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【参考までに】「家族農業の10年」の国連決議文の日本語「仮訳」を貼付けます。

連投すみません…。
さて、院内集会までに、もう少し「小農権利宣言」についての分析を進めて紹介するはずだったのが、途中海外出張が入ったり、またしても風邪を引き続けたりで、どうにも時間が取れませんでした。でも、「小農権利宣言」とともにテーマとなっている「家族農業の10年」の決議文も重要なので、根岸さんとともに翻訳をしておきました。

残念ながら印刷に間に合うように納得のいく訳文を準備できなかったので、本日は配布できませんが(関係者を除き)、一応こんな決議文だよということを広く伝えておいた方が良いと思うので、以下「仮訳」状態のものを貼付けておきます。

数日以内に差し替えると思いますが、今の時点のものということでご覧下さい。

仮訳(2019年2月17日)
未だ最終確認中なので、数日以内の訳文の最終化をお待ち下さい。

***********
国連 家族農業の10年(2019年~2028年)

2017年12月20日
A/RES/72/239 (国連総会決議)


国連総会は、

食料保障と栄養改善の実現に向けた家族農業、牧畜業、小規模農業の貢献を浮き彫りにするとともに、2011年12月22日の(国連総会)決議66/222で宣言され、2014年に制定された国際家族農業年(IYFF2014)の成功を確認し、

多くの(加盟)国が、家族農業のための全国委員会の形成、小規模融資などの小規模農家が利用できる金融政策の構築を含めた、家族農業を重視する公共政策の発展を目覚ましく進展させた事実を歓迎し、栄養の改善とグローバルな食料保障、貧困の撲滅、飢餓の終焉、生物多様性の保全、環境持続可能性の実現、ならびに人の移動問題への対応を支える点において、家族農業が果たしている役割を認識し、

「家族農業に関する知識プラットフォーム」(国連食糧農業機関[FAO])の設置を踏まえ、また家族農場特有のニーズに対応するための政策の協議・立案において、知識とデータの共有が役立つことを再確認し、

牧畜業、家族農業、とりわけ農村の女性と若者を含む小規模農民を支えるための科学、技術、イノベーション(革新)、起業の重要な役割を認識し、この点において特に、イノベーション志向の発展(開発)と数多くの起業およびイノベーションを支援する重要性を強調しつつ、小規模農民による自給的な農業からイノベーティブで商業的な生産への移行に寄与する持続可能な農業の新技術を歓迎し、彼女・彼らが自らの食料保障と栄養を向上させ、販売可能な余剰を生み出し、生産物に付加価値を加えることを助け、

また、家族農業が有する、歴史・文化・自然遺産、伝統的慣習文化の促進と保護、生物多様性の喪失防止、さらに農村に暮らす人びとの生活状況改善との密接な関係性を認識し、

寒帯、温帯、熱帯を含む、異なる形態の森林がそれぞれ家族農業を支えている役割を強調し、

また食料保障と栄養のための持続可能な漁業と養殖の重要性を再確認し、

農業、食料保障、および栄養に関する課題とそれらの気候変動との関係に焦点をあてた第31回FAOヨーロッパ地域会議が、2018年5月、ロシア連邦ヴォロネジで開催されたことに留意し、

1989年5月24日の国連経済社会理事会決議1989/84で明示された、経済および社会分野における国際10年に向けたガイドラインを意識し、

包括的で民衆(人びと)を中心に据え、人びとに届く、普遍的かつイノベーティブな一連の(国連)持続可能な発展(開発)目標およびターゲットを採択した、2015年9月25日の決議70/1「私たちの世界を変革する:持続可能な発展(開発)のための2030アジェンダ」を再確認し、2030年までのアジェンダの完全なる実現に向けた不断の努力、そして(このアジェンダが)極度の貧困を含むすべての形態とレベルの貧困の撲滅を掲げていることを改めて確認するとともに、これが持続可能な発展(開発)にとって最大の全世界的挑戦であり看過できない必須条件であること、また公平かつ平等な方法により経済・社会・環境の3つの側面において持続可能な発展(開発)を実現する義務、さらにはミレニアム発展(開発)目標の達成を積み上げるとともに未達成事項の対処への努力義務を再確認し、

持続可能な発展(開発)のための2030アジェンダの根幹にあたり、同アジェンダを支援・補完し、具体的な政策や行動とともに実行目標のための手段に土台を提供する役割を果し、加えて、持続可能な発展(開発)のために、グローバルなパートナーシップと連帯の精神に則って、資金的手当と実現可能な環境をすべてのレベルで創造する困難に向けた強い政治的義務を再確認した、2015年7月27日、第3回開発資金国際会議(FfD)におけるディスアベバ行動目標についての決議69/313を再確認し、

パリ協定ならびにその早期の発効を歓迎するとともに、すべての締約国がこの協定を完全履行することを推進し、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の締約国で批准書の寄託、受諾、承認あるいは未加入の国が、可能な限り早期に、しかるべき場でその手続きを行うことを促し、

栄養に関するローマ宣言と行動のための枠組みを基盤にした、国連栄養のための行動の10年(2016-2025)の宣言を想起し、

また、極度の貧困人口の80%近くが農村地域に暮らしながら農業に従事し、農村地域の発展(開発)、持続可能な農業、とりわけ女性農民を中心とする小規模農民の支援への資源投入を行うことが、あらゆる形態と側面における貧困の終結の手がかりとなること、そしてこのような措置が農民に対する福祉の改善を向上させることを改めて認識し、

全世界で8億1千500万人の人びとが未だ飢えに苦しみ、いくつかの地域でその他の形態の栄養失調の蔓延が依然として懸念されることを認識し、金額ベースによる世界の食料の80パーセント以上を生産する家族農業の重要な役割を強調し、

普遍的で、ルールに基づき、開かれた、差別のない、かつ平等な多国間貿易システムが、途上国において農業、家族農業、農村の発展を促進し、世界の食料保障と栄養に寄与するであろうことを強調しつつ、コミュニティ・全国・地域・国際市場への、特に小規模および家族農を営む女性を含む農民のインクルーシブな参加を促進する、国内・地域・国際的な戦略の採択を強く要望し、

ジェンダー平等および女性と少女のエンパワーメントの実現が 、持続可能な発展(開発)目標とそのすべてのターゲットの前進に、極めて重要な寄与をもたらすであろうことを認識し、加えて、小規模農民および女性農民、先住民族の女性および地元コミュニティの女性を含む農村女性の重要な役割と貢献を再確認するとともに、同様に農業と農村の発展、食料保障の改善、農村における貧困撲滅に寄与する彼女らの伝統的な知識(知恵)の重要な役割と貢献を改めて認識し、このことを踏まえてさらに、食料保障と栄養に対する女性の重要な役割が確実に認知され、(この女性の重要な役割が)途上国における食料不安、栄養失調、極端な価格高騰の可能性、食料危機に対する、短期的および長期的な対応に不可欠なものとして扱われるべく、農業政策および戦略を振り返ることの重要性を強調し、

若者と障害者を含むすべての女性と男性が、完全で生産的な雇用、ならびに人間らしい働きがいのある(ディーセントな)仕事を実現する必要性を強調するとともに、農村地域において追加雇用またはその他の職業への雇用機会、ならびに収入の機会を提供すべく、家族農業のイノベーションを促進する政策とプログラムが、全体的な農村発展(開発)を促進する政策と一致して進められるべきことを確認し、

持続可能な開発目標の達成に向けて、適切で、費用対効果の高い、伝統的、イノベーティブな解決を拡大するため、経験交流と知識共有に向けた支援を実行できる環境の創造において、農民同士の協力を通じた家族農民間協働の肯定的な影響が不可欠であることを認識し、

気候変動が、人間社会と地球にとって、潜在的に不可逆性を伴った火急の脅威となっていること、また世界中で農業に深刻な影響を及ぼしていることを意識するとともに、家族農業を支えることが、負の影響への適応能力の向上、気候に対するレジリエンス(耐性力)の増進、低温室効果ガス排出型の開発といった気候変動とのたたかいを、食料生産を脅かさない手法で実現することに貢献しうるものであることを意識し、

食料保障と栄養を向上させ、小規模および女性の農民、ならびに農業協同組合と農民ネットワークを重視するための私たちの努力を強化するとともに、各国がグローバルなパートナーシップを活性化するよう後押しする必要性を自覚し、

家族農業の促進、そして知識、経験、グッドプラクティス(よいと考えられる実践例)、イノベーティブな政策、ノウハウ、リソース(資金など)のやり取りを通じた食料不安の課題への取組みにおける南南協力および三角協力の重要性を認識し、

国連家族農業の10年(2019年-2028年)を、既存の枠組みと利用可能な資金の範囲内で、宣言することを決意し、

すべての加盟国が、家族農業に関する公共政策を立案、改善、実施し、家族農業に関する経験とベストプラクティス(最善と考えられる実践例)をその他の加盟国と共有することを促し、

FAOならびに国際農業開発基金(IFAD)に対し、そのマンデート(任務)および既にある資金の範囲内で、また必要に応じた自発的な貢献(資金などの提供)を通じて、その他のしかるべき国連機関との協働により、可能な活動とプログラムを見極め構築することを含む家族農業の10年の実施を牽引することを要請し、

各国政府に加え、国際および地域機構、市民社会、民間セクター、学術界を含む関係するステークホルダー(利害関係者)が、家族農業の10年の実施について、場合によって自発的な貢献を通じて、積極的な支援を行うことを求め、

国連事務総長に対し、FAOとIFADが共同でまとめる隔年の報告書をもとに、家族農業の10年の実施について、国連総会へ報告することを求める。


第74回国連本会議

2017年12月20日



監訳:舩田クラーセンさやか
訳者:根岸朋子


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# by africa_class | 2019-02-18 05:48 | 【国連】小農の権利宣言

【本日開催!IWJ中継あり】「国連小農宣言・家族農業の10年 院内集会」が議員会館にて開催!「国連小農宣言」日本語版のダウンロード先も紹介

本日(2/18)、東京で「国連小農宣言・家族農業の10年 院内集会」が開催される。
http://unpesantsrights.blog.fc2.com/blog-entry-2.html

すでに100名の定員はオーバーしたとのことで、本当に嬉しい。
また、農水省や外務省からも担当官が4名・2名出席するとのこと。
出席者一覧→http://unpesantsrights.blog.fc2.com/blog-entry-5.html

これからの参加は満員御礼のため不可能だけれど、IWJがネット中継をしてくれることになったので、是非ネット中継をご覧下さい(IWJの会員になれば後日視聴が可能です)。

【IWJ Ch5】14:00-17:30
視聴URL: https://twitcasting.tv/iwj_ch5

この院内集会の重要な点は、発表者は日本の小農の皆さんとその組織のみという点。つまり、国連宣言の当事者が発表し、政府に質問をするという点です。まさに権利宣言の精神を体現する院内集会となったことに、連絡会の一メンバーとして大変嬉しく思います。

未だ解決していないこのプロサバンナ問題に直面しながらも思うのは、2012年9月、もし彼ら・彼女らに「プロサバンナをなんとかして」と呼び出されなかったら、わたしがこの国連小農宣言を訳すことも、日本に紹介することも、この院内集会を日本の農家さんと準備することもなかったという点に、人生とは不思議なものだと思う。もし、この訳文公開に、わずかなりとも感謝していただくのであれば、それは私たち訳者にではなく、モザンビーク北部小農の奮闘に感謝していただければと切に思う。

彼女ら・彼らから教えられ続けた25年間を振り返り、いまはただ、彼女・彼らの苦しみを一刻も早く解消したいと願うのみ。そのためには、プロサバンナを終らせなければなりません。このことはまた今度。

はじめてプロサバンナを知る人は岩波の連載を
→https://websekai.iwanami.co.jp/posts/461

お待たせしました!
以下、最終版の訳文の掲載場所です。

******
小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言
最終採択決議文・宣言文
日本語訳

あるいは、以下のサイトに掲載します。
******

ドイツは、急に春めいた満月の夜。
猫たちもソワソワ。私もソワソワ。

さて、院内集会!
チラシの裏面を紹介しておきます〜。

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# by africa_class | 2019-02-18 05:44 | 【国連】小農の権利宣言

【完訳3】国連採択された「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」、最終決議・宣言を監訳終えました。最後、14条から28条。

小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言
(国連総会採択版、最終版の日本語)

*前文→https://afriqclass.exblog.jp/239092212/
*第1条から第13条→https://afriqclass.exblog.jp/239092220/

第十四条 (仕事場での安全と健康に対する権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、一時労働、季節労働、移住労働の如何にかかわらず、安全で衛生的な環境で働く権利、安全衛生の措置の適用と評価に参加する権利、安全衛生責任者を選ぶ権利および安全衛生委員会の委員を選ぶ権利、十分かつ適切な防護服と機材および仕事場における安全衛生に関する適切な情報と研修へのアクセスの権利、暴力とセクシュアル・ハラスメントを含む嫌がらせを受けない権利、危険で不健全な労働状況を報告する権利、安全衛生に関する差し迫った深刻なリスクがあると合理的に判断できる際に、労働により起こる危険を回避する権利を有する。これらの権利の行使によって、労働に関連したいかなる報復の対象にもなってはならない。

2. 小農と農村で働く人びとは、農薬や化学肥料(農業用化学物質)あるいは農業や産業由来の汚染物質を含む危険物および有害化学物質を使用しない権利、これらにさらされない権利を有する。

3. 加盟国は、小農と農村で働く人びとに、効果的で安全かつ健全な労働条件を保障するため、適切な措置をとる。特に、適切で適格な管轄機関を設置し、政策の実行と、農業、農工業、漁業における職業上の安全と健康に関する国内法と条例の施行のため、各省庁を横断的にとりまとめる方策を構築し、是正措置と適切な罰則を規定し、農村における労働現場の十分かつ適切な検査システムの構築と支援する。

4. 加盟国は、以下を保障するため、あらゆる必要措置をとる。

(a)技術、化学物質、および農業行為からもたらされる健康と安全に対するリスクを防止すること。このための方策には、これらの禁止および規制が含まれる。

(b)農業で使用する化学物質の輸入、分類、梱包、流通、ラベリング、使用に関する特定の基準、および、それらの禁止あるいは規制に関する一定の基準を管轄機関が定めることを通じて、適切な国の制度またはその他の制度を承認すること。

(c)農業で使用する化学物質の製造、輸入、調達、販売、移動、貯蔵、廃棄に関わる者は、国またはその他(の機関)による安全衛生基準に従い、公用語または国内の諸言語などの相応しい言語を用いて、十分かつ適切な情報を使用者に提供すること。また、要請に応じて、管轄機関に対しても情報を提供すること。

(d)化学廃棄物、古くなった化学物質、化学物質の容器の安全な回収、再利用、廃棄に関する適切な制度を構築し、これらの目的外使用を阻み、安全衛生および環境へのリスクの解消と最小化を図ること。

(e)農村で一般的に使用される化学物質がもたらす健康ならびに環境上の影響に関して、また、化学物質の利用に代わるその他の方法に関して、教育と公衆啓発プログラムを開発し実施すること。


第十五条 (食への権利と食の主権)

1. 小農と農村で働く人びとは、適切な食への権利と、飢えからの自由という基本的な権利を有する。この権利には、肉体、精神、知性の面で最高レベルの発展の実現を保障する、食を生産する権利、および、適切な栄養を摂取する権利が含まれる。

2. 加盟国は、文化の尊重を土台とし、将来世代の食へのアクセスを保全する持続可能かつ公正なる手法で生産・消費され、個人および/あるいは集合体としてのニーズに応え、物理的にも精神的にも充実した尊厳ある暮らしを保障する、十分かつ適切な食に、小農と農村で働く人びとが物理的にも経済的にも常にアクセスできるよう保障する。

3. 加盟国は、農村の子どもたちの栄養不良とたたかうため、適切な措置をとる。これには、プライマリー・ヘルスケアの枠組みを通じたもの、とりわけ、すぐに利用できる技術の適用、十分に栄養のある食べ物の提供、また、女性が妊娠および授乳期間に適切な栄養を確保できるようにすることが含まれる。さらに、親や子どもをはじめ、社会のすべての構成員が、十分な情報を提供され、栄養教育を受けることができ、子どもの栄養と母乳育児の利点に関する基本的知識の利用に関して支援を受けることを保障する。

4. 小農と農村で働く人びとは、自らの食と農のシステムを決定する権利を有する。この権利は、多くの国と地域で、食の主権として認められている。この権利には、食や農業に関する政策の意思決定プロセスへの参加の権利、さらに、文化の尊重を土台とし、環境に配慮しつつ持続可能な方法によって生産された、健康によい適切な食への権利が含まれる。

5. 加盟国は、小農と農村で働く人びとと連携し、自治体、全国、地域、国際レベルにおいて、適切な食への権利、食料保障、食の主権、そして本宣言に含まれる権利を促進し擁護する持続可能で公正なる食のシステムを促進し保護するための公共政策を構築する。加盟国は、自国の農業、経済、社会、文化、開発に関わる政策が、本宣言に含まれる権利の実現に合致したものになるよう仕組みを構築する。

第十六条 (十分な所得と人間らしい暮らし、生産手段に対する権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、自身とその家族が適切な水準の生活を送る権利、その実現に必要な生産手段への容易なるアクセスの権利を有する。なお、この生産手段には、生産のための機材、技術的支援、融資、保険やその他の金融サービスが含まれる。また、これらの人びとは、自由に、個々人および/あるいは集合体としても、集団あるいはコミュニティとしても、伝統的な手法で農業、漁業、畜産、林業に携わる権利を有し、地域社会を基盤とした商いのシステムを発展させる権利を有する。

2. 加盟国は、小農と農村で働く人びとが、自治体、全国、地域の市場において、十分な所得と人間らしい暮らしが保障される価格で生産物を販売するために必要な輸送、加工、乾燥の手段や貯蔵施設に優先的にアクセスできるよう適当な措置をとる。

3. 加盟国は、自国の農村開発、農業、環境、貿易、投資に関する政策とプログラムが、(小農と農村で働く人びとの)地域社会で暮らしをたてる選択肢を守り、これを強化すること、そして持続可能な農的生産の様式への移行に対し、実効性を伴った貢献を行うため、あらゆる適切な措置をとる。加盟国は、可能な場合は常に、アグロエコロジーと有機栽培を含む、持続可能な生産を活性化し、農家から消費者への産直販売を推進する。

4. 加盟国は、自然災害や市場の失敗などの重大な混乱に対する小農と農村で働く人びとのレジリエンス(耐性・回復力)を強化するため、適切な措置をとる。

5. 加盟国は、同一価値の労働に対して、いかなる区別をすることなく、公正な賃金と平等な報酬を保障するため、適切な措置をとる。


第十七条 (土地ならびにその他の自然資源に対する権利)

1. 小農と農村に住む人びとは、本宣言第28条に則り、個人として、かつ/あるいは、集合的に、土地に対する権利を有する。この権利には、適切な生活水準を実現し、安全かつ平和に、尊厳のある暮らしを営む場を確保し、自らの文化を育むための土地へのアクセス、土地と水域、沿岸海域、漁場、牧草地、森林の持続可能な利用と管理に対する権利が含まれる。

2. 加盟国は、婚姻関係の変更、法的能力の欠如、経済的資源へのアクセスの欠如がもたらすものを含む、土地に対する権利に関連するあらゆる形態の差別を撤廃し禁止するため、適切な措置をとる。

3. 加盟国は、土地の所有・利用権を法的に認知するため、現在法律で保護されていない慣習的土地所有・利用権を含めた異なる様式や制度が存在することを認め、適切な措置をとる。加盟国は、正当なる土地所有・利用権を擁護するとともに、小農と農村で働く人びとが専横的または不正に強制退去させられること、そして権利が抹消・侵害されることがないよう、これらを保障する。加盟国は、自然の共有地および、それと結びついた共同利用や管理の制度を認め、それを保護する。

4. 小農と農村で働く人びとは、土地や常居所からの専横的および不正な立ち退きに対して保護される権利、または、日々の活動に使用し、適切な生活水準を享受するために必要な自然資源を専横的および不正に剥奪されない権利を有する。加盟国は、国際人権・人道法に従って、立ち退きからの保護を国内法に盛り込まなければならない。加盟国は専横的および不正な強制退去、農地の破壊、土地とその他の自然資源の没収と収用について、罰則措置や戦争の手段によるものも含め、禁止しなければならない。

5. 専横的または不正に土地を奪われた小農と農村で働く人びとは、個人的および/あるいは集合的に、集団あるいはコミュニティとしても、自然災害および/あるいは武力紛争による場合を含め、専横的または不正に奪われた土地に帰還する権利を有する。さらに、可能な場合は常に、自らの活動で用い、適切な生活水準の享受に必要な自然資源へのアクセスを回復する権利を有し、帰還が不可能な場合には、公正、公平かつ正当なる補償を受ける権利を有する。

6. 加盟国は、それが望ましい場合には、小農と農村で働く人びとが適切な生活条件を享受することを保障すべく、必要な土地とその他の自然資源への広範かつ公平なアクセスを促進するため、また、土地が有する社会的機能を踏まえ、土地の過剰な集積と支配を制限し、農地改革を実施すべく適切な措置をとる。公有地、漁場、森林の配分の際には、土地なし小農、若者、小規模漁撈者、他の農村労働者を優先しなければならない。

7. 加盟国は、(これらの人びとが)生産に用いる土地およびその他の自然資源について、その保全と持続可能な利用を目指した措置をとる。これには、アグロエコロジーを通じた措置が含まれ、加盟国は、生物やその他の自然が内包する能力やサイクルの回復のための条件を保障する。


第十八条 (安全かつ汚染されていない健康に良い環境に対する権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、環境および各々の土地の生産力、ならびに、自ら利用し管理する資源を保全し護る権利を有する。

2. 加盟国は、小農と農村で働く人びとが、差別のない、安全で清潔かつ健やかな環境を享受することを保障するため、適切な措置をとる。

3. 加盟国は、気候変動とたたかうための各国際条約を順守する。小農と農村で働く人びとは、各国および自治体における気候変動の適応・緩和政策の策定と実施(プロセス)に、伝統的な実践や知識/知恵を用いることなどを含めた手法を通じて、加わる権利を有する。

4. 加盟国は、小農と農村で働く人びとの土地に、有害物、有害物質あるいは廃棄物が、貯蔵または廃棄されることがないように、実効性のある措置をとる。また、国境を越える環境破壊の結果として生じる、これらの人びとの権利への脅威に対し、加盟国は協力して対処する。

5. 加盟国は、非国家主体による、小農と農村で働く人びとへの横暴から、これらの人びとを護る。小農と農村で働く人びとの権利の擁護にあたっては、これに直接的あるいは間接的に寄与する環境法の執行が含まれる。

第十九条 (種子[たね]への権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、本宣言第28条に従って、種子への権利を有する。その中には以下が含まれる。

a) 食や農のための植物遺伝資源に関わる伝統的な知識/知恵を保護する権利

b) 食や農のための植物遺伝資源の利用から生じる、利益の分配に公平に参加する権利

c) 食や農のための植物遺伝資源の保護と持続可能な利用に関わる事柄について、意思決定に参加する権利

d) 自家農場採種の種苗を保存、利用、交換、販売する権利

2. 小農と農村で働く人びとは、自らの種子と伝統的な知識/知恵を維持、管理、保護し、発展させる権利を有する。

3. 加盟国は、小農と農村で働く人びとの種子の権利を尊重、保護、具現化するための措置をとる。

4. 加盟国は、小農が、播種を行う上で最も適切な時期に、十分な質と量の種子を手頃な価格で利用できるようにする。

5. 加盟国は、小農が自らの種子、または、地元で入手できる自らが選択した種子に依存する権利に加え、小農が栽培を望む作物と品種を決定する権利を認める。

6. 加盟国は、(多様な)小農(による)種子システムを支持し、小農種子の利用、ならびに、農における生物多様性を促進するため、適切な措置をとる。

7. 加盟国は、農業研究や開発が、小農と農村で働く人びとのニーズを統合したものになること、さらに、これらの経験を踏まえ、これらの人びとが研究や開発の優先事項の決定および着手に主体的に参加することを保障するため、適切な措置をとる。加えて、加盟国は、小農と農村で働く人びとのニーズに応えるため、孤児作物やその種子の研究開発への投資増を確実なものとするため、適切な措置をとる。

8. 加盟国は、種子政策、植物品種保護、その他の知的財産法、認証制度、種子販売法を、小農と農村で働く人びとの権利、ニーズ、現実を尊重し、それらを踏まえたものにする。

第二十条 (生物多様性に対する権利)

1. 加盟国は、関連する国際法に従い、小農と農村で働く人びとの権利の完全なる享受の促進と擁護のため、生物多様性の消滅を防ぎ、その保全および持続可能な利用を保障すべく、適切な措置をとる。

2. 加盟国は、生物多様性の保全とその持続可能な利用に関係する、伝統的な農耕、牧畜、林業、漁業、畜産、アグロエコロジーのシステムを含む、小農と農村で働く人びとの伝統的な知識/知恵、イノベーション、実践を振興し保護すべく、適切な措置をとる。

3. 加盟国は、あらゆる遺伝子組み換え生物の開発、取引取扱い、輸送、利用、移転、流出がもたらす、小農と農村で働く人びとの権利に対する侵害のリスクを防止する。

第二十一条 (水と衛生に対する権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、生命の権利とすべての人権、および、(法の下における)人としての尊厳の完全な享受のために不可欠な安全で清潔な飲み水と衛生に対する権利を有する。これには、良質かつ手頃な価格で、物理的にアクセス可能で、差別のない、文化的およびジェンダー上の要件からも許容できる水供給制度と処理設備に対する権利が含まれる。

2. 小農と農村で働く人びとは、個人および家庭の利用、農耕、漁業、畜産のための水への権利を有するとともに、その他の水に関わる暮らしを護り、水の保全、復元、持続可能な利用を保障する権利を有する。小農と農村で働く人びとは、水と水管理制度に公平にアクセスする権利を有し、水供給を恣意的に絶たれ、汚染されない権利を有する。

3. 加盟国は、差別なき水へのアクセスを尊重、保護、保障する。加えて、特に農村の女性と少女、そして遊牧民、プランテーション労働者、法的地位の如何を問わず、すべての移住者、非正規あるいは非公式の占拠地に暮らす人びとなどの不利な立場にある、あるいは周辺化された集団に対して、個人、家庭、生産のための利用を可能とする手頃な価格の水ならびに処理設備の改善を確保する措置をとる。これには、慣習上またコミュニティに根ざした水管理制度も含まれる。加盟国は、灌漑技術、処理済み廃水の再利用技術、集水および貯水技術を含む、適切で入手可能な技術を促進する。

4. 加盟国は、山、森林、湿地帯、河川、帯水層、湖を含む水関連の生態系を、過度の水利用、そして工場排水や無機化合物および化学物質の集積などの漸進的あるいは急速な汚染をもたらす有害物質による水質汚染から護り、回復する。

5. 加盟国は、小農と農村で働く人びとの水に対する権利の享受を、第三者が侵害することを防止しなければならない。加盟国は、水の保全、再生、持続可能な利用を促進しつつ、人びとのニーズのための水を、その他の目的の利用よりも優先する。

第二十二条 (社会保障に対する権利)
1. 小農と農村で働く人びとは、社会保険を含む、社会保障に対する権利を有する。

2. 加盟国は、各国の状況に沿って、農村におけるすべての移住労働者の社会保障に対する権利の享受を促進する、適切な対策を講ずる。

3. 加盟国は、社会保険を含め、小農と農村で働く人びとの社会保障の権利を認め、国内の状況に従って、基本的社会保障制度の実現からなる社会的保護の土台を構築し維持する。この基本的社会保障制度は、それを必要とするすべての人びとが、基本的な保健医療ならびに基本的な所得保障へのアクセスを最低限、生涯にわたって保証するものであり、これらが一体となって、各国が必要と定める物品とサービスへの実効性を伴ったアクセスが可能となる。

4. 基本的社会保障制度の実現は、法律で定めなければならない。また、公平で透明かつ実効性を伴い、金銭的に利用可能な苦情処理および不服申し立て手続きも定められなければならない。これらの制度は、国内の法的枠組みに合致しなければならない。

第二十三条 (健康に対する権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、達成可能な最高水準の肉体および精神面での健康を享受する権利を有する。また、一切の差別を受けることなく、すべての社会福祉ならびに保健医療サービスへのアクセスの権利を有する。

2. 小農と農村で働く人びとは、治療に必要とする植物、動物、鉱物へのアクセスと保全を含む、伝統的な医療を利用し保護する権利、ならびに、健康に関わる実践を維持する権利を有する。

3. 加盟国は、非差別の基本に立ち、特に、不安定な状況にある人びとに対して、農村における保健施設・物品・サービスへのアクセス、ならびに、必須医薬品、主な感染症の予防接種、リプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)、コミュニティに影響を及ぼす重大な健康と保健衛生上の問題に関する予防・管理対策を含む情報、母子ヘルスケア、および健康の権利と人権に関する教育を含む保健員研修へのアクセスを保障する。

第二十四条 (適切な住居に対する権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、適切な住居に対する権利を有する。これらの人びとは、平和に尊厳のある暮らしを営むための住居とコミュニティを維持する権利を有し、この点について差別を受けない権利を有する。

2. 小農と農村で働く人びとは、住居からの強制退去、ハラスメント、その他の脅威から保護される権利を有する。

3. 加盟国は、小農と農村で働く人びとの意に反して、専横的あるいは不正なる手法によって、一時的にも恒久的にも、適切な法的またはその他の保護措置への身近なアクセスを提供または実現せずに、人びとが利用・占有する住居および土地から引き離してはならない。退去が避けられない場合は、加盟国はすべての物品およびその他の損失に対して、公平かつ公正な補償を提供または保証する。

第二十五条 (教育と研修の権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、自らが基盤とする特定のアグロエコロジカルな環境と、社会文化的かつ経済環境に叶った適切な研修に対する権利を有する。当該研修プログラムでは、生産性の向上、マーケティング、虫や病気、(市場などの)システム破綻、化学物質の影響、気候変動および気象によってもたらされる現象に善処する能力を含む、他方これらに限定しない課題を取り上げる。

2. 小農と農村で働く人びとのすべての子どもたちは、自らの文化を踏まえ、かつ人権に関わる諸条約に明記されたすべての権利に則り、教育の権利を有する。

3. 加盟国は、小農と農村で働く人びとが直面する火急の課題に対してより適切に対応するため、平等かつ参加型の農民と科学者間のパートナーシップを促進する。例えば、農民フィールド学校(FFS)、参加型の植物育種、植物および動物病院などである。

4. 加盟国は、農場レベルでの研修、市場情報、助言サービスを提供すべく、これに投資する。

第二十六条 (文化的権利と伝統的知識/知恵に対する権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、干渉やいかなる形態の差別も受けず、自身の文化を享有し、自由に文化の発展を追求する権利を有する。加えて、これらの人びとは、生き方、生産の手段や技術、慣習や伝統など、自らの伝統的な知識/知恵と地域社会で育まれた知識を維持、表現、運用、保護、発展させる権利を有する。何人も、文化に対する権利の行使により、国際法で保障された人権を侵害してはならず、人権の範囲を制限してはならない。

2. 小農と農村で働く人びとは、個人および/あるいは集合的にも、集団あるいはコミュニティとしても、国際的な人権基準に従って、地元の慣習、言語、文化、宗教、文学、芸術を表現する権利を有する。

3. 加盟国は、小農と農村で働く人びとの伝統的な知識/知恵に対する権利を尊重し、この権利を認め保護するための措置をとり、小農と農村で働く人びとの伝統的な知識、実践、技術に対する差別を撤廃する。

第二十七条 (国際連合とその他の国際機関の責務)

1. 国連の専門機関・基金・計画、国際および地域金融機関を含むその他の政府間組織は、本宣言の完全な履行に寄与する。これには、特に、開発援助および協力を通じたものが含まれる。小農と農村で働く人びとに影響を及ぼす問題について、これらの人びとの参加を保障する手段ならびに財源について配慮する。

2. 国際連合、国連専門機関・基金・計画、国際および地域金融機関を含むその他の政府間組織は、本宣言への敬意とその完全なる適用を促進し、その効果を確認し続ける。

第二十八条 (追加)

1. 本宣言に記されるいずれの条文も、小農と農村で働く人びとと先住民族が、現在保持する、あるいは、将来獲得する可能性のある諸権利を弱め、侵害し、無効化するものと解釈してはならない。

2. 本宣言が明言する権利の行使にあたっては、いかなる種類の差別なしに、すべての人権と基本的自由が尊重される。本宣言に示された権利の行使の制限は、法に定められ、かつ、国際人権法に準拠したものに限られる。これらのいかなる制限も、非差別的なものであり、他者の人権と自由への正当なる認識と尊重を保障する目的、ならびに、民主主義社会において公正かつ最も切実な要求を満たすために必要とされる場合に限る。

以上


監訳:舩田クラーセンさやか訳者:根岸朋子

*この「小農権利国連宣言」が成立するまでのプロセスは以下の訳書をご参照下さい。『国境を越える農民運動〜世界を変える草の根のダイナミズム』(明石書店)
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# by africa_class | 2019-02-04 08:05 | 【国連】小農の権利宣言

【完訳2】国連採択された「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」、最終決議・宣言を監訳終えました。次に第1条から第13条

若干校正したものを貼り直します。


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小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言

(前文→https://afriqclass.exblog.jp/239092212/)

第一条 (小農と農村で働く人びとの定義)

1. 本宣言において、小農とは、自給のためもしくは販売のため、またはその両方のため、一人もしくはその他の人びとと共同で、またはコミュニティとして、小さい規模の農的生産を行なっているか、行うことを目指している人、そして、例外もあるとはいえ、家族および世帯内の労働力ならびに貨幣を介さないその他の労働力に大幅に依拠し、土地(大地)に対して特別な依存状態や結びつきを持つ人を指す。

2. 本宣言は、伝統的または小規模な農業、栽培、畜産、牧畜、漁業、林業、狩猟、採取、または農業と関わる工芸品づくり、農村地域におけるその他の関連する職業につくあらゆる人に適用される。さらに、小農の扶養家族にも適用される。

3. 本宣言は、土地に依拠しながら生きる先住民族およびコミュニティ、移動放牧、遊牧および半遊牧的なコミュニティ、さらに、土地は持たないが上述の営みに従事する人びとにも適用される。

4. さらに本宣言は、移住に関する法的地位の如何にかかわらず、すべての移動労働者および季節労働者を含む、プランテーション、農場、森林、養殖産業の養殖場や農業関連企業で働く、被雇用労働者にも適用される。


第二条 (加盟国の一般的義務)

1. 加盟国は、小農と農村で働く人びとの権利を尊重、擁護、実現する。本宣言の権利の完全なる具現化を直ちに保障できなくとも、漸進的な達成を実現するため、加盟国は、法的、行政上、その他の適切な措置を迅速にとる。

2. 本宣言の実施に関し、(加盟国は)様々な形態の差別に対処する必要性を考慮に入れ、高齢者や女性、若者、子ども、障害者を含めた小農と農村で働く人びとの権利および特別なニーズに特別な注意を払う。

3. 加盟国は、先住民族に関する特別な法律を無視することがないよう留意しつつ、小農と農村で働く人びとの権利に影響を及ぼす可能性がある法律、政策、国際条約、その他の意思決定プロセスの適用と実施の前に、小農と農村で働く人びとを代表する機関を通じて、誠実に、彼らと協議・協力し、意思決定がなされる前に、それに影響を受ける可能性のある小農と農村で働く人びとの関与を実現し、彼らの賛同を求め、彼らの貢献に応え、異なる関係者間に存在する非対称な力関係を考慮しつつ、意思決定のプロセスにおいて、個人および集団にとって、主体的かつ自由な、実効性を有し意味のある、十分な情報の提供を伴った参加を保障する。

4. 加盟国は、小農と農村で働く人びとに適用されるべき人権法と矛盾がない(一貫性のある)手法で、貿易、投資、金融、税制、環境保護、開発協力、安全保障分野を含む、関連する国際条約および基準を策定、解釈、適用する。

5. 加盟国は、民間の個人および組織ならびに多国籍企業やその他の営利企業体などの非国家主体に対し、規制をする立場から、小農と農村で働く人びとの人権の尊重と強化を確実なものとするため、すべての必要な措置をとる。

6. 加盟国は、本宣言の目的および目標を実現するための各国の努力に対し、これを支援する国際協力の重要性を認識しつつ、この点に関し、それが望ましい場合、関連する国際機関、地域機関、市民社会、とりわけ、小農と農村で働く人びとの組織と協力して、二国間および多国間で適切かつ効果的な措置をとる。そのような措置には以下のものが含まれる。

a) 小農と農村で働く人びとが参加でき、これらにとって利用可能で適切な国際開発プログラムを含む国際協力の確保

b) 情報、経験交流、研修プログラム、ベストプラクティス(最善と考えられる実践例)についての交換や共有を含む能力向上の促進と支援

c) 調査研究および、科学・技術知識へのアクセスにおける協力の促進

d) それが適当とされる場合における、相互に合意した条件下での、技術・経済支援の提供。これらは、利用可能な技術へのアクセスと共有の促進、技術移転を通じて、特に途上国に対して行われる。

e) 極端な食料価格の高騰と投機的な誘惑を抑制するため、世界規模での市場の機能改善、および、食料備蓄を含む市場情報への時宜にかなったアクセスの促進


第三条 (不平等および差別の禁止)

1. 小農と農村で働く人びとは、国連憲章、世界人権宣言、ならびにその他のあらゆる国際人権条約で定められた、すべての人権と基本的自由を余すことなく享受する権利を保持し、その権利の行使は、出自、国籍、人種、肌の色、血統(家柄)、性別、言語、文化、婚姻歴、財産、障害、年齢、政治または他の事柄に関する言論、宗教、出生、経済、社会、その他に関する地位/身分等に基づく、いかなる差別も受けない。

2. 小農と農村で働く人びとは、発展/開発の権利を行使する上で、優先事項および戦略を決定、構築する権利を有する。

3. 加盟国は、小農と農村で働く人びとに対する、複合的で様々な形態のものを含む差別を引き起こす、あるいは永続させる諸条件を除去するため、適切な措置をとる。


第四条 (小農女性と農村で働く女性の権利)

1. 加盟国は、男女平等に基づき、小農女性と農村で働く女性が、あらゆる人権と基本的自由を十分かつ平等に享受し、農村の経済、社会、政治、文化的発展を自由に追求でき、それへの参加が可能で、そこから利益を得られることを保障すべく、これらの女性に対するあらゆる形態の差別を撤廃し、エンパワーメントの促進に資するすべての適切な措置をとる。

2. 加盟国は、小農女性と農村で働く女性が差別を受けることなく、本宣言、ならびに、その他の国際人権条約に定められたすべての人権ならびに基本的自由を享受できるよう保障する。その中には以下の権利が含まれる。

a) あらゆるレベルの開発計画の策定と実施において、平等に、かつ実効性を伴った参加ができる権利

b) 適切な保健医療施設、 家族計画についての情報、カウンセリング、サービスを含む、心身のために、到達可能な最高水準の医療に平等にアクセスする権利

c) 社会保障制度から直接利益を得る権利

d) 機能的識字力に関する研修、教育を含む、公式、非公式を問わず、あらゆる種類の研修、教育を受ける権利、技術的な面での習熟度を引き上げるためのコミュニティ内に存在する、また農業普及に関するすべてのサービスから利益を得る権利

e) 雇用と自営活動を通じて経済機会への平等なアクセスを得るため、自助組織、アソシエーションおよび協同組合を組織する権利

f) あらゆるコミュニティ活動に参加する権利

g) 金融サービス、農業融資やローン、販売施設、適切な技術に平等にアクセスする権利

h) 土地と自然資源への平等なアクセス、利用、管理を行う権利、土地と農地改革、土地再定住計画において、平等または優先的に扱われる権利

i) 働きがいのある人間らしい(ディーセントな)雇用、そして、平等な報酬と社会保障給付に対する権利、収入創出のための活動に参加する権利

j) あらゆる形態の暴力を受けない権利


第五条 (自然資源に対する権利と発展/開発の権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、本宣言第28条に則り、適切な生活条件を享受するために必要とする自らの居住地域に存在する自然資源にアクセスし、それらを持続可能な手法で利用する権利を有する。また、小農と農村で働く人びとは、これらの自然資源の管理に参加する権利を有する。

