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ブラジル・セラード日系農場と住民の水紛争:ニッケイ新聞を見ながら思ったこと

新書の執筆が佳境でして、なかなか色々手がまわっておりません。が、今日は、オランダに派遣されてきたゼミ4期生(だっけ?)が遊びにきてくれるので、放置しぱなっしの家の掃除を・・・と思ったら、田舎の家…手がまわらない。諦めたところです。欧州に現在2名、アフリカに3名、東南アジアに1名、米国に2名、オセアニアに2名、中東に2名、あと所在不明の人多数、その他諸外国と行ったり来たりの皆さんですが、日本国内でも北海道や島根にもいて、いつか皆を尋ね歩く旅をしたいなと思っています。もちろん、東京&首都圏で大活躍の皆さんも大いに応援しています。

このブログで紹介しているブラジル・セラード(バイーア州西部)で起きている日系農場と地域住民の水をめぐる紛争ですが、少しずついろいろ情報が出てきています。

その中に、サンパウロで発行されているニッケイ新聞の記事があります。
「ブラジル=五十嵐農牧を500人が破壊」
(2017年11月17日)

記事は、日系人である五十嵐氏が興した企業(五十嵐農牧畜株式会社として紹介)を全面的に支持する立場から書かれています。住民たちを「破壊目的の抗議グループ」とよんでいます。

サンパウロには、二つ日系新聞(日本語で刊行されている日刊紙)があり、一つがこの「ニッケイ新聞」。もう一つが、「サンパウロ新聞」です。

私は、ブラジルに留学していたとき、「ニッケイ新聞」の出している月刊誌でアルバイトをしていて、連載記事と写真を担当していました。また、ニッケイ新聞が出していた本の編集なども手伝っていました。

月から木まで遠いミナスジェライス州の大学で勉強し、木曜日の深夜バスで8時間かけてサンパウロに向かい、朝着いたらすぐに、日本人街を通って、新聞本社ビルに向かうのですが、毎回自分が映画の中のワンシーンを歩いているような、すごく不思議な感覚でいました。一度、リベルダーデ界隈に入れば、もうポルトガル語は必要ありません。日本語で話し、日本語で編集し、日本食を食べて、日本のカラオケで歌う。

日本人が留学生以外には日系人を含めまったく見当たらない町で、ブラジル人ばかりの中で暮らし、一日中ポルトガル語の嵐の暮らしでは(当時のパートナーの英語はさておき)、ほっとするような空間と時間でしたが、時に疑問を持たなかったわけでもありません。そのうち、サンパウロの下宿先を日本人の編集長のところから、ブラジル人のところに変えてからは、少しバランスを取りながら日系コミュニティとおつきあいさせていただけるようになりました。

アメリカの大学の先生と書いていた本の関係で、日系コロニア(ブラジルの日本人・日系人コミュニティ)について学ぶようになり、色々な人にインタビューし、農村部に足を運んで調査をして、その歴史や社会に魅了されました。どこにいっても優しく接してもらって、日本からわざわざ女独りで留学になんてきて、ブラジル人だけのところで暮らすなんて…と何度もビックリされました。軍政が終ってすぐの1991年とあっては、特に農村の皆さんにとって「コロニア外は怖いところ」というイメージが強かったように思います。日本から直接きた若い日本人は「価値が高い」から、もらいて沢山あるよと何度もおすすめいたただいたものです。

当時、私は、心やさしき日系コロニアの皆さんの語りたがらない歴史を調べていました。所謂「勝ち組」「負け組」についてです。最初は、ただ本のために材料を集めていたのですが、ミナスのブラジル人社会、サンパウロのリベルダーデ周辺の知識人社会や商売の皆さん、農村部のコミュニテイの皆さん、サンパウロのブラジル人社会、これらを行き来するようになって、次第に日系コミュニティ内部の多様性と亀裂、そしてコミュニティ外との接触と断絶に関心が移るようになったからです。

その後、ブラジルの北東部、アマゾン、ブラジリア、南部を訪問し、ブラジルのスケールの大きさと多様性に圧倒されるとともに、日系コロニア内部の表現のあり方が気になっていきました。つまり、昔からそこに住んでいた先住民族の皆さんを「カボクロ」と呼び、『カボクロだから出来ない」「カボクロだから盗む」「カボクロとは結婚させない」…これらの表現に、若かった私は打ちのめされてしまいました。

カボクロとは蔑称で、『世界大百科事典』では次のように説明されています。
https://kotobank.jp/word/%E3%82%AB%E3%83%9C%E3%82%AF%E3%83%AD-1155471
「現代のブラジルで,おもに下層の,無知な田舎者を指す。トゥピ語のcaá‐bóc(〈森から出て来た者〉の意)から出た言葉で,もともと混血者の意味はない。古くはインディオ自体や,特に白人社会に接触し,奴隷化され,キリスト教になじんだインディオを指し,やがては白人の土着した者や白人とインディオの混血者をも意味するようになった。元来軽蔑の意があるが,ナショナリズムが強まる風潮の中でブラジル国民性を代表させる語にも用いられる。」

私が暮らしていたミナスのアパートは、貧困層の人びとが暮らす地域にあり、仲の良い友人たちは北東部出身のアフリカ系の皆さんや先住民族をバックグランドにする人が多かったのです。貧しいながらも助け合って暮らす住民たちの中で送った日々は、その後私をアフリカに導いていきます。

日本に戻ってから、文献調査を開始し、国会図書館の移民資料室に通い、日系人の協会に行き、外務省の昔の担当者の方に会いに行って資料をいただき、先生方を尋ね歩き、なんとか卒論を終え、その卒論を土台に本のブラジルの章を完成させました。大学院1年生のことでした。奇しくも入管法の改正で数多くの日系ブラジル人、ペルー人が日本に入ってきた時期で、ブラジルでお世話になった恩返しにと思って、小学校に教育補助に行き、教育委員会のお手紙を翻訳し、これらの人びとを取材したメディアの通訳やコーディネイトをして、なんとか少しでも日本=南米の人的関係を発展させられたらな・・・と思っていました。

でも、ブラジルの日系移民研究に戻ることはありませんでした。
津田塾大学の博士課程に進んだ時、そこが移民研究の拠点でもあったことを知り、先生方に勧められもしたのですが、私にはどうしても「カボクロなんて」の表現に反発する気持ちを抑えることはできないと、その時はもうはっきり自覚していました。

私は、物事を見る時には、相対する視点で見ようとします。
「鳥の目」<=>「虫の目」
「森」<=>「一本の木」
「今・現在」<=>「人類史」
「権力」<=>「被抑圧者」
「常識」<=>「非常識」

実際は、これらは相対するものではなく、混じり合っているわけですが、意識的に自分の思考のプロセスとして、このような視角を取入れようとしてきました。上手く行かないことも多いのですが。でも、立場を取る必要があるときには、この思考プロセスは失わないものの、「虫」「一本の木」「人類史」「被抑圧者」の側に軸足を置くことを決めています。これは、そうでなければ、この人生をまっとうする意味がないと、すごく小さい時に決めてしまったからです。

