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ヨーロッパの少子化対策(その1):フランス出生率回復理由への日本の驚き〜「失われたものがあるのなら…」

介護の話の続きを書くはずだったのですが、あれから急展開があり、義母がホスピスに転院し、そして穏やかに旅立っていきました。なかなか喪失感から立ち直ることができず、続きを書くまでには回復できていないので、今日はちょっと違う話題を。

ずばり「ヨーロッパの少子化対策」。
いや、予めお伝えしておくと、私はこの専門家ではないのです。
妊婦から現在まで18年ほどヨーロッパと日本とその他の国々を行き来する中で、いろいろ考えてきたこと、学んできたことを、今出てきている記事やデータや調査資料・論文を踏まえて紹介しているにすぎません。

でも、ツイッターで一つの記事を紹介しただけでエライことになったので、おそらくこの話題については、皆がもっと知りたい、議論したいと感じてらっしゃると思われるため、一応整理の意味で昨日と今日の2日間で書いたことを記しておきます。

あまりにニーズが大きいようなので、ヨーロッパの介護事情とともに、教育と少子化は調べて紹介すべきだろうと確信していますが、今現在はその余裕がほとんどなく、世界の最前線で生きるか死ぬかの状態の人びとのサポートを優先させて下さい。

また、今あらゆる原稿や翻訳が山積状態なので、、、乱筆お許しを。年末年始の騒動でほぼ動けない状態だったので、そのツケが年度末の今に押し寄せています。

さて、私が紹介したのは次の記事でした。

出生率が上がった。フランスが少子化を克服できた本当の理由って?

ハフポスト日本版編集部 2016年11月11日 22時23分
http://www.huffingtonpost.jp/2016/11/11/work-or-child-rearing_n_12910186.html

「フランスでは、1994年に1.66と底を打った出生率が、2010年には2.00超まで回復した。少子化に悩む先進諸国の中で、なぜフランスは「子供が産める国・育てられる国」になれたのか。


約7割が取得する「男の産休」、全額保険でカバーされる無痛分娩、連絡帳も運動会もない保育園――。働きかた、出産や保育の価値観、行政のバックアップと民間のサポート。日本とはあまりに異なる点が多いフランスの出産・育児事情から、私たちは何を学べるのか?


フランスの育児システムについてレポートした『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)を上梓した髙崎順子さんと、作家・少子化ジャーナリストの白河桃子さんの対話から、少子化脱却のための方法を探る。」


なので、この記事と新書を読んでいただければ良いと思います。

なかには色々な政策的なことや社会のこと、ご自身のことが書かれていて、面白いので各自で読んで下さいね。私はこの長いインタビュー記事を以下の140文字で紹介しただけなのです。


フランスの逆転ポイントはここ>

「もし子供を持つことで失われるものがあったら、それは全て政府が補塡します」と。

仏では「男性が途中でいなくなっても、仕事を失っても、あなたの子育ては大丈夫ですよ」という政府のメッセージが女性に届いたから安心して産める。」


これが8000以上の人にツイート(RT,いいね)されているということは、これに相当な感想をもった人が日本に多かったということになるかと思います。


いまいちそれぞれの数値の意味が分からないですが、記録のため、以下貼付けておきます。

インプレッション 396,150
エンゲージメント総数 15,243


さて。重要なのは、このツイートに接してどのようなコメントがきたか、という点。

圧倒的多数が、次のようなものでした。


1)びっくり驚いた

2)羨ましい!

3)日本では考えられない、無理

4)日本はダメだ、地獄


さらにいつもと違っていたのは、引用コメントの多さでした。

とにかく具体的に、女性たちがそれぞれの経験談を語ってくださいました。


とくにこれらの女性に鍵となった言葉が「失ったもの」の部分でした。

そして、「●なしでも大丈夫」の部分。


しかし、女性たちは、たった140文字の枠の中で、その辛さと憧れと諦めを同時に表現していたのです。日本時間では、夜中であろう時間帯に。見知らぬ人達に向けて放たれたつぶやき。一人残らず匿名の声。


このことの深い意味に、私は強く心を動かされました。

私自身が、学生時代に身籠り、日本で子を産み、育てた一人の女として。

結婚し、離婚した者として。

もっとたくさんのものを「失った」母や、祖母や、叔母や、曾祖母や、それに連なる女たちの末裔として。

世界で今日も「失ったもの」を独り、誰知れず、黙って抱きしめる女たちの、

あるいは、「失ったもの」を考えまいとして、がむしゃらに「母」をやってきた女たちのシスターとして。


誤解しないでほしい。

私がそうであるように、女性たちも、母たちも、みな「得たものの方が大きかった」と感じていることを。もうすぐ50年生きたことになるが、子を産み育てる以上の感動に、私は出逢ったことがない。そして、あの赤子がすくすくと成長し、もう旅立ってしまおうとしていることにとてつもない寂しさを日々感じていないとすれば、それは嘘になる。


そして、そのプロセスにおいて、父親を含め、沢山の人達や社会のサポートを受けていなかったかというと、そうではない。確かに受けていたのだし、息子にとって父親の役割の方が今となっては大きい。


ただ今日伝えたかったのは、少子化のことをアレコレいいたい人がいるのはよく分かるし、男性にだって沢山の辛い想いや失ったものの話もあるだろうし、政府だっていろいろやってないわけではないというのも分からないわけではないのだが、一言で表現するならば・・・