2. 加盟国は、小農と農村で働く人びとが伝統的に保有あるいは利用する自然資源に影響を及ぼすあらゆる資源開発(計画)の認可について、確実に以下の事項——ただしこれらの事項に限定されるものではない——に基づいた措置をとる。

a) 適切に実施された社会環境影響評価

b) 本宣言第2条第3項に準拠した誠実な協議

c) 資源開発者ならびに小農と農村で働く人びとの両者が合意する条件に基づいて行われる開発がもたらす利益を公平かつ平等に分け合うための手順(モダリティ)


第六条 (生命、自由、安全に対する権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、(法の下における)人として、生命に対する権利(生存権)、肉体および精神の不可侵性への(尊重に対する)権利、自由と安全に対する権利を有する。

2. 小農と農村で働く人びとは、恣意的な逮捕、拘束、拷問、その他の残酷かつ、非人間的または屈辱的な扱いや処罰にさらされてはならず、奴隷または隷属状態におかれてはならない


第七条 (移動の権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、いかなる場所においても、法の下における人として認められる権利(人格権)を有する。

2. 加盟国は、小農と農村で働く人びとの移動の自由を促進する適切な措置をとる。

3. 加盟国は、本宣言第28条に基づき、それが必要とされる場合には、国境上の農村で働く小農と人びとに影響を及ぼす、国境を超えた土地所有・利用権の課題について、協力して適切な措置をとる。


第八条 (思想、言論、表現の自由)

1. 小農と農村で働く人びとは、思想、信条、良心、宗教、言論、表現、および平和的集会の自由の権利を有する。これらの人びとは、口頭、記述、印刷物、芸術、または自らが選ぶあらゆる媒体を通して、自治体、地域、全国、国際レベルで意見を表明する権利を有する。

2. 小農と農村で働く人びとは、人権および基本的自由の侵害に対する平和的な活動に、他者との共同を通じ、あるいは一つのコミュニティとして、個人ならびに/あるいは集団として、参加する権利を有する。

3. 本条に明記された権利の行使には、特別な義務と責任が伴う。したがって、それらは一定の規制の対象となり得るが、それは法が定めるところにより、かつ必要不可欠な場合に限られる。

a) 適切に実施された社会環境影響評価
b) 他者の人権また信用の尊重のため、国家安全保障、公的秩序、公衆衛生、あるいは、社会倫理を護るため

4. 加盟国は、本宣言に記された権利を彼または彼女が正当に行使・擁護した結果として生じる、いかなる暴力、脅し、報復、法律上または事実上の差別、圧力、その他の専横的な行為から、個人であろうとも他者との集合体の形をとろうとも、すべての人が確実に保護されるため、管轄当局に必要な措置をとらせる。

第九条 (結社の自由)

1. 小農と農村で働く人びとは、自らの利益を護るために自ら選択した組織、労働組合、協同組合、その他の組織や結社をつくる権利および参加する権利、団体交渉の権利を有する。これらの組織は、独立し、自発性に根ざし、あらゆる干渉、強制、あるいは抑圧からの自由を保持する。

2. この権利の行使にあたっては、いかなる制限も受けない。ただし、民主主義社会下で、国家の安全保障や治安、公的秩序、公衆衛生の保全、倫理、あるいは他者の人権と自由の擁護に必要不可欠かつ法で規制される場合を除く。

3. 加盟国は、労働組合や協同組合、またはその他の組織を含む、小農と農村で働く人びとの組織の創設を奨励するための適切な措置をとる。特に、人びとが正当なる(法に適った)活動を創造し、発展させ、追求する上での障壁を除去する。これには、これらの組織とそのメンバーに対する立法上あるいは行政上のすべての差別の撤廃が含まれる。また、契約交渉における条件と金額が公正で安定したものとなるよう、さらには、これらの人びとの尊厳や充足した生活に対する権利が侵されないことを保障するため、人びとの地位の向上を支援する。


第十条 (参加の権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、自らの生命、土地、暮らしに影響を及ぼしうる政策、計画、および事業の準備と実施に対し、主体的かつ自由な、直接かつ/あるいは自らを代表する組織を通した参加の権利を有する。

2. 加盟国は、小農と農村で働く人びとの生命、土地、暮らしに影響を及ぼす可能性のある意思決定のプロセスへの、直接的および/あるいは彼らを代表する組織を通じた参加を促進する。これには、強力かつ独立した小農と農村で働く人びとの組織の設立、ならびに、その発展への敬意、そして彼らに影響しうる食の安全、および労働と環境基準の策定と実施への参加の促進も含まれる。


第十一条 (生産、販売、流通に関わる情報に対する権利)

1. 小農と農村で働く人びとは、情報を求め、受け取り、それを進化させ、他に知らせる権利がある。これには、自らの生産物の生産、加工、販売、流通に影響を及ぼす恐れのある事柄に関する情報が含まれる。

2. 加盟国は、小農と農村で働く人びとの生命、土地、暮らしに影響を及ぼしうる事柄の意思決定(プロセス)において、これらの人びとの実効性を伴った参加の実現を保障するとともに、これらに関する透明かつ時宜にかなった、適切な情報へのアクセスを確実にするための適切な措置をとる。その際には、それぞれの文化にふさわしい言語、形式、手段を用い、人びとのエンパワーメントの促進を可能とする。

3. 加盟国は、小農と農村で働く人びとが、自治体、全国、国際レベルにおいて、自らの生産物の質を評価・認証する公平で公正かつ適切なシステムにアクセスできるよう促すとともに、そのようなシステムの構築への参加を促すべく、適切な措置をとる。


第十二条 (司法へのアクセス)

1. 小農と農村で働く人びとは、実効性を伴った、差別のない司法へのアクセスの権利を有する。これには、紛争解決のための公正なる手続きへのアクセス、そして、これらの人びとの人権へのあらゆる侵害に対する実効力を伴った救済措置へのアクセスの権利を含む。決定(判決など)にあたっては、小農と農村で働く人びとの慣習、伝統、規則、法制度を十二分に考慮に入れ、国際人権法の下にある関連法に準拠する。

2. 加盟国は、公正かつ適格な司法および行政機関を介して、時宜にかない、無理なく支払え、実効性を伴った、当該関係者の言語の利用が可能な紛争解決手法への差別なきアクセスを整備する。さらに、控訴、返還、弁償、補償および賠償への権利を含む、実効力のある迅速な救済を提供する。

3. 小農と農村で働く人びとは、法的支援を受ける権利を有する。加盟国は、そのような支援がなければ行政および司法サービスを利用することができない小農と農村で働く人びとのために、法的支援を含む追加措置を考慮する。

4. 加盟国は、本宣言に明記された権利を含む、すべての人権の促進と擁護のため、関連する国の機関/制度の強化措置を考慮する。

5. 加盟国は、小農と農村で働く人びとが、人権を侵害され、専横的に土地と自然資源を奪われ、生計の手段と不可侵性を剥奪され、あらゆる形態の強制的な立ち退きや定住を強要されることを意図する、もしくはそれらの結果を導くすべての行為の防止とそれからの救済を実現するため、小農と農村で働く人びとに実効力を伴った手段を提供しなければならない。

第十三条 (働く権利)
1. 小農と農村で働く人びとは、自らの生計をたてる方法を自由に選択する権利を含めた働く権利を有する。

2. 小農と農村で働く人びとの子どもたちは、危険を伴いかねない、子どもの教育を妨げる、あるいは、子どもの健康や身体的、精神的、心理的、道徳的、または社会的発達にとって有害な、いかなる労働からも保護される権利を有する。

3. 加盟国は、小農と農村で働く人びととその家族に対して、適切な生活水準が実現できる報酬を提供する、働く機会が可能となる環境を構築する。

4. 農村で高い水準の貧困に直面する国において、他の部門で雇用機会がない場合、加盟国は、適切な雇用の創出に寄与できるよう、十分に労働集約的で持続可能なフードシステムを構築・促進するため、適切な措置をとる。

5. 加盟国は、小農による農業と小規模な漁業の特別な性質を考慮した上での労働法の順守をモニターするため、必要に応じて、適切な資源を配置することによって、農村地域における労働監督官の実効力のある活動を保障する。

6. いかなる人も、強制、奴隷、義務的労働を求められてはならず、人身取引の被害に遭うリスク、またその他いかなる形態の現代的奴隷の対象にされてはいけない。加盟国は、小農と農村で働く人びと、これらの人びとを代表する組織と協議、協力し、経済的搾取、児童労働、債務による女性、男性、子どもの束縛といった、あらゆる形態の現代的奴隷制から、漁撈者と漁業労働者、林業労働者、季節・移住労働者を含む、小農と農村で働く人びとを護るための適切な措置をとる。

続き→https://afriqclass.exblog.jp/239092231/

監訳:舩田クラーセンさやか
訳者:根岸朋子


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国連総会第三委員会でこの「小農宣言」が採択された翌日(2018年11月21日)、3カ国民衆会議が東京の聖心女子大学で開催された。そのことを受けて壇上にあがったブラジル、モザンビーク、日本の小農の皆さん。この宣言への日本政府の棄権が、会議では大きな話題となった。

3カ国民衆会議の詳細→http://triangular2018.blog.fc2.com/


# by africa_class | 2019-02-04 07:58 | 【国連】小農の権利宣言

【完訳1】国連採択された「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」、最終決議・宣言を監訳終えました。まず前文

最後は思った以上の難産となりましたが、なんとか「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言(略称:国連小農宣言)」の最終バージョンの監訳を終えました。もう深夜なので、とりあえずできるところまで貼っておきます。

*フォーマットが読みづらかったの気づかず、すみません。若干校正したものを掲載し直します。PDF版は明日リンクできると思います。それまでこちらで我慢下さい。

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小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言

(国連総会決議版、日本語訳ver.1)



2018年10月30日

https://documents-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/GEN/G17/051/60/PDF/G1705160.pdf?OpenElement

A//c.3/73/L.30(国連総会決議)



〔宣言の構成 *最終宣言文からは各条のタイトルは削除され、数字だけになっている〕





前文

第一条 小農と農村で働く人びとの定義

第二条 加盟国の一般的義務

第三条 不平等および差別の禁止

第四条 小農女性と農村で働く女性の権利

第五条 自然資源に対する権利と発展/開発の権利

第六条 生命、自由、安全に対する権利

第七条 移動の自由

第八条 思想、言論、表現の自由

第九条 結社の自由

第十条 参加の権利

第十一条 生産、販売、流通に関わる情報に対する権利

第十二条 司法へのアクセス

第十三条 働く権利(勤労の権利/労働権)

第十四条 仕事場での安全と健康に対する権利

第十五条 食への権利と食の主権

第十六条 十分な所得と人間らしい暮らし、生産手段に対する権利

第十七条 土地とその他の自然資源に対する権利

第十八条 安全かつ汚染されていない健康に良い環境に対する権利

第十九条 種子への権利

第二十条 生物多様性に対する権利

第二十一条 水と衛生に対する権利

第二十二条 社会保障に対する権利

第二十三条 健康に対する権利

第二十四条 適切な住居に対する権利

第二十五条 教育と研修の権利

第二十六条 文化的権利と伝統的知識

第二十七条 国際連合と他の国際機関の責務

第二十八条 (追加の項目)


「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」に関する国連総会決議




国連総会は、
2018年9月28日の決議39/12、小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言を人権理事会が採択したことを歓迎し、

1. 小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言について、本決議の附属書通りの内容で採択し、
2. 各国政府、国連機関・組織、ならびに、政府間・非政府組織が本宣言を普及し、これについての敬意と理解を全世界に促すことを求め、
3. 本宣言文をHuman Rights: A Compilation of International Instruments(「人権-国際法文集」)の次版に含めることを国連事務総長に要請する。


【付属書】

    小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言

国連総会は、
すべての人びとが生まれながらにして持つ尊厳、価値、平等かつ不可譲の人権を承認した、国連憲章に明記される原則が、世界における自由、正義、平和の基礎となることを想起し、

世界人権宣言、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約、経済的・社会的および文化的権利に関する国際規約、市民的および政治的権利に関する国際規約、女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約〔女性差別撤廃条約〕、児童の権利に関する条約〔子どもの権利条約〕、すべての移住労働者およびその家族の構成員の権利の保護に関する国際条約、これに関連する国際労働機関(ILO)の条約、および、全世界的または地域レベルで採択された他の関連する国際条約に明記される原則を考慮し、

発展/開発の権利に関する宣言を再確認するとともに、発展/開発の権利が、すべての個人とすべての人びと(人民)にとって、不可譲の人権の一部を成し、これらの人びとが、人権に関わるすべての権利と基本的自由が完全に具現化される経済的、社会的、文化的、政治的な発展(のプロセス)に参加し、貢献し、それを享受することができる権利を有することを再確認し、

また、先住民族の権利に関する国連宣言を再確認し、

すべての人権は、普遍的かつ不可分、関連し合い、依拠し合い、相互に補完し合い、同じ土台の上で、等しく重視され、公平かつ公正に扱わなければならないことを確認し、一範疇の権利の促進と擁護によって、他の権利の促進と擁護を加盟国が免れてはならないこと改めて強く明言し、

小農と農村で働く人びととが結びつき、彼らが暮らしていくために依存する土地、水、自然との間の特別な関係および関わり合いを認識し、

世界のあらゆる地域の小農と農村で働く人びとによる、世界の食と農業生産の基盤を構成する過去、現在、未来の発展/開発と生物多様性の保全と向上に対する貢献、そして持続可能な開発のための2030アジェンダを含む国際的に合意された開発目標の達成のため不可欠である、適切な食と食料保障への権利の確保における貢献を認識し、

小農と農村で働く人びとが、貧困と飢え、栄養不足に著しく陥っていることを懸念し、

また、小農と農村で働く人びとが、環境破壊と気候変動がもたらす被害を受けていることを懸念し、

世界で小農の高齢化が進み、農村生活におけるインセンティブの欠如や重労働を理由に、若者がますます都市部へと移住し農業に背を向けていることを懸念し、とりわけ農村の若者に対して、農村における経済の多様化と、農場労働以外の機会の創出の必要をさらに認識しつつ、

ますます多くの小農と農村で働く人びとが、毎年強制的な追い出しあるいは立ち退きを強いられていることに警鐘を鳴らし、

さらに、いくつかの国で小農の自殺が多発していることに危機感を募らせ、

小農女性と農村女性が、家族が経済的に生きのびることができるよう、さらには農村と国の経済に対して、貨幣経済外の労働を含む重要な役割を果たしていながら、土地の所有・利用権、または、土地、生産資源、金融サービス、情報、雇用、社会的保護への平等なアクセスをしばしば拒まれ、さらには、頻繁に様々な形態や表現による暴力と差別の犠牲となっていることを強調し、

加えて、関連する人権法に従って、貧困、飢え、栄養失調の根絶、質の高い教育と健康の促進、化学物質と廃棄物汚染からの保護、児童労働の廃絶を通して、農村の子どもたちの権利を促進し擁護することの重要性を強調し、 

とりわけ、いくつかの要因により、小農および農村で働く人びと、小規模漁撈者、漁業労働者、牧畜民、林業従事者、コミュニティの声の反映、人権および土地の所有・利用権の擁護、これらの人びとが依存する自然資源の持続可能な利用の保障といった点が困難になっていることについて強調し、

土地、水、種子(たね)、その他の自然資源へのアクセスが、農村の人びとにとってますます困難になっていることを改めて認識し、生産を可能とする資源へのアクセスの改善と農村の適切な発展/開発のための投資の重要性を強調しつつ、

小農と農村で働く人びとの持続可能な農業生産の実践と促進の努力、これには多くの国と地域で「母なる地球(マザーアース)」と呼ばれる自然を護り、それと調和し、そのプロセスとサイクルを通じて適応・再生する生態系の生物学上かつ自然に備わる能力への尊重を含むが、これらの人びとによるこの努力こそが支援されるべきであることを確信し、

世界のいたるところで、小農と農村で働く人びとの多くが、仕事場で基本的人権を享受する機会を否定され、生活賃金および社会的保護に十分ではない有害で搾取的な(労働)条件をたびたび与えられていることを考慮し、

土地や自然資源の問題に取り組む人びとの人権を促進し擁護する個人、集団、機関が、様々な形態の脅しや身体的一体性への侵害(暴力)を受けるリスクが高いことを懸念し、

小農と農村で働く人びとが、暴力、虐待、搾取からの救済や保護を即座に求めることができないほど裁判所、警察官、検察官、弁護士へのアクセスが困難となっていることに注目し、 

人権の享受を損なう、食品に対する投機、フードシステムにおける寡占の進行とバランスを欠いた分配の増加、ヴァリューチェーン内の不平等な力関係を懸念し、

すべての個人とすべての人びと(人民)にとって、発展/開発の権利が不可譲の人権の一部を成すこと、そして、これらの人びとが、人権上のすべての権利と基本的自由が完全に具現化される経済的、社会的、文化的、政治的な発展(のプロセス)に参加・貢献し、それを享受する権利を有することを、いま一度確認し、

これらの人びとが、人権に関する二つの国際規約における関連条項の対象者であり、自然の恵みとそれがもたらす資源のすべてについて、十分かつ完全なる主権を行使する権利を有していることを想起し、

食の主権の概念が、多くの国と地域で、人びとが自らの食と農のシステムを決定する権利として、さらに、人権を尊重し、環境配慮の上で持続可能な方法で生産される健康かつ文化面において適切な食への権利として、定義され活用されていることを認識し、

個々人が、他者のため、また自身が帰属するコミュニティのために責任を担い、本宣言と国内法に明記された権利の促進と順守の努力義務を果たすことを理解し、

文化的多様性を尊重し、寛容、対話および協力を促進することの重要性を再確認し、

労働者の保護と適切な労働に関する国際労働機関の規約と勧告の広範なる体系の存在を想起し、

また、生物多様性に関する条約、名古屋議定書(生物の多様性に関する条約の遺伝資源の取得の機会およびその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書)を想起し、

食への権利、土地に対する権利、自然資源へのアクセス、その他の小農の権利に関する国連食糧農業機構(FAO)および世界食料安全保障委員会(CFS)による広範なる取り組み、特に食料および農業のための植物遺伝資源に関する国際条約、ならびに、ナショナルな食料保障の文脈における土地、森林、漁場の権利のための責任あるガバナンスに関する任意ガイドライン、食料保障と貧困撲滅の文脈における持続可能な小規模漁業を保障するための任意ガイドライン、ナショナルな食料保障の文脈における適切な食への権利の漸進的な実現を支援するための任意ガイドラインを想起し、

農地改革と農村開発に関する世界会議、またそれによって採択された小農憲章の結果を踏まえ、農地改革と農村開発のための適切な国家戦略の策定の必要性とその国家開発戦略全体への統合が強調されたことを想起し、

本宣言および関連する国際条約は、人権擁護を強化する視点を備えた、相互に支え合うものであるべきことをいま一度確認し、

国際協調と連帯における不断の努力の向上を通じて、人権のための取り組みの着実な進展を実現するという視点を備えた国際社会が、この新たな歩みへの尽力を決意したことを受け、

小農と農村で働く人びとの人権をより一層擁護し、この問題に関する既存の国際人権規範ならび基準の一貫した解釈と適用を行う必要性を確信し、

以下を宣言する。


続きは→https://afriqclass.exblog.jp/239092220/

監訳:舩田クラーセンさやか
訳者:根岸朋子

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3カ国民衆会議(2018年11/20@聖心女子大学)でこの宣言についてプレゼンをしてくれたモザンビーク出身のボアヴェントゥーラ・モンジャーネさんのプレゼン資料(日本語版)です。
全スライドは、近々以下のサイトに掲載します。お楽しみに!
http://triangular2018.blog.fc2.com/



# by africa_class | 2019-02-04 07:54 | 【国連】小農の権利宣言

【2/18】「国連小農宣言・家族農業の10年」院内集会が参議院議員会館で開催。日本の食と農の近未来・将来にとって凄く重要なモーメントです。

ドイツは雪が積もったままです。
といっても南部の緊急事態ほどにはヒドくないので文句は言えません。

さて。
生産者や食べる人達の主権(自由・選択肢の確保)という意味では、危機的な状況を迎えつつある日本の食と農の政策。これを転換するためのチャンスが、ついに国連の議場から、世界にいま広がっています。

前置きが長いので、ソレ何?!知りたい!という方は以下のサイトをクリック下さい。

*************

【院内集会】2・18「国連小農宣言・家族農業の10年」院内集会

http://unpesantsrights.blog.fc2.com/blog-entry-2.html
日時: 2019年2月18日(月) 14時〜17時30分(休憩あり)
場所: 参議院議員会館
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「国連から」といっても、これも上からふってきたものではなく、世界(とくに南)の小農と小農運動、それを支える人びとや機関の粘り強い努力によって、ついに国連が動かされたというのが、その真相であることについては、このブログの読者ならご存知のとおり。

いや知らないから・・・という方は以下を
https://afriqclass.exblog.jp/i43/
あるいは去年出版したばかりの訳書をご覧下さい。
『国境を越える農民運動〜世界を変える草の根のダイナミクス』(明石書店)
http://www.akashi.co.jp/book/b420388.html

日本の農家さんでも、「国連」がついた途端に、ニューヨークやアメリカ、国連官僚を想像して、「上からふってきた迷惑なもの」と受け止めてしまうかもしれません。でも、宣言文を読んでいただければ、この宣言が世界の小農が直面する様々な課題を明確にし、それらを団結して乗り越えるために、各国と国際機関に義務を果たさせようとするものであることが分かると思います。

そして、その問題の解決において、小農と小農団体が議論の段階から参加し、意思決定においても参加することが(事前に十分な情報や支援を行った上で)、侵されてはならない「権利」として明記され、加盟国の守るべき義務として設定されています。

つまり、この宣言は、世界の小農が、自分たちの権利、暮らし、生産を守るために、多いに活用することが想定されて、制定されているのです。小農の権利の実現のために、小農やそれを応援する人びとが、各国の政策を転換し、その政策の実施を実現し、その後の監視を行うツールとして、この宣言は作られています。

小農が小農のために小農によって提案した宣言を、少々手直ししたとはいえ、世界の「ほぼ」全部の国(国連加盟国196カ国)が守ることが国際合意(ルール)となりました。例え、一部の加盟国が、この宣言のある部分、あるいは宣言の採決に反対し、棄権しようと、宣言が国連総会で採択された以上は、国際法となったのです。

もう一度書きます。
「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」
は、国際法の一部となりました。

そして、国連加盟国は、国連憲章に則り、この宣言に書かれた約束を守る義務があります。


ですので、たとえ日本政府が、この宣言の中身に疑問をもち、採決を何度も棄権し、最終採決も棄権したからといって、この宣言を守らなくていいということにはなりません。いまさら、中身がどうのこうの文句を言ってスルーしてたらいけないのです。

国連加盟国である以上は、国連憲章に則り、新たな国際法となったこの宣言を守るために知恵を絞り、努力しなければなりません。

ここに院内集会を開催する意義があります。

*といっても、以上も以下も私の個人的な見解であり、主催者の総意ではありませんので、その点はよろしくお願いいたします。

つまり、この宣言の採択を受けて、政府と小農、市民は、早急に以下のことを大いに語り合う必要があると思います。(前提に、日本の小農や小農団体、農村の人びとがこの宣言の動きをまず知る、内容を理解する、使えるものがあるか吟味する・・・という作業も不可欠です)

1)まず日本政府は小農宣言や家族農業の10年をどう理解しているのか?
2)国際合意となった以上、加盟国として、どのように取り組んでいくつもりなのか?
3)以上の1)と2)は日本の小農や小農団体にとって、どのような意義・課題があるのか?
4)国際法となった小農の諸権利の実現のために、政府や小農や市民が一緒に、あるいは、それぞれ、やるべきことは何か?

しかし、とくに、現政権下の日本の政府関係者にとって「権利」という言葉は煙たがられるでしょう。しかし、この宣言が「権利」として位置づけられていることには理由があるのです。(また詳しく解説します)

もし日本の政府が今年始まる「家族農業の10年」ばかり重視し、この「小農権利宣言」を祖末に扱うとすれば、それこそまさに国連憲章に反し、国連小農宣言に背を向け、「小農の権利」を蔑ろにしたことになります。

国際法が定める義務の観点から、この二つの動き(宣言と10年)の関係は次のようなものとなります。
「小農の権利に関する国連宣言」>キャンペーンとしての「家族農業の10年」の決議

なぜなら前者には、加盟国が守らなければいけない国際義務が条文として策定されており、後者は加盟国として一緒にアクションしようねの決意文だからです。(この違いは、院内集会までに詳しく紹介したいと思います)いずれも国連総会で議決されているので、その意味では拘束力はあります。

もちろん、政府は「must(しなければならない)ではなくshall(やります)だ」と言い張るでしょう。でも、「やります」は国際的な約束であり、約束した以上はその履行が義務となります。もちろん、ソフトローなので、義務違反への処罰はありません(ハードローとの違い)。しかし、この宣言文に書かれたことすべてが加盟国の義務であることは動かし難い事実です。それを「内容に賛同できないからやらない」といってしまうことは、国連憲章違反となります。

なので、そのような説明を外務省や農水省がすることはできません。
万一したら、国連総会あるいは人権理事会への重要な報告事項となるので記録しておくようにお願いします。ありえる発言が、「理解できないのでやりようがない」ですが、そういってきたらこの宣言を起草したり主導した加盟国・諮問委員会・専門家グループ・小農運動を、日本政府の資金で、日本に招待して、大いに説明してもらい、学びましょうといえばいいのです。

この間の日本政府関係者の説明では(@国連人権理事会での議論)、「小農の権利」について議論しているのに、「日本は小農支援しているから大丈夫」みたいな話がずっと展開されてきました。このような話法は、今回採択された「小農宣言」の中身に照らし合わせると、明確なる権利侵害です。ここもまた重要ポイントです。

おそらく、親方日の丸的な国家運営や援助をしてきた日本の役人・役所、その他の機関、あるいはコンサルタントや専門家にとって、ここが一番分かりづらいところだと思います。「あ、なるほど!」と、ストーンと落ちないのだと思います。

その前提に「自分たちの方が小農よりも知っている!」という思い込みがあります。そして、この点こそが、「小農権利宣言」が「差別」あるいは「権利侵害」として断罪している点なのです。

この国連宣言が加盟国に義務づけたのは、小農の権利としての政策策定・決定段階への参加でした。旧来型の手法、つまり、小農を支援する方法を政府や専門家が考えてあげて、それを小農側に押し付けるやり方は、小農の参加を軽視し、かつ妨害する行為にあたり、「宣言」に照らし合わせると、明確な権利侵害となります。

(*このブログでおなじみの「プロサバンナ事業」は、もはや新たに国際法となった「小農宣言」を踏まえれば、違法となります。単純に、地域の小農と小農組織が強く反対していること、現行のマスタープランは日本のコンサルが策定してから意見を求め、策定段階から関わるのでなければ意味がないと小農が主張してきたことなどが挙げられます。この点は別途書きます。)

なぜ、小農宣言がソフトローとはいえ、2018年時点で切実なる国際合意・「国際義務」として策定されたのか?まさ、繰り返し唱えられた「non-discrimatory(非差別)」という言葉にその精神が示されています。

いま、食と農をめぐっては、世界大・日本でも、投資家・企業支配が強まっています。小農による生産は非効率で規模が小さく、駆逐されても仕方のないものとして扱われ、その結果として、南の国々では小農の手から土地や水や森林が奪われ、北の国々では政策的な支援メニューが奪われています。

(しかし、小農こそが地域社会において、家族の、人びとの食を提供しており、してきた最も重要なアクターである、そうこの宣言は前文で唱えております。)

一方で、大企業や投資家には土地や水などを小農から奪うための規制緩和、手厚い補助金、税の免除などの支援が与えられています。

つまり、小農はとても太刀打ちできない非対称的(差別)状況を押し付けられているのです。なので、「差別」というのは、文化的社会的なものだけでなく、政治経済や政策面での差別を含んでいます。

この結果は、わたしたち食べる人にも悪い影響を及ぼしています。
食べる人は、ごく少数の多国籍企業が扱う種子やそれにあわせた化学肥料や農薬を使って大量生産された画一化された背景をもつ食に依存させられつつあります。このまま小農が直面する苦境が改善されず、小農による食の提供の可能性がなくなると、食べる人の側の選択肢はなくなります。

その結果は、「食」に留まらず、古代から現在まで生き残ってきた品種、生物多様性、世界の小農が農村部で守ってきた自然環境・生態系が、破壊され、消失することになります。つまり、小農の消滅は、「食と農」に留まらない、地球全体の危機を決定的にすることになるのです。

これをなんとかせねばと去年末に世界は立上がりました。
2012年から延々と国連理事会を舞台に続けられてきた国際交渉を経て、2018年12月に121カ国の賛同により、この宣言は国際法となったのです。

世界を動かしたのは小農たちでした。
(過去投稿をご覧下さい)

一方で、日本ではそのことも知られないばかりか、すでに世界中で行われて問題視されてきた手法(外資導入、土地集積、企業支配)が推し進められています。

もちろん、日本の農村は高齢化が深刻です。しかし、それを乗り越えるための本来あるべき小農がほしいと思っている支援ではなく、都市や東京の政策立案者や企業や投資家が「押し付けたいあるべき解決」にこそお金がついている状態にあります。このままでは、農村や田畑でがんばっている小農のみなさんを本当に応援するどころか、それらの人びとを押しつぶす事になってしまいます。

ということで、前置きが、お約束通り長くなりましたが、これらのことを多くの人に知ってもらい、かつどうしていくべきなのか考えていくために、ぜひこの院内集会に多くの人が参加くださることを願っています。

詳細は下記サイトをご覧下さい。

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http://unpesantsrights.blog.fc2.com/blog-entry-2.html

2・18「国連小農宣言・家族農業の10年」院内集会

■日時: 2019年2月18日(月) 14時〜17時30分(休憩あり)
*集合時間:13時30分〜13時45分 会館入口ホール

■ プログラム:
【第1部】(14時〜15時30分): 農民と農民団体からの提起と取り組みの紹介

司会:渡辺直子(日本国際ボランティアセンター)

1. 岡崎衆史(農民運動全国連合会)
「世界の農政を小農が動かした! 国連小農権利宣言の背景と意義」
2. 萬田正治(小農学会共同代表、鹿児島大学名誉教授)
「いま、なぜ小農なのか」
3. 松平尚也(耕し歌ふぁーむ/小農学会/京都大学大学院)
「世界的な小農の再評価と日本の農業の課題」
4. 斎藤博嗣(一反百姓「じねん道」/小規模・家族農業ネットワーク・ジャパンSFFNJ)
「温故“地”新」による魅力ある日本農業を、国際家族農業の10年と共に」

【第2部】(16時〜17時30分): 政府関係者との対話

■場所:
参議院議員会館101号室(東京都千代田区永田町2-1-1 )

■アクセス:http://bb-building.net/tokyo/deta/457.html
地下鉄永田町[1](4分)、国会議事堂前[3](7分)、溜池山王[8](12分)

■定員/参加費:100名 / 500円(学生無料)

■申込み先:
2月17日(日)午後6時までに、下記サイトにてお申込下さい。
https://ssl.form-mailer.jp/fms/7c51e143606306
(*集合時間に間に合わない方は具体的な到着時間を備考欄にお書き添え下さい)

■当日ボランティア募集:
詳細は以下サイトをご覧頂き、ご登録頂ければ幸いです。
https://ssl.form-mailer.jp/fms/35323682607007

■主催:国連小農宣言・家族農業10年連絡会 
http://unpesantsrights.blog.fc2.com/
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# by africa_class | 2019-02-02 21:30 | 【国連】小農の権利宣言

国連総会採択の「小農権利宣言」と日本の農村開発援助・「小農支援」の乖離を読み解く

さて、国連/国際・家族農業の10年が始まりました!(キックオフは5月だそうだが)
そして、なんといっても小農権利宣言(「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」)が国連で採択!
このことの意味の大きさは強調しても強調しきれません!!

今回はそのことが日本に及ぼしうる影響を、海外援助(農村・農業支援)に絞って考えてみます。日本の農政への影響については、ここから先徐々に検討していきます。

あと、このブログで紹介した宣言文のドラフトの和訳ですが、現在、翻訳家の根岸さんと最終宣言文の作成中なので、完成したら紹介しますね!

で、この冬、森と畑の中で繰り返しこの最終宣言文を英語で聞いていました。
日本での3カ国民衆会議の後ということもあり、ブラジルやモザンビークや日本の多様な関係者の言葉や理解、議論を振り返りながら、何度も何度も読みました(耳で)。そして多くのことに気づきました。

全文を訳して国連の議論はwebでフォローできるものはすべて聞いたとはいえ、どうしても議論の中身、原文と訳語がマッチしているか、定訳や文章表現はこれでいいかが気になって、肝心の宣言文そのものの「精神部分」を全体的に掴むという作業が疎かになっていました。

それを、原文のまま繰り返し耳にすることで、宣言の細部の狙いのようなものもしっかり掴むことができたかな、と思っています。たとえ、それが各国の介入があって、相当程度曲げられたものであっても。。。

さて。
最終文は国連総会の第三委員会に提出されたものです。
提出国は、ボリビア、キューバ、エクアドル、エルサルバドル、ニカラグア、パラグアイ、ベネズエラの中南米7カ国。そして、モンゴルとポルトガル、南アフリカ。

*中南米諸国が多いことは既にお伝えした通り。南アフリカは最初からずっと関わっていた。ポルトガルがEU諸国にも関わらず提出国になった背景について解説しようと思って時間が経過してしまいました。ポルトガルの現政権はプログレッシブなので色々評価してあげるべき点が多いので、今度また書きます。モンゴルについては・・・調べておきます。

さて。前に書いたとおり、大いに議論がなされた以下のポイントが生き残ったことについては大きな勝利だったといえます。

このブログの以下を遡ってください。
https://afriqclass.exblog.jp/i43/

「Collective rights(コミュニティや集団などの集合的な権利)」
「食の主権」
「種子への権利」
「アグロエコロジー」
「母なる地球(マザーアース)」
「土地/テリトリーへの権利」
「生物多様性保全の権利」

米・英・日本・EU諸国の度重なる激しい介入を受けながらも、最終宣言文にしっかりと残ったことについて、大いに評価したいと思います。このことの意味の大きさは、強調しても強調しすぎることはないのですが、これをどう活かせるかは、ここから先のがんばりにかかっています。

さて、前文は超絶長いのですが、この前文にこそ、なぜこの権利宣言が国連宣言として採択されなけれ、国連が今後推進していかなければならないかが明確に書かれているので、ぜひ何度でも読んで味わってほしいと思います。国連文書や法律を読む際、前文を飛ばし読みする人多いのですが、実はこれは絶対やってはいけない。憲法もそうですが、前文が法律や宣言の目的を明確にし、全体の方向性を定めるので、この前文がいくら裁判で使いづらいものであっても、それを飛ばしては「魂のない仏さま」を拝んでいるようなもの。(本来、仏を拝むという行為が仏教的にどうか・・・という問題はさておき。)

さて、その前文。
これを読めば、国連宣言が唄う「the peasants(小農/小農民)」と日本の援助機関(JICA)が支援対象として想定する「smallholders(小規模農家 *農地面積が小規模な農家)」の違いが明らかになると思います。英語で書けば、その違いは一目瞭然なのですが、日本語にしてしまった途端、いずれも「小農」と表現されるので混乱が生じてきました。

勿論、日本では「小農=小規模農家」と書かれることが多いので(実際、NGOでも長らくそう注記してしまっていた)、一見JICAの解釈が妥当に見えます。

しかし、ソフトローとはいえ国際法となった「Peasants Rightsに関する宣言」によって、「peasants」なるものの一定の定義、国際法上のアクターとしての存在、その権利擁護の重要性が確定することになりました。

したがって、「小農(peasants)」を「smallholders」と同義語と捉えて、「我々はsmallholders支援をしているからpeasants支援なのだ」との説明は、国際法上はもはや通じなくなったのです。

あまりこのような問題について考えて来なかった人にとっては、たいした違いじゃないじゃん!と見えるかもしれません。それが、この理解の違いこそが、「小農(peasants)のため」といいながら、「小農(peasants)に害を及ぼしたり、小農コミュ二ティ(pesantry)に悪影響を及ぼす援助や政策」が繰り広げられてきた問題の根っこにあるのです。

見てるものが違うのに同じ言葉を使うことの恐ろしさは、「sustainable development(持続可能な開発)」に如実に見られるのですが(遺伝子組み替え種子の企業ですらこの言葉を多用しています)、だからこそ、本来政策(援助であれ)に絡むことについては、言葉が指している対象(定義・意味)やその言葉が使われる土台や背景が何より重要になってきます。

2012年10月、プロサバンナの問題にモザンビークの小農連合(pesants unions)が立上がり「小農社会に被害を及ぼす」と反対を唱え、日本の援助関係者とモザンビークの小農+市民社会組織+日本のNGOが議論をしていく中で、相互の理解の断絶が埋まらなかった理由の一つは、この「小農支援」にもあったことについて、今回の民衆会議でハッキリしたなーと思っています。

・・・多分、私のイワンとしていることの意味は、なかなか伝わらないとは思いますが、今後の日本の援助において、これはとてつもなく大きな意味を持っています。なので、一個ずつ丁寧に検討していきたいと思います。

そして、これはまた別途議論するのですが、「Family Farmingを家族農業と訳する」の問題。。。冒頭にわたしも「家族農業の10年」と書いてしまいましたが、実はこれは問題だと思っています。Agricultureではなく、あえてFarmingが選択されている点に注目しましょう。Farmingは、経済的な取り組み、あるいはセクター的な「農業」を意味しません。むしろ「農に取り組む」を意味しています。日本語的には、「農耕する」みたいなニュアンスでしょうか?

ただし英語には耕すというニュアンスはなく、不耕起農も含むので、ここでも日本語と英語の問題が出てしまっています。ただ、英語やラテン語系のAgricultureも厳密には、「農業」を意味しないのです。cultureが耕す、文化までを包含するように。。。脱線してきたので、またこれらについては別途議論しましょう。

ということで、話を「小農」に戻します。
「peasantsとしての小農」が何なのかを理解すれば、すぐに理解が得られるかもしれません。
英語が挟まるだけで意味を遠くしてしまいます。
日本は小農研究の分厚い蓄積があります。ただ、90年代以降は忘れ去られてきた。それは世界も同様でした。しかし、とくに南の小農運動が、危機の中で、紡いできたオルタナティブが、世界の運動と結びついて、力をもつようになってきたことが、ここ10年、小農への注目が高まる結果となっています。

ここら辺のことは、出したばかりの監訳本『国境を越える農民運動』(明石書店)に詳しいのでそちらをご覧下さい。
http://www.akashi.co.jp/book/b420388.html

日本でも「小農学会」が農家の皆さん主導で設立されるなど、新しい動きが出てきています。
http://www.mandanoen.com/sagri.html

ここら辺は、京大の秋津先生と松平尚也さんが『農業と経済』2018年1/2月合併号に「小さな農業とは何かーー世界的な小農票かとの連携」として寄稿してらっしゃるので、そちらをご覧下さい。

さて。
この年末、松平さんと、peasants的小農をどう定義しようか・・・と話し合いました。というのも、JVC(日本国際ボランティアセンター)さんの『T&E(トライアル&エラー)』が特集を組んでくれることになったのですが、その冒頭にこの「小農」が出てくるからです。

急いでいたこともあり、暫定的に以下のような定義をJVCさんには提供しました。以下は、編集長の細野さんがレイアウトしてくれたものです!(細野さん、ありがとうございます!)