世の中、どんな素晴らしい(とされる)社会でも国でも、「虫」「被抑圧者」の側の論理で物事がまわることは殆どあり得ません。これは歴史においてもそうで、今もそうで、これからもそうでしょう。このような側に立つことは勇気がいるし、損もする。決して大多数側にはなれない。でも、だからこそ、自分一人ぐらいはその立場に立とうではないか、そう決めたのが4歳のあの時なのです。

それから、迷いはしなかたものの、自分の無知・足りなさ・傲慢さ・修行の足りなさ・弱さによって、そうできなかったことも多いことは事実です。「先生」などという職業はそれに輪をかけてしまった。まだそれが乗り越えられていないのも自覚があります。でも、完璧がないとも知っています。自分の足をおきたいところを自覚して、少しでも役に立てればいいなと今は思います。そのためにも、学ぶことがまだまだ沢山ある!

このコレンチーナの「事件」をニッケイ新聞がそのように報じたい理由はよく分かります。そして、農場側・農場主・アグリビジネス経営者側からみたときに。でもどうでしょうか?この事件を、とくに人類史の中に位置づけ直したときに、見えてくる風景は劇的に異なります。

その風景こそを紹介するのが私の役目かもしれない、そう思っています。


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by africa_class | 2017-11-19 00:01 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

経済至上主義に飼い慣らされる私たちと水俣、セラード開発、原発事故、プロサバンナ問題…を超えて。

先程改訂が終わった『アフリカと内発的発展』のある章の「おわりに」を転載します。特に、最後のパラグラフを、アフリカや援助関係者以外の皆さんに読んでほしいと思っています。これは私たちの、私たちの社会の問題だと思うからです。4月に出版予定です。お楽しみに。

3月28日2時半~5時半まで、先般『国際開発研究』(国際開発学会ジャーナル)に巻頭論文を出された小倉充夫先生と共に、書評会に挑みます。先生の論文は以下の原稿を書いた後に読んだのですが、期せずして同じようなことを考えていたことに(まったくレベルは違うのですが)、驚きました。原文を読んでほしいですが、なかなか入手難しいと思うので、以下紹介ブログです。

◆援助・開発関係者が読むべき論考:「開発社会学の軌跡と地平」(小倉充夫)「開発/発展」をめぐって
http://afriqclass.exblog.jp/17202555/

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おわりに

ここまで、プロサバンナ事業にみられる言説の推移と背景分析、そして内発的発展論に視座をおき考察を行ってきた。その結果、同事業における多くの問題が、事業の成立過程や背景、つまり政治・外交・宣伝プロジェクトとして進められ、現場の人びと(小農)やそのニーズから立ち上げられたものではなかったことに起因していることが明らかになった。「広大な未使用地」「低生産性」「貧困」「食料不足」といった外部者が規定する不足ばかりが、マクロ・データや写真 に依拠して想定され、根本原因の詳細な検討も当事者との相談もないままに、先に「農業投資」「企業参入」「モデル」という処方箋が示された。そして、このようなアプローチの起源に、同事業がモデルとする軍事独裁政権下のブラジルで開始され、地元住民から土地と生活手段を奪い周縁化を余儀なくしたセラード開発事業の「負の遺産」があったことも明らかになった。

もちろん、モザンビーク北部そして人びとの日々の生活に、少なからぬ課題があることは事実である。何もせず、現状のままで良いというわけではない。しかし、「外からの解決」を前提とする前に念頭におきたいのは、モザンビーク北部が最も政権中枢から遠く、最も役人と援助機関に嫌われ、したがって最も自律的に人びとが生活を営んできた地域であるという歴史的事実である。北部の小農こそ、モザンビークの食料や海外輸出向け農産物の大部分を生み出し、国の戦後復興に貢献してきたのであるが、それはJICAによって「粗放で低生産」と否定される手法によってであった。食料危機に陥ったジンバブエやマラウイの危機を緩和したのも、このようなモザンビークの小農たちの生産する食料によってであった。しかし、このような農民の営みや努力はまったく言及されず、「新しいモデル」と「大企業の参入」が不可欠と断定されている。

長年にわたって援助関係者は、「ないもの(ニーズ)」を発見し、その処方箋を描くことによって開発事業を立案してきた。しかし、そのアプローチは1990年代後半には反省を余儀なくされ、「あるもの(livelihood)」への注目の重要性が認識されるようになった。このような転換をもたらしたのが、国内的には水俣学であり内発的発展論、国際的には1995年の社会開発フォーラムであった。しかし、冷戦後世界の市場経済化は、日本を含むあらゆる人びとの認識に影響を及ぼし、現在では経済成長至上主義を促進することだけが貧困削減と食料安全保障の処方箋だとの認識が一般化しつつある。

アフリカにおいて、農業投資という名の下に起きている急激な変化は、世界経済の一体化の最終局面としてアフリカの辺境の空間と住民の組み込みである。これは19世紀末に始まった経済至上主義の全面・極大化のプロセスが、植民地支配、反植民地主義運動による解放と独立、冷戦下での新植民地主義と独裁、ポスト冷戦期の民主化と大量援助の時代を経て、「貧困解消の処方箋」として主流化しつつある現実を示している。このような中、アフリカの民衆の内発性や主権とは何を意味するのか。このような時代を生きる農村の人びとの未来のため、開発・援助事業はどうあるべきだったのだろうか。

そもそもモザンビークに対する日本の農業支援の歴史は輝かしいものではなかった。独立後の激しい戦時中の1985年、「食糧増産援助」の名の下に農薬・化学肥料援助で幕を開け、使われない農薬の蓄積と汚染が2000年に発覚するまで続けられた。同援助は、日本のメーカーや商社のための還流型援助として悪名が高く、市民による運動の成果として、最終的に目的と対象を明確にする「貧困農民支援」に衣替えした 。その後、細々と米生産の支援がなされていたが、次に日本が大々的に打ち出したのがこのプロサバンナ事業であった。これに、モザンビークの市民社会、研究者、他ドナーは、「なぜ日本は過ちを繰り返すのか」と疑問を投げかけている(インタビュー,2011年9月;2012年7-9月)。

この点について参考になるのが、アフリカにおけるインド企業による土地収奪について研究するインド・ネルー大学ジャヤティ・ゴシ(Jayati Ghosi)教授(経済学)の次の一言である。

「インドでは到底許されない広大な土地や水資源の取得が、アフリカでは可能になっている。インドで出来ない理由は、農民や市民が黙っていないから。(略)これは国際連帯の話ではない。インド企業はアフリカで新植民地主義者のように振る舞っている。このように振る舞うことがアフリカで出来たのであれば、インドでも出来るであろう 。」

