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国際ボランティア論受講生へのお返事(3)~どう生きるのか?国家、市民社会と私たち、そして地球・世界

なかなか続きが書けない毎日ですが、この時間は津田に向かっていた
時間なので(授業は終了!)、続きを書いてみます。なおレポートです
が、後から届いた4年生を除き、来週木曜日までには教務に届けられ
そうです。なお、授業アンケートですが、教務でやることは不可能なの
で不要と言われました。でも、それだと皆の授業のご批判・感想聞けな
いので、各自手書きでもいいので書いたものを(無記名でOK)、教務に
預けてくれますか?(これについては伝えておきます)本務校では、アン
ケートはウェブ上でするので失念し申し訳ない。

さて、What and Whyまで来ましたね。
最後の皆さんとの授業で書いてもらったVision&Missionじっくり見せ
てもらい、皆さんが何故この授業を取ろうと思ったのか、最後まで取り
続けたのかがよくわかりました。とってもいいVisionをもってますね。お
そらく、恥ずかしくて言葉にしたこともなかったと思いますが、夢や軸を
持って生きていく素晴らしさを実感してもらえれば。Missionはまだまだ
かなり考えて、行動していく必要がありそうですね。
 ●人として、●女として、●学生として、●社会の一員として、●団体のメン
バーとして、●職業人として、●ボランティアとして・・・多面的な自分を意
識して、それぞれ書いてみて、そこに人生のどの段階でやるか入れて
みると将来計画づくりに役立ちます。わがゼミ生はこれを年に2度やる
のですが、就活組は混乱中・・・・そして、留学組は空白が・・・。そういう
ときどうするか?動く!しかないのです。どんどん動いて、人と話して、
それからでいいと思います。ちなみに、VisionもMissionも将来計画も
常に変わるものです。私の人生もかなり行き当たりばったりなんで、そ
の点は念頭においてください。
 ここまでくると、後はHOW、When、Whereです。恐らく、Howが決
まるとほかが決まってくるので、Howだけ書きます。

