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癌になって想ったこと。感謝、これからに向けて。

雨の降るドイツから、新年明けましておめでとうございます。

昨年の大雪のクリスマスを思い出すと、拍子抜けするほど暖かく、雨の多い冬となりました。そのせいで、本来しっかり休養できるはずのこの時期に、自然が春と間違えて暴れ始めており、やることが山のように押し寄せているところです。焦らないように、今年は初校ゲラ(丁度よいB4サイズがホッチキス留になっている)の裏に、計画や図を書いてみているところ。

2018年もまた、いろいろな意味で岐路となった1年でした。
なによりも、「癌(がん)」を宣告され「ガーン」。
・・・という親父ギャグをとりあえずかましておきましょう。
ただ、当人(わたし)はそれほど驚かなかった。
理由はあとで書きます。

私をよく知っている人ほど驚いたこの宣告。
とくに家族。

というのも、私は20代のことから肉食を止めて、20代後半から玄米食+オーガニック野菜、それから基本的に食べ物にこだわった暮らしを心がけてきたからです。数年前から牛乳や乳製品も止めた。タバコも吸わないし、吸われている場所には近寄らない。お酒はかなり飲んだけど、家族ほどではない。しかも、とっても痩せている。3人姉妹の中では、一番「癌」になり得ないと言われ続けていた私でした。

でも、私の父を含め、父方親族は「癌」だらけ。
しかも、私だけが父方の遺伝的特徴をたくさん受け継いでいたので、いつか「癌」になるリスクが高いと自覚して、それもあってかなり気をつけてきたのでした。

甲状腺の病気もあったので、初期のころに飲んでいた薬が癌を誘発する可能性があることも知っていました。

もう一つ、他の2人と違うのは、私だけ東京暮らしをしてきたということでした。震災前も中も直後も、その後3年間も。支援活動もしていた。

さらに悪いことに、PTSDで長らく起き上がれない状態が数年続いていました。一日中、布団の中、あるいは家の中ですごすことが大半の日々なのに、とっても強いストレスを感じながら暮らしてました。

それが、2017年の後半から、「これは完治しようとしてる?」と思えるほど調子が上向きになってきて、2018年は「次」に進めるなという手応えを感じた年でした。

その矢先に、手術→癌の告知となったのでした。

もちろん、何が原因か、決定要因なのかは分かりません。
でも、事実として「癌になりやすい生活習慣」に少なくとも食生活はあてはまらないにもかかわらず、やっぱり癌になってしまいました。逆にいうと、ちゃんとした食生活をしていたからあの程度でよかったのかもしれません。

生まれて初めての手術をしたのは去年の6月でした。
3カ国民衆会議の準備の最中で、その翌週には実行委員会を立ち上げるというかなり無茶をしたのですが、未だその時点では「しこりを取る」ぐらいの気持ちだったのです。

それでも、手術の後、初めて外出したとき、実家から駅の歩道に咲いている小さな花を見て、
「なんて美しいんだろう、生きてるってなんて素晴らしいことなんだろう」
と感激したことを昨日のことのように思い出します。

その感激のまま2週間がすぎて、「ほぼ癌ではないと言ったけど、やっぱり癌でした」と言われたときには、この生の喜びが近いうちに断たれるのかもしれない現実に直面して、すごくすごく残念に感じたのでした。

哀しいというより、残念な気持ちが大きくて。
ようやく布団から出て、これから次に向けて開いていこうと思っていた矢先だったこともあります。

ただ、もしそんな日(癌だとか何らかの病気と言われたとき)がきたら・・・と思った以上には、ショックではなかった。

というのは、私にとって「死」は幼いときから身近にあって、「いつ死ぬか分からないから、悔いのないように日々を生きよう」と考えて生きてきたからです。

息子がお腹にいるときは、産む前に死んでしまったらどうしよう。
息子が小さいうちは、大きくなる前に死んでしまったらどうしよう。
・・・などと、必要以上に心配していたものの、その息子も成人目前とあって、やるべきことはやった感じはありました。

ただ、これからの息子の未来を見届けたい、自然とのふれ合いがより深いところで面白くなったこともあり、そして何よりまだ手渡していない多くのバトンがあり、最後に私が本当にやりたいと思って着手してこなかった「しごと」が思い起こされ、とにかく少しでも長く生きたいなと思って、困ったな・・・どうしようか・・・と戸惑ったまま、日本に戻りました。

とはいえ初期のものなので、すぐ死ぬわけではないこともわかっていたので、それほど精神的に堪えたわけではないものの、何より気になったのは、「再発を抑えるために放射線治療とホルモン治療をしないといけない」という点でした。自分のこれまでの生き方にあまりに反したものだからです。

