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【6月6日19時〜@京都】緊急企画「〜普通の市民が国境を越えてつながるために〜」でお話をさせていただきます(IWJ 大阪Ch1中継あり)

ブログでの告知が本日になってしまってすみません。

ツイッターでは紹介しましたが、ブログしか見てない人がいるのを忘れていました。

以下、主催者の京都ファーマーズマーケットさんのFBの告知文です。
https://www.facebook.com/events/404267120165627/

当日は、IWJ大阪Ch1で中継配信があるようですが、一部だけなので、是非会場にお越し下さい。
境町画廊は、駅から近くとっても素敵な場所で、かつ主催者の井崎さんをはじめ、素敵な人達が準備してくださった企画です。新しい素敵な出逢いのためにも〜。


********

2019年6月6日(木)19時〜21時@境町画廊(京都)


緊急企画

〜普通の市民が国境を越えてつながるために・舩田クラーセンさやかさんのお話〜


********


昨年の秋の京都ファーマーズマーケット2周年企画。
総合地球環境研究所のFEASTプロジェクトの研究者・小林舞さんと、耕し歌ファームの松平さんご夫妻のご協力のもと、ブラジルとモザンビークから農家さんにお越しいただいて、現地で推し進められようとしている大規模農業(日本政府も協力しています)をなんとか食い止めようと奮闘されている現状を直接お聞きしました。
これは、東京はじめ地方でも何度も開催されたシンポジウムの一環として京都にもお立ち寄りくださったのですが、直接、お話を伺えたことはとても大きかったのでした。
その後、大規模なサイクロンに襲われたモザンビークはどうなっているだろう、そして1日で愛知県規模の面積の森林伐採がされているというアマゾンは一体どうなっただろう、、、ずっと気がかりでした。
この度ようやく、FEASTプロジェクトの小林舞さんのおかげで舩田クラーセンさやかさんにお会いできました。
アフリカ研究者であるさやかさんは何十年も前から社会問題に積極的に関わるアクティビストとして、人権問題や環境問題に取り組んでこられました。昨秋のシンポジウムの中心メンバーでもいらっしゃいます。
アフリカや南米でグローバルな無茶苦茶な開発が進められている現実は私たちの暮らしに直接影響しています。
でも、どうやったら流れを変えられるだろう?
心配するばかりで祈るしかない現実ではありませんか?
私はずっとそうでした。
ジャーナリストでも研究者でもない、ごく普通の市民は一体どうやったら世界の同じ思いの人たちと連携できるのだろう?
舩田さんに市民が連携して政府や大企業の計画をストップしてきたお話を伺うことは大きなヒントになると思っています。
普段は海外で暮らしてらっしゃる舩田さんのお話、この機会にぜひお聞きください。
舩田さんのご経歴と、「世界」に連載されたレポートを添付しておきます。
https://websekai.iwanami.co.jp/categories/79
当日はFEASTプロジェクト研究員の小林舞さんもお越しくださいます。

日時:6月6日(木)19:00〜21:00
場所:堺町画廊
主催:京都ファーマーズマーケット
参加費500円
ご予約・お問い合わせは京都ファーマーズマーケットのFBページからお願いいたします。


写真は、去年の3カ国民衆会議@聖心女子大学での様子。3カ国の小農、女性、市民社会の皆さんが結集。
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by africa_class | 2019-06-06 00:04 | 【記録】講演・研究会・原稿

研究界への介入・暴力(3)〜2013年からプロサバンナをめぐって起ったこと

ドイツは初雪。
本格的な冬になってきた。
すっかり風邪をひいてしまい、「続き」もなかなか書けないでいた。

いきなりこのページに出会った人は、まず以下のものから読んでほしい。

「研究」という暴力〜民衆会議に現れた日本人「若手『研究者』」

https://afriqclass.exblog.jp/238886464/

研究界への介入・暴力(1)〜2013年からプロサバンナをめぐって起ったこと

https://afriqclass.exblog.jp/238890376/

研究界への介入・暴力(2)〜2013年からプロサバンナをめぐって起ったこと

https://afriqclass.exblog.jp/238897471/

さて。
この投稿で「JICA」と総称しているのだけど、当然ながらJICAに勤める全員が問題という訳ではない。留学仲間や選挙監視等の元同僚、教え子も沢山働いているし、一緒に沢山のイベントや事業をやってきた。共同研究もしてきた。

でも、この6年プロサバンナに関わって思うのは、もはやJICAはあの時代のJICAとは異なっており、組織として腐敗しつつあるのではないかという点。この政権になって、各省庁の腐敗ぶりは知られるところとなったが、政府系の援助機関であるJICAも同様の事態に陥っているのではないかと心配している。

夢を持ってJICAに就職したあの学生、この学生のことを思うと心苦しい。

6年を振り返ると、腐敗につながっていくようなあってはならないことが、プロサバンナの件では先取り的に、あるいは如実に出てきている、というのが一番分かりやすい説明かもしれない。

やや可哀想なのは、確信犯的にこれらの汚いことに手を染めている上層部の後始末を若手が担わされている点。とはいえ、困っている人のために力を尽くしたいと思って入ったJICA。やはりおかしいことはおかしいと言うべきであって、片棒を担ぎ続けながら、その中で見つけた「善いこと」をやって自己満足を得ようとするというのは、違うと思う。

でも、モザンビークにいた日本の若者が言っていたが、「マプート界隈では、プロサバンナに関わっている人って人相悪くなるって、もっぱら評判です!」という点は、自覚してほしい思う。実際、外務省・JICAとNGOの意見交換会に時々出て、ずらっと並ぶJICA関係者の顔をみていると、たまにしか会わないからかもしれないけど、「この人ずいぶん目が淀んできたね・・・」という人は少なからずいた。最後までキラキラした瞳のままだった彼は、いつもとても辛そうに話を聞いていた。あの彼はいまどこにいるのだろう。

それでも、どうせ2、3年のことだから、その期間だけ我慢すればいい話で、自分には責任はないと思っている職員が実際はほとんどだと思う。面倒な案件に関わらされて迷惑だとも思っているだろう。煩いNGOらに追求されて腹が立つとも思っているだろう。(でもプロサバンナを始めたのは、そもそもJICAだから…腹を立てるのであれば立案者に立てるべし)あるいは、組織論理に追従しただけといいたいと思う。しかし、これこそが「誰でもない者の支配=凡庸なる悪」の問題であって、このことはハンナ・アーレント(アイヒマン裁判)の議論を用いてすでにやったので、ここで繰り返さない。

このように後から担当した人たち、あるいは下の立場で命令どおりに動かなければならない若い人たちのことを今回書こうと思っている訳ではない。

若い人達、本当に初心を忘れないでいたいと思っているJICA関係者には、ぜひ自分の所属している組織や上の人達が何をしているのか、してきたのか、知ってほしいと思ってこれを書いている。知った上でどうするかは、それぞれが考えるべきこと。でも、まずは、知るところから始めてほしい。

つまり、主体的に数々の対市民社会「戦略」を立て、実行に移した、上のレベルの人達がいたわけで、その人達が組織の資金を動かし、命令指揮系統を動かし、その結果として、組織としてのJICAがその流れで動き続けるしかない宿命(本当は違うのだが)を負ってきたことについては、何度でも確認しておきたい。

プロサバンナが、現在もJICAの資金を使いながら、モザンビークの市民社会への介入・分断を続ける源流が2013年に形成されていて、それはJICAが地元コンサルタントに作らせた『コミュニケーション戦略書』に如実に示されているのだけれど、これを企画し、資金を動かし、指示をし、その後のレールを敷いた人達がいたことを忘れてはならないのではないか?・・・それが一番いいたいこと。

その関係者が依然としてJICAのトップに座っていることを考えれば、自ずとその連続性と重要性は明らかだと思う。

だから、5年前に起きたことを、少しずつ語り始めたいと思う。

『コミュニケーション戦略書』にはターゲットグループとして研究者や研究機関、大学が出てくる。このことを念頭におきつつ読んでもらえればと思う。

なお、昨今の政府や政策に批判的な大学教員のところに議員やその周辺からバッシングや弾圧がいくようになっていることを考えると、5年前に起きたことをもっと早く世間に知らせておけばよかったとも反省している。ただ、なぜ今まで黙っていたかは、(1)に書いたのでそちらをみてほしい。また、長らく病気だったこともあり、自分の身に直接起きたことを書く気になれなかったというのも正直なところ。

でも、今回来日したモザンビーク農民らの勇気と絶望の目に触れて、もはや黙っていてはいけないと思う。

5年前の9月半ば、私はまだサバティカルの最後の月で、日本にいなかった。

学部長からメールがきて、JICAの●氏という人が私のことでどうしても面会をしたいといってきたので会った。

そもそもこの●氏こそ、JICA現地事務所の職員にNGO側のホテルを調べさせ、そこに現れた人物である。(*話が見えない人は(2)を読んで下さいね)

JICAだというので、大学としても無下に対応できなかった。(大学はJICAに紛争地の留学生の学費を負担してもらっていたし、学生たちの重要な就職先でもある)。本人はJICAのロゴマークと連絡先の入った正式な名刺を置いていったが、「個人/私人としてきた」と主張していた。

そして、このブログのことで彼の実名が出てくる記述があるが、事実無根なので削除修正をしてほしい。今後、実名での記述は止めるように。そして、謝罪メールかブログ記事を書くようにというものであった。

これは非常におかしなことであった。

2012年11月から数ヶ月に1度、政府とNGOの対話の場で顔をあわせており、メールのやりとりもしている。何か不快に思うことがあれば、直接私に言う、あるいはメールを書けば良いことであって、この件では明らかに無関係の大学にJICAの名刺を持参して行くこと自体が奇妙である。

●氏は大学にきた理由を「大学のサイトにブログへのリンクがあるため」とし、なぜ私に直接言わないのかについては何も説明しなかったという。また、具体的にブログのどの記事が問題なのか、その資料も渡されなかったという。

対応した先生たちは、大学は関係ないし…ということで思案していたら、10月半ばに●氏は再度大学に現れ、何らかの対応を私に対して取ったか聞いてきたという。そして、「裁判」という言葉を口にして、「弁護士とも相談しており、もし裁判になったらどうなるか」「時間が相当かかるだろう」と口にして帰っていったという。

大学からは、この人物が大学とわたしにある種のプレッシャーを与えにきたと理解したものの、一応背景が知りたいということだったので、まずは●氏がアレンジし、JICAの担当者として出演しているプロサバンナの番組を二つ観てもらった。そして、JICAのホームページにある同氏に関する記事を読んでもらうとともに、この人物が意見交換会で政府側の代表者として発言していることを議事録と出席名簿で確認してもらった。

つまり、プロサバンナの件では、「私人」ではなく「公人」として公金を使って活動している人物であり、同氏の狙いが単なる謝罪や訂正を超えて(単なる謝罪と訂正なら私に直接伝えれば済む話である)、私の職場を通じて政治的な圧力を加えることを目的にしている可能性について検討してもらった。

提供した資料をみた先生たちは、面会時の様子を勘案して、政治的な意図をかぎとり、私人としてきたなら、機関同士のことではないということなのだから、個人間でやり取りしてほしいと最終回答してくれた。

ただ、私としては「個人の問題」として扱うべき種類の問題でもないと考えていた。私を通じて、プレッシャーを与えたいのは私個人ではなく、日本のNGOの仲間たちであり、その先にいるモザンビークの農民運動や市民社会組織であることは明らかだったからである。(繰り返しになるが、私個人のことなら大学レベルに持っていく必要もない)

念のため相談しておいた弁護士からは、面会要請時や面会時に名刺を示している以上、「私人」と言い続けることはできず、ODAの透明性を担保し、改善を促そうとする大学人が自由に発信することを躊躇させる目的であることは明らかで、言論の自由を脅かすものだから、とにかく何かあったら一緒に闘うからと言ってくれた。

(以前もこの弁護士さんのことを紹介したことがあるのだけど、いわゆる「人権弁護士」ではなく、事件を長らく扱った後、企業のコンプライアンスに詳しい企業弁護士さんで、大学の顧問弁護士もしている方。彼がたまたま電話に出た犯罪被害者窓口で出会って、以来、あれやこれやでお世話になっている。でもお金を取らない。社会のために闘っている人を応援することで、自分も社会のための活動ができるし、普段儲けてるので、せめてもの罪滅ぼしと。。。)

その彼が首をひねって言ったのが、「原発建設とかダム建設とかそういうのならこういう話もあると思うけど(あってはいけないが)、これ『援助』の話だよね?なのに、ここまでのことをしてくるとすれば、よっぽどこの援助「危ない案件」なのか、組織が腐ってるのか、何なんだろう。とにかく気をつけるにこしたことはないから」と忠告してくれた。

たしかに、もっともな指摘だった。
こんなこと、普通にスキャンダル。
援助案件で政府・市民社会対話で協議の場に出てきている政府代表が、市民社会側の参加者の職場に「裁判するぞ」と圧力をかけに二度も現れたわけだから。

11月、プロサバンナに関する協議に出ている日本のNGO5団体から正式にJICA理事長宛に「JICA●氏の行為に関する問い合わせ」が送付され、JICAアフリカ部部長(当時)から回答がメールで届いた。そのメール文をもらったので、読んでみてほしい。

「お問い合わせ頂いた内容につきましては、東京外国大学の公式ホームページに、舩田氏研究室ブログがリンクされており、その中で、●氏に対する舩田氏個人の意見があり、同大学の公式見解として捉え兼ねないという危惧を、●から、同大学へ伝えたと理解しております。」

みて分かる通り、話が違っている。
●氏は私に謝罪をするよう大学が働きかけあることを要請しにきたのであって、それは大学側が聞き取った要求項目からも明らかである。そして二度とも同じ要求がなされた。JICA部長の回答内容では、●氏がわざわざ二度にわたって大学に現れた理由は説明不能となる。なぜなら、「危惧を大学に伝え」ることだけを目的とするのであれば、一度で済むはずだからである。

ここで生じる疑問は、JICAは●氏の二度にわたる大学行きを知っていたのか?知っていながら許可あるいは黙認したのか?「グル」だったのか?あるいは、JICAは知らず、●氏は完全に個人として勝手に来たのか?