これが日本であったら、プロサバンナ事業の立案から形成までのプロセスは可能だったろうか。可能ではなかったろうと思う一方で、「(インドの)農民や市民は黙っていないだろう」と断言できない現実がある。むしろ、彼女の最後の問い「このようなことをアフリカで出来たのであれば、日本でも出来るのではないか」に、思い当たるところがある。

「右肩上がりの経済成長」がすべてを解決するとの処方箋が相も変わらず描かれ続け、自らの権利が浸食される一方であるにも拘わらず、民衆自身がそのことへの十分な自覚も対処もない日本である。あれほどまでの原発事故が起こってなお、この国の為政者そして資本や企業は、被災当事者に寄り添うことなく反省もなく、利己的な利益を守ることに必死である。それに抗うべき民衆は、経済至上主義に飼い慣らされる一方である。

我々の社会の鏡が日本の援助なのであり、援助もまた我々の社会の在り方を炙り出しているといえる。だから何度も何度も、日本でも日本外、ブラジルでも、モザンビークでも繰り返すのである。

しかし、このような世界構造と国内構造、認識枠組みの中でも、やはり希望を見出したいと思う。内発的発展の概念が、水俣で当事者自身によって育まれたように。軍事独裁下にも拘わらず、セラードの土地なし農民たちが立ち上がったように。権威主義体制に近い今のモザンビークで、市民社会が立ち上がりつつあるように。そして、放射能汚染から子どもを守ろうとする家族や市民、脱/反原発を訴えて全国各地で立ち上がった市民のように。危機の中から主権意識と連帯が育まれ、社会が変わることを。」
by africa_class | 2013-03-10 23:15 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

民主化とプロサバンナ問題:モザンビークCSOが批判声明と外務省・JICAの現地社会理解ギャップ考察

またこのネタですみません。初めてでプロサバンナ問題が何かわからん人は以下をどうぞ。→http://afriqclass.exblog.jp/i38 でもアルジェリア人質事件にも通じる、「アフリカの民主化と外部者の役割」の問題が、プロサバンナ問題にもみられると私は考えており、その点は本投稿の2.3.で示しています。とっても長いですが、最後までお読みいただけると腑に落ちると思います。(たぶん!)

本日、NGO外務省定期協議会から開始した第一回プロサバンナに関する外務省との意見交換会(2013年1月25日、於外務省)が終了。しかし、「モザンビーク北部の小農を支援したいのだ!」という想いはよくわかりましたが、「だからブラジル・セラードをアフリカに!」がますますオカシイ話だということがはっきりしましたねえ。ますます、あえて「セラード!」と打ち上げるから問題が大きく、そして複雑化するんですよね。そこらへんの話は「援助とKAIZEN:プロサバンナで何故セラード開発が問題にされるかの一考察を通して」に書きましたのでご笑覧を→http://afriqclass.exblog.jp/17211838/

 ここでは、来月下旬の来日をモザンビーク市民社会組織が予定しているので、モザンビーク市民社会に関する理解を深めてもらうために、 

1.プロサバンナ事業に批判声明を出している3団体の紹介
2.モザンビーク憲法と、日本政府・JICAの考える民主化についてのイニシアティブや報告書
3.モザンビーク市民社会組織2団体の声明の和訳最終版
(仮訳の間違いなどの修正をしたもの。そして本日の訳語についての議論の面白い点)
を紹介します。

何故1.をしなければならなのか。うーむ。モザンビークに在外公館やJICAがある以上、その説明は本来不要なはず。しかし、今日の意見交換会でも、JICAや外務省が、繰り返し「1団体」「一部の団体」と現地市民社会の公的な声明を矮小化する発言が繰り返されたため、どうも現地市民社会についてまったくご理解がないようなので紹介しなければならないようです。
 そもそもUNACを「1団体」「代表性」がない・・・というには相当な無理があるのですが(2200の協会や団体の連合組織!)。UNACも含め、これらの団体は、現地だけでなく国際的にも高く評価されている団体であり、かつ、土地や農民・住民主権の問題に長らく関わってきた団体です。つまり、今問題になっているプロサバンナ事業の課題を深く学び、課題を乗り越えるためには丁寧にその意見を聞き、相談しながら物事を進めていかねばならないはずですが??
 モザンビーク政治の現状を知れば、モザンビーク人の主権、社会の未来の話をしているときに、このような命がけで市民社会組織の存在や活動を軽視するような発言を公的にされることについて、私などはとても違和感を感じます。そのことそのものが、同国の市民社会の強化、ひいては政治の自由や民主化を危うくするのだということについて、今一度ご自覚いただきたいなあと思います。この点については、2.で書きます。それにしても、もしその場にモザンビーク市民社会の誰かがいれば、それがどんな団体であろうと不快だったことと思います。

1.プロサバンナ批判声明を出したモザンビーク市民社会組織
■UNAC(全国農民連盟)は、
1987年に設立された小農による運動体であり、モザンビーク政府によってパートナーとして認識され、農民にとっては全国レベルで自らの利害を代表する団体として認識されている。86,000名以上の個人会員、2,200の協会および共同組合、83つの郡レベルの連盟、州レベルでは7つの連盟と4つの支部を擁している。

<=つまり凄く誤解というか矮小化があるのですが、UNAC=1団体と呼ぶとあまりにオカシイことなのですが、もしかしてJICAの皆さんたちですら、未だにそういう認識なのでしょうか?全国2200協会を束ねている全国組織です。UNAC以上に正統性/正当性を有した農民組織の連合体があるのであれば是非逆に私の勉強不足だと思うので教えてほしいなあと思います。

■Justiça Ambiental(JA)は、
モザンビーク人自身による主体的な環境保護団体として、同国内の様々な環境問題に取り組み、世界的に高く評価されている団体です。土地問題にも早くから取り組んでおり、成果の一つとして以下の報告書をUNACと発表しています。
Justiça Ambiental & UNAC. (2011). Lords of the land - preliminary analysis of the phenomenon of landgrabbing in Mozambique. Maputo, Mozambique.
→http://www.open.ac.uk/technology/mozambique/pics/d131619.pdf

特に、「ダム問題」「違法伐採問題」では、身の危険を顧みず重要な役割を果たしてきました。Joseph Hanlonに並び、国際的なモザンビーク研究の第一人者であるAllen Isaacmanとも連携し、近々モザンビークの開発言説に関する本が出版される予定です。

違法伐採問題については、日本のTBSのNEWS23での特集番組(筑紫哲也さの最後の番組)の取材に協力しています。
「変貌のモザンビーク~昇龍開発」
→http://www.tbs.co.jp/houtama/last/071118.html

JAには、JICAとの連携実績もあります。TICAD IVに向けたアフリカ・日本市民社会の政策作りにおいても、環境担当NGOとして重要な役割を果たしました(http://www.ticad-csf.net/blog/AAngo/2007/09/ngo.html)。この政策ワークショップは、JICAの受託事業「アフリカ・アジアNGOネットワーキング事業」として行われ、JICAでも広く広報されています→http://www.jica.go.jp/press/archives/jica/2007/071015.html

