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一挙掲載月刊『英語教育』連載コラム「アフリカの中の英語、英語の中のアフリカ」(その3)

今、BBCのメルトダウンの内側 Part3
福島第一原発周辺の避難者らが、SPEEDIの予測が公表されていな
かったため、より線量の高いところへ向かって行ったことについて・・・。
http://onodekita.sblo.jp/article/54621673.html
本当に悔しい。本当に、本当に悔しい。

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『英語教育』2011年1月~2012年1月
連載コラム「アフリカの中の英語、英語の中のアフリカ」
http://www.eigokyoikunews.com/store/eigokyoiku.html
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*文字数が多くて実際はかなり削った原稿ですが、原文のまま掲載
します。特に、最終回に実は大学の新しいコースについて紹介してた
のですが、紙幅の関係で次の部分を結局削除したでした。後1週間
でこれらの16名(1名増員)が入学です!!!!祝合格!
「東京外国語大学でも、今年4月から、アフリカ地域教育に力を入れた定員15名の学群が設置される。新入生15名は、まずは1年間徹底的に英語を身につけつつ、フランス語・ポルトガル語・アラビア語の中から一言語を選択し第二言語として学ぶ。そして、二年次からは、英語と第二言語を身につけ、さらに教養言語としてスワヒリ語をかじることになる。南部アフリカ共同体(SADC)に加盟するアフリカ12か国の大使たちによる英語での連続レクチャーも計画されており、まさに「生のアフリカの中の英語」に触れる機会となる。」

■第十回 サファリでサファリする?
本コラムもだいぶ終わりに近づいてきた。気づいたら、これまで「アフリカの中の英語」についてばかり書いてしまったて、「英語の中のアフリカ」について、ほとんど触れることができないまま! なので、今回は、「英語の中のアフリカ」について取り上げてみたい。
 と書いたまではよかったものの、なかなか思い付かない…。たまたま南アフリカ在住の「英語の達人」が家に泊まっていたので聞いてみた。「やっぱりSafariじゃない?」思わず膝を打った。そう、日本語にもなっている「サファリ」。英語でも、アフリカの国定公園などに行って、テント(といってもラグジュリアスで本格的なもの)に宿泊しながら、広大なサバンナの風景と野生動物の観察をすること全体を「サファリに行く(I go onto Safari)」という。でも、多くの人はSafariという言葉の由来は知らないだろう。
 Safariの元々の意味は、タンザニア・ケニア・ウガンダの3か国の公用語の一つとなっているスワヒリ語(Swahili)で「旅」のこと。当然ながら、野生動物がいようといまいと、移動すること自体がSafari。なので、現地で、「I go onto Safari」というと、「サファリでサファリする」というニュアンスになってしまう。では、スワヒリ語で我々の意図する「サファリ」をなんといえばいいのか? 
 それが、サファリにあたる言葉はないのだ!
 そもそも、アフリカの人びと人たちは、野生動物と共に生きてきた。お祭りの季節が近づいてくると、成人男性たちは連れだって、祭りの「御馳走」である野生動物を捕りに森に行く。数日間森を彷徨って、帰ってくるのは1週間後ということも。棒に逆さになってぶら下がって現れるインパラやガゼルを見て、思わず「可哀想」と口にしたくなるけれど、村の人びとにとっては重要なタンパク源。のしたがってで、野生動物をわざわざ「見に行く」という発想自体がない。
 では、アフリカの人びとにとっての「旅」は? それはやはり、冠婚葬祭で親族などに会いに行く際の移動だろう。かつては家族全員で正装して何十キロの道のりをテクテク歩いていたが、今ではミニバスにスシ詰になっての移動。これこそ、アフリカ的「サファリ」。
 なので、 なので、「サファリ」という言葉言葉はアフリカから来ているとしても、その概念はあくまでもアフリカの外から来たもの。