これらの疑問への答えは後に明らかになった。

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写真は名刺のロゴ。




by africa_class | 2018-12-17 07:26 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

研究界への介入・暴力(2)〜2013年からプロサバンナをめぐって起ったこと

あれやこれやで超忙しく、すぐ書こうと思っていた「続き」がなかなか書けない。

でも前回の投稿で、読んでおいてほしいものいっぱい書いたから大丈夫かな?
さて。
JICAが2013年8月1日に「コミュニケーション戦略の定義」のために地元コンサルタント企業(といってもポルトガルの会社)と契約したあたりから、同時並行的におかしなことが沢山起ったのだが、私(たち)の身に起きた数々のおかしなことを紹介していきたい。

2013年8月に開催された「第1回3カ国民衆会議」には、日本から6名のNGOと大学教員らが参加し、議論に耳を傾けた。

2名のNGO関係者に、大学教員ら4名。内1名はわたしだった。東京外大で准教授をやってる時代のわたし。

この6名で会議後、モザンビーク北部の首都ナンプーラ市に飛び、3つのチームをつくって2州の調査を行った。調査は3つの角度から行った。JICAの便宜供与を受けた調査、地元小農運動の案内で行った調査、独自に行った調査・・・つまり、調査の精度を高めるために、色々な角度から調査をするための努力がなされたことが分かると思う。

調査結果は、『ProSAVANA市民社会報告2013:現地調査に基づく提言』に詳細にまとめてあるので、そちらを参照されたい。この他にも、私を含む研究者らが、国際ジャーナルや日本の学術ジャーナルに調査結果を論文として、また学会発表も行っている。

JICAの便宜供与も別の大学教員からの大学教員としての学術調査協力依頼であって、それ以上でもそれ以下でもない。

しかし、首都からナンプーラ州にうつった当たりからおかしなことが起り始めた。(実は、首都でもおかしなことがあったのだが、これについてはまた今度)

その夜、私宛に、のちに人権侵害発言で現在も問題とされるナンプーラ州農務局長からおかしな電話がかかってきた。(*この局長については、2017年から現在にかけて、日本のNGOから外務省・JICAに対して公開質問状などが送られ、やり取りが続いているので、そちらをご確認いただきたい)

プロサバンナ事業の州農務局長の発言内容について
http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy-statement/2018/06/20180531-mozambiquekaihatsu.html

わたしの携帯の番号は、JICAの便宜供与の絡みで、どうしても便宜供与を依頼した先生のモザンビーク内での連絡先が必要だといわれて、JICAに渡していたものだが、当然モザンビーク政府関係者には渡していなかった番号である。しかも、電話はわざわざ、わたし宛であった。

見ず知らずの政府高官。
夜8時というのに局長はホテルまで来るから「二人だけで話がしたい」という。この時点でぞっとしないとすれば、それはモザンビークを知らなすぎる人の発想であろう。

そもそもなんで番号を持ってるのか尋ねると、JICAがくれたという。
何の為にくれたのかと聞くと、話をはぐらかす。
延々といますぐくる、ホテルは知っていると言い張る。
なぜホテルまで知ってるのかと聞くと、あっさりと、JICAが教えてくれたという。

こんな時間に来られても困る、しかもある種の圧力にしか感じない。あるいは、脅したくってくるの?と聞くと、そんな訳がないとかああだこうだいっても引き下がる感じがない。

気持ちが悪いなんてもんじゃない。
モザンビークは1975年の独立以来同じ政府である。

それだけではない。

植民地時代の秘密警察と東ドイツのKGBが合体したような秘密警察組織網を築いている国である。そして、政府要職にある者は党の要職にパラレルについており、党の中には「ある秘密組織」があり、政府や与党に批判的な人物に陰に陽に圧力を加えることで知られている。ゲブーザ政権の二期目から、社会統制と介入が激しくなり、危険度が増していったことについてはすでに他でも書いた。

どうしてこういうことを知っているの?・・・と思う人はいないとは思うが、不思議な人は著書の『モザンビーク解放闘争史』か新刊の共著本『解放と暴力ーアフリカにおける植民地支配と現在』をお読み頂ければ。

そして当時のプロサバンナの担当大臣(農業大臣、前の内務省大臣、現在の外務大臣)が「誰か」知っていれば、その子分である州農務局長の役割も明確である。

そういうこともよく理解しないままに、日本の貴重な援助をこういう人達に委ねている。あるいは、気にしちゃいないということだろう。日本は援助の相手として独裁政府を好んできたことは歴史が証明している。冷戦期、米国に追従してということもあるが、独裁の方が一度トップと合意さえすれば、仕事が手早く片付けられるからでもある。

大使館もJICAも2001年までモザンビークに置いていなかったので仕方ないとはいえ、であればこそ、慎重にも慎重を重ねて、よく調べた上で援助を立案し、進める必要があった。少なくとも、2008年までの歴代大使もJICAも、その点においてはよく理解しようとし、慎重であった点は強調しても強調しすぎることはないと思う。

プロサバンナの問題が発生するまで、わたしは、すべての駐モザンビーク日本大使とJICAのレク(事前・事後の任国研修)を担当していた。理由は簡単。わたしのモザンビークへの関わりは、これらの機関の人達より古く(1994年から)、外務省に在籍したこともあり、日本で唯一のモザンビーク研究者だったから(当時)。後に政府高官になるモザンビークの研究者や政府関係者が友人や研究仲間だっただけでなく、大臣や歴代大統領と首相の全員を知っていたし、駐日モザンビーク大使の相談相手だったから。

1994年の戦後初選挙以降の政治的に自由な時期からゲブーザ政権の2期目の独裁に向かっていくまでの時期は、モザンビーク政府関係者も、とてもオープンで、自身が党のあり方などに批判的ですらあった。それが変わっていったのが、2010年以降。まさに、日本がモザンビークへの大型援助にのめり込んでいく頃のことだった。

2013年までは、わたしのモザンビーク訪問時には必ず大使公邸に招待になり、大使夫妻や大使館員とご飯を食べながら、モザンビークの現状について議論をしてきたし、大使館のパーティに招くべき地元関係者を紹介し、大使と一緒にいくつかのパーティを開催もしてきた。農薬問題(所謂2KR援助の件。また今後・・・)で一時は闘いもしたけど、それは表面のことであって、実際は大使館もJICAも問題は理解していて、逆に共感しあって関係を強化していた。農薬問題の後は、大使館もJICAも、派手な援助ではなく、地に足のついた、社会の分断を超えて着実な成果を出せるような「小粒でもキラリと光る援助」を目指して地元で行われている先駆的な試みに資金援助しようと頑張っていた。お手伝いもあって、市民社会とJICAを繋げるようなセミナーも何回か開催した。

しかし、TICAD IVが2008年に終わり、もう援助や政策に関わるのはいいかなと思って足を洗った途端、おかしな援助(ブラジルの協力を得てモザンビーク北部農業を刷新する=プロサバンナ)が始まるようになっていた。JICA内の南米関係者が、援助を卒業してしまった南米での活躍の場を失って、アフリカへの進出の足がかりにしようとしたのであった。

アフリカ部が研究室に尋ねてきてこの「ブラジル・セラードの成功をアフリカへ援助」を説明しにきたのだが、両方の国を知っていている者にはあり得ないものであり問題を引き起こすことになると指摘したが、その途端、色々なことが変わり始めたことについては既に書いたとおり。

「ブラジルを使ってのモザンビークへの進出=プロサバンナとナカラ回廊開発」という方向性が先陣を切ってプロサバンナで開始されると(末尾のJICA地図参照)、モザンビーク社会をどう捉えるのか、Do no harmの原則をどう実現するのかといった地に足のついた考え方やプロセスは一気に消えてしまった。

自らが頭に描いたイメージや計画を推し進めるために、便利な人達を、それらがどういう人物で、どういう結果をもたらそうとも、税金を使ってでも利用する・・・・その結果起きたことが、2013年から現地で続く「邪魔者(反対者)は轢いてでもプロサバンナを前進させる」という方向性であった。

これについては、モザンビークの11名の住民から出された異議申立に出てくる。が、この詳細は岩波の連載にも少し紹介している。
https://websekai.iwanami.co.jp/posts/1419

州農務局長からの電話に戻る。
翌日早いからと伝えると、今度は延々とJICAがいかに素晴らしい組織か、とくにプロサバンナを考えついた人物が自分の兄のような存在で、その人物の指導がいかに素晴らしいか、だからプロサバンナは間違いなく素晴らしいと演説する始末。もちろん、話はどんどん私や日本のNGOなどへの個人攻撃に向かっていく。すでに40分経過。丁度いいところでバッテリーがきれたので、とりあえず放置しておいた。

実は、ホテルはあえてJICA関係者が泊まらない宿をとっていた。
しかし、JICAはホテルまでモザンビーク政府高官に伝えていたのだった。電話のことを話すと皆が気持ち悪がって、それ以降は別宿に泊まることとした。

しかし、気持ちの悪い事態はこれで終らなかった。
農村部での調査から戻ると、今度は新しく予約したホテルにいきなりJICA本部から出張していた事業の担当者が現れたのである。

州農務局長が電話で延々と持ち上げ、「兄弟」「指導者」と仰いだ、まさにその人物が、ニヤニヤ笑いながら朝食の席に座っているのである・・・。嬉しそうにこちらをみて、挨拶してくる様子から、私たちがこのホテルに泊まっているのを知っていてわざとホテルに泊まっているとしか思えなかった。

しかし、何のため、わざわざ同じホテルに泊まっているのか?
どうやって突き止めたのか?
(JICAには絶対伝えないように全員が気をつけていた)

あるいは、思い過ごしなのか?
尋常ではないことが起きていることを誰もが感じた。

調査の最初から最後まで一緒に同行してくれた国際NGOの欧州人スタッフが別れ際、まじまじと目を覗き込んで、
「だいじょうぶ?何かあれば一刻も早く連絡するように」
といって、電話番号をくれた。

この時点では、「思い過ごし」だと誰もが思いたかった。とくにわたしは。

彼は長らく国際的な環境団体で世界あちこち(特に南米)の住民や環境団体を支援してきた経験から(南米では環境活動家が多く暗殺されている)、こういう一見「偶然?」と思える、しかし気持ちの悪いことが重なるときには、その背後で何か企みが進められていると教えてくれた。

「ただ、ヨーロッパのドナーだったら、もちろん、地元政府高官に個人情報である電話番号やホテルの場所なんて伝えないのが当然だけど。それどころか、こんな援助とっくにヤメてるはずだよ。なのに、JICAときたら、日本からの調査団にプレッシャーを与えるように政府高官に促して個人情報をあげてる。ついでに、わざわざ同じ宿に現れた。こういうこと自体が、プロサバンナの薄気味悪さ、汚さを証明してるよね。本気でみな『後ろ』に気を配って。」

そういって別れたのだが、何か「ぴーん」とくるものがあったのか、心配性なのか、その後マプートに戻った後も、ほとんど毎日一緒に街を歩いてくれた。

それでも、思い過ごしだよね?・・・そう自分に言い聞かせた。
でも、不安が拭いされなかった訳ではなかった。

結局、これが私たちの思い過ごしでなく、彼の懸念通りであったことが後にはっきりする。

つまり、JICA本部から出張できていたこの人物が、同じホテルに泊まっていたのは偶然ではなかったのである。日本のNGOと研究者が泊まっているからこそ、そこに泊まったのであった。

どうやって突き止めたのか?
なんと、この人物は、現地のJICA職員にナンプーラ市中のホテルを一軒ずつ訪問させて、私たちの泊まっているホテルを突き止めさせて、わざわざそのホテルにうつったのだという。

当然ながら、このことは、後にJICA内部で大問題になったという。(そりゃそうでしょ・・・。大学教員や日本のNGOを秘密裏につけまわして、スパイまがいのことをしようとしたのだから。。。)

このような行動の数々が、「コミュニケーション戦略書」の策定と実行と同じ時期に同じ場所で行われていたこと、同じ人物が両方に関わっていたことを考えると、かなり根が深いことが分かると思う。

そして、その後に続くとんでもないことの数々のレールが2013年にすでに敷かれていたことがわかる。

(続く)


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当時のJICAが、ブラジルを巻き込んでやろうとしていた大規模開発のイメージが良くわかる地図。

同じ日に配布された日本語資料からは、あえてブラジルの国旗がすべて削除されている。また日本語版で中央に大きく掲載されていた大豆のプランテーションの写真も削除されている。



by africa_class | 2018-12-10 06:49 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

研究界への介入・暴力(1)〜2013年からプロサバンナをめぐって起ったこと

なぜ急にこんなに書いているかというと、来日したモザンビークからの小農たちが受けてきた傷や被害を改めて耳にして、もうこんな援助(プロサバンナ事業)は本当に許してはならないと思ったから。「小農支援」といいながら、地元の最大の小農運動のリーダーたちをこれほどまでに苦しめる「私たちの税金でやられる援助」について、洗いざらい、多くの人に知ってもらい、納税者で主権者でもある日本の人びと自身が、この事業に審判を下すべきと思ったから。