■FoEモザンビークは、
日本にも組織のある(FoEジャパンhttp://www.foejapan.org)、世界環境組織です。特に、長らく土地奪取、住民移転、森林破壊といった権利はく奪の問題に取り組み、2007-8年の食料価格高騰以来の世界的なLand Rush/Grabについてとても詳しい報告書などを沢山出しております。特に、昨年発表されたウガンダにおけるパームオイル会社の農業投資とそれによる土地収奪についての報告書は高く評価され、The Guardian(英紙)などに引用されています。
→FOEI (2012) Land, life and justice: How land grabbing in Uganda is affecting the environment, livelihoods and food sovereignty of communities, FOEI.
http://www.foei.org/en/resources/publications/pdfs/2012/land-life-justice/view

2.モザンビーク憲法と、日本政府・JICAの考える民主化についてのイニシアティブや報告書
下記のJA&FOEモザンビークの声明でも指摘されている、モザンビーク国憲法第11条「基本的目的」。残念ながら、出席された外務省やJICAの皆さんの誰もご存知ではありませんでした。前回NGO外務省定期協議会でも、「モザンビーク政府とやっているから」「要請主義だから」「政府が何故市民社会とやらねばならないのか」等の発言がありましたが、まだ冷戦的な思考が根強いのですね・・・。しかし、外務省もJICAも1996年のリオンサミット以来、民主化支援、市民社会強化の重要性について高らかにミッションとして打ち出しています。

●外務省は1996年に「民主的発展のためのパートナーシップPDD」を発表。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/pdd/index.html
そこに「市民社会の強化」が謳われています。
これは、同年にリオンサミットで「開発の停滞と貧困の根底には、民主主義やガバナンスの欠如がある」という日本を含めたG8諸国の理解を受けてのものでした。プロサバンナ事業の説明からは、「飢え・貧困は低投入低生産によるものだ、農業投資がないからだ」・・・・が繰り返されていますが、1996年と事情が変わったのでしょうか?日本政府自身がエンドース(承認)した声明だったんですが。

●また、JICAは、2002年の報告書「民主的な国づくりへの支援に向けて」で関連する部分の指摘としては以下の点があげられます。(なお、この報告書も「開発か」「民主化か」ということではダメだと書いてあります。今回のプロサバンナ事業を「農業開発」としてだけ括っている現状の関係者の議論の問題が逆に浮き彫りになりますね。おそらく、このインターナショナル、リージョナル、ナショナル、ローカル、権力関係の無視/軽視/無知こそが、問題の根幹なのだと思います。この論点は昨日投稿の小倉充夫先生の論考をご一読下さいhttp://afriqclass.exblog.jp/17202555/)

http://jica-ri.jica.go.jp/IFIC_and_JBICI-Studies/jica-ri/publication/archives/jica/field/2002_03.html
(JICA報告書 ポイント1)
①政治自由などの基本的人権の尊重
②政治参加が必要。
政治的権利は、受動的静態的な要件でしかなく不十分であり、能動的・動態的な政治参加が必要。
(JICA報告書 ポイント2)基本的要件の一つが、政治体制や政府の政策を批判しても迫害されないこと。
(JICA報告書 ポイント3)そして90年代までの課題と教訓として非常に良いことが書かれています。
「援助は、政府機構への支援のみでは不十分であり、国家と市民社会との関わり方を見極めた上で・・・・内発的な民主化推進母体となる民主化志向の市民組織が重要。援助の結果が・・・・対立を生まないように・・・」

現在、JICAは「現地の1農民組織と連携しているから問題なし」「プロジェクトに賛成している団体もある」といって、モザンビーク市民社会の分断を促進するような表現を繰り返し使っています。プロジェクトの正当化のためになされるこのような既成事実の積み上げは、現地社会、そしてモザンビークの民主主義、ガバナンスにどのようなインパクトを及ぼすのか、考えたことはあるのかなあ・・・ととても危惧しています

それでなくとも、今モザンビークでは現職大統領が憲法で禁じられる3選を目指して動いており、与党内部でも分裂傾向、最大野党党首で反政府武装組織として16年間激しい戦争を繰り広げたRENAMOが本拠地の中部に結集しています。そんな中、援助や外交がすべきことは、社会の分断ではないはず・・・だと思うですが。モザンビーク憲法に書かれる「国民統合」は未だ未だ大きな課題。そのつもりがなくても、「援助をエサ」とする住民分断はやめてほしいなあ、と切に願います。

これ、参加型開発の形骸化の中で繰り返し批判されている点なのですが・・・「参加型開発は、相当な注意がなければ、参加型という名の下に既存権力構造を強化する」

なお、繰り返しになりますが、プロサバンナがお手本とするセラード事業は、軍事独裁下のブラジルで合意、調印され、行われました。そして先住民たちは土地を奪われ、83年以降激しい土地紛争が各地で生じました。今回、プロサバンナ事業は、どのようなモザンビークの政治体制下で行われ、実施に移されているのでしょうか?2008年の選挙以来、国際的に問題視され始めたこの国の政治体制や政府の在り方、民主主義の停滞について、どの程度の理解があるのでしょうか?

そして、「資源の呪い」の兆候を見せ始めたこの国・社会とどうつきあっていくつもりなのでしょうか?何か中長期的な展望は御持ちなのでしょうか?アルジェリア人質事件から学ぶべき点はないのでしょうか?

そのような中で、「政府のプロジェクトに賛成する1組織」「小農の権利のために危惧を唱える組織」という形で現地の人びとを分断する行いをする、促進をする、表現をすることは、巨大な援助資金を供与する権力関係にあるドナーとしては問題だと考えるのは、私だけでしょうか?是非、熟考をお願いしたいと思います。

3.JAとFOEモザンビークによる声明
本日外務省に配られた仮訳との違いを挙げておきます。確認できればよかったのですが、昨夜遅くだったようなので今チェックしました。
(1)冒頭パラ
仮訳「日系ブラジル人による農業開発計画」
原文「日本ブラジル農業開発計画(um programa de desenvolvimento agrário Nipo-Brasileiro no Cerrado Brasil 」


この誤訳について今日面白いやり取りがありました。
時間がなかったのであえて指摘しませんでしたが、この「日系ブラジル人による農業開発計画」をJICA本郷さん(セラード事業担当・プロサバンナ立案者)が「これは間違った認識で、こんな間違ったことしか書けないNGOの声明は信用ならん」とおっしゃっていたのですが、ゴメンナサイ。これ私のチェック漏れの誤訳でした。しかし、本郷さんは知る人ぞ知るポルトガル語ご堪能者。配布資料には、以上の原文があったのですがお気づきではなかったようで?