でも、日本では患者と医師の関係は対等とはいえない空気感があります。
とても気さくでよい女性の先生(しかも長年知っている)で、信頼もしているけれど、30%の再発を避ける、限りなく0にするには、放射線とホルモン治療をすぐに開始するしかないと言われて、治療が受けられる病院は2つあるので選びなさいと言われて、その場でとにかく選んで、ベルトコンベアー式に病院に向かうハメに。

この私ですらこうだから、きっと多くの日本の患者さんもこうだと思う。

真夏の暑い最中にその病院に行って、レントゲン検査やら血液検査やら、あれやこれやを朝からやってお昼ご飯を食べて放射線の専門医の先生とのアポを待っている間、ふとこんなに受け身でいいのだろうかとという考えが頭をもたげてきました。

その疑念を払拭できないまま、先生の説明を受けているうちに、どうしても納得できない自分が見出され、先生に「あの・・・」と一言いっただけで、その若い先生がニコッと笑って、「説明は全部したので、1週間ほど考えてからでもいいんですよ」と言ってくれた瞬間に、何か憑き物が落ちたような感じというか、「自分の決定権」を取り戻したような気がして、そうさせてもらったのです。

帰り道、やはり道ばたの花や緑が美しくて、ああ「生きる」というのはこういうことだな、と実感したのでした。ただ毎日を過ごしていくのではなくて、「自分の生を自分として生きる」ということを、様々な制限との綱引きの中で考えながら選択していくことなんだなと改めて思ったところでした。すでに、長い闘病生活から、自分の想い通りにならないものがあるんだということを実感していたものの、いつかは治ると思われた精神的な病気と異なり、癌とあっては仕方ないとあきらめていたのでした。でも、もう一度いろいろリサーチして、自分なりの決定を下そうと思ったのです。

翌日から放射線治療のはずが、その時間を使って色々調べ、考え、自分なりの答えを出しました。それを日本の家族に言ったら、絶対反対されると思っていたのに、「こればっかりは自分で決めること」と大人な反応が返ってきて、逆に拍子抜け。そして、主治医に再び会いに行ったら、最初は明らかに気分を害されていたと思うものの、4通りの選択肢を示してくださって、一緒にそのうちの1つを試みることになりました。

つまり経過観察を頻繁にする。
怪しい兆候が出たら即座に手術。

これまた拍子抜けだったのですが、その選択肢があるのであれば最初に教えてほしかった…。最新の医学の知識でいうと、「放射線+ホルモン治療がスタンダード」だから当然これを選ぶべきという前提がどうも医者の立場からあるよう。もちろん、医者にしてみれば、患者のために再発可能性をいかに減らしていけるかが重要なのであって、患者自身がリスクを承知してます、でも自分で決めたいと明確にいわない限り、なかなかこのオプションを勧められないこともよく分かりました。

なので、やはり自分がどういう生き方(死に方)をしたいかを考え、それを意思表示することは、自分の決定権を手放さないためにも大切なことなのだと実感したところです。

もちろん、その意思は変わることがあってもいい。
でも、一度は決めないといけない。
そして、その決定から学んでいけばいいのだ、と。

ということで、意思表示をしてコンセンサスを得て、病院から帰る道はるんるんで、心に羽根が生えたようで、納得がいかないことを瀬戸際で思いとどまってよかったとの想いで一杯でした。

この1年は息子が料理をしてくれたこともあり、かなり任せっきりになっていたのを(とても遅い時間に食べていた)、息子に甘えず自分でしっかり食材の把握と調理もやろうと心を入れ替えたものの、なにせ民衆会議が忙しすぎて、どうしても疎かになっていたのです。でも終ったので、心機一転、プチ断食をしたところでした。

断食をしてたくさんの発見がありました。
この数ヶ月、夜ご飯を食べないようにはなっていたものの、思い切って4日間「軽い断食(ファスティング)」をしてみて、身も心も軽くなるのを実感しました。

そして大人であれば、たいして食べなくとも普通に暮らせることも知りました。むしろ、エネルギーが身体の軸から湧き出てくるような不思議な感覚も得られ、肌はツルツルになり、この素晴らしさを皆さんに伝えたいと思っています。

ということで、毎度のことですが長くなりました。
「癌」にはなりましたが、お陰で「生」がこれまで以上に、輝いて、大切なものに思えるようになり、感謝しています。

そして、なかなか「次」に気持ちがいけなかったのが、癌への向き合い方を自己決定したお陰で、て感覚としてどんどん広がりが感じられるようになりました。

人生のこの段階での「癌」との出逢い。
いつかこれが私の生命を奪う日がくるとしても(そうでないと祈りたいし、努力もしていきますが)、これもまた試練だけでなく、多くの気づきを与えてくれたことだけは、感謝しなければならないなと思っています。

2019年、もっともっと自然と身体と食と語らい合い、深くふかく考えたいと思います。


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息子のパートナーのおばあちゃん家のキャンドル飾り





by africa_class | 2019-01-02 04:16 | 【徒然】ドイツでの暮らし
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