もちろん、ずっとそう思ってきたし、私を含め、皆それなりに行動してきたのだけど、「個人的な部分に関わることに見えること」はあえて書かないてできた。というのも、「個人的なことに見えること」を書くことで、「だからあの人は事業に反対するんだ」という結論を導き出されることは避けたいと思っていたから。

昨日の投稿で書いた通り、事実認定ができるファクト(根拠となる政府・JICA側の一次資料がある)だけで問題提起をすることが重要だと思ってきたし、今でも思っている。

ただ、なぜこの事業がこんな風にCIA(海外に向けた米国諜報機関)ばりの活動に手を染めるようになったのか、その初期の段階で何があったのかについて、一般の人に理解してもらうには、わたしや私たちの身に起ったことを説明する必要があると考えるようになった。

愉快なことではないので、病気だったこともあり、黙ってきたことも、もう広く社会に知っていただくべき時がきたと思っている。

2012年10月にモザンビーク最大の小農運動UNACと対象3州の農民連合がプロサバンナに反対の声明を出してから、JICAが陰で何をしてきたかについては、JICA自身の一次資料によって明らかにできた。これは昨日、このブログで紹介したとおり、実証的に岩波書店『Web世界』で詳細を述べているので、そちらを参考にしてほしい。

モザンビークで起きていること〜JICA事業への現地農民の抵抗
https://websekai.iwanami.co.jp/posts/1419

「コミュニケーション戦略」なるものを立てて、農民らの主張を矮小化したり、農民組織や市民組織をコミュニティや日本やブラジルの市民社会、メディアから切り離そうとしたことについては、以下の記事でも触れた。

「農民団体の価値を低める」と書かれたJICAの『戦略書』
https://websekai.iwanami.co.jp/posts/1171

ぜひ日本の税金で作られたJICAの地元コンサルタントとの契約の「成果物」を、ご自身で手にとて読んでほしい。私はJICAが情報開示請求の結果として公表したポルトガル語版で読んだのだけれど、英語版も以下のサイトで入手可能ないようなので、ぜひ皆さんに読んでほしい(特に、32-33ページ)。

ProSAVANA: Communication Strategy(『プロサバンナ:コミュニケーション戦略書』)

そして、その後この『コミュニケーション戦略書』が受け継がれる形で、JICAがさらに契約したMAJOLという地元コンサルタント企業が何をしたのかについても、リークされた一次資料(MAJOLからJICAに提出された3本の成果レポート)を確認してほしい。

なお、『戦略書』の英語版はMAJOL社がJICAに提出した最初のレポート(2015年11月)の参考文献欄に掲載されていた。しかし、JICAが開示した最終版からワザワザあえて消されていたことも、皆さんの頭にしっかりインプットしてほしい。(なぜJICAは参考文献一覧からこの『戦略書』を削除しなければならなかったのか?・・・ここにJICAが「確信犯」であったことが如実に示されている)

JICAの介入に反発する小農や「キャンペーン」
内部告発者からのリーク:JICAに提出された「レポート」の衝撃
https://websekai.iwanami.co.jp/posts/1181

以上の記事の最後に現物のコピーを載せてあるのだが、やはり一次資料を自分の目で確認してほしい。以下の国際NGOのサイトに「内部告発者」からのファイルがすべて掲載されている。
https://www.farmlandgrab.org/post/view/26158-prosavana-files

下記の2つのレポートには、プロサバンナに反対する公開書簡や声明に署名してきたモザンビーク内の団体やそれに関わった個人を個別調査し、「影響力の強さ・弱さ」「プロサバンナへのポジション」「同盟を結ぶことを促進できる、あるいは阻む要素」「内部の対立状況」が調査されたことが分かる。
https://www.farmlandgrab.org/uploads/attachment/Map.2.pdf

それぞれの調査結果は、表の形で「見える化」されるとともに、どうやったら巻き込みが可能かの具体的な提案まで書き込まれていた。特に、モザンビークの小農運動やNGOの資金源となってきた国際NGO(故に影響力「高」としてランキングされている)をどう懐柔するかまで書かれていて、正直なところ気持ち悪い。

JICAが地元コンサルティング会社にこんな調査をさせて、500万円もの税金を支払っていたことを一般の納税者が知ったときに、「援助資金の適正活用」として本当に納得してもらえるのだろうか?猛暑が酷くなる一方の日本で、教室にクーラーすらない小学校が大半である現実を考えるときに、こんなことが許されると思っているとすれば、あまりに驚きである。

結局、どうせこれらの文書はモザンビーク政府が開示を拒否したと主張することができるし、黒塗りするから、バレるとは思っていなかったのだろう。

しかし、こんなことに自身が手を染めることを許せないと考えた「内部告発者」がいた。

MAJOLがJICAに提出した最後のレポート(2016年3月)は、自画自賛と「ぶっちゃけトーク」満載(英語なので是非読んでほしい。)。プロサバンナに反対し続ける小農運動や市民団体を「過激派」扱いし、敵視。そして、あれやこれやの「アクション」にも関わらず、UNAC(農民連合)を味方につけられなかったために、彼等が農民人口の数パーセントしか代表してないとか、地方選出議員を巻き込むことで農民たちが主張し日本のNGOらが根拠とする「小農の代表」という主張を矮小化する戦術(tactics)を、同盟を組むようになったナンプーラ州の市民組織と立てたと報告されている。

当然、JICAがリーク後に止む無く公開したレポートは真っ黒塗り、あるいは削除の嵐。比べてみると面白い(…)ので、是非日本のNGOが公開してくれている以下のサイトをご参照。
http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/ProSAVANA/index_docs.html

このように『戦略書』を踏まえて展開されたMAJOLの「コンサルティング活動」によって創り出されたプロサバンナ推進のための「市民社会対話メカニズム(MCSC)」(2016年2月)。これをJICA担当官らが嬉しそうに「市民社会主導」と呼び、MAJOLが「第三者」「独立」した存在だと強調したのには、今でも信じがたい。

そして、話はそこで終らなかった。JICAは、対話メカニズムが想い通りに機能しないことを受けて、2016年10月、MCSCのコーディネイター(アントニオ・ムトゥア氏)のNGO(Solidariedade Mocambique)と、2200万円ものコンサルタンティグ契約をかわしたのであった。詳細は以下の記事。

「推進派」NGOへの2200万円のコンサルタント契約
https://websekai.iwanami.co.jp/posts/1182

この契約書の現物は、以下のサイトからダウンロードできる。

2016年12月、ムトア氏が、JICAのコンサルタントとして莫大の謝金を手にしていたことを日本の大使館もJICAも伏せたまま、現地の新聞らに「モザンビーク市民社会の代表」として取材させていることが、外務省の一次資料でも確認できた。

その「成果」として、ムトア氏の話を真に受けた独立系新聞が、プロサバンナに反対をする人達を貶める記事を書いたことついては、未だ岩波の連載で取り上げてない。けれど、この記事は未だオンライン上に存在するので、ぜひ最後までみてほしい。なぜなら最後に、「この記事は日本大使館の組織したツアーに基づき書かれました」と記載されているからである。

http://www.verdade.co.mz/tema-de-fundo/35-themadefundo/60572-organizacoes-da-sociedade-civil-do-niassa-nampula-e-zambezia-libertam-se-de-maputo-gracas-aos-dolares-do-prosavana

そして、このブログで紹介した「3カ国民衆会議に現れた日本の若手『研究者』」は、この記事通りの主張を展開しているのであった。この点については、改めて触れるが、以下に少し触れている。

「研究」という暴力〜民衆会議に現れた日本人「若手『研究者』」

https://afriqclass.exblog.jp/238886464/

なお、SolidariedadeとJICAの契約書(署名は、以上のムトア氏)を見てもらえば分かる通り、2200万円の契約金の大半が「謝金・人件費」で占めれた。つまり、Solidariedadeとムトア氏の仲間になってプロサバンナを推進するNGO関係者に、JICAから莫大な資金が「コンサルタント料」として流れたことになる。

この自ら創り出した「市民社会メカニズム」をJICAは現在でも強調し、資金援助し続けている。

しかし、これらは地域で農業を営む小農自身あるいは小農運動ではなく、本来地域住民の8割を超える「小農を支援する」と称して結成されたNGOや市民組織、ネットワークであった。つまり、JICAが行った一連の活動は、地域に反対し続ける小農がいるのに、小農を支援する団体を小農から引きはがし、大金を掴むことでメリットを見せつけ、小農を孤立させ、追い込むことを招いたといえる。

今回も来日した農民たちが口々に語った言葉が耳の中でこだまする。
「骨と肉に切り刻み込まれた分断の傷」
「日本の資金、JICAの資金がなければ、こんな目にあわなかった。JICAの責任」

2年前と同じ表現を、より強い表現で口にした農民女性を前に、日本の市民として、何も返す言葉がないままだった。

だから、私もついに口を開こうと思う。
(続きはあとで。)

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by africa_class | 2018-12-05 15:49 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

なぜか岩波書店の『Web世界』の連載がトップ5を占める「怪」〜地味だけど皆に読んで知ってほしい日本の援助の「闇」。

岩波書店が出している月刊誌『世界』の記事が出版されたのは2017年4月のことだった。あれからあっという間に2018年も暮れ。もうすぐ2年近くが経とうとしている。同誌がWEBにもサイトを開設するというので、当初の記事をWEB用にアップデート&分割してほしいと頼まれたのが去年の冬。そして、WEB連載が静か〜に始まったのが、今年の3月。

連載 モザンビークで起きていること

JICA事業への現地農民の抵抗

https://websekai.iwanami.co.jp/posts/461

本当は既に出した記事の校正だけで済まそうとしていたのだけれど、最初に記事を書いた2016年冬からあまりにも沢山の出来事があったので、少しずつ加筆していったら、ついに今でも続くロングラン「連載」になってしまった。当然、担当者も私も予想だにしていなかった事態。でも、あまりに過去&現在進行形の出来事がびっくり仰天するぐらい酷いので、世間のみなさまに広く知っていただく必要があるので、書店に「もうヤメて〜!」と言われるまで書こうと思う。

でも我ながら、すっごく面白い連載とは…いえない。
事実が淡々と書かれているだけなので、多くの人にとって「つまらない」のではないかと、いつも心配になりながら原稿を担当者に送っているのだけれど、一昨日『WEB世界』のサイトを見て目が点になった。そして今みてさらに点に・・・。

なぜだか分からないのだけど、この連載の記事がランキングの1位から5位までを占めていたのだ。息子曰く、「なんかの間違いだよ、絶対。自分のPCからだからそうなってんじゃないの?」。そうだよね…と思ってTWEETしたら、どうやら他の人のPCでもそうなのだという。

何かの偶然が重なったのだと思うけど、たくさんの人に知ってもらって、考えてもらいたい内容ばかりなので、これはとっても有り難い。どんなに重要なことでも、知られなければ意味がなく、でも知ってもらおうにも、興味を持ってもらわなければどうしようもない・・・のだけど、あんまり楽しい話題でもないし、どうやって目にとめてもらって、実際に読んでもらうところまで行き着けばいいのか、皆目検討もつかなかった。(いまでもだけど・・・)

でも、何はともあれ、多くの人に読んでもらえるようになったのであれば、本当に嬉しい。自分のためにではなく、この6年間、私たちの援助のせいで、苦しみ続けているモザンビークの小農や市民社会の皆さんのためにも。

3カ国民衆会議で来日したモザンビークの小農運動のリーダーや市民社会組織の人達15名の話を聞く機会をもてた人なら知ることができたと思うけれど、日本の援助(JICAの資金とプロジェクト)で現地の人びとがどのような目にあってきたのか(きているのか)、ひとりでも多くの日本の方に知ってほしい。そして、こんなことを貴重な税金で許し続けていいのか、についても。事業開始直後に地元小農たちが反対を表明したというのに、この6年ですでに32億円の資金が費やされてしまった。32億円あったら、どんな素晴らしいことができるだろうと考えると、ただただ悔しい。

さて。この連載。紙媒体での記事の時から決めていたことがある。
それは、政府側(JICA)の登場人物の全員について氏名を公表することである。この理由は、ハンナ・アーレントが指摘するナチス・ドイツ時代のホロコーストの土壌と構造が「匿名性を帯びた役所や官僚による統治/支配」によって培われたという指摘を踏まえてのことだった。

6年間、プロサバンナ事業に関する外務省やJICAの官僚や担当者らの言動を観察する中で、アーレントが指摘した現象と似たものを、感じるようになった。これに抗うことは、プロサバンナ事業という一つの援助事業の問題を超えて、日本の国家や社会のあり方の「闇」に直結することと考えて、彼等の行為をすべて行為者の名前とともに、根拠を示しながら(すべて彼等の関与を示す文書を注にあげている)、明らかにしている。

詳細→

■森友問題、プロサバンナ問題を考える>アーレント「悪の凡庸さ」とグラス「玉ねぎ」を糸口に

https://afriqclass.exblog.jp/23780372/

とくに注目しておきたいのは、JICAの登場人物のいずれもが自分は「『いいこと』をしているつもり」、あるいは「しているはずだ」という強い思い込みをもっていることである。あるいは、「命令にしたがっているにすぎない」、「命令のなかで、できる最善を尽くしている」つもりの人もいることを知っている。しかし、彼等がしていること、してしまったことはその真逆である。戦後の一時的な民主的で豊かなモザンビーク市民社会を、権威主義化・独裁化を進める現地政府とともに、いかに分断し、コントロールしようとしてきたか・・・。

そんなバカな・・・と言いたい人の気持ちは分かる。
私自身が「嘘でしょ?」「あり得ない」と思いながら、ギュンター・グラスのいうところの「玉ねぎの皮」を一枚一枚はいでいった結果がこれなのだから。連載を1つでも読んでいただければ、おそらく理解できると思う。

