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国際平和研究学会2014年8月inトルコの発表申込み期限延長(2月15日迄)

私の専門は一応、アフリカの平和と紛争、平和構築・・・だったのですが、学位は国際関係学博士(アフリカ地域)、ここのところ領域が凄まじく広がってしまい、皆さん不思議に思ってらっしゃることでしょう。

が、私の中では、アフリカの農民、農業、農村開発の問題、あるいは援助や開発や投資の問題、民主主義の問題、アフリカ・日本間交流、市民社会のキャパビル、原発事故や大規模災害の問題、環境問題と我々の暮らしや食の問題、植民地支配の歴史、ジェンダーの問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すべて繋がっているのです。

でも、問題は、ひとの身体も時間も有限であるということ。
どんなに頑張っても頭が一個で、身体も一個で、時間は皆と同じ24時間しかない。

しかも、去年3月末からずっとPTSDで戻りしたせいで、ちっとも前にすすまん。なので、今まで同時進行でいくつもやってきたことを諦め、優先順位をつけてやっているのですが、一番脇においやったのが「平和構築研究」でした。この前もブログに書いた気がしますが、今の平和構築研究って、あまりに沢山やられたせいかと思うのだけれど、世界的に壁にぶち当たっていると思うんです。いや、私の不勉強かな。

私としては、平和・紛争研究が時間をかけてでも深めないといけないのは、「その後」ではなく「予防」だと思っていて、そこのことと以上の「生活者の日々の暮らし」と「国家権力、グローバルなレジューム」の相克は、深く深く切り込む必要がある点だと思っているのです。プロサバンナ事業の問題は、私には、或る意味でど真ん中のイシューでもあるのです。

が、平和学会から本(ジャーナル)の編集を頼まれ、会員の皆さんから理事に選出していただき、企画委員になったのですが、すみません。なかなか貢献が出来るほどの体力が戻っておらず、細々とやらせてください・・・。哀しいですが、前ほど器用にできない日々です。なので、是非期待しないでください。本の編集まではがんばりますが。

そして、何故か国際平和研究学会の大会のコンベンナー(Conveners/企画者)にもなっており、今年夏のトルコの大会の或る委員会の担当をしています。なんでこんなことになったのか・・・・一昨年の大会で発表した後、前企画担当者に、「後はよろしく」といわれて「NO」といわなかったら、いつの間にか担当になっていた・・・というあまりにアバウトやろ、それ・・・な状態です。多分、男性ばかりの企画担当者にアジア人女性を入れたかったのではないかと勘繰っている私。

どうでもよい前置きでしたが、とにかく募集期限を延長しました。この体力なんで実際に私も参加するかは不明ですが、企画までは参加します。是非どしどし応募してください。(既に数百人規模の応募なんで通るかわかりませんが・・・)がんばれ!

http://ipra2014.org/

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25th IPRA GENERAL CONFERENCE CALL FOR PAPERS
DEADLINE FOR PROPOSALS: FEBRUARY 15th 2014

25th IPRA GENERAL CONFERENCE on the OCCASION of 50th ANNIVERSARY of IPRA
Uniting for Peace: Building Sustainable Peace Through Universal Values

ISTANBUL, TURKEY - August 10-14 2014

During the Cold War, ideological confrontations and inter-state conflicts were seen as most dangerous threats against peace and security, and with the end of the Cold War, it was expected that all these threats would disappear. Unfortunately, however, the end of the Cold War witnessed the emergence of new conflict patterns and the world faced new global challenges, new security threats. Since the end of the Cold War, the world has been going through a series of interrelated intra-state conflicts rather than inter-state conflicts. New generation threats for peace and security and conflicts appeared immediately as intra-state conflicts with ethnic conflict in the Balkans, political turmoil in Caucasus, Central Asia, Middle East and recently with the emergence of protests and search for better democracy and peace as in Northern Africa countries.