 でも、これ単なる誤訳の問題ではないのです。そもそも、PROCEDER(日本ブラジル・セラード農業開発計画)のポルトガル語の正式名称はこれです→Programa de Cooperação Nipo-Brasileira para o Desenvolvimento dos Cerrados
 英語では、The Japan-Brazil Agricultural Development Cooperation Programなんですね。

 つまり、Japan-BrazilがNipo-Brasileiraとなっている。これはブラジルの文脈では確かに「日本・ブラジル」ですが、それ以外のポルトガル語圏諸国でそう読むのは厳しいですね。「日系ブラジル」と読まれておかしくない。ただし、ブラジルでも、Nipo-Brasileiroは、名詞としては「日系ブラジル人」を指しますが、形容詞で使ってもしばしば「日系ブラジル」と理解されることが多いです。
 当初、「日系ブラジル人移民とブラジルの土地」に関する戦前・戦後の苦悩については、また別の機会に書きます。不思議な奇遇(因縁?)ですが、ブラジルのスラム研究をしようと留学した私。セラード開発が行われたミナス・ジェライス州に留学したこと、そして米国研究者との共同研究の話があったことから、日系ブラジル人の戦前戦後の状態について現代史的な手法で文献・インタビュー調査し、卒業論文をまとめ、それが2004年に共著としてイリノイ大学出版から出ているのですが、20年近く前の自分の調査研究がアフリカに逃げたはずの私を追いかけてくるとは・・・。
 で本題。本日、本郷さん自身が述べたとおり、セラード事業は、ブラジル議会で、「PRODECER=日本・日系人の土地収奪、植民地主義支配」と糾弾されました。ご存知でしたか?関係悪化を懸念した日本政府は、日系人のアスペクトを小さくする努力をしていきました。その誤解の一つとして、「Nipo-Brasileira」という表現もあったわけです。なかなか面白い逸話ですね。

●仮訳・原文「外国人に対する土地の分配と」
→趣旨確認したところ、「外国人」は「外国からの移民とその子孫の入植者」の意味だそうです。
*実際、JICA2009年6月30日(http://www.jica.go.jp/story/interview/interview_75.html)には次のように書かれています「(本郷)開発モデルとして「組合主導入植方式によるフロンティア地帯での拠点開発事業」を導入したこと、ブラジル南部から日系やヨーロッパ系移民の優良農家が入植したこと(…)等が成功要因として挙げられると思います。 (インタビュー)そうしたセラードの開発経験が、ブラジルと日本によるアフリカ支援を支えるわけですね。」とおっしゃっているのです。

これも面白い論点で、今回も議論の中で指摘されましたが、何故かJICAが「地元農家の農業開発が成功した・・・・だからアフリカの地元農家もセラードをお手本とするプロサバンナが役立つ」的な発言な繰り返されるのですが、曲者は「農家」という表現。ブラジル地理学術界では、PRODECERによってセラードで大土地所有者となった人たちを「農家」とは呼びません

「家族経営農業」と言う場合は、セラードで昔から暮らし自給的暮らしをしていた先住民やキロンボ(奴隷出自の人びと)のことを指します。つまり、「貧農」「小農」「土地なし農」と呼ばれる人たちです。これらの人びとの土地が奪われ、JICAのいう「農家」、現地でいうところの「colonos=入植者」が入ってきたわけです。これらの人びとは、以上の通り、日系やヨーロッパ系でした。

ですから、今日も申し上げた通り、JICAがセラードの経験をモザンビーク北部で本気で生かしたいのであれば、そして彼らが今日も主張するようにモザンビーク北部農村の小農を応援したいのであれば、PRODECERでこれらの貧農・小農・土地なし農がどのような運命を辿ったのか・・・であって、彼らを周辺化してしまった「日系・ヨーロッパ系の南部からの入植者の成功」ではないいはずなのです。そして、彼らを「農家」と呼ぶのは止めましょう。プロサバンナの説明でも、繰り返し「小規模農家と中大規模農家の共存」と書かれていますが、セラードの事例ではあり得ない、権力関係と収奪を無視したオカシな話なのです。

<=そのことを繰り返し、繰り返し、モザンビークの市民社会、他ドナー、国際的な団体などは問題視しているのです。そろそろ理解いただけると良いなああ・・・。あるいは、確信犯的に「ブラジル入植者=農家/モザンビーク北部小農=農家」と言っているのだとしたら、かなりの・・・あくどさですねえ。そうでないと願いたいです。だから、今後は「セラード農家」「中大規模農家」という言葉をセラード/プロサバンナの文脈で使うのは止めましょうね。

それにしても、言葉とは、歴史の深みで考えると面白いですね。

●食糧→食料(穀物以外も入れているため)

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プロサバナ計画に関する Justiça AmbientalおよびFOE モザンビークの立場
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プロサバナは、プロデセール(PRODECER)、すなわち1970年代以降にブラジルのセラードにおいて行われた日本ブラジル農業開発計画に着想を得たものである。ブラジル、日本、モザンビークの各国政府によって成功例として引き合いに出されるプロデセールは、外国人(訳者注:ヨーロッパ系や日系移民とその子孫)に対する土地の分配と所有を促進し、その結果、ブラジルは海外において不当な手段で土地を奪う行為の熱心な促進者となった。

6500万人のブラジル人が食料危機に直面し、数百万人の人々が生存手段を保証する食料生産のために土地へのアクセスを求めるブラジルにおいて失敗した農業開発モデルを、ブラジルはプロサバナを通じてモザンビークに輸出しようとしている。この経験は、農民の生活森林、そして同国の生態系に及ぼしたインパクトと比較するとき、ブラジルのモデルにおける利益が無意味であることを示している。

プロサバナ計画は、「緑」という洗練された言葉によって巧みに装飾され、モザンビーク人および国際社会に「持続可能な農業開発」計画として提示されたが、同時にもたらされるであろう社会的かつ環境的インパクトの可能性は完全に除外された。しかしながら、この規模の開発計画は、共同体の再移転が必要となることが予測されるが、当事者である共同体がその事態について僅かにあるいは何も知らないことが懸念される。本件は、農民や現地の共同体を包摂することなく極めて高い次元で立案・決定されたものである。

日本は、プロサバナを通じて国外における安価な農産品の新たな供給源を確保しようとしている。その最終目的は日本や中国といったアジア市場への輸出である。
ブラジルは、プロサバナを関連生産者および起業の拡大、技術協力、そして格好の投資対象と見なしている。

そしてモザンビークにとっての利益は何であろうか。
本件の推進者たちにとって根本的な問題は、ナカラ回廊のほぼすべての土地が農民によって占有されているということである。同地域は国内でも最も人口が密集する地域である。つまりは肥沃な土地と十分な降雨が数百万人の農民が働き、豊富な食料を生産することを可能にしているのである。ナカラ回廊は同地域の穀倉地帯として知られ、北部諸州の住民らに食料を供給し、数百万世帯の生存を可能にしている。