バックナンバー


私が、日本の皆さんに問いたいのは、CIA顔負けの「海外活動」に、果たして日本の納税者や市民として同意あるいは納得しているのか、という点。

困っている人を助けるためにあるはずの政府開発援助が、いつの間にか、現地社会で最前線でしぶとく不正義に声をあげる人達を弾圧するために使われていることを知ったとして、皆さんはどう考え、どう行動するのだろうか。

まずは知り、考えるところから一緒に、ぜひ。

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by africa_class | 2018-12-05 04:52 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

「研究」という暴力〜民衆会議に現れた日本人「若手『研究者』」

3カ国民衆会議は無事、成功に終わり、安堵する間もなく、事後処理に追われる日々。ドイツでは、とにかく「クリスマス」シーズンがはじまり、各家庭大忙しの時期。19回目のドイツでのクリスマス。あんなに嫌だったのに(この時期雨ばかりで寒い)、ドイツの父も母も亡くなって、なんだか今年こそは彼等が教えてくれた伝統に則ったクリスマスをしたいと、強く思うようになった。口には出さないものの、家の誰もがそう感じている。と同時に、日本のお正月の伝統も息子に伝えなくては…という気持ちも強まって、セカンドハンドのお重を2つも買い占めてきた。

この半年ほどクレイジーなほど忙しかったので、書きたいなと思いながらも書けなかったことを少しずつ書ければいいなと思ってる。

このテーマ(「研究」と暴力)については、数年前から書きたいと思っていたテーマだった。

もちろん、研究者としての肩書きをもつ私自身の「暴力」に無自覚なわけではない。沢山の人びとのインタビューへの協力を踏まえて書いてきた論文や研究書が「収奪でない」と断言できるかといえばそうではない。ただ、その危険と隣り合わせに、自覚し、自問自答しながら30年近くを過ごしてきた。いつも「なぜ誰のために何をどう研究するのか?」「研究成果を発表することによってどのような影響を及ぼしてしまうか(ボジティブだけでなく、ネガティブも)」を問い続け、今も問うている。

特に、戦争や暴力をテーマとして研究するようになってからは、この問いは肝だった。平和に関わる仕事がしたいと国連の帽子を一度は被った自分が、研究の道にきた理由を考えれば、これは当然のことであった。だから、博論の序章は、過去の研究がどのように戦争や介入の口実に利用されてきたかを延々と取り上げた。とくに、文化人類学的な研究成果が、歴史・政治経済的な背景を排除する形で戦争の原因を「研究者が目で見て体験した現象」に求める傾向に警鐘を鳴らしたいと思った。

(博論は『モザンビーク解放闘争史』として出版。その後、英語版The Origins of War in Mozambiqueが無料で公開されている→http://www.africanminds.co.za/wp-content/uploads/2013/05/The%20Origins%20of%20War%20in%20Mozambique.pdf)

他方で、その研究はとても魅力的なものでもあった。地域社会におけるエスニックな対立がどのように戦争状況を利用していったのか、スリリングなタッチで描かれている。これを読んだ誰しもが、その時期・その場でしか描き得なかった文化人類学的な考察に感銘を受けた。

でも、私がこの「研究成果」の罠に陥らなかった理由は、当時、私自身が戦争直後の国際的な介入の最前線でコマのように働いていたからである。地域社会や人びとのあれやこれやに大きな影響を及ぼすオペレーションのただ中で、世界各地からくる同僚や上司たちの「戦争(原因)認識(つまり、誰が悪者か)」に、翻弄されながら、日々の活動を地域社会の最前線で前に進めなければならなかった。広大なモザンビークの最も大きなニアサ州の南部全体の選挙部門の統括をたかだか23歳のわたしがするという、どう考えても無茶な日常を半年にわたって過ごす中で、「戦争原因認識」は大きな意味を持った。

ニューヨークからのファックス、ニューヨークから送り込まれてきた米国人の上司の「戦争原因認識」に翻弄される日々の中で、この「研究成果」がいかに重要な役割を果たすようになっていたのか徐々に知るようになった。この「文化人類学的研究成果」は、その具体的なディテールを強力な根拠として、独立後のモザンビークの戦争の原因は社会主義政府による失策にあり、アパルトヘイト政策をとっていた周辺諸国や東西冷戦下の西側諸国の介入の影響の重要性を矮小化する役割を果たしていた。だから、元反政府ゲリラに正当性を与える効果をもたらしたのであった。

冷戦が終っていたこと、南アフリカでネルソン・マンデラ政権が誕生したことも、「過去の話」としての冷戦やアパルトヘイトに原因を求める傾向はより弱くなっていた。もちろん、社会主義政府に問題がなかったわけではない。現在の問題に続く強健主義の問題は地域の人びとの根強い反発を生み出し続けており、それが一部暴力に繋がっていることも事実である。

しかし、1977年から92年までの16年間、100万人以上の死者と国民の1/3の難民を出したこの戦争が勃発したのも、継続したのも、ローデシアや南アフリカの白人政権、米国・英国・西ドイツなどの介入抜きには不可能であった。そして、戦争の「根本原因」と文化人類学者が主張する「エスニックな対立」から、植民地支配(だけでなく、対叛乱戦略)の深い影響を抜きに議論することもあり得ない。そもそものポルトガルの「植民地死守」政策と1964-74年の10年にもおよぶ植民地解放戦争、そしてそれを支えた西側諸国の影響も。

もちろん、そのことに文化人類学者が触れなかったわけではない。けれども、自分の文化人類学的な「発見」を「戦争の原因」と結論付け、さらに研究書のタイトルとした時点で、社会主義政策下で生じたエスニックな対立が原因と表明したに等しかった。

1990年に文化人類学者(クリスチャン・ジェフレイ)がモザンビーク北部ナンプーラ州で目の当たりにした「現実」を醸成してきた歴史やより大きな構造を軽視したこの「研究成果」こそ、100万人もの死者を生んだ罪の意識から解放されたい西側諸国にとって都合のよいものであった。

1997年のこと。
国連ミッションを経て、「戦争の原因」を多角的に調べようと心に決めて、南アフリカの大学にる政治学の先生(米国人)とご飯を食べていたときであった。ジェフレイの話をしたとき、駐モザンビークの米国大使のエピソードを語ってくれた。この「研究成果」はドラフトの段階で米国大使の手に渡り、すぐさま英訳されて西側諸国の大使館に回覧されたというのである。何の因果か、私が1990年から南米の日系人の共同研究をしてきた別の米国人の先生の同僚が、この元大使ということで、この点について確認してもらったところ、それは「事実」だった。

たった「一つの研究論文」、汗をかきながら集めた「現地調査結果」が、国際介入や戦争・戦後の行方に影響を及ぼしてしまう現実を、実務者と研究者の立場で目の当たりにしてから、私の中では、研究を全体から切り離さないよう常に心がけること、「研究と暴力」はテーマになった。

その後、博論を書いて気が済んだのかやや忘れていたのだが、2000年以降に日本で若い人達の間で「ルワンダ研究」が流行るようになって、再びこのテーマを思い出し、少しばかり警鐘を鳴らした。

しかし、その後はアフリカ紛争研究から足を洗ったこともあり、また日本の大学や研究界から足を洗う決意をしたこともあり、あまりこのテーマで考えることも少なくなっていたところ、ここ数年で一気にまたこのテーマに直面するようになった。

簡単にいうと、自分が「研究の対象」とされ、追いかけ回されるようになったからである。特に、「開発(援助)学」や「社会運動論」の若手「研究者」によって・・・。あるいは、プロサバンナ事業を共同研究したい、本を出したい、これらの分野の色々な人からのプレッシャーを受けるようになったが、最後に述べる理由により断ってきた。

私は開発援助や社会運動についても研究の対象にしてきたが、そのフレームはあくまでも歴史・国際関係・政治学からのものであって、「開発学」や「社会運動論」をディシプリンとしてきたわけではなかった。なので、昨今の若者がどのような調査や研究をして、どんな結論を導き出しているのか、あまり知らないままであった。

しかし、以上の理由から、若い人達の「研究成果」に接するようになって、本当に驚いたのは、「調査」(あるいは「実証」)と呼ばれるものの底の浅さである。とにかく、公になっている政府側の資料、市民社会側の資料、そしてちょっとしたインタビューを付け加えるだけで、「事実認定」して、容易に「結論」を導いて、「研究論文」としてカウントされる現実に、ただただ驚いた。あまりに安易というか・・・。(もちろん全員ではない。素晴らしい研究をしている若者も沢山いるのだけれど、なぜか「日本の援助」や「プロサバンナネタ」の研究には底が浅い研究が多い。日本語が読めないとちゃんとした研究ができないから、どうしても日本の研究界の水準にあわせたレベルになってしまうからなのか・・・)

特に、「若手」の多くの発表・論文には、先に前提となるフレーム、酷い場合には結論があって、それにマッチするデータ(資料であれインタビューであれ)をひっぱってきて、「ガラガラポン!」の大量生産。まあ、量産しないと生き残れない時代だというのは事実であり、可哀想ではある。しかし、検証というにも、実証というにも、あまりに甘いというか浅いというか、驚くばかりなのだけれど、「若手の研究だから、そのうち学ぶだろう…」とは言えない事態が頻発するようになった。

まず生じたのが、2013年のプロサバンナ事業で起きたブラジル人若手研究者の「事件」。いろいろな意味でショッキングなのだが、これはまた改めて書きたい。英語が読める人なら、次の論文を読んでもらえれば大体のことは分かると思う。


ここで取り上げたナタリア・フィンガーマンの2頁のポルトガル語での「研究成果」は、JICAコンサルタントによって賞賛され、日本人の間で回覧されていただけでなく、モザンビーク経済開発省のサイトにわざわざアップされたという事実を頭においてもらえれば、何がどう「ショッキング」なのかは分かると思う。そして、彼女は、プロサバンナ事業のブラジル側のコンサルタントを務めていたFGVの博士課程に在籍していたことも付け加えておきたい。

この時期から、世界各地からひっきりなしに論文の執筆やら本の共同執筆やら共同調査やら、インタビューやらを依頼されるようになり、次に出したのが以下のもの。論文というよりは、「研究ガイド」として、研究手法の問題と解決策を丁寧に記すとともに、読んでおかなくてはならない論文や資料などを網羅したので、本来はこの論文を読めば私にインタビューする必要などないのであった。


丁度、大学も辞め、ようやくメールによる追跡からも解放されて、隠居していたところ、今度は市民社会を経由して、あれやこれやの手法で世界中の「若手研究者」から「インタビュー」の依頼が頻発するようになった。私に対してだけでなく、日本・ブラジル・モザンビークの市民社会の関係者にもインタビューの依頼が殺到し、その内、それらの「インタビュー者」の中に、政府関係者から送り込まれた「若手研究者」がいることが明らかになった。

あるいは、「修論/博論のため」「現地の人びとのために研究してます!」といって、結論が決まっていて、あとは自分の都合のよい裏とりをしたいだけの「若手研究者」に遭遇することが頻発していった。

自分や体制維持のための「研究」・・・。
植民地支配や戦争の研究をしていれば普通に遭遇することではあるが、21世紀である。
研究者を育てる仕事を辞めていたからかもしれない。
あるいは色々な意味で疲れていたのかもしれない。
体制が利用する、あるいは世界の裕福な立場にいる若者の趣味的感覚で行われる「研究」なるものに絶望してしまった。

もう見知らぬ人からのメールは開けないことにした。

すると、ある「日本人の若手『研究者』」が、あるテレビ局に務める私の元ゼミ生の上司を経由して、質問票を送ってきたのである。そもそも、わたしの元ゼミ生をどうやって突き止めたのか。彼女の上司を経由することについて、何の問題も感じなかったのだろうか・・・。ましてや、このテレビ局、JICAモザンビークで数々のプロサバンナ事業の問題契約に関わった人物の古巣である。

もし皆さんがそのような事態に巻き込まれたら、どんな気がするだろう?何か得たいの知れないものが近づいてくる感じを受けないだろうか?