-------------------------------------------------------------
小農とは:
今回の国連宣言において使われている「小農(peasants)」とは、
厳密には経済主体としての小規模農家(smallholders)と同じでは
ない。より歴史・社会・日々の暮らし・政治経済との関係で成立
している概念である。一例として、日本においては以下のような
定義がある。

・山下惣一(1936年生/佐賀県唐津市生まれの農民作家)による定義:
「私は規模の大小、投資額の大きさではなく暮らしを目的として
 営まれている農業・農家を「小農」と定義している。つまり
 利潤追求を目的としていないということだ」

・小農学会による小農の定義(小農学会2016:15):
 小農学会は、戦後の小農の価値の再評価の流れを検討し、
 さらに新しい小農の定義として「既存の小農を基軸とし、
 農的暮らし、田舎暮らし、菜園家族、定年帰農、市民
 農園、半農半Xなどで取り組む都市生活者も含めた階層」
---------------------------------------------------------------

つまり、「暮らし」に力点があるという点です。
これは、世界的なpeasantsの定義とも同様です。
「新しい小農」として、以上の方々を含めることについても、『国境を越える農民運動』で書かれている通りです。これに、今回の国連宣言では、「農村で働く人びと」として「手工業者、漁撈者、牧畜民、移民労働者」などが含まれました。

ただ、この注だけだと分かりづらいかもしれないことに、今気づきました。スミマセン・・・。ブラジルやモザンビークの小農が守りたいと考えているもの、そして上から世界大・3カ国の政府や援助機関に押し付けられようとしているものの違い(断絶)は、小農学会の趣意書のこの部分が分かりやすいです。


「古来より光注ぐ太陽のお蔭で、人は大地を耕し、生き物の命を育み、その命をいただいて生きてきた。今や大型スーパーに並ぶ豊富な食材を、多くの都市生活者は第二次、三次産業で得たお金で買い、生き物の命を育み命をいただく意識は薄れている。(中略)

貨幣経済が発達し、人は都市に集中し、村の小学校が廃校となり、集落が消滅し農村が寂れていく。にもかかわらず相変わらず農政の流れは、営農種目の単純化・大規模化・企業化の道を推し進めようとする。それに抗してもう一つの農業の道、複合化・小規模・家族経営・兼業・農的暮らしなど、小農の道が厳然としてある。なお小農とは既存の農家のみならず、農に関わる都市生活者も含まれた新しい概念と考えたい。このいずれが農村社会の崩壊を押しとどめることができるのであろうか。これを明確にしなければならない。http://www.mandanoen.com/sagri.html」

小農学会に集う日本の有機農家さんたちは、ビア・カンペシーナには加盟されていませんし、小農権利宣言にも関心をもってこられなかったと思います。しかし、時を同じくして、現在の地球・世界・国内問題について、同じような危機意識に基づいて、「小農の道」が検討され、社会の「変革主体」としての立場が表明されているのです。

世界と日本の小農が、日々命と向き合う中で、同じ認識に至った、至らざるを得ないほどの世界状況が生まれていることに、深い感動と危機感を持ちました。

まずは日本の小農の皆さんの定義を読んでいただいた上で、国連宣言の紹介をしていきたいと思います。では森へ。


 

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国連総会第三委員会で小農宣言が採択された2018年11月21日(日本時間)、聖心女子大学4号館にて行った3カ国民衆会議の様子。3カ国の小農の皆さんが並んで食と農の危機と転換をディスカッションをしています!

詳細:http://triangular2018.blog.fc2.com/



# by africa_class | 2019-01-16 19:18 | 【国連】小農の権利宣言

50歳を前に5つ目の外国語を学ぶ苦しさ。しかし、「次」が見えてきたことについて(人生、遅すぎることはない)。

50歳まであと少しになってしまった。
織田信長は「人生50年…」と唄ったそうだが、いくら高齢化時代といえ、人生後半どころか終わりに近づいてきたことに自覚的でないといけないな・・・と思う今日この頃。いつまでも人生が続くという感覚は、癌になって、「そうだ!人生には終わりがあるのだ!」と目が覚めた感じ。

福岡正信さんが30年なら30回しか季節も巡らないみたいなことを本で書いていたことの意味を、畑や森との付合いだけでなく、今本と資料に囲まれた書斎でこれを書きながら、切実に実感している。11年溜め込んだ外大の研究室を手放した時に、それを感じたつもりだったけど、未だいつか未来が両手を広げてくれるだろうと、朧げながら期待していた。でも、もうそれを具体的な数字で実感し、やれること・やれないことを整理しないといけないと思うようになった。

60歳まで元気でいられるとしても、あと10回ぐらいしか新しい春に出逢えない。
このことは結構衝撃的。

いままでは、息子の成長でカウントしていたのが、18歳で成人してしまった今はもはや実感がわかないから。18歳と33歳では、ドイツ的にはどちらも成人。

冬から春に向かうプロセスをドイツで過ごすようになって、「春が待ち遠しい」感覚は骨の髄まで実感するようになった。それだけに、春と喜びをあと何度分かち合えるのだろうかと思うと、ただ待ちどおしいという気持ちだけでなく、春を迎い入れる感動をじわじわ味わいたいとも思うようになった。

冬至がすぎて、太陽が数分ずつとはいえ、少しずつ早く出るようになってきたのを(それが朝9時頃といえ)、敏感に感じとり、感謝できるようになった。北欧でクリスマスの前は、冬至のお祭りをしていて、それがクリスマスと合体したから、もみの木を大切にするとか・・・すっごくよく分かるようになった。

さて。

そんな風に人生を折り返しからとっくに終わりに向かっている最中に、5つ目の言語を学習しなければならない状況になり、苦しんだこと、感じたこと、考えたこと、学んだことを、少し紹介したいと思う。

まず断っておきたいのが、私は息子のように多言語環境で育ったわけではなく(日本語オンリーで生まれ育った)、幼少期に外国語教育を受けたわけでもなく、言語的才能があったわけではなく、努力せずに他言語を学んだわけではなく、成人してから、本当にコツコツと愚直に積み重ねて、なんとか下手なりに日本語・英語・ポルトガル語・スペイン語の4言語を使えるようになった人間ということ。

留学もブラジルに10ヶ月だけで、それ以外はごく短期(2週間)に英語圏とスペイン語圏で学校に行っただけ。

だから、日本で生まれ育って、多言語環境にない人も、だいじょうぶ。多言語使えるようになります。ただし・・・

大学で他の人達が充実した社会科学や自然科学や人文の学習をしている最中に、かなしいかな、言語の学習ばかり何時間も何十時間も、何百時間も費やした。

だから、言語以外のもっと実のある教科を勉強した人達よりも、基礎的な学問研究が積み上がっておらず、大学院に行ってから相当苦労して、本当に昼も夜もないような血のにじむような苦労をしてキャッチアップしようと試みて、でも結局中途半端なままで・・・妊娠出産が重なり、諦めるべきを諦めながら、大学院で教えながら自転車操業どころか短距離レースのマラソン状態で学び続けたようなものだった(スミマセン)。

何が言いたいかというと、多言語が出来ると「いいなー」とよく言われるけど、まずはそのために犠牲にした多くのことを知ってもらいたいと思うのです。私が1言語を学ぶために割いた時間と労力に、わたしからみたら「いいなー」の学習や愉しみをその人たちは味わったはずで、そのことを忘れないでほしいな、と。

個人的には、英語+もう1つの言語ぐらいは高校生までで習得しておき、大学ではもっと思考の土台を学び、それを発展できるような基礎を積み重ねる手法を習得することに力を注ぐ方が良いと思う。外大で教えておきながらどうかと思うが、外大出身で外大で教えたからこそそう思う。

正直なところ、もう一度受験生をやるのであれば、外国語大学ではなく普通の大学に入って、追加で外国語をやりたかった・・・というのは後付けのことだけれど、とにかく若い頃は可能性は無限だし、時間もあったので、大きな後悔というほどのものはない。

なぜならわたしにとっては、多言語は多くの扉を開いてくれた窓のような存在であることは事実だから。英語が使えることで得られる情報やものの見方は大変重要。世界言語になってしまった現在においては、とにかく「英語ぐらいは出来ないと」というのは本当。若い人にとって、日本語だけで生き延びていくのは、あらゆる意味で難しい時代になると思う。(日本の内政を考える上においても・・・)ただ、「日本語+英語しか知らないと」、よほど努力しないと限界があることも事実。

この努力というのは、日本的、世界で支配的、アングロサクソン的なある種コロニアルなものの見方を批判的に検証するための眼鏡をどうやって獲得するのか・・・というもの。このような努力なしには、同じ英語テキストを「理解する」といっても、それは表面的、表層上のことで、本質を掴むことは不可能だから。翻訳アプリの精度がぐんぐんあがるAIの時代に、如何に記号的な言語の置き換えを乗り越えて、言葉としてでなく、言葉を通じて伝えられようとしている中身の本質を掴めるか否かは、その人の柔軟で批判的な思考にかかっている。

もちろん、これを多言語学習なしに得ることは可能。
支配的あるいは主流でない場・人びとと過ごすことで、今迄の常識や世間や世界で言われて来ている事への鋭い批判と超越を自然にできるようになる。そんな多くの人達を目にしてきた。(これは日本社会のなかにどっぷり浸かっても可能。ただし、社会の主流以外の場・ポジションからであれば。)

でも、これにもう一言語加わったなら、さらに思考の別のチャンネルが開くとともに、新しい世界への窓が開いていって、新しい発見と出逢いと深い気づきを得られることも事実。いくら柔軟な発想をもっていても、一つの言語ではその言語がもたらす癖のようなものの限界が付きまとう。別言語で思考し表現することは、その限界を軽く超えさせてくれる。さらにもう一つの言語が加われば、さらにちょっと違うバリエーションの思考と表現を手にできる。

誰も信じてくれないと思うが・・・寡黙で内気で自己主張のできず感情に流されやすかった私が(誕生日プレゼントをねだったり、あれこれ注文したことがなかった)、論理的に自己主張ができるようになった一因は英語を習得したことと無関係ではない。基本ネクラでくよくよしがちな性格が、大雑把で明るく振る舞えるようになったの一因がポルトガル語を習得して、ポルトガル語世界の人びとの優しさに抱かれたことと無関係ではない。

それぞれの言語で出逢い触れ合う人達との交流の中で、チッポケな自分の元の性格の限界を、少しずつ広げてきた結果が、いまのわたしであることについて、多分家族以外の人は知らないと思う。信じ難いことに、自分自身忘れていた。でも、PTSDになって心理療法師さんとやり取りして分かったのは、幼少期の以上の性格が変わったわけではなくって、思考のど真ん中に居座っていたこと。それが、日本語世界の中で生じた色々な出来事の中で、膨らんでしまって手に負えなくなったこと、だった。その時は気づかなかったけど、直感的に「日本から逃げないと」と思ったのは、正解だったといえる。

そんなわけで、新しい言語が開いてくれる可能性は外とのつながりだけでなく、内なる変化や可能性においてもとっても大きいのです。

新しい言語が開いてくれるそんな可能性への喜びを、なにせ30年前に味わったために、4言語を行き来するのがあまりに当たり前になってしまって、忘れていた。

とはいえ、実は、もっとも苦労したのは日本語だった。いや、3言語、かなり中途半端なので苦労していないわけでない。正直なところ、マルチリンガルというにはあまりに不十分なレベル・・・。でも、やっぱり苦労したのは日本語といいたい。その理由は、日本語が間違いなく母語で、本来完璧にできないといけない言語なのに、10代の努力をすべて多言語学習に割いてしまったので、かなり怪しい日本語しか話せない、書けない・・・状態が、なんと大学で教える直前になっても続いていたから(お恥ずかしい)。

今でも相当危ういが(ちなみにブログなどは布団の中で気が向いたら書いており、読み直してないので日本語がどうにもおかしいのはご容赦いただくしか・・・)、一番効果があったのが、NGO活動。何十もの助成申請書とか広報文とか、そういうものを複数の人間で修正しながら(真っ赤にしながら)書類を整えていくプロセスがすごく役に立った。いわゆる「赤ペン先生」を仲間たちにしてもらったのが一番効果的だった。だから学生の論文でも仲間の書類や論文でも赤を提案するのだが、真っ赤になったファイルをみて喜んでくれる人が大半な一方で、ショックを受ける人もいる。。。気をつけないと。

後者の人は、セルフエスティームが低いのか、自信がありすぎるのか分からないが、とにかく「学ぶ」ことにおいて、批判や提案・指摘を肥やしにできない人はかなり遠回りをするので、勿体ないと思う。

さて、さらに脱線した。
5つ目の言語学習を50歳を手前にやることについて。

2言語目以降は楽だと前に書いたが、それは事実。母語以外の言語の学習手順も想像できるし、身体に別言語がフル機能するスペースができる感じが掴めているので、言語のスイッチもそう大変ではない。

経験からいうと、他言語学習において、幼児教育を押し付けなくとも、ある程度「文法」の意味が分かる段階でも全然遅くないと実感している。つまり、11、12歳ぐらいでもまったく遅くはない。日本ではなぜか「ネイティブの発音」にこだわるお母さん方が多いが、前にも書いたけど、たとえば国連では、それぞれの訛を文化として誇りに思って堂々とスピーチしている人がほとんど。ましてや、アメリカ英語やイギリス英語を「支配者の言語」的なニュアンスを持って受け止める地域・国・民族が世界の大半を占める中で、それをどこまでも追求する意義があるのか疑問である。「英語ネイティブ」を重宝がる日本であるが、その「ネイティブ」なる人達を、自動的に「アメリカ・イギリス・オーストラリアの白人」と想定している時点で、時代遅れというか、なんというか。世界の変化に追いついてないというか。

また逸れた。ごめん。
言語が文法というものを土台として成り立っていると知り、1言語でこなせるようになると、2言語目はたとえ文法が相当異なっていても、違ったパズルをするんだという感覚で望めば、それほど苦痛ではない。

しかし・・・・年を取ると、また別のハードルが現れるので、今日はそのことを力説したい。何が違うかというと、とにかく覚えられない・・・のだ。それが第一言語であれ、第五言語であれ、とにかく単語や動詞の変化が頭に定着しない。耳や目から頭に入るは入るし、その瞬間は分かるし使えるが、あっという間に流れ出て行く感じ・・・。これは、高齢になってくると人の名前がどうしても覚えられない、覚えていたはずなのに思い出せない・・・現象と同じ。どうして?!??!と叫びたくなるぐらい、消えていく。

PTSDによって「覚えられない、思い出せない」を10年近く煩い、最後の5年は本当に悪化したので(なにせ病院や大学から家までの10分のドライブの道順が思い出せなかった。今も後遺症が続いている)、心構え的には「まあ仕方ないよね」という感じの私も、自分より若い人たちと毎日一緒に新しい言語を学ぶ中で、さすがに「ついていけない・・・」現実にあーーあとため息な毎日だった。

さっき辞書を引いた単語を5分後にもう一度引いている自分。単語の意味が思い出せないから引いたのではなくて、辞書で引いたこと自体を忘れているという衝撃の実態!昨日「覚えた!」と思った単語が、翌日きれいさっぱり消え去って、辞書を引いたりノートをみて愕然としてしまう自分。家族が直してくれた文章を、その直後に、見事に古い間違った文章のままでリピートしている自分・・・。

ほとんど喜劇?・・・というぐらい覚えられない。
消えていく。流れていく。耳に蓋をしたいぐらい。
まあ、焦る必要はないので、そこまで気にしていなかったのが、なぜか新年を迎えて、急に不安になった。ドイツ語が云々ではなく、自分の脳の状態に。

病気だから仕方ないとはいえ、なんとかならないのかな。
このままではPTSD→痴呆症まっしぐら。。。
なんだか、新しい言語の習得が痴呆症への抵抗戦略として重要に思えてきた。そこで、意を決して、ドイツ語を真剣に学ぶことで、老化に抗おうと決意したのがクリスマス。

でも・・・ご存知のとおり、超多忙。
季節が追いかけてきてる。広大な森と畑をなんとかしないと。
家事は手を抜くとしても。
民衆会議の残務処理は終ってない。いくつもの助成金の報告…。
原稿をいくつも抱えてる。
翻訳の仕事もある。
世界各地で起きてる問題に対応しないといけない。しかも2019年、ブラジルを含め、小農や先住民族が直面する状況は深刻化の一途を辿ってる。
しかも癌。

割ける時間は超限られてる。
そして、ドイツ語を始めたときは、そうしなければならないと思ったからで、積極的かつ主体的な意志は限りなく弱かった。

でも、ドイツの母が亡くなって1年近くが経過して、遺品に囲まれて暮らしつつ、弔った11月ぐらいから、小さなClassen家が、ついに私たちだけになってしまったことに、なんともいえない寂しさと責任を感じるようになっていた。そして息子にパートナーができたことで、Classen家の未来の世代をイメージするようになったこともあり、たとえ、自分の国籍が日本であり、離婚しているとしても、Classen家の父や母が家族の一員として私と息子を一生懸命愛して、沢山のことを伝えようとしてくれ、教えてくれ、遺してくれたことを、ちゃんと息子の子どもたちの世代に手渡していかなければならない・・・と感じるようになった。(日本の両親がまだ元気でいてくれているからかもしれないし、姉妹や姪っ子甥っ子がいるからかもしれないが)

また、庭に植えた果樹が自分の背丈を超え、美味しい果実を恵んでくれるようになって、地に根を降ろすことの意味を実感するようになったこともある。この芝生+花+モノカルチャー垣根の敷地を多様性の食べられる森・畑(Edible Forest Garden)に転換できるように、少しずつ変えて行く中で、その一部としての自分をしっかり位置づけないと・・・とも考えるようになった。

もちろん、この庭で生まれ育った猫たちがいる。いずれも保護猫だけど。彼女たちをおいて行くことはできないし、この庭から引き離すこともできない。ある日、突然出ていった3匹の子ども猫のためにも、いなくなるわけにはいかないと思う。

また、ハンビの森を守る運動やドイツ市民社会との連携を通じて、あるいは日々難民と一緒に机を並べてドイツの社会制度の一端を学ぶ中で、そして外国人の私に優しく接してくれる近所や親戚や友人の皆さんの暖かさを前に、世界がどうしようもない方向に行く今日、なんとか踏みとどまっているドイツの社会にコミットしたいという気持ちも湧くようになってきた。なんといっても、多くの時間をすごす国と社会を、このまま通りすがりの外国人というポジショニングで無視してはいけないと思うようになった。

つまり、ドイツの社会、家族、家の生き物の今後10年に、少なくとも主体的に関わるべきではないかとの気持ちが芽生えたのだった。といってもこれは大晦日、戦場のように打ち上げられる花火の騒音を聞きながらのこと。(このような戦場花火を許さないことも重要な気がして)

今迄のようにただ学校に、どこか他人事のように行って学んでいた姿勢を改め、あえて旅行の予約も種子の購入も、寝る前の本も、庭で耳で読むテキストも、全部ドイツ語に変えてみた。もちろん、単語はザルのように抜け続ける。でも、めげずに、繰り返し調べ続けて、読める範囲を少しずつ広げていった。

息子のパートナーがおばあちゃん家から持って帰ってきてくれた絵本を毎晩読み、彼女のすばらしい朗読の録音を毎日何回も感動しながら聞いているうちに、なんだか幸せがこみ上げてきた。(この絵本の素材がそもそもよかった。また紹介します)

それから1週間。
何が起きたのか?

やっぱりドイツ語はなかなか近づいてくれない・・・。

でも、はじめてドイツ語で買いたいものを探して(種子)、比較して、注文して、その商品が届いたときに、なんか手応えがあった。

で、かすかな奇跡が起きたのです。

昨日あたりから、ドイツ語が、手の届く場所に近づいて来た感じが出てきた。
それは、ドイツ語を通じて開いた世界に純粋に感動したあの感じ・・・が、やる気を喚起して、もうドイツ語の文章が「怖く」なくなった。むしろ、なんか勉強になる?という意欲を引き出してくれるようになった。

するとどうでしょう・・・。
一部の単語が定着し始めのです。
まさに奇跡。

大袈裟に聞こえると思うし、実際そうだと思うけど、私には奇跡に思えるほど、本当のほんとうに覚えられなかった。もう脳ダメになってる?・・と真剣に疑ったほど。

とはいえ、スペリングは相変わらずダメ。
これは何語でもどうせダメなので。。。
とくにPTSDになってからは、どうやっても何が正しくて何が間違っているかの判断自体が覚えられず、抜けていく。なので、正しいスペルを間違っていると思ってしまう。漢字も書けなくなったし。


ということで、結論からいうと。
他言語・多言語をやるのであれば、

1)幼少でなくていいけど、
2)記憶や脳の柔軟性が十分ある30歳前後までが楽にできる時期ということ。
3)でも、私のように50歳近く、あるいは脳年齢が70歳近い人でも、あきらめず、新たな扉をわくわくして開く感じを大切にすれば、新しい言語が習得できる(と思われる)のだということ。

ということで、いつも通り、話があっちゃこっちゃいったけれど、これにておやすみなさい。


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写真は現在、徐々にEdible Forest Gardenに転換中の森の様子。


# by africa_class | 2019-01-12 08:15 | 【学】多言語学習

「たね」があってこそ〜こぼれ種で勝手に増える野菜のお話と危機。

年末年始だというのに、畑と森で忙しい。
6月の手術からクリスマスまで、ほぼ放置してしまったので、雨の隙間を狙って春に向けての作業を少しずつ開始した。冬が始まる前に、畑をカバーするはずの苅り草が、すべて森の中のコンポストコーナーに投入されてしまっていたので、泣く泣く一面の枯れ葉を畑に寄せて、数ヶ月。

なかなか畑に行く気分にもなれず、すごく後ろめたい気持ちでいたのですが、病気のこともあるからなるべく色々考えないようにしようと、家と学校の行き来の毎日でした。でも休みに入って、いくぶん天気も良かったので思い切って畑に出てみたら、ルッコラの可憐な花が待ってくれていました。

ルッコラの花、みたことあります?
愛しすぎて、どアップになりました。
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このルッコラにはお母さんがいました。
下の場所に元々いたお母さんルッコラ。

これはお母さんが散らばせた種から成長した第二世代の株。
春にトマトの苗を混植していたので、トマトの枝が残っている。
(枯れても根っこは引っこ抜かない。これは重要)
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この子達のお母さんルッコラは、すごくパワフルで、寒さにも、暑さにも、じとじと雨にも、極度の乾燥にも強く、ナメクジにもやられず、大きく大きく育ったので、そのこぼれ種から芽吹いたものを放置、あるいは畑のあちこちに移植したら、それがさらに第三世代を生み出したのでした。

日が当たる良い場所なので、すぐに大きくなって孫にあたる種子をあちこちに飛ばし、今はこんな感じ。数えてないけど、大体25株はある。
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つまり、こぼれ種の第三世代。
生命力が強くって、芝生の中からも芽吹いているのが分かるかと。
ルッコラは他のアブラナ科の野菜と交配しやすく、前のルッコラはかなり野生化してしまったので、このルッコラは近くにアブラナ科を植えないようにして元の品種を保っている状態。

袋を被せればいいだけだけれど、下にも書くように、なるべく人の手なしに回ることを追求したいので、袋も寒冷紗もやめた。

昨日と今日の作業は、これらの赤ちゃん株をさらに畑のあちこちに移植する作業。
そのプロセスで大きくなりすぎた葉っぱを摘んでサラダへ。
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自給を下手なりに目指してきた十数年近くの経験からいうと、生業として農をやるのでなければ、食べると育てるが連結して同時進行しないとどうしても上手くいかない。時間の割き方、日々のケア、やる気・・・あらゆる意味で。

この家にきたとき、「お花のきれいなイングリッシュガーデン」だった。バラもアジサイもしゃくなげもチューリップも素晴らしく美しい。
あちこちにある盆栽風の緑もきれいだった。

でも人の手を入れないと、すぐにみるも無惨な状態になってしまう。
虫や病気の発生源にもなって、とにかく手が回らない。
でも、家の誰も手伝ってくれない。

「美しさ」のために汗をかけるかどうかは、万人にとって同じではない。
家の掃除にかける努力が違うように。

でも「食べること」は別。
万人が食べなければならない。
しかも、野菜が高い国に住んでいて、畑に「食べられる草たち」いるとすれば。
(*私たちは所謂「野菜」以外のものも食べる。また詳しく紹介します)

私が畑に出れなくても、「食べるために摘む」というプロセスの中でケアを他の人にもしてもらえる。そこの違いはとっても大きい。

そもそも、サラダだって、ルッコラだって、ハーブだって、花を咲かせる。
うちのサラダ菜の花は青くて、ルッコラは白くて、ズッキーニは黄色くて、本当にきれい。もうすぐローズマリーが薄紫の花を咲かせる季節。

だから食べられるものを増やす・・・これが一番理にかなっているのです。
そして、自然が勝手に次世代を準備してくれるメカニズム。
つまり、理想は野草。
野草は勝手に生えて、勝手に次世代を再生産し、繁殖します。

私は、その野草たちも食べるし、お茶にしているのですが、野菜にも応用しようと試行錯誤してきました。実験的な追求も、「ナメクジ王国」なので、やれるものは限られてはいるのですが。

中でも、この「ママ・ルッコラ」と「黄色いトマト」は凄まじい。
もう一つすごいのが、スイスチャード(日本ではフダンソウ)。
「普段草」と呼ばれるだけあって、こちらも生命力が強い。

3年前の冬に蒔いた種から、現在4-6世代目。
大量に投入していた落ち葉をよけてみたら、元気いっぱいに育っていました。

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どんな風に増えていくかというと、どんどん大きくなる茎があって、そこに花がつき、種が鈴なりになるんです。それが風に揺られて地面に落ちて、ある時、雨や気候などの条件が気に入れば、勝手に芽を出してくるんですよね。

今回は密集しすぎたので種のついてる茎をカットして、たねを取り出しもせず、そのまま別の畑に持っていって、パンパーンとたたいてバラまくだけなんです。その直前の様子。

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もちろん、真冬なんで芽を出したりしないし、霜が降りるから本来、春まで待ってからやったほうが良いのですが、自然状態でこれだけ育つので、同じようにやってみようというのが私の実験。念のため、この状態のものを別途5本ぐらい保管してあるのでご心配なく。

ちなみに連作障害とかは、常に周りにたくさん別のものを混植しているので、いまのとこる出ていません。実感として、1年草であれ、それぞれの植物には好きな場所があって、そこなら何度でも気持ちよく芽を出して、大きくなる。でも、別のところでは同じというわけにいかないことも。

でも、「ママ・ルッコラ」や「ママ・フダンソウ」から分けてもらった子どもたち、孫たちを、畑のあちこち、特に家から最も遠いところに連れていくことで、冬の間も誰かにケアに来てもらえる(必要に応じて)機会を増やそうとしています。モノトーンの風景に青々したこの子たちがいると、なんだか気持ちが和らぐし。

フダンソウには、写真にある赤のアクセントのものだけでなく、黄色のアクセントのものもあって、それも楽しい。霜が降りても、雪が降っても、そこにいてくれる。「ありがとう」と声をかけたくなる、そんな存在です。
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しかし、これが可能になる条件が一つだけあります。
それは、「たね」。

土が大切ではないというつもりはないですが、「たね」は私のような自然任せを種まきまで任せたいと思っている人間には、「たね」なくしては何も成り立たないと実感しています。

遺伝子組み換えや市販のF1の種子では、次世代にすら向かえません。
気温・肥料などの条件を揃えてあげなければきちんと育たないだけでなく、環境の変化や病害虫に弱く、なにより採取した種子を植えても同じようには育たないようになっています。

私の植えたママ世代の種子は違います。

たねからたねへ、ひとからひとへ、自然の中で時間をかけて育てられ、一粒、ひとつぶ、選ばれ、集められた「たね」だからこそ、自ら生き延び、次世代を残そうという、生物の命・種子本来の生存戦略をまっとうしようとします。私がしたいのは、「その本来の力に懸ける」ことなのです。

モザンビークの農民女性にもらったササゲの種がヤバいぐらいの発芽率で、問題なくドイツでも育つことが示しているように、種子を買わず、交換や自家採取で残してきた種子のもっている生存力の強さは凄まじいものがあります。

もちろん、わざと悪い条件を揃えるなどはしないのですが(なるべく、その子たちが好きそうな環境に植えてあげようとはする)、あとは任せるだけ。

しかし、ドイツのこの地方、この畑にマッチした「たね」に出会うのは至難の業です。4年目になり、いろいろな人のいろいろな「たね」を試し続けてきました。

正直なところ、ダメになった「たね」もかなりの割合であります。
それは、振り返ってみると、これが理由かなと思います。

1)霜が降りなくなってから夏までの時期、夏が短いこと。
2)夏がいきなり終る(8月10日はもう秋)。
3)夏以外はずっと雨が降っていること。
4)露地蒔きではナメクジにすぐやられること。

でも、1株だけでも生き延びて種子を残してくれれば、その種子はこの環境に適した種子ということなので、次の世代、そして次の次の世代は、どんどん育てやすくなるのです。

そうやって生き延びた1株から増やしているのがディル、ドイツ・シソ、ケール。
カボチャは最初から問題がなかった。

日本で食べられている野菜類はやはりある程度のケアが必要で、最初から熱心に取り組んでなかったのだけど、今年はここに適した「たね」に育てることを目標に試行錯誤そてみようと思う。去年からそうするつもりが、手術と療養から戻ってきたら、すべて食べられた後だった・・・・。家族への周知徹底も、種子を残すには重要ですね。

しかし、世界的に種子の増殖や自家採取への法規制が強くなっています。種子と向き合うこと15年ほどで実感するのは、「よい種子を一度手にできれば、後の大体のことは大丈夫」ということこそが、アグリビジネスにとって都合の悪いこと。なぜなら、種子を売り続けることも、それに付随して化学肥料や農薬を売り続けることもできないから。

逆にいうと、「種子」さえ農家に売りつけられれば、それにマッチした肥料や農薬がないとちゃんと育たないために、農家を従属させることができる。だから、農家を企業やシステムに隷属させたければ、まず最初に「種子」を使わせないといけないのです。

このカラクリに気づいた人達が「遅れているから」ではなく、このような支配への抵抗として「私たちの種子」を守り、使い、交換しています。そのことを、11月20-22日まで東京で開催した3カ国民衆会議では伝えようとしたのですが、伝わったでしょうか?

特に、2日目の1部
http://triangular2018.blog.fc2.com/blog-entry-31.html
そして、種子の交換会
http://triangular2018.blog.fc2.com/blog-entry-33.html

日本のJICAがモザンビークで進める「プロサバンナ事業」では、自家採取する人が8割を超えているモザンビーク北部で、「改良品種を普及する」ことに熱心に取り組んできました。マスタープランのレポートでは2030年までに農家の3割を転換する目的まで掲げられていました。

このことに関する小農リーダーたちの声は改めて紹介します。
またしても長くなったので、今夜はここら辺で。



# by africa_class | 2019-01-04 05:18 | 【食・農・エネルギー】

癌になって想ったこと。感謝、これからに向けて。

雨の降るドイツから、新年明けましておめでとうございます。

昨年の大雪のクリスマスを思い出すと、拍子抜けするほど暖かく、雨の多い冬となりました。そのせいで、本来しっかり休養できるはずのこの時期に、自然が春と間違えて暴れ始めており、やることが山のように押し寄せているところです。焦らないように、今年は初校ゲラ(丁度よいB4サイズがホッチキス留になっている)の裏に、計画や図を書いてみているところ。

2018年もまた、いろいろな意味で岐路となった1年でした。
なによりも、「癌(がん)」を宣告され「ガーン」。
・・・という親父ギャグをとりあえずかましておきましょう。
ただ、当人(わたし)はそれほど驚かなかった。
理由はあとで書きます。

私をよく知っている人ほど驚いたこの宣告。
とくに家族。

というのも、私は20代のことから肉食を止めて、20代後半から玄米食+オーガニック野菜、それから基本的に食べ物にこだわった暮らしを心がけてきたからです。数年前から牛乳や乳製品も止めた。タバコも吸わないし、吸われている場所には近寄らない。お酒はかなり飲んだけど、家族ほどではない。しかも、とっても痩せている。3人姉妹の中では、一番「癌」になり得ないと言われ続けていた私でした。

でも、私の父を含め、父方親族は「癌」だらけ。
しかも、私だけが父方の遺伝的特徴をたくさん受け継いでいたので、いつか「癌」になるリスクが高いと自覚して、それもあってかなり気をつけてきたのでした。

甲状腺の病気もあったので、初期のころに飲んでいた薬が癌を誘発する可能性があることも知っていました。

もう一つ、他の2人と違うのは、私だけ東京暮らしをしてきたということでした。震災前も中も直後も、その後3年間も。支援活動もしていた。

さらに悪いことに、PTSDで長らく起き上がれない状態が数年続いていました。一日中、布団の中、あるいは家の中ですごすことが大半の日々なのに、とっても強いストレスを感じながら暮らしてました。

それが、2017年の後半から、「これは完治しようとしてる?」と思えるほど調子が上向きになってきて、2018年は「次」に進めるなという手応えを感じた年でした。

その矢先に、手術→癌の告知となったのでした。

もちろん、何が原因か、決定要因なのかは分かりません。
でも、事実として「癌になりやすい生活習慣」に少なくとも食生活はあてはまらないにもかかわらず、やっぱり癌になってしまいました。逆にいうと、ちゃんとした食生活をしていたからあの程度でよかったのかもしれません。

生まれて初めての手術をしたのは去年の6月でした。
3カ国民衆会議の準備の最中で、その翌週には実行委員会を立ち上げるというかなり無茶をしたのですが、未だその時点では「しこりを取る」ぐらいの気持ちだったのです。

それでも、手術の後、初めて外出したとき、実家から駅の歩道に咲いている小さな花を見て、
「なんて美しいんだろう、生きてるってなんて素晴らしいことなんだろう」
と感激したことを昨日のことのように思い出します。

その感激のまま2週間がすぎて、「ほぼ癌ではないと言ったけど、やっぱり癌でした」と言われたときには、この生の喜びが近いうちに断たれるのかもしれない現実に直面して、すごくすごく残念に感じたのでした。

哀しいというより、残念な気持ちが大きくて。
ようやく布団から出て、これから次に向けて開いていこうと思っていた矢先だったこともあります。

ただ、もしそんな日(癌だとか何らかの病気と言われたとき)がきたら・・・と思った以上には、ショックではなかった。

というのは、私にとって「死」は幼いときから身近にあって、「いつ死ぬか分からないから、悔いのないように日々を生きよう」と考えて生きてきたからです。

息子がお腹にいるときは、産む前に死んでしまったらどうしよう。
息子が小さいうちは、大きくなる前に死んでしまったらどうしよう。
・・・などと、必要以上に心配していたものの、その息子も成人目前とあって、やるべきことはやった感じはありました。

ただ、これからの息子の未来を見届けたい、自然とのふれ合いがより深いところで面白くなったこともあり、そして何よりまだ手渡していない多くのバトンがあり、最後に私が本当にやりたいと思って着手してこなかった「しごと」が思い起こされ、とにかく少しでも長く生きたいなと思って、困ったな・・・どうしようか・・・と戸惑ったまま、日本に戻りました。

とはいえ初期のものなので、すぐ死ぬわけではないこともわかっていたので、それほど精神的に堪えたわけではないものの、何より気になったのは、「再発を抑えるために放射線治療とホルモン治療をしないといけない」という点でした。自分のこれまでの生き方にあまりに反したものだからです。

でも、日本では患者と医師の関係は対等とはいえない空気感があります。
とても気さくでよい女性の先生(しかも長年知っている)で、信頼もしているけれど、30%の再発を避ける、限りなく0にするには、放射線とホルモン治療をすぐに開始するしかないと言われて、治療が受けられる病院は2つあるので選びなさいと言われて、その場でとにかく選んで、ベルトコンベアー式に病院に向かうハメに。

この私ですらこうだから、きっと多くの日本の患者さんもこうだと思う。

真夏の暑い最中にその病院に行って、レントゲン検査やら血液検査やら、あれやこれやを朝からやってお昼ご飯を食べて放射線の専門医の先生とのアポを待っている間、ふとこんなに受け身でいいのだろうかとという考えが頭をもたげてきました。

その疑念を払拭できないまま、先生の説明を受けているうちに、どうしても納得できない自分が見出され、先生に「あの・・・」と一言いっただけで、その若い先生がニコッと笑って、「説明は全部したので、1週間ほど考えてからでもいいんですよ」と言ってくれた瞬間に、何か憑き物が落ちたような感じというか、「自分の決定権」を取り戻したような気がして、そうさせてもらったのです。

帰り道、やはり道ばたの花や緑が美しくて、ああ「生きる」というのはこういうことだな、と実感したのでした。ただ毎日を過ごしていくのではなくて、「自分の生を自分として生きる」ということを、様々な制限との綱引きの中で考えながら選択していくことなんだなと改めて思ったところでした。すでに、長い闘病生活から、自分の想い通りにならないものがあるんだということを実感していたものの、いつかは治ると思われた精神的な病気と異なり、癌とあっては仕方ないとあきらめていたのでした。でも、もう一度いろいろリサーチして、自分なりの決定を下そうと思ったのです。

翌日から放射線治療のはずが、その時間を使って色々調べ、考え、自分なりの答えを出しました。それを日本の家族に言ったら、絶対反対されると思っていたのに、「こればっかりは自分で決めること」と大人な反応が返ってきて、逆に拍子抜け。そして、主治医に再び会いに行ったら、最初は明らかに気分を害されていたと思うものの、4通りの選択肢を示してくださって、一緒にそのうちの1つを試みることになりました。

つまり経過観察を頻繁にする。
怪しい兆候が出たら即座に手術。

これまた拍子抜けだったのですが、その選択肢があるのであれば最初に教えてほしかった…。最新の医学の知識でいうと、「放射線+ホルモン治療がスタンダード」だから当然これを選ぶべきという前提がどうも医者の立場からあるよう。もちろん、医者にしてみれば、患者のために再発可能性をいかに減らしていけるかが重要なのであって、患者自身がリスクを承知してます、でも自分で決めたいと明確にいわない限り、なかなかこのオプションを勧められないこともよく分かりました。

なので、やはり自分がどういう生き方(死に方)をしたいかを考え、それを意思表示することは、自分の決定権を手放さないためにも大切なことなのだと実感したところです。

もちろん、その意思は変わることがあってもいい。
でも、一度は決めないといけない。
そして、その決定から学んでいけばいいのだ、と。

ということで、意思表示をしてコンセンサスを得て、病院から帰る道はるんるんで、心に羽根が生えたようで、納得がいかないことを瀬戸際で思いとどまってよかったとの想いで一杯でした。

この1年は息子が料理をしてくれたこともあり、かなり任せっきりになっていたのを(とても遅い時間に食べていた)、息子に甘えず自分でしっかり食材の把握と調理もやろうと心を入れ替えたものの、なにせ民衆会議が忙しすぎて、どうしても疎かになっていたのです。でも終ったので、心機一転、プチ断食をしたところでした。

断食をしてたくさんの発見がありました。
この数ヶ月、夜ご飯を食べないようにはなっていたものの、思い切って4日間「軽い断食(ファスティング)」をしてみて、身も心も軽くなるのを実感しました。

そして大人であれば、たいして食べなくとも普通に暮らせることも知りました。むしろ、エネルギーが身体の軸から湧き出てくるような不思議な感覚も得られ、肌はツルツルになり、この素晴らしさを皆さんに伝えたいと思っています。

ということで、毎度のことですが長くなりました。
「癌」にはなりましたが、お陰で「生」がこれまで以上に、輝いて、大切なものに思えるようになり、感謝しています。

そして、なかなか「次」に気持ちがいけなかったのが、癌への向き合い方を自己決定したお陰で、て感覚としてどんどん広がりが感じられるようになりました。

人生のこの段階での「癌」との出逢い。
いつかこれが私の生命を奪う日がくるとしても(そうでないと祈りたいし、努力もしていきますが)、これもまた試練だけでなく、多くの気づきを与えてくれたことだけは、感謝しなければならないなと思っています。

2019年、もっともっと自然と身体と食と語らい合い、深くふかく考えたいと思います。


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息子のパートナーのおばあちゃん家のキャンドル飾り





# by africa_class | 2019-01-02 04:16 | 【徒然】ドイツでの暮らし

新刊『国境を越える農民運動』(シリーズ「グローバル時代の食と農」第2巻)の訳者解説に書いたこと。

このご時世に9巻のシリーズ刊行に賛同してくれる日本の出版社を見つけるのはほとんど不可能に近いことだった。しかも訳本とあって、どの出版社も売れそうな巻だけの出版しか賛成してくれなかった。やっと同意してくれたのが、明石書店さんだった。

■シリーズ本については以下の投稿を!

