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Lifestyle&平和&アフリカ&教育&Others

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卒業おめでとう~!2011年度卒業生に贈る言葉

今、大飯原発の再稼働に関する政府交渉をUstreamで聴いてい
ます。(さっき終わりましたが、手に汗握る凄いやり取りでした)http://www.ustream.tv/channel/iwakamiyasumi5#utm_campaign=ss-post-backlink&utm_source=7259756&utm_medium=social
論文の締切が今日な上に、夜出かけるので時間はないのですが、
気になって進まず、1時間断念して、ブログを更新することに。
これまでの訓練(同時に3つぐらいのことをやる!)により、福島乳
幼児FnnnPの作業やブログ更新は並行してできるのですが、さす
がに論文は厳しいですね・・・。

■昨日卒業した学部・大学院の皆さん
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*ユーリちゃんは来年ですが。
■でも、今年間違いなく一番目立った卒業生はマサイの花嫁でしょう。
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*私も知ってれば、アフリカ服着たのに・・・寒かったのです。
■なんか、青春って感じじゃないですか~??
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*なぜかいつも真ん中にキミちゃんが!

卒業おめでとう!そして、いつでもゼミに遊びに帰って来てね!
そして、追いコンで話したことをお忘れなく。
いなかった人もいるので大体こんなことを言ったよということで掲載
しておきます。

■その前に!是非一読してほしいのが、立教大学の吉岡知哉総長の祝辞です。
http://www.rikkyo.ac.jp/aboutus/philosophy/president/conferment/
私が、多くの授業、そしてゼミ特に卒論を通して、皆に伝えたかった
こと、のほとんど全てがとても深い洞察と説得力、覚悟をもって述べ
られている祝辞です。総長という立場もある中での祝辞。感銘を受け
ました。
 「(前略)高度な研究を行っている専門家や、著名な大学の出身者である政治家への不信が広がる中で、大学という研究・教育機関への信頼が失墜していったのは不思議ではありません。いま私たちは、大学の存在根拠自体が問われていることに自覚的であらねばならないのです。
 では、大学の存在根拠とはなにか。
 一言で言えばそれは、「考えること」ではないかと思います。
大学とは考えるところである。もう少し丁寧に言うと、人間社会が大学の存在を認めてきたのは、大学が物事を徹底的に考えるところであるからだと思うのです。だからこそ、大学での学びについて、単なる知識の獲得ではなく、考え方、思考法を身につけることが大切だ、と言われ続けてきたのでしょう。(中略)
 ところが、東日本大震災とその後の原発事故は、大学がそのような「考える」という本来の役割を果たしていないし、これまでも果たしてこなかったことを白日のもとに明らかにしてしまった。少なくとも多くの人々の目にそのように見えたのに違いありません。大学への信頼が崩れたのはそのためではないでしょうか。(中略)
 また、このような変化の背景に、そもそも「考える」ことの社会的意味を否定するような気分が醸成されてはいないか、という点にも注意しなければなりません。反知性主義が力を得るための条件は東日本大震災以後いっそう強まってきていると思われるからです。(中略)
 さて、これまで述べてきたことからもお分かりのように、「考える」という営みは既存の社会が認める価値の前提や枠組み自体を疑うという点において、本質的に反時代的・反社会的な行為です。(中略)
 それは皆さんが、「徹底的に考える」という営為において、自分が社会的な「異物」であることを選び取った存在だということです。
 どうか、「徹底的に考える」という営みをこれからも続けてください。そして、同時代との齟齬を大切にしてください。
 おめでとうございます。」
 
■私の2011年度卒業生を送る言葉■
卒業おめでとうございます。
みんなはきっと社会の中で重要な役割を果たす人になるでしょう。
それを目指してこのゼミは走ってきんだから(笑)。
でも、忘れないでほしいことは、『偉くなろう』としないこと。
ある意味で、『偉い人』になるのは簡単です。
どんどん自分の地位や利益を追求していけば、『偉い人』になれます。
皆にはそれだけの能力が備わっている。
それを試したくなる人もいるでしょう。
でも、そんな生き方でいいのでしょうか。

自分が『偉くなった』と思った瞬間に、是非立ち止まってください。
そして、『踏みにじられる側』の声に耳を傾けてください。
おそらく、皆が3年あるいは4年前に、このゼミに入ろうと思った理由。
アフリカという、外大では重視されず、むしろ軽視されてきた地域を、
あえて学ぼうとした理由。中には、専攻語の先生たちに反対された
人もいました。「アフリカなんて学んでどうするのか?」と。
それでも、皆がこのゼミに来たのは、世界的な不平等の構造の中
で最底辺に位置づけられ、矛盾を押し付けられてきたアフリカから
世界を考えたいと思ったからでしょう。
あるいは、そんな状況でもイキイキと生きるアフリカの人たちから
何かを学びたいと思ったからかもしれません。

そのことを、一生忘れないでください。
迷ったら、初心を思い出してください。
そして、『偉い人たちの側』でなく、『虐げられている側』に立って
みてください。
そのことは、きっと別の見方・世界を皆さんに教えてくれ、自分の
進むべき道を照らしてくれるでしょう。

だから、私もいつまでも「先生」と呼ばれる仕事を続けるべきでは
ないのかもしれない・・・と思っています。
大学の中で、私は「先生」で皆は「学生」でした。
でも、私が皆から学んだことの方が多かった。
「先生」は「偉い側」の肩書きです。
だからこそ、皆さんの側に立たないと、「裸の王さま」に陥ることに
なります。皆の本音が私がそうなるのをある程度防いでくれたと思
います。私もその意味で、ようやく8年生が終わろうとしているのだ
と思います。
皆さんは私にとって、「先生」であり、「仲間」なんです。

皆さんのこれからの人生に多くの幸がありますように。
そして、必ず押し寄せてくる苦しみや困難に、立ち向かえるだけの
力とユーモアと想像力を身につけていってくれるように願ってます。
でも、あの卒論の苦しさを乗り越えた皆だから、大丈夫ですね。
そして、皆さんには仲間がいます。
仲間は一生の宝です。
そんな宝に巡り合えたことを大切に、自分の道を進んでください。

卒業おめでとうございます。
そして、今後ともアフリカ・ゼミをよろしくね。

(2012年3月19日 深大寺拙宅にて)
by africa_class | 2012-03-27 13:49 | 【大学】アフリカゼミ(3・4年)
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