それでも気にしないようにしていたのだけれど、この投稿を書く決意をしたのには理由があった。その日本の「若手『研究者』」が、3カ国民衆会議のプレイベントに現れたからである。植民地支配下のモザンビークに、解放軍とともに入った写真家の小川忠博さんの映写会でのことだった。その映写会のタイトルは、「モザンビーク農民の『No』の歴史的ルーツを辿る」。
http://triangular2018.blog.fc2.com/blog-entry-25.html

ここに彼女は現れて、モザンビークでプロサバンナ事業の調査をしている研究者だと自己紹介をしたのち、自分が出逢った人たちは「殆ど皆がプロサバンナに賛成」なのだけれど、そういう人達の声はどうするんですか的な質問をしていた。

質問を受けたJVCの渡辺直子さんは、社会にいろいろな声があるのは当然で、自分がひとりの人間として、どのようになぜそれぞれの声を受け止めるのかを考えて、自分はNOを選択した農民らに寄り添っているとの発言をした。

それはそれでいいのだが、この女性の名前を聞いて、彼女が某テレビ局を通じて私にコンタクトしようとしていた人物だと分かった。そして、すでに現地の学術界や市民社会で問題を引き起こしていたことを思い出した。モザンビークからの説明によると、以下のような経緯で彼女は「有名」になっているという。

まず、この女性はテテ州の鉱山開発問題について英国の大学院の修論を書くために「現地調査」をしようとした後、モザンビークの市民社会の中でも「プロサバンナにノー!キャンペーン」の最前線に立つ団体に、プロサバンナに関する調査の協力とリサーチャーとして在籍させてほしいと要請を出したという。この団体は、世界中の若者の調査をサポートして散々な目にあっているため、研究目的やプラン・手法の提出を要請した。「自分のための研究」をしたいという傾向が目についただけでなく、「何かおかしい」と直感し、断ったという。

次にこの女性がコンタクトをしたのが、OMRであった。
OMRは、2015年6月に私が所長を日本に招へいして以来、JICAがプロサバンナにどうしても引き入れようとあの手この手を使って働きかけを続けている研究所である。私が以上の英語とポルトガル語の論文を出している研究所でもある。

OMRによると、この女性は修士論文で「マプートの橋に関する研究をしたい」から席をかしてほしいということだったので、席を貸してあげたという。(この時点で市民団体にはプロサバンナについて研究したいと言っていた点と矛盾がある)。しかし、お金はあげていないので、どうやって物価の高い首都で生活しているのか分からない状態だったが、2,3ヶ月して途中いなくなった。そして、帰ってきたら突然「プロサバンナの研究がしたい」と言い出した。すでに席をおいていた状態だったので、拒否はしなかった。すると、ある日、許可をしていないのに、研究所内にJICA関係者を招き入れるようになった。まさに同じ時期にJICAはOMRを繰り返しプロサバンナ事業に協力させようと躍起になっており、この女性も度々、JICAは悪くない、JICAに協力すべきと口にするようになった。あまりにおかしい上に、JICAの仕事をしているようだったので、席を返すように伝えて、関係をきった。

なお、OMRに席をおいている間に第3回民衆会議にも現れたという。

するとこの女性は、今度はモザンビークの別の研究所の研究大会に現れて、「現地調査の結果」として「プロサバンナ事業への反対は首都の者であって、北部の人は迷惑している」といった主張の研究報告を行い、皆を驚かせたという。(なぜなら、これは日本大使館とJICAが、契約したコンサルタントを使って、独立系の新聞社に書かせた記事と全く同じ主張だったから。*詳細はまた今度)。

すでに、この日本の「若手『研究者』」がJICAとの関係が疑われたためにOMRから追放されたことを、直接OMRから聞いて知っていたモザンビークの市民社会関係者は深刻に受け止めたという。実際、この女性によると、「キャンペーンへの出入りが禁止された」という。さらに、別の関係者は、この女性が、プロサバンナの事業を請け負うモザンビーク北部の市民団体(プロサバンナ推進派)で仕事をすると言っていたと聞いて、懸念しているとのことであった。

それから数ヶ月後、この女性は「3カ国民衆会議」にあわせて日本に戻り、プレイベントに現れたということになる。

以上は彼女の側からの話ではないため、一方的な部分もあると思う。ただし、複数のソースによる指摘、実際の彼女の言動や書いているものを踏まえたとき、そのいずれもが、ある一定の方向しか示していないことは明らかである。それは「JICAの主張に根拠を与える」ことであった。多くの「若手研究者」が時にやるように、結論から「実証」を引っ張る典型的な手法である。

NGOも同じような手法を取っているように見えるかもしれない。しかし、実際は決定的に違う。それは、上記の渡辺さんの説明にあるように、彼女は自分の立場を認めた上で、その立場を取るに至った理由を説明しているからである。つまり、彼女が結論として導いているのは、彼女の立場にすぎない。一方、「研究者」として現れた「日本の若手『研究者』」は、自分の立場は明らかにしないし検証もしないままに、あたかも「第三者」で「独立」しているかの前提で、「調査結果から●●がいえる」との結論を導いている。しかし、以上の複数ソースが投げかけている疑問は、「彼女はプロサバンナ事業において第三者ではないのではないか?」というものであった。

その問いに真正面から答えずに、プロサバンナ事業の研究を今後続けていくことは、彼女自身にとっても辛いことであろう。正直なところ、彼女が自らのバイアスや立場性を明確にした上で論文を書くのであれば、それでいいと思う。

私は、以上に紹介した二つの英語の論文で、原発事故後の日本で(ある意味ではコロニアリズムの後の現代において)、もはや「第三者性」という立場がとれるのかを私自身が問う中から、すべての研究者がもっている認識や立場の限界やバイヤスを明確にし、しかし事実関係においてはとことん実証的であろうと務めるべきだと主張した。プロサバンナ事業に関わって、研究者としての時間や立場は、必ずしもポジティブなものばかりではなかったが、自分を「無色透明の有り難い研究者様」という楽なポジションから引き摺り下ろして、言論をする難しさを日々試行錯誤する機会には恵まれた。「研究者ぜん」としていては見えない矛盾や闇が、自分の肌感覚に迫る切実さで理解できるようになった点は、大きな収穫といえる。それだけに、事実を掴むこと…へのこだわりはさらに強まった気がしている。

彼女から反論があれば歓迎したいし、ブログに掲載したいし、私が間違っていれば訂正を書きたい。なので、ぜひ真実を教えてほしいと思う。

そして、これは、何年も何年も、卒論から修士、その後ぐらいの人に言ってきたことだけれど、もしかして言われたことがないのかもしれないので書いておきたい。

そもそも終っていないもの(特に社会内に対立があるもの)を研究することは非常にリスクを伴うことであり、研究手法が確立できていない経験の浅い人は、きちんとした指導が受けられないのであれば、避けるべきテーマであることを伝えておきたい。もちろん、若い人であればあるほど、今動いているものを研究したいだろう。社会学や文化人類学であれば今まさに動いているものを対象にするしかないかもしれない。けれども、研究者の「目に見えている」と思われる現実を、十分にコンテキストに入れることができるだけの先行研究や資料や自らの視野の広さ深さがない人が、「目に見えたこと」に基づいて結論を導き出したときに生じる問題を、今一度念頭においてほしい。もちろん、動いているものから考えて、そこから広がる研究をしている人達も、特に京大には沢山いるのだけれど、あそこにはそのような手法を支えるだけの教育の土台がある。

ネット時代、社会対立を生み出している案件やテーマであればあるほど、終っていないものを研究するということは、ただの学生の論文であっても、火種に関わり、予期していない悪影響を社会にもたらすことなのだという理解が不可欠である。あるいは、社会に影響を及ぼすために研究をしているとすれば、その前提が問題なので、いますぐ研究界から足を洗った方が良いと思う。そういう人はぜひ実務の世界に行くのが良い。残念ながら、真理を追求するという研究の原点は、シンクタンクやロビー団体的な研究所の勃興によって時代遅れにされているかもしれない。でも、「研究」や「研究者」が今まで以上に悪用される時代になったからこそ、研究者もまた自己点検ができるほどに鍛錬しておく必要がある。

さて、長くなった。
プレイベントの際の彼女の質問に対して、私が研究者としてした発言を要約すると次のようなものであった。(とはいえ記憶に基づくので正確ではないかもしれない…)
1)研究として調査した結果ならば、いつどこで誰がどのような状況で何を理由としてどう答えたのかを明確にする必要がある。そして聞いた側との関係はどのようなものであったのか。
2)そもそも、この研究を始めたのは何年からか。実際は、農民がプロサバンナに異議を唱えてから6年が経過し、調印から10年以上が経っている。
3)2、3年前からのみ研究しているのであれば、それ以前をどう把握するのかが重要になってくる。
4)例えば、イベントのテーマである植民地支配下の解放闘争を例にとると、武装闘争は1964年から10年続いた。その最後の2,3年に研究を始めて、現地に行ったとする。小川さんのように解放軍と一緒に入るのでなければ、現地は植民地支配の下で訪問し、調査することになる。そのような状態で、「現地の人びとにインタビューしました。多くの人が賛成していました」という調査結果を得るのは当たり前なだけではなく、国境の向こうで戦う人達を支配者がいうように「テロリスト」として追認することになりかねない。「自分の目で見ました、聞きました」に頼る危険はこの点にある。
5)研究者は、このような状況を回避するために何をすべきなのか。10年あったことの最後の段階にしか自分が関われていないという限界を認識し、その前に歴史的に培われてきた構造、環境の文脈をしっかり掴む必要がある。
6)プロサバンナでいうと、調印から数年後、農民が反対の声をあげてから何があったのか?誰が何をしたのか?してきたのか?たとえば、「賛成している人」という人達は誰なのか?
7)2013年から現在まで、JICAが市民社会に介入するために地元コンサルタントを雇って、市民社会の調査を行い、分断してきた歴史的事実、賛成することでJICAからコンサルタント契約をもらい、お金をもらった人達の存在とどう関係しているのか?その人達の「意見」をどのように評価すべきなのか。研究者であれば当たり前に検証されなければならない点であるが、それがされているのか?
8)ただ「賛成している人もいる」ということを結論としていうことで、どのような影響を及ぼしかねないかについてどのようにリスクを把握しているのか。

みたいなことを言った気がします。
彼女の大学時代の先生を知っているからこそ、とても残念で、まだ遅くないから彼女に気づいてほしくて詳し目に書いてみました。

彼女に届くことを祈りつつ。
なお、以下のチラシはもう終ったイベントのものです。
そして、以上の7)についての実証研究は、岩波書店の『WEB世界』に連載中なので、そちらをみていただければ。
https://websekai.iwanami.co.jp/posts/461

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by africa_class | 2018-12-03 01:21 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

国連人権理事会での日本政府スピーチを読み解く:「小農の権利に関する国連宣言」

我が家の庭の「楽園」について書いた途端にパラダイス(楽園)文書の話が出てきて、これはこれでどうしても書かなければならない点が多々あるのだけれど、未だ材料が十分でないので、その話の前に、前から世界的に話題になっていたことについて書いておこうと思う。

少し前に国連人権理事会で議論されてきた「小農と農村労働者の権利に関する国連宣言」について紹介した。

完成間近の国連「小農の権利」宣言、そしてモザンビーク小農の異議申し立て

http://afriqclass.exblog.jp/237279049/

7月に忙しい中投稿していたので、肝心の日本政府の対応を調べる余裕もなく、しかし後日、日本を含む世界中の仲間たちから「日本どうなっての〜!」のお叱りを受けて、びっくりしたのだけれど、なんと第4回会議が開催された5月15日(19日までジュネーブで開催)の冒頭に、こんな意見を表明していた。。。

第4回会合の詳細サイト
http://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/RuralAreas/Pages/4thSession.aspx

「議長殿、政府代表の皆さま、同僚の皆さん、そして市民社会のメンバーの皆さん」で始まる日本政府代表のスピーチ。

おや?…と思ってくださるのであれば本望。
最後にとって付けたようであるものの、しっかり「市民社会のメンバーdear members from Civil Societies」と述べている。これは、しかし、日本政府が特別なのではなくて、国連人権理事会という場、さらにいうとこの「小農権利国連宣言」が市民社会主導で…いや、もっと正確にいうと、小農自身が集って結成されている小農運動が主導する形で、国家間協議のテーブルの上にのせられ、ドラフト案まで辿り着いたという背景を知っていれば、当然すぎるかもしれない。むしろ、「同僚の皆さん」は不要で、先に「市民社会のメンバー」がおかれるべきだった。

日本政府代表は、最初に、議長に再度選出されたボリビア大使( Nardi Suxo Iturry)にお祝いを述べた後、次のように表明したのであった。(なお、この間の国際協議の場での中南米諸国の政府代表の重要な役割については、前に少し書いたけれど、また改めて書きたいと思う)。

「日本は、
人間の安全保障の観点から、小農や農村で働くその他の人々の人権を擁護し、それを促すことは極めて重要であると信じております。日本は、ODA(政府開発援助)のトップドナー(援助国)であり続けてきました。2013年を限っても、656百万米ドル(約745億円)がこの分野で拠出されています。農業・農村開発分野のトップドナーとして、日本は国際的に重要な役割を果たし続けます。

同時に、日本はこの宣言ドラフト全体に対するポジションを留保します。我々は、国際社会によって人権だと現在認識されるに至っていない、未熟な点が含まれているために、この宣言が適切ではないと考えているからです。

より重要な点として、小農やその他の人々の権利を守るためには、新しい宣言文をドラフトするよりも、すでにある人権メカニズム(human rights mechanisms)をより効果的に活かすべきだと、我々は確信します。

終わりに、私は、日本はあなたの努力に対し感謝を申し上げます。農村に暮らし働くすべての人々の人権状況の改善に向けて、この政府間ワーキンググループが、今週(の会合で)意義のある前進が得られることを祈っています。ありがとうございます。」


以上、下記サイトから筆者が仮訳。
http://www.ohchr.org/Documents/HRBodies/HRCouncil/WGPleasants/Session4/Japan-GeneralStatement.do

さて。多くの皆さんは、このスピーチに何ら問題を感じない?
丁寧だし、議論したらダメだとも言っていない。むしろ前進せよと言っているように思えますよね?
国際場裏におけるスピーチは、とにかく仰々しく、互いに褒めちぎり合いながら、しかし微妙な言い回しで、Yes, No, but....が展開される。

やや飛躍するが、私が修士課程で国際法を勉強した冷戦「終焉」直後の1993年(なんと24年前…)、担当教授が、国連の議論や国際法を一言一句訳をさせ、1ヶ月が経過しても、一つのマテリアルも読み終わらないので、イライラして、「センセー、この授業は英語の授業ですか?それとも国際法の授業ですか?」と喧嘩をうったことがあった。今思うと赤面だ。しかし、当時赤くなったのは先生の方で、タコみたいに真っ赤になって何かを口にしようとして、黙り込んでしまった…。

先生、もう30年近く経ってからでスミマセン。
本当にごめんなさい…。

一つの単語をどう訳し、どう理解すべきか否か。
各国代表の本音はどうなのか。
それがどのように国際法の制定過程に影響を及ぼすのか。

それを先生は気づいてもらいたくてやっていたと思う。
でも実質的な中身の議論をしたかった私は、前期の半年をかけても全容が掴めないことにイライラしぱなっしであった。しかも、受講生は2名のみ。

