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国連総会採択の「小農権利宣言」と日本の農村開発援助・「小農支援」の乖離を読み解く

さて、国連/国際・家族農業の10年が始まりました!(キックオフは5月だそうだが)
そして、なんといっても小農権利宣言(「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」)が国連で採択!
このことの意味の大きさは強調しても強調しきれません!!

今回はそのことが日本に及ぼしうる影響を、海外援助(農村・農業支援)に絞って考えてみます。日本の農政への影響については、ここから先徐々に検討していきます。

あと、このブログで紹介した宣言文のドラフトの和訳ですが、現在、翻訳家の根岸さんと最終宣言文の作成中なので、完成したら紹介しますね!

で、この冬、森と畑の中で繰り返しこの最終宣言文を英語で聞いていました。
日本での3カ国民衆会議の後ということもあり、ブラジルやモザンビークや日本の多様な関係者の言葉や理解、議論を振り返りながら、何度も何度も読みました(耳で)。そして多くのことに気づきました。

全文を訳して国連の議論はwebでフォローできるものはすべて聞いたとはいえ、どうしても議論の中身、原文と訳語がマッチしているか、定訳や文章表現はこれでいいかが気になって、肝心の宣言文そのものの「精神部分」を全体的に掴むという作業が疎かになっていました。

それを、原文のまま繰り返し耳にすることで、宣言の細部の狙いのようなものもしっかり掴むことができたかな、と思っています。たとえ、それが各国の介入があって、相当程度曲げられたものであっても。。。

さて。
最終文は国連総会の第三委員会に提出されたものです。
提出国は、ボリビア、キューバ、エクアドル、エルサルバドル、ニカラグア、パラグアイ、ベネズエラの中南米7カ国。そして、モンゴルとポルトガル、南アフリカ。

*中南米諸国が多いことは既にお伝えした通り。南アフリカは最初からずっと関わっていた。ポルトガルがEU諸国にも関わらず提出国になった背景について解説しようと思って時間が経過してしまいました。ポルトガルの現政権はプログレッシブなので色々評価してあげるべき点が多いので、今度また書きます。モンゴルについては・・・調べておきます。

さて。前に書いたとおり、大いに議論がなされた以下のポイントが生き残ったことについては大きな勝利だったといえます。

このブログの以下を遡ってください。
https://afriqclass.exblog.jp/i43/

「Collective rights(コミュニティや集団などの集合的な権利)」
「食の主権」
「種子への権利」
「アグロエコロジー」
「母なる地球(マザーアース)」
「土地/テリトリーへの権利」
「生物多様性保全の権利」

米・英・日本・EU諸国の度重なる激しい介入を受けながらも、最終宣言文にしっかりと残ったことについて、大いに評価したいと思います。このことの意味の大きさは、強調しても強調しすぎることはないのですが、これをどう活かせるかは、ここから先のがんばりにかかっています。

さて、前文は超絶長いのですが、この前文にこそ、なぜこの権利宣言が国連宣言として採択されなけれ、国連が今後推進していかなければならないかが明確に書かれているので、ぜひ何度でも読んで味わってほしいと思います。国連文書や法律を読む際、前文を飛ばし読みする人多いのですが、実はこれは絶対やってはいけない。憲法もそうですが、前文が法律や宣言の目的を明確にし、全体の方向性を定めるので、この前文がいくら裁判で使いづらいものであっても、それを飛ばしては「魂のない仏さま」を拝んでいるようなもの。(本来、仏を拝むという行為が仏教的にどうか・・・という問題はさておき。)

さて、その前文。
これを読めば、国連宣言が唄う「the peasants(小農/小農民)」と日本の援助機関(JICA)が支援対象として想定する「smallholders(小規模農家 *農地面積が小規模な農家)」の違いが明らかになると思います。英語で書けば、その違いは一目瞭然なのですが、日本語にしてしまった途端、いずれも「小農」と表現されるので混乱が生じてきました。