プロサバナの正当化と意図は、土地の接収を促進し、その土地に依存する数百万の現地の農民を搾取することにある。プロサバナは、市民社会組織、なかでも全国農民連合(União Nacional de Camponeses: UNAC)によって既に議論され、否認された。UNACは1987年に設立された小農部門の農民による運動であり、モザンビーク政府によってパートナーとして認識され、農民にとっては全国レベルで自らの利害を代表する団体として認識されている。この25年間、UNACは土地と自然資源に対する農民の権利や、農業分野における公共政策をめぐる議論において農民組織の強化に必要不可欠な役割を果たしてきた。86,000名以上の個人会員、2,200の協会および共同組合、83つの郡レベルの連盟、州レベルでは7つの連盟と4つの支部を擁している。Justiça Ambientalはプロサバナ計画に対するUNACの反対声明を支持する。

Justiça AmbientalおよびFOEモザンビークは以下の点において、プロサバナ立案と実施の全ての過程を性急に非難する。
1.上意下達(トップダウン)式の政策の移入に基づき、公開されている情報は現在に至るまで不完全であり、不明瞭である。
2.本件は、「持続可能な農業開発」として暗示的に小農や農民組織を主な対象としているように思われるが、共同体の移住と土地の収奪が予測される。
3.ブラジル人農場経営者らの参入は、モザンビーク人農民を安価な労働力になり下がることを余儀なくする。
4.休耕地という土地利用の在り方に基づき、実際には利用可能な状態にない数百万ヘクタールもの土地を必要としている。
5.本件の立案と実施によって農民が受けられる恩恵は不明瞭である。
6.本件は、概して農民と地域社会の土地の接収を加速させる形で構想されている。
7.土地所有を危険に晒す状況を引き起こし、「土地利用に関する権利(Direito de Uso e Aproveitamento de Terra, DUAT)」に示された農民の諸権利を脅かすものである。
8.大規模な利害が絡み、汚職と利害対立を悪化を加速させる。
9.その生活を全面的に農業生産に委ねている多くの現地の共同体の不安定な生活条件を悪化させるものである。これらの共同体は、耕作すべき土地なくしては、生存のための代替手段もなく、その結果、本件は大規模な農村人口の流出を引き起こす可能性がある。
10.本件は、高度な機械化と、化学肥料や殺虫剤といった化学製品の過剰な使用が見込まれ、土壌と水質の汚染が予測される。
11.EmbrapaがMonsantoとの関係が予測されるにもかかわらず、遺伝子組み換え作物の使用の如何については決定的に透明性を欠いている。

我々は、モザンビーク国家が、モザンビーク共和国憲法第11条に明記された合意に基づき、その主権を全うし、国民の利益の擁護のために主導的役割を果たすことを要求する。

さらに、我々は、モザンビーク政府が、モザンビーク国民とりわけプロサバナに最も影響を受け、かつモザンビーク国民の大半を占める農民の希望、憂慮、そして必要性を考慮し、プロサバナの評価を見直すことを求める。既に提案された文脈において、プロサバナは、食料に対する主権、土地や水資源へのアクセス、そして数百万世帯のモザンビーク人の社会構造を危機に曝し、国民の未来を破壊するものである。

2013年1月 マプトにおいて

以上

次の投稿は以下へ。
■「プロサバンナについての外務省との第一回意見交換会・議案書(全文)」
http://afriqclass.exblog.jp/17211715/
by africa_class | 2013-01-25 17:37 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

講演会:3・11後の国際協力人材育成とは~アジア・南米・アフリカでの過去の教訓から(1月10日@立教大)

11月の明治学院大学での連続報告会に触発されて、立教大学での講演会でも「セラード開発(ブラジル)」と「プロサバンナ(モザンビーク)」について取り上げられることになりました。講師でまいりますので、もう少し詳しく話が聞きたいという方は是非どうぞ。
 それにしても、とてもタイムリーでいい企画だと思います。「過去の教訓」から学ぶことこそ、311後の日本の社会全般が、市民社会も含め求められていることですので。21世紀も12年が経過し、どのような国際協力を日本としてやっていくのか、「どこの誰とどうつながっていくべきなのか」真剣に考え、議論して行けたらよいですね。特に、学生の皆さんに参加してほしいと思います。
 しかし、いずれの事業主体でもあるJICAさんが出ないのは非常に残念ですねえ。どうしてでしょうねえ。まさか公開討論が嫌・・・とか?こういう機会こそ、持論を公に展開する絶好の機会なのに・・・本当に勿体ないです。

【立教大学当該イベントのHP】
http://www.rikkyo.ac.jp/events/2013/01/12004/
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グ ローバル人材育成センター開設準 備室主催公開講演会
「3・11後の国際協力人材育成とは~アジア・南米・アフリカでの過去の教訓から考える~」
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1954年にビルマ (ミャンマー)で始まった日本の政府開発援助(ODA)は、これまで世界100カ 国以上で展開されてきました。 しかし、2011年の東日本大震災を受け、これまで援助する側にいた日本は大規模な援助を受ける側となり、国際協力の新しい時代を迎え、これまでの国際協 力について、課題や在り方があらためて問い直され始めています。21世紀の現在、国際協力を通して平和 な世界づくりに貢献してい くために、日本の大学はどのような人材育成に取り組んでいくべきでしょうか。過去の経験から学ばず理想論を追い求めるのではな く、これまでの日本の援助を多様な立場の方々と共に振り返りながら、皆さんと一緒に考えていきましょ う。スピーカーに開発援助機 関、現地と日本の市民社会、学生の方を迎え、来場者の皆さんと共に考えながら「3・11後の国際協力の人材育成」に関する提言を まとめていきます。
■日時 :2013年1月10日 (木)18:20~20:30
■場所 :池袋キャンパス 太刀川記念館3階 多目的ホール
■講師 :
秋元 由紀 氏 (特定非営利活動法人メコン・ウォッチ/ビルマ情報ネットワーク)
印鑰 智哉 氏(株式会社オルター・トレード・ジャパン)
舩田クラーセンさやか 氏(東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授) 
※その他、国際協力機関職員(調整中)、立教大学生2名も登壇する予定です。
【ファシリテーター】
米川 正子(本学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授)
対象者 本学学生、教職員、校友、 一般
※申込不要、入場無料
問合せ先 グローバル人材育成セン ター開設準備室 
by africa_class | 2012-12-31 19:33 | 【記録】講演・研究会・原稿

プロサバンナ問題に関するラジオ・インタビュー全訳(国際NGO・GRAIN)