明石書店さんとは、『アフリカ学入門』を2010年に出版させていただき、4刷まで行ったこともあって、話はもって行きやすくはあった。

舩田クラーセンさやか(編)
『アフリカ学入門〜ポップカルチャーから政治経済まで』
明石書店、2010年
http://www.akashi.co.jp/book/b67746.html

*見てわかる通り、私は本の表紙・装丁にスゴくこだわりがある。持ち歩いて目立ち、「え?なにその本?素敵だね!」と言ってもらえるような本の装丁を目指している。

各種シリーズものも出しているし。でも、最後は社長との直談判、そして販促計画をたて、これを具体的に実行するという条件で合意してもらった。当然、私たちには一銭も入らない条件(*日本の出版業界の現実はこうなのです…)。

でも、社長との約束以上に、とにかく危機迫る世界と日本の食と農の問題について、一人でも多くの日本の皆さんに知ってもらうには、この本を届けたい。そんな想いでこれを書いている。

さて。
国連総会で「小農の権利に関する国連宣言」が採択されたことは、この本の重要性を高める結果となっている。この宣言採択のプロセスは、6章に詳しいので、ぜひ読んでほしい。でも、この本の意義は他の点にもある。

ここら辺のことは、訳者解説にかなり詳しく書いたので、一部を抜粋するので、残りはぜひ本を手に取って読んでもらえれば。

マーク・エデルマン&サトゥルニーノ・ボラスJr.
監訳:舩田クラーセンさやか、訳:岡田ロマンアルカラ佳奈
『国境を越える農民運動〜世界を変える草の根のダイナミズム』
明石書店、2018年
http://www.akashi.co.jp/book/b420388.html

*こちらの表紙は小林舞さん(総合地球研究所)のスケッチ。素敵でしょ?シリーズの色は日本の古色で揃えていて、この巻は「柿色」。

===
 2018年9月28日、素晴らしいニュースが飛び込んできた。

 本書の第6章でも取り上げる「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」が、国連人権理事会で採択されたというのである。あとは、今年中の国連総会決議を待つだけとなったが、これも圧倒的多数の賛成が予想されている。

 この国連宣言の草稿となった諮問委員会の第一ドラフトは、2008年に世界最大の小農運動といわれるビア・カンペシーナが発表した「小農権利宣言」を土台としていた。さらに、この「小農権利宣言」は、本書でも紹介されているように、1990年代末からインドネシアのビア・カンペシーナに加盟する小農が協議に協議を重ねてつくりあげ、2008年のビア・カンペシーナの国際会議で採択された宣言文をもとに準備したものであった。また、ビア・カンペシーナとその協力者らは、「小農権利宣言」だけでなく、2014年の「国際家族農業年」、そして来年から十年間の「国際家族農業の10年」の国連総会での採択も実現させている。

 「国境を超える農民運動」をテーマとした本書は、この世界80カ国の2億人の小農が加盟するビア・カンペシーナの誕生と国際舞台での活躍抜きには成立しなかったであろう。逆にいえば、このような現象こそが、本書が世界に必要とされた背景ともいえる。

 かつて国連を研究対象とし、国際関係学に身を置きながら、アフリカの小農の歴史を学び、アフリカや南米の小農運動と一緒に活動してきた筆者にとってすら、これは驚くべき出来事である。「南の小農」が、国際政治の最前線にあたる国連に対して、アジェンダ設定を提案し、国連文書のたたき台を提供し、国家間協議に参加して意見を述べ、「ソフトロー」とはいえ現実に新しい国際法の成立を導いた事実は、2008年の「先住民族の権利に関する国連宣言」と並び、世界史に残る出来事といっても過言ではないだろう。

本書の特徴

 しかし、本書は単にビア・カンペシーナをはじめとする「国境を超える農民運動」を讃える本ではない。その挑戦に理解を示しながらも、厳しくも冷静なまなざしで、農民運動の課題と可能性を、歴史的背景と政治的ダイナミズム(力学・動態)にもとづき、明らかにしようと試みる。

 本書は、戦前(1920年代)に北米で結成され広がりをみせた世界農村女性協会を最初に取り上げ、農村女性が女性同士の連帯にもとづいて「国境を超える農民運動」を形成したことを紹介する。そのうえで、政党(農民党、共産党、後に社会民主党)、植民地解放運動あるいは反独裁運動、宗教(たとえば、カトリック教会)、農村を手伝う都市住民のボランティア活動が、小農運動の越境性(跨境性)にどのように影響を与えたのか(国際条件がどのような影響を各国・各地の小農や小農運動に影響を与えたのか)を、明らかにする。特に、「なぜ、どのように関係が構築されたのか」に注目している点が本書の特徴といえる。そのため、多様な農民運動の歴史的な展開を重視しつつも、国際的な政策の潮流の変化を縦軸に、社会の様々な層と小農の関係を横軸に、多角的な分析を試みている。

 前者(縦軸)については、戦後の福祉国家に向かう動きが紹介された後、その観点からは「異端なもの」として冷笑の対象となっていた新自由主義的な政策が世界に広がっていき現在に至るプロセスが示される。後者については、各農民運動の加盟農民の階級分析を土台として、運動の目的や戦略、アライアンスの形成先の違いを明らかにしている。

(中略)

 このように本書は、社会運動や農民・農民組織、国際関係学に関心がある人だけでなく、開発援助や外交政策に関わる実務者、国際法の研究者にも役に立つ本となっている。1980年以降の日本では、歴史は忘れられ、所謂「途上国の小農」は「助けてあげなければならない対象」のイメージが根強い。

 しかし、特に南の小農が世界史的に果たしてきた役割の大きさはとてつもなく大きかった。現在では、国際常識(規範)上は絶対悪とされる「植民地支配」や「傀儡政権による支配」も、南の小農の抵抗や闘い抜きには、規範の転換も現実の消滅(後者は道半ばとはいえ)もあり得なかった。その意味で、世界の民主主義の発展において、南の小農が身を挺して果たした役割は大きかったといえる。

 しかし、その多くは国家レベルから国際レベルまでの失政あるいは圧力によるものだったとはいえ、世界とりわけ南の小農が直面した1980年代や90年代から現在まで続く厳しい状況の中で、小農は「貧しく、代替案を持たない、援助を待つ存在」として認識されるようになった。これは北の援助者にとどまらず、南のエリートも同様である。

 このような認識は、新自由主義的な政策の導入プロセスのなかで、ますます強化され、「粗放農業しか知らない現地農民は農業ポテンシャルのある広大な土地を余らせている」との言説が世界的に広められていった。その典型事例が、2009年に日本がブラジルと組んでモザンビークに導入しようとしたプロサバンナ事業であった[i]。

 21世紀に入ってからの凄まじい農地・水源・森林収奪は、「ランドグラブ」として世界の注目を集めるようにはなった。しかし、農村地帯を「空白地」として眺め、そこに暮らし耕し命をつないできた小農の存在は無視あるいは軽視し、国家計画や経済効率のために空間を明け渡すべき存在として「客体化」する傾向は依然として強いままである。世界的に生じたこの現象に、歴史的にも現代においてもその尊厳と主権を踏みにじられてきた小農が、尊厳ある「主権者」として立ち上がり、あらゆるレベルの人びとや運動とつながりあいながら、世界にその存在を認めさせるようになりつつある。大きな限界に直面しながらも、危機を転換する力を小農が内包していたこと、それを可能とする条件や協力者がいたこと、この点について本書は詳しく紹介している。

 本書は、第5章で「私たちなしで、私たちのことを語るな」という当事者らの強烈なメッセージを紹介しているが、「小農のために」と語りがちな都市あるいは北の私たちに鋭い課題を突きつける。これは表象や政治的な正しさ(political correctness)の問題にとどまらない。小農に多大な影響を及ぼす政策や計画・事業が、小農以外の人びとの頭の中で考え・決定されることへの異議申し立てである。「小農権利宣言」のドラフトには、これらの外から持ち込まれる政策などを小農が拒否できる権利が書き込まれていた。このことの意味を、日本をはじめとする世界の都市住民はしっかり認識すべきであろう。

 その意味で、本書が農民運動や農家内のジェンダーや世代問題を取り上げている点は、注目に値する。日本のジェンダーギャップ指数が2017年に114位と低かったことに示されるように、この問題が日本で真正面から語られることは依然として少ない。ただし、これはアジアや中南米、そしてアフリカでも同じである。ここでも国境を超える運動が果たす役割の大きさが、本書で明らかにされる。

 年功序列・男性優位の農村社会や農民運動が、まずは国境を超えた女性同士の出逢いによる課題の共有から始まり、女性たちが一致団結して国際レベルでのリーダーシップの参加を要求し、それが実現した後、国際レベルから各国の運動、そしてローカルな運動に持ち込まれていったことも記されている。現在、世界で最も活発で動員力のある運動とされるのが「女性運動」である。女性運動を介して、都市の女性と農村の女性の運動が出逢い、政治を動かしつつあることまでは本書は触れていないが、いつかの機会にこれを紹介することができればと思う。

 (中略)

 最後に、国際機関と小農運動がどのように関係を結んできたのか。その背後にあった多様な小農運動のさまざまな戦略、そしてそれを支えるNGOや非政府系のドナー、政府系の援助機関の動きについても本書は丁寧に取り上げており、国際関係学や開発援助の研究者にも大きな示唆を与えるだろう。

 (後略)
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以上は、2018年11月21日の3カ国民衆会議の国際シンポジウムの際、原書を紹介してくれた元ビア・カンペシーナ国際局スタッフのボアさんのプレゼン。ボアさんはジュンの教え子でもある。
http://triangular2018.blog.fc2.com/blog-entry-32.html

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2018年11月24日、国際開発学会(筑波大学)で発表するボアさん。



# by africa_class | 2018-12-22 06:52 | 【国連】小農の権利宣言

グローバルな食と農の危機と抵抗を解説する世界最先端シリーズ本(グローバル時代の食と農)、刊行開始しました。

国連総会での「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」採択から3日が経過しようとしている。思った以上に、多くの人が関心を持ってくれて本当に嬉しい。

この権利宣言についてブログやツイッターで紹介して数年が経つが、正直なところ、3カ国民衆会議までは、なかなか広がらなくて、どうしたらいいのかなと考えていた。

なので、こんな風に広がるとは思ってなくて、とっても嬉しく思う。
でも、未だ未だ中身も経緯も十分知られているとはいえないので、このブログで少しずつ紹介していければ。

さて、小農の権利宣言についてもう少し詳しく書こうと思って、はたと困ったことにぶち当たった。「小農(peasants)」が、どうも日本や世界の御都合主義の人達、あるいは一般的な用語に慣れている人達が「小規模農家」と訳してしまう問題である。このことは、改めて書かないといけないのだけど、もう一つ問題に行き当たった。

それは、日本の食卓や農村を巻き込む形で進んでいるグローバルなフードシステムの問題が、どうしても日本の中では十分理解されていないという限界。そして、それに抗い乗り越えようとする南の小農たちの身体をはった、しかしクリエイティブでイノベーティブな試みについては、さらに知られていなかった。

2008年のグローバルな食料危機と引き続き生じた食をめぐる暴動(これが一部政治変動に繋がる)、「グローバル・ランドグラブ」と呼ばれる土地強奪(収奪)とそれを規制しようとする国際的なアクション・・・この10年の南の村々や畑や森、NYの企業の役員室、ロンドンのニュースルーム、国連の会議場までを巻き込んで、繰り広げられてきた相克は、まったくといっていいほど日本では関心をよばなかった。

これは研究や教育の分野でも同様だった。
日本で食と農について研究してきた人達は必ずしもグローバルな展開との連動性の中で研究してきたわけではなかった。逆もまたしかり。

あるいは社会運動に関心を寄せる人がグローバルな食と農の分野もスコープに入れることは稀で、開発学関係の人たちこそ注目してもよさそうなのに、日本ではほとんどの関係者がスルー。

ましてや、援助業界の人は、「小農の運動」に胡散臭いまなざししか投げかけてこなかった。グローバルに負の影響を及ぼしているフードシステムの構造はさておき、対象の村・農民グループの「生計向上」があればそれでよし、と。あるいはそのシステムへの垂直統合を、「グローバル・フードバリューチェーンへの統合=貧困からの脱却」と信じ込んで無批判に奨励・・・。

もちろんTPPの反対運動などに関わる人達は、グローバルと国内の関係性に強く関心を寄せてきたし、理解も深めてきた(もちろん、印鑰 智哉さんは別格だけど)。

でも、残念ながら、日本では、この分野の研究や教育は著しくマイナーかつ遅れてきた。そのことが、日本の農と食をめぐる政治・政策や開発援助政策・事業を、グローバルな展開とあわせて考察する理解を不十分(あるいは皆無)にした。マネーの力は国境を超えているというのに…。そして、海外で著しい負の影響を及ぼす開発に官民が手を染め続け、そして国内にも、ついに「黒船到来」を招いてしまった。なのに、これをテーマに研究や論文を書く若手はほとんど現れない・・・というお寒い状態に日本はあった。

この状況を変えるため、近畿大の池上甲一先生、京都大学の久野秀二先生とともに、シリーズ本(グローバル時代の食と農)9巻を明石書店から刊行していくことになった。
後に、龍谷大学の西川芳昭先生と総合地球研究所の小林舞さんが参加して、ICAS日本語シリーズ監修チームができた。
*ICASはInitiatives for Critical Agrarian Studiesの略称
(原本の企画陣、オランダ・ハーグのISSに拠点)

【第1巻】
  • イアン・スクーンズ『持続可能な暮らしと農村開発〜アプローチの展開と新たな挑戦』(監訳:西川芳昭、訳者:西川小百合)、明石書店。
  • http://www.akashi.co.jp/book/b420384.html

【第2巻】
  • マーク・エデルマン/サトゥルニーノ・ボラスJr.『国境を超える農民運動〜世界を変える草の根のダイナミクス』(監訳:舩田クラーセンさやか、訳者:岡田ロマンアルカラ佳奈)、明石書店。
  • http://www.akashi.co.jp/book/b420388.html

さて。
私が担当した第二巻はまさに「小農の権利 国連宣言」が成立するまでの歴史的プロセスを学ぶのに適した本なので、次以降に詳しく紹介するにあたって、まずはこれから3年にわたって出版していくこの「グローバル時代の食と農」シリーズの誕生秘話をお伝えしておこうと思う。

これは、以上の第二巻の171頁「訳者解説」で紹介中。でも、明石書店さんの許可が出たので、一部だけ転載するので、ぜひ残りは手に取って読んでくださいませ。

******

本シリーズの誕生秘話(176頁〜178頁)

(第2巻の共著者でありシリーズの仕掛人かつ編集長のサトゥルニーノ(ジュン)・ボラス・ジュニア教授の紹介)

 食と農の分野では世界的に知らない人はいないジュン・ボラスは、日本では未だほとんど知られていない。現在、世界でもっともネット上でのダウンロード数が多い社会科学の学術誌の一つである『Journal of Peasants Studies(JPS、小農研究)』の編集長として敏腕をふるいながら、土地収奪や小農運動、食の問題について様々な国際的な研究や社会運動の世界的ネットワークづくりに従事し、国際的な交渉・学説・言論空間に多大なる影響を及ぼしてきた人物である。ICASも彼のイニシアティブであり、彼が企画・主宰する国際学術会議には毎回500人を超える世界の若い人達の応募があり、農民運動やフードムーブメントの関係者も必ず参加し、現実に根ざした最先端の議論が繰り広げられる。実は、その多くの会議を農民運動自身が共催しており、学術空間を社会に開くという意味でも新しい風をもたらしてきた。

 世界に国境を越え、分野や出自を超えた言論空間をきり拓いてきたジュンであるが、フィリピンの少数民族出身である。1980年代後半に、フィリピンの国立大学の法学部に入学したものの、社会運動に身を投じ1990年代前半まで、フィリピの農村住民とともに活動に明け暮れていた。その彼が、問題の根源が社会のなかだけではなく、フィリピン農民が置かれた世界的状況(とそれに影響を受けたフィリピン政治経済社会環境)にあるのだと気づき、1990年代半ばにオランダ・ハーグにあるISS(社会科学国際研究所)のドアをたたき、そして教授に昇り詰めたこと自体が、時代の変化を物語っている。しかし、彼はアクティビストとしての活動も継続し、ビア・カンペシーナの設立に関与したほか、現在もアムステルダムにあるトランスナショナル研究所(TNI)の研究員として市民社会でも重要な役割を果たしている。その意味で、彼自身が「越境する運動」を体現しているともいえる。

 ジュンがフィリピンで学び活動していたとき、彼が最も参考にしたのが上記のJPSであったという。しかし、インターネットにアクセスできずお金もなかった時代、編集長に手紙を書き研究誌を送ってほしいと頼んだが、その返事は届くことはなかった。そんな彼が編集長に着任したとき最初にしたことが、社会にとって重要な論文にフリーアクセスの機会を提供することであった。このICASブックシリーズはその延長線上にある。世界中のこの分野に関心を寄せる若者、農民、社会運動や市民活動に関わる人たち、そして実務者や政策立案者に気軽に手にとってもらえる「小さい本」を届けたい。しかし、その「小さな本」は「ビックなアイディア」が詰め込まれ、これまでの学説を検討し現実に根ざした分析ながらも、未来に開かれたビックなアイディアを共有し、励ましたい、そういう願いが込められている。そして、国境を越えてこれを届けるために、すでに世界各国で10を超える言語に訳されているが、この日本語版の誕生は列の最後に加わるものである。

 このシリーズ本の日本語版を出版してほしいとジュンに頼まれたのは、2014年のことだった。その際に、「どうして日本には世界に出てくる人がこの分野でほとんどいないのか?」と繰り返し問われた。筆者は、2012年末からランドグラブの問題に関わるようになり、世界各地の研究者や農民運動、アクティビストと関わるなかで、日本でもっとこの分野を学び関わる人を増やさなければならないと強く感じるようになっていた矢先のことでもあった。

しかし、長年にわたって戦争と平和、そしてアフリカ地域研究を中心に研究をしてきた身には荷が重いことであった。そんななか、アフリカ研究と活動を通じて、今回の監修チームの仲間と集えたことは、本当に幸運だった。また、日本の大学を去りドイツと日本の間を行き来するようになった私の新たな学びを支えてくれたのは、ICASに集う老若男女の「villagers(村人)」たちであった。食と農の分野の古典から最新の文献を次々に与えてくれ、議論に参加させてくれ、鍛えてくれた「村人」たちに心から感謝したい。これらの文献を、ドイツの森と畑のなかで農に従事しながら音声で聞きながら「読んだ」日々は一生の宝物である。
*******

改めて読むと(自分で書いたものの、民衆会議の準備が大詰めの最中に書いていた文章なので、あまりしっかり頭に入っていなかった…)、私の運命は、2012年8月にモザンビーク農民連合(ビア・カンペシーナ)に呼び出されてから、大きく変わったのだなと、ふと思った。

モザンビーク北部の小農(すでにこの世にいない人も含め)の導きで、大学院に戻ったり、大学で教えたり、研究者になったり、社会活動に加わったり・・・といろいろなことを経験してきた25年だったけれど、2012年の再会とプロサバンナ事業の問題が、自分の専門分野まで変えてしまうとは正直思ってもみなかった。

でも、実は違うことをやっているわけではなくて、すべては連動していたのだと、いまでは納得している。

ひとりでも多くの日本の若い人達に、この分野に一緒に取り組んでほしい。状況は厳しいけれど、厳しいからこそ、クリエイティブな手法で南の小農たちは日々闘っているし、オルタナティブを生きている。関心がある人はツイッターで連絡下さい。


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# by africa_class | 2018-12-20 04:11 | 【国連】小農の権利宣言

【国連総会にて最終採択!】「小農権利 国連宣言」が国際法に!121カ国の賛成(日本棄権)で採択されました。

いましがたNYの国連総会にて、「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」が最終採択されました!121カ国の賛成票を集め、反対票8カ国、棄権票54カ国。これで、「小農の権利」は、「先住民族の権利に関する国連宣言」と同様、国際法の一部としてしっかり位置づけられることになりました。

長いながい旅でした。
感慨深すぎて、いま呆然としています。

本当は、以下の続きを書くつもりでしたが、先にこの話題を集中的に書いていきたいと思います。私の中では連動していることなのですが、ちょっと今は上手く総括できそうにないので、「小農の権利国連宣言」に集中します。

研究界への介入・暴力(3)〜2013年からプロサバンナをめぐって起ったこと
https://afriqclass.exblog.jp/238907964/

さて。
本当はこのタイミングで農文協さんから解説と訳文が出版させるはずだったのですが、2月になるとのことなので(涙)、少し頭だしする形で、このブログでこの宣言の意義を皆さんにお伝えしていきたいと思います。

がしかし、細切れになる点ご了承下さい。

まず「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」について初めて知ったという方は、このブログの関係投稿を先にみて下さい。

【国連】小農の権利宣言

https://afriqclass.exblog.jp/i43/
全訳(ドラフト宣言のですが)と国連でのこれまでのやり取りの詳細まで掲載しています。

さて。

世界最大の小農運動であるビア・カンペシーナがこの宣言を構想してから16年。国連人権理事会で6年にわたる議論を経て、今年の秋の国連総会に送られてきたこの「小農権利宣言」。11月19日の国連総会第三委員会(社会、人道、文化委員会 *全加盟国が参加)でまず採択されました。

賛成票:119カ国
反対票:7カ国
棄権票:49カ国

そして、この棄権49カ国の中に日本が入っていたことについては、先月11/20-22に東京で開催された日本・モザンビーク・ブラジルの農家や市民が集って開催した3カ国民衆会議で繰り返し問題とされていたので、ご存知の人も多いかも?
http://triangular2018.blog.fc2.com/

そして、ついに本日、国連総会本会議にて、最終的な採択が行われました。結果、全加盟国193カ国による、以下の投票結果により採択されました。

賛成票:121カ国
反対票:8カ国
棄権用:54カ国

反対票を投じた国は、英米の他、オーストラリア、ニュージーランド、イスラエル、ハンガリー、スウェーデン、グアテマラの8カ国。この段階でグアテマラが入っているのは注目ですが、まあ現政権への米国の介入は広く知られている通り。

そして注目の日本は再び「棄権」。。。
11月19日の棄権については、3カ国民衆会議時(11月22日)に外務省国際協力局告別開発協力第三課の井関至康氏が説明してくれています。UPLANさんが、日本の関係者のみのやり取りを抜粋してくれた動画がネットで公開されているそうなので、そちらをご覧頂ければ。

20181122 UPLAN
【緊急報告会】日本とODA/投資:モザンビーク北部で何が起きているのか(抜粋)
*13分30分あたりからそのやり取りがあります。
*それ以外もモザンビーク小農の権利をめぐる白熱議論なのでぜひ観てくださいね!

実は、外務省とのやり取りの前にブラジルの小農運動(MPA *ビア・カンペシーナ加盟団体)のジルベルトさんから次のような指摘がありました。

つまり、日本は小農支援というが、これまでのブラジルやモザンビークの小農に対する態度をみても、また小農権利宣言の採択において棄権をしており、本当のところは小農の権利に関心が薄いのではないかという趣旨の発言。これは、モザンビークの市民社会も指摘していたことでもありました。プロサバンナのような問題が起きるのは、援助する側(つまり日本の政府やJICA)に小農が主権者であることの理解が欠落しているからではないか、というのです。

と投げてもなかなか回答しづらいだろうと思い、司会の私の方から、外務省になぜ賛成票を投じなかったのかについて質問しました。

井関課長は、交渉の担当課から話を聞いてきてくれた上で、大体以下のような説明をしてくれました。(正確には各自で動画を確認下さい)

日本政府は棄権したが、当然小農の権利、小農の皆さんが人権を有していることは、日本国憲法上も明らか。否定する意図はない。分かりづらいが、小農の人権という概念が国際法上の概念として成熟しているのか、そこまで言えるのかという点について、これまでの議論の中で日本政府としては自信をもてなかった。交渉担当課に確認したところ、率直にいって、もう少しこの辺について議論をしたかった。

とのことです。

実は、このような指摘(国際法上の成熟如何)は、6年にわたってずっと議論されてきました。6年間の議論を追っていけば分かることなんですが、国際法の専門家らにことごとくその指摘はあたらないと反論されてきた点でもあります。なので、「もう少し議論したい」ということだけでは不十分。井関課長は聞いてきただけだから仕方ないにせよ、このブログでも紹介しているように、日本政府はわざわざ「食の主権」や「種子の権利」に反対してきた事実があります。そのことを考えると、「国際法上の成熟如何」の話より踏み込んで、日本政府としてなぜ、わざわざこれらの権利に反対するか、説得力のある説明をする必要があります。しかし、これまで、日本政府代表は「新しい権利だから(反対)」程度の説明しかしてきませんでした。

でも、このような「未成熟」「新しい権利」との主張は国際討議の場では説得力をもってきませんでした。結果、121カ国(その大半がかつての被植民地国)が賛成票を投じたのです。

なぜ説得力がなかったのか?

実は、国際法を勉強した人なら最初の方で教わることなので、あえて私が書くのもなんですが・・・国際法、特に人権関係の法律は、現状追認型ではなくって理念から現実をひっぱるように構想されています。常により前向きに、人びとの権利を拡充していく方向で変化し続けるものという前提で、国際法は前進してきたのです。

「国際法」とか「人権」とかいうと、日本ではどうしても遠いものに思われてしまいます。日本の私たちにとってどれぐらい重要なことなのかは、また議論が長くなりそうなのでまた今度にします。分かりやすい例でいうと、第二次世界大戦直後の世界の大半の地域や人びとが植民地支配下にあり、女性の参政権もないところが多く、人種によって差別を受けていたことを考えれば、いかに国際法が重要だったか少し理解できるかもしれません。2018年現在、わたしたちが世界の当たり前と受け止めることの大半は、まずは国連憲章、そして世界人権宣言(1948年)が採択されてから、その理想に現実をあわせていこうとする非差別・抑圧者とそれを支える人びとの不断の努力によって、一つずつ実現してきたものでした。

国連で植民地支配下の人びと地域に独立付与が宣言されたのは、世界人権宣言から20年近く後の1961年のこと。でも、現実に、南部アフリカの人種・植民地支配からの解放は、1975年のアンゴラ・モザンビークの独立、1980年のジンバブエの独立、1991年のナミビア独立、1994年の南アフリカでの全人種選挙の実現までかかりました。

国連で独立付与宣言が採択されたのに、これらの国々の人びとは武器をとってまで独立を勝ち取らなければならなかった。数十年かかったけれど、最終的に勝ち取った。それは被抑圧者の死と隣り合わせの闘いの結果ともいえるのだが、他方で、人類史の歩みの中で、先に国際法のレールが敷かれていたことを無視することはできないと、思います。

このことを実は、新刊の『解放と暴力ーアフリカにおける植民地支配と現在』東京大学出版会(小倉充夫先生との共著)の1部2章と3章で議論しています。
http://www.utp.or.jp/book/b372472.html

現在からみると、植民地からの独立付与宣言は当然のことに見えます。でもこの宣言すら、当時、ヨーロッパの植民地保有国だけでなく、米国も棄権票を投じるほど議論のあるものでした(英米の他、フランス、ベルギー、ポルトガル、スペイン、南アフリカ、オーストラリアなど)。

このように国際法は、「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」とされる世界人権宣言を土台にしつつ、これらの基準を満たすことを構造的に難しくされている特定グループ(被差別、脆弱な…と言われる)を、一つずつ注目し、その構造的な人権侵害を乗り越えるための国際法の改善を行ってきたのです。

1945年以来、「女性」→「被植民地」→「人種」→「子ども」→「先住民族」と進んできた特定グループの人権を擁護するための宣言や法制度の整備は、21世紀から18年を経て、ついに「小農と農村で働く人びと」におよんだことになります。

繰り返しになりますが、「人権概念として成熟していない」ということは、国際法の発展の歴史、とりわけ第二次世界大戦後の世界の変化をきちんとおさえているのであれば、言い訳として正当性を欠いています。人権概念として成熟するのを待てというという主張自体が、現状の被抑圧・差別状況を放置してよいということになるからです。

ここに、日本特有の誤った認識ーー人権が「親方ヒノマル的に守ってあげる、恵んで(支援して)あげるよ」の概念だとの認識ーーが見え隠れしてしまっています。そして、これこそが、モザンビークやブラジルの農民たちが日本に来てまで拒絶していることなのです。あなたたちの施しは要らない。決めるのは自分たちだ、と。

これを機会に、人権は、それが国内におけるものであれ、国際レベルにおけるものであれ、「政治的な力によって権利を剥奪されている人びとの置かれている垂直状態をどうするのか?」という問いを含んだものであることを、より多くの人に理解してほしいと思います。人権が鋭く問われる瞬間には、抜き差し鳴らない政治経済社会文化の状況があります。そのような状況に、いま世界的に直面しているグループがあるとすれば誰なのか?

21世紀にはいり、特に2008年以降の「食料危機」のなかで顕著になったのが、世界の小農でした。これは、南の小農に最も如実に問題が現れているとはいえ、北の小農も様々な形で小農としての暮らしが営めないほどの危機に追い込まれていることを考えれば、「小農」という括りがいかに現実的な意味をもっているか明らかでしょう。

なお、日本では、「食料危機」を「食料が足りない」話に矮小化する傾向が根強いですが、今回の「小農権利宣言」が採択されていくプロセスの議論をしっかり追えば、問題はそこではないことは明らかでしょう。ここでいわれいてる「食料危機」とは、世界大で展開しつつ地域社会に家庭に影響を及ぼす「複合かつ構造的な危機」のことであり、その根っこに冷戦後に進められてきたグローバル経済と南の「辺境地」への浸透のあり方、国際ガバナンスの失敗があります。これについては、農文協の原稿をみていただければ・・・。

書きたいことは山ほどありますが、今夜はここら辺で。

国際法にしっかり書き込まれた「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」。これが実現した背景には、これらの人びとを取り巻く環境がそれだけ厳しいという現実があることは明らか。でも、だからこそ、人類の歴史が後退と破壊を繰り返す中で、少しでも前進する瞬間をみた日には、お祝いしたいと思います。

そして、何百回でも強調したいのは、この「小農権利国連宣言」は、南の小農運動自身の発案で、国連に持ち込まれ、その宣言文案のかなりの部分が採択されたという事実。当事者の発案・起草文が、国際法になったのは、後にも先にもこれが初めてのはず(違ってたらごめんなさい)。

少なくとも、2008年の先住民族権利国連宣言の時点では実現していない。その意味で、国際法はもはや国際法を学んだエリートらが冷暖房が完備された先進国の会議室で起草して採択するものではなくなってきていることを象徴する出来事といえます。

どうやってここまでこぎ着けたの?
という人に朗報。
出来立てホヤホヤの訳書をぜひお手に取っていただければ。

シリーズ「グローバル時代の食と農」
『国境を超える農民運動〜世界を変える草の根のダイナミクス』
マーク・エデルマン&サトゥルニーノ・ボラスJr.
(舩田クラーセンさやか 監訳・訳者解題)
(岡田ロマンアルカラ佳奈 訳)
http://www.akashi.co.jp/book/b420388.html

日本、モザンビーク、ブラジル、世界の小農と農村で働く皆さん、おめでとうございます。まさにここからが正念場です。A luta continua!

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# by africa_class | 2018-12-18 05:18 | 【国連】小農の権利宣言

研究界への介入・暴力(3)〜2013年からプロサバンナをめぐって起ったこと

ドイツは初雪。
本格的な冬になってきた。
すっかり風邪をひいてしまい、「続き」もなかなか書けないでいた。

いきなりこのページに出会った人は、まず以下のものから読んでほしい。

「研究」という暴力〜民衆会議に現れた日本人「若手『研究者』」

https://afriqclass.exblog.jp/238886464/

研究界への介入・暴力(1)〜2013年からプロサバンナをめぐって起ったこと

https://afriqclass.exblog.jp/238890376/

研究界への介入・暴力(2)〜2013年からプロサバンナをめぐって起ったこと

https://afriqclass.exblog.jp/238897471/

さて。
この投稿で「JICA」と総称しているのだけど、当然ながらJICAに勤める全員が問題という訳ではない。留学仲間や選挙監視等の元同僚、教え子も沢山働いているし、一緒に沢山のイベントや事業をやってきた。共同研究もしてきた。

でも、この6年プロサバンナに関わって思うのは、もはやJICAはあの時代のJICAとは異なっており、組織として腐敗しつつあるのではないかという点。この政権になって、各省庁の腐敗ぶりは知られるところとなったが、政府系の援助機関であるJICAも同様の事態に陥っているのではないかと心配している。

夢を持ってJICAに就職したあの学生、この学生のことを思うと心苦しい。

6年を振り返ると、腐敗につながっていくようなあってはならないことが、プロサバンナの件では先取り的に、あるいは如実に出てきている、というのが一番分かりやすい説明かもしれない。

やや可哀想なのは、確信犯的にこれらの汚いことに手を染めている上層部の後始末を若手が担わされている点。とはいえ、困っている人のために力を尽くしたいと思って入ったJICA。やはりおかしいことはおかしいと言うべきであって、片棒を担ぎ続けながら、その中で見つけた「善いこと」をやって自己満足を得ようとするというのは、違うと思う。

でも、モザンビークにいた日本の若者が言っていたが、「マプート界隈では、プロサバンナに関わっている人って人相悪くなるって、もっぱら評判です!」という点は、自覚してほしい思う。実際、外務省・JICAとNGOの意見交換会に時々出て、ずらっと並ぶJICA関係者の顔をみていると、たまにしか会わないからかもしれないけど、「この人ずいぶん目が淀んできたね・・・」という人は少なからずいた。最後までキラキラした瞳のままだった彼は、いつもとても辛そうに話を聞いていた。あの彼はいまどこにいるのだろう。

それでも、どうせ2、3年のことだから、その期間だけ我慢すればいい話で、自分には責任はないと思っている職員が実際はほとんどだと思う。面倒な案件に関わらされて迷惑だとも思っているだろう。煩いNGOらに追求されて腹が立つとも思っているだろう。(でもプロサバンナを始めたのは、そもそもJICAだから…腹を立てるのであれば立案者に立てるべし)あるいは、組織論理に追従しただけといいたいと思う。しかし、これこそが「誰でもない者の支配=凡庸なる悪」の問題であって、このことはハンナ・アーレント(アイヒマン裁判)の議論を用いてすでにやったので、ここで繰り返さない。

このように後から担当した人たち、あるいは下の立場で命令どおりに動かなければならない若い人たちのことを今回書こうと思っている訳ではない。

若い人達、本当に初心を忘れないでいたいと思っているJICA関係者には、ぜひ自分の所属している組織や上の人達が何をしているのか、してきたのか、知ってほしいと思ってこれを書いている。知った上でどうするかは、それぞれが考えるべきこと。でも、まずは、知るところから始めてほしい。

つまり、主体的に数々の対市民社会「戦略」を立て、実行に移した、上のレベルの人達がいたわけで、その人達が組織の資金を動かし、命令指揮系統を動かし、その結果として、組織としてのJICAがその流れで動き続けるしかない宿命(本当は違うのだが)を負ってきたことについては、何度でも確認しておきたい。

プロサバンナが、現在もJICAの資金を使いながら、モザンビークの市民社会への介入・分断を続ける源流が2013年に形成されていて、それはJICAが地元コンサルタントに作らせた『コミュニケーション戦略書』に如実に示されているのだけれど、これを企画し、資金を動かし、指示をし、その後のレールを敷いた人達がいたことを忘れてはならないのではないか?・・・それが一番いいたいこと。

その関係者が依然としてJICAのトップに座っていることを考えれば、自ずとその連続性と重要性は明らかだと思う。

だから、5年前に起きたことを、少しずつ語り始めたいと思う。

『コミュニケーション戦略書』にはターゲットグループとして研究者や研究機関、大学が出てくる。このことを念頭におきつつ読んでもらえればと思う。

なお、昨今の政府や政策に批判的な大学教員のところに議員やその周辺からバッシングや弾圧がいくようになっていることを考えると、5年前に起きたことをもっと早く世間に知らせておけばよかったとも反省している。ただ、なぜ今まで黙っていたかは、(1)に書いたのでそちらをみてほしい。また、長らく病気だったこともあり、自分の身に直接起きたことを書く気になれなかったというのも正直なところ。

でも、今回来日したモザンビーク農民らの勇気と絶望の目に触れて、もはや黙っていてはいけないと思う。

5年前の9月半ば、私はまだサバティカルの最後の月で、日本にいなかった。

学部長からメールがきて、JICAの●氏という人が私のことでどうしても面会をしたいといってきたので会った。

そもそもこの●氏こそ、JICA現地事務所の職員にNGO側のホテルを調べさせ、そこに現れた人物である。(*話が見えない人は(2)を読んで下さいね)

JICAだというので、大学としても無下に対応できなかった。(大学はJICAに紛争地の留学生の学費を負担してもらっていたし、学生たちの重要な就職先でもある)。本人はJICAのロゴマークと連絡先の入った正式な名刺を置いていったが、「個人/私人としてきた」と主張していた。

そして、このブログのことで彼の実名が出てくる記述があるが、事実無根なので削除修正をしてほしい。今後、実名での記述は止めるように。そして、謝罪メールかブログ記事を書くようにというものであった。

これは非常におかしなことであった。

2012年11月から数ヶ月に1度、政府とNGOの対話の場で顔をあわせており、メールのやりとりもしている。何か不快に思うことがあれば、直接私に言う、あるいはメールを書けば良いことであって、この件では明らかに無関係の大学にJICAの名刺を持参して行くこと自体が奇妙である。

●氏は大学にきた理由を「大学のサイトにブログへのリンクがあるため」とし、なぜ私に直接言わないのかについては何も説明しなかったという。また、具体的にブログのどの記事が問題なのか、その資料も渡されなかったという。

対応した先生たちは、大学は関係ないし…ということで思案していたら、10月半ばに●氏は再度大学に現れ、何らかの対応を私に対して取ったか聞いてきたという。そして、「裁判」という言葉を口にして、「弁護士とも相談しており、もし裁判になったらどうなるか」「時間が相当かかるだろう」と口にして帰っていったという。

大学からは、この人物が大学とわたしにある種のプレッシャーを与えにきたと理解したものの、一応背景が知りたいということだったので、まずは●氏がアレンジし、JICAの担当者として出演しているプロサバンナの番組を二つ観てもらった。そして、JICAのホームページにある同氏に関する記事を読んでもらうとともに、この人物が意見交換会で政府側の代表者として発言していることを議事録と出席名簿で確認してもらった。

つまり、プロサバンナの件では、「私人」ではなく「公人」として公金を使って活動している人物であり、同氏の狙いが単なる謝罪や訂正を超えて(単なる謝罪と訂正なら私に直接伝えれば済む話である)、私の職場を通じて政治的な圧力を加えることを目的にしている可能性について検討してもらった。

提供した資料をみた先生たちは、面会時の様子を勘案して、政治的な意図をかぎとり、私人としてきたなら、機関同士のことではないということなのだから、個人間でやり取りしてほしいと最終回答してくれた。

ただ、私としては「個人の問題」として扱うべき種類の問題でもないと考えていた。私を通じて、プレッシャーを与えたいのは私個人ではなく、日本のNGOの仲間たちであり、その先にいるモザンビークの農民運動や市民社会組織であることは明らかだったからである。(繰り返しになるが、私個人のことなら大学レベルに持っていく必要もない)

念のため相談しておいた弁護士からは、面会要請時や面会時に名刺を示している以上、「私人」と言い続けることはできず、ODAの透明性を担保し、改善を促そうとする大学人が自由に発信することを躊躇させる目的であることは明らかで、言論の自由を脅かすものだから、とにかく何かあったら一緒に闘うからと言ってくれた。

(以前もこの弁護士さんのことを紹介したことがあるのだけど、いわゆる「人権弁護士」ではなく、事件を長らく扱った後、企業のコンプライアンスに詳しい企業弁護士さんで、大学の顧問弁護士もしている方。彼がたまたま電話に出た犯罪被害者窓口で出会って、以来、あれやこれやでお世話になっている。でもお金を取らない。社会のために闘っている人を応援することで、自分も社会のための活動ができるし、普段儲けてるので、せめてもの罪滅ぼしと。。。)

その彼が首をひねって言ったのが、「原発建設とかダム建設とかそういうのならこういう話もあると思うけど(あってはいけないが)、これ『援助』の話だよね?なのに、ここまでのことをしてくるとすれば、よっぽどこの援助「危ない案件」なのか、組織が腐ってるのか、何なんだろう。とにかく気をつけるにこしたことはないから」と忠告してくれた。

たしかに、もっともな指摘だった。
こんなこと、普通にスキャンダル。
援助案件で政府・市民社会対話で協議の場に出てきている政府代表が、市民社会側の参加者の職場に「裁判するぞ」と圧力をかけに二度も現れたわけだから。

11月、プロサバンナに関する協議に出ている日本のNGO5団体から正式にJICA理事長宛に「JICA●氏の行為に関する問い合わせ」が送付され、JICAアフリカ部部長(当時)から回答がメールで届いた。そのメール文をもらったので、読んでみてほしい。

「お問い合わせ頂いた内容につきましては、東京外国大学の公式ホームページに、舩田氏研究室ブログがリンクされており、その中で、●氏に対する舩田氏個人の意見があり、同大学の公式見解として捉え兼ねないという危惧を、●から、同大学へ伝えたと理解しております。」

みて分かる通り、話が違っている。
●氏は私に謝罪をするよう大学が働きかけあることを要請しにきたのであって、それは大学側が聞き取った要求項目からも明らかである。そして二度とも同じ要求がなされた。JICA部長の回答内容では、●氏がわざわざ二度にわたって大学に現れた理由は説明不能となる。なぜなら、「危惧を大学に伝え」ることだけを目的とするのであれば、一度で済むはずだからである。

ここで生じる疑問は、JICAは●氏の二度にわたる大学行きを知っていたのか?知っていながら許可あるいは黙認したのか?「グル」だったのか?あるいは、JICAは知らず、●氏は完全に個人として勝手に来たのか?