According to the 1994 UNDP human development report, the seven dimensions of human security are economic security, food security, health security, environmental security, personal security, community security and political security. However, with the emergence of new security threats and new generation conflict patterns across the globe, human rights, human security, humanitarian intervention, democracy, prosperity and peace building initiative have become new values and policies both for states and international organizations. All these are post-Cold War concepts that are inter- related and overlapping, and when they are undermined, sustainable peace cannot be established.

As we observed from the beginning of history that conflict potential and conflicts are inevitable and will be available forever, only the conflict patterns can change. If so, we need to learn to which extent intra-state conflicts can be managed properly and to which extent conflict escalation across national frontiers, and also their escalation into violence, can be prevented. However, there are mistakes as well as success stories as regards to how states and International/regional organizations manage and / or prevent inter-state and intra-state issues / conflicts.

It is in the context of further contributing to the scholarly debates involving post Cold War political ideology, geopolitics, international and regional cooperation in efforts to resolve or prevent the growing intra-state and cross-border conflicts that IPRA has decided to be the focus of the 25th IPRA General Conference to be organized on the Occasion of the 50th Anniversary of IPRA and hosted by the Sakarya University in Istanbul, TURKEY, between August 10-14 2014. On the 50 th Anniversary of IPRA, the venue of 25th IPRA General Conference is significant and timely since Turkey is in the middle of three continents and also currently surrounded by conflict zones in Syria, Iraq, Lebanon, Israel-Palestine etc . Also, Istanbul is a link between Europe and Asia.

We welcome paper, poster and panel proposals from all peace researchers related to the following IPRA Commissions. Interested participants have the option of suggesting new panels or sessions.

IPRA COMMISSIONS
1. Art and Peace Commission

2. Conflict Resolution and Peace Building Commission

3. Development and Peace Commission

4. Eastern Europe Commission

5. Ecology and Peace Commission (EPC)

6. Forced Migration Commission

7. Gender and Peace Commission

8. Global Political Economy Commission

9. Indigenous Peoples' Rights Commission

10. Internal Conflicts Commission

11. International Human Rights Commission

12. Nonviolence Commission

13. Peace Culture and Communications Commission

14. Peace Education Commission

15. Peace History Commission

16. Peace Journalism Commission

17. Peace Movements Commission

18. Peace Negotiations and Mediation Commission

19. Peace Theories Commission

20. Reconciliation and Transitional Justice Commission

21. Religion and Peace Commission

22. Security and Disarmament Commission

23. Sport and Peace Commission

24. Youth and Peace Commission

25. Peace Tourism Commission
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by africa_class | 2014-01-21 08:59 | 【考】人間の安全保障

【近刊紹介』『国際政治~特集:紛争後の国家建設』&Fukushima, ProSAVANA…が、研究の転換点につき

長いノマッド(遊牧民)生活も一旦終了。毎月出国している状況はさすがに辛い。一か所に数か月まとめていられるのは本当にありがたい・・・と思う今日この頃。依然、アフリカに持って行ったスーツケースとヨーロッパに持って行ったスーツケースが並べられたままではあるものの・・・。

さて、忘れる前に自分の記録用にやっている最新出版物の記録を貼り付けておきます。デジタルの時代に、紙で出版されるものの有難さの一方で、いつどこで何を書いたのかだんだん記憶が定かでなくなってくるので。

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■舩田クラーセンさやか(2013)「モザンビークにおける民主化の後退と平和構築の課題」『国際政治:紛争後の国家建設』(日本国際政治学会編)、174号、54-68頁。

■Funada-Classen, Sayaka (2013), "Fukushima, ProSAVANA and Ruth First: Examining Natalia Fingermann's 'Myths behind the ProSAVANA", 国際関係論叢 第2巻・第2号、85-114頁。

*後2つ近刊ですが、取り急ぎ。
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(と書き始めて単に新刊紹介のつもりが、読み返すと、研究者としての次の旅路の話になってしまいました。なのでタイトルも変更。いいのか、こんなこと書いて・・・と思うものの、もはや。)

