動
いていないものの、数が不十分だからどうせ無理・・・という答え。
皆さんだったらどうしますか?私の提案は次のようなものでした。
例えば、情報通信を教えている学科があるので、大学内に小さなユニッ
トを設置して、そこで首都の色々な企業の依頼に安価で、しかし、プロ
フェッショナルに応えて、学生をそこのインターンとして雇用して、経験
を積んだ学生には是非起業してもらって、将来のインターン先・雇用先
に成長するよう応援すればいいじゃない?・・・というものでした。
学科長は口をあんぐり開けていましたが、翌日すぐに連絡が来て、
実際やってみるということで、担当の先生も紹介してくれました(が、
私に紹介しても仕方ないのですが・・・・)
なので、トヨタの話になったわけです。といっても、話をしたのは、トヨタ
に繋がる豊田紡績の創業者、豊田左吉(1867年)についてです。誰か
知らない・・という人は、大問題!!!ぜひ、調べてみてください。特に、
彼や彼の息子たちの語録を読んでみてください。
今日紹介したものを、ここでも少しだけ紹介。貧しい大工の息子が、
どうやって起業家になったのか、なぜこの厳しい時代に大人になる皆
に彼らから学んでほしいのか、分かるかと思います。
・「仕事は人がさがしてくれるものではなく、自分で見付けるべきものだ。職は人が作ってくれるものではなく、自分自身で拵えるべきものだ。それがその人にとっての、本当の仕事となり、職業となる。とにかくその心掛けさえあれば、仕事とか職業とかは無限にあるといってもいい。
・「人間のやったことは、人間がまだやれることの100分の1にすぎない。
現状に対する不満をただ語り、嘆くのではなく、あるいは既にすべての
ことがやられた後だと思いこむのではなく、自分の既成概念をとっぱ
らって、残りの99に思いをはせてみましょう。自分の可能性を信じれば、
そして努力を怠らなければ、道は開けるというメッセージが詰まっていま
す。今日のレクのタイトルは、「危機は機会なり」です。
日本は、どこを見てももうダメなんじゃないか・・・というネガティブ要素で
一杯です。でも、だから、次の言葉を大切にしたいと思います。
「今日の失敗は、工夫を続けてさえいれば、必ず明日の成功に結びつく」
アメリカでの訴訟への対応に見られるように現在のトヨタはもはや創業
者の精神を忘れた部分がありますが、「失敗に感謝する=失敗に気づく
ことこそが、改善につながるから」という精神こそ、今私たちが切実に必
要としているものでしょう。
失敗は構造的にも単発的にも起こっています。起こってしまったこと
については、そこから学ぶしかないわけですが、今日本でそのような姿
勢はあるのでしょうか。
昨日から、車のラジオから繰り返しトリポリ(リビア)についての情報が
流れてきます。慌てて日本の新聞をサーベイして驚き・・・ました。なん
と、トップ記事の大半は「伸介の芸能界引退会見」。。。だったので。。。
しかも、日本の新しい首相を決めることになる代表選選挙間近というの
に、これらの候補がどのような政策を掲げているのか、原発はどうする
のか、まったく分かりません。相変わらず、「小沢問題」や「数工作」や
「大連立」の話ばかり。日本の新聞は、いったいいつになったら、「小さ
なカップの中」の話を止めてくれるのでしょう。新聞やテレビ離れが進ん
ている理由を、若者の退化のせいにしないでほしい・・・と心から思いま
す。
河野太郎さんが、まっとうなことを書いてらっしゃいます。
http://www.taro.org/2011/08/post-1073.php
もはや、「旧い既存構造と概念」から逃れられない政治家、官僚、企業、
マスコミ、専門家は、退場するのでなければ、事態をより悪化させるだ
け・・・という気がしてきました。
何事も、長くやっていると硬直するものです。いつの間にか、胡坐をか
くようになるもんで。自戒を込めて言うならば、私の研究も、モザンビーク
というレアな研究ネタに関わっているうちに、どこか停滞し始めていたよ
うに想います。ルワンダに行くようになって、気持ちを新たにすることがで
きました。大学での仕事もそうかもしれません。
常に、新しい気持ちで取り組むべし。首を垂れるべし・・・がんばります。