これらの疑問への答えは後に明らかになった。

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写真は名刺のロゴ。




# by africa_class | 2018-12-17 07:26 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

研究界への介入・暴力(2)〜2013年からプロサバンナをめぐって起ったこと

あれやこれやで超忙しく、すぐ書こうと思っていた「続き」がなかなか書けない。

でも前回の投稿で、読んでおいてほしいものいっぱい書いたから大丈夫かな?
さて。
JICAが2013年8月1日に「コミュニケーション戦略の定義」のために地元コンサルタント企業(といってもポルトガルの会社)と契約したあたりから、同時並行的におかしなことが沢山起ったのだが、私(たち)の身に起きた数々のおかしなことを紹介していきたい。

2013年8月に開催された「第1回3カ国民衆会議」には、日本から6名のNGOと大学教員らが参加し、議論に耳を傾けた。

2名のNGO関係者に、大学教員ら4名。内1名はわたしだった。東京外大で准教授をやってる時代のわたし。

この6名で会議後、モザンビーク北部の首都ナンプーラ市に飛び、3つのチームをつくって2州の調査を行った。調査は3つの角度から行った。JICAの便宜供与を受けた調査、地元小農運動の案内で行った調査、独自に行った調査・・・つまり、調査の精度を高めるために、色々な角度から調査をするための努力がなされたことが分かると思う。

調査結果は、『ProSAVANA市民社会報告2013:現地調査に基づく提言』に詳細にまとめてあるので、そちらを参照されたい。この他にも、私を含む研究者らが、国際ジャーナルや日本の学術ジャーナルに調査結果を論文として、また学会発表も行っている。

JICAの便宜供与も別の大学教員からの大学教員としての学術調査協力依頼であって、それ以上でもそれ以下でもない。

しかし、首都からナンプーラ州にうつった当たりからおかしなことが起り始めた。(実は、首都でもおかしなことがあったのだが、これについてはまた今度)

その夜、私宛に、のちに人権侵害発言で現在も問題とされるナンプーラ州農務局長からおかしな電話がかかってきた。(*この局長については、2017年から現在にかけて、日本のNGOから外務省・JICAに対して公開質問状などが送られ、やり取りが続いているので、そちらをご確認いただきたい)

プロサバンナ事業の州農務局長の発言内容について
http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy-statement/2018/06/20180531-mozambiquekaihatsu.html

わたしの携帯の番号は、JICAの便宜供与の絡みで、どうしても便宜供与を依頼した先生のモザンビーク内での連絡先が必要だといわれて、JICAに渡していたものだが、当然モザンビーク政府関係者には渡していなかった番号である。しかも、電話はわざわざ、わたし宛であった。

見ず知らずの政府高官。
夜8時というのに局長はホテルまで来るから「二人だけで話がしたい」という。この時点でぞっとしないとすれば、それはモザンビークを知らなすぎる人の発想であろう。

そもそもなんで番号を持ってるのか尋ねると、JICAがくれたという。
何の為にくれたのかと聞くと、話をはぐらかす。
延々といますぐくる、ホテルは知っていると言い張る。
なぜホテルまで知ってるのかと聞くと、あっさりと、JICAが教えてくれたという。

こんな時間に来られても困る、しかもある種の圧力にしか感じない。あるいは、脅したくってくるの?と聞くと、そんな訳がないとかああだこうだいっても引き下がる感じがない。

気持ちが悪いなんてもんじゃない。
モザンビークは1975年の独立以来同じ政府である。

それだけではない。

植民地時代の秘密警察と東ドイツのKGBが合体したような秘密警察組織網を築いている国である。そして、政府要職にある者は党の要職にパラレルについており、党の中には「ある秘密組織」があり、政府や与党に批判的な人物に陰に陽に圧力を加えることで知られている。ゲブーザ政権の二期目から、社会統制と介入が激しくなり、危険度が増していったことについてはすでに他でも書いた。

どうしてこういうことを知っているの?・・・と思う人はいないとは思うが、不思議な人は著書の『モザンビーク解放闘争史』か新刊の共著本『解放と暴力ーアフリカにおける植民地支配と現在』をお読み頂ければ。

そして当時のプロサバンナの担当大臣(農業大臣、前の内務省大臣、現在の外務大臣)が「誰か」知っていれば、その子分である州農務局長の役割も明確である。

そういうこともよく理解しないままに、日本の貴重な援助をこういう人達に委ねている。あるいは、気にしちゃいないということだろう。日本は援助の相手として独裁政府を好んできたことは歴史が証明している。冷戦期、米国に追従してということもあるが、独裁の方が一度トップと合意さえすれば、仕事が手早く片付けられるからでもある。

大使館もJICAも2001年までモザンビークに置いていなかったので仕方ないとはいえ、であればこそ、慎重にも慎重を重ねて、よく調べた上で援助を立案し、進める必要があった。少なくとも、2008年までの歴代大使もJICAも、その点においてはよく理解しようとし、慎重であった点は強調しても強調しすぎることはないと思う。

プロサバンナの問題が発生するまで、わたしは、すべての駐モザンビーク日本大使とJICAのレク(事前・事後の任国研修)を担当していた。理由は簡単。わたしのモザンビークへの関わりは、これらの機関の人達より古く(1994年から)、外務省に在籍したこともあり、日本で唯一のモザンビーク研究者だったから(当時)。後に政府高官になるモザンビークの研究者や政府関係者が友人や研究仲間だっただけでなく、大臣や歴代大統領と首相の全員を知っていたし、駐日モザンビーク大使の相談相手だったから。

1994年の戦後初選挙以降の政治的に自由な時期からゲブーザ政権の2期目の独裁に向かっていくまでの時期は、モザンビーク政府関係者も、とてもオープンで、自身が党のあり方などに批判的ですらあった。それが変わっていったのが、2010年以降。まさに、日本がモザンビークへの大型援助にのめり込んでいく頃のことだった。

2013年までは、わたしのモザンビーク訪問時には必ず大使公邸に招待になり、大使夫妻や大使館員とご飯を食べながら、モザンビークの現状について議論をしてきたし、大使館のパーティに招くべき地元関係者を紹介し、大使と一緒にいくつかのパーティを開催もしてきた。農薬問題(所謂2KR援助の件。また今後・・・)で一時は闘いもしたけど、それは表面のことであって、実際は大使館もJICAも問題は理解していて、逆に共感しあって関係を強化していた。農薬問題の後は、大使館もJICAも、派手な援助ではなく、地に足のついた、社会の分断を超えて着実な成果を出せるような「小粒でもキラリと光る援助」を目指して地元で行われている先駆的な試みに資金援助しようと頑張っていた。お手伝いもあって、市民社会とJICAを繋げるようなセミナーも何回か開催した。

しかし、TICAD IVが2008年に終わり、もう援助や政策に関わるのはいいかなと思って足を洗った途端、おかしな援助(ブラジルの協力を得てモザンビーク北部農業を刷新する=プロサバンナ)が始まるようになっていた。JICA内の南米関係者が、援助を卒業してしまった南米での活躍の場を失って、アフリカへの進出の足がかりにしようとしたのであった。

アフリカ部が研究室に尋ねてきてこの「ブラジル・セラードの成功をアフリカへ援助」を説明しにきたのだが、両方の国を知っていている者にはあり得ないものであり問題を引き起こすことになると指摘したが、その途端、色々なことが変わり始めたことについては既に書いたとおり。

「ブラジルを使ってのモザンビークへの進出=プロサバンナとナカラ回廊開発」という方向性が先陣を切ってプロサバンナで開始されると(末尾のJICA地図参照)、モザンビーク社会をどう捉えるのか、Do no harmの原則をどう実現するのかといった地に足のついた考え方やプロセスは一気に消えてしまった。

自らが頭に描いたイメージや計画を推し進めるために、便利な人達を、それらがどういう人物で、どういう結果をもたらそうとも、税金を使ってでも利用する・・・・その結果起きたことが、2013年から現地で続く「邪魔者(反対者)は轢いてでもプロサバンナを前進させる」という方向性であった。

これについては、モザンビークの11名の住民から出された異議申立に出てくる。が、この詳細は岩波の連載にも少し紹介している。
https://websekai.iwanami.co.jp/posts/1419

州農務局長からの電話に戻る。
翌日早いからと伝えると、今度は延々とJICAがいかに素晴らしい組織か、とくにプロサバンナを考えついた人物が自分の兄のような存在で、その人物の指導がいかに素晴らしいか、だからプロサバンナは間違いなく素晴らしいと演説する始末。もちろん、話はどんどん私や日本のNGOなどへの個人攻撃に向かっていく。すでに40分経過。丁度いいところでバッテリーがきれたので、とりあえず放置しておいた。

実は、ホテルはあえてJICA関係者が泊まらない宿をとっていた。
しかし、JICAはホテルまでモザンビーク政府高官に伝えていたのだった。電話のことを話すと皆が気持ち悪がって、それ以降は別宿に泊まることとした。

しかし、気持ちの悪い事態はこれで終らなかった。
農村部での調査から戻ると、今度は新しく予約したホテルにいきなりJICA本部から出張していた事業の担当者が現れたのである。

州農務局長が電話で延々と持ち上げ、「兄弟」「指導者」と仰いだ、まさにその人物が、ニヤニヤ笑いながら朝食の席に座っているのである・・・。嬉しそうにこちらをみて、挨拶してくる様子から、私たちがこのホテルに泊まっているのを知っていてわざとホテルに泊まっているとしか思えなかった。

しかし、何のため、わざわざ同じホテルに泊まっているのか?
どうやって突き止めたのか?
(JICAには絶対伝えないように全員が気をつけていた)

あるいは、思い過ごしなのか?
尋常ではないことが起きていることを誰もが感じた。

調査の最初から最後まで一緒に同行してくれた国際NGOの欧州人スタッフが別れ際、まじまじと目を覗き込んで、
「だいじょうぶ?何かあれば一刻も早く連絡するように」
といって、電話番号をくれた。

この時点では、「思い過ごし」だと誰もが思いたかった。とくにわたしは。

彼は長らく国際的な環境団体で世界あちこち(特に南米)の住民や環境団体を支援してきた経験から(南米では環境活動家が多く暗殺されている)、こういう一見「偶然?」と思える、しかし気持ちの悪いことが重なるときには、その背後で何か企みが進められていると教えてくれた。

「ただ、ヨーロッパのドナーだったら、もちろん、地元政府高官に個人情報である電話番号やホテルの場所なんて伝えないのが当然だけど。それどころか、こんな援助とっくにヤメてるはずだよ。なのに、JICAときたら、日本からの調査団にプレッシャーを与えるように政府高官に促して個人情報をあげてる。ついでに、わざわざ同じ宿に現れた。こういうこと自体が、プロサバンナの薄気味悪さ、汚さを証明してるよね。本気でみな『後ろ』に気を配って。」

そういって別れたのだが、何か「ぴーん」とくるものがあったのか、心配性なのか、その後マプートに戻った後も、ほとんど毎日一緒に街を歩いてくれた。

それでも、思い過ごしだよね?・・・そう自分に言い聞かせた。
でも、不安が拭いされなかった訳ではなかった。

結局、これが私たちの思い過ごしでなく、彼の懸念通りであったことが後にはっきりする。

つまり、JICA本部から出張できていたこの人物が、同じホテルに泊まっていたのは偶然ではなかったのである。日本のNGOと研究者が泊まっているからこそ、そこに泊まったのであった。

どうやって突き止めたのか?
なんと、この人物は、現地のJICA職員にナンプーラ市中のホテルを一軒ずつ訪問させて、私たちの泊まっているホテルを突き止めさせて、わざわざそのホテルにうつったのだという。

当然ながら、このことは、後にJICA内部で大問題になったという。(そりゃそうでしょ・・・。大学教員や日本のNGOを秘密裏につけまわして、スパイまがいのことをしようとしたのだから。。。)

このような行動の数々が、「コミュニケーション戦略書」の策定と実行と同じ時期に同じ場所で行われていたこと、同じ人物が両方に関わっていたことを考えると、かなり根が深いことが分かると思う。

そして、その後に続くとんでもないことの数々のレールが2013年にすでに敷かれていたことがわかる。

(続く)


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当時のJICAが、ブラジルを巻き込んでやろうとしていた大規模開発のイメージが良くわかる地図。

同じ日に配布された日本語資料からは、あえてブラジルの国旗がすべて削除されている。また日本語版で中央に大きく掲載されていた大豆のプランテーションの写真も削除されている。



# by africa_class | 2018-12-10 06:49 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

研究界への介入・暴力(1)〜2013年からプロサバンナをめぐって起ったこと

なぜ急にこんなに書いているかというと、来日したモザンビークからの小農たちが受けてきた傷や被害を改めて耳にして、もうこんな援助(プロサバンナ事業)は本当に許してはならないと思ったから。「小農支援」といいながら、地元の最大の小農運動のリーダーたちをこれほどまでに苦しめる「私たちの税金でやられる援助」について、洗いざらい、多くの人に知ってもらい、納税者で主権者でもある日本の人びと自身が、この事業に審判を下すべきと思ったから。

もちろん、ずっとそう思ってきたし、私を含め、皆それなりに行動してきたのだけど、「個人的な部分に関わることに見えること」はあえて書かないてできた。というのも、「個人的なことに見えること」を書くことで、「だからあの人は事業に反対するんだ」という結論を導き出されることは避けたいと思っていたから。

昨日の投稿で書いた通り、事実認定ができるファクト(根拠となる政府・JICA側の一次資料がある)だけで問題提起をすることが重要だと思ってきたし、今でも思っている。

ただ、なぜこの事業がこんな風にCIA(海外に向けた米国諜報機関)ばりの活動に手を染めるようになったのか、その初期の段階で何があったのかについて、一般の人に理解してもらうには、わたしや私たちの身に起ったことを説明する必要があると考えるようになった。

愉快なことではないので、病気だったこともあり、黙ってきたことも、もう広く社会に知っていただくべき時がきたと思っている。

2012年10月にモザンビーク最大の小農運動UNACと対象3州の農民連合がプロサバンナに反対の声明を出してから、JICAが陰で何をしてきたかについては、JICA自身の一次資料によって明らかにできた。これは昨日、このブログで紹介したとおり、実証的に岩波書店『Web世界』で詳細を述べているので、そちらを参考にしてほしい。

モザンビークで起きていること〜JICA事業への現地農民の抵抗
https://websekai.iwanami.co.jp/posts/1419

「コミュニケーション戦略」なるものを立てて、農民らの主張を矮小化したり、農民組織や市民組織をコミュニティや日本やブラジルの市民社会、メディアから切り離そうとしたことについては、以下の記事でも触れた。

「農民団体の価値を低める」と書かれたJICAの『戦略書』
https://websekai.iwanami.co.jp/posts/1171

ぜひ日本の税金で作られたJICAの地元コンサルタントとの契約の「成果物」を、ご自身で手にとて読んでほしい。私はJICAが情報開示請求の結果として公表したポルトガル語版で読んだのだけれど、英語版も以下のサイトで入手可能ないようなので、ぜひ皆さんに読んでほしい(特に、32-33ページ)。

ProSAVANA: Communication Strategy(『プロサバンナ:コミュニケーション戦略書』)

そして、その後この『コミュニケーション戦略書』が受け継がれる形で、JICAがさらに契約したMAJOLという地元コンサルタント企業が何をしたのかについても、リークされた一次資料(MAJOLからJICAに提出された3本の成果レポート)を確認してほしい。

なお、『戦略書』の英語版はMAJOL社がJICAに提出した最初のレポート(2015年11月)の参考文献欄に掲載されていた。しかし、JICAが開示した最終版からワザワザあえて消されていたことも、皆さんの頭にしっかりインプットしてほしい。(なぜJICAは参考文献一覧からこの『戦略書』を削除しなければならなかったのか?・・・ここにJICAが「確信犯」であったことが如実に示されている)

JICAの介入に反発する小農や「キャンペーン」
内部告発者からのリーク:JICAに提出された「レポート」の衝撃
https://websekai.iwanami.co.jp/posts/1181

以上の記事の最後に現物のコピーを載せてあるのだが、やはり一次資料を自分の目で確認してほしい。以下の国際NGOのサイトに「内部告発者」からのファイルがすべて掲載されている。
https://www.farmlandgrab.org/post/view/26158-prosavana-files

下記の2つのレポートには、プロサバンナに反対する公開書簡や声明に署名してきたモザンビーク内の団体やそれに関わった個人を個別調査し、「影響力の強さ・弱さ」「プロサバンナへのポジション」「同盟を結ぶことを促進できる、あるいは阻む要素」「内部の対立状況」が調査されたことが分かる。
https://www.farmlandgrab.org/uploads/attachment/Map.2.pdf

それぞれの調査結果は、表の形で「見える化」されるとともに、どうやったら巻き込みが可能かの具体的な提案まで書き込まれていた。特に、モザンビークの小農運動やNGOの資金源となってきた国際NGO(故に影響力「高」としてランキングされている)をどう懐柔するかまで書かれていて、正直なところ気持ち悪い。

JICAが地元コンサルティング会社にこんな調査をさせて、500万円もの税金を支払っていたことを一般の納税者が知ったときに、「援助資金の適正活用」として本当に納得してもらえるのだろうか?猛暑が酷くなる一方の日本で、教室にクーラーすらない小学校が大半である現実を考えるときに、こんなことが許されると思っているとすれば、あまりに驚きである。

結局、どうせこれらの文書はモザンビーク政府が開示を拒否したと主張することができるし、黒塗りするから、バレるとは思っていなかったのだろう。

しかし、こんなことに自身が手を染めることを許せないと考えた「内部告発者」がいた。

MAJOLがJICAに提出した最後のレポート(2016年3月)は、自画自賛と「ぶっちゃけトーク」満載(英語なので是非読んでほしい。)。プロサバンナに反対し続ける小農運動や市民団体を「過激派」扱いし、敵視。そして、あれやこれやの「アクション」にも関わらず、UNAC(農民連合)を味方につけられなかったために、彼等が農民人口の数パーセントしか代表してないとか、地方選出議員を巻き込むことで農民たちが主張し日本のNGOらが根拠とする「小農の代表」という主張を矮小化する戦術(tactics)を、同盟を組むようになったナンプーラ州の市民組織と立てたと報告されている。

当然、JICAがリーク後に止む無く公開したレポートは真っ黒塗り、あるいは削除の嵐。比べてみると面白い(…)ので、是非日本のNGOが公開してくれている以下のサイトをご参照。
http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/ProSAVANA/index_docs.html

このように『戦略書』を踏まえて展開されたMAJOLの「コンサルティング活動」によって創り出されたプロサバンナ推進のための「市民社会対話メカニズム(MCSC)」(2016年2月)。これをJICA担当官らが嬉しそうに「市民社会主導」と呼び、MAJOLが「第三者」「独立」した存在だと強調したのには、今でも信じがたい。

そして、話はそこで終らなかった。JICAは、対話メカニズムが想い通りに機能しないことを受けて、2016年10月、MCSCのコーディネイター(アントニオ・ムトゥア氏)のNGO(Solidariedade Mocambique)と、2200万円ものコンサルタンティグ契約をかわしたのであった。詳細は以下の記事。

「推進派」NGOへの2200万円のコンサルタント契約
https://websekai.iwanami.co.jp/posts/1182

この契約書の現物は、以下のサイトからダウンロードできる。

2016年12月、ムトア氏が、JICAのコンサルタントとして莫大の謝金を手にしていたことを日本の大使館もJICAも伏せたまま、現地の新聞らに「モザンビーク市民社会の代表」として取材させていることが、外務省の一次資料でも確認できた。

その「成果」として、ムトア氏の話を真に受けた独立系新聞が、プロサバンナに反対をする人達を貶める記事を書いたことついては、未だ岩波の連載で取り上げてない。けれど、この記事は未だオンライン上に存在するので、ぜひ最後までみてほしい。なぜなら最後に、「この記事は日本大使館の組織したツアーに基づき書かれました」と記載されているからである。

http://www.verdade.co.mz/tema-de-fundo/35-themadefundo/60572-organizacoes-da-sociedade-civil-do-niassa-nampula-e-zambezia-libertam-se-de-maputo-gracas-aos-dolares-do-prosavana

そして、このブログで紹介した「3カ国民衆会議に現れた日本の若手『研究者』」は、この記事通りの主張を展開しているのであった。この点については、改めて触れるが、以下に少し触れている。

「研究」という暴力〜民衆会議に現れた日本人「若手『研究者』」

https://afriqclass.exblog.jp/238886464/

なお、SolidariedadeとJICAの契約書(署名は、以上のムトア氏)を見てもらえば分かる通り、2200万円の契約金の大半が「謝金・人件費」で占めれた。つまり、Solidariedadeとムトア氏の仲間になってプロサバンナを推進するNGO関係者に、JICAから莫大な資金が「コンサルタント料」として流れたことになる。

この自ら創り出した「市民社会メカニズム」をJICAは現在でも強調し、資金援助し続けている。

しかし、これらは地域で農業を営む小農自身あるいは小農運動ではなく、本来地域住民の8割を超える「小農を支援する」と称して結成されたNGOや市民組織、ネットワークであった。つまり、JICAが行った一連の活動は、地域に反対し続ける小農がいるのに、小農を支援する団体を小農から引きはがし、大金を掴むことでメリットを見せつけ、小農を孤立させ、追い込むことを招いたといえる。

今回も来日した農民たちが口々に語った言葉が耳の中でこだまする。
「骨と肉に切り刻み込まれた分断の傷」
「日本の資金、JICAの資金がなければ、こんな目にあわなかった。JICAの責任」

2年前と同じ表現を、より強い表現で口にした農民女性を前に、日本の市民として、何も返す言葉がないままだった。

だから、私もついに口を開こうと思う。
(続きはあとで。)

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# by africa_class | 2018-12-05 15:49 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

なぜか岩波書店の『Web世界』の連載がトップ5を占める「怪」〜地味だけど皆に読んで知ってほしい日本の援助の「闇」。

岩波書店が出している月刊誌『世界』の記事が出版されたのは2017年4月のことだった。あれからあっという間に2018年も暮れ。もうすぐ2年近くが経とうとしている。同誌がWEBにもサイトを開設するというので、当初の記事をWEB用にアップデート&分割してほしいと頼まれたのが去年の冬。そして、WEB連載が静か〜に始まったのが、今年の3月。

連載 モザンビークで起きていること

JICA事業への現地農民の抵抗

https://websekai.iwanami.co.jp/posts/461

本当は既に出した記事の校正だけで済まそうとしていたのだけれど、最初に記事を書いた2016年冬からあまりにも沢山の出来事があったので、少しずつ加筆していったら、ついに今でも続くロングラン「連載」になってしまった。当然、担当者も私も予想だにしていなかった事態。でも、あまりに過去&現在進行形の出来事がびっくり仰天するぐらい酷いので、世間のみなさまに広く知っていただく必要があるので、書店に「もうヤメて〜!」と言われるまで書こうと思う。

でも我ながら、すっごく面白い連載とは…いえない。
事実が淡々と書かれているだけなので、多くの人にとって「つまらない」のではないかと、いつも心配になりながら原稿を担当者に送っているのだけれど、一昨日『WEB世界』のサイトを見て目が点になった。そして今みてさらに点に・・・。

なぜだか分からないのだけど、この連載の記事がランキングの1位から5位までを占めていたのだ。息子曰く、「なんかの間違いだよ、絶対。自分のPCからだからそうなってんじゃないの?」。そうだよね…と思ってTWEETしたら、どうやら他の人のPCでもそうなのだという。

何かの偶然が重なったのだと思うけど、たくさんの人に知ってもらって、考えてもらいたい内容ばかりなので、これはとっても有り難い。どんなに重要なことでも、知られなければ意味がなく、でも知ってもらおうにも、興味を持ってもらわなければどうしようもない・・・のだけど、あんまり楽しい話題でもないし、どうやって目にとめてもらって、実際に読んでもらうところまで行き着けばいいのか、皆目検討もつかなかった。(いまでもだけど・・・)

でも、何はともあれ、多くの人に読んでもらえるようになったのであれば、本当に嬉しい。自分のためにではなく、この6年間、私たちの援助のせいで、苦しみ続けているモザンビークの小農や市民社会の皆さんのためにも。

3カ国民衆会議で来日したモザンビークの小農運動のリーダーや市民社会組織の人達15名の話を聞く機会をもてた人なら知ることができたと思うけれど、日本の援助(JICAの資金とプロジェクト)で現地の人びとがどのような目にあってきたのか(きているのか)、ひとりでも多くの日本の方に知ってほしい。そして、こんなことを貴重な税金で許し続けていいのか、についても。事業開始直後に地元小農たちが反対を表明したというのに、この6年ですでに32億円の資金が費やされてしまった。32億円あったら、どんな素晴らしいことができるだろうと考えると、ただただ悔しい。

さて。この連載。紙媒体での記事の時から決めていたことがある。
それは、政府側(JICA)の登場人物の全員について氏名を公表することである。この理由は、ハンナ・アーレントが指摘するナチス・ドイツ時代のホロコーストの土壌と構造が「匿名性を帯びた役所や官僚による統治/支配」によって培われたという指摘を踏まえてのことだった。

6年間、プロサバンナ事業に関する外務省やJICAの官僚や担当者らの言動を観察する中で、アーレントが指摘した現象と似たものを、感じるようになった。これに抗うことは、プロサバンナ事業という一つの援助事業の問題を超えて、日本の国家や社会のあり方の「闇」に直結することと考えて、彼等の行為をすべて行為者の名前とともに、根拠を示しながら(すべて彼等の関与を示す文書を注にあげている)、明らかにしている。

詳細→

■森友問題、プロサバンナ問題を考える>アーレント「悪の凡庸さ」とグラス「玉ねぎ」を糸口に

https://afriqclass.exblog.jp/23780372/

とくに注目しておきたいのは、JICAの登場人物のいずれもが自分は「『いいこと』をしているつもり」、あるいは「しているはずだ」という強い思い込みをもっていることである。あるいは、「命令にしたがっているにすぎない」、「命令のなかで、できる最善を尽くしている」つもりの人もいることを知っている。しかし、彼等がしていること、してしまったことはその真逆である。戦後の一時的な民主的で豊かなモザンビーク市民社会を、権威主義化・独裁化を進める現地政府とともに、いかに分断し、コントロールしようとしてきたか・・・。

そんなバカな・・・と言いたい人の気持ちは分かる。
私自身が「嘘でしょ?」「あり得ない」と思いながら、ギュンター・グラスのいうところの「玉ねぎの皮」を一枚一枚はいでいった結果がこれなのだから。連載を1つでも読んでいただければ、おそらく理解できると思う。

バックナンバー


私が、日本の皆さんに問いたいのは、CIA顔負けの「海外活動」に、果たして日本の納税者や市民として同意あるいは納得しているのか、という点。

困っている人を助けるためにあるはずの政府開発援助が、いつの間にか、現地社会で最前線でしぶとく不正義に声をあげる人達を弾圧するために使われていることを知ったとして、皆さんはどう考え、どう行動するのだろうか。

まずは知り、考えるところから一緒に、ぜひ。

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# by africa_class | 2018-12-05 04:52 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

「研究」という暴力〜民衆会議に現れた日本人「若手『研究者』」

3カ国民衆会議は無事、成功に終わり、安堵する間もなく、事後処理に追われる日々。ドイツでは、とにかく「クリスマス」シーズンがはじまり、各家庭大忙しの時期。19回目のドイツでのクリスマス。あんなに嫌だったのに(この時期雨ばかりで寒い)、ドイツの父も母も亡くなって、なんだか今年こそは彼等が教えてくれた伝統に則ったクリスマスをしたいと、強く思うようになった。口には出さないものの、家の誰もがそう感じている。と同時に、日本のお正月の伝統も息子に伝えなくては…という気持ちも強まって、セカンドハンドのお重を2つも買い占めてきた。

この半年ほどクレイジーなほど忙しかったので、書きたいなと思いながらも書けなかったことを少しずつ書ければいいなと思ってる。

このテーマ(「研究」と暴力)については、数年前から書きたいと思っていたテーマだった。

もちろん、研究者としての肩書きをもつ私自身の「暴力」に無自覚なわけではない。沢山の人びとのインタビューへの協力を踏まえて書いてきた論文や研究書が「収奪でない」と断言できるかといえばそうではない。ただ、その危険と隣り合わせに、自覚し、自問自答しながら30年近くを過ごしてきた。いつも「なぜ誰のために何をどう研究するのか?」「研究成果を発表することによってどのような影響を及ぼしてしまうか(ボジティブだけでなく、ネガティブも)」を問い続け、今も問うている。

特に、戦争や暴力をテーマとして研究するようになってからは、この問いは肝だった。平和に関わる仕事がしたいと国連の帽子を一度は被った自分が、研究の道にきた理由を考えれば、これは当然のことであった。だから、博論の序章は、過去の研究がどのように戦争や介入の口実に利用されてきたかを延々と取り上げた。とくに、文化人類学的な研究成果が、歴史・政治経済的な背景を排除する形で戦争の原因を「研究者が目で見て体験した現象」に求める傾向に警鐘を鳴らしたいと思った。

(博論は『モザンビーク解放闘争史』として出版。その後、英語版The Origins of War in Mozambiqueが無料で公開されている→http://www.africanminds.co.za/wp-content/uploads/2013/05/The%20Origins%20of%20War%20in%20Mozambique.pdf)

他方で、その研究はとても魅力的なものでもあった。地域社会におけるエスニックな対立がどのように戦争状況を利用していったのか、スリリングなタッチで描かれている。これを読んだ誰しもが、その時期・その場でしか描き得なかった文化人類学的な考察に感銘を受けた。

でも、私がこの「研究成果」の罠に陥らなかった理由は、当時、私自身が戦争直後の国際的な介入の最前線でコマのように働いていたからである。地域社会や人びとのあれやこれやに大きな影響を及ぼすオペレーションのただ中で、世界各地からくる同僚や上司たちの「戦争(原因)認識(つまり、誰が悪者か)」に、翻弄されながら、日々の活動を地域社会の最前線で前に進めなければならなかった。広大なモザンビークの最も大きなニアサ州の南部全体の選挙部門の統括をたかだか23歳のわたしがするという、どう考えても無茶な日常を半年にわたって過ごす中で、「戦争原因認識」は大きな意味を持った。

ニューヨークからのファックス、ニューヨークから送り込まれてきた米国人の上司の「戦争原因認識」に翻弄される日々の中で、この「研究成果」がいかに重要な役割を果たすようになっていたのか徐々に知るようになった。この「文化人類学的研究成果」は、その具体的なディテールを強力な根拠として、独立後のモザンビークの戦争の原因は社会主義政府による失策にあり、アパルトヘイト政策をとっていた周辺諸国や東西冷戦下の西側諸国の介入の影響の重要性を矮小化する役割を果たしていた。だから、元反政府ゲリラに正当性を与える効果をもたらしたのであった。

冷戦が終っていたこと、南アフリカでネルソン・マンデラ政権が誕生したことも、「過去の話」としての冷戦やアパルトヘイトに原因を求める傾向はより弱くなっていた。もちろん、社会主義政府に問題がなかったわけではない。現在の問題に続く強健主義の問題は地域の人びとの根強い反発を生み出し続けており、それが一部暴力に繋がっていることも事実である。

しかし、1977年から92年までの16年間、100万人以上の死者と国民の1/3の難民を出したこの戦争が勃発したのも、継続したのも、ローデシアや南アフリカの白人政権、米国・英国・西ドイツなどの介入抜きには不可能であった。そして、戦争の「根本原因」と文化人類学者が主張する「エスニックな対立」から、植民地支配(だけでなく、対叛乱戦略)の深い影響を抜きに議論することもあり得ない。そもそものポルトガルの「植民地死守」政策と1964-74年の10年にもおよぶ植民地解放戦争、そしてそれを支えた西側諸国の影響も。

もちろん、そのことに文化人類学者が触れなかったわけではない。けれども、自分の文化人類学的な「発見」を「戦争の原因」と結論付け、さらに研究書のタイトルとした時点で、社会主義政策下で生じたエスニックな対立が原因と表明したに等しかった。

1990年に文化人類学者(クリスチャン・ジェフレイ)がモザンビーク北部ナンプーラ州で目の当たりにした「現実」を醸成してきた歴史やより大きな構造を軽視したこの「研究成果」こそ、100万人もの死者を生んだ罪の意識から解放されたい西側諸国にとって都合のよいものであった。

1997年のこと。
国連ミッションを経て、「戦争の原因」を多角的に調べようと心に決めて、南アフリカの大学にる政治学の先生(米国人)とご飯を食べていたときであった。ジェフレイの話をしたとき、駐モザンビークの米国大使のエピソードを語ってくれた。この「研究成果」はドラフトの段階で米国大使の手に渡り、すぐさま英訳されて西側諸国の大使館に回覧されたというのである。何の因果か、私が1990年から南米の日系人の共同研究をしてきた別の米国人の先生の同僚が、この元大使ということで、この点について確認してもらったところ、それは「事実」だった。

たった「一つの研究論文」、汗をかきながら集めた「現地調査結果」が、国際介入や戦争・戦後の行方に影響を及ぼしてしまう現実を、実務者と研究者の立場で目の当たりにしてから、私の中では、研究を全体から切り離さないよう常に心がけること、「研究と暴力」はテーマになった。

その後、博論を書いて気が済んだのかやや忘れていたのだが、2000年以降に日本で若い人達の間で「ルワンダ研究」が流行るようになって、再びこのテーマを思い出し、少しばかり警鐘を鳴らした。

しかし、その後はアフリカ紛争研究から足を洗ったこともあり、また日本の大学や研究界から足を洗う決意をしたこともあり、あまりこのテーマで考えることも少なくなっていたところ、ここ数年で一気にまたこのテーマに直面するようになった。

簡単にいうと、自分が「研究の対象」とされ、追いかけ回されるようになったからである。特に、「開発(援助)学」や「社会運動論」の若手「研究者」によって・・・。あるいは、プロサバンナ事業を共同研究したい、本を出したい、これらの分野の色々な人からのプレッシャーを受けるようになったが、最後に述べる理由により断ってきた。

私は開発援助や社会運動についても研究の対象にしてきたが、そのフレームはあくまでも歴史・国際関係・政治学からのものであって、「開発学」や「社会運動論」をディシプリンとしてきたわけではなかった。なので、昨今の若者がどのような調査や研究をして、どんな結論を導き出しているのか、あまり知らないままであった。

しかし、以上の理由から、若い人達の「研究成果」に接するようになって、本当に驚いたのは、「調査」(あるいは「実証」)と呼ばれるものの底の浅さである。とにかく、公になっている政府側の資料、市民社会側の資料、そしてちょっとしたインタビューを付け加えるだけで、「事実認定」して、容易に「結論」を導いて、「研究論文」としてカウントされる現実に、ただただ驚いた。あまりに安易というか・・・。(もちろん全員ではない。素晴らしい研究をしている若者も沢山いるのだけれど、なぜか「日本の援助」や「プロサバンナネタ」の研究には底が浅い研究が多い。日本語が読めないとちゃんとした研究ができないから、どうしても日本の研究界の水準にあわせたレベルになってしまうからなのか・・・)

特に、「若手」の多くの発表・論文には、先に前提となるフレーム、酷い場合には結論があって、それにマッチするデータ(資料であれインタビューであれ)をひっぱってきて、「ガラガラポン!」の大量生産。まあ、量産しないと生き残れない時代だというのは事実であり、可哀想ではある。しかし、検証というにも、実証というにも、あまりに甘いというか浅いというか、驚くばかりなのだけれど、「若手の研究だから、そのうち学ぶだろう…」とは言えない事態が頻発するようになった。

まず生じたのが、2013年のプロサバンナ事業で起きたブラジル人若手研究者の「事件」。いろいろな意味でショッキングなのだが、これはまた改めて書きたい。英語が読める人なら、次の論文を読んでもらえれば大体のことは分かると思う。


ここで取り上げたナタリア・フィンガーマンの2頁のポルトガル語での「研究成果」は、JICAコンサルタントによって賞賛され、日本人の間で回覧されていただけでなく、モザンビーク経済開発省のサイトにわざわざアップされたという事実を頭においてもらえれば、何がどう「ショッキング」なのかは分かると思う。そして、彼女は、プロサバンナ事業のブラジル側のコンサルタントを務めていたFGVの博士課程に在籍していたことも付け加えておきたい。

この時期から、世界各地からひっきりなしに論文の執筆やら本の共同執筆やら共同調査やら、インタビューやらを依頼されるようになり、次に出したのが以下のもの。論文というよりは、「研究ガイド」として、研究手法の問題と解決策を丁寧に記すとともに、読んでおかなくてはならない論文や資料などを網羅したので、本来はこの論文を読めば私にインタビューする必要などないのであった。


丁度、大学も辞め、ようやくメールによる追跡からも解放されて、隠居していたところ、今度は市民社会を経由して、あれやこれやの手法で世界中の「若手研究者」から「インタビュー」の依頼が頻発するようになった。私に対してだけでなく、日本・ブラジル・モザンビークの市民社会の関係者にもインタビューの依頼が殺到し、その内、それらの「インタビュー者」の中に、政府関係者から送り込まれた「若手研究者」がいることが明らかになった。

あるいは、「修論/博論のため」「現地の人びとのために研究してます!」といって、結論が決まっていて、あとは自分の都合のよい裏とりをしたいだけの「若手研究者」に遭遇することが頻発していった。

自分や体制維持のための「研究」・・・。
植民地支配や戦争の研究をしていれば普通に遭遇することではあるが、21世紀である。
研究者を育てる仕事を辞めていたからかもしれない。
あるいは色々な意味で疲れていたのかもしれない。
体制が利用する、あるいは世界の裕福な立場にいる若者の趣味的感覚で行われる「研究」なるものに絶望してしまった。

もう見知らぬ人からのメールは開けないことにした。

すると、ある「日本人の若手『研究者』」が、あるテレビ局に務める私の元ゼミ生の上司を経由して、質問票を送ってきたのである。そもそも、わたしの元ゼミ生をどうやって突き止めたのか。彼女の上司を経由することについて、何の問題も感じなかったのだろうか・・・。ましてや、このテレビ局、JICAモザンビークで数々のプロサバンナ事業の問題契約に関わった人物の古巣である。

もし皆さんがそのような事態に巻き込まれたら、どんな気がするだろう?何か得たいの知れないものが近づいてくる感じを受けないだろうか?