しかし、本業の紛争後の平和構築・・・にじっくりと手がつけられなくなって2年半。震災・原発事故、そしてプロサバンナの・・・・ですが、実はそれでよかったと今思い始めてます。当初は、知っている人は知っている通り、2011年から現在にかけて、「モザンビークとルワンダの平和構築の比較」と「アフリカ暴力、平和とジェンダー」を切り口に、英語で本を書くつもりでした。後者は共同研究を準備していたところでした。集ってくれた仲間の皆さん、すみません・・・。そして個人の研究テーマとしては、「アフリカと1958年」という本を書こうと思っていました。

それらは依然としてとてつもなく、答えもなく、重要なテーマであるものの、「今の私」である必然性のないテーマだと感じるようになりました。これは、重要ではないということではなく、頭脳が一個で手が二本で身体が1つで、24時間しかどんなに頑張ってもない人間という生き物である時の順序としてという意味です。

10年後とか、20年後でもいいかも。あるいは来年別のことを書いてるかも。やっぱりあのテーマをやる!と。その時は笑って下さい。でも今年退職した師匠と7月にすごく長い時間話して、彼が大学卒業論文で取り上げたテーマに40年後また取り組みたくなった・・といって文献を読んでいる話を目を輝かせてしてくださった瞬間に、私もそれでいいと踏ん切りがつきました。先生、ありがとうございます。いつまでも尊敬する大きな大きな先生、小倉充夫先生です。

そんな風に思う日がこんなに早く来るとは思ってもいませんでした。いや、良く考えたら「早くない」ですね。いつも自分がいつの間にかこんな歳になったのに驚いてしまう。22歳からこのテーマで、モザンビーク、パレスチナ、ユーゴスラビアに行って、そしてこのテーマで私なりに20年近く研究してきたのだから。人生あっという間というのはその通りで・・・。

いずれにせよ、前から思って、心がけてはいたのですが、上手くいかなかった。「国際関係」や「国際政治経済」を人びとの「暮らし」のレベルとの関係で再検討し直す・・・・・これを真正面からやる時がきたと感じています。逆に、世界はそれだけ、目に見えて密接に結びついて変動する時代に入ったといえるでしょうか。もはや、どんなアフリカの村の出来事も、世界中に張り巡らされつつあるシステムから逃れることができない・・・・他方、そのようなシステムに抗う普通の人びとの動態が、「小さな小石」の意味が大きくなる瞬間がある。

巨象の足の裏にたった一つ刺さった棘だとしても、それはそれで意味があることがある。(象を例えたのは息子的にまずかったかも・・ごめん)

その綱引きのようなPower & Contestationについて、「一人一人の暮らし(特に生命)」と「グローバルなシステムと国家権力」の相互性と相克・・・をディスコース(言説)分析と構造分析を踏まえてやりつつ、一人一人の「声」を浮き彫りにできないものか・・・そんなアクロバティックなことを考え始めているのです。

まあ、もう国際関係学では理論的にはやられているし、現代史研究では、以上は当然過ぎるぐらいと当然のことなのですが、もっとそれを「土地」とか「農」とか「食」とかの切り口で、アフリカと私たちの生活を舞台に何かできないものか・・・それこそが、私の「平和構築論」になっていく予感があるのです。そこには、気候変動やエネルギー問題も含まれています。

さらに、「援助という名のコロニアリズム」という斜めの切り口も挟み込みながら・・・・。こんな風に、ブログに次の研究アイディアの構想を書くのはバカだと思うのだけれど、バカであることはどうせ周知の事実なんで、お許しを。ちなみに、関西人にとって「アホ」は許容範囲。「バカ」は超えているので、私が「バカ」という時には、相当気合のはいた「アホ」だと思ってくださってOKです。

脱線しました。いつもだけど。
これは、私が「研究界の住民」ではなく、あるいは市民社会の一員だからというだけでなく、あるいはそれぞれのアイデンティティを「生活者としての自分」を加える形で、でもそれぞれバラバラに生きてきたところを、2011年3月11日後融合させようと試行錯誤してきた結果でもあるといます。つまり、「ひと」になったのですね。

