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国際ボランティア論受講生へのお返事(2)~何のために生きるのか?Vision&Mission

日本に月曜夜に到着したものの、ドイツやポルトガルで毎日走ってた
のが嘘のような余裕のなさ。1年間続けた雑誌のコラムの最終稿、ウ
ェブ上の原稿、英語本の校正・・・どれも冬休み中に片付けるつもりが、
今年は卒論・修論ともに数が多く、離ればなれの子供とじっくり過ごし
たため、さらには「義父母」の世話もありまったく手つかずでした。
 でも、続きをどう書こうかな・・・とずっと考えていました。書きたいこと
がはっきりしていても、相手伝わるように伝えることは難しいからです。
皆さんのguessを一読してもらえればわかると思いますが、同じ年頃
の同じ大学(都内私立女子大)の女学生onlyとは思えないほどの
バラエティ。言葉で伝わるのはどうせ30%だということなんで、でき
る範囲で書いてみます。
 さて、前回書いた最後のことは、Visionとなります。Visionもまた
英語ですし、概念的には西欧的なもの。でも、あえて私はすべての
授業(ポルトガル語の授業ですら)で、皆にVisionとMissionを考え
てもらいます。
 その理由は、皆さんのボランティアの定義付けや議論でも多々出て
くる視野の狭さに自分で気づき、それを乗り越えてみてほしいからで
す。大半の学生の皆さんの話は、「私、I、わたし・・・」がいっぱいです。
もちろん私も、私を主語で語っています。でも、ここでいっているのは、
主語としての私ではなく、目的語あるいは形容詞、装飾語としての
「私」です。例えばこうです。
 「ボランティアといっても、見返りを期待して当然。お金を求めるの
ではないけれど、精神的充足感やスキルアップはほしい。そうじゃな
いとモチベーションがアップせず、続かない」
 「自分の出来る範囲でやることがボランティアだ」
 「自己犠牲してまでやることじゃない」
 皆さんが書いていることは、私も基本的に同感ですが、危惧も感じ
ています。皆さんのいう「自分の」「メリット/できる範囲/犠牲範囲」って
なにに基づいていますか?皆さんの持っているお金の量?時間の量?
皆さんの気持ち?好き・嫌い?直観?そして、それらは変わらない、
変えられないものなんですか?
 今、就活を初めている人たちは、「自分のやりたい仕事・やりたくない
仕事」「自分に向いている仕事・向いていない仕事」を軸に就活をしよ
うとしていませんか?でも、その「自分」って誰?どんな自分?
 私の考えでは、「自分」なるものはかなりの程度変えられます。とい
うか、人も社会も変えられないとしても、自分ぐらいは変えられます。
もちろん根本的に変わらない部分はあるのですが(家族からみたら
私はまったく変わっていない!)、でも以上で出てくる皆さんの「嗜好」
「視野の範囲」ぐらい変えられそうではないですか?
 だとすればそれを基準にすべてを決めるのは(特にやりもせずイメ
ージだけで)、何か変ではないでしょうか?
 自分はちっぽけです。卑下してくださいということではありません。
一人の人間の頭も身体も一個だけ。人生はいつまであるかわからな
い。そんな自分が、一人で生きていけるわけではない環境で、自分だ
けをターゲットに、自分だけの感覚を頼りに生きるのはまず無理でしょ
う。そう気づいてしまっておののいて引きこもってしまうこともあるでしょ
う。だからどうするのか?
 自分ばかりを見つめて、自分の内面にばかり答えを探して、足踏みす
るのではなく、Visionにひっぱってもらうのです。Visionなんていわれ
ても・・・と最初はいうと思います。こうあったらいいなという世界像のこ
とですが、今までの経験から、どんなに理想を持っていないという人で
も何からの理想は持っているいえるでしょう。そもそも、なぜ皆さんは、
たった2単位のために、私のどうでもいい国際ボランティア論なんてと
ってるんですか?二度もレポート書かなきゃだし。何かあるんです。
溺れている子供がいれば、どんな子どもであっても自然と飛び込んで
しまうように。それが何か考えてみてください。
 きっと皆さん一人一人がもっている何らかのVisionを、暗い夜空の
道しるべにすればいいんじゃないかな。もちろん、Visionが一つとい
ってしまえばそれは宗教になります!多様でいいのです。変わっても
いいのです。そして、それを実現するために人生において何をするの
か(Mission)ですね。日々の生活の中で実践することもあれば、
仕事の中でやることもあるでしょうし、すべてを統合してやることもあ
るかもしれません。ちなみに、いつもいいことばかりすることは不可能
でしょうし、実際のところ、Visionというのは「星」といったようにそこに
到達することはできないでしょう。でも、見上げるものがあったほうが、
あるいは暗い海に浮かぶ小舟が皆さんだとしたら、海の中ばかりを
見つめるよりいいんじゃないかな。
 頭上の星を意識できれば、色々なことがつながってきます。自分が
海に流す一滴の油の意味。その遠い星の下方にあるもっと身近な星
もやっぱり大事なこと。隣にいるかもしれない同じ星を見上げる仲間。
目指す星と自分のいる海の距離。自分の乗っている小舟の頼りなさ。
どんどん色々なことが気になって、自分の一挙一動、感じ方・考え方
がすべての周りの事象と連動することを実感してこないでしょうか?

 私にとっては、それが「生きる」ということです。

 要は、自分ではないもののために生きようとしてみた時、最終的にそ
れが自分を生かすことになるんだということがいいたかったのです。
なぜなら、それが自分の生きる「場」を用意することになるから。「我
想う我あり」・・・とはここが相当違います。社会の一員とみながいいま
す。でも、本当に皆さん社会の一員ですか?だとしたら、どの社会の?
どういう一員ですか?
 今年は「絆」という言葉があちこちで重視されました。もちろん、私も
共感します。でも、この絆はどの絆ですか?そもそも、「絆」という漢字
は「縛る」ことを意味します。「しがらみ」です。古い構造の「しがらみ」が
ここまでの破たん状態・災害状態に直面してなお、日本社会を変えよう
とする動きを強固に跳ね除けています。みなさんがつながりたいのは
誰とですか?何のためですか?どんな未来のため?
 バッテリーがなくなったので今回はここまで。
by africa_class | 2012-01-12 02:02 | 【大学】国際ボランティア論
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