それでも気にしないようにしていたのだけれど、この投稿を書く決意をしたのには理由があった。その日本の「若手『研究者』」が、3カ国民衆会議のプレイベントに現れたからである。植民地支配下のモザンビークに、解放軍とともに入った写真家の小川忠博さんの映写会でのことだった。その映写会のタイトルは、「モザンビーク農民の『No』の歴史的ルーツを辿る」。
http://triangular2018.blog.fc2.com/blog-entry-25.html

ここに彼女は現れて、モザンビークでプロサバンナ事業の調査をしている研究者だと自己紹介をしたのち、自分が出逢った人たちは「殆ど皆がプロサバンナに賛成」なのだけれど、そういう人達の声はどうするんですか的な質問をしていた。

質問を受けたJVCの渡辺直子さんは、社会にいろいろな声があるのは当然で、自分がひとりの人間として、どのようになぜそれぞれの声を受け止めるのかを考えて、自分はNOを選択した農民らに寄り添っているとの発言をした。

それはそれでいいのだが、この女性の名前を聞いて、彼女が某テレビ局を通じて私にコンタクトしようとしていた人物だと分かった。そして、すでに現地の学術界や市民社会で問題を引き起こしていたことを思い出した。モザンビークからの説明によると、以下のような経緯で彼女は「有名」になっているという。

まず、この女性はテテ州の鉱山開発問題について英国の大学院の修論を書くために「現地調査」をしようとした後、モザンビークの市民社会の中でも「プロサバンナにノー!キャンペーン」の最前線に立つ団体に、プロサバンナに関する調査の協力とリサーチャーとして在籍させてほしいと要請を出したという。この団体は、世界中の若者の調査をサポートして散々な目にあっているため、研究目的やプラン・手法の提出を要請した。「自分のための研究」をしたいという傾向が目についただけでなく、「何かおかしい」と直感し、断ったという。

次にこの女性がコンタクトをしたのが、OMRであった。
OMRは、2015年6月に私が所長を日本に招へいして以来、JICAがプロサバンナにどうしても引き入れようとあの手この手を使って働きかけを続けている研究所である。私が以上の英語とポルトガル語の論文を出している研究所でもある。

OMRによると、この女性は修士論文で「マプートの橋に関する研究をしたい」から席をかしてほしいということだったので、席を貸してあげたという。(この時点で市民団体にはプロサバンナについて研究したいと言っていた点と矛盾がある)。しかし、お金はあげていないので、どうやって物価の高い首都で生活しているのか分からない状態だったが、2,3ヶ月して途中いなくなった。そして、帰ってきたら突然「プロサバンナの研究がしたい」と言い出した。すでに席をおいていた状態だったので、拒否はしなかった。すると、ある日、許可をしていないのに、研究所内にJICA関係者を招き入れるようになった。まさに同じ時期にJICAはOMRを繰り返しプロサバンナ事業に協力させようと躍起になっており、この女性も度々、JICAは悪くない、JICAに協力すべきと口にするようになった。あまりにおかしい上に、JICAの仕事をしているようだったので、席を返すように伝えて、関係をきった。

なお、OMRに席をおいている間に第3回民衆会議にも現れたという。

するとこの女性は、今度はモザンビークの別の研究所の研究大会に現れて、「現地調査の結果」として「プロサバンナ事業への反対は首都の者であって、北部の人は迷惑している」といった主張の研究報告を行い、皆を驚かせたという。(なぜなら、これは日本大使館とJICAが、契約したコンサルタントを使って、独立系の新聞社に書かせた記事と全く同じ主張だったから。*詳細はまた今度)。

すでに、この日本の「若手『研究者』」がJICAとの関係が疑われたためにOMRから追放されたことを、直接OMRから聞いて知っていたモザンビークの市民社会関係者は深刻に受け止めたという。実際、この女性によると、「キャンペーンへの出入りが禁止された」という。さらに、別の関係者は、この女性が、プロサバンナの事業を請け負うモザンビーク北部の市民団体(プロサバンナ推進派)で仕事をすると言っていたと聞いて、懸念しているとのことであった。

それから数ヶ月後、この女性は「3カ国民衆会議」にあわせて日本に戻り、プレイベントに現れたということになる。

以上は彼女の側からの話ではないため、一方的な部分もあると思う。ただし、複数のソースによる指摘、実際の彼女の言動や書いているものを踏まえたとき、そのいずれもが、ある一定の方向しか示していないことは明らかである。それは「JICAの主張に根拠を与える」ことであった。多くの「若手研究者」が時にやるように、結論から「実証」を引っ張る典型的な手法である。

NGOも同じような手法を取っているように見えるかもしれない。しかし、実際は決定的に違う。それは、上記の渡辺さんの説明にあるように、彼女は自分の立場を認めた上で、その立場を取るに至った理由を説明しているからである。つまり、彼女が結論として導いているのは、彼女の立場にすぎない。一方、「研究者」として現れた「日本の若手『研究者』」は、自分の立場は明らかにしないし検証もしないままに、あたかも「第三者」で「独立」しているかの前提で、「調査結果から●●がいえる」との結論を導いている。しかし、以上の複数ソースが投げかけている疑問は、「彼女はプロサバンナ事業において第三者ではないのではないか?」というものであった。

その問いに真正面から答えずに、プロサバンナ事業の研究を今後続けていくことは、彼女自身にとっても辛いことであろう。正直なところ、彼女が自らのバイアスや立場性を明確にした上で論文を書くのであれば、それでいいと思う。

私は、以上に紹介した二つの英語の論文で、原発事故後の日本で(ある意味ではコロニアリズムの後の現代において)、もはや「第三者性」という立場がとれるのかを私自身が問う中から、すべての研究者がもっている認識や立場の限界やバイヤスを明確にし、しかし事実関係においてはとことん実証的であろうと務めるべきだと主張した。プロサバンナ事業に関わって、研究者としての時間や立場は、必ずしもポジティブなものばかりではなかったが、自分を「無色透明の有り難い研究者様」という楽なポジションから引き摺り下ろして、言論をする難しさを日々試行錯誤する機会には恵まれた。「研究者ぜん」としていては見えない矛盾や闇が、自分の肌感覚に迫る切実さで理解できるようになった点は、大きな収穫といえる。それだけに、事実を掴むこと…へのこだわりはさらに強まった気がしている。

彼女から反論があれば歓迎したいし、ブログに掲載したいし、私が間違っていれば訂正を書きたい。なので、ぜひ真実を教えてほしいと思う。

そして、これは、何年も何年も、卒論から修士、その後ぐらいの人に言ってきたことだけれど、もしかして言われたことがないのかもしれないので書いておきたい。

そもそも終っていないもの(特に社会内に対立があるもの)を研究することは非常にリスクを伴うことであり、研究手法が確立できていない経験の浅い人は、きちんとした指導が受けられないのであれば、避けるべきテーマであることを伝えておきたい。もちろん、若い人であればあるほど、今動いているものを研究したいだろう。社会学や文化人類学であれば今まさに動いているものを対象にするしかないかもしれない。けれども、研究者の「目に見えている」と思われる現実を、十分にコンテキストに入れることができるだけの先行研究や資料や自らの視野の広さ深さがない人が、「目に見えたこと」に基づいて結論を導き出したときに生じる問題を、今一度念頭においてほしい。もちろん、動いているものから考えて、そこから広がる研究をしている人達も、特に京大には沢山いるのだけれど、あそこにはそのような手法を支えるだけの教育の土台がある。

ネット時代、社会対立を生み出している案件やテーマであればあるほど、終っていないものを研究するということは、ただの学生の論文であっても、火種に関わり、予期していない悪影響を社会にもたらすことなのだという理解が不可欠である。あるいは、社会に影響を及ぼすために研究をしているとすれば、その前提が問題なので、いますぐ研究界から足を洗った方が良いと思う。そういう人はぜひ実務の世界に行くのが良い。残念ながら、真理を追求するという研究の原点は、シンクタンクやロビー団体的な研究所の勃興によって時代遅れにされているかもしれない。でも、「研究」や「研究者」が今まで以上に悪用される時代になったからこそ、研究者もまた自己点検ができるほどに鍛錬しておく必要がある。

さて、長くなった。
プレイベントの際の彼女の質問に対して、私が研究者としてした発言を要約すると次のようなものであった。(とはいえ記憶に基づくので正確ではないかもしれない…)
1)研究として調査した結果ならば、いつどこで誰がどのような状況で何を理由としてどう答えたのかを明確にする必要がある。そして聞いた側との関係はどのようなものであったのか。
2)そもそも、この研究を始めたのは何年からか。実際は、農民がプロサバンナに異議を唱えてから6年が経過し、調印から10年以上が経っている。
3)2、3年前からのみ研究しているのであれば、それ以前をどう把握するのかが重要になってくる。
4)例えば、イベントのテーマである植民地支配下の解放闘争を例にとると、武装闘争は1964年から10年続いた。その最後の2,3年に研究を始めて、現地に行ったとする。小川さんのように解放軍と一緒に入るのでなければ、現地は植民地支配の下で訪問し、調査することになる。そのような状態で、「現地の人びとにインタビューしました。多くの人が賛成していました」という調査結果を得るのは当たり前なだけではなく、国境の向こうで戦う人達を支配者がいうように「テロリスト」として追認することになりかねない。「自分の目で見ました、聞きました」に頼る危険はこの点にある。
5)研究者は、このような状況を回避するために何をすべきなのか。10年あったことの最後の段階にしか自分が関われていないという限界を認識し、その前に歴史的に培われてきた構造、環境の文脈をしっかり掴む必要がある。
6)プロサバンナでいうと、調印から数年後、農民が反対の声をあげてから何があったのか?誰が何をしたのか?してきたのか?たとえば、「賛成している人」という人達は誰なのか?
7)2013年から現在まで、JICAが市民社会に介入するために地元コンサルタントを雇って、市民社会の調査を行い、分断してきた歴史的事実、賛成することでJICAからコンサルタント契約をもらい、お金をもらった人達の存在とどう関係しているのか?その人達の「意見」をどのように評価すべきなのか。研究者であれば当たり前に検証されなければならない点であるが、それがされているのか?
8)ただ「賛成している人もいる」ということを結論としていうことで、どのような影響を及ぼしかねないかについてどのようにリスクを把握しているのか。

みたいなことを言った気がします。
彼女の大学時代の先生を知っているからこそ、とても残念で、まだ遅くないから彼女に気づいてほしくて詳し目に書いてみました。

彼女に届くことを祈りつつ。
なお、以下のチラシはもう終ったイベントのものです。
そして、以上の7)についての実証研究は、岩波書店の『WEB世界』に連載中なので、そちらをみていただければ。
https://websekai.iwanami.co.jp/posts/461

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# by africa_class | 2018-12-03 01:21 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

【来週、国連採決!】「小農権利国連宣言」の国連採決日11/20に3カ国民衆会議in東京が開催

いよいよ3カ国民衆会議が来週11/20から東京で開催されます。
その同じ日に、ニューヨークの国連総会で「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」が採択される見込みとなりました。

実は、この3カ国民衆会議の日程は、この「小農権利国連宣言」の採決前後のタイミングを狙って準備しました。しかし、国連総会での採決タイミングというのは、高度な国際交渉で決まるものなので、こんなにバッチリ日にちまで合致するとは思いもせず・・・。

インドネシアの仲間からのメールを見た瞬間に鳥肌がたちました・・・。そして、涙が。

世界2億人ともいわれる小農、農村に暮らす人びと。
今を生きる、これからを生きる人びとだけでなく、過去に命を落としてきた人びと。

希望と絶望と。喜びと苦しみと。連帯と分断を、、、自分たちの手を離れた遠くのところで決められる多くの事柄に翻弄されながらも、生き抜いてきた人びと。そして、傷つき、命を落とした人びと。

自分の足で大地を踏みしめ、両手で土とたねと作物という命の根源に触れ、寒い日も暑い日も雨の日も晴天の日も、田畑に出続ける人びと。

直接には言葉を紡がないとしても、暮らしそのものが紡ぐそれを、食と農村環境を守り、もたらしてくれることで、わたしたちに伝え続けてくれる人びと。

この母なる地球、最後の自然を守る人びと。

11月21日(時差があるので)の国際シンポジウム&マルシェはお祭りになると思います!1日目はすでに満席となったそうなので、このシンポ&マルシェと3日目のみ。これもいつ締め切るか分からない状態だそうなので、ぜひお急ぎお申込下さい。

とくに、この「小農権利国連宣言」については、2日目18時〜の2部「食・農・くらしと地域の自立へー「犠牲の経済開発モデル」の限界を乗り越える」で紹介します。

●3カ国民衆会議11/20-22のポータルサイト
http://www.ngo-jvc.net/jp/notice/2018/10/2018triangular.html
●2日目 国際シンポ&マルシェ
http://triangular2018.blog.fc2.com/blog-entry-22.html
●3日目「日本の投資/ODA:モザンビーク北部で何が起きているのか~プロサバンナ事業とナカラ回廊開発に抗う農民たち」
http://triangular2018.blog.fc2.com/blog-entry-24.html

====
(ここから下は、多くの人には重要ではないことだと思うので、一応切り離して書きます)

この宣言が11/20に採決と聞いた瞬間に押し寄せてきた想いを伝えたくて。

自分で出来ることがあるのならば・・・そう願いながら、下手なりに隅っこでこつこつと森と畑と机と本と大学と会議室を行き来する日々が、映画のエンドロールのように流れては消えていった先に・・・浮かんだ一人のひとのはにかんだ笑顔を目にして。涙が止まらなくなってしまいました。

「モザンビーク小農の父、アウグスト・マフィゴ代表」

わたしをはじめとする日本の仲間たちに、「小農主権」「食の主権(食料主権)」「小農が地球の守護神であること」を教えてくれた偉大な人。14歳で植民地支配下にあったモザンビークを離れて、仲間たちとともに独立を目指して闘った。独立後は、小農として生き抜いてきた。

そして、長い戦争後の和平と自由な空気の下で、畑を耕し、仲間と運動をつくり、そしてUNACをモザンビーク最大の小農運動に導いた。小農運動が国境を超えていく時期にリーダーとなり、UNACを世界と繋げていく役割を果たした。

しかし、徐々にグローバル資本がモザンビークを蝕み、農民たちの土地、水、森が奪われるようになるなか、政府に脅しを受けながらも、農民の権利のために身を粉にして働き続けた。

モザンビークの解放闘士として、彼だけが可能な独自の立場で、政府と掛け合ってきた。多くは微笑とともに。決して声を荒げたり、他人を罵倒したりする人ではなかった。常に、「あなたはどう思うか?」と。

彼が2013年2月に初めて東京にきたときに、皆にきいたことが、それだった。
「みなさんは、どう思いますか?」
「わたしたちは、自分の足で歩くスピードでの発展を目指したいだけなんです。自分たちの手におえる範囲の発展を。でなければ、奪われるから。私たちの存在そのものの土台が。それではだめですか?」

彼の言葉を訳しながら、いつも深く感動していた。とても簡単な言葉なのにあまりに深くて、果たして彼の畑や歴史や活動の中での経験から紡ぎ出される想いを、きちんと伝えられているのだろうかと、不安になるぐらいに。。。

しかし、57歳で命を奪われた。

2015年8月、日本とモザンビーク政府がモザンビークの農民運動の分断を計っているのをなんとかしようと700キロも離れた別の州と行き来している間に病に倒れて。

いまもまた、3カ国民衆会議を少しでも傷つけようと、同じようなことをやろうとしていると、現地から情報が届いたという。
https://www.facebook.com/%E3%83%A2%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%AF%E5%B0%8F%E8%BE%B2%E5%BF%9C%E6%8F%B4%E5%9B%A3-1060343997409346/?hc_ref=PAGES_TIMELINE

このブログでも紹介したとおり、日本政府はこの宣言に米国とともに反対してきた。
https://afriqclass.exblog.jp/i43/

一方では「小農【支援】」に注ぎ込んだ金額に胸をはりながら、「小農の【権利】宣言」は気にくわない。

自分たちが思い描いて、自分たちがコントロールする「支援」なら何十億円でも注ぎ込むことを厭わず(プロサバンナに既に32億円)、、、、一銭もかからない「小農が主張する権利を認める」ためには努力もしない。

むしろそれを弱めようと「種子への権利」にわざわざ反対してみたりする。遺伝子組み換え企業やそのロビーに突き動かされる米国に媚を売るために。

それで国連の議場で、「小農【支援】大国」を主張するのは、どうにも私には理解できないのだが。援助関係者には、いまでもこのロジックが通じるらしい。この21世紀に。小農が国連宣言文を起草し、ついにそれを世界に認めさせ、国際法に新たな一頁を拓くところまできてるというのに。

いまでも、日本の開発援助関係者は、それが実務者であろうと研究者であろうと、若いフレッシュな感覚をもっているはずの若い人ですら、このロジックの問題が、本当の意味では理解できない人が多いのに驚いている。

権利>支援

なぜか?

当事者>支援者

だからだ。

【支援】を中心におけば、支援者が当事者を選び、その支援の仕方をコントロールする。どうやっても。「支援する」が動詞になったら、「支援者」が主語になるからだ。日本語は、この主語と動詞の関係が曖昧だから、この簡単な原則を皆がしっかり認識することが難しい。

=>つまり、支援者に当事者が従属することになる=>当事者に内在する力を弱める可能性を前提とする外部者の主体的行為。

【権利】を中心におけば、当事者がどれほど貧しかろうと、教育がなかろうと、支援者がどれだけお金と努力と善意を注ぎ込もうと、それにNOを言う権利を含め、その人が決定権を持つ。主体は当事者にある。

=>支援者は当事者に従属する。
その逆ではない。どうやっても、逆にはならない。

ということは、当然、「小農支援」をしたい人達の真の目的がそれなのであれば、「小農の権利」が認められる社会の創造、彼女ら彼らの運動(それがいくら足りないものであっても)を応援することこそが、「支援者」にとって最大にして最重要なアクションとなるはずだが、そうはなっていないどころか宣言に反対そして分断介入…逆噴射しているのが日本の「海外小農政策」ともいえる現実であった。


2018年11月20日・・・
何の偶然かわからないが、日本の東京で、この「小農の支援」と「小農の権利」が、ついに直接ぶつかりあう機会が訪れる。

その瞬間に、ひとりでも多くの皆さんに立ち会っていただきたいと思う。

しかし、そこにはマフィゴさんの姿はない。
でも、彼の遺した仲間たちの姿がある。
そして、そのこと自体が、わたしたちが、決して今日まであきらめなかった理由だとも思う。

彼がいつも実態と実感とともに呟いたこの一言。
A luta continua....
独立をともに闘った政府関係者らが次々に腐敗していくなかで、この言葉をまさに生き続けた人。

マフィゴさんのあの笑顔をもう一度だけ見たかった。


これは代表になったかなるかの時にブラジルに行ったマフィゴさんの姿。印鑰 智哉さんの提供。


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マフィゴさん、ありがとうございます。
あと少し。
どうぞ安らかに、安らかにお眠りくだだい。

# by africa_class | 2018-11-16 06:18 | 【国連】小農の権利宣言

【追悼】母マリアのこと。ドイツのホスピス(終末ケア)のこと。

昨日は諸聖人の日で、ドイツでは亡くなった人を弔う日だった。私たちも母と父が大好きだった森とかつて暮らしていた村に弔いに行った。辿り着くまでは大雨だったのに、森に着いた途端ぴたっと止んで、ああいつも天気を気にして、晴れていれば、「太陽が出て嬉しい」と小躍りしていた母を思い出した。帰り道には、前回と同様、虹が出ていて、しかも二つも虹が出ていたことに、なんだか父と母のように思えてきていつまでも家族3人で見とれていた。

前回、「義母」と書いたのだけど、実はもう正式には義理の関係ですらなかった。でも、私にとっては「第二の母と父」ともいえる二人のこと、「母と父」でいいかなと思って、今後そう書こうと思う。

このブログで母マリアの介護のことを書いて1年近くが経とうとしている。あの後、母の容態が急変してしまい、母は帰らぬ人となった。そのことを書こうと思っていたのだけれど、どうしても書くことができなかった。それぐらい、私には色々な意味で大きな出来事だった。

母マリアは東洋からきたドイツ語もろくにできないわたしを、本当の娘のように受け入れ、慕い、優しく接してくれた。孫を心から愛し、一生懸命話しかけ、一緒に育ててくれた。私たち家族への彼女の無条件の愛は絶対であって、無限だった。でも、いろいろなことがあって、最後は十分に母に優しく接することができなかったことを、今でも後悔している。人生というのは、そういうものなのだろうと思いながらも、生きているうちに出来ることをしなきゃいけなかったと、ふとした時にため息をついてしまう…。

たくさんのことを書くまでには乗り越えられていないので、簡単に母の最期について紹介したいと思う。在宅介護にするかどうか話し合っているうちに、病院の先生から緊急呼び出しを受けた。家族全員で話をしたいとのことだったので行ってみると、オランダ人の先生は次のようにしずかに切り出した。

「お母さん、いずれにしても残りの人生はわずかです。いまチューブを付けて呼吸を確保し、点滴で栄養をあげていますが、お母さんはこのような形での最期を望んでらしたでしょうか?」

私たちは顔を見合わせた。母はいつも、このような最期だけはやめてほしいと言っていたと伝えたところ、先生は一呼吸をおいた。

「では、全部外してホスピス(終末ケア)に移りませんか?この病院にはホスピスが付属していて、家族で最期をゆっくり過ごすことができます」

ツレは動揺した。まだ母は在宅介護できるほど元気だと思っていたからだ。

「一度家族だけで相談していいでしょうか?」

そういって一旦みなで相談することにした。このホスピスの案に一番賛成したのは息子だった。

「オーマ(おばあちゃん)はこれ外してといっていた。こんなのやだと思う。こんな風に生きたいと思ってない。もうオーパ(おじいちゃん)のところに行きたいって、この前いってたやん」

自分がオーマの立場だったら、私も同じように考えるといったが、独り息子のツレにとって、母の命の日数を短くする行為を自分が決める立場にいることに動揺して、何も決められない。

「オーマが元気だったころにどう言ってたのか、思い出して。お姉さん(父方)にも聞いてみて」

ようやくお姉さんと話したところ、彼女が元気なときに延命を求めないという書類にサインしていたことをツレに思い出させた。(え、、、そんな重要なことも覚えてないんかい?!と突っ込みたくなったが、動揺している以上仕方ない。自分の生母のことだったら、私もそうなるかもしれない)

家に戻ると書類の束からそれを探し出したツレはじっと書類に目を落としていた。確かに母のサインだった。お葬式の契約をするときに、これも作成したのだという。歳をとると色々なことが起こる。母はちゃんといろいろなことを準備していたのだと思うと、私たちもいつなんどきのために準備をしないといけないと、勉強させられた。

病院にホスピスへの移動をお願いした。
移動するからには、覚悟をしてほしい。まだ母が穏やかなうちに、会いに来てお別れをしてほしい親戚・家族・友達を呼ぶようにと看護師にいわれた。

ホスピスの部屋は広くてあったかくて、天上には空が描いてあって、絵もかざってあって、音楽も流れてて、高級ホテルのよう。ベットも二つあって、母の横に眠れるようになっている。もう一つのベットで眠っている母は穏やかで、とてももうすぐこの世を去る人には見えなかった。戸惑っていると、看護師が、きっぱりとした口調で教えてくれた。

「お母さんにとって、みなに覚えておいてほしいのがこの穏やかな姿だと思います。だから今なんです」

ひとりずつ母と二人きりになってお別れを話すことになった。
息子が最初だった。
私が忙しかったこともあり、息子は二人の祖母が育ててくれたようなものだった。幼少期は私の母。ドイツに避難してからはドイツの母。そんな息子にとって大きな、大きな存在の母。何を話したのかは分からない。でも出てきた彼はなぜかすごくすっきりとした顔をしていた。

次はわたし。
次に姉。
最後にツレ。

母は全部聞こえているようだった。そのはずはないのだけれど。とても嬉しそうにしてくれていた。みたかんじ、未だ未だ何週間もそこで暮らすことができそうなぐらい、穏やかだった。呼吸器も点滴もないというのに。

一度家に戻って晩ご飯を食べていたとき、ふと、母が呼んでいる気がした。

「いますぐ行った方がいい。泊まるつもりで行ってきて。もうお母さんと一緒にすごせる最後の夜になるかもしれないから。」

ツレは戸惑った。というかややパニック気味になった。

「だってあんなに元気だったじゃない」

そう思いたい。だけど、私には今夜が母の最期の夜に思えてならなかったのだった。

「あなたとお母さんは未だ十分に和解してない。これを逃すと一生後悔するよ。お母さん、ひとりぼっちにしてはいけないと思う。せっかくベットがあるし。準備手伝うから」

そう背中を押した。布団を運ぶツレに、庭からハーブを摘んで母にもっていってもらった。翌朝、とてもとてもよい夜だった。母といろいろな話ができたと、疲れながらも満足な表情のツレをみて、ああこれで母は旅立ってしまうのだと思った。無邪気なツレは、「まだあと1週間ぐらい頑張れそうだ」といっている。

静かに頷きながら、覚悟をした。
私も行きたいから連れていって。
戻ってきたばかりだというツレを説得して家を出る準備をしていた瞬間に携帯がなった。

母の容態が急変したという。

慌てて父の愛用の帽子を掴んで、家を出た。15分の距離が長く感じる。

部屋に駆けつけると、母の手を握ってくれていたボランティアさんがいた。
母はカトリックだったので、カトリックのボランティアさんが、家族がくるまでの間手を握ってお祈りをしてくれていたのだった。

ああひとりで旅立たないようにと、ここまで考えてくれているんだと、とても感激した。私たちが到着するとボランティアさんは静かに立ち去り、母と3人になった。母はとても息苦しそうだった。でも、私たちがそばにいるのが分かっているようではあった。ツレが母を抱きしめた直後、母は旅立った。

スタッフの看護師のみなさんがやってきて、私たちにリビングで待つように伝えてくれた。リビングには、沢山の果物と水とコーヒー、本やテレビがあって、まだ信じられない気持ちでいる私たちを看護師さんたちが、入れ替わり立ち代わり慰めてくれる。聞けば、このホスピスもできて8年しか経っておらず、ドイツでもまだ十分に普及していないのだという。

夜も休むことなく同じ村の出身の8人がフルタイムで担当してくれており、ホスピスの明るく家族っぽい雰囲気はここからきてるんだな、と分かった。

その間に母の姪(75歳)が、近隣の村(といっても20キロぐらいの距離)から、サイクリング自転車で駆けつけてきた。急に予感があってきた、と。10分遅かった。彼女が間に合わなかったのは本当に後悔だ。電話番号が古いままで電話できなかったというが、とにかく親戚の電話番号はアップデートしておかねばならないと思った瞬間だった。

こうやって母は自分が望んだとおりだったかは分からないけれど、ある程度納得できる形で旅立っていった。残された私たちもまた、このように母とすごせる時間があったこと、空間をいただけたことに、心から感謝している。

施設の写真を貼っておくので見てもらえば分かると思うのだけれど、本当に「素敵で快適なお宅」といった雰囲気のところで、市立病院とは思えない充実度。といっても、メインの病院部分も機能もしっかりしていて嫌な匂いも一切せず、さすがドイツと思える機能的でクリーンかつ重厚的なつくりだった。

ドイツも日本も超高齢者社会が待ち受けている。
人生の最期を誰と、どこで、どのように、すごすのか、どう生きるかとともに重要なテーマとなってくるだろう。よく生きることはよく死ぬことでもあると、実感したあの日。家族に看取られるということが、いかに幸せなことなのかについて、逝く側だけでなく残される側としても考えなければならないことだな、と肌で感じた。

母の経験が、少しでも日本の終末ケアを考えるヒントになればと思い、写真を大目に紹介しておきます。

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母の森のそばで虹が迎えてくれた。
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ホスピスの部屋の天上

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さすがドイツな音楽システムあり

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皆が使えるリビングがある。子どものままごとセットも
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ダイニング。いつも果物が盛られていて、食べてよい。
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みなが使えるキッチン。その気になれば、1週間でも泊まっていい。
各部屋にはトイレとシャワーがついている。




# by africa_class | 2018-11-03 03:34 | 【徒然】ドイツでの暮らし

「小農権利宣言」国連採決目前、3カ国(日本・モザンビーク・ブラジル)の農家と民衆会議を日本で初開催することになりました

みなさんは、来年から「国連家族農業の10年」が始まるのを知っていましたか?そして、もうすぐ「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」が国連総会で採択されることも?

一昨日(2018年11月25日)にニューヨークの国連総会で、ついに「小農権利国連宣言」のドラフトが提出され、これを準備した政府間作業グループの議長が紹介しました!(第73回国連総会34回会合第3セッション)2012年に国連人権理事会でこの議論が開始されて6年、世界最大の小農運動が夢見てから15年以上が経過しましたが、ついに後一歩となりました!

この国連宣言の画期的な点は、2008年の「国連先住民族権利宣言」に続くとともに、さらに大きな意味をもっています。国際法上も沢山のチャレンジがあり、大いに議論がなされ、ついにこの日がきました。とくに、「食の主権(食料主権)」「土地への権利」「種子への権利」「生物多様性保全への権利」などの「新しい権利」について、「小農」を国際人権の保護対象の特定グループとして認定する点についてなどです。

これらのことはすでにこのブログで紹介しましたし、12月に農山漁村文化協会から出される「国連家族農業10年」を祝う本に書きましたので、そちらでご確認いただければと思います。重要なことは、米国やEUや日本の反対があったけれども、世界の圧倒的多数の国々がこの宣言とドラフトに賛成しているという点です。

国連総会では、ボリビア、キューバ、南アフリカのアツいサポートの演説の合間に、インドネシアの「土地への権利」への懸念、EUのどうしようもないスピーチがあったものの(相変わらず、集合的な権利を認めない、「食の主権」と「種子への権利」が権利として不明瞭・・・とぶつぶつ言い続けてる)、とにかく前に進むことと思います。

2019年の「家族農業10年」が始まる前に、必ず採決される見込みです。

世界1億人を超える小農と農村で働く人びとの権利を守ることは、都市の生活者の権利を守ることにつながるという冒頭の議長の指摘はそのとおりです。なぜなら、農薬づけの生産方式は、生態系の破壊につながるだけでなく、また生産者だけでなく消費者の身体も蝕みます。また、遺伝子組み換え技術や種子の採取禁止は農家の自由に生産する可能性をどんどん狭め、また当然ながら生態系や私たちの身体に大きな影響を及ぼします。

今回の「小農権利宣言」が守ろうとしてくれているのは、農民の暮らし・身体だけでなく、都会に暮らす私たちの暮らし・身体をも含んでいるのです。そして、これを実現するにあたって、最前線にたち、宣言文のドラフトをつくったのが、世界の小農運動(ビア・カンペシーナ)であるという点に、注目いただければと思います。とくに、ドラフトのもとになる「小農男女の権利宣言」をつくったのは、インドネシアの農民たちでした。

日本でも世界でもお金をもっている消費者が強く、生産者は下にみられがちです。そして、その消費者をコントロールすることができるようになった巨大スーパーなどのグループ、そのグループに食料を調達する商社、それに大量の生産物を提供するアグリビジネス、さらにはそのための資材(たね、農薬、化学肥料)・・・などの重層的な権力構造ができあがりつつあります。

わたしたちの命や健康や未来が「儲け主義」に支配されつつあるなかで、最も弱い立場におかれてきた南の国々の農民たちが立ち上がり、最前列で「健康な食と農」を守ろうとしてくれていることに、私たちは感謝しなければなりません。

そのことを知っていただく機会にしていけたら・・・ということで、なんと日本とモザンビークとブラジルの農家・女性・若者・市民団体・市民が集まって、3カ国民衆会議を11月20日から22日まで東京で開催します!来日する農家はすべて以上のビア・カンペシーナに加盟する農家さんで、「アグロエコロジー」と「食の主権」を目指していらっしゃいます。(これらについてはまた別途説明します)

もちろん、日本の農業にも沢山の個別の課題があります、
でも、だからこそ、いま世界で起こっていること、南から出てきた様々な新しい試みやオルタナティブを知ってもらいたいと思います。全体テーマは3カ国民衆会議〜危機の21世紀を超えて、つながりあい、食の幸せを未来に手渡すために〜

3カ国民衆会議については追って具体的に紹介していきますが、以下のサイトに一括情報が掲載されています。
http://triangular2018.blog.fc2.com/
ユースチームも立上がりました!
https://peraichi.com/landing_pages/view/triangular-web
が、お金が足りていませーーーん!
https://congrant.com/project/triangularfr/551

なにせブラジル・モザンビークから20名近くの農家さんや市民団体の皆さんがくるのです…が、バスでの移動費、日本の有機農家さんが全国から東京の会議にこられる移動宿泊費、3カ国の農家さんが大いに語り合うための同時通訳費(逐語では間に合わないので・・プロに依頼)などなど、あと160万円ぐらい不足しているのです。開催まで1ヶ月を切ったので、ぜひみなさまに仲間になっていただき、ご協力いただければ本当にありがたいです。

わたしは今迄世界の食と農の状況や議論、各種のアクターを日本の皆さんに紹介してきましたが、この会議はいろいろな面で、日本の食と農の未来にとって「あっちいくの?こっちいくの?どっちいくの?」の迷いの中で、大きなヒントをもたらしてくれると思います。

会議は3日間のイベントの他、プレイベントもあります。
詳しくは一括掲載のチラシをご覧下さい。
https://drive.google.com/file/d/15MKHDrSHXKe_yrc9EcGnkJcBE5WXRSzp/view


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写真は今年ブラジルで行われた「アグロエコロジー全国大会」の様子


# by africa_class | 2018-10-27 20:53 | 【国連】小農の権利宣言

デンマークで大学無料&学生に月10万円が支給されていることについて

先週、デンマークのオーフス大学に呼ばれてレクチャーに行ってきた。
講演タイトルは「日本のグローバル・アグロフードシステムへの援助・外交・投資を通じた関与:1890年から現在まで」。久しぶりだったのでやや緊張したが(見えなかったと思うが…)、伝えたいメッセージは伝わったと思う。つまり、(1)どうやら我々は負の歴史を21世紀になっても繰り返していること、(2)構造が戦前に似通ってきていること、(3)他方で下からの動きが国連などの場を通じて国際規範を変えつつあること。で、(2)については、マネーと結びつく為政者らのパワー、そこに中間層がポピュリズムを通じてくっついていくこと、底辺に位置づけられる人びとの搾取が再生産・拡大されていくこと、これが日本や南の国々だけでなく、世界的に展開しつつあること。だから人類が長い歴史のなかで闘い勝ち取ってきた民主主義を、どう鍛えていくのか・・・そいう狙いまで伝わったかは分からないけど。

「食」をいまこの世界で考えることは、私たちの日々の暮らしと世界に繋がる沢山の課題に気づかせてくれる。なので、最初に、全員に昨日何を食べたのか、求める社会や世界像がどんなものか話してもらって、最後はそこに戻ってみた。

この世界には「どうせ何を期待しても、希望しても、無理。構造を変えることなんて不可能。どうせ自分はチッポケな存在」という諦めモードが蔓延している。なので、無理かもしれないけど、夢をみないのであれば、もっと状況が酷くなることについて、ちょっと皆で考えられたらいいなーと思った。これは大学で教えてたときに、最初の方の授業で全員とやってたこと。「変えられない感=無力感」は、社会に最もパワフルでネガティブな影響を及ぼすものだから。歴史がそれを証明している。そんなところに、ヘイト意識とか、資源戦争とか侵略とかのガソリンを投入すると、ばっとやる気満々になる人が急増したのも、歴史が示すところ。日本だけの話ではない。ここドイツもまたそうであった。その結果もたらされたのは、ホロコーストと呼ばれる人間によるある特定の背景をもつ(とされる)人間の「消滅」を目的としたジェノサイドだった。まだ、あれから70年程度しか経っていない。

さて、いつも前置きと書きたかった中身がマッチしないのがこのブログの特徴。だけど、実は私の中ではすべて繋がってはいる。

ドイツの公立大学の多くが無償であることについては広く知られていると思う。ただし、ドイツの大学に入るには、アビトゥアというとんでもなく難しい大学検定に通らないといけないので、そんな簡単なことではない。アビトゥアのレベルは日本の大学の教養ぐらいなので、高校を出ただけでは検定で良い点は取れないので、卒業後に独学で2,3年勉強する人も少なくはない。だから、ドイツの大学生は歳を取っている人も多い。もちろん、卒業後いろいろやってから大学に入ろうと決意する人が多いことも影響がないわけではない。

ドイツの話はまた今度。
さて、デンマークの大学の話はあまりに衝撃だったので(私にとってすら)、根掘りは掘りきいてきたことを書いておきたい。本当はリサーチしてから書きたいのだけど、オーフス大学の先生に聞いた話なので、とりあえずその前提で読んでいただき、あとは各自でリサーチを。

なお、デンマーク大使館サイトには大学無料(EU市民等。それ以外は有料)という点は書いてありました。
http://japan.um.dk/ja/infor-about-denmark/denmark/welfare-and-education/

【デンマーク大学事情】
(1)国立大学は無償
(2)入学後、各学科の規定の在籍期間は月10万円程度の生活支援費が政府から全員に払われる。(税金はかからない)
(3)留学中も受けとれる。
(4)半年休学して世界を放浪などのときは、その期間を受けとらず、戻ってきてから再開できる。
(5)成績が悪い、大学に来ないなどの場合は支給を止められる。

Woow!そんなんなら、私ももう一度大学行きたいわ・・・とつい言ってしまうほどの好条件。先生いわく、それぐらいしないと、若者がなかなか大学に行ってくれない、とのこと。「大学に行ってくれない」とは凄い台詞だと思う。ちなみに、先生は50前後なのだけど、先生が大学生時代からあった制度ということで、もう30年近くこれをやっていて、デンマークは財政破綻をしていないという事実に皆さん注目を。

【デンマーク博士課程事情】
(1)在籍者は月30万円相当が「給料」として支払われる。(税金は支払わないといけない)
(2)仕事はティーチングアシスタントと「博士論文を書くこと」
(3)この期間に産休を取って、子どもを何人か産む人も多い
<=博士号をとっても就職先が少ないため。