「知」は身体から切り離されるべきでなく、「社会」からも切り離されず、「過去と未来」からも切り離されない。「この場」だけからも切り離されず、「世界」から切り離されない。制約を受けながらも、有る時大きく羽ばたくこともあり、でもその羽ばたきが人びとを破壊に導くことがある。そんな超越と制約の間の限りなく主体性があるようにみえてない世界の中で、人が人として、愚かで可能性のある生き物として、どう生きるのか・・・そんなことをツラツラ考えているのです。

自分の衝動として、未熟なままで「次」に行かねばならない自分に腹が立ちます。全然、まったく、20代のころにこの錚々たるメンバーから学び始めた時からちっとも進化がなかった自分に。あの時よりもスキルがアップしたとしても(20年ですから・・・)、まったくダメじゃないか。そんな風に思う今日この頃。

でも、私はきっといつか師匠のように「やり残した気持ちがある」もののところに戻ってくると思います。なので、やり残したままにさせて下さい。

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とはいえ、手元に届いた『国際政治』を読み始めて、激しく後悔しているのは事実として。。。ちょっと、この錚々たるメンバーの中に私の原稿があってよいはずかない。

この日本政治学会の投稿募集にあわせて書いたのだけれど・・・
http://jair.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/committee/no174recruit.pdf

正直なところきりこみが全く足りなかった・・。もっとやりたい分析があったのだけれど、不十分だった。でも、実の所今農民たちと共に活動をし、調査をしながら、思っても見なかった視点で政治をみることが出来ている自分を発見している。「民主化の課題」を「主権の問題」だと前から頭で分かっていたけれど、こんなにハートにずしりと来る形で理解できたのは、活動のお蔭。とはいえ、この論文は2年前の学会報告をベースとしているので、最後以外はそれが活かせていない。まったく!!!!

(津田時代と同様、「今後の課題BOX」にぶち込ませていただき・・・)

でも、私の以外はすごくすごく面白いので、是非どうぞ。
学会ジャーナルとはいえ夕斐閣から購入できます。
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641299641

武内さんのLiterature Reviewもいつもながら冴えわたってる。
新しい同僚の篠田さんの論文も素晴らしく面白い。
前の同僚の酒井さんの論文の深みに、自分のろんぶんがかぎりなく薄っぺらい・・・ごめんなさい。次(相当先になりますが)頑張ります。

==目次==================
「序論 紛争後の国家建設」(武内進一)
「国際社会の歴史的展開の視点から見た平和構築と国家建設」(篠田英朗)
「紛争後の国家建設の死角と国際社会の課題」(西川由紀子)
「国家建設と非国家主体─ケニアのコミュニティ宣言が示唆する国家像」(古澤嘉朗)
「モザンビークにおける民主化の後退と平和構築の課題─2009年選挙を中心に」(舩田クラーセンさやか)
「紛争と選挙,アイデンティティの相互連関─戦後イラクの国家建設過程」(酒井啓子)
「二元化するイラクの石油産業─クルディスタン地域の石油と国外アクターの役割」(吉岡明子)
「ボスニア・ヘルツェゴビナにおける所有関係と国家建設」(片柳真理)
「ローカル・オーナーシップと国際社会による関与の正当性─マケドニアにおける国家建設を事例として」(中内政貴)
「同盟と国家建設─NATOとアフガニスタン」(岩間陽子)
「反乱軍の組織と内戦後の和平期間」(大林一広)//独立論文1本
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by africa_class | 2013-10-01 22:51 | 【記録】原稿・論文

「領土問題」にみる本質的問題-騙されず、「誰の得か」を分析し、精神的動員に抵抗を

限りなく時間がないのですが、緊急事態なのでツイットしたこととその背景を簡単に掲載しておきます。(なお、私の本当の専門を知らない人が多いのですが<自分でも時々迷子>、私の専門は平和のための戦争研究で、古今東西世界中の戦争を嫌になるほど研究してきました。その成果はThe Origins of War in Mozambiqueに→http://theoriginsofwarinmozambique.blogspot.jp/2012/09/front-cover-of-book.html
 なので、きれいごとで書いているのではなく、何百万人殺される現代の戦争を根源まで問い続けて得た理解です。間違っているかもしれませんが、それを踏まえた今の私の考えです。日本について、この研究蓄積を使う日が来なければいいと願っていましたが、そうもいっていられない事態が生じてしまっています。