 人生の指南書であれば、ここで「国家」の話はしないでしょう。まして
や、日本であれば「市民社会」については言及しないことが多いでしょう。
でも、Visionをよく眺めてみてください。そのVisionを本気で実現した
ければ、自分や自分の周りだけでなく、自分の職場・学校・近所だけで
もなく、国家や世界とどう関わるべきか・・が重要になってきませんか?
 多くの学生が将来構想としても関心事としても国際協力をテーマにも
っていることもあり、国際協力とボランティアを重ねあわせて考えてい
ましたね。結局、国際協力を国家マターとして捉え直した人も多かった
ですし、いや、国家やボランティアは誰がやるかの違いだけという人も
いました。開発援助(ODA)という巨額のお金、青年海外協力隊とい
う大規模「ボランティア集団」がいるために、国家とのかかわりは無視
できないほど大きく、その部分は「ボランティア論」から考える必要はな
い、という結論を出した人も多かったです。
 本当に???
 そもそも、「国家」とは何ですか?「国家」とは誰ですか?この「国家」
なるものを動かしているのは誰?その権利を有するのは?
 [「国家」=「政府」/「与党」「政権」etc=我々から遠いもの]
としていませんか?主権在民のこの国の一員であり、民主主義国で
あれば、「国家」もまた私たちが構成し、支えているものではありませ
んか?
 もちろん、実態としては(ファンクションとしては)、そうなっていません。
「国家」=権力であり、私たちは主権者とはいえ、強固な権力構造を前
に大多数の想いが届かない現実を日々目にしています。福島原発事
故とその後の不条理、Bad Governanceがそのことを明白にしてい
ます。(詳しくはツイッターでsayakafc@)。
 このような「国家の暴走」に対して、国民国家体制を早くに構築した
ヨーロッパでは、「市民社会(あるいは社会)」がそれに対抗するもの
」として考えられてきました。あるいは、国家の中に、「政府」と「政府
に抗する社会」が含まれてきたのです。(ちょっとややこしい話です
が、またじっくり書きます。)
 日本では、しかし、「市民社会=社会」と考えている人は少ないで
しょう。アフリカでも同様です。私たちは自分たちを「市民」と自覚し、自
分たちの社会を「市民社会」と認識しているでしょうか?おそらく、否で
しょう。それは、「抗国家性(国家に抗う気概・力)」が日本の市民にも
社会にも著しく低いからです。主権在民であるにもかかわらず、自分
の権利、自分の責任(義務ではなく)に目覚めている人は稀です。それ
に基づいて行動している人はさらに稀。そういう人たちは、すぐさま「反
政府」と名付けられ、家族・社会・仲間から白い眼で見られます(ある
いは見られると思いこんでいる)。
 だから、日本の社会はこうなってきたのです。世界でも。でも、多くの
国・地域で、今変革が起きつつあります。そして、このように変革を呼
び込み、歴史を結局動かしてきたのは、人々の気づきだったのです。
植民地支配が当たり前だったアフリカで、黒人は白人と同じトイレに入
れなかった合衆国で(いずれもつい40-30年前)、女性に参政権がな
かった世界で、現在そのどれもが「ありえない」ことになっているとした
ら、それはそれに異議を唱え、行動を起こした人たちがいたからです。
●自分の置かれている構造的抑圧状況への気づき
●自分の持っている権利への目覚め
●それに気づいた者同士の共感、連帯と行動
●社会が変わる
こそが、エンパワーメント論の創設者ブラじるのパウロフレイレ(『被
抑圧者の教育学』の著者)
 逆にいうと、気づかない、気づいても気づかないふりをする、つなが
りあわない、行動しない・・・私たちの日本では、結束が固い権力構造
に対して、ふけば飛ぶような存在です。権力やお金を握っている人た
ちには、それを守る理由があり、守るための資源もあり、日々それを
一生懸命する余裕があります。多くの人たちにとってそれこそがJO
Bなのです。それに対抗しようとすれば、ごく少数者のばらばらの動き
では不十分極まりないですね。
 市民社会とは、「ばらばらの市民の構成する社会」という意味もあり
ますが、欧米では、Civil Societyという場合、「市民が集まって作る
集団・組織(NGOやAssociations、ボランティア団体)、労組)の
集まり」として認識されることが多いです。さらに「抗国家性」を重視し
て、メディア、野党を入れる人も多いです。「非国家性」を重視すると、
犯罪集団も入れる人が出てくるのですが、それはここでは脇に置き
ましょう。
 つまり、Civil Societyとは、市民が互いにつながりあって、国家を
監視したり、よい方向に導いたり、自分たちのために役立てたりして
いる「場」なのです。何が言いたいかというと、市民同士がつながり
あって初めて意味を持つのが社会であるということです。また、社会
そのもの、権力そのものを変えようとしてはじめて、「市民」になると
いうことなんです。
 まあ、これは勝手な定義ですが、多くの皆さんが、ボランティア(個
人)とボランティア団体(NGOやNPOなど)を混同する傾向がありま
した。そして私は自分の活動をボランティアと呼ばないと書きました。
その理由を書きます。
 社会、地球、国家の抱える課題が目の前にあり、国家が暴走して
人々を傷つけ続けて、既存の市民社会が何もしない状態にあるとき、
「気づいている」市民の責務として、問題提起し、仲間を募り、連帯
し、市民社会の一員として行動するために立ち上がることは、あたり
前の行為であって、さらにいうと「奉仕」や「無償性」の論理とは交わ
らないことだからです。
 また、「お互い様」というのはそうではありますが、それも違和感が
あります。むしろ、国家の暴走に対して、一市民としてこれを放置し
てしまっては、もっと酷いことになること・・・を危惧しての行動といえ
ます。となれば、自発性・公共性については確かにそうなのですが、
ボランティアという言葉の響きにはない「抗国家性」を考えると、私
の行動は、市民社会の一員としての行動に他ならないのであって、
それをボランティアとは呼べない・・・と思うのです。否、ボランテ
ィアと呼ぶと、本質と問題を見失ってしまいます。
 国家に無批判な一方、国家がやるべきなのにやらなかったこと
を「ボランティア」が肩代わりし続けては、社会はより悪い方向に
行きます。市民として、国家の在り方を正していきつつ、国家の
補完のためではなく、社会のやるべきこととして当事者によりそ
うことが、あるべき姿ではないか・・・と考えています。国家に無批
判な「奉仕」は、結局、目の前の人をその時ヘルプできたとしても
同じような苦労を抱えた人を再生産し続けることに加担しかねま
せん。だからこそ、当事者とともに社会を変える(その意味で我
われも当事者である)ことこそ、必要だと思っています。
 だから、私は「国際ボランティア論」を教えることに躊躇があり、
市民の活動を「ボランティア」ともう呼ばないのです。もちろん、み
なさんがどう考えるか、どう定義するか、どう呼ぶかは自由です。
ただ、皆さんには、ただ「個個人でばらばらにボランティアをやっ
て、何かやった気になる」のではなく、市民社会の一員として、他
とつながり、あるいは他とつながるための団体を立ち上げたり・・・
していってほしいな、と思っています。
 (ちなみにNGOをつくるのは簡単です。またこれについては説
明しますね。私の周りには団体作りに励む若者急増中。今日も
某団体の企画書チェック。批判ばかり書いたけどダメだからじゃ
ないよ。よくなると思ってだよ。そこ誤解なきよう。)
 ということで、Visionを実現するためには、まず一人一人が「気
づく」ことが重要であり、「目覚める」必要もあり、かつ「つながって
いき」、「行動につなげる」・・・というプロセスがくっついてくるという
話でした。何か団体作りたくなったあなた。やってみたら?
 ちょと時間がなく、これから福島乳幼児妊産婦にーず対応プロ
ジェクトのMTGなんで(すでに遅れてごめん)、また読み直してわ
かりづらい点は補足しますね。<=無事終了!首都圏チームの
来年度計画を立てました。
by africa_class | 2012-01-19 13:21 | 【大学】国際ボランティア論
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