こちらも就職先の問題がるために、候補者が沢山いるわけではないとのことでした。ただ、大学生も院生も英語は極めて堪能で、デンマーク外に仕事を求めて行く人も多い。実際、デンマークから出る人も、デンマークに働きにくる人もいて、国際的。私が会った大学の先生の多くはデンマーク人以外の人、ドイツ人2名、エルサルバドル人1名でした。授業も英語。(デンマーク語でとれる授業もあるらしい)

で、みなが気になる「社会保障が充実=税金負担が重い」という点は?
確かに、物価は安いとはいえない。
でも、スーパーで買い物をしても、外食しても、日本より「食べる」ということに限ればむちゃくちゃ高いとは感じなかった。

例えば…
ワインカフェでワイン一杯370円
野菜のスムージー(大サイズ)で350円
超もりもりのサバの薫製のサンドイッチを素敵なお店で買って400円
豆乳ヨーグルト、ブルーベリー1パック、プラム1キロを買って850円
(すべて税込み価格)

先生にも聞いてみたが、所得税は確かに高いといっていた。そのうえで、「給料も高いから」とさらりと一言。
「給料・・・高いのね・・・」

先生はコロンビア大学でも教えてたことがあるし、日本にも留学していたので、いろいろ大学の先生の懐事情もよく知ってる。日本の国立大学で教えていた私の給料は、実はドイツの親が経営するシュタイナー学校のフルタイムの先生の給料より安かった・・・。この事実はしっかり胸に刻んでほしい。

で高い給料が実現できるのはなぜなのか?
人口が少ないとか、色々いえるかもしれないけど、ちょっと待って。
そもそも、2000年以降まで、ひとり当たりのGDPは日本とデンマークではほとんど変わらなかった。
http://ecodb.net/exec/trans_country.php?type=WEO&d=NGDPDPC&c1=DK&c2=JP

そして、日本の税金や社会福祉の負担額は高給取りには安いのだけど、中間層から下には決して安くはない上に、ヨーロッパにあるような低所得家庭へのフルのサポートがないので、貧困の再生産が繰り替えされ、悲惨なことになる。

その意味で、結局は「税金負担額が多いか少ないかで福祉制度の充実が決まる」のではなく、国家予算や政策の優先順位こそが重要なことが分かる。

そして、その優先順位を誰が決めるのか?というと、ヨーロッパでも有権者が選挙で選ぶ政党や政治家を通じてという部分が確かにあるのだけれど、それを支える市民社会のコンセンサス(自分たちの権利として社会福祉を国家に保障させる)がある点についても注目しておきたい。

政府や税金は自分たちの求める社会像を実現に近づけるためにあるのであって、自分たちを規制したり、自分たちからただ奪うためにあるわけではない・・・この「民主主義(主権在民国)の当たり前」は、とにかく何度でも日本の皆さんに伝えたい。

ドイツでも、デンマークでも、30年前に、人びとが勝ち取った制度であって、それを人びとが一生懸命守り育ててきているのだということも知ってほしい。(つまり、天からふってきたわけでも、ヨーロッパだから普通というわけでもない。日本でもできるということ)また、油断するとあっという間に、「企業の競争力ために」とかいって取り上げられかねない労働者の権利や市民の権利が多くあり、ヨーロッパ各国でも常に市民が声を挙げ続ける必要がある。

ただ・・・日本はそれ以前の状態にあるのも事実。
住民・国民のために使われるべき国家予算を、アメリカの大統領に言われたから高額の武器を買わされました、住民が反対しているのに基地を米軍のために作ってあげます、なんだか低レベルの大学だけど首相のお友達だから100億円ぐらい土地代を含めて融通しましたとか、クールジャパンのお店をマレーシアにつくって億単位でお金流してますとか、そうことを許して、さらに10%に消費税をあげたとしても、デンマークやドイツが実現している社会福祉は決して日本の私たちの手に届くことはないでしょう。

つまり、予算を何に使うべきなのか・・・を真剣に考えないと、もうすでに大変な状態の社会がさらに大変なことになって、若者・子どもたちに申し訳が限りなくたたないわけです。

また、さっきのデータ(ひとりあたりGDP)をみてもらえれば分かるように、1990年代前半は日本の方が勝っている。しかし、2000年代に入ってからどんどん差がついてきていることがこのグラフでも一目瞭然。

つまり、21世紀的な新しい時代・世界についていけているのか、いけてないのかという点が見逃せない部分。やはり、世界で活躍できる、EU地域、世界とつながれる、イノベーションをうめる人材を育てているか否かは決定的に大きいと思われる。

大学にくるまでのデンマークの教育は実に斬新だという。
自主性、主体性に徹底的に委ねる点で、シュタイナー教育とかなり似ている。
成績もつけない。評価をしない。
それぞれの尊厳を認め、それぞれがそれぞれの意見を持つこと、それを伸ばすことに重点がおかれているという。

しかし、大学に入るための準備段階から評価が出て来て、大学に入るとやはり評価システム(試験やレポート)があるので、学生たちはストレスで大学に来なくなることもあるという。また、中間テストをやろうにも、「なぜそれが必要なのか」を学生と相談・協議して、コンセンサスをつくらないといけないので、とっても大変とドイツの上から目線大学教育を受けたドイツ人の先生たちはこぼしていた。

先生と学生が一緒に授業をふりかえるという時間ももたないといけないらしい。これは教師にとってはチャレンジングだけど、とっても良い方法だと思った。結局、大学教育がなんなのか?・・・と考えれば、一人の人間としてどうやって知的に社会的に立てるひとを育てるのかが問われている以上、学生からみたときの授業のあり方というのは大学が重視しなければならない点でもある。

そうやって自由に育ち、批判的に考え、自己を確立していった若者は、たしかにこの混沌とした、そしてAI時代には強いだろうなと思った。実はドイツよりデンマークの方が気に入ってしまったのだけど(若者感じも含め)、デンマーク語をとてもマスターできる気がしないので、とりあえず隣国から時々お邪魔してみようと思う。

とりあえず、以上見聞きしてきたことをとりとめもなく書きました。
(原稿の締切問題が継続中なので、これにて失礼)
またフォローアップしますね。
介護の話も衝撃的だったので、これは絶対お伝えしたい。

写真はオーフス大学考古学部のキャンパス。
どこかの隠れ家ホテルにしか見えない!

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考古学キャンパスの森

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現在の考古学部の建物。茅葺き!以前はここが博物館だった。



# by africa_class | 2018-10-22 21:01 | 【紹介】ヨーロッパのあれやこれや

【祝!】国連人権理事会で「小農権利国連宣言」が採択!来月の国連総会へ。

とっても嬉しいお報せです!

本日、国連人権理事会で「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」が採択されました。残すは国連総会での採択だけになりました!(これでヒックリがえることはあり得ないので、もう採択はほぼ確実です)

しかし、以下の理事会での採択結果は目に焼き付けておきましょう。
賛成33、反対3(オーストラリア、ハンガリー、英国)、棄権11(日本、ドイツ、クロアチア、ジョージア、スペイン、スロベニア、スロバキア、ブラジル、ベルギー、アイスランド、韓国)

日本は案の定「棄権」でした。まあ反対するよりマシとはいえ、日本がこれに反対する理由は本来ないはずなのに。この権利宣言そのものに大反対の米国、そして英国に追従し、「種子の権利」にも反対を唱えていたぐらいなので。
https://afriqclass.exblog.jp/238467300/

でも、賛成した33カ国を見ると、とっても元気が出ます。
アフガニスタン、アンゴラ、ブルンジ、チリ、中国、コートジボワール、キューバ、コンゴ民、エクアドル、エジプト、エチオピア、イラク、ケニア、カザフスタン、メキシコ、モンゴル、ネパール、ナイジェリア、パキスタン、パナマ、ペルー、フィリピン、カタール、ルワンダ、サウジアラビア、セネガル、南アフリカ、スイス、トーゴ、チュニジア、ウクライナ、アラブ首長国連邦、ベネズエラ

中南米諸国の中には、会議中にかなり批判的な意見を言う国があったのですが、採決となれば一致団結してこれを推してくれました。ただし、ブラジル以外!!!ジルマ政権の弾劾後はアグリビジネス偏重のテメル政権だったので嫌な予感はあったとはいえ、春のセッションまではとても良い発言をしていたのに…。

あとは、アフリカ大陸はすべての理事国が賛成!!!
南アジアと東南アジアも!!
が、北東アジアは、中国のみが賛成で、日本と韓国が棄権と残念では済ませられない結果となりました。

この宣言文ですが、農民連の岡崎さん、国際NGO/GRAINのサポートを得てモザンビーク開発を考える市民の会の元スタッフの根岸朋子さんとわたしで訳したものを以下のサイトで公開しています。
https://www.farmlandgrab.org/post/view/27954-un-declaration-draft-on-the-rights-of-peasants
(*ただし今回のバージョンが採択されたわけではないので訳を修正しないといけません)

また、この「小農権利国連宣言」に至るまでのプロセスについては、12月に出版予定の農文協の本に詳しく書いておきました。(といってもいつもの如く沢山書きすぎて、未だ削らないといけないのですが…)

実は、この「小農権利国連宣言」の草案は、世界最大の小農運動ビア・カンペシーナが2008年に発表した「小農男女の権利宣言」をベースとしています。どうやって一小農運動の「権利宣言」が国連宣言に化けたのかについては、上記の本をお待ち下さいね。(書きたくてむずむずするが・・・)

で、このビア・カンペシーナ。世界80カ国に2億人のメンバーを有するというマンモス運動。一体これはどんな運動なのか…どこからきたのか…の疑問に応える本(訳書)も11月に発売の予定です。まだ邦題は確定していませんが『国境を越える農民運動』みたいなものになると思います。Marc Edelman & Jun Borras著 The Political Dynamics of Transnational Agrarian Movementという本です。お楽しみに。

国連総会での採決は10月予定。

この素晴らしいタイミングで、ブラジルとモザンビークのビア・カンペシーナ加盟団体が、3カ国民衆会議のために11月に来日します!日本・モザンビーク・ブラジルの農民や市民・NGOが3日にわたって語り合い、グローバルなフードシステムが私たちの暮らしにもたらす影響や政策を学び合い、これをどう転換できるか(どう転換してきたのか)話し合っていきます。

3カ国民衆会議は11月20日〜22日、東京です。
この栄えある日に、メインのイベント(11月21日@聖心女子大学4号館ブリットホール)である国際シンポジウムとマルシェ(ファーマーズマーケット)の案内が開始となりました。

詳細を確認の上、どしどしお申込み下さい。

3カ国民衆会議のブログ
http://triangular2018.blog.fc2.com/

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写真はブラジル・セラードの日本企業の農場のすぐ横の土地。一人の元「土地なし農民」のフィゲイロさんが、企業による大豆の大規模栽培によって「緑の砂漠」となってしまった土地を、他の人達と占領。その後、政府から土地配分を受けて、せっせとタネをまき続け、苗木を植え、数年でここまでの「食べられる森(エディブルフォレスト)」をつくりました。地元の教会の「土地司牧委員会(CPT)」の神父さんから学んだアグロフォレストリーの技術を取り入れています。

当初の「小農の権利宣言」には、アグロフォレストリーとともに食の主権も書き込まれていました。


# by africa_class | 2018-09-28 23:55 | 【国連】小農の権利宣言

ツイッター経由できた南アフリカからの一通のメール

大学を辞めて、あちらのメールアドレスを見ないようになってしまったため、どうやら色々な人が困っているらしい。子どもの頃から年賀状が嫌い。自分からは基本連絡しない主義なので、メールアドレスを変えるたびに、色々な問題が発生するのだけれど、なんとなくもうそれでいいかな…と思って諦めてる。

でも私を見つけるのは実は簡単。
SNSをしている理由は、筆無精な私として、かつての仲間や知り合いやその他の皆さん一人ひとりに今どうしてるかとか、何を考えているかとかのお便りをするのではなく、全部公開してしまえば双方楽かなと思ってのこと。

ただもう一点メリットがあったようで。
最近は、日本の出版社からのお願いや連絡調整は、SNS経由、あるいはSNSで確認してからということも増えてきた。それはそれで、面倒なやり取りを省けるので楽なのでいいのだけれど、今この瞬間のように、原稿がおくれてたり、ゲラが戻せていなかったり、連絡できてなかったりすると、「見られてる感」はやや気になるところ。。。なら、ちゃんとサクサク出せばよいという結論に至るわけだけれど、そこはなかなか思うようにいかないのが、出版物の常。

気合を入れないで書けるブログと異なり、やはり出版物となると、いくらなんでもベットの中で書いてると辛いものがある。でもそうせざるを得なかったりした本もあるのだが。

さて。すっかりご無沙汰してしまっていた人達と再会できるのもSNSの魅力ではある。そもそもフェースブックが同窓会のために作られたように。でも、英語でSNSをしてないので、日本の人以外に見つけてもらうのにはなかなかハードルが高い。なのだけど、ある日、南アフリカはケープタウンの出版社のTwitterをフォローしたら、すぐにフォロー返しがきて、ダイレクトメッセージが届いた。

「ずっと探してた!」

そうだ。せめて自分の出版社ぐらいには連絡先とか伝えておくべきだったと反省しきり。

「とにかく伝えたいことがあるからメールさせて。」

ということで、ビクビク・・・。

なんかやるといってたことをやってなかったとか、本があまりに不評だから絶版にするとか、本が書評でこき下ろされてるから反論しなきゃとか、とってもまずいことが起こっているのに、私がちっともお返事しなかったのだと思って、メールがくるまで落ちつかない気分になった。それでなくとも体調悪いのに、やだな。。。

この出版社から出した本はこちら↓
(無料ダウンロードもできるようにしてあります)
http://www.africanminds.co.za/dd-product/the-origins-of-war-in-mozambique-a-history-of-unity-and-division/

メールをあけると、そこはさすがに敏腕編集者<兼>出版社の創設者。まずはおべんちゃら。

「The Origins of War in Mozambiqueは、我々African Minds Publishingという小さな王国の宝石だよ」

そういう風に書く時は、どうせ何か悪いニュースがあるにきまってる、と身構える。
すると、私がずっと病気で大学をやめて療養していたこと、せっかく一方の病気は治ったのに別の病気になったことについて労りの言葉が続く。

労りながら、なんか悪いニュースに違いない・・・と依然として身構えていたのだけど、意外にメールは短く、とにかく添付のExcel表をみて、これが君を励ますことになることを心から祈ってる、と締めくくられていた。

表を空けてみた瞬間、目が点になった。
信じられなくて、なんどもみたのだけど。


2017 Downloads
1 The Origins of War in Mozambique 2045
2 The Social Dynamics of .... 834
3 Beyond .... 805
4 Open Data in Developing ..... 791
5 Sounding the .... 694
6 Adoption and Impact of OER in the .... 654
7 Lajuri....511
8 International8 Educational Challenges..... 484
9 The Delusion of Knowledge..... 438

見た瞬間、思い浮かんだのは、今は亡き人びとの顔だった。
1994年から2012年まで、400名近い人びとに話を聞いたのだけれど、出版の時点で大半の方が逝ってしまった後だった。だから、本を届けることすらできなかった。まず日本語で書いたのも大失敗だった。

さらに何時間も何時間も話を聞いたのに、その一部しか本にその声を直接入れることができなかった。本全体には、彼女や彼らの肉声を反映させようとしたのだけれど、それでも十分だともいえない。といっても、日本語でも600頁を超えるボリュームで、これ以上はどうしようもなかった。せめて今のように動画や音声が簡単に撮れたり、アップできる日がくると分かっていたら、直接紹介することもできたのに。

「あの時」はもう二度とこない。
沢山の経験を内に秘めたまま逝ってしまった人びとの経験を、もう一度聞こうと思っても不可能なのだ。以前のモザンビーク農村なら、その人達の経験もまた、周りの人びとがしっかり耳を傾け、継承されている部分も沢山あったと思う。でも、時代は変わってしまった。戦争がそれを加速化したというのもあるが、昔話や歴史に価値がおかれる時代ではなくなってしまったのだ。

一方で、権力者たちの都合のよい「歴史」が繰り返し連呼される時代となった。
そして、都合の悪いことが書かれた「歴史」は書き換えられるだけでなく、攻撃され、破棄され、隠されつつある。アフリカでも、日本でも、世界でも。また、それらがもとにしていた人びとの声、一次資料もまた、忘れ去られるままになってしまっている。中には、意図的に。

今、日本の各地で、戦時中の資料が焼却されていたことが明らかになっているように。戦後直後の陸軍による焼却の話ではない(それはそれで大問題)。戦後70年を経て、「収蔵スペースが確保できないから」との理由で、捨てられ、燃やされる資料の数々。

後の時代になればなるほど物事を明らかにできる可能性が高まる・・・と考えることができた時代は、もはや過ぎてしまったのかもしれない。1990年代に話を聞けた人びとはもはやおらず、あの時に見せてもらうことができた公文書は現在は政府の管理下におかれてアクセスができない。その意味で、600頁というあり得ない長さの本であっても、資料的価値はあるのかもしれない。

もちろん、後の時代から別の角度でみたときに別の結論も可能だろう。記録といっても、私の目から選択され、文脈に入れられ、加工されている以上、そのまま受け止められるべきでもない。検討・検証されなければならず、その結果として、本全体の問題が明らかにもなるだろう。

それでも、私に語ってくれた人びとの声が、ただのダウンロードとはいえ、こんなに多くの人にわずかなりとも届いているのかもしれないとすれば、20年をかけた意味もあったのかもしれない。そして、何よりも、この本(日本語版)の誕生に力を貸してくれた御茶の水書房の橋本育さんをはじめとする皆さん、訳者の長田雅子さんをはじめとする英語版チームの皆さんのお陰であった。この場を借りて、心から感謝を捧げたい。

本は一度世に出すと独り歩きする。
もうあの本は、私の手をとっくに離れて、世界のあちこちに自由に飛び回るようになった。著者の意図はおかまいなしに。文字の不思議、出版物の不思議、ネット空間の不思議に、しばし立ち止まる。著者そっちのけで広がる書物の潔さに感じ入っている。

そして、今この本を凝縮した日本語の本を来月出版すべく、最終局面にある。
600頁のボリュームではきちんと読んでもらえないので、10分の1に圧縮したのだった。

実は、10年以上も追い続けたテーマとは、今年で「さようなら」することを心に決めている。人生の残りの時間がいつまでも長くあるわけではないと気づいたときに、その時がきたら「次」に行かなければならないと思うから。そして、「その時」が来たと、なぜか実感している。

本当はまだまだ足りないのを自分が一番よくわかってる。3部作が完成してはじめて1994年に戦後直後のモザンビークに足を踏み入れてから誓った仕事が終るということについても、今でも変更はない。でも、もう時間もないとも思う。これから先、アフリカ、戦争と平和、モザンビークで書くことは、ほとんどないだろう。ここからは、後の人達がもっと前に進めてほしいと思う。批判し、踏み台にして。まったく別の歴史を書くでもいい。違ってたよ、でもまったく構わない。ただ、今は亡き人達の声については、少し立ち止まって耳を傾けてほしいとも思う。

丁度このタイミングでこの南アフリカからきたニュースと来月の本の出版が、「留まれ」といっているとささやく自分もいるのだけれど、次へいってもいい号令だと捉えようと思う。大学を辞めておいてきたもの。この仕事を最後においてくるもの。少しずつ店じまいをしながら、次に向かっていこう。未だ見ぬ場所へ。

追伸:
日本語版は2007年に出版された『モザンビーク解放闘争史』
https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA81471652


# by africa_class | 2018-09-13 04:54 | 【記録】原稿・論文

【続報】国連「小農の権利宣言」議論で、日本政府代表が「たねの権利」を認めないと発言。国連議場で繰り広げられた国際バトルと対米追従。

今日は国際小農の日です。その日にこれを書いていることの意味をシミジミ感じます。

さらに随分時間が経過してしまいました…。
前の投稿で春と思っていたら、あれから極寒が戻ってきて、結局日本に行って戻ってきたらようやく春がきたという感じです。霜が降りないと思われる季節になったので、畑の仕事は大忙しです。朝から晩までやってるけれど、終らない・・・。猫の手も借りたい。モグラの手は借りているのですが(丁度よい場所を掘り返してくれてる)

さて、先週4月10日から13日までジュネーブの国連人権理事会で、国連「小農と農村で働く人びとの権利に関する宣言」のドラフト文の最終的な議論が行われていました。

この宣言文については、下記をご覧下さい。
https://afriqclass.exblog.jp/i43/

第1回から8回までの議論の様子は下記サイトで視聴可能です。

国連「小農と農村で働く人びとの権利に関する宣言ドラフト」に関する交渉
第5回セッション

http://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/RuralAreas/Pages/5thSession.aspx

私は畑仕事をしながら少しずつ聴いているのですが、十分追えていなかったところ、ジュネーブの国連会議場にいる市民社会の皆さんが「日本政府はどうなんてんの?」とのご一報を下さり、何かと思ったら「日本はEU(ヨーロッパ連合)に加盟でもしたの?」と。どうやら日本政府代表は「EUと同じ立場をとる」と言っているそうで、最初は「米国と同じ立場じゃないのね、よかった」と思っていたのですが、どうやらそういうことではない。

最後にどんでん返しがあるので(残念ながら)、最後まで読んでね。

EU自身が後ろ向きの立場になりつつあると知って、これは大事と思って、日本政府代表の発言を確認しなきゃーと思ったものの、こちらは農繁期かつ携帯の電池がもたない。。。

でも、どうせ、こういう会議の日本政府代表の発言というのは、大国や自分がその後ろにくっつきたい政府代表の発言のあとに、しれーーーっと出してくるので、最終日だろうと狙いをつけて待っていたところ、はやり最終も最終・・・・13日金曜日の午後の最後のセッションにご登場(前にも出ていたようですが)。

http://webtv.un.org/meetings-events/human-rights-council/watch/8th-meeting-5th-session-working-group-on-rights-of-peasants/5769486881001/?term=&sort=date?lanarabic?lanarabic?lanrussian
基本、英語とスペイン語とフランス語なので、右上のEnglishを選択して再生すると英語の同時通訳に切り替わります。

食料主権の条文の削除の件は別途書きますが、最終セッションのテーマは「collective rights」に関するものでした。この小農の権利が、小農個々人に限らず、その集合体・コミュニティの権利を謳っていることについて、異議が挟まれる形となったのです。これは国際法を学んだ者には大変面白い議論なので、改めて紹介したいと思います。

問題はcollective rightsは認められないという立場をEUが表明したという点です。
これをnew rightsとして、これを新しく創設することには反対と述べ、なんとか全員に受け入れられる解決を求めたいと提案していますが、わざわざルーマニア政府代表に話をさせている点が、後々面白い展開になっていきます。そこで、議長が、反対とい意思は分かったが、具体的にどの部分が問題なのかなどを明確にしてほしいと提案したのですが、そこで出てきた英国政府代表の説明がなんとも・・・妥当性を欠いている。

英国が出てきたので、どっかで米国が出てくるな・・・と思っていたら、やっぱり出てきました。いつものパターンなんですが、分かりやすすぎな感じで、その直後というのが「お決まり」な手順で、思わず笑っちゃいました。

で、米国政府代表・・・会議に全然参加してこなかったし、先週まったくこないのに、最後のセッションに出てきて、ちゃぶ台ひっくり返すの巻。そもそも、この権利宣言に賛同していない、と。

いつもの感じなので、それはそれでおいておいて、なぜ反対なのかに一応耳を傾けておきましょう。

米国政府代表発言要旨:
・ここでカバーされているイシューが国連人権理事会で議論するには相応しくない。
・collective rightsは賛同できない。個人のrghtsが優先されるべき。国際人権法上も。
・この権利宣言に書かれているいくつかの概念に反対。
<ー例)種子の権利、伝統的な農法を続ける権利、食料主権、生物多様性の権利。

<ー目標であって人権といわれる権利の概念ではない。
・技術移転に賛成しない。知的財産権を侵害しうるものに賛成しない。すべてのアクターを平等に扱うべき。経済利益を侵害するから。


以上の提案を反映しないのであれば宣言に賛成しない。

しゃべり方自体が、なんというかジャイアンというか、ぜひ皆さんの耳で直に聴いてほしいなあと思ったところです。
これに対して、すごく静かにビア・カンペシーナの代表(インドネシア)の方が静かに語り始める。しかもファクトに基づいて。なんとも対照的で、これを見るだけでも価値があると思います。ちなみに、先月ハーグであった国際学会でキーノートを話されていた方で、なんともさすがな感じ。

次に、国際NGO・FIANの専門家が、超ドイツ語訛で(笑)、これでもかというぐらい反証を出していくので、これも是非みてほしいです。要は、collective rightsが新しいrightsなんかではなくて、国際法上にしっかり存在してきたことを、一個ずつ紹介していっています。で、ヨーロッパ連合には、これらを反証できるのなら反証して、知らないだけかもしれないけど・・・その上で具体的に問題を明らかにしてほしいと述べて、議長に「よい質問だね」とtake noteされる。

<ーなおこれらの根拠資料は議場に配られていたみたいなので、後で確認してリンクをつけますね。

CETIM、ボリビア政府代表が、とっても静かに、「collective rightsは新しい権利なんかじゃないよ。知らないの?」それに、国内法でも中南米の集まりでも、collective rightsは明確に定義されて書き込まれてるよ、あれこもれも・・・とファクトを積み上げられ続け、そもそも小農や農村で生きる人びとのリアリティに基づいて考えてドラフトされているんであって、本当に権利を守りたいと考えているのかと詰め寄られる。

次にビア・カンペシーナ欧州のフランス農民が、フランス農村の水利権はccollective rightとして保証されていて、そのコミュニティから退出するとその権利は消えるために個人の権利ではない・・・つまり小農の生きる現実に基づいた宣言をつくる上で、当然の前提なんだが、そういう前提知らないの?・・・的なカウンターパンチが入れられていました。EUのしかも小農代表が語るリアリティ。フランスの政府代表が無言なのに注目。エンクロージャー後の英国政府代表が矢面にあえて立ったのが分かりやすい。

しかし・・・まさかのこのタイミングで、日本政府代表が登場。
あまりにないタイミングで・・・。

米国のすぐ後に手をあげるとグルだと思われるから、ちょっと置いてから・・・と思っていたのでしょうが、その戦略があだとなって、すでにEUや米国の主張は、ファクトに次ぐファクト、法律上も前例上も現実面でも・・・積み上がった後に、出てくるという最悪のタイミングとなりました。

が、日本政府代表は、本省が米国と打合せで決まった文言しか読み上げることができないので、あまりに発言のタイミングが妥当性を欠こうが、用意してきたものを読み上げるということになります。で、何を読み上げたのか?

公式テキストは後日あがってくるので、以下仮訳。

1時間8分
日本政府代表(2018年4月13日午後、第五セッション、第8会合)
1)議長、collective rightsの時間を設けてくれてありがとう。
2)このワーキンググループに建設的な参加をしてきた。小農と農村で働く人びとが暮らす厳しい現状を理解している。
3)すでに各国政府代表が述べたように、人権はすべての人に享受されるべき。
4)世銀の興味深い統計を紹介する。農村人口は国によって違いがある。
5)日本では、94%が都市住民である(2016年)。
6)地球上の54%が都市部に暮らす。
7)このセッションで既に述べたように、この宣言ドラフトは権利として広くは認られていないものが含まれている。
8)これには、種子の権利が含まれます。


思わずスルーしたいほどの稚拙な中身のない、しかし「種子の権利反対」の一点で驚くべきスピーチ。

このドラフトの最後の最後の交渉で、唯一言及したのがまさかの「種子の権利」が人権として認められないということですかいな。。。この最終セッションは、collective rightsのセッションで、EUですらその観点からのみ問題提起しているのに、米国の色々認められないと主張する権利の数々のなかから、日本政府代表があえて一つ選んだのが、「種子の権利」!!!

しかも、つい今年の4月1日まで、世界に誇れるすばらしい種子法をもっていた日本が・・・日本の農民のためにもならず、世界の農民のためにもならず、彼らの農業を守ろうとするどころか、多国籍企業(遺伝子組み換え企業)の片棒を、政府の立場として担ぐという現実。

みなさん、知ってました?
日本政府代表は、国連の国際交渉の場にいって、「種子の権利」を条文から無くせといっていますよ〜!



さらには、このどうでもいい世銀の統計…なんなんでしょう。日本政府は自国の農村・都市人口を語る際に、わざわざ世銀を引用しなければならないのでしょうか?そして、このデータをなぜ引用しているのかの説明もなし。聴いている人に慮れということであれば、国際場裏においてそんな話法は通用しません。ファクト→分析→結論。あるいはその逆が示されない発言には、価値も意味もありません。

とはいえ、あえて日本政府代表の云いたかったことを想像してみると、さらにこのスピーチの酷さがあぶり出されます。つまり、小農の数が日本では圧倒的に少ないから、ついでにいうと世界においては5%だけ都市人口に負けているから、小農の権利を重視すると割をくうそれ以外の多数者が出るって論理でしょうかね?

なんのためにこのワーキンググループに参加してるんでしょうか?ただ米国やその他の同盟国の太鼓持ちのためだけ?きちんと参加してれば、そして真摯にこの宣言をつくろうとなった背景を学んでいれば、この最後の最後のセッションで、こんな稚拙なデータを出してはこなかったと思います。

つまり、このあと何度も国連専門家にも各国代表にも(市民社会だけでなく)、念押しされた点を紹介して終ります。

世界の小農と農村で働く人びとという枠組みで権利宣言を作らなければならない現在世界的に切迫している現実、そして歴史的にこれらの人びとがマイノリティ(数だけでなく権利面で)として迫害を受けたり権利剥奪を受けてきた現実がある・・・そのために皆集まってるんじゃないですか、何をいまさら・・・

ということで、最後は説得力のある、時に涙なしには聴けない、専門家や各国代表のスピーチが数珠つなぎで連なっていって、もはやEUも誰も反論できない・・・まま閉会に至ったことを、皆さんにもお伝えしておきたいです。

とはいえ、パワフルな国々と日本の横やりによって、何がどうなったのかについてはフォローする必要があります。
では・・・畑に戻ります。

でも、畑の作業のなかで聴いたのが、本当によかったです。

そして、最後の最後に議長が、明日サイドイベントで「母なる地球 Mother Earth」のイベントをボリビア政府とエクアドル政府で主催するので、ぜひ皆さんにも起こしください、、、と呼び掛けていたのを耳にして、なんともいえない感慨を覚えた次第です。

この話を単に経済・農業でしか捉えられない、あるいは米国追従の国際舞台としてしかみられない皆さんにも、ぜひ自分たちが日々食べているものが、どこからどのようにやってきているのか、これは自然が破壊されたときにどうなるのか、皆さんも自然の一部だという現実をどう捉えるのか、考えてほしいと思っています。





# by africa_class | 2018-04-18 01:20 | 【国連】小農の権利宣言

完訳!国連「小農と農村で働く人びとの権利に関する宣言」(案)。日本と世界の「食と農の危機と希望」。

ビオトープではついにカエルが大合唱。待ちに待った春です!
つい先週まで毎日零下だったのでウソのようですが、春は突然やってくる。
そして待ってくれない・・・ので、すごく忙しいです。
剪定が間に合わないままに、また春がきてしまったので。

それはさておき、長きにわたった国連「小農と農村で働く人びとの権利に関する宣言」の全27条の訳が完成しました。あまりに忙しくなり私が完訳できなかったので、国際NGO・GRAINの協力を得て、翻訳家の方と二人三脚で終らせました。

全部はあまりに長いので(14頁!)、PDFを以下のサイトからダウンロード下さい。
https://www.farmlandgrab.org/post/view/27954-un-declaration-draft-on-the-rights-of-peasants

ただし、現在は以下の国連総会提出の原文に基づいていますので、その後修正がされていっています。修正され次第訳も改変していきますが、とりあえずはこのようなものが国連人権理事会で議論され、総会に提出されたということで。

原文 A/HRC/WG.15/4/2(国連総会提出):
https://documents-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/GEN/G17/051/60/PDF/G1705160.pdf?OpenElement

なお、日本ではまだ十分に理解されていない「食の主権」「アグロエコロジー」「種子の権利」などの概念がしっかりと条項に反映されています。国連人権理事会、次に国連総会で採択されると、日本にも大きな影響がある条約となります。日本の農家の圧倒的多数が「小農」です。

日本でこの宣言文がまったく話題になっていないことを前回ご紹介しましたが、種子法が廃案になるなど、日本の食と農も危機に直面。この食と農のプライベチゼーション(私有化・民営化)は90年代以来、とくに2000年から加速的に強度を増しながら、南の国々(アジア、アフリカ、ラテンアメリカ)を襲ってきましたが、現政権下でついに日本にも「黒船到来」です。

この権利宣言は、そのような私物化によって自らの土地・たね・声が奪われた小農や土地なしの人びとが力を結集して、国連での議論に持ち込んだものです。

ぜひ多くの方に関心をもってもらえれば。

*****

〔宣言の構成〕

前文

第一条 小農と農村で働く人びとの定義

第二条 締約国の一般的義務

第三条 平等および差別の禁止

第四条 小農女性と農村で働く女性の権利

第五条 天然資源に対する権利と開発の権利

第六条 生命、自由、安全の権利

第七条 移動の自由

第八条 思想、言論、表現の自由

第九条 結社の自由

第十条 参加の権利

第十一条 生産、販売、流通に関わる情報の権利

第十二条 司法へのアクセス

第十三条 働く権利

第十四条 職場での安全および健康の権利

第十五条 食への権利と食の主権

第十六条 ディーセントな(十分な・まともな)所得と暮らし、生産手段の権利

第十七条 土地と他の天然資源に対する権利

第十八条 安全かつ汚染されていない健康に良い環境への権利

第十九条 種子の権利

第二十条 生物多様性の権利

第二十一条 水と衛生の権利

第二十二条 社会保障の権利

第二十三条 健康の権利

第二十四条 適切な住居の権利

第二十五条 教育と研修の権利

第二十六条 文化的権利と伝統的知識

第二十七条 国連と他の国際機関の責任


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# by africa_class | 2018-03-12 22:43 | 【国連】小農の権利宣言

ヨーロッパの少子化対策(その1):フランス出生率回復理由への日本の驚き〜「失われたものがあるのなら…」

介護の話の続きを書くはずだったのですが、あれから急展開があり、義母がホスピスに転院し、そして穏やかに旅立っていきました。なかなか喪失感から立ち直ることができず、続きを書くまでには回復できていないので、今日はちょっと違う話題を。

ずばり「ヨーロッパの少子化対策」。
いや、予めお伝えしておくと、私はこの専門家ではないのです。
妊婦から現在まで18年ほどヨーロッパと日本とその他の国々を行き来する中で、いろいろ考えてきたこと、学んできたことを、今出てきている記事やデータや調査資料・論文を踏まえて紹介しているにすぎません。

でも、ツイッターで一つの記事を紹介しただけでエライことになったので、おそらくこの話題については、皆がもっと知りたい、議論したいと感じてらっしゃると思われるため、一応整理の意味で昨日と今日の2日間で書いたことを記しておきます。

あまりにニーズが大きいようなので、ヨーロッパの介護事情とともに、教育と少子化は調べて紹介すべきだろうと確信していますが、今現在はその余裕がほとんどなく、世界の最前線で生きるか死ぬかの状態の人びとのサポートを優先させて下さい。

また、今あらゆる原稿や翻訳が山積状態なので、、、乱筆お許しを。年末年始の騒動でほぼ動けない状態だったので、そのツケが年度末の今に押し寄せています。

さて、私が紹介したのは次の記事でした。

出生率が上がった。フランスが少子化を克服できた本当の理由って?

ハフポスト日本版編集部 2016年11月11日 22時23分
http://www.huffingtonpost.jp/2016/11/11/work-or-child-rearing_n_12910186.html

「フランスでは、1994年に1.66と底を打った出生率が、2010年には2.00超まで回復した。少子化に悩む先進諸国の中で、なぜフランスは「子供が産める国・育てられる国」になれたのか。


約7割が取得する「男の産休」、全額保険でカバーされる無痛分娩、連絡帳も運動会もない保育園――。働きかた、出産や保育の価値観、行政のバックアップと民間のサポート。日本とはあまりに異なる点が多いフランスの出産・育児事情から、私たちは何を学べるのか?


フランスの育児システムについてレポートした『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)を上梓した髙崎順子さんと、作家・少子化ジャーナリストの白河桃子さんの対話から、少子化脱却のための方法を探る。」


なので、この記事と新書を読んでいただければ良いと思います。

なかには色々な政策的なことや社会のこと、ご自身のことが書かれていて、面白いので各自で読んで下さいね。私はこの長いインタビュー記事を以下の140文字で紹介しただけなのです。


フランスの逆転ポイントはここ>

「もし子供を持つことで失われるものがあったら、それは全て政府が補塡します」と。

仏では「男性が途中でいなくなっても、仕事を失っても、あなたの子育ては大丈夫ですよ」という政府のメッセージが女性に届いたから安心して産める。」


これが8000以上の人にツイート(RT,いいね)されているということは、これに相当な感想をもった人が日本に多かったということになるかと思います。


いまいちそれぞれの数値の意味が分からないですが、記録のため、以下貼付けておきます。

インプレッション 396,150
エンゲージメント総数 15,243


さて。重要なのは、このツイートに接してどのようなコメントがきたか、という点。

圧倒的多数が、次のようなものでした。


1)びっくり驚いた

2)羨ましい!

