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朝日新聞社のWEB論座に寄稿しました(「イスラム国がモザンビークを攻撃」の衝撃)

なんだか夏の終わりのような天気ですね。
以前からお誘いいただいていたのですが、なかなか原稿を書く時間と余裕がなくて、4ヶ月もかかってしまいました…。が、学術界やNGOだけでなく、ビジネス界のみなさまから、日本の企業(三井物産など数社)が進出するモザンビーク北部で続く「ムスリム武装集団による襲撃事件」の実際と深層を知りたいから教えてくれという声が相次いでいました。

実は・・・モザンビーク研究は先日東京大学出版会から出した共著本『解放と暴力ーアフリカにおける植民地支配と現在』(小倉充夫、舩田クラーセンさやか)で終わりにしようと思っていました。

しかし、ついに「イスラム国」が6月6日に関与を発表したので、この件に関する基本情報と議論の整理ぐらいはしておかないといけないな・・・と思って、今回記事を書くことにしました。

参考文献は付けられないルールなので、記事には付けていませんが、元原稿のすべての行に1つから2つの注を付けています。また時間をみてそれらを紹介できればと思います。基本的に、英語とポルトガル語の新聞記事(モザンビーク政府系+独立系、ポルトガル、ドイツ、アメリカ、英国、その他国際)や専門家のインタビューや論考などを参照しています。

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「イスラム国がモザンビークを攻撃」の衝撃(上)

天然ガス輸入で日本も関係大。「遠いアフリカの国」の出来事で片付けられない

http://bit.ly/2XOwz6H


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実は、いま攻撃が続く地域、そしてムスリムの若者のリクルート先とされている地域は、私の長年の調査地です。

とくに、この地域のイスラーム化と周辺諸国との関係については、博士論文と科研調査のテーマで、2005年には・・・タンザニアのザンジバル、ダル・エス・サラームを基点に、インド洋沿岸部から内陸部にかけて、ロヴマ川を渡って、モザンビークのカーボデルガード州からニアサ州までの旅を、5歳の息子を連れて、3ヶ月かけて行いました。

毎朝起きると、息子は、「ママ今日は挨拶はなんていえばいい?」と聞くほど、激しい移動でした。

タンザニアではスワヒリ語や英語、
モザンビークではスワヒリ語、マクア語、ポルトガル語・・・

そのときの経験が、息子の起業に繋がった話は先日このブログで紹介しました。

18歳の息子が社会的起業(ソーシャルビジネス)や「昆虫食」にこだわるようになった理由、それはアフリカで…。

https://afriqclass.exblog.jp/239311158/

2005年の他にも、2003年、2004年、2006年とこのテーマを追ってきたのですが、それだけを取り出して論文を出版していなかったので、現実には博論を土台にして執筆した『モザンビーク解放闘争史ーー「統一」と「分裂」の起源を求めて』(御茶の水書房、2012年)の3,4章をみていただくしかないのが申し訳ない限りです。

この本の表紙は、実は今回「論座」の記事の冒頭で紹介したキリンバ群島の一つであるイボ島のサン・ジョアン・バティスタ砦のある部屋の扉の写真です。ここに、かつては奴隷貿易で取引されていた「奴隷」、1960年代にはポルトガル植民地警察によって勾留された政治犯が収容されていました。その中に、この地域のムスリム指導者たちが多く含まれていました。

ポルトガルの秘密警察は文化人類学を雇って、この地域のイスラーム化とそのネットワークを分析しており、その担当官だった大学教授が残した本や資料を読み解き、家まで尋ねてインタビューして、本は仕上げました。2012年に出版された英語版の方が、もう少し詳しく書いているので、関心があれば英語版をご確認下さい。

The Origins of War in Mozambique: a history of unity and divisions (Ochanomizu Shobo, 2012)
あるいは、オンライン版をAfrican Minds社から無料で公開しているので、そちらをダウンロードいただいてもいいかと思います。



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by africa_class | 2019-06-16 13:10 | 【記録】原稿・論文
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