でも。その後、国連PKOの仕事をして、国際法や憲法や選挙法やその他の法的な手続きの文書を実地で読まざるを得なくなり、かつ修士論文を書くにあたって、国連総会や理事会での議論を追っていくうちに、これらの微妙な言い回しをどのように理解するか否かは、国際的な方向性を決めうる大変重要なことであったと気づかされるようになった。

今でも、先生に詫びながら、国連文書を読んでいるのだが、先生はそんなこと知らないだろう。国連のシンボルカラーの薄いブルーに諭されながら…。

この間、しばらく国連の議論や国際法から遠のいていたのだけれど、何を想ったのか、去年『植民地と暴力』という共著本を書いているときに、またそこに舞い戻ったのであった。(来年春に出るであろうこの本をお楽しみに。)そして、そこで取り上げた国際法のテーマとは、奇しくも、あの時読んでいた分野のものであった。そして、それは知らず知らずのうちに、私の人々と世界との関係の見方に、大きな影響を及ぼしていたのだ。

おそるべし、タコ先生。。。

さて、話を戻そう。

上記の日本政府代表の言いたい事を箇条書きにしてみよう。

1)日本は外交上の儀礼を熟知しており、ちゃぶ台ひっくり返すなんてことはしません。
2)しかし、小農たちの権利守るのに、宣言文なんて要らないじゃん?
3)そもそも、このドラフトに書いてあることは人権の概念といえないんじゃない?
4)大体、日本はこんな宣言なくったって、小農のこと一生懸命考えて支援してるからさー。
5)第一、日本は世界に冠たるトップドナーなんだから。
6)何度でもいうよ、「ト・ッ・プ・ド・ナ・ー」。わかった?
7)こーーーんなにお金使ってるんだから。なんせ745億円だから。
8)そんな巨額の援助、どこの国がしてるってーの?
9)小農支援とはいわないけど、農業と農村開発にね。
10)それぜーーーーんぶ、日本が提唱している「人間の安全保障」がらみだって思ってね。
11)「人間の安全保障」は人権のことなんだから。
12)要は、この宣言文、賛成しないよ。
13)とりあえず考えておくけどさ。
14)反対も賛成もしない。勝手に議論すればいいけど、でも口は挟むよ。

まあ、大体こんなところ?
やや言葉遣いが荒いことはお気になさらず。

出席していた小農や市民社会代表はそんな風に聞いたわけなので。もちろん、小農や市民社会代表といっても、もう何年も何年も国連の会議に出ているし、スピーチもする。国連トークはこなしている訳で、儀礼とか丁寧さとか外交チックな口調とか全部排除すると、真意はこれだと読み取ったわけです。で、びーーーくりして、どうなってるの?・・・と。

5月のスピーチから数ヶ月がさらに経って、日本は、表明したとおりの路線で、このワーキンググループを継続させ議論を前進させることについては・・・「棄権」した。米国などが「反対票」を投じる中で、最悪の選択肢をとらなかったということで、安堵はされている。

しかし・・・。
私は、このスピーチに、この間プロサバンナ事業でみられた日本政府やJICAの姿勢の、すごく本質的なものを見出してしまい、なるほどなーと思ったのであった。

(プロサバンナ事業ってなんじゃ?の人はこちらを)
http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy/prosavana-jbm.html

モザンビークの小農がJICAに「通じない」と感じている問題が、このスピーチに明確に込められている。すごーく分かりやすく、乱暴にまとめると、小農たちは次のようなことを疑問に思っている。

ア) 小農支援だとかいってるけど、小農やその運動に対して何をしてきたのか?反対する小農らの力を削ぐためにせっせと援助してきたではないか?カネで言う事をきかせようとしたではないか?

イ)小農の権利を守る、支援をするためとかいいながら、日本のコンサルタントが、遠いどこかでその方策を勝手に考えて書いたりしてるんだ。ちょっと農村を訪問して、ちょっと意見を聞いて、それで自分たちの頭が理解できる枠組みでしか書けない、リアリティから遠く離れたものを、どうして上から押し付けようとするんだ。

ア)については、『世界』の2017年5月号に詳しく書いたので、そちらを読んでいただければ。今、オンライン記事を準備されているとのこと。岩波書店、本当にありがたい!

イ)については、根が深い。もちろん、開発援助という枠組みが内包するコロニアルな前提が、如実に出ているのではあるが、それだけではない。JICAのいう「マスタープラン」なるものが、戦前の満鉄調査部の人物・経験に結びつきながら現在の日本の開発援助に脈々と受け継がれてきたことを、私たちはどの程度意識化できているだろうか?・・・という問いなのである。

このことはいつか研究書として、読み物として、まとめたいと思う。

日本から、あるいは開発援助産業の人達からみたら、モザンビーク北部の小農は貧しく、教育を受けておらず、支援を授けてあげなければならない存在に見えるかもしれない。しかし、彼らが生きてきた現実、そして彼らが日々直面する現実、さらには彼らがそれを乗り越えようと様々に工夫する創造力豊かな試みを・・・つまり、「援助の対象者」としての小農ではなく、「モザンビーク国の主権者の一員であり、社会変革の主体」としての小農を、本当に受け止められているのだろうか?

モザンビーク北部の「小農支援のため」と称して費やしてきた何十億円もの日本の資金は、彼らが彼らの国で主権を発揮でき、自分の力で政策を変えるだけの支援となってきただろうか?

むしろ、彼らの自発的で主体的な抵抗の力を弱め、剥奪し、彼らの権利を侵害し続ける政府の側を強化することに役立てられてこなかったろうか?

日本のコンサルタントに支払われた膨大な額(十数億円に上る)のことはさておき…。そのような巨額の資金が小農運動にあれば、一体何が出来たであろうか?

日本政府が立場を保留した「小農の権利国連宣言」の根幹には、まさに「小農のことは小農が決める」という基本理念がある。しかし、この根幹こそが理解されないまま、現在に至る。

プロサバンナ事業のマスタープランの最新版(Provisional Draft)には、3カ国市民社会が掲げてきた「農民主権」が言葉としてはいっているが、これが驚くほどに「主権」概念に根ざしていない。相も変わらず、「やってあげる」「これはしていい」調のテキストが延々と続くのであった。

援助関係者が「モザンビーク小農のために、小農のことを、『専門家として』、代わりに一生懸命考えてあげる」ことが、いかに彼らの権利を侵害しているかを理解することは、どうにもこうにも難しいようだ。

それは、私たちの国で私たち自身が、戦後70年以上も憲法に掲げてきた「主権在民」の精神を、本当の意味では理解せず、具現化してこなかったからに他ならない。

そして、苦難に直面する中、小農や農村に暮らす人々、土地をもたない人々自身が高らかに表明しようとしているこの権利宣言に対し、私たちの国は「立場を留保」し、「棄権票」を投じている。

しかし、国連総会での採択まで、可能性は残されている。
私たちは今一度、自覚的に考えるべき時を迎えている。

南の国々の人々や日本の農家に対する政策立案者・実務者・「専門家」・エリート、そして都市住民の意識の根っこにある傲慢さを。そして、私たちが「食べさせてもらっている存在」であるということの現実認識と、農民存在へのリスペクトのなさを。

このことを共に考えるには、たった2つの問いだけで十分。

「あなたは、今日、何を食べましたか?」

そして・・・
「その食べものは、どこの誰の、どのような苦悩と祝福を受けながら、あなたの命を支えているのですか?」


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追伸:
前回に引き続き、ブラジル・セラードでアグロフォレストリーを実践する女性の写真を。
なぜなら、これこそが現在に続く日本の小農への態度の原点を示しているから。

つまり、日本は、セラードを「不毛の無人の大地」と呼び、自らが必要とする大豆生産のために環境・地域社会を犠牲にすることを厭わなかったから。そして、その「成功」をバネに、モザンビークでのプロサバンナ事業が経ち上げられ、その後の混乱が生じてきたから。この話は、また今度。。。



by africa_class | 2017-11-09 05:05 | 【国連】小農の権利宣言

レクチャー&交流会3/5@大阪「いまモザンビークで何が起きているのか?〜」

1年ぶりのレクチャーを行います。
【レクチャー&交流会(3/5 in 大阪)】
「いまアフリカ・モザンビークで何が起きているのか?
~『日本のための資源・利益』が奪う小農の未来とオルタナティブの可能性」

今回は、3/5に大阪で開催されるイベントのお知らせです。
ぜひ、ふるってご参加下さい。

(転載・転送歓迎)
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レクチャー&交流会(3/5 in 大阪)
「いまアフリカ・モザンビークで何が起きているのか?
~『日本のための資源・利益』が奪う小農の未来とオルタナティブの可能性」
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-233.html
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【日時】:2917年3月5日(日曜日)17時~20時
*レクチャー:17時~18時半、交流会:18時半~20時
【場所】:Cafe TIPO8 http://www.cafetipo8.jp/
【住所】: 大阪市北区中津5ー2ー9
【アクセス】: 大阪駅から徒歩10分、阪急中津駅から徒歩10分。
(*梅田スカイビルのお向かいです)
【講師】:舩田クラーセンさやか
(明治学院大学国際平和研究所研究員/元東京外国語大学准教授)
【参加費】:2500円 (モザンビークの幻のコーヒー[ビコ]、ハーブ茶、軽食付き)
*レクチャーのみ:1500円(ハーブ茶つき)
*交流会のみ:2000円(ビコ・軽食つき)
(*「一苗サポーター」の方はレクチャー&交流会あわせて2000円です)
【定員】:30名 (ぜひ交流会と共にご参加下さい)
【申込み】:以下URLにお名前・ご連絡先(メール)をご登録下さい。
https://ssl.form-mailer.jp/fms/166a9da5492496
【主催】:カフェモサンビコ・プロジェクト
http://cafemozambico.blog.fc2.com/
【協力】:モザンビーク開発を考える市民の会
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/
【お問い合わせ】:カフェモサンビコ・プロジェクト 事務局
cafemozambico<@>gmail.com
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私たちが大好きだったモザンビーク。
だから応援してきた。
でも、たった5年ほどでモザンビークは劇的に変わってしまいました。
そのことに日本も無関係ではありません。
私たちは、これからモザンビークとどうつき合っていいのか、戸惑いのただ中にいます。

このレクチャー&交流会では、参加者の皆さんと次のようなことを一緒に考えたいと思います。

・今モザンビークで何が起きているのか?
・それに日本はどう関わっているのか?
・現地の人口の大半を占める小規模農民たちはどう感じているのか?
・どのようなオルタナティブが可能なのか?
・私たちはどのような未来をどのような形で創っていきたいのか?
・モザンビークの人びとと一緒に何ができるのか?

ぜひ、沢山の方にご参加頂ければと思います。
レクチャーの後に交流会を行います。
「コーヒー非生産地」とされてきたモザンビークですが、在来種のコーヒー「ビコ」をご試飲頂けます。
ふるってご参加下さい。

【講師からの概要】
私たちは、食料・エネルギー源・原材料の多くを海外に依存しています。
でも、これらの資源を提供してくれる国の社会・人びと・環境にどのような影響を及ぼしているのかについて、あまり考える機会はないかもしれません。そして、これまでアジアを重点的に資源開発してきた日本が、アフリカに進出して、何をしているのかについても、あまり耳にすることはないでしょう。

アフリカには54カ国あります。
その中でも、南東部アフリカにあるモザンビークが、日本の経済開発の「最重点国」となっていることはご存知だったでしょうか?

日本は、2009年にモザンビーク北部のナカラ回廊沿い地域で、鉱山(石炭・天然ガス)・農業(プロサバンナ事業)・インフラ(鉄道・道路・港湾)開発に大々的に取り組むことを決定しました。2014年1月には安倍首相が19企業・機関を引き連れてモザンビークに行き、「ナカラ回廊開発に5年間で700億円を供与」を約束しています。

あれから3年。
日本政府は、2015年に292億円の円借款を行った他、数十億円規模の無償援助を続けています。日本企業各社は、内陸部で石炭を掘り、海上で天然ガスを採掘し、鉄道や港湾設備の新設・改修に関わっています。

しかし、モザンビークでは、2013年から武力衝突が再燃する一方、数々の暗殺・脅迫事件、ガバナンスの悪化、土地の大規模な収奪が頻発しています。日本企業が進出する炭鉱地区から1万人を超える難民がマラウイに流出している他、去年は石炭貨物列車が攻撃されています。

その最中に、モザンビーク前大統領と国防省(現大統領が当時の大臣)が関与した「隠れた&消えた巨額融資」問題が発覚し、IMFや西側各国は融資や援助を緊急停止して、政府のガバナンス改善のために力を合わせているところです。しかし、日本はどこ吹く風で大規模投資と援助を繰り返しています。

先日来日した農民組織のリーダーたちは、一連の日本が関わる「ナカラ回廊開発」に「NO!」を表明しています。なぜなら、石炭やアグリビジネス、植林・鉄道開発によって多くの土地を奪われている他、農業援助プロサバンナ事業で人権侵害や市民社会への分断介入が続いているからです。

国際開発学会での農民たちの発言に対して、日本の開発研究者が「開発に犠牲は付きものではないのか?」と問いました。それに対して、ある農民リーダーはこう問いかけました。
「日本の皆さんが決めることですが、皆さんは幸せですか?皆さんは苦しみの開発にYESなのですか?」
「私たちは、苦しみ/哀しみの開発にNO。幸せのための開発/発展のプロセスにYES」と。