3)日本では考えられない、無理

4)日本はダメだ、地獄


さらにいつもと違っていたのは、引用コメントの多さでした。

とにかく具体的に、女性たちがそれぞれの経験談を語ってくださいました。


とくにこれらの女性に鍵となった言葉が「失ったもの」の部分でした。

そして、「●なしでも大丈夫」の部分。


しかし、女性たちは、たった140文字の枠の中で、その辛さと憧れと諦めを同時に表現していたのです。日本時間では、夜中であろう時間帯に。見知らぬ人達に向けて放たれたつぶやき。一人残らず匿名の声。


このことの深い意味に、私は強く心を動かされました。

私自身が、学生時代に身籠り、日本で子を産み、育てた一人の女として。

結婚し、離婚した者として。

もっとたくさんのものを「失った」母や、祖母や、叔母や、曾祖母や、それに連なる女たちの末裔として。

世界で今日も「失ったもの」を独り、誰知れず、黙って抱きしめる女たちの、

あるいは、「失ったもの」を考えまいとして、がむしゃらに「母」をやってきた女たちのシスターとして。


誤解しないでほしい。

私がそうであるように、女性たちも、母たちも、みな「得たものの方が大きかった」と感じていることを。もうすぐ50年生きたことになるが、子を産み育てる以上の感動に、私は出逢ったことがない。そして、あの赤子がすくすくと成長し、もう旅立ってしまおうとしていることにとてつもない寂しさを日々感じていないとすれば、それは嘘になる。


そして、そのプロセスにおいて、父親を含め、沢山の人達や社会のサポートを受けていなかったかというと、そうではない。確かに受けていたのだし、息子にとって父親の役割の方が今となっては大きい。


ただ今日伝えたかったのは、少子化のことをアレコレいいたい人がいるのはよく分かるし、男性にだって沢山の辛い想いや失ったものの話もあるだろうし、政府だっていろいろやってないわけではないというのも分からないわけではないのだが、一言で表現するならば・・・


そこじゃないんです、きっと。

次の子を産まない・産めない理由は。

あるいは、子を産もうと思わない理由は。


そして、それは当事者の女性が、ぎゅーーーーと心の中で無意識にも意識的にも握りしめていて、決して外に出てこない部分なんだということ。


日本ではね。


でも、フランスではあっけらかんとしてこれが発っせられ、それに「政府が」対応するという。


そこなんだと思う。


自分を説得する必要も、夫やパートナーを説得する必要も、ましてや姑や親、会社や社会やその他を説得する必要がない状態からスタートできるとすれば、それはすごいこと。


「ああフランスだからね」

と女性たちは共感の次に、自分の境遇に戻っていく。

つまり諦めの。

なす術も、変える術ももたず、孤軍奮闘するしかない存在として。


でもね。フランスだって1994年には少子化がどうしようもないところまで行こうとしていて、出生率は下がる一方だった。北欧諸国はもっと早く70年代にこの傾向がはっきりしてしまっていた。


それを跳ね返していったのは、やはり当事者の声だったのです。

「失ったもの」を自己責任、家庭の責任にしない。

ナニカを失うとしても、それを社会全体でサポートしようよ。

否。サポートできる社会に変えていかねばならない、そう気づいて立ち上がった人達がいた。

女性だけでなく。


だって子どもは社会の宝だから。

お母さんだけの、親だけのものではなく。

子は子として命をつないでいってくれる。社会を続けていってくれる。


社会全体の継続、発展にとって、子ども・若者は必ず必要だということを、昔は言わなくても分かっていたものを、今は一人ひとりが他者や社会と断ち切られた関係のなかで生きざるを得ない傾向があるために、あえてこのことを言語化しなければならない時代となっている。


そして、介護の話もそうだったけれど、少子化の話題でも、日本からのレスポンスの根っこは同様だった。つまり、「私たちが決定権を持つ主体」という理解、「私たちの手で原状を変えることができるんだ」という前提が、まるでないという点。


反応の5)は、ズバリこれ。

「政府に、政治家にきかせたい」


もちろん、この政権が無策すぎたということもある。

そして、今の少子化対策と称しているものが、いかに当事者のニーズや想いからほど遠い、あいかわらず自分たちの利権と思いつきの産物かということも。


しかし、じゃあどうして今の政府や政策や政党・政治家がこのノリなのかというと、私たちが文句をいうか諦めるだけで、何もしてこなかったからなのだった。フランスだってスウェーデンだって、少子化がどうしようもないところまでいったことがある。そのときに、政府だけでなく、人々が変えるたい方向に政策を変えようと働きかけを続けたことが大きかった。


民主主義とは、本来こうなんだ。

人々の「こういう社会にしたい」という想いを実現するための制度。

王様や「お上」が決めた社会を耐え忍ぶためにあるんじゃない。

形だけの選挙のためにあるんじゃない。


私たちの「困った…」「もっとこうすればいいのに」を政策という形で実現するために汗をかくのが、政党・政治家・政府・官僚であり、その第一歩として、私たちは声をあげるしかない。


それが例え夜中の匿名のつぶやきであっても、考えていることを、ぎゅーっと抱きしめて唇をかみ続けるのではなく、あるいは、もはや不可能で無駄なこととして見なかったふりをして、なんとかやり過ごそうとするのであれば、私たちより状況の悪い人達、あるいは私たちより若い人達に、もっと過酷な未来を手渡すことになる。


そう。私たちは権利もあるけど責任もあるのだった。

それは今の政権や与党のいうような「義務」ではなく。


日本の政党も政府も変えてあげなければならない。

もう長い間同じメンツで、同じやり方でやってきて、変わることができない以上。

つまり、「こうしてほしい」をどんどん伝えていくところからはじめてみよう。


本当は別のことを書こうと思っていたのだけど、最後にこれを。
ここまでの話から相当逸脱するので、みなくていい人はここまででだいじょうぶ。

でも、「子は社会の宝」と私がいうとき、それはある地域社会内、あるいは一国家内だけのことを念頭においているわけではないことを書いておきたい。それは、単に自分の子が国境をまたいで存在しているということによるわけでもない。もっと長い、長い時間の経過のなかで考えてのことだった。

**


私たちの祖先は700万年かけて進化した。

私たち・ホモサピエンスに至っては、ほんの20万年前にアフリカのわずか数百人から数千人の人々が世界に拡散したものだと言われている。


ある小学校の規模の人々を想像してほしい。

そんな規模のヒトが、命の灯を絶やすことなく、バトンを手渡すように、命をつないできた結果が、今世界にいる私たちの存在なのだということを思い出したい。


ヒトの母さんは、この命のリレーのつなぎ目にあって、何十万年かけて受け継がれてきた不思議を次につないでいる。もちろん、男性あっての命のリレーなことは大前提。ただ、ほ乳類であるヒトのお母さんが背負っているものの大きさを、男性を含めた社会全体だけでなく、お母さん自身も、少し想像してもらえると良いなと。


本当は、そのほかきた移民の出生率押上効果のことなど書きたかったけれど、今日はこれで終りましょう。


氷河期やら干ばつやら、ありとあらゆる危機を乗り越えても、命を受け継いできてくれた、今は亡きたくさんのお母さんやお父さんや、その他の人々に感謝して、、、仕事にもどります。


私が受け継いだ命は、仮装してカーニバルでどんちゃん騒ぎしている夜のことでした。

もうすぐ18歳。成人です。


写真はクリスマスに遊びにきた友人の子どもたち。

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# by africa_class | 2018-02-10 07:00 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

ドイツで家族が寝たきりになった時の介護はどうなるのか?(1)

ずい分サボってました。
が、息子の日本での写真展にご協力、ご来場、ご購入いただいた皆さま、心から感謝申し上げます。帰国したと思ったら、義母が突然の緊急入院で危篤状態になり、年末年始は病院と家の行き来でした。

さてツイッターで少し書いたら、すごい反響だったので、たぶん日本の皆さんは日本以外の介護の実態をあまり知らない、あるいは知りたいと思っているご様子なので、あくまでも個人の経験ということで少し紹介しておきます。

今各種の本の執筆と出版に向けた作業、翻訳・・・(社会活動は前提として)で大忙しでして、とにかく年が明けて、農繁期が目前に迫り、此の2ヶ月が勝負なので、、、政策や別事例を調べるのは多分来年になりそうです。どこかの新聞とか専門家がしっかり調べ、一般向けの発信をすべきと思いますので、どうぞ社会的関心が非常に高いということで、よろしくお願いいたします。

まず、昨日、以下のTWを送りました。

「危篤だった義母が奇跡的に退院見込みでケアマネとの面談。在宅介護を奨励のドイツでは、家に引き取ると、2日以内に電動ベット等必要物が届き、1日3度のカリタス専門家の訪問(排泄物処理・医療対応・風呂)、2千ユーロ(27万円)が家族に支給。すごいわ…。政策が現実に活きるって、そういうものよね」

その後、以下の訂正を入れているのでご確認下さい。
1)この2千ユーロ弱*正確には1995ユーロ(27万円〜28万円)は、介護サービスの提供組織に支払うために家族に支給される。家族の手元には残らない(残してはいけない)。
2)他方、介護サービスを受けずに家族が介護する場合、毎月900ユーロ(12万〜13万円)が家族に対して支給される。これは家族が好きに使っていいお金。

*おむつ代の補助などは未だ調べていません。
*換算レートは135円から140円(今円安です)。

その後の追加情報。
3)義母は退院時は要介護の6段階で最上級(5)となる見込みで、それを踏まえた計算。
4)以上の現金支給は介護保険からすべて出される。
5)介護保険は加入が義務づけられており、その介護負担額は、その人の所得に応じた負担。
6)義母は10月の入院前は要介護2(6段階で真ん中)で、緊急時ケア付きアパートに暮らしていたが、別居家族でも介護の支援を行う人には月315ユーロ(4万2千円〜5万弱)が支給されていた。
<ー家族らが話し合い、義母のアパートの家賃に充当していた。

ちなみにドイツの子ども手当は、2018年度は次のような数字だそうです。
以下のブロガーのサイトにあった数字なので、公式発表を皆さんでご確認下さい(今時間がなくすみません)。でも、大体そうじゃないかなという数字です。
https://dj-finanz.de/post-5019/
1)一人目と二人目:194ユーロ、(2.5万円ぐらい)
2)三人目:200ユーロ(2万7千円ぐらい)
3)四人目:225ユーロ(3万2千円ぐらい)
つまり、4人いると、月額813ユーロ(10万円から12万円弱もらえます)

*ついでに、親一人当たり9000ユーロの税控除があるそうです。
*手当は18歳までだけれど、子どもが大学に行っていれば25歳まで受給可能だそう。(23歳だと思っていたのですが、これもまた調べて必要に応じて訂正入れます)

さて、いただいた反響の代表的なものが以下のもの。順不同。
1)羨ましい。
2)それなら在宅介護もできる。
3)日本じゃ無理。
4)税金高くてもこんな安心もらえるのなら是非。
5)日本の今の政権は弱者切り捨てで、逆の方向に邁進中。
6)日本では家族の責任にされる。
7)財源は?
8)高齢者が増えすぎたら?

さて、最後の二つの点は詳細についてはまた調べて紹介しますね。
でも今の時点でいえる重要なポイントは、すでにTWにも書きましたがこういうことです。

・人口動態は前もってわかること。
・国家・政府・政治の役割は未来予測を踏まえ、手(対策)を打つこと。
・当然少子高齢化が問題とわかったために、子ども手当を大幅に拡充し、子育て世代への支援に乗り出した。
・育休は3年が権利である。

(女性を子どもだけと家に閉じ込める制度になったために逆に少子化になった点もあり、子育て世代の選択肢を増やす方向に舵きりをした。東ドイツ出身のメルケル政権が誕生したこともあり、保育園の整備や制度の推進などが進められてきた。)

・とはいえ、急激には変化は期待できず、少子高齢は問題。そのため、EU域内からの移民の受け入れを積極的に行い、労働人口を増やしている。

(難民問題は複雑なので、ここでは取り上げないが、積極的受け入れを産業界や政権が行っている背景に少子高齢問題があることは否定できない)

あとは、根本的な考え方・アプローチの違いを指摘しておきたいと思います。
1)子育ても介護も、社会全体の課題。
2)家族がやって当然ではなく、それを支える家族を社会が支えようという発想。

(*ただし、子育ては母親が3歳まではすべきという強固な伝統概念がつい最近までは根強かった。が、少子化になって、この路線を変更し、父親の育児参加と保育制度の拡充、女性の社会進出を保障していくことが子どもが生まれると考えられるように)

3)この根っこには、国家と国民の直接的な契約関係(憲法)の意識あり。
4)つまり、主権在民。国家・政府・政治は、主権者である国民に奉仕するためにある。
5)介護や子どもの問題は個人の問題である以上に国家・政府・政治の問題。それを放棄するのは契約違反。
6)あとは、政治はこのようなニーズのためにあり、変えられる。
7)不満があれば、政治にぶつけ、政府や政策を変えればいい。
8)それもせずにただ政府に任せてて権利が獲得・守れるわけがない。おかしいことには声をあげる。あげ続ける。

最後に、働く理由が決定的に違っている気がしています。
・今働くのは生きるためであるが、休暇を愉しみ、年を取ってから休むため。
・働くために働くのではなく、会社のために働くのでもない。
・税金が高くても、将来の安心のためであり、その安心を全体で支えているため。

他方、ドイツにも問題が山積しています。
おかしなところもたくさんある。
政策的におかしなところも。
自動車産業との癒着による排ガス規制の見逃し問題!!
でも、日本みたいな税金の使い方はしていないのは事実ではあります。

例)高齢者がほとんどになるのに何兆円も使ってリニア新幹線を走らせようとか、原発事故起こしたのに政府保証や融資をつけて原発を海外輸出とか、国有財産をお友達に安売りとか、海外にじゃんじゃかバラマキとか・・・。そんなことしたら市民が黙っていない。なんせ、ストライキも普通に日常ですから。

また、煩い市民の目・チェック機能があちこちにある。
そして、心理的に全面的な降伏状態にある国民・・・はほとんどいない。
良くも悪くも皆さん一家言あり、投票に行ってます。

実はうちの町は、保守が強い地域で、CDUの建設会社の社長が一時的に市長をやって、とんでもない癒着・業界利する政治を行いました。それで借金が膨大になり、市民へのサービスを削らなければならない事態になった。

これは今日本でおきている現象と極めて似ています。

それでどうしたか?

30代のSDPの立候補者が、「汚職撲滅、クリーンな政治、住民のための市制刷新」を掲げて選挙に出て当選。
前市長が購入した何千万もするベンツを売り払い、自転車で市役所に通い、数々の財政再建政策を行うとともに、市を活気づかせるためのイベントを地域のミュージシャンやアーティストや住民組織とともに開催。年末には、旧市街にアイスリンクを設置し、そこで市制討論会(市長になんでもぶつけようの会)を開催しています。
現在、極めて高い支持率をもらい、再選が確実です。

このような若者を育て、支える土壌を、日本でもつくっていきたいですよね?

問題があるから無理だ・・・ではなく、問題があるから政治や政府があるのです。
問題がなければ、税金を払う必要はない。
税金はそのためにあるのであって、使途も含めて、その権限を市民が取り戻す必要があるのです。

日本は、すべてを自己責任・家族の責任に押し付けて、政府は本来の仕事を放棄し、税金の使途や政治のあり方にフリーパスを手にしようとしています。それで、既得権益を有する人達や余所の国の皆さんと好きなように最後にのこった国の財産をむさぼり食い尽くし続けたい。文句をいわれることなく。。。

国民・市民・住民のための政治・政策・政府こそが、世界の民主主義国家、日本の憲法の第一原則である主権在民の原点です。政府が私たちに諦めさせようとするのであれば、私たちは諦めてはならないと思います。

政治は変えられる。
いや、変えねばならない。
そして、与党やメディアもふくめ、市民の声をどんどん届け、教育する必要があるのです。
彼らもまた変われる、変わるべき存在。
それを忘れず、声をあげていきましょうね。

*なお介護施設は所得に応じて入れる施設と入れない施設があり、また負担額も個々人の事情に応じてまったく違います。義母は年金と持ち家があったので、探すのも、入るのも、月々の負担もそれなりに大変だったようです。そして、私たち家族は、1年の大半をバラバラに世界のあちこちで過ごすので、現実的には在宅介護は不可能な選択なので、ここから施設との調整になっていくと思います。そこらへんもまた続報でお伝えします。


写真は4年に1度、ある農村コミュニティが主宰して開く「じゃがいも祭り」の様子。終了間近にいったので閑散としていますが、日中は人でいっぱい。村の子どもたちがゴミチームを結成し、7歳ぐらいから9歳までが一生懸命ゴミ拾いしてました。

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伝統的な織物やカゴも販売されていた。



# by africa_class | 2018-01-11 19:08 | 【考】民主主義、社会運動と民衆

【確定】初の写真展@深大寺(12/24 - 28):Photographic Journey by Kai Alexander 2017

【写真展】*27日全日・28日1時まで開催

Photographic Journey

by Kai Alexander


深大寺 曼珠苑ギャラリー

日時:2017年12月24日(日)、25日(月)、26日(火)、27日(水)11時〜17時

*28日(木)11時〜13時も開催。


住所:調布市深大寺元町5-9-5(喫茶「曼珠苑」の斜め向かいにあります)

*「深大寺」から徒歩2分。「深大寺水車館」の西隣。
http://bit.ly/2nHmyLg


アクセス:
京王線つつじヶ丘よりバス:深大寺下車 
京王線調布駅乗車~「深大寺入り口」下車交差点東へわたり深大寺へ向かって徒歩1分
JR三鷹駅乗車~「深大寺入り口」下車戻るようにして交差点を左折深大寺へ向かって徒歩1分30秒


出展作品
  • Photographic Journey `vol. I "Venice" (ヴェネチア)
  • Picture Book "Colors of Autumn" (秋の色彩)
  • Posters "Garden"




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# by africa_class | 2017-12-23 10:22 | 【徒然】ドイツでの暮らし

今日の参議院農林水産委員会で農水官僚が知らなかった「小農の権利に関する国連宣言」の残りの仮訳

印鑰智哉さんのご連絡で、本日の参議院農林水産委員会で、現在ドラフト中の「小農と農村労働者の権利に関する国連宣言」の話題が出たが、農水省の官僚は誰一人、この宣言について知らなかった・・・との驚愕の事実が発覚しました。

詳細は、
印鑰さんのフェイスブックをご覧下さい。
https://www.facebook.com/InyakuTomoya/posts/2294271450599672

「川田議員は国連で進められている小農民および農村住民の権利宣言について農水省は知っているかを尋ねると、一人も手を上げない。さらに今年5月に外務省が宣言の反対の答弁を行ったことの問題を指摘した。日本の国会で議論もないまま、外務省が暴走して宣言成立に反対していたことを農水省は知っていたのかと川田議員が質問すると、農水省側はフリーズ、速記が止められる事態に。最終的に農水大臣が今後精査して対応すると述べたに留まった。」

速記が止まる!・・・ほどに知られていないというこの国連宣言。日本の農家の大半が「小規模農家」であることを考えれば、あり得んといいたいことですが、より驚きは、国連人権理事会の日本代表が、日本国を代表して話したことすら、農水省が知らないという現実。

良く考えてみてください。
「小農と農村で働く人びとの権利」は、何も日本以外の国、とりわけ南の国々を対象としているわけではありません。世界中の国連加盟国の小農と人びとを対象としているのです。

その意味で、所管は外務省だけでなく、農水省。なのに知らないという・・・・。
農水省の皆さんも、もう少し勉強しましょう・・・ということ以上に、外務省、どうしてこんな重要なことを農水省に相談せずに批判的な言動や棄権票を投じるんでしょうか。

これについては、過去投稿を。

国連人権理事会での日本政府スピーチを読み解く:「小農の権利に関する国連宣言」

http://afriqclass.exblog.jp/237966234/

こんな状態なので、私の試訳ものんびりやっている場合じゃないんですが、今、本の原稿と校正が2つ佳境を迎えており、かつあらゆる申請書に負われており、ちょっと終らせられない感じです。とりあえず、前文の訳はこちら。

試訳:「小農と農村で働く人々の権利に関する国連宣言」のドラフト(前文)

http://afriqclass.exblog.jp/237968762/

仮訳をしてくださった方の訳をとりあえずご紹介しておきます。
Fatalな間違いはなかったので、残りの作業としては、訳語を統一し、訳されていない部分を訳して完成させることかと思います。
何度も申し上げますが、匿名でこの作業をしてくださった方に心からの賞賛とお礼を。


============

第一条 小農と農村で働く人々の定義

1. 本宣言において、小農とは、自給のためもしくは販売のため、またはその両方のため、一人もしくは他の人々とともに、またはコミュニティとして、小規模農業生産を行なっているか、行うことを目指している人で、家族及び世帯内の労働力並びに貨幣で支払を受けない他の労働力に対して、それだけにというわけではないが、大幅に依拠し、土地に対して特別な依拠、結びつきを持った人を指す。

2. 本宣言は、伝統的または小規模な農業、畜産、牧畜、漁業、林業、狩猟、採取、農業とかかわる工芸品作り、農村地域の関連職業につくあらゆる人物に適用される。

3. 本宣言は、農地及び、移動放牧及び遊牧社会で働く先住民、土地のない人々にも適用される。

4. 本宣言は、その法的地位にかかわりなく、養殖産業の養殖場や農業関連企業のプランテーションで働く労働者、移住労働者、季節労働者にも適用される。


第二条 締約国の一般的義務

1. 締約国は、小農と農村で働く他の人々の権利を、その領域および領域外において、尊重、保護、実現しなければならない。直ちには保障できない本宣言の権利の完全実現を漸進的に達成するため、締約国は、法的、行政的および他の適切な措置を迅速に取らなければならない。

2. 高齢者や女性、青年、子ども、障害者を含め、小農と農村で働く他の人々の権利および特別な必要に関する本宣言の実施に関して、特別な注意を払わなければならない。

3. 小農と農村で働く他の人々の権利に影響を及ぼす可能性がある法律、政策、国際条約、他の意思決定の採用、実施の前に、先住民に関する特別な法律を無視することがないよう、締約国は、小農と農村で働く他の人々の自由意志に基づく、事前のインフォームド・コンセントを得るため、自らを代表する機関を通じて、誠意を持って、小農と農村で働く他の人々と協議、協力しなければならない。

4. 締約国は、人権義務に一致するやり方で、貿易、投資、金融、税制、環境保護、開発協力、安全保障分野も含め、国際協定および基準を具体化、解釈、適用しなければならない。

5. 締約国は、関連する国際協定と基準を、人権上の義務と一致するように、具体化、解釈、適用しなければならない。

6. 締約国は、本宣言の目的および目標の実現のための各国の努力を支援する国際協力の重要性を認識しつつ、この点に関して、適切な場合には、当該の国際、地域機関、市民社会、とりわけ、小農と農村ではたらく他の人々の組織と協力して、適切かつ効果的な措置をとらなければならない。そのような措置には以下のものが含まれうる。

a) 当該の国際協力は、国際開発プログラムを含め、小農と農村で働く他の人々を包摂し、利用可能で、かつこうした人々にとって役立つものにする。

b) 情報、経験、訓練プログラム、最良の実践についての情報交換と共有を含め、能力構築の促進と支援

c) 研究および、科学・技術知識へのアクセスにおいて協力を促進

d) 適切な場合には、技術・経済支援の提供、利用可能な技術へのアクセスとその共有を促進、(特に途上国に対して)技術移転を通じて

e) 極端な食料価格の変動と投機を抑制するため、世界規模で市場の運営の改善および、食料備蓄に関するものを含め、市場情報への時宜にかなったアクセスの促進

第三条 平等および差別の禁止

第四条 小農女性と農村で働く女性の権利

1. 締約国は、男女平等に基づき、小農女性と農村で働く女性が、あらゆる人権と基本的自由を十分かつ平等に享受し、農村の経済、社会、文化的開発を自由に追求し、それに参加し、そこから利益を得るように、これらの女性に対する差別を撤廃する適切な措置をすべてとらなければならない。

2. 締約国は、小農女性と農村で働く他の女性が差別を受けることなく、本宣言と、他の国際人権条約に定められた全ての人権、基本的自由を保障しなければならない。その中には以下の権利が含まれる。

a) 開発計画の作成と実施について、あらゆるレベルで意味ある参加をする権利

b) 家族計画についての情報、カウンセリング、サービスを含め、適切な医療施設にアクセスする権利

c) 社会保障制度から直接利益を得る権利

d) 機能的識字力に関する訓練、教育を含め、公式、非公式を問わず、あらゆる種類の訓練、教育を受ける権利、技術的熟練度を引き上げるため、あらゆるコミュニティサービスや農事相談事業から利益を得る権利

e) 雇用と自営活動を通じて経済機会への平等なアクセスを得るため、自助グループと協同組合を組織する権利

f) あらゆるコミュニティサービスに参加する権利

g) 農業信用取引、融資、販売施設、適切な技術にアクセスする権利、土地と天然資源にかかわる平等な権利

h) 既婚あるいは未婚であるかどうか、土地保有制度の違いにかかわらず、土地と天然資源への平等なアクセス、利用、管理を行う権利、土地と農地改革、土地再定住計画において平等または優先的に扱われる権利

i) ディーセントな雇用と、平等な報酬、手当を受け取る権利、収入創出のための活動に参加する権利

j) 暴力を受けない権利

k) 婚姻、家族関係に関して、法的にも実質的にも、平等かつ公正に扱われる権利

第五条 天然資源に対する権利と開発の権利

1. 小農と農村で働く他の人々は、適切な生活条件を享受するのに求められる、自らの居住地域に存在する天然資源にアクセスし、利用する権利を有する。小農と農村で働く他の人々は、これらの天然資源の管理に参加し、開発の利益を享受し、居住地域の保全の権利を持つ。

2. 小農と農村で働く他の人々は、開発の権利を執行する上で優先事項と方針を決定および作成する権利を有する。

3. 締約国は、小農と農村で働く人々が伝統的に保有、利用する天然資源のいかなる開発についても、以下事柄に基づいて認可されるように措置をとらなければならない。

a) 小農と農村で働く人々が個人および集団として関与し、技術的な能力を持つ独立機関が正当に行う社会環境影響評価

b) 小農と農村で働く他の人々の自由な、事前のインフォームドコンセントを得るための誠実な話し合い

c) 天然資源を開発する人々と、小農と農村で働く他の人々の間の、相互に合意した条件に基づき打ち立てられた、そのような開発の利益を共有するための手順

第六条 生命、自由、安全の権利

1. 小農と農村で働く他の人々は、生命、身体的および精神的インテグリティ〔不可侵性〕、自由、安全の権利を持つ。

2. 小農と農村で働く他の人々は、恣意的な逮捕、拘束、拷問、他の残酷かつ、非人間的または下劣な待遇や処罰にさらされてはならないし、奴隷にされたり、隷属状態に置かれてはならない。

第七条 移動の権利

第八条 思想、言論、表現の自由

第九条 結社の自由

第十条 参加の権利

第十一条 生産、販売、流通に関わる情報の権利

1. 小農と農村で働く他の人々は、自らの生産物の生産、加工、販売、流通に影響を及ぼす恐れのある要素に関する情報を含め、情報を要求し、受け取り、整備し、開示、知らせる権利がある。

2. 締約国は、小農と農村で働く他の人々が、自らの生命、土地、生計に影響を及ぼす恐れのある事柄において、意思決定への効果的参加を保証する文化的方法に合った言語、形式、手段を用い、透明かつ時宜にかなった、適切な情報にアクセスできるようにするため、適切な措置をとらなければならない。

3. 小農と農村で働く他の人々は、地元、全国、国際レベルにおいて、自らの生産物の質を評価・認証する公平かつ公正な制度を持つとともに、多国籍企業が制定する認証制度を拒否する権利がある。

第十二条 司法へのアクセス

第十三条 働く権利

1. 小農と農村で働く他の人々は、自らの生計をたてる方法を自由に選択する権利を含め、働く権利を有する。

2. 締約国は、小農と農村で働く他の人々とその家族の生計のため適切な水準の報酬を提供する、働く機会をもつ環境を構築しなければならない。農村において高い水準の貧困に直面する国において、他の部門において雇用機会がない場合、締約国は、雇用創出に寄与できるよう十分に労働集約的な食料制度を構築・促進するため、適切な措置をとらなければならない。

3. 締約国は、小農の農業と小規模漁業の特別な性格を考慮し、農村地域で労働監督官の効果的な活動を保証するため、適切な資源を配置することによって、労働法の順守を監視しなければならない。

4. いかなる人に対しても、強制、奴隷労働を求めてはならない。締約国は、小農と農村で働く他の人々、これらの人々を代表する組織と協議、協力して、女性、男性、子供の借金による束縛、漁民と漁業労働者の強制労働(季節労働者と出稼ぎ労働者を含む)、経済的搾取からのこうした人々を保護するため、適切な措置を取らなければならない。

第十四条 職場での安全および健康の権利

第十五条 食料への権利と食料主権

1. 小農と農村で働く人々は、適切な食料の権利と、飢餓を逃れる基本的な権利を有する。この中には、食料を生産する権利、最高の身体的・感情的・知的発育を享受する可能性を保証する適切な栄養を受け取る権利がある。

2. 小農と農村で働く人々は、食料主権を有する。食料主権は、社会的に公正かつ生態に配慮した方法で生産された健康によい、文化的に適切な食料に対する人々の権利である。その中には、決定参加の権利、自らの食料と農業システムを決める権利が含まれる。

3. 締約国は、小農と農村で働く人々と連携し、地元、全国、地域、国際レベルで、食料主権を促進、保護する公共政策および、他の農業、経済、社会、文化、開発政策との整合性を確保するメカニズムを作成しなければならない。

4. 締約国は、小農と農村で働く人々が、持続可能かつ公正な方法で生産・消費され、文化的に受容できる十分かつ適切な食料に対して、物理的・経済的アクセスをする権利を常に享受できるようにするとともに、将来の世代による食料へのアクセスを保障し、個人としても集団としても、彼らが物理的にも、精神的にも充実した、尊厳ある生活をおくれるようにしなければならない。

5. 締約国は、プライマリ・ヘルス・ケアの枠組みも含め、とりわけ、すぐに利用できる技術の適用、適切な栄養のある食料の提供を通じ、女性が、妊娠および授乳期間に適切な栄養を確保できるようにすることによって、農村の子供たちの栄養不良とたたかうため適切な措置をとらなければならない。また、親や子供たちをはじめ、社会の全ての構成員が十分な情報を提供され、栄養教育を受けることができ、子供の栄養と母乳育児の長所に関する基本的知識の利用において支援を受けることができるようにしなければならない。

第十六条 ディーセントな所得と暮らし、生産手段の権利

1. 小農と農村で働く人々は、自らと自らの家族のため、ディーセントな所得と暮らしを得る権利、生産用具、技術支援、融資、保険や他の金融サービスを含め、それらを実現するのに必要な生産手段を得る権利を有する。また、個人としても集団としても、農業、漁業、畜産を伝統的な方式で行い、地域社会を基盤とした市場を形成する権利を持つ。

2. 小農と農村で働く人々は、ディーセントな所得と暮らしを保証する価格で、地元、全国、地域の市場で生産物を販売するのに必要な運輸、加工、乾燥の手段や貯蔵施設を用いる権利を持つ。

3. 締約国は、小農と農村で働く他の人々とその家族が適切な生活水準を達成できる価格で自らの生産物を販売するため、十分かつ公平な市場へのアクセスと参加を促進・保障する方法で、地元、全国、地域市場を強化・支援する適切な措置をとらなければならない。価格は、小農と農村で働く他の人々、その組織が参加する公平かつ透明な手続きを通じて設定されなければならない。

4. 締約国は、自らの農村開発、農業、環境、貿易、投資政策とプログラムが、地元で生計をたてる選択肢の増加、環境持続可能な農業生産様式への移行に効果的に寄与できるようにするためあらゆる措置をとらなければならない。締約国は、可能な場合は常に、アグロエコロジー生産、有機生産、持続可能な生産および、農家から消費者への産直販売を促進しなければならない。

5. 締約国は、自然災害や、市場破綻など他の重大な混乱に対する小農の復元力を強化するため適切な措置をとらなければならない。

第十七条 土地と他の天然資源に対する権利

1. 小農と農村に住む他の人々は、個人としても、集団としても、適切な生活水準を実現し、安全、平和かつ尊厳を持って暮らす場所を確保し、自らの文化を育成するのに必要な土地、水域、沿岸海域、漁場、牧草地、森林を保有する権利がある。

2. 締約国は、婚姻関係の変更、法的能力の欠如、経済的資源へのアクセスの欠如がもたらすものを含め、土地所有権に関するあらゆる差別を撤廃・禁止しなければならない。特に、これらの権利を相続または遺贈する権利を含め、男女に対して平等に土地保有権を保障しなければならない。

3. 締約国は、現在法律で保護されていない、慣習的土地保有権を含め、土地保有権を法的に認知しなければならない。借地権を含め、あらゆる形の保有権はすべての人に対して、強制立ち退きに対する法的保護を保証するものでなければならない。自然の共有地及び、それと結びついた共同利用・管理制度を認知、保護しなければならない。

4. 小農と農村地帯で働く他の人々は、土地や常居所からの恣意的な立ち退きに対して保護される権利、または、活動に使用し、適切な生活水準を享受するのに必要な天然資源を恣意的に剥奪されない権利がある。締約国は、国際人権・人道法の基準に従って、立ち退きや剥奪に対する保護を、国際人権、人道法に則った国内法に盛り込まなければならない。締約国は、罰則措置や戦争の手段としてのものも含め、強制退去、住宅の解体、農地の破壊、土地と天然資源の恣意的没収と収用を禁止しなければならない。

5. 小農と農村で働く他の人々は、個人としても集団としても、恣意的または違法に奪われた土地に帰還する権利、自らの活動で用いられ、適切な生活水準の享受に必要な天然資源へのアクセスを回復する権利、帰還が不可能な場合には、公正・公平な補償を受ける権利を持つ。締約国は、自然災害または武力紛争、あるいはその両方によって土地を追われた人々に対して、土地やその他の天然資源へのアクセスを回復しなければならない。

6. 締約国は、(特に、青年と土地のない人々に対して)活動で用いるとともに適切な生活水準の享受に必要な土地と他の天然資源への広範かつ公平なアクセスと、包摂的な農村開発を促進するため、再分配のための農地改革を実施しなければならない。再分配改革は、土地、漁場、森林への男女の平等なアクセスを保証し、土地の過剰な集中と支配の社会的機能を考慮し、それを制限しなければならない。公有の土地、漁場、森林の分配の際には、小農、小規模漁民、他の農村労働者を優先しなければならない。

7. 締約国は、アグロエコロジーを含め、生産に用いられ、適切な生活水準の享受に必要な土地および他の天然資源の保全と持続可能な利用のための措置をとるとともに、バイオキャパシティ〔環境収容力〕や他の自然の収容力およびサイクルの再生のための条件を保障しなければならない。

第十八条 安全かつ汚染されていない健康に良い環境への権利

1. 小農と農村で働く他の人々は、安全かつ汚染されていない、健康によい環境への権利を有する。

2. 小農と農村で働く他の人々は、環境および土地または領域、資源の生産力を保全、保護の権利を有する。締約国は、この権利を保護し、差別することなく、小農と農村で働く他の人々のため、その権利の完全な実現のため適切な措置をとらなければならない。

3. 締約国は、気候変動とたたかう国際的義務を順守しなければならない。小農と農村で働く他の人々は、実践や伝統的知識を用いることなども含め、国および地元の気候変動適用・緩和政策の作成と実施に加わる権利を有する。

4. 締約国は、自由意志に基づく、事前のインフォームドコンセントなしで、小農と農村で働く他の人々の土地または領域に、有害物質を貯蔵または廃棄されることがないよう効果的な措置をとるとともに、国境を超える環境破壊がもたらす、権利享受への脅威に対して協力して対処しなければならない。

5. 締約国は、小農と農村で働く他の人々の権利の保護に直接、間接に寄与する環境法を実施することなどによって、非国家主体による有害な措置〔abuses〕からこれらの人々を保護しなければならない。


第十九条 種子の権利

1. 小農と農村で働く他の人々は種子に対する権利を持ち、その中には以下の内容が含まれる。

a) 食料と農業のための植物遺伝資源にかかわる伝統的知識を保護する権利

b) 食料と農業のための植物遺伝資源の利用から生じる利益の受け取りに公平に参加する権利

c) 食料と農業のための植物遺伝資源の保護と持続可能な利用にかかわる事柄について、決定に参加する権利

d) 自家採種の種苗を保存、利用、交換、販売する権利

2. 小農と農村で働く他の人々は、自らの種子と伝統的知識を維持、管理、保護、育成する権利を持つ。

3. 締約国は、種子の権利を尊重、保護、実施し、国内法において認めなければならない。

4. 締約国は、十分な質と量の種子が、播種を行う上で最も適切な時期に、手頃な価格で小農が利用できるようにしなければならない。

5. 締約国は、小農が自らの種子、または、自らが選択した地元で入手できる他の種子を利用するとともに、栽培を望む作物と種について決定する権利を認めなければならない。

6. 締約国は、小農の種子制度を支持し、小農の種子と農業生物多様性を促進しなければならない。

7. 締約国は、農業研究開発が、小農と農村で働く他の人々の必要に対して向けられるようにしなければならない。締約国は、小農と農村で働く他の人々が、研究開発の優先事項やその開始の決定に積極的に参加し、彼らの経験が考慮され、彼らの必要に応じ孤児作物や種子の研究開発への投資を増やすようにしなければならない。

8. 締約国は、種子政策、植物品種保護、他の知的財産法、認証制度、種子販売法が、小農の権利、特に、種子の権利を尊重し、小農の必要と現実を考慮するようにしなければならない。

第二十条 生物多様性の権利

1. 小農と農村で働く他の人々は、個人および集団として、生物多様性と、農業、漁業、畜産を含む関連知識を保全、維持、持続可能な方法で利用、発展させる権利を持つ。また、小農と農村で働く他の人々の生存と農業生物多様性の更新が依拠する伝統的農業、遊牧、アグロエコロジー制度を維持する権利を持つ。

2. 小農と農村で働く他の人々は、生物多様性の保全と持続可能な利用にかかわる自らと結びついた知識、イノベーション、慣行を保護する権利を持つ。

3. 締約国は、生物多様性と遺伝資源の枯渇を防ぎ、それらの保全と持続可能な利用を保障し、小農と農村で働く他の人々の関連する伝統的知識の保護と促進、これらの資源の利用から生じる利益の受け取りへの公平な参加のため、当該の国際協定の義務に則った適切な措置をとらなければならない。

4. 締約国は、遺伝子組み換え生物の開発、取引、輸送、利用、移動、リリースから生じる小農と農村で働く他の人々の権利侵害のリスクを制御、防止、削減しなければならない。

第二十一条 水と衛生の権利

1. 小農と農村で働く他の人々は、生命の権利とすべての人権の完全な享受のために不可欠な、安全で清潔な飲み水と衛生の権利を持つ。また、良質で、手頃な価格で、物理的にアクセス可能で、非差別的で、文化的およびジェンダー条件上も受け入れ可能な水供給制度と処理施設の権利を持つ。

2. 小農と農村で働く他の人々は、農業、漁業、畜産に求められる水の権利および他の水にかかわる生活を確保する権利がある。小農と農村で働く他の人々は、水と水管理制度に公平にアクセスする権利を持ち、水供給を恣意的に絶たれたり、汚染されたりしない権利を有している。

3. 締約国は、慣習的な地元社会に基づく水管理制度におけるものも含め、公平な条件で、水へのアクセスを尊重、保護、確保するとともに、特に遊牧民、プランテーション労働者、季節労働者(法的地位にかかわりなく)、非正規、非公式に移住し暮らしている人々など経済的に不利な立場に置かれたり、脇に追いやられた人々に対してなど、個人、国内、生産的利用のため手頃な価格の水と、処理施設の改善を保障しなければならない。

4. 締約国は、湿地帯、池、湖、川、小川などの天然水資源、流域、帯水層、地表水源を、過度の使用や、すぐにあるいは時間をかけて汚染をもたらす工場排水やミネラルおよび化学物質の集積など、有害物質による汚染から保護し、それらの再生を保障しなければならない。

5. 締約国は、第三国が、小農と農村で働く他の人々が水の権利を享受することを損なうのを防止しなければならない。締約国は、人間の必要、小規模食料生産、生態系の必要、文化的使用を水利用の優先事項としなければならない。


第二十二条 社会保障の権利

1. 小農と農村で働く他の人々は、社会保険を含む、社会保障の権利を持つ。また、当該の国際および国内労働法に基づき制定された全ての社会保障権を十分に享受する権利を有する。

2. 農村の出稼ぎ労働者は、法的地位にかかわりなく、社会保障に関して平等な待遇を受けなければならない。

3. 締約国は、社会保険を含め、小農と農村で働く他の人々の社会保障の権利を認め、国内の状況に則って、基本的社会保障制度の保証からなる社会的保護の土台を構築・維持しなければならない。この基本的社会保障制度を通じて、生涯にわたって、必要なすべての人が、基本的な医療、所得保障(これらは合わさって、国内において必要と定められる物品とサービスを効果的に利用できるようにする)を受けることを最低限保証しなければならない。

4. 基本的社会保障制度の保証は、法律で定めなければならない。公平、透明、効果的かつ金銭的に利用可能な苦情処理および不服申し立て手続きが明記されなければならない。国内の法的枠組みにより適合したものにするための制度を導入しなければならない。

第二十三条 健康の権利

第二十四条 適切な住宅の権利

第二十五条 教育と訓練の権利

第二十六条 文化的権利と伝統的知識

第二十七条 国際連合と他の国際機関の責任

1. 国際連合、国際および地域金融機関を含む、他の政府間組織の専門機関、基金、プログラムが、とりわけ開発支援および協力の実施を通じて、本宣言条項の完全な実施に寄与しなければならない。小農と農村で働く他の人々が、自らに影響を及ぼす事柄について参加を保証する財源を確保しなければならない。

2. 国際連合、専門機関、基金、プログラム、国際および地域金融機関を含む他の政府間組織は、本宣言の条項の尊重と、その完全な適用を促さなければならない。



# by africa_class | 2017-12-06 03:32 | 【国連】小農の権利宣言