勿論、日本では「小農=小規模農家」と書かれることが多いので(実際、NGOでも長らくそう注記してしまっていた)、一見JICAの解釈が妥当に見えます。

しかし、ソフトローとはいえ国際法となった「Peasants Rightsに関する宣言」によって、「peasants」なるものの一定の定義、国際法上のアクターとしての存在、その権利擁護の重要性が確定することになりました。

したがって、「小農(peasants)」を「smallholders」と同義語と捉えて、「我々はsmallholders支援をしているからpeasants支援なのだ」との説明は、国際法上はもはや通じなくなったのです。

あまりこのような問題について考えて来なかった人にとっては、たいした違いじゃないじゃん!と見えるかもしれません。それが、この理解の違いこそが、「小農(peasants)のため」といいながら、「小農(peasants)に害を及ぼしたり、小農コミュ二ティ(pesantry)に悪影響を及ぼす援助や政策」が繰り広げられてきた問題の根っこにあるのです。

見てるものが違うのに同じ言葉を使うことの恐ろしさは、「sustainable development(持続可能な開発)」に如実に見られるのですが(遺伝子組み替え種子の企業ですらこの言葉を多用しています)、だからこそ、本来政策(援助であれ)に絡むことについては、言葉が指している対象(定義・意味)やその言葉が使われる土台や背景が何より重要になってきます。

2012年10月、プロサバンナの問題にモザンビークの小農連合(pesants unions)が立上がり「小農社会に被害を及ぼす」と反対を唱え、日本の援助関係者とモザンビークの小農+市民社会組織+日本のNGOが議論をしていく中で、相互の理解の断絶が埋まらなかった理由の一つは、この「小農支援」にもあったことについて、今回の民衆会議でハッキリしたなーと思っています。

・・・多分、私のイワンとしていることの意味は、なかなか伝わらないとは思いますが、今後の日本の援助において、これはとてつもなく大きな意味を持っています。なので、一個ずつ丁寧に検討していきたいと思います。

そして、これはまた別途議論するのですが、「Family Farmingを家族農業と訳する」の問題。。。冒頭にわたしも「家族農業の10年」と書いてしまいましたが、実はこれは問題だと思っています。Agricultureではなく、あえてFarmingが選択されている点に注目しましょう。Farmingは、経済的な取り組み、あるいはセクター的な「農業」を意味しません。むしろ「農に取り組む」を意味しています。日本語的には、「農耕する」みたいなニュアンスでしょうか?

ただし英語には耕すというニュアンスはなく、不耕起農も含むので、ここでも日本語と英語の問題が出てしまっています。ただ、英語やラテン語系のAgricultureも厳密には、「農業」を意味しないのです。cultureが耕す、文化までを包含するように。。。脱線してきたので、またこれらについては別途議論しましょう。

ということで、話を「小農」に戻します。
「peasantsとしての小農」が何なのかを理解すれば、すぐに理解が得られるかもしれません。
英語が挟まるだけで意味を遠くしてしまいます。
日本は小農研究の分厚い蓄積があります。ただ、90年代以降は忘れ去られてきた。それは世界も同様でした。しかし、とくに南の小農運動が、危機の中で、紡いできたオルタナティブが、世界の運動と結びついて、力をもつようになってきたことが、ここ10年、小農への注目が高まる結果となっています。

ここら辺のことは、出したばかりの監訳本『国境を越える農民運動』(明石書店)に詳しいのでそちらをご覧下さい。
http://www.akashi.co.jp/book/b420388.html

日本でも「小農学会」が農家の皆さん主導で設立されるなど、新しい動きが出てきています。
http://www.mandanoen.com/sagri.html

ここら辺は、京大の秋津先生と松平尚也さんが『農業と経済』2018年1/2月合併号に「小さな農業とは何かーー世界的な小農票かとの連携」として寄稿してらっしゃるので、そちらをご覧下さい。

さて。
この年末、松平さんと、peasants的小農をどう定義しようか・・・と話し合いました。というのも、JVC(日本国際ボランティアセンター)さんの『T&E(トライアル&エラー)』が特集を組んでくれることになったのですが、その冒頭にこの「小農」が出てくるからです。

急いでいたこともあり、暫定的に以下のような定義をJVCさんには提供しました。以下は、編集長の細野さんがレイアウトしてくれたものです!(細野さん、ありがとうございます!)