この農民リーダーは、東京だけでなく原発事故に苦しむ福島と限界集落化しつつある兵庫県中山間部を訪問しています。そして、地元の農家の皆さんと語らう中で考えた結果、以上のように答えたと言います。

2011年3月11日に起きた東日本大震災は、日本の私たちに「犠牲を伴う開発」について、多くの問いを投げかけました。モザンビークで私たちの援助や投資がもたらしている現実は、他人事ではありません。と同時に、「日本の食料・エネルギー・利益をどうするのか」という疑問もあるでしょう。

それを乗り越えていくためのヒントを、モザンビーク農民の声を紹介しながら一緒に考えていきたいと思います。

【講師プロフィール】
舩田クラーセンさやか
(明治学院大学国際平和研究所 研究員)
元東京外国語大学大学院准教授。「紛争/暴力と平和」の専門家として、アフリカー特にモザンビークの歴史・政治社会・経済を研究してきた。2012年、モザンビーク農民組織の要請を受けて、日本とブラジルが同国北部(ナカラ回廊)で実施するProSAVANA(プロサバンナ)事業、ナカラ経済回廊開発、そして土地収奪の問題に取り組むようになる。現在は、グローバルな食と農・暴力をめぐる諸問題の研究に従事する一方、国際的な学術グループや市民・当事者間のネットワークづくりをサポートしている。また、エネルギーと食料の自給の実践、ハーブや薬草の研究を積み重ねつつ、「里森生活」を合い言葉に、森の薪と枝だけで調理中。主著書に、『モザンビーク解放闘争史』(御茶の水書房、日本アフリカ学会奨励賞)。共著に『The Japanese in Latin America』(Illinois UP、全米The Choice50選)、編著に『アフリカ学入門』(明石書店)など。

【参考サイト】
*「モザンビーク開発を考える市民の会」のブログ
http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/
*「アフリカ日本協議会(AJF)」の関連サイト
http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/ProSAVANA/
*「日本国際ボランティアセンター(JVC)」の関連サイト
http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy/prosavana-jbm.html
*市民による「モザンビーク小農応援団」のフェースブック
(上記の来日農民の皆さんの声などが満載です)
https://www.facebook.com/%E3%83%A2%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%AF%E5%B0%8F%E8%BE%B2%E5%BF%9C%E6%8F%B4%E5%9B%A3-1060343997409346/?hc_ref=PAGES_TIMELINE

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国際開発学会@広島大学で発表するモザンビーク市民社会の代表の様子。
私の故郷ニアサ州の農家の息子さんです。
by africa_class | 2017-02-16 03:12 | 【記録】講演・研究会・原稿

敗戦直前に燃やされた陸軍資料、そしてマフィゴ代表の死とプロサバンナ。12団体「緊急声明」から考える

*JICAへのNGOのインタビューで(8月末)、「農民招聘はキャンセルになった」とのことでした。どこかで誰かが頑張ったのでしょうか。その見識と努力に敬意を示したいです。ただ、もっと早く具体的に招聘にうつる前に止めていれば、マフィゴさんも急逝することなどなかったのではないか…と残念でたまりません。(2015年9月2日)

今日、本当は別のことを書きたかったのですが、残念ながら今、私たちの税金を使ってJICA・外務省がモザンビークで行っていることがもたらしている現実が酷すぎて、書かざるを得ません。おそらくそれぞれの組織内部の人も全てを知らされているわけではないと思うので、このブログで書いておきます。

マフィゴ代表の遺族とUNACへの連帯メッセージは以下のサイトで9月10日まで募集中。
https://docs.google.com/forms/d/1c--v5-ruK4VuQBCiFVq_WMKhbNISilVQro_ALLzpxlY/viewform?usp=send_form

少し書きましたが、マフィゴ代表はプロサバンナと無関係に亡くなった訳ではありませんでした。詳細は、昨日発表された、この記事の最後に貼付けさせてもらう外務大臣、JICA理事長宛に緊急声明「プロサバンナ事業における農民の分断と招聘計画の即時中止の要求」をご一読下さい。また、起草者の方にもらったメッセージを貼付けますので、それもあわせてご一読下さい。(末尾)

本当はこの話は、土曜日に以下の記事を書く時に書きたかったことでした。

「プロサバンナの衝撃的な出来のマスタープランを材料として、大学1年生の基礎ゼミをする。」

http://afriqclass.exblog.jp/21527387/
しかし、マフィゴさんを静かに悼みたかったので、今日の今日まで書けませんでした。

関係者の皆さんは、「自分のせいじゃない」と思いたいと思います。でも、本当にそうでしょうか?「組織」のせいですか?「モザンビーク政府」のせいですか?「外務省」のせいですか?「今の政治」のせいですか?「過去のレール」のせいですか?「反対する農民の自業自得」ですか?「他のドナーはもっと酷いことやっている」ですか?「自分たちは精一杯やっている」ですか?「知らなかった」のでしょうか?「関係ない」のでしょうか?本当に?

何度も書きますが、ナチスドイツがホロコーストをやれたのも、日本が戦争に突き進んだのも、一人ひとりが「組織の論理」を「やるべきこと/やってはいけないこと」の倫理よりも優先し、それが束になって推進力になり、破綻するしか止める方法がないところまで自らを導いた結果ではなかったでしょうか。私たちの国は、本当の意味では、自らの植民地支配も戦争も、真の意味での原因追求や検証・考察や総括を行わないまま、1947年に開始した冷戦構造の中の「逆コース」によって、「臭いものに蓋」をしてきました。

例えば、NHKスペシャル「原爆投下 活かされなかった極秘情報」(2011年)
http://www.nhk-ep.com/products/detail/h17419AA
是非視聴下さい。Dailymotionでやっています。
政府・軍がどのように米国の原爆開発や米軍機の接近の情報を隠蔽したり、使わなかったのか、そして敗戦が濃厚になるとどのようにして一切合財の資料を燃やし続けたのか、今のいままで黙っていた皆さんが、90近くになって口を開き始めた。その理由は、また日本が同じような道を歩もうとしているとの危機感からでした。最後の5分で、上司の命令で、彼らの過ちがすべて書かれている資料を燃やし続けたある証言者が言います。
「それが、日本なんです」…そして悲痛な表情でいうのです。
「だから繰り返します」と。

日本の援助もまた、日本政府全体の戦前・戦中・戦後の底辺にある変わらない姿勢・流れの中に位置づけられるのではないか…とある時思うようになったのですが、その疑念を何度も何度も払拭しようとしてきながら、20年経過して、「それが、日本の援助なんです」に行き着きつつあります。沢山の素晴らしい個人の皆さんとの出会いと交流を経て、その方一人ひとりの素晴らしさは脇に置いても、なお、やはり今起きていることが指し示している根本的な問題を軽視も無視もできない気持ちになっています。皆さん自身はどうなのでしょうか?

皆さんは、「人としての生き方」として、納得されているのでしょうか?皆さん方の子どもたちに恥ずかしくない生き方をされているのでしょうか?これまで行って来たことは、皆さんの名で堂々と言えることですか?あるいはお名前が出てくる資料を、胸を張って日の下にさらすことができるでしょうか?あるいは、今日もどこかで部下に黒塗りをさせるのでしょうか?自分の責任を逃れるため?組織を守るため?あるいは、自分は関わらなかったと思いたい?一体、何のためにそんなことに時間と労力を割いているのでしょうか?それも我々の税金です。

そして、それらの資料の一切合切は私たち国民のものです。
皆さんのメモですら、そうなのです。本来は。この国でなければ。

日本が過去から学び(必ずしも悪いことばかりでない)、未来の日本と世界の大人達に、その教訓を引き渡していくために、不可欠なものです。今いろいろあって出来ないとしても、いずれ歴史の検証を受けなければならないものです。それは、時代が変わり、もっと公正なる目線でそれら資料を再検証できるかもしれないし、違った視点で見る事によって隠れていた可能性が発見できるかもしれないからです。

「燃えカスであっても粉々にして、灰になるまで潰せ」
と命令を受けた方の時代、70年前と、今の日本はどれぐらい違っているでしょうか?

さて、今日頂いた、この声明の起草者の想いに耳を傾けて下さい。
そして、じっくり声明を読んで頂ければと思います。

【起草者から】
農民を分断する「農民招聘」計画の問題に対処していたUNAC(全国農民連合)のマフィゴ代表は、テテ州の自宅から問題が起こっていたザンベジ州の現地まで空路、陸路で10数時間かかるところを往復し、二度目に行って協議にあたっていた最中に体調が急に悪くなり、病院に運ばれましたが、同日8月5日に急逝されました。

「小農の父」と慕われて、全国の農民、そしてモザンビーク社会、国際的にも広く尊敬されていたマフィゴさんの突然の死に、悲しみが広がっています。

プロサバンナ事業の問題が、マフィゴさんの心身に負担をかけ無理を強いていたことを考えると、日本の私たちは、悲しみだけでなく、悔しさと、ご家族やモザンビークの人々に申し訳ない気持ちで心が痛む日々です。

マフィゴさんは2013年に二度にわたり来日し、日本政府に農民の意見を尊重した計画にするよう訴え、農民運動の精神を私たちに示してくれました。

そのような状況の中で出された緊急声明です。拡散いただき、一人でも多くの方にこの問題と要求を知っていただければと思います。


【緊急声明】
==============
岸田文雄外務大臣殿
田中明彦JICA理事長殿


【緊急声明】
プロサバンナ事業における
農民の分断と招聘計画の即時中止の要求


2015年8月10日

政府開発援助(ODA)「プロサバンナ事業(日本・ブラジル・モザンビーク三角協力による熱帯サバンナ農業開発プログラム)」を強行するために、モザンビークの農民を分断させようとする外務省・JICAの試み、および「農民招聘」計画は、モザンビークの民主主義と発展の礎を後退させる軽挙な行為です。私たちは異議を唱え、その即時中止を求めます

***

 これまで、同事業に対して、その裨益者となるべき現地のモザンビーク農民から強い反対の声が上がったことを受け、同事業の主たる援助国である日本の納税者である私たちは、外務省・JICAと協議の場を設け、農民の声を伝える努力をしてきました。しかしながら、外務省・JICAは表向きには「対話」を重視する素振りを見せながらも、その一方で反対する農民組織を分断するような工作を行っています。

 現地からの情報によると、外務省・JICAは現在、UNAC(全国農民連合)の加盟組織であるザンベジア州アルト・モロクエ郡農民連合の代表(与党関係者)を、プロサバンナ事業の一環として、農業副大臣らとともに、8月中に日本へ招聘することを計画だといいます。しかし、7月に来日したUNAC代表団の外務省・JICAとの協議、および7月24日の日本のNGOと外務省・JICAの意見交換会においても、「農民招聘」はもとより、農業副大臣の来日計画についての説明は一切ないまま、現在に至っています。

 UNACは、モザンビークを代表する広範なる市民社会組織とともに、3カ国政府に対し、プロサバンナ事業の「一時停止と抜本的な見直し」を一貫して要請してきましたが、政府側が事業強行のためにこのような声を押しつぶす行為を繰り返したことを受けて、昨年より全国プロサバンナ反対運動が立ち上がるに至っています。しかし、それに対し3カ国政府は、UNACの加盟組織(全国で2400組織が加盟)に焦点を当て、プロサバンナの関連事業により融資や資材(水ポンプ・製粉機)供与を利用した「一本釣り」活動と、それによる農民の分断を画策してきました。

 この中には、製粉機の貸与を強要されたナンプーラ州モポ郡農民連合の例があります。最終的に同農民連合は受け入れを拒否しましたが、アルト・モロクエ郡農民連合は製粉機の貸与を受け入れました。同連合の代表は与党の熱心な党員であり、日本に招聘することによって「UNAC加盟団体の中にもプロサバンナ事業に『賛成農民』がいる」と宣伝し、事業推進の糧とする意図は明白です。実際、他の農民たちの説得で来日を取り止めないよう、モザンビーク政府が身分証を預かっているほどです。

 UNACはモザンビーク農民を代表する組織として政府も認める存在であり、これまで様々な農業政策の形成プロセスや事業実施に携わってきました。1987年に設立されたUNACが、援助事業に反対の声をあげるのはこれが初めてです。反対に至る過程では、地域レベルおよび全国的な検討と協議が長い時間をかけて積み重ねられてきました。このことを無視して、分断を助長するような介入行為を援助国である日本が行ってよいのでしょうか?この外務省・JICAの試みについて、次の三つの観点から強い異議を唱えます。

 第一に、プロサバンナ事業を強行するために引き起こされる人権侵害や農民の分断が、現地の民主主義を後退させ、農民を危険にさらしていることです。モザンビークが独立を獲得したのは40年前で、その後も外国の介入によって生じた武力紛争により16年にわたり国が二分され、100万人の死者がでました。1992年の和平合意後、日本を含む国際社会は同国の平和と民主主義の定着に貢献し、当事者団体の勃興、市民社会の活発な活動に根ざした民主的なガバナンスが前進しつつありました。しかし、プロサバンナ事業が合意された2009年頃より、モザンビーク政府のガバナンスは急速に悪化し、国内外の批判にも関わらず、政府与党による人権侵害は後を絶たない状態になっています。プロサバンナ事業の強行は、現地政府を農民組織と対峙させ、非民主的ガバナンスを助長し、反対する農民への人権侵害を多発させてきました。今回の「農民招聘」はそれを追認し、農民らはより危険にさらされます。