■第十一回 アフリカで野生動物を「見る」こと
前号では、英語にもなっている「サファリsafari」の意味を、アフリカの人びとの側から考えてみた。本号はその続編。
 「サファリ」と名のついた動物園もあるように、日本で「アフリカ」というと「野生動物」。ドイツでも事情は同じ。だからで、やっぱりそう。日本と同様に、テレビでしょっちゅう野生動物の番組をやっている。なので、私の調査についてきたドイツ人の「ツレ」が初めて私の調査についてきたときは、初めてのアフリカ(!)ということもあり、大興奮。赤茶けたアフリカの大地をヒッチハイクしたトラックを乗り継いで行くこと計2日間。ようやく着いた私の調査地の村がは、国立自然保護区に比較的近かったからだ。こともあり、。期待を高めた彼ツレは、地元の人たちに訊ねた。
 「どこに行けば野生動物が見られますか?せっかくアフリカに来たんですから!のに見ないで帰ったら、家族に笑われるんで!」
 すると、みな一様に怪訝な表情。
 「アフリカ=野生動物」と思い込んでいた彼は戸惑った。
 「ライオン、もしかして見たことないんですか?」
 皆が顔を見合わせた。そして、悲しそうな顔をした。その瞬間、私は悟って止めようとしたものの、時すでに遅し…。
 「『ライオンを見たことがある』なら人たちは、もうこの世にいないよよ。」
 そう。私が毎年調査に行く村のお年寄りたちは、3度の大きな戦争を経験し、戦争の度に、どの戦争の際にも、住民は村や家を捨てて、森の中に逃げなければならなかった。しかし、そこは野生動物たちのテリトリー。つまり、ライオンの棲家。結局、せっかく戦争から逃れても、ライオンに食べられてしまった子供やお年寄りは少なくなかったのであるある。
 申し訳なさそうに頷いたツレ。しかし、そこで彼の質問は終わらなかった。
 「確かに、ライオンは危ないですよね。すみません。でも、ゾウなら…。」
 再び顔を見合わせる村人たち。一方、項垂れる私。この地域一帯では、畑や食料貯蔵庫のサトウキビや穀物、野菜の味を覚えてしまったゾウたちが、毎年村を襲いにくるのであった。そのため子どもたちがは学校にも行かず、畑の見張り番をさせられることも多い。
 つまり、アフリカの自然が豊かな地域の人びとにとっての暮らしでは、「野生動物に遭遇する=危険信号」なのである。
 あれから12年。さすがに、彼も最近はそんな質問をしなくなったものの、代わりに今度はその息子がは双眼鏡でを片手に、まだ諦めずサバンナの向こうを凝視している。やっぱり、カエルの子はカエル。息子の将来の夢は、サッカー選手か自然保護区のranger(自然保護官)。調べてみたら、この言葉元々はドイツ語の「猟兵」の意味だそうな。納得。

■第十二回(最終回) アフリカへの誘い
本コラムも最終回となった。1年間おつきあいいただいた連載を始めた1年前と比べ、新聞等でもアフリカの話題が多くなってきた。また、東京外国語大学でも、今年4月から、アフリカ地域教育に力を入れた定員15名の学群が設置される。新入生15名は、まずは1年間徹底的に英語を身につけつつ、フランス語・ポルトガル語・アラビア語の中から一言語を選択し第二言語として学ぶ。そして、二年次からは、英語と第二言語を身につけ、さらに教養言語としてスワヒリ語をかじることになる。南部アフリカ共同体(SADC)に加盟するアフリカ12か国の大使たちによる英語での連続レクチャーも計画されており、まさに「生のアフリカの中の英語」に触れる機会となる。
 受験生に戻ることができない皆さんには、是非アフリカを一度訪ねていただきたい。「百聞は一見にしかず」がアフリカほど当てはまる地域は地球上に存在しないのではと思うほど、アフリカのイメージと現実はかけ離れている。このコラムでもたくさんのことを紹介したが、やはり一度は、実際にアフリカの大地に抱かれ、直接にアフリカの人びとと触れ合っていただきたいと思う。
 そして英語の達人たる皆さんには、是非アフリカの音楽CD、映画、文学作品に触れていただきたい。日本にいながらにしてアフリカのものが手に入る時代になった。中でもあえてお勧めするならば、映画『Amandla!』を挙げたい。ミュージカルの映画版であるが、アパルトヘイト下の南アフリカで、人びとが諦めることなく、不屈の精神と音楽と連帯の力で抵抗を続けた様子がドキュメンタリータッチで描かれている。ネルソン・マンデラの実際のスピーチも聞ける上に、音楽も素晴らしい。
 文学作品については、本コラムでも紹介したナイジェリア英語文学の系譜を引くチママンダ・ンゴジ・アディチェのHalf of a Yellow Sun(翻訳本『半分のぼ登った黄色い太陽』)をお勧めしたい。1977年生まれの若い女性作家であるが、同書はOrange Prize for Fictionを、2003年に発表されたPurple Hibiscus はBest First Book Awardと Commonwealth Writers’ Prizeを受賞している。ナイジェリアの現地の言語に由来する言葉も多く、最初は読み進めるのが少し大変かもしれない。しかし、後半にかけての躍動、複数のパーソナリティーの物語が大きな戦争という物語に結実していく様は、感動的である。人間の弱さと可能性を痛切に感じる一冊。
 また、アフリカについてもっと知りたい、学びたいという方は、筆者の編書『アフリカ学入門』(2010年、明石書店)をご参照あれ。
 この連載中に、アフリカ、ドイツとの往復を何度も繰り返した。世界を何周かして思うのは、やはり日本にアフリカ的刺激と包容力が不可欠な時代が到来しているということ。世界のどの地域よりも、今の日本には停滞感、諦めが漂っている。これを脱するヒントは「危機の先進地」ぜひ、アフリカにこそあり。ぜひ、アフリカへ。へ。
by africa_class | 2012-03-28 21:56 | 【記録】原稿・論文
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