皆さんはクリスマスをどうお過ごしでしたか?
 こちらは静かなクリスマスが終わり、義父の葬儀が昨日終わり、家族一同心の切り替えがだいぶできました。 さて、そんな静かな師走ではありますが、先日このブログで紹介したGRAINのプロサバンナ問題担当者であるDevlin Kuyek氏の英語でのラジオ・インタビューの全文の翻訳が名古屋大学大学院の院生さんから届いたので、紹介します。同大学院の西川芳昭先生が授業の題材として活用してくれたとのことです。この場を借りてお礼申し上げます。
 なお、GRAINがRight Livelihood賞(http://www.rightlivelihood.org/)を取っていたとは不覚にも知らなかったです。下記インタビューにある通り、プロサバンナに関しては、とにかく「宣伝」以外の情報、特に英語やポルトガル語の情報が少なく(これが現地市民社会の不満と不信にも繋がっているのですが)、世界的にも注目を集めているのに苦労が窺い知れます。
 そこで、公的な宣伝情報、断片的に報道される情報と、関係者へのインタビューは重要な手段であり、GRAINの他、モザンビークNGOもかなりインタビューを積み重ねて報告書を作成しています(同報告書は未だドラフトだそうなので、確定したら紹介します)。インタビューでも紹介されていますが、GRAINは今年春から精力的にインタビュー調査を開始し、モザンビーク、ブラジル関係者だけでなく、JICA関係者にもインタビューをしたということでした。*冒頭若干誤訳と修正履歴が残っていたので校正しました。

■プロサバンナ問題については、ここにまとめて入れてあります
→http://afriqclass.exblog.jp/i38/

“Interview with GRAIN on the ProSavana project”, 14 December 2012
http://www.grain.org/article/entries/4633-interview-with-grain-on-the-prosavana-project

参考文献
● “Brazilian megaproject in Mozambique set to displace millions of peasants”
http://climate-connections.org/2012/12/01/brazilian-megaproject-in-mozambique-set-to-displace-millions-of-peasants/
●『モザンビーク国 日伯モザンビー三角協力による熱帯サバンナ農業開発協力プログラム準備調査最終報告書』http://libopac.jica.go.jp/search/detail.do?rowIndex=1&method=detail&bibId=0000252732

“Interview with GRAIN on the ProSavana project”, 14 December 2012
Source: GRAIN 

参考文献
● “Brazilian megaproject in Mozambique set to displace millions of peasants”
●『モザンビーク国 日伯モザンビー三角協力による熱帯サバンナ農業開発協力プログラム準備調査最終報告書』

