今日何気なく新聞を見ていて、金大中元韓国大統領の言った
一言が気になった。
「行動する良心たれ。行動しない良心は悪の側にいる」
これは、コベントリー大学の平和・和解研究所の大学院生たち
と対話しているときに、私が考えていたことと同じだった。
先の国際会議で、私は、「和解や癒し、乗り越え」において、外部
者の役割がいかに難しいものであるか、当事者の立場から話した。
周囲の「和解して当然」「いつまで悲しんでいるのだ」「もっと辛い
人はいる」「あなただけじゃない」・・・というプレッシャーが、いかに
当事者たちの心を閉ざすことになるのか、を語った。
と同時に、当事者として、「犠牲者意識」を乗り越え、「Survivor」
として主体性を獲得する重要性を話した。ただし、Survivorにと
って、いわゆる「専門家」が常に支えになるわけでないこと、場合に
よって真逆の効果をもっていること、むしろ他のSurvivorの互助が
支えになることを話した。
院生は院生らしく、翌日に聞いた。
「じゃあ、外部者にできることは何もないのでしょうか?何もするべ
きではないのでしょうか?」
そのことこそ、私がずっと考えてきたことであり、逆に院生たちに
同じ質問を投げかけた。紛争地の出身者らしく、それは多様な答え
が帰ってきた。頼もしい。私からは、「連帯、(国内・国外)市民社会」
について話した。
その際に、自分たちの「主体性Agency」に目覚めることに重要性、
どんなに解決方法がないと思われることでも、自分たちの小ささを
痛感することでも、初めの一歩を踏むことの重要性を話した。
その後、同じページに只野真葛(1763-1825)の一言に触れ、
これまた考えさせられた。
「今の世の人気はやりは人を倒して我富まんと思う心。なんとかこ
の心を翻し人良かれ我がも良かれと思わせたい。」
江戸時代の女性の一言・・・・。学ぶべきこと多し。
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