この領土騒ぎ。
『現代アフリカ平和・紛争論」の受講生なら、この問題をどう扱うべきか分かるでしょう。この事態を想定して、外大に着任してから毎年この授業をしてきました。アフリカの戦争について学ぶはずの受講生が、「日中戦争における民衆動員」についてレポートを書いているのは、「遠い戦争を身近に」ということと、「いつか」に備えてのことでした。(なお、理論的に言うと「領土争い」は「旧い戦争」の最重要形態ですが、「新しい戦争」と結びついて厄介なものになっていくでしょう)

 今、日本はあらゆる面で、戦争突入直前期(30年代、40年代)の雰囲気が漂っています。そのことに、本来一番抵抗すべきメディアがまったく頼りにならないばかりか、事態を追認させ、悪化させる状況が生まれています。言論の自由が保証されているはずの、大学もまたそうです。植民地支配に加担した御用学者は、戦後反省する、周辺化され、権力と闘うことの意味を追求してきた新しい世代の学者を生み出してきたはずでした。しかし、急速な経済成長にともなって、利権・政治に取り込まれる御用学者が信じられないほどに増えていたことに、311後の日本で気づかされたのでした。

 今、世界経済は19世紀末からの帝国主義時代に限りなく近い様相を示しています。世界に充満する価値観(弱肉強食)、経済至上主義、資源・領土争いもまた、あの時と類似しています。その結果が二度の世界大戦であったにもかかわらず、それぞれの国の権力者も本来批判すべきメディアや市民社会も、民衆も、気付いてか気づかなくてか、時代の空気に呑み込まれています。これは、非常に危ないです。
 
 この空気の中で、今一番動員の危険にさらされている民衆は、間違いなく「日本」の人びとです。一見、政府に動員されているようにみえる中国民衆ではありません。
 世界経済で負け続けている日本、国内的な課題が山積で不満が充満にしているのに、それに応えようとするどころか利用して権力の座を守りつづける(あるいは拡大しようとする)為政者とそれを支える利権構造が、民衆を精神的に動員し、エモーションを刺激して、物理的な動員に向かっていくでしょう。今、そのエモーション刺激の段階に入っています。

●これによって得をするのは誰でしょうか?
●本当に、民衆でしょうか?
●単に現政権だけではありません。
●今、民衆のエモーションを刺激して動員したいのは誰でしょうか?
●陰にいるのは誰でしょうか?
●彼らは、何から民衆の目を逸らさせたいのでしょうか?
●そのことによって、何を実現したいのでしょうか?

 長年平和のために戦争研究をしてきた私の結論は以下です。
 「紛争の種」とは、実は「誰かに何かの目的で創り出される」もの。

 「これは前からあった問題で、起こるべくして起こった」と信じる人達に問いたいのは、「では何故今なのか?」です。 どの社会にも、どの関係にも、問題はあります。しかし、その問題が真に問題化するタイミングは自然の成り行きでは決してありません。「今この瞬間」を創り出している勢力があります。時に、無自覚にやっている場合もありますが、大抵の場合核にいる人達は自覚的で、その追従者は無自覚な場合が多いです。
 そのことを意識せず、誰か(為政者)が創り出している動きに無邪気に乗っかかるのは、問題が乗り越えられないだけでなく、動員へ一直線となり、何かもっと重要なことを踏みにじる契機となるでしょう。

 そして、「領土」だけ見るのであれば、勿論衝突しかない。人間、国同士の関係において、一つしかないものを奪い合った結果は、そのどちらかが正当性を有していたとしても、歴史が証明しているところです。勿論、この場合、一方(日本サイド)だけの話をしているわけではありません。以上のいずれの問いももう一方(今回は中国サイド)にもい当てはまります。「関係」とは、相互に展開していきます。どっちが悪いかでみると、必ず視野が狭まります。両方でみるのがベストですが、まずは日本で、日本関係者にこそ動員される側におり、過去の歴史において精神的動員が容易であることが証明された私たちは、日本サイドを分析してみましょう。