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小農とは:
今回の国連宣言において使われている「小農(peasants)」とは、
厳密には経済主体としての小規模農家(smallholders)と同じでは
ない。より歴史・社会・日々の暮らし・政治経済との関係で成立
している概念である。一例として、日本においては以下のような
定義がある。

・山下惣一(1936年生/佐賀県唐津市生まれの農民作家)による定義:
「私は規模の大小、投資額の大きさではなく暮らしを目的として
 営まれている農業・農家を「小農」と定義している。つまり
 利潤追求を目的としていないということだ」

・小農学会による小農の定義(小農学会2016:15):
 小農学会は、戦後の小農の価値の再評価の流れを検討し、
 さらに新しい小農の定義として「既存の小農を基軸とし、
 農的暮らし、田舎暮らし、菜園家族、定年帰農、市民
 農園、半農半Xなどで取り組む都市生活者も含めた階層」
---------------------------------------------------------------

つまり、「暮らし」に力点があるという点です。
これは、世界的なpeasantsの定義とも同様です。
「新しい小農」として、以上の方々を含めることについても、『国境を越える農民運動』で書かれている通りです。これに、今回の国連宣言では、「農村で働く人びと」として「手工業者、漁撈者、牧畜民、移民労働者」などが含まれました。

ただ、この注だけだと分かりづらいかもしれないことに、今気づきました。スミマセン・・・。ブラジルやモザンビークの小農が守りたいと考えているもの、そして上から世界大・3カ国の政府や援助機関に押し付けられようとしているものの違い(断絶)は、小農学会の趣意書のこの部分が分かりやすいです。


「古来より光注ぐ太陽のお蔭で、人は大地を耕し、生き物の命を育み、その命をいただいて生きてきた。今や大型スーパーに並ぶ豊富な食材を、多くの都市生活者は第二次、三次産業で得たお金で買い、生き物の命を育み命をいただく意識は薄れている。(中略)

貨幣経済が発達し、人は都市に集中し、村の小学校が廃校となり、集落が消滅し農村が寂れていく。にもかかわらず相変わらず農政の流れは、営農種目の単純化・大規模化・企業化の道を推し進めようとする。それに抗してもう一つの農業の道、複合化・小規模・家族経営・兼業・農的暮らしなど、小農の道が厳然としてある。なお小農とは既存の農家のみならず、農に関わる都市生活者も含まれた新しい概念と考えたい。このいずれが農村社会の崩壊を押しとどめることができるのであろうか。これを明確にしなければならない。http://www.mandanoen.com/sagri.html」

小農学会に集う日本の有機農家さんたちは、ビア・カンペシーナには加盟されていませんし、小農権利宣言にも関心をもってこられなかったと思います。しかし、時を同じくして、現在の地球・世界・国内問題について、同じような危機意識に基づいて、「小農の道」が検討され、社会の「変革主体」としての立場が表明されているのです。

世界と日本の小農が、日々命と向き合う中で、同じ認識に至った、至らざるを得ないほどの世界状況が生まれていることに、深い感動と危機感を持ちました。

まずは日本の小農の皆さんの定義を読んでいただいた上で、国連宣言の紹介をしていきたいと思います。では森へ。


 

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国連総会第三委員会で小農宣言が採択された2018年11月21日(日本時間)、聖心女子大学4号館にて行った3カ国民衆会議の様子。3カ国の小農の皆さんが並んで食と農の危機と転換をディスカッションをしています!

詳細:http://triangular2018.blog.fc2.com/



by africa_class | 2019-01-16 19:18 | 【国連】小農の権利宣言