そこじゃないんです、きっと。

次の子を産まない・産めない理由は。

あるいは、子を産もうと思わない理由は。


そして、それは当事者の女性が、ぎゅーーーーと心の中で無意識にも意識的にも握りしめていて、決して外に出てこない部分なんだということ。


日本ではね。


でも、フランスではあっけらかんとしてこれが発っせられ、それに「政府が」対応するという。


そこなんだと思う。


自分を説得する必要も、夫やパートナーを説得する必要も、ましてや姑や親、会社や社会やその他を説得する必要がない状態からスタートできるとすれば、それはすごいこと。


「ああフランスだからね」

と女性たちは共感の次に、自分の境遇に戻っていく。

つまり諦めの。

なす術も、変える術ももたず、孤軍奮闘するしかない存在として。


でもね。フランスだって1994年には少子化がどうしようもないところまで行こうとしていて、出生率は下がる一方だった。北欧諸国はもっと早く70年代にこの傾向がはっきりしてしまっていた。


それを跳ね返していったのは、やはり当事者の声だったのです。

「失ったもの」を自己責任、家庭の責任にしない。

ナニカを失うとしても、それを社会全体でサポートしようよ。

否。サポートできる社会に変えていかねばならない、そう気づいて立ち上がった人達がいた。

女性だけでなく。


だって子どもは社会の宝だから。

お母さんだけの、親だけのものではなく。

子は子として命をつないでいってくれる。社会を続けていってくれる。


社会全体の継続、発展にとって、子ども・若者は必ず必要だということを、昔は言わなくても分かっていたものを、今は一人ひとりが他者や社会と断ち切られた関係のなかで生きざるを得ない傾向があるために、あえてこのことを言語化しなければならない時代となっている。


そして、介護の話もそうだったけれど、少子化の話題でも、日本からのレスポンスの根っこは同様だった。つまり、「私たちが決定権を持つ主体」という理解、「私たちの手で原状を変えることができるんだ」という前提が、まるでないという点。


反応の5)は、ズバリこれ。

「政府に、政治家にきかせたい」


もちろん、この政権が無策すぎたということもある。

そして、今の少子化対策と称しているものが、いかに当事者のニーズや想いからほど遠い、あいかわらず自分たちの利権と思いつきの産物かということも。


しかし、じゃあどうして今の政府や政策や政党・政治家がこのノリなのかというと、私たちが文句をいうか諦めるだけで、何もしてこなかったからなのだった。フランスだってスウェーデンだって、少子化がどうしようもないところまでいったことがある。そのときに、政府だけでなく、人々が変えるたい方向に政策を変えようと働きかけを続けたことが大きかった。


民主主義とは、本来こうなんだ。

人々の「こういう社会にしたい」という想いを実現するための制度。

王様や「お上」が決めた社会を耐え忍ぶためにあるんじゃない。

形だけの選挙のためにあるんじゃない。


私たちの「困った…」「もっとこうすればいいのに」を政策という形で実現するために汗をかくのが、政党・政治家・政府・官僚であり、その第一歩として、私たちは声をあげるしかない。


それが例え夜中の匿名のつぶやきであっても、考えていることを、ぎゅーっと抱きしめて唇をかみ続けるのではなく、あるいは、もはや不可能で無駄なこととして見なかったふりをして、なんとかやり過ごそうとするのであれば、私たちより状況の悪い人達、あるいは私たちより若い人達に、もっと過酷な未来を手渡すことになる。


そう。私たちは権利もあるけど責任もあるのだった。

それは今の政権や与党のいうような「義務」ではなく。


日本の政党も政府も変えてあげなければならない。

もう長い間同じメンツで、同じやり方でやってきて、変わることができない以上。

つまり、「こうしてほしい」をどんどん伝えていくところからはじめてみよう。


本当は別のことを書こうと思っていたのだけど、最後にこれを。
ここまでの話から相当逸脱するので、みなくていい人はここまででだいじょうぶ。

でも、「子は社会の宝」と私がいうとき、それはある地域社会内、あるいは一国家内だけのことを念頭においているわけではないことを書いておきたい。それは、単に自分の子が国境をまたいで存在しているということによるわけでもない。もっと長い、長い時間の経過のなかで考えてのことだった。

**


私たちの祖先は700万年かけて進化した。

私たち・ホモサピエンスに至っては、ほんの20万年前にアフリカのわずか数百人から数千人の人々が世界に拡散したものだと言われている。


ある小学校の規模の人々を想像してほしい。

そんな規模のヒトが、命の灯を絶やすことなく、バトンを手渡すように、命をつないできた結果が、今世界にいる私たちの存在なのだということを思い出したい。


ヒトの母さんは、この命のリレーのつなぎ目にあって、何十万年かけて受け継がれてきた不思議を次につないでいる。もちろん、男性あっての命のリレーなことは大前提。ただ、ほ乳類であるヒトのお母さんが背負っているものの大きさを、男性を含めた社会全体だけでなく、お母さん自身も、少し想像してもらえると良いなと。


本当は、そのほかきた移民の出生率押上効果のことなど書きたかったけれど、今日はこれで終りましょう。


氷河期やら干ばつやら、ありとあらゆる危機を乗り越えても、命を受け継いできてくれた、今は亡きたくさんのお母さんやお父さんや、その他の人々に感謝して、、、仕事にもどります。


私が受け継いだ命は、仮装してカーニバルでどんちゃん騒ぎしている夜のことでした。

もうすぐ18歳。成人です。


写真はクリスマスに遊びにきた友人の子どもたち。

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by africa_class | 2018-02-10 07:00 | 【考】民主主義、社会運動と民衆
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