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期末試験問題&回答「一国」を世界的、地域的構造と主体で把握する重要性=日本の新聞政治部の課題

今日は大学二次入試前期日程。今年の1年生の去年の今頃の姿
だと思うと、なんだか愛おしくなり、心の中で「がんばれ!」とつぶや
いていました。が、全員は合格できないんだよね・・・。
 さて、アフリカ平和・紛争論の振り返りをしたいと思って2週間経過。
ごめんなさい。自分の専門ということもあり、また今年は特に実験的
授業であったこともあり、もう少し寝かしていいかな?4年生には個別
にレポートと期末試験返却日程のお知らせメールしておきました。こ
こまでして返却したい理由。それは、皆力作だったから。そして、私の
添削・コメントも力作だからです(つまり真っ赤)。在校生は4月の月・
4限の最初の授業(115教室)の前後に返却します。
 ということで、明日(もう今日)はモザンビークに行きますが、答案用
紙を持っていくわけにいかないので、出発前に地域基礎の皆さんの
書いてくれたことをベースにお返事しておきます。来年度から地域基
礎は担当しないので、質問と答えを書いておきます。テストはポルト
ガル語の授業(来年の2年生の授業)で返却します。関係ない人も
「腕試し」にどうぞ~。
 なお、何度もいいますが、私はありとあらゆることを教えさせられて
おり、後期は外部も含め10コマでした・・・。学生でもついていけない
数です。中級ポルトガル語から上級、アフリカ地域研究に、国際関係
とアフリカ、平和と紛争、ポルトガル・アフリカ地域基礎に、国際ボラン
ティア論まで・・。確実に、3人別々の教師が教えるべきところです・・。
学生数は通年で延約600人・・・。今年はこれに福島の活動やらなん
やらで、正直なところ10月―11月はほぼ危機的状態にありました。
 という愚痴はこの辺までにして、試験問題でした。

1.ヨーロッパがアフリカ分割に至る背景にあった当時のヨーロッパ
社会の状況

←ヨーロッパでの資本主義経済の広がり、1870年の不況から社会
 主義への警戒、ナショナリズムの利用と帝国主義・・・>アフリカ分
 割の話をしたつもりだったけど・・・あてずっぽうな感じの答案多かっ
 たです~。
2.19世紀半ばまでにモザンビーク北部に出現していた社会の特徴
←奴隷・火器サイクル、奴隷交易による首長への権力集中やイスラ
ーム化、首長連合形成による民族形成の可能性。
(なぜか20世紀のこと書いている人が続出・・・)
3.ポルトガル植民地支配の基本的性格が1920年代後半から40年
代にかけて変化する契機

←確かにサラザール政権が誕生したことが影響するのだけどその背景
 は???戦間期の不況。それから綿花輸入による対外債務超過。
 第二次世界大戦の勃発による物資不足による本国紡績業の活気と
 原材料不足。そして奴隷交易・制反対のような「国を超えた運動・
圧力(ただしこれは英帝国主義の欺瞞でもあるのですが)」が大戦勃発
によりなくなったこと・・・だったよね?
 (なぜか1960年代のことを書いた人も多く・・)
4.アフリカの人びとの抵抗のあり方について印象に残ったこと、その
理由

←大半の人が、「一次抵抗(暴力抵抗)」が無理だった後に民衆が日常
 的に実践した「消極的抵抗(日常的抵抗)」について取り上げました
 ね。特に、強制栽培させられた「綿花の種を煮る」という抵抗手法に
 感銘を受けていましたね。これは、皆がさんざん自分たちなりに抵抗
 手段を考えたものの、これについては思い付かなかったからでもある
 でしょう。参加型学習の面白さを、この瞬間感じてくれたかな?
←みんなの考えた「抵抗」の中に、「スト」「ボイコット」「自殺」「自傷行
 為」がありました。逆に、色々考えさせられた提案でした。これについ
 ては、「アフリカ平和・紛争論」で取り上げた「抵抗」についても共通す
 る点があるので、アフリカから帰ってきたらまとめて書きます。
←また、「歌・踊り」の重要性に感激していた人も多かったですね。
 ブラジルの元黒人奴隷の人たちや子孫をみればそれは分かることで
 もあるのですが、「文化・アイデンティティを失わない(尊厳を失わな
 い)ということを通じての抵抗」は、世界中で試みられたことです。
  日本のヤマトはこの意識が薄いのでこれが分かりづらいことでしょ
 うが・・・。日本の少数民族は文化を否定され、捨てさせられてきた歴
 史を有するので、ヤマト以外の人にも共通するかもしれません。(ただ
 し、関西人にはこれかなり強いのではないかと・・・関東在住の関西
 人として思います。関西弁下手やけど・・・)
5.南部アフリカのポルトガル領の解放が遅れた理由(「アフリカの年」
の1960年から遅れること15年)

←ポルトガル本国の政治・経済体制、冷戦状況・南部アフリカの状況
 (白人入植者の存在・資源・資本主義)と南アを守るための緩衝地
 としての役割、解放運動主体育成の遅れ・・・だったよね?
  ポルトガルのことしか書いてないのはNGです。当時の世界的状況
 と南部アフリカの地域的状況を念頭におかなくては。
6.新聞分析や授業を通して考えたこと
 一番面白かったのが6.なのですが、これは明日・・・多分。力尽きまし
た。それにしても、「地域基礎」。「ポルトガルだけ」とか「ブラジルだけ」
とか、そういう一国史的な発想の歴史教育は、皆にとって何にも役に
立たないよね。世界史的、地域的変動の中で考えてこそ意味がある。
また、「ナポレオン」とか「~王」にばかりフォーカス当てても仕方ない。
(私が大学生の頃はそうでした。高校教科書のノリ・・・。)
主体は重要だけど、名を遺した人ばかりに焦点を当てると、構造を見
過ごしてしまう。
 歴史だけでなく、現在の世の中の動きも同様。新聞・テレビはどうし
ても、名前を持った人たちの動きを追って、その人たちを中心に物語
を組み立てる(例:~首相は・・・大臣は・・・オザワ先生は・・・・など)。
けれども、彼らが構造から受けている制約の大きさはすごいもの。個
人の責任に還元していくことは重要ですが、それらの個人を取り巻
く構造まで把握し、その動態を描き出し、声なき大多数の空気までを
感じて初めて、全体が描けるのではないか・・・そう思います。
(そうそう、現在のハシモト報道フィーバーもそう)
 ですので、各新聞社の「政治部」は、個々人の政治家を追い、彼ら
の一挙一動を事細かに伝える(逆に言うと操り人形になる)のではな
く、構造を暴いてほしいです。そしてその構造がどのように変化して
いっているのか、どのような影響を及ぼしうるのか半歩も十歩も百歩
も先を行って予見して、警鐘を鳴らしてほしい・・・。今のままの報道
の在り方では、単なる情報の垂れ流し。相変わらず「個々人の権力
者」や「与野党のやり取り」といった「政局」の話ばかり。選挙が近づ
いてくると余計そう。
 政治家たちに「政局ばかりやってないで国のことを考えろ」という
社説多いのですが、では新聞の1~3面はどうなんでしょうか?
政局の話ばかりでは?いっそ政局報道を全面的にやめてみて、
構造把握・分析、今後のための多様な層の議論ばかりを載せて
みたらどうでしょう。日本や若者のためにはその方が意味がある
と思います。(どうせ権力者たちは子ども・若者・女性の生活改善
や未来に関心がないので)
 詳細はまた余裕があるときに!
by africa_class | 2012-02-26 00:48 | 【大学基礎】批判的思考for1年生
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