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戦争の記憶を語り出した人々

モザンビークに通い始めて15年が経った。
 16年の武力戦争の直後に国連の仕事で激戦地ニアサ州に10ヶ月
滞在したのが最初であった。以来、ほとんど毎年、同じ地域・村を訪問
し、19世紀後半から現在までの歴史を聞き取り続けてきた。とはいえ、
1977年~92年の戦争については、コミュニティ内部に傷跡が残って
いることもあり、大っぴらにインタビューすることができなかった。
 人びとは、外部者の私に、「話してしまいたい」気持ちと、「話したくない」
気持ちの間を行き来し、私も無理強いをする気持ちがまったくなかった
ばかりでなく、政治状況がそれを許さなかった。人びとが話したければ、
話すままに耳を傾け、そうでなければ特に質問をしないようにしてきた。
ただ、「話してしまいたい」人たちは皆無ではなかった。だから、夜にな
って皆が寝静まった後、こっそり私の滞在していた小屋に話に来る人も
いたし、何気ない移動の時間に突如として話し始める人もいた。要は、
誰もいないところで話したかったのである。
 このようにして聞いた話を、これまで私は書いて紹介しようとはしてこ
なかった。信頼して話してくれたこれらの人びとの想いを、踏みにじり
たくなかったからである。
 しかし、戦争が終わって17年が経過した。戦争を知らない世代がどん
どん育って、自分たちを背中におんぶしたり、抱いたりして逃げまとった
父や母たちを馬鹿にする発言(「教育を受けてないから何も知らないん
だ」)を頻繁に耳にするようになった。「親の心子知らず」は世界共通だが、
命を駆けて子供たちを守ろうとした親や祖父母世代に、それはあんまりだ。
思い切って戦時中の話を聞くべきときが来たと感じるようになった。
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 とはいえ、調査コミュニティは依然戦争の結果生じた亀裂から脱する
ことができないでいる。なのに戦時中のことを聞くのは、選挙の年という
こともありリスクも高い。ただし、最近は社会内部の亀裂というと、政治
的な文脈より、むしろ世代間のギャップのほうが大きくなっているように
感じる。Education for Allは、確かに重要である。MDGsの教育目標
もまたそうである。しかし、学校教育を受けるようになった若者たちは、
農村の暮らしや農業を嫌い、父母や年配者を馬鹿にし、歴史や文化を
毛嫌いし、仕事があるわけでもない都市に流れて行くようになった。
 本当は、「どんなモザンビーク人を育てたいのか?」という問いが、
教育においては重要であったはずが、ただポルトガル語や算数が少
しでも分かれば良いという表面的な教育に置き換わったために、アル
ファベットも読めず、ポルトガル語も話せず、足し算もできない親世代
が馬鹿にされるようになってしまった。ああ、皆の親が、先祖が、たど
ってきた歴史が、どれほど大変なものだったのか。あなたたちを背中
におぶりながら、あなたのお母さんやおばあさんが、どんな困難を乗り
超えてきたか・・・余計なお世話であるが、本当に悲しい気持ちになる。
 もちろん、日本だって同じである。だから、あえてゼミ合宿では「限界
集落」で農作業をするし、深大寺でオーラルヒストリー実習を行ってい
る。・・・と、また前置きが長くなってしまったが(もう慣れたって?)、
私の研究のためだけでなく、コミュニティ内の世代間の経験の継承の
ためにも、戦時中の経験を今語ってもらおうと思ったのである。外国人
がわざわざおじいちゃん、おばあちゃんの話を聞きに、はるばる尋ねて
くるのであれば重要だろうと、子供世代も見直すかもしれない・・・。
 淡い期待を胸に、家の若者たちも集まってきたときに、私は単刀直入
に聞いてみた。「戦時中の生活はどうでしたか?」と。すると驚いたこと
に、70歳ぐらいのおばあちゃんが、突然鍬を持って立ち上がった。なん
か怒らせた???でも、鍬を掴むことないやん・・・と焦ると・・・鍬をかつ
ぎながら劇が始まった。ここから先は別途紹介するが、とにかく身振り、
手振り、大立ち回りありで、経験を説明してくれたのである。あまりにも
のリアルさに、死体役を突如させられた子供が泣き叫ぶ・・・。
 今日のところは、戦時中に手に入らなかった塩の代わりに、何を使っ
て味付けしていたのかを紹介。しかし、塩の代わりがパパイヤだったと
は・・・・。
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パパイヤの葉っぱなどを燃やす。
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出てきた灰を水と混ぜる。
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火で炙る。(ここら辺からお母さん方の介入が増えてくる。兄ちゃん頑張れ)
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ほとんど出来上がり。
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出来た!「塩」と呼ぶにはひいてしまうミテクレ。でも、お味は、ほんのり
塩と酸味。そして、微かにパパイアの風味が・・・。なかなか美味しいん
じゃない?!とニンマリしてたら、村人一同唖然・・・そりゃそうか。
庭にパパイヤの木があれば、確実に作って、料理に入れてみたのに
(家族には内緒で!)。
by africa_class | 2009-09-13 21:55 | 【徒然】毎日がアフリカ
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