 つまり、勇ましいことを言って片棒を担ぐ前に「誰が何のために領土問題を創り出してるか」を分析しなければなりあません。もっと根深い、大きい、利権が見えてくるはずです。目の前で生じている現象(地図、島周辺、デモ)や「対立者の動き」だけで判断しては危険なのです。それは、この問題を創り出して利を得ようとしている勢力を利するだけでなく、本来したかった「問題解決」には向かわず、よりもっと酷い結果(引き返せない対立構造)を生み出していくでしょう。
 意図的に一問題に視点が集中させられている現状から、一歩引き、争点をズラし、全体像をみようとすべき時はまさに今です。
 懸命な皆さんになら見えるはず。そして、そもそも私たちが北東アジアという引越し不可能なこの地域で、どのような関係を築いて生きていくべきなのかとのビジョンを、あれやこれやの不満や言い訳や諦めを語る前に、考えてみましょう。島や領土が真の問題じゃないことが見えてくるはず。なのに、「領土」という一点で、問題化した人達がいる。その人達は、真の問題解決(超越)も、より発展した関係も、そもそも求めていないのです。求めていたら、こんなにズサンで結果が明らかなやり方を取らなかったでしょう。
 これは戦前、戦争に突入していった際と同様で、かつ当時の構造と同じく、今日本で注目・注意したいのは以下の人達です。

①一番勇ましい事を言っている人たち(特に、政治家や政治政党、業界団体)
②それを報道し、煽るメディアや教育者
③それを背後で操る官僚たち

①誰が、この問題の引き金を引いたのか?なぜそのタイミングでしたのか?②誰が、その行動を支えたのか?なぜ?③誰が、この問題を下手に扱ったのか?鳩山政権が倒れるきっかけとなった「日米関係悪化」を演出したのと同じプレーヤー・構造が、①~③にみられるという点です。その後起こったことは、民主党政権の③官僚主導であり、①民主党内タカ派の主流化と三党合意です。

*なお、鳩山政権と日米関係悪化については、ウィキリークスが流した米国外交文書を精査した朝日新聞が、興味深い記事を書いています。そこには、外務省高官と自民党議員とが、米国政府と打ち合わせながらこの動きを作り出したことが書かれていました。記事は今すぐは探せないので、皆さんで探してみてください。ウイキリークスx朝日新聞は→http://webronza.asahi.com/politics/2011051800001.html

 本来、この続きに「じゃあどうするか?」=トランセンド(紛争超越)について書くべきなのですが、時間がないで、まずはそれぞれが以上の分析をしてみてください。受講生は、「一つのリンゴを二人の飢えてる少年が分ける」グループワーク・・・を想い出してください。一つしかないリンゴを凝視している限り、二人の少年の関係も、「飢えている」という真の問題も解消しないことは、おそらく書くまでもないでしょうが。

●原発事故後にすでに起こっていた現象についての分析
→http://afriqclass.exblog.jp/i26/
●授業での取り組み
→http://afriqclass.exblog.jp/i23/
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by africa_class | 2012-09-16 18:01 | 【学】戦争/紛争/暴力・平和論

11月29日、日本人権外交についての講演会

国連モザンビーク活動時代の同僚で、現在国家議員として外務委員会等
でご活躍の阪口直人さんに大学にお越しいただき、「日本における人権
外交の可能性」というテーマでご講演いただきます。アフリカ紛争・平和
論の授業の一環として行いますが、参加自由です。是非、お越しください。
(万一、国会審議が入った場合はキャンセルになります。今のところ5%
以下ということですが、念のためお出かけの前に本ブログでご確認くだ
さい)
■日時:11月29日(月)15時10分~16時20分
*ただし、アフリカ紛争・平和論受講生は、通常通り14時50分~。
■場所:東京外国語大学研究講義棟1階115号室
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by africa_class | 2010-11-21 17:54 | 【紹介】アフリカ・イベント