「国際NGO・Grainのプロサバンナ問題に関するラジオ・インタビュー和訳」

■Firoze Manji:ブラジル政府と民間セクターが、モザンビーク北部で日本と協力して大規模なアグリビジネスプロジェクトを進めようとしています。プロジェクトはプロサバンナと呼ばれ、大豆やメイズなど日本の多国籍企業によって輸出される商品作物の生産に向け、1400万ヘクタールの地域を対象としてブラジルのアグリビジネス企業に土地利用を可能とするものです。モザンビークのナカラ回廊として知られるこの地域は、何百万もの農家の生活の場ですが開発過程で彼らは土地を失う危険にさらされています。私はFiroze Manjiです。今日はGARINのDevlin Kuyek氏とお話します。GARINは、小規模農家や生物多様性を基本とした食料システム、コミュニティ管理に対する社会運動を支援する小さな国際NGOです。皆さんご存知のように、GRAINは2011年にノーベル賞に代わるとされるRight Livelihood賞を受賞しました。ようこそ、Devlinさん。
■Firoze Manji: 最近、「プロサバンナ」と呼ばれるプロジェクトについて多く書かれており、人々の関心を集めています。なぜなら、それは南南協力の一環の事業として示されているからです。この事業は、ブラジル、モザンビーク、日本が関わる大規模な開発事業です。こういった事業は促進されるべきではないのですか?
■Devlin Kuyek: そうですね。彼らはそう主張していますね。「プロサバンナ」と呼ばれる理由は、ブラジルのセラードで行われた類似のプロジェクトにちなんでいます。セラード地帯はブラジルの広大なサバンナ地域を農産物の一大生産拠点にしようとしたもので、70年代に日本が多大な投資を行い積極的に支援しました。数年のうちに、その広大なサバンナ地域の60%が、大豆、メイズ、綿、サトウキビなどの生産地に取ってかわりました。ブラジルのその地域は人口密度が低かったのですが、そこに暮らしていた先住民にとってこれは破壊的なことであり、結局これらの人びとはセラード東部の保護区域に追いやられ、周縁化され、土地問題などに対する抗議は現在も続いています。
 そういったことは少し別の話になりますが、2007年、2008年に起こった食糧危機以来、今起こっていることは、日本のような食料輸入に大きく依存する国が、2008年の食品価格の上昇や、先進国に拠点がある少数の企業による世界の食料支配を受け、グローバル市場に依存することは問題であると気づいたことから始まっています。ですから、これらの国々は自国の企業が海外に出向き、食料生産の管理を外部委託できるよう促進しようとしているのです。このようにしてターゲットにされている地域のひとつがアフリカです。
 こういったことは単なる食料の安全保障(フード・セキュリティ)の問題に留まりません。アフリカ農業開発に関心を抱いている企業はたくさんいます。なぜなら彼らはアフリカをブラジル、セラードのサバンナ地域で起こったのと同様の状況にすることによって、新たに利益を生み出す巨大なポテンシャルがあるとみているからです。彼らは、モザンビーク北部のこの地帯は、地図上でブラジルのセラードと緯度に関して完全に一致する、あるいは条件が非常によく似ていると言っています。
 しかし一番大きな違いは、モザンビークのこの地域は数百万もの人々が住む最も人口密度の高い地域だということです。この地域は、先住民の人々が狩猟採取をして暮らすような単なる開けたサバンナ地域ではありません。
 そこは、人々がすでに農業に従事している場所であり、もし貴方がたが、その地域に足を踏み入れたなら、そこに多くの小規模農家がおり、非常に肥沃な土地で気象条件の良い場所であることがわかるでしょう。プロジェクトの目標は、すでに農業生産下にある土地を農業開発するということではなく、農業のモデルを変化させ、生産のグローバルな変化に統合することにあるのです。
 プロサバンナ・プロジェクトの基層は、モザンビークとブラジルと日本による三角協定にあり、モザンビーク政府がこのプロジェクトのために土地を利用可能とする点にあり、彼らは1400万ヘクタールもの土地の話をしています。それは我々が聞いたところによると、1ヘクタールあたり、1ドルだったそうです。
 ですから、モザンビークが土地を提供し、ブラジルが農業を担う主なパートナーになります。ブラジルには、この種の経験を持つアグリビジネス企業や大規模農家があります。セラード地帯における最も大きな農場経営者であるAgricolaなどがそうです。
 その農場は23万ヘクタールもあり、それはカナダのどの農場より巨大です。
 これらがモザンビークで起こりうるっていることで、農業プロジェクトによって、大豆、メイズ、綿、輸出用の穀物であるサトウキビやゴマなどを生産しようとしています。
 三井、伊藤忠、丸紅などの日本の商社は、生産物を、主としてアジア、おそらく日本にのみ輸出するため(中国、中東、ヨーロッパ市場に向けも可能ですが)、生産物を輸出する港などインフラ施設に投資しようとしています。
 つまり、モザンビークは土地を供給し、ブラジルは農業を担い、日本は食料品を扱うという全体像です。ここ数年間で、フィナンシャルタイムズや地元新聞の記事などからようやく様々な詳細がわかってきています。
 ブラジルの農業経営者らの派遣団がモザンビークにやってきて、なぜ彼らがここに来たか、何が提供されるかなどを話し、彼らは帰国してこのプロジェクトを他の人々に売り込もうとしています。そういったことを通して、どのような計画がなされているか少しずつ情報を得ることができます。
 モザンビークのナカラ回廊周辺には、ベイラ港とナカラ港の二つの港があります。ベイラ港は深海港ではありませんが、モザンビークの主な炭鉱や、世界で二番目に石炭の埋蔵量を持つ開発中の炭鉱に最も近く、ブラジルの企業は石炭の採掘や初期生産に関わっていますから、それらをベイラ港を通して輸送しようとしているのです。しかし、ベイラ港は深海港ではないので、代りにナカラ港を石炭の輸出用に開発したいのです。ですから彼らは今、テテ州からモザンビークの内陸部を通ってナカラを繋ぐ、モザンビークの内陸部に繋がる第二の鉄道を建設しています。
■Firoze Manji: それは同じくマラウイに繋がる経路ですね?
■Devlin Kuyek: いずれはそうですね。全ての経路は、マラウイやザンビアに繋がり、回廊は他の国々まで延びています。そしてそれがこのプロサバンナ・プロジェクトの中核をなしています。石炭の輸送用に鉄道基盤を整備するということは、それに伴って穀類や油糧穀物用の農場が新たに設置され、そういった穀物の輸送用にも使われるということです。
■Firoze Manji: それは「カーテル」のようなものですね。
■Devlin Kuyek: その通りです。まさにアフリカの内陸部に繋がっていて、そこは肥沃な土壌です。そしてあまり状態は良くありませんが別の鉄道もあり、その鉄道の両脇は最も人々が密集している場所のひとつであり、彼らの多くは農業を営んでいます。
 もし貴方がこのプロジェクトの支持者らと話したとすれば、彼らは全く異なる見解を示すでしょう。我々が2012年春、5-6月頃、このプロジェクトを調査し始めた時に、私はブラジル側でこのプロジェクトを推進し、とりわけ資金調達や民間セクターの参入に関わる半公的機関であるGVアグロの担当者と話しました。
 彼らが率直に語ったところでは、土地は豊富にあり、このプロジェクトの事業地は誰も農業をしていない土地でやるし、モザンビークにはたくさんの土地があるのだから、このような農業地域の規模では全く社会的な負のインパクトなどないだろうということでした。
 モザンビーク政府でさえ、この国には3500万ヘクタールの開発可能な土地があると言っているのです。世界銀行などの開発金融機関はこの国は使われていない農業用の土地があり余るほどあると言っています。
 我々がこのプロジェクトを調査し始めた時に最初にしたことのひとつは、推進者はこう言っている、投資側はこう言っているといったような彼らの見解を聞き、では実際の状況はどうなのだろうかと調査を進めることでした。私が初めに出会った人物の一人に、土地問題を取り扱う国立の研究機関の研究者がいます。彼はその頃この国の土地利用に関する衛星画像や最新技術を使った大規模な調査を行っていました。そうやって調査した地図をみれば、この国には3500万ヘクタールもの農業生産用に開発可能な土地などなく、全体でおそらく600万ヘクタール程度しかないことがわかるでしょう。
 そしてプロサバンナがターゲットにするナカラ回廊周辺ではそのような開発可能な土地はほとんどないのです。ここにある地図には小さな緑の点があちこちに見えますが、それらは現在、農業用に使われている土地を示しています。
 現在、この地域の小農らによる主たる生産様式は、移動農耕です。土地のある部分は残して生産地を移動させるのです。土地は個人の所有ではなくコミュニティレベルで運用されていて、誰が耕作するかはその年によって変えることも可能です。
 ナカラ回廊周辺にでは、すでに多くの投資家がいて、プロサバンナ・プロジェクトだけでなく、土地を一刻も早く得ようとあらゆる種類の企業が入ってきています。
 なぜなら、彼らは、外部アクター、多国籍企業、日本であれ、中国であれ、英国であれ、民間投資機関であれの関心が高いことを知っているため、土地(ある種のプレミアになりつつあるもの)の支配権を得ようとしています。だから、すでに土地を得ようと動いている企業がいるのです。
 私が7月にナカラ回廊周辺にいた時、あるコミュニティと出会いました。そこはナカラ港と同様にプロジェクトの事業地のひとつであるナンプーラ州の州都ナンプーラの近郊でした。
 我々が出会った時、このコミュニティの人々はプロサバンナ・プロジェクトについて全く知らず、聞いたこともなく、我々と話して初めて知ったということでした。
 彼らが言うには、この周辺に開発用に可能な土地などなく、全て使用されているということでした。彼らはまた彼らが作った穀物を買ってもらうことにも熱心でした。彼らの最初の反応は、もし誰かが大豆、メイズをもっと欲しいというのならば、なぜ我々から買わないのか、簡単に育てることができるのに、といったようなものでした。事業の対象地となっているこの周辺地域では、プロジェクトの情報は全く入ってきていませんでした。そして会合の途中で、誰かがどうやったらこのプロジェクトと闘うことができるのかと問いかけました。
 すでにこのコミュニティでは、2週間前に別の企業が来て会合を開き、ユーカリの植林のため12万6000ヘクタールの土地が収用されると告げたということでした。プロサバンナ・プロジェクトの対象となっている1400万ヘクタールの土地に加え、この地域にはノルウェーの企業がすでにコミュニティに入り、協議もせずに土地の収用を行っているのです。
■Firoze Manji: しかし、モザンビーク政府も関わっていますよね。その土地は誰が所有しているのですか?コミュニティが所有しているのですか?土地に関する権利はあるのでしょうか。
■Devlin Kuyek: 大半のアフリカ諸国では(土地の)所有権に問題があります。コミュニティが土地を管理している、土地利用に対して権限もあると理解されています。しかし、一般的に政府によって与えられる法的効力のある書類に関して言えば、政府、通常国、実質的には及び大統領が実際には土地を所有していることになります。
 ですから法的な観点からすれば、国に土地所有の権利があり、外国の投資家に土地を売ることができるのです。
 もちろん、多くの国には土地登録の法律があり、コミュニティが土地管理できるといわれ、コミュニティからこれらの土地を奪うには諸々のプロセスがあるといわれますが、実際にそれが守られているかというと、それはまったく別の話となります。
 コミュニティは様々な仕掛けによって彼らの土地を奪われています。そのようなことが起り続けています。問題の根本は、モザンビークでは名目上はコミュニティに土地の強い支配権を与えているのですが、実質的にはこの権利は行使されていないということにあります。
by africa_class | 2012-12-29 02:18 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