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【近刊紹介』『国際政治~特集:紛争後の国家建設』&Fukushima, ProSAVANA…が、研究の転換点につき

長いノマッド(遊牧民)生活も一旦終了。毎月出国している状況はさすがに辛い。一か所に数か月まとめていられるのは本当にありがたい・・・と思う今日この頃。依然、アフリカに持って行ったスーツケースとヨーロッパに持って行ったスーツケースが並べられたままではあるものの・・・。

さて、忘れる前に自分の記録用にやっている最新出版物の記録を貼り付けておきます。デジタルの時代に、紙で出版されるものの有難さの一方で、いつどこで何を書いたのかだんだん記憶が定かでなくなってくるので。

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■舩田クラーセンさやか(2013)「モザンビークにおける民主化の後退と平和構築の課題」『国際政治:紛争後の国家建設』(日本国際政治学会編)、174号、54-68頁。

■Funada-Classen, Sayaka (2013), "Fukushima, ProSAVANA and Ruth First: Examining Natalia Fingermann's 'Myths behind the ProSAVANA", 国際関係論叢 第2巻・第2号、85-114頁。

*後2つ近刊ですが、取り急ぎ。
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(と書き始めて単に新刊紹介のつもりが、読み返すと、研究者としての次の旅路の話になってしまいました。なのでタイトルも変更。いいのか、こんなこと書いて・・・と思うものの、もはや。)

しかし、本業の紛争後の平和構築・・・にじっくりと手がつけられなくなって2年半。震災・原発事故、そしてプロサバンナの・・・・ですが、実はそれでよかったと今思い始めてます。当初は、知っている人は知っている通り、2011年から現在にかけて、「モザンビークとルワンダの平和構築の比較」と「アフリカ暴力、平和とジェンダー」を切り口に、英語で本を書くつもりでした。後者は共同研究を準備していたところでした。集ってくれた仲間の皆さん、すみません・・・。そして個人の研究テーマとしては、「アフリカと1958年」という本を書こうと思っていました。

それらは依然としてとてつもなく、答えもなく、重要なテーマであるものの、「今の私」である必然性のないテーマだと感じるようになりました。これは、重要ではないということではなく、頭脳が一個で手が二本で身体が1つで、24時間しかどんなに頑張ってもない人間という生き物である時の順序としてという意味です。

10年後とか、20年後でもいいかも。あるいは来年別のことを書いてるかも。やっぱりあのテーマをやる!と。その時は笑って下さい。でも今年退職した師匠と7月にすごく長い時間話して、彼が大学卒業論文で取り上げたテーマに40年後また取り組みたくなった・・といって文献を読んでいる話を目を輝かせてしてくださった瞬間に、私もそれでいいと踏ん切りがつきました。先生、ありがとうございます。いつまでも尊敬する大きな大きな先生、小倉充夫先生です。

そんな風に思う日がこんなに早く来るとは思ってもいませんでした。いや、良く考えたら「早くない」ですね。いつも自分がいつの間にかこんな歳になったのに驚いてしまう。22歳からこのテーマで、モザンビーク、パレスチナ、ユーゴスラビアに行って、そしてこのテーマで私なりに20年近く研究してきたのだから。人生あっという間というのはその通りで・・・。

いずれにせよ、前から思って、心がけてはいたのですが、上手くいかなかった。「国際関係」や「国際政治経済」を人びとの「暮らし」のレベルとの関係で再検討し直す・・・・・これを真正面からやる時がきたと感じています。逆に、世界はそれだけ、目に見えて密接に結びついて変動する時代に入ったといえるでしょうか。もはや、どんなアフリカの村の出来事も、世界中に張り巡らされつつあるシステムから逃れることができない・・・・他方、そのようなシステムに抗う普通の人びとの動態が、「小さな小石」の意味が大きくなる瞬間がある。

巨象の足の裏にたった一つ刺さった棘だとしても、それはそれで意味があることがある。(象を例えたのは息子的にまずかったかも・・ごめん)

その綱引きのようなPower & Contestationについて、「一人一人の暮らし(特に生命)」と「グローバルなシステムと国家権力」の相互性と相克・・・をディスコース(言説)分析と構造分析を踏まえてやりつつ、一人一人の「声」を浮き彫りにできないものか・・・そんなアクロバティックなことを考え始めているのです。

まあ、もう国際関係学では理論的にはやられているし、現代史研究では、以上は当然過ぎるぐらいと当然のことなのですが、もっとそれを「土地」とか「農」とか「食」とかの切り口で、アフリカと私たちの生活を舞台に何かできないものか・・・それこそが、私の「平和構築論」になっていく予感があるのです。そこには、気候変動やエネルギー問題も含まれています。