 第二に、現地の農民の分断を図るような試みは、政治的考慮を欠き、もっとも忌むべき行為です。プロサバンナ対象地域は、武力紛争において最も激しい戦場となった地域であり、現在も与野党の勢力は拮抗し、対象19郡中7郡で野党が勝利し、与党の勝利は5郡に留まっています。そのような政治状況下で、UNACは党派を超えた農民の連帯・独立組織として、農村社会において重要な役割を果たしてきました。同事業がUNAC内外の与党関係農民を使って行っている分断行為は、農民による主体的な平和主義を壊すものであり、援助国として最低限のモラルを日本政府が欠いていることを国内外に示すことになります。また平和主義を標榜するODAをその目的から外れて使うことであり、二重の意味で私たち主権者に対する説明責任を欠いています。

 三に、「開発」の視点に立っても、こうした農民の分断工作は、稚拙極まりないものです。人口の大多数を占める小規模農民は、モザンビークの経済や社会の礎であり、将来を担う主役です。その小規模農民を縦横につなげ、主体的かつ積極的にモザンビークの農業と農民の生活の安定を図ろうとしているのがUNACです。他の援助国政府・機関もUNACをモザンビークの農民を代表する組織として尊重し、協議・協力しています。そのUNACが、プロサバンナに異議を唱えるからといって、分断し、力を削ぐような試みを行うことは、開発を阻害する「反開発」的行為に他なりません。とりわけ、「農民の組織化」が農業開発の肝として認識されている昨今にあっては、まさに時代に逆行するものです。

 今回、外務省・JICAがプロサバンナの「賛成派」としてUNAC加盟組織の代表を日本に招聘する計画は、モザンビークの非民主的ガバナンスを助長するとともに、「分断の歴史」に苦しめられてきた農民や社会に動揺を与え、混乱や紛争をもたらす恐れがあります。また同国の開発の主体となる農民やその運動を弱体化させるものです。そのような企みのために、私たちの税金によって支えられるODAを使うことは到底許されることではありません。

 以上の理由から、私たちはプロサバンナ事業がこの間行ってきた農民分断のあらゆる試みと今回の「農民招聘」に異議を唱え、これらを即時中止することを要求します。

特定非営利活動法人 アフリカ日本協議会
特定非営利活動法人 日本国際ボランティアセンター
特定非営利活動法人 オックスファム・ジャパン
モザンビーク開発を考える市民の会
No! to Landgrab, Japan
ATTAC Japan
NPO法人 AMネット
ムラマチ・ネット
ウータン・森と生活を考える会
NPO法人 地産地消を進める会
特定非営利活動法人 WE21ジャパン
農民運動全国連合会



by africa_class | 2015-08-11 20:08 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ

モザンビークで戦闘広がり避難民4千人以上、現地NGOの安倍総理訪問批判声明

モザンビークでは依然戦闘が続いています。
特に新年になってから戦闘が激しくなり、中部から南部に広がってきました。
http://www.verdade.co.mz/
地図をご覧ください。
http://www.verdade.co.mz/tema-de-fundo/35-themadefundo/43065-guerra-alastra-se-para-o-sul-de-mocambique
最新情報はこちら。
http://opais.sapo.mz/index.php/politica/63-politica/28385-homens-armados-da-renamo-controlam-troco-entre-gorongosa-e-vunduzi.html

中部地方のゴロンゴザ郡では、既に4千人の避難民が発生しています。
人びとは嘆いています。(1月9日付)
地元記事「ゴロンゴザの避難民4千人がテント等を受け取る」
”Cerca de 4 mil refugiados recebem mantimentos e tendas em Gorongosa ”
「十分すぎるぐらいに恥ずかしい事態だ。我々は政府に対し、この紛争が終結するよう要請する。犠牲になるのは我々民衆である。二人のリーダーたちがリラックスしている間に!」
http://opais.sapo.mz/index.php/sociedade/45-sociedade/28402-cerca-de-4-mil-refugiados-recebem-mantimentos-e-tendas-em-gorongosa.html
“É uma situação bastante embaraçosa. Pedimos ao governo que encontre soluções para pôr fim a este conflito. Quem sofre somos nós, o povo. Os dois líderes, estão relaxados!”, reclamou.

この最中に、和平について何も声明を出して来なかった3か国の一つ(中国・インド)の日本の首相が、モザンビークに現れます。。。。本当に誰もアドバイスしてあげていないのでしょうか・・・。

モザンビーク社会にどう思われるのか?
と書いている間に、モザンビークのNGOから安倍総理の訪問を批判する声明が届きました。


かなり批判的な内容となっています。
ポルトガル語のままですみません。
訪問を「危険な帝国主義的なもの」と冒頭に表現し、プロサバンナ事業や栄養と 食料のためのG8ニューアライアンスの批判が出てきます。

訳す暇がないので、グーグル翻訳なので英語にすれば読めると思います。
(しかし、、、、長いですね。。。。それぐらい怒ってるんでしょう。)
誰か和訳を・・・。

http://adecru.wordpress.com/2014/01/09/posicao-da-adecru-sobre-a-visita-do-primeiro-ministro-japones-a-mocambique/#more-196

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Posição da ADECRU sobre a Visita do Primeiro-Ministro Japonês à Moçambique
9 Jan
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O Primeiro-Ministro Japonês, Shinzo Abe, efectua, nos próximos dias 11 à 13 de Janeiro de 2013, uma visita de Estado à Moçambique. Com esta visita, argumenta a Presidência da República em comunicado de imprensa distribuído no dia 24 de Dezembro de 2013, pretende-se avaliar o estágio das relações políticas e diplomáticas entre os dois países além de identificar novas formas para sua consolidação. No âmbito desta visita também serão assinados instrumentos jurídicos e acordos de cooperação nas áreas de educação, energia e agricultura, refere ainda o comunicado.

A Acção Académica para o Desenvolvimento das Comunidades Rurais – ADECRU denuncia e repudia amplamente a agenda perigosa e imperial da visita do Primeiro-Ministro Japonês, Shinzo Abe, e da política externa japonesa para Moçambique e África, mascarada na máxima diplomática de “reforço e consolidação das relações políticas e de amizade entre os dois povos, supostamente, irmãos” e traduzida em programas como: o ProSavana e “Nova Aliança para a Segurança Alimentar e Nutricional em África”. Naquela que é a primeira visita expansionista de alto nível de um governante daquele País asiático à Moçambique, Shinzo Abe escalará também a Etiópia e Costa do Marfim, dois países africanos curiosamente abrangidos pela chamada “Nova Aliança em África”.

Contrariamente a versão oficial divulgada pelas autoridades moçambicanas, a visita do Primeiro-Ministro nipónico ao nosso País, que se faz acompanhar por uma delegação de mais de 50 empresários, deve ser vista dentro de um contexto mais amplo da operacionalização da última e violenta fase de ajustamento estrutural efectiva do século XXI. Por razões históricas decorrentes da derrota sofrida na segunda Guerra Mundial e, actualmente, da luta hegemónica na Ásia entre Japão e China, este País tem sido obrigado a mudar a sua política e agenda externa que durante décadas contribuiu para o desenvolvimento da agricultura e outros sectores de Moçambique, passando a servir os interesses imperiais dos Estados Unidos da América e de outras potências.

Nos últimos tempos, as autoridades nipónicas converteram-se em “agentes físicos e de avanço do imperialismo global’ no âmbito do actual processo de penetração, ocupação e dominação do continente africano que consiste na captura corporativa e subjugação colonial do continente e dos povos africanos com a nova e efectiva frente de ataque contra a sua soberania, diversidade cultural e biodiversidade, transformando a África numa plataforma mercantil aberta para entrada e trânsito livre de sementes geneticamente modificadas e das grandes corporações transnacionais da indústria extractiva e do agronegócio, proprietárias da cadeia da indústria alimentar global.

A perigosidade da política e presença externa Japonesa em Moçambique e em África, nos últimos 10 anos, expressa-se e traduz-se nas suas humilhantes subordinações e alianças coloniais com os países do G8 e respectivas agências com destaque para: o Banco Mundial, a Organização das Nações Unidas para Agricultura e Alimentação (FAO), Programa Mundial de Alimentação, Agência Japonesa de Cooperação Internacional (JICA), Agência Norte-americana para o Desenvolvimento Internacional (USAID), Fundos de Pensão Europeus e grandes corporações transnacionais do agronegócio tais como: Cargill, Itochu, Syngenta, Monsato, Yara, African Cashew Initiative, Competitive African Cotton Initiative, Corvuns International, AGCO, Nippon Biodiesel Fuel co.ldt, Vodafone, SAMBMiller, entre outras.

O Japão faz parte do grupo dos oito Países com economias colonialmente consideradas mais desenvolvidas do mundo, conhecido por G8, que também integra Estados Unidos Da América, Alemanha, Reino Unido, França, Itália, Canadá e Rússia. O G8 em conivência com o Governo de Moçambique, gigantes corporações transnacionais e instituições financeiras multilaterais supracitadas estão a desenvolver um programa de agricultura designado “Nova Aliança para a Segurança Alimentar e Nutricional em África”.

A Nova Aliança resulta de um acordo assinado por cerca de 40 estados e instituições financeiras e organizações multilaterais internacionais em 2009 na cimeira do G8 de L’Aquila, Itália, depois de ter sido apresentada pela primeira vez pelo Governo dos Estados Unidos da América, sob a liderança do Presidente Barack Obama. Com esta iniciativa, o G8 argumenta que pretende cooperar com os Governos africanos para libertar 50 milhões de africanos da pobreza, 3.1 milhões dos quais em Moçambique entre 2012 e 2022. Seis países africanos, dos 20 previstos, já aderiram a Nova Aliança: Burquina Faso, Costa do Marfim, Etiópia, Ghana, Moçambique e Tanzânia.

Em Moçambique a operacionalização da Nova Aliança é liderada pelo Banco Mundial, Programa Mundial de Alimentação, Agência Japonesa de Cooperação Internacional (JICA), Agência Norte-americana para o Desenvolvimento Internacional (USAID) e grandes corporações transnacionais do agronegócio tais como: Cargill, Itochu, Syngenta, Monsato, Yara, African Cashew Initiative, Competitive African Cotton Initiative, Corvuns International, AGCO, Nippon Biodiesel Fuel co.ldt, Vodafone, SAMBMiller, etc. A estratégia de entrada da “Nova Aliança em África” assenta-se na captura do Programa de Desenvolvimento Abrangente da Agricultura de África (CAADP), com o objectivo de dar alguma legitimidade a acção do G8. Em Moçambique, essa intervenção é sustentada pelo argumento de alinhar o apoio financeiro e técnico agrícola dos países membros do G8 com as prioridades do Plano de Investimento do CAADP do País, referido como Plano Nacional de Investimento do Sector Agrário (PNISA).

Numa parceria triangular colonial publicamente contestada pelos respectivos povos, o Japão também lidera a implementação de outro gigantesco programa de agronegócio denominado Programa ProSavana, lançado, oficialmente, em Abril de 2011 e que resulta de uma parceria trilateral dos Governos de Moçambique, Brasil e Japão com o objectivo de, supostamente, promover o desenvolvimento da agricultura nas savanas tropicais do Corredor de Nacala, no Norte do nosso País.

“O Programa ProSavana já está a ser implementado através da componente “Quick Impact Projects” sem nunca ter sido realizado, discutido publicamente e aprovado o Estudo de Avaliação de Impacto Ambiental, uma das principais e imprescindíveis exigências da legislação moçambicana para a implementação de projectos desta dimensão, normalmente classificados como de Categoria A”, conforme denunciado, em Carta Aberta, pela sociedade civil moçambicana em Maio de 2013 durante a realização da Conferência Internacional de Desenvolvimento em Tóquio (TICAD V).

No âmbito dos debates da V Assembleia-Geral Anual, havida em Dezembro último, sobre o avanço do agronegócio e os impactos da expansão das monoculturas de árvores nas províncias de Niassa, Manica, Nampula, Sofala e Zambézia, a ADECRU concluiu que as actuais políticas e programas agrárias e de desenvolvimento de Moçambique como: o ProSavana e Nova Aliança para Segurança Alimentar e Nutricional são responsáveis pela expropriação e usurpação de terras, violação de direitos humanos, a violência e criminalização de militantes e lideranças comunitárias e de movimentos e organizações sociais que as denunciam e rejeitam. Igualmente, a ADECRU responsabiliza o Governo e Estado Japoneses pela crescente pressão sobre a terra, riscos iminentes de reassentamento forçados das populações e destruição de seus meios de vida, ao acesso à água, patrimónios culturais e todos os conflitos sócio ambientais causados particularmente no Corredor de Desenvolvimento de Nacala.

“O direito a terra está indissociado da valorização das diferentes formas de viver e produzir” nas comunidades, reconhecendo a contribuição das populações e comunidades rurais que têm dado a conservação dos ecossistemas e biodiversidade; do reconhecimento dos recursos naturais como bens e patrimónios colectivos para as gerações actuais e vindouras. Defendemos e reafirmamos que os direitos à terra, água, à saúde, educação, habitação e alimentação adequadas estão directamente ligados, sendo o nosso Estado e Governo seus principais garantes.

Alertamos para a perigosidade de programas imperialistas como o Prosavana e Nova Aliança que irão destruir os sistemas de produção camponeses e o carácter pluriactivo das famílias camponesas. O Fundo Nacala e a Nova Aliança para Segurança Alimentar e Nutricional do G8 enquanto instrumentos operacionalizadores do Prosavana, representam a destruição da agricultura camponesa. O silêncio dos Governos de Moçambique, Brasil e Japão na resposta as demandas legítimas e soberanas das comunidades do Corredor de Nacala, dos camponeses e camponesas, movimentos sociais e organizações da sociedade civil de Moçambique, Brasil e Japão, para a detenção do Programa ProSavana, espelha o grau de conveniência, arrogância e alienação e captura da soberania dos povos.
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by africa_class | 2014-01-10 07:57 | 【考】土地争奪・プロサバンナ/マトピバ