さらに、「援助という名のコロニアリズム」という斜めの切り口も挟み込みながら・・・・。こんな風に、ブログに次の研究アイディアの構想を書くのはバカだと思うのだけれど、バカであることはどうせ周知の事実なんで、お許しを。ちなみに、関西人にとって「アホ」は許容範囲。「バカ」は超えているので、私が「バカ」という時には、相当気合のはいた「アホ」だと思ってくださってOKです。

脱線しました。いつもだけど。
これは、私が「研究界の住民」ではなく、あるいは市民社会の一員だからというだけでなく、あるいはそれぞれのアイデンティティを「生活者としての自分」を加える形で、でもそれぞれバラバラに生きてきたところを、2011年3月11日後融合させようと試行錯誤してきた結果でもあるといます。つまり、「ひと」になったのですね。

「知」は身体から切り離されるべきでなく、「社会」からも切り離されず、「過去と未来」からも切り離されない。「この場」だけからも切り離されず、「世界」から切り離されない。制約を受けながらも、有る時大きく羽ばたくこともあり、でもその羽ばたきが人びとを破壊に導くことがある。そんな超越と制約の間の限りなく主体性があるようにみえてない世界の中で、人が人として、愚かで可能性のある生き物として、どう生きるのか・・・そんなことをツラツラ考えているのです。

自分の衝動として、未熟なままで「次」に行かねばならない自分に腹が立ちます。全然、まったく、20代のころにこの錚々たるメンバーから学び始めた時からちっとも進化がなかった自分に。あの時よりもスキルがアップしたとしても(20年ですから・・・)、まったくダメじゃないか。そんな風に思う今日この頃。

でも、私はきっといつか師匠のように「やり残した気持ちがある」もののところに戻ってくると思います。なので、やり残したままにさせて下さい。

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とはいえ、手元に届いた『国際政治』を読み始めて、激しく後悔しているのは事実として。。。ちょっと、この錚々たるメンバーの中に私の原稿があってよいはずかない。

この日本政治学会の投稿募集にあわせて書いたのだけれど・・・
http://jair.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/committee/no174recruit.pdf

正直なところきりこみが全く足りなかった・・。もっとやりたい分析があったのだけれど、不十分だった。でも、実の所今農民たちと共に活動をし、調査をしながら、思っても見なかった視点で政治をみることが出来ている自分を発見している。「民主化の課題」を「主権の問題」だと前から頭で分かっていたけれど、こんなにハートにずしりと来る形で理解できたのは、活動のお蔭。とはいえ、この論文は2年前の学会報告をベースとしているので、最後以外はそれが活かせていない。まったく!!!!

(津田時代と同様、「今後の課題BOX」にぶち込ませていただき・・・)

でも、私の以外はすごくすごく面白いので、是非どうぞ。
学会ジャーナルとはいえ夕斐閣から購入できます。
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641299641

武内さんのLiterature Reviewもいつもながら冴えわたってる。
新しい同僚の篠田さんの論文も素晴らしく面白い。
前の同僚の酒井さんの論文の深みに、自分のろんぶんがかぎりなく薄っぺらい・・・ごめんなさい。次(相当先になりますが)頑張ります。

==目次==================
「序論 紛争後の国家建設」(武内進一)
「国際社会の歴史的展開の視点から見た平和構築と国家建設」(篠田英朗)
「紛争後の国家建設の死角と国際社会の課題」(西川由紀子)
「国家建設と非国家主体─ケニアのコミュニティ宣言が示唆する国家像」(古澤嘉朗)
「モザンビークにおける民主化の後退と平和構築の課題─2009年選挙を中心に」(舩田クラーセンさやか)
「紛争と選挙,アイデンティティの相互連関─戦後イラクの国家建設過程」(酒井啓子)
「二元化するイラクの石油産業─クルディスタン地域の石油と国外アクターの役割」(吉岡明子)
「ボスニア・ヘルツェゴビナにおける所有関係と国家建設」(片柳真理)
「ローカル・オーナーシップと国際社会による関与の正当性─マケドニアにおける国家建設を事例として」(中内政貴)
「同盟と国家建設─NATOとアフガニスタン」(岩間陽子)
「反乱軍の組織と内戦後の和平期間」(大林一広)//独立論文1本
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by africa_class | 2013-10-01 22:51 | 